魔界(クリフォト)。いわゆる瘴気に覆われた見捨てられた世界。 毒々しい紫色の泥の海の中で、一か所だけ人が暮らす場所がある。それがユリアシティである。 ヴァンがいなくなった後も、ティアはそこで暮らした。ユリアシティの人々の結束力は強い。身内をとても大事にする。 ヴァンを守るのだと一人突っ走っていたティアを受け止めたのは彼らだった。彼らがいなければ、ティアはぎりぎりまで自分を追い詰めただろう。 頑なな子供をそれでも見捨てなかったのは、見捨てられた事実がどれだけ人を傷つけるか知識として知っているからだ。 ユリアシティの住人の心を理解するには、その成り立ちを知るのが近道である。 魔界に唯一ある街ということしか知らなかったティアには、その歴史は驚くべきものだった。 ことはBD2550、記憶粒子(セルパーティクル)が発見されたことから始まる。 当時世界には6つの国とそれに寄り添うような小さな属国があった。 各国は記憶粒子が強く吹き出す10か所のフォンスロットを奪い合った。 これをセフィロト戦争(BD2618~2624)と呼ぶ。 戦争はそれぞれ一国が一か所セフィロトを所有する形で収まった。 そんな中、サザンクロス博士はプラネットストームの構想を持ちかける。 これはセフィロトのラジエイトゲートから吹き出す記憶粒子を譜陣によって制御し、音譜帯を経由してアブソーブゲートへと循環させるという計画だ。 音譜帯は第一から第六の音素(フォニム)を多量に含んでいる。 記憶粒子はオールドラントを一周しそれを地上にもたらしてくれるのである。 各国の協力の下プラネットストームが完成し5年後、サザンクロス博士は第七音素(セブンスフォニム)を発見した。 これを知り、各国は第七音素の観測に適した極点を巡って争う。これを譜術戦争(フォニック・ウォー)(BD2699~2709)と呼ぶ。 開戦後、一か月で人類の半数は死亡しケテル国とホド国は滅亡。 また譜業兵器により大規模な地殻変動が起こり、プラネットストームの機構に異常をきたした。 同時に地殻が振動し始めたことによって大地は液状化を起こし障気が発生し始める。 地上はまさに地獄の如く、戦乱は続き人々の嘆きは絶えることがなかった。 そのとき立ち上がったのがユリア・ジュエである。 彼女はサザンクロス博士の助手であり、優秀な譜術師(フォニマー)でもあった。そして、未来視という特別な能力を持っていた。 ユリアは第七音素の意識集合体であるローレライと契約を交わし、故国であるホドを譜歌で復興させる。 またローレライの鍵でプラネットストームを再構築した。 それからユリアは惑星預言(プラネットスコア)を詠み、2000年後の未来と瘴気の危険を争い合う国々に訴える。 各国はひとまず矛を収めた。預言はともかく障気の問題は重大だったからである。 その後、ユリアは十人の弟子と共にフロート計画を提唱。外殻をセフィロトで持ち上げるという壮大な話だった。 そんなユリアにイスパニア国とフランク国は危機感を持ち始める。 二国は7番目の弟子であるフランシス・ダアトを買収しユリアを投獄。 同時に亡命してきたフランシス・ダアトは援助を受けローレライ教団を設立した。 両国はホド国をはじめとしたフロート計画に賛同した各国に戦争を仕掛ける。これをフロート戦争(BD2712~2713)と呼ぶ。 結果、二国は勝利しユリアに処刑宣告を下した。また密かにフロート計画を進め敵対国の人間を地上に置き去りにしたのである。 一方、フランシス・ダアトは盗んだ六つの譜石の的中率に恐れを抱くようになりユリアを救出した。 謝罪を受けユリアは許すが、そのままフランシス・ダアトは自殺する。 ユリアは魔界に取り残された人々を救うために力を尽くし、ユリアシティの前身を作ったのである。 前世の歴史と照らし合わせるとティアはその裏が読めた。 プラネットストームは発電所だと思えばいい。それも世界中の電力を賄えるぐらいの。 障気は放射能ぐらいの危険性があると考えればいいだろう。 預言はアカシックレコードとでも言えばいいのだろうか。 そうすると途端に聖女ユリアが胡散臭い人間に見えるからおかしなものである。 第三次世界大戦を停戦し、放射能問題を解決しようと協議しているときに、停戦の功労者である科学者がのたまったのだ。 スペースコロニーを人類は作ったとアカシックレコードには記されていますと。 普通まともな対応はしないだろう。それが真剣に考えられるほど世紀末だった。 だが国力がまだ十分にある、その時点での戦勝国は不愉快だっただろう。 フランシス・ダアトを唆し宗教としたのも組織化して管理しやすくするため、政治に口を出しにくくするためだ。 