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No.13860の一覧
[0] 俺と彼女の天下布武 (真剣で私に恋しなさい!+オリ主)[鴉天狗](2011/04/15 22:35)
[1] オープニング[鴉天狗](2011/04/17 01:05)
[2] 一日目の邂逅[鴉天狗](2012/05/06 02:33)
[3] 二日目の決闘、前編[鴉天狗](2011/02/10 17:41)
[4] 二日目の決闘、後編[鴉天狗](2009/11/19 02:43)
[5] 二日目の決闘、そして[鴉天狗](2011/02/10 15:51)
[6] 三日目のS組[鴉天狗](2011/02/10 15:59)
[7] 四日目の騒乱、前編[鴉天狗](2011/04/17 01:17)
[8] 四日目の騒乱、中編[鴉天狗](2012/08/23 22:51)
[9] 四日目の騒乱、後編[鴉天狗](2010/08/10 10:34)
[10] 四・五日目の死線、前編[鴉天狗](2012/05/06 02:42)
[11] 四・五日目の死線、後編[鴉天狗](2013/02/17 20:24)
[12] 五日目の終宴[鴉天狗](2011/02/06 01:47)
[13] 祭りの後の日曜日[鴉天狗](2011/02/07 03:16)
[14] 折れない心、前編[鴉天狗](2011/02/10 15:15)
[15] 折れない心、後編[鴉天狗](2011/02/13 09:49)
[16] SFシンフォニー、前編[鴉天狗](2011/02/17 22:10)
[17] SFシンフォニー、中編[鴉天狗](2011/02/19 06:30)
[18] SFシンフォニー、後編[鴉天狗](2011/03/03 14:00)
[19] 犬猫ラプソディー、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:50)
[20] 犬猫ラプソディー、中編[鴉天狗](2012/05/06 02:44)
[21] 犬猫ラプソディー、後編[鴉天狗](2012/05/06 02:48)
[22] 嘘真インタールード[鴉天狗](2011/10/10 23:28)
[23] 忠愛セレナーデ、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:48)
[24] 忠愛セレナーデ、中編[鴉天狗](2011/03/30 09:38)
[25] 忠愛セレナーデ、後編[鴉天狗](2011/04/06 15:11)
[26] 殺風コンチェルト、前編[鴉天狗](2011/04/15 17:34)
[27] 殺風コンチェルト、中編[鴉天狗](2011/08/04 10:22)
[28] 殺風コンチェルト、後編[鴉天狗](2012/12/16 13:08)
[29] 覚醒ヒロイズム[鴉天狗](2011/08/13 03:55)
[30] 終戦アルフィーネ[鴉天狗](2011/08/19 08:45)
[31] 夢幻フィナーレ[鴉天狗](2011/08/28 23:23)
[32] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、前編[鴉天狗](2011/08/31 17:39)
[33] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、中編[鴉天狗](2011/09/03 13:40)
[34] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、後編[鴉天狗](2011/09/04 21:22)
[35] 開幕・風雲クリス嬢、前編[鴉天狗](2011/09/18 01:12)
[36] 開幕・風雲クリス嬢、中編[鴉天狗](2011/10/06 19:43)
[37] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Aパート[鴉天狗](2011/10/10 23:17)
[38] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Bパート[鴉天狗](2012/02/09 19:48)
[39] 天使の土曜日、前編[鴉天狗](2011/10/22 23:53)
[40] 天使の土曜日、中編[鴉天狗](2013/11/30 23:55)
[41] 天使の土曜日、後編[鴉天狗](2011/11/26 12:44)
[42] ターニング・ポイント[鴉天狗](2011/12/03 09:56)
[43] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、前編[鴉天狗](2012/01/16 20:45)
[44] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、中編[鴉天狗](2012/02/08 00:53)
[45] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、後編[鴉天狗](2012/02/10 19:28)
[46] 鬼哭の剣、前編[鴉天狗](2012/02/15 01:46)
[47] 鬼哭の剣、後編[鴉天狗](2012/02/26 21:38)
[48] 愚者と魔物と狩人と、前編[鴉天狗](2012/03/04 12:02)
[49] 愚者と魔物と狩人と、中編[鴉天狗](2013/10/20 01:32)
[50] 愚者と魔物と狩人と、後編[鴉天狗](2012/08/19 23:17)
[51] 堀之外合戦、前編[鴉天狗](2012/08/23 23:19)
[52] 堀之外合戦、中編[鴉天狗](2012/08/26 18:10)
[53] 堀之外合戦、後編[鴉天狗](2012/11/13 21:13)
[54] バーニング・ラヴ、前編[鴉天狗](2012/12/16 22:17)
[55] バーニング・ラヴ、後編[鴉天狗](2012/12/16 22:10)
[56] 黒刃のキセキ、前編[鴉天狗](2013/02/17 20:21)
[57] 黒刃のキセキ、中編[鴉天狗](2013/02/22 00:54)
[58] 黒刃のキセキ、後編[鴉天狗](2013/03/04 21:37)
[59] いつか終わる夢、前編[鴉天狗](2013/10/24 00:30)
[60] いつか終わる夢、後編[鴉天狗](2013/10/22 21:13)
[61] 俺と彼女の天下布武、前編[鴉天狗](2013/11/22 13:18)
[62] 俺と彼女の天下布武、中編[鴉天狗](2013/11/02 06:07)
[63] 俺と彼女の天下布武、後編[鴉天狗](2013/11/09 22:51)
[64] アフター・ザ・フェスティバル、前編[鴉天狗](2013/11/23 15:59)
[65] アフター・ザ・フェスティバル、後編[鴉天狗](2013/11/26 00:50)
[66] 川神の空に[鴉天狗](2013/11/30 20:23)
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[13860] 俺と彼女の天下布武、中編
Name: 鴉天狗◆4cd74e5d ID:a52f217d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/11/02 06:07
「“壁”?」

「オウ。ま、比喩だわな。人間と、いわゆる“人外”の間に横たわってる一種の境界線を指して、武の世界じゃそういう風に呼ぶワケよ」

「人間と人外、ね。俺からしてみれば、板垣の連中もアンタも等しく人外なんだが……つまりはそのカテゴリの中にも越えられない一線があるって訳か。その区切りの名前が、壁」

「流石に理解が早いじゃねえかよ。ま、そういうこった。“壁”を越えた武人――俗に言う“壁越え”だな。コイツは俺を含めて、世界に十人いるかどうかってレベルの“例外”だ。壁を越える前と越えた後じゃ、闘いのステージ、闘いの常識そのものが違う。よって壁越えに対抗出来るのは壁越えだけ、ってな」

「なるほど……。で、その“壁越え”に認定される為の具体的な条件は何なんだ?」

「条件……っつうか、その辺りに明確な線引きのルールはねえよ。割とアバウトなもんだ。単に他の壁越えに対抗出来るだけの力量を持ってる時点で、そいつもまた壁越えだって証明にはなるがな。RPGみたく単純明快に、一定以上のパラメータでジョブチェンジ、っつー訳にもいかねぇだろ。――ああ、今の喩えで思い出したんだが、壁越えにも種類って奴があってだな」

