今回もの凄い量を書いた気がする。気のせいかなw
心の赴くままにキーを押しました。あまり深く推敲できなかったのが残念。
作者としては楽しかったけど、皆さんが楽しんでくれるかどうか心配です。
この作品は完全に作者の趣味で書きました。
深い考察など一切ない、パラレルワールドのギアスです。
キャラ設定や世界観、その他が崩れていると嫌な方はお帰りください。
別にいいやっていう心の広大な方だけお読みください。
更新は毎週木曜か日曜の深夜とします。
これは今より数カ月前の出来事。
トーマがまだ、訓練兵だった頃のことだった。
『名誉など獣のようなものだ。飼い慣らしてこそ価値がある』
『なんであいつらと、俺たちブリタニア人が同じ兵舎なんだよ!』
―――いつまでもやまない差別。
―――どこかしらから向けられる侮蔑の視線。
名誉ブリタニア人であるトーマは、そうしたブリタニア人の不満の声を、他ならぬトーマたちの部隊の前で毎日聞かされていた。
あれは、コンクリート造りの壁で仕切られた体術訓練所でのことだった。
トーマたちは全員両膝を地面に着かされており、周囲にはサディスティックな笑みを浮かべた正規兵で囲まれていた。あたりに派手に飛び散った血痕が、その物々しさに拍車をかけている。
長い駐屯でストレスの溜まった兵が、より下士の身分の兵を暴行することは、戦場ではよくあることだった。名誉ブリタニア人など、特にその被害にあいやすい。
トーマたちの顔には皆殴られた痕があり、気絶して倒れている者までいた。
名誉がナイトメアを操縦していること。そしてルルーシュ皇子の覚えがめでたいことも彼らには不満だったようだ。彼らの暴力は執拗で、容赦がなかった。
『ふんっ、腰抜けめ。一度も反撃してこないとはな……』
『こんな屑を相手にしても時間の無駄だ。行くぞ』
―――どれくらい殴られていたのか。
正規兵らが嬲ることに飽き、唾を吐き捨てて去っていく。
暴行はいつも、嵐のようなものだった。
突然やってきて、時間が過ぎれば去っていく。
トーマたちはただ耐えていることしかできなかった。相手には貴族もいる。下手に反撃しようものなら、不敬罪で処刑される可能性だってあった。
『トーマ、俺は悔しいよ……』
『俺もだ! あいつら、今から一発でもいいから殴ってきてやる!』
地面に横たわったままで、仲間の皆が涙を流している。
これもいつものことだ。
せめて恨みだけでもこぼさないとやっていられなかった。
名誉ブリタニア人だろうと悔しいものは悔しい。これほどの屈辱、皆がこらえられるはずがないのも理解していた。しかし、トーマはそこでいつも皆をなだめていた。
『―――駄目だ。ここで俺たちが暴力でもって奴らに対抗したらどうなる。今まで耐えてきたものが一瞬で消えてしまうぞ』
そう、耐えてきた。
ずっと耐えてきたのだ。
『―――ブリタニア軍で成り上がる。そして、名誉ブリタニア人制度を廃止させるんだろ』
トーマの力強い言葉に、皆はようやく握った拳をおさめてくれた。
しかし、ここでトーマは、一つだけ皆に嘘をついていた。
―――いや。
(名誉ブリタニア人制度の廃止……。本当にそんなことが可能だと思っているのか?)
―――嘘をついていたのは、自分自身に対してだったのかもしれない。
同じ部隊の仲間を説得した彼自身が、現実に目標が成就されることを信じていなかったのだ。名誉ブリタニア人が、ブリタニアを中から変える。そんな夢物語、信じていられるほど彼は幼くなかった。
トーマは皆が思っているほど、冷静な男でもなんでもない。
(冷めているだけだ。俺なんて……)
明日を信じられなくて、現実を絶望しているのはトーマ自身だった。
正規兵に殴られている最中も、別にそれが屈辱になど感じていなかった。
最初はもちろん悔しかったし、涙も流した。
だがそれが続くと、屈辱にも慣れてきた。
長い差別に人の心は摩耗する。途方もない夢をずっと信じていられる人間などどこにもいなかった。
しかし―――。
『―――まったく……。お前らはまた反撃しなかったのか』
そんな絶望の闇を裂くようにして、ルルーシュ皇子は現れた。
艶やかな黒髪に、中性的な顔立ちの少年。
同じ訓練生としてビスマルクに鍛えられてきたが、恐れ多くてあまり会話する機会もなかった。彼は賢く強く、いつも周りにラウンズ候補生がいた。
トーマの同僚である名誉ブリタニア人の女性兵士からの人気も高く、トーマにとってはますます手の届かない存在だった。
その皇子は―――なぜか、トーマたちをよく気にしてくれていた。
今日も見回りとの名目で、恐らく自分たちの様子を見に来てくれたのだろう。
『よくもこれだけやられて、平然としていられるものだな。僕だったら相手を絶対に許さないが』
傷つき倒れ伏しているトーマたちを、その紫の瞳で見据えていた。その口元は不快そうにへの字に曲がっている。
自分よりも五歳ほど下の、まだ若い皇子様。
だが、その器は信じられないくらい大きかった。
『トーマ、立て』
ルルーシュが命じると、後ろに控えていた兵が近づいてきて、トーマの身体を支え起こした。状況がわからず不審気な顔をしているトーマの足元に、さらに別の兵が、ブリタニア軍正規兵の装備一式、運んできた。
青と白の派手な軍服。オートマチックの銃、それに黒い軍靴。
そして、ルルーシュがとある小さなものを放りなげてきた。
それはナイトメアの機動キーだった。
『それをお前にやる』
『は?』
『お前を僕直属の名誉ブリタニア人ナイトメア特殊部隊の隊長に任ずる。隊名が長すぎるなどの不満があれば、適当に省略すればいい。お前にここにいる数十名の指揮監督権を与える。全員をよく監督せよ』
『ま、待ってください! 名誉ブリタニア人はナイトメアに乗れません! どうして俺たちだけが!』
『言っただろう。特殊部隊だと。僕は単純に力があって結果を出せるお前たちを優遇しているだけだ。ただし、戦場で僕の指揮に従う義務が生まれる。僕が死ねと言えば、お前たちは死ななければならない。それが嫌なら今ここで辞退しろ』
