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No.14803の一覧
[0] ある皇国の士官の話【皇国の守護者二次創作・オリ主・】  各種誤字修正[mk2](2010/06/12 21:06)
[1] 第二話[mk2](2010/06/19 17:45)
[2] 第三話[mk2](2010/06/19 17:45)
[3] 第四話[mk2](2010/06/19 17:46)
[4] 第五話[mk2](2010/06/19 17:46)
[5] 第六話[mk2](2010/06/19 17:46)
[6] 第七話[mk2](2010/06/19 17:46)
[7] 第八話[mk2](2010/06/19 17:50)
[8] 第九話[mk2](2010/06/19 17:47)
[9] 第十話[mk2](2010/06/19 17:48)
[10] 第十一話[mk2](2010/03/10 01:31)
[11] 第十二話[mk2](2010/03/26 05:57)
[12] 第十三話[mk2](2010/06/19 17:50)
[13] 第十四話[mk2](2010/06/19 17:50)
[14] 第十五話[mk2](2010/04/24 13:20)
[15] 第十六話[mk2](2010/05/12 21:52)
[16] 第十七話[mk2](2010/06/12 20:32)
[17] 設定(色々減らしたり、整理したり)[mk2](2010/06/12 01:32)
[18] アンケート結果です。[mk2](2010/01/25 22:55)
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[14803] 第八話
Name: mk2◆1475499c ID:2f98b6bf 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/19 17:50
楽な戦だった。
隊列に固執し柔軟さを持たない皇国との戦いは、アスローンとの戦いや南冥民族国家群蛮族との戦いなどで多くの経験を積んでいる帝国兵に取っては、赤子の手を捻るも同然である。
少なくとも、天狼開戦後数日はそう思われていた。
兵力差において数千もの差があるにも関わらず、帝国は勝利を収め、消耗も少ない。
一部の将校からは、前評判よりも楽な戦になるのではという意見が出たほどだ。


逃げ損なった皇国の敗残兵を蹂躙し、守る者のいない北領の要を占領。
皇国軍主力の集まる北美奈津浜までの数十リーグ、その間に組織的抵抗の可能な部隊は大隊が1つに、弱兵で知られる旅団が1つ。
対するこちらは先鋒だけでも精強で知られる帝国猟兵2個旅団、援軍を含めれば総勢4万の大軍。
数日中には北美奈津浜に突入、今だ残る1万2000の皇国兵を排除し、来たる夏の皇国内地上陸計画の負担を大きく減らすはずだった。


その計画が大きく狂ったのは2月11日、真室大橋を無傷のうちに奪取しようとした帝国2個旅団が、今だに遭遇したことのない兵科の伏撃により2個大隊を超える損害を出した時からだった。
敵兵の数は1個大隊と少なかったものの、猛獣と一体化した戦列を組まない攻撃により、初めて帝国は計画の変更を余儀なくされた。
この戦いによって、敵大隊の本部は壊滅したと思われたものの、それを感じさせない執拗な抗戦により真室大橋の確保は失敗。
その後も、真室架橋中の昼夜を問わない砲撃、帝国猟兵の偵察部隊の駆逐等、様々な撹乱攻撃により帝国はその侵攻速度を低下せざるを得なくなっていた。


特に侵攻速度の減退の最大の要因となったのは、皇国による徹底した焦土作戦である。
接収した場合兵の宿泊施設にもなり、時には薪の代わりにもなる民家を全て燃やし、米一粒さえ残さず、井戸という井戸に毒を投げ込む徹底した焦土作戦により、時間あたりの歩行距離は3リーグにまで低下。
そして捕虜にした、真室の糧秣庫に火を放ったと思われる皇国兵の自供を得るに至り、帝国兵達はその行動に狂気に近いものさえ覚えていた。





