都市警の臨時出動枠とやらに登録した帰りだというレイフォンを襲撃し、ミィフィは予定通りの行動を取っていた。
予定通りと言っても、何か悪さをする訳ではないのだ。
ただ、メイシェンが働いている喫茶店を、全員で訪れようとしているだけだ。
甘い物が食べられるようになったレイフォンと付き合わせたウォリアス。
都市警の研修が終了してへとへとになっているナルキと、弁当屋の仕事を終えたリーリン。
そして、取材を兼ねたミィフィで訪れたのだが。
店内に入って驚くのは、男性客が殆どいないことだろう。
まあ、お菓子中心の喫茶店と言ったところなので、女性客メインなのは当然だ。
やや長細いレイアウトの接客エリアにある椅子は、半分ほど埋まっていると言ったところだ。
これで可愛い女の子でも出迎えてくれたのならば、男性客が大勢入ってくるだろうが。
そう。今目の前に現れた店員さんみたいに。
「い、いらっしゃいませ」
既に涙目のメイシェンにお出迎えされてしまった。
いや。いつも泣き出しそうではあるのだが、はっきり言って今は決壊寸前だ。
羨ましいその肢体をやや小さめのメイド服に押し込んだという、レイフォンが野獣だったらそのままさらって行きそうな姿でだ。
いや。どんなヘタレだろうともお持ち帰りしてしまうくらいに凄まじい破壊力を持っているはずだ。
「あうぅぅぅぅ」
ミィフィ達を確認して、どうしたら良いのか分からない様子で思わず視線が泳ぎまくっている。
だが、その姿はまさに怯える小動物。
もっといぢめたくなるか、守ってあげたくなるかのどちらかだ。
「あ、あう」
その直撃を受けたレイフォンも、やはり言葉を無くしている。本当にお持ち帰りしたらさぞ面白いのだが、流石に今この場でそれをやる事はないようだ。
まあ、ウォリアスも似たような状況だから二人でお持ち帰りというのは、問題有りまくりだし。
そして、隣からはなにやら黒い物が漂い出ているが、それが誰からの何かなのかはあえて追求しない。
ミィフィだって命は惜しいのだ。
「あ、あう。ご、五名様ですね」
「五名です」
取り敢えずミィフィが代表して対応しつつ、活動が怪しいレイフォンを引っ張って席に座らせる。
もちろん、これから面白いことが起こると良いなとか考えつつ。
だが、その望みは当面叶いそうにない。
一瞬以上見とれていたレイフォンだったが、いつの間にか再起動を果たしたのは良いのだが。
窓際の四人がけの椅子を女性陣三人で占領し、通路を隔てた壁際の二人席を男連中にあてがい、注文を済ませた。
「砂糖を直接舐めただぁ?」
「う、うん」
甘い物について、いつの間に食べられるようになったかという質問を、リーリンがしたところまでは良かった。
ヨルテムに来てからだと答えたのも良い。
それ以前は殆ど食べなかったと言う事だったのだが、時々デルクと砂糖を舐めていたという話になって、ウォリアスが素っ頓狂な声を上げたのだ。
当然だが、店内の視線がかなり集まっている。
これは少々居心地が悪いような気がする。
「よく気持ち悪くならなかったわよね」
「糖分は必要だよ?」
頭や身体を使うためには、絶対的に糖分が必要だという事は分かっている。
それは間違いではないのだが、それでも直接砂糖を舐めて平気な人種というのもどうかと思うのだ。
「あのなぁ。武芸者は多分平気なんだけれどね」
「なになに?」
これはネタの匂いがするとミィフィの記者魂が叫んでいる。
思わずマイクを突きつけつつ話の続きを促す。
「い、いやな。当然の話なんで記事には出来ないと思うんだけれど」
「平気平気。書くのは私だから。ウッチンはサクサク喋る」
急かせつつ通路を挟んで更にマイクを突きつける。
通行人がいないのが幸いだ。
「血糖値が低い状態の時にさ、砂糖みたいな純粋な糖分を摂取すると、いきなり血糖値が上がるんだ」
「糖分摂っているからね」
「ああ。それでだな。その急激に上がった血糖値に驚いてインスリンが分泌されるんだ」
「インスリンって何?」
ウォリアスの出した単語が分からないとレイフォンが疑問を口にするが、実はミィフィも良く分からないのだ。
何処かで聞いたような気はするのだが、はっきりどんな物だったか覚えていない。
