暗い内容の会議が終了したので、気分転換もかねてレイフォンは軽く散歩をすることにした。
今のツェルニは、まだ身近に迫った危機など知らないために、非常に何時も通りの状態である。
その活気に溢れた空気を壊さないように、気配を半ば程まで消しつつ町を歩く。
数日後には、何時もの都市外作業指揮車に乗って戦場へと向かわなければならないが、それはまだ先のことだと強引に割り切る。
「!!」
内心の焦りを始めとした色々な感情を表に出さないように注意しつつ、ゆっくりと歩いていたレイフォンは突如としてすぐ後ろに気配を感じた。
一般人からしたら、すぐ後ろという訳ではない。
だが、武芸者にとっては一秒を磨りつぶす程度の時間で届いてしまうと言う、至近距離だ。
もちろん、活剄による肉体強化や、衝剄による遠距離攻撃、更には化錬剄による間接攻撃をされれば瞬時に反応する自信はあるが、それでも攻撃の意志を持った人間の接近を感知できなかったことが驚きだ。
つまり相手は熟達の武芸者。
それを踏まえた上で、慎重に気配を探ると同時に、何時でも剄を爆発させられるように準備を整える。
ここは一般人が大勢歩いている場所である。
こんな場所で戦うことは避けなければならないが、被害を最小限に食い止めるために、先制攻撃をすることまで視野に入れておく必要はある。
だが、それも相手がどんな武芸者なのかを把握してからのことだ。
歩調も呼吸も変えないように細心の注意を払いつつ、気配を読むといくつか解ったことがある。
相手はおそらく一人である。
そして、おそらく射撃系の武器を使わない。
レイフォンとの距離の取り方から判断して、接近戦を主体にした戦い方が得意だ。
そしてなによりも、相当の手練れである。
戦って負けるとは思えないが、力を制限した状態ですぐに片が付くとも思えない。
そこまで確認したレイフォンは、何気なさを装いつつ人通りの少ない方向へと進路を変える。
当然、追跡者もきちんと付いてきている。
胃の痛くなるような追跡劇を五分ほど続けると、人通りが殆ど無くなった。
もう少し進めば、開けた場所へと到着する。
この事実から、追跡者はレイフォンにしか用事がないことがおおよそ確定した。
ふと、ここまで来て疑問に思う。
相手は誰なのだろうかと。
サリンバン教導傭兵団の関係者である確率は高い。
レイフォンの事を知っていなければ、こんな面倒なことをするはずがない。
だが、サリンバンの関係者ならば、もう少し直接的に行動をしてくるとも思う。
何時ぞやのハイアのように。
それも、もうすぐ分かるはずだと精神を戦闘モードへと入れ替える。
油断していて良い相手ではない。
もしかしたら、ハイアよりも強力な武芸者かも知れないのだ。
手頃な角を曲がった瞬間、最小限の剄で千斬閃を発動。
分身をそのまま歩かせつつレイフォン本人は殺剄をして、暗い場所へと隠れる。
目論見通りならば、目の前を追跡者が通りすぎることになる。
外れて戦闘となっても、人通りが少ないこの場所ならば、被害は最小限で済ませることが出来る。
瞬時に判断を下して、青石錬金鋼に手をかける。
本当ならば、簡易・複合錬金鋼を使いたかったのだが、ハイア戦で駄目にしてしまったためにキリクに散々怒られ、ただ今現在新しいのを制作中なのだ。
なにやらハーレイが張り切って改造をしているらしいし、どんな物が出来上がってくるか楽しみではあるのだが、手元には青石と鋼鉄しかないのだ。
「!!」
空気を揺らさずに呼吸すること五回。
目の前に人影が現れた。
その人物は白髪だった。
おそらくデルクよりもやや年上だろう。
そして、間違いなくデルクよりもかなり強い。
殺剄をしている訳でもないのに、その存在感は空気に溶け込み、並の武芸者ではすぐ後ろに立たれても気が付かないだろう。
その立ち居振る舞いは、基本的にデルクやレイフォンと同じだ。
それはつまり、ハイアと同じサイハーデンの継承者だと言うことを意味する。
「!!」
僅かに動揺してしまったために、殺剄が弛んでしまったようだ。
空気に溶け込んでいた動きから一点、白髪の男性は隙のない動きで剣帯へと手を伸ばし、基礎状態の錬金鋼を引き抜きかけている。
遅れる訳には行かない。
