前日の講義の後、小隊員達は異常な熱気に包まれていた。
一晩寝て、冷静になって講義の内容を理解し始めたのだ。
自分達がいるのは、死に満ちあふれた危険な世界であると。
そして、エアフィルターのすぐ外に広がっているのは死の世界そのものであり、そこで戦わなければならないのだと。
だからだろうが、小隊員で剄息をしていない人間は一人もいなかった。
自分が死なないために、誰かを殺さないために。
それはニーナも同じだが、違うところもいくつかある。
現在ニーナの小隊は定員割れを起こしているのだ。
当然、汚染獣特措法によってレイフォンが引き抜かれたからだ。
だが、野戦グランドが修復のため使えなくなったという連絡があったために、小隊対抗戦は行われていない現在、対した影響はない。
影響はないのだが。
「なんだこれは」
剄脈を酷使していたために、一晩入院していたために詳しいことは分からないが、目の前にある光景は明らかに異常だ。
その修復されている野戦グラウンドを見て、ニーナは呆然と呟くことしかできないほどだ。
大きく大地が抉られているのは良いとしよう。
ヴァンゼの全力攻撃でなら、これくらいのことは出来る。
人工的に作られていた山や谷が、粉砕されているのも良いだろう。
対抗戦でも激しい時には似たようなことが起こる。
だが、最も恐ろしいのは。
「これって、どうやって切ったんだろうな?」
暇で付いてきているシャーニッドが、好奇心半分恐怖半分と言った面持ちで呟く。
ニーナは既に絶句している。
そしてその視線の先にあるのは、かなり堅いはずの岩が綺麗な賽の目に切られているという、恐るべき光景だ。
それも鋼糸によるものでは無い。
明らかに刀剣による斬撃によって、これ以上ないくらいに綺麗に切り裂かれているのだ。
こんなことが出来る小隊員はいないはずだ。
レイフォンを除いて。
「これが、レイフォンの実力なのか」
呟く。
鉄鞭という打撃武器では当然こんなことは出来ないが、それでも岩に刻まれている切り口はあくまでも滑らかであり、そして角は刃物を思わせるほどに鋭角的だ。
これをもし人間相手にやったのならば、恐らく切られた人間は自分が死んだことにさえ気が付かないだろう。
そう思える程までに凄まじい切り口だった。
「レイフォンが新型錬金鋼の切れ味を確かめるとか言ってな、軽くぶった切っていった」
その声に振り向くと、レイフォンと同じサイハーデンを使う武芸者、イージェがいた。
いるのは別段問題無い。
そもそも、技の錆落としをすると言う事で、散々レイフォンと組み手や訓練をしていたのだ。
野戦グラウンドを破壊するのにも貢献しただろうことは疑いない。
だが、その姿はあまりにも異常だった。
「どうしたんだよ?」
「ああ? 実戦形式の組み手をやったらこうなった」
気楽さを装いつつ表情が引きつっているシャーニッドが、何時も通り年齢のことなどお構いなしにタメ口で質問を発した。
全身に痛々しい包帯が巻かれ、左腕は首から釣られているイージェへと。
更に顔にはいくつも青あざが残っているという、まさに満身創痍と言った感じだ。
サイハーデンは刀術と言う事になっているが、補助的に徒手空拳の技もあると言うから、腕が折れていたりあざがあったりするのは問題無い。
だが、気になるのは実はイージェの方ではないのだ。
「レイフォンは無事なのでしょうね?」
ここまで激しい組み手をやってしまっては、レイフォンだって怪我をしているかも知れない。
これから汚染獣戦を控えているはずだというのに、怪我をしているかも知れないレイフォンの心配をしたのだが。
「あれが俺相手に怪我なんかするかよ」
非常に疲れた声で答えられた。
聞いた話ではヴァンゼと手合わせをして、一方的な勝利を収めたという熟達の武芸者が、レイフォン相手に一方的にやられてしまった。
