散は……よくわからない事を言う。
『まあ、恋の気持ちはわかる……とは言いませんが、とりあえず一刀を信じて待っていなさい。後で思い切り甘えればいいかな、と』
わからないけど、わかりやすかった。
『どうして貴殿は、そんな風に断言出来るのですか?』
『ご主人様が、星さんと二人でいなくなった……という事は……』
……稟や雛里は、そんな風に散に食ってかかってた。
『あたしは恋愛経験は無いので、確かに皆さんの気持ちには共感出来ませんけどね。だからこそ客観的に物事が見える、とだけ言っておきましょうか』
散は、何でもお見通しみたいな顔をしてる。恋より年下にしか見えないけど、ホントは恋よりずっと年上って言ってた。落ち着いてる。
その後、玉座の間で、散の言う通りに皆おとなしく待ってた。途中で、霞や風も混ざった。
散と風が作った、一刀の国の札遊びもした。青龍、白虎、朱雀、玄武の四種類の絵柄を、それぞれ十三枚ずつ、番号を書いて用意して、妖術使いの特別な札を二枚用意して遊ぶ。斗蘭符(とらんぷ)って言うらしい。
そんな事をして待ってたら、月が上がってくる時間に一刀が帰ってきた。星は、一刀の腕を寝台みたいにして、仰向けに抱えられてた。
また胸が、チクッて、なる。
でも、それより気になった。一刀が、別人みたいに落ち着いてた。
「俺が、好きな皆を幸せにしてみせる」
俺は、星にも告げた決意表明を、皆の前で堂々と宣言する。恋はもちろん、稟たちだって仲間の不和を望んじゃいないだろうから、無関係ってわけじゃない。
「うわぁ……。断言したよこの人」
予想通りと言うか何というか、真っ先に散が、わざとらしい仕草で引いてみせる。
……こいつの事だから、俺の結論すらも読んでいたんじゃないかと、俺は疑ってたりする。
「ちょ、何でいきなりそないな事になっとるん……?」
事態をまるで飲み込めてないらしい霞は、結構な狼狽ぶりだ。いつぞやの星の爆弾発言も、冗談だと思ったままだったに違いない。
しかしまあ、ツチノコ並に珍しい『寝てる星』を姫抱っこで俺が連れ帰ったという事実を目の前にしたわけで、無理矢理にでも理解せざるを得なかったんだろう。
口をぱくぱくさせながら、それでも事実を飲み込むように、霞は宙を見つめながら、何度も頷いていた。
「「………………」」
稟と雛里は、何だろうか。上手く表現出来ない顔で沈黙を通していた。これは……呆れてるんだろうか。
そんな、何とも言い難い微妙な空気を、二人の師弟が破る。
「まあ、お好きなようにすればいいんじゃないですかー? とりあえず、あんまり関係のない風たちは退散させてもらいますねー♪」
「近くにいると、何されるかわかったもんじゃありませんし、ね」
風が、稟と雛里の袖を引っ張り、散が星を背負って、霞の手首を掴んで引っ張っていく。そのまま、退室。
「「……………」」
残された玉座の間には、俺と恋の二人だけが残された。
「ちょ、散! ええ加減放さんかい!」
手首を掴まれていた霞が、強引に手を振りほどく。そういえば、現状を一番理解していないのは彼女だったか。
「一体どういう事やねん、これは!」
「どうもこうも、先ほど見た通り、『北郷一刀の肉欲祭計画・前編』、ですよ」
夜なのに廊下で騒ぐ霞に、わかりやすく説明するあたし。
「わけわからんわ!」
わかりにくかったらしい。でもまあ、さっきの一刀の話は聞いてただろうし、無理に今話す事もないか。
「一刀は好きな子を悲しませないって言ってるので、まあ大して気にする事ないのかな、と」
「…………うぅ〜〜、そか。そもそもウチにはあんま関係ないしなぁ」
実際、霞が一刀を恋愛対象として見てるのか、あたしにはよくわからない。本人もわかってなさげな雰囲気である。
「雛と軍師さんは、安心しましたか?」
師に引っ張られている二人の少女に声を掛ける。恋を除けば、一番今回気を揉んでいたのはこの二人だろう。
「はい……♪」
雛は明らかにご機嫌。別に一刀が彼女を好きだと言ったわけではないのだが……。頭がいい割りに抜けてる。
「……多少納得いかない部分はありますが、張本人が責任を取れると言っているのですから、良しとしましょう」
対称的なのは軍師さんだ。言葉の通りに納得出来てない……しかしどこか安堵の混じる顔でため息などついている。
「まあ、実際口だけとも思えませんけどね」
「? 何や散、随分一刀の事買っとるんやな」
「買う、というより、ここに現物がありますから」
霞の疑問に応え、あたしは背負ったりーだーをあごで指す。皆の視線が一斉に集まる。
「はぅ、うぅ……ん………」
あどけない寝顔を上気させて、その白い肌をほんのりと桜色に染めている。
子供のような純真さと、大人のような艶が同居する、同性のあたしでも一瞬ドキッとするような魅力が溢れていた。
