戦闘開始から既に半日が過ぎようとしていた。
バイザー越しではっきりとは分からないが、日は既に西に傾き、徐々に気温が下がりつつあるような気もするが、それも都市外戦装備に阻まれてはっきりと認識できない。
久しぶりの老性体戦だとは言え、この程度でどうにかなるような精神と肉体は持っていない。
むしろ問題は、約六年ぶりに一緒に戦う元同僚の方である。
腕が落ちているというわけではない。
いや。天剣を持っていないことを十分に理解しているその戦い方は、グレンダン時代に比べて遙かに洗練されていると言える。
それどころか、浅いと酷評することさえ出来た刀術での戦い方が、僅か一年半という時間で恐るべき変化を見せている。
「本当に、ツェルニに来て良かったと思いませんかレイフォン!!」
「良かったとは思っていますよ!! こんな事の連続じゃなければね!!」
思わず絶叫した独り言にきちんと返事がもらえるほどに、戦場はマンネリ化しつつあった。
確かに強力な老性体ではあるのだが、あまりにも身体の使い方や攻撃の仕方が単調なのだ。
これならば、よほどゴルネオを弄っていた方が楽しめると言うくらいに、決まり切った攻撃しかしてこない。
だが、このマンネリ化した戦況が有利かと問われたのならば、明らかに違う。
おそらく名付きと同程度の力を持った老性体は、いくら削っても底が見えないのだ。
耐久力に自信があるからこそ、単調な攻めや移動でも問題無いのだろう。
ある意味、汚染獣という生き物を体現している老性体である。
もしここに、天剣があれば力押しで始末することは簡単だっただろう。
だが、この戦場に天剣は存在せず、代わって細目の陰険武芸者がいる。
その陰険武芸者の指示通りの罠は既に完成している。
後はそこへ老性体をいびき寄せてしまえばいいのだ。
「そろそろ君と遊ぶのも飽きてきたんだよ!! 陰険武芸者の戦い方というのにも興味がある!!」
細かく浸透系の技を両手両足から繰り出しつつ絶叫する。
全てはその強固な甲殻にひびを入れるため。
移動指揮車に搭載された大砲が強力だとは言え、出来れば内蔵に直接打撃を打ち込みたいという注文に応えるために、先ほどから老性体の腹部に集中的に攻撃をかけている。
目的が甲殻の破壊なので、細かい攻撃で十分である。
ある計画に沿って戦うと言うのも、有りだとは思うが、それでもサヴァリス好みではない。
好みではないが、一度くらい経験しておいても良いかと思っているから付き合っているのだ。
だが、絶叫したように単調な戦闘に飽きてきてもいる。
早く決着をつけたい、そう思っているのだ。
『では、そろそろ蹴りを付けるとしますか』
「それはとても賛成だよ!!」
最後の仕上げに、少しだけ強力な流滴を放つ。
この一撃で、老性体の腹部甲殻は大きく破壊された。
そして、徐々に誘導したおかけで目的の場所にもいる。
『爆破!!』
陰険武芸者の支持の元、フェリの念威爆雷が発動。
雌性体の死体があり、地面が脆くなっていたところに強力な衝撃が打ち込まれたために、一気に崩落。
老性体の姿勢が一気に崩れる。
だが、何とか踏みとどまろうと足掻く。
天剣技 静一閃。
「落ちろ!!」
そこに、レイフォンの攻撃が炸裂。
どうやっているかはまったく分からないが、通常の錬金鋼から放ったとはとても考えられない威力の、驚異的に圧縮した衝剄が老性体の横腹に突き刺さる。
大地と空を破壊するかのような絶叫を放ちつつ、老性体が奈落の底へと落ちる。
と同時に、決定的な打撃を受けた甲殻が致命的に破損。
「先に行くよ!!」
この機会を逃すことなくサヴァリスが動く。
絶理の一。
そう呼ばれる存在がある。
技の名前ではなく、ルッケンスの技を全て修めた者が己の必殺の一撃として選ぶ物だ。
サヴァリスはこの絶理の一について否定的だった。
折角多くの技があるのに、決め技を一つに絞ることの意味が分からなかった。
だが、この認識はツェルニで変わった。
いや。厳密に言うならばレイフォンを見ていて代わった。
グレンダン時代、本来の技を封印しつつ戦うその姿は、実は愚かしく思えていたのだが、自分で技を開発し、それを決め手とした戦い方に興味を引かれたのが最初だったと思う。
ルッケンスの秘奥を全て修めた後に、それを使って戦い、勝利しても何か物足らなかった。
その物足らなさを引きずってツェルニに到着し、そして理解した。
この世界には多くの知らない技が存在し、そしてそれぞれに有効な戦い方があるのだと。
ならば、サヴァリス自身が誰も知らない技を決めてとしても良いのではないかと。
止めがレイフォンが今使ったおかしな剄技だ。
レイフォンは現状を受け入れ、そしてそれをひっくり返すことが出来る技を編み出し、そして使いこなして見せた。
