反・北郷連合の戦いがあって、白蓮ちゃんと一緒に袁紹さんと戦って、おばあちゃんから徐州を託されて、休む暇どころか目の前の事もちゃんと出来ない内に、大陸は目が回るくらいにどんどん動いてく。
「袁術さんが……皇帝を?」
袁紹さんとの戦いで疲弊した国力が回復してない、おばあちゃんから受け継いだ徐州もまだ安定を見せない。そんな忙しい日々に、また新しい問題が舞い降りてきた。
「はい。宮殿を建て替え、私腹を肥やし、民はそのために税金を搾り取られる。しかも勝手に国号を変えて自らを皇帝を自称する。許されざる所業です」
愛紗ちゃんが思いっきり眼を釣り上げて、静かに、お腹に怒りを溜め込んでるみたいに言った。
そう、連合の時に少しだけ会った袁術さんが、一刀さんとは違う、明らかな反逆にでたらしい。それも、自分から大々的に広めてるみたい。
「あ~、美羽さまか~。別に悪気があるわけじゃないと思うんだけどな~」
「……猪々子。お前偽帝の肩を持つわけではあるまいな?」
「そういうわけじゃないんですけど……多分、自分がやる事が周りに与える影響を全然わかってないんじゃないかと……」
「袁紹さんの従妹ですもんね………」
「悪気がなければ何でもしていいってもんじゃないのだ」
猪々子ちゃんが能天気にぼやいて、その猪々子ちゃんを愛紗ちゃんがキツく睨んで、斗詩ちゃんがふぉろーにならないふぉろーをして、朱里ちゃんが肩を落として、鈴々ちゃんが一言でまとめた。
鈴々ちゃんの言う通り、“わからなかった”で済む問題じゃない。それで苦しむのは、何の罪もない民なんだから。
今のわたし達に余裕なんてない事くらいわかってるけど………
「やっぱり、黙って見てられないよ。今も苦しんでる人たちがいるってわかってるんだから」
「ええ! それでこそ桃香さまです!」
「「おー!」」
わたしの言葉に、愛紗ちゃん、そして鈴々ちゃんと猪々子ちゃんが手を上げて賛成してくれた。反対に、朱里ちゃんが困った顔をする。
「そうすると、問題点が、大きく分けてあります。一つは、まだ我が国は冀州での死闘で疲弊した国力を十分に回復出来ていない事。もう一つは、我々が出陣する隙を突かれる危険です」
愛紗ちゃんの不満そうな視線を受けて、朱里ちゃんは怯んで、そこで一度止めて……けど、気を引きしめた顔をしてまた口を開く。
「呉の孫策さんが淮南に兵を集めているとの報告が入ってますし、エン州には曹操さんがいます。小沛から袁術領内に攻め込んだ時、南方と西方からの脅威に対抗する手段がないんです」
「守りに十分な兵を残して出陣出来るほどの余裕、無いですもんね~」
朱里ちゃんの意見を肯定するように、たいみんぐ良く斗詩ちゃんが合いの手を打つ。
「他国の民を救うために自国の民を危険に曝しては意味が無い。理屈はわかるが……」
愛紗ちゃんの表情は複雑。理解は出来るけど納得は出来ないって感じかな。………そうだ!
