何時も通りの移動指揮車の中で、レイフォンはやや居心地の悪い思いを味わっていた。
これからやってくる死闘は、実はそれ程重荷だと思っていない。
前回も今回も、色々と制限はあるが何とかする自信はある。
では何が問題かというと、当然のことサヴァリスである。
「ああ。こんな楽しいのは生まれて初めてだよ。移動する時は常に一人でだったからね。タイヤを痛めないかとか色々と心配しながらだったから、着くまでの時間がとても面倒だったよ」
うっとりと頬を染めたサヴァリスが、延々とレイフォンの前に座り続け、そして喋り続けているのだ。
だが、最も嫌なところと言うのが、実はかなりのところで同意できてしまうというグレンダンでの体験だったりする。
汚染獣を遠距離で始末することはあまり多くなかったが、何度かは経験している。
そして、そのたびに戦闘以外のところで細かい苦労があったのも事実なのだ。
それが大幅に軽減されている現状を喜びたい気持ちは、十分に理解できるのだ。
だからと言って、延々と喋り続けられて気分の良い物ではない。
特に、戦闘を間近に控えている状況で、更にサヴァリスとなればなおさらだ。
「本当に、ツェルニに来て良かったよ。レイフォンもそう思うだろう?」
「戦闘と勉強がなければ最高でしたね」
「勉強の方は同意するよ」
戦うことしか知らない男は気楽で良いとか、一瞬思ってしまった。
グレンダンで間違わなければ、レイフォンも戦っていれば良いだけの人間でいられたのにと。
「・・・・・・。そうするとメイシェンとは出会えなかったのか」
メイシェンと出会えなかったならば、きっとレイフォンは一生独身だったに違いない。
戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、戦って、その命が尽きるまで戦い、そして寂しく誰かに看取られることなく孤独な最後を迎えることとなっただろう。
それは、恐ろしいほどのリアリズムでもってレイフォンに襲いかかってくる未来予想図だ。
それを回避できたという事実一つで、運が良かったのかも知れないと、そう思うこととする。
「そろそろ寝ておけ。今夜遅くか、明日の明け方に向こうに到着するから」
「無粋だねぇ。こんなワクワクを押し殺して眠れだなんて」
全体の作戦を考えて、更に今回は事実上の指揮を執ることになったウォリアスの指示が出たが、そんな物でサヴァリスは止まらない。
だが、レイフォンは違う。
メイシェンから貰ったお守りに、服の上から触れてベッドへと向かう。
必ず汚染獣を撃退してツェルニに生きて帰るのだと、そう決意しつつ。
他の選択肢など存在していないのだ。
レイフォンという玩具が無くなってつまらなくなったのか、それとも最初から取り敢えず言ってみただけだったのか、後からサヴァリスも着いてくる。
眠らずに戦いに挑む無謀を知っているから、言ってみただけなのだろう。
今回の移動指揮車に乗っているのは、操縦や航法を担当する人達と、フェリにウォリアス、そして戦闘要員であるレイフォンとサヴァリス。
そして、ツェルニから選ばれた活剄に自信のある一般武芸者が十名ほど。
今は指揮車の屋根の上で発電機を延々と回し続けている。
活剄に自信があるとは言え、それは一般武芸者での話であり、第五小隊員ほどの発電能力を得られていないのだ。
そのために、移動中は殆ど休み無く全員が発電機を回し続けなければならない。
最悪の場合、帰りはレイフォンが発電をすることさえ計画されていると言う、心許なさであるが小隊を動員できなかった以上仕方がない。
前回の様に第五小隊を動員することが出来なかったのには、当然のこと理由がある。
今回のツェルニは、戦場が広く分散してしまっていて、あちらもこちらも戦力の逐次投入を余儀なくされている状況で、有効な戦力を減らすことが出来なかったのだ。
そしてこの事実が、ウォリアスが指揮を執っている現状にも繋がっている。
そう。中隊指揮官は元より、オスカーさえ連れてくることが出来なかったのだ。
指揮官という特殊な人材が徹底的に不足していると言えるだろうが、それでもツェルニはまだ恵まれているのだとウォリアスは言う。
グレンダンだったら、指揮官の必要が基本的になかったために人材が育たなかっただろうと。
一応デルクは小規模部隊の指揮を執った事は有ったが、それは前線での人員の運用に限った話だった。
今回のように全体を把握して運営する指揮官となると、ぱっと思い付くことが出来ない。
いるとすればデルボネかも知れないが、それでもただの一人である。
ほとほとグレンダンは、個人の戦闘能力を追求した都市だったのだと改めて実感した。
この結論に達した頃に、ベッドへと潜り込む。
汚染獣の現在位置からツェルニまで、殆ど平地であり罠を仕掛けられる地質でもない。
今汚染獣がいる場所こそが、比較的有利に戦いを仕掛けられるとなれば、少々無理をしてでも出向かなければならない。
ツェルニはなんでこうも不運なのだろうかと思うが、それも少し違うのだろうと言うことは分かっている。
もし、ファルニールに汚染獣弾が命中していたら、移動能力を奪われた以上戦わなければならない。
だが、武芸大会の戦いを見る限り、戦えば間違いなく滅んでいた。
老性体とやり合う前に、幼生体の餌食となっていたことだろう。
それに比べれば、ツェルニならば幼生体くらいならば自力で駆逐できるし、老性体とも何とかやり合える。
ツェルニにレイフォンと、そしてサヴァリスがいたからこそ何とかなるのだ。
「・・・・・・? あれ?」
ならば、ツェルニにレイフォンが来なかったら?