「血糖値を下げるためのホルモン。糖尿病患者が処方される薬」
「ああ。あれね」
そこまで言われてやっと思い出した。
近所のおじさんが確かそんな名前の薬を医者からもらっていたと。
再生医療が発達した現代だが、内蔵を再生するためには若干の時間がかかってしまう。
その時間を埋めるための投薬がどうしても必要だったのだ。
当然ツェルニにくる頃にはその投薬も終了していた。
「でだが、驚いてインスリンが必要以上に分泌されて血糖値が今度は急激に下がるんだ」
「へえ。砂糖を舐めたのに血糖値が下がるんだ」
「下がるの」
ややあきれ顔のウォリアスの話を聞きつつミィフィは思うのだ。
何でこうも食べ物に詳しいのだろうと。
「活剄で身体能力の強化をしていたり、稽古や試合の最中はアドレナリンが分泌されているから、多分平気なんだけれど注意しておいた方が良いぞ」
「今までそんなことはなかったよ? 戦闘中に飲むゼリーは全然平気だったし」
「あれはね。二時間ほどかけてゆっくりと吸収されるように設計されているの」
「? あれって機械なの?」
「・・・・・・。いや。いろんな種類の糖分を計画的に組み合わせているの」
「! 糖分って砂糖だけじゃないの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
最後のレイフォンの驚きの叫びで、店内がしんと静まりかえった。
それはもう、これ以上ないくらいに静寂が辺りを支配している。
そしてミィフィも驚いていた。
糖分に種類があることくらいは知っているのだ。
どんな種類があるかは流石に知らないけれど。
だというのにレイフォンと来たら。
「まあ、良いさ。この後ゆっくりとその辺について懇切丁寧に語ってあげるよ」
「う、うん。お手柔らかに」
「ああ? お手柔らかにだと? そんな事が出来るか馬鹿者」
何故か、何時もとはやや違う迫力と共に、レイフォンに詰め寄るウォリアス。
注文の品を持ってきたメイシェンが後ずさっているほど、その姿には迫力があった。
思わずミィフィも引くくらいに凄まじい。
当然ミィフィとメイシェンが引いているのだから、ナルキとリーリンも引いているのだ。
もっと言えば店全体が引いているような気がする。
「良いかレイフォン? 人類は美味い物を食べたいがために文明を築いてきたのだぞ」
「大げさだなぁ」
「たわけ者め」
これは関わっては駄目だ。
本能がそう告げたので、メイシェンの運んできた品物は全て窓際の席に置かせた。
ただでお菓子を食べたい訳ではないのだ。多分。
「そうだな。例えばだが」
「う、うん」
「勉強しなくてもテストで赤点とっても良いぞ。ただし戦闘用のゼリー飲料と栄養補助食品だけだというのと」
「そ、それは」
その食事内容は是非とも遠慮したい。
人生の楽しみの大半が封印されたような物だ。
「勉強して良い点取ったら、リーリンとメイシェンの作るご飯を腹一杯食べられる。レイフォンはどっちを選ぶ?」
「! そ、そうか。そうだったのか」
レイフォンが驚愕しているが、実はミィフィも驚愕しているのだ。
今の条件を突きつけられたら、ミィフィも間違いなく頑張って勉強する。
「そうだ。その積み重ねがあるから人類は世界の覇者となることが出来たのだ」
「そうだったのか! 食べ物は偉大なんだ!」
「レギオスを造り上げた古代の錬金術師も、きっと同じように考えたに違いないんだ」
無音のどよめきが店内を満たした。
ついでにミィフィの胸の内も。
これはきっちりと記事にして発表すべきだと判断するくらいに。
「ようっし! 気分が乗ってきた! 今宵は食事と人類と文化について語り明かそうぞ!」
「え? ええ! ちょっと」
なにやら張り切ったウォリアスがいきなり立ち上がり、レイフォンの首に腕を巻き付けると、そのまま出口に向かって引きずって行く。
当然誰も助けない。
巻き添えはごめんなのだ。
いくら感動していたとしても、今のウォリアスに巻き込まれる事は、非常に危険なのだ。
「あ、あう」
ただ一人、メイシェンだけが手を振ってレイフォンを見送った。
色々思うところがあるのだろう。
テストで良い点を取ったご褒美に何を作ろうかとか、色々と。
