実際、俺は転生をした人間にしては慌てなかった方だと思う。生まれてからその知識を受け止めるまでには、十分な時間があり、自分の前世をしっかりと認識した頃にはそれが記憶というより知識に近いものになっていたからだ。
といっても、それら記憶を消化した出来事自体が過去の記憶のことだ。
実はかなり美化されていて、本当はかなりテンパッていたのかもしれない。
自分の将来が確定していることがわかったとは、なんていうか、運命のようなものを感じてしまった。
ああ、やっぱ歴史の修正力ってあったんだ、主に排除的な意味で。
きっと家の伝統とか言って騎兵に組み込まれて、天狼開戦でウーランツァールとか叫んで突っ込んで来る敵騎兵や歩兵に蹂躙されて、土の肥料になるんだろうな。
なんて自分の未来を想像したものだ。
だけど一つだけ、幸いと言っていいのか、不幸と言った方がいいのか、うちの家系自体が騎兵将校を多く排出しているにも関わらず、俺自身には一欠片も騎乗スキルが無かったのだ。
想定外である。
父や祖父などは俺の名前の由来を語るときなど
「お前が優秀な騎兵将校になるように、お前の名前は馬から一文字とって保馬(やすま)とつけたんだぞ。それなのに……」
などと非常に残念そうな、何とも言えない表情をしたものだ。
そのせいか、母や外戚、家令などは
「国語もソロバンも優秀ですし、この子を商人や役人にしてみたらどうです?」
などと提案をしてきたものだが、父と祖父に容易く突っぱねられたらしい。
伝統は理性に勝る、恐ろしや。
いろいろと未来の可能性が潰されていき、その選択肢の中で最も死ににくいのを選ぼうとしたとき、俺はひとつの覚悟を決めた。
歩兵は死ぬ。
防御力が紙すぎる。近代戦争を見ればわかるが隊列を組んで敵の銃火に身をさらすなんてまっぴらゴメンだ。
騎兵はダメ。
馬に乗れないし。
砲兵なんてあの作品では最も死にやすい兵科だ。
導術?寝言は寝て言え。
龍士?
乗馬ができないのにできるはずねーよ。
水軍が最後の希望であったが、5将家の家臣なのだから陸軍以外はダメだと言われた。
となると、選択肢は皇国陸軍では一択だ。
剣虎兵。
これこそ死亡フラグだといわれそうだが、そうでもない。
剣虎兵を主体とした圧倒的な攻撃力、独力での戦闘を前提としていることによる三兵編成(といっても騎兵がいないが)、隊列を重視せず奇襲と一撃離脱戦法を重んじるがゆえの高い生存率。
最高だ。
もしこの世界に、ボルトアクションライフルや機関銃があったとしても、それなりに戦える恐ろしい兵科だ。
よし、これにしよう。
そして、絶対に第11大隊には配属されないように注意しよう。
虎城での戦闘まで生き延びられれば、なんとかなるかもしれない。
そう思っていた時期が俺にもありました。
うっすらと明るみ始めた雪原を、3万の大軍が行進している。
はっきりいってミリオタ(ミリタリーオタクの略)の俺としてはかなり心に来るものがある。原作を読んだときなど、その光景を想像し、写真を撮りたい、大手掲示板でその話について盛り上がりたい。そんなことを想像したものだ。
もちろん今だって気持ちが昂ぶっていないわけじゃない。
ここまで興奮したのは、特志幼年学校に入った時と、自分の中隊をもたせられたとき以来だし、銃を放り投げて大はしゃぎしたいとか考えたりしないわけでもない。
もちろん当事者でなければ、これから繰り広げられる虐殺の内容を知らないのであれば、だが。
特志幼年学校を出てから、匪賊の討伐も含めて、俺は一度の実戦も体験していない。
実家の力のみでこの第2中隊指揮官に配属されたのだ。
怖い。恐い。これから目の前で繰り広げられるであろう光景が。
これから自分が行わなければいけない行動が。
さっきから現実を逃避するかのように、過去のことばかり考える。
それでも気分を紛らわせることができない。
心臓の音がさっきから鳴り止まない。
歯はガタガタと震えそうになる。
手は物もまともに持てないほど震えている。
さっきから現実を逃避するかのように、過去のことばかり考える。
きっと顔も蒼白なのだろう。
先程からチラチラと高橋曹長がこちらの顔を心配そうに覗き込んでくる。
もしも、立場なんてものがなかったならば、隊列を離れ胃の中のものを吐き出していただろう。
「中隊長殿、司令長官、守原英康大将殿より連絡です。帝国軍との接触はおよそ三刻後と予想される。北領鎮台主力、銃兵7個旅団は縦列のまま並進。騎兵2個連隊、砲兵2個旅団は各々銃兵旅団縦列群の左右・直後を占位せよ。なお、近衛衆兵第5旅団ならびに、独立捜索剣虎兵第11大隊は主力の1里後方で待機、とのことです。」
