第十七小隊の二回目の試合が始まる会場を見下ろしつつ、ナルキはかなり興味深くウォリアスを眺めていた。
既に一試合終わった会場は、縦横二百五十メルトルの起伏に富んだ地形に、第十七小隊側がせっせと罠を張っている姿を遠くから見る事が出来る。
当然相手の第十四小隊にこの情報は一切伝えられない。
そして観客席に座っている生徒達も、一週間前と比べてさえ、対抗試合を熱烈な視線で見詰めている。
つい最近幼生体の襲撃を受けたツェルニだが、その傷は既に殆ど分からないほど修復され、怪我人も完全に回復しているために試合会場は凄い熱気なのだ。
観客の殆どが、ツェルニを守った英雄を見ようとみんな集まってきているのだ。
その気持ちに問題が有る訳ではない。
ただ、本当にツェルニを守る事が出来たのはレイフォンただ一人だけで、後の武芸者はナルキを含めておまけでしかない。
その事実を知っているのは、ツェルニ全生徒中で十人程度だろうと思うが、当然公表することは出来ない。
それは、武芸科全員よりもたった一人が強いことを知らしめると言う事で、パニックに発展する危険性をはらんでしまっているからだ。
そんな中ウォリアスは何かレイフォンについて、新しい発見をしたようで数日前までなにやら考え込んでいた。
誰かに何かを言う訳でもなく、何を発見したのかは皆目見当も付かないが、今日この瞬間もやや精彩を欠いている有様だ。
だからという訳ではないのだが、兎に角話しかけてみる事にした。
一緒にいるのは何時ものメンバーとイージェにエド。
エドはなんだかイージェが人数あわせだとか言って引っ張ってきてたのだが、どんな人数あわせなのかは誰にも分からないようだ。
「どう思うウッチン? 十七小隊は勝てると思うか?」
「ああ? 五回やれば一度くらいは第十七小隊が勝つと思う」
「そ、そうなのか? レイとんがいても?」
「レイフォンがいても変わらないよ」
前回の第十六小隊戦の時は、レイフォンの隙を突いた攻撃をきっかけに勝っているのだが、やはり今回は対策を立てられているのだろう。
どんな対策を立てたかは全く分からないが、何の用意も無しに試合に臨むなどと言う事はまず考えられない。
当然第十七小隊の方もそれは分かっているはずだから、ある程度の作戦を考えているのに違いないと思うのだが。
「人数が足らないというのは、戦う前に劣勢に立っている事だからね」
「そ、そうなのか?」
「ああ。レイフォンが無制限で戦えば違ってくるけれどね」
「それは反則だ」
エドが側にいるからあからさまな事は言えないが、それでもこのくらいは大丈夫だろうと思って口にする。
その認識はウォリアスも同じらしく、何のおとがめも無しに話が続く。
そもそもレイフォンの実力絡みの話が拙かったら、ウォリアスの方から振ってくると言う事はないだろうし。
「基本的にレイフォンは強いから、それを最初に無力化するよね?」
「ああ。他に手を出されないように、どっかで足止めするな」
そのくらいは分かる。
レイフォンを自由にしておいたのでは、何時後ろから襲われるか分からない。
ならば撃破出来ないにしても、誰かが足止めしておいた方が良いのに違いない。
第十六小隊も足止めはしていたが、担当していたのがたった一人だったためにレイフォンに撃破されてしまった。
これは当時の第十六小隊が五人で編成されていたため、仕方のない選択だったのだろうが、それこそが前回の勝敗を分けたのは明らかだ。
ならば、今回はもう少し数が多いか、あるいは慎重の上にも慎重を重ねるかのどちらかだろう。
「でだ。第十四小隊の編成は、前衛四支援二念威繰者一だよね?」
「ああ。七人まで戦線に投入出来るからな」
小隊員候補者も入れるともっと多いのだが、正式な隊員でなければ対抗試合に出す事は出来ない。
そして、正式な小隊構成員の最大人数が七名なのだ。
そして殆どの小隊が試合を行う時に、この七人全てを投入している。
正確に言うならば、最近第十六小隊が隊員を増やしたために、第十七小隊のみが最低人員の四人で試合を行っている。
「ならば、前衛三人でレイフォンを無力化すればいい」
