警告。
この話はF理論の続きであり、かなりイタイ内容となっています。
特に後半はとてもイタイ事となっています。
本編とは関係有りませんというか、むしろ黒歴史に分類されると思われます。
以上の事に注意しつつお読み下さい。
その日、突然ではあるのだがレイフォンはフェリに呼び出された。
別段、何か問題が起こったとか言うわけではないはずだ。
もしそうならば、最優先でカリアンの執務室辺りに呼び出しがかかるはずだが、今回はマンションと呼べる寮への呼び出しだったのだ。
何かあったとしても、武芸者としてのレイフォンの実力が必要だというわけではないだろうと判断できる。
もしかしたら、珍獣フォンフォンとしての能力が必要とされているかも知れないが、人間とは慣れる生き物らしく、何時の間にか珍獣であることに違和感を覚えなくなっていた。
なので、かなり気軽にエントランスを抜けて、螺旋階段を上り、ロス家の扉の前に立ち、呼び鈴のスイッチを押し込んだ。
『はい。開いているので入って来て下さい』
「失礼します」
どうせ念威で確認しているだろうからと思っていたが、鍵をかけるという労力さえ惜しんでいるようで、軽くノブを捻っただけで扉が開いた。
だが、事態はいきなり常識を吹き飛ばして突き進む。
「い、いやぁぁぁぁ」
「らめぇぇぇぇぇ」
「ひぃ?」
いきなりだった。
何の脈絡もなく複線もなく、前触れさえも存在せずに、いきなり少女二人の悲鳴が耳に飛び込んできた。
しかも良く知っている少女達の悲鳴である。
更に、なにやら少し色っぽいような気がする。
何が起こったか全く不明だが、それでも身体はきちんと反応して、条件反射行動で、剣帯から青石錬金鋼を引き抜きつつ、悲鳴のあった方向へと軽い跳躍を終了させていた。
そこは、以前レイフォンが腕を振るったキッチンだった。
そして見てしまった。
「うふふふふ。こうですか? ここがいいんですか?」
「あ、あふ。やめてください」
「こ、こわれてひまいまふ」
そこにいたのは三人。
この部屋の住人であり、レイフォンを呼んだ張本人であるフェリ。
流しの側に立ちはだかり、この世を睥睨するかのように佇んでいる。
そして、そのフェリの視線の先にいるのは少女が二人だ。
そう。メイシェンとリーリンである。
だが、普段活発で物怖じせずに前へと進むはずのリーリンは、壁際にへたり込み恐怖のあまりメイシェンに抱きついている。
そこにいるのは、普段からは想像も出来ないほど弱々しく、涙を流すことしかできない少女だった。
そして、フェリから視線を離すことが出来ずにいるようだ。
メイシェンは更に悲惨だった。
リーリンの身体にしっかりとしがみつき、必死にフェリから遠ざかろうと虚しく脚で床をこすり、スカートが危険域までまくれ上がってしまっている。
そして、やはりその視線は恐怖のあまりフェリから離すことさえ出来ず、必死の形相で見詰め続けている。
更に、恐るべき事にレイフォンもフェリから視線をそらせることが出来なくなってしまった。
いや。身動き一つ出来ない。
どう見てもクルミにしか見えない木の実を左手で支え、それを割るにはあまりにも巨大なハンマーを右手で振りかぶっているフェリを目の前にして、身動きなど出来ようはずは無いのだ。
支えられているクルミの周りには、なぜかひびが入っているだけのものが幾つか転がっているのは、全く持って謎である。
そう。クルミにひびを入れようとすれば、確実にフェリの指にもひびが入ってしまうから。
そして、振り上げられたハンマーが振り下ろされた。
真っ直ぐにでは無い。
軌道自体は真っ直ぐだったのだが、打撃を与える面は斜めだった。
結果的に、角の部分でクルミを打撃。
見事にひびが入ったと喜んではいけない。
勢いのまま流れたハンマーの面部分が、フェリの左手人差し指を強打。
「うふふふふ。とても楽しいと思いませんか?」