「もうじきですね。」

帝国軍第21東方辺境領猟兵師団参謀アルター・ハンス中佐が上官に語りかける。
帝国軍の中隊横列は苗川まで5リーグの地点まで迫り、既に苗川とその後方の陣地はこちらからでも視認できるようになっていた。
彼らがいるのは苗川対岸に布陣する皇国陣地から7リーグほど離れた地点。
大協約世界に7リーグを超える射程を持つ兵器は存在しない。

「ああ。」

帝国軍第21東方辺境領猟兵師団司令官シュヴェーリン,ユーリィ・ティラノヴィッチ・ド・アンヴァラール少将は言葉少なに返す。
兵を、というよりも人間への愛情の深い彼は、自分たちの後方で苦しんでいる兵に思いを馳せていた。
彼の周囲を完璧な隊列で歩く猟兵の列は壮観だが、その実態は余りにも悲惨だ。
所持している糧秣は彼らのものでさえ必要最低量に届かず、軍主力では食事を摂れていない兵も多い。
本土から糧秣を運ぶにしても、想定以上に速い侵攻速度に兵站がついていかず、輜重部隊からは限界を主張する声が聞こえるようになっていた。
おそらく兵站が整うまでの間、多くの人間が寒さに震え空腹に苦しみ、最悪餓死や凍死する人間もでるだろう。
しかし、ここを突破し、今だ皇国軍の残る北美奈津浜に突入することができれば、皇国の糧秣を確保できる可能性もある。
それを実現することができれば、現在の状況を打破しうるかも知れない。
しかしそのためには、ここ数日間帝国に対して様々な手段を以て戦術的抵抗を続けている大隊の陣地、その目の前を渡河しなければならないのだ。


敵の情報をつかむために何度か送り出した偵察部隊はその殆どが帰還せず、断片的に得られた情報からやっと、敵が大隊規模で例の猛獣使いであるということが判明したものの、苗川付近まで近づくことはできず、敵の本隊と接触するのは今回が初めてという形であった。

「あと、5リーグですね。敵の真室大橋架橋時の砲撃から見て、擲射砲や臼砲は持っていないと願いたいものですが。」

アルターが、話しかけているのか、独り言なのか判別のつきにくい言葉を発したとき、遠くでズンという口径の小さい砲に特徴的な、比較的軽い音が聞こえた。
前方に見える苗川付近から僅かに煙が上るのが見える。
そして、一拍というには長い時間が過ぎ、ヒュルルという風を切る音を伴い、黒い点が十数個飛来、大隊先鋒の上空でその形を崩した。
奇襲を警戒した隊形であったため、本隊と先鋒の距離は近い。
本隊の先を進んでいた第37猟兵大隊、その中央部に楕円状の無人地帯が作られており、その一帯は雪国に相応しくない赤色に染まっていた。

「敵の擲射砲?それにしては被害が少ない、奴ら騎兵砲を斜面に据え付けたな。」

ヒゲに覆われた顔を、誰が見てもそうと分かるほどに歪め、シュヴェーリンが呟く。

「うまいものです。今回の敵、あそこまで柔軟に兵を動かせるものなど帝国にも多くはないでしょう。」

彼らが会話を交わす間にも敵から数回の砲撃があったものの、その命中率はさほどでもなく、この砲撃自体が無理のあるものであることがうかがえる。
そして計6度ほどの砲撃が行われ、敵の攻撃は終わった。

