週一連載でこの文量は結構きついもんがある。
プロットも決まってて、ストーリーはできてるんだが、時間がない。
資格試験の勉強もあるし、さっさと就職活動しないとヤバイんだが。
それを友人(このSSの編集)に言うと、一言。
「お前も俺みたいな二ートになっちまえ」
真剣に自分の交友関係を後悔した。
この作品は完全に作者の趣味で書きました。
深い考察など一切ない、パラレルワールドのギアスです。
キャラ設定や世界観、その他が崩れていると嫌な方はお帰りください。
別にいいやっていう心の広大な方だけお読みください。
更新は毎週木曜か日曜の深夜とします。
日本敗戦からはや五年、復興してきた東京租界。
焼け野原だった場所は、ブリタニアの企業ビルが立ち並ぶオフィス街となっていた。
赴任してくるクロヴィスを迎えるため、急ピッチで政庁の改築が行われている。
その租界の中心にある、私立アッシュフォード学園。
名門貴族だったアッシュフォード家が、皇暦2011年に建設したその学園も、最初の頃とは変わって、たくさんの生徒で賑わい、将来のブリタニアを担う紳士淑女の養成校として、名を馳せるようになっていた。
どんどん成長し、発展し続けるエリア11。
その冷たい影のような世界で、ナナリーは暮らしていた。
冷たく暗いゲストハウス。
締め切られた窓から外は、分厚いカーテンをかけられて、外からの光が一切中に入ってこないようになっている。
ルルーシュがビスマルクに、―――ブリタニアに連れていかれてもう一年になるのか。
ナナリーは陽の光はおろか、外からの情報一切を拒絶するようになっていた。
進むたびに軋む車椅子に、細く小さな背中をもたせて、暗がりの中静寂と共に無為な時間を過ごす。
日本に人質として連れてこられた時も、ナナリーは自分の世界に閉じこもろうとした。ルルーシュがいなくなったことによって、それに拍車がかかったのだ。
抜け殻のようになってしまった彼女は、毎日会いに来てくれるミレイや生徒会の面々とひとことも口をきくこともなく、車椅子に揺られうつむいている。
「お母様……」
呼んでみた。もちろん反応はない。
「お兄様……」
泣きそうになる。けれど涙の流し方ももう忘れた。幼い頃から皇女としての振る舞いとして、普通の子供のように振舞うことは禁じられてきた。孤独でも、寂しくても、超然と笑っていなければならない。そう、兄であるルルーシュのように。
しかし、励ましてくれる優しい兄はもういない。今頃は砂漠の国で勝ち目の薄い戦争をやらされているらしい。
(助けたい)
(会いに行きたい)
しかし、自分には何一つ自由にできるものなどなかった。
足も、目も……。
(お兄様が危険なのに、私は何もできない)
頭に浮かんでくるのは、ブリタニアへの恨みと、過去の優しかった世界に戻れたらという郷愁のみ。
(どうして、私たち家族だけが、こんな目にあわなくてはならないのです!)
(神様っ、聞こえているなら答えてください! お母様を、お兄様を返して!)
現実はナナリーに何も救いを与えてくれない。ただ奪っていくだけである。もし神様がいるとしても、それは優しい人の顔の皮を被った悪魔であろう。
これ以上は耐えられそうになかった。
「あ、あ……」
気が狂う。こらえきれない。顔がぐしゃぐしゃに歪んで、知らず嗚咽が漏れた。
「あ、ああああああ!」
ナナリーは髪を掻きむしって、叫びはじめた。
心理学で言うところの、単純な精神崩壊、現実と理想の差が激しすぎるため起こる、一種の自傷行為が発作的に起こってしまったのだ。
「―――っナナリー!!」
「ナナリー様!」
と、そこにミレイ・アッシュフォードが慌ててやってきた。
普段ナナリーの世話をしてくれるお手伝いの篠崎咲世子も一緒だ。ナナリーのただならぬ絶叫に、深夜だというのに、飛んできてくれたのだ。
「―――大丈夫……。大丈夫だから。咲世子さんっ、急いでお医者様を! この子、手首を引っ掻いてる!」
「っかしこまりました」
ミレイが暴れるナナリーを、抱きしめる。
振り回す腕がミレイに幾度も当たったが、それでも背中にまわす腕を離しはしない。
ナナリーの冷たくなった身体を温めるように、ずっとそのままで……。
どのくらいの時が過ぎたのか。
「あ、ミレイ……さん」
「……気がついた?」
震えるナナリーは、ミレイの腕の中で正気に戻った。人間の体温が身近にあることで、ようやく安心感を得たのだろう。
ミレイはルルーシュがいなくなった後、必死に自分を支えてくれた恩人である。
一人殻に閉じこもるばかりで、何もやる気が起こらなかった時に、ミレイだけは見捨てず側にいてくれた。
幼い頃ルルーシュの婚約者候補でもあった、自分の姉にも似た人。
「ご、ごめんなさい。また……私」
「ううん、いいの。いいのよ、ナナリー。ルルーシュの、自分のお兄さんがあんなことになってたら、これも当然よ」
「…………」
兄のこと思うと、また身が切り裂かれそうなほどの痛みが心に走る。
アラビア連合軍はナイトメアはないが、それでもかなりの物量を誇る国だ。対してルルーシュに与えられた兵は少ない。軍事には明るくないナナリーが見ても、その戦力差は歴然だった。
(ブリタニアは超大国なのでしょう。どうして、お兄様にこれだけしか兵を回さないのです!)