そういいつつ、フェリの柔らかい桃色の舌が強打された左手人差し指をなめる。
とても妖艶でいて、そして何よりも恐ろしい光景に、悲鳴を上げる事さえ出来ない。
だが、恐怖は違う形で更にレイフォンを襲うのだ。
「もしかして、こちらの方が良いのですか?」
そう言いつつ、フェリの左手は、不規則な凹凸をもった、球形に近い茶色の物体を手にする。
それは通常、芋と呼ばれる根菜類であるはずだ。
だが、それが今凶器として三人を恐れおののかせ、その身を金縛りに遭わせている。
そして、ゆっくりと右手が持ち上がり、ハンマーから持ち替えたキッチンナイフをその恐るべき球形の根菜類の、その表面へと持って行く。
「ら、らめぇぇぇ! こわれちゃいまふ」
「ひぎぃぃいぃぃ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
三人の懇願の声など知らぬげに、キッチンナイフが球形の凶器の皮を、かなり厚く剥き始めた。
だが、恐怖はまだ終わらない。
そう。キッチンナイフの軌道の先、ほんの数ミリの所に、左手の親指が来ているのだ。
そして、何かの拍子にキッチンナイフの刃が滑った!!
「「「ひぃぃぃ!!」」」
三人そろって悲鳴を上げる。
今回は、何とか悲鳴を上げる事が出来たと、現実逃避気味に考えた。
だが、そんなレイフォン達などお構いなしに、フェリは全く平然としていた。
いや。とても、非常に楽しそうである。
「うふふふ。惜しかったですね。あと少しずれていたら、親指の第一関節を切り飛ばせたのに。うふふふふ」
そう。レイフォンは見てしまった。
その類い希な武芸者の資質に裏打ちされた動体視力によって、恐るべき光景を見てしまったのだ。
フェリの左手の親指、その爪が微かに切り飛ばされるところを。
全身から冷や汗が流れ、体温が一気に下がる。
恐怖のあまり、飛んで行ってキッチンナイフを奪い取ると言う事さえ出来ない。
止めてくれと懇願することしかできない。
隣に座り込んでいる少女二人と何ら変わらない。
「ああああ。先輩!!」
「わ、私達に料理をさせて下さい」
「嫌です」
「そんな事を仰らずに!!」
「頑張って、美味しいお菓子を作りますから」
「何を言っているのですか? 私は料理という行為を楽しんでいるのですよ? ああ。この自らの身体を切り刻むような快感。何故これほどの楽しみを他の人に分け与えなければならないのですか? これは独り占めすることにこそ意義があるのですよ」
いや。少女二人の方が強かった。
レイフォンは、恐怖のあまり悲鳴を上げることしかできなかったにもかかわらず、メイシェンとリーリンは事態を打開しようと積極的に行動しているのだ。
だが、その行動も全てフェリの前に粉砕されてしまったが。
それでも、二人は諦めなかった。
「毎日美味しいご飯を作りますから」
「毎日美味しいお菓子を作りますから」
「ひう! きちんと掃除洗濯しますから」
ここまで二人が頑張っている以上、レイフォンも奮起しなければならない。
そして三人で必死にフェリに懇願する。
土下座をしてフェリに再考を願う。
「・・・・・・・・・・・・」
そして、レイフォンの類い希な武芸者の素質が理解してしまった。
土下座をしていて本来見えないはずの、フェリの表情を読んだのだ。
それはもしかしたら、剄脈の働きかも知れないが、今はどうでも良い。
「仕方がありませんね。そこまで三人が言うのならば、非常に不本意ですが家事をお任せしましょう」
レイフォンは感じてしまった。
フェリが笑うのを。
ニヤリと。
やはりこれも、剄脈の力なのかも知れないが、全然嬉しくない。
だが、この目の前の恐怖の大王を何とか宥めることには成功したのだと、少しだけ前向きに考えることが出来る。
出来たはずなのだが。
「ではリンリン」
「わ、わたしですか?」