「今のは牽制で、本格的になるのは3リーグを切ったあたりからでしょうね。」

数度の砲撃を受けてもその進軍速度を緩めず、隊列も乱さない帝国軍の勇姿を眼下に収めながらアルターが言う。

「敵もそれなりに準備をしているだろうとは思っていたが、予想以上だな。」

流石に肉眼では厳しいが、望遠鏡を使えば敵陣の概要くらいはわかる。
15間ほどの高さの丘陵地に沿うように作られた敵陣地は、不思議なことにクモの巣を簡易化したような形容し難い形に作られており、大隊の人員が入るには少しばかり大きく見える。
またその前方には、馬防柵が二重に構築されており、歩兵や騎兵の進軍を妨げるように渡河直後の地点に幅広く作られている。
一つは敵陣地から30間ほど進んだ地点にあり、これは非情に簡易的な作りだ。
ところどころ、完成しきっていないところを見ると、最後まで作り切れなかったのだろう。
騎兵ならば場合によっては蹴散らせそうな作りだが、川を渡ったばかりの兵には大きな障害になるだろう。
二つ目は敵陣地の目の前、塹壕(当時の言葉を借りるならば堀や溝というべきだが、まさにそれは塹壕であった)に沿うように作られている。
前方のものとは違い、素材を選んで作られたと思われるそれは、野戦用の急造品とは思えないほど入念に作られており、基本形となる柵に加え数十年前まで実戦で使われていたパイクを思わせる、鋭角に削られた木杭がところどころ設置されていた。
材料に使ったのだろう、苗川に架けられている橋の一部がなくなっている。

「はい、おそらく今日は無理でしょうね。」

アルターが懐中時計に目を落とした後に、もうすぐ沈んでゆこうとしている太陽の方に顔を向ける。
現在の時刻は既に午後第4刻を回っており、夏場なら明るい太陽も既に沈みかけている。

「だが、やらねばなるまい。ここを早く落とさねば敵主力突入への絶好の機会を逃すことになる。1寸1点も無駄にできん。」

敵主力が北美奈津を脱出すると思われているのが24日、今日を除けば4日しかない。
そして、時間がたてばたつほど与えられる被害は少なくなる。
それ故に、今この時、師団司令部の人員、その殆どが今の状況に焦れていた。


先の敵の砲撃から半刻、帝国軍先鋒が苗川より2リーグ半の地点まで来たときに、再び対岸より砲声が響いた、
師団司令部からの光景は先ほどと変わらないが、着弾までの時間は先程よりも明らかに早い。

「まずいな。」

二人の近くにいた野戦参謀が小声で呟く。
それは突撃発起地点にまだ届かないにも関わらず、行われた敵の砲撃であり、そして砲声の数でもあった。

「20前後、騎兵砲が1個中隊規模もあるというわけか。」

苦々しい声、しかしその心境はこの場の全員が共有しているものであった。
一度の攻撃で50人近くが死亡する。
これは無視できない量の犠牲だ。

「アレクセイ中佐、砲兵の展開はまだか。」

いらだちも顕にシュヴェーリンが尋ねる。

「我々の部隊は機動力のある猟兵と騎兵を基幹としており、師団の主力砲兵は後方です。加え擲射砲が無い我が部隊では最低でも2リーグを切らなければ展開は難しいでしょう。」

シュヴェーリン少将の指揮する第21東方辺境領猟兵師団は、東方辺境領の特色通り猟兵を基幹とした移動力重視の部隊編成となっている。
よって、これらに随行するのは砲の中でも比較的身軽な騎兵砲や平射砲のみであり、より砲撃戦に特化した編成は第27東方辺境領砲兵旅団が担っている。
野戦ではこの砲兵旅団に加え、鎮定軍直轄予備に独立砲兵大隊が3つ、独立重砲兵大隊が2つと皇国を上回る量の砲兵が存在しているのだが、地面のぬかるみや、疲弊しきった兵站、そもそも移動に時間がかかることも加えここには来ていない。
実際、可能ならば各種砲兵や猟兵をより多くつれてくるのだが、糧秣の不足がそれを許さなかった。

「今更そんなことを言われんでもわかっている。その展開がいつになるのか聞いているんだ。」

叱りつけるような口調に、野戦参謀であるアレクセイ中佐が凍りついたように姿勢を伸ばす。

「はっ、敵の砲撃下で、となるとまだ半刻以上はかかると思われます。」

半刻後に展開が終了、それからの砲撃となるとさしたる効果も上げられずに夜を迎える可能性が高い。
その報告にシュヴェーリンが大きく舌をうち、それにアレクセイがまるでムチで叩かれたかのように反応する。

