武芸科六年で武芸長を勤めているヴァンゼは、延々と続いている汚染獣の群れに対して、出来るだけ損耗を押さえつつも効果的な攻撃を指示し続けていた。
実際の戦闘が始まってしまえばカリアンの出番はあまりない。
事前の準備と事後処理の仕事をするために、何処かに出かけて誰かに会ってくるとか言っていたが、今のヴァンゼにはどうだって良い事だ。
それはある意味ヴァンゼにも言えることだ。
武芸長という立場上ヴァンゼ本人が戦う以上に、全体の指揮統率が重要だ。
と言う訳で迎撃開始から錬金鋼は復元しているが、未だに一撃たりとも汚染獣に浴びせてはいない。
ある意味ヴァンゼが力業を振るうと言う事はかなり戦況が押されているか、士気が低下し始めているかのどちらかと言う事になる。
今のところどちらも心配しなくて良いようで少しほっとしている。
とは言え、気を抜いて良い状況では断じてない。
現状は割とツェルニに有利だ。
よたよたと空を飛ぶ汚染獣に対して、砲撃の密度をわざとばらばらにした剄羅砲の攻撃により、分布をだいぶ調整する事が出来た。
具体的には、こちらが行って欲しい場所付近の砲撃密度を薄くして、待ち構える武芸者の前に着地してもらったりだ。
当然、剄羅砲による攻撃はそれで役目が終わった訳ではない。
出来る限りの砲撃を行い、汚染獣を負傷させ戦闘能力を奪うのだ。
そして、五から十名で編成された武芸者を一体の汚染獣に向かわせて、出来るだけ効率よくこちらの損耗がないように殲滅する。
ツェルニ武芸者五百名少々に対して、汚染獣は約三百。
戦力が足らない事は間違いないが、それでも防御機構を活用した事によって戦線は維持出来ていたし、徐々に押し返し始めている。
フェリ経由でもたらされたレイフォンの思惑をヴァンゼも聞いた。
この忙しい中ゴルネオとウォリアスにも確認をした。
そしてヴァンゼも追認する事にした。
今のツェルニ武芸者にはどうしてもこの戦いが必要だと。
だが同時に死者が出る事は出来るだけ避けたい。
そのために散々苦労しているのだが、同時に驚愕もしていた。
レイフォンが強い事は知っていたが、基準型の都市一つと匹敵あるいは凌駕する戦力を持っているとは思わなかった。
そのレイフォンが七百以上の汚染獣を始末してくれたのだ。
ここで無様な真似をする訳には行かない。
そう意気込んで武芸者達を叱咤激励して戦線を維持しているのだ。
各小隊も期待通りの働きをしてくれているようで、目立った負傷者も出さずに戦いは続いている。
ヴァンゼが司令官として抜けた第一小隊の打撃任務は、つい先日痛い目を見せられたイージェに努めてもらっている。
流石に熟練した技と傭兵として戦ってきた経験を持つイージェは、第一小隊の支援攻撃を受けつつ確実に数を減らしている。
彼を教官として雇ったカリアンの判断は正しかったのだと、改めて認識した。
「おら! てめぇら! 数撃ちゃ良いってもんじゃねぇんだ! しっかりと急所を狙え! おたおたしている暇があったら剄を込めろ!」
そのイージェの指示に黙々と従う第一小隊を遠目に見詰めつつ、しかしヴァンゼはかなり複雑な心境だった。
五百人で三百と戦っているこちらは、実は殆ど余裕がない。
だと言うのにレイフォンはただ一人で七百を始末して、更に母体にまで止めを刺して現在こちらに向かって帰還中だという。
どれほどの実力差があるのだろうと考えるのも、かなり馬鹿らしい。
武芸の本場と言われるグレンダンでさえ、レイフォンの強さは異常だったと言うが、それは納得出来る事情だ。
あれがグレンダンの平均だと言われるよりは、遙かに納得出来る事情だ。
「気を抜くな! 残りの汚染獣多くはないぞ! 確実に一体ずつ仕留めるんだ!」
そう檄を飛ばしながらも、戦力に余裕の出てきたところから不足しがちなところへ移動させたりと、最後の一体が殲滅されたのが確認出来るまで仕事は終わらない。
こっそりとツェルニから出て行って雌性体を始末したレイフォンは、やはりこっそりと帰ってきていた。
