レイフォン達が外での訓練をしている最中、リーリンは当然のように料理などと言う何時もと変わらない仕事をしていた。
とは言え、何時もとは色々と違うところがあるのも事実だ。
その最たる物が、助手と呼ぶべきウォリアスが居ることだ。
居るのだが。
「これ何?」
突如としてリーリンの目の前に差し出されたのは、なにやらメニューが書かれた数枚の紙片だった。
メモ帳を引きちぎったようなそのいい加減な紙には、いくつもの料理の名前と使うべき食材、そして作り方が書かれていたのだ。
「僕が考えた合宿中のメニュー」
「・・・・・・。凄い量だと思うんだけれど?」
そこに書かれていたのは、孤児院で十数人分の料理を作り慣れたリーリンからしても、かなり多いように思えた。
だが、相手はウォリアスだ。
恐るべき計算の元に計画されているに違いない。
「大雑把に言って」
「うん?」
「事務仕事する人達の、一日の消費カロリーは、おおよそ千八百キロカロリー。室長とキリクさん、ハーレイさんとリーリンと僕の五人」
「そうなるわね」
事務仕事というわけではないが、リーリンがそんな大量のカロリーを消費するとは考えられない。
五人で、八千キロカロリー。
ここまでは何の問題も無い。
「軽度の肉体労働をする人の消費カロリーは、おおよそ二千キロカロリー。フェリ先輩だね」
「そうね」
ここまでで一万キロカロリーだ。
リーリン一人だったら、おおよそ六日分に相当する。
六人分の食事なので当然ではあるが、少しだけ引いてしまった。
「で。重度の肉体労働をする人の消費カロリーは、おおよそ二千五百キロカロリー。ダルシェナさんとシャーニッドさん、アントーク先輩とレイフォンの四人ね」
「ええ」
何故かニーナだけ名字で先輩を付けて呼んでいることに気が付いたが、指摘することは避けて通るに越したことはない。
ウォリアス自身が認めているように、ニーナのことがあまり好きではないので、その現れだろうから。
「合計一日に二万キロカロリー。それで、出来れば一日に三十品目を摂ることを進めているから、最終的に僕が作ったメニューがそれ」
「・・・・・・・・・・・・・。成る程」
やはり恐るべき計算の元、恐るべき計画が進んでいたようだ。
そしてリーリンは、それを現実世界に出現させなければならない。
かなりの仕事量だが、ウォリアスと二人ならばそれ程大変でもないかも知れない。
それは分かるのだが、直感的に仕事をしてしまうリーリンとは根本から全く違っているようだ。
「ちなみに」
「なに?」
「食事以外にスポーツドリンクやおやつで摂取するカロリーは計算外ね。多分二千五百キロカロリーだと少ないと思うから」
全て計算ずくである。
なんと恐ろしい生き物なのだろうと、改めて実感してしまった。
だが、今回に限っては非常にありがたいのも事実だ。
「さて。さっさと昼食の準備をしよう。欠食児童が五人雪崩れ込んでくるから」
「そうよね。あの人達のことだから」
そう言いつつ、昼食用と書かれたメモを一枚選びだし、そして硬直した。
全粒粉を使ったパンで、ピーナッツなどを使ったサンドイッチ。
そして多めのフルーツとサラダ。
止めに牛乳という内容だったのだ。
「ねえ、これって」
「うん? 消化効率を考えると、昼食時に脂肪分や蛋白質は控えめにした方が良いんだよ」
「そ、そうなの?」
「うん。脂肪は消化吸収に時間がかかるのは当然だし、蛋白質は吸収と排出に水分が必要だからね。まあ、水分は気にしなくて良いだろうけど」
「・・・・。そうなんだ」
「ビタミンとミネラルの摂取を考えると、全粒粉のパンは必要だし果糖は血糖値が急に上がらないから有利なんだ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「豆と牛乳の蛋白質は消費する分を補うためだね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
これは本格的だ。
もはやリーリンの立ち入るべき領域ではなくなっている。
ウォリアスが食事にこだわることは知っていたが、まさかここまでとは思いもよらなかった。
専門的な知識を持った、栄養士の領域へと差し掛かっているように思える。
「さあ。僕は考えるのは得意だけれど作るのはそうじゃないんだ」