「やむをえん、砲兵は後退させろ。猟兵のみでの渡河突撃を敢行する。」

彼は先程までとは色の違うショックを受けたような表情を浮かべ、しかし、2度尋ねることはせず伝令の元まで駆けて行く。
それを見送ったアルターが、声が聞こえるほどの距離に兵がいないことを確認し小声でささやいた。

「ユーリィ、猟兵のみの突撃となると、」

その発言をシュヴェーリンは片手で制する。

「わかっている、しかし時間が無いのだ。つまるところ、我々は少しでも敵を消耗させなければならん。」

本人であるが故に、自分の発言の重さを知っているのだろう。
元来、攻城戦というものに奇手は存在しない。
これに関しては三国志やアレクサンドロス大王、ローマ帝国、百年戦争、いつの時代も同じだ。
攻者三倍の法(これ自体胡散臭いものではあるが。)に基づき、可能な限り多くの兵を用意し、永続的に攻撃し続けるしかない。
今回の戦いにおいては皇国側に城壁が存在しないため、主な手段としては地中を掘り進み、敵陣地下部で火薬を爆発させる、迂回し敵を包囲する、砲の支援のもと、ひたすらに肉の壁で敵を圧倒する、無視する。


この程度の選択肢しかない。
これ以外の選択肢が成功することもあることはあるが、それはたいてい敵の慢心や油断、怯懦、指揮官の無能により得られるものだ。
敵がまともならばこのような僥倖はあまり望めない。
このようなただでさえ数少ない攻城法は、非常に厳しい4日以内という時間の制限と、敵前面にある苗川の存在により、さらに減少する。
残るのは迂回と、正面からの突撃しかない。


突撃発起線というものが存在しないこの時代の兵は、しかし当時最先端の隊形である中隊横列を用い砲火の中を果敢に前進する。
親しかった友人が物言わぬ屍となり、その返り血を浴びながらもその士気は衰えない。
こちらの攻撃は全く届かないにも関わらず、その前進速度は下がらない。
小隊を掌握する士官が死んでも、即座に別の士官がそれを掌握する。
その軍隊の模範とも言える行動は、大協約世界だけではない、こちらの世界においてさえ賞賛されるべきものだった。
士気の高い兵を集めることができる志願制と、大国ならではの潤沢な資金による高度な軍教育、この二つが見事に融合している帝国の軍制度の賜であろう。
これがもしも一般的な野戦だったならば、敵を鎧袖一触に蹴散らすことも不可能ではないはずだった。


投入された第18歩兵連隊が苗川まで1リーグの地点まで迫ったときにそれはおきた。
簡易的な掩蔽壕により、敵からの視認と攻撃による脅威を大きく減らした平射砲からの攻撃。
その威力と命中精度は騎兵砲の比ではない。
第18猟兵連隊の中でも突出していた第37大隊、先程の攻撃により消耗はしているものの今だ健全な戦闘力を持っていた部隊の前方で大きな着弾音が響きわたった。
着弾と同時にはね上げられる土と煙、その隙間から赤いものがチラホラと見える。
一拍おいて落ちてきた肉片が顔にへばりつき一人の新兵が悲鳴をあげ座り込むが、それを近くにいた曹長が叱責しようとし、その二人を周囲の兵ごと砲弾が消し飛ばす。
手がもがれ、足がもがれ、手当が早ければ助かるであろう兵が、しかし誰からも見向きもされず死んで行く。
沈みかけた太陽に照らされオレンジ色に染まる雪原が真紅に染まる光景、それはまさに地獄と言っても差し支えのないものだった。


それでも、数において圧倒的優勢にある帝国軍は、先頭の大隊に多大なる犠牲をもたらしながらも突き進む。
現在投入されている第18連隊、その消耗率はまだ全体の20%にすぎない。
例えば1リーグ進むごとに100の兵が死ぬのだとしたら、帝国の勝利はゆるがないだろう。
しかし皇国陣地へと近づくにつれ、死傷率を表す放物線は急上昇する。
そして彼らが苗川へと足を踏み入れたとき、皇国による鋭兵の斉射が開始された。


