ローレライ教団本部と神託の盾(オラクル)騎士団は夜だというのに騒がしかった。 篝火が焚かれ、煌々と聖堂は照らされている。その火は暖かそうである。 秋の気配が去り、冬が訪れようとしていた。パダミヤ大陸は火山のおかげで比較的過ごしやすいが、それでも夜は寒い。 山からゴウッと風が吹き降りてくる。炎が揺れ動き、影はそれに合わせて踊った。今にも消えそうである。 油に灯してあるので、そう安々と火は消えないはずだが唸る風の音は絶えない。 警戒中の騎士は首を竦め、そしてハッと思いなおすと背筋を伸ばして目を光らせた。 昼間の事件のせいである。 第四師団長にして、主席総長付副官であるリグレット暗殺未遂事件。 白昼堂々と、本部にて改革派の凶刃はリグレットに襲いかかった。女なら一矢報いることができると思ったのだろう。 仮にも魔弾の異名を持つ彼女はすぐさま懐から銃を抜き打ち、相手は負傷。即座に警護の者に捕えられたそうだ。 幸い死傷者がいなかったものの、昼間の凶行にダアトは浮足立っていた。 何処から漏れたのか、麓の街にも噂は広まり住民は不安がる。 改革派の強硬な手段に抗議する者もいた。最近の改革派は街で破壊活動も行っている。 対象は教団の上層部に限られているが、時が経てば無差別に攻撃してくるかもしれない。 真昼のように明るい聖都は、その影で蠢く闇に脅えていた。 そんな中、ティアは待ちに待った魔界からの返信を片手に地下に向かう。 魔界に顔を出してから半月。魔界との連絡は嫌なくらい義務的なものに徹している。 目指すは、上の喧騒と一線を画したディストの研究室。カツンと足音が鳴り響く。 ティアはディストの現状から彼の考えを読み取る。 ネビリム復活を諦めた彼は何を優先するのだろうか。ダアトでの研究生活か。それとも金の貴公子か。 ジェイドはディストと離別してからは軍人の方に懸かりきっているようだ。ここ数年、彼の名での研究発表はされていない。 国に追われる立場の今なら自重していると思うが、皇帝が幼馴染みならば何らかの取引がされることも考えられる。 だが、いくらディストの気が変わっても既にレプリカ計画は始動しており、止められる段階ではない。 もしもディストが兄に対してしぶるような態度をとれば、あの兄のことだ、すぐに待遇が変わるだろう。 実際のところ、難解なレプリカイオンが作られた以上、もうディストである必要性はない。それこそ量産型レプリカはスピノザ程度でも出来るだろう。 ディストは相変わらず第二師団長であり研究室に籠っている。ディストは表面上兄に協力的な振る舞いをしているということである。 しかし目的が変わったディストにとって、兄もモースもスポンサー以上の価値はない。世界を敵にするのも、国家犯罪者になるのも御免だろう。 ディストはこれからどうするつもりだろうか。 敵には渡したくない人材である。前に餌を撒いておいたが、確実なものにしたい。 もうひとつ首輪をつけよう。ディストが欲しいものは分かっている。 ティアはニヤリとあくどい笑みを浮かべ、ディストの元を訪れた。「それでね、師匠に頼んで紹介状を書いてもらったのよ」「どういうことです? 私とアウル博士と助手のあなたで十分じゃないですか」「これを見て欲しいの。オベロン社は結構な技術を持っていると私は思うわ」 不満げなディストにティアはパンフレットを渡す。 ファリアの話を踏まえて、ティアは外殻に来てからバチカルのジルクリスト一家を調べていたのである。 ヒューゴはやはり優秀な考古学者らしく古代の文明を調べ、音素を結晶化する音機関を復活させていた。 しかしこの世界にはソーディアンは存在せず、ミクトランの助けがない分ヒューゴの発明にはかなりの時間がかかった。 技術的な面は、シャイン・レンブラントが主に担当したようである。 なんとか再現した結晶をレンズと名付け、その後レンズを動力として家電用品などを普及させようとした。 しかしながらレンズの質は安定せず、また属性ごとにレンズも六種類あるため量を確保するのが難しかった。 