「私と組まない? 北郷一刀」
随分と、唐突な提案だった。
「………それ、同盟って意味か?」
「そ♪」
比較的友好的だった、今日一日の孫策たちの言動を経てなお、その言葉を『唐突だ』と感じたのには、理由がある。
「いいのか? 俺、大陸一の悪者だぞ」
そんな俺の勢力と同盟を結ぶ事が、本当に孫策にとってプラスになるのかっていう、純粋な疑問。
「あの戦いで汚名を着たまま勝った、っていう背景があるから、あなたが一番の悪役って事にはなってるけどね。実際、他の勢力だって良い風評を得てるわけじゃないわ。一番の下はだんごね」
「……そうなのか?」
「あの戦いで、実際にあった事を思い返してみればわかりやすいかしら。風評操作で誤魔化すのも限度があるものね」
あの戦いで、実際にあって、誤魔化しきれない事………
月や詠の事まで知れ渡るわけはないし、華琳の毒矢も、わざわざ言い触らしでもしなければ広まるもんでもない。でも……
「なるほどね」
袁紹が同じ連合の同志に攻撃したり、その袁紹に袁術が攻撃したり、戦争規模の大きな動きは、いくら何でも隠せるわけがない。
そう考えると、あの時風評が上がったと言える勢力なんて皆無な気がしてきた。俺の汚名が晴れたわけでもないけど、結局その悪者を誰も倒せてないんだから。
「私の所も同じ。暴君北郷と裏取引をして兵を退いたって事になってて、あんまり印象良くないのよねぇ」
「………………」
そうなるよう仕向けたのも、俺だ。やっぱり、孫策が俺と組むってのはしっくり来ない。
「あれに関してはお互い様。そっちだって、噂の真偽を知った上で連合に参加したんだろ。恨み言言うつもりはないけど、責められる筋合いもない」
「ああ、誤解しないでね。前の事を蒸し返したいわけじゃないの」
俺の返しに、孫策は予想もしていなかったという風に目を軽く見開いて、パタパタと手を振って否定する。何か、俺の方が蒸し返したみたいで恥ずかしい気持ちになった。
「今、うちの領内では、あなたの風評はさほど悪くない。私の風評を改善するのに、“そっち”の方が手っ取り早かったから」
随分と、多分わざと内容をぼかした孫策の言葉を、俺は数秒考えて……
「連合を途中で抜けた事実が根底にある裏取引の噂を誤魔化すより、袁紹たちの内輪揉めをてこにして“連合を悪者にする”方がやりやすかった、って事か………?」
半信半疑に応えた。
「そういうこと」
正解だったらしい。にっこりと笑った孫策は、徳利をぐいっと呷る。
「事実に勝る流言はないわ。その事実に“ちょっと嘘を混ぜる”くらいが、一番効果的なのよ」
………なるほど。つまり、実際にあった袁紹たちの内輪揉めを理由に連合を悪者にし、さらに実際に圧政を強いてなかった俺の誤解を解く。
その事実に、『自分に関して』嘘を混ぜる。連合や都の真実を知り、北郷に手を貸して連合を瓦解させた、とか、言い回しはいくらでもあるだろう。
でも………
「肝心な部分がまだだろ。それの辻褄合わせのためだけに俺と同盟を組むってわけじゃないはずだ」
そう、結局の所、俺と同盟を組みたがる理由がわからない。天下統一を狙ってるんなら、俺は一番の障壁だ。組むなら、力は同じかそれ以下なのが好ましいはず。
「ここに来る前に、袁術の所にも行ったんだろ。そっちが本命なんじゃないのか?」
