機関部で清掃の仕事をしながら、ニーナは考えていた。
レイフォンのあの強さの理由を。
ウォリアスの話を聞いた時には信じられなかった。
入学式でのあの技の切れを見たとは言え、それでもまだ信じられなかった。
だが、今日の立ち会いではっきり分かった。
剄量を抑えて尚ニーナを圧倒する力量。
剣線はおろか、その身のこなしさえろくに見えなかった。
そして何よりも恐ろしいのは、動きが完全に読まれていた事だ。
そうでなければ、ああも的確な防御や回避が出来るはずはない。
それは分かる。
だが、どうやって読まれていたかが全く分からない。
もしかしたら、あの読みを会得することには想像を絶する経験が必要なのかも知れない。
それだけの実力者をグレンダンは追放した。
汚染獣との戦闘が異常に多いのだから、武芸者の質も異常に高いのかも知れない。
だから追放できた。
賭け試合に出ていたことが原因だったとしても、追放するだけの余裕がグレンダンには有った。
そして、レイフォンは今ツェルニに居る。
ニーナの部下としてだ。
ならばニーナはレイフォンを守る義務がある。
そして、レイフォンはニーナ達ツェルニの武芸者に教える義務がある。
覚えることがない以上、教えることは学園都市にいる生徒にとっての義務だからだ。
守るべき者に教わるという現実は少々歪んでいると思うのだが、悪い状況ではないと思う。
だが思うのだ。
負けそうになったナルキが刀を振り回した。
負けたら死ぬ訳でもないのに、無様に振る舞っていた。
それはレイフォンがそうしろと教えたと言う事らしいが、これはあまり受け入れられない。
潔くないのだ。
同じような状況になったレイフォンが負けそうになって、刀を振り回すところを想像することは出来ない。
きっと何か他の技で切り抜けてしまうに違いないと、確信している。
実力を付けるまでの過渡的な行為だとしても、それでもニーナにはあまり受け入れられない。
「はあ」
溜息をつきつつ時計を見る。
夜食が運ばれてくるまではまだ少し間がある。
人気のサンドイッチを確保するために時間には気をつけたいが、あまり気にしすぎると清掃作業が疎かになってしまう。
この辺の加減が難しいところだ。
夜食のことは置いておいて。
問題はレイフォンだ。
第十七小隊に入ることは承諾してくれた。
喪ったと思っていた電子精霊が、ニーナの中で生きていると気が付いてもくれた。
恩があるのだ。
それを何とか返したい。
だが、返す方法が全く思いつかない。
鍛錬に打ち込み強くなることが恩に報いる方法かも知れない。
ならば、どうにかしてほんの少しでも強くならなければならない。
どうやって強くなればいいのだろうかと考えてみたのだが、余りよい手は思いつかない。
「はあ」
頭で他のことを考えつつも、丸二年続けてきた清掃作業は身体の方が自動的に問題無く行っている。
あまり効率は良くないけれど。
清掃作業の効率が落ちたとしても、ニーナは考えなければならない。
今までと同じ事をやったとしても、一気に実力が伸びるという訳ではないはずだ。
今までと違うことをする必要がある。
何を?
ここで行き詰まってしまった。
「しまった」
気が付けば、夜食が運ばれてくる時間を大きく超えてしまっている。
考え事をしながら何かをしてはいけない。
この真実を体験できたことが今日の収穫かも知れないと思いつつ、ニーナは質の落ちることが確定した夜食を求めて行動を起こすことにした。
機関清掃の仕事を終えて軽く睡眠を取った。
そうしたら既に朝の遅い時間になっていた。
慌てて身支度を調えると、二人部屋を飛び出す。
同居人がいれば起こしてくれたのにとも思うのだが、二人部屋を独占できるという贅沢の代償としては安い物かも知れないと考え方を変える。
朝食を抜くことはあまり好ましくないので、途中で買って行こうと決めたところで、ウォリアスの襲撃を受けた。
話題は錬金鋼について。
何故刀を持たないのかと。
メイシェンが心配するからだと答えた途端、大きく溜息をつかれてしまった。
「あり得ないなんてあり得ないんだなぁ」
「なに?」
「気にするな」
レイフォンには関係のないところで何かあったようだ。
それはそれとして、朝食を調達したレイフォンはそれを食べつつ校舎を目指す。
本当はゆっくりと食べたいのだが、寝坊したために時間が無いのだ。
散々戦場にいたせいで、歩きながらとか一気食いとか言うのには十分なスキルを持っているのが幸いしている。