手をかけていたために、刹那の間遅れたがほぼ同時に動き出すことが出来た。
サイハーデン刀争術 虚蠍滑り。
半復元状態の錬金鋼に剄を流すことによって、極薄の刃を形作り刹那の間維持することで、予測不能な斬撃を相手に叩きつけることが出来る技を放つ。
いや。放とうとした。
「う、うわ!!」
目の前の白髪の老人は、抜きかけた錬金鋼からあろう事か手を放し、そのまま掌をこちらに向けて肩の辺りまで持って行ったのだ。
左手も同様の位置と形で止まっている。
それはつまり、戦う意志がないと言う事の表明に他ならず、そんな人間に間違ったとは言え攻撃を放つことは出来ないのだ。
慌てて復元直前だった錬金鋼を明後日の方向に向けて、刀が形作られるのを待つ。
実はこの瞬間、全くの無防備になっているので、ウォリアス並に卑怯な方法で攻撃されるのではないかと心配したのだが、今回杞憂で終わったようだ。
「いや。これは大変失礼しましたヴォルフシュテイン卿」
微かな頬笑みと共に、落ち着いて良く通る声が振ってきた。
この瞬間、やっとレイフォンは相手の顔を正面からはっきりと見ることが出来た。
そして、思い出したくない顔との共通点があることを認識。
そう。老人の顔、その左側に刺青があったのだ。
どっかの誘拐犯と殆ど同じ物が。
つまりこれは、ハイアの身内である。
「元ですよ」
とは言え、ハイアとは違って礼儀正しい人のようだったので、つっけんどんな対応は控えることとした。
デルクよりも年上に見えるというのも、判断を後押しする理由となったことは言うまでもない。
「いえ。私にとっては、貴男は今もヴォルフシュテイン卿なのです」
今にも跪きそうなその姿におおいに恐縮してしまった。
天剣は剥奪されたのだ。
それはとても不名誉なことであると、それはレイフォンにも分かる。
後悔も反省もしていないが、現状は正しく認識していると思う。
「心苦しい言い方をお許し頂けるのならば、デルクの不甲斐なさのために貴男は道を踏み外したのです」
「そんなことは!!」
咄嗟に反発してしまったが、相手はそれを両手を挙げることで、柔らかく受け止めてしまった。
その対応一つとっても、世界という現実の中で、どれだけの修羅場をくぐり抜けてきたかが理解できようという物だ。
そして一つ、気になることがあるのも事実だ。
「デルクは昔から酷く不器用でしたからね。それはヴォルフシュテイン卿にも言えることですし、ハイアはこれ以上ないくらいに不器用ですから、もしかしたらサイハーデンの武芸者には共通して言えることかも知れませんが」
そう。目の前の老人の言い方はデルクを良く知っている者だったのだ。
それはつまり。
「貴男が、父の兄弟子という」
「はい。リュホウ・ガジェと申します。不肖の息子がご迷惑をおかけいたしましたこと、深くお詫びいたします」
再び深く頭を下げられた。
どうしてこの父から、あの息子が生まれたのか非常な疑問を感じる展開である。
名字が違うところを見ると、養子かそれに近い関係なのだろうが、それでも非常な違和感を感じずには居られない。
「立ち話も何ですし、よろしければ我らの家へおいで頂けませんか?」
「・・・。お招きに預からせて頂きます」
騙し討ちなどと言う事が出来る人ではないことは、既に十分すぎるほど分かっている。
それに、サリンバンの放浪バスというのも見てみたい。
何よりも、ナルキがどんな訓練をしているのか知りたいと思い、お招きに預かることとした。
そして、少しだけ、暗く沈んだ気持ちが持ち直していることにも気が付いていた。
それはもしかしたら、デルクに極めて近い人と出会えたからかも知れないと、ほんの少しだけ、そう思った。
傭兵団のバスへと到着したレイフォンは、少々反応に困ってしまっていた。
視線を彷徨わせて窓の外を見れば、傭兵団の訓練風景を視界に納めることが出来る。
つい先ほど会議室から退室したはずのナルキが、やや危なっかしいながらも傭兵団との訓練に勤しんでいるのは、何ら問題無いだろう。
ナルキとシリアの二人で、あるいはイージェの父と三人でレイフォンを相手に連携の訓練も、少ない時間ながらやったのは無駄ではなかった。
それを確認出来る程度には見られる連携訓練だ。