そして、店内の空気が明らかに来た時とは違うことに、唐突に気が付いてしまった。
「トリンデン」
「は、はい」
いきなりカウンターに肘を突いた男性がメイシェンを呼ぶ。
別段責めるような口調ではないのだが、それでも何か圧力を感じてしまう。
「君の友達ってみんなあんな人達なの?」
「あ、あう」
ある意味驚愕の質問をされて、メイシェンの視線が泳ぎ結果としてミィフィ達を捉える。
当然、店にいる客と店員全員の視線も付いてきた。
「い、いやねぇ。あんな飛び抜けてないわよねぇ」
「あ、ああ。私達はあそこまで酷くないぞ!」
リーリンとナルキがそう言うのだが、裏を返してしまえば割と似ていると言う事になってしまうのだが、多分二人は気が付いていないだろう。
見ている人達はきっちり理解しているようだが。
「まあいいさ」
店長かも知れない男性がメイシェンを手招きする。
それに素直に従っているところを見ると、間違いなくここの責任者なのだろう。
「彼をしっかりと尻に敷いとけよ」
「あ、あう」
「あれは、誰かの尻に敷かれないと実力を発揮できないタイプだ」
「え、えっと」
再び視線がこちらに来た。
しかも何故か全員の。
「い、いやねぇ。レイフォンは誰かの尻に敷かれないと実力発揮できないですよぉ」
「そ、そうだぞ! あれはヘタレだから誰か手綱を持ってないと駄目だ!」
「あ、あう」
今度の二人の意見には誰も反対できない。
もちろんメイシェンは反対したいのだろうが、根拠というかその辺が思い浮かばないのだ。
「まあそれは置いておいてだ」
なにやら仕切り直すと言った感じで、店長が背筋を伸ばす。
その立ち姿には風格と威厳があるように見える。
「俺達が美味い物を作って武芸科の連中に食わせてやれば、次の大会での勝利は間違い無しだな」
その一言で、メイシェンを含む店員全員の目の色が変わった。
鉱山が一つだけだと言う事は誰もが知っているのだ。
ならば直接戦うことは出来なくても、武芸科の連中を元気づけることで、ツェルニのためになりたいと思うのは間違った行動原理ではないはずだ。
「と言う訳でお前ら! 気合いを入れて美味い物を作れ!」
その号令一過、今までゆるみ気味だった空気が一気に締まった。
これは、やはり記事にすべきだとミィフィの記者根性が叫ぶ。
これほどの期待をかけられているにもかかわらず、次の武芸大会で敗れるなんて事は許されないのだ。
武芸科全員に発破をかけるためにも、良い記事を書かなければならない。
良い記事を書くためにも栄養を補給しなければならない。
結局レイフォン達が置いて行ってしまったお菓子を、横取りする口実が欲しかっただけかも知れないが、それでもミィフィは頑張って記事を書くことを心に誓った。
当然ではあるが、横取りすると言ってもウォリアスは会計をしないで出て行ってしまったので、結局誰かが払わなければならない。
ならばミィフィが責任をとって処分しても何ら問題はないのだ。
そう自己弁護をしつつケーキにフォークを突き刺した。
ヴァンゼ・ハルデイは少々では済まない理不尽を感じていた。
場所は彼の私室であり、一人暮らしで彼女もいない以上ここにいるべき人物は、ヴァンゼ一人のはずだったのだが。
「なあ、カリアン?」
声をかけた相手は、この学園都市の支配者と呼べる人物であり、ヴァンゼの悪友でもある銀髪の美青年だ。
別にカリアンがここに居る事自体は、何の問題も無いと言えない事はない。
今現在が、夜の十時を回っていると言っても、男同士の交流には夜でなければ憚りが出る事もあるからだ。
「なんだいヴァンゼ?」
寝袋にくるまり、夕食と入浴を済ませて就寝前の読書を楽しんでいる事にも、まあ、目をつぶる事が出来ない相談ではない。
だがしかし。
「今日で三日連続、俺の家に泊まり込んでいるような気がするのだが?」
「うむ。その認識には間違いがないよ」
何の問題も無いと言わんばかりに、肯定してのけるカリアン。
少々殺意がわいてしまった。
「自分の家があるだろうに?」
「家という言い方は正しくはないね」
起き上がる気配もなく、顔だけをこちらに向けてのんびりとそう言うカリアンが、少々うっとうしい。
つまみ出してやろうかと本気で考えてしまう。
