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No.13860の一覧
[0] 俺と彼女の天下布武 (真剣で私に恋しなさい!+オリ主)[鴉天狗](2011/04/15 22:35)
[1] オープニング[鴉天狗](2011/04/17 01:05)
[2] 一日目の邂逅[鴉天狗](2012/05/06 02:33)
[3] 二日目の決闘、前編[鴉天狗](2011/02/10 17:41)
[4] 二日目の決闘、後編[鴉天狗](2009/11/19 02:43)
[5] 二日目の決闘、そして[鴉天狗](2011/02/10 15:51)
[6] 三日目のS組[鴉天狗](2011/02/10 15:59)
[7] 四日目の騒乱、前編[鴉天狗](2011/04/17 01:17)
[8] 四日目の騒乱、中編[鴉天狗](2012/08/23 22:51)
[9] 四日目の騒乱、後編[鴉天狗](2010/08/10 10:34)
[10] 四・五日目の死線、前編[鴉天狗](2012/05/06 02:42)
[11] 四・五日目の死線、後編[鴉天狗](2013/02/17 20:24)
[12] 五日目の終宴[鴉天狗](2011/02/06 01:47)
[13] 祭りの後の日曜日[鴉天狗](2011/02/07 03:16)
[14] 折れない心、前編[鴉天狗](2011/02/10 15:15)
[15] 折れない心、後編[鴉天狗](2011/02/13 09:49)
[16] SFシンフォニー、前編[鴉天狗](2011/02/17 22:10)
[17] SFシンフォニー、中編[鴉天狗](2011/02/19 06:30)
[18] SFシンフォニー、後編[鴉天狗](2011/03/03 14:00)
[19] 犬猫ラプソディー、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:50)
[20] 犬猫ラプソディー、中編[鴉天狗](2012/05/06 02:44)
[21] 犬猫ラプソディー、後編[鴉天狗](2012/05/06 02:48)
[22] 嘘真インタールード[鴉天狗](2011/10/10 23:28)
[23] 忠愛セレナーデ、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:48)
[24] 忠愛セレナーデ、中編[鴉天狗](2011/03/30 09:38)
[25] 忠愛セレナーデ、後編[鴉天狗](2011/04/06 15:11)
[26] 殺風コンチェルト、前編[鴉天狗](2011/04/15 17:34)
[27] 殺風コンチェルト、中編[鴉天狗](2011/08/04 10:22)
[28] 殺風コンチェルト、後編[鴉天狗](2012/12/16 13:08)
[29] 覚醒ヒロイズム[鴉天狗](2011/08/13 03:55)
[30] 終戦アルフィーネ[鴉天狗](2011/08/19 08:45)
[31] 夢幻フィナーレ[鴉天狗](2011/08/28 23:23)
[32] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、前編[鴉天狗](2011/08/31 17:39)
[33] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、中編[鴉天狗](2011/09/03 13:40)
[34] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、後編[鴉天狗](2011/09/04 21:22)
[35] 開幕・風雲クリス嬢、前編[鴉天狗](2011/09/18 01:12)
[36] 開幕・風雲クリス嬢、中編[鴉天狗](2011/10/06 19:43)
[37] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Aパート[鴉天狗](2011/10/10 23:17)
[38] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Bパート[鴉天狗](2012/02/09 19:48)
[39] 天使の土曜日、前編[鴉天狗](2011/10/22 23:53)
[40] 天使の土曜日、中編[鴉天狗](2013/11/30 23:55)
[41] 天使の土曜日、後編[鴉天狗](2011/11/26 12:44)
[42] ターニング・ポイント[鴉天狗](2011/12/03 09:56)
[43] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、前編[鴉天狗](2012/01/16 20:45)
[44] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、中編[鴉天狗](2012/02/08 00:53)
[45] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、後編[鴉天狗](2012/02/10 19:28)
[46] 鬼哭の剣、前編[鴉天狗](2012/02/15 01:46)
[47] 鬼哭の剣、後編[鴉天狗](2012/02/26 21:38)
[48] 愚者と魔物と狩人と、前編[鴉天狗](2012/03/04 12:02)
[49] 愚者と魔物と狩人と、中編[鴉天狗](2013/10/20 01:32)
[50] 愚者と魔物と狩人と、後編[鴉天狗](2012/08/19 23:17)
[51] 堀之外合戦、前編[鴉天狗](2012/08/23 23:19)
[52] 堀之外合戦、中編[鴉天狗](2012/08/26 18:10)
[53] 堀之外合戦、後編[鴉天狗](2012/11/13 21:13)
[54] バーニング・ラヴ、前編[鴉天狗](2012/12/16 22:17)
[55] バーニング・ラヴ、後編[鴉天狗](2012/12/16 22:10)
[56] 黒刃のキセキ、前編[鴉天狗](2013/02/17 20:21)
[57] 黒刃のキセキ、中編[鴉天狗](2013/02/22 00:54)
[58] 黒刃のキセキ、後編[鴉天狗](2013/03/04 21:37)
[59] いつか終わる夢、前編[鴉天狗](2013/10/24 00:30)
[60] いつか終わる夢、後編[鴉天狗](2013/10/22 21:13)
[61] 俺と彼女の天下布武、前編[鴉天狗](2013/11/22 13:18)
[62] 俺と彼女の天下布武、中編[鴉天狗](2013/11/02 06:07)
[63] 俺と彼女の天下布武、後編[鴉天狗](2013/11/09 22:51)
[64] アフター・ザ・フェスティバル、前編[鴉天狗](2013/11/23 15:59)
[65] アフター・ザ・フェスティバル、後編[鴉天狗](2013/11/26 00:50)
[66] 川神の空に[鴉天狗](2013/11/30 20:23)
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[13860] 天使の土曜日、前編
Name: 鴉天狗◆4cd74e5d ID:667a1101 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/22 23:53
 四月二十五日、土曜日。