何度繰り返したか分からない疑問が、胸の内で溢れてくる。
また、発作が起こり、ナナリーの身体が自然と震えはじめた。
ミレイが心配そうに、頭を撫でてくる。
「お願い、落ち着いてナナリー。アッシュフォードもこのまま黙って見てなんかいないつもり。お父様が昔のコネを使って、援軍を募ってるの。どうしてか知らないけど、クルシェフスキー家や、ヴァインヴェルグ家、アールストレイム家みたいな大貴族がルルーシュの援助に協力的でね。アッシュフォードもナイトメア開発再開したし今度士官学校も開くって。絶対にルルーシュは死なせないから、ねっ!」
「お、お兄様は……それで大丈夫なのですか?」
「ほら、泣かないの。大丈夫だから」
「えぐっ、ひっ、うわああああっ」
「聞いてよっ、ナナリー。私もね、ルルーシュを助けるためにナイトメアの練習始めたの。まだ全然ヘタだけどね」
「―――え?」
ナナリーは吃驚して、顔をあげた。
ミレイが、ナイトメアパイロットに―――、そんな話は聞いていない。
女性が騎士になることは、今の時代珍しくない。だが、ミレイが―――。
「そんなっ、危険すぎます! お兄様のお手伝いがしたいなら、官僚になれば……!」
「ははは。うん、正直ちょっと怖い。でもね、私執務能力ってあんまり自信なくてさ。イベントとか盛り上げるのなら得意なんだけどね」
「……ミレイさん」
ナナリーはミレイの胸に顔を埋めた。
目が見えないが、柔くて暖かくて、母を思い出した。
ナナリーは力一杯ミレイの身体にしがみついた。
このままずっといつまでもこうしていたかった。辛くて悲しくて、明日が信じられなくて。何一つ光が入ってこない牢獄のようなナナリーの世界。
いつまでも嗚咽をこぼす彼女は、咲世子が来るまでずっとミレイを抱きしめていた。
『コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ』
『第七話』
オマーンの産業の中心は海底から噴出するメタンハイドレートであり、輸出総額の七割を占めている。サクラダイトや金、クロムなどの鉱石も産出されるが、極少量で重要視されていない。サウジアラビア州とは過去、何度か領土を巡って戦争してきた為、その関係は決して良くはない。東部にあるドバイ州でもそうだが、オマーン州も金融経済に力を入れておりサクラダイト産出を牛耳るアラビア王家にはほとんど忠誠を誓っていなかった。
だからと言っていいのだろか―――。
現在アデン基地には、サウジアラビアからの支配から脱却し、親ブリタニアに走る州が続々とルルーシュに和平会談を申し入れていた。
『オマーン州サラーラ基地から通信。降伏するとのことです』
『オマーン州海軍艦隊、沈黙。交戦する気はないようです』
『ドバイからも今さっき通信が入りました。降伏するので攻撃しないでほしいとのことです。さすが金融国家ですね。戦っても利がないと分かれば即降参とは……』
『おいおい、無血開城もこれだけ続くと、何か不安になってくるな』
アラビア王家の中心であるサウジアラビア州、その要がルルーシュに敗北したことによって、一気に連合がバラバラになっていったのである。
そもそもただでさえ宗教や、規律、民族がたくさん存在しているこのアラビア半島。これを一つの王家が支えることなど、不可能に近かったのだ。
(く、くくく、ふははははは! やはりそうか。アラビア連合軍も一枚岩などでは断じてない! EUや中華連邦の援助を受け、巨大な財を有するアラビア王家さえ黙らせれば、あとはなし崩しじゃないか!)