今ニーナとヴァンゼが戦えば、一方的に叩きのめされるのはニーナだろう。
そこから考えられる力関係を思っただけで、思わずまた絶望したくなってしまった。
「化け物だとは思っていたが、あそこまでとは思わなかった」
呟くイージェは完璧に疲れ切っている。
どれほどの高見にレイフォンがいるのか、それが全く分からないほどの実力差を、どうにか縮めなければならない。
剄息を続けることは当然として、他に何が出来るだろうかと考える。
そして思いついた。
強い奴と戦えばいいのだと。
幸いにしてヴァンゼやオスカー、ゴルネオにイージェという実力者が身の回りにいるのだ。
これを最大限利用しなければならない。
「今お前、とんでもないこと考えただろう」
何を考えたのかを察したらしいイージェが、嫌そうな顔をしているが我慢してもらうしかない。
そもそもイージェは。
「戦うことが好きだと聞いていますが?」
「戦うことは好きだが、怪我している時は休んでいる方が好きだ」
当然と言えば当然の反応が返ってきた。
当然今すぐに組み手とか言うつもりはない。
だが、道を見つけることは出来たと思う。
後はどうやってそれを進むかだ。
そして、今ニーナも万全の状態ではない。
休んで身体を治さなければならない。
ここでもやはり、無理な自己鍛錬の影響が出ている。
「まあ、私も今は戦える状況ではありませんから」
「ああ。お互い帰って寝るとしようぜ。丸二日経っているはずなのに、体中痛え」
ならば大人しくしていればいいと思うのだが、そこがイージェという人間のおかしなところなのだろうと思う。
だが、家へ帰って寝ようという提案には賛成だ。
一晩入院したお陰でだいぶ身体は動くようになったが、節々が痛いことには変わりがない。
ランドローラーから降りたレイフォンは、それを見詰めた。
山の斜面に寝そべるように蜷局を巻いているのは、巨大な汚染獣だ。
脚の痕跡が全く存在せず、明らかに老性体であることを物語っている。
だが、甲殻は非常に干涸らびて所々にひびが入っている。
死骸にしか見えないと思うのだが、目の前から伝わってくる存在感がそれを全力で否定している。
思わず逃げてしまいたくなるほどの、壮絶な存在感を発するそれが、単なる死骸であるはずがない。
ヘルメット越しの空気を吸い込み、そして盛大に吐き出す。
『どうしました?』
そんなレイフォンの状況を見てフェリが声をかけてきた。
やる気がないと思ったのか、それとも心配してくれているのか。
「本当に恐ろしいのは、今回の相手のように、二期以降の老性体です」
『何を言っているのですか?』
既にカリアンやヴァンゼには伝えてあることなので、今更何を言っているのか分からないのだろう。
だが、それを無視して先を続ける。
「二期以降の老性体は一個体ごとにそれぞれ違う進化を見せます。中には天剣授受者数名でかからなければならないと言う非常識なのもいましたし、雄性体二期よりも物理的には弱いのもいました。そう言う場合には違う方向の戦力を持っていましたけれど」
『だから、何を言っているのですか?』
「遺言になるかも知れない言葉です」
死ぬつもりはないが、死んでしまうことは覚悟している。
戦場に立つと言う事はそう言うことだ。
ツェルニというか、メイシェン達の元へ帰りたいという気持ちはあるが、それはレイフォンの都合であって、世界的な都合ではないし、汚染獣には全く関係のないことだ。
だからこそ、覚悟を決める。
死ぬ覚悟ではなく、どんな事をしてでも汚染獣を倒して帰るという覚悟を。
そして、錬金鋼を引き抜き、指定された順序でスティック上の部品を差し込む。
「レストレーションAD」
復元鍵語を呟き剄を通す。
