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No.14898の一覧
[0] 燐・恋姫無双 弐(本編完結)[水虫](2011/06/20 20:47)
[1] 六幕・『雪原の死闘』・一章[水虫](2009/12/21 16:45)
[2] 二章・『不遜なやきもち』[水虫](2009/12/22 05:06)
[3] 三章・『不安も、不満も』[水虫](2009/12/23 04:46)
[4] 四章・『知ってる気持ち』[水虫](2009/12/27 12:31)
[5] 五章・『その道を歩くために』[水虫](2009/12/24 11:46)
[6] 六章・『提案』[水虫](2010/02/05 08:19)
[7] 七章・『小覇王の告白』[水虫](2009/12/27 12:33)
[8] 八章・『器』[水虫](2010/01/16 07:35)
[9] 九章・『行方の知れぬ彼の人』[水虫](2010/01/06 15:35)
[10] 十章・『激突、錦馬超』[水虫](2010/01/08 18:52)
[11] 十一章・『分の悪い博打』[水虫](2010/01/08 19:25)
[12] 十二章・『雪原に咲く花』[水虫](2010/01/09 07:07)
[13] 十三章・『当たり前みたいに』[水虫](2010/01/09 13:28)
[59] 十四章・『苦渋の降伏』[水虫](2010/09/23 18:57)
[61] 十五章・『紅蓮の夢』[水虫](2010/09/25 14:03)
[62] 十六章・『絶望の淵で』[水虫](2010/09/27 09:33)
[63] 十七章・『墓参り』[水虫](2010/09/28 12:14)
[64] 六幕終章・『背負うもの』[水虫](2010/09/29 17:27)
[65] 七幕・『群雄踊る』・一章[水虫](2010/09/30 23:56)
[66] 二章・『いめちぇん』[水虫](2010/10/03 05:12)
[67] 三章・『さぷらいず』[水虫](2010/10/03 17:55)
[68] 四章・『結ばれる小指』[水虫](2010/10/04 14:23)
[69] 五章・『南方の異変』[水虫](2010/10/06 13:15)
[70] 六章・『偽帝討伐』[水虫](2010/10/07 15:43)
[71] 七章・『その頃、徐州』[水虫](2010/10/08 09:53)
[72] 八章・『箱庭の中の三日天下』[水虫](2010/10/09 16:13)
[73] 九章・『悩める覇王、迷える子羊』[水虫](2010/10/10 12:40)
[74] 十章・『矛と盾』[水虫](2010/10/25 15:22)
[75] 十一章・『後宮の少女たち』[水虫](2010/11/02 20:46)
[76] 七幕終章・『覇王の御座』[水虫](2010/11/08 17:32)
[77] 八幕・『蝶・恋姫無双』・一章[水虫](2010/11/11 22:15)
[78] 二章・『龍は未だ死なず』[水虫](2010/11/23 08:19)
[79] 三章・『輝く蹄』[水虫](2010/11/16 22:16)
[80] 四章・『発覚』[水虫](2010/11/24 17:29)
[81] 五章・『色仕掛け』[水虫](2010/11/25 19:26)
[82] 六章・『来訪、虎の姫』[水虫](2010/12/01 16:56)
[83] 七章・『亡くした人』[水虫](2010/11/30 22:32)
[84] 八章・『この命に替えても』[水虫](2010/12/03 21:31)
[85] 九章・『嵐の前』[水虫](2010/12/06 22:21)
[86] 十章・『隠されし爪』[水虫](2010/12/09 22:26)
[87] 十一章・『暗雲』[水虫](2010/12/11 21:26)
[88] 十二章・『悪夢の再来』[水虫](2010/12/15 05:57)
[89] 十三章・『怒涛』[水虫](2010/12/15 21:54)
[90] 十四章・『断腸の決意』[水虫](2010/12/15 22:02)
[91] 十五章・『予知』[水虫](2010/12/16 22:15)
[92] 十六章・『誰に認められる為でもなく』[水虫](2010/12/18 23:18)
[93] 十七章・『推参』[水虫](2010/12/23 06:04)
[94] 十八章・『兆』[水虫](2010/12/22 19:26)
[95] 十九章・『蒼い影』[水虫](2010/12/23 22:20)
[96] 二十章・『北方常山の昇り龍』[水虫](2010/12/28 18:33)
[97] 二十一章・『あなたを守る』[水虫](2010/12/27 23:08)
[98] 二十二章・『“星”』[水虫](2010/12/27 23:18)
[99] 二十三章・『盃に乗せた契り』[水虫](2010/12/29 20:59)
[100] 八幕終章・『泡沫』[水虫](2011/01/08 17:04)
[101] 九幕・『絆の果てに』・一章[水虫](2011/01/08 17:18)
[102] 二章・『でーと日和』[水虫](2011/01/12 18:14)
[103] 三章・『愛紗の受難』[水虫](2011/01/13 21:10)
[104] 四章・『大好き』[水虫](2011/01/15 22:02)
[105] 五章・『白馬の名に懸けて』[水虫](2011/01/18 15:07)
[106] 六章・『乾坤一擲』[水虫](2011/01/21 21:32)
[107] 七章・『最近の趙将軍』[水虫](2011/01/21 21:33)