「ええ。リンリン。ご飯の準備をお願いします」
フェリの視線は、間違いなくリーリンを捉えて放さない。
そして、レイフォンは何故か安堵の感情を覚えていた。
いや。理由は分かっている。
世界で唯一の珍獣として、飼い主であるフェリの身の回りの世話を焼いていたのだが、仲間が出来たのだ。
それも、最も頼れる人が仲間となってくれたのだ。
これ以上嬉しいことはない。
そのはずだったのだが。
「シェンシェン」
「あ、あう? 私ですよね?」
「ええ。シェンシェンはお菓子を作って下さい」
あうあうと言葉にならない声を漏らしつつ、材料と道具を探し始めるメイシェン。
珍獣仲間が増えたようだ。
もちろん、フェリの目論見通りである。
だが、これとてあの、料理の名を借りた恐怖の儀式よりはましであると断言できる。
「フォンフォン」
「はい?」
そして、当然の成り行きとしてレイフォンにも声がかかったが、だが疑問がある。
そう。キッチンナイフで芋の皮むきを始めたリーリンと、計量スプーンを片手にお菓子作りを始めたメイシェンがいるのだ。
レイフォンが手出しする必要はないし、むしろそれは邪魔になるだけである。
呼ばれた理由が分からないのだ。
「私の身体を舐めて綺麗にして下さい」
「ひぃぅ?」
フェリがとんでもないことを仰った。
そして、部屋の空気が一瞬にして絶対零度を下回った。
蝶番が錆び付いた、巨大な扉を無理矢理開くよりも、もっとぎこちない動作で二人の少女がレイフォンを見る。
その手には、キッチンナイフとスプーンが握られている。
スプーンで眼球を抉られて、キッチンナイフで全身の皮を剥かれるに違いない。
その恐るべき未来予想図を、何とか回避するために全力で行動することとする。
「フェリ先輩?」
「何ですかフォンフォン?」
「僕に死ねと言うのですか?」
「男には、死ぬと分かっていても行かなければならない時があるとか聞きますが?」
「僕は男を止めても生きていたいです」
「なんて惰弱なのでしょうか? ですが、この部屋が血の海になるのは少しだけ問題ですね」
「少しですか?」
「仕方がありませんから、部屋の掃除でもしていて下さい」
レイフォンの突っ込みは見事にスルーされてしまった。
そして、ある意味順当な指令が下ったが、これはこれで十分に了承できる範囲内だ。
「頑張って綺麗にします」
「ええ。テレビの裏側とかも綺麗に掃除して下さいね」
「わかりました」
なにやら、少女二人の安心した溜息に背中を押されるようにして、レイフォンは掃除を始めたのだった。
突然ではあるのだが、生徒会長であるカリアンは何かに導かれるようにして、ツェルニにおける我が家へとやって来た。
帰ってきたという感じではない。
本当に、全く未知の場所へとやって来たと、そんな感じなのだ。
そして、それは間違った判断ではないのかも知れない。
「お帰りなさい」
「・・・・・・・・・・。やあ、レイフォン君。ただ今戻ったと言って良いのかな?」
扉を開けた瞬間にカリアンを出迎えたのは、その手にぞうきんを持ったレイフォンだった。
別段、この程度で驚くことはしない。
なぜならば、珍獣フォンフォンとなったレイフォンが、たまに来て家事をして行くことは既に日常となっているからだ。
だが、何時もと少しだけ様子がおかしいことにも気が付いていた。
そう。レイフォンの後ろでは二人のレイフォンがテレビ台を持ち上げて、フェリの指示に会わせて微調整を行っている。
指示を出しているフェリはと見れば、ソファーに座りとてもくつろいでいるように見える。
だが、侮ってはいけない。
フェリが座ったソファーを二人のレイフォンが持ち上げ、元有った場所へと運んでいる最中なのだ。
いや。たった今、正確に元の場所へと戻されたようだ。
今まで手が六本有ったレイフォンは何度か見ている。
三分身して掃除をしているところも、一度見ている。
