「でも、良かったんですか? 先輩が自分で選んだから、わたし達……あんまりお役に立てなかったと思いますけど………」
公園のベンチに並んで座りながら、月は自分の手にあるクレープを遠慮がちに見ている。流石に月は謙虚だ。
「いいのよ月。こいつの為に時間使わされた事に変わりないんだから」
月は俺に訊いたのに、何故か詠が偉そうに応えた。………そりゃ、詠の言う通りだし? 二人がいなかったら多分、もう恋が持ってるぬいぐるみとか買っちゃってたと思うけど……もうちょっと、なぁ? それ地味に高いんだぞ。
「「いただきまーす」」
詠の言葉に俺が頷くと、二人揃って嬉しそうに(俺が奢った)クレープにかぶりついた。……うん、可愛いから許す。
「………あ、着信入ってる」
俺は二人と違ってクレープ無し。片手で缶ジュースをちびちび啜りながら携帯を見てみたら、着信履歴に同じ名前がいっぱい並んでた。
マナーモードにしたまんまだったか。つーか、及川?
「あいつ、今日は彼女とデートなんじゃなかったのかよ」
女とデートしてる最中に俺に電話掛けて来るような奴でもない。……って事は、ドタキャンでもされたか。
「………憐れ及川」
悪いが、もうお前の協力は必要ないのだよ。もしお前がフラレてて、そして俺が明日フラレたら、その時は一緒に心行くまでアルコールに溺れようぜ。
「どうかしました?」
「いや、何でもない」
俺の独り言に目をぱちくりさせる月に軽く手を振る。買い物の事じゃないかも知れんが、どうせ後は帰るだけだし、寮で声掛けてやれば済む事だ。
「それより、二人はどんなプレゼントにしたんだ?」
「料理」
何の気なしに訊いてみたら、詠がぶっきらぼうに応えた。こいつ……プレゼントは用意出来てるとか言っといてそれかい。
「恋と言えば食欲、動物、最強でしょうが。変に奇を衒っても仕方ないのよ」
………遠回しに、俺のプレゼントにケチつけられてる気がする。我ながらナイスチョイスだと思ったんだけどなぁ。
恋に紫が似合うのは、いつも巻いてるスカーフで実証済みだし。
「さて、そろそろ帰ろ、月」
月とほぼ同時にクレープを完食した詠が、幾分機嫌良さそうに月に声を掛ける。俺が対象外なのはご愛嬌だ。
「んじゃ、送って行きますか」
詠らしいと言えばそうだけど、俺としても「ハイまたね」とはいかない。もう暗くなり始めてるし、連れ回してた当事者でもある。
「何よあんた、ついて来る気なの?」
「女の子二人で夜道歩かせるわけにいかないだろ。ボディーガード気取らせてくれよ」
もう少し二人と一緒にいたかった事もあり、気を遣うって以上に図々し物言いになってしまった。結果―――
「……あんたが一番危険人物じゃない」
超ジト眼で睨まれた。これはつまり、アレか。抱きつき事件か。
「えーと……詠さん? まだ根に持ってらっしゃいますか?」
「当たり前でしょ。痴漢されても抵抗出来ない子の気持ちが初めて解ったわよ」
俺が抱きついてもしばらくされるがままだったのは、そういう心境だったのか。………よく買い物になんて付き合ってくれたな。
「せ、先輩…! 冗談ですから、そんなに本気で落ち込まないで下さい! 詠ちゃんも意地悪言わないで……!」
俺と詠の間に立って、月があたふたとフォローしまくる。そんなに凹んだ顔してたのか? 俺。
「はいはい、月に免じて冗談って事にしといてあげるから。さっさと行くわよ」
俺の様子をとてもとても楽しそうに見届けてから、詠は先頭に立ってスキップ気味に歩き出した。……くそう、そんなに俺を苛めて楽しいか。
「(でも……実際ありがたいよな)」
その背中を見ながら、思う。詠のさっきの言葉は冗談っぽいけど、もし本気だとしても何の不思議もない。
だって、普通あんな事したら引くだろ。怖がられたり、距離取られたりしてもおかしくない。
………でも、二人はこうして、俺と一緒にいてくれる。
「……………ありがとな」
聞こえないくらい小さく、お礼を言った。胸の奥が温かくなる。
恋がいて、月がいて、詠がいる。自分が十分過ぎるほど恵まれてるって思う。
――――なのに。
「(…………寂しいって思うのは、何でだろう)」
明確な解を持たないまま、漠然とそう感じた。
「うーん…………」
月と詠を女子寮に送り、夜道を一人歩く俺。聖フランチェスカは元々はお嬢様学校(女子高)だったから、女子寮は学校にえらく近く、逆に男子寮は歩いて15〜20分くらいは掛かる。
でも、何だか違和感があった。