わずか25間の川、しかし冬場の川の水温というのはただ凍っていないだけで、ほぼ0度といって良い。
それに腰までつかり、動かなければ殺されるという異様な精神状態で、不整地である川底を、走破性の悪い軍靴で走る。
普通でさえ自殺行為と呼ばれるそれが、高密度の弾幕の中で行われたとき、それはまさしく自殺に他ならない。
陣頭指揮を行っていた大隊指揮官は苗川を半分も行くことなく戦死、また、いまだ帝国軍の知るところではなかったが、捜索剣虎兵第11大隊は大協約世界初の高級士官への狙撃を行っていた。
死地にありながらも士官の存在でなんとか士気を保っていた第37猟兵大隊は、指揮官の戦死と士官の急速な減少という同時におきた二つの事象のため、体制を整えるまもなく壊乱。
苗川渡河途中に起きた壊乱は、第37猟兵大隊後方を続くように渡河していた第43猟兵大隊を巻き込みながら拡大し、帝国軍第18猟兵連隊は開戦1刻を待たずしてその組織的抗戦力を喪失した。
その結末は敗北、それ以外の何者でもなかった。



「アルター、この状況を打開しうる手はないのか?」

ならばこの会話の発生は必然と言えるのだろう。

「一つだけ、上苗を騎兵部隊で渡河し、向こうの大隊の後方を突くことができれば……。」

優秀な指揮官と優秀な参謀が組み合わさったとき、出てこなければおかしい会話。
少なくともこの時点で、皇国の優勢を打崩しうる手段はこれしかなかった。







ふと目が覚めた。
今だ冴え切らない頭でどうして目が覚めたのかを考え、股間に充塞する尿意に気がつく。
ああ、いつぞやの時と違い別のものでなくてよかった、士官が常にそんなことをしていたら面子が持たないからな、などと考え、まるであれが恒常的になっているかのような自分の思考に少し笑いを漏らす。
士官用の天幕に設置された仮設寝台から身を起こすと同時にかなりの寒さが襲ってくる。
布団の中に戻りたいという強烈な欲求を押さえつけつつ、枕元にあった懐中時計を手に取り目を落とすと午前3刻を示している。
帝国の攻撃が終わって程なくして寝たわけだから、7刻以上寝ていたわけか、贅沢なことだ、戦場ではめったにできない。
誰も起こしに来なかったのは保馬のやつが止めたのだろう。
気張るのはいいが、倒れられても困るというのがわからないのも若さからか。
初の実戦がこれほどまでに苛烈になってしまった、不運な友人の顔を思い浮かべ先程とは別の笑いを漏らす。


外は一面の雪景色であった。
寝ている間に軽く降ったのだろう、天幕の外には60尺以上の雪が積もっており、冬用の装備でないと歩くのにも苦労する。
北領に来て最も戸惑ったのがこの雪の存在だった。
新雪の場合夜間のうちに1間を越すほどに積もり、宿営地を作るにしても常に雪かきをしなければ宿営地ごと雪に埋れてしまう。
どこが道なのかを知るのもかなりの苦労が必要であり、撤退途中に使われた道から少しでも外れるとコンパスなしでは進めず、おまけに道を外れた場合、道を自分たちで作らなければいけないことさえある。
つまりそれほどまでに道路とは重要なのだ。
この地域に住んでいる住民が居住地を維持して行くのに必要な労力を考えると、感嘆の溜息がこぼれる。