「種類?」

「一つ目の例は、ズバリ俺。闘いに必要な大体のステータスが満遍なく突き抜けた領域に達してる、ま、いわゆる“普通の”壁越えだ。さっき言った世界に十人云々はこのタイプだな。それともう一つの種類が、一つのステータスだけが壁越えの域に到達してるパターンだ。脚力だけ、或いは腕力だけ、はたまた体力だけ、ってな感じによ。そういう特殊な連中は、総合力じゃ“普通の”壁越え連中の足元にも及ばねえが――」

「例え一部の能力だけでも壁を越えているのは事実。であるならば、戦い方次第では本物の人外にも対抗出来る。つまり同じステージで闘う段階まで進める、という事か」

「口で言うほど簡単な話じゃねえけどな。例え一項目だろうが、壁越え級の呼び名に要求される能力は生半可なモンじゃねぇ。限られた天才中の天才の、そのまた極々一部だけが辛うじて辿り着ける領域だ。ま、俺レベルの超・天才にしてみりゃ、テキトーやってる内に気付いたら到達してた段階に過ぎねぇんだがな」

「アンタは今この瞬間も汗水流して鍛錬に励んでる全世界の武道家に謝罪すべきだな、真剣マジで。……まったく、一体どういう神の気紛れで俺はこんな誰得体質に生まれ付いたんだろうな。折角の“氣”が、宝の持ち腐れもいいところだ」

「ヒヒ、そう腐るんじゃねぇよ。俺は今まで色んな才能を見てきたけどよ、“威圧”なんてレアスキルは一度たりとも見たことねぇぜ? それだけで十分すげぇじゃねえか。ナンバーワンにならなくてもいい、元々特別ななんとやら、ってな」

「ふん、気休めにもならないな。ナンバーワンにならなくてもいいなら最初から苦労はしない。俺が目指してるのは――頂点だ。腑抜けた妥協の末に吐かれたそんな言い訳なんざ、何の役にも立たないんだよ。天下を志す男に必要な心構えは……不撓不屈。ただ、それだけだ」

 煮え滾る溶岩にも似た想念と共に吐き捨てると、少年は仰向けに寝転がった体勢のまま、夜空へと手を伸ばす。あたかも頭上に広がる満天の星空を自らの掌中に包み込もうとするかのような、そのどこまでも傲岸且つ不遜な仕草に、釈迦堂刑部は自らの口元に笑みが浮かぶのを自覚した。恐れを知らない若さを微笑ましく思っているのか、或いは身の程知らずな弟子への嘲弄なのか、それは自分でもいまいち判別が付かないのだが。

 この織田信長という少年は、思えば三年前に出逢った時からそうだった。のべつまくなしに吐き散らす言は天下国家を語る気宇壮大なもので、その割に実力の方は全く伴っていないのだ。抱える才の特異性については釈迦堂ですらも目を見張るものがあるが――それが戦闘力に直結するかと言えば、答えはNOである。実際、信長はこの三年間、他の兄弟弟子達の誰よりも必死の修練を積み続けているにも関わらず、武人としての純粋な実力はぶっちぎりの最下位だ。それでも尚、こうして地を這い蹲りながら、幾度も幾度も瀕死の重傷を負いながら、諦める事無く足掻き続けている。愚かと言えば愚か。滑稽と言えば滑稽。だが、だからこそ――織田信長という少年は今日この日まで、釈迦堂刑部の一番弟子たり得たのだ。

「……」

 信長本人の達ての願いを受けて、主に回避技能を鍛える為の過酷窮まる特殊訓練を釈迦堂が開始してから、既に半年が経過していた。その間、信長は釈迦堂の繰り出す容赦無い暴力を躱し損ねた結果として、幾度かは確実に死の淵を覗き込んでいる。首尾良く直撃を避け続ける事に成功した日でも、“掠り傷”からの出血だけで包帯が赤く染まる始末だった。そのような地獄の日々を送り続けているにも関わらず――信長の心は、折れない。その精神は、例え死が眼前に迫っていても恐怖に支配される様子がない。いかに甚大な肉体的苦痛を受けても、精神的には全くダメージを受けた様子を見せない。修行再開が可能となる程度にまで怪我が癒えたと判断すれば、何の躊躇いもなく、平然たる顔付きで釈迦堂に続行を要求してくる。

 努力、根性、不屈。然様に陳腐な賞賛で済ませていい問題ではなく――それはもはや、“異常”だった。凡そ人間に発揮し得る精神力の限界を、明らかに超越している。それはあたかも、肉体に精神が宿っているのではなく、精神こそが主体となって肉体を支配しているような在り方。

 その姿は、かつて釈迦堂が立てたとある推測の正しさを、これ以上ない形で証明していた。

 即ち、織田信長の正体。それは――感情の怪物●●●●●である、と。

 激情家という形容で表現し得る領域をも遥かに超えた存在。まさしく怪物的と云うべき膨大な“感情”の嵐を絶えず心中に抱える、異形じみた精神構造の持ち主。その異常性は、肉体という器から溢れ出した想念を、自身の保有する氣に載せて吐き出す――即ち外気功と云う形で放出する事で、“威圧”などという一種の超能力じみた理不尽な現象を引き起こす事すら可能としている。信長はいかなる手段を用いてか、その過程にて贋物の“殺気”を生成した上で外界へと解き放っている様だが――少なくともその“原材料”となるものは、信長本人の保有する氣と、人間の域を超えて巨大に過ぎる想念に他ならない。

 思い返せば、信長の昏い双眸の奥底から垣間見えるのはいつでも、天上天下の全てを焼き尽くすような憎悪と、森羅万象を吞み込まんばかりの野心だった。もしも他者が信長という少年の心象風景を覗き見る事が出来るなら、其処にはきっと正真正銘の地獄が広がっているのだろう。その狂気的と言うべき性質が生まれ持ってのものなのか、或いは何かしらの切っ掛けを経てそんな風に成り果てたのか、釈迦堂は詳細を把握していない。話を聞く限りにおいては、他ならぬ信長自身もその辺りの自覚は曖昧らしかったが、“そんな事は別にどうでもいい”と言うのが二人の共通意見だった。徒に過去を遡ってみたところで、現在における自身の在り方が変わる訳ではないのだから。

 ともあれ、釈迦堂が信長を弟子に選んだのは、そうした半ば狂人じみている精神の形ゆえだった。煌くような武才を持たず、氣を纏えぬ肉体は脆弱の一言。しかしその身を駆り立てる“意志”の烈しさは、かつて目にした誰よりも突き抜けている。そんな、まさしく自身とは真逆の在り方にこそ、釈迦堂は興味を見出したのだ。

「よっこらしょ、っとぉ」

 足元に広がる草地へと腰を下ろし、そのまま仰向けに寝転がる。すぐ隣では、信長が飽きもせずに夜空へと腕を突き上げていた。その姿をちらりと横目で見遣って、釈迦堂はニヤリと口元を歪め、意地の悪い調子で声を掛けた。

「そんな必死に手ェ伸ばしてどうしたよ、信長。ヒヒ、掴まえたい星でも頭上に光ってんのか?」

「ああ、そうだな。自分がいつまでも天上の存在だと、何の努力もせずともその輝きは永久不滅だと心の底から信じ切って疑いもしない――闇の中でそんな風に思い上がっている凶星を、いつの日かこの手で地べたに引き摺り下ろしてやると、改めて自分に誓ってたところだ」