「そうなの?」
「そ」
分業することで効率よく事を運ぶというのは、現代社会の基本構造だとは思っていたが、ここまで徹底されるとは思わなかった。
だが、立ち止まっているわけには行かない。
リーリンはこの合宿で、大勢の食事の面倒を見なければならないのだ。
決意も新たに包丁を持ち、そしてキッチンへと向かう。
「ちなみに、おやつはきちんと用意してありますから安心して下さい」
「?」
『それは本当でしょうね?』
「!!」
突如話し始めたウォリアスに不審を抱いた次の瞬間、聞いたことのある声がすぐ側から聞こえてきて驚いてしまった。
黒い長髪の中から、花びらのような念威端子を取り出す少年を見る。
相手はフェリであることは間違いない。
「木の実をふんだんに使ったパウンドケーキですよ。一昨日作った奴で、味もなじんでいるはずですよ。チョコレートクリームをかけて甘味をましてありますからお楽しみに」
『そう言う情報は先に下さい。この合宿に少しだけやる気が出て来ました』
「それは何よりです。ただし夕飯の後ですよ」
『昼食後にはなりませんか?』
「なりません」
なんだかんだ言っても、結構フェリには甘いのかも知れない。
もしリーリンだけだったら、確実におやつなど用意しない。
だが、今は昼食の準備に精力を傾けなければならないのも事実だ。
ニーナは疲れ切っていた。
訓練で見せつけられた、レイフォンの凄まじさは既に慣れてしまっているからそれ程でもない。
ダルシェナが加わったことによって、連携を最初から考えなければならないが、それは午後からの予定なので今のところ心配しているという程度である。
「どうしたのニーナ?」
「い、いや」
目の前のテーブルには、やたらに豪勢に見える昼食が鎮座している。
そう。鎮座しているのだ。
茶色がかった白いパンはウォリアスの推奨する、全粒粉という小麦粉の一種を使った物だろう。
適度な厚さに切られたパンの間に、ピーナッツクリームがたっぷりと塗られている。
そして、当然のことなのだろうが、苺とブルーベリー、そしてマーマレードという三種類のジャムが一緒に挟まっている。
ピーナッツとジャムで作るサンドイッチも、ウォリアスが推奨するメニューだ。
更に、大量に盛りつけられたサラダと、切り分けられて蜂蜜入りのヨーグルトがかけられ、食べるだけになった果物の数々。
全て、ウォリアスが推奨する昼食メニューに準じた内容だ。
女子寮でも良く出てくるので間違いない。
「こうなることは予測していたからな」
そう。この合宿を計画した瞬間に、食事担当としてリーリンを呼ぶことをまず始めに考えた。
だが、一人では少々荷が重いかも知れないとも考えた。
セリナにも応援を頼みたかったのだが、生憎と錬金科の生徒は殆ど採掘作業に駆り出されてしまっているために、断念せざるおえなかった。
となると、残る選択肢は細目で性格が悪く頭が良く回り、更に食事に偏見を持った少年と言う事になってしまう。
そう。こうなることは予測していたのだ。
こうなることが分かっていたからこそ、頼むのに二の足を踏んでしまっていたのだ。
「僕の昼食に何かご不満でも?」
「い、いや。そんな事はない。と言えば嘘になるかも知れない」
確かに十分なボリュームを持ち、栄養面もきちんと計算されているのは分かる。
実家での食事と比べても、何ら遜色はないと断言できるほどだ。
そう。ここにウォリアス本人が居なければ、これ以上を望むべくも無い。
「うわ! うまそうだな」
ウォリアスの正体を知らないシャーニッドが喜んでいる。
それはダルシェナも同じだ。
表に出すかどうかの違いでしかないのだ。
だが、ニーナの注意は黒髪の少年へと向けられているのだ。
何時暴走するか分からない、この爆弾へと。
「ああ! この果物一つ一つ、野菜の一つ一つ、ジャムの一品一品、パンの一切れから牛乳に至るまで!! 全てを懇切丁寧に説明したい!!」
「それは止めて」
そう。食べ物が絡むとなんだか変にテンションが上がり、説明を始めてしまうと言う恐るべき性質を持った、極悪武芸者の正体を知らないがために、のほほんと手を洗ったり出来るのだ。
リーリンが止めているが、きちんと止めることが出来るかどうか、甚だ疑問なのだ。