不安定な第七音素の結晶化には成功しておらず、また時間が経つと音素に戻ってしまうという致命的な欠点がある。 結局、レンズ動力の音機関は貴族が話のタネに購入するようなものになった。 現在は日用品や食料品などをメインに薄利多売で利益をあげており、バチカルに本店を置きケセドニアにも進出している。 夜遅く寒い中を歩いてきたティアを慮ってか、紅茶には少しブランデーが加えられていた。ティアは何となく胸のあたりが暖かくなった気がした。 ディストはティアが差し出したパンフレットをめくり、概要を掴んだ「なるほど」と頷く。 音素結晶化技術でレプリカを如何にかできるのではないかとティアは提案しているのだ。「レプリカの乖離は身体を構成する第七音素(セブンスフォニム)が、年が経つうちに目減りし、外の第七音素と引かれ合いバランスを崩してしまうことによって引き起こされるもの。 供給する方法があれば、問題は解消される」「そういうこと。オベロン社では第七音素の結晶化には成功しなかったみたいだけど、ディストなら可能じゃないかしら。レプリカ技術と結晶化技術は似ているでしょう?」「まあ、詳しい資料を見てみなければ断言できませんけれどね。しかしこのオベロン社がそう簡単に資料を出してくれますか?」「師匠は若社長と知己だし、医療関係は儲かるから断られることはないと思うわ」 ティアは半ば確信を持って答えた。 第七音素の結晶化に成功すれば不慮の事故や病気で亡くなる人がぐっと減る。 譜術は訓練した限られた人しか扱えないものだが、音素を結晶化してしまえばその力は誰にでも扱えるものになる。 とくに第七音素譜術師は数が少なくて問題となっている。あのルーティなら拒否することはないだろう。 それに結晶化技術はヒューゴの肝煎りで世に出したものだったが、余り売れず専門的な技術が必要な赤字部門である。 交渉の余地は十分にあるだろう。 この技術をもとにケセドニアに新しい会社を設立。 譜術師を雇って長期的にレンズを安定供給できるようにする。供給先はオベロン社だ。 もちろん社員は魔界出身者である。 外殻大地の降下が成功すれば、ユリアシティも歴史の表舞台に立たなければならない。 魔界には一度も外殻に来たことがない人間だっている。今の内に受け皿を用意しとくべきだろう。 外殻の降下をダアトに黙って決行したことで、教団との関係が悪化する可能性もある。 テオドーロにも連絡を取って準備してもらっている。ディストの協力があればなおいい。「私はこの結晶化技術をオベロン社から買いとりたいと思っているの。 せっかく栄養ドリンクや障気中和薬を提供してオベロン社といい関係を築きあげたのよ。売却してもらった方が後の禍根が少ないはずだわ」 ティアは未だパンフレットを眺めているディストに告げた。 そのティアの大袈裟な表現にディストは疑問に思う。協力を申し出れば良いだけの話である。 自分やアウル博士の名を出せば、何も買わなくても十分ではないのだろうか。 ティアはそんなディストにファリアに送ってもらったディストに資料を渡す。 最初に発見されたプラネットストームの概略図。それに003の障気発生のメカニズムを添えた。 概略図の方は、完璧な設計図が魔界あるためこちらに持ってきても構わなかった。 音素の結晶化技術の可能性は未知数である。「これは創世暦時代のプラネットストームの構想ですかっ!? ……流通音素量が、…………記憶粒子(セルパーティクル)の……振動……なるほど! そして、……障気が発生? ――あなたどういうつもりですか!」 ディストは資料の内容を理解すると声を荒げる。手に持った資料を皺ができてしまうほど握りしめていた。 プラネットストームはセフィロトから吹き出す記憶粒子を譜陣によって制御し、音譜帯の豊富な音素を地上に齎す半永久機関である。 その機構はプラネットストームを巡る音素が一定の数値を下回らない限り安全である。下回れば障気が発生してしまう。 ティアは音素結晶化技術を提案し、同時にその危険性を示唆していた。レンズのせいで障気が発生する可能性もあると。