「ほらほらこっちだよぉ」
「はははははは!! まてまて」
台詞だけ聞いていると水辺で戯れるカップルのようにも思えるが、やっているのは、そんな甘い展開の話では無い。
かすっただけでも細切れになるような衝剄の暴風が吹き荒れ、それを無傷で回避しつつ、汚染獣の殲滅を進めているという極限の殲滅戦である。
方やグレンダンの誇る狂戦士であり、方やツェルニの不運な武芸者である。
まあ、それだけならば別段問題はない。
ディックにとっては所詮他人事なのでどうなってもかまわない。
「楽しそうじゃない」
「なあ」
黒衣の美少女が苦しそうな息を隠しつつ喋るのを聞きつつ、ディックは少しだけ心配になっていた。
天剣に似た錬金鋼を、自分自身がすり切れて力尽きかけている状況にもかかわらず、ナルキに渡したことについてだ。
本来ディックの飼い主はこんな事をする人物ではなかったはずだ。
だがここは、学園都市ツェルニ。
天剣授受者さえも凌駕する化け物が跳梁跋扈し、そして全ての人が変わって行く場所。
ここに長い間いたせいで、徐々に、しかし確実にディックの飼い主であるニルフィリアが変わっていったと言う事は、十分に考えられる。
であるならば、ディックは覚悟を決めなければならない。
ツェルニ的な人生を楽しむか、それとも、ご主人様に振り回されて胃の痛みに耐える人生、どちらかを。
「・・・。いや違うだろう!!」
一人絶叫する。
槍衾を征くと決めた以上、違う意味の苦労など背負い込みたくない。
それ以上に、もっとこう、シリアスな展開であるべきだ。
「黙りなさい犬」
「い、いぬ、と言うか番犬だけどな」
だが、ディックの周りは彼自身の覚悟を認めてくれない。
特に飼い主であるニルフィリアは、断じて認めないつもりのようだ。
もしかしたら、決して認めないぞと決意を固くしてしまっているのかも知れない。
ツェルニならばあり得る。
何しろここは、グレンダンの誇る天剣授受者でさえ変わって行く場所なのだ。
駄目な方向に。
そんな思考などどうでも良いと言わんばかりに、何か巨大な質量同士が激突する音と、大地を揺るがす衝撃を感じた。
「影に引かれて本体が来たようね。うふふふ。楽しみ」
「・・・・・」
あえて一言だけ言えることがあるとすれば、これだけだ。
駄目だこりゃ。
疾走する。
猛り狂う廃貴族の力に振り回されないように、それでいて力が弱まりすぎないように制御下に置き続ける。
放つは逆捻子・長尺。
他の技など知らないかのように、ただそれだけを放ち続ける。
目の前で、片足を駆使して器用に破壊の範囲から逃げ続ける天剣授受者を、木っ端微塵にするために。
「ほぉら。こっちこっち」
「まてまてまて」
何度も技を放ち、その度に建物と汚染獣は粉砕できているというのに、サヴァリスだけは全く無傷でナルキの手から零れ落ちてしまっている。
とても楽しそうなその姿を見るだけで、殺意がいやが上にも迸りそうになるのを必死に押さえる。
廃貴族に操られて、汚染獣のみを殲滅してしまっては意味がないから。
だが、突然にこの無限の追いかけっこが中断された。
「え?」
全力で放ち続ける逆捻子の、その破壊の本流が一瞬で掻き消される。
そして目の前に現れたのは、何時にもまして凛々しい表情の、そして見た事もない白銀に耀く刀を持ったレイフォン。
その一閃だけで、ナルキが放ち破壊の限りを尽くしてきた攻撃は、完璧に無効化されてしまったのだと知ったのは、レイフォンの手が伸びてきて右手に重なった後だった。
そして、それを理解した瞬間、今まで猛り狂っていた廃貴族も、ナルキの中で噴出を続けた殺意も収まってしまった。
「れ、れいふぉん?」
「帰ろう、ナルキ。まだナルキは間に合うから」
「ど、どこに?」