リーリンに見付かったら小言を貰ってしまうだろうが、遅刻するよりは多少ましだろうと考えて、食べながら歩く。
「刀は持てないのか?」
「うん。戦いに出たくない」
手短に答えつつ、牛乳をすする。
朝はやはり糖分の多い物を摂りたいので、あんパンがメインディッシュだ。
少々情けないような気もするが、寝坊のつけは結構大きい。
「成る程な。まあ、レイフォンの実力なら刀を持たなくてもそれほど問題はないか」
「うん。教える分には何の問題も無いよ。それに、天剣以外の錬金鋼じゃ全力は出せないもの」
「・・・。なに?」
何か驚いた様子でレイフォンを見るウォリアス。
普通の武芸者が全力の剄を注ぐくらいでは、錬金鋼がどうにかなると言う事はない。
だが、天剣授受者の選定基準の一つとして通常の錬金鋼では耐えられない剄量を持つという物があるのだ。
逆に言えば、天剣を持たなければ実力を発揮できないと言う事になる。
今レイフォンが置かれた状況のように。
そんな説明をしつつ、ちょっとレアな表情かも知れないと思いつつ、天剣についても教える。
「あれは多分錬金鋼じゃない」
「錬金鋼じゃないって?」
「うぅぅん? 気配がある」
「・・・・? なに?」
「だからね、ヴォルフシュテインには気配があるんだ」
始めは気が付かなかった。
だが、五年という歳月を付き合って分かった。
白金錬金鋼によく似ているが、全く違う何かだと。
天剣授受者としても剄量の多いレイフォンが、全力で剄を注ぎ込んでも全くびくともしない。
それどころか、人よりも遙かに弱いが気配のような物を感じるのだ。
幽霊とかそんなものでは無いと思うのだが、では何だと聞かれると非常に困る。
「天剣って何だ?」
「知らない」
「知らない物を使っていたのか?」
「うん」
呆れ果てたというウォリアスの表情もやはり珍しいのだろうと思う。
今日は良い日になるかも知れないと思いつつ、ゆっくりとチョコレートデニッシュを取り出し、口に運びかけて硬直した。
当然この後に続くべき台詞が全く欠けているのだ。
「刀を持てって言わないの?」
「僕は言わないよ。言えないという方が正しいかな?」
何時ものことだが、ウォリアスの考えは良く分からない。
レイフォンは刀を持つべきだと言う方が普通なのに、持てと言えないというのだ。
これははっきり言って青天の霹靂だ。
詰め寄られることがないのは助かるが、それでもかなり驚きだ。
「僕は言わないけれど、リーリンは持って欲しいと思っているよ。多分ナルキも」
「そうなんだ」
ここで始めて、リーリンがデルクからの預かり物を持っていることを知った。
デルクから鋼鉄錬金鋼を託されたリーリンなら、持って欲しいと思う気持ちは理解できる。
この一年近く鍛錬を一緒にしてきたナルキも、やはり刀を持った方が良いと思っていることも分かる。
それでも、メイシェンの泣き顔を見たくないから刀は持たない。
心配させたくないから戦場には出ない。
そう決めたのだ。
全力を出せない上に、レイフォンが頼ることが出来る人間もいない。
ならば出来ることは戦いに出ないと言う事だけ。
天剣がない今、どんな錬金鋼を持っても結果にあまり変わりがないと思う反面、刀に対する思いは確かに存在している。
今はまだ、レイフォンに答えを出すことは出来ない。
そんな思考をしている内に朝食が終了したので、取り敢えずウォリアスの首を締め上げる。
「ぐぇ」
「言っておくんだけれどねウォリアス」
少々力を込める。
今後のために是非とも必要なことを言わなければならないのだ。
「昨日みたいなことをしたら、ブチッて殺しちゃうよ?」
「見たく無いのヴァァ」
台詞の途中で締め上げる力を強める。
全力で手加減して殺さないように。
「メイシェンと話せるようになるまでに、どれだけ苦労したと思ってるんだい?」
「わ、わかった」
やや顔色が悪いが気にせずにもう少し閉めてから、ゆっくりと力を抜く。
正直に言って、嬉しくなかったかと聞かれるとそんな事はないのだが、それを表面に出す訳には行かないのだ。
特にウォリアス相手には。
そして校舎が見えてきた。
今日は穏やかに始まりそうなので、少々安心しつつウォリアスを完全に離す。
朝から疲れ切ってしまったウォリアスではあるのだが、収穫は十分にあった。
レイフォンが刀を持たない理由について、かなり納得の行く説明がもらえた。
あり得ないと思って思考を停止していた訳ではないのだが、それでもやはり経験していないことを想像で補うには限界があるのだ。
それを痛感させられただけでも十分な収穫だ。