最初の幼生体さえ退けることが出来ずに滅んでいただろう。
この意味に置いてツェルニはとても幸運に恵まれている。
「えっっと?」
では、レイフォンは?
これはとても疑問である。
武芸者として考えるならば、定期的に戦闘がある現状は技量が落ちないために好都合だと言えるだろう。
しかし、一般人になるためにやってきたレイフォン個人にとってはどうだろうか?
「・・・・・・・・・・・・・。寝よう」
上のベッドに潜り込んだサヴァリスが、五秒で眠ってしまったのを確認したレイフォンは、これ以上の思考を放棄して眠りにつくことを決意した。
レイフォンとサヴァリスが眠ったことを確認したウォリアスは、手持ちの札を再確認しつつ戦術を再構築しようとした。
何しろ今回の奴は、ハルペーを除けば過去最強の個体であると想像できる。
五百キルメル以上の距離から、幼生体の詰まった巨弾を撃ち出し、自律型移動都市の足を折ってしまったのだ。
前回の老性体、カマキリもどきに比べて遙かに強力であることは間違いない。
間違いないが、分かっているのは殆どそれだけである。
「やれやれ」
老成二期以降は、一個体ごとに特色が違いすぎて、その場にならなければ戦い方が決められないという話は、本当だったようだ。
出来れば嘘か間違いであって欲しかったのだが、それでも手持ちの札を有効に使えば何とか勝てるはずだ。
今回の戦闘目的も、ツェルニの存続であり、汚染獣の殲滅ではない。
「とは言え」
だが、今回に限って言ってしまえば、ほぼ間違いなく殲滅しなければツェルニの存続は望めない。
移動能力を奪われている現状が、逃走という手段を不可能にしてしまっているからだ。
折れたツェルニの足は、確かに時間をかければ治るだろうが、移動できるようになるのにどのくらい時間がかかるか分からない。
深手を負わせた老性体が復活するのが先か、ツェルニの移動が先かと問われて答えが出ない以上、殲滅を目的にする必要がある。
明日生きるために戦力の温存など出来る状況ではない。
だからこそ、移動指揮車に搭載された大砲と同時に作られた砲弾は、全て使い切るつもりで用意してきた。
何時の間にか砲弾の数が増えていたが、そこに言及する人間はいなかった。
今年の状況を見る限り、何時必要になるか分からなかったから、こっそりと増産されていたのだろうが、攻めることなど出来はしない。
それら、ツェルニの全財産を活用して勝つことこそが、ウォリアスの義務である。
「僕は観察者でいたかったんだけれどね」
レノスの影響を受けたためか、ウォリアスが積極的に関与して歴史を作るという考えは殆どない。
レイフォンの事態が象徴するように、誰かを助けて事態がどう動くかを観察する方が遙かに好きなのである。
だが、これもおそらく、自分の人生を生きていないために起こる思考なのだろうと思う。
それでも、もはやウォリアスという人格の一部となってしまっているために切り離すことは出来ない。
死ぬまで、このまま突っ走るしかないのだと改めて覚悟を決める。
目前の戦闘開始まで、おおよそ十五時間ほど。
暇を持て余したフェリが料理の本など読んでいるという恐怖体験をしつつ、やるべき事に思いをはせるのだった。
丸一日近い移動の果てに、ランドローラーに乗って一時間ほどの旅を終えた。
ランドローラーに乗る前に錬金鋼を復元して、何時でも戦闘に入れるようにしてある。
「あれをどうするかだけれど」
「なかなかユニークな姿をしているねぇ」
目の前の岩山には、巨大としか形容できない汚染獣が居座っている。
そして、羽根の名残だろう突起が二つ背中から付き出し、おおよそツェルニの方向を向いている。
「出来れば、ツェルニへの攻撃を阻止したいところだけれど」
「僕達だけで遊びたいというその気持ちは共感できるよ」
問題は、砲弾の外壁が恐ろしく堅いと言う事だ。
ツェルニの側に着弾した奴は、レイフォンでも切ることが出来なかった。
いや。時間をかけて集中すればやれただろうが、そんな時間はもらえなかったし、おそらく今ももらえない。