何処にと言う質問を放ちはした物の、答えが具体的な場所ではないことは理解していた。
あえて言うならば、平常運転のツェルニに帰ろうとレイフォンは言って居るのだ。
そして、ここでやっと気が付く。
廃貴族を押さえつけていると思っていたのに、周りを見れば恐ろしいまでに破壊し尽くされた町並みが視界に飛び込んでくる。
当然、破壊の殆どはナルキがやった物だ。
ここまで考えた時、レイフォンが刀を気楽に振り抜いた。
天剣技 霞楼。
今まで見たこともないような広範囲にわたる衝剄の檻が形成され、周りに近寄ってきていた汚染獣を塵へと返して行く。
その破壊力は、ナルキの逆捻子など話にもならないほど強烈であり、そして恐ろしいことに、周りの建物にはかすり傷一つつけていない。
レイフォンならば出来ると確信していたが、流石に目の前でやられると技量差に人格が崩壊しそうになる。
ついでのように、サヴァリスが空中へと逃げているのも確認出来た。
あまりにも効果範囲が広範囲に及んだために、上に逃げる以外の選択肢が無くなってしまったのだと気が付く。
「良いね良いねレイフォン!! それは間違いなく天剣!! 僕を殺す決意を固めたのかい? それとも、ああ、なんてことだい。ヴォルフシュテインに選ばれたんだね」
「どうもそう言うことらしいですけれど、僕にはどうでも良いことです。今、僕の手元にヴォルフシュテインがあって殺すべき汚染獣がいる。それだけで十分でしょう。後のことは後で考えますよ」
「そうだよレイフォン!! そうでなければつまらないよ!!」
何故か喜びに浸るサヴァリス。
最悪の展開として、サヴァリスの手元にもクォルラフィンがやってくるのかと身構えたが、そんな事はないようだ。
それは、残念そうなサヴァリスの表情からも十分に分かる。
「どうやら僕はクォルラフィンには選ばれていないようだね。天剣失格かな?」
「サヴァリスさんが選ばれる必要なんてあるんですか?」
「うん?」
サヴァリスの落胆とは関係なく、レイフォンはとても冷静に現状を認識しているようだ。
その瞳はあくまでも平静で波立つことなく、まるで揺れることのない湖面のようだ。
「サヴァリスさんが天剣を選んだのでしょう?」
「ああ。そう言うことか」
「選んだのが貴方なら、クォルラフィンの意志なんて関係ないでしょう」
「言われて見ればそうだったよ!! じゃあ、さっさと帰って天剣を取ってくるから、心ゆくまでぼくところし・・・・」
軽快に言葉の銃弾を放ち続けていたサヴァリスが一転、急速にやる気を失ったかのように全身から力が抜ける。
視線はグレンダンの方向を向いていたのだが、それがレイフォンへと向く。
まるで十歳も歳を取ったような瞳で、レイフォンを見つめる。
あまりに急激な変化だったためにナルキは現状の認識に失敗したが、レイフォンはきちんと認識して、そして対応してのけた。
「同じ天剣授受者ですから、女王が止めるのじゃないかと」
「・・。だよねぇ。陛下はその辺融通が利かない物ねぇ」
そう言いつつ、視線がグレンダンへと戻る。
釣られてナルキもグレンダンの、正確にはその中央に聳え立つ王宮らしき場所へと視線を向ける。
活剄で視力を強化すれば、絶世の美女がこちらに向かって指を突きつけているところだった。
「・・・・・」
話を総合すると、あれがグレンダンの女王と言う事になる。
話し通りならば、サヴァリスを瞬き一つで返り討ちにした正真正銘の化け物と言う事に。
「なあ、あの隣にいるのって?」
こちらに指を突きつけている、絶世の美女の隣に、そっくりな女性が立っているのが見える。
この事態に困惑しているのか、やや挙動がおかしいところを除けば、瓜二つと言ったところだろう。
双子の姉妹だったのならば、全人類にとっての災いになること請け合いである。