「ここが学園都市である以上、いつかは出て行かなければならない。ならば家という物は基本的に存在していないのだよ」
カリアンも分かっているのだ。
ヴァンゼが何を言いたいかを理解していてなお、本質とは関係のないところへ会話を持って行き、はぐらかしているのだ。
今夜もここに泊まるために。
「いい加減に自分の寮へと帰れ」
「つれないね。ツェルニに来る前に知り合った仲じゃないか?」
更にはぐらかそうとしている。
これははっきりと言わなければ話が進まないようだと、そう理解した。
「家に帰る事で何かあるのかね?」
「いや。特に何が有る訳でもないけれどね、ここの居心地が良いのだよ」
「刺される事は覚悟の上だったと思うのだがね」
そうなのだ。
カリアンがここに居座る理由とは、マンションと呼べるあの部屋に帰ったが最後、次の日の朝日を拝む事が出来ない事を知っているからだ。
少々前にあったレイフォンの腕試しが終了した瞬間、フェリとナルキがアイコンタクトを交わしていた事には気が付いていた。
それがカリアン暗殺計画である事も、二人の事情を考えれば、おおよそ予測が出来る。
それを避けるために、ヴァンゼの所で寝起きしているのだ。
ここならば、ヴァンゼの護衛をいつでも受ける事が出来るし、第一小隊の念威繰者の庇護を受ける事も容易だ。
まさに、ツェルニで最も安全な場所と言える。
武力的には、レイフォンと同室になる事の方が遙かに強力だろうが、彼自身がカリアンを襲わないという保証はない。
いや。レイフォンがその気になったら、ツェルニで安全な場所なんて無いのだから、そこは割り切ってしまえば良いのだろうが、流石にそこまでは大胆になれないようだ。
そして、最も問題なのは、レイフォンではあっさりと呼び出されてしまうと言う事だ。
メイシェンが食事を作ったと言われただけで、ホイホイ出かけて行ってしまう。
出て行った後にカリアンが帰ってきたのならば、それはいつでもやれると言う事になる。
だが、ヴァンゼならばその確率は極めて低くなる。
武芸長という役職にある以上、カリアンとは頻繁に連絡を取り合っているし、携帯端末を持ち歩いているので、いつでも居場所を確認出来る。
総合すると、ここが最も安全という判断を下したカリアンの計算は間違いではない。
間違いではないのだが、当然納得は出来ていない。
「刺される事は覚悟しているが、せめて武芸大会が終わるまでは生きていたいからね」
「そう言って妹さん達を説得してみてはどうだね?」
「フェリが納得するとは思えない」
確かに納得しないだろうが、説得の努力を放棄して良いと言う事にもならない。
だが、ヴァンゼは更に恐ろしい危険性にも気が付いていた。
カウントダウンである。
武芸大会の終了は宣言される訳ではない。
だが、生徒会長の任期は明確に定められている。
後何日で生徒会長ではなくなるかと言う事が、きちんと分かっているのだ。
もし、自室へと帰り着くたびに、扉を開けた真正面に、貴方の命は後何日ですというカレンダーがあったら?
それは、猛烈に恐ろしいような気がする。
是非とも避けたい未来予想図だ。
とは言え、それもカリアンが自らまいた種なのだ。
そこから実った以上、刈り取る責任もカリアンにはある。
これ以上ヴァンゼの部屋に居座られても困るというのもあるのだ。
なので行動を起こす。
「ヴァ、ヴァンゼ?」
「妹さんと話し合ってこい」
寝袋をカリアンと共に持ち上げて、部屋の外へと出る。
少々暴れているようだが、武芸者と一般人ではその身体能力に致命的な差があるのだ。
ましてカリアンは文系の人間で、体力や筋力は一般人としても下の方。
とうていヴァンゼに勝てるはずはないのだ。
「お、落ち着き給えヴァンゼ。話せば分かる!」
「だから、妹さんとも話せと言っているのだよ」
カリアンの苦情を聞き流しつつ、寝袋から落ちない様に注意しつつ、本来のカリアンの寮へと進路を決定する。
第一小隊に所属している念威繰者にも連絡を取り、万が一にも逃げられないように細心の注意を払いつつもだ。
向こうに到着して、返却拒否された時は、まあ、その時になって考えようと行き当たりばったりな事を考えつつ。
第十七小隊が正式に結成されて、初試合の日がやってきた。