ルルーシュは偉そうな顔で、トーマの眼前を行ったり来たりした。名誉ブリタニア人たちは突然のこの成り行きを呆然と見守っている。
同じビスマルクのもとで鍛えられてきた仲間であり、トーマたちにとっては司令官である皇子。
その言外に込められた意味を読み取って、トーマは深く頭を下げいてた。
名誉ブリタニア人部隊がルルーシュ皇子直属の兵になった。つまり今これよりトーマたちに暴行したり、侮辱したりすれば、それは上司であるルルーシュをも侮辱することに繋がるのだ。
(このお方は、我らを守ろうとなさってくれている……)
言葉では命令に従え、服従しろと横柄なことを言いながらも、この皇子は優しさを忘れず下々の者にまで気を配っているのがはっきりわかった。
『……殿下。不詳ながら俺も兵士です。駒になる覚悟なしに戦場に出てはおりません。我らの命でよければ、思う存分お使いください。その代わり、我らもあなた様を利用させていただきます!』
トーマの胸に今までなかった誇りが満ちるのを感じる。皇族を利用するなどと、不敬罪で打首になるところだったが、ルルーシュは唖然とした後、大笑していた。
『いいだろう』
ルルーシュは自分の腰から剣を抜いた。刃が虚空を凪ぐ音とともに、弧を描いた剣先がトーマの肩にぴたりと押し当てられる。略式の騎士叙任式だった。あの時の胸の高鳴りと、初めて皇族というものに忠誠を覚えたあの一瞬を、トーマは決して忘れていない。
『この剣をお前に与える』
『ははっ』
『―――力さえあれば、自分の大切なもの、全部守ることができるんだ。僕はブリタニアの力こそ全てという風潮には反発を覚えている。だが、力がないと何も守れないし、何も変えられないのも確かだ。僕は力を手にいれる。ブリタニアを変えられるだけの力を……。お前もそうだろう?』
かつて語り合った夢があった。
皇子と名誉ブリタニア人。双方、身分の壁は大きかったが、その時だけは心は一緒だったと思う。トーマの心に絶望に似た諦観は消え、ただ希望だけが残っていた。それは仲間たちも一緒だったのであろう。皆の理想に燃える瞳が今でも思い出される。
(―――ルルーシュ殿下を支えよう。このお方を皇位継承者上位にして、我ら名誉ブリタニア人の旗頭となってもらうのだ)
そして、時は流れて……。
秘めた決意は、微塵も変わることはなく―――。
『コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ』
『第九話』
会談場所は、イエメン州を西海外沿いに北上したサウジアラビアのジザン。ソマリアからの船が点々と停泊し、EU支配下であるエジプトからの輸入品が数多く仕入れられている貿易港であった。精密機械などが主な輸出品のようで、港の周りにはもくもくと煙をふかす工場が多々建設されていた。巨大なコンテナが所狭しと並んでおり、異国情緒あふれる街並みの露店に普通にナイトメアのパーツが売られていたり、闇取引のメッカとも呼ばれる発展都市だった。
会談は、その街の中央で行われる予定だ。
敵の余計な策が待ち受けていないよう、両者十分に調整を行った上で、ジザン市庁舎に会談の間が設けられた。
ルルーシュは背後に補佐官であるC.Cとヴィレッタ、護衛に純血派の面々をつけ、約束通り重火器のような武装はなしで登場した。約束の時間まであと数時間、まだまだ時間はかなり余っている。空は曇天模様で、時折珍しく稲光のような閃光が天を割っていた。
市庁舎の前には、カーンが率いる部隊と、トーマたち名誉ブリタニア人部隊で、サウードら捕虜を護送してきていた。確実に何か企んでいるであろう、カラレスの部下たちを監視させる目的で、信頼しているトーマを配置していたのだ。
サウジアラビア州軍が率いてきた軍も五十名ほど庁舎には詰めているが、ブリタニアとアラビア連合両国の浮遊航空艦二隻で上空の監視をさせている。
あまりに手薄な護衛はアラビア連合の豪胆さを示すためのものだろうが、ジザン郊外にはサウジアラビアを脱出したいと願う難民のキャンプがあった。もし彼らが暴れだしたら、この街の衛兵では対処しきれないだろうという不安もルルーシュにはあった。
「おい、サウジアラビアの元老共がブリタニア皇子にお会いになるらしい」
「何? じゃあ、そのお偉いさんたちに俺たちで直談判すれば、この封鎖を解いてくれるんじゃないか」
「馬鹿。今、下手な動きをしたら殺されちまうぞ」
「でもよ……」
彼らはサウジアラビアの徴兵と重税の生活苦に困り、イエメン州に逃れようとした領民たちだ。しかし、貴重な労働力であり、戦闘員である民を逃がしてはならじとしたアラビア王の政策により、彼らは難民となって、ここジザンでキャンプを作っていたのだ。
砂漠の上に建設された天幕の仮設住宅は、決して居心地は良くなく、昼には砂嵐、夜には夜盗が襲いかかってくることもあって、とても安寧な暮らしなど望めないことが多かったのだ。
「ルルーシュ様……。州境にジェレミア卿ら、主力ナイトメア部隊を配置しておきましたが、この難民全てが敵となった場合、救援は間に合いません」
ストレスの溜まった難民たちを、市庁舎ビルの窓から見ていたヴィレッタが、心配そうに訊いてきたが、
「……だが、住民を不安にさせるような大軍を引き入れるわけにはいかない」
ルルーシュは額の汗を手の甲で拭って、かぶりを振った。空調の不安定なビルは、ひどく蒸し暑かった。ジザンの暑さに慣れない皇子の、判断力を落とすべく、作為的に行われたアラビア側の嫌がらせだった。
「彼らの怒りはブリタニアよりも、むしろサウジアラビアへと向かっている。今ここで難民キャンプを攻撃しても、かえって市民に反ブリタニアの感情を抱かせるだけだ」
概ね、ルルーシュの考えは正しかった。
