001
神原駿河は言うまでもなく、僕の可愛い後輩だ。
ちょっとどころではなくエロイのと、BL好きなのと、変態なのと、レズで僕の彼女を愛していることを除けば、そりゃもう、可愛い可愛い後輩だ。
そして同時に数少ない僕の友人でもある。
これはそんな神原後輩と、ただの友人です。と言えなくなったある日の話、怪異も何も関係ない、ちょっとした日常の話だ。
002
リュックサックを背負った幼女を見付けた場合の対処法。なんて本を書かせたら日本一と言っても過言ではない僕、阿良々木暦だが、それは昔の話だ。
いくら僕と言えど、そう何度も何度も、阿呆のように毎度毎度、八九寺を見付けたからと言って後ろから抱きつくような真似をする訳がない。僕はもう十八歳だ。大人だとは言わないが、子供でもない。基本外見も内面も幼女である八九寺にいつまでも構っている余裕は皆無なのだ。
そもそも僕は今受験生、気分転換という名目でプラプラと散歩をしている途中だ。そんな受験生の貴重な休憩時間を、幼女に構って失う訳にはいかない。ああいきません。
と言うことで、僕は前を歩く巨大なリュックサックを一別し、ニヒルに笑いながら、あばよ八九寺。とクールで伊達な男を気取って反転しようとして、いや、実際に反転して、何故か、どうしてか、どうしてだか、反転したままムーンウォークよろしく、後ろ向きのまま歩き始めた。
なんだこれは、どういう怪異だ。八九寺の奴め。そんなに僕と遊びたいか。折角迷牛から二階級特進して浮遊霊になった癖に、僕と遊びたいが為に新たな怪異となったのか、今度は人を迷わせる怪異ではなく、自分から離れられなくする怪異という訳だ。
いいだろう。八九寺。お前がそこまでして僕と遊びたいというのなら、僕の時間を少しだけお前の為に割いてやるのもやぶさかではない。とは言え、僕は以前の僕とは違うのは前述通り、ここはクールな大人として、よう、八九寺。暇してるなら遊んでやっても良いぜ。なんて上から目線で言ってみるとしよう。
そうと決まれば。
僕は後ろ歩きを止め、改めて八九寺の背中を向き直ると、その場で屈伸運動を行い、準備を整えてから、軽く挨拶をする為に。
全力で走り出した。
「はっちくじー! この野郎、久し振りだなオイ」
後ろから彼女の両脇目掛けて、手を差し入れるとそのまま取りあえずの挨拶代わりとして、青い果実を揉みしだいた。
「きゃーっ!!」
相変わらずの可愛らしい悲鳴を聞きながら、僕はそのままスカートに手を伸ばす。
「ほんと久し振りだなー。このぅ、会いたかったぞ。会いたかったぞ八九寺ー! 相変わらず可愛いなぁ。なんだー八九寺。パンツの色が僕好みじゃないぞー。僕と会う時はちゃんとしとけって言ったじゃないかー。まぁいいか。それ、もっと見せろ、触らせろ、寧ろ嗅がせろー!」
「きゃーっ! きゃーっ! きゃーっ!」
兎にも角にも先ずはパンツだ。と持ち上げたスカートの中に顔を入れようとして、僕の耳はそれを捕らえた。
普段であればこの後、八九寺の反撃があり、それを僕が押しとどめて、その後ようやくいつものあの可愛らしい、思わず恋してしまうほど可愛らしい、噛みまみた。を含む名前間違い挨拶へと移行するのだが、今回ばかりは例外というか、それどころではなくなってしまった。
それに僕が気付いたのは、その常軌を逸した速度の足音がドンドンと僕らの方に近付いてきているせいだった。
「ここに幼女がいるのだな! 阿良々木先輩!」
と聞き覚えのある声と共に、僕の目の前にショートカットの可愛い女が現れ、僕の八九寺を横から掻っ攫っていった。
