・Scene 40-5・
「想像していたよりも艦が少ない……と言うより、バベル以外、居ない?」
最新の光学探知システム―――と言うか早い話、アマギリが持ち込んだオーバーテクノロジーを利用した望遠カメラを通して映し出された聖地の映像を見て、ダグマイアが眉根を寄せた。
聖地北端の、先史文明時代の遺跡を整備して形作られた円周に沿って円柱を並べた神殿のようなモニュメントの上に静止した、巨大な塔を思わせる要塞の威容。
学生達の学び舎である聖地に相応しくない剣呑な空気を撒き散らしているのは確かだったが、しかしいかに巨大な要塞であっても、それ一隻のみで聖地を襲撃したと考えるのは余りに不自然である。
最初期の報告にすら、ババルン・メストは聖地を”艦隊で”占領したとあったのだから、他に軍艦の姿が一隻も見られないと言うのはおかしい。
「まさか、バベルだけを残して引き上げた……?」
「聖機神とガイアをシトレイユ本国に持ち帰ったと言う事かの」
「それは無いんじゃぁ。聖地の大深度の遺跡にある設備を用いなければ、聖機神の修復なんて不可能ですよ?」
「じゃあ、罠か何か……」
他の者達も一様にその光景を不思議に思っているのは同様だった。
もう一時間も掛からずして、彼らを乗せた装甲列車は聖地を占領したババルン軍の支配領域―――戦闘区域に突入する。
ただでさえ問題だらけの突撃行軍なので、ここへ来て更に頭を悩ませる問題が持ち上がるのは避けたかった。
「陽動が上手くいってるって事ですかね」
頭を抱える少女達の横で、アマギリが一人呑気な―――何処か開き直ったような―――口調で言った。
アウラが首を捻って尋ねた。
「―――陽動?」
「あれ、最初に説明しませんでしたか? 三方向から陽動を仕掛けるって」
誰も質問してこなかったから解っているものだと思ってたと続けるアマギリに、他の者はそろって何処か遠くを見て思い出そうとする仕草を取る。
やがて、ラシャラが、あ、と声を上げた。
「言っておったな、確かに。三方向から陽動をかけ、その間に工作部隊を内部に潜入させると」
「あー、ああ、言ってましたね。話がいろんな方向に逸れすぎて聞きそびれてました」
「行動開始までもう時間が無いと言うのに、今更気付くというのが我ながら間抜けと言うべきか……」
ワウアンリーとアウラが、揃って苦笑を浮かべる。何だかんだで結局、頭脳労働はアマギリ辺りにやらせておけば”大体”問題が無いと考える事が当たり前になっていた。
「それで、陽動と言うのは?」
少し雑すぎる思考を改めないとと思い直し、アウラは改めて尋ねる。
「ええ、対シトレイユ最前線に位置するハヴォニワ第三軍団から部隊を抽出、敵軍の陽動、誘引目的でシトレイユ国内の北の関所へと進軍させました」
「なんと。―――越境させおったか」
ラシャラは驚き目を見開く。
シトレイユ、ババルン軍が直接ハヴォニワに戦闘を仕掛けたと言う状況では”まだ”無かったから、形の上ではハヴォニワが先に攻撃を仕掛けたと言う形になってしまう。
「まぁ、シトレイユは王も宰相も不在の上、議会も行政府も停止して無政府状態ですからね。ぶっちゃけ多少の無茶は後で幾らでも揉み潰せますし」
「―――妾の前でそれを言うのか、従兄殿よ」
国境侵犯に関して少しの気まずさも見せないアマギリの態度に、ラシャラが額に汗を浮かべた。
現実問題として、ババルンに中枢を完璧に押さえられている以上シトレイユへ帰還する訳にも行かず―――ついでに言えば、アマギリもラシャラを帰す気は無いだろう。また何時もの無茶をしおってと、諦めて嘆息する以外ラシャラに出来ることは無かった。
アマギリは従妹の態度に少しだけ楽しそうに笑った後で、すぐさま表情を冷徹な面に変えて、説明を続けた。
「航空艦隊及び攻城兵器を使用した地上からの攻撃を敢行して―――まぁ、詳しいトコは別に良いですか。女王陛下の花押入りで”相手が本気にならざるを得ないほど全力でやれ”って命令しておきましたから、頑張ってくれてるんじゃないですか?」
「何時の間にそんなものを……」
「昨晩リチアさんとの時間を削ってね、頑張ってお仕事ですよ」
「何を言ってるのよアンタは!!」
アウラの問いに肩を竦めて返すアマギリに、リチアが頬を染めて突っ込む。
因みに花押入りの便箋は、フローラが王宮へと引き上げる前に幾らか融通してもらったものを利用していたりする。好きに使って良いと言われていたので、こういう状況と言う事もあって、容赦なく活用して強権を振り回していた。
「例によって無茶をして北の関所に陽動を仕掛けたのは理解したが―――後は、この装甲列車による攻撃だけだろう。最後の一つは何処だ?」
アウラが何となく嫌な予感を覚えつつ尋ねた。関所は北。列車は東。後は南と西が残っていたが―――西はシトレイユ国内であり、しかも喫水外の高地であった。