「孫策さんと同盟を結んで共同戦線を張るっていうのはどうかな?」
呉は、孫策さんの急速な制圧でまだ不安定だって聞くけど、それでも孫策さんが一つにまとめる前よりずっと国は豊かに、民の生活は穏やかになっているって聞いた。だったら戦う理由は無いし、白蓮ちゃんやおばあちゃんみたいに分かり合いたいと思う。
「(本当なら、曹操さんとも………)」
そうは思うと同時に、連合の時の事を思い出してわたしは唇を噛む。
「……呉では、北郷一刀ではなく連合側が悪者という事になっています。おそらくは、内通していた掛けられた嫌疑を払うより、そちらの方が都合が良かったのでしょう。……孫策が我らと手を結ぶとは到底思えません」
わたしの提案に、今度は愛紗ちゃんが苦い顔をして反対した。袁術さんと戦うのは賛成でも、孫策さんと手を結ぶのは反対っていうのが愛紗ちゃんの考えみたい。むぅ~、前から思ってたけど、愛紗ちゃんは疑り深すぎな気がする。
「その点は愛紗さんと同意見です。連合で少しお話して以来、我々に関心を持ってらっしゃらないように見えましたし……何より、我々と手を結ぶ事が、あちらにとっての利に繋がるとは思えません」
朱里ちゃんが、愛紗ちゃんの意見をさらに補足する。……わかってた事だけど、人と人がわかり合うって難しい。
「(ッだめだめ! 弱気禁止!)」
戒めのつもりで、ぱちんと両手で自分のほっぺたを叩く。
『それでもわたしは……出来るって信じてる! 皆が手を取り合って、そうやって大陸を平和に出来るって信じてる!!』
『だからわたしは……理想を捨てない!!』
わたしの背中を押してくれた、大好きな人に、わたしはそう強く誓ったから。次に会った時は、少しはかっこ良く立っていたい。
「………桃香さま?」
ふと気付いたら、わたしの反省もーどが皆に注目されていた。うぅ……恥ずかしいよぉ。
「問題は、淮南に兵を集めている孫策さんの標的がどこなのか、です。我々と同様に袁術さんを狙っているなら、下丕に兵を回さずに済みます。当面は孫策さんの動向を逐一探る事が肝要かと」
止まった軍議を再開するように切り出した朱里ちゃんが、うまい具合にまとめてしまった。……まあ、今は孫策さんとちゃんと話し合う機会を作る事が大事かも知れない、かな。いきなりじゃ、さっき愛紗ちゃん達が言ってた通りになりそうだし。
「……あのさ、まとまった話に水差すみたいで悪いんだけど……」
猪々子ちゃんが、ポリポリと後ろ頭を掻きながら言い辛そうに切り出す。何だろ?
「もしさ、麗羽さまが美羽さまを頼って豫州とか荊北にいたりしたら、どうなんの?」
『……………あ』
その場にいる全員が、声を揃えて口を開けた。ちょっと楽しいかも……ってそういう場合じゃなくてぇ!
「し、しかし、袁紹と袁術は犬猿の仲なのではないか? 連合でも争っていただろう」
「美羽さまが一方的に麗羽さまに苦手意識持ってるのは事実ですけど、路頭に迷ってる麗羽さまを見捨てたりはしないと思いますよ。一応従姉ですし」
「むしろ、『ついに麗羽の弱みを握ったのじゃー!』ってなりそうだよなぁ」
「あ、わかるわかる」
愛紗ちゃんの希望的観測を、斗詩ちゃんと猪々子ちゃんが世間話みたいに否定する。それが……
「………わたし達以外の勢力に捕まったら、袁紹さんの命の保証は出来かねます」
朱里ちゃんのとっても現実的な一言で、石みたいに固まった。
「よっし、今行こうすぐ行こう走って行こう!」
そして、すぐに再起動。猪々子ちゃんや鈴々ちゃんのこういう所見てると、何だか楽しくなる。
「待て猪々子、さっきの話を聞いてなかったのか? まずは孫呉の動向をだな………」
「関係ないね! テメェこそ忘れたのかよ、あたい達が仲間になった条件!」
愛紗ちゃんの制止で、逆に猪々子ちゃんはひーとあっぷする。
そう、袁紹さんと白蓮ちゃんの戦いで、わたし達が白蓮ちゃんの援軍として駆けつけた時……真っ先に猪久子ちゃんと斗詩ちゃんを捕まえた。
