何体目かは既に覚えていないが、それでもニーナは幼生体の正面から突っ込む。
活剄で強化した脚力と腕力、そしてニーナ自身の体重を乗せた一撃を放ち、幼生体を一瞬だけ怯ませる。
「おおおおお!!」
雄叫びと共に、一撃目で崩れた体制を回復させつつ、両足を大地に固定し、衝剄を乗せた二撃目を幼生体の横面に向かって放つ。
活剄衝剄混合変化 振り子連打。
一撃目から二撃目、更に三撃目へと体制を崩すほどの打撃を、頭を八の字に振ることで連続で途切れることなく放ち続ける。
普通の武芸者ならば、一撃目の衝撃で吹き飛んでしまってこの技は使えないが、幼生体の質量は十分にニーナの攻撃を受け止めることが出来るからこそ放つことが出来る。
みるみる内に幼生体の顔面が変形して行き、そして体液を迸らせつつダメージが蓄積して行く。
だが、当然、この程度で殺せるほど柔な生き物ではない。
「はあ!!」
全ては、ダルシェナの横腹を目がけた攻撃から目を逸らせるための陽動でしかないのだ。
活剄衝剄混合変化 牙狼。
極限まで溜め込んだ剄の本流に身を任せ、幼生体の横腹に向かってダルシェナが突撃する。
その運動エネルギーの全ては、突撃槍の先端へと集約され、かなりの固さを持つ甲殻を撃ち破る。
穂先が入ったところで、やはり集約された衝剄を放ちその命を刈り取る。
ニーナ一人で戦うよりも、確実に速く効率的に幼生体を殲滅することが出来るこの戦い方こそ、ダルシェナが十七小隊に入った事によって生まれた戦法だった。
小隊対抗戦での成績とは比べることが出来ない成果である。
「次は何処だ?」
当然、これは単数を相手にするための戦法なので、複数対複数の戦いである現状では支援要員が必要だ。
ニーナの指揮下に置かれた武芸者は、もっぱら他の幼生体が近付かないように牽制攻撃に集中している。
そのお陰で、初めての幼生体戦と比べて余裕を持って迎撃することが出来るし、はっきり言ってかなり楽だ。
まあ、元々の数が違うので比べることが間違いなのかも知れないが、それでもかなり楽に戦えていることは間違いない。
「っは!!」
そして、もう一つ楽な原因がある。
ナルキだ。
そもそも、単独で幼生体を殲滅することが出来る実力を持ったナルキだったのだが、最近はその実力に磨きがかかってきている。
いや。もっとこう、まるで別人のような破壊力を見せつけている。
「凄いな」
「ああ」
今、ナルキが始末した幼生体がこの付近最後の個体だったようで、辺りは少しだけほっとした空気に包まれているが、それに同調することはニーナには出来ない。
なぜならば、ナルキの倒し方がはっきりと異常だからだ。
旋剄を使い急速に幼生体との距離を詰める。
その運動エネルギーをそのまま複眼の間に叩きつけ、甲殻を打ち破る。
更に、刀に纏わり付かせた、向きの違う衝剄を甲殻の内側で解く。
サイハーデン刀争術 逆捻子 長尺。
やっていることは以前と変わらない。
逆捻子を周囲に広げるのではなく、奥へと突き刺していること以外は変わらないはずだが、明らかに結果は別物だ。
そう。以前は、技の威力は甲殻の中に収まっていた。
だが、今は違う。
幼生体の甲殻を中から破壊し、後ろ半分を消し飛ばしているその威力は、ある意味レイフォンと同じ領域に達しつつあるようにさえ思える。
原因は何か。
それはニーナにも分かっているつもりだ。
以前遭遇した廃都市の電子精霊、廃貴族。
都市を動かすその力が、ナルキの中にある以上、この程度の破壊力は当然なのかも知れない。
苦しい修行はなんのためだったのだろうかと、そんな疑問が浮かんでしまうが、それを何とか内側だけに留めておく。
いや。内側だけに留めておける状況が常に存在しているといった方が的確だろう。
「なあナルキちゃん?」
「なんですか先輩?」
一息ついたナルキの側にシャーニッドが近付いているからだ。
きっとこいつは何かやる。
それは既にニーナにとって確信であり、そして、その確信は今回も裏切られることはなかった。
「あれだけ激しく動いているのに、胸揺れないね」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ひぃ!!」
無言だった。
なんの前振りもなく、威嚇の一言もなく、それは行われた。
そう。汚染獣の血で汚れた刀が振り上げられ、そしてシャーニッドの頭の上へと振り下ろされたのだ。