立体となって映し出されるモニターを見ながら、それがルルーシュが最初に抱いた感慨だった。ルルーシュはいまアデン基地艦橋桜頂部、後方作戦指揮所で、次々と送られてくる資料を見上げていた。厚い有機ガラスに囲まれた小ぢんまりとした一室で、積み上がった書類が山となって、ルルーシュを囲んでいる。
イエメン州東部方面軍と、純血派の中からジェレミアとキューエルを代表としたナイトメア部隊により、オマーン領土がどんどん削られていっている。ルルーシュ自身も前線に参加したかったが、今度はそうも言っていられなかった。
一週間前に行われたアラビア連合軍との戦いで、崩壊したアデン基地の補修。
戦力の補充、再編。
他州からの難民の受け入れ。
法律の改正。
ブリタニア本国への定期報告など。
皇子としての仕事が山ほどあったのだ。
特に他国を占領するにおいて、その土地の人々に不満を持たれるような政策は、ルルーシュにとって即命取りになりかねない。ただでさえ、預かっている兵数が少ないこの状況で、反乱でも起こされたら、対処する方法がないのだ。
皇子とは戦争さえやっていれば済む職業では断じてない。
こうした経済的政策、治安維持、適切な立法など、地味な作業で一日の大半が過ぎていってしまった。
(まあ、全ての仕事をカラレスに牛耳られていた頃に比べれば、全然良いがな……)
最近カラレスの動きがあまり見られない。
大半の官僚から支持を失ったこの状況で、どんな巻き返しをはかっているのか、とやや危惧を抱いていたが、少々拍子抜けした気分であった。
カラレスはある一部の部下だけを連れて、ずっと部屋にこもっている。
ルルーシュや官僚には、本国から送られてきたプライベートな問題で、数日会議を開いていると連絡してきたが、どうも嫌な予感がしてならなかった。
(何か、企んでそうだよな……)
しかし、ルルーシュとて、人間の心理全てを把握できるわけではなかった。
カラレスとの戦いは、一旦様子を見るしかないだろう。
と、そこへ、ヴィレッタ・ヌゥが新たな資料を持って現れた。
「ルルーシュ様、最低賃金引き上げに参画企業が難色を示しています。このままではこのエリアの経済に支障が生まれます」
ヴィレッタには改めて、ルルーシュの補佐官に任じていた。ナイトメアパイロットととしての能力や才よりも、こういった事務処理、部隊の指揮監督のような任務の方が彼女に合っていると思ったからだ。現在全ての部隊の指揮をルルーシュが受け持っている状況は、彼がいないと、すぐに崩壊する危険性もある。そこで、代理で指揮を任せられる人材の養成が急務となっていた。そこで、白羽の矢がたったのが、ヴィレッタ・ヌゥだ。
純血派の中でも、この人事に不満をもつ人間は多くいた。なぜなら彼女は身分があまり高くなかったからだ。ジェレミアやキューエルは「ぜひ自分を補佐官に!」と言ってきたが、彼らは根っからの武官であったし、ヴィレッタ以上に素養のある者がいなかった。
ルルーシュがヴィレッタに自分の補佐官をやってみないか、と誘ったところ、昇進意欲が強い彼女は即答で「やらせてください」と言ってきた。
ルルーシュとしては、非常に良い買い物だったと思っている。
「彼らにも困ったものだな。法人税を優遇してやるから、なんとかしろと言っておいてくれ」
「はっ。それと、イエメン州西部に難民が押し寄せてきています。このままでは各地にスラムができてしまいますが……」
「ちっ、アラビア王家め。馬鹿な真似を」
現在、窮地に立たされたアラビア王家が、増税をはじめ、新たに徴兵を始めた。
ブリタニアによりアラビア王家の金融資本に対する経済制裁が始められたこの状況で、民にまたさらなる重圧をかけようとしていたのだ。
対してルルーシュがおさめるイエメン州、ブリタニア開発エリアでは、だんだんと経済が潤いはじめ、治安維持もしっかりしてきている。さらにカラレス政権下とは違って、ナンバーズにも優しい為政者であるルルーシュのもとに期待は高まった。
他宗派弾圧や、税の高いサウジアラビア州よりも、ブリタニアに鞍替えした方が良いと考える民衆が急激に増加し始めたのだ。
「皇子の仰るように、一応今まで難民は受け入れてきましたが、これ以上増えるようであれば、州境を封鎖せねばなりません」
「……仕方ないだろう。彼ら全てに雇用を与えるのは不可能だ。現地住民といらん対立を招きそうだしな」
「ええ。これは今後の課題として、会議に提出しておきます」
「頼む。……それにしても、お前がここまで優秀だとは思わなかったよ」
「え? いえ、そのようなことは」
ヴィレッタはいつも謙遜するが、実際机上の官僚よりも彼女の方が処理が早い。
「本当に武人なのか?」と、たまにからかってみたりしていた。
そのネタはルルーシュには珍しく、軍隊内の恋愛風紀についてのことだった。
この女性士官をからかうネタは、これにつきる。
「それで、お前とジェレミアは付き合っているのか?」
「は? いえ、まさか! そのようなことはありませんっ!」
「では、やはりキューエルとか?」
「何の話をしておいでですか! 公務に関係がありません!」
「いや、すまない。こうも机にかじりついてばかりいると、少しは誰かと会話したくてさ」