「(………女子寮って、もっと近くじゃなかったっけ?)」
同じ問いを詠にしたところ、「あんた何言ってんの?」と返された。……まあ、俺より月や詠の方が詳しくて当たり前だし、実際そこに女子寮はあったんだけども。
「ま、どーでもいっか」
男子寮ならともかく、女子寮の場所なんて俺にはあんまり関係ないし。何より、男子寮の方が学校から全然遠いし。
あっ、でも明日は関係あるな。恋の誕生日パーティー、女子寮でやるらしいから。
「……………………」
意識したら、緊張して来た。明日……恋に告白する。もしフラレたら、今まで通りに付き合って行く事は出来ない。この温かい場所を失う。
確信に近いものはあるけど、それで不安が完全に消えるわけじゃない。
「(……すげーな及川、お前はいつもこんな事をサラッとこなしてんのか)」
不覚にもちょっと尊敬してしまった。俺は人生初の告白……しかも相手から散々アプローチ受けた後だってのにビビってるのに比べて、あいつ勇者だ。
「(落ち着け俺、今から緊張してもしょうがない)」
告白するのは明日の夕方以降、パーティーが終わってからだ。こんなガチガチな気分じゃ空気壊すし、リハーサルする気もない。恋に言葉を飾るのは無意味と判ってるから、告白はストレートにすると決めてる。
空を見よ、この雄大な星空に比べたら、俺の悩みのなんとちっぽけな事か。
どこまでも高い空に吸い込まれそうになる感覚を味わいたくて、立ち止まって上を見上げる。
その先に、月があった。
「…………………」
怖いくらい綺麗に光ってるのに、凍てつくほどに冷たい銀月。
………悩みが吹っ飛ぶどころか、やけに寒々しい靄が胸の奥に下りちまった。
まだ言葉になってなかった、曖昧なままの俺の気持ちを―――
「………寂しい?」
前方からの、聞き違うはずのない声が……正確に捉えていた。
………そうだよな、女子寮からの帰り道なんだから、出くわしても不思議じゃない。
「恋……………」
犬猫と戯れた帰りだからか、両手には大量のゴミ袋を持って……恋はそこに立っていた。
「………寂しくないよ」
寂しいかって俺に訊く恋の方が、よっぽど寂しそうな眼をしてたから……反射的に俺はそう返した。
そう、平然と返した。………はずなのに、その声は自分で驚くくらい暗かった。
「っ……恋!?」
あまりに自然に、そうする事が当たり前であるように、恋は俺の胸に飛び込んで来た。
何か……恋らしくない必死さを感じる。
「………憶えてなくても、いい」
小さな手が、俺の服を掴む。
「………どこにいてもいい」
寒空の中、自分の存在で俺を暖めてくれるみたいに、恋は近く、近く寄り添う。
「恋がずっと、守ってあげる」
胸の中の呟きは、誓いのように鮮烈に響いた。そこに籠められた気持ちも同様に、俺の心に響く。
「(言おう………)」
企画倒れもいいトコだけど、この一瞬を見送りたくない。今……こうまでして気持ちを伝えてくれている恋に、何も返さないなんてしたくない。
「俺、さ………」
恋の肩に手を添えて、そっと体を離す。不思議そうに首を傾げる恋の瞳を、一心に見つめる。
「恋に……伝えたい事があるんだ」
ストレートに行くって決めてたくせに、いざとなると焦れったい言い回しになる自分が嫌になる。
「(でも、せっかくだから………)」
プレゼントと一緒に言葉を贈ろう。そう思ってカバンを漁り――――それに触れた。
『……大切にします。髪飾り………』
誰かの声が、頭に響く。恋じゃない、誰かの声が………。
「(何やってんだ、俺は…………)」
今すぐカバンから取り出して、恋に渡せ。そして告白しろ。
心の中でそう言い聞かせても、俺の手は一向にカバンから動かない。
「れ、ん……っその………!」
―――頭の中が、真っ白になった。
「また明日な!!」
誤魔化すように叫んで逃げるように駆け出す。何でそんな行動を取るのか、自分でも理解出来ない。
「(何がしたいんだよ、俺は………!!)」
自分で自分が許せない。走りながら胸に満ちるのは、ひたすら後悔だけだった。
………目の前であんな行動を取られて、あからさまに逃げられて、恋はどう思っただろう。
拒絶したと思われたかも知れない。傷つけてしまったかも知れない。そう思うと、酷く胸が痛む。
「(恋…………)」
そんな後悔ばかりを繰り返しながら、俺はノロノロと男子寮を目指して、自分の部屋の扉を開けた。
そこに―――――
「……………え」
二人の美少女が、いた。