そう言い切ったルルーシュだったが、さしもの彼も、大局は見誤らなくとも、少局で読み間違えていることに気づいていなかった。
集まった民衆の中に、カーンが金で雇った昔なじみの傭兵団多数が紛れ込んでいたのだ。
ボロ雑巾のような衣服を着たみすぼらしい格好の難民に混じって……。
ラクダに乗っている白人と、その側に立っているアラブ人の二人組がこそこそと動きまわっていた。二人ともフードを目深にかぶっており、その表情はわからない。
「おい、本当に金は支払われるんだろうな?」
「カーン様が嘘を仰られたことがあるか? カラレス副司令からたんまりと軍資金はもらっているから安心しろ」
「それさえ聞ければいいんだ」フードの下で、アラブ人風の男がげひた笑いを見せた。
「俺たちゃ所詮傭兵なんでな。払うもんさえ払ってくれれば、皇子だろうが悪魔だろうが、殺してやるよ」
「こら! もっと小声で喋らないか。誰に聞かれておるか、わかったものではない」
顔を赤くして怒っているのが、カーンの軍師ラッセルだ。まだ若く優男と言っていいほどの顔をしているものの、彼も傭兵として数々の悪事を働いてきた男だ。その瞳は野心と欲望に濁っている。
アラブ人男性の傭兵は、ラッセルから受け取った前金の小切手に、大きな目が爛々と輝いていた。これなら裏切らずに汚れ仕事を引き受けてくれよう。
「おい、準備はいいのか?」
「お、おお。ラッセルの旦那さえよければ、いつでも俺たちは動けるぜ」
これから傭兵団にはカーンからの合図があり次第、ここにいる難民キャンプを爆破してもらう。そして混乱に陥った烏合の衆に、犯人は難民を良く思っていないアラビア連合とブリタニアの両国の謀であると、大声で扇動させるのだ。馬鹿な民衆は確実に市庁舎に雪崩れ込むだろう。その時こそ、ルルーシュ殺害のチャンスだ。
「おいおい、いいのか?」
「何がだ?」
「ここにいる奴ら、戦闘に巻き込まれて大勢死ぬぜ」
「くっハッハッハ! 傭兵のお前がそんなことを気にしてどうする?」
ラッセルの頭には他人がいくら死のうが関係なかった。どいつもこいつも自分の策を遂行するための駒に過ぎない。多数の駒に視界を奪われ、油断したルルーシュをこの自分が暗殺するのだ。カーンからの褒美が山ほど約束されているこの大仕事で、絶対にミスは許されない。
(ふんっ、正直サウードのような阿呆なんぞもただの捨駒だ。本命はこの私の指揮にあるのだ。私がルルーシュに知略で劣るだと? 嘗めた口を―――)
ラッセルがサウードの生意気な態度を思い出して歯噛みしかけた時、難民の間からどよめきがあがった。一隻の航空艦が暗黒色の空の下、一点の光となってあらわれた。だんだんと近づいてきて、それがサウジアラビア船籍の艦であることがわかった。ラッセルはアラビア連合軍についても情報を集めていた。王家の紋章が刻印されていることから、あの航空艦には、サウジアラビア州の元老が乗っているのであろう。
わりと小型の船が、滑るようにして、砂漠へと着陸する。
その時、難民からブーイングと、怒りの声が轟き始めた。
やはりルルーシュの予想通り、難民の矛先はサウジアラビアの貴族たちに向かっていた。
「くくくくく。新たな駒の到着だ」
ラッセルが不気味に笑い、傭兵たちが爆弾の準備にとりかかる。
航空艦から降りてきたのは、総勢七名の老人だった。
アラビア王ファイサルから全権大使として派遣されてきた、アラビア王家の懐刀の長老たち。軽装であり、やはりしきたり通り、武装は何も持ってはいなかった。
ある一人だけは別にして……。
その老人と目があった。お互い目配せしあう。
ラッセルの笑みがより濃くなった。
ジザン市長が迎えにあがって、市庁舎の中に入っていく。
その直後、砂漠には珍しい雨と共に、稲光が凄まじい衝撃をともなって近くに落ちた。
知らず、ラッセルたちは身震いしてしまった。
それはひょっとすると、彼らの未来をしめす、予兆であったのかもしれない。
「……さて、時間だ」
この会談の主催者として、まずルルーシュが口火をきった。
黄土色した部屋の中に、アラビア半島の明日を左右する要人たち三十名以上が、テーブルを挟んで座っていた。和平会談ということで、武官はおらず、文官のみ。ヴィレッタやC.Cはブリタニアの書記官としての制服を着せ、ルルーシュの横に座らせていた。
まずは儀礼的な式典の言葉を言うのが、貴族としての習わしだそうだが、そのようなものすっ飛ばし、いきなり本題からルルーシュは問うた。
「我々ブリタニアは僅か一年と数カ月で、イエメン州、オマーン州、ドバイ州など、アラビア連合の過半数の領地を奪い取ったわけだ。そこで思うに、もうあなた達に勝ち目がないことは明白。無駄な血を流す前に、我らとしては大人しく降伏してもらいたいのだが……」
周囲にピリリと亀裂が入った。
明らかに相手を怒らせるような問答だったと言える。
「……始まるやいなや、酷い物言いですな」
「ふん、ここで腹の探り合いなど無用だ。僕はそこまで暇じゃないんでね」
「…………」
ルルーシュのあまりにも礼を欠いた発言に、会場がひどく思い空気になる。
対面に座るアラビア連合元老の老人たちの中には、怒りで顔中真っ赤にしている者まで見られた。
それもそのはず、ルルーシュは彼らをわざと挑発しているのだから。
(ふふ、さあ尻尾を見せろ。どうせお前たちが裏でカラレスと繋がっていることくらい、僕にはお見通しなんだからな)
ルルーシュが国中に放ったスパイたちによると、カラレスはアラビア王と直接繋がる秘密のパイプを持っているらしい。恐らく、ここにいる老人の中に、その手引をした人物がいるはずなのだ。ルルーシュ暗殺に関して、王とカラレスの仲をとりもった人物。そいつが今必死に隙をうかがい、何かアクションをとろうとしていると考えると、ルルーシュの心に嘲笑にも似た笑いが溢れてくる。
(秘密裏に動けるのがお前たちだけなどと思うなよ。僕も他人の目を盗んでトラップをしかけるのは大好きなんだからな。ふははははは!)