「いまの譜業兵器が一回の戦争で消費する音素量は創世暦時代の譜術戦争(フォニック・ウォー)には及ばないけれど、それでも影響はあるわ。 戦争の直後には自然災害が多い。これは各地のセフィロトが音素のバランスをとろうとするからよ。結晶化技術が進めば必ず兵器にも転用される。これは時間の問題だわ」 いったん言葉を区切る。ティアの頭をよぎるのは集積レンズ砲の威力だ。 巨大レンズというものは存在しないがそれに似たようなものは作り出すことができるだろう。人では扱えない力も譜業で分担すればコントロールできる。 ラディスロウを撃ち抜くように地核やプラネットストームも破壊できるはずだ。実際に譜術戦争では地核を傷つけている。 過去にできたことが今は不可能でも、遠い未来にできないと断言できるはずがない。 レンズは乾電池のようなものである。時が経てば劣化し音素に還る。だが、技術が発展すればその時間は伸びる。 複雑な構造をしている人のレプリカでさえ年単位で維持できている。無機物であればもっと長い間結晶化できるだろう。 その発展を待たずとも、同時に多くのレンズを使用する方法を見つければ当然その威力は強くなる。 回路の繋げ方や、譜陣の技術などを応用すれば今でも十分兵器として扱える。 ディストはこちらを睨みつけたままだ。宥めるようにティアは説明する。「そうなる前にこちらがその技術を買い取り、開発のペースを握りレンズの流通量を管理したいの。 プラネットストームを止めなければならない事態に陥ってしまうのは避けたいわ。障気の危険性は両国にとっては対岸の火事よ。 障気が発生する危険があるので音素を膨大に消費する兵器を作らないで下さいと忠告しても無駄でしょう」 彼らにとって障気とは天災のようなものである。その危険性を語っても、実際に見せない限りは聞き入れてはもらえないだろう。 かといって、ユリアシティに人を招くのは今の段階では出来ない。これは予防措置でしかない。やらないよりはマシといったものである。 ディストはレプリカ問題を解決できるし、オベロン社は画期的な新商品を手に入れ、また世界の危機を防ぐことができる。 セフィロトを通じての音素の管理は魔界という立地でしかできないことだ。しかし外殻が降下すると精度が落ちてしまう。 だからせめて第七音素だけでも把握したい。譜術戦争の二の舞など起こさせやしない。「あなたは、……恐ろしいことを考えますね」 ディストは深いため息をつきたかった。それを堪えて眉間を右手で押さえる。 ティアの考えていることが読めた。読めてしまったからこそ言わずにはいられなかった。 この技術を独占することで二国を管理するつもりなのだ。普及してしまえば、お湯を沸かすことから敵を撃つことまでレンズが必要になるだろう。 供給量を加減することでパワーバランスを取ることができる。問題は流通しているレンズをどこまで把握できるかということだが、この様子では何か策があるのだろう。 もっとも、そこまで発展するかどうかは未知数であるが、少なくとも需要が無いということは無いだろう。 譜術の素養が低い者は何処にでも存在する。また、適性のない属性のレンズはあれば重宝するはずだ。 それに、思い出すのはカール三世の治世の下で自分が関わった実験の数々である。 戦争は技術の発展を生み出す。ディストもその恩恵を受けたことがある。だからこそ、この研究結果が国の手に渡ってしまったときのことを簡単に想像できた。 科学者はその研究にのめり込み暴走するときが往々にしてある。国家の名の下に引き起こされるそれは悲惨なものだ。 そうなってしまえば戦争に必ず利用される。ティアの言葉を否定することはできなかった。レプリカ技術さえそうだったのだから。 そして、プラネットストームの運用に支障をきたすと説明してもおそらく聞き入れられないだろう。 国家は手にした力を手放したりなどしない。その結果、障気が発生し世界が滅亡する可能性があるのだから、このティアの提案を拒むことはできない。 この技術を応用すればレプリカの体を維持させることができる。それは確信だった。このプラネットストームの状態を知らされてしまえば、頷くしかないだろう。 