「ヒヒ、そうかよ。まぁそうギラギラすんじゃねえって、お星サマは逃げやしねぇさ。それよりもお前の場合、まずは自分がくたばらねえように気を付けるこったな。夜空を見ながら歩くってのはロマンチックで楽しいだろうが、それで足元の小石に躓いてちゃつまらねえだろ?」

「……見上げたくもなる、さ。辰の姿はとっくに見えない。亜巳の背中もいつの間にか遥か遠くに消え果てて、妹分の天にすらも呆気なく追い抜かされる始末だ。俺には俺の才があると頭で理解してても、こうして生々しい現実を見せ付けられるとキツイものがある。本当に、侭ならない」

「あー、真剣で才能ねぇもんなぁ。大変だよなぁお前さんも。……で、どうすんだ。諦めるか? 約束も何もかも放っぽり出して、尻尾巻いて逃げてみるか?」

「ふん、いちいち無駄な問答をさせないで欲しいもんだ。俺がどういう人間なのかは重々承知しているだろう? ああ、ちなみにもしそれが発破を掛けてるつもりなんだとしたら、アンタはとんでもなく不器用な男だとしか言い様が無いな。そういう言葉を使った駆け引きは自分の適性ってものを確かめた上で、相手を選んでから実行に移す事を切にお勧めするよ。聴いてるこっちが居た堪れない気分になる」

「……たった今確信したぜ。お前やっぱ、最ッ高に可愛くねぇ弟子だわ」

 弟子の性根の捻くれ具合を再確認して、釈迦堂は思わずと言った風に苦笑する。まさに心の底から湧き出た苦笑いだった。秋の夜風が心地良く肌を撫でる中、二人並んだまま星空の天蓋を黙って見上げる。それから暫し、沈黙が続いた。草むらの中から響くコオロギの涼しげな声音だけが静寂に彩を添える。まさか特訓の疲労に負けてそのまま寝ちまったんじゃねぇだろうな、と釈迦堂が隣を覗き込もうとしたちょうどその時、信長が再び口を開いた。

「そう言えば、一つ質問があるんだが」

「んだよ。女の趣味なら前にも話しただろ? 四十代の色っぽい熟女で、尚且つ人妻ならベストだ」

「ん、オッサン今何か言ったか? あまりにもどうでも良すぎて刹那で忘れてしまった」

「ひでぇなオイ。まあお前がこういう話題に乗ってこないのは知ってるけどよ……で、硬派なお前さんは俺に何を聞きてえのよ」

「今日、アンタが嬉々として見せびらかしてくれた例の飛び道具についてだ。名前は……確か、“ファン――”」

「“リング”だバカヤロウ。俺オリジナルのカッチョイイ必殺技なんだから間違えんじゃねーよ」

「まあそれもどうでもいいとして。俺が気になったのは、アレの運用法だ。ぶっちゃけた話、ひたすら距離を取って相手の間合いの外からアレをぶっぱしてるだけで無敵じゃないのか? アンタ、必殺ゲージもとい“氣”の総量なんざ無尽蔵に近いんだろう」

「あのな。いくらある程度はぶっぱし放題っつっても、必殺技にゃもれなく硬直ってモンが付いて来るだろ? 適当に撃って外した隙に懐まで入り込まれでもしたらその時点で反撃確定じゃねえか。下手すりゃカウンターヒットからのピヨりで十割貰う羽目になっちまう。雑魚散らしにゃイイ戦法だけどよ、同じ壁越えの連中にゃまず通じねえわな」

「キャンセルで隙消しとか出来ないのか? こう、G×Gの浪漫キャンセル的なノリで」

「できねーよ。人体構造と物理法則をなんだと思ってんだお前、最近噂のゲーム脳ってヤツか? リアルであんなイカれた挙動してみろ、一瞬で筋肉が断裂して骨が飛び出るぜ。それこそ百代みてぇな反則技――瞬間回復スキルの持ち主でもなけりゃ、どう頑張っても再現は無理だわな」

「なんだ面白くないな。川神院元師範代が聞いて呆れる。その程度の事も出来ないんじゃ師匠として失笑モノじゃないか」

「お前な、そんなに今ここでシッショーさせられてぇのか? 確かに紙装甲のお前にゃお似合いだけどよ」

「遠慮しとくよ。リアルにアンタのコンボ喰らったら確実に十割どころじゃ済まないしな。オーバーキルもいいとこだ」

「なに、トレモだから死にゃしねえよ。死ぬほど痛え目を見るだけだ」

「どっちにしろ勘弁願おう。俺はマゾヒストじゃないからな。そういうのは亜巳の顧客の連中にでも振舞ってやればいい」

「ヒヒ。俺の修行に付いて来れてる時点で、お前さんもマゾの資質十分だと思うがな」

「一万歩譲ってそうだとしても、文字通りの意味で昇天しそうなSMプレイはお断りだ」

 満天の星空が明るく照らし出す鍛錬場にて、釈迦堂刑部と織田信長は気の抜けた会話を交わす。その情景は、どこか噛み合っていないながらも、概ね馬の合った師弟の楽しげな歓談として第三者の目には映るだろう。

 しかし――軽妙な口調で気安い言葉を通わせながらも、それが所詮は取り繕われた表面上の平和に過ぎない事実を、釈迦堂刑部は良く承知していた。当然、信長もまた同じだろう。全ての前提として、両者の関係性はどうしようもなく歪な礎の上に築かれている。その根底に流れる真の感情は、友好の二字からは遥かに遠い種類のものでしかない。薄皮一枚を捲ってしまえば、其処に在るのは黒々とした想念の坩堝だ。

 軽薄な笑みの裏側で、釈迦堂は絶えず来るべき日を夢想する。

 異常な精神と異質な才を有する眼前の少年は、死と隣り合わせの研鑽の末に果たして何処に辿り着くのか。

 絶えずその心身を衝き動かす強靭な“意志の力”なるものは、彼方の星を掴み墜とすに至るものか。

 全ての答えが明らかとなる日が訪れるその時を、釈迦堂刑部は獣じみた渇望を胸に待ち侘びていた。

 
 そして。

 
 中秋の名月が夜空に輝くその日から、約二年半の時を経て――激突の日は、訪れる。







 
※※※





 我が元・師匠たる釈迦堂刑部という男の出現に際して、俺の胸中に大きな精神的動揺が生じる事はなかった。闘いに飢えた川神百代が遂に限界を迎え、突如として牙を剥いてきたあの瞬間の心臓が停まりかねない戦慄に比べれば、いっそ平静そのものであったと言ってもいいだろう。

 無論、それは両者の脅威度の差を示すものではない。片や世界最強と称される武神、片や武の総本山にて師範代を務めた凶獣――改めて言うまでもなく、共に武界の頂点付近に君臨する怪物だ。ならば何を以って両者に対する俺の反応が別たれたかと言えば、それは即ち“覚悟”の有無である。

 半ば突発的な事態であった川神百代との対峙とは違い、釈迦堂刑部が敵として俺の眼前に立ち塞がる事は最初から承知していた。平穏無事な日々に倦み、血生臭い闘争に昏い目を輝かせる凶獣が、これほどまでに大規模な戦場に現れない道理などありはしない。例えその立場がマロードの協力者というものでなかったとしても、この男は必ずや暴力の匂いを嗅ぎ付けて姿を見せていた事だろう。