ルルーシュもこの会場に強襲部隊数十名を密かに配置しており、ヴィレッタにその指揮権を預けている。何かあれば速攻でジェレミアらにも連絡が行くし、ジザン外縁にも小型の戦闘用航空艦が隠してある。一番強敵になるであろうカーンには、トーマたちで対処し、護衛には意外と使えるC.Cを側においている。
ルルーシュの防御は完璧だった。
(さあ、どこからでもかかってくるといい。返り討ちにしてさしあげよう)
ここではっきり言っておこう。
ルルーシュは―――相手の方から先に銃を撃たせたいのである。
火器持ち込み厳禁の和平会談において、ブリタニア皇子に発砲などと前代未聞。そうなれば遠慮なく、この老人たちを処分できる。力押しが大好きなファイサルなど、この長老衆がいればこそ、今まで生き残ってこれた猪武者だ。後でどうとでも料理できる。
まずはこの長老たちの身柄を拘束し、ファイサルの力を削いでおくことが肝心である。
「ルルーシュ皇子。そうは仰るが、そなたとて十分な兵力はありますまい。自慢のナイトメア部隊も連戦に続く連戦でかなりガタがきているご様子。広い領土を統治するにあたり、地方基地に削く兵力すらままならないのでしょう。そんな調子で果たして我ら大国アラビアに勝つことができますかな?」
「勝てるさ。そちらの頼みの綱は同盟国EUからの援軍であろう。言っておくが、EUをそこまで信用しないほうがいいぞ。民主主義とは名ばかりの日和見主義だからな」
少し痛いところを突かれたのか、アラブ人の官僚たちから細かく舌打ちが漏れた。それもそのはず、EUは連合として傍目纏まっているように見えても、その実、州ごとに意見が食い違っており、長年の民族的確執は積りに積もっている。よって、EUの議員の数名から援軍の言質を得ようとも、それが本当に実行されるかは誰にも保証はできなかった。
「だが、我らとてまだ保有戦力はかなりのもの。寡兵であるそなたには決して負けはすまい! その調子にのって伸びた鼻っ柱を折ってご覧にいれようか!」
「ほう、これは面白い。先の戦いであれだけの負けっぷりを見せた弱国が、どのようにして僕を倒すと?」
「こ、この若造が……!」
挑発に一番に乗ってきたのは、数名いる中でも、まだ若い方の老人だった。身体は枯れたように細くやせ衰えていても、胸に持った愛国心は人一倍強いのだろう。天下に数百年と覇をとなえたアラビア王家に楯突く無法者の皇子に、殺してやりたいくらいの殺意が隠しきれずに表出する。
(この男か! カラレスと組んでいるのは……)
「も、もう許さん! たかが小僧と思って、捨ておいてやったものを! 今ここで殺してくれるわ!」
突然立ち上がって、懐に手を入れるその老人。そして握られたのは一つのスイッチ。
どうやら遠隔式のダイナマイト爆破装置のようだった。
「な、何をするつもりじゃ! アミール!」
「ここでは武装は禁止のはず! やめるのじゃ!」
他の老人たちがアミールと呼ばれた老人を止めるため、部屋の外の衛兵を呼ぶが応答がないそうだった。おそらくアミールという長老は、最初からこうするつもりで、策を立てていたのであろう。
ヴィレッタが眉をひそめて、ルルーシュの前に守るように立った。彼女の手には小型の通信機が握られており、アミールが立った瞬間に屋上にいる強襲部隊に信号を緊急信号を送っていた。
「やれやれ……。大ピンチじゃないか、ルルーシュ」
C.Cはちっとも危機感を感じておらず、逆に面白そうに事態を見つめている。それはルルーシュとて同じだった。この程度のピンチ、乗り越えられぬようでは、ブリタニアの宮殿でなど生き残れない。
「ふははははは! いつ刃を抜いてくれるのかとやきもきしていたよ。もしかしたらこのまま本当に和平で終わるのかもと、逆に危惧したくらいだ」
ルルーシュは芝居がかった様子で、腕を高くあげたまま、指を鳴らした。
その瞬間である―――、窓ガラスが割れ、そこから数十名の鍛えられたブリタニア強襲部隊が次々と侵入を開始しはじめる。皆手にはライフルと、アーミーナイフといった部屋の中での戦闘に特化した装備で武装している。全員航空艦から落下傘でこのビルまで降りてきた勇気ある猛者ばかりだ。
きびきびとした動きで、会場にいたほとんど全ての要人を救助し、または捕縛していく。
「く、来るな! この野蛮人共! わしはやると言ったらやる男だ! おい! これが見えんのか、爆弾じゃぞっ!」
「早く撃て! この男を―――」
響き渡るルルーシュの怒声。
しかし、アミールだけは、じたばたと抵抗し、爆破スイッチを渡そうとしなかった。
ライフルの弾が彼の脳髄を破壊するその一瞬前に、もう彼はスイッチを親指で強く押してしまっていたのだ。
途端、ビルの地下から猛烈な破壊音と、爆炎が溢れ出す。
建物が崩壊し始め、この会議室にまで地割れが起こって、煙が噴出していった。
(まずい! このままでは崩れる!)
「ルルーシュ殿下、ご無事ですか! C.C様、殿下と一緒に脱出を! 強襲部隊は先行し露払いをしておけ。長老たちは私が連行していきますのでどうかお早く!」
「ちっ、わかった。ジェレミアら純血派の兵に、援軍を要請しろ! この騒ぎ、まだまだ終わらなそうだ!」
ヴィレッタが爆発によりうろたえた貴族たちを纏め上げ、脱出の準備に奔走してくれている。ルルーシュもその言葉に従って、階下に向かって走りだした。もちろんエレベータは潰れていて使い物にならない。歩いて一階まで降りるしかなかった。
この時、ビルの外では、カーン含めトーマたちが右往左往しているのが窓から見えた。
皇子が倒壊寸前の建物の中にいるのだ。それも当然であろう。
(くそ、本当ならもっとスマートにうまくやるつもりだったのに。……まあ、いい。どんな作戦にもイレギュラーはつきもの。今日は長老のほとんどを捕縛できたことを喜ぶとするか)
「おい、ルルーシュ! 外の様子が変だ!」
「何?」
C.Cの声に、非常階段を降りる足を止めて、踊り場の割れた窓から眼下をのぞくと、なんとサウードたち捕虜が逃げ惑う市民と一緒になって逃げ出す姿がはっきりと見えた。多数の濁流のような難民まで、ジザンの防壁に押し寄せてきているようで、街の警備兵と殺し合いの戦争にまで発展している。
街は炎に包まれ、暴徒は略奪者となって住人を襲い始めた。
銃声が各地で轟き、悲鳴が木霊する地獄が誕生したのだ。
トーマら名誉ブリタニア人たちもこの混乱の最中何もできず、バラバラになってしまっていた。カーンの姿も見えず、捕虜を収容していたはずの装甲車は身るも無残に爆破されていた。
(―――なんだ、これは! 何がどうすれば、こんな事態になる!)