「うわっ。と神原!」
その見覚えのある後輩の名を僕は呼んだ。
「分かる。私には分かるぞ。阿良々木先輩。ここにいる幼女がどれほど可愛らしいのか。ああ、見えてきた気もする。リュックを背負っているな!」
「きゃーっ! きゃーっ! きゃーっ!」
まだ八九寺のパニックは持続中のようだ。それもそのはずである。見えていないはずの神原は野生の勘なのか非常に的確に、八九寺の胸を、お尻をなで回し、その勢いのまま、スカートの奥に隠れた少女の大事な部分を……
「待て! そこは僕の場所だ。神原!」
それは流石にさせない。
腕を押さえつけ、神原を八九寺から引きはがす。
「何なんですか阿良々木さん。この方は!」
荒い呼吸のまま、八九寺は神原を指差した。
あ、僕の名前間違えずに言った。なんかつまらないな。
「ああ、こいつは神原。僕の後輩で……と言うか前に話したことあるだろ? それ以前見たことあるはずだ。お前を轢き掛けた女だよ」
「むむ、朧気ながら見えてきたぞ。この幼女、八九寺ちゃんか。ツインテールだな!」
僕に押さえつけられたまま、神原は八九寺を指差した。こいつ本当に気合いで見えるようになってる。恐ろしい奴だ。
いや、八九寺の外見の説明くらいはしたかも知れないから、まだ断定は出来ないが。
「流石阿良々木さんの後輩さんですね。変態レベルが半端じゃありません」
「いやぁ。阿良々木先輩。幼女に褒められると、こう、何かむずむずしてこないか? 主に股間が」
声まで聞こえている。やはり気合いなのか。流石神原。
「股間言うな! それと神原、褒められてはないからな」
「何を言う阿良々木先輩。私にとって変態というのは褒め言葉だとあれほど言ったではないか」
「とにかく! 阿良々木さんも、神原さんも、あっちに行って下さい。私、貴方たちのことが嫌いです」
母の日に出会った時のように、八九寺はそう言った。
「おいおい八九寺。今更初期設定のキャラに戻らなくても良いんだぞ? お前はもう蝸の迷子じゃなくて僕専用の撫で回し幼女なんだから」
「ずるいぞ阿良々木先輩。私にも撫で回させてくれ。いや、寧ろ嗅がせてくれ」
同じことを考えてしまった。神原と同レベル。と僅かに凹んでいると、八九寺はふんっと大きく鼻を鳴らして腕組みをした。
「いつから私が阿良々木さんの撫で回し幼女になったんですか。八九寺Pにそんな口聞いて良いと思ってるんですか? 第二期が無くなってしまいますよ」
「お前にそんな権限はない! 大体こう言うのは一期一会だと言っただろう。二期なんかいらん」
「何? 阿良々木先輩それは困る。第二期が来ないと私が阿良々木先輩の妹さんと知り合えないではないか」
「お前までメタ的なこといってんじゃねーよ」
「何を言う。そう言う阿良々木先輩だって、本当は二期が来ないと困るだろう? 火憐ちゃんとの歯磨きプレイが出来ないではないか。それでもいいのか?」
「僕は本編でしっかりやってるから別に……って、今はまだ偽物語に入ってない。具体的に言うと忍が僕の影に住むようになって数日って感じなんだぞ。まだ僕は火燐ちゃんに歯磨きプレイをしてないんだ。そう言えば一期一会もまだ言って無いじゃないか。僕にまでメタ的なことを言わせるな!」
「いや、それは勝手に阿良々木さんが言ったんですよ」
「いやー。私の教えた知識が阿良々木先輩の役に立って私は本望だ。ところで阿良々木先輩はいつになったら私に歯磨き緊縛プレイをしてくれるのだろう?」
「ずっとしねーよ。さり気なくバージョンアップさせてんじゃねーよ」
