戦勝に賑わう街角を歩きつつ、第五小隊長であるゴルネオは殺剄を維持しつつも、視線を辺りに飛ばして捜し物をしていた。
殺剄をしているのは、別段サヴァリスから逃げるためではない。
相手が天剣授受者では、相当なことをやっても、捕まる時には捕まるし、殺される時には殺されるので、その辺はある程度諦めている。
では、何故殺剄をしているのかと問われたのならば、話はとても簡単である。
そう。戦勝で賑わう街角を第五小隊長などと言う怪生物が歩いていたら、間違いなく人だかりが出来てしまうからだ。
そうなったら最後、写真を撮られるのは確実だし、握手を求められることも十分に考えられる。
そして何よりも恐ろしいのは、周り中を囲まれてしまうことだ。
そうなってしまったら、お調子者が見物料を取り始めるかも知れないし、見物のために長蛇の列が出来ても不思議ではない。
そうならないように用心して、殺剄を維持しつつ捜し物をしているのだ。
ちなみに言えば、捜し物はゴルネオの右腕と言えないことはない、赤毛な怪生物だったりする。
普段はゴルネオの肩に乗っているのだが、食欲が刺激されると何処かに飛んで行ってしまうと言う、あまりにも傍迷惑な特殊技能を備えた副長を捜しているのだ。
だが、人でごった返す場所で探し出すのは困難を極める。
念威繰者を動員できれば少し楽だっただろうが、生憎と、オスカーを含めて全員が何処にいるかさっぱり分からないという、末期的な状況に陥ってしまっているのだ。
だが、そんな末期的状況は、突如として解決された。
「シャンテ?」
飛ばしていた視線に、やたらに目立つ紅い髪が飛び込んできたからに他ならないのだが、探し人は一人ではなかった。
もはや、どんちゃん騒ぎと表現することしかできない店内だったが、何故かその一画だけは人が少なく、外からでも十分に見つけることが出来たのだが、シャンテと一緒にいる男性が少し問題かも知れない。
いや。問題と言うよりは、頼りになると表現すべきだ。
銀髪を短く刈り込んだ、肩幅の広い男性が右側の席を占領している。
黒髪を短く刈り込んだ、ずんぐりした体格の男性が左側の席を占領している。
その後ろ姿に、見覚えが有りすぎた。
間違いなくオスカーと、そしてフォーメッドだ。
ある意味、散々世話になっている二人がシャンテを確保しておいてくれたのだろうと、そう楽観して店の中へと入って行き、そして全てが誤解だったことを悟った。
「うにゃぁぁぁ」
持っていた、巨大なガラス製のコップを、やや乱暴にテーブルに叩きつけつつ、シャンテが溜息らしき物を付いた。
まだ後ろ姿なのでその表情は分からないが、持っているコップには褐色の泡のような物が付着しているように見える。
更に問題なのは、似たようなコップがもう一つあると言う事で、こちらには白い泡のような物が付着している。
いや。巨大なガラス製のコップなどと現実逃避をするのは、もう限界だ。
それは、一般的にこう呼ばれている。
ビールジョッキと。
全身から、血の気が引いて行く音というのを、生まれて始めて聞いた。
ナルキが経験しただろうそれを、ゴルネオもまた味わう羽目となったのだ。
「どうだね副長?」
「飲んでみた感想は?」
左右に陣取る男二人が、シャンテになにやら質問しているのが聞こえるほどに近付いたが、理性がその会話を理解することを拒否している。
まるで、シャンテに酒を呑ませているように聞こえるその会話を、全力で理性が拒絶しているのだ。
いや。こちらの現実逃避も既に限界を超えている。
認めるしかないだろう。
二人掛かりで、シャンテに酒を呑ませているのだと。
そして、最も恐ろしいのは、男二人の手には、新たなジョッキが握られていると言う事だ。
オスカーの手に握られているのは、白く濁った黄金色の液体が入っているジョッキだ。
彼が好きこのんで飲んでいるビールが、俗に白ビールと呼ばれる物であることは知っている。