見れば、難民キャンプの方からも火の手が上がっており、泣き叫ぶ人々の群れは、一直線に列となって、ここジザンに押し寄せてきているようだった。
明らかに、何かが狂ったこの状況―――。
が、ルルーシュには、この事態がカーンの策だということにすぐに気づいた。このカオスの状況の中、カーンだけが、面白そうに事態を眺め、どこかに通信で笑いながら指示を出しているのが見えたからだ。
「くそっ、C.C! 急いでトーマたちと合流するぞ!」
「……なんだと? しかし、合流してどうする? 難民にこの街一帯を全て囲まれてしまっている。ここは一度隠れて、遅れてくるヴィレッタやジェレミアらの援軍を待つのが王道ではないか」
「……お前の考えにも一理ある。だけど、何か嫌な予感がするんだ。この混乱に乗じてカーンが何をするかわからない。難民たちがトーマたちに危害を加えないとも限らないしな」
「奴らはお前の護衛だ、ルルーシュ。奴らの為に、お前が危険な目にあってどうする!」
しかし、ルルーシュは頑として首を振り、一つも譲らなかった。
ここが今のルルーシュのまだ幼いところなのかもしれない。
『皇族としての義務―――』
以前ビスマルクから語られたその言葉の意味を、今のルルーシュはすっかり失念していた。
皇族には皇族の、兵士には兵士のやるべきことがある。
ルルーシュは安全なところから、通信で彼らに指揮を下すべきだった。戦場に生身で踊りでるは皇子の仕事ではない。かえって混乱が増す恐れすらある。
しかし、合理的に行動することに頭は納得していても―――情の鎖が邪魔をする。
(あいつらは、初めてできた僕の部下だ! ジノや、アーニャ、モニカたちと一緒に、ずっと訓練してきた戦友。その彼らを狂気に狂った難民の中に見捨てていけと言うのか!)
トーマたち名誉ブリタニア人が忠誠を誓ったのは、ルルーシュの優しさから。
そして、ここでルルーシュの心をがんじがらめにし、視野を狭量なものにしていたのも、その優しさからだった。
「いやだ。彼らは僕が助ける! 今のあいつらには僕の指揮が必要なんだ!」
「冷静になれ、ルルーシュ! いつもませた様子で命令を下すくせに、こんな時に我儘を言うな! 死にたいのか、お前は!」
C.Cの珍しく必死の叱責にも、この時のルルーシュは耳を貸さなかった。
ルルーシュには仲間が少ない。ナナリーのいない今の彼に、支えてくれる友というのは彼の世界そのものとも言える。
それゆえに、仲間の死や別離を認めない。
(何が何でも助けてやる!)
ルルーシュは己が腰にある銃を片手に、一階ロビーを走り抜けていく。
その背後には苛立たしげに彼の後を追うC.Cの姿があった。
これは昔の記憶……。
あのお方がまだ生きていた頃の、世界がまだ美しく感じたあの日の出来事。
―――マリアンヌ様。無事のご出産おめでとうございます。
―――ええ、ありがとう。ルルーシュのこと、よろしくお願いね、ビスマルク。
―――はっ、この生命に変えましても。
―――ふふふ。そんなに気負わなくてもいいわよ。子供なんて勝手に大きくなるんだから。
―――それにしても、まだ赤ん坊だというのに、顔つきがしっかりしていますな。これは将来大物になるかもしれませんぞ。
―――そうね。でも目つきが悪いのは父親似よ。あの人に似て将来ひねくれそうね。
―――そ、そのようなご冗談を……。
遠い遠い過去のように思える。
どうして―――この時が永遠に、続かなかったのか……。
(わたしらしくもない。なぜ、昔のことなど……)
ビスマルクはEU侵攻用、海上前線基地の甲板で、我知らず、物思いにふけっていた。
かもめと共に、海上警備のヘリが、基地内に帰ってきたところだった。
新たしく開発された海でも活動できるナイトメアの試運転も始まっており、どこか不恰好なKMFが科学者立ち会いのもと実験が行われていた。
そして今日、カリフォルニア基地から援軍が到着する運びとなっており、海上で敵航空艦隊に狙われないよう、いつでも出撃できるよう、ビスマルクは待機していたのだ。
ナイト・オブ・ワンである、帝国最強の騎士ビスマルク。
現在彼はエル・アラメイン戦線で、一挙攻勢にでてきたEUの部隊を相手取り、北アフリカの地中海で互角の戦いを繰り広げていた。ブリタニア軍の上陸を必死に阻もうとするEUの部隊に対し、海上に前線基地を造り、そこを中継地にして戦っていた。
しかし、さすがはヨーロッパの連合である。
ブリタニアの苛烈な攻めに対し、一歩も引かず抵抗してくる。
北の大ブリテン島からも、シュナイゼルが挟み撃ちをしかけているが、ドイツ製のナイトメアもどきが、まだ未調整ながら、あの第二皇子を苦しめていた。
戦争が始まってから数カ月。
一挙に趨勢が決まると思われたEU侵攻は、ここに来て膠着状態が続いていた。
「…………」
ビスマルクは自ら封じた左目を、そっと手で撫でた。
最近やけにうずくのだ。
こんな時は、やけに昔の思い出と共に、未来のことを夢うつつに見てしまう。
本来ビスマルクのギアスには、僅か先の未来を見通すだけの能力しかないはずだった。あの魔女が言うには、自分にそこまでの素養はないらしい。
だが、たまにだが、遠い未来のイメージが断片的に見えることがあった。
―――お馬さん、怖い。乗りたくない。
―――大丈夫ですよ、ルルーシュ殿下。馬は気高き者の象徴。皇族であるあなた様が、それを恐れていてどうします。
―――う、うぇぇぇ! 母上! ビスマルクが苛めるぅ!
