ふと、レイフォンは恐るべき寒気が背筋を駆け上るのを感じて、思わず振り向いてしまった。
ツェルニに来たばかりの頃、突如としてリーリンに後ろを取られた時に匹敵するような、そんな恐るべき寒気を感じたからなのだが、幸か不幸か視界に入ったのは、生徒会長室に作り付けられた本棚だけであった。
いや。これははっきりと危険な兆候である。
レイフォンの直感がそれを声高に主張しているのだ。
だが、今は目の前に迫った現実を何とかしなければならない。
生徒会長室にいるのは、レイフォンとナルキ。
当然のこととしてここの現使用者カリアンと、その盟友ヴァンゼ。
そして、何故かフェリとゴルネオである。
話題となっているのは、廃都市でレイフォンが遭遇した謎の生き物についてだ。
ツェルニに帰って来て、刺青男を瞬殺した少し後になってから、ゴルネオが廃貴族という物について情報を出してきたのだ。
本人曰く、ただの与太話だと思っていたのですっかり忘れていたとのことだったが、思い出させた人間が問題だった。
「待たせちまったさぁ?」
顔の左側に刺青をした、赤毛の男が悪びれた様子もなく、生徒会長室に入って来た。
ナルキが腰を浮かしかけるが、それをカリアンが手で制する。
違法酒の組織の用心棒としてツェルニに来ただけで、それ以上の関係がない上に、契約違反という大義名分を得て、こっそりと都市警に情報を渡したりもしていたという、非常に姑息な奴である。
と言う事で、ナルキと同様レイフォンも友好的に接する必要を感じない。
メイシェン絡みでは、散々痛めつけたのでもうあまり気にしていないが、それでも友好的にと言うのは無理な話である。
ナノで少し虐めてみる事とした。
「あれ? 金髪ショートで眼鏡な巨乳の、幼馴染みフェチさんじゃないか」
「ひゃぁ!」
刺青男こと、ハイアの後ろから入って来たミュンファが当然の様に動揺する。
少し悪いことをしたかも知れないと反省する。
ミュンファに対してだけであるが。
ハイアの方は、さほど動揺していないので少し悔しい。
「そのねたはもういいさぁぁ。ヴォルフシュテインは根に持つタイプさ?」
「元だよ」
思わず、全力で攻撃してみじん切りにしてしまいたくなったが、その衝動を全力で抑えつける。
未だにナルキをオカマだと信じ切っている辺りにも、手加減する理由を感じないし。
そんな、弛んでいるのか緊張しているのだか分からない空気を、カリアンの咳払いが払拭する。
そう。事態は割と深刻な方向へと突き進んでいるのだ。
「今日集まって貰ったのは、ツェルニの暴走にどうやって対応するかを話し合うためだ。都市の運行そのものに我々は関わることが出来ない。だが、手をこまねいている訳にはいかないのも事実なのだよ」
そう。サリンバン教導傭兵団からもたらされた情報が事実ならば、ツェルニは汚染獣の群れに向かって、まっしぐらに突っ込んでいる最中なのだ。
汚染獣によって都市を滅ぼされ、狂おしき憎悪によって変革を遂げた電子精霊が、ツェルニに影響を与えていると、ハイアは主張している。
現在、フェリが都市外へと念威端子を飛ばして、サリンバンからの情報が正しいかを確認中だ。
どうやって汚染獣の存在を確信したかなどの情報は、まだツェルニ側にはもたらされていないが、ことがことだけに十分な時間をかけて準備しなければならない。
「確認しました。雄性体と思われる個体が十二、それ程の大きさではありません。ツェルニの進路上で仮死状態です」
折も折、最悪の情報がフェリから届けられた。
溜息をつくカリアンとヴァンゼ。
難しい顔を続けるゴルネオ。
隣のナルキは、はっきりと強ばった表情をしている。
それは当然なのだろうと、ここ一年以上にわたって一般の武芸者の感覚と接してきたレイフォンは思う。