フェリの念威端子を経由した情報を元に、危険がありそうな場所に回ってちょっかいを出してみようかと思っていたのだが、今のところそんな危ない橋を渡っているところはないようだ。
防御壁や罠を上手く使って同時に複数を相手にしないように、あるいは剄羅砲の支援を受けて効果的な迎撃をしたりと割と上手く戦っている。
これならば後は観戦していればいいかと気楽に考えていた。
だが、一種異様な光景を目撃してしまい、気楽な考えは飛んで行ってしまった。
「チェストォォォォ!」
全長二メルトルに及ぶ巨大な刀らしき物を振りかざし、活剄を最大限に行使して汚染獣に突っ込んでいるのは、第五小隊最年長のオスカーだ。
その掛け声は戦声でもないのに辺りを振るわせ、汚染獣の動きを一瞬止めさせるほど凄まじい。
銃使いだと聞いていたのだが、どう考えてもあれは銃には見えない。
何かあちこちに細工があるようではあるのだが、銃という武器のカテゴリーからは逸脱していると思うのだ。
だが、それも幼生体の直前までの話だ。
刀の間合いに入った直後、右手人差し指が僅かに移動。
ハバキ元に装備された回転弾倉のような物が回転。
いや。実際に回転弾倉だったようだ。
激発機構が働き、剄を貯めた弾薬がその力を解放。
刀身の中を何本も通っている銃身をエネルギーが通り、峯にある極細の銃口から莫大な圧力が掛かった衝剄が迸る。
その衝剄の反動と巨大な刀の質量、そしてオスカー自身の活剄によって得られたエネルギーで猛烈な速度に達した一撃が幼生体の頭部に降り注ぐ。
巨大な刃は幼生体の頭部を軽々と両断し、一瞬にして絶命させた。
汚染獣の中では最も柔らかい甲殻しか持っていないとは言え、その破壊力は凄まじい。
もしも、激発させる事が出来る弾薬が一発ずつではなく、複数同時が可能ならば今この瞬間でも十分な支援攻撃があれば雄性体二期までなら有効だろう。
そしてオスカーは周りへの注意を怠らずに、瞬時に体制を整える。
地面に切っ先が触れるよりも早く、巨刀の軌道を横に変える事で身体が止まっている時間を最小限にする。
近くにいる汚染獣には第五小隊の他の隊員が牽制の攻撃を行い、オスカーを狙わせないように細心の注意をしている。
いったん飛び退いたオスカーは、回転弾倉を開けて新しい弾薬を送り込んでいる。
これはなかなか面白いとレイフォンは思う。
銃使いの最大の特色を生かしつつ、刀剣による戦闘方法を確立しているのだ。
銃衝術とは違った新しい戦い方として、何かに使えるかも知れないと記憶に留めた。
と同時に、銃使いであるはずなのに刀剣について詳しい事も頷ける。
代々食肉加工業とこの巨刀を使ってきたのだとしたら、結構面白い人生だったに違いない。
そして、オスカーが後退した隙間を埋めるように二つの陰が飛び出した。
それは当然、シャンテとゴルネオの二人組だった。
支援攻撃を指示しつつ二人掛かりで、幼生体に殴る蹴る突き刺す焼き払う噛みつくと、あらゆる攻撃を連続して叩きつけ、徹底的に殲滅している。
この戦闘エリアは強力な打撃力がある上に、連携や支援も充実しているので問題無く持ちこたえられるようだ。
時々シャンテの攻撃が人間的でないこともあるが、強引にそれから目を背けて他を見に行く事にする。
ディン・ディーに指揮された第十小隊の戦闘区域は、やや苦戦を強いられていた。
苦戦と言っても危険な状況という訳ではない。
元々第十小隊の戦術という物が、フラッグを取りに行く事を最重要課題として練られた物で、汚染獣戦は考慮されていない。
だが、基本とする戦い方を変える事は出来なかった。
柔軟性という一点において、第十小隊は落第点しか取る事が出来ないのは知っている。
だが、小隊の編成をとっさに変える事の方が危険だと判断したディンは、何時も通りのフォーメーションを変える事が出来なかった。
突撃を行うダルシェナを支援するという作業自体は変わらないのだが、困難さは明らかに汚染獣戦の方が上だ。
ディン自身が使っているワイヤーも、本来罠を探知してそれを無効化するために使われる物で、汚染獣に対しては気を逸らせる程度の効果しかない。