―――ああっ、ルルーシュ殿下! ……やれやれ。殿下は身体を動かすのがあまりお好きではないらしいな。
次に見えたのは、幼き日のルルーシュと自分の映像だ。
乗馬の特訓をさせようと、小さいルルーシュに無理をさせたのがいけなかった。
あの頃の皇子は泣き虫で、ずっとマリアンヌのスカートにしがみついていた。ナナリーが産まれてからは、兄としてしっかりしなければと成長したようだが、ビスマルクからすれば泣き虫なのは今も変わっていない。
幸せな過去。だが、それゆえに心が痛い。
今よりも自分の顔がずっと明るく、活き活きしているのを見せつけられる。
(それだけわたしも老いたということか……。―――いや、そうではない)
ビスマルクの左目に裂けるような痛みが走った。
それは自分の心が疼く痛みでもある。
(―――マリアンヌ様が死んだあの日……、自分の心もまた、死んでしまったのかもしれない)
あの日から、ビスマルクの時間は半ば止まってしまっていた。
あのお方を殺した者が、まだあのペンドラゴンにいるかもしれない。
捕まえて、殺してやりたい。
誰が犯人なのか、皇族の一人一人を拷問にかけてでも、誰がやったのか吐かせてやりたい衝動にかられた。
しかし、皇帝への忠義心と、ナイト・オブ・ワンの立場が自分に自制を求めてくる。
いつのまにか、ビスマルクはその葛藤に縛り付けられるように、己が心を殺すようになっていた。
(―――皇族に絶対の忠誠を誓う騎士。……聞こえはいいが、ただの機械なだけだ)
ビスマルクが自嘲の笑みをこぼす際、その背後で人の気配がした。
振り返ると、帝国特務局の総監であり、今はシュナイゼルの部下でもある女性が立っていた。
―――ベアトリス・ファランクス。
かつて自らの部下であり、皇帝の騎士ナイト・オブ・ラウンズであった女性だ。
「どうなさいました? ヴァルトシュタイン卿がお笑いになるなど珍しいですね」
「ただの詰まらぬ感傷だ……。捨ておいてくれ」
「では、そうしましょう。シュナイゼル殿下から先程通信がありました。このまま攻めつづけても被害が大きくなるばかりだから、一旦撤退して搦手で敵戦力を分断すると仰っておられました」
ベアトリスもまた、数年前アリエスの離宮で、ヴィ家と親しかった一人だ。しかし、彼女もまたビスマルクと同様、この数年元気がない。覇気というよりは、身体中の生気がどんどん減っていっているように思う。
馬鹿な考えだが―――。
まるでもういつ死んでもおかしくないような、儚げな印象を彼は感じていた。
「なるほど。最善の策だな。後で了解したと伝えておいてくれ。私もひとまず敵の様子を見よう」
「……ご心配ですか。ルルーシュ殿下が」
ビスマルクの物憂げな様子を、深読みしたかベアトリスが、神妙に尋ねた。
それに、素早く首を振って答える。
「私が伝えるべきことは、もう伝えてある。……これで負けるようでは、あのお方もきっとそれまでの器だったのであろう」
「強がりですね。本当は心配でしょうに」
「なに?」
「ルルーシュ殿下やナナリー殿下がご誕生の際、一番喜んでいた卿が、ルルーシュ殿下を見捨てられるはずがありません。本当は飛んで戻りたいはずでしょう」
「……馬鹿な。今の私にそのような」
「シュナイゼル殿下が卿のことも心配しておられましたよ。しばらく大規模な戦闘は起こらないだろうから、数日休暇をとってジノ達と一緒にルルーシュ殿下に会いにいってはいかがです?」
「お前らしくない提案だな。いまここで私に戦線を離脱しろと言うのか」
ビスマルクの嘆息に答えたのは、ベアトリスではなかった。
彼女が口を開きかける前に、強烈な左目の痛みと共に、ある映像がフラッシュバックして彼の視界が明滅する。
「ヴァルトシュタイン卿……。左目がっ、赤く輝いて……。なんなのですか、それは!?」
「ぐぅ……、まさか、ギアスが強制的に……私に未来を見せようというのか! こんなところで!」
ビスマルクの脳に、(まさか―――暴走か!)という、恐怖が走る。
しかし、それは暴走ではなかった。
ビスマルクの隠された心の中。深層意識の奥で、いつもルルーシュのことを心配していたことが、彼の能力を無意識的に引きずり出していた。
「ヴァルトシュタイン卿!」
ベアトリスの医者を呼ぶ声が聞こえる。
だが、ビスマルクはそれを制止することができなかった。
痛みで地面に膝をつき、うめき声を漏らしてしまう。
そして―――ある映像が、ビスマルクの脳内に刻まれた。
「まさか……、ルルーシュ殿下が―――」
その映像はルルーシュが銃弾を胸に受け、倒れるものだった。
「おい、聞いているのか! ルルーシュ!」
「C.C、お前はヴィレッタを待っていろ! ここは僕だけでなんとかする!」
「馬鹿! お前一人で何ができる!」
前触れはほとんどなかった。突如大挙して襲いかかってくる難民たち。ルルーシュとC.Cの走る目の前で、彼らは略奪を開始したのである。ボロボロの衣服の、いかにも生活に困っていそうな男たちだった。食料、衣類、金品を奪うはもちろんのこと、自分たちの鬱憤を押し付ける捌け口になりそうなものに、容赦なく襲いかかっていた。
男の断末魔、女性の悲鳴、子供の泣き叫ぶ声。
それら全てが、ルルーシュの理性を崩壊せしめる。
襲いかかってくる者を、銃で威嚇し、サーベルで斬りつけ、ルルーシュはとにかく前に進む。
『止まりなさい! 武装を解除しなさい!』
空を見上げると、一隻の中型航空艦が上空50メートルのところで、難民たちに停戦を呼びかけていた。艦から大量の貴重な水が放射されるが、難民たちはびくともしない。逆に奪った対戦車砲で、航空艦を撃墜してしまう始末だ。
その混乱の中、ルルーシュは見てしまった。
焦りと不安でたたらを踏んでいたその遠く先に、
「カーン!」
難民たちと一緒になって、いや、彼らを扇動するように指揮を下す男がいた。
「くははははは! 殺せ! こんな愉快なことができるのは今だけだぞ!」
カーンのもと、重火器を持ったブリタニア正規兵が、逃げ惑う市民たちを銃撃している。
その顔には狂気の笑みが浮かんでいた。
(やはり―――お前の仕業か!)
ルルーシュの瞳が憤怒の炎に染まり、右手に握る銃を強く握り締める。
(やってくれたな! ―――僕を殺す為だけに、ここまでするか! なるほど。これがお前の! 傭兵のやり方というわけか!)