[108] 八章・『足りない何か』[水虫](2011/01/22 10:32)
[109] 九章・『決戦に向けて』[水虫](2011/01/23 16:07)
[115] 十章・『貴方の隣に立つために』[水虫](2011/01/30 06:07)
[116] 十一章・『窮鼠の牙』[水虫](2011/02/07 18:34)
[117] 十二章・『水龍の顎門』[水虫](2011/02/09 13:20)
[118] 十三章・『闇夜の逃避行』[水虫](2011/02/12 16:37)
[119] 十四章・『本当の願い』[水虫](2011/02/12 16:39)
[120] 十五章・『ずっと一緒』[水虫](2011/02/10 21:25)
[121] 十六章・『赫い雪』[水虫](2011/02/12 17:47)
[122] 十七章・『臣たる者』[水虫](2011/02/16 20:33)
[123] 十八章・『君が好きになってくれた俺』[水虫](2011/02/16 20:35)
[124] 十九章・『反骨の士』[水虫](2011/02/17 22:44)
[125] 九幕終章・『消えない傷』[水虫](2011/02/20 07:08)
[126] 十幕・『乱世の終焉』一章[水虫](2011/02/24 19:50)
[127] 二章・『今ここに在るものを』[水虫](2011/02/26 20:37)
[128] 三章・『子供騙し』[水虫](2011/02/28 20:27)
[129] 四章・『新たな時代』[水虫](2011/03/02 17:06)
[130] 五章・『歌姫の誇り』[水虫](2011/03/04 19:33)
[131] 六章・『神速白馬陣』[水虫](2011/03/07 15:24)
[132] 七章・『蒼き飛龍』[水虫](2011/03/09 17:25)
[133] 八章・『漆黒の華旗』[水虫](2011/03/19 20:04)
[134] 九章・『勝利の定義』[水虫](2011/03/19 20:05)
[135] 十章・『何かを誇れと言うのなら』[水虫](2011/05/04 07:32)
[136] 十一章・『決着』[水虫](2011/03/21 17:41)
[137] 十幕終章・『一人じゃない』[水虫](2011/03/23 19:56)
[138] 終幕・『夢花火』一章[水虫](2011/04/01 16:20)
[139] 二章・『待っている人』[水虫](2011/03/28 21:18)
[140] 三章・『届かなかった手を』[水虫](2011/04/01 16:19)
[141] 四章・『夢の終わり』[水虫](2011/04/01 16:21)
[142] 五章・『遺された者』[水虫](2011/04/05 19:41)
[143] 六章・『あの夜の月』[水虫](2011/04/09 15:17)
[144] 七章・『恋の春』[水虫](2011/04/09 17:19)
[145] 八章・『違和感の交錯』[水虫](2011/04/11 05:42)
[146] 九章・『罪の無い子』[水虫](2011/04/13 20:00)
[147] 十章・『約束を果たす時』[水虫](2011/04/16 20:46)
[148] 十一章・『星と愛紗』[水虫](2011/04/29 16:49)
[149] 十二章・『双龍、天を翔る』[水虫](2011/05/04 07:32)
[150] 十三章・『絆の代償』[水虫](2011/05/04 07:34)
[151] 十四章・『虚ろな傀儡』[水虫](2011/05/05 15:28)
[152] 十五章・『白光の雁』[水虫](2011/05/12 05:37)
[153] 十六章・『迫る悲劇』[水虫](2011/05/12 05:42)
[154] 十七章・『いざ、擬態』[水虫](2011/05/14 18:05)
[155] 十八章・『外史を越えた誓い』[水虫](2011/05/17 14:26)
[156] 十九章・『戻って来た場所』[水虫](2011/05/19 19:15)
[157] 二十章・『この空の下でも』[水虫](2011/05/21 18:28)
[158] 二十一章・『呉王の怒り』[水虫](2011/06/06 20:23)
[159] 二十二章・『予感』[水虫](2011/06/06 20:26)
[160] 二十三章・『告白と口付け』[水虫](2011/06/06 20:30)
[161] 二十四章・『泡沫の向こうに』[水虫](2011/06/06 20:32)
[162] 二十五章・『元気でな』[水虫](2011/06/11 19:03)
[163] 二十六章・『突端と帰結』[水虫](2011/06/11 19:17)
[164] 二十七章・『存在否定』[水虫](2011/06/20 20:26)
[165] 二十八章・『想念の墓場』[水虫](2011/06/20 20:29)
[166] 二十九章・『久遠』[水虫](2011/06/20 20:31)
[167] 三十章・『蒼天の向こうへ』[水虫](2011/06/20 20:40)
[168] 再見・『燐』[水虫](2011/06/20 20:38)
[169] (あとがき)[水虫](2011/06/20 20:46)
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[14898] 十四章・『虚ろな傀儡』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:5d3ce992 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/05/05 15:28
 