「まあ、それは冗談ですよ。僕だって状況くらいはきちんと認識していますから」
そう言いつつ席に付くウォリアス。
認識しているとは言っているが、何処まで自制できるかは全くの謎である。
だが、状況は更にニーナの介入を許さずに突き進む。
「取り敢えず食べてしまいましょう。そしておやつを」
「それは夕食後ですよ」
「たった八時間早まるだけではありませんか?」
「チョコレートクリームがまだ出来ていないんですよ」
「何という手抜きでしょう? 貴男はそれでも料理研究家ですか?」
「いやいや。僕はどちらかと言うと食文化史研究家」
何故か不明だが、フェリがウォリアスと漫才を繰り広げている。
攻撃するのならばここしかない。
そう決断したニーナは、そそくさと椅子に座りサンドイッチに手を伸ばす。
「頂きます」
自分に言い訳するためにそう呟き、一口目を囓る。
何時も女子寮で食べているのと同じ味がした。
だが、何時もに比べてサラダと果物が多いことにも気が付いた。
そして何よりも、食卓を囲んでいる人数が多い。
女子寮の二倍以上の人間が、忙しなく手と口を動かしているのだ。
「ああ。サラダの味付けを忘れてましたぁぁ」
非常にわざとらしくウォリアスが声を上げ、そしてキッチンへと歩き、手に持って帰ってきたのはコーヒーミル。
塩を小さじ三杯と、なにやらハーブらしい物を小さじに半分。
きちんと蓋をして、ミルの電源を入れて、丁寧に粉砕しつつ混ぜ合わせる。
そして出来上がった物を、ボールに盛りつけられたサラダへと振りかける。
今の動作に、全く躊躇などはなかった。
「ほう。お前は塩の使い方を分かっていると見えるな」
「当然ですとも」
そして、それを見ていたダルシェナが褒めてしまう。
そう。よりにもよって、ウォリアスを褒めてしまったのだ。
「塩に香りを付けると、一気に格調高くなりますからねぇ」
「そうだ。だが、ツェルニの料理人共はその辺が分かっていない連中ばかりでな」
「嘆かわしいですよねぇ」
ニーナとて、塩に香りを付ける方法やその効能くらいは知っている。
実家で料理人がやっているところを、何度も目撃しているのだ。
とは言え、このまま進むわけには行かない。
「済まないが、コーヒーをもらえるだろうか?」
「コーヒーですか? タンニンが鉄分とくっついてしまうんで、食後暫くしてからの方が良いですよ?」
「そうなのか?」
「そうなんです」
「理由は理解できると思うのだが、食事の内容が少し甘すぎるのだ」
「なるほど」
ニーナが何かするよりも早く、ダルシェナが食事に注文を付け、それにウォリアスが対応するという構図へと突き進む。
そして、この要求は割と共感を得ることが出来る物だ。
全体的に甘味が強すぎて、もう少し口の中をさっぱりさせることの出来る飲み物が欲しいのだ。
「良いですけれど、少し待っていて下さい。これからロースとしますから。他に飲みたい人はいますか? ローストの希望も出来うる限り答えますが」
「ああ。ハイローストか、フルシティーで頼む」
何の躊躇もなく、ウォリアスとの会話を進めるダルシェナ。
だが、このまま進むわけには行かない。
ウォリアスが暴走しなかったとしても、今からローストするなどと言うこととなれば、午後の練習は大幅に遅れてしまうのだ。
個人個人のローストに応えるとなれば、なおさらである。
「ねえウォリアス?」
「うん?」
「何で粉になっている奴を使わないの?」
「何を言って居るんだいリーリン? ハンドロースト、ハンドドリップはコーヒーの基本だよ?」
「レノスの基本をここに適用しないこと」
「僕の基本だよ」
「もっと駄目」
こうなることが分かっていたからこそ、ニーナはリーリンに食事の世話を頼むことに躊躇をしたのだ。
その後リーリン主導の元コーヒーが制作され、ダルシェナが竹の香りを付けた塩を入れて飲んだりなどと色々あったが、昼食は無事に終了の時を迎えることが出来た。
この一度の食事だけで、ニーナは胃に穴の開く思いを味わってしまったのは内緒である。
午後の連携訓練を終えて帰ってきたニーナは、再びの徒労感と無力感に襲われていた。
居残り組が、全員キッチンに集まっているのは良いだろう。
当然のように良い匂いがしているのも問題無い。
「バターを厚底の鍋に放り込んで、最弱の火力でじっくりゆっくりと解かすの」