そういえばそれを焼いたのはこの大隊だったか、後退途中に見た村々の焼け具合といえば凄まじいものがあった。
提案したのは自分であるし、やるべきであるならば躊躇いもなく火を放てる自信がある。
それでも他人が出来るか、と尋ねられたら半々だろう。
特に、義兄と似通った性格だろうと思っていた保馬がこの提案を採用し自ら行うのは、想定外であった。
提案できる、採用できる、命令されれば実行できる、そういったものとは違う。
この提案を採用し、かつ自らが行うというのは、その責任を誰にも転嫁できないということだ、上官にも、部下にも。
強いて言うならば状況に責任を押し付けることができないこともないが、一般的な皇国の士官ならばこのような選択は絶対にできないだろう。
大抵の士官はそのようなことをするくらいなら、武士道と言う誤った認識のもと玉砕を図る。
少なくとも、軍隊に入って見てきたほとんどの人間はそうだった。


ほぼ雪で埋もれかけているものの、隣に挿してある木杭を見つけ便所らしき場所の見当をつける。
利用している人間もそれなりにいるらしく、雪面に空いている10尺程の穴で用を足した後、懐の細巻きに火をつけ一服する。
笹島中佐を見送ったときに、ふとした会話がきっかけで譲ってもらったものなのだが随分な上物らしい。
癖がないかわりに、メンソールのツンとした香りが口内に広がる。
メンソールと言うものはまだ開発されてからそれほど経っていないため、それを含んだタバコはあまり市場に出回っていない。
メンソール自体は十数年前にアスローンが開発したらしいが、それに目をつけたとある企業が細巻きにメンソールを加えることを考案し、生産、流通ルートを一手に握っているという話だ。
いずれにせよ作られ始めてからまだ数年と言うことで、あまり出回っていない代物である。


頭が動き始めたことを確認し、主力陣地の方へと足を向ける。
苗川対岸の丘にある陣地から、右後方200間程の地点に宿営地はある。
敵砲の射程内ではあるが、前方の丘が敵の視界を遮ることを考慮すればそれほど危険な場所でもない。
さらに敵の流れ弾が飛来しにくいよう、陣地の真後ろではなくかなり右寄りの地点に作られている。
日中はほとんど人がいないのだが、夜間は周辺の警戒に100人ほどを残し他の兵は全て宿泊地まで下がっているので、人が少ないというわけではない。
それでも位置がばれることを防ぐために灯火統制を行っているため、主力陣地までの道は星明かりと光帯の輝きだけが頼りだ。



 宿営地           騎兵砲陣地     ×
                            ×
                大隊指揮所     ×
/////////////////////////
     ●○○○○          ●○○○○●
        ●○○○○   ○○○○●
      ××××    ××××   ×××× /
                          ///●
                           △△/●
                            △△/
       ××× ×  ××××  ×× ×××   ××                      

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~苗川~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

/:丘陵地帯
○:鋭兵
●:平射砲
×:馬防柵
△:前地支隊


それにしても、よくここまで複雑なものを作り上げたと感嘆せざるをえない。
概要だけを見ればそれほど旧来の陣地構築と変わりないのだが、細部を見た場合その全てが違うと言える。
中央部に作られた大隊指揮所から四方に向けて鋭角に蛇行した壕が作られており、その末端も小隊や中隊規模において、十字火線(軍隊では聞いたことがないが、保馬が口にしていた言葉である。)が構築されるように微妙に角度が異なるように作られている。
さらに各所に作られた予備陣地が、いかなる方向からの接敵にも対処できるよう主力陣地を囲うように掘られている。
それら主力陣地とは別に、敵士官の排除を積極的に狙う前置支援部隊というものも存在する。
主力陣地から見て左翼に位置するそれは、より敵に近い位置から精度の高い攻撃が行えるように設置されており、100名ほどの兵と平射砲が3門配備されている。
この前置支援部隊は、戦線維持が行えなくなった時点で、安全な後方の丘陵地帯を通り主力陣地に合流。
その後で、陣地は敵に利用されないよう爆破されることになっている。