「はあ……。それは理解しますが、あまり話題が相応しくありません」
「なんだ? 皇子なのだから、もっと高貴な話をせよと? 他人の下世話な恋愛話など口にするのはいけないと言うのか?」
「ですから! 私をあまりからかわないでくださいと言っております!」
「くくく」と笑うルルーシュ。
締め切られた部屋で、真面目な部下をからかうのが、最近一種のストレス発散になってしまっていた。実にドSである。
「わかったよ、ヴィレッタ先生。君とロマンティックな会話を楽しむことは、また今度にしよう。さて、さっそく無味乾燥な実務的会話を再開させるか」
「殿下は将来、たくさん女性を泣かせるのでしょうね」
「何を言っている。僕ほど紳士的な男はいないだろうに。……ああ、そう睨まないでくれ。さて、君の持ってきた資料の中にある捕虜についてだが、その後の様子はどうなっている?」
「敵軍の今後の動き、及び編成についてはいまのところ、捕縛した敵兵士は沈黙したままで尋問に答えようとしません。自白剤の使用、または拷問の許可をいただけたら、すぐにでも吐かせてみせましょう」
ルルーシュは拷問という言葉に、少し躊躇してしまった。
一度どんなことをするのか見てみたが、残酷極まりなかった。
軍隊では当たり前なのだろうが、ヴィレッタは敵にはまるで容赦しない性格のようで、そういった残酷な発言も迷うことなく進言してくる。
「殿下、このまま牢にずっと閉じ込めていても何も変わりませんよ」
「……自白剤の使用は許可する。だが、拷問は駄目だ。条約で禁止されている」
「自白剤を用いた情報の質はあまりよくありません。それに拷問の禁止条約など、単なる国際法上のプログラム規定です。あんなものに法的拘束力はありませんよ」
「わかっているさ。でも、それは最後の手段だ。……甘いと思うか?」
「正直に言えば、多少は……」
「僕も同感だ。だが、敵中深く潜行させる兵士に、あの警戒心の強いアラビア王が、正しい知識を教えているなんてことは考えられない。僕なら万が一奇襲に失敗した時のことを考えて、嘘の情報を兵士に信じさせた上で出撃させるな」
「味方すら騙すと? ……私よりもよっぽど恐ろしいお方です、ルルーシュ殿下は」
「本来、謀略とは怖いものだよ」
「わかりました。では殿下の仰るように、自白剤と尋問を合わせてやってみましょう」
「ああ、頼む。……うん?」
ルルーシュは資料の中にあった、一枚のコピー用紙。
そこに印刷された捕虜収容名簿に書かれた、一人の囚人の名前に呆気に取られた。
「どうかされましたか、ルルーシュ様?」
「敵兵と一緒に、なぜか女が……それもアラブ人じゃない人間がいる」
「ああ、はい。私も報告は受けていますが、どうにも要領を得なくて。イエメン州西部基地近くで、警備隊に連行されてきたようなのですが」
サヌア近郊、サウジアラビア州との境にある砂漠である。
その広大な砂の海を、その女は一人で歩いてきたというのだ。俄には信じがたい話である。
資料をもっとよく読んでみると。
「なんだ、これは?」
与えられた食事には手をつけず、ピザばかりを注文しているらしい。
そして、その後に続く文言に、ルルーシュの目が引き寄せられる。
『ルルーシュ殿下の母君であられる、亡きマリアンヌ皇妃様の友人であるなどと意味のわからぬことを述べている。果てには癇癪をおこし、ルルーシュ殿下が四歳の頃、寝小便を漏らしたことがある。初恋の人物はユーフェミア殿下であった。一度ナナリー殿下に喧嘩で負けて泣かされたことがあるなどと、いい加減なことを言いふらして、ルルーシュ殿下を辱めている。よって、不敬罪と偽証罪を適応し、即刻拘留、起訴することとなった。女はC.Cという偽名を使っており、住民番号など、戸籍関係は一切分かっていない……』
「殿下? どうかなさいましたか」
プルプルと腕を震わせ、赤面しているルルーシュを、ヴィレッタは不審がる。
この女が調書で述べていることは、実際存在した過去そのものだった。
(馬鹿な! 四歳の頃の寝小便は誰にもばれていなかった! 僕の偽装工作は完璧だったはず。それなのに、なぜ!? いや、問題はそこじゃない! 母上の友人だと? 信じられない! 離宮での母上の交友関係などたかが知れていた。何者だ、この女! なぜ母上たちしか知らないはずの僕の過去について洗いざらい知っているんだ!)
「…………その女はどこにいる?」
「アデン捕虜収容所に今朝収容されましたが……、ああっ、ルルーシュ様! どこへ!」
ルルーシュは追いすがるヴィレッタに背を向け、全速力で廊下を走っていく。
驚いた顔で挨拶してくる官僚など眼中になかった。
(一体何者なんだ、そいつは……。僕の過去を知っているくらいだ。おそらく皇族関係者なのは間違いない。―――もしかしたら、母上を殺した奴の情報を持っているかもしれない)
収容所はアデン基地政庁から、走って十分くらいの距離にある、強固なコンクリート制の建物だった。窓一つなく逃げ出る隙もない。
兵士が駆けてくる皇子に、仰天して、慌てて扉の鍵を開けてくれた。
ルルーシュはなおスピードを緩めることなく、その女の牢の前まで走っていく。