「カナリスさんですよ。陛下の、なんというか、身代わり?」
「むしろ揉め事処理の専門家ですかねぇ?」
「・・・。なるほど」
名前は知っているし、事情もおおよそ聞いている。
天剣授受者の一人でアルシェイラの影武者で、更に、執務を押しつけられている苦労人だとか。
だが、実はもう一人視界に入っているのだ。
「じゃあ、同い年くらいの男の子がいるんだけれど。望遠鏡覗いて手振ってるの」
「あれは、えっと」
答えようとしたレイフォンが止まる。
知っている人物なのだろうが、何故王宮などにいるのかが分からないのか、それとも人違いだと思っているのか。
だが、それもサヴァリスの話を聞くまでのことだった。
「リチャードだね。僕が知らない間に出世したんだね」
リチャード。
やはり話だけは知っている。
レイフォンの弟で、ちょっとした特殊能力を持っているが、常識と良識の持ち主だとか。
そうなると、どうして王宮などにいるのかが分からなくなる。
何か、恐るべき事情があることだけは理解できるが、それが何なのかは知りたくない。
だが、当然のことナルキの希望など叶えられないのだ。
『少々事情がありましてね。リチャードさんには陛下のしつけ役をお願いしておりますの』
「デルボネ様?」
『はいはい。お久しぶりですねレイフォンさん』
突如として、蝶の形をした念威端子がすぐ側に来ていることを認識した。
フェリの場合は、何となく分かる時があるのだが、この念威端子の持ち主は全く気が付かなかった。
ナルキの精神的な状態が悪いせいもあるだろうが、最大の原因は当然のこと、持ち主が天剣授受者だという事実以外にあり得ない。
そして、ナルキのことにはあまり興味がないのか綺麗に無視してくれた。
これはとても有りがたい。
だが、次に起こったのは想像を絶する現実だった。
レイフォンの周りをフワフワと飛んでいた念威端子が、いきなり頬へと張り付く。
それはもう、なんだか見ているこっちが恥ずかしくなるような空気を纏い、人前でメイシェンがレイフォンの頬に口付けするほどの何かを秘めつつ。
「あ、あの、デルボネ様?」
こんな展開など想像もしていなかったのだろう、レイフォンが大いに戸惑っている。
だが、これだけでは済まなかった。
『生徒会長さん。もし宜しければ今からグレンダンの優秀な念威繰者を十人ばかり、ツェルニに留学させたいのですがいかがでしょうか? いえいえ。深い意味などありはしませんし、もちろん試験を受けさせますので』
会話の内容がこちらに聞こえているのは、当然デルボネがそうしようと思っているからに他ならないのだが、目的がさっぱり分からない。
天剣授受者としての何かがそうさせているという、そんな危険な匂いはしていないと思う。
だが、他の何か、想像を絶する危険な香りがしているような気がするのだ。
『レイフォンさん?』
「はい?」
会話が一段落したのだろう、デルボネの注意がレイフォンへと向く。
相変わらず念威端子は、レイフォンの頬へと張り付いたままである。
『もし宜しければ、わたくしの曾孫を何人か孕ませて頂けないでしょうか?』
「・・・? はい?」
『子供の面倒を見ろとか言うつもりはありません。孕ませたらそのままグレンダンへ送り返して頂ければそれで結構ですので』
「あ、あのぉぉ?」
戸惑い続けるレイフォンから視線を外し、サヴァリスへと向ける。
何が起こっているのか、説明してくれないかと思ったのだ。
よりにもよってサヴァリスに説明を求める日が来るとは思っていなかったが、それでも、この現実離れした展開の前では些細な事柄でしかない。
だが、頼みの綱であるサヴァリスも、事情を認識できていないのか呆然とした表情をしているだけだった。
