015
戦場ヶ原の家で勉強を見てもらった帰り道、例によって例の如く、僕はその後姿を見つけた。
大きなリュックと揺れるツインテール。スカートから伸びる細い生足。間違いない。間違いなくその後姿は僕の大好きな幼女のものだった。
もう僕は隠さない。
いつもであれば、八九寺? もうあんなロリ卒業したよ。何てクールに言って数ページに渡る言い訳をした後、仕方なく構ってやるみたいな感じになって全力で突貫すると言うのが、まあ最近のやり方だったわけだが。
もういいじゃないか、とそう思う。ロリが、いや、八九寺が好きで何が悪い。戦場ヶ原と付き合っているが、結婚するなら間違いなく、八九寺を選び、プロポーズまでする僕だ。
今更隠し立てする必要は無い。
さあ、声を大にして言おう。僕は八九寺真宵が大好きだ! と言う訳で。
「はぁーちくじぃぃぃぃー!」
全力を持って走りながら、僕は後ろから八九寺に近づいて、取りあえず今日はお尻から、と臀部に手を伸ばしかけた。
その瞬間。
少女、八九寺真宵は振り返った。ニヤリと不敵な笑みを浮かべて。
「掛かりましたね。いつもいつも後ろから突然抱きしめられる私ではありません。そこに阿良々木さんがいる事はとっくに気が付いていました」
あ、また普通に阿良々木さんって呼びやがった。と言うか気づいてやがった。
畜生こんなことがあっていいのか? 八九寺が僕の奇襲に気がつくなんて、こんなことがあっていいのか! これでは八九寺を抱きしめられないじゃないか。
ってあれ……別にそんなことないんじゃないか?
自信満々に振り返っているロリ少女の生足を捕まえ、僕はそのまま手を滑り込ませた。
「八九寺ー! 会いたかったぞ。もう、本当にお前可愛いなぁ、わあ、今日は僕好みのパンツじゃないか。くれよ。僕の宝物を三つにさせてくれよー!」
「しまりました! 気づいていても、避けられなければ無意味でした!」
「あははー。ドジっ子かー。いいぞ、いいぞー。それ八九寺、早くそれを脱いで僕にくれよう」
「キャー、キャー、キャー! ぎゃあああああ!」
最後に一度大きく悲鳴をあげた八九寺は、もう、膝の辺りくらいまでパンツを脱がせに掛かっていた僕の腕に、
「がうっ! がうっ! がうっ!」
全力を持って噛み付いてきた。
「痛え! 何すんだ八九寺」
「がうーっ!」
うなり声を上げる八九寺に、あ、ちょっと可愛い。なんて思って一瞬気を緩めた隙を突いて、八九寺はその場から跳躍し、もはやアニメにおいて僕のアイデンティティと化しているアホ毛に向かって噛み付いた。
「痛え! あー、抜けたァ!」
ぶちぶち。と嫌な音と共に、僕のアイデンティティは崩壊した。
「何するんだよ八九寺。これはアニメにおいて僕の感情を表す大切なバロメーターなんだぞ。僕だ、僕だよ阿良々木暦だ」
再び噛み付きに来ようとしている八九寺の頭を押さえつつ言うと、八九寺の瞳の色が興奮色から元の色に戻っていった。
「……ああ、雨宮さんじゃないですか」
元から気づいていたはずだが、いつもの挨拶のためだろう。八九寺は言った。
「お前、四文字苗字なら、何でもいいと思ってないか? しかし八九寺、人を多重人格探偵とは名ばかりですっかり探偵でなくなった漫画の、もう何巻もまともに登場していない主人公のような名前で言うな、僕の名前は阿良々木暦だ」
相変わらずの名前間違いを指摘した僕に、八九寺はあれ? と言うように首を傾げ(とても可愛い)その後、ああと言うように頷いた。
「なるほど、そちらの雨宮さんに行きましたか。納得です」
「え? 違うの? 僕間違えた?」
名前間違いを正そうして、元ネタを間違える。
なんて恥ずかしい真似をしてしまったんだ僕は。
「なるほどなるほど、いやあ、流石は阿良々木さん。戦場ヶ原さんの彼氏さんなだけはあります、中々の趣味をお持ちですね」