途端に巨大な刀が復元された。
天剣と比べるとどうしても見劣りしてしまうが、それでも他の錬金鋼と比べて、遙かに丈夫で剄を流せる。
今のレイフォンはこれに頼るしか無い。
同時に青石錬金鋼も鋼糸として復元する。
両方の柄頭を合わせて一体化させる。
そして、準備が完了したことを見計らっていたように、甲殻に入っていたひびが見る間に数を増やし山を崩しつつそれが目覚めた。
やはりというか当然というか、脱皮で消費したエネルギーを補うために餌が近付くのをギリギリまで待っていたようだ。
その外見を見て、相手の戦力を予測する。
もちろん、それは実際に戦いつつ修正される。
まず外見から分かることは、予測していたよりも小さいと言う事だ。
寸胴に見えるその胴体を、複数の脚が支えている。
翔は退化してしまっていて、その痕跡を背中に残すのみとなっている。
その代わりというか、脚は非常に堅牢そうで、かなりの速度で走ることが出来るだろう。
そして何よりも頭のすぐ後ろ、人間で言えば肩の辺りから、二対の腕らしい物が伸びている。
身体の長さに比べて異常に長いその腕の先に、巨大な曲線を描く刃物のような物が付いている。
相手を切断することを前提にしているようだ。
間合いが長く、そして二対四本の腕は非常に脅威だ。
「厄介だな」
呟きつつ剄を練り上げる。
まず何よりも、その移動手段を奪わなければならない。
だが、脚の数が多い。
軽く十対はある。
移動能力を奪うとなれば、最低限その半分を機能不全に、つまり斬り飛ばさなければならない。
幼生体と比べるのが馬鹿らしいほどに強靱な、老性体の甲殻を相手に十対はある脚を斬り飛ばすとなれば、考えただけでもかなりもの凄い労力になる。
だが、まだレイフォンの事に気が付いていないようだ。
先制攻撃で一本でも斬り落とせれば、それだけ有利になる。
『フォンフォン』
「何ですか?」
戦闘に向けて精神のスイッチを切り替えたレイフォンの声は、自分で分かるほどに冷たく乾燥していた。
戦うために不要な物は、全て切り捨てたためだ。
『ツェルニが進路を変えました。急激な方向転換のせいで怪我人が出たと思えるほどにです』
「それはそうでしょうね」
老性体二期なんて物を間近で発見した、通常のレギオスならば全力で逃げるのに決まっている。
だが、それが無駄な足掻きであることもレイフォンには分かっていた。
『逃げて下さい』
「無理ですね」
目の前の老性体は、ツェルニが完璧に射程距離に入るまで待っていたはずだ。
どんなに急いでもツェルニは逃げ切ることが出来ない、その距離まで。
ならば、ここで倒さなければ被害が出てしまう。
「さあ、始めようか」
まだこちらに気が付いていない老性体の足元に、水鏡渡りで突っ込み、四つの節でもって構成されている脚、その構造一番下の間接に大量の剄を込めた複合錬金鋼の根本付近を押し当て、一気に挽き斬る。
接地部分を見事に斬り飛ばせたが、ただそれだけだ。
二十本ある脚の一本が切り飛ばされても、実際には何の問題も無いだろうが、痛みが無いというわけではないようだ。
天地を引き裂くほどの絶叫を上げつつ、老性体がレイフォンを認識する。
取り敢えず時間を稼ぐことが出来たようだ。
後は、少しずつ削って行き最終的に始末を付ければいい。
言うのは簡単だが、やるのは結構難しい。
「餓死するまでにどのくらいかかる? 一週間か一月か? お前は諦めないだろうから付き合ってやるよ」
生きることを諦めるなどと言うことはない。
それはレイフォンも同じだ。
ならば、どちらの方がより強く生きたいと思うかにかかっている。
戦いは今始まったばかりだ。
ニーナが寮に帰り着くと、異常な物が待ち構えていた。