そんな事をされて生きていられる自信はないらしく、必死の形相で凶刃を両手で挟んで受け止めるシャーニッド。
縦に二つになっていても良かったのにと、心の何処かで思うニーナと、この展開は予定調和だと知っているニーナがいる。
「結構気にしているんですから。それとセクハラで訴えますよ?」
「ご、ごめんナルキちゃん。お、お願いだから力入れないで。前後に揺するのはもっと止めて」
更に、切っ先を上下に揺すりつつシャーニッドの防御を削り続けるナルキの瞳は、割と真剣だ。
だが、流石にこのまま展開することは憚られるために割って入る。
右手一本で刀を操るナルキの肩にそっと手をおいて、一瞬だけ考える。
「このまま腕を押したら気分はよいだろうか?」
「やってみても良いんじゃないですか? 責任は汚染獣になすりつければ」
「ちょっ!! ま、待ってニーナもナルキちゃんも」
本気で慌てているシャーニッドを見て溜飲を下げることが出来たのか、ナルキの身体から力が抜ける。
それを察したのだろうシャーニッドも、半分ほど本気で凶刃の下から逃げ出す。
ある意味、認めることはとてもいやなのだが、シャーニッドがいるからこそニーナも、おそらくダルシェナもナルキと普通に接することが出来るのだ。
「まあ、良いですけれど。メイシェンとかと比べると著しく劣勢なのは間違いないですから」
「間違いと言えば、比べること自体が間違いだと思うのだが」
「それは確かに」
話が逸れてしまったが、流れに身を任せることとする。
実際問題、メイシェンのと比べることはニーナやダルシェナにとっても相当の劣勢であることを再認識されるのだ。
どうやったら、あんなに大きくなるのだろうかと、疑問に思ってしまうくらいに劣勢である。
「一説によるとだな」
「黙っていて下さい」
「黙っていろ」
「貴様は一生喋るな」
当然の様にシャーニッドが茶々を入れようとしたのを、三人して撃滅する。
何を言い出そうとしたかは、おおよそ理解しているつもりだし、シャーニッドの凹み具合からすれば間違いなかっただろう。
だが、一連の会話でずいぶんと気分が良くなった。
今度の戦いは変則的な持久戦である。
押し寄せる敵を延々と刈り続けるというわけではない。
何時やって来るか分からない敵に対して、延々と待ち続けなければならないのだ。
実際に戦っている時間はそれ程長くない。
そもそも、在庫一掃処分の感覚でミサイルを使っている状況なので、武芸者の肉体的な疲労は極めて軽い。
問題は、戦場がすぐ側にあり続けるという見えない重圧の方である。
この状況はツェルニの暴走中と似ているが、敵の存在位置の近さが明らかに違う。
そのために、徐々に、しかし確実にツェルニ武芸者の戦闘力は消耗し続けている。
その切羽詰まった状況を、ほんの少しでも緩めてくれるシャーニッドに感謝しても良いかも知れない。
「まあ、それでも少し楽になりました」
「うん?」
同じ精神状態だったのか、ナルキがシャーニッドに軽く頭を下げた。
だが、こいつをあまり調子付かせると後が厄介だと、そう考えるニーナが割って入ろうとしている。
だが、それはナルキの一言で急停止させられた。
「廃貴族が」
「!!」
違った。
精神状態ではなく、ナルキの中に居続ける廃貴族の問題だった。
「我が身が滅ぼうと汚染獣を滅ぼせと叫んでいるんですよ。それなんで、今までの調子で技を放つと、他の人を巻き込んでしまいそうで」
理解した。
前回の幼生体戦と使う技を微妙に変えているのは、横へ広がる技では他の人を巻き込んでしまうと心配したからだと。
そこまでは想像していなかったのか、シャーニッドも驚いている。
いや。良く考えれば分かることだった。
今までとは明らかに違う剄量を持ってしまったのならば、そこには制御という問題が確実に存在するのだと。
レイフォンのように制御の達人でもない限りは、確実に周りを巻き込んでしまう。
だからこそ、使う技を限定しなければならなかったのだ。
これは、この先ナルキにずっと付きまとう問題なのだろう。
自分の中の、異物との共存という、恐るべき問題だ。
「ま、まあそれは大丈夫だろう。レイフォンもいることだし」
「まあ、レイフォンと戦ったら、私なんか未だに瞬殺されますからね」
