026
「忍。後方確認!」
「妹御の姿はないようじゃ」
「よし、急ブレーキ!」
「忍ちゃんが喋った! ああ、なんて可愛らしい声と喋り方だ。堪らない、堪らないぞ阿良々木先輩!」
僕の急ブレーキにあわせて、神原も急ブレーキをかける。そのまま走って電柱にでもめり込んでしまえば良かったのに。
足を止めた拍子にそれまで殆ど真横に流れていた神原の伸びた髪が揺れながら重力に従って垂直に落ちる。本当に女の子っぽくなったなコイツ。後はあの変態さえ治せば……いや、変態が神原である以上それは無理か、治ってしまったらそれは神原ではない別の何かだ。
「久しぶりだな阿良々木先輩」
髪は伸びても性格的にはこれと言った変化はない、相変わらずのさばさばした口調と太陽のような笑顔で神原は僕に笑いかけた。
「ついこの間会ったばっかりだろ」
掃除係と言う名目で、神原の家に行くのは既に僕の日常に組み込まれている。つい先日、相変わらず僅かな間で、床が見えない程に物が溜まり溜まった(いつ行っても僕のパンツだけは布団の上が定位置になっているがその理由は知りたくない)神原の部屋を掃除したばかりだ。
「私はお助けキャラとして、毎日でも阿良々木先輩に会いに行きたいくらいだ。そうだ、これから毎朝私は阿良々木先輩宅に出向き、朝一で好感度チェックをしに行こう。ちなみに現在、好感度がマックスに達していないのは、ご存じ羽川先輩と忍ちゃんだ」
チラと、神原は前カゴの中で退屈そうにしている忍に目を向けた。
だが当然のように忍は反応せず、むしろ速く走り出せとばかりに僕を見た。
忍としてはそもそも神原のことなど大して興味もなければ意識もしていない。これは別に神原が変態だからではなく、大抵の人間にさほどの興味が無いだけだ。
仕方がないので、神原と並びながら、歩き出す。
上手い具合に忍に影が出来るように気をつけて。
「お前のその好感度チェック。いったいどうやって調べてるんだよ。そんな能力まで身につけたのか?」
「いや、皆々に直接聞いて回っているのだ。八九寺ちゃんは聞き出す前に一悶着あったため少々難しかったがな」
「一悶着?」
神原と八九寺が? そもそもあまり関わり合いのない二人だけにその言葉に僕は少しだけ眉をひそめた。
「ああ、私が阿良々木先輩の真似をして、背後から八九寺ちゃんに襲いかかったところ盛大に抵抗されてな。怒って話しかけても聞いてくれなくなったのだ」
この野郎。僕専用撫で回し揉みし抱き匂い嗅ぎ幼女に何しやがる。
僕専用と言うところが大事なんだぞ。だから八九寺も暴れたんだな。僕以外にはされたくないと。なんて可愛い奴だ。今度会ったらいつも以上に可愛がってやろう。
「それでお前、どうしたんだよ」
「何、仕方がないので四時間程、ずっと八九寺ちゃんの背後を付けて、謝り続けたら許してくれた」
それ絶対許したって言うか付いてこられることに嫌気が差しただけだ。
このストーカー。誰彼構わず後付けてんじゃねえよ。僕だけにしておけ。そのうち本当に通報されるぞ。
「阿良々木先輩の妹さん達にもしっかり話は聞いたぞ。それにしてもあれだな、包丁片手に追いかけてくるとは、殺したい程愛されているな阿良々木先輩は」
「そこから見てたんなら、助けてくれよ」
「なに、あれくらい愛情表現の範疇だろう。私同様に」
さりげなくお前が僕にした行為を愛情の裏返しみたいに言うな。今ならばともかく、あの時点では完全に嫉妬の産物だったろうに。
「火憐ちゃんとも日頃から歯磨きプレイをお楽しみだそうだな。私の歯を磨くのは兄ちゃんの仕事だ。と誇らしげに言っているのを見た時は流石に嫉妬したものだ」
そこまで日常行為にしたつもりはないが、ん? 何か忘れている気がする。