アデン基地の牢屋に足を踏み入れるのは、これが初めてのことだった。だがそんな些細なことは気にもかからない。
「はぁはぁはぁはぁはぁ」
ルルーシュは暗闇の中を食い入るように見つめた。
そこにいたのは―――。
緑色の長い髪、深い琥珀の瞳。
美しい女だった。
宮殿で見目がいい女など見慣れているルルーシュでも、その女は綺麗だと思った。歳はルルーシュよりも彼女の方が上だろうか。
怪しい妙な風格が、彼女をより大人っぽく見せていた。
「随分と待たせてくれたものだな。女を一週間もピザ抜きでこんなところに閉じ込めるなんて、マリアンヌはお前にどういう教育をしてきたんだ」
(囚人にピザなんて嗜好品食わせるわけがない)とルルーシュは思ったが、さすがにここでそんなことを口に出すようなことはしなかった。女がどんな意図を持ってマリアンヌの名を出したのか。自分の母の暗殺について何か知っているのか。相手についてまるで情報がない今の状況で、軽々しく口をきくべきではないと判断したのだ。
「―――ふむ、まだガキだな。確かに契約者としての素質はあるようだが、果たして私の願望を叶えてくれるのか。……どうした。何を黙っている? 私に聞きたいことがあるんだろう?」
「では」
相手が一方的に喋りだして以降、はじめてルルーシュは口を開いた。
「なぜマリアンヌの……。我が母の名前を出した? お前は何者だ。……おっと、下手な嘘や冗談などは言わない方がいい。今ここでお前を殺すこともできるんだからな」
「やれやれ。えらく余裕がないじゃないか。ええ? ルルーシュ皇子殿下」
「口には気をつけろと忠告したぞ」
ルルーシュの手には拳銃が握られていた。
しかし、女に怯えた様子は一切なかった。それどころか、こちらに向かって歩いてくる。
牢をはさんで、ルルーシュと魔女は向かい合った。
女の手がルルーシュの鼻先に伸ばされる。
「落ち着け。私はお前の味方だ。明日の命をも知れぬ運命のお前に、ちょっとした運命の悪戯をしてやりたくなってな。しかし、マリアンヌにも聞いていたが、よく今日まで生き残ったものだ。あの時はただの賢しい子供にしか見えなかった。それが、四年もの間、皇子として生き抜くとは……何という幸運だろう。いや、生きようとする執念か。いずれにしろ、お前は契約者として相応しいのかもしれんな」
「待て! 一体何の話をしている!」
淡々と語る女にルルーシュの苛立が募っていく。
突然見知らぬ女が目の前にあらわれて、「よく生き残った」などと褒められた。
(やはり、この女頭がおかしいのか)
ルルーシュは最初、女が皇族会議から送られてきた暗殺者だと思っていた。
マリアンヌについての情報でルルーシュを釣り、まんまと近づいてきたところを隠しもった暗器か何かで殺そうとしているんじゃないかと疑っていた。女がルルーシュに向かって接近してきた瞬間、ルルーシュは引き金を引きかけた。しかし、今自分の頬に手を当てている女を、ルルーシュは撃てる気がしなかった。女の方も危害を加えてくる様子はないようだ。
それゆえに、この女の目的が気になる。
「お前は何者だ?」
「C.Cだと何度も言っている」
「何が目的だ? 金か、地位か?」
「そんなものに何の価値がある」
「母上とはどんな関係だ?」
「友人だよ」
「嘘だ。お前の顔なんて僕は知らない」
「それはそうだ」
「訳がわからん。……お前の歳は?」
「知らん。もう忘れた」
「契約とは何のことだ?」
「お前に生きる力を与える。その代わりに私の願いを叶えてもらう」
「…………」
ルルーシュは銃をおろした。
女の言葉にはいくつか理解のできない点がある。
だが―――。
なぜか嘘をついていない、と思った。
だから……。
ルルーシュは看守から預かった鍵を女に向かって放った。
「……ついてこい。お前には聞きたいことがたくさんある。だけど、僕はお前を信用したわけじゃないからな。妙な真似をしたら今すぐにでも撃ち殺すぞ」
「ははは。お優しいお前にそれができるかな」
(ちっ、なめられたか……)
やはり威嚇で、一発くらい撃ってやればよかったかもしれない。
ルルーシュが何か反論しようと思ったその瞬間。
「おい、まずはピザを食わせろ。話はそれからだ」
「―――!?」
いつの間に出てきたのか。
C.Cがルルーシュの背後にピタリとくっつくように立っていたのを見て、愕然となる。
ルルーシュはビスマルクの訓練で、相手と自分の間合いを見定め、そして敵の攻撃が届く範囲を一瞬で見極めることができた。そして、隙を見つけては相手に反撃するという技術を身につけたのだ。
防御を主体においた、徹底的な頭脳戦。
それがルルーシュを、戦場で生きながらえさせてきた才であった。
それなのに、C.Cは音もなく、ごくあっさりとこちらの懐へと忍び込んできたのだ。
「やはり化物の類か、お前は」
「失礼な坊やだな」
「普通の女はそんな身のこなしはできない」
「ふんっ、たしかに私は魔女なのかもな。
―――ルルーシュ。お前にとってのな」
一方、
「おのれっ、あの恩知らず共め!」
鼻息を荒く室内でうろつき回っているのはカラレスだった。