何しろ、相手は雄性体が十二。
それ程の大きさではないと言う事から、一期か二期。
レイフォンだったら、倒すだけだったらそれ程問題のある相手ではない。
とは言え、全く問題がないという訳ではない。
何よりの問題となるのは、数が多いから、万が一突破された時のことを考えなければならないと言う事。
もし、持っているのが天剣だったのならば、力押しでどうにでもなる相手だが、今手元にヴォルフシュテインはないのだ。
そしてこれが三ヶ月前だったら、とても厳しい状況だっただろうが、今は違う。
「それでレイフォン君」
「はい」
そして、暗い空気に満たされた執務室に、凜としたカリアンの声が響く。
そこには都市の責任者としての義務感や責任感と共に、レイフォンに対する厚い信頼があるように思える。
それが演技かどうかは分からないが、それでも、信頼されているという事実は少し嬉しい。
「ツェルニの戦力で撃退できるかね?」
「少々厳しいですが可能です」
三ヶ月前だったのならば、レイフォンは不可能だと答えることしかできなかった。
だが、今は違う。
「第一中隊と、第二中隊は前線に出せると判断します。それぞれ一体ずつを相手にして貰います。第三中隊は念のためにツェルニの防衛に置いておく必要があると思いますが」
ヴァンゼの指揮する第一中隊は、第一、第二、第九、第十二小隊で編成されたバランスが取れた中隊だ。
ゴルネオの指揮する第二中隊は、第五、第七、第十三、第十五小隊で編成された打撃力重視の部隊だ。
そして、シンの指揮する第三中隊は、第四、第八、第十四、第十六小隊で編成された連携と陽動を主眼に置いた中隊だ。
それぞれ、雄性一期ならば何とか倒せる程度の実力を、ここ最近取得してきたとレイフォンは評価している。
レイフォンを相手に訓練してきた中で、自然発生的に生まれた中隊という非公式の精度が、今回の汚染獣戦では十分に役に立つこととなった。
だが、当然問題もある。
そう。現在十六個の小隊があるのに、名前が挙がったのは十二個だけであるとか。
「第四中隊は?」
「駄目です」
残る第三、第六、第十一、そしてレイフォン所属の第十七の四小隊で編成される第四中隊は、残念ながら戦力として計算することが難しい。
第三小隊のウィンス指揮下で訓練をしているのだが、指揮官の戦い方が真っ正面から攻めるという物のために、汚染獣と戦うのには適さない。
全滅覚悟でなら使えるだろうが、そんな事は最後の最後の手段として取っておくべきだ。
と言うか、出来るだけ使いたくない。
「ふむ。では、二個中隊とレイフォン君で汚染獣を始末できるのだね?」
「確認された奴だけならば、問題無いはずです」
犠牲者が出るかどうかは断言できない。
いや。おそらく死者が出るだろうと予測できる。
恐ろしく運の悪い事態というのは、何処の戦場でも起こる物だし、それを一々恐れていては何も出来ない。
だが、今までの訓練通りの動きが出来るのならば、最低限レイフォンが他の汚染獣を倒して来るまでの時間稼ぎは十分に出来る。
「そうなるとアルセイフが十体を相手にすることとなるが」
「バックアップがしっかりしているので、問題はないと思います」
汚染獣のことだけを考えて良いのだったら、レイフォン一人で十二体全てを始末することも出来る。
例え、天剣無しの状態だったとしても、何とかなるのだ。
だが、それでは武芸科全体としては意味が無くなってしまう。
何よりも、ツェルニに直接的な被害が出てしまうかも知れない以上、十分なバックアップや防御態勢は必要だ。
第三中隊を残したのはそのためだし、都市外でのバックアップもグレンダン時代を圧倒しつつある。
いや。グレンダン時代にバックアップなんて物はなかったが。