「そうだ。神原!」
「ん? どうかしたか阿良々木先輩。ああ、安心して欲しい阿良々木先輩のパンツなら神原家の家宝として私が毎日使用させて貰っている。しかしながら、そろそろ匂いが薄れて来たので、どうだろう。今私が履いている下着と交換に、もう一枚阿良々木先輩の下着を頂けないだろうか?」
「勝手に家宝にするなよ! 子孫もドン引きするよ」
「何を言う。阿良々木先輩の下着だぞ。本来ならば、私が死する時に一緒に棺桶に入れて貰いたい物なのだが、そこは私と阿良々木先輩の子供、その孫のために、涙を呑んで残していくと言うのに」
僕との子供って言われると、なんか生々しいな。と言うより、親の下着なんかを家宝に残されても困るだけだろう。いやしかし、相手はこの変態サラブレッド神原駿河の子供、その子供もまた変態である可能性はかなり高い。或いは喜ぶかも知れない。
絶対に嫌だが。
「って違う! 僕のパンツはどうでも良くないが、この際どうでも良いことにしておいてやる。火憐ちゃんだ。お前、僕の妹に手を出したな!」
この前の掃除の時にでも言ってやろうとしたのだが、お祖母ちゃんが居たために、止めておいたのだ。そしてそのまま忘れてしまっていた。
火憐ちゃんと歯磨き対決の最中浮かび上がった事実。火憐ちゃんを神原に紹介したのはやはり間違いだったのだ。
「それは誤解だ。阿良々木先輩、確かに私は火憐ちゃんが遊びに来るたびに、むらむらしていたのは事実だが、いずれ阿良々木ハーレムの一員となることだし、手を出してはいけないと、己を律し続けていたのだ」
それは聞いている。あの時は頑張ったなと褒めてやりたくなったものだ。
「だがある時私は気がついた。処女だけ奪わなければ良いんじゃないか。と」
うん。と大きく頷きながら、笑ってみせる神原に、僕は何の前触れもなく神原の後ろから蹴りを放った。
自転車を押しながらだったので、ドロップキックとは行かなかったが、それでも感情のままに繰り出した蹴りはそこそこの威力だったろう。
けれど、そんな僕の蹴りを神原は見もせずにあっさりと避けて見せた。自動回避装置でもついてるのかコイツ。
「阿良々木先輩に、蹴っていただけるというのは、私にとって大変名誉で、かつおそらく一度でも蹴られれば、それだけで達してしまう程、官能的な魅力に溢れているが、それでは戦場ヶ原先輩に申し訳が立たない」
「なんでガハラさんだよ」
と言うか、蹴りだけでそこまで感じられるお前が凄いよ。Mカッケー……いや格好良くはないな。ただのMだ。
「そんなことをされてしまえば、もう私は我慢出来なくなってしまうからだ。初めてが路上でと言うのもなかなか乙な物だとは思うが、今は忍ちゃんもいることでもあるし、止めておくのが賢明だろう」
お遊び半分の蹴りがそこまでの事態に発展するところだったのか。正直、神原がマジで僕に迫ってきたら拒めそうにないんだよな、肉体的にも精神的にも。
「と言う訳で、そのお仕置きは次回、私の家に来たときにしてくれ。その手のプレイがしたいというのなら色々と準備しておこう。駿河に駿河問いを掛けると言うのは如何だろう?」
駿河問いはプレイじゃなくて拷問だろ。僕はお前から何を聞き出せば良いんだよ。
「初夜からSMプレイを強要するとは流石は阿良々木先輩。ほんの少しだけ、甘いドロドロに溶けてしまうような、性行為を想像していた自分が恥ずかしい。そうだな阿良々木先輩の性癖を考えれば、私など戦場ヶ原先輩にはそうしたプレイを出来ないために溜まった欲求不満を解消するエロ奴隷くらいにしか思っておられないのだろう。いや良いんだ。私にはそれがお似合いだ」