 私立川神学園は週休二日制を採用しているので、大多数の学生達にとって週末とは待ちに待った安息の時である。半日に渡る教育カリキュラムを五日連続で消化し、フラストレーションを溜め込んだ若き精神を余す所なく解放する瞬間――我慢があるからこそカタルシスは大きい。誰もが授業の束縛から逃れ、各々が望む通りの休日を満喫する。

 そして、それは川神学園に籍を置く生徒の一人であるところの俺こと織田信長も例外ではなく、と言うよりもむしろ学園の生徒の殆どよりも俺の方が週末を待ち望む気持ちは大きいだろう。ただでさえ2-Sというエリートクラスの中にあって真剣な勉学に取り組んでいる上に、学年制覇という目標の過程で頻発するトラブルに度重なる決闘、果てはドイツ軍中将が部隊を率いて襲撃を掛けてくるという素敵過ぎるアクシデントにまで遭遇する始末だ。加えて放課後は己に課した各種鍛錬やノルマの消化に忙しく、まさに息吐く暇すら与えられない毎日を送っているのである。

 という訳で、土曜日及び日曜日は疲弊した精神と肉体を癒し、やがて来るべき最恐の敵――月曜日との苦しく辛い決戦に備える為の貴重な準備期間なのだ。いつぞやの“黒い稲妻”事件の如く急を要する案件が無い場合、この二日間は基本的に自身の自由で使える時間として設定されている。織田信長はサイボーグに非ず、あくまで血の通った一個の人間である。日々の活動で肉体疲労は蓄積し、殺気の運用によって精神は疲弊する。故に適度な休息を挟まなければ身も心も保てない。“夢”に向かって邁進するという事は、無計画に猪突猛進する事と同義ではない――己の限界を知り、身の程を弁えつつ、ベストを尽くす心構えこそが肝要なのだ。