意図の見えない作りの場所もかなりの数あったが、尋ねた場合その全てに納得の行く答えが帰ってくる。
保馬の話しを聞くに、現在砲の設置されている地点にもう少し別なものを置きたかったらしいのだが、現在の世界の技術ではまだ実現できないらしい。
その現在はないもの、というのは圧倒的な連射力を持つ銃のことらしいが、それがこの苗川に数個あれば1個師団であろうと止めることができるという話だが流石に眉唾ものだ。
「そもそも十字火線という物自体がその銃があることにより、最大限の効果を生み出すことができるものだ」という言葉で、保馬は陣地に様々な角度がついている事の説明を締めくくっていた。
それ以外にもこの壕の中を歩いていると、膝射を考慮した適度な深さや、壕の外へ進出する際の足場、兵の胸が当たる内斜面の角度など様々な点で戦闘がしやすいよう工夫されていることがわかる。
こちらに到着し、連れていった兵のほとんどを使い潰したと聞いたときは正気を疑ったものだが、この戦術的優位性と引換ならばしょうがないとさえ思えてくるほどのものだ。
一体どこからこんな発想が生まれるのか聞いてみたいが、恐らく答えてはくれないだろう。
昔から、こちらの最も知りたいことは教えてくれないのが保馬の性格だとこちらも理解している。


壕の内部を歩いていくと、通常よりも丈夫そうに作られた掩蔽に突き当たる。
おおよそ十字を描くように作られた、主力陣地の中心部に位置する大隊指揮所だ。
壕の各所に作られている掩蔽と比べると、大人数が入るわけではないためそれほど大きくは作られていない。
しかし、重要性の高い士官や兵が内部にいるため、耐弾性を高めるための工夫がそこかしこに施されている。
入り口両脇で警戒態勢を取っている兵の挨拶に、軽く会釈を返しその中へと入る。

「いい夜だな新城大尉。」

退屈そうに椅子にもたれかかっていた保馬が、眠そうな目つきでこちらに挨拶をしてきた。
作戦立案と定期報告以外に特に仕事が無いため、起きているといってもさしたる仕事があるわけではないらしい。
内地にいるときならば、机上に山ほどの書類が積み重なっているものだが、いまの机の上には、戦況が事細かに書かれた苗川周辺の地図しかない。

「すみません、少し寝すぎました。」

天幕の中には西田少尉に高橋曹長といった、保馬以外の人間がいるため部下としての態度で接する。

「構わないよ。どうせ戦闘が始まっても、俺は掩蔽の外には出られない。大尉の方が危険なところで戦うのだしね。」

サービスだ、そう付け足し内地にいるときと同じように笑う。
少し癖のある髪の毛や、年相応というには少しばかり幼い顔に無精髭を生やしながらも、顔つきはあまりやつれているようには見えない。
漆原少尉が、数日前から暗く淀んだ表情をしているのと比べると対照的だ。

「金森導術二等兵が察知した敵騎兵はどのように?」

「導術による偵察は行っていない、別にこちらに来るならば迎撃すればいいだけだ。」

先日21日午前7刻の時点で、金森導術二等兵が上苗を渡河する騎兵部隊1個大隊を察知した。
それに対して保馬が下した判断は無視であった。
この壕にいた方が、寡兵の俺たちとしては圧倒的に有利だ、それに簡素なものとは言え馬防柵も作ってある。
そして、馬防柵を取り除くためには戦闘工兵が必要であり、敵部隊にそれが見当たらない以上正面から戦わない限り撃退できる。
というのがその判断の根拠だった。
確かに敵に補給がされた気配がない以上、飢えた騎兵は脅威ではないかも知れない。
戦術的には何も間違っていない、そしてその理論に従う限りこの陣地さえ守りきれば負けはしないのだ。
だとしても、導術警戒さえ行わないのは余りにも無防備ではないか、そんな懸念が頭を離れない。