『グレンダンにいらっしゃった頃とはずいぶん変わられたのですね。とても凛々しくおなりですよ』
「そ、そうですか?」
『はい。今のお顔をグレンダン時代になさっておられたのならば、わたくしの曾孫との縁談を進めましたのにと思いましたの』
「は、はあ」
『ですが、今からでも遅くはないことに気が付きましたの。グレンダンに帰ることは無理かも知れませんが、子供に咎は及びません物ね』
「ど、どうでしょうか?」
困惑していたレイフォンが困り果てている。
この展開で困らない人間は恐らく極少数だろう。
何しろサヴァリスでさえ困っているのだから。
『もちろんトリンデンさんとロスさんのことは存じておりますが、いえ。存じておりますからこそ曾孫を孕ませて頂けるのではないかと考えましたの』
「え、えっと?」
デルボネの縁談話を断るために、フェリがレイフォンの愛人であるというような話をしたことは知っている。
フェリ自身がメイシェンの前でとても楽しそうに話していた。
当然、そんな甲斐性があるはずもないのだが、取り敢えず取り乱し気味のメイシェンを堪能したかっただけのようだった。
満足したのか、ひとしきりメイシェンを虐めてから冗談だと種明かしをして、そして糸が切れた人形のようにその場で眠ってしまった。
フェリも何か、決定的に間違った方向へと突き進んでしまっていることを確認したが、今、問題としなければならないのはデルボネの計画の方だ。
こちらは確実に実行するつもりなのだから、危険度は半端ではない。
『天剣授受者ならば、強い武芸者の遺伝子を後世に残すのはもはや義務と思いますの』
「え、えっと、あの」
『ですからねレイフォンさん。私の曾孫を十人ほど孕ませるのはレイフォンさんに課せられた義務だと言う事ですの』
「い、いえ、あの、その」
そもそも話をするのが苦手なレイフォンであるが、今、戦っているのは、熟練の縁談愛好家であり、そして何よりも天剣授受者の念威繰者である。
勝ち目など最初から無いのだが、それでもなんとか抵抗を続ける。
恐らくレイフォンを支えているのは、メイシェンを悲しませたくないというささやかな思い。
いつまで続けられるか分からないが、それでもレイフォンはまだ戦っている。
だが、ある意味他人事だったのはここまでだった。
「え?」
ふと気が付くと、ナルキの頬にも何かが張り付いていた。
恐る恐ると手を伸ばして、それがなんであるかを確認する。
蝶のような形をした金属のように思える。
『ところでゲルニさんでしたわよね?』
「は、はひ?」
当然の様に、そこからデルボネの声が聞こえたのだが、それでも尚、思わず声が裏返る。
思わずレイフォンの方に視線を向けてみるが、未だにデルボネの攻勢を受け止め続けているところだった。
つまり、デルボネは二つの会話を同時進行することが出来る。
流石は、天剣授受者だと、思わず感心したのはしかし一瞬だった。
『もし宜しければ、貴方もわたくしの玄孫(げんそん、孫の孫)を産んでみては頂けませんでしょうか?』
「うえ」
この展開は、ある意味予想していたのだが、それでもいざ現実の物となると少なくない衝撃に襲われる。
そもそも玄孫などと言う単語を聞いたのは生まれて初めてだったので、話の展開をおっていなかったら、恐らく理解できなかっただろう。
つくづく、グレンダンとは恐ろしい都市なのだと痛感させられた。
このままでは駄目だ。
何時か必ずデルボネの攻撃を支えきれなくなり、そしてなし崩し的に大量の子供の父親になってしまう。
その未来が予測できたからこそ、レイフォンは必死に頭を使い、そして一つだけこの窮地を脱する方法を思い付くことが出来た。
「デルボネ様!!」
『はいはい』
少々強引に話を断ち切る。
そうしなければ、レイフォンの未来に安息はないのだから。