それはそれとしても、作業指揮車を始めとする都市外戦支援装置はここ最近、非常な速度で充実している。
老性体との戦いが、いかに衝撃的だったかを物語る事実だろう。
「少し良いさぁ?」
「何だね、ハイア君?」
話がまとまりかけ、準備に向かおうとした矢先、緊張感を欠く何処かの、誰かの声が部屋に流れ出てきた。
気にせずに退室しようかとも思ったが、残念なことにそう言う訳には行かないことも、十分に理解しているのだ。
「オレッチ達は情報を提供するだけで良いのさ?」
「いや。君達には第四中隊を始めとする武芸者の教導を頼みたいのだがね」
そう。サリンバンは教導傭兵団なのである。
実際に武器を取って戦うことも出来るし、誰かに教えることもその仕事の内なのだ。
そして、重要な事実として、傭兵として雇うための予算を、ツェルニは用意できない。
それならば、教導の方に予算を使って、自分の所の武芸者を強くした方が、遙かに有意義な使い道と言えると判断された。
そして、その判断をレイフォンは支持しているのだが。
「ああ。それはいいけれどさ。家の連中も腕が鈍ってしまいそうだから、今回だけ格安で仕事を受けてやっても良いさぁ?」
「ほう? それはまた急な申し出だね」
カリアンの視線が八割ほど厳しさを増した。
それを受け流しつつ、ハイアの視線がレイフォンを捉えていることに気が付いた。
それはつまり、まだレイフォンよりも自分の方が強いのだと主張したいのだ。
今度は対汚染獣という環境でそれを証明しようとしているのだと、それが分かった。
だが、次の瞬間ハイアの視線はレイフォンから離れて、隣に座っているナルキへと向けられた。
この瞬間、次にハイアが何を言い出すのか見当が付いたが、レイフォンには反対する気は無かった。
何時か来るはずの物が、突如としてやって来たと言うだけであり、覚悟を決める時間と参戦するかどうかを決める権利が、ナルキに有る分、まだましな状況だ。
「それと提案なんだがさぁ」
「うん? 私をお義兄さんと呼びたいというのならば、断固お断りだよ?」
「だれも、あんたみたいな腹黒そうな奴を親戚にしたいなんて思ってないさ」
このハイアの意見だけ、レイフォンは全力で同意である。
生まれつき付き合っているフェリでさえ、真剣に頷いているところを見ると、実家でも相当腹黒かったのだろうと判断できる。
少し傷付いた表情のカリアンだったが、すぐに何時もの柔和な笑みへと切り替わった。
それを確認したのか、ハイアが予想通りの提案をする。
「そっちのオカマ警官を家で使ってみたいのさぁ」
次の瞬間、ミュンファが席を立ち、連続で頭を下げて謝りだし、ナルキの右手が剣帯に収まった鋼鉄錬金鋼へと伸び、レイフォンが即座に鋼糸を復元した。
やはり、前回きちんと息の根を止めておくべきだったと後悔しつつ、ハイアの周りを鋼糸で取り囲む。
血の一滴も残さないように、全てを衝剄で粉砕し、鋼糸に剄を走らせた熱で焼き尽くすために。
「ああ。ゲルニ君は女生徒なんだがね?」
「さぁ? 知っているさぁ。だけどオレッチの中ではそいつはオカマ警官さぁぁ!!」
最終的に、ミュンファの右手が一閃。
ハイアの後頭部をペチリと叩いて、それ以上の暴言を妨げる。
それを見たレイフォンは、小さく舌打ちをしつつ完成間近だった陣を解いた。
だが、ナルキは少し違った反応を見せている。
そう。今の話の中心はどう考えてもナルキである以上、笑って済ませるという訳には行かないのだ。
オカマ発言もそうだし、参戦の話もそうだ。
だが、答えは決まっているようなものである。
そう。汚染獣との戦いは、本来避けて通れない。
そんな道理はグレンダンを出た時に捨てたはずだったが、それでもレイフォンは今も戦い続けている。