「いや。優しくするよ。超ドロドロになるくらい優しくするから、早速今から……なんて、毎回僕が言うと思ったら大間違いだぞ神原」
以前も似たようなやりとりをした結果僕は神原と歯磨きプレイをすることになったからな。油断も隙もない奴だ。
「それはともかく少し真面目な話をさせて貰うが」
そのネタ振りは不真面目な話をする時のものだぞ神原。
「なんだよ」
「阿良々木先輩が戦場ヶ原先輩と行為に及んだら、ちゃんと私にも知らせて欲しい。阿良々木ハーレムの一員としてのお願いだ」
意外と真面目な話だった。
いや、真面目じゃないか、いやいや、相手は神原だからな、神原にしては真面目な方か。
曰く戦場ヶ原と僕がした行為以上のことはしてはいけないんだそうだ。厳密に言われれば八九寺とはもっと過激なスキンシップをしているのだが、それはそれ。そこには性的な意図はない、単なるじゃれつき合いだからノーカウントにしておこう。
「では阿良々木先輩。私はこのあたりで失礼させて貰おうと思う」
「ん? なんでだよ。今からミスドにドーナツ買いに行くんだ。一緒に行こうぜ」
当然そのつもりで歩いていた。
「大変ありがたい申し出だが、辞退させてくれ。忍ちゃんにも悪いしな」
忍に気を遣っているのか。確かに神原が来てから、完全無言だからな。愛想のない奴だ。
「それに、忍ちゃんがその小さなお口でドーナツを頬張るところなど見てしまったら、私はきっと我慢出来ないと思うのだ」
「さっさと帰れ」
結局それかよ。
「よし、阿良々木先輩。私はこれからプレイに必要な道具を買いに行くことにする」
「そうか、勝手にしろ」
「ではな阿良々木先輩、阿良々木ハーレムの完成。心待ちにしている」
最後の最後までいつもの神原らしさを見せつけてから、神原は相変わらずの加速を見せつけて走り去っていった。
そもそもあいつ、何しに来たんだ。
内容のない話をつらつらと、話を進めるどころか話を遅らせてるじゃないか。ライバル会社からの回し者か。それとも実は今の会話の中に、オチに対する伏線でも張っていったのだろうか。
「何とも五月蠅いえろ娘じゃの」
神原の姿が消えてから、ようやく忍が口を開いた。
お前は神原をそう呼ぶのか。何気にコイツの人の呼び方、忍野の影響を受けてるよな。羽川のことを委員長とか、戦場ヶ原をツンデレ娘とか。その上で百合っ子ではなく、えろっ子を取ったか。最近の神原は百合の要素は結構薄まってエロを前面に出しているからな。当然と言われればそれまでだが。
「余計な時間を食ってしまったわ。お前様よ。さっさと自転車に乗ってミスドに向かうぞ。今のやりとりのせいでドーナツが売り切れでもしたら大変じゃ」
だから売り切れないよ。
そう思ったけれど口にはせず、自転車跨ると僕はバランスを取りながらペダルをこぎ始めた。
027
「うむ。やはりミスドは最高じゃな。ぱないの」
また言ってやがる。
以前同様に、店内でドーナツを食べ(貝木がいるんじゃないかと疑ってしまったが店内はいたって平穏だった)忍の満足と引き替えに札が消えて小銭が増えて重くなった財布を仕舞いながら僕は大きく息を吐いた。
食い過ぎだよコイツ。これでパンツの色をリークしなかったら、許さない。
八九寺と交渉すればもっと過激なスキンシップを取れるくらいの金が無くなったんだからな。
「じゃあ帰るぞ。帰りは影の中にいろよ。月火ちゃんが外を探し回ってるかも知れないし」
包丁片手に彷徨く和服中学生。それなんて都市伝説? 警察のご厄介になってないだろうな。
「その事じゃが、お前様よ。ちょっと寄りたいところがあるんじゃが」
こちらを見上げながら言う忍。上目遣いが何とも可愛い。何でも言うこと聞いてやりたくなっちまう。
「何だよ。つーか。寝なくて大丈夫なのか? 夜型の癖に」