「となると、こちらに集中してもらうことになるのか」
「良いねぇ。僕達三人で愛を語らおうじゃないか」
ウォリアスの立てた作戦は、何時ものように複数の防御層からなっているのだが、それでも、出来る限りレイフォンとサヴァリスで倒せるに越したことはない。
まあ、そのための手札も手順も用意されているから結構気が楽だ。
ゆっくりと削って行き、そして移動指揮車に備わっている大砲も含めた全ての手段を尽くして、目の前の老性体を確実に駆逐する。
一人ではないのだと改めて確認しつつ、心と身体を戦いへと導く。
そう、レイフォンは一人ではなかった。
悪い意味でも。
「見せて貰おうか!! ツェルニの新しい戦術の威力とやらを!!」
「っちょっ!!」
絶叫を放ったサヴァリスが飛び出し、いきなり老性体の正面から躍りかかった。
確かに、これならば間違いなくサヴァリスに注意が行くから砲撃はなくなるかも知れないが、危なすぎる賭であることは間違いない。
いや。賭をするなどという思考がサヴァリスにあるかどうかは別として、今回もとことん遊ぶつもりのようだ。
その証拠に、剄が恐ろしいほど猛り狂っている。
天剣無しで老性体と戦えるという、ただ一つの事実だけでこの有様である。
もしかしたら、名付き並の強さを持っているかも知れない個体を相手に、まったく恐れることがない。
「付き合いきれないんだけれどね」
そう言いつつ、レイフォンも老性体の死角へと潜り込む。
鋼糸を伸ばして老性体の下にいる雌性体と、その中にいる幼生体を始末する。
だが、一瞬だけ遅かった。
「っち!!」
鋼糸が伸びきる前に老性体の筋肉が躍動。
おそらく最後の一撃であろう砲弾が放たれる。
だが、ここで慌てることはない。
外力衝剄の変化 針剄。
複合錬金鋼が自壊しない範囲で剄を溜め込み、それを極細の針として撃ち出す。
狙うのは砲弾の右端ギリギリ。
当然のこと、いくら凝集しているとは言え、端に当てたところで砲弾自体がどうなるというわけではない。
むしろ、回転することにエネルギーがとられてさほどの衝撃を与えることさえ出来なかった。
だが、これで良いのだ。
攻撃の目的は軌道を僅かにそらすこと。
最初の段階でほんの僅かでも軌道、いや、弾道がずれれば目標からかなり遠くに着弾する。
ウォリアスから対応法を事前に聞いていたので、レイフォン自身が思っている通りに攻撃を当てることが出来た。
効果があったかどうかは今の段階では分からない。
「おおおっとぉぉぉぉ!!」
レイフォンがツェルニを守ることに血道を上げているというのに、グレンダン最凶の現役天剣授受者はなにやら楽しげな叫びを上げて喜んでいる。
どうやら、思っても見なかった攻撃を放たれたために、回避行動に専念したのだろう。
いや。嬉しげに悲鳴を上げている辺りで全然専念はしていないが。
「僕って、よくもまあ天剣授受者なんかやっていたよなぁ」
思わず愚痴りつつサヴァリスを援護するために老性体の足元へと突撃する。
狙うのは、当然のこと足の関節部分。
どんな装甲を施そうと、可動部は確実に他よりも弱くなるのは変わらない事実だ。
だが、やはり今回の個体は一筋縄ではいかなかった。
「ちぃぃ!!」
可動部に、綺麗に刃を当てて挽き切ったはずだというのに、思ったほどの効果を得られなかった。
確実に装甲に傷を入れて、間接の機能を奪ったはずだが、それでも大して効いていないとばかりに巨大な足を振ってレイフォンを蹴り飛ばそうとする。
慌てて避けつつ、斬撃で出来た隙間に鋼糸をしみこませて傷口を広げる。
どれほどの効果があるかはまったく分からないが、それでも無駄ではないと確信しつつ、次の攻撃に備えて剄を練りつつ、更に老性体の特色を見極めるために集中する。
サヴァリスを驚かせたのは、口に生えている牙を飛ばす攻撃だったようだ。
レイフォンの見ている前でも、定期的にサヴァリスに向かって巨大な牙が飛んで行く。
一体何本の牙が生えているのだろうかという疑問を抱きつつ、間隔を正確に計る。
カウンターで老性体の動きを止めて、追い打ちをかける。