そして、ナルキも武芸者である以上、戦う心構えは出来ているはずだ。
レイフォンの弟子ならば尚のこと。
そして、やはり、予想通りの返答がナルキの唇から流れ出す。
「参加するのはかまわないが、私はそんなに優秀な方じゃないと思うが」
「さぁ?」
しかし、これに疑問符を投げつけたのは、何故かハイアだった。
そして、ミュンファも少し意外そうな表情でナルキを見詰めている。
ヴァンゼとゴルネオは頬を搔いたりして、どう反応して良いか分からない様子だ。
レイフォンが見る限り、ナルキは十分に優秀な部類に入ると思うのだが、どうも本人はあまりそう思っていないようだ。
「い、いや。一年の中ではかなり優秀だと思うけれど、そんな判断基準全く意味ないはずだ」
若干苦しげなナルキの言い訳を聞きつつ、一年の中で優秀かどうかに意味がないという認識には同意できた。
サヴァリスではないが、汚染獣と戦えない武芸者などゴミも同然だと、レイフォンも思う時がある。
もちろん、他にも武芸者が必要とされる場面は多くあるのだが、話がややこしくなるので考えないこととした。
目下の問題はナルキが優秀かどうかと言う事柄だし。
「・・・・。オカマ」
「・・・・殺すぞ」
「どうでも良いさ。それなりに使える腕だってことは、このオレッチが保証してやるさ。ヴォルフシュテインに習ったさ。そんなに無様な腕に仕上げるはずがないさ」
「それは同意します」
ハイアの断定に、レイフォンも同意を示す。
一年以上にわたってレイフォンが鍛えてきたのだ。
元々活剄の切れなどはあったのだし、その後の鍛錬で実力は十分に伸びている。
もちろん、汚染獣に単独で挑めなどと言ったら、瞬殺されてしまうだろうが、陽動などは十分にこなせるのだ。
だが、次のハイアの言葉を聞いて、理解不能状態へと陥った。
「それに、オカマを推薦してきてる奴もいるさぁ」
「・・? なに?」
推薦するという行為は理解できるが、ナルキをハイアにとなると話はかなり違ってくる。
だが、三秒後、レイフォンは一人だけそんな事をする人間を思いつけた。
そう。ヨルテム出身の放浪武芸者であり、サイハーデンの継承者でもある少々変わった人物だ。
「イージェ」
「そうさ。俺が付き添うからお前んところで使ってやってくれないかって頼まれたさ。オレッチとしては別段断る理由はないさぁ」
同じ傭兵であり、サイハーデンの継承者である二人ならば、さぞかし意気投合しただろうと、そう確信できる。
そして、仲間を増やそうとしてナルキを巻き込んだ。
全てに納得が行くという物だ。
本人は迷惑かも知れないとは全く考えない辺りにも、二人が意気投合した痕跡が見えるような気がする。
「ナルキ?」
「・・・。出撃します」
そして、最終的に戦うかどうかを決めるのは、ナルキ本人の決断と言う事となる。
だが、ここで大きな問題が有る。
汚染獣との戦いは心配していない。
レイフォンが一年以上鍛えてきたのだし、十分なバックアップと熟練者による連携の補助を期待できる。
そう。問題は汚染獣ではなく。
「メイシェンが泣いて縋ってきたら、何とかするんだよ」
「う、うん。何とかしてみる」
そう。問題はメイシェンなのだ。
老性体戦の時もそうだし、廃都市探索の時もそうだが、ある意味ナルキを伴ってレイフォンは戦場へと向かっているのだ。
これは、メイシェンにとって凄まじい精神的な負担となることは間違いない。
更に悪いことに、今回は間違いなく実戦に放り込まれるのだ。
メイシェンがどんな事になるか、十分以上に予測できようという物だ。
そして、この問題は他人事ではないのだ。
「レイとんも、メイッチに泣かれても自分で何とかしろよ」
「何とかしてみるよ」