彼にとっては突然のことであった。ブリタニア官僚や武官達がいきなりやってきたかと思えば、なぜか有無も言わせずカラレスから預かった金を突き返して帰っていったのだ。執務机には山となった金の袋の束がある。
「皇族会議から指揮権をいただいたのはこの俺だぞ。くそっ、やっと軍の実質的司令官という地位がもらえたってのに、よりによってあのうつけ皇子に権限を奪われようとは……」
「わたしどもにはよくわからないのですが……」
カラレス用に与えられた私室に、副官のギリアム、子飼いの武官であるカーンら数人が集まり、ルルーシュ暗殺計画を練っていた。無能だと思っていた皇子が突然優秀な才を発揮し信頼を集めたため、急遽暗殺方法を変更せねばならなくなったからだ。
「どうして皇族会議の方々は、こうもルルーシュ殿下を危険視なさるのでしょうね? それは確かに将来あの方々の強力なライバルになるでしょうが、彼らの普段の手口なら潰すより前に、利用するか抱きこもうとなさるはずでしょう」
「そんなこと俺が知るか! これを見ろ、カリーヌ様からの催促の手紙だ! これで三通めだぞ! このままあのお方のご機嫌を損ねてみろ! 俺達全員あの世いきだ!」
「そ、それは……。何とかしてルルーシュ殿下には死んでいただかねば」
「くくく、ギリアム卿。貴卿のようなお人でも、カリーヌ様は怖いと見える」
「う、うるさい、カーン! そなたこそ先の戦で、何をしておった! 傭兵あがりのお前であれば、殿下を殺す手段などいくらでもあったであろうに!」
カーンといういかにも荒くれ者といった、身体の大きいこの男。
実は騎士になる前は、金の為なら何でもこなす残虐な傭兵の一人だった。
確かな実力と冷酷さから、カラレスにスカウトされたわけだが、ここに来て彼は何の働きもしていなかった。
「問題なのは、今もルルーシュの評価が上がり続けているということだ! あのガキ、政務能力もかなりのものだ。反抗的だった民衆がだんだんとルルーシュを支持する方向に向かってやがる!」
カラレスの怒鳴り声で、今まで言い争っていたカーンやギリアムは、姿勢を正す。
「ギリアム、何か簡単にあの糞生意気な皇子を殺す案を献上せよ!」
「そ、そのようなことを、突然仰られても……」
二人オロオロとするカラレスとギリアム。
これがブリタニアの侯爵と男爵である。名誉ブリタニア人が貴族制度の廃止を願う気持ちも分からなくはない。しかし、カーンだけは別だった。
「まあ、落ち着いてくださいお二人とも。実はわたしにいい案があるんですがね」
「いい案だと?」
カラレスは以前より、カーンの戦の腕は買っているが、傭兵上がりの騎士ということで普段あまり意見を聞かないようにしてきたのである。しかし、カリーヌら皇族会議からの圧力により心身をすり減らす毎日で、誰でもいいから何とかして欲しいという渇望があった。
「言ってみよ。お前ならばどうする?」
「はい。わたしならば、捕虜になっているアラブ兵たちを使って、ルルーシュ殿下暗殺、さらには今問題となっている難民問題、両方一度に解決してみせましょう」
「そ、それは、真か!」
「まあ、任せてくださいよ。ご綺麗な皇子様や貴族様には真似できない傭兵なりの戦い方ってもんがあるんですよ。あぁ、ついでにあの見苦しいことこの上ない名誉ブリタニア人のナイトメア部隊もいっぺんにやっちまいますかい」
「手段は問わん! 殺しさえすればよい! もしもお前が成功した暁には、望みのものを何でもやろう! 何としてでも、殺せ!」
「くくく。イエス・マイ・ロード」
こうして陰謀の夜はふけていく。
彼らの新たなルルーシュ殺害計画は多くの者を巻き込んで、大きなうねりとなっていく。
カーンが主導で行われるこの作戦は、この一ヶ月後に行われることとなった。
「まずい。耳までチーズが入ってない。ピザハットのピザじゃないと嫌だ」
「まだ発展途上のイエメン州にピザハットがあるわけないだろう。常識でものを言え」
C.Cはさっそくルルーシュの私室で、一週間ぶりとなるピザをほうばっていた。もちろんこれはルルーシュが手配したもので、調達するのに随分と苦労していたようだった。ルルーシュが訪ねる質問に、C.Cは「ピザを食べてからでないと喋らない」とごねたのだ。基本女に甘いらしいこの皇子は、嫌な顔をしながらも厨房にピザの作成を命じた。
「さすが皇子。良い部屋で暮らしているな」
C.Cはふかふかのソファに寝そべりながら、ピザを食べていた。
「行儀が悪いにもほどがある」とルルーシュは言うが、そんな文句は一切無視している。何しろまともな食事もシャワーもベッドも久々だったのだ。囚人として着せられていた服はゴミ箱に捨てて、今はルルーシュの余り物のシャツとズボンを借りている。成長期であろうルルーシュの服は、意外にもC.Cの身体にちょうどいいサイズだった。
「―――なるほどな。お前が何か特殊な能力を持っていて、不思議な力を使えるのも理解した。具体的にどんな力が使えるのか興味があるが、今はまあいい。お前は僕に力をくれると言うが、何か代償があるのだろう?」
ルルーシュが対面のソファに腰を降ろして、顎に手を当てて考え込んでいる。
(頭の回転が異常だな。それに柔軟性もある。これは、当たりかもな)
改めて賢い男だと、C.Cは感じた。