「何時間かかるのよ?」
「だいたい十五分から二十分くらい」
なにやら、人の顔がプリントされたエプロンを装着したウォリアスが、コンロの前に立ちはだかり作業をしている。
その脇には、何故かリーリンも同じエプロンを装備して相槌を打っていたりしている。
既にニーナは自分の存在意義に疑問を持ち始めてしまっているのだが、周りは誰も気にしていないようだ。
「でもって、バターが溶けている間にこっちの鍋の中身を始末するの」
「下ごしらえした羊の肉と、人参、玉葱、馬鈴薯と、その他野菜をブイヨンで煮込んだという鍋ね」
「火から下ろして温度が下がったところで、このルーを入れる。本来ならスパイスを調合して作るのが当然なんだけれど」
「そんなウォリアスの当然に付き合っている暇は、当然の様にない訳よ」
漫才ではない。
むしろ、何か完成してしまっているコンビネーションを感じる。
「今回使うのは、ツェルニで密かにその名が轟いているヴィシャスカレー店が、一般向けに発売しているルー」
「このお店は前に一度行ったけれど、結構美味しかった記憶があるから、とても楽しみよ」
「そして、ゆっくりとお玉の中で解かしてダマにならないように細心の注意を払うこと」
「つぶつぶのあるカレーなんか、誰だって食べたくないわよね」
むしろ、ウォリアスのアシスタントだろうか?
料理ショーには必要かも知れない。
「で、完全に溶けたところで一工夫をする」
「隠し味って必要よね」
「ヴィシャスはルーは売っても、秘伝は当然売らないから僕のオリジナルね」
「何を入れるつもり? 下手な物入れたら市場へ送りつけるわよ?」
「大丈夫。こんな事もあろうかと用意しましたのが、これ!!」
「こんな事もあろうかって、献立考えたの貴男でしょう」
「普通に売られているケチャップじゃないのよ。かのオスカー先輩御用達の一品を、大さじ一杯ほど入れるの」
「突っ込みを無視する手腕は見事ね。で、オスカー先輩が何でケチャップにこだわるの?」
「それはもう、自分の作ったソーセージでホットドッグを作った時に、最後にかけるためだよ」
「ああ。マスタードも絶対に必要よね」
「そうそう。ある都市では、ある程度以上の年齢になったら、ホットドッグにはケチャップをかけてはいけないという法律があるんだって」
「へえ。それは凄いわね」
あのオスカーが、ホットドッグにかぶりつく姿を想像して、止めた。
あり得ると言えるし、あり得ないとも言えるからだが、どんどん話が進んでしまっているのが主な原因だ。
「さて、こうやっている間に良い具合にバターが溶けてきたようだから、ここで鍋を火から下ろして、浮いてきている固形物を取り除く」
「普通のバターみたいに見えるけれど?」
「脱脂バターといった感じで、後で使えるから別に取っておくこと」
「有る物は徹底的に利用する。ウォリアスの性格がそのまま出ているわね」
「で、上澄みを取り除いたら慎重に、別の鍋へ移す。この時下に沈んでいるのは塩分とかの不純物だから、適度なところで止めておくこと」
「それも何かに使うの?」
「色々な使い道があるよ。で、それで取り出したのがこれ。このご機嫌な黄金に耀くバターオイル」
「へえ。溶かしバターって綺麗なのね」
「綺麗なだけじゃないよ? これはとても焦げ付きにくいの。フライパンの温度が二百度近くになっても焦げない」
ここでいきなり、ウォリアスの手が持ち上がり、あらぬ方向へと今まで使っていたヘラを突きつけた。
何か飛び散っているが、多分気にしてはいけないのだ。
「奥さん! 今日はこれだけ覚えて帰ってね!!」
「奥さんなんて何処にいるのよ?」
ここは学園都市である。
奥さんなんて物がそうそう転がっているわけではないのだ。
「今作った、出来たてホヤホヤのバターオイルを、予熱しておいたオーブンの、天板に引いて、適度に切ったパンを並べて再びオーブンへ」
「焼いた後じゃいけないの? 折角作った溶かしバターがもったいないから?」
「いやいや。焼いたパンにバターを塗るのと、バターを塗ってから焼くのじゃ結果に雲泥の差があるの。これはもう食べてみないと分からないけどね」
そこでいきなり、ウォリアスの視線が鋭さを増した。
その視線が向く先は、なんとハーレイ。
「そこ! メモを取らないで覚える。そして家に帰ったら実際に作って確かめるの!!」