「え、えっと。それだと手が足らないんじゃないか?」
確かにレイフォンは強敵だが、試合を行う上では自分に制限をかけているので、そこまでどうしようもない相手という訳ではない。
だと言うのに、念威繰者を除いた戦力の半分をレイフォン一人に振り向けてしまう。
戦力の集中と言えば聞こえは良いが、逆にレイフォンによって戦力の半分を無力化されているのに等しい。
結果として他に回す戦力が限られてしまう。
これはナンセンスだと思うのだが。
「前衛最後の一人で、アントーク先輩を無力化するとどうなると思う?」
「その時は」
計算上残る第十七小隊の戦力は、狙撃手のシャーニッドただ一人。
逆に第十四小隊側は、支援役が二人。
そして、どんな優秀な狙撃手でも、同時に二つの目標を撃つ事は出来ない。
ここで既に詰んでしまっている。
「僕なら間違いなくこの手を使うね」
「それは間違いない?」
ナルキが反応に困っていると、突如やたらに元気なミィフィが割って入って来た。
その瞳は獲物を見つけた肉食獣というか、おやつを見つけた子猫並に耀いていた。
そして何を期待しているのかも、おおよそ理解する事が出来た。
「僕が作戦を考えるんだったら、そう言う手を使うと言うだけだよ」
「にひひひひひ。それだけ聞けば十分」
「お、おい! な、なにを!」
そう言うが速いか、席を立ち何処かへと突っ走って行ってしまった。
なぜかエドを道連れにして。
ウォリアスの言う事が実際に起こったら、明日はミィフィのおごりで何か食べに行こうかなどと思うナルキは、少々警察官としては堕落し始めているのかも知れないと心配になってしまった。
「で。そうさせないためにはどうするんだ?」
「始めの方で言いましたけれど、数をそろえられないというのはそれだけで劣勢なんですよ」
変わって話し出したのはイージェだ。
賭に行くでもなく、第十七小隊が罠を仕掛けるのをじっと見守っている。
興味津々という訳でもなく、ひたすら暇だから見ていると言った感じだ。
話しかけたのも多分暇だからだろう。
「それでも何か作戦はあるんだろう?」
「念威繰者がきちんと働くのだったら、機動防御や攻勢防御という手がありますから、十分に対抗出来ますけれど」
「ああ。なら手詰まりか」
念威繰者が働くというところで、一気に話が終了してしまった。
フェリが前向きになってその才能を最大限発揮する。
それは今日いきなりツェルニが爆発四散すると言う事以上にない話だ。
ナルキがそう思うのだから、イージェが同じように考えても何ら不思議はない。
それでも他に何かあるのではないかと、ウォリアスに熱い視線が注がれている。
リーリンとメイシェンから。
「い、いやね。アントーク先輩がシャーニッド先輩の支援攻撃を受けられる位置に、相手の前衛を誘導出来れば話は違うけれど。後はレイフォンとアントーク先輩が一緒に戦うとか」
その二人の視線に負けたように、ウォリアスが少しだけ違う予測を立てる。
前の方は割と良い作戦のように見える。
だが問題はきちんと存在している。
ニーナが注意を引いてシャーニッドが止めを刺す。
その逆でも良いが、兎に角確実な連携が必要不可欠と言う事になった。
これも今の第十七小隊には望むべくも無い。
あるいは、ニーナとレイフォンが一緒にいることで敵の戦力も集中せざるおえなくなる。
乱戦になったら隙を突くことも出来るだろうから、第十七小隊に勝ち目が出てくるかも知れない。
この辺を理解していれば試合は非常に面白くなるだろうが、問題はニーナにそれだけの戦術立案能力があるかと言う事だが、前の試合を見る限りにおいてそれはあまり期待出来ない。
となると相手の連携が失敗したとか、不測の事態がなければ第十七小隊の敗北は間違いない。
五回に一回と言ったのはその辺を計算しての事だろう。
ナルキが考えても、それはかなり楽観的な数字だと思うのだが。
だが、ニーナが相手をする事になる前衛が十四小隊の隊長だったら話は全く違ってくる。
防衛側の十七小隊はフラッグを破壊されるか全滅しなければ負けないが、攻めの十四小隊は隊長が倒されたら試合終了なのだ。