当然だが、ウォリアスに知恵を借りるつもりなのは当然である。
貸してくれるかどうかと言う問題は、この際考えない。
「では、ツェルニからは第一、第二中隊と、レイフォン君とゲルニ君を前線に出すと言う事で良いかね?」
「かまわないさぁ。でも、少し家で訓練していった方が良いさぁ」
「それはそうだね」
善は急げと言う訳ではないだろうが、会談終了を待たずにナルキはハイアに連れ去られてしまった。
今度の実戦を終えて帰ってきた時、ナルキがどう変わっているかというのを楽しみにしつつ、レイフォンの注意はカリアンとヴァンゼ、ゴルネオへと向かう。
そう。ツェルニが暴走しているとなると、この先も戦いが続くことになるのだ。
もはや、グレンダンと同じ状況だと考えなければならない。
「それで、ツェルニの暴走なのだが、どう対処したらいいと思う?」
「うぅぅむ。これは、俺達にはどうしようもないな」
カリアンの問いにヴァンゼが苦り切った表情で応じる。
そう。都市の最重要区画と言うべき電子精霊については、今の人類は全く何も知らないのだ。
絶望的な状況だと、レイフォンを含めた三人がそう思った瞬間。
「試してみても良い方法があるのですが」
「ゴルネオ? 何かいい手があるのか?」
「良い手かどうかと問われると、危険極まりないとしか答えられませんが」
ヴァンゼに答えたゴルネオの視線が、レイフォンを捉える。
そして、凄まじい提案をしてきた。
「グレンダンへ援軍を頼みます」
「・・・・・・・・・・・。まさか」
ゴルネオが何を考えているか、それが直感的に分かってしまった。
今回の汚染獣程度ならば、レイフォン一人でも何とか片を付けることが出来る。
だが、この先のことまでは全く分からない。
そう。レイフォンは極めて強力な武芸者ではあるが、最終的には人間であり、疲労することは間違いないし、体調を崩すことだってあり得る。
それを補う方法として中隊を正式に編成することも検討されているが、それでもレイフォン一人との戦力差は絶望的に開いたままだ。
そう。レイフォンが倒れた時がツェルニの終演の時だと言っても過言ではない。
解決方法がないように見えるが、実はある。
外から強力な武芸者を呼べばいいのだ。
そして、幸いにしてゴルネオとレイフォンには十分すぎるほど優秀な人材に当てがある。
性格や人格については、非常に問題が有ることは確かだが、ツェルニにえり好みをしている余裕はないのだ。
「サヴァリスさんは呼ばないでくださいよ」
「当然だ。兄さんを呼んだらお前と戦わせろとか言い出すに違いない」
そう。グレンダンから天剣授受者を借りてくればいいのだ。
いや。天剣授受者である必要はない。
熟練した武芸者を二十人借りてくるだけで、それだけでも用は足りるのだ。
問題はいくつもあるが。
「何を対価に差し出すのだね? 自慢ではないが学園都市にそれ程の余裕はないよ?」
そう。カリアンが言うように報酬がないのだ。
サヴァリスならば、最終的にレイフォンと戦わせると言えば来るかも知れないが、この選択肢は最後の最後である。
レイフォン個人としては、絶対に取りたくないが、ツェルニに余裕はないのだ。
ならば、他の代金を用意しなければならない。
そしてもう一つ。
「それ以前に、間に合うのだろうか?」
「それは、何とも答えられません」
そう。レイフォンがへたばる前にグレンダンからの援軍が来なければ、結局のところ何の意味もない。
大きな問題は以上の二つだが、これを何とか解決しなければならないのだ。
最速の方法として、グレンダンが是非とも欲しいと思うような報酬を、グレンダンに送り届け、その代金として優秀な武芸者を送ってもらうと言うのがあるが、こんな幸運が積み重なったような手は当然取れない。