それが分かっているからこそ無理な攻撃はせずに、他の戦闘区域に余裕が出来て、ディンの元に増援が来るのを待つという消極的な戦い方をしてきたのだ。
そして戦いは終演に向かっている。
ツェルニの防衛戦は持ちこたえ徐々に押し返している。
待っていた増援が来ると連絡もあり、目的は完遂されようとしていた。
だが、ここで計算外の事態が起こった。
打撃役を一身に受けていたダルシェナの剄量が尽き、動きがみるみる悪くなって行くのだ。
これは明らかな計算違いだ。
剄脈加速剤を使っていなくても、才能に恵まれたダルシェナならば十分に持ちこたえられると思ったのだが、どうやら初の汚染獣戦は想像以上に彼女の精神と身体に負担をかけていたようだ。
荒い息をつきながらも突撃槍を構え、戦う事を諦めないダルシェナに、せめてもの砲撃支援を指示しつつも、部隊編成が間違っていたのかも知れないと考えていた。
汚染獣戦を考慮して編成を変えた訓練をしておくべきだったと。
攻撃力が少なすぎる上に、打撃力を持った武芸者が一人しかいないのだ。
第十六小隊のように高速戦闘を行い、連携して相手を倒すというのとは違う。
彼らは平均的な打撃力を持ちそれを連続して使う事で、高い攻撃力を発揮する事が出来るが、第十小隊は違う。
ダルシェナが戦えなくなった瞬間、戦闘力の殆どを失う事になる。
折角違法酒まで使って剄脈を加速しているのだから、攻撃力の増強を図るべきだったのだ。
そうする事で負担が一人に集まる事もなく、バックアップも十分に期待出来た。
だが今はどうする事も出来ない。
そして、とうとう恐れていた事態がやってきた。
「シェーナ!」
力を失ったダルシェナの突撃では、汚染獣の甲殻を突き破る事が出来なかった。
突撃槍は虚しく弾かれ、限界を超えたダルシェナの足は体重を支える事が出来なくなった。
その場に崩れ落ちるダルシェナに向かって、突き飛ばされたが体勢を立て直した汚染獣が、キチキチと歯を鳴らしつつ捕食行動に入ろうとする。
ワイヤーを伸ばして援護したが、餌を前にした汚染獣には全く無意味だった。
だが、全ては一瞬のうちに変わってしまった。
ダルシェナが無残に食い殺されるところを想像していたディンの耳元に、何処かで聞いたような声が届いた。
「忙しそうですね。お手伝いしましょうか?」
「!」
その声は全く動揺しておらず、掃除が大変そうだから手伝おうかと言っているようにさえ聞こえる。
そして、ディンがその声に反応しようとしたまさにその瞬間。
いきなり汚染獣が正中線に沿って左右に分かれた。
突進の勢いを殺さずに、ダルシェナの両脇を大量の体液をまき散らしつつ素通りする。
そして、地面を削ってその速度が完全にゼロになった。
これで生きているとはとうてい思えない。
何が起こったのか理解出来ないのは、その場にいる全ての武芸者の共通見解だったようだ。
ダルシェナでさえ、自分を殺しかけた汚染獣を呆然と見ている事しかできない。
「ただし、何でもかんでも真っ二つですよ」
何がどうなったか全く分からないが、汚染獣は寒気を覚えるような切り口を晒して、その生命活動を永遠に停止した。
第十小隊の担当戦域に残る汚染獣は、後三体。
増援が到着して砲撃を始めた事により、ダルシェナの脱落はそれ程大きな戦力低下にはならなかった。
それを認識しつつ、辺りを見回してみるが見知った顔以外は誰もいない。
「今、俺の側に誰かいたか?」
動揺著しいのを何とか押さえつけ、部下に聞いてみた。
だが、全ての頭が横に振られるだけだった。
追求したいという気持ちはあるのだが、あまりこの問題に関わっていられるほど状況は安全ではない。
気を取り直したディンはダルシェナを後退させて、砲撃を主体とした攻撃に切り替えた。
シンの率いる第十四小隊は、割と優勢に戦線を維持していた。
元々戦術を駆使した集団戦を得意とするシンにとって、今目の前にいる汚染獣はそれ程怖い敵ではない。
理性と知性による戦術を使わずに、本能により行動するだけの汚染獣ならば、罠を張りそこに誘い込む事で十分に対抗出来る。
強固な甲殻や大質量は厄介ではあるが、付け入る隙は十分にある。