 いかに驚異的な脅威との遭遇であれ、事前にそれを察知していたならば、動揺は最低限に抑えられる。まあ当然ながら実際の危険度は些かも変わらないのだが、少なくとも見苦しく取り乱すような事態を避けられるのは大きい。と言う訳で――俺はこうして至って冷静沈着な表情を保ったまま、比較的静穏な精神状態を以って、数日振りとなる元・師匠との邂逅を迎える事に成功した訳だ。

「ふん。この悪天候の中、わざわざ御苦労様だな。恐らくは大雨洪水警報も出てる事だろうし、大人しく梅屋辺りに引き篭もってくれていれば助かったんだが」

「んー、俺的にゃ一日中パチスロの新台でも打っときたかったんだけどよ、お呼びが掛かっちまったら仕方ねぇ。普段フラフラしてる分、偶にはお仕事しねぇとなぁ」

「アンタの中に例え一握りでも勤労意欲という概念が存在してるとは思わなかったよ。てっきりこの先一生無職を貫く気だとばかり」

「ま、報酬が金ならやる気は出ねぇさ。けどよ――待望の“舞台”が整ったってんなら、流石の俺も雨にも負けず風にも負けず頑張っちゃうんだなコレが。ヒヒ、いいねぇ、年甲斐もなくハチャメチャが押し寄せてきやがるぜ」

 心の底から愉しげに言って、釈迦堂はくつくつと哂う。凄まじく強靭に鍛え上げられた黒鋼の如き肉体と、獲物を狙う猛獣の鋭く細められた昏い双眸、そしてドス黒いオーラと化して全身から立ち昇る、凶悪な闘気。武を知らぬ常人が見た所で、その存在の保有する異常なまでの脅威度は一目で窺える事だろう。否応無しに全身を走る悪寒をやり過ごす事に苦慮しつつ、俺は口を開いた。

「――なるほどね。今度という今度こそ、見逃しちゃくれないって訳だ」

「ヒヒ、お前のそういう察しの良さは気に入ってるぜ、俺は。そうその通り、今度こそアウトだ。このしっちゃかめっちゃかな状況見りゃ馬鹿でも分かるが、マロードは今まさに勝負に打って出てる。様子見だの何だのと生温い事は言わず、今日の内に魔王・織田信長を潰して堀之外を掌握する心算なワケだ。って事は当然、俺にお鉢が回ってくるんだよなぁ」

「まあ、そうだろうさ。“織田信長”を相手取るのにアンタという戦力を遊ばせておくようなら、それはよほどの愚物か大物かのどちらかだろうよ」

「ま、アイツはそういう破天荒なタイプじゃないわな。やり方としちゃあむしろお前と似てるか? っつー事で、雇い主から直々に“確実に潰せ”と念を押されちまった以上、俺としてもお前らを見逃してやるワケにもいかねえのよ。いや、かつての師弟で殺し合いとは、何とも心が痛む悲劇だよなぁ。運命ってのは時に残酷なもんだ」

 そんな風に嘯きながらも、口元に浮かぶ歪んだ笑みをまるで隠そうともしない辺り、この男は変わらない。その性根は五年前に出逢った時と何ら変わらず、驕り昂ぶった獣のそれだ。己の力に溺れ、才に胡坐を掻き、どこまでも傲岸不遜に弱者を蹂躙し、足蹴にして一顧すらしないその在り方――ああ、全く以って忌々しく、心の底から気に入らない。
 
 ……。

 俺の個人的な感情はさておくとしても、もはや眼前の怪物との衝突が避けられない事は明白だった。釈迦堂から発せられる禍々しい雰囲気が、押し潰すような闘気と共にその事実を鮮明に教えてくれる。そして、事態がそのように推移するとなれば、まず間違いなく――

「――太刀を。私が、シンちゃんを護ります」

 案の定と言うべきか。見事なまでに予測した通りの台詞だった。蘭はよろよろと力無い足取りで立ち上がると、間断なく叩き付けられる暴力的な闘気から俺を庇う様に、釈迦堂の前へと歩み出ようとしている。

 己が得物を催促するようにこちらへと伸ばされた白い細腕を見つめながら、俺は淡々と口を開いた。

「誤魔化さず正直に答えろよ、蘭。この期に及んで、稚拙な嘘偽りは一切通用しないと思え。……今のお前が刃を抜いて死闘に臨めば、どうなる? 平静を保っている状態でさえ徐々に封印が解けつつあると言うなら、もし剣を振るうような真似をしでかした日には、“血”の浸食が一気に進行する――そうじゃないのか?」

「……。……きっと、そうなると思います。特に、シンちゃんの手にある其の太刀は、“森谷”の業と幾多の血潮に塗れた妖刀。ひとたび抜き放てば、私の人格は内に在る殺意に塗り潰されて、無差別に殺戮を振り撒く“森谷”に成り果てるでしょう」

「そうか。そうだろうな」

「ですから、シンちゃんは今すぐねねさんを連れて此処から離れてください。出来る限り、遠くへ。そうでなければ――きっと私は、二人を殺してしまう。また、私のせいで、大切な人たちを喪ってしまう。そんなの、わたしには耐えられませんっ!」

「………ハァ」

 恐ろしく悲壮な表情で言い放ち、今にも泣き出しそうに眉を下げている蘭をじっと見遣って、そして俺は盛大に溜息を落とした。常日頃から慣れ親しんだ演技の類ではなく、心の奥底から湧き出てきたような、我ながらまさに会心の溜息であった。

 その主成分は、眼前の幼馴染のどうしようもない物分りの悪さへの呆れと、自分の業というものを再確認させられたが故の憂鬱。思いっ切り曇天を仰ぎたくなる気分を堪えて、俺は力なく首を左右に振るだけに留めた。

「――やれやれだ。一体全体、俺はどこまで信用が無いんだろうな。人生の中で嘘ばかり吐き続けてきたツケが回ってきたってところか? まさしくオオカミ少年の悲哀って奴を今の俺は味わってる最中だ」

「シンちゃん……?」

 蘭は物問いたげな目で俺の顔を覗き込んでくる。その双眸を真正面から見返すと、俺は語気を強めて言い放った。

「確かに言った筈だぞ、蘭。俺に任せろ、と。まさかその俺が、身も心もボロボロのお前に困難を押し付けて、負け犬の如く逃げ出す事を是とするとでも思ってるのか? いいから素直に俺を頼ってみろ、蘭。折角の晴れ舞台、織田信長一世一代の大勝負なんだ。――少しは恰好付けさせてくれても、罰は当たらないだろう?」

「……でも、でもっ、相手は釈迦堂さんです! シンちゃんひとりの力でどうにかなる相手じゃありませんっ!」

 全く以って、ぐうの音も出ない程の正論だった。絶大な存在感を湛えて眼前に佇む男は、世界にてトップクラスの戦闘能力を誇る正真正銘の怪物。あの川神百代とすら“闘い”を成立させられる規格外の存在だ。並の武芸者を寄せ付けない蘭の実力を以ってしても殆ど勝機を見出せないであろう相手に、まさに“並の武芸者”レベルの戦闘力しか有さない織田信長が単身で挑むとなれば、それは客観的に見て自殺行為に他ならないだろう。