「は、はい!!」
他のことでメモを取っている様子はなかったが、この溶かしバターだけは違ったようで、きっちりとメモを取っていたようだ。
そして、メモを取っただけでやらなそうだと判断したウォリアスが、きっちりと釘を刺したと言う事だろう。
「さて。隠し味も入れたことだし、後はもう保温鍋に入れて煮込むだけ」
「保温鍋って便利よねぇ。燃料費もかからないしじっくり弱火で煮込めるんだもの」
何故かリーリンの視線がニーナを捉える。
もしかしたら、女子寮にも一つ欲しいと思っているのかも知れない。
確かに、シチューなどをやる時には極めて便利そうである。
などと思っている間に、ウォリアスが外鍋の中に内鍋を入れてしまった。
不思議だったのは、カレーの入った鍋を入れる前に、他の鍋が入っていたことだが、他の料理を作っていたのだろうと結論付ける。
完成したから、新たな鍋と入れ替えた。
納得の行く説明である。
「はい。羊肉のカレー、ヴィシャス風。是非一度お試し下さい」
何故か、とんでもない方向を向いて一礼するリーリンとウォリアス。
だが、それでも思わず拍手してしまった。
漫才として結構面白かったのだ。
「ちなみに、今夜のご飯はこれじゃないですからね」
「な、なに!!」
ここまで引っ張ってきておいて、いきなり目の前で煮られているカレーが夕食ではないと知らされ、思わず抗議の声を上げるニーナと、観客全員。
だが、相手はウォリアスだった。
「これは明日の夕飯。一晩寝かせた方が味がしみこんで美味しくなるんですよ」
「う、うむぅぅ。ならば仕方が無いか」
美味しくなるのだったら、一晩我慢できるかも知れない。
だが、当然問題もある。
「今夜は、バタートーストと、鳥の丸焼きトロン風。それと野菜のスープ。おやつにパウンドケーキですよ」
先ほどカレーと入れ違いになった鍋は、野菜スープだったようだ。
やはり、ウォリアスは一筋縄ではいかない。
「ああそうそう。明日の夕飯はカレーとゆでたお米、それとアイスなんですけれど、味のリクエスト有りますか? これから作りますからよほどの注文でも応えられますよ」
その場を沈黙が支配する。
まさかここまでとは思いもよらなかった。
強化合宿が、いつの間に夕食会になってしまったのだろうかと、真剣に疑問に思ってしまうところだが。
「ストロベリーです。ストロベリー以外にはあり得ません」
「何を言う!! クッキーアンドチョコレートだ。他の選択肢など存在していない」
フェリが真っ先に声を上げ、それに対抗するようにダルシェナが注文を付ける。
負けては居られない。
「バニラだ。バニラ以外のアイスなど邪道でしかない」
当然のようにニーナも参戦。
そして、渾身の声と共に邪道に走る二人を正道へと戻すために働きかける。
バニラ以外のアイスなど、存在することが許せないのだ。
「はいはい。全部作れると思いますから、喧嘩しないで下さいね」
「「「え?」」」
言われたことが理解できなくて、一瞬反応に困った。
アイスとは、結構手間暇かかる物だったはずだ。
なのに、丸一日で三種類作ることが出来ると言っているのだ。
「ここにあるアイスクリーム製造機は小型なんで、一リットルル程度ですから、三種類作ってもそんなに手間じゃないですよ」
そう言いつつ、何故か氷の準備を始めるウォリアス。
ついでのようにオーブンでトーストと、内臓を取り出し色々な物を詰めた鶏肉が焼き上がった。
なんだか、強化合宿をしているという感覚がどんどん無くなって行くような気がしてきた。
それ程までに、夕食が豪華だったのだ。
「一種類に付き千ミリリットルルですから、一人当たりだいたい三百センチキューブ程度の割り当てになってしまいますけれど」
「何でリットルルと、センチキューブって単位が出てくるの?」
豪華になったのだが、それでもウォリアスはやはり驚異だった。
ミリリットルルと、センチキューブは同じなのだが、それでも一瞬ほど混乱してしまうのだ。
同じように感じたのだろうリーリンが突っ込んでいるが、当然そんな物で小揺るぎ一つしないのがウォリアスだ。
「うん? それこそがウォリアスクォリティー」
「そんな不必要な物捨てなさい」
「嫌です」