「そうか、ありがとう。」
だからだろう、短い返答にも関わらず、その声が妙にうわずってしまったのは。
連絡を終えた高橋曹長が、苦笑交じりの顔でこちらを見た。
「そんな顔をしておられたら、兵が不安にかられます。たとえ、格好だけでも余裕があるように見せておいた方が、指揮官としては得策です。」
周りの兵には聞こえないよう、こちらに身を寄せささやくような声で話しかけてくる。
そんな心遣いが妙に嬉しい。
「なあに、大丈夫ですよ。連絡にもありましたが、うちの大隊は後方待機ということで、戦なんて勝てば関係なし、負けても逃げる時間と距離は十分あります。どっちみち命だけは安泰、そういうことです。」
あまりにもぶっちゃけた発言に少し苦笑がこぼれる。
確かに、原作でもこの大隊には死者がほとんど出なかった。
定数874名、剣虎兵100頭。
原作では6日間もの間撤退を行ったにもかかわらず。西田少尉の小隊の玉砕を除いて、兵力の消耗はほぼなかった気がする。
「……そうか、命の心配はないか。なら、俺は負けた時の撤退のことだけ考えることにするよ。」
少し、ほんの少し笑えたことで、心に余裕ができた。
今出来ることは、別にない。
この後に起きることは原作で知っている。
この大隊、この中隊に巻き込まれた時点で、何度も何度もどうすればいいかシミュレーションも行った。
ありがとう。そう返したら、非常に軍隊の漢らしい笑顔が返ってきた。
心に余裕ができたところで、少し周りを見渡してみた。
すでに行軍は止まっており、戦闘開始に向けた戦闘隊形の構築が前方では始まっているのが見える。
その一方でこちらはというと主力を遠くに眺め、手持ち無沙汰だ。
近衛衆兵第5旅団が約3000人、うちの第11大隊が874人。
後方待機にも関わらず、周囲にいる兵の数は相当なものである。
帝国が2万2千人であり、俺たちを除いた皇国軍が3万であることを考慮に入れるならば、万全を期すために俺たちも戦線に加えるべきだろう。
前線との距離は4km、呼ばれ方だって予備兵力ではなく、後方待機。
どうやら完璧な仲間ハズレを食らっているらしい。
こんなんだから負けるんだよ、と声には出さずに悪態をつく。
そんな時、
「なんで我々も総予備なのだ!?」
そう怒鳴るような声が聞こえた。
本人は気づいていないようだが、周囲の兵は、妙に醒めた目で彼を見ている。
独立捜索剣虎兵第11大隊第3中隊中隊長若菜大尉だ。
おい、言いにくいなこの呼び方。
その近くでは、新城直衛中尉と猪口曹長、他数名の士官が雑談に参加している。
この光景、原作と非常に似通った光景ではあるが、ひとつ違うことがある。
メンバーが違うのだ。
どういうわけか、俺が第2中隊に配属された時から、新城も若菜も第3中隊にいた。
歴史の補正力とかいうやつが働かなかったのか、なんなのか、理由はよく分からないが、原作では西田少尉が隣にいたが今の新城の隣には違う少尉がいる。
猪口は……セットってやつだな。
新城が一緒になるよう働きかけているんだろう。
代わりになのかは知らないが、俺が入った第2中隊のメンバーは原作準拠だ。
西田少尉、漆原少尉、兵藤少尉。
他にも原作には出ていない士官が数名いる。
原作では新城とあの地獄を生き抜く直前まで行ったメンバーだ、その優秀さに関しては何の異論もない。
部下に恵まれるっていうのはこういう事をいうんだろう。
その一方で俺のこの大隊における立場は微妙だ。
なぜならば新城は現在28歳前後、若菜は26歳、他の少尉達も20台前半だ。
一方の俺はというと21歳、部隊の中でもかなり若い方にはいる。
おまけにこの大隊の先任中尉である新城が中隊を任されておらず、中隊の参謀のような微妙な役割を負っているというのに、俺は剣虎兵養成学校を出て実戦もせずに(若菜でさえしているというのに、だ。)中隊長に任官されている。
高橋曹長と、とあるサプライズで知り合った数名を除けば、人望も何もない。
後ろ玉恐いです、な立場だ。
げに、貴族の権力恐ろしやってやつだ。
でも、この会話が始まるっていうことはそろそろか。
主力の方が騒がしくなる。
「勝っても負けても命だけは安泰、か。それも主力と一緒に撤退できればの話だな。生きて内地に帰れるかな?」
そう小さくひとりごちた。
あとがき
予想以上の反響にびっくりです。
魔王様愛されてるなーwww
時間飛びすぎっていう意見はあれですね、本人が過去を回想している感じにしたかったんですが……実力不足ですね。