ゴルネオ自身も、何度か付き合いで呑んだことがあるから間違いはない。
そして、フォーメッドの持つジョッキには、やはり濁った褐色の液体が満たされていた。
白ビールと対をなすとオスカーが評価していた、黒ビールという物だろう。
生憎と、こちらはまだ呑んだことはないが、問題はそんな低レベルな話では無い。
問題の本質は、シャンテに酒を呑ませていると言う事だ。
「にゃぁ? どっちも苦いじょぉ」
「そうかそうか」
「苦いのが美味いのだぞ」
「うにゃぁぁ?」
「さあ」
「もう一杯」
既に酔いが回っているらしいシャンテの前に差し出されるジョッキ。
そして、条件反射的にそれに手を伸ばすシャンテ。
これは、とても危険である。
「にゃ!!」
言われるがままに、ジョッキに手を伸ばそうとしたシャンテの腰を引っ掴み、そのまま肩の上に担ぎ上げる。
今の今まで殺剄をしていたために、オスカーでさえ接近に気が付かなかったようで、驚いた男二人の顔がゴルネオの方を向く。
その、不埒な二人を睨み据えてから、シャンテを担ぎ直して店から出ようとした。
「何をするのだね隊長?」
「折角良いところだったんだぜ?」
二人からの抗議の声で、その行動を止めてしまった。
二人の台詞を聞いていると、まるでゴルネオの方が悪いことをしているように聞こえてしまう。
非常に納得の行かない流れであるので、再び向きを変えて、男二人を見やる。
当然の様に、非難の視線で見られた。
「何をしているのかという疑問は、こちらの物です。シャンテに何をしているのですか?」
かなりの憤りを込めて二人を見るが、何故か全く共感を得られなかった。
いや、それは始めから分かっていたことだと言える。
問題なのは、全くゴルネオの言っていることを理解できていないらしいと言う事だ。
「何を言って居るのだね隊長?」
「おかしな事を言ってくれてるなルッケンスさんよ?」
更に、常識がない人間を見るような視線を向けられている。
もそもそと動くシャンテを担ぎ直しつつ、二人の次の台詞を待ってしまった。
「副長は既に飲酒可能年齢だよ」
「そうだぜルッケンスさん。なりは小さいが二十歳過ぎだぜ」
「・・・・・・・・・・・・・・? え?」
思わず凍り付く。
そして、冷静になって考えてみる。
シャンテの年齢についてだ。
「・・・・・・・・・・・・・」
考えるまでもなく、シャンテとは入学直後から関わり続けている。
普通に考えるのならば、明らかに飲酒可能年齢である。
だが、だがである。
ゴルネオの肩の上で、もそもそと動いている赤毛猫を捕まえて、飲酒可能年齢だと言って良いのだろうか?
答えは否である。
断じて否である。
この結論に達したゴルネオは、反論のために口を開こうとしたのだが、それを急激に停止させた。
「何をしているシャンテ?」
「うにゃぁ?」
もそもそと動いていたシャンテの行動が、いきなり意志有るそれへと変化したかと思うと、シャツのボタンを外そうと四苦八苦し始めたのだ。
普通に考えれば、明らかに服を脱ごうとしているように見えるが、衆人環視の中、そんな事をさせる訳には行かないし、そもそも脱ごうとしている理由が全く不明なのだ。
そして、問いを発したのだったが、ある意味当然の答えが返ってきてしまった。
「あついじょぉぉ。ごる。ふくをぬぐからおろしてくれ」
「待てぃ。真剣に待てぃ。莫迦! スカートに手をかけるな!!」
ビールを二杯も飲んでしまって酔ってしまっているのだ。
ならば、血行が異常に良くなってしまって、暑苦しくて仕方が無いことは十分に理解できる。
理解できるのと納得できるのは違うし、当然のこととして、支持することなど出来はしない。
出来うる限りここから速く連れ出し、そして、シャンテの部屋に放り込まなければならない。
部屋の中なら、多少裸になろうと下着姿になろうと、大きな問題にはならないはずだ。