だが、五分身しているところを見るのは初めてである。
更に嗅覚に刺激があった。
なにやら魚を焼く良い匂いがしている。
そして、ケーキでも焼いているような甘い香りもしている。
つまり、七分身。
過去最多の分身技の披露に、カリアンの反応が遅れてしまったのだ。
「ちなみに」
「なんだね?」
「キッチンではメイシェンとリーリンが料理をしています」
「ああ。レイフォン君が七分身しているのではなかったのだね」
「今日は五分身までです」
今日はと言う断りが入っているところを見ると、もしかしたらカリアンの知らないところで、七分身くらいは平然と行われているのかも知れない。
ゴルネオの家の秘奥が原型らしいことは聞いている。
この状況を見たら、一体何と言うだろうかと、ほんの少しだけ考えてしまったが、実はカリアンが他人事としていられたのはここまでだった。
「はい」
「なんだね?」
目の前のレイフォンが、手に持っていたぞうきんを差し出す。
しげしげと眺めるが、特別な何かがあるとは思えない、レイフォンお手製のぞうきんである。
続く言葉こそが、重要だったのだ。
「アンアンも掃除を手伝って下さい」
「・・・・。念のために確認するのだがね。アンアンとは私のことだよね?」
「当然でぎょ!」
突然、レイフォンの頭がこちらに向かって傾いた。
それと同時に、テレビ台を微調整していたレイフォンが二人と、一人用のソファーを移動させていたレイフォンが二人、瞬時に消えて無くなった。
どうやら、目の前のレイフォンが本体だったようだ。
だが、驚愕すべきは別なところである。
前傾姿勢となったレイフォンの後頭部が見えたのだ。
そして、そこに突き刺さっている重晶錬金鋼を発見。
その向こう側に、右手を真っ直ぐにこちらへ伸ばしているフェリも発見。
瞬時に錬金鋼を復元して、抜き撃ちの要領でレイフォンの後頭部へ目がけて投げつけたのだと言う事が、この一事で十分に理解できるという物だ。
「ふぇ、ふぇりせんぱい?」
「何を考えているのですかフォンフォン? こんな見た目だけしか脳のない家事無能力者を、栄光に輝く私の珍獣コレクションに加えようなどと、貴男には珍獣筆頭としての誇りはないのですか?」
反応に困った。
見た目だけの家事無能力者と言われれば、確かに返す言葉はない。
だが、珍獣が栄光に輝くだろうかという疑問がある。
更に、レイフォンが珍獣筆頭だというのだ。
これはどう判断すべきだろうかと考える。
「ああ。取り敢えずお茶をもらえるだろうか? 少々座ってゆっくりと考えたい事柄があってね」
「なんて言う家事無能力ぶり。やはり貴男など珍獣に相応しくありませんね」
そう言いつつ、レイフォンにお茶の準備をしろと命じるフェリを眺めつつ、カリアンは思うのだ。
もしかしたらフェリは、取り返しの付かないところへと突き進んでいるのではないかと。
だが、答えはゆっくりと出して問題無いはずだ。
レイフォンが設置してくれたソファーに座り、レイフォンがもってきたお茶を飲みつつ、レイフォンがもってきてくれたお菓子をつまみつつ、考えることとした。
目の前には、四人のレイフォンに傅かれたフェリがいるが、今は考えることこそが重要だと意識を切り替える。
記念女子寮のキッチンに据えられた椅子に座り込みつつ、リーリンは昨日の顛末を、エプロンを装着して作業しているウォリアスへと話して聞かせていた。
今日、ロス家の家事担当はレイフォンなので一息付けているのだ。
とは言え、昼食時の弁当はリーリンが作成したし、同様にお菓子はメイシェンが作成した。
全く何もしていないというわけではないのだが、流石に夕食を作る気力にはやや欠けてしまった。
と言う事で、戦略・戦術研究室に籠もりがちなウォリアスを引きずってきて、半分ほど強制的に女子寮の夕食を作らせているのだ。
「てな事があったのよ」