最低限、交渉をする人間と一緒に送らなければならないだろう。
問題ばかりだからと言って、何とかしなければならない。
そこでふと思いだした商品があった。
「複合錬金鋼はどうでしょうか?」
「ふむ。通常の錬金鋼を遙かに超える強度と汎用性は、十分に商品価値としてあるだろうが、レイフォン君のような使い手がグレンダンにいるのかね?」
「・・・・・・・・・・・・。残念ながら」
レイフォンのように、技のバリエーションが豊富な武芸者など、いくらグレンダンでも居ない。
複数の武門で技を修めた武芸者はいるが、その場合でも接近戦か遠距離戦かどちらかに偏るのが普通だ。
ならば、複合錬金鋼の汎用性はさほど意味をなさない。
「簡易・複合錬金鋼ならば、何とかなるかも知れません」
「ふむ」
そう。形状を一度決めてしまうと変更は出来ないが、その分軽量化に成功している錬金鋼ならば、商品価値は高いように思う。
もちろん、通常の錬金鋼の限界を超える剄の持ち主など、天剣授受者以外には居ないから、オーバースペックのような気はするが、強度や設定の幅広さは非常に魅力的だろう。
「簡易・複合錬金鋼を対価として差し出すとして、問題は交渉に行く人間だね」
他の商品となると、グレンダンが欲しいと思うような物をツェルニは持っていない。
と言う事で、こちらはおおよそ決まったのだが、問題は援軍を頼むために誰がグレンダンへ行くかだ。
ベストな人選はカリアンなのだが、非常時に生徒会長不在ではツェルニを維持することは困難となる。
次点としてあげられるのは。
カリアンとヴァンゼ、フェリとレイフォンの視線が集中する。
「・・・・。俺ですか?」
「そうだよ、ゴルネオ・ルッケンス君」
名門ルッケンス家の次男として、それなり以上のコネをもったゴルネオならば、あるいは目的を達成して帰ってくることが出来るかも知れない。
レイフォンの方が知名度はあるのだが、残念なことにグレンダンから追放された身であるので、交渉など不可能だ。
いや。そもそもの事実として、レイフォンに交渉ごとなど出来ようはずが無い。
消去法でゴルネオなのだが、実はこれにも問題が有る。
「第二中隊を指揮する人間がいなくなるし、そもそも戦力として重要な君を派遣することは非常に大きな賭になるが」
第二中隊の指揮だけの問題ならば、オスカーに任せてもかまわないだろう。
だが、汚染獣を倒すための打撃力としてのゴルネオはツェルニにとって貴重である。
この人選も、消去法と言うよりも苦肉の策でしかない。
そして、ここまで話が決まった状況で問題になるのが。
「実行して、援軍を得られるだろうか?」
「難しいでしょう」
カリアンの問いに、ゴルネオが答える。
最悪の結果として、ゴルネオがグレンダンから帰る前にツェルニが滅ぶかも知れない。
暗い問題しかないが、何もせずに滅びを待つ訳には行かないのだ。
そして、ゴルネオの出発が決まったところで今回の会議は終了となった。
放浪バスが来たならば、即座に出掛けられるように準備をしつつ。
後書きに代えて。
まるまる一話会議だった。まあ、それはおいておくとしても、かなり無理のある展開だったのは否めない気がする。
確かにツェルニは戦力不足だけれど、グレンダンが貸してくれるかどうかという問題に対して、しっかりと考証しているかと聞かれれば、はっきりと殆どしていないと答える事が出来る。
うん。何ともいい加減な話になってしまった。誠に申し訳ない。
とはいえ、生き残るためにだったら殆どどんな事でもするのがカリアン達であると思うので、このくらいは考えただろうと、この話を作ってみました。
ああ、そうそう。三頁目はものすごく卑怯な展開になりますので覚悟をしてください。