 だが、それでも、だ。俺はニヤリと不敵な笑みを口元に湛える事で、蘭の至極真っ当な諫言への返答とした。

「ふん、思えば丁度いい機会だな。俺としてもいい加減、舌先三寸だけに頼ってお前を説得しようって発想には無理があると思い始めていたところだ。具体的な行動と実績を以って、十年前のような口先だけの軟弱坊やを卒業したと証明するのも悪くない。そうすれば莫迦みたいに頑固なお前も流石に認めざるを得ないだろうさ。一瞬でも俺を疑った事を心の底から誠心誠意謝罪させてやるから、お前は土下座の準備でもして大人しく待ってる事だな」

 傍目には自信満々の、余裕すら窺えるであろう声音で威勢良く言い放って、俺は蘭の腕を掴み、軽く力を込めて後方へと引き戻す。

 半分は、虚勢。しかし残る半分は、紛れもない俺の本心だ。五年前の出逢いの瞬間から、釈迦堂刑部という男に対する拭えぬ敗北感は、いつでも俺の心中にこびり付いていた。決して相容れない人生観の持ち主でありながら、未熟な身ではいかなる術を以ってしても一矢報いる事すら叶わない存在。激しい敵意と殺意を剥き出しにしたところで歯牙にも掛けられない、そんな覆し様の無い絶対的な力関係に、どれほどの無念と屈辱を抱え続けてきた事か。忌々しく在り続けた積年の想念に今こそ幕を引けると思えば、沸々と滾る様な闘志が自然の内に全身を駆け巡った。

 無論、相手は世界の頂点に限りなく近い規格外の武人である。絶対的な勝利の確信など、元よりこの胸には存在しない。在るのはただ、自身の行動が間違っていないという心の底からの確信だけだ。誰かさんの言に倣えば、そうするべきだからそうする●●●●●●●●●●●●●――ただ、それだけの話。

 未だ逡巡を残した表情の蘭を半ば強引に己の背中へと回し、前へと向けて一歩を踏み出す。面白い見世物を見た、とでも言わんばかりの愉快げな笑みを貼り付けて、釈迦堂は俺を見遣っていた。

「ヒヒ、なかなかイイ青春風景を見せて貰ったぜ。けどよ、なーんかキャラ違くねぇかお前? まるでアレだ、週刊少年ジャソプの王道主人公じゃねえか」

「なに、いつぞやのアンタのご忠告を参考にしてみたまでさ」

『熱血に燃えるも良し、冷血に徹するも良し、ただ、ヒロイン一人救えねぇようなヘタレ主人公にゃなるな』

 ……この期に及んで、ヒロインとは一体誰か、などという下らない韜晦は鬱陶しいだけだろう。今、俺の背後には己が身命を賭して護るべき少女が居る。この肝心極まりない場面で主人公がヘタレるような、捻くれた脚本を描くつもりなど俺には更々無い。生まれてこの方、延々と邪道ばかりの物語を歩み続けてきた俺ではあるが、今この瞬間だけは真っ直ぐで清々しい王道というものを貫いてみせよう。

「ヒヒ――どうもこりゃ本気らしいな。だがよ、信長。友情と努力さえあればどんな相手にでも勝利できるってのは漫画ん中の話だぜ? うっかり現実と混同しちまえばお寒い事になるだけだ。実際、お前、どうやってこの俺に立ち向かうつもりだよ。実は超腕利きの剣豪で、その剣を抜けば素手の十倍の力が発揮できるとか、そういう三流以下のオチでも用意されてんのか?」

「ふん、まさか。そもそもアンタを相手に十倍程度の力じゃどうにもならないだろうさ。まあ、思えばコイツの役割はもう終わってる訳で、いつまでも似合わない代物を提げてる必要は無いな」

 何せもう憶えたし●●●●●●思い出した●●●●●。手放しても“再現”に支障は無いだろう。そして実際に振るう機会が無い以上、もはや持っていたところで徒に身軽さを損なうだけだ。回避能力が俺の命綱である以上、それは歓迎できる事態ではない。俺は朱鞘ごとベルトに挟んだ太刀を手に取って、それを足元の地面に捨て置いた。

「さて」

 先ほど釈迦堂が指摘した通り、現状が果てしなく絶望的である事は間違いない。何せこれまで潜り抜けてきた幾多の苦境とは違い、敵手と相対するのは“織田信長”ではなく“俺”なのだ。苦心して作り上げた虚像を戦術に利用出来ない以上、当然ながら口舌を用いたハッタリは一切が通用しない。切るべき手札は此処に至るまでの間に全て使い果たし、もはや援軍は期待出来ない。ならば必然として、最後に残されるのは……俺自身の、力。

 とは言っても、真正面から殴り合って気合と根性でどうにかなる相手ならば最初から苦労はしない訳で。故に頼るべきは膂力ではなく、俺という個人が有する唯一にして最大の武器。すなわち、“殺気”だ。何かに付けて無い無い尽くしの俺が一縷の希望を見出せるとするなら、それはやはりこの身に備わった天賦の異才に他ならないだろう。その為にも、先ず俺が為すべき事は――

「三分だ。三分だけ、時間をくれ。それだけあれば――俺は必ず、アンタを満足させてみせよう」

 宙に三本指を立てて見せながら、淀みの無い口調で断言する。

 何かしらの確信に充ちているように聴こえるであろう俺の言葉に対し、釈迦堂はピクリと眉を上げ、皮肉げに口を開いた。

「三分、ねぇ……たったそんだけの時間で何が出来るのか疑問だぜ。三分間待ってやる、とか死亡フラグくせえ台詞を言わせたいだけじゃねえのかお前。カップ麺ぶっ掛けて目潰しでもしようってか?」

「それは待ってみれば分かる事さ。それとも何だ、もしや警戒してるのか? 天下に名高い川神院元師範代、自称最凶の釈迦堂刑部ともあろう者が、たったそれだけの時間を与えた結果、散々見下してきた筈の小僧に足元掬われるかもしれない、と? くく、知らなかったよ。意外と小心者なんだな、アンタは」

「――安い挑発だ。ヒヒ、運が良かったなぁ、信長。俺は、安い挑発には乗るようにしてんだよ」

 釈迦堂の返答は、恐ろしい程の凄絶さを漂わせた禍々しい笑みだった。

「いいぜ。五年間待ったんだ、今さら三分ばかり延びた所で構やしねぇさ。見せてみろよ、信長――お前の全力。お前の意志って奴をよぉ」

「……」

 いかにも楽しげな調子で言い放つ釈迦堂に沈黙を返し、目論見通りに運べた事実に安堵する。

――ああ、アンタならそう言うと思ったよ。

 いつでも余裕綽々で、俺の事など歯牙にも掛けてないアンタなら。絶対に自身が脅かされる事はないと、己が才と力を心から信奉しているアンタなら。俺がひたすらに憎悪し嫌悪する釈迦堂刑部と云う獣であれば、必ずや俺に機会を与えてくれると、信じていた。

 その鼻持ちならない余裕が命取りになるのだと、思い知らせてやる。いつまでも勝者では居られないという現実を、噛み締めさせてやる。

 さあ、気合を入れろ。

 遥かな天上にて傲岸不遜に瞬く凶星を――今こそ、この手で引き摺り墜とす時だ。


「さーて、そんじゃカウントダウン開始だ。ヒヒ、ボサッとすんなよ、信長」


 わざわざ言われるまでもない。黄金よりも貴重な時間を一秒たりとも浪費しない様、俺は既に行動に移っていた。

 即ち、第一の行程――“殺気”の生成だ。目標値は、奥義・“殺風”の発動に必要となる分と同等の量。しかしこの作業は、第一段階にして既に過酷窮まりないものでもある。現在の俺のコンディションは最悪に近く、度重なる殺気の放出が祟った結果、運用可能な“氣”が殆ど体内に残されていない。この状態から大規模威圧と同等の殺気を生成するなど無茶無謀も良い所だと、普段の俺なら嘲笑うだろう。

 だが――それでも、やるしかない。白を黒と言い張ってでも、やらねばならないのだ。無理を通して道理を蹴っ飛ばしてでも、俺は成し遂げなければならない。望む未来を切り拓く為には、断じてこんな所で躓いている場合ではないのだから。思考しろ、思考しろ。この事態を打開するために俺が為すべき事は、何だ?