そんな気持ちは押し隠しながら言うと忍はうむ。とやっぱり多少眠そうな目をしばたかせてから、大きく頷いて見せた。
「わかった。この際だ。どこでも付き合うよ」
少し、時間をおきたいのも事実だ。
具体的には月火ちゃんのほとぼりが冷めるくらい。
僕が了承したのを確認後、忍は僕から顔を逸らし、別の方角を見た。
その視線の先にある場所。少なくとも僕と忍が関係している場所で思い当たるところはたった一つだった。
あの廃ビル。
僕と忍が少しの間一緒に過ごし、忍野が根城にし、影縫さんたちとバトルを繰り広げたあの廃ビルがある方角を忍は見ていた。
028
先日、僕と忍が影縫さん斧乃木とバトルしたそのままに、恐らく忍がもっとも長くいた四階の教室、影縫さんが大穴を開けたその場所に僕らは到着していた。
「うわ。こうしてみると凄いな。良く生きていたもんだ」
天井には僕の型が出来、彼方此方に破壊の跡が見られる教室内を見ながら改めて思う。
「なるほどのう、これだけボコボコにされれば、あの衝撃も納得じゃ」
「ああ、って気をつけろよ忍」
地面に開いた大穴をのぞき込む忍に声を掛け、僕もその後ろについて行く。にしても忍の奴。今更こんなところに何の用だ? やはり多少なりとも思い入れのような物があるのだろうか。
「これはまだ残っておったか」
そう言いながら、忍は忍野が使っていた机を繋いで作られた、寝心地が最悪そうな簡易ベッドに目を向け、今度はそちらに向かって歩き出す。
本当に、なにがしたんいだか。
「懐かしいのか?」
「いや、別段そうした感情は有りはせん。儂の人生から見れはここで過ごした時間など、ほんの僅かに過ぎんからな」
それはきっと嘘だろう。時間で言えば短くとも、ここで過ごした時間は忍にとってはきっとそれまでのどんな時間より濃い時間だったはずだ。けれど僕はそれを口にはしない。その資格は僕には無い。
「そうか」
何も言えず、ただ頷いた僕を一瞥し、忍は軽い足取りで机によじ登ると、そこに腰掛けた。
「お前様よ。こちらに来い」
座ったまま、僕を呼ぶ。
その手招きに従って、僕は忍に近づいた。と言うか、なんださっきからこの場に流れる空気は。あんまり僕こういうの得意じゃないんだよ。シリアスパートって奴か? どちらかと言えば苦手なんだよな。
「どうかしたのか? 忍」
「うむ。お前様に少し話があってな」
「話、ね」
深刻な話だろうか。既に日が落ちかけ薄暗い教室の中で、忍の金眼が真剣な色を帯びている。
「あのえろ娘が最後に言っていたじゃろう。ハーレム完成を楽しみにしている、とな」
「ああ、言ってたけど、それがどうしたんだよ」
「その言葉にお前様は何も応えなかった。否定もしなければ肯定もしない。以前のお前様ならば否定していたじゃろうに」
「いい加減、そう言ってもいられないだろ? 僕の感情はどうあれ、戦場ヶ原以外に神原や千石、八九寺に妹達にまで手を出したんだからな。むしろ否定すれば、それはみんなに失礼だ」
僕が言った言葉に偽りはない。本気でそう思っている。
神原が初め言ってきた時はともかく、ここまで来てそんな言葉を口にするのは失礼以外何者でもなかった。
だが、何故忍がそんなことを口にするのか、それが分からない。
忍が何を言いたいのか。僕に何を伝えたいのか、分からないまま、どうにも空気だけが重くなっていく。
「そうか。お前様がそう思った理由はあれじゃな。あの元ツンデレ娘が言った言葉じゃな。命を諦めない理由が、自分だけでは不足という奴じゃろ?」
「なんで知ってるんだよ。あの時はまだお前、影にいなかっただろ」
「何を隠そう、儂は千里眼の使い手じゃ」
千里眼の使い手はお前かよ!