その訓練を、イージェも一緒になって受けているのも別段問題のある事柄ではない。
なんだかんだ言って、イージェとハイアは非常に共通点が多いから、傭兵団と意気投合することはもはや当然と言えるだろう。
問題は傭兵団専用の放浪バスの中である。
通常の放浪バス数台分はあろうかという巨大な外見に相応しく、内装にも十分な余裕が有り、これならば長い旅もそれ程苦痛ではない。
テーブルの向かい側に座っているリュホウが穏やかに微笑みつつ、お茶を出してくれているのも全く問題無い。
リュホウの隣に覆面とフード付きマントを被った、怪しげな人がいるが、それも、何とか許容範囲内だと言えるだろう。
「あ、あの」
「お気になさらないでくださいヴォルフシュテイン卿」
出来うる限りやんわりと、その反応に困る光景について問い質そうとしたのだが、最上級の柔らかさで押しとどめられてしまった。
視線を横の怪しげな人物に向けてみるが、全く反応がなかった。
これは、既に反応に困るというレベルを超えた事態である。
「おやじぃぃ」
「黙れ」
情けない声で許しを請うのは、つい先ほどナルキを連れ出した刺青刀男である。
ナルキを病院送りにし、メイシェンをお姫様だっこで誘拐した上に、おしりを二つに割った極悪非道な犯罪武芸者は、しかし、その威容を既に失っていた。
そう。壁際に立たされ、両手に水の入ったバケツを持ち、そして、すぐ横に竹刀を持ったミュンファが番をしているという、あまりにも情けなさ過ぎる姿で三度レイフォンの前へと現れたのだ。
何か恐るべきことが起こったのは間違いないが、それを想像することが出来ない。
いや。出来れば想像したくない。
「つい先頃、私は傭兵団の長をハイアに譲ったのです」
「は、はあ」
突如始まった話に全く付いて行けない。
昔話かとも思ったが、それにしてはリュホウの視線が厳しい。
「十分な資質をハイアは持っていると判断し、私は気ままな教導専門の傭兵として、色々な都市を放浪するつもりでした」
それは割と穏やかでよい人生かも知れない。
通常の傭兵のように、最前線で切った張ったやる訳ではなく、若い人材の育成をするとなると、老成した武芸者というのは割と重宝されるからだ。
そう。長年戦い抜いてきたノウハウが詰まった、まさに至宝の武芸者と呼べるからだ。
「ですが、ことヴォルフシュテイン卿絡みとなると、いささか冷静さを欠いてしまうようでして。天剣授受者となった貴男を褒めたことが原因であるのは明らかです。私にも責任はありますが、前回のことお咎め無しという訳には行きません」
「オレッチは悪くないさ。悪いのはあの悪魔のような茶髪猫さ」
リュホウの言葉に反論するハイアの気持ちは、十分すぎるほどに、痛いほどに分かる。
今までどれほど酷い目に合わされてきたかという回数に関して言えば、ハイアなどレイフォンの足元にも及ばないのだ。
「それを差し引いても、貴男には協力を仰ぐべきであるのに、敵対してしまうとは言語道断」
「別にこんな奴のっっ!」
言葉の途中で、ミュンファの構える竹刀が頭を強打した。
何故か涙目になって抗議するハイアに、猛烈な既視感を覚えてしまうレイフォンだった。
リーリンに拳骨を貰ったり、ルシャに拳骨を貰ったり、そんな経験でレイフォンの過去はおおよそ構成されているのだ。
「その知らせを聞いて、私と隣にいる念威繰者のフェルマウスは、取る物も取り敢えずツェルニにやって来たという次第でして」
「はあ」
隣にいる怪しい人は念威繰者であることが判明したが、だからどうしたという訳ではない。
むしろ事態が更に混迷の度合いを深めてしまっている気がする。
何しろ、傭兵団独自の念威繰者を抱えていないかも知れないのだ。
それは、戦場で目隠しをして戦っているのに等しい。
だが、傭兵として長年生きてきただけ有って、その辺はきちんと対応済みだったようだ。
「フェルマウスの後継者をグレンダンから招いたのですが、流石においそれと傭兵団になじめる物ではないようでして」
「そうなのですか?」
「はい。残念ながら」
傭兵という存在はグレンダンでは割と良く目にする。
あまり良い印象を受けないが、戦闘が多いグレンダンでは重宝する存在であることも事実だ。