 光の中から、誰かが手を伸ばして来る。
 
『主っ!』
 
 また、この夢だ。
 
『私を置いて……どこに行くおつもりですか!』
 
 前とは違う、誰か。同じなのは、置かれている状況と向けられて来る想い。そして……俺から彼女に向ける気持ち。
 
『そんな事、絶対に許しませんよ……っ!!』
 
 愛しくて、だからこそ切なくて、届かない自分の手が憎い。
 
『無様でも、情けなくてもいい! この手に主を掴みたい……!』
 
 こんなに求めているのに、こんなに別れが苦しいのに………どうして、俺は名前も解らないんだ。
 
『惚れた男を手放すほど甘い女ではないと、主に言ったではないか……っ!』
 
 もしかして、俺は…………今在るものを守ろうとしているわけじゃ、ないのか?
 
 そう思った時………
 
『離しませんよ、今度こそ』
 
 ―――声が、すぐ傍で聞こえた…………気がした。
 
 
「ーーーーーーー!!」
 
 まず初めに、自分自身の大声が聞こえて………
 
「うわぁ………」
 
「クスクス」
 
「ビックリしたぁ、なに?」
 
 教室中の視線を独り占めしてる自分に気付いた。俺は自分の机を叩いて勢いよく立ち上がった姿勢で固まってるし、これはつまり…………
 
「北郷、居眠りまでなら大目に見てやっていたが……そんなに儂の授業を邪魔したいか? ん?」
 
 …………そういう事、だよなぁ。桔梗先生が指先で弄んでるチョークが怖すぎる。
 
「いえっ、ホントすいませんでした! どうぞ続きを!」
 
 逃げるように着席。あーもう、俺絶対いま顔赤い。居眠りまでならともかく、叫び声は恥ずかし過ぎる。
 
「かずピー剣道し過ぎやって。夢ん中までしとんのか?」
 
「………うっせーよ」
 
 隣の及川が激しくウザイ。とはいえ、実際は剣道よりよっぽどメルヘンっぽい夢だったので適当に誤魔化しておく。
 
「でも『せーーーい!』は無いわぁ。どうせなら『めーーん!』とか『こてーー!』とかのがおもろかったのに」
 
「せ、い………?」
 
 俺、そんな事を叫んでたのか。なら、もしかして………
 
「………星って、言うのかな」
 
 及川の勘違いが、意外な所で役に立つとは。あんなに知りたがってたのに、何だか拍子抜けだ。
 
「(でも……やっぱり、知らないな)」
 
 星って名前が解っても、やっぱり俺はその娘を知らない。もう少しで見えそうな気がした顔も、目が覚めた後だと余計に朧気な感じがする。
 
 あれは、夢の中にだけ出てくる変なキャラクター的なやつなのか? あんなに俺が必死なのも、夢だからこその理屈無しの衝動みたいなもんなのか?
 