ニヤニヤと笑う八九寺。
「違う。違うんだ八九寺、お前の言うとおり僕は戦場ヶ原に勧められて読んだだけで、自ら率先して読んでいる訳では……と言うか。知っている以上お前も読んでるんじゃねえか」
「てへっ」
「可愛すぎる! ってあれ? おい八九寺」
「なんですか阿良々木さん」
「あれはやらないのか? 噛みましたって奴」
「誰のせいで出来なくなったと思っているんですか。阿良々木さんが盆ミスをしたせいですよ」
盆ミスと言われた。
「待て、待ってくれ八九寺P、僕にもう一回チャンスを」
「芸能界にもう一回はありません。では阿良々木さん、話を進めますよ」
見限られてしまった。と言うよりも僕は芸能界入りした覚えは無いのだが、いや大丈夫だ。なんだかんだと言いながら、この僕専用撫で回し揉みしだき幼女は、どうせまた僕の名前を間違えるに決まっている。いつもはスルーするような小さな間違いでも、的確なツッコミを入れれば、まだ可能性はある。
「例の話進行のバイトか」
「ええ、給料が上がって私としてもやる気満々なんです」
いつの間にか昇給していた。
大体誰が金くれるんだよ。テレビ局か? それとも製作会社か?
「順調に、阿良々木ハーレム完成への道を進んでいるようで、安心しました。神原さん、戦場ヶ原さんに続いて、また一人堕としたらしいですね」
「何で知っている!? 千里眼使いは神原では無くお前だったのか八九寺!」
「昨日神原さんから聞きました。あの方、阿良々木さん並に私の、胸やらお尻やらを食い入るように見つめてきて、いつ襲い掛かってくるとも知れぬ猛獣を相手にした気分でした」
ああ、なんとなく想像がつく光景だ。寧ろ神原、良く無理やり襲わなかったな。きっと必死に我慢していたのだろう。
良くやった良く我慢した神原、褒美に本人を褒めると調子に乗るから、今日は羽川さんの下着の前に、お前の下着を拝んでやるよ。
「この調子で、妹さんやら、忍さんやら、羽川さんを攻略して行ってください」
「おいおい。何でその中に僕の大好きな幼女が入ってないんだよ。おかしいじゃないか」
「何吹っ切って大好きとか言っているんですか。ふん。聞きましたよ新しく攻略した千石さんは、こう胸もちっちゃく、背もちっちゃい、私とキャラがモロ被りの幼女キャラらしいじゃないですか」
幼女って、千石は一応中学生だぞ。もう幼女ではないだろう。と言うより、あれ? これはひょっとして、あれか? 嫉妬と言う奴じゃないのか? 何て可愛らしいんだ。八九寺の奴、自分以外の幼女っぽいのが攻略されたからと言って拗ねてるんだな。ああくそ。やばい、何て可愛らしさだ。さすが八九寺。僕の愛した幼女だ。
「なんですか阿良々木さん。そのだらけ切った顔は、ただでさえ間の抜けた顔をしているんですから、少しは気をつけたほうがいいですよ」
ああ、さっきからなんか違和感があると思ったら。そうか。八九寺はテレパス使いじゃないから、僕の考えを読んでいないのか。ここのところ戦場ヶ原や神原が僕のモノローグまで含めて会話にしているから、勘違いしていた。
今のところで八九寺が心を読んで、別に拗ねてませんから。とか言うのを待ってしまっていた。そうか、やっぱり言葉にしなくちゃ伝わらないことがあるよな。
うん。と自分に対して一つ頷いて、僕は八九寺に向かって自分の思いをそのまま口にした。
「安心しろ八九寺。如何に幼女キャラや、貧乳キャラが増えようと、僕専用撫で回し揉みしだき幼女はお前だけだ」
「突然何を言うんですか。ドン引きです」
「ドン引かれた! 今のところは、顔を赤くして言うところだろ! 空気読めよ」
「阿良々木さんが空気を読んで下さい。普通、いきなり所有物扱いを受けて喜ぶのは神原さんくらいなものです」