ならばニーナが頑張ってシャーニッドの射線に十四小隊の隊長である、シンを誘い込めれば十分に勝ち目はあるはずだ。
「やると思うか?」
「そんな事が出来るんだったら、勝率は半々になってます」
そう答えたウォリアスは、少々複雑そうな表情をした。
わかりきっているはずの対応を取らないと予測出来てしまうニーナに、失望しているのかも知れないし、それに付き合わなければならないレイフォン達に同情しているのかも知れない。
そして、ミィフィとエドが帰ってくる頃になって試合は始まり、ウォリアスの予想通りの展開になってしまった。
レイフォンの朝はたいがいにして寝不足だ。
夜間の機関部清掃をしている以上当然なのだが、それでも今朝はかなり酷い眠気に襲われていた。
正確に言うならば、久しぶりに一緒になったニーナが振りまく雰囲気が、非常に重かったからだ。
試合に負けた事を悔やんでいるのかも知れないと思うが、武芸大会に負けた訳でもないのだから気にする必要はないと思うのだ。
とは言え、とてもそんな事を言える雰囲気ではなかった。
それ程までにニーナは張り詰めていたのだ。
断じてレイフォンがヘタレだからと言う訳ではない。
と言う訳で、何時もと比べられないほどの精神的な緊張を強いられたせいで、非常に眠いのだ。
登校直後に机に突っ伏して、睡魔という泥沼にはまり込んでしまうくらいに。
この泥沼を自力で抜け出す事は、恐らく老性体と素手で戦って勝つよりも難しいだろう。
「おっはよう!」
「ぐは!」
だが、そんなレイフォンの敗戦を救ったのは、昨日の試合で大儲けしたらしいミィフィの放った一撃だった。
背中を直撃したそれは、全く無防備だったために心臓を一時的に止めてしまったほどだ。
そんなレイフォンの事などお構いなしに、朝からハイテンションなミィフィは、どんどんとレイフォンに攻撃を放ち続ける。
「なぁにぃ? まさかどっかの幼なじみと遊んでいて、殆ど寝ていないとか?」
「何でそこでリーリンが出てくるの?」
仕事の関係上殆ど寝ていないのはミィフィも知っているはずなのだが、なぜいきなりリーリンが出てくるか全く不明だ。
少し後ろでは、エドがなんだか猛烈に睨んでいるし。
そもそも、リーリンと遊んだとしてもきちんと睡眠時間は取れると思うのだが、やはりまだレイフォンは一般常識が足らないのかも知れない。
「にひひひひひ。なぜか教えてあげぇぇぇ!」
襟首を引っ張られて持ち上げられるミィフィと、レイフォンほどではないが朝から疲れ気味のナルキが視界に入ってきた。
もしかしたら都市警の夜勤明けなのかも知れないが、仕事明けにしては微妙に雰囲気が緩すぎる気がする。
まあ、ナルキの状況は一部不明だが、やや賑やかな感じのする授業前の、教室の中にあって尚、この一帯は更に輪をかけて騒がしいように思える。
何時も通りイージェも教室の後ろの方で、なにやらカメラを弄んでいるのもいい加減不思議だし。
レイフォンには知らないことが多くあるようだ。
それが分かっただけでも収穫だと思えばいいのだろうか?
「話が先に進まないから止めろよな」
「話って、なんか有ったっけ?」
不思議そうに辺りを見回すミィフィとは逆に、少し溜息をつくナルキ。
この二人のやりとりを見ていると、なにやら話題というか問題が有ることは間違いないようだ。
出来れば頭を使う類の問題でないことを願うだけだ。
だが、昨夜からレイフォンは凶運に付きまとわれているようで、ナルキから出てきた単語は最も恐れていた物の一つだった。
「ウッチンが、試験勉強を始めるとさ」
「! 僕はこれから汚染獣と戦うからとても試験は」
武芸者を止めて一般人になるためにツェルニに来たはずだが、それでも勉強や試験という単語にはレイフォンを徹底的に痛めつけるだけの威力があるのだ。
試験と戦うくらいなら、老性体やアルシェイラと戦った方が遙かに増しだと思えるくらいには。
負けたら死ぬだけで済むし。
・・・・・・。いや。ヨルテムでも武芸者を続けるつもりだから、勉強は要らないのではないだろうか?