いや。別段狼のお面を被った集団が宴会を開いていたとか、赤毛で長身な武芸者が冷蔵庫を漁っていたというわけではない。
出迎えたのは何時もここに住んでいるリーリン。
別段それ自体は問題無いが、その視線は有無を言わさない凄まじい鋭さを持っている。
何よりもその身体に纏う空気が、ニーナをたじろがせている。
「な、何かあったのか?」
どもってしまったが、何とか後ずさらないようにこらえる。
そして、リーリンの後ろ側には、疲労困憊し尽くしたレウまで見える。
何かあったことは間違いないが、何が起こっているか全く分からない。
「ニーナ」
「は、はい!」
呼ばれたので思わず直立不動の姿勢になる。
今のリーリンに逆らってはいけないのだ。
「レイフォンの話題は厳禁です」
「厳禁でありますか」
「ええ。絶対に一言言う事はおろか、レイフォンを想像させることも厳禁です」
なんだか猛烈に凄まじいことになっているようだ。
ふと気が付けば、リーリンの目の下に隈が出来ていた。
レウだけではなくリーリンも相当消耗しているようだ。
何故そんな事になっているのかと考える。
「まさか」
既にレイフォンが出撃していると考えれば、リーリンの態度に納得が行く。
そして恐らく、メイシェンがここに居るのだという予測も出来る。
いや。メイシェンがここに居るからこそリーリンは消耗しているのだろうし、レイフォン絡みの話題は厳禁なのだろう。
そして、こっそりとリビングを覗いてみると、案の定メイシェンがいた。
当然のようにミィフィが側にいるし、ついでのようにセリナも隣に座ってなにやら話しかけている。
戦力の出し惜しみは無しな状態だ。
やはり出撃した後だったようだ。
「ねえメイシェン。一口だけで良いから、これ飲んでくれないかな」
ゼリー飲料のパッケージを持ったセリナが、何とか栄養剤を飲ませようと働きかけているが、それが功を奏したようにはとても見えない。
そして小さく首が横に振られる。
「ずっとあんな感じなのか?」
「ええ。変な言い方だけれど、私はレイフォンが戦場にいることが日常になっているのよ」
心配していないというわけではないのだろうが、それでも付き合い方を心得ているからこそ平静を保てるのだろう。
だが、今のメイシェンにそれを求めることはかなり難しいだろう。
だが、武芸者の側にいると言う事は、常に危険にさらされる家族や友人を作ると言う事なのだ。
その覚悟がなかったために、今のメイシェンは酷く憔悴しているのだろう。
ニーナの冷静な部分がそう告げているのだが、あの姿を見て平然としていられる人間が、そうそういるとは思えないのも事実だ。
そして理解した。
レイフォンが戦うことを拒否している理由を。
「私は、無力なのか?」
レイフォンのために何かしたいと思う。
だが、一緒に戦うことは恐らく出来ない。
その戦いを支えることも、恐らく出来ない。
たった一人で戦いに出ているレイフォンの力になり、そして無事にここに帰ってくるために力を貸したい。
そう思うが、力がないのだ。
だが、そんなニーナの思考を打ち壊すようにいきなり地面が揺れた。
いや。都市が揺れたのだ。
「っきゃ!」
リビングの方からいくつかの悲鳴が聞こえた。
ソファーに座っていてもかなり激しく揺れたのを感じたのだろう。
そして、リビングの外にいたリーリンとレウは更に激しく揺さぶられた。
何とか転ぶことは避けられたが、大きく姿勢を崩してしまっていた。
当然ニーナは殆ど体勢を崩さずに済んだが、問題は悲鳴を上げたり転びかけたりした人間ではない。
沈黙を保っているメイシェンだ。
こっそりと覗いたリビングのソファーに座っているメイシェンは、血の気が引いた青白い顔を強ばらせて、じっと床を見詰めている。
それは、ついさっきまでの緊張や不安恐怖が、更に量と重さを増したことが分かる表情と空気だ。