そして、ふと、視線を感じた。
「な、なにを?」
今まで非難の視線で見つめていた二対の瞳が、納得の色を浮かべているのだ。
今までのシャンテとの会話で、この二人は何を納得したのだろうかと疑問になる。
そして、想像の翼を羽ばたかせて遙か彼方まで飛んで行った先に、恐るべき答えが一つだけ転がっていた。
それはもはや、想像することさえ憚られる結論だった。
そう。酔っているシャンテを部屋に連れ込み、介抱するという立前の元、色々といかがわしい事をしようとしていると、そう思われているのだ。
「いや。済まなかったね隊長」
「俺達が間違っていた」
「「早く介抱してやってくれ」」
「まてぃ!! 何を考えているんですか!!」
真剣に抗議する。
今まで生きてきた中で、最も真剣でいて激しい抗議をする。
だが、その抗議は二人の面の皮を滑るだけで、とても内側に届いているようには見えない。
更に視線を感じた。
「っぅう」
店にいるほぼ全ての人間の、その視線がオスカーとフォーメッドと同類だったのだ。
いや。殺意や害意を持った視線も多かったが、最終的にはゴルネオの行動を既に確定してしまっている視線ばかりだった。
もはや、これ以上ここで何を言っても意味がない。
それどころか、時間をかければかけるほど不利になる。
シャンテが服を脱ごうと必死に足掻いているという状況の前では、ゴルネオの抗議や抵抗など全くの無意味である。
折角ツェルニが勝利を得たというその日に、ゴルネオは致命的な敗北を喫してしまった。
ロリコンだとか外道だとか言う小声の非難を聞きつつ、ゴルネオは店を出る。
活剄まで使って、恐るべき噂の並から遠ざかる。
すぐに追いつかれる事は分かりきっているが、それでも逃げずにはいられなかった。
戦勝に沸くツェルニの地上部から遠ざかり、ニーナは人気の少ない機関部へとやって来ていた。
流石に無人という訳ではないが、それでもこんな日に地道に仕事をしている人間は、予想通りに少ない。
別段、誰か知り合いに会いに来た訳ではないのでかまわない。
いや。知り合いに会いに来てはいる。
「ツェルニ!!」
機関部の中央に聳え立つプレートの山の上に、何時も通りに漂っている金色に耀く童女に声をかける。
呼ばれたツェルニは、何時も通りの速度でもってニーナの胸の中へと飛び込んできてくれた。
今日の勝利で、ツェルニが滅びる事はなくなった。
それは、心の底から嬉しい。
正確に表現するならば、ツェルニが滅びを避けられた事だけは、心の底から喜ぶ事が出来る。
「ああ。勝ったんだぞツェルニ。私達は勝って、お前が餓死する事はなくなったんだ」
自律型移動都市を動かしている食料とも言えるセルニウム鉱山を、ニーナ達武芸科の活躍で一つ増やす事が出来た。
二年近くにわたって、散々苦労してきた甲斐が有ったと、そう表現する事も出来る。
だが、実際のところ、勝てたのは今年偶然に入って来た一年生によるところが大きい事も、しっかりと認識しているのだ。
レイフォンと、認める事はしゃくだが、ウォリアスが入学してきてくれた事で、ツェルニは勝つ事が出来た。
この二人が入学してきたせいで、化学変化が延々と起こったお陰で勝てたのだと、そう表現できる事実こそが、ニーナに重くのしかかる。
「勝ったんだツェルニ。勝ったんだ。勝ったのに、なんで晴れやかな気分になれないんだろうな、私は?」
ニーナ自身も活躍できた。
打撃力重視のオスカーやゴルネオが開けた穴に入り込み、塞ぎに来た連中の攻撃を受け止め続け、そして次の打撃の準備が終わったところで交代し、ニーナ自身も息を整えると言う事を繰り返し、そして勝つ事が出来た。
だと言うのに、ニーナの脳裏をよぎるのは、あらん限りの悪辣な作戦を実行し、相手に本来の実力を発揮する機会を与えず、自らの実力のみをひけらかすという光景ばかり。
普通にやっても確実に勝つ事が出来た。