いやいや。それでも一般常識くらいは知っておいて損はないはずだ。
つい今し方も、知らないことが世の中に多いらしいことを認識したばかりだし。
そんな事を考えるレイフォンだったが、現実は何処までも過酷だった。
「赤点取って追試になったら、リンちゃんの地獄の特訓とお仕置きの栄養剤だぞ?」
「ぐは!」
ミィフィの一撃よりも遙かに強烈な攻撃が、レイフォンの心を叩き折ってしまった。
もう二度と戦えないくらいに。
机に突っ伏して瀕死の状態をアピールする。
ニーナの精神攻撃の後だけに、本当に瀕死の重傷だったのだが、世界はとことんレイフォンを痛めつけたいようだ。
「おおっと! こんなところにロッテン家に代々伝わる妖刀、庖丁村正があぁぁぁ!」
「お願いだからそのネタはもう止めて」
リーリンを暴走させる妖刀もそうだが、なぜかミィフィの周りにはいかがわしい呪いの品がやたらに多い。
今持っているのも、妖刀とか言いながら、ただの果物ナイフだし。
だが、侮ってはいけない。
もしこれがリーリンの手に渡ったのならば、それは恐ろしいことになるかも知れないのだから。
例えば、果物の皮を剥くようにレイフォンの皮が剥かれてしまうとか。
一瞬そんな恐ろしすぎる想像が浮かんでしまった。
と言う事で、全力で消去する。
「と言う事で、今度の休みから始めるそうだから覚悟しておけってさ」
「まだ全然試験期間じゃないよ?」
と言うよりは、新学期が始まって一月少々。
試験があるのは二ヶ月近く先の話のはずだ。
今からやらなくても良いと思うのだが。
「今からやればそれ程詰め込まなくて済むけど、遅くなればなる程密度が上がるそうだ」
「それは嫌だなぁ」
「苦悶式試験勉強術とか言う、恐ろしげな名前まで付いたカリキュラムらしいが」
勉強の密度が上がる。
それはあまり歓迎出来ない。
むしろ絶対に避けて通りたい展開だ。
なんだか聞くだけで恐怖を覚える名前まで付いているし。
ならば答えはただ一つ。
「分かったよ。何とか頑張って休日を開けておくよ」
「安心しろレイとん。意識的に用事を入れなければそれで済むはずだ」
人付き合いがあまり得意ではないせいだろうが、レイフォンの友達はかなり少ない。
当然だが、清掃の仕事は夜間に限られるので昼間なら殆どフリーだ。
この先休日の旅にウォリアス先生による勉強が続く。
ツェルニに居る六年間延々と。
それはかなりはっきりと辛い出来事なのだろうが、しかし、赤点を取って食事が貧弱になりリーリンの詰め込み授業を受けるよりは遙かにましかも知れない。
悩みどころである。
グレンダンにいて天剣授受者だった頃は、多少頭が悪くても何ら問題無く生きて行けた。
むしろ強ければそれで良かった。
思えば遠くまで来てしまったと、レイフォンはこの瞬間に思ってしまうくらいに、悲惨な学園生活しか思い浮かべることが出来ない。
「っと、そう言えばウォリアスは?」
「ああ? 昨日の夜図書館に泊まり込んだんだけれど」
「何でそんな物騒なところに?」
「図書館の何処が物騒なんだ?」
最近ウォリアスと一緒にいることが多いナルキに聞いたところ、なにやら調べ物をしていて思わず泊まり込んでしまったそうだ。
ウォリアスという人物のことを考えると、それはそれでありなのだが、それはそれは恐ろしい事態が容易に想像出来る。
「何時本に襲われるか分からないのに、何でそんなことしたんだろう?」
「・・・・・・。何時だったか円周率と戦っていたもんな」
「うん。あれは恐ろしい敵だった。倒しても倒しても纏わり付いてきて離れなかったからね。終わりが見えない戦いがあれほど凄まじいとは思いもよらなかったぁぁぁ!」
話の途中でナルキとミィフィに殴られた。
かなり力を込めたその打撃は、レイフォンの精神力を根こそぎ奪っていった。
すでに殆ど瀕死だったのに、これで良く生きていられると思えるほどの打撃だった。
「何するんだよ?」
「悪夢と現実の区別は付けろよな」
「いい加減脳みそを使った方が良いと思うよ」
二人からの視線は、冷たい物ではなかった。
むしろ暖かすぎた。
まるで、水だけ飲んで飢えをしのいでいる哀れな犬を見るような。
「そ、それでウォリアスは?」
「ああ」
兎に角話題を変えなければならない。
そうしなければ、レイフォンは自分を無くしてしまいそうだったから。
その一心でウォリアスが直接告げに来なかった理由を問いただす。
「本棚が崩れて本の下敷きになった。骨折はしていないけれど検査入院だそうだ」
「ほらごらん。何時襲われるか分からない本の側で寝るから」
これでレイフォンの正しさが証明された。
自慢げに頷いたのも一瞬。
「ピコ」
メイシェンの一撃がその自信を粉砕し尽くした。