「私はMだから、縛られながらだともっと興奮するのだ」
両手を腰に当てながら胸を張る神原は非常に誇らしげだ。相変わらずこの後輩はぶっ飛ばしている。ブレーキ? 何それ、おいしいの? と言わんばかりの勢いだ。
「とにかく私は変態達に構っている暇はありませんのでここで失礼します」
「何だよ八九寺、冷たいじゃないか。もっと仲良くしようぜ?」
「そうだぞ。八九寺ちゃん。もっと物理的に仲良くしようではないか。くんつほぐれつ的な意味合いで」
「結構です。そもそも私がこれまで阿良々木さんに構ってあげたのは、話を進行させるという大事な役割を果たす為だったんです。それ以外の時に阿良々木さんと仲良くする意味など皆無です」
「そう言えば忍を見かけたって言ってきたのは、お前だったな……ってことは何? 僕とお前の間にあったのは友情じゃなくて、物語の進行なんて言うビジネスライクなものだったのか!」
「ええ、話を進行させるバイトです」
「しかもバイトだった! 僕の数少ない友人が! 人間強度が下がった今の僕では耐えられない!」
「しっかりしろ阿良々木先輩! 私の裸を見て元気を出してくれ!」
などと言いながら、神原が服に手を掛けた辺りで、ようやく落ち着いた。
「いや、それは遠慮しておく」
「なんだ。脱ぎ合いっこして見せ合う約束はどうなったんだ。私はそれも今か今かと待っているのに」
忍を捜していた夜、電話した時の話だ。覚えてやがった。
「……あのう。阿良々木さん?」
「ん? どうした八九寺、揉ませてくれるのか?」
「いえ、それはないです」
「ならば阿良々木先輩、私のを揉めば良いではないか!」
またも声を張り上げながら胸を強調して僕の前に現れる神原。
「今わかった。神原。お前がいると話が進まない。少し黙ってろ」
「思いの外本気の口調だ。仕方ない、言われた通り黙って放置プレイに勤しむとしよう」
ここで勤しむな! と言うとまた脱線しかねなかったので、無視して八九寺を見る。
「さっきのは嘘ですからね。そんなアルバイトはしていません」
「いや、流石に気付くよそれは」
本気な口調で何を言うかと思えば、苦笑して告げると八九寺はそれなら良いのですが。と顔をやや赤くしながら言った。
「その顔はあれだな。僕が本気にして、怒るのを恐れた顔だな」
「な、何を言うのですか、阿良々木さん如きに怒られようと嫌われようと、私は一向に構わん! と言う奴ですよ」
「ははは。かぁーわぁーいーいー。やっぱり抱きつかせろー」
「きゃーっ! ……うげっ!」
抱きつきに行った僕のタックルを躱し、八九寺はそのまま何か呻き声のような声を上げたかと思うと、掛け出し挨拶もなく離れて行ってしまった。
珍しい。
曲がり角の向こう側に消えてしまった八九寺にやれやれと、頭を掻きながらさっきから異様に異様すぎるほどに神原が静かなことに気が付いて、僕は後ろにいるはずの神原を振り返った。
「かん、ば……る!? うげっ!」
振り返ったその先で、神原は上下とも下着のみと言う服装になっていた。
「む、阿良々木先輩。放置プレイはもう終わったのか? 私はこの通り、放置プレイと自己裁量で露出プレイも試させて貰っていた。今から下着も取ろうかと思っていたところだ。グッドタイミングだな」
「なななな何をやってるんだ。神原! 服を着ろ!」
「だが断る! まだ誰も通りがかっていないんだ。折角だから、何だアイツ、頭おかしいんじゃねーの? と言う蔑みの視線に晒されたい」
「僕が見てやる。僕が蔑んでやるから、早く服を着ろ!」