それは間違いない。
半年前のニーナだったら、間違いなく途中で倒れているだけの攻撃を受け止め続け、更には反撃さえも出来るだけの実力が、今は備わっているのだ。
ニーナが特別伸びたという訳ではない。
ツェルニの小隊に名を連ねている武芸者ならば、さほど変わらない伸び方をしているし、一般武芸者でさえも、一昨年と比べるとかなり強力になっていた。
そう。普通にやっても勝てたというのに、考えた悪辣な作戦を使わなければ損だとヴァンゼが主張し、それに異議を唱える人間は、ニーナを含めても少数だった。
お祭りが大好きだというヴァンゼが率先するのは仕方が無い。
悪のりしたシンが賛成するのは仕方が無い事だろう。
ウォリアスは、まさに悪辣な事をするために散々準備してきたのだから、それも当然と言える。
だが、ディンまでダルシェナを使った精神攻撃を準備しているとは全く思わなかった。
いや。巻き込まれたダルシェナが気の毒と言えるのだが、それでも、真面目だと思っていたディンまであんな罠を用意していたという事実が、ニーナを強かに打ちのめしているのだ。
そこまで考えたところで、顔に何か暖かな物が触れている事に気が付いた。
「ああ。ツェルニ」
疑問の表情を浮かべたツェルニの、小さな手が、涙を流すニーナの頬に添えられていたのだ。
勝ったというのに、嬉しくもない涙を流している自分を発見したニーナは、少しだけ強くツェルニを抱きしめたのだった。
そうでもしなければ、とても自分を保つ事が出来そうになかったから。
すっかりと日が暮れたツェルニの町を見下ろしつつ、ウォリアスは自分の境遇にかなりの不満を持っていた。
色々と言いたい事はあるのだが、今問題としなければならないのは、目の前に現れた茶髪猫だ。
保温容器の蓋を開けると、明らかに揚げてから間が無い鶏肉をフォークで刺して、それをウォリアスの方向へと突きだしてきている。
未だに湯気を立てているそれを眺めつつ、小さく溜息をつく。
「はいウッチン。あぁぁん」
「あぁぁん」
話の流れであるから仕方が無いと、諦めの極致に達したウォリアスは口を開けて、熱々の揚げ物を口の中へと放り込んでもらう。
口の中を火傷しないように細心の注意を払いつつ、鼻へ抜ける香りを堪能する。
きっと、この時のためにメイシェンが腕によりをかけて用意していたご馳走の一部だろう。
だが、わざわざウォリアスのところに運んできてくれたのだと感謝する気にはなれない。
冷たい風と、熱々の揚げ物が覇権を争う時間を楽しみつつ、視線を少し降ろしてみる。
そして見えてきたのは、都市旗が建てられている建物の屋根だ。
そう。マイアスとの戦いが終わり、ここに居続ける理由など何一つ無いというのに、ウォリアスは未だに屋根に貼り付けられたままだ。
「美味しい?」
「うん。美味しいよ」
とても嬉しそうなミィフィの問いに、にこやかに返事をしつつ答えは見付かっていた。
わざわざご馳走の一部を運んできたミィフィ。
何処から調達したのか全く不明だが、とても性能の良い保温容器。
更に、屋根に上がるために用意されたハシゴ。
止めとして、ウォリアスを残して消えてしまったレイフォン。
大会直後から用意していたと考えるには、あまりにも用意周到すぎる上に、豪華な装備だ。
おそらくは、大会が始まる少し前から計画されていたのだろう。
そう。ウォリアスが屋根に張り付いてしまって、ズボンを脱がなければ脱出不可能となった辺りから。
ミィフィに弱みを握られているらしいレイフォンが逆らえるはずもなく、祝勝会のために入念に準備しているメイシェンが料理の拠出を断るはずはない。
全てが、目の前の茶髪猫の暗躍の元に行われていたのだ。
制裁を加えるべきは誰なのだろうかと、考えるまでもなく分かりきっている。
だからこそ、その瞬間まではミィフィの思惑に乗ったまま進む。
「ところでミィちゃんよ」
「なんだいウッチン?」