レイフォンが入隊してからこちら、散々訓練を重ねてきた。
その結果レイフォンは、シャーニッドの狙撃タイミングまで完璧に見切れるようになってしまった。
何でも、これから撃つぞとシャーニッドの気配が言うのだとか何とか。
全く意味不明だ。
試しにレイフォン相手にシャーニッドが撃ってみたのだが、その時でさえ狙撃のタイミングを見切られていた。
それに引き替えニーナは、あまり変わっていないという自己評価を下している。
いくつか技をレイフォンから教わることが出来たが、それを使いこなせているかと聞かれれば否と答えるしかない。
逆に、ニーナの持っている技をレイフォンに見せたところ一発で会得してしまった。
使いこなせているかと聞いたところ、レイフォンはまだまだだと言うのだが、ニーナから見る限りにおいて、ニーナ本人よりも上手く使っているようにしか見えない。
これが才能の差という物だとかなりの衝撃を受けもした。
だが、ツェルニを救うために、ここで立ち止まる訳には行かないのだ。
例え、レイフォン一人が戦っただけで勝てるとしても。
だから、血が流れるほどの過酷な訓練を自分に科し、小隊の訓練もそれに引きずられて厳しい物になった。
フェリやシャーニッドは時々来なかったが、レイフォンは真面目に参加してくれた。
もっとも強いレイフォンが参加しているというのに、他が付いてこないと言う事態に少々憤慨した物だが、それでも確実に小隊としての戦力は上がっているはずだ。
その成果が今日明らかになるのだ。
いつも以上に力が入ってしまう。
「さあ行くぞ! そして勝つぞ!」
メンバーからの賛同の声は一切無かったが、それは何時ものことなので気にしない。
ニーナ自身に気合いを入れただけだから。
「作戦はどうしますか?」
「現場を見てから決める」
レイフォンからの問いに即答した。
ウォリアスのような卑怯な戦い方をして勝とうとは思わない。
正々堂々と戦い、そして勝ちたいのだ。
そのためには事前の作戦の立案も重要だが、現場がどうなっているのかはっきり分からない以上、その場で決めるのがもっとも現実に即していると判断しているのだ。
それが間違っているとは思えないし、これ以上良い案があるとも思えない。
「へいへい」
シャーニッドのやる気のない返事と共に、試合会場へと向かう。
会場では既に二試合が行われており、控え室まで熱気が伝わってくるほどだ。
ここで無様な真似は出来ない。
ニーナが先頭を走り、それをレイフォンが支援する。
フェリの索敵に会わせてシャーニッドが狙撃する。
基本的な戦法は確立することが出来た。
後はこれをどうやって使いこなすかだ。
全てはニーナに掛かっているのだ。
技と同じで使いこなせるかどうか分からないが。
それ以前にフェリの索敵に問題が有るような気はするのだが。
第十六小隊は高速戦闘と連携を得意とする部隊だ。
旋剄を使った高速移動で相手を翻弄し、それと共に連係攻撃で確実に相手を仕留める戦い方である以上、戦力の配分が非常に重要だ。
強い相手に多めに戦力を振り分けるか、弱い相手を先に倒してから強い相手に挑むか。
今回は、戦力配分にかなり苦労した。
ニーナとシャーニッドはその実力を大雑把に把握している。
だが、一年生で小隊員に選ばれたレイフォンの実力は全く未知数だ。
レイフォンに大きめの戦力をあてがい、早めに倒しておいてからニーナを狙うか、レイフォンに足止め程度の戦力を回してニーナを全力で仕留めるか。
小隊員の意見は真っ二つに分かれてしまった。
所詮一年生だから早めに始末してしまえと言う者。
足止め程度にしておいてニーナを狙うべきだという者。
双方の意見にはそれぞれに長所短所があった。
議論が紛糾した際に出てくる妥協という選択肢は、この際もっとも危険な賭になりやすいので徹底的に討論された。
その結果、レイフォンには足止め程度の戦力を張り付かせて、ニーナを積極的に狙うという戦術を採用した。
その際、肉体言語を使った話し合いに発展したのだが、それはまあどうでも良い。
狙撃手にも注意を払うべきだが、それは物理的な障害を多めに配置することで、おおむね無効化することが出来る。
だから殆どの戦力を迎撃に使うことが出来た。
だが。
『後ろ!』