問題は、ニーナを始めとする人達が納得するかと言う事だが、まあ、それはゆっくり考えればいいことだ。
心配させたくないから戦わないという消極的ともとれる理由を、実戦を経験していない武芸者がどれだけ理解できるかも疑問だが。
「それはそれとして」
目の前に並ぶ数々の料理に少々胸焼けがしてしまう。
時は昼食時。
今日はレイフォンの盾と言うべきエドも巻き込んでの昼食会なのだが、その品数の豊富さは驚愕の一言だ。
七人でも食べきることが出来るかどうか疑問なほどだ。
だが、エドとレイフォンがいるのだから残ることはないだろうと楽観的な予測を立てて、ブキを手に取る。
別に錬金鋼を手にしたという訳ではない。
食事をする道具をブキと呼ぶのだ。
実際にウォリアスの手に握られているのは、フォークとナイフだし。
語源をさかのぼって行くと、食事と闘争の関係に行き着くらしいのだが、あいにくと詳しい事情が現代に残されていないのではっきりとはしない。
「やっぱり刀は持てないの?」
「うん。ごめん」
「・・・・。いいよ。レイフォンがそう決めたのなら」
リーリンとレイフォンの間でそんな会話が進行しているが、今のところ穏やかに推移している。
強制することは良くないとウォリアスの考えを前もって伝えてあるのが功をそうしているのだろうと思う反面、リーリンの心情が非常に複雑になっていることも理解しているのだ。
だが、学園都市という実戦を経験することが極端に少ない場所ならば、特に問題はないはずだ。
しかし、万が一にでも遭遇してしまったのならば?
その時戦力として期待できるのは、レイフォン以外にはいないのもまた事実。
いくらこれから教えて行き、ゆくゆくはレイフォンがいなくなった後もやって行けるようにするとは言え、それには非常に時間がかかるのだ。
それまで向こうが待つ理由は全く無い。
ツェルニに頑張ってもらうしかないのだが、これも確実という訳ではない。
「レイフォン」
「な、なに?」
そこまで思考したところで、昼食はおおむね姿を消していた。
それを待っていたかのようにメイシェンが思い詰めた表情で唇を振るわせる。
エドがいることを考慮すれば、あまりこの先に踏み込みたくないのだが、それはもう遅いのかも知れない。
「私のために止めないで欲しい」
「え?」
一瞬何を言いたいのか分からなかった。
ウォリアスでさへそうなのだ。
この場にいる人間で正確に事態を理解できたのは、おそらくメイシェンだけだっただろう。
「私のために、武芸を止めないで欲しい」
「あ、あの」
「レイフォン、本当は武芸が好きだと思う。もし、私のために好きなことを止めるつもりなら、えっと、あの、悲しいと思う」
しどろもどろになりつつそう言うメイシェンの瞳は、既に決壊間際だ。
これはかなりきつい攻撃に違いない。
レイフォンに明確な理由と決意、それを支える根拠がないならば陥落は時間の問題だ。
「大丈夫。止めるんじゃないから。戦いに出ないだけだよ」
どうやら今のレイフォンには三つともそろっているようだ。
微かに微笑みつつメイシェンの頭を撫でている。
それを確認しつつ少しだけ安堵する。
「今の、何処が違うんだ?」
「そうだね」
話に置いて行かれ気味なエドが聞いてきたが、実はナルキ達も疑問を持っているようだ。
ここは丁寧に噛み砕いて説明する必要があるかも知れないと思い、ウォリアスは頭をフル回転させた。
「・・・・・・。えっっと」
回転させたが、上手い言い回しが思いつかない。
それでも何とか分かりやすそうな事例を検索して、一件だけヒットした。
「食べるのは好きだけどマヨネーズが嫌いだみたいな?」
実はウォリアス。マヨネーズがあまり好きではないのだ。
子供の頃は大好きだったのだが、チューブから直接啜っていたのが災いしたのか、ある時を境に嫌いになってしまったのだ。
今日もマヨネーズがかかった料理には手を付けていない。
「何となく納得したような」
「全く意味不明なような」
「どちらかというと更に分からなくなったような」
「マヨネーズ嫌いな人って始めて見た」
等々。
少々場を混乱させてしまったようだ。
一息つきつつ反省しつつ、他に適当な表現があるかと考えて。
「ないな」
思いつけなかった。
レイフォン絡みの問題は、ウォリアスの処理能力を遙かに超えてしまっているようだ。
これほど頭を使っているのに解決できないと言う事自体かなり珍しいのだが、まあ良いだろうと考える。
これだけの難題を考えるという経験は、無駄にはならないはずだから。