そして見詰めているのは、恐らく都市が踏みしめる大地だろう。
汚染され、汚染獣という脅威が存在しているこの世界そのものに敵意を持っているのかも知れない。
そして気が付く。
ツェルニが何故それ程激しく揺れたのか。
それは汚染獣が目覚めたのを察知したからだ。
つまり、この瞬間レイフォンと汚染獣の戦闘が始まったと言う事だ。
それを理解しているからこそ、メイシェンがあれほど怯えたのだろう。
「こ、困った物ねツェルニにも!」
「そ、そうだそうだ。きちんと足元を見ないで歩いているから、石ころかなんかに躓くんだ」
ニーナとメイシェンがその結論に達したからこそ、他の三人もきちんと同じ事を考えた。
リーリンとミィフィが慌てて全く無実なはずの、と言うか頑張って脅威から逃げ回ってくれているはずのツェルニを悪者にして、メイシェンの恐怖を和らげようとしている。
完全に失敗しているとしか思えないほど、メイシェンの表情は硬く、歯を食いしばって涙をこらえているようにしか見えないが。
「ごめんなさい」
そして、血を吐くような声が聞こえた。
誰の声だったのか一瞬以上分からなかった。
それはあまりにも小さく、そして弱々しく、なによりもひび割れていたからだ。
「え、えっと?」
それがメイシェンの発した声であり、リーリンに向けられているらしいことが分かったのは、実に3秒の時間が経ってからだ。
まるで怖い物を見詰めるような視線が、リーリンを捉える。
まるで、妻子持ちの男性との浮気現場を発見された、大人しい女性が正妻を見詰めるような、そんな視線だ。
「な、なにをあやまっているの?」
メイシェンのそんな視線で見詰められたリーリンが、こちらも恐れおののきつつ問い返す。
どちらも相手を怖がっていると言う事が、浮気現場とは違うかも知れないが、問題はそんなところではない。
「リーリンも心配なのに、私ばかり」
ふとそこで気が付いた。
レイフォンを心配しているという一点において、メイシェンもリーリンも違いがないのだと。
恐怖で一杯一杯のメイシェンが気が付いているというのに、レイフォンの力になれないという自分の現状にだけ目が行ってしまっているニーナと、何という違いだろうかと驚愕する。
「へ、平気よそんな事。今まで何度もレイフォンは戦場に行ってそのたびに帰ってきたんだもの! レイフォンだったら絶対に帰ってくるって信じているもの!」
両の手で拳を作り、それを胸の前で固く握りしめるリーリンが言い切る。
グレンダンで散々実戦を経験したレイフォンだ。
リーリンとの間にきちんと信頼関係を築いていることは間違いない。
それを前面に押し出すことで、いくらかでもメイシェンの不安と恐怖を和らげようとしているのだろう事が分かるし、それ以外に有効な手があるとも思えない。
だが、何故かミィフィとセリナが慌てて胸の前でバツ印を作っているのに気が付いた。
メイシェンの後ろ側でやっているから、サインを送っているのはリーリンなのだろうと思うのだが、何故そんな事をやっているか全くニーナには分からない。
だが、リーリンはきちんと気が付いたようで、今までの消耗など関係ないとばかりに、その顔から血の気が引いて行く。
「あ、あう」
視線が全く関係のないレウの方を向くリーリンは、何故か必死に助けを求めているようだ。
しかし、助けを求められたレウも、処置無しとばかりに首を横に振ってしまう。
全くニーナには分からないが、本人達にはきっちりと理解されているから良いとしよう。
良くはないのだろうが、今重要なのは別なところだ。
メイシェンが必死に耐えているというのに、ニーナは何もしていない。
無力だと分かっていても、何かしなければならないと心に決めた。
決めたのならば行動あるのみだ。