何故だが、この変態な後輩の裸を他の男には見せたくないという、奇妙な独占欲が湧いてきた。自らが僕の所有物を連呼しているせいで僕も僅かばかりその気になってしまったのだろうか。だとすれば、繰り返しというのは意外と恐ろしいものだ。
「阿良々木先輩がそこまでいうのなら仕方がない。歯磨き緊縛プレイをしてくれるのなら着よう」
「する! 今からする。一緒に僕の家に行って、歯磨き緊縛プレイをしよう! そうしよう。だから早く服を着てくれーっ!」
僕の叫び声は天までも届いただろう。
「本当か!? ならば露出放置プレイはここまでだ。秘技、蒸着!」
瞳を爛々と輝かし、その場に落ちていた衣服を身に纏い始めた神原に僕はとんでもないことを言ってしまったのではないか。と己の浅はかさを悔やんだ。
しかし、時間は戻らない。流石体育会系と言わんばかりの早着替えを披露し、普段着姿に戻った神原は、以前あの神社に行った時のように僕の手を取るとこれもまた例によって指を絡める恋人繋ぎで、腕を組み、太陽のように明るく笑うのだった。
ちくしょう。可愛いじゃねーか。
「さあ行くぞ。いざ阿良々木先輩宅へ!」
と言いながら神原は僕と腕を組んだまま率先して歩き出す。そうかコイツ僕のことストーキングしてたし千石の件で実際に家に来たから、僕の家を知ってるんだった。
意気揚々と歩き出す後輩の横顔を眺めながら、僕は思いきり息を吐いた。
「そう言えば神原。お前、日曜の昼下がりに何してたんだ? 何か用事があったんじゃないのか?」
本日日曜日、現在昼下がり、戦場ヶ原に勉強を見て貰うはずが、何やら用事が出来たとドタキャンされ、僕はやる気が出せずに勉強を放棄して散歩をしていた訳だが、神原一体何の為に外にいたのだろうか。
「ん? 阿良々木先輩の家に向っていたに決まっているではないか」
おかしなことを聞く。と言わんばかりに首を傾げる神原。
「何か用事か? 丁度今日は、戦場ヶ原が用事あって勉強が無くなったけども基本的に僕は受験生なんだ。遊びに来るとかだったら前もって言って貰わないと対応出来ないぞ?」
「うん。それは戦場ヶ原先輩から聞いている。と言うよりも、私がお願いして、戦場ヶ原先輩に休んで貰ったんだ」
「はあ? そりゃまたなんで」
「それは、着いてのお楽しみという奴だ。まあ、そのお楽しみも歯磨き緊縛プレイの後だがな」
鼻歌交じりに言う神原。ここで止めておかねば。
「待て神原。確かに僕はお前とは磨き緊縛プレイをすると約束してしまったが、どうだろう? 歯磨きプレイだけに妥協しないか?」
流石に緊縛が入ると僕も我慢出来るか危うい。恋人である戦場ヶ原ともまだキスしかしていないのに、何故に後輩と先にしなくては……待て待て、先にじゃないだろう阿良々木暦。お前は戦場ヶ原ひたぎ一筋ではなかったのか? 大体戦場ヶ原にそんなことを知られてみろ。いくら神原に甘い戦場ヶ原でも、キレる。先ず僕がそして神原も殺されてしまう。
何その第三者による無理心中。したくねぇ。
「阿良々木先輩ともあろう者が何を情けないことを言っている。阿良々木先輩ならば寧ろ歯磨き緊縛プレイだけじゃ物足りない。もっとマニアックなプレイを付け足すものだとばかり思っていたが」
「前々から言おうとは思っていたんだが、僕はお前が思っているほど変態レベルが高い訳じゃないからな!」
「またまた。謙遜は阿良々木先輩の特技のようなものだが、私といる時はそんなに謙遜しなくても良いのだぞ?」
「だから何で付き合っているっぽい言い方をするんだよ」
そんなやりとりをしながら僕らは家に向って歩き出した。