「それは災難だったね」
何故こうも消耗しているのかを話している最中にも、なにやらウォリアスの持ってきた小麦粉が練り上げられ、発酵が行われているが、何でも全粒粉とか言うダイエットに効果的らしい小麦粉だと聞いた。
もちろん、明日の朝食べるパンになる小麦粉だ。
全粒粉について詳しく聞きたかったのだが、一体どれだけの蘊蓄を語られるか分からないので、興味はあったが細かいことを聞くことははばかられた。
これ以上の精神攻撃には耐えられないのだ。
「フェリ先輩も、やはりロス家の人間だねぇ」
「そうよねぇ。生徒会長だけが腹黒いのかと思ったけれど、邪悪な黒神官、ダークフェリも相当に黒かった物ね」
「・・・・・・・」
フェリの名前を出したところで、ウォリアスの行動が一時停止。
今は一通りの作業が終了して、白いカレーだか辛いシチューだかが鍋の中で煮られている。
鶏肉とにんじんや芋と言ったオーソドックスな内容だが、なにやら後一手間かけるつもりのようでほうれん草をゆでていたのだ。
そのウォリアスが、ゆで上がったほうれん草を、細かく切っている手を止めて、リーリンの方を見る。
「ダークフェリ?」
「違うわ。邪悪な黒神官、ダークフェリ」
「そう言う問題なの?」
「ええ。あの時の恐ろしさはまだ表現できていないと思うわ」
そう。邪悪なのだ。
ただ料理を見せられているだけなはずなのに、あんな恐ろしいことをされて平然としていられる人間など、そうそういるものでは無いのだ。
そして、リーリンの表現能力では、これ以上の言葉が思い浮かばないのだ。
何よりも恐ろしいのは。
「何しろ私達二人も、珍獣にされてしまったのだから」
「ああ。それは確かに邪悪だね。でも」
「でも?」
ふと、視線がほうれん草へと戻されたが、手は止まったままだ。
なにやらウォリアスからも邪悪なオーラが立ち上っているような気がするが、もはや気にしてはいられない。
「珍獣って、一夫多妻なのかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
小さく呟かれた言葉に、思考が一瞬停止する。
人権を剥奪されて珍獣に貶められたが、もしかしたら、それは悪いことではないのかも知れない。
フォンフォンに妻を複数養うだけの甲斐性があるかどうか、非常に疑問ではあるのだが、それでも選択肢が増えると言う事は悪いことではない。
だが、リーリンのその思考を妨げるように、ウォリアスは元の話題へと戻ってしまった。
リーリンのこの思考こそが狙いだったのかも知れない。
そう。珍獣も悪くないかも知れない、と。
「話を聞くと、もっとこう、邪悪な暗黒神にて、永遠の美少女たるロード・オブ・ダークフェリって感じだけれど」
「暗黒神?」
テーブルに突っ伏していた顔を少し上げて、ウォリアスを見る。
今の、人間を止めかねない思考はそのままにして。
細い瞳は相変わらずだが、なにやら非常に納得したような雰囲気が漂っているような気がするのは、気のせいではない。
「だってさ。邪悪な暗黒神にて、永遠の美少女たるロード・オブ・ダークフェリへの、生け贄になりたいって人が出てきそうじゃない」
「ああ。成る程。そっちの方が良いわね」
流石ウォリアスであると感心する。
これくらいでないと、あの時のフェリを表現できないだろうと思うのだ。
そして、フェリへの生け贄になりたいと希望する人間は、きっと後を絶たないだろう事も予測できる。
ならば、神官ではなく神であった方が何かと都合がよいだろう。
納得してしまったリーリンは問題無いが、横で会話を聞いているだけの同居人であるセリナは少々困った表情をしている。
まあ、だいぶ病んだ内容の会話だから仕方が無いだろう。
そして、手を止めていたウォリアスが作業を再開。
細かく切り刻んだほうれん草が、ミキサーへとまとめて放り込まれて、ほうれん草ジュースが作られる。