とは言え、それ程深い付き合いという訳でもないので、今ひとつ実感が湧かない。
「優秀なのですが、少し気が弱いところが難点でして」
「成る程」
傭兵とは、ある意味強気でないと勤まらない職業である。
負けそうな時でも、胸を張って威張っていないとならないと聞いたことがある。
そんな職業に就くのに、弱気というのは非常な弱点だ。
グレンダンから招いたと言う事は、それなり以上の戦場を経験しているはずだが、グレンダンという組織の一部として働いた場合と、傭兵という組織の外で働いたのでは、かなり勝手が違うのは予測が出来る。
その辺の環境の変化に付いて行けないのだろうことは、おおよそ理解できるという物だ。
レイフォンだって、ヨルテムの交差騎士団にいきなり所属して、いきなり汚染獣戦に駆り出されたら、戦う前に疲弊してしまうのは目に見えている。
天剣時代のように、一人で出掛けていって戦えばいい訳ではないので、事前準備や組織的な運営などで非常に疲れてしまうだろう。
「ここまではこちらの事情ですので、あまりお気になさらないで頂きたい」
「努力してみます」
そうとしか答えることが出来ないレイフォンは、冷え始めたお茶をやや強引に喉に流し込んだ。
少し苦かった。
「問題は廃貴族によってツェルニが暴走しているという事実です」
そう。ここからが問題である。
どうやって遠距離の汚染獣を察知したのかも疑問だが、それよりもツェルニの暴走の方が遙かに問題である。
今のところ本当に暴走しているのかは判断できないが、もうすぐそれは確認出来る。
そう。レイフォン達が迎撃に出撃すれば、あるいはもう少し近付けば汚染獣が目覚めるはずだ。
通常ならばその瞬間にツェルニは、以前の老性体戦のように全力で逃げ出す。
もし逃げ出さなければ、汚染獣によって都市を滅ぼされ変革を遂げた電子精霊の影響を受けて、ツェルニが暴走していると言う事の証明になる。
出来ればそんな証明は見たくない。
「ツェルニが暴走している場合、どうやったら止められるでしょうか? ご存じですか?」
「残念ながら。ですが、廃貴族をどうにか出来れば防ぐことが出来るやも知れません」
「廃貴族ですか」
どうしても話がそこに戻ってきてしまう。
廃貴族をどうにかしないことには、ツェルニに待っているのも暴走の末の滅びである。
そこでふと、違和感を覚えた。
今のツェルニによく似た都市を知っているのだ。
それも、ヨルテムやツェルニよりも詳しく。
「グレンダン」
「はい」
リュホウが重々しく頷き肯定する。
そう。汚染獣を追い求めるその姿はまさにグレンダンそのものだ。
グレンダンが廃貴族に影響を受けているのか、それとも何か他の理由があるのかは分からないが、ツェルニがグレンダン化していると言って良いだろう。
ならば、ゴルネオが提案した通りグレンダンからの増援がどうしても必要になる。
出来れば、天剣授受者の増援が・・・・・・。
「駄目かも知れない」
天剣授受者で、誰か増援に来てくれるだろうかと考える。
サヴァリスは来るかも知れないが、レイフォンの安全のために却下したいところだ。
他の面々を思い出して行くが、絶望に押しつぶされそうである。
と、レイフォンの呟きを拾ったらしいリュホウが、怪訝な顔をしてこちらを見ていることに気が付いた。
「何が駄目なのでしょうか?」
「い、いえ。お気になさらないでください」
雄性体が一体とかならば、今のツェルニでも余裕で撃退できる。
だが、グレンダンのように連続して大量に来られたならば、裁ききる自信はない。
レイフォンがいくら強力だとは言え、老性体三期とかがやってきたら対応できるか疑問なのだ。
「廃貴族を何とかする方法がありますか?」
「・・・・。有ります」
レイフォンの問いに答えるまでに、沈黙があった。
それは、きっと何か痛みを伴う方法なのだと言う事が直感的に分かった。
ツェルニを守るために、その痛みを伴った方法をとるか、それとも滅ぶかという選択が迫られているのだ。
レイフォンの手に終える話では無い。
出てきたばかりだが、カリアンの所に話を持って行くしかない。
数時間前に出て行ったはずのレイフォンが、老年に達した人物と、お面を付けた怪しげな人物を連れて戻ってきた瞬間、カリアンは相当事態が切迫していることを察知した。