これは、実はカマ掛けだ。呉からここに来るには、袁術の領地を通らないといけない。それに、度々袁術と連絡を取ってるって報告もあった。
「やっぱりバレてた」
むしろ嬉しそうに、孫策は俺の言葉を肯定した。うーん……華琳よりやりづらい感じだ。
「(組もうって言うなら、せめて腹くらい割って話を………)」
という言葉が口を突いて出そうになって、自重する。さっきからフライング気味だし、多分………
「あなたに投げ渡された玉璽、あれを餌にして袁術と袁紹をかち合わせたの」
やっぱり、孫策は別に隠すつもりってわけじゃない。
「あれから、結局あの場では渡さなかった玉璽をチラつかせて袁術から色々と絞り取ったんだけどね。そろそろ堪忍袋の緒が切れる頃合いかな~っと思って、“事のついでに”渡して来たのよ」
言い訳っぽく聞こえるのは、俺の方も警戒解いてないからか。こんな事なら、袁術の話題切り出さずに出方見ればよかった。
しばらく黙って聴く体制に入る。孫策が俺と組みたがる理由がまだだ。
「袁術と本気で組むつもりはないわ。……どのみち、あんな器量じゃ長く保たないでしょうしね」
前の世界でもこの世界でも会った事がない袁術の性格を、俺は知らない。でも、玉璽に釣られた話や、今の孫策の評価からしても、結構な小者のようだ。……まあ、袁紹の従妹らしいしな。
「袁紹も同じ理由で却下。というより、連合であんな真似する奴と組むのはご免。公孫賛も劉璋も組むには値しない、劉表なんて論外。……曹操も無理ね。あれは、大陸全部飲み込むまで戦い続けるつもりだから………」
俺の、『何で他の勢力じゃなくてうちなんだ?』という内心を読んだように、孫策は丁寧に説明してくれる……が、ここで一つ気になった俺は口を挟む。
「大陸全部、ってのは、孫策も同じじゃないのか?」
前の世界で、周瑜は亡き孫策のその遺志を果たすために、蓮華さえ裏切って、俺たちに牙を剥いた。孫策の提案を簡単に信じられない、一番の理由はそれだ。
「天下統一が、本当の目的って訳じゃないわ。本心を言うと、天下なんてどうでも良い」
孫策は、俺の目を小揺るぎもせずに真っ直ぐ見据えた。自分の真剣な気持ちを、俺に伝えるかのように。
「私はね……呉の民たちが、そして私の仲間たちが、笑顔で過ごせる時代が来れば良いの。天下だの権力だの、そういうのに興味は無いわ」
俺が孫策を見極めるのは、ここしかない。どこまで本気か、嘘偽りが含まれていないか。
「天下統一は、そのための手段に過ぎない。そうすれば、一つのまとまった勢力が、庶人に対して画一的に平和を与えられる。……でも、それが私である必然性は無いの」
どこか神妙に、孫策はまた酒を呷る。
「民を愛して、その笑顔を守る力があって、そして不要な戦いを望まない相手なら、力を合わせる事も出来るでしょ」
そこまで言って、もう気持ちは伝わったと判断したのか、孫策は破顔してつまみをパクリとついばんだ。
「なんてね。要するに、連合の時、敵に回したくないと思ったのと、今回、都とあなた自身を直接眼で見て気に入ったっていうのが理由。……あなた、自分が認めた相手には馬鹿みたいに優しいでしょ?」
……何を根拠に言ってるんだろうか。今日一日で俺の性格なんてわかるもんなのか?