少し話をそらせたナルキを伴い、ハーレイの待つテントへと歩き出す。
体力と共に、消耗した錬金鋼の手入れをしてもらうために。
ダイトメカニックの集うテントは、修羅場だった。
「貴様の頭はどうなっている? 高価な白金錬金鋼を一回の戦闘でへし折っただと? 正気なのか? それともツェルニに被害をもたらしてサディスティックな喜びでも味わっているのか?」
「だからな!! なんでこんな手荒な使い方をするんだよ!! もう少し愛情を持って使えって何億回言ったら分かるんだ!!」
「ええい!! 邪魔だどけ!! お前はそれでも武芸者か!! のたのた歩いている間に死んでこい!!」
怒号と絶叫が飛び交い、恐ろしい速度で錬金鋼が修復され新調されて行く。
それはある意味魔法のようであり、あるいはもっと恐ろしい何かのようでもあった。
そんな中に飛び込まざるおえないナルキは、少しだけ自分の境遇を呪ってしまった。
まあ、廃貴族とか言う意味不明な物が身体の中にいる以上、常に呪われていると言ってもそんなに間違いではないが。
そうこうしているうちに、第十七小隊のダイトメカニックであるハーレイの側までやって来たが、ナルキに声をかけてきたのは別の人物だった。
「なんだ猿か」
「・・。相変わらず猿ですか?」
「違うのか?」
「違うと思いたいんですがね」
入学直後に比べて、明らかに技量も上がっている。
だがそれは、突き系の技についてのみだと言う事は理解している。
未だに斬撃と打撃の区別が付かないし、剄の制御について言えば、入学直後よりも後退していると思えてしまうくらいだ。
キリクの言わんとすることは間違いではない。
「まあ良い。おいハーレイ」
「はいよ」
ニーナの錬金鋼を見ていたハーレイにいきなり話を振ると、なんの躊躇もなく新しい錬金鋼が放り投げられた。
だが、それは明らかに今ナルキが使っている物とは性質が違う。
しかし、見た事がないというわけでもない。
「簡易・複合錬金鋼じゃないですか」
「他の何かに見えるのだったら、貴様は猿以下だ」
「い、いや。そうじゃなくてですね」
「なんだ? 現在、俺達の最高傑作と言える錬金鋼に文句があるのか? 受け止められる剄の総量はまだまだ不満だらけだが、噂に聞く天剣と呼ばれる異常物質には及ばないだろうが、それでも、ツェルニで手に入る錬金鋼としては最良だ」
「い、いや。性能の話ではなくてですね」
「なに? 切れ味に文句を付けるつもりか? それは三億年は早いな」
「私に使いこなせるかという疑問なんですよ。レイフォンのを借りたことはありますけれど、振り回されてしまったんですよ」
「当然だ」
連続で放たれるキリクの攻撃を何とか捌こうとしたが、結局力業で押し切られてしまった。
口でキリクに勝てる日が来ることはないだろうと思うのだが、今の問題は別なところにある。
「重すぎることは分かっているが、貴様の虎徹は既に限界を超えている。何時自壊してもおかしくないことくらいは理解しているはずだ」
「そ、それはたしかに」
剄の総量が上がったために、活剄に回せる量も増えているし、そもそも衝剄の威力は破格の上昇を見せた。
もはや、普通の錬金鋼では駄目なところまで来てしまっている。
押さえ気味に使っていると言いつつも、それでも剄を注ぎ込める量が割と低い鋼鉄錬金鋼ではかなり限界だ。
天剣とは言わないが、簡易・複合錬金鋼は確かに有りがたい。
有難いのは間違いないのだが。
「丁寧に使え。こいつ一本で普通の錬金鋼が五本は作れるというお値段だ」
「あ、あのぉ」
そんな高価な武器を使って、それだけの戦果を上げられるか疑問であるし、そもそも使いこなせないと言っているのだが、キリクはあまり聞いてくれないようだ。
そう。レイフォンのように重い武器を使い続けてきた武芸者と違い、ナルキは自分に合った大きさと重さの武器を使ってきたのだ。
そこには、重心の移動や振りに対する反応など、一朝一夕では修正できない技術的な差がある。
だが、キリクは生半可な技術者ではなかった。
「復元して具合を確かめろ。話はそこからだ」
「・・・。分かりました」
最初からそうだが、どうすることも出来ずに取り敢えず復元する。
レイフォンの刀が、ほぼ限界の軽量化だと聞いた記憶があるので、あまり期待していなかったのだが、その予測は違っていた。
「あれ?」
確かに大きい。