しかし、研究者としてやりきれない思いが残る。ディストは屈辱にも似た感情をどうにか処理しようと試み、その視線はティアを射ぬいた。「どうかしたの?」 ティアはそのディストの青臭い感情もさらりと流し、その反応に満足した。 アウル博士という餌にレプリカの補完。ついでに世界を壊さないためならばディストもマルクトを頼りはしないだろう。 まったく一石二鳥とはこのことである。 ディストは柳に風といった様子に呆れて、早々に自分の研究意欲に忠実になることにする。「そういえば、どこからこんな代物を? 創世暦時代の資料なんてよく今まで残っていましたね」「ユリアシティは古い街だから。区画整理で埋まってしまった部屋があるのよ。これは最近発見された部屋に残っていたものらしいわ」 ティアは、嘘は言わなかった。そして、ユリアシティでのことを思い出し苦々しい気分になった。 心の整理が出来ず、逃げるように外殻に戻ってきた。私よりも皆の方が混乱していただろうに……。 そんなティアを差し置いて、ディストはまじまじと挿絵を見る。感心して感嘆の言葉を漏らす。「ふむ。やはり創世暦時代の音機関は素晴らしいですねっ! ……しかし、あのサザンクロス博士が障気問題の危険性を放置していたのでしょうか?」「如何かしら。何か想定外のイレギュラーが起こってしまったのかもね」 ディストの言葉に気を取り直したティアは適当に相槌を打った。 そのおざなりな返事にディストは具体例を求めてくる。そう聞かれて、ティアは返答に困った。 私は天才じゃない。此処とは違う技術の発展の仕方を知っているだけの二流の科学者だ。 ディストは当然の要求をしている様子である。どうも居心地が悪い。「まずは整理してみましょう。そもそも最低流通音素量が記載されているということは、その最低ラインを割ることはないと理論上は考えられていた。 また、博士はそれを下回ってしまったときプラネットストームを止める手段を考えていたはずだわ」 ティアは時間稼ぎとして、分かっている事項をつらつらと述べてみた。 プラネットストームが振動し始めたら何かが起こると分かっていて予防しないはずがない。 003のデータには緊急停止装置の説明もされていた。「確かに。プラネットストームが振動し始めた原因は譜術兵器が地殻に影響を及ぼしてしまったためです。この時点では音素量は問題ではありません」「その後、ユリアがローレライと契約してプラネットストームを再構築。そして障気が発生し、フロート計画が提案されたというわけね」 ディストもティアに賛同し、プラネットストームの振動の原因が戦争にあったことを指摘した。 その譜術兵器で壊れたプラネットストームをユリアはローレライの鍵で譜陣を書き直したのである。 しかし、その甲斐もなく地核は振動し大地は液状化し始め、障気は溢れて来た。 ティアの障気が発生したという台詞にディストは反応し、その指は忙しなく机を叩いていた。 ティアの持参した資料を見つめ、疑問を口にする。「そこがおかしいんですよ。ユリアが再構築したのに何故、障気が発生してるんです?」「それは、プラネットストームが振動していたから、――つまり音素量が最低ラインを割ってしまった」「どうしてです? 各国が争い合った譜術戦争でもビクともしなかったんですよ。何か、想定外の何かが起こったはずです」 ディストは心底疑問に思っているようだった。 そう言われてみるとティアも疑問に思えてくる。サザンクロス博士が想定できなかったこととは何だろうか。 完成してから譜術兵器に傷つけられるまでは問題が無かった。再構築されたなら問題は解消されたはずである。(その間にはローレライとの契約ぐらいしか……ッ!) ティアはふとあることを思いついた。 そして、謎が解けていく。何故、003のデータが厳重に秘匿されていたのか。 ティアは確信を持ってディストに告げる。「ローレライとの契約がイレギュラーだったのよ」「……なんですって?」 意味が分からないとディストが聞き直した。確かに神様なんてものが此処に出てこられても困るだろう。 