「神原の事はひとまず置いておいてだな。こうなったら僕はお前も攻略する気満々だぞ」
あれほどハーレムを作ることが気が進まないと言っておきながら、神原に続いて千石にまで手を出した今の僕に、怖いものなど何も無い。
この勢いのまま、八九寺をこの日夜迷える幼女を僕の影の中に押し込んでやろう。という思いが湧いてきた。テレパスが相手じゃないとモノローグで何を考えてもいいから楽で良いな。これが戦場ヶ原だったら、僕はとっくの昔に文房具によって惨殺死体にされているだろう。
嬉々として僕を切り刻む戦場ヶ原の笑顔まで浮かんでくるのは、まあ、それだけ僕が彼女のことを理解していると言うことにしておこう。怖すぎる理解だが。
「人と会話をしている時に間抜けた顔をしないで下さい。そんなことだから阿良々木さんはいつまで経っても大人になれないのです」
「それは火燐ちゃんの台詞だ」
「失礼。間違えました」
「お、珍しいバージョン」
「それはともかく阿良々木さん」
小ネタを挟むのは良いが、まだか、まだ僕の名前を間違えないのか。僕は今そちらのほうを待っているんだぞ。自分から口にしてハードルをあげるような真似はしたくないのだ。
挽回のチャンスを待っている時に限って、名前を間違えないとは。
くそう。やっぱりこいつもテレパスなんじゃないのか?
「なんだよ八九寺」
「ここから先の人たちはどれもこれも一筋縄では行かない人たちばかりですから、気をつけてくださいね。特に忍さんと羽川さんには要注意です」
「いや、八九寺、僕はそれよりも、どうやったらツインテールの幼女を攻略出来るのか、そっちを教えて欲しい所なんだけど」
「本人を前にして、どうやったら、攻略出来るかなんて、聞かないで下さい。私は攻略キャラではありませんし、攻略法も在りません」
まだ怒ってやがる。
胸の前で腕組をして、そっぽを向く八九寺に、僕はため息を吐いた。
どうせならそのポーズは、胸のある人にやってもらいたいポーズだ。例えば……うん、やっぱり羽川さんだな。こいつの多少凸凹があるだけの寸胴ボディでされても、食指は動かないのだ。
仕方が無い。攻略は自分の力でするとしよう。
「八九寺ちゃん。お小遣い上げるから、僕のものになってくれないかな?」
「キャッホー。今日から私は阿良々木さんの物です! ……なんて、言うと思ったんですか。しかも千円じゃないですか! 初めて会ったときは一万円でしたのに」
くそ。成長してやがった。財布に千円しか入ってなかったんだよ。
「じゃあ分かった。僕のものになってくれとは言わないから、この千円で八九寺、お前のパンツ売ってくれよ」
それで妥協してやる。と続け、実は僕が下げたまま、地の分で直したと明記されていない八九寺の下着を指差した。それは今も八九寺の膝の辺りに引っかかっている。
今日のところは攻略よりも、宝物集めのほうを優先してやるとしよう。感謝しろよ八九寺。さあ、僕にその下着を売ってくれ。
「お断りします。私の下着はそんなにお安くないんです! しかし、もう二千円追加で考えないこともありませんが」
強く言ってから、けれど僕の手にした千円札を目でチラチラと追う八九寺、金に弱いところはまだ治っていないようだ。
これならもうちょっとお金を積めば僕のものになってくれるかもしれない。
「ちょっと待ってろ! ATMで降ろしてくる」
馬鹿な幼女め。物の価値というものを知らないな。たった三千円で幼女の下着が買えるなら世界中のロリコンがここに殺到するに違いないと言うのに。
「ちょっ!本気にしないで下さい。嘘ですよ嘘」
駆け出そうとした僕を前に、八九寺が慌てた様子で言い、下がったままだった下着を持ち上げた。あ、クソ。パンツ上がっちまった。覗いておけば良かった。