天剣があれば力押しも出来たかも知れないが、生憎と二人ともそんな物は持っていない。
だからこそ、知恵を使って倒さなければならないのだが、その殆どがウォリアスに頼っているという体たらくである。
「自分で考えられるようになれば良いんだけれど」
愚痴を言いつつも、積極的に勉強しようとはまったく考えてないレイフォンだったが、それでも老性体が牙を撃ち出す瞬間に衝剄を当てて、姿勢を大きく崩させることに成功する。
この好機を逃すことなく畳みかける。
外力衝剄の変化 波紋抜き。
慎重に刀を老性体の甲殻へと突き刺し、指向性のある爆発をその中で起こす。
と同時にレイフォン自身は後退して、甲殻の破片を避けつつ追撃の準備をする。
外力衝剄の変化 流滴。
ややタイミングをずらせて移動してきたサヴァリスが、レイフォンの開けた穴に更なる追い打ちをかける。
甲殻を破壊され、筋肉を透過した衝剄が体内で爆発する。
絶叫と呼ぶことさえ憚られる空気の振動を上げつつ、老性体が向こう側へと倒れ込む。
ここで追い打ちをかける。
「壊れないでね!!」
加熱して使えない複合錬金鋼を空中に放り上げ、簡易・複合錬金鋼を復元し、限界ギリギリの剄を注ぎ込んだ技を放つ。
天剣技 霞楼。
サヴァリスとほぼ同じ場所へと放つ。
不可視の衝剄となった斬撃が、老性体の体内へと浸透し、一定の距離を移動したところで閃断の檻を形成し、周りにあるあらゆる物を切り刻む。
「いいね!!」
叫んだサヴァリスが、煙を上げる手甲を無視し、右足を振り上げて攻撃を放つ。
ルッケンス流 剛力徹破・咬牙。
外側からの攻撃と、徹し剄による内側の破壊を行う、ある意味必殺の一撃を放つ。
空中に放り上げた複合錬金鋼を回収しつつ、一度距離を開ける。
この四連続の攻撃でどうにかなるとは思っていないが、それでもどの程度の効果があったのかを確認しておきたいのだ。
天剣があれば、大出力の技を連続で叩き込み、これで終わらせることも出来ただろうが、レイフォンもサヴァリスも錬金鋼の限界を考えながら戦わなければならないのだ。
これは大きなハンデであることは違いないが、それもこれも織り込み済みだ。
「いやいや。元気だねぇ」
「嬉しそうですね」
ふらつきつつも起き上がる老性体を目の前にして、サヴァリスはとても嬉しそうに感想を口にし、レイフォンは当然の様に少しだけ疲れた。
暫く前に戦った老性二期だったら、今の連続攻撃でおおむね結末は見えていただろう。
完成した複合錬金鋼もそうだが、サヴァリスがいることが大きい。
だが、生憎と今回の奴は確実に名付き並の強力な老性体だった。
まだ戦いは続く。
丸一日以上続いた幼生体との戦闘も、ほぼ終了した。
フェリ経由の情報を信じるならば、最後に撃ち出された砲弾はツェルニから二十キロほど離れた場所へと着弾した。
レイフォンの攻撃で、弾道をずらされた結果だそうだが、それを喜んでいられる状況にナルキはない。
「ええい!!」
渡されたばかりの簡易・複合錬金鋼を振り上げ、衝剄を纏わせつつ振り下ろす。
もはやただの鈍器と変わらない使い方になっているが、そうしないと周りの被害が洒落にならないことになってしまうのだ。
いや。この使い方でも既に洒落になっていないが、他の選択肢という物がない。
逆捻子・長尺で仕留めるためには、幼生体と建物の隙間が狭すぎるのだ。
そう。延々と続いた戦闘のために防衛戦に隙間が出来てしまい、幼生体の都市部への侵入を許してしまった。
だが、その個体数は少なく、ナルキの目の前にいた幼生体が最後だったはずだ。
まあ、ナルキが暴れたせいであちこちの建物が壊れているが、この程度だったらギリギリ許容範囲内だろうと考える。
「お疲れナルキちゃん」
「手伝うという選択肢はなかったんですか、先輩?」
「援護射撃要らなかったじゃないか」
「そりゃまあ」
取り敢えず脅威が無くなったので少しだけ息がつけたのだが、そんな時になってからシャーニッドが現れるという始末だ。
まあ、実際問題として必要ではなかったというのは事実だが、それでも何か行動を起こして欲しいと思うのは贅沢なのだろうか?