「(何でこんなに、気になるのかな………)」
 
 最近ではすっかりお馴染みの思考の海に、俺は、一人で喋り続ける及川のメガネにチョークが刺さるまで沈み続けた。
 
 
 
 
 放課後、恋からのメールが届いてすぐに、俺は及川を買い物に誘った。
 
 メールの内容は、平たく言えば「今日は先に帰る」だ。何でも週に一度、隣町の野良たちと会う日らしい。俺にとっては渡りに船、部活をサボってプレゼント買いに行こうと思ったんだけど…………
 
『今日はデートがあるんよねぇ、デ・ェ・ト、が。悪いけど、買い物ならかずピー一人で行ったって♪』
 
 とか、上から目線で言いやがった。ちょっと彼女がいるくらいであんにゃろう。もし俺が大一番に成功したら、これまでの屈辱を倍にして返してやる。
 
 あいつの“今の”彼女がどんなのか知らんけど、恋以上の美少女なんてそうそういるわけがない。
 
「…………緊張してきた」
 
 とにかく、まずはプレゼントだ。俺は及川より遥かに頼れる協力者がいる事を思い出して………早足に廊下を進む。
 
 ……………………
 
「はあっ? 買い物に付き合え?」
 
 そう、恋の幼なじみにして同性。恋が喜びそうな物も熟知してそうな、月&詠である。
 
「何であんたの為に、部活サボってまでそんな無駄な事しなくちゃなんないのよ。ボク達、もう恋のプレゼント用意してるんだけど?」
 
 詠が素直に協力してくれないだろう事も予想してたけど、今回に限ってはいくらでもやりようはある。
 
「頼む! 俺って言うより、恋の為だと思って!」
 
「う……………」
 
 詠は結構づけづけと物は言うけど……基本的には面倒見のいいお人好しだ。しかも月や恋に対してはストレートに甘やかす。
 
 俺の頼みはダメでも、恋の為なら折れてくれるはず。いや……むしろ折れて下さい。
 
「詠ちゃん、わたしは……いいよ?」
 
「さすが月!」
 
「はぁ……もう、すぐコイツを甘やかすんだから」
 
 優しい上に詠と違って素直な月の了解の相乗効果で、俺は強力な助っ人を二人も得た。
 
「わかったわよ、アドバイスはしてあげる。でも、最終的にはあんたが選びなさいよ? じゃなきゃプレゼントの意味なんて無いんだからね」
 
「ははー」
 
 頭を深々と下げて、大袈裟に感謝してみる。ホント良い後輩を持って幸せですよ、俺は。
 
「なら早速いこうぜ。俺、カバン持つからさ」
 
「いい心掛けね。丁寧に扱いなさいよ」
 
 フフン、と鼻を鳴らす仕草にも腹が立たない。差し出された詠のカバンを受け取ろうとして――――
 
「ッ………!!?」
 
「ちょっ!? 言ったそばなら何やってんのよ!」
 
 取り落とした。刺すような視線を背中に受けて、意識が完全にカバンから外れた事によって。
 
「(何だ、今の……!)」
 
 詠に返事をするのも忘れて、俺は弾かれるように振り返る。そして……見つけた。
 
「……………………」
 
 廊下の突き当たり、曲がり角に位置する場所で……一人の男子生徒が俺を見てる。いや、睨んでる。
 
 間違えるわけがない。隠そうともしない剥き出しの殺気が、今も俺を捉えて離さない。
 
「(誰だよ、あいつは…………)」
 
 見た感じ、背は低いけど俺と同学年。目立つ白髪に整った顔立ち。おまけに……立ち姿だけでも、相当“使える”のが一目で判る。
 
 だけど、そんな目立つ容姿以上に際立つのが、眼だ。
 
 こんな冷たい視線、今まで感じた事が無い。背筋が寒い、鳥肌が治まらない、冷や汗が噴き出して来る。
 
「………………」
 
「………………」
 
 声を出す事すら躊躇われるような睨み合いが続き、それは……やけにあっさりと終わった。
 
「ちっ」
 
 唾でも吐き捨てそうなほど忌々しげに舌打ちして踵を返した、男子生徒によって。
 
 曲がり角にいた事もあり、そいつは一秒経たずに俺の視界から消える。
 