犠牲を払うか滅ぶかの二択でしかないのかも知れないと、そう腹をくくった。
そして出てきた話は、ある意味覚悟を決めたカリアンでさえも、絶望的な気分にさせるに十分な内容だった。
「つまり、都市を守るという極限の意志を持った武芸者を育てるべく、廃貴族がツェルニに取り憑いて暴走させていると」
「そうなります」
ここは学園都市だ。
学園都市とは何かと問われたのならば、それは多くの学生が成長して育って行く場所であると答えることが出来る。
この意味からしたのならば、廃貴族によって暴走したツェルニならば、武芸者は驚異的な速度で成長して行くだろう。
生き残ることが出来るならばと言う、絶対の条件が付いてしまっているが。
「逆に考えれば、極限の意志を持った武芸者に取り憑けばツェルニは元通りになると、そう考えてよろしいのでしょうか?」
「確かなことは言えませんが、現状よりは遙かに希望を持つことが出来ると思われます」
同席していたヴァンゼの問いにも、リュホウと名乗った老人は淀みなく答えている。
廃都市でレイフォンが聞いた、謎の山羊の台詞にも、極限の意志という単語が含まれていた。
ならば、極限の意志を持つ者を廃貴族が探しているというのは、おおよそ正しいのだろうと思う。
全くもって問題の解決になっていない。
学園都市が生徒を犠牲にしたとなれば、それは極めて巨大なスキャンダルになる。
最悪の場合、連盟からの追放と言う事さえあり得る。
出来るだけ取りたくない選択肢であるが、汚染獣との戦闘で大量に犠牲者が出たという事態と比べると、どちらがよいのか咄嗟に判断できないところだ。
「出来れば、廃貴族をサリンバン教導傭兵団に引き取って貰いたいところだが」
「それは恐らく無理でしょう。我々には都市を守りたいという極限の意志はありませんので」
「傭兵ならば当然ですな」
基本的に、傭兵とは都市の外の存在である。
外からやって来て、外へと去って行く。
これは当然、学園都市と性質としてはよく似ている。
カリアンにしても、サントブルグからツェルニに来て、サントブルグへと帰るのだ。
ならば、ツェルニ武芸科生徒に、ツェルニをどうしても守ろうとする極限の意志を持った者が現れない確率も存在する。
そうなれば、ツェルニは確実にじり貧となって、そして滅びの時を迎えることになる。
「グレンダンへ増援を要請しようかという話があるのですが、どう思われますか?」
「・・・・・・・・。それは良い案のように思えますが、ヴォルフシュテイン卿は」
「いえ。ルッケンスの家系に連なる者がおりますので」
「おお! ならば援軍を得られるかも知れませんが、問題は」
「バスですね」
二十時間ほど前の話だが、放浪バスが去ってしまっていたのだ。
おそらくリュホウが乗ってきた物だろう。
傭兵団のバスを借りられればこの問題は解決するのだが、逃げ出す心配をしなければならないために、借りられる見込みは多くない。
現在、ツェルニにて廃棄されたバスを修理しているところだが、使えるようになるかどうかは疑問だ。
構造的には問題無かったとしても、都市から都市へと移動する機能を得られるかどうか、それは修理が完了しないと分からない。
バスさえ来れば、リュホウにグレンダンとのパイプ役をやって貰うという手も使えるのだが、これもこれからの交渉次第だろう。
それよりも問題は、今目の前にやってきている危機を乗り切ることが出来るかどうかだ。
「汚染獣戦なのですが」
「それは恐らく問題有りますまい。ヴォルフシュテイン卿がいらっしゃる上に、ハイアを筆頭に傭兵団も加勢するのです。これで抜かれるなどと言うことは万に一つもありません」
この絶望的な展開の中で、唯一と言って良いほどの明るい材料を得られた。
だが、それも今回に限っての話である。
この次、同程度の汚染獣と遭遇した場合、傭兵団を雇う金が無い以上、ツェルニの保有している戦力だけで戦わなければならない。
質量兵器の準備も必要だし、更なる戦力の充実も必要だ。
「ツェルニ武芸科の生徒を鍛えて頂くための予算は確保してありますが、そちらの方はいかがでしょうか?」