「まあ、取り敢えず教えるのは続けるから安心して」
「うん」
二人の方はそれなりには納得しているようだから、今回はこれで良いのかも知れない。
教えるために技を磨き、鍛錬を続ける。
それは決して間違ったことではない。
レイフォン相手に戦えれば、よほどのことがない限り遅れを取ることはないだろう。
更に、グレンダンで培われてきた技の数々をその身に刻んでいるのだ。
それを伝えることが出来れば、どれだけ人類全体に貢献できるか計り知れない。
一部からは臆病者とそしりを受けるかも知れないが、それを受け止めることはおそらくレイフォンにとって苦痛ではない。
そうなるとやはり問題は、ニーナを始めとする人達と言う事になる。
実はこちらの方もかなり難題なのだ。
譲ることをしない強い意志という物は、非常に扱いづらい物なのだ。
「突然なんだがレイとん」
「なに?」
ウォリアスが考えに沈みそうになった頃合いを見計らっていた訳でもないだろうが、ナルキが思い詰めたような表情でレイフォンに詰め寄る。
刀絡みの話題が終わるのを待っていたのか、それとも他の理由があるのかは不明だが、その表情はこれ以上ないくらいに真剣だ。
「都市警には武芸者の臨時出動枠というのがあるんだが」
「良いよ別に」
「い、いや。話は最後まで聞いてくれないか?」
「僕に出動枠に登録しろって言うんでしょ? ヨルテムでもやっていたから別に問題無いよ」
話の展開とか流れとかを完全に無視した、レイフォンの先読みのせいでやり場が無くなるナルキの気合い。
これは少々可哀想かも知れない。
フォローできないのが心苦しいくらいには。
「そ、そうだったのか?」
「うん。報酬もそれなりに良かったし」
「そうなのか」
なにやら少々凹んでしまっているようだ。
十分に気持ちは分かる。
後でジュースくらいおごってあげても良いかもしれないと思うくらいに、ナルキは落ち込んでしまっている。
「それで手続きとかは今日行った方が良いの?」
「ああ。早めにやっておいてもらった方が良いだろうと思う」
「じゃあ、夜の仕事に出る前によるね」
「頼むよ」
取り敢えず話がまとまったようだ。
これでツェルニの治安は安泰になった。
天剣授受者並みの実力者が、都市の外からやって来て犯罪を行う。
そんな極小の危険性は、今汚染獣に襲撃されるくらいに低いはずだから。
あり得ないとは言い切れないが。
第十七小隊での初訓練を終えて、ニーナは自分の未熟さを思い知らされていた。
基本的な配置として考えていたのは、ニーナとレイフォンが前衛でシャーニッドが後衛という、ある意味これ以上ないほど完璧に単純な物だった。
それは良い。
他の選択肢を考えられるほどニーナは優秀ではないから。
では何が問題かと聞かれたのならば、非常に話は単純だ。
レイフォンとの連携が一発で成功してしまったからだ。
それは喜ばしいことのように思えるのだが、実は大きく違う。
ニーナの動きにレイフォンが合わせてくれたから、連携が成功した。
そう判断できてしまったからだ。
ニーナの動くタイミングを見計らって支援をしたり陽動をやったりと、実に完璧に動いてくれた。
いや。完璧に動いてくれすぎたのだ。
長年寝食を共にすることで得られるはずの、あうんの呼吸と呼べる物をレイフォンは既に取得してしまっている。
逆に、レイフォンを支援するような場面を作ってみたのだが、その時も見事に成功した。
だが、こちらもやはりレイフォンがニーナに合わせてくれたと思えてしまう。
だからレイフォンに聞いてみたのだ。
「グレンダンではその都度知らない人と連携することが必要でしたから」
何事もなかったかのように、実際にたいしたことでは無いのだろうが、そう答えられてしまった。
流石に狙撃手との連携は少々問題らしいが、そこはシャーニッドがある程度余裕を持てる状況を作ることで、十分に対応できるとも言っていた。
非常に驚くべき事態だ。
単純な戦力としてだけではなく、ある程度の集団での戦力としてもグレンダンの武芸者の質は、異常なほど高いことが分かった。
普通の都市が戦争で遭遇したのならば、瞬殺されてもおかしくはない。
ウォリアスの故郷であるレノスも、おそらくそうやってあっけなく負けたのだろう。
だからニーナは自分の未熟さを思い知らされた。
レイフォンが動くタイミングを見極めることが出来なかった。
経験不足と言えば簡単だが、ただ自分一人が強くなることだけではとうてい駄目なことは分かった。
これを埋めるにはどうしたら良いのだろうかと考える。