創世暦時代の国々は技術だけでなく法律や文化も高かった。文民統制や政教分離は当たり前のことだ。 想定外だったのは手に入れた預言の的中率と障気問題の解決策が見当たらなかったことだろう。 そして一度は否定したフロート計画を実行することにした。 おそらく、魔界に敵国の人間を置き去りにしたのは養えるか不明だったからだろう。大地を切り離した余波がどんな形で表れるか分からない。 情に流されて全滅するか、切り捨てて生き残るか、為政者としては間違ってはいなかった。皆、生き残ろうと必死だった。それだけのことだ。 だが、取り残された側は納得はできないだろう。この街の名がその証拠である。 戦争に負け魔界に取り残された人々は寄り添いながら滅びのときを待っていた。 足元の大地がなくなるのが早いか、それとも障気障害(インテルナルオーガン)にかかるのが早いか。 どちらにしろ死は目前に迫っていた。救いもなく光閉ざされた世界。彼らの絶望は深かっただろう。 そこに現れたのが外殻から逃れてきたユリアだった。まさに聖女の如くである。 外殻から魔界に昇る手段は限られており、両国によって厳しく監視されていた。 ユリアはそれにも負けず大地を残し、密かにユリアロードを敷いた。この道のおかげで資源の乏しい魔界でも人並みの生活ができる。 そこで外殻に移住するという選択肢もあったが、それ以上に両国に対する隔意が強かったのだろう。 人々は完成した街にユリアシティと彼女の名を付け、そこで暮らすようになった。 魔界は人が住む環境ではない。そんなところに2000年も住み続けている。 それだけでユリアシティの人々の結束力の強さがわかる。土地柄と言えばいいのだろうか。 いまだに置き去りにされたという歴史から外殻大地に余り良い感情を持っていない。 そして、常に障気という脅威にさらされているため、内部では極端に争いごとを回避する。 ユリアシティの人々の外に対しての感情は複雑だ。光に対する憧憬、忘れ去られたことに対する憤り、繰り返される戦乱に対する呆れ。 魔界に閉じこもっているユリアシティだけは過去の中に取り残されている。そしてますます内向きのベクトルが働くのだ。 魔界で暮らしているうちにティアにはそのことが徐々に分かってきた。 生まれも育ちも魔界であるティアは好意的に受け入れられ、さっさと外殻に出ていったという事実から兄は少し受けが悪い。 それはともかく、ユリアシティの人々は身内には甘いのである。砂糖をメープルシロップで煮詰めたぐらいに。 ティアが大人同然の振る舞いをし始めても、彼らは拒絶などしなかった。 ユリアが子供のころから天才科学者だったということもあり、逆に喜ぶ者もいたぐらいである。 その反応を見てティアはまだ少しだけ残っていた遠慮という文字を辞書から消し、邁進した。 まだ体の小さかったティアは成長することが仕事であり、本を読み放題であった。 ティアは手始めに歴史から入る。そこにはゲームでは述べられていなかったことが綴られていた。 プレイしていた頃はそういう設定だからで済ませていた部分に納得できる説明がされているのだ。 自分の記憶と照らし合わせ、ティアにしか分からない規則性を見出すことは宝探しのようである。 例えば、アビスの街の名前からはカバラのセフィロトの樹、クリフォトの樹が連想されるが、使われていない名前が幾つかある。 十のセフィラのうち勝利のネツァフ、基盤のイェソド。 十のクリファのうち愚鈍のエーイーリー、無感動のアディシェス、色欲のツァーカム、不安定のアィーアツブス。 歴史の中には、これらの名を冠する国名が出てくる。 フロート計画に賛同した国の一つはエイル国という。 ザオ遺跡の辺りにはアディスという都市国家があったが、第一次国境戦争でキムラスカに滅ぼされている。 小さな発見がティアは嬉しかった。そんなことを調べているうちに彼女はふと思った。 RPG最大の謎。譜術とは何なのだろうか。そもそも音素とは何なのだろうか。 第七音素を発見したとか言うが音素って目に見えるのだろうか。 グラフィックで譜術は視認できていたが実際どうなんだろうか。 いずれ譜歌を習得するつもりだったが、疑問に思ったら止められない。 しかし、譜術を習おうにも魔界は音素が少ない。外殻大地と障気を遮るドームが壁となり、プラネットストームの恩恵が届かないのである。 泣く泣く諦めてティアは学術書を手に取った。せめて法則だけでもという考えだった。 そして、師匠との出会いがティアの将来に大きな影響を与えることになる。 ティアが師匠と呼ぶのは託児所のお姉さん、ファリアのことである。 ティアがファリアの正体に気がついたのは彼女の冒険を聞いたときのことだった。