漫才は更に激化の一途をたどるかと思われたが、料理が冷める事を嫌うのは二人に共通の見解だったようで、なんだかんだ言いつつも食べるための準備は進んで行く。
美味しい物が食べられるのだったら、ウォリアスという凶悪な爆発物と付き合う事も、それ程悪い事ではないのかも知れない。
そう考え始めている自分に恐怖を覚えたニーナだった。
「ねえねえウォリアス」
そんな恐怖体験の最中、気の抜ける声と共にレイフォンが小さく手を挙げて、あろう事か恐るべき怪生物へと声をかけた。
いや。レイフォンならばニーナとは違う戦い方が出来て、そしていつか勝利を収める事が出来るかもしれない。
一瞬だけそう期待したのだが。
「作り方とレシピが欲しいんだけれど?」
「収録したのを編集したら貸してあげるよ。材料とかもきちんと載せるから楽しみにしていてね」
「い、いや。収録って?」
そう。収録である。
そして、リーリンとウォリアスがあらぬ方向へ向かって挨拶していた事を思い出し、視線をそちらへ向けて脱力してしまった。
カメラがあったのだ。
しかも、よくよく注意して探してみると、キッチンのあちらこちらに設置してある。
始めから録画するつもりだったのだ。
そして納得もしていた。
変にノリノリだったリーリンの事とか。
こうして、強化合宿は意味不明な料理番組の制作と共に、あと二日続く事となる。
ちなみに、この後暫くして、ツェルニの料理ショーという番組が十三話作られた。
出演しているのは当然リーリンとウォリアスである。
漫才だか料理番組だか分からないとクレームが来たようだが、それなりに人気は出たらしい。
色々な解説。
一日二千五百キロカロリー。
大昔の歩兵は一日に三千キロカロリーほど消費していたようだが、ここではそれ程激しい運動をしているとは考えていない。
ただし、少し低めに見積もっていると思うので、おやつなどで補給する事とした。
昼食時に脂肪と蛋白質を多く取らない。
脂肪を消化吸収するのは、結構身体に負担のかかる行為である。
蛋白質はそれ程では無いけれど、水分の補給が必須条件なので行動中に取る事は控えた方が望ましいらしい。
セリナが参加しなかった理由。
錬金科と言っても、セリナは薬学の方なので直接採掘作業に関わる事はないと思うが、ご都合主義と言う事で。
塩とハーブをコーヒーミルで挽く。
アメリカは、その名もソルトというレストランで、実際に行われている方法。
竹の香りがする塩は、沖縄で実際に作られているらしい。
コーヒーに入れると酸味と苦味を抑えて、マイルドな味わいになるらしい。
普通の塩をインスタントコーヒーに入れて飲んだが、二百センチキューブ当たり、ティースプーン三分の一くらいだったら、マイルドな味わいになって飲みやすくなった。
ちなみに、レストランソルトで、気軽に塩を取ってくれと言ってはいけない。
ソルトには八十種類ほど塩を用意してあるらしいので、きちんと用途を絞ってからでないと危険かも知れない。
コーヒーは食事の後暫くしてから。
お茶やコーヒーに含まれるタンニンが、食事で取った鉄分とくっついてしまうので、一緒に摂取する事は望ましくないらしい。
一説によると、三割くらいはタンニンとくっついてしまって、吸収できないとか。
溶かしバター。
普通にバターをフライパンに乗せると、蛋白質などの不純物が原因で焦げてしまう。
世界の料理ショーや、その他の番組でも今回紹介した方法で、純粋なオイルを作っているので間違ってはいないはず。(保証の限りではない)
料理ショー。
世界の料理ショーと、チューボーですよを足して二で割った感じを想像してくれると、ほぼ間違いないと思う。
ケチャップ。
俺は良くカレーの隠し味にケチャップを入れる。
ホットドッグにマスタードだけを付ける。
これは完全に冗談。
バターを塗ってからトーストする。
これははっきり言って、焼いてから塗ってしまうのがもったいないくらいに美味しい。
俺は、別な料理であると主張する。
アイスクリーム。
ベースミックスを用意しておけば、味付けを変える事は簡単であるらしい。
実際に作った事がないので眉唾物である。
後書きに代えて。
と言う事で、第二次をお送りしました。
時間軸的には合宿一日目の当たりの話になります。
ダルシェナが色々と感じている間に、舞台裏では漫才が進行していました。
と言う話でした。