期待に胸ときめかせている茶髪猫を眺めつつ、期待通りの疑問を投げつける。
その先をどうするか、既に決まっているのだ。
「ご馳走持ってきてくれて有難いんだけれどね」
「うむ。渾身の力を込めて私に感謝してくれ給え」
凄まじい満足感と共に、次の言葉が出るのを待つミィフィ。
それに応えるウォリアス。
「僕をここから解放してくれるという選択肢は、もしかして持っていないのかな?」
「おお!! すっかり忘れていたぞ。済まんねウッチン」
言いつつ、これ見よがしに取り出す小瓶には、当然の事実として接着剤を中和する液体がぎっしりと詰め込まれている。
小瓶を受け取りつつ、とても嬉しそうな茶髪猫を眺めつつ、やっと屋根から離れる事が出来る開放感を味わう。
半日以上ここにいたために、いい加減腰も足もガタガタになっているが、珍しく活剄を走らせて疲労を駆逐する。
そして、慎重に立ち上がる。
ここは勾配の急な屋根の上であり、一歩間違えば、ウォリアスなどひとたまりもない高さにいる事を常に意識しておかなければならない。
マイアスの武芸者も、レイフォンが助けなければ即死だった場所で、油断などしている暇など無いのだ。
そう。尻尾を幻視してしまいそうな程の嬉しそうな茶髪猫と違って、ウォリアスは油断などしない。
「・・・・。あ」
「うん?」
憤りを込めてミィフィを見詰めていた視線を、僅かに横にずらせて小さく呟く。
具体的には、ハシゴの足元付近を軽く見詰める。
ウォリアスがそんな事をしたために、咄嗟の行動でミィフィも同じ場所を見てしまった。
そう。ハシゴの足元を越えて、断崖絶壁の彼方に広がる地面を。
一瞬にしてミィフィが凍り付くのが分かった。
猫は猫でも、高所恐怖症の猫だったようだ。
まあ、それが予測できていたからこそ、下を見せたのではあるが。
「ああ。ごめん。なんでもないや」
言いつつ、出来るだけハシゴを揺らさないように注意しつつ、それでいて不安をかき立てる程度の速度で体重を移動して、ミィフィの横を通り過ぎる。
屋根から解放されたのだから、ここにこれ以上いる理由はないと宣言するために、ハシゴを滑り降りる。
「っひぅ」
珍しく可愛らしい悲鳴が聞こえたような気がしたが、それを無視して一番近くにあったベランダへと降り立つ。
実は、ミィフィを虐めているだけではない。
半日以上屋根にくっついていたために、生理的な現象が切羽詰まっているのだ。
実を言うと、もはや余裕など存在していないのだ。
一刻も早くトイレへと駆け込みたいのだ。
慌ただしく窓を開けて室内に飛び込もうとしたところで、か細い呼び声を耳が拾ってしまった。
当然の事、高いという事実を認識して動きがとれなくなっているミィフィの物だ。
ここで、究極の選択である。
ミィフィを見捨てて己の目的を達成するか。
それとも、地獄の苦しみを味わいつつ手を差し伸べるか。
この後、ミィフィと永遠に関わらない人生が待っているのだったら前者であるが、生憎と五年半はツェルニで一緒に暮らす必要があるのだ。
「どうしたミィちゃんや?」
「う、うっちんよぉぉ。たすけてぇぇ」
もはや外見を取り繕うだけの気力もないのか、弱々しい声で助けを求めるミィフィに、思わず意地悪をしたくなってしまったのはしかたのない事だと、自分で自分に言い訳をする。
ハシゴを揺らさないように、自分の身体を出来るだけ刺激しないように登り、そしてそこで困ってしまった。
そう。活剄を使ってミィフィを持ち上げる事はどうと言う事のない簡単な作業だ。
いくら非力な武芸者であったとしても、それくらいは何ら問題無くできる。
だがそれは、下腹部の圧力が臨界を迎えている状況では極めて危険である。
吸水性素材で作られたズボンを履いている訳でもなく、都市外戦装備の基本となっているおむつを装着している訳でもない現状で、危険を冒す事は憚られる。