「私も訓練に参加いたしましょう。少々厳しいですが、危機が目の前に迫っている以上耐えてくれると信じています」
熟練の武芸者であるリュホウが、訓練に参加してくれるという話は、非常にカリアンにとって大きな成果だ。
大きな危機が目の前に迫っている現状ならば、訓練はまさに必死の内容となり、同じ時間でも何倍も充実した内容となり、何よりも一人一人の身体にその成果が残るだろう。
それは、ツェルニの暴走という非常事態を乗り越えた時にも、きっと有効に働く。
だが、疑問もある。
「こちらの念威繰者よりも速く汚染獣の接近を察知なさったようですが」
「・・・。それは」
ここでリュホウが言いよどんだ。
そして、その視線が隣に座る仮面の人物へと向けられる。
念威繰者だという話だが、仮面を付けている理由も、一言も話さない理由も、カリアンには皆目見当が付かない。
だが、それも氷解することとなった。
『私からご説明申し上げましょう』
念威端子を介した合成音声で語られた事実は、カリアンだけではなくヴァンゼやレイフォンも驚愕させるのに十分だった。
だが、念威を使わずに汚染獣の情報を察知できるというその能力が、どれほど有効かは言うまでもない。
フェルマウスの自己紹介が終わり、そこでリュホウの表情がかなり険しくなるのが分かった。
「念のために申し上げておきますが」
「伺いましょう」
今までにない何かが、リュホウから放射されカリアンを押し包む。
それは殺気や害意などではなく、何かの決意であり、彼なりの覚悟であることは間違いない。
そしてこの感覚は、非常に心地よい緊張感をカリアンにもたらした。
経験を積んだ商人との交渉の席で、希に感じることのある一瞬たりとも、相手から視線をそらすことが出来ない緊張感。
それをリュホウから感じることが出来た。
ならば当然のこと、カリアンはしっかりと相手を見詰めて対応しなければならない。
視線をそらせた瞬間に勝負が決まるのは、何も武芸者の世界だけではないのだ。
「私はツェルニなど無くなっても、おそらく何も感じないでしょう」
「そうでしょうね」
リュホウは傭兵である。
もし、都市という物に愛着があるのだとしてもそれはグレンダンであり、ツェルニではない。
カリアンにとってツェルニは失いたくない、愛すべき存在であるが、レイフォンにも言った通り、それは他人に強要すべき感情ではない。
理性ではそれをわきまえつつも、感情が受け入れないが、それを表に出すことなくリュホウの言葉を待つ。
「ですが、ヴォルフシュテイン卿。いや。レイフォンの、人生の再出発の場を失うことは出来るだけ避けたいのです」
あえて、グレンダンの天剣授受者ではなくレイフォン個人が問題だと、そうリュホウは言っている。
それは、レイフォンに何か特別な感情を持っているのか、それとも違う何かなのかはカリアンには分からないし、明確に知る必要もないことだ。
それよりも、レイフォンの再出発の場を無くしたくないから、ツェルニに協力しているのだと明言していることこそが重要だ。
調子に乗って色々注文した場合、最悪レイフォンとその親しい人物だけを連れてさって行くかも知れない。
カリアンに対して、そう釘を刺したのだ。
「理解しました。私としても、ツェルニを失いたくはありませんので、協力をお願いする以上の事はいたしますまい」
「ご理解頂けたこと、感謝いたします」
お互いに思うところがある以上、妥協はどうしても必要だ。
その後、色々なことを決めてリュホウとの打ち合わせは終了した。
後書きに代えて。
と言う事でハイア父登場。いや。レイフォンとハイアの間を取り持つ人間がいないと、喧嘩を始める事がわかりきっていたので、誰かオリキャラを作らなければいけないと思っていました。
実を言うと、イージェにこの役をやらせようと思っていたのですが、同じサイハーデンと言うだけでハイアが敬意を払うわけがない事に気がつきました。(ツェルニで駄目人間になっているのも、理由の一部ですけれど)
と言う事で、お義父さんに出場願ったわけですね。
フェルマウスについては、原作をご覧くださいと言う事で、すべてカットさせて頂きました。
リュホウが生きているので、一緒に放浪の旅を続けているところが違いますけれど、誤差の範囲と言う事で。