一応警戒も、とは思ったんだが、そう続け親指で大隊指揮所の隅の方を指す。
そこには額の銀盤を黒に近い灰色にして横たわっている、金森導術二等兵の姿があった。

「寝てるよ、起こして働かせるのも忍びないし。妹尾少尉が帰還してくれれば、貴重な導術と士官が一人づつ増えたのにな。」

妹尾少尉は15日夜に真室穀倉への放火に成功したという連絡をこちらによこした後、交信が途絶えていた。

「仕方がありません、万事がうまく行くとは限りませんから。もっとも他の手段をとっても良かった気はしますがね。」

「新城もしつこいな、まあ妹尾少尉の無事を祈るさ。」

軽口の範疇、平時の軍隊ならば許されないだろうが、戦時の、しかもある程度顔なじみが集まった場合、このような軽口も許される。

「かなり念入りに降伏するよう言い含めてありますから、それほど心配することではないでしょう。むしろ彼が生きていたとして、我々が会えるかどうか。」

「案外大丈夫かと思うけど?この2日、やばいと思う攻撃はなかったし、特に昨日の夜間渡河は見ものだった。」

正義や善といった様からは全く外れた笑顔を浮かべて保馬が話す。
21日早朝から続けられていた攻撃が、全く成功の色を見せないことに業を煮やした帝国は、夜間にも関わらず渡河突撃を敢行。
氷点下20度という環境で行われたそれは、渡河に成功した兵が攻撃も受けていないのに倒れるという珍事を生み出した。
帝国の打ち上げた燭燐弾も、皇国の利になるばかりで帝国には全く寄与しない。
無意味な犠牲を出した突撃は2刻も続かずに中止された。

「兵站がまともでしたら、成功していたかも知れませんね。」

先程まで机にもたれかかって眠っていた西田少尉が、会話の音で目を覚まし会話に加わる。
確かに、十分な補給があれば、昨日の突撃はそれほど悲惨なものにはならなかったかも知れない。
増援があった場合、夜間を通して行うこともできただろう。

「まともじゃなかったから兵を休めることができる。いいことじゃないか。」

「現在のところ全てがうまく行っているように見えますね。ひょっとしたら夜陰に乗じて撤退することだって可能かも知れません。」

二人は目の前で嬉そうな表情で会話を続ける。
真実嬉しいのだろう、兵の消耗は死傷者合わせて50ほどしかない。
今のまま行けば、間違いなく任務は達成できる。

「そううまく行けばいいですが……。」

その意見にどうしても同乗することができない。
確かに、確かに今のところ何の問題もない。
しかし僕たちの仲間はそこまで有能だったか?敵はそこまで無能だったか?
それともこれは僕の考えすぎか?
どこか目の前の二人のイメージと齟齬があるような気がしてならない。
こちらの懸念をよそに、二人は内地に帰ったら何をしたいかなどという会話まで始めている。

「帰ったら皇都の女の子に……」

「少尉もやるじゃないか。大尉はなにか……」

そのような会話を聞いていると、戦争の事ばかり考えている自分が馬鹿みたいに思えてくる。
いや真実馬鹿なのかも知れない、未来のことも考えられず、これ以上手をうつことができないにも関わらず無駄な思考を繰り返しているのだから。
そんなことをしているよりは、こうやって笑い合える事の方がよっぽど健全じゃないか。

「僕はとりあえず休みたいですね。戦争のことを忘れてゆっくりしたいです。」

ならこんな会話をするのもいいのかも知れない。






23日明朝、苗川において戦闘を続ける捜索剣虎兵第11大隊の元へ、一つの連絡が入った。

「転進司令本部司令笹島中佐より、捜索剣虎兵第11大隊大隊長益満保馬少佐に吉報を伝える。鎮台主力の撤退順調にして、23日正午には完了するものと思われる。しかし、転進司令本部は25日正午まで貴官らの撤退を待つ予定である。そちらの最も都合の良い行動をとられたし、以上。」








【今回のあとがきはアンケートや事情の説明もあり長いです。興味のない方は飛ばすことをおすすめします。】

あとがき
中継ぎな話です。
原作とたいして差もありませんし、ぶっちゃけ最後の一文以外読まなくてもいいかもって文章ですね。

アンケートは終了しました。



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