ルルーシュの命を奪うだけなら、面と向かって刃を突きつけてくればいいものを。この男は関係のないアラビア人たちを大量に殺害し、その混乱に乗じてしか攻勢にでれない臆病者だったのだ。
―――いいだろう。
ルルーシュは覚悟する。ブリタニア軍人を殺す覚悟をだ。
己の部下だ、皇族会議の犬だと、積極的行動に出ず、今まで躊躇していたから、このような事態を招いた。全て自分の責任である。
(今まで何を甘いことを言ってきたのか。こんな奴ら、初めから僕が始末しておけばよかった!)
「カーン様! ご乱心なされたか!」
「乱心……。俺が?」
トーマら名誉ブリタニア人たちが、カーンを止めようと説得を続けている。しかし、カーンは悠然と煙草をふかし、虐殺の現場を楽し気に見守っているだけだった。
「サウードたちが銃を奪って逃走したのだ。また逮捕せねばなるまい。それに俺にはルルーシュ殿下を守る義務がある。明らかに敵意を持った者は、例え本来無抵抗な市民であっても撃たねばならんだろう。いやぁ、俺も心は痛むが、仕方あるまい。そもそもこやつらは敵国の民。殺そうが奪おうが、別にブリタニアの法は俺たちを裁けはしまい」
「馬鹿な! そのような理由で!」
「いいか、この街の市民は難民たちと結託して、ルルーシュ殿下を害するつもりなのだ。そんな輩は滅ぼさねばならん! 目に付く者、全て殺せ! サウジアラビアの民なんぞ、虫けらも同然。兵たちに徹底させろ。奪うのもいいが、目撃者はひとり残らず殺すのだぞ。トーマ、お前にはその監督役を命ずる」
「な! 俺が、そんなことを!」
「ん……? なんだ、できんと申すか?」
「ぐ……っ」
ほどなくして、朝から振り続いていた雨は、豪雨と化した。目の前すら見えないほどの闇に稲光がかっと閃光を放つ。ルルーシュがカーンのもとへ辿着いた時、目に見えるのは惨殺された市民と、一面の火の海だけだった。
容赦なく降り続く雨に負けず、ルルーシュの顔に熱風が吹きつけた。
「カーン……。貴様」
「これはこれはルルーシュ殿下。このような戦場によくものこのこと。くはははは!」
「……どうやら死ぬ覚悟はできているようだな」
「おやおや、殿下は混乱なさっているようだ。お前たち、殿下を正気に戻してさしあげろ。なぁに、撃っても構わん。これは正当防衛だ。きっとカラレス副司令も納得してくださる」
ルルーシュの銃口がカーンの大きな身体に向けられる。それはカーンも同様だった。彼の部下たちが一斉にルルーシュに向けて銃を構えた。どうやらその中には傭兵も混じっているようで、見たこともない男がたくさんいた。
数の上ではルルーシュが圧倒的に不利。
しかし、このような状況でも、ルルーシュは己の勝利を疑っていなかった。
「殿下! ……これはいったい?」
トーマたちが己の主であるルルーシュを守るように、立ちふさがったからだ。
ヴィレッタから預かった強襲部隊ももうそろそろ来てくれるだろう。
C.Cを含め、この場にいるのは、ブリタニアの中でも信頼できる部下数十人。しかも、時間が経つにつれ、ルルーシュの救援に現れる部下は増えて行くのだ。
「観念するんだな、カーン。お前だけは許さん。貴様にかける情けなど微塵もないわ」
ルルーシュはトーマたちに発砲命令を、冷然とくだそうとした。
―――その時だった。
「ルルーシュ、後ろだ!」
C.Cの声に、ルルーシュは振り返るや否や、引き金を引いていた。
「ぐっ、糞ぉ……」
「ふんっ、これくらいで俺が殺せるか!」
目の前でブリタニアの拘束服を着せられた、アラブ人が倒れて行く。
背後にはサウードたちブリタニアの捕虜が、武器を手にとり、襲いかかってくるところだった。傭兵も多数いるようで、ルルーシュは自然と包囲される形となってしまう。
「―――殿下!」
「殿下を守れ!」
機銃の掃射が開始され、薬莢が飛び散り、ルルーシュの目の前で血が爆ぜた。
その断末魔と共に、ここに死者数千にも及ぶ、後にジザンの悲劇とも呼ばれる戦いが幕を開けた。
包囲されるルルーシュ陣営。
優勢なのはカーンかと見られた。
しかし実際はというと、所詮は寡兵しか集められなかった騎士侯の身である。後続するように、ルルーシュの側へやってきたヴィレッタたち純血派の精兵がまたさらに増援され、サウードたちは逆に一気に包囲される形となった。
特に航空艦からの降下部隊が、装備も士気も高く、傭兵では勝ち目がなかった。
手駒の優秀さが戦局を大きく変えてしまっていたのだ。
「ひ、ひぃぃ! なんで、このような事態にっ! サウード、何をやっている! 早くルルーシュを殺せ!」
アラブ人たちに囲まれたひ弱そうな男、ラッセルがオロオロと次々に討ち取られて行く自分の手駒を叱咤していた。
「できるならとうにやっている! だから言ったのだ! この戦いは貴様らの負けだと!」
「黙れぇぇぇ! わたしの知略は、こんなガキになど負けぬわぁぁ!」
乱戦になって初めてわかる戦争の恐怖。普段指示を下すだけで、戦場に出たことのないラッセルが途端シェルショックに陥って、震えながら絶叫を繰り返す。もうここになって、自称優秀な軍師である彼は、味方からも見捨てられ始めていた。
難民の突然の暴挙、そしてサウードたちの奇襲。それら全ての策がルルーシュによって防がれた今になって、やっとカーンの表情にも焦りの色が見え始めた。
(くそっ、邪魔な純血派共め……。次から次へと湧いて出てくる。このままでは俺の方こそジリ貧ではないか。こんなことがあってたまるか! こんなガキにこの俺様が!)
本来ならばサウードたちがもうとうにルルーシュを殺していたはずだった。そして目撃者である名誉ブリタニア人や、皇子殺しとして再逮捕したサウードを処刑して、それで済むはずだったのだ。
なのに、どこで計画に狂いが出てきたのか。
ルルーシュはというと、カーンの予想を遥かに超える数の衛兵を、ここジザン内に隠し持っていたのだ。
(一応俺は警備主任、隊長だぞ! その俺にまで衛兵を隠し置いていたってことは、以前からルルーシュ皇子は、俺たちの暗殺計画に気づいていたってことか! なんて厄介な標的だ。獲物なら獲物らしく、さっさと狩られればいいものを!)