「まぁ、当然北で仕掛けたなら南でもやりますよね」
「……やはりか」
あっさりと嫌な予感を肯定したアマギリに、アウラはげんなりとした顔を作った。
「流石のフローラ女王のご威光も、我が父王には通じるとは思えんのだが……どうやってシュリフォン軍を動かしたんだ? ―――と言うかまさか、シュリフォンにまでハヴォニワの軍を進めたりはしていないだろうな?」
下手すればハヴォニワとシュリフォンで戦争になるだろうと、嫌な気分で問うアウラに、アマギリも流石にそれは無いと苦笑しながら首を振った。
そのまま種明かしを始める。
「僕の名前でシュリフォン王陛下に手紙を出しました。”関所に攻撃してください”って。―――状況から考える限り、シュリフォン王も快く願いを聞き届けてくれたみたいですね。いや、良かった良かった」
「―――棒読みですよ、最後」
「と言うか、アンタが命令じゃなくてお願いって時点で怪しさが爆発なんだけど……」
半眼で突っ込むワウアンリーに続き、リチアまで眦を寄せて呟いた。しかしアマギリは自信たっぷりに笑みを浮かべたままだった。
「嫌だなぁ。本当にお願いしただけさ。ただ最後に一文、”関所に攻撃を仕掛けない場合お宅の娘さんの生命の安全は保障しない”って書き添えただけだよ」
「性質悪過ぎるじゃないですか!! っていうか脅迫ですよ脅迫!」
「昔、困った時には手段を選ぶなって偉い人に言われたんだよ」
「更に困った展開になりますって、後で! 絶対に!!」
「その頃には僕、実権失ってるだろうしなぁ」
「後始末は人任せな訳ね……」
ワウアンリーの突っ込みに面倒そうに反応するアマギリの態度に、リチアが溜め息を漏らす。
シュリフォンの王女であるアウラは苦笑するのみだった。
「まぁ、良いのではないか? ガイアの問題はそもそもハヴォニワ一国で片付けるような問題でもないからな。父王とて、後で事情を説明すれば納得もするだろうさ。―――そのときアマギリがどんな目に合うかは保障できないが」
「明日が怖くて今日は生きられませんよ」
あえて軽い発言を返している背後に、責任問題に発展したら甘んじて受ける意思がこの男にはあるのだと言うことを、アウラは誤解しなかった。可能な限りの弁護に回ろうと覚悟を決める。元より、聖地攻めは最早彼一人の意思によるものではないのだから。
それが面に出ていたのか、アマギリは微妙にむずがゆい気分になったので、気持ちを切り替えるように宣言した。
「とにかく、そういう事情もあって陽動作戦は成功していると言っても良い。あとは、この列車によるバベルへの砲撃を隠れ蓑に工作部隊を突入させるだけって訳だ」
納得してくれたかなと、アマギリが芝居がかった仕草で周りを見渡すと、剣士が元気良くてをあげた。
「ハイ、先生! 質問です!」
「はい剣士殿。―――って、別に起立しなくて良いから」
本当に教師の質問に答えるように立ち上がった剣士に苦笑しながら座るように促し、アマギリは尋ねる。
「ハイ。―――それで、誰が聖地の中に忍び込むんですか?」
「……ああ」
「そういえば、決めていなかったな。いや、私は自分が行くものだと既に認識していたのだが」
瞬きして頷いたアマギリの横で、アウラがそんな風に言うと、他の者たちも続いた。
「あたしも、多分行けって言われるんだろうなって思ってました」
「私は行くわよ。聖地内部については私が一番詳しいでしょうし」
「妾は元より員数外じゃしのぅ。ここで旗でも振らせてもらうわ」
ワウアンリーとリチアは行くと言い、対してラシャラは行かないとはっきり言い切った。
アマギリはそんな少女たちの様子を見て何を思ったのか、一秒の間瞼を閉じた後で、溜め息混じりに言った。
「まぁ、概ねそんな感じかな。後は勿論、剣士殿。皆の事ちゃんと助けてあげてね?」
「頑張ります!」
軽い口調に本気の願いを聞き取って、剣士は力強くアマギリに頷いた。アマギリも剣士の肯定の言葉を聞けて漸く安心したように微笑を浮かべる。
「私も行かせてもらうぞ」
しかし、その微笑も一瞬で終わった。
ダグマイア・メストが、腕を組んで瞼を閉じたまま、そう宣言したのだ。
「……ダグマイア」
これまで、ダグマイアの方にだけ意識を向けて沈黙を保っていたキャイアが、ポツリと呟いた。
一人だけ向いている方向が違うなと、キャイアの方に一瞬だけ視線を送って思った後で、アマギリは面倒くさそうにダグマイアに告げた。
「却下」
「―――何故だ」
眦を寄せて不満を顕にしたダグマイアにアマギリは肩を竦めて応じる。
「キミみたいなイノシシをこんな繊細な判断が必要になる前線になんて送れるわけ無いだろ? 自分の得意不得意ぐらい、いい加減理解してくれよ、頼むから。―――キミの場合、人材や兵站関連の確保は得意かもしれないけど、戦場ではこらえ性もなくて直ぐ前へ出たがるし、怖くて使えないって」