 ……以上が、現在時刻が本来の起床予定時刻より大幅に遅れている事を悟った瞬間の、俺の思考である。

「…………別に寝過ごした事の言い訳とかじゃないんだからね」

 勘違いしないでよね、と自分以外には誰も居ない自室のベッドにて呟きながら、俺は枕元の携帯電話に目を遣った。闇の彼方に沈む俺の意識を深淵の底より呼び戻したのは、先程からしつこくバイブレーションを続けている我が携帯である。手に取ってディスプレイに視線を移してやれば、そこには見知った一字が堂々と自己主張していた。数秒ほどの逡巡を経てから、俺は色々な物を喪失する覚悟を決めて、通話ボタンを押した。

『おっせーぞコラ!ウチがさっきから何回コールしたと思ってんだよ、通話料金もタダじゃねーんだぞ。分かってんのかその辺?まーいいや、とにかくどっか遊びに行こうぜ!』

 途端、電話越しに脳天を直撃するのは、底なしにハイテンションで羨ましいほど活気に溢れる声音である。今まさに覚醒を果たしたばかりの俺には荷の重い相手である事は言うまでもあるまい。

 欠伸交じりの溜息を漏らしたくなる気分を噛み殺しながら、顔を天井に向けた仰向けの体勢のまま、普段の演技に輪を掛けたローテンションにて応対する。

「唐突に何を言っている、天。生憎と然様な予定はスケジュールに組み込まれていない。顔を洗って出直すがいい」

『顔を洗って出直すのはそっちだろ、声とか思いっきり寝起きじゃねーかよ。時間にウルサイ癖に自分は割とルーズだかんなーシンは。つーかスケジュールに組み込まれてないってどーいう事だオイ。ウチは確かに約束取り付けたぞ』

 我が幼馴染にして兄弟弟子にして妹分、天こと板垣天使の自信に満ち溢れた断定口調の言葉に、俺ははてなと携帯片手に首を傾げた。生憎と身に覚えがない。やはり寝起きで記憶が曖昧になっているのだろうか――とぼんやり思考していると、怒った猫を思わせる低い声音が耳朶を震わせた。

『……さてはシンてめー、ウチとの約束忘れてやがったな?月末辺りに新しい服買ってくれるっつってただろ、前に青空闘技場で顔合わせた時。ウチはちゃんと覚えてんぞ……こっちは楽しみに待ってたってのに、誘った側が忘れるとかサイテーだな!シンなんざ馬に蹴られて死んじまえ!』

「用法が違う。――成程、思い返してみれば然様な事を言った記憶があるな」

『テキトーだなおい。あーあ、こんなに可愛い美少女とデートできるってのに、ホンット枯れてるよなぁシンは。人生五十年、まだ老成して賢者になっちまうには早いぜぇ?』

「それも用法が違う。そして昔日の約定を忘れたか、天?“俺とお前だけは互いの名前を弄ばない”――お前から破ると云うなら俺にも考えがあるが」

 DQNネーム被害者の会、たった二人の構成員。俺達は切っても切れない強固な絆で結ばれていると信じていたが、所詮はそれも幻想だったか。全く、この名に冠せられた呪縛は何処までも俺を苦しめずにはいられないらしい――と暗黒的なオーラを惜しみなく放出していると、慌てた調子の声が電話越しに響いた。

『い、いやいや今のは言葉のアヤだって!ウチがシンの名前で遊ぶような命知らずなマネする訳ないだろ。うん、んな事よりさ!どうもマトモに頭働いてねーみたいだから念のために言っとくけど……今日が何の日か覚えてるか?ウチとの約束は別として』

「ん……?」

 今日は――西暦二〇〇九年、四月二十五日、土曜日。休日ではあるが特に祝日と言う訳でもない。川神学園の建校記念日は別日だった筈。ならば知人の誕生日辺りか、と記憶を浚ってみるも、該当件数はゼロ。そもそもにして織田信長は知人の誕生日を祝うほどフレンドリーなキャラクターではない。まあ一部の例外は除いての話だが……その“一部の例外”の誕生日ならば最初から俺が忘れる事は無い。