ここにきて、軍師であるラッセルも混乱するばかりで、何の期待もできない馬鹿に成り下がった。駒が足りていないのはルルーシュの方ではない。カーンの方だったのだ。
名誉ブリタニア人がルルーシュの側をがちっと固め、これでは狙撃すらできない。お互い銃撃戦を続けてはいるが、包囲しているカーン側の優勢に、ルルーシュは一点突破をはかりお互い一進一退の攻防が続いていた。しかし、カーンの手駒は層が薄かった。練度は高いが士気の面で、圧倒的にルルーシュ側に負けている。
しかも―――。
「ヴィレッタ。ジェレミアらに応援を急がせろ! 第二歩兵部隊は前進、第一は下がれ!怪我人は倒れていろ! 邪魔になるだけだ! C.C、あまり無理をするな! 見ていて冷や冷やする!」
ルルーシュは通信機で遠く離れた味方に、これまで以上の援軍を要請していた。
恐らくうかうかしていると、ナイトメアまで出てきてしまう。
そうなれば、カーンの負けは確実だ。
(このガキっ、歩兵を扱う術も知ってやがる!)
さらに、予想外だったのは、乱戦に慣れていないであろうルルーシュが、実に見事な指揮を見せていたことだった。血を見るのも初めてであろううつけ皇子のくせに、なぜこれほどと、カーンの苛立は最高潮に高まっていく。
「くそ! 何をやっている! ルルーシュはすぐそこだぞ! 早く殺せ!」
サウードの言っていたことが現実になりそうだった。
ラッセルの知略などルルーシュにとっては紙くず同然でしかない。
十分な兵力と、落ち着いた思考さえ取り戻せば、ルルーシュの軍に敵はなくなる。
(これは、【奥の手】を使うしかないかもな。くそっ、あんな男の手までかりねばならんとは!)
カーンの大きな拳が恥辱でふるふると震えていた。
しかし、彼も元傭兵である。ルルーシュは出し惜しみしていては勝てない強敵だ。
そのことに改めて気づいた。
「じ、冗談じゃねぇ! 俺は逃げる!」
「お、俺もだ! 楽に勝てる相手だって聞いたから、ここまで来たのによう!」
そして、とうとう逃げ出してしまう者まで出始めた。
金で雇っている者は、金で買えるものをよく知っている。
金で命は買えないのだということを。
とうとう、カーンは少数の兵に守られてはいるものの、ルルーシュの兵団に外壁へと追い詰められることになってしまった。
「カーン! 逃がすかっ!」
ルルーシュは襲いかかってくる者達を、銃で撃ち倒しつつ、カーンのもとへ駆け寄ろうとしていた。もはやその姿は返り血で真っ赤に染まっており、最初の純白の衣装は、見る影もない。身体を掠める銃弾を前傾姿勢で避けつつ、じりじりと怨敵へと近づいていく。
しかし―――。
「おっと、それ以上は来ないでもらいましょうか!」
あちらも、激しくなってきた銃撃を伏せるようにして避けていたカーンは、しかし、ルルーシュの眉間を狙って銃口を突きつけるのを忘れてはいなかった。ジザンの敵侵入を防ぐため作られた巨大な防壁の影の下、カーンの部下はほとんど死に体であり、残りはラッセルとサウードら数十名のみとなっていた。
「まさか、皇子。あなたがここまでやり手だとは思いませんでしたよ」熊のような男の小さい目は、今や恥辱と憎悪に塗れ、裂けんばかりに開いている。
「ビスマルク卿の指導のおかげですかな。それとも、それがブリタニア皇室の血筋というものなのですかねぇ。生まれも良くて、頭も良い……。庶民の俺には、あんたが殺してやりたいくらい羨ましいぜ」
「もう諦めろ、カーン。これ以上、無駄に血を流すな。最後に一つだけ慈悲を与える。……この謀反の主導者はお前ではあるまい? 首謀者をはっきり、ここで口にしろ! そうすれば苦しませずに殺してやろう」
はっ、とカーンは鼻で嘲笑った。
「呪われた皇子め……。そうやってあなたは、これからも死体の山を築きあげるのでしょうな。望む望まないにかぎらず、あなたは結局他者を殺すことでしか、己の生命を守れない弱者に過ぎんのだ」
「時間稼ぎのつもりか。無駄な行為だな……」
「侮辱するなよ。俺がお前に命乞いなどするものか!」
カーンがじりじりと壁へ向かって後ろにさがり始めたので、ルルーシュも勢い前に出て行ってしまう。C.Cがカーンの狙いに気づいて、ルルーシュを止める時には、もう遅かった。
「馬鹿が! 容易く熱くなって我を忘れおって! それが貴様の一生の不覚だ! ルルーシュ!」
カーンが地面に向けて、閃光弾を放ったのだ。
これは強襲しようと構えた純血派への牽制でもあり、ルルーシュの一瞬の隙を生み出すための行為だった。さしものルルーシュも暗闇での突然の閃光に、目を背けずにはいられない。
「ルルーシュゥゥ! お前は私の策に殺されるべきなんだよぉぉ!」
「なんだ、お前は!」
その時、ラッセルがルルーシュに向かってナイフで突きこんできたのを、腰のサーベルで抜きざま胴を裂いた。ラッセルの悔しげな悲鳴と合わせて、カーンの側の兵隊が援軍として現れる。
これでは、カーンを殺せない!
「―――おのれ!」
ルルーシュの怒声が雨音と一緒に、戦場に響き渡った。
しかし―――。
その一瞬のことだった。
―――……一発の銃声が背後から聞こえた。
そしてその後、強烈な衝撃と一緒に、激痛が全身を走った。
「な……」
その声は誰だったのだろうか。
呆然とする皆。
勝ち誇ったカーンの様子。
目を見張るC.C。
全てがスローモーションのようだった。
ルルーシュは振り返りざま、その自分を撃った張本人を信じられない様子で、じっと見つめた。足はふらつき、目は霞んで今にも倒れそうだったが、犯人の顔はよく見えた。
その顔は、ルルーシュがもっとも信じていた者で。
この戦いで失いたくなかった者だった。
「どうして―――、お前が……」
―――ルルーシュ皇子撃たれる。
それはさらなる悲劇の幕開けでもあった。
「―――トーマぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
完
長らくのご愛読ありがとうございました。
いい最終回だった。
すみません。嘘です。
第十話へ続く。