「ああ。ちっと用を足してくるから、そのまま待っていてくれや」
「・・・・・。え」
「いやな。あと一時間早かったらギリギリセーフだったんだけれどね、限界なんだ」
そう言いつつハシゴを下りる。
ミィフィの悲鳴を聞いたような気もするが、それにかまっていられる状況ではないのだ。
結局見捨てる羽目になってしまったが、五分ほどで戻って救出するのだし、それ程酷い事にはならないだろうと考えたウォリアスだった。
後書きに代えて。
レギオスの大きさについて。
俺の計算では、北海道くらいの大きさになってしまいますが、これはあくまでも現代の農業生産力から逆算した物です。
宇宙空間で効率よく農産物を栽培するために水耕栽培とか、もはや非常識と思えるような方法が考案されつつある昨今。自律型移動都市の大きさを劇的に小さくできるかも知れないですね。
都市内に亜空間を増設するというのは、それはそれで有りな考えですが、そうなると、ほぼ無限に人口を増やす事が出来るようになって、そしてレジェンドと似たような事態が起きるかも知れませんね。
ある意味、隠し絵の世界ですかね?
まあ、雨木さんも具体的な大きさなんか考えないで書いていた節がありますから、あまり突っ込むのも野暮という物かも知れませんね。
とは言え、思考の遊びとして考えると結構面白いです。
その昔、人類を他の星系へ移住させるためのアガメムノン計画とか言うのもあって、散々遊び倒した物です。
ついでではありますが、宇宙で自給自足できる人工天体や船について考えてみたいと思います。
少し書きましたが、アガメムノン計画というのが昔有りました。
宇宙世紀のコロニーを宇宙船に改造するというと分かりやすい作りで、四万人が生活できるそうです。
そのほか俺が読んだSFの中で最も大きな人工天体は、ダハク。
反逆者の月に登場する宇宙戦艦で、もろに月のサイズがありました。
ここまで大きいと、農場も問題無く取れるので全くもって完璧な自給自足ですね。
続いてイゼルローン要塞。
ご存じ銀河英雄伝説に登場する、直径六十キロの要塞です。
こちらも、軍需工場から食料生産区画まで、全て完備している完璧自給自足型。
次は少し小さくなって、都市船アブリアル。
星界シリーズに登場していましたが、戦旗五巻で派手に沈んでしまいました。
こちらは、建造当初無限動力を持った人類最強戦力でしたね。
大きさをはっきりと記憶していませんが、全長数キロだったはず。
次に上げるのは、恒星間航行能力は持っていませんが、それでも長期間自給自足が出来るというフォン・ブラウン。
プラネテスに登場する木星往還船です。
微生物まで完璧にコントロールした食料生産区画を持ち、七年に及ぶ航海に耐えられるという恐るべき船でした。
こちらの全長も確実に数キロ。
最後がヤマト。
宇宙戦艦ヤマトの主役メカで、説明はあまり要らないようですが、2199になってからかなりパワーアップしています。
初放送時は食料などは事前備蓄が必要でした。(途中で食べられる物を確保しなければならなかったという描写がありました)
しかし、最新の方ではほぼ自給自足できてしまっていました。(最も不調を来したようで、最終的には補給に立ち寄っていますが)
脅威です。たった三百メートル少々の船に、ほぼ完璧な自給自足環境を作るなど、驚くべき脅威です。
ここまでとは言いませんが、自律型移動都市の食料生産区画もかなり小さくできるのかも知れません。
最も、ヤマトの千人に対して自律型移動都市の十万人であり、長期間の航海に耐えられる作りと、半永久的に人類を生かすためなど、違いは多いので比較は難しいですが。
などなどと思考の遊びをしてきましたが、実際問題としてどうなっているんでしょうね?
繊細な環境であるのだけは確かなので、グレンダンで食糧危機が起こったのも頷けます。
むしろ、他の都市で起こらない方が奇跡的かも知れませんね。