ならばサヴァリスもそれについて行かなければならない。
そしてその通過点として、自らの必殺の一撃を決めてそれを徹底的に昇華する。
その先にこそ、サヴァリスが編み出す、本当の絶理の一があると信じて。
絶理の一 剛力徹破・突。
限界を超えた剄を左拳に込める。
その拳を、仰向けに落ちて腹を見せる老性体へと打ち込む。
衝撃は内部へとひたすらに突き進み、そして身体の深くへと到達し、そこで爆発する。
流滴に似ているが、その浸透距離も衝撃の広がり方もまったく別な技である。
だが、打ち終わった瞬間には既に老性体の腹から跳躍していた。
金属音を上げつつ左の手甲が自壊したのを確認しつつ、ベルトにつけたポーチからスプレーを取り出し、汚染物質が入り込まないように応急処置をする。
その間に、レイフォンの用意が終わったのか、とてつもなく巨大な刀を身体の後ろ側に隠すように振りかぶり、跳躍する。
外力衝剄の連弾変化 天剣技 霞楼。
先ほど老性体を蹴倒した静一閃に比べてさえ遙かに強力な剄の固まりが、老性体の腹に吸い込まれて行く。
そして、遙か奥深くで閃断の檻が形作られ、その範囲にある全ての物が切り刻まれる。
それと同時に、レイフォンが持っていた巨大な刀が、まるで砂で出来ているかのように崩れ去った。
どうやら、反動が錬金鋼に現れるようだが、問題はそこだけではない。
天剣無しで、どうやってあんな威力の技が使えるのかとても疑問だが、それを詮索している暇はない。
そう。耳元で小さな電子音が鳴ったからだ。
レイフォンもそれを認識したのか、都市外戦装備が破れるのではないかと思えるほどの速度で移動。
二人掛かりで破壊した、まさにその場所に向かって、何かがサヴァリスでさえ認識できない速度で突き刺さる。
そして、一瞬の静寂。
「おおおっっと!!」
次にやってきたのは、正体不明の衝撃波だった。
老性体の、まさに着弾点を中心として、空気を歪めつつ何かがサヴァリス達を薙ぎ倒すためにやってくる。
その移動速度はあまりにも速く、そして何よりもまんべんなくやってくるために、避けることなど不可能。
ならば出来ることはただ一つ。
「っは!!」
気合いと共に、右の拳に剄を込めて衝剄を撃ち出す。
大きな威力である必要などない。
だが、出来る限り拡散しなければならない。
衝剄と、見た事もない衝撃波を共食いさせて、サヴァリス自身が受ける打撃を軽減する。
その思惑は見事に功を奏し、実際に身体に感じた衝撃は大したことはなかった。
あくまでも、身体に感じた衝撃は。
「レイフォン?」
「なんですか、サヴァリスさん?」
「何故、僕の後ろにいるんだね?」
「ここが一番安全だと思ったので」
「理解は出来るよ」
そう。何を思ったのか、レイフォンがサヴァリスの後ろに隠れて、あろう事かなにやら攻撃の準備をしていたのだ。
この機会にサヴァリスを亡き者にしようとしているのかと、少しだけ期待したが、レイフォンの目的が明らかに違うことも分かっている。
老性体に止めを刺すつもりなのだ。
その証拠に、普通の剄技では決して考えられない現象が目の前で起こっている。
青石錬金鋼の刀の周りに、何層にも渡って剄で出来た覆いのような物が被さっている。
どうやらこれが手品の種のようだが、それを検索している余裕は、やはり無かった。
「念のために!!」
サヴァリスから逃げるためばかりではないく、レイフォンが老性体の首付近へと移動する。
そして、その甲殻の継ぎ目に刀を差し込み、なにやら技を放つ。
外力衝剄の化錬連弾変化 炎破。
技を放った次の瞬間には、崩れゆく錬金鋼から手を放して最後に残った黒い刀を復元。
後のことを考えていないのか、それともこれが最後の好機だと思っているのか。
だが、指を咥えて見ているのは性に合わない。
「まあ、実際に咥えられないんだけれどね!!」
叫びつつ剄を練り上げ、両足へと流し込む。
繰り出す技は、既に決まっている。
疾風迅雷の形。
打撃を受けた老性体は暫く動けないだろうから、ゆっくりと技を完成させて、そして大きく開いた傷口へと放つ。
と同時に、限界を超えた錬金鋼が両足とも自壊。
ほぼ全力の高速移動で距離を開けつつ、スプレーで両足を応急処置。
これで、右手以外は使えなくなってしまった。
右手で移動しつつ、右手で攻撃するというのはかなり面倒なので、出来ればこれで終わって欲しい。
新しい目標があるのに、ここで終わりというのは少し残念であるからだ。
出来れば、満足できる敵と戦い、満足できる過程を経て、満足の内に死にたい。
いや。死にたいのではなく、戦いの中で、最後の一瞬まで戦い抜いて死にたい。
そのために、老性体との戦いはこれで終わりにしたいのだ。
そんなサヴァリスは、恐ろしい光景を目の当たりにする。
先ほど着弾した破壊の跡を目視確認したのだ。