少しだけ視線をずらせ、ナルキの方を見るが、当然の様にこちらはまだデルボネの攻撃が続いている。
相変わらず規格外の念威繰者であることを確認した後、言葉を送り出す。
「取っ替え引っ替え女性を孕ませたりしたのならば、僕の世間体が大きく失われてしまいます」
『あらあら? 世間体なんて言葉よくご存じでしたね。ヨルテムでの一年はさぞ充実した物だったのでしょうね』
「それはもう」
一瞬だけ、グレンダンを出てからの日々が脳裏を駆け抜ける。
色々なことがあった。
だが、その思い出に浸っている余裕はレイフォンには無い。
「ですので、僕は平穏を維持するためにもデルボネ様の提案には応じることが出来ません」
『それならば大丈夫ですわ。優秀な武芸者の子孫ならば何処の都市でも欲しいはずですわ。レイフォンさんくらいならば多少の便宜を図るのはむしろ当然のことと思いますのよ』
「い、いえですね」
あっさりと返された。
これ以上ないくらいに自然に。
そして、デルボネの主張はある意味正しいのだ。
この汚染された世界にとって、武芸者はどうしても必要な存在であり、しかも、天剣授受者になるような強者ならば何処の都市も、喉から手が出るほどに欲しいだろう。
デルボネの認識には間違いがない。
だがしかし、レイフォンには最後の一手があるのだ。
「ですが、ここは学園都市ですので、あまり公序良俗に背く行為をしていると退学という憂き目にあいかねません」
これならばデルボネの攻勢を退けることが出来る。
学園都市である以上、ここを卒業しなければならず、そうなれば、学園都市なりの事情という物が存在するのだ。
そして何よりも重要なことなのだが、レイフォンはツェルニを卒業したいのだ。
武芸を止めて生計を立てるためにここに来たが、その望みは最初から間違っていたので捨ててしまったが、それでもレイフォンはこのツェルニを卒業したいのだ。
この気持ちは、今のところ確固として存在し続けている。
だからこそ、女性を取っ替え引っ替え孕ませるなどと言う行為は慎まなければならない。
メイシェンを悲しませたくないという気持ちと共に、レイフォンを支える意志の源である。
『あらあら。そうでしたわね。ここは学園都市。普通の都市とは少しだけ違うのでしたわね』
普通の都市との違いを認識したデルボネの攻勢が止まる。
それはナルキの方も同じ状態のようで、少しだけ肩から力が抜けている。
だが、この程度の抵抗などで諦めるほどデルボネは柔ではなかった。
『でしたら、ヨルテムに帰られた頃を見計らいまして』
「うわぁぁぁぁん」
どうあっても諦めることはしないようであった。
頭を抱えて座り込むナルキを見れば、きっとヨルテムに帰った時には、既に事が進んでいることを覚悟したのだろう事が分かる。
レイフォンも覚悟を決めるしかないのだろう。
それでも、出来うる限り浮気はしないぞと心に誓うのであった。
『そうそうレイフォンさん』
「はい?」
と、ここに来ていきなりデルボネの口調が変わった。
今までの世間話のそれではない。
あえて言うならば、これから戦いが始まるのだとそう宣言する時の物だった。
そして、それは全くもって正しかったのだ。
『ルイメイさんから伝言です。遊んでないで戦え』
「遊んでないで戦え」
伝言と言いつつ、声が届く距離に巨漢を誇るルイメイが佇んでいた。
もしかしたら、一応デルボネに遠慮したのかも知れないが、問題はそこではない。
天剣が手元に飛んできたことからこちらのごたごたですっかり忘れていたのだが、ただ今現在は紛れもない戦闘中だったのだ。
この辺の汚染獣は全てナルキが駆逐してしまったので、すっかりと気がゆるんでいたのだ。
グレンダン時代では考えられないことだが、ここはツェルニ。何処のどんな人だろうと変わって行くことが出来る学園都市なのだ。