つーかずっと僕のこと見てたのか。じゃあ僕のあんなことやこんなことも。まずい。知らないうちに色々と弱みを握られていた。これからそのネタでずっとミスタードーナツを奢らされる羽目になるかも知れない。
「だからこそじゃ。あの元ツンデレ娘がデレ。後は委員長を堕とすばかりとなった今だからこそ、儂はお前様に言わねばならん」
「だから……」
何を言いたいんだと。そう続けようとした僕を遮って、忍は言った。
「今度こそ。人間に戻ると言うのはどうじゃ?」
「ッ……その話は、終わったんじゃないのか?」
一瞬、動揺した。
いつか、忍とお風呂に入っている時に、話をした。
今のままでは僕の寿命はどうなるか分からないと。殆ど人間とは言っても、この先どうなるか、寿命は人間と同じなのか、吸血鬼並みなのか、分からない。だからこそ、人間に戻る気はないか。と忍が言った。
その言葉を僕は断った。当たり前だ。もう僕は選んでいる。忍を殺さないことを選んでいる。
「これが最後じゃ。あの娘御達は、お前様が命を諦めない理由であると共に、共に生きていきたい者達なのじゃろう? その時に、長い寿命は邪魔以外何者でもない、だからこそじゃ。ここで儂を殺し人間に……」
「そこまでだ」
「……」
これ以上聞く気はなかった。
「ここで頷いてお前を殺しちまう僕を、戦場ヶ原が、神原が八九寺が千石が、火憐ちゃんと月火ちゃんが、好きになるはずがないだろ?」
「……ふむ。確かにそうかも知れんの」
「それに神原も言ってたじゃないか。お前だって阿良々木ハーレムの一員なんだからな」
「勝手な男じゃ」
そう言った忍の顔は少しだけ綻んでいた。くすぐったそうに。
「話がそれだけなら帰るぞ。実際ここ、いつ壊れてもおかしくないんだから」
「その前に、何かすることがあるじゃろう? 話に一貫性を持たせるためにもせねばならんことじゃ」
ニヤリと忍は笑う。
「それ、千里眼じゃわかんないはずだろ?」
その言葉は心の中で思ったんだ。
「何を隠そう。儂は読心術の使い手じゃ」
無能が売りの吸血鬼の癖に、変な能力ばっかり身につけんな。やっぱりお前も僕の束の間の安息地にはなり得ない様だな。
仕方がない。と僕は忍の前に立つ。
机の上に座っていてもまだ僕より低い忍に対し、腰を落とそうとして、その前に忍は僕の前に手を差し出した。
「その前に、お前様よ。後で戻すから儂に血を呑ませてはくれんか」
「何だよ。ちょっと前に呑ませたばかりだろ?」
「このままでは身長が合わんからのう」
言うなり、忍は机の上に立って僕の首に手を回した。
僕としてはそのままでも良いんだけど(決してロリのままの方が良い訳ではない)忍がそうしたいのなら、良いだろう。あげ過ぎて不都合がある訳でもないのだから。
僕が頷くと、忍は僕の首筋にいつものように歯を突き刺した。
「お前様も」
血を呑みながら呟いた忍の言葉に従い、僕もまた忍の白い首筋に、歯を突き立てる。
やがて、吸血鬼に近づいた忍が僕と同い年程度のサイズ、影縫さん達とバトった時と同程度まで成長した忍は僕の首筋から口を離し、それと同時に僕もまた忍の首筋から、顔を離した。
身長差はもう無い。同じ目線に立つ忍と僕は、一瞬だけ見つめ合い、互いとも無言のまま、キスをした。
口内に僕の血が残り、僕の口内に忍の血が残ったキスは、この上なく、この世の物とは思えない程美味しかった。
029
後日談。というか今回のオチ。
いつもの幼女サイズに戻った忍の横に並んで歩きながら、家に向かって自転車を押していた。
忍はずっと起きているというのに、辺りが暗くなり、夜が近づいたせいかやけに元気で機嫌が良かった。
「のう。お前様」
「ん?」
「あの時の言葉を、今でも言えるか?」
あの時? そう言われてもピンと来ない。僕が首を傾げていると、忍は盛大に体中で、全開全力でため息をついて見せた。
「お前が明日死ぬなら、という奴じゃ」
ああ、あれか。
そうか、今思い出した。オチへの複線は神原ではなく、僕の言葉だった。
僕にも決め台詞はあったのだ。
忘れられるはずのない決め台詞を僕は口にする。
「お前が明日死ぬのなら、僕の命は明日まででいい」
戦場ヶ原との約束には反しているのかも知れないその言葉。だが、戦場ヶ原に言った言葉が本心なら、この言葉もまた僕の本心なのだ。
「うむ」
満足げに頷いている忍を前に僕は続ける。
「けどな」
けど、僕は。
「僕はそれでも、戦場ヶ原や、他のみんな。そしてお前と、一緒に生きて行けたらいいって、そう思ってる」
僕はキメ顔で、決め台詞を口にした。
「そうか」
神原の笑顔を太陽のようなと評するなら、忍は月のように今まで見たこともないくらい綺麗な笑顔で笑った。
笑って、くれた。
「その為にも先ずは、月火ちゃんを相手に生き残る術を考えないとな」
「安心せい。儂がしっかりあの極小の妹御に説明してやるわ」
「それ死亡フラグだよ!」
いつもの調子を取り戻しながら、僕と忍は自然にごく自然に手を繋いで、家路についた。
珍しく真面目な阿良々木さんになりました。
後は羽川さんか、一番難しいのが、一番最後に残った感じ。