「……」


 氣とは即ち、生命力。生物が生命活動を維持する為に必要不可欠なエネルギー。つまるところ、命在る限り、其処には必ず氣が存在している事になる訳だ。……で、あるならば。


――この先何年分の寿命が縮もうが構わない。だから……出し惜しみは無しにしろよ、俺の体ッ!


 一年の命を僅か一分の力に換えてでも、体内に残留する氣の総てを絞り出すまでだ。どの道、今この瞬間に抗う為の力を得られないようであれば、長々と生き永らえる意味など無い。文字通りの意味で生命そのものを削ってでも、俺は自身の意志を貫き通して見せようではないか。


「ぐ、うぅぅぅ……っ!」


 忽ち襲い来るのは、全身から余さず体温が抜け落ちていくような感覚。怖気の走る冷気が指先から徐々に移動し、血と肉と骨と内臓とを次々と凍て付かせながら心臓にまで迫り来る。歯を食い縛り、唇を噛み破りながらおぞましい感覚に耐え続けて十数秒が経った頃――不意に、仄かな温かさが身体の中心へと宿った。厳冬にて焚き火を囲うような心地良さが全身を走り抜け、冷え切っていた肉体に活力が満ちる。


――良し。これで、下準備は完了だ。


 無論、所詮は荒業で無理矢理に捻り出した“氣”、そう長く保つ類のものではないだろう。この身を充たす温もりが儚く消えてしまわない内に、疾く次の段階へと進まねばならない。

 一呼吸の拍を置いてから、精神集中へと移行する。


「―――――」

 
 全身を循環する氣の存在を意識し、汲み取り、同様に俺の内を渦巻く想念と掛け合わせる事で、それらを遍く“殺気”へと変換。その行程を繰り返すこと数十秒、いつしか俺の体内を巡る氣は総てが贋物の殺意へと在り方を変えていた。後はこれらを一斉に体外へと放出し、最低限の制御を行う事で吹き荒れる黒き嵐を形成すれば、広域威圧の奥義・“殺風”の完成だ。

 ……が、それでは、意味が無い。釈迦堂刑部という規格外を相手にしては、俺が研鑽の末に到った渾身の奥義ですらもが通用しない。常識を超越した質と量を兼ね備えた氣の防護によって難なく防ぎ止められ、春風も同然に受け流されるだけだ。

 故に、俺がこの膨大なる殺気を以って形成すべきは“面”ではなく、“点”。一切の無駄を省いてあらゆる力を特定の一点に集中させ、その凝縮された力によって堅固な氣の防壁を突破する。即ち――“集中威圧”の奥義こそ、この場で求められる業である。

 そして、それは……今現在に到るまで、織田信長が一度たりとも到達し得なかった領域だ。


『また失敗、か……俺もまだまだ未熟、という事だな。やれやれだ、全く』


 構想が頭に浮かんだその瞬間から、必須となるであろう“氣”の精緻なコントロール技術を毎日のように磨き続けても、一向に到る事の適わなかった未知なる位階。幾度試行錯誤を繰り返しても、膨れ上がった殺気は術者の制御を離れ、敢え無く暴発してしまう。

 練習中に為し得なかった業が、実戦中に突如として実現可能になるなどと言う馬鹿げた事態は、現実には殆ど起こり得ない。故に、今この場での奥義の発現は絶望的だ――と、論理的に物事を考えるのであれば、然様に結論付けるのが道理というものなのだろう。

 だが。だが、違う。そうではないのだ。むしろ、今この場、今この瞬間だからこそ●●●●●、俺は奥義の成就に希望を見出せる。未踏の領域に一歩を踏み出せるのだと、確信が胸に宿る。

 何故ならば――制御を離れ、好き放題に荒れ狂う殺気とは、俺自身が手綱を取り損なった、感情と云う名の獣。記憶すらも定かではない遥か昔日から俺の内に巣食い続ける、狂猛極まりない怪物バケモノだ。そして件の獣を御する為の鎖とは即ち、俺という個人の理性、“意志の力”に他ならない。

 今までは、咆え猛る獣を抑え得る程の力を持つ事は出来なかった。そう、俺独りでは●●●●●、獣に打ち克てる程の強靭な意志を己の内に練り上げる事は不可能だった。


 だが――


『くれぐれも、此方の友という高貴な肩書きに恥じる真似だけはしてくれるでないぞ、信長』

 不死川心の、不器用な応援が。

『英雄様の配慮を、無為にするんじゃねえぞ――織田』

 忍足あずみの、遠回しな激励が。

『彼女を助けられるのは、きっとあなただけ。愛の力は、奇跡だって起こすよ』

 椎名京の、確信に充ちた期待が。

『さぁ、さっさとアイツを迎えに行って来やがれ。全部片付いたら、また茶飲み話に付き合ってやるよ』

 源忠勝の、決して揺るがぬ友情が。

『信じてるよ、ご主人』

 明智音子の、曇りなき信頼が。

 縁を結んだ幾多の者達の示してみせた想念が、今の俺の胸中には在る。彼ら彼女らの想いを一身に背負って、俺はこの場に立っている。

 そして、何より――


『俺に、任せろ』


 この身の後ろには、蘭が居る。

 二度と喪わないと己に誓い、必ず護ると正面から告げた少女が、息を呑み、目を凝らして俺の背中を見守っている。


――ああ、今なら俺にも良く分かる。お前●●も、こういう気分だったんだろう?