ピザを食べながらする話でもないが、ある程度のギアスについての知識を教えていたのである。もちろん重要なものは隠して、であるが。
「お前はお前の願いを叶えるといい。ナナリーと幸せに暮らすでも、世界平和がお望みならそれでもいい。ただ、その代わり、私の願いを一つだけ叶えてもらう」
「お前の願いとは何だ?」
「……何だと思う?」
「質問に質問で返すな。不老不死の魔女がどんな願望を持っているかなんて、僕に分かるわけがないだろう。…………おおかた、死ぬことが目的なんじゃないのか?」
「…………」
「おいおい、図星か」
ルルーシュが疲れたように、瞼をおさえ下を向いた。
「なんてベタな願いだ」と、首を振る。
(む……)
さすがにこうも自分の悲願を馬鹿にされて黙っているC.Cではない。不老不死になってみないと、この苦労は他人には絶対にわからない。それをまだ十代前半か後半かのガキに馬鹿にされたのだ。
「ほう。私にそんな口を聞いていいのか。私の知っているお前の恥ずかしい過去があれだけなどと思わないほうがいいぞ。あんなことやこんなことまで知っているんだからな。お望みなら一から語ってやってもいいぞ」
「あんなことやこんなことだとっ! ま、まさか、五歳の頃のチェス騒動か! それともあれか。ラブレター未遂事件か!」
「ああ、それは十番目と二十一番目の話だな。まだまだネタはたくさんあるぞ」
「ぐっ、この魔女め」
なまじ記憶力が良い分、恥ずかしい過去がルルーシュの頭の中にたくさん存在しているのであろう。本気で頭を抱えて苦悶するルルーシュに、C.Cは思わず笑ってしまった。
そう言えば久しぶりかもしれない。人前で笑うなどと。
「それで、どうするんだ?」
「ん、ああ。契約の話か……」
「私は無理強いするつもりはないし、できないからな。お前が決めろ」
C.Cはルルーシュに何も強制したりしない。そんなことをすれば、無事にコードが引き継がれるかどうか分からなかったし、与えられる能力も大したことはないはずだ。ギアスの力は人間の渇望によって生まれ、魂の形によってその能力が決まると言われる。
果たしてこの男がどんな運命を辿るのか、それは魔女と呼ばれたC.Cにも分からないし、干渉していいものではなかったからだ。
ルルーシュはしばし思案した後、真っ直ぐにC.Cの方を見て―――。
「―――その契約、断らせてもらう。
話を聞かせてもらうと、随分と危険な力みたいだな。
人を簡単に破滅させられるし、堕落させられる。
悪魔のような力だ。
冗談じゃない。
投資にあたってのリスクが大きすぎる」
C.Cの目がきょとんと丸くなった。
(まさか、本当に断るとはな……)
「本当にいいのか? お前の立場と将来を考えるのなら、私との契約は断れないはずだが」
「確かに。お前の言うような人外の力を使えたら、一気に問題はクリアされるかもしれないな。正直に言えば、喉から手が出るほど欲しい。ギアスの呪いなんて、結局その能力者本人の問題であって、僕がそんなものに負けるとは思わないからな」
「ほう、大した自信家だ。では、なぜ契約しない?」
すると、一瞬ルルーシュはその端正な顔をそっと背けると。
「周りに嘘を付きたくないからな」
そう答えた。
C.Cはそれで満足だった。
こいつは私とは違うのだ。心の芯があり、ちゃんと強く生きている。
ルルーシュには生きる為の目的があるらしい。
だが、それ以上に、守りたい大切なものが周りに存在しているのだ。
ルルーシュの父であるシャルルが若かりし頃、兄と語りあっていたというあの言葉を思い出した。
『嘘のない世界を目指しましょう』
(―――ああ、シャルル。マリアンヌ)
(こいつとお前達は良く似ているよ。親や兄弟を嫌っているところを含めてな)
しかし、其故に、心配でもある。
嘘を嫌うシャルルが、嘘で塗固められたような忘却のギアスを手に入れたように、いや、手に入れざるを得なかったように、いずれルルーシュも異能の力を望む日が来るかもしれない。
そんな日は来ないことを祈るばかりだが……。
「―――そうか。ルルーシュ、お前は中々素質がありそうだったのに、残念だぞ」
「ああ。お前の期待には答えられない。だから―――」
「うん? むしゃむしゃがつがつ」
「―――さっさと出ていけ! どんだけピザ好きなんだよ! これで何枚目だ! ああっ、僕のソファにパン粉いっぱいこぼしやがって!」
「なんだ、用がないとわかればすぐポイか。どれだけひどい男なんだお前は」
C.Cは薄い笑顔を浮かべて、目を白黒させる男を眺めた。
面白い奴だとは思う。だが、少し自信過剰で、心配な面もまた存在している。
契約しないと分かれば、もうこの男に用はないんだが。
(マリアンヌにも、しばらく様子を見るよう頼まれているしな……)
「ま、まさか、お前。ここに居座るつもりか!」
「ああ、しばらく厄介になるつもりだ。いい加減私も旅には疲れたからな」
「だからってなぜ僕の部屋に居座る! アデンに滞在したいなら、宿を手配してやるから!」
「馬鹿め。街は熱くてかなわん。空調が整っているここが私は気に入ったんだ」
「なっ、それだけの理由で……」
「ピザも食えるしな」