疾風迅雷の形が、あまり要らないのではないかと思えるほどの大きな傷口が、老性体の腹部に開いている。
もちろん、サヴァリス達の攻撃も十分に強力だったが、それでも、目の前に存在している破壊の跡は圧倒的だった。
「天剣授受者も、所詮その程度と言う事ですかね?」
天剣を持ったサヴァリスが全力の攻撃を撃ち込めば、おそらく同じ結果を得ることが出来ただろうが、一般の都市ならば間違いなく重要な攻撃手段となり得る。
これこそが、かつて人類が世界に君臨することが出来た力の源なのだと、そう実感する。
アルシェイラだろうと、所詮個人の力には限界がある。
だが、あの陰険武芸者は集団を使うことでサヴァリスの破壊力を越えようとしているのだ。
ふと、ここで気が付く。
アルシェイラや天剣授受者が大きな顔が出来ているのは、人類が自律型移動都市という箱庭で生きているからなのだと。
豊富な資源を手に入れさえすれば、人類は武芸者を必要としなくなるのだと。
「そうなる前に、死にたいですね。もちろん戦い続けて」
これからの世の中に思いをはせた瞬間、耳元で小さな電子音が鳴った。
そしてフェリの声で、老性体の殲滅が確認されたと知らされた。
天剣無しで、元と現役の天剣授受者を使い、正体不明の砲弾を用意し、全てを準備したことで、驚くほど短時間で名付き並の強さをもった老性体を倒したことになる。
将来への不安はあるが、それでも指揮官や事前準備の重要さを確認出来た戦いだった。
「所でレイフォン」
「なんですかサヴァリスさん?」
復元した黒い刀を待機状態へ戻したレイフォンが、移動指揮車へと向けた足を止めて振り返る。
ここで殺し合おうと言い出すのではないかと、そう不安に思っていることが分かるが、今回の用件はそんな事ではないのだ。
「僕を移動指揮車まで運んでくれないかい? 両足を負傷してしまっているのでね、歩けないんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
サヴァリスをここに捨てて行きたいという欲求があることが、都市外戦装備の上からでも十分に分かる。
もし捨てて行ければ、ナルキやレイフォンの安全が格段に確保されるのだ。
そうさせるわけには行かない。
「僕を捨ててくんだね。ナルキと同じように」
「・・。それ、ナルキにも言ったんですか?」
「マイアスで言ったよ」
「・・・・・・・。はあ」
ナルキはサヴァリスを置いて行ってしまったが、レイフォンはそんな事をしないでいてくれたようだ。
このお人好しさに付け込んで、後で色々と面白いことをしよう。
将来への不安を打ち消すべく、そう考えたサヴァリスだった。
グレンダンの王宮にしつらえられたハンモックに寝転びつつ、アルシェイラは不満一杯だった。
「カナリス」
「はい。陛下」
視線はおろか、注意さえ向ける気配のない影武者の態度は、最近定番となり果ててしまっている。
原因はアルシェイラ本人にある以上、当然のことだとは思うのだが、それでもと勘ぐってしまう。
リチャードと良い関係になったから、アルシェイラのことが気にならなくなり、結果的にカナリスの仕事の能率が上がり、そして、最終的にこの態度になっているのではないかと。
最近観察を続けているのに、甘い展開になったことが一度もないから違うと思うのだが、妄想することは止められない。
「不満」
「それはよう御座いました」
「リヴァースとカウンティアが逃げられた奴、グレンダンの前にいたんだけれどね」
「では誰かに迎撃させましょう」
「レイフォンとサヴァリスがやってしまったみたい」
「ならば問題有りません」
「あるわよぉぉ」
事の重大性がまったく理解できていないカナリスに、少しだけ苛立ちを覚える。
前提条件として、レイフォンもサヴァリスも天剣を持っていない。
通常の錬金鋼のみで名付きを倒したと言う事になる。
その異常さを理解しているのかどうか、とても疑問なのであるが、それ以上に問題なことがある。
そう。レイフォンもサヴァリスもツェルニに居るはずなのだ。
アルシェイラには、既にツェルニが見えているのだが、カナリスには当然まだ見えていない。
そう。ツェルニが見えているのだ。
「リーリンに逢う前に、少しだけ良い格好出来ると思ったのに、あのヘタレ汚染獣のせいで計画が台無しよ」
「それは何よりでした」
「・・・・・・・・・・・・・・・。カナリスのイケズ」
「有り難う御座います」
淡々と書類の決裁を続ける影武者を見詰めつつ、アルシェイラは指を咥えて可愛らしく不満を表しているというのに、反応は相変わらずどうでも良い物ばかりである。
だが、めげている暇など有りはしない。
もうすぐリーリンに逢えるのだ。
その希望だけを胸に、アルシェイラは惰眠を貪るのだった。