ヴァンゼやゴルネオに比べたらたいしたことはない相手だ。
とは言え、楽勝という訳には流石に行かない。
ヴァンゼやゴルネオは一人だが、汚染獣は数が多かった。
全体の指揮を執っているヴァンゼの砲撃指示が的確だったために、対応出来ないほどの数が来る事がないのはせめてもの救いだ。
だが、相手は無限ではなかった。
残り二体。
他の戦域を気にする余裕はなかったが、何処からも悲観的な空気はやって来ていない。
ならば、深刻な事態にはなっていないと判断出来る。
「お前のところはどうだ?」
かつての部下であり、今は第十七小隊長をやっている後輩に向かってそう呟くくらいの余裕はある。
かなり有望な新人も入った事だし、苦戦する事はあっても崩れる事はあるまいと思うのだが、ニーナの性格を考えると突っ込みすぎるかも知れない。
それはそれで少々心配ではある。
双鉄鞭という防御に適した武装をしながらも、何故か前へ出て戦いたがる性格を直し、全体を見つつ指揮を執る事が出来れば相当優秀な指揮官になると思うのだが、今のところ可能性があると言ったところで止まってしまっている。
非常に残念だ。
戦いの最中にそんな事を考えられる事こそが、状況を如実に表しているのだろうが、最後の一体が倒されるまで気を抜く事は出来ないと、改めて気合いを入れ直す。
強力な武芸者に対する戦術の大半をこの戦闘で使ってしまったから、この先の小隊戦には苦労する事になるだろうけれど、それでもツェルニが滅ぶよりは遙かにましな未来だ。
そもそも、対抗戦は切磋琢磨の場なのだ。
手の内を見せたとしてもそれは悪い事ではないはずだ。
レイフォンが第十六小隊戦でやったように、誰かが欠点を指摘してくれるかも知れない。
それはそれで儲け物だと思う事にして、シンは最後の最後まで気を抜くことをせずに、汚染獣戦の指揮を執り続ける。
ニーナの指揮する第十七小隊を中心に構築された戦域は、想像を絶する事になっていた。
苦戦していると言う事ではないのだ。
どちらかというとかなり余裕を持って汚染獣を押している。
その原動力はなんとナルキだ。
レイフォンに傷を負わせた水鏡渡りと逆捻子の合わせ技を最大限使い、確実に一体ずつ始末を付けているのだ。
それに引き替え、ニーナは一体倒すのにもかなり苦労してしまっている。
シャーニッドに指揮された支援部隊の攻撃を十分に受けた上で、双鉄鞭を駆使して攻め続けているのだが、分厚い甲殻に阻まれて決定打をなかなか打ち込めないのだ。
隣で戦っているナルキとはかなりの違いだ。
「でや!!」
ため込んだ剄を一気に放出して、超高速移動の勢いをそのままに突きを放ち、左右に並ぶ複眼の中央に深々と刀を突き刺す。
それぞれ逆の向きで刀に絡ませていた衝剄を、甲殻を突き破ったところで解き放ち内部を徹底的に破壊。
甲殻を蹴った勢いで刀を抜き、左手の鋼糸を防御壁に絡めて十分な距離を後退。
この一連の動作を繰り返す事で、確実に数を減らしているのだ。
そして、ナルキを追いかけようとした汚染獣に対して、ウォリアスの曲刀が唸りを上げて細い足を切り飛ばして妨害する。
ウォリアスと共に戦っている武芸者も、決定打を与える事よりも牽制や嫌がらせの攻撃に主体をおいているようで、ちまちまとした打撃を与え続けている。
そして、彼らのそばにいる部隊からは、やはりちまちまとした攻撃が汚染獣の目付近に命中しているのだ。
この小部隊のコンビネーションは見事としか言いようがない。
連携の訓練をしている訳でもなく、何か話していたと言う事もない。
お互いがお互いの特製や戦い方を知っているから、自然と連携を取る事が出来ているのだ。
即席でチームを組んだとはとても思えないくらいに、それは見事としか言いようがない。
連携という問題を抱えている十七小隊には、決してまねの出来ない現象を、やや呆然と眺めることしかできない。
突出しがちなニーナに合わせてくれる武芸者がいない事と比べると、非常に大きな差だと言わざる終えない。
この戦いにレイフォンがいれば話はまた違ったのだろうが、何故かヴァンゼのところに居るという連絡が入っただけだ。