溜息をつきつつ、錬金鋼の状況を確認する。
本来、刃物として完成されていた物を、最後は鈍器としてしか使わなかったのでかなり心配だったのだ。
キリク的な意味でだが。
「よし。取り敢えず歪んでない」
細かい傷があるかどうかは分からないが、肉眼で確認出来る問題はないようだ。
キリクの小言を貰わなくて良いかも知れないと思っただけで、かなり気が楽になった。
だが、あまり油断はしていられない。
着弾した最後の砲弾は距離があるとは言え、そこから間違いなく幼生体が現れるのだ。
ツェルニ側の戦力もかなり消耗しているし、油断していて良い状況ではない。
「一回中央司令所に戻って、錬金鋼の点検と栄養補給をした方が良いでしょうね」
「だろうね。最後の最後に大物が出てきたらかなりやばいからな」
嫌な予想を口にするシャーニッドだが、あながち無いとは言えないのが今年のツェルニである。
中から老性体とか出てきたら、かなり危険である。
「せめて、雄性体の一期とか二期ならまだ何とかなるんですけれどね」
「それくらいなら、今のツェルニでも何とかなるな」
この一日あまりの戦闘で、ツェルニの戦力はかなり消耗している。
死人は出ていないが、重傷者が五十人以上出たし、軽傷者を数えれば軽く二百人に達するだろう。
それでも、ミサイルや爆薬を積極的に使ったからこの程度で済んでいるのだろうと思う。
その証拠に、戦闘不能になった小隊員はいない。
だが、一般武芸者も幼生体も、数が多いというのはそれだけ激しい戦闘になると言う事なのだ。
「一気に来なかったことがせめてもの救いですかね」
「そうなったら、レイフォンの鋼糸で虐殺決定だったけどな」
「それは、魅力的ですね」
フェリとレイフォンがいるのならば、幼生体の二千や三千は虐殺できる。
頼り切るのは良くないが、使わないというのも考えられない。
中央指揮所に向かって歩きつつ、怪我人がいないか念のため視線を飛ばしつつ会話を続ける。
フェリがいないために、索敵や情報収集に支障が出ているのだ。
そのためも有って、幼生体の発見が遅れ、都市部深くまで入られてしまった。
レイフォンもそうだが、フェリがツェルニに居たことが幸運以外の何物でもない証拠だろう。
そしてふと思う。
「なんでツェルニって、幸運と不運がごっちゃになってやって来るんでしょうね?」
「どっちか一つだったら不公平だからだろ?」
「不公平ですか?」
「レイフォンを見てれば分かるじゃないか。メイシェンちゃんとリーリンちゃんとか」
「ああ」
メイシェンとリーリンに好意を持たれているレイフォンが、幸運ばかり引いていたら、確かに不公平を感じることだろう。
何処かで見たことのある汚染獣の食欲を刺激する小隊員のように、不運ばかり引く人間だっているのだから、多少の不運は甘受して貰わないと話にならない。
とは言え。
「ツェルニは誰の嫉妬を買ってるんでしょう?」
「そりゃあ。マイアスとか?」
「ああ」
マイアスが、ツェルニに対して不公平を感じる気分は分かる。
何しろ、ナルキ自身が優秀であるはずのロイを二度も蹴倒してしまったのだし、武芸大会でも圧勝してしまったのだ。
ナルキが都市を救ったことを考えれば、嫉妬されるのは少し違うと思うのだが、ナルキがここにいることを知らなければ納得が行く仮説だ。
そしてなによりも、全てはレイフォンとウォリアスという異常武芸者がやってきたがためである。
そう考えて行くと、カリアンやフェリといった人物もツェルニの幸運の一部なのだろう。
ならば、その幸運と釣り合うための不運もかなり大きな物となって当然ではある。
納得は出来ないが、話は通る。
そんなどうでも良いことを考えている間に、中央指揮所へと到着した。
ここで、最後の戦いに向けた準備をしなければならない。
あまりにも強大すぎる敵と戦っているレイフォンが帰る場所を守るためにも、自分の命を守るためにも、手抜きは出来ない。