一刻ほど話していてわかった。ルルーシュは相手を振り回すのには慣れているが、振り回されるのには慣れていない。しかも、女には強くでれないタイプで、結局はなし崩しになるのだ。
「駄目だ。お前の存在を何と言って部下に説明すればいい!」
「妾だとでも言っておけ。皇子なんだから女の一人や二人増えてもかまわんだろう」
「そ、そんなわけにいくか! スキャンダルはごめんだ!」
「うるさいな。そういった細々とした問題はお前に任せた。私は眠くなった。寝る……」
と言って、C.Cはベッドに倒れ込んだ。
「おい。そこは僕のベッドだぞ」
「男は床ででも寝ていろ。それとも、添い寝でもして欲しいのか?」
「~~っええぃ! なんて我儘な女だ!」
「当たり前だ。―――私はC.Cだからな」
これがルルーシュとC.Cの初めての出会いだった。
契約を断ったルルーシュだが、果たしてこれから彼が辿る運命は未だ未知数。
しかし、この出会いが、ルルーシュの運命を大きく変えることとなる。
誰もいないゲストハウス。
静かな暗闇の中、ナナリーはベッドに横たわっていた。
ミレイは家に帰ってしまったし、咲世子も寝てしまった時間だろう。
本当に一人ぼっち。
一緒に添い寝してくれていたルルーシュも、ここにはもういない。
(ああ、こうやってぼうっと寝ていると、本当に死んでるみたい)
いっそのこと死んでしまえば、生まれ変わって幸せな世界に行けるかもしれない。
そんな非科学的な思考が頭の中をぐるぐる回り始める。
すると、ミレイの先程の言葉が刺のように、ナナリーの心に突き刺さり始めた。
『私もね、ルルーシュを助けるためにナイトメアの練習始めたの。まだ全然ヘタだけどね』
ルルーシュの為に、今は何の関係もないミレイが戦おうしている。
アッシュフォード学園普通科に入学するのを辞めて、士官学科に通うそうだ。
今からナイトメアの訓練を始めており、それなりに筋はいいそうだ。
ニ年程すれば騎士レベルになれると自慢していた。
対して自分はどうだろう。
足と目が不自由だからと、ゲストハウスに閉じこもり、世界を変える努力は一切してこなかった。まるで本当に屍のように、ただぼうっと移りゆく季節を儚んでいただけ。
「…………」
悔しかった。
せめて足でも目でもいい。この両方のうち一つだけでも、自由に動かせたらと切に思う。
ナナリーは動かない足を手でばんばんと叩き始めた。
そして、手だけで這って、ベッドから出ようともがく。
たったそれだけの動作で息が切れた。
(情けない……情けない……情けない)
(わたしはどうしてこうも情けないの! 力が……、力が欲しい! 世界を変えられるだけの……。全てに復讐し……全てを取り返すだけの力が!)
ナナリーはとっくに枯れ果てていたと思った涙が、目から流れているのを感じた。
ベッドから転がり落ち、目には見えない闇に向かって手を伸ばす。
まるで、それは神に虐げられた、力を欲する人間のよう……。
「どの神様でも構いません! お願いです! どうか、私に力を! 世界を敵に回しても勝てるだけの力をください!」
『…………へえ』
果たして願いは届いた。
『殺そうと思って来たんけど、気が変わったよ』
「だ、誰ですか、あなたは!」
『―――僕の名前はV.V。君の叔父さんだよ。
ナナリー、君には資格がなかったはずなんだけどね。
ここにきて素質を開花させたってことかな。実に興味深い話だよ』
不審な声の主は、ベッドの下に倒れ伏しているナナリーに、そっと近寄ってくる。
ナナリーは怯えていなかった。これがどんな悪魔でも亡霊でも構わなかった。
『ナナリー、力が欲しい?』
「欲しい! 何でもいい! 世界を変えるだけの力が!」
『そう……。僕との契約結ぶ気はあるかい?』
瞬間、視界が真っ白に染まった。
「ええ! 結びます、その契約!」
ナナリーの世界が螺曲がった。
いくつもの歴史、宇宙、人間を飛び越えて、世界という名の歯車が見えた。
頭が熱い。それに目が燃えるような痛みを放っていた。
知らず口からうめき声が漏れる。
死にそうなくらいに身体が痛い。それでもなおナナリーは目指す光に手を伸ばす。
(力が欲しい!)
その一念で。
そして―――。
『どうだい、ナナリー? 新しい世界は……』
「ええ、そうですね」
ナナリーはもう倒れてはいなかった。
ベッドを背に、真っ直ぐとした姿勢で、座っていた。
外見からは、何が変わったかわからない。
だが、次の瞬間だった。
「……世界って、こんなに殺風景で、ちっぽけなものだったんですね」
ナナリーの閉じていたはずの両の瞳が開いた。
その右目にはギアスの赤いマーク。
V.Vはナナリーにギアスを与えてしまったのだ。
彼としてはナナリーとルルーシュに殺しあわせて、外からそれを見物し楽しもうとしていた。マリアンヌを憎む彼は、あの女の血をひく子供たちに地獄を味合わせてから殺してやりたかったからだ。
(愛しあう兄と妹を無理矢理引き裂き、目の前で殺しあわせる。
こんな愉快な見世物はない!)
V.Vは心の中で、喝采の嘲笑をあげていた。
しかし、この選択がまたも世界を変えることとなる。
V.Vは、この時何をしたか、本当の意味で理解してはいなかった。
第八話へ続く。