五十回の戦闘で得られた豊富な経験をヴァンゼに伝えているのだろうが、ニーナ個人にとっては大きな戦力の低下に他ならない。
だが、愚痴を言っていても話は進まない。
残る汚染獣は後二体。
たった今、連撃に連撃を重ねたニーナと射撃部隊の手によって、ようやっと今夜五体目が倒せたのだ。
これも、十分な射撃部隊が配備されていたからであって、ニーナ個人の実力ではない。
ナルキと比べる事に抵抗を受けるほど、それはお粗末な戦果としか言えない。
元々防御向きの武器と技を持っているからだと言うことも出来るが、小隊長としてのプライドはそんな物では守れない。
安全設定を解除した双鉄鞭は、清々しいほどに剄を通しているというのに、ニーナがそれを使いこなせていないと思えてならないのだ。
「でや!」
残った内の一体に向かって、ナルキの突きが炸裂した。
これで後一体。
だが、今まで通りならばすぐに飛び退っていたはずのナルキが、そのままずり落ちる。
「な、なに?」
当然そうなるだろうと思っていたのに、違う現象が起こった事で、一瞬思考が止まる。
呆然とした一瞬を狙ったかのように、残った一体がナルキに襲いかかる。
力が入らないのか、足が地面をひっかく。
左手を伸ばして防御壁に絡ませた鋼糸をたぐろうとする。
だが、こちらも十分な力が得られず殆ど役に立っていない。
これは間違いなく急性の剄脈疲労が起こって動けなくなったのだ。
「っく!」
突然の事態に一瞬混乱したが、助けなければならない。
瞬間的に注げるだけの剄を注ぎ、旋剄で突撃をかけようとしたまさにその瞬間。
「ええい!」
何か苛立ったのか、はたまた怒ったのかしたらしいウォリアスが、ナルキと汚染獣の間に割って入った。
曲刀を肩の辺りまで持ち上げ、切っ先は真っ直ぐに汚染獣に向けている。
これは今までの牽制や嫌がらせの攻撃とは違う。
根本に填められた紅玉錬金鋼が耀き、大きく曲がった碧石錬金鋼に剄が流れ込む。
錬金鋼がまばゆい輝きに満たされた瞬間、それは起こった。
外力系衝剄の化錬変化 炎破・鋭
全長百五十ミリメルトルに及ぶ大きな針のような形状をした、想像を絶する高熱の固まりが曲刀の先端に出現。
その高熱を維持したまま、旋剄を使い汚染獣に突撃。
左右の複眼の間に突き立てる。
「っは!」
ニーナでは散々打ち据えなければ破る事が出来なかった甲殻を、いともあっさりと打ち破り汚染獣の内部に進入。
気合いと共にその高熱の固まりを解放。
周りにある水分を一気に高温の蒸気へ強制的に変化。
急増した体積が暴力的な圧力に変わり、甲殻に囲まれた汚染獣の内部で暴れる。
隙間という隙間から体液を噴出させ絶命した汚染獣の甲殻を蹴り、曲刀から手を離し一気に距離を開けるウォリアス。
本人が言うところでは、剄脈が小さく最弱の武芸者だと言っていたが、目の当たりにした技は汚染獣を一撃で葬り去ったのだ。
これで最弱などと言う事はそれこそあり得ない。
二人の実力を知っていたからこそ、ゴルネオは小隊に誘ったのかも知れない。
潔くないという理由だけで、実力を正当に評価しなかったニーナとは決定的に違う。
ニーナが自分の未熟さを認識している間に、接近した二人の会話が聞こえる。
「ウッチンよ」
「ああ?」
「今のは何だ?」
「必殺技かな?」
「必殺技ぁ?」
ナルキもウォリアスの実力を知らなかったのか、驚いたと言った感じで見詰めている。
ふらふらと歩くウォリアスが、ナルキの側に立ち止まった。
そしていきなり倒れ込む。
「のを!」
何故か狙い澄ましたかのように、ナルキの上に。
あの歩き方から想像できることと言えば、ナルキと同じ急性の剄脈疲労がまず始めに思い浮かぶ。
もしそうならば、さっきの必殺技は、ウォリアスにとって非常に大きな負担なのだと言う事が分かる。
ニーナがそんな事を考えている間に、驚きから立ち直ったナルキがウォリアスに向かって苦情を並べ始めた。
「何処に乗っている! さっさと降りろ!」
「みゅぅ? 腹筋だと思う」