「そんなの見ればわかるわよ。あとは……勘かな?」
「勘かよ!」
しかも今、俺考えてる事読まれたような……
「北郷の顔は特別わかりやすいのよ♪」
いつの間にか、王の対談って雰囲気じゃ無くなってる。振り向けば、後ろで星がうんうんと孫策の言葉に頷いてるし、孫策の後ろの黄蓋も腕を組んだまま苦笑している。
「……北郷じゃなくて、一刀でいいよ」
予想外にもほどがあるが、反・北郷連合からの数奇な巡り合わせを経て、ここに呉との同盟が成立した。
「(結局、何だったんだろうな)」
華琳みたいに、前の世界の伯符とは性格が変わってるのか、それとも……前の世界でも伯符の本当の願いはこっちだったのか。
「(戦死したって、言ってたもんな……)」
天下を目指す途中、突然死んでしまった伯符の本当の願いを、周瑜が取り違えてしまったのかも知れない。いや、考えても仕方ないけど、そう思うと、切なくなる。
まあ、この世界の皆は、前の世界の皆の生まれ変わりだって考えでいくなら、今の周瑜は伯符と仲良くやってるんだから良しと考えるべきなのか。……やっぱり考えても埒が明かない。
「一刀? だらしないなぁ、もう酔っちゃった?」
「別に、酔ってないよ?」
何かあの後も今後の物資輸送とか、袁術や劉表の事について話してたりもしてたんだけど、酒もぐいぐい飲んでるから、そろそろキツいかも。
目の前で伯符がハイペースで飲むもんだから、つい釣られてしまった。まだ大丈夫だけど、そろそろ控えないと。
目の前で旨そうに酒を飲む伯符をただ見てるってのが、星には辛いんじゃないかと思わないでもない。よく見ると、黄蓋も辛そうだ。
「……孫策殿、我が主はこれで随分と気の多い方ゆえ、あまり挑発なさらぬ方が良い。酔った勢いで手籠めにされてしまいますぞ?」
「ちょ、星!? 誤解されそうな事言うなって!」
「………誤解?」
酒が飲めない腹いせなのか、あるいは本気なのか、星のジト目が俺をぷすぷすと刺す。
伯符は俺と星を交互に何回か見て……
「へぇ、モテるんだ。なるほどなるほど♪ 北郷軍の実態がわかった気がするわ」
何か、色々と間違った感じに納得された。
「……何考えたのか知らんけど、それ誤解だから。星との事は否定しないけど、うちは別に皆が皆そうってわけじゃないし」
華琳と一緒にされても困る。確かに星、恋、そして舞无とはそんな感じかも知れないけど、それでも将の半分以上はそういう感じじゃないし。
「どうかしらね」
信じてないし。しかし、今の話題で思い出したけど、そういえば……
「……なぁ、桃……劉備と組もうとは思わなかったのか」
さっきの話を考えてみれば、俺以上の該当者な気がする。
「連合の時、少し話はしたけどね。あれは……ちょっと脆すぎるかな」
「……兵力の話か?」
確かにあの時点では弱小もいい所だったけど、青州を押さえた今はそれなりだと思うんだが……。
「そうじゃないわ。彼女自身の理想の話よ。あまりに高すぎるし、甘すぎる。確かに求心力や将の質は相当なものだけど、あの徹底的な平和主義は私のやり方とは噛み合わないのよ」
伯符の言葉は、俺が桃香に懸念してる事と、合致していた。
「どんなに義理堅くても優しくても、考え方が違えばそこには摩擦が生じる。その摩擦は、いつしか広がって亀裂になる。あの子の無茶な理想は、味方にするには危ういのよ」
「………………」
桃香の理想が、間違ってるとは思ってない。でも、伯符の言葉も理解出来る。
「……人は、そんなに尊いものじゃない。本来、自分の利を餓犬の嗅覚で嗅ぎ取り、貪り食らうのが人の性質」
俺の言葉を、伯符は黙って聞いてくれている。
「唱えた正義に利があれば人は唯々諾々と従うが、利がなくなれば掌返して去っていく。大切なのは情に訴える事じゃなく、その利を念頭に置いて軍を進め、国を治めること」
「………ふぅん、やっぱりあなたの方は、よくわかってるじゃない♪」
伯符のその言葉は、俺に向けられたものだろうけど、それは少し違う。
「受け売りだよ。俺の、大切な人からの」
それでも、あるいはだからこそ、嬉しかった。
少し後ろを振り向いたら、困惑気味な星の目と、俺の目が合った。
(あとがき)
え~、年末年始はやや忙しくなります。ので、これからしばらく更新が止まりますがご了承を。
まだ六幕のタイトルに触れてもないのに……。孫策同盟をなるたけ納得いくように書いてたら結構長くなってしまった。