そう思いつつもティアはこれまで気がつかなかった自分を盛大に罵った。「意識集合体は多数の音素が想像を超えた密度で集まった存在よ。ローレライはユリアと契約したときに意識集合体として顕現したんでしょうね。 そのせいでプラネットストームを巡る記憶粒子の量が減ってしまったの」 記憶粒子はいわば原子核である。その周りに一から六の音素が結合して第七音素ができる。 つまり記憶粒子の量は、第七音素の量でもある。第七音素が増えたら、記憶粒子は減る。単純な引き算である。 結果的にユリアのせいで障気が発生したと言えるのだから、必死で隠そうとするはずである。 ディストはティアの説明に唸り、そして同意を示す。「今もローレライは意識集合体として地核にいるのでしょう。確かに意識集合体が顕現し続けることなど想定しません。第七音素の量が他の音素より少ない理由がこんなものだとは」「でも、どうしてローレライは地核にいるのかしら?」「それは、癒してるんじゃないですか? 第七音素の効果は癒し。兵器によって傷ついてしまった地殻をどうにかしなければ問題は解決しませんからね」 ちょっとした疑問の答えをディストに指摘され、ティアは大地の液状化の原因が分かってしまった。犯人はローレライである。 第七音素は引かれ合う性質がある。そして大地の底には意識集合体が居る。第七音素は地核に引き寄せられ、それをローレライは癒しに利用する。 そして記憶粒子はプラネットストームを介して地上に戻る。ローレライにとっては呼吸をしているようなものだろう。 だが、それが微細な振動となり大地は固まらないのである。 こうなってくるとローレライを必ず地核から解放しなければならないようにティアは思えてきた。 しかし、ローレライの解放はルークの存在と引き換えである。できれば避けたいことだったが。 ルークとアッシュの同調フォンスロットを開けず、無理をしなければ成長しきっているルークは大丈夫だろうと考えていた。 だが、大地の降下に加えてローレライの解放となると、レプリカの身体が保てるか分からない。 大譜歌の補助も、アッシュの存在もどこまで通用するか。相手が神となると最悪を覚悟しなければならないだろう。 いくらルークが主人公だからといって、ティアは彼の居ない世界などいらないとは言わない。 これからティアがルークを結果的に助けたとしても、それはレプリカであることを知っておきながら教えなかったという罪悪感だ。 それと、ルークが居なくなったらいろいろと困るという利害の一致でしかないだろう。 ティアは能天気に最後死んでしまう彼が可哀そうだからと言って、なにくれと世話を焼くつもりはなかった。 そう思いつつもティアは考えてしまう。私が”ティア”じゃなかったら彼を救おうとするのだろうか。 兄と出会っていない私。それでも預言がある限り私は此処が地獄だと気づくだろう。そしてバチカルか、グランコクマか、ダアトかで誰かに接触しようとするはずだ。 もしかしたら預言の通りに滅亡するかもしれないと、擬似超振動が起きないかもしれないと、疑心暗鬼に駆られて結局何かしようとする。 そのときは、ルークをどうにかしようと動くのだろうか。……いや、しないはずだ。 二次元に対する好意は、現実になれば変わる。この世界で私は生きているのだ。 ルークが消えないように注意しても、おそらく2019年を迎えたら笑顔で別れを告げるだろう。 なんだ。悩む必要はなかった。ティアは肩の荷が軽くなった気がした。 真剣に考えた自分が馬鹿らしく思えて、くつくつとティアは堪え切れずに笑う。 急に愉快そうに笑い出したティアをディストは怪訝な目で見る。「何かおかしなことでもあったんですか?」 不思議そうに訊ねるディストにティアは満足気に答える。憑物が落ちた様子であった。「何処に居たって私は私だと思っただけよ」 そう答えながらもティアは笑う。兄と出会わなくても、私は自分勝手である。 ディストはそんなティアを凝視する。そんなディストの反応がティアは面白く感じた。 ティアの笑い声は当分止まりそうになかった。