そして、冀州を制圧した時に、袁紹さんはどさくさに紛れて姿を眩ました。それまでずっと捕虜扱いだった二人が仲間になってくれる条件が、『袁紹さんを見つけても危害を加えない事』。
「お、落ち着いてください! まだ袁紹さんが袁術さんの所にいるとは限らないじゃないですかぁ!」
興奮する猪々子ちゃんの腰にすがりつくように体をへばりつかせて、朱里ちゃんが頑張って止める。
「あ、そっか」
ポンッと手を打って、猪々子ちゃんはあっさり納得して、朱里ちゃんと愛紗ちゃん、ついでにわたしがこけた。
「と、とにかく……情報とか準備が不十分なまま動いたら、却って争いを大きくしちゃうかも知れないから、慎重に。……って事でいいのかな?」
「はい♪」
やや自信なくまとめたわたしの言葉を、朱里ちゃんが快く支持してくれた。自信になるなぁ。この話の流れに乗って……
「孫策さんと同盟は難しい?」
「ええ、先ほど申し上げた通りです。むしろあちらがこちらを狙っている可能性もありますし……」
「じゃあさじゃあさ、一刀さん!」
「「ダメです」」
さりげなく会話の流れに乗せたのに、間髪入れずに反対された。ひどい。
「何を言っているのです! 我々が連合に加わって北郷一刀に戦いを挑んだ事をお忘れか。今さら同盟など受け入れるはずがないでしょう」
愛紗ちゃんも朱里ちゃんも、一刀さんの事になると頑なに警戒するんだよねぇ……。皇帝即位のお祝いに都に行くのもダメって言われたし。
「でも、最終的に孅滅戦にならなかったのも一刀さんのおかげだもん」
「あれは、北郷さん本人が毒で倒れてしまいましたから、あちらにとっても利があったからです。我々を快く思っているわけではないと思います」
頬を膨らませて怒ったようにあぴーるしても効果無し。
「利ならあるよ。同盟して仲良くなれば、戦争なんてしなくて済むし、余計な犠牲も出さなくていいでしょ?」
「その理屈が通用する相手ですか!」
「十は、連合との戦い以降西方に遠征し、涼州や漢中を制圧しています。これを見る限り、北郷さんは曹操さんに近い種類の人間。桃香さまの理想に諸手を上げて賛同してくれるとは思えません」
畳み掛けるように愛紗ちゃんと朱里ちゃんが一刀さんのダメ出しを始めた。……二人とも、一刀さんの人となりは知ってるくせに、何で。
「………………」
いくら愛紗ちゃんや朱里ちゃんでも、一刀さんの悪口を言われるのは……やだ。ありったけの不満を込めて、上目遣いに睨んでみる。
「拗ねてもダメです。大体、国も離れている現状で十と同盟してどうするのですか。今は目の前の事にもろくに対処出来てない状態なんですよ?」
もっともらしい言葉並べちゃって、愛紗ちゃんだって十分私情が入ってるくせに。……愛紗ちゃんが嫌うような人じゃないと思うんだけどなぁ……。
「もし孫策さんが袁術さんを攻めるなら、わたし達が大兵力を動員する必要はありませんから、曹操さんへの警戒に最低限の守りは備えられると思います」
悪くなりそうな雰囲気を、朱里ちゃんが無理矢理話題を変えて断ち切ろうとしてくれる。
………納得出来ない部分はあるけど、確かに今は目の前の事に集中しなきゃいけない。
「じゃあ、とりあえず密偵を出しましょうか?」
「すぴー」
斗詩ちゃんは、長い会議に飽きてしまったのか、膝の上で眠る鈴々ちゃんの頭を撫でながら、そう言った。
「あっ、コラ鈴々! そこはあたいの場所だぞ!」
「文ちゃんのじゃないってばぁ~………」
「んにゃ……?」
孫策さんが袁術さんと戦うつもりなら、そこに希望がある。
連合の時には、出来なかった事。偽帝討伐という共通した目的を前に、今度こそ互いの信頼関係を築ければ……愛紗ちゃん達の言っていた理屈を覆せるかも知れない。
わたしは、拳をぎゅっと握り締める。“わたしの戦い”に向かう、わたしなりの気合いの入れ方だった。
――――でも、わたしの理想の為の関門は、思ってた以上に大きい。
この二日後、冀州の曹操さんが白蓮ちゃんに出兵したという報告がわたしの耳に届く。