全て、一刀への純粋な恋心が為せる業だろう。そして、これが一刀なりの解。誰一人悲しませない決断。
「……まあ、本気で一刀と恋仲になるつもりなら、“こう”なる覚悟はしとくんですね」
まさに骨抜き。旦那は女将の尻に敷かれていたし、やはり一刀がおかしいと見るべきか。理解に苦しむ。
『(………コクッ)』
あたしと師を除いたこの場の全員が、りーだーの顔を見ながら、顔を真っ赤にして控えめに頷いた。
「(えっ、と………)」
夜も耽る玉座の間に、俺と恋の二人きり。しかも前後の会話が会話であり、何とも言えない緊張が……。
「………?」
……感じてるのは俺だけだけど。
覚悟は決めたし、昼間の顛末を考えれば、すぐに恋のフォローが必要なのはわかってたけど、ここまであからさまに二人きりにされると………。まったく、風と散め。
「一刀は、皆、大切……」
「ん?」
恋はそんな場の空気などお構い無しだ。俺に言ってるのか独り言なのかわからない口調で呟く。
「………恋も?」
「……うん、恋も」
恋には敵わない。一瞬で、無自覚に、穏やかな空気に引き込まれてしまう。
「俺は恋の事、好きだよ」
「ッッ……!!」
自分で訊いたくせに、真っ赤になってうつむいてしまう。……可愛い。
「あ………」
愛しい気持ちのまま、恋を抱き締める。腕の中で、小動物みたいに恋の体が跳ねる。
“俺から”抱きつかれたのは、多分これが初めてだからだろう。……“この世界では”、の話だけど。
「………恋、これ、知ってる?」
「………ん?」
恋の、“普通なら”おかしな言動。けど、そろそろ慣れた。余裕を持って訊き返す。
「胸、ふわって、する。むずむずする。一刀、仕事とか、星とか言うと、チクッてする。……これ、恋、知ってる」
「………うん」
思った、通り。前の世界の感覚だ。恋は、それをそのまま受け入れてる。
「恋は、知ってるかもしれない。……俺も、知ってるから」
「……知ってる?」
「うん」
誤魔化すように、恋の体を抱き上げる。さっき、星のお姫様だっこを羨ましそうに見てたのを、俺は気付いていた。
「部屋に、行こうか」
「? ………うん」
………………
窓から月明かりの照らす寝台に、ゆっくりと恋を下ろす。体は離さない。そのまま覆い被さるように、唇を重ねる。
「んっ……ちゅ……かず、と……?」
しばらく唇を合わせて、離した後、不思議そうな声を上げる恋。どこか、夢うつつに瞳が揺れる。
「可愛い、恋」
「ふあ……!?」
たまらない気持ちになって、思い切り抱き寄せる。俺の頬に、恋のやわらかい頬がぴっとりと触れた。
「……俺、恋が欲しい」
唇を奪った後に言う台詞じゃない。でも、恋の気持ちは十二分にわかっていた。
「恋……を、欲しい?」
不安になるのは、自分を好きでいてくれているか、わからないからだ。
「……うん。こんなに可愛い恋を。俺の恋に、したい」
不安になんかさせない。俺がどれだけ恋を好きか、気持ちを全部ぶつける。
「一刀の……恋………」
その響きが気に入ったのか、口の中で何度も繰り返す恋が、たまらなく愛おしい。
「一刀が、恋を、欲しい……?」
「ものすごく」
我慢するのが厳しい。でも、まだ戸惑いの中で俺の伝えた気持ちを飲み込んでいる恋を……俺はもう少し見守らなきゃいけない。
「……一刀に、あげる」
俺の……恋にすればわかりにくい言い回しの意味を、ちゃんとわかってる保証はない。
でも、その瞳が、言葉に込められた響きが、恋の気持ちをダイレクトに俺に伝えてくれた。
俺になら、何をされても構わない。そんな気持ちを。
「一刀のに、して……」
「恋………!!」
純真無垢に過ぎる想いを受けて、俺は、ありったけの愛情を恋に向けた。
その頃………
「かず、とぉ………にへへ……♪」
自室で、とある少年を模したぬいぐるみ(自作)を抱き締め、顔を埋めて、何も知らずに幸せな夢に溺れている、銀髪の女がいた。
(あとがき)
ここ最近、ぐだぐだ防止のために端折れる所は端折ってたら時系列がわかりにくかったらしいので、説明を。
一・一刀、稟たちと執務室で話をする。星、恋、散は演習。
二・一刀、街で貂蝉に相談。ここで星たちが城に戻り、稟たちに話を持ちかけられる。恋はその雰囲気に何か嫌なものを感じながらも退散。
三・星のちょっとした発言に恋の繊細な心が暴走、喧嘩に発展。ここで街から戻ってきた一刀が鉢合わせする。
四・一刀が星を連れ出す。恋は散に諭され、稟たちも交えて待機。
五・一刀、星を連れて帰還。皆に気持ちを表明し、そのまま成り行きで恋と二人きりになる。
六・ベッドイン
となります。ちなみに舞无は非番。ずっと自室に籠もって一刀人形の製作に勤しんでました。