 瞼の裏側に蘇るのは、ひたすら果敢に莫大な殺意へと立ち向かった一人の少年の姿。誰かの想いをその身に背負い、自分自身の誇りに懸けて、己の限界すらも踏み越え、不可能を可能にして魅せる。それは誰もが夢見るヒーローの在り方で、とうの昔にヒールで在り続ける事を選択した織田信長にはまるで似合わないのかもしれない。

 だが――今、この瞬間だけは。仮面を脱ぎ捨て、あらゆる虚飾を剥ぎ取って、一人の少女を颯爽と救うヒーローで在りたいと、ただ一心にそう願う。


――譲れない意地があるんだよ、男の子おれたちには。なあ、風間翔一。


 そうだ。そもそも、己の中に棲まう獣すら満足に躾けられない人間が、現世に溢れた獣を調伏し得る道理などないではないか。

 ならば俺は“威圧の天才”の名に懸けて、一個の武人としての誇りに懸けて、己の内に在る地獄を悉く征圧し、冷厳なる意志の下に総ての殺意を支配しよう。

 深く固く瞼を閉し、強く鋭く精神を研ぎ澄まし、己が内面へと潜行する。

 
 さあ、いざ尋常に勝負といこうか、獣。

 
 お前に克って、俺は往く。


――未だ見知らぬ、“壁”の向こうへ。

 












 釈迦堂刑部は、自身の異端者たる現実を理解している。世の人々が揃いも揃ってありがたがっている、平穏無事な日常というものを凡そ愛する事が出来ず、死と隣り合わせの緊張感に充ちた闘争の中にこそ生の意味を見出す。世の人々が手を差し伸べるべき対象と見做している“弱者”というものが、ただただ喰らうべき餌としか映らない。まあたぶん何かの手違いで生まれてくる世界を間違ったんだろうよ、と自身の出生にまつわる不吉なエピソードを顧みて、釈迦堂はひとり納得していた。その事実をさしたる葛藤もないまま受け入れた上で、誰に憚る事もなく自身の価値観に沿った生き方を選択してきたのだ。眼前に立ち塞がる有象無象を、全て力尽くで排除しながら。

 そんな自分と、信長という少年の生き方に共通点を見出したかと言えば――別段、そういう訳ではない。むしろ、逆だ。釈迦堂は“怪物”と称される程の戦闘センスを生まれ持った本物の天才で、泥臭い努力とは無縁の強者であり、無秩序の生み出す混沌を好んでいた。才の欠如を血が滲むような努力で埋め合わせている弱者であり、秩序なき混沌を心底から忌み嫌う信長とは、性質としては何から何まで正反対だった。

『――“アンタみたいな思い上がった輩を、一人残らず足元に跪かせる為”に決まってるだろうが』

 そう、だからこそ。ありとあらゆるパーツが鏡写しの如く真逆であるからこそ。織田信長は、釈迦堂刑部にとっての――“天敵”と、成り得る存在なのだ。

 故に、面白いと思った。自らの手で育ててみようと気紛れを起こした。全ての始まりとなった出逢いの日に、一つの約束を交わしつつ。

『ヒヒ、良くもまあ吹かしやがったもんだ。吐いた唾を飲ませてやるほど、俺は優しくねえぞ』

『いいぜ、お前を鍛えてやるよ、小僧。その代わり、約束しろ――お前はいつか必ず、俺の所まで這い上がって来い。俺の生き地獄シゴキを耐え抜いて、自分の台詞に責任取ってみせやがれ。どんだけ汚い手を使おうが構やしねえ、とにかく俺を愉しませてみせろ。その時までは、お前のワケ分からんハッタリについては黙っててやるからよ』

『何せ超天才たるこの俺がわざわざ手間隙掛けるんだ――半端は、許さねえぜ?』

 恐喝にも似た宣言に違う事無く、釈迦堂が信長に課した修行内容は過酷を極めるものだった。釈迦堂は傑出した武人としての観察眼を以って、信長という少年の有する能力の限界を的確に見極めた上で、その限界ギリギリの成果を常に求めた。耐え切れず壊れたならばそれまでだと冷酷に割り切って、死と隣り合わせの鍛錬すら躊躇わず課した。一年が経ち、二年が経ち、やがて三年の歳月が経っても――信長は、壊れなかった。あらゆる苦難と困難を意志の力で乗り越えて、一個の人間として着実に成長を遂げてきた。

 
 そして、今。

 
 織田信長は、釈迦堂刑部の眼前に立っている。自身の望んだ“天敵”として、疑い様も無い一つの完成へと至りながら。


「……………………」


 精神統一の為か深く瞼を閉し、吹き荒れる嵐の中に小揺るぎもせず立ち続ける大樹の如きその姿は、釈迦堂が思わず驚きの念を覚える程に大きなものとして映る。文字通りに血反吐を吐きながら必死の形相で弟子入りを申し込んできたあの日、織田信長という少年は紛れもない弱者だった。約五年の歳月が過ぎ去った今でも、その身が有する武力そのものはさして変化していない。

 だが――それでも。眼前に居るこの男は、疑い様もなく、強者だ。全人生を懸けて培ってきた強大な“力”を以って闘争に臨む、誇り高き一個の武人だ。


「――――――ッ!!」


 よもや人の身で制御など適う筈も無い、際限なく膨れ上がった極大の“殺気”が――しかし同時に、疑い様も無く明確な指向性を以って、とある一点へと収束していく。本来ならばそのまま拡散し、荒れ狂う嵐と化して周辺を薙ぎ払う筈の黒い氣が、不可視の引力に引き寄せられるようにして、渦を巻きながら“集中”していく。それらが細かな蠕動を伴いながら徐々に寄り集まり、やがて術者の意志に導かれるように一つの形を取り始めた時――不意に、釈迦堂は悟った。


――コイツは、届く。


 この、殺気。広域威圧の奥義たる“殺風”をも凌駕する、まさしく織田信長が行使し得る全霊の殺意が、一箇所に集められ極限まで圧縮される。その結果として、遠からず確かな完成に至るであろう“この力”は……まず間違いなく、川神院元師範代たる釈迦堂刑部をも脅かす。


『壁越えに対抗出来るのは壁越えだけ、ってな』


 数年前のとある月夜に弟子へと投げ掛けた言葉が、頭を過ぎった。

 そう。この身に、壁を越えた武人に僅かたりとも実際的な脅威を感じさせる――その事実が指し示す意味は、ただの一つしかない。


「……へへへ。お前、やっぱ最高だぜ、信長」


 織田信長という少年はいつでも己の予想を裏切り、そして期待に応えてみせる。胸の奥底より湧き上がる愉快さに、痛快さに、釈迦堂の凶相にはいつしか満面の笑みが浮かんでいた。いっそ手を打ち鳴らして哄笑してやりたいような心地の中、不意にかつて袂を別った懐かしい面々の顔が脳裡を過ぎる。


――よう、ジジイ、ルー。それと、揃いも揃って俺を叩き出す事に賛同しやがった堅物の門下生ども。

 
 思想の危険性が問題だと、人格が指導者として不適切だと、教導内容が徒に過激だと。幾多の理由を挙げ連ねて、かつて川神院は釈迦堂刑部を追放した。別段、その過去に対しては恨みも憎しみも抱いてはいない。そもそもにして、場違いだったのだ。鮫が淡水に棲むことが出来ないように、釈迦堂には最初から川神院の“清浄な”空気が肌に合わなかった。総代の鉄心から直々に誘われなければ、一生の内に足を踏み入れる事もなかっただろう。故に破門の一件は、元より野に住まうべき獣が放逐されてようやく本来の居場所へと立ち帰った、ただそれだけの話。所詮、釈迦堂の異質にして強靭な精神を揺るがすに足る出来事ではない。

 だが――追放に際し、師としての在り方をも否定された、その事実。それは、自分では気にも留めない程の小さなしこりとなって、釈迦堂の胸に引っ掛り続けていたのかもしれない。


――イイ子ちゃんのお前らの温っちいやり方で、コイツをここまで育てられたかよ?