そう。サヴァリスでさえ変わってしまうのだ。
「おやおやルイメイさんじゃないですか。お久しぶりですねぇ」
「・・・。一瞬お前だと分からなかったぞサヴァリス」
「それは何よりです。学園都市というところが僕の心と身体に合っているのでしょうねぇ」
「・・・。俺の子供は絶対にここには来させねえからな」
「それは残念ですねぇ。とても良い都市ですよ」
「何処がだ!!」
最後には戦声の突っ込みが放たれた。
だが、話の展開上レイフォンにはやらなければならないことがある。
ルシャ絡みのことはもうどうすることも出来ないと分かっているが、それでも、嫌がらせくらいはやっておかないと気が済まないのだ。
なので一計を案じる。
「お兄様」
「!!」
一瞬だった。
一瞬だけルイメイの動きが止まる。
その一瞬を逃すことなくレイフォンは横へと移動する。
そして、横へと移動した僅かに百分の一秒以下の時間差で、鉄球が通り過ぎていった。
「てめえ!! ぶっ殺す!!」
「お止め下さいお兄様」
「ぬわぁぁぁ!!」
言葉にならない絶叫を放ちつつ、引き戻された鉄球が再び振るわれようとしたが、それは止められた。
トロイアットの破壊光線が降り注ぐという形で。
いきなりのことで、少々では済まない被害がルイメイにもたらされたが、レイフォンはあまり気にしない。
「旦那さぁ。レイフォンの家族に手を出すからそうなるんだぜ? 出すんだったら殺されるくらいの覚悟はもってないと駄目だって事だぜ」
格好つけつつそんな事をのたまうトロイアットには、全く悪びれた様子がない。
流石と言うべきなのだろうが、全くもって共感できない。
問題はそこではないからだ。
「・・・・」
少々では済まない、虫の息のルイメイが何か訴えているので、用心しつつ接近し活剄の密度を少し上げる。
そして拾った言葉は、正直聞かなければ良かったと思える内容だった。
「ルシャはいい女なんだぞ」
「そんな事は知っている。ルシャ姉さんだからね」
「意見の一致を見るとは思わなかった」
「僕もだよ」
一致を見たからと言って嬉しいわけではないのだが、当面問題はそこではないはずなので視線をトロイアットに向ける。
ルイメイを死なない程度に殺してしまったのだから、この後どうするかくらいは考えているだろうと思って。
「お前手伝え」
「僕が?」
「ツェルニがこれ以上破壊されるのを、指を咥えて見ているんだったらかまわんが」
「・・・・。やるしかないのか」
ルイメイの惨状にはレイフォンも大きく関わってしまっているというのもあるが、事がツェルニの安全に関わることだけに選択の余地はない。
と言う事でデルボネの端子に視線を向ける。
向けたのは、ナルキの頬に張り付いている奴で、もう一つは未だにレイフォンの頬に張り付いたままだ。
「デルボネ様?」
『はいはい。陛下の許可はおりましたよ』
成り行きで仕事をすることの多いアルシェイラだけに、この程度の異常事態ごときは平気なのだろう。
その神経の太さを少しは見習いたい物だと思うが、そんな事が出来ないことは十分に理解している。
と言う事でナルキにも声をかける。
「わ、私って必要なのか?」
「手数は多い方が楽だからね。建物壊さないように注意するんだよ」
「あ、ああ。それで、この人は?」
指し示す先にいるのは、当然のことルイメイ。
こんがりと焦げ目が付いているので、自力移動は少々困難だろうと思うが良い手があるのだ。
視線をサヴァリスに向ける。
「致し方ないねぇ。クォルラフィンを取りに行きたいからついでに持って行くよ」
そう言うと、渋々と言った感じでルイメイを担ぎグレンダンへと向かう。
これで、当面の危機は去ったとそう判断して良いだろう。
レイフォンのもナルキのも。