ガタン。
椅子の倒れる音。それよりも早く―――叫び声。
「いい加減にしろ!」
割れ鐘のような―――甲高い、少女の激昂する叫び。
「アマギリ・ナナダン! 前から前から、ずっと前から聞いていれば、あんたどれだけダグマイアの尊厳を踏みにじれば気が済むのよ! 自分の言葉が人をどれだけ傷つけるのか、少しは考えなさい!!」
一息で―――これまで、口を閉ざしていた鬱憤もあったのだろうか。怒りの形相そのままを示すように、激しい言葉をアマギリに叩きつける。
アマギリはキャイアの言葉を―――怒りを受けて、一つ頷いた。
彼女の気持ちは解る。
だが、解るからといって聞いていられる状況ではないし、完璧な主観だけの気分をぶつけられるような状況じゃない事を、是非理解してもらいたかった。
だからこそアマギリも何処まで行っても好きになれないダグマイアを引っ張ってきたのだし、ダグマイアとて、居るだけで不和を呼ぶと解っていながらも、此処にこうして着いてきたのだから。
両者納得済みで、本格的な対立を避けるために牽制球ばかりを投げ合っているのだから、直球勝負に至らざるを得ない言葉を投げ込むのは是非止めていただきたかった。
チラリとラシャラに視線を送る。
目礼のようなものが送られてきた。迷惑かけて申し訳ないと言うつもりなのか、それともお前が悪いと言いたいのか。とにかく解る事は、アマギリに場を納める事を期待しているらしかった。
他の者達に視線を送っても皆気まずそうに明後日の方向を見たり唇を歪ませたりしていたから、やはり、一応状況を発生させる原因となる言葉を言ったアマギリ自身が解決しなければならないらしい。
アマギリはそっと誰にもわからぬように嘆息した後、ゆっくりと口を開いた。
「それはつまり、例え真実そう思っていたとしても、口にしなければ問題が無いと、そう言いたいのか?」
アマギリが、言の葉を音に乗せるよりも先に。
「―――え?」
「役立たずには何も伝えず、誤解させたまま影で笑えば良いと、キャイア、君はそう言いたいのだな?」
その言葉は。暗く沈んだその言葉は、アマギリではない、別の少年によるものだった。
「ダグマイア……、私は、そんな」
震える声で首を横に振り、キャイアはうろたえて狼狽しながらも、自身が庇った筈の少年に言い訳を―――言い訳なのだ、これは。
「キミのその目が昔から嫌いだった。何時だって私の言葉を肯定していた時のキミは、言葉に詰まって微笑んでいた時のキミのその目は、私の言を”不可能”だと見下しているように感じられたから」
吐き捨てるようにもたらされた、その真実は残酷だ。
彼のためを思って―――そのつもりで、それが真実、彼を一番傷つけていた。
それを今日まで知らなかったのは、彼の言葉を遮る事を今日の今まで、一度もした事が無かった。否、今もそう。否定しなかったから、否定された。
「……あ」
瞳から涙が零れ落ちた事にすら、キャイアは気付かなかった。
断罪を告げるダグマイアが自身から視線を外していくのが、ぼやけて霞む。それを不思議に思っただけ。
「アマギリ。どうしても駄目か? 例え向き不向きを指摘されようと、私は聖機師としての自らを見出したいのだ」
「泣き落とししようと思っても、駄目なものは、駄目。キミは居残り。そもそも初めからその予定だって伝えておいたろ? ―――恨むなら、精々自分の力不足を恨むんだね」
女の子にあたってなんか居ないでさと、皮肉気に笑うアマギリに、ダグマイアも激昂の一つもせず―――絶対に怒らない筈がないと思ったのに―――無念そうに顔を歪めるだけだった。
「その忌々しいほどに他者の言葉を聞かず揺れない在り様。―――私がお前に勝てない理由が、これか」
「そういう一々芝居がかった物言いしてる自意識過剰な部分が、勝てる勝負を負けさせる遠因なんだよ。……ったく、選択間違えたなこりゃ。これも自業自得なのか? ―――ええい、とにかく、そう言う訳で剣士殿以外はシトレイユ組は居残り。突入対の皆さんはそろそろ準備に―――」
「ハイ、先生」
典型的な修羅場、否、愁嘆場か。それを振り切るように皮肉を言い合う男たちと、空気に圧倒されて言葉に詰まる少女たち。
強引に纏めに入ろうとしたアマギリを、剣士の変わらぬ澄んだ声が遮った。
「何かな、剣士殿。―――ああ、起立しなくて良いから」
不自然にアルカイックな笑みを浮かべて座るように促すアマギリに、いえ、と首を横に振って剣士は立ち上がった。
ビシッと気を付けしながら、宣言する。
「キャイアを潜入部隊の一員に推薦します!」
※ 修羅場モード突入中(文字通りの意味で)。
ホント、剣士君の存在に救われてるってばよ……