そして、そのほうれん草ジュースを、あろう事か完成間近のシチューだかカレーだかに流し込んだ。
思わず驚愕と共に質問する。
「それって、なに?」
「うん? ほうれん草と鶏肉のカレー」
お玉で中身を掻き回しつつそう答えてくれたウォリアスの瞳は、自信に満ちあふれているように見える。
だが、ほうれん草ジュースを入れた以上、緑色のカレーになってしまう。
そこに浮かぶ野菜と鶏肉の数々。
食卓に並んだ時、少々衝撃を受けてしまいそうだ。
「それで、最終的に三体の珍獣が出現したわけだね」
「ええ。私も珍獣になってしまった訳よね」
「流石、邪悪な暗黒神にて、永遠の美少女たるロード・オブ・ダークフェリだね」
「ええ。邪悪な暗黒神にて、永遠の美少女たるロード・オブ・ダークフェリにかかれば、ツェルニ全生徒が珍獣化してしまうかも知れないわ」
「いや。それは無いよ。珍獣は名誉の称号らしいじゃない」
「ああ。そう言えばカリアン会長は珍獣にはなれなかったわね」
そう考えると、珍獣となるためには家事能力が絶対に必要と言う事になる。
そして、もっと重要なのはもちろん名前だ。
連呼して様にならなければ、珍獣となることが出来ないのだ。
ならば、他に珍獣候補がいるかどうかと考え始めたリーリンに、控えめな声がかかった。
寮長を務めるセリナである。
「ねえ。その会話止めない? 聞いていると痛々しいのよ」
「大丈夫ですセリナ先輩。私はもう痛みには慣れましたから」
「私が痛いのだけれど?」
「慣れれば気持ちいいかも知れませんよ?」
無理な注文を付けつつ、ウォリアスの作っている物に興味津々だ。
どんな味になるかというのもあるが、その作り方を覚えてみたいのだ。
グレンダンに帰って、デルクやリチャードに食べさせた時の反応が、非常に楽しみである。
その視線を感じたのか、ウォリアスがこちらを向いた。
味見をするためだろう小皿に、僅かに白くなった緑色の液体を入れながら。
「味見する?」
「ええ」
「私も味見するわ」
当然では有るが、会話を聞くことに疲れたセリナも参加する。
実を言うと、リーリンもこの会話に少々疲れ始めていたのだ。
変化はどんな物でも大歓迎である。
「へえ?」
「あら?」
そして、二つの小皿に乗せられた緑色の液体を味わい、少しだけ感心してしまった。
少々のえぐみはある物の、奥行きのある苦味と僅かな酸味は結構美味しいと思うのだ。
これは是非とも作り方を聞き出さなければならない。
「ねえねえ」
「はい?」
だが、先に行動したのはセリナだった。
なにやら瞳に情熱を湛え、ウォリアスへと詰め寄る。
「ここに住まない?」
「一応僕は男ですが?」
「大丈夫よ。髪を縛っている紐をリボンにすれば、誰も気が付かないから」
「いやいや。気が付きますから普通」
以前レイフォンにも似たようなことを言っていた。
そして、リーリンもセリナの意見に賛成である。
別段、家事は面倒ではないのだが、邪悪な暗黒神にて、永遠の美少女たるロード・オブ・ダークフェリのために料理をすることを考えると、手伝いは多い方が断然良いのだ。
「あれ?」
だが、標的となっているウォリアスの視線が、キッチンの窓の一つを捉えたことで、事態は急変を迎えることとなった。
そしてリーリンも見てしまった。
桜の花びらのような念威端子が、なにやら嬉しげにこちらを見ているところを。
「取り返しの付かないことをしてしまったのかも知れない」
「ええ。明日からツェルニは、邪悪な暗黒神にて、永遠の美少女たるロード・オブ・ダークフェリの支配下に置かれることとなるわ」
「だからその会話は止めて」
泣きの入ったセリナには悪いのだが、これはもう殆ど実行されてしまった事実なのだ。
何しろ邪悪な暗黒神にて、永遠の美少女たるロード・オブ・ダークフェリには、ツェルニ最強武芸者にして、珍獣筆頭たるフォンフォンが付いているのだ。