「………あんな奴、うちの学校にいたっけ」
 
 もしかしたら……俺が一方的に気圧されてただけで、あいつにとっては威嚇ですら無かったのかも知れない。
 
 素で怖ぇ。キレたうちのじいちゃんより遥かに怖ぇ。でも………あんな奴がいたら、顔くらい憶えてそうなもんだけど。
 
「二年生の顔なんて憶えてないわよ。でも……感じ悪い奴だったわね」
 
 武道と無縁な詠にも、あいつがガンくれてたのはわかったか。月に至ってはさらに顕著だ。
 
「あの、先輩……何であの人が睨んでたのかは知らないですけど、あまり……関わらない方が……」
 
「ああ……ぜんぜん勝てる気がしない」
 
 あいつの眼にあったのは、敵意なんて生易しいもんじゃなかった。あの場で殴り掛かられるかと本気で思ったくらいだ。
 
 いや………むしろ生命の危機を感じた。
 
「何が“勝てる”よ。言っとくけど、ボクがマネージャーしてる内は剣道部で不祥事なんて起こさせないんだからね」
 
「りょ~かい」
 
 月と詠と一緒に、恋へのプレゼントを選ぶ。楽しい放課後の始めにケチをつけられた感は拭えなかった。
 
 
 
 
「………………」
 
 誰もいない校舎の屋上から、一人の少年が世界を見下ろしている。
 
 世界そのものに向けられていた失望の眼差しは、自身の掌に移され……激しい怒りへと変わる。
 
 まるで、自分という存在を認める事を拒むように。
 
「とうとう、肉体まで具現化してしまいましたか」
 
 その背中に、妙に艶の籠もった怪しい声が掛けられる。白髪の少年以外には誰もいなかったはずの屋上に、いつの間にか一人の青年が立っていた。
 
 雰囲気も気色も異なる二人に唯一共通しているのは、額に刻まれた色違いの紋様のみ。
 
「わざわざ口に出さなくても解る。ムカつく事を再確認させるな」
 
「それは失礼」
 
 少年は振り返りもせず青年に当たり散らす。八つ当たりに等しい怒声を、青年はむしろ嬉しそうに受け取った。少年の眉間の皺がさらに深まる。
 
「貂蝉の手でこの世界に放逐されて、正史ではどれほどの時が流れたのか………少しずつ、自分の存在が薄れていくのを感じてはいたんですけどね」
 
 青年は呆れるように、或いは自嘲するように両手を広げた。
 
 実際には、彼らが放逐されたのは『世界』などというはっきりとしたものではなかっただろう。
 
 曖昧で形を持たない想念の残り滓が、ただ忘却されて消滅を待つだけの“空間以下の何か”だった。
 
 それが起点を経て、基点を軸に、幾つかの楔によって固定され、外史として確立してしまった。
 
 少年や青年を含めた想念ごと、一つの世界として。
 
「奴のせいで物語は始まり、奴によって終端は阻まれ、消滅を待ち侘びていた所に………また奴だ」
 
 どこまで邪魔をすれば気が済むのか。そもそも貴様さえいなければこんな茶番劇は始まる事すら無かったのに。
 
 そんな怒りが、少年の腸の奥で煮えたぎる。
 
「北郷、一刀……!」
 
 キツく握り締めた拳の中で、爪が掌の皮を突き破って血を滲ませる。
 
 その姿に青年はゾクゾクと背中を震わせ、口の端を引き上げる。
 
「しかし、弱りましたね。老人たちがいなければ、消滅の儀式を行う事は出来ない」
 
「ちっ、偉そうに文句ばかり並べてやがったジジイ共が。自分たちだけであっさり消滅しやがって」
 
 自分たちで物語を紡ぐ事は出来ない。その存在理由は外史の否定。物語を見守り、ただ裁定を受け入れる貂蝉とは……同種にして対極の存在。
 
「俺たちには、物語を紡げない、か………」
 
 己という存在の空虚さを、痛いほどに噛み締めて………少年は空を見る。
 
「………だったら、導いてやろうじゃないか。物語を紡ぐ者を」
 
 ―――一縷の希望を怨敵に賭ける。それすらもまた、虚しい。
 
 


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