その一撃は卵を割ることさえ出来ないはずなのに、レイフォンの心をこれ以上ないくらいに完璧に打ち砕いた。
「め、めい?」
「ピコ」
振り向いた正面から、再び振り下ろされるハンマー。
二発目にしてレイフォンはすでに死んでいた。
「レイフォンだって本くらい持ってるでしょう?」
腰に手を当てたメイシェンが少し怖い。
そして気が付いた。
メイシェンが段々リーリン化してきていると。
これは極めて危険なことかも知れないと思いつつも、レイフォンは自分の用心深さを主張する。
「ぼ、僕は本を出来るだけ遠くにおいているよ」
本という本を全てベッドから遠いところに押しやっているのだ。
具体的には部屋の反対の隅っこに、倒れてこないように慎重に積み上げてある。
これで襲われる危険性を極力軽減しているのだ。
眠っている間に夢に出てくることもないくらいに、安全な方法だ。
だが、それを聞いたクラスメート全員の視線が生暖かくなってしまった。
「あ、あう」
もしかしたら、やはりレイフォンは普通と違うのかも知れない。
グレンダンで天剣授受者なんかやっていたから、きっと常識が欠落してしまったのだと結論づけた。
頭を使わなくて良かった世界を懐かしく思うが、それでもそこから出てしまった以上、広い世界を見て回らなければならないのだ。
それが例え、クラスメートから生暖かい視線で見られることになろうとも。
昨夜からずっとニーナは考え続けている。
機関部の清掃でレイフォンと一緒になったが、彼に相談すると言う事は出来なかった。
なぜならばそれは小隊長であるニーナが解決しなければならない問題だからだ。
正式に設立された後、初試合に勝利した第十七小隊だったが、汚染獣との戦いを終えてからの、第二戦は見事に敗北してしまった。
相手は昨年末までいた第十四小隊だった。
だからこそニーナは張り切っていた。
シンに見てもらいたかったのだ。
ニーナがどれだけ強くなったか、第十七小隊がどれほど実力を付けたかを。
その意気込みで挑んだ試合だったのだが、結果は見事な敗北だった。
レイフォンという学生とはとても思えない実力者を得た。
シャーニッドの狙撃能力はツェルニで最も優れているはずだ。
フェリの念威繰者としての働きは、まあ、それ程問題が有るというレベルではない。
だと言うのに負けてしまった。
シンがニーナのことを良く知っているというのは、全く無意味な事柄だ。
ニーナもシンを良く知っているのだ。
ならば、なぜ負けたのだろうかと考える。
作戦負けしていたというのは簡単だが、もし試合の最終局面でニーナがシンを倒していたら、第十七小隊は勝利を収めることが出来ていたはずだ。
一瞬だが、黒髪を首の後ろで束ねた、細目の少年の顔が浮かんだがその映像を即座に消去する。
そして結論を導き出した。
今最もやらなければならないのは、ニーナ自身が強くなると言うことだ。
レイフォンと出会ってからこちら、かなりきつい鍛錬を続けてきたが、それでもまだ足らないことがはっきりと分かった。
前回の汚染獣戦の時にも痛感させられたが、ニーナの攻撃力ではまだ足らないのだ。
攻撃力だけを取った場合、ナルキにさえ及ばないことをはっきりと見せつけられた。
総合戦力でなら、何とかニーナの方が上を行っているだろうが、それでもそれはほんの僅かな差でしかない。
何時逆転されるか分からないほどの僅差だ。
それはニーナの矜持が許さないばかりか、小隊長全員の敗北になってしまうかも知れない。
そう。小隊長というのは、ツェルニ最強の武芸者である。
レイフォンのような例外はいるにしても、それが普通だ。
その前提に立つのならば、小隊長同士の戦いで負けたニーナが弱いと言う事になる。
それは断じて受け入れることが出来ない。
ならば話は簡単だ。
強くなればいい。
今までよりも厳しい鍛錬を自身に課し、同じような状況になった時に負けないようにすればいい。
その結論はすぐに出た。
だが、実際にどうやって強くなればいいのかが分からない。
練武館での小隊訓練に遅れることを承知で、図書館により様々な武芸の参考資料をあさる。
だが、当然ではあるのだが、既にニーナが知っていることしか載っていなかった。
当然だ。
子供の頃は兎も角として、ある程度成長してからこちら、実際に身体を使うことと共に勉学にも励んできたのだ。
今更画期的な鍛錬方法など見付かると思った訳ではない。
再確認をしたかったのだ。
ニーナ・アントークがやっていることが間違っていないと。
それを確認して練武館に到着した早々、解散を宣言して全員から変な視線で見られたが、それでも止まることは許されないのだ。
ツェルニを守るそのために。