きっと、ツェルニの黒歴史が明日から始まる。
その頃、珍獣筆頭となったフォンフォンはフェリの食事の準備をしていた。
だが、突如としてフェリがニヤリと笑い、そしてレイフォンの方をご覧になった。
「あ、あのふぇり?」
「違います」
そう言いつつ、なにやらメモ用紙に書き連ねている。
それを渡されたレイフォンは絶句した。
なにやら、とても長い名前らしき物が書いてあったのだ。
そして、フェリの視線がとてもイタイ。
「あの、ふぇりせ、あう。邪悪な暗黒神にて、永遠にして超絶な美少女たるロード・オブ・ダークフェリ」
「なんでしょう? ヘタレなのに最強にして、珍獣筆頭たる第一使徒フォンフォン?」
どうやらこのフレーズがお気に入りのようだ。
だが、レイフォンには限界という物があるのだ。
「普通に会った時にも、こう呼ばないといけないのでしょうか?」
「それは流石に面倒ですね。私達の時にだけ有効としましょう。非常に残念ですが」
何か、誰かやったようだ。
その結果、非常に痛々しい名前でフェリを呼ばなければならなくなってしまったのだ。
珍獣仲間である、メイシェンやリーリンにもおそらくこの呼び方を強要するのだろう。
なんだか、今すぐヨルテムに逃げ帰りたい気分だ。
「ですが、何時かは全世界を私の支配下に置き、この私! 邪悪な暗黒神にて、永遠にして超絶な美少女たるロード・オブ・ダークフェリが君臨するのです」
「う、うあ」
「うふふふふふふふふふ。恐れ敬いなさい愚民共。崇め奉り供物としてお菓子を捧げるのです。この私!! 邪悪な暗黒神にて、永遠にして超絶な美少女たるロード・オブ・ダークフェリに対して」
なにやら壁に向かって呟いているフェリから、強引に視線をそらせる。
とても痛くて見ていられないのだ。
「ああ。この身を切り刻まれる痛みが快感となる感覚。いいえ。魂が粉砕されるような痛みが快感となって」
更にヒートアップするフェリから、少しずつ遠ざかる。
巻き込まれたら最後、レイフォンに生きていることは出来ないのだ。
「さあ! ヘタレなのに最強にして、珍獣筆頭たる第一使徒フォンフォン! 何時かグレンダンをもその支配下に置くために、貴男の力が必要なのです!! 早くご飯の用意をしなさい」
「何処に関係があるんですかぁぁぁぁ!!」
グレンダンを料理で支配するわけでもないはずだが、兎に角レイフォンはフェリの夕飯作りを再開した。
それ以外に、自分を維持する方法がなかったから。
ほうれん草と鶏肉のカレー。
数年前にカレー専門店で、おもしろ半分で注文した品物。
いきなり出てきたやや白みを帯びた緑色のカレーに、思わず一瞬引いた記憶がある。
味自体は悪くなかったので、ごくたまに食べに行っているという一品である。
後書きに代えて。
はい。レギオス十九巻目発売の前祝いに、一品をお送りしました。
ちなみに、これは三部作の一話目に当たります。二話目と三話目は第六話中に紛れ込ませるつもりです。
えっと。この話、前半は予定通りなんですが、後半はなんかこう何か間違ってしまったような感じです。
リーリンがぼやきつつウォリアスが料理を作りつつ、蘊蓄を垂れ流されてセリナが泣いてしまうと言うのが、本来の後半の構成でした。
何故こうなってしまったのか全く不明です。
もしかしたら、俺の頭の中にオーロラ粒子が住み着いてしまっているのではないかと、そんなイタイ事を考えている今日この頃。
始めのとこでも書きましたが、この話は復活の時本編とは全く関係がありません。
ネタ的に出てくることはあるかも知れませんが、邪悪な暗黒神にて、永遠にして超絶な美少女たるロード・オブ・ダークフェリと言うフレーズは書くのが面倒なので二度と出てきませんのであしからず。
では最後に、この言葉で締めくくりたいと思います。
ツェルニの黒歴史がまた一頁。