「乙女の腹筋に不用意に触るやつは万死に値する!」
「みゅぅ? そんなこといったってぼきゅはもううごけにゃいのじゃ」
徐々に発音が怪しくなってきたのは、演技なのか本気なのか判断が出来ないところだ。
取り敢えず戦域にはもう汚染獣がいないのだし、二人をそのままにして置く訳にも行かないので、医療班を呼んで回収した方が良いかもしれないと思い始めた時。
「ご苦労様」
「うお!」
「レイとん」
どこからとも無く現れたレイフォンがウォリアスの剣帯を掴み持ち上げ、更にナルキを肩の上に担ぐ。
二人をほぼ同時にどうやって移動させたのかは全く不明だが、一つおかしな事に気が付いていた。
「レイフォン。お前今まで何処で何をしていたんだ?」
かなり声が鋭くなったのは自覚していたが、それを止める事は出来そうもない。
何故か完全装備している汚染物質遮断スーツと、首の後ろにあるフックに引っかかったヘルメット。
実戦用と言う事で殺傷設定のままだという青石錬金鋼が二本と、リーリンの鋼鉄錬金鋼が剣帯に刺さっている。
そしてあちこちにこびり付いている土埃。
総合すると都市外での戦闘をやって来たと考えるのが普通だ。
いや。それ以外の事態が殆ど想像出来ない。
レイフォンの実力がツェルニ最強なのは知っているが、だからといって隊長であるニーナに何の相談もなく、危険な任務に赴くことなど有ってはならない。
どう控えめに表現しても、あまり気分の良いものでは無い。
「少々逃げていたんですよ。汚染獣が怖いですから」
「・・・・・。お前が怖がっているのは汚染獣そのものではないだろう」
はぐらかそうとしている事が分かったので、それを断固阻止する。
どう言おうとレイフォンはニーナの部下なのだ。
ならばレイフォンを守る義務がニーナにはあり、レイフォンはニーナの指示に従う義務があるのだ。
それを無視されて、例え無事に帰ってきたからと言っても、素直に喜ぶ事は出来ない。
万が一にでも帰ってこなかったら。
「まあ、その辺は後回しですね。今は後片付けが先です」
話し合う事など必要ないと言わんばかりに、二人を担いだレイフォンが向こうを向く。
それはまるで、ニーナを認めていないと体現しているかのように思えた。
「レイフォン!」
思わず叫んで双鉄鞭を構えてしまった。
だが、その肩が押さえられた。
勢い込んで振り返った先にいたのは、やや疲れたように見えるゴルネオだ。
汚染獣の体液にまみれ、小さな傷を刻んだその姿はかなりの迫力があったが、恐らくニーナも外から見ればこんな物だろうと納得する。
「止めておけ」
「し、しかし!」
いくらゴルネオの言葉とは言え、それを素直に聞く訳には行かないのだ。
ニーナの立場や誇りと言った事が問題ではない。
この先レイフォンはニーナに何の断りもなく、何度でも汚染獣と一人で戦ってしまうかも知れないのだ。
それは小隊という仲間に対する裏切りと何ら変わらない。
「あれは別だ。俺達と一緒に戦う事はあいつの生存率を下げる」
「そう言う事を言っているのでは有りません!」
ゴルネオの言う事は分かっている。
ツェルニの武芸者ではレイフォンの足手まといにしかならない。
それは嫌と言うほど分かっている。
だが、いや。だからこそもっとニーナ達を信じて欲しいのだ。
信じて待つ事が出来るかも知れないし、何か出来る事があるかも知れないではないか。
「今の俺達では何も出来ないさ。あいつは特別というか規格外。いや。正真正銘の化け物だ」
グレンダン出身だけ有り、ゴルネオはレイフォンの事を良く知っているようだ。
それでも、とうてい納得は出来ない。
だが、負傷者の収容や汚染獣の残骸の撤去など、やるべき事はいくつもあるのも事実だ。
レイフォンが言うように、今はそちらを優先させるべきなのも事実なのだろう。
それは分かっているのだが、それでも憤りが無くなった訳ではない。
殆どのツェルニ武芸者にとって、初の汚染獣戦は終了したと言えるが、ニーナにとってはとても楽観的な気分になれなかったし、使命を全う出来た満足感も得られなかった。
悔やむべき事が多く残ってしまったのだ。