踵を返してどう行動するかを考える。
何よりもまずやることはカリアンと会うことだ。
そして、暫く前に研究のためだとか言って巨大な錬金鋼を持ってきていたハーレイを問い詰めることだ。
状況から推察して、レイフォンは都市外での戦闘を行っている。
ならば、それなりの装備を調えなければならない。
どれくらい経ったのか全く分からないが、何度目の攻撃かも分からないが、それでもレイフォンは汚染獣の足に向かって集中的に斬撃を放ち続ける。
既に三本の足に何らかのダメージを与えたが、それでも老性体の戦闘力が劇的に低くなったというわけではない。
いや。むしろ怒りや苦痛で最初に比べて戦闘力は上がっていると考えても良いだろう。
四本の腕の先にある、湾曲した巨大な刃物を振り回しつつ、更に踏みつぶそうと残った足が襲いかかってくる。
その尽くを回避し続け、更に一歩間違えば錬金鋼が損傷を受けてしまいそうな甲殻に向かって、こつこつと斬撃を放つ。
鋼糸を翔の名残に絡めて、老性体の背中に着地したレイフォンは、振り落とそうと足掻いて暴れる背中から落ちない様に細心の注意を払いつつ、剄を乗せた巨大な刀を四本目の足の付け根、間接構造のために比較的弱くなっている場所に差し込む。
顎のような可動域の狭いところなら兎も角、足や肩などの大きく動く場所は比較的攻撃しやすい。
とは言え、幼生体と比べれば途方もなく難しいが、それでもレイフォンは的確に弱点を見つけて攻撃を打ち込んだ。
そしてふと思いだした。
今回二つだけ用意された特殊装備があることを。
重たい弁当箱と呼称される、縦横十センチ厚さ三センチ程度の、レイフォンの身体に合わせて湾曲している、金属製の平べったい箱を戦闘衣のポケットから取り出し、今作ったばかりの傷口へとねじ込んだ。
更に、複合錬金鋼の切っ先で奥深くに押しやる。
柄頭同士で接合された青石錬金鋼の鋼糸で、弁当箱なら蓋に当たる箇所にある安全ピンを引き抜く。
そして、安全ピンの側にある起爆スイッチを一回転させつつ甲殻を蹴って飛び退く。
次の瞬間、恐るべきことが起こった。
「でぇぇぇ!」
思わず空中での姿勢制御を一瞬放棄してしまうほど、凄まじい光景が展開されたのだ。
くぐもった爆発音と共に、白煙と緑色の体液をまき散らせつつ、足が一本根本からもげたのだ。
あまりの衝撃と痛みに、老性体が大地を転げ回って苦痛を表現している。
本来ならば、この隙だらけの瞬間に攻撃を撃ち込みたいところだが、あまりにも激しくのたうち回られているために近付くことが出来ない。
距離を開けてそれを観察しつつ思うのだ。
普通に攻撃していたのでは、脚一本を根本から奪うのにかなりの時間と体力がかかったにもかかわらず、重たい弁当箱はそれをたった一撃でやってのけたのだ。
ウォリアスが言うには、鉱山でも使われている高性能な爆薬だという話だったが、まさかこれほど凄まじいとは思いもよらなかった。
もっと数を用意出来れば、この戦いはずっと楽な物になっていたに違いない。
そうは思っても、ツェルニのミサイルの一部を分解して爆薬を調達して、外装や起爆装置を作り上げたために間に合ったのはレイフォンが持っている二つだけだ。
極めて破壊力のある武器ではあるが、使いどころが難しいのも事実だ。
残り一個。
機を見て使わなければならない。
出来れば残り一個で始末を付けたいところだが、その場合、頭蓋骨の中に直接ねじ込んで脳を破壊しなければならない。
今の状況ではそれは無理なのだ。
何しろ老性体はまだ体力を十分に残している。
再生する間に餓死するかも知れないが、それはずいぶん先の話になる。
ならば、レイフォンが出来ることはこつこつとダメージを与えて行き、決定打を打ち込める状況を作ることだけだ。
まだ戦いは続く。