少しでも強くならなければならない。
そうしなければレイフォンから受けた恩を返せないのだ。
「都市警の臨時出動枠?」
「はい。登録して欲しいと頼まれまして」
「おいおい。お前さんそんな事までして大丈夫なのか?」
今日の訓練メニューが終了して、帰り支度をしているシャーニッドとレイフォンの会話がニーナにも聞こえてくる。
都市警にそう言う制度があることは知っているが、ニーナ自身はそれに参加してはいない。
基本的にツェルニは平和であり、優秀な武芸者の招集が掛かるような事件は、ニーナの知る限りにおいて起こっていなかったからだ。
「それは平気ですよ。バイトとかち合った時なんかはお給料が上がるみたいですから」
「い、いや。そうじゃなくてお前自身がさ」
「僕自身ですか?」
「ああ。体力とか」
「ああ。それも多分大丈夫ですよ」
にこやかにそう語りつつ、帰り支度を進める手は止まらない。
レイフォンほどの実力者が都市警にいるとなれば、確かに心強い物がある。
他の武芸者は全て昼寝をしていても良いのではないかと言うくらいに、安心できてしまう。
「それに、都市によって優遇されている武芸者が都市のために働くのは当然でしょう?」
「お前がそう言う考えを持っているとは驚きだけれど」
「建前ですよ。僕自身は都市がどうなろうと興味ないですから」
相変わらずレイフォンの言うことには問題が有るが、それでも目くじらを立てて修正する気にはなれない。
建前の上では、確かに都市のために働かなければならない武芸者だが、疎かにしている者も多い。
それに比べれば、レイフォンの本音はいざ知らず、行動していることは十分に評価に値する。
「それに、身の回りで騒がれたら安心して料理できませんから」
「本音はそっちか」
評価できるはずなのに、何故かシャーニッドと一緒にニーナも呆れてしまった。
自分の平和のために都市の平和を守る。
あながち間違った判断基準ではないと思うのだが、納得が行かないのもまた事実。
「先輩もどうですか?」
「俺か? 立て籠もったやつを狙撃したりとか?」
「長距離からの監視だって十分に出来そうですけれど?」
「女性限定なら」
「それだと駄目そうですね」
思わずシャーニッドを一発殴りたい衝動に駆られたが、それはきっとやってはいけないことなのだろうとも思う。
きっと冗談だから。
だが、ふとここで考える。
都市警の臨時出動枠に参加することで、集団線のノウハウを得られるのではないかと。
最低でも、組織が動くところを間近で見られるというメリットは捨てがたい魅力のように思える。
「レイフォン」
「はい?」
突然話に割って入られたことで、少々驚いた様子のレイフォンがニーナを見る。
ついでにシャーニッドも、嫌な予感がしてならないと言った雰囲気でこちらを見ているが、既に遅いのだ。
「私達も臨時出動枠に参加したいのだが」
「私達?」
「そうだ。第十七小隊全員で」
「いやです」
ニーナの提案を切って捨てたのは、扉から出ようとしていたフェリだ。
普段の無表情をそのままに、嫌そうな雰囲気が辺り一面に充満している。
どうも、フェリという人物は周りの空気で感情の流れを判断する必要があるようだ。
「しかしだな」
「おことわりです」
とりつく島がないほど完璧に、素っ気なく言い捨てて扉の向こうに消えるフェリ。
彼女の事だから、間違いなく参加しない。
そこは諦めてシャーニッドを見る。
「お、俺もか?」
「当然だ。女性の監視以外の仕事をしっかりこなせ」
冗談だと思うのだが、取り敢えず釘を刺して置くに越したことはない。
ついでにレイフォンを見る。
「まあ、実戦を経験するのは悪いことじゃないですけれど」
「実戦?」
実戦と言われたが、今ひとつ意味が分からない。
汚染獣や戦争で戦うこと以外の実戦など、有りはしないと思うのだが。
「犯罪に走る武芸者って、容赦ないですからね」
「それはつまり」
「普通に考えて殺されますし、最悪人質になったりします」
そこまで考えが及ばなかった。
だが、そう言う意味の実戦を経験しておくことも悪くはない。
むしろ、積極的に参加すべき事柄ではないかとさえ思う。
「話は決まったな。これから都市警に行くぞ」
「あ、あのなニーナ。これからデートの約束が」
「後で謝罪しておけ」
嫌がるシャーニッドを引き連れ、レイフォンを案内人にニーナは新しい訓練の場所へと向かう。
そこで待っているのは、都市を守るためのもう一つの戦場。
その戦場で、新しい何かを得られるかも知れないと言う期待と共に、ニーナは突っ走る。