試合開始から十分。
レイフォンの足止めに専念していた隊員が、十三回目の旋剄攻撃を終了させた直後、念威繰者の悲鳴が辺りを支配した。
小隊長を勤める六年生が、その悲鳴につられてレイフォンの方を見ると、旋剄の効果が切れて減速した直後の隊員が背中から斬撃を受けて倒される光景と出くわした。
完璧なタイミングだった。
旋剄は高速移動のため、一度発動してしまうと細かな方向転換などはかなり難しい。
そして、何時までも高速移動を続けることも出来ない。
ならば、発動の瞬間と方向を読んで、追撃することは難しくない。
その欠点があるからこそ、第十六小隊は旋剄と連携を最大限活用した戦術を構築したのだ。
当然だが、一人では連携がとれない。
その欠点をレイフォンが突いたことが分かった。
そして、見事に小隊員を一人撃破して見せたのだ。
一年生だと侮っていた訳ではなかったのだが、結果だけ見れば戦力の配分を間違ったことは否定出来ない。
そして、試合も大会も戦いも結果が全てなのだ。
とは言え、一人でも発動のタイミングを変えたり、途中で緩やかに曲がるなどして追撃を阻止する事は出来る。
確認はしていないのだが、レイフォンが防御に徹している事で油断して、小細工を忘れてしまったのかも知れない。
これは明らかな隊員のミスだ。
勝っても負けてもこの辺をしっかりと評価して、次回に生かさなければならない。
幸いにして、小隊対抗戦は戦闘ではないので、この次があるのだ。
この体験は非常に貴重な物になるだろうと、隊長は評価している。
「っち! 狙撃手に攻撃させろ! ニーナをさっさと叩くぞ!」
と言う思考は瞬間的に押しとどめて、現状の打開を優先する。
ニーナに張り付いて攻撃している隊員は全部で二名。
双鉄鞭という武器を最大限生かし、防御力に優れたニーナを短時間に倒すためにはこれ以上戦力をさくことは出来ない。
時間をかければ、確実に挟撃あるいはフラッグ破壊されてしまう。
そう判断したのだが。
「なに!」
気が付けば、レイフォンがすぐ側まで来ていた。
二人とも一瞬動きが止まった。
こちらに来ることを予測していなかった訳ではないのだが、それでもあまりにも移動速度が速すぎた。
何故か硬直したのはニーナも一緒だったようだ。
この一瞬の硬直に倒せれば良かったのだが、生憎と双方復活するタイミングは殆ど同じだった。
この事態から推測すると、ニーナの指示ではないだろうが、攻撃側である第十七小隊は隊長であるニーナが倒されれば、それで敗北が決定してしまう。
ニーナの援護に入るのは当然だ。
一瞬の硬直の後、二対二の戦いに備えて視線だけで連携を確認する。
だが、ここで驚くべきことが起こった。
「な、なにぃ!」
いきなりレイフォンが消えたのだ。
何処に行ったかと探す。
フラッグへ向かう後ろ姿を確認出来た。
まだそれほど距離は離れていない。
旋剄を使った移動だったようだが、速度は兎も角として発動時間が短いのかも知れない。
「狼狽えるな! 狙撃手が迎撃する! 手早くニーナを倒すぞ!」
先ほどの計画通りに、二人でニーナに波状攻撃を仕掛け、短時間で倒さなければならない。
時間をかけてしまえば、シャーニッドの狙撃かレイフォンの攻撃でフラッグが破壊されてしまう。
既に散々攻撃を受けたニーナは立っているのもやっとと言った感じだ。
ここで一気に攻撃を集中してしまえば、倒すのに時間は掛からない。
そう思えたのだが。
『後ろ!』
「え?」
再びの念威繰者の悲鳴と共に、ニーナを取り囲んでいた隊員の一人が背中からの攻撃で倒された。
当然やったのはフラッグの方向へ行ったはずのレイフォン。
冷静なその視線が隊長を捉える。
「僕がフラッグに向かったからと言って、注意しないからこうなるんですよ」
冷静なその視線と声と共に、黒鋼錬金鋼の長剣がこちらを向いた。
やられた。
一年と侮っていたつもりはなかった。
だが、ここまでの戦い巧者だとも思わなかった。
旋剄が途切れて動きが止まった瞬間を狙ったのもそうだし、フラッグを取りに行くと思わせて奇襲したのもそうだ。
これほどの実力者が一年にいるとは、全く想像もしていなかった。
この試合は負けた。
そう覚悟した瞬間、狙撃によりフラッグが破壊された。