 ひたすら力に飢え、力を欲し、命を削る事を厭わず頂を目指した愚かな少年の願いに、応えられたのか? 自らが常人を超えた才を持つが故の余裕から、闘争に鼻持ちならない精神論を持ち込み、手段を問わず敵を捻じ伏せる為の暴力を野蛮だと忌避する川神院の武人達。そんな彼らには、例え卑怯卑劣に塗れ悪辣な策謀の限りを尽してでも他者の上に立ちたいという、虐げられた弱者の魂の絶叫を――少年の心を焦がす狂おしい渇望を斟酌してやる事が出来たか? 少年が望んだ“死に物狂い”の修行を受け入れ、 文字通りの死の際まで容赦なく追い詰める事で、その身に眠る資質を限界まで引き出してやる事は出来たのか?


――俺は育てたぜ。道端で野垂れ死ぬ筈だった薄汚い小僧をこのステージまで引き上げたのは、ご立派な武の総本山とやらじゃねぇ。お前らが邪魔者扱いで厄介払いした、この俺だ。


「――っと。オイオイちょい待てよ俺」


 そこまで考えた所で、ふと正気に立ち返る。そして、先程からの意趣返しじみた自分の思考に呆れた。全く以って、らしくない。一体何を言っているのか、これではまるで――


「“織田信長は俺が育てた”、ってか? ヒヒ、なんだ。こいつはお笑いじゃねえかよ」


 弟子の成長を自慢したい師匠。そんな人間臭い感情が自分にもあったとは驚きだ、と釈迦堂は愉快げに口元を歪める。

 ああそういや、あのクソ生意気な弟子は、遂に一度も俺の事を師匠とは呼ばなかったな――と、益体のない思考を巡らせながら、数間の距離を隔てて佇む弟子を見遣った。


「……とんでもねぇな、オイ」


 驚嘆に値すべき信長の業は、自らが告げた三分の制限時間を待たずして、既に最終段階へと至っている様子だった。

 恐ろしい程の密度に至るまで圧縮・凝縮を施された純黒色の禍々しい氣が、尚も解き放たれる事無くその場に留まり続けている。

 明確な形を成して視界に映り込む“ソレ”は、今や九割方が完成に至っている様に見受けられた。そして一割の未完成部分を残しているにも関わらず、既にその存在を主張して已まない凶悪無比な冷気は、稀代の武人たる釈迦堂刑部をして肌を粟立てさせるに十分な威容を誇っている。
 
 総身を走り抜けるは、抑え難い戦慄。そして同時に胸に宿るは、一つの確信。

 それは、即ち――
  

こちら側●●●●へようこそ、だ。ヒヒ、心の底から歓迎するぜ、信長」


 釈迦堂刑部の一番弟子は、遂に。

 今この瞬間――“壁越え”の域に到ったのだ、と。
















 そうして俺は、瞼を開く。

 視覚に頼るまでもなく、奥義の成就を確信しつつ――それでも、己の業の全てを見届ける為に、視線を右手の先へと向ける。

 脳裡に描いたイメージと寸分違わず、手に携えるは一振りの剣。およそ五尺にも及ぶ長大な刃を有する、抜き身の大太刀。

 それは、柄頭も目貫も鍔も刃も、総てが“黒”で出来ていた。どこまでも純粋で、どこまでも禍々しい、現世の色彩とは俄かに信じ難い程の全き漆黒。その正体は――“殺気”だ。一切の不純物が含まれない、只管に相手を死に至らしめんとする絶対的に凶悪な意志。黒の暴嵐は総てが余さず一点へと凝縮され、一振りの刃へと姿形を変えて此処に在る。


『純粋さを窮めた究極の“死の恐怖”だけが、心に巣食う獣を律する手綱と成り得る。あらゆる欲望を――人の心に渦巻くあらゆる混沌を凍て付かせ、静止させる事を可能とする』


 発想の切っ掛けは、とある狂人の謳い上げた妄執だった。その言から手掛かりを得、かつて紅の風景の中で目撃した、少女の身に棲む怪物を模倣。あの邂逅にて魂の深奥にまで刻み込まれた“殺意”を、より完成系に近い形で現世に再現したものこそが、この手に握られ虚空に翳された純黒の大太刀だ。長大な外観とは裏腹に、重量は欠片も感じない。それも当然――この太刀に、実体なるものは存在しないのだから。そしてそれ故に、当然、物理的な殺傷能力は欠片も有していなかった。全霊を以って振るった所で、肉も骨も、皮一枚すら切り裂けはしないだろう。

 だが、それは道理。この太刀はシンを斬らず、シンを斬る。魂の深奥に刻まれた、シンを斬る。

 ただその為だけに創始され、行使されるべき無形の刃。

 其れは天下にただ独り、織田信長だけが創始し得る一刀にして、織田信長だけが行使し得る術理。恐らくは人類史上、空前にして絶後の、蜃気楼の如き夢幻の一太刀。斯くなる剣理を指して――世の人々は、“魔剣”と呼ぶ。

 憤怒、悲嘆、憎悪。信念、決意、覚悟。そして、殺意。俺の内に渦巻く混沌を、焦熱地獄の如く燃え盛る感情を以って鋳造され、氷結地獄の如く凍て付いた理性を以って鍛造された漆黒の太刀は、即ち俺の意志を抱いた魂そのもの。幼き頃から胸に抱き続けた、“夢”の具現だ。

 故に……未だ無銘のこの太刀に、未だ無名のこの業に。覇道を拓く黒の剣閃に、手ずから号を与えるとなれば――相応しきは、まさしく一つ。


……即ち、魔剣。

 



―――我流魔剣・天下布武。


 




「さあ。今こそ“約束”を、果たす時だ」


 釈迦堂刑部。其の計り知れぬ傲慢さを侮蔑しながら、其の底知れぬ強靭さを羨望した。

 胸にはいつでも、誰憚る事もなく万物を見下す絶対強者の姿に対する、抑え切れない憧憬が在った。

 師弟として過ごした三年の中で、不動不惑の靭き背中から、俺はどれほど多くを学び取っただろうか。


「俺は、アンタを超える。アンタという“壁”を乗り越えて、望む未来を掴み取って見せる」


 俺にとっての釈迦堂刑部は、決して相容れない獣の筆頭であると同時に、掛け替えの無い恩師でもある。

 故にこれは怨返しであり、恩返し。

 研ぎ上げたこの刃と、磨き上げたこの業を以って。ありったけの憎悪と、ありったけの感謝を渾身の一刀に込めて――織田信長の全霊を、捧げよう。
 


「いざ尋常に、勝負だ――“師匠”ォッ!!」













 最終死合――織田信長 対 釈迦堂刑部。


 堀之外合戦、最後の一幕が、今、上がる。










 




















 信長「うーむ、『混沌征す暴嵐の剣ストームブリンガー』の方が……いや、横文字は流石に中二が過ぎるな」
 そんな秘かな葛藤が本編の裏であったとかなかったとか。どう足掻いても中二、それが今作なのです。
 何はともあれ、魔剣の話をしよう――と言う訳で、魔剣です。剣術と全く無関係な時点でこれ魔剣とは言えねーよ! というご尤も過ぎる突っ込みは覚悟の上です。ただひたすらに“我流魔剣”という四文字を使いたかっただけなんです。我流魔剣、なんと胸躍る響き。装甲悪鬼もう一周しようかな……
 ちなみに感想欄を拝見する限り想像以上にサブタイトルへの反響が大きかった様ですが、これに関しては回答しようとすると多少のネタバレを含んでしまいますので、大変申し訳ありませんがひとまずノーコメントとさせて下さい。それでは、次回の更新で。


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