今までナルキが使っていた虎徹に比べて、長さで五センチ程度、幅と厚みもやや大きい。
だが、思ったほど重さを感じない。
いや。
「これは、かなりどうかと思いますが」
「やはりそう思うか」
一瞬気が付かなかったが、この刀にはトリックが隠されていた。
そう。復元してみると分かるのだが、柄頭の付近に変な重さがあるのだ。
それはつまり、全体の重量を変えることなく重心位置を手前にすることで、構えた時の感触を誤魔化すという姑息なトリックで。
「振ってみてくれ」
返事の代わりに、上段からの切り下げをやってみる。
虎徹と比べると、確かに感じる衝撃は大きいが、使えないと言うほどではない。
そもそも、ナルキの場合は突き技が主体で切り下ろすなどと言うことはあまりない。
ならば、多少重くても良いのかも知れないと思わなくもないが。
続いて突きの形をやってみたが、明らかに感覚が違う。
「突きをやる時に、身体を持って行かれる感じがありますね」
「やはりそうなるか」
当然のことだが、刀が重い分慣性の法則が強く働いて、身体を引っ張られる感じになる。
ただこれも少し違う。
実際に突きをやる時は、何かに激突するので、身体が持って行かれるという感覚はそれ程強く受けない。
外れた時に身体が流れるのを知っておけば、何とか回復することも出来るかも知れないから、あまり大きな欠点にはならないのかも知れない。
簡易・複合錬金鋼を使って、実際に戦ってみないと分からないのだが、それ程大きな障害にならないのではないかとも思える。
「一応使ってみますが、虎徹も持って行って良いですよね?」
「ああ。念のために新しいのを作っておいた」
流石キリクと言うべきか、それともこれはハーレイの方なのか分からないが、真新しい虎徹と共にナルキの剣帯へと収まった。
なんだかんだ言いつつも、鋼鉄錬金鋼以上に剄を乗せることが出来ることは有難い。
廃貴族に取り憑かれる切っ掛けになった汚染獣戦で分かったが、やはり剄量が多くて困ることはない。
レイフォンのように、非常識なほどの剄量ならば話は違ってくるが、ナルキはまだそこまで・・・・・・。
「これが自壊するほどの剄量になったら、どうしたら良いでしょうか?」
「その時は複合錬金鋼だ」
「あ、あれですか?」
「精進しろ。剄量が上がればあれを使いこなすことだって出来るはずだ」
「だと良いんですけれど」
レイフォンが、どれだけの時間をかけてあれだけの技量を身につけたのかは知らないが、本来ナルキの物ではない力を手にしてしまった以上、それを何とか使いこなす義務があることも事実だ。
レイフォンとまでは行かないが、周りに被害を出さないような力の使い方を覚えなければならない。
長い道のりの始まりだった。
溜息をついて剣帯に納めようとした瞬間、それまで気が付かなかったところに視線が行った。
「あのぉぉぉ?」
「っち。気が付いたのか」
ナルキの声を聞いたキリクの表情が、普段の五割増しに不機嫌なそれへと変わった。
だが、これはナルキの責任ではない。
なぜならば、切っ先が今までの刀と大きく変わってしまっているからだ。
「切っ先三分の一諸刃作りの太刀と言ってな」
「そのまんま」
「突きを主体にしたお前にはこれの方が良いだろうと思ったのだが、普通の刀にも戻せるぞ」
そう。簡易・複合錬金鋼の切っ先が、明らかに諸刃になっているのだ。
取り回し自体にそれ程大きな問題はないだろうが・・・・・・・・。
「焔切りは出来ない」
「そんな高等技術使えるのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。使えませんでした」
「ならば問題無い」
焔切りをやる時には、刀の峯側から刀身を包み込むようにしなければならない。
この時に手の位置に気をつけないと切ってしまうのだが、切っ先三分の一諸刃作りの太刀ではその危険性が高くなる。
とは言え、元々ナルキには焔切りが使えないのでさほど問題はない。
何時かは使えるようになりたいが、今現在使えないので全く問題無い。
「突きを放つ時に便利だと割り切れ。文句があるなら猿から人間になってからにしろ」
「わかりましたぁぁ」
半分泣きながらキリクの元を猿。
いや、去る。
汚染獣よりもキリクとのやりとりの方が消耗したような気になっているが、それでも戦いはまだ続くのだ。