 さて、他に考えられる可能性は?天がこの文脈で口にした台詞だという事を考慮すれば――遊びに関わる内容で――俺達の間における遊び場と言えば即ち――ゲームセンター。

「……成程、な。思えば今日が稼働日、であったか」

『ピンポーン、大正解ぃ!つーか気付くのおせーよ。ウチはもう準備万端でスタンバってるぜぇ?さっさと顔洗ってメシ食ってから出てこいよ、いつも通りに川神の駅前公園で一時に待ち合わせな!ぜってー遅れんなよ!』

 嵐のように捲し立てたかと思うと、気付けば通話が終わっていた。

 俺は携帯電話をベッドの上に放り投げると、勢いを付けて身体を起こす。据え置きの目覚まし時計に目を遣れば、現在時刻は午前十一時。本来は八時に起きる心算だったのだから、実に三時間の予定超過である。これでは下手を打てばネコの事を笑えなくなってしまいそうだ――などと笑えない思考を巡らせながら洗面所にて顔を洗い、罅割れた鏡を頼りに歯を磨く。適当に身嗜みを整え終えると、次に気になってくるのは己の内より空腹を訴えかけてくる腹の虫共の存在である。

 よって、休日にも関わらず普段同様、中庭で熱心な鍛錬に励んでいるであろう蘭の奴に昼食を無心すべく、自分の部屋から一歩を踏み出す。奇しくも全く同じタイミングで、二つ隣に位置する部屋の扉が開かれた。そして中から顔を突き出したのは、我が第二の従者こと明智ねねである。ぬぅ、とゾンビの如く両腕を突き出して虚空を睨み付けている姿は傍目にも生気と精気に欠けている。やけに可愛らしいピンクのパジャマ姿のままフラフラと廊下を彷徨っている様子を見る限り、或いは夢遊病患者の類だと判断すべきなのかもしれないな――そんな俺の予想を否定するかのように、ねねはこちらの存在を認識していた模様で、欠伸交じりの挨拶を掛けてきた。

「ふわぁぁぁ、おはようご主人。クソみたいな朝だね。ホントもうクソ眠くてやってらんないよ」

 年頃の娘が起き抜けに糞糞連呼するのは色々と駄目だと思うのは俺だけだろうか。というかあれだけ主張していた慎みと品性とやらはどこへ捨ててきた。それは自由がどうこう以前に人間として捨ててはいけないものだろう。従者の将来を憂う俺の想いが伝わっているのかいないのか、ねねはだらしなく大口を開けて無遠慮な大欠伸を漏らしている。

「ふわぁああ、ねむぅ。あ~もう、人付き合いってのも楽じゃあないね。本来のプランなら三時のおやつまでは惰眠を貪るという素敵な休日ライフが約束されてたのにさ、迂闊に遊ぶ約束なんてしちゃったお陰で四時間も早く起きる羽目になっちゃった。折角の休日なのにどうしてこんな苦行に身をやつしているんだろうね私。みんなの方が私に生活リズムを合わせるべきなんだよ全く。って言うか土曜日の朝六時に起床の挨拶って、まゆっちは一体何なのさ。思わず就寝の挨拶を送り返しちゃったじゃないか……」

 独り言なのか俺に話し掛けているのか微妙なラインの調子で、ねねはブツブツと不気味に呟いている。何にせよ迂闊に関わるべき存在ではないと判断し、放置して早々に中庭へと向かう。老朽化階段がギシギシと軋む音の喧しさと耳障りさは保証付きで、中庭にて一心不乱に木刀を振っていた蘭に俺の存在を認識させるには十分だった。蘭はこちらを振り向くと、にこにこと嬉しそうな笑みを零しながら深々と頭を下げる。

「おはようございます、信長さま!束の間の安息にも弛まぬ心身を鍛え上げるべく、蘭は鍛錬に励んでおります!」

「うむ。良き心掛けだ。励め」

「ははーっ!ありがたきお言葉を胸に抱き、蘭は一層の精進に努めます!ところで主、昼食をご所望でしょうか」

「然様。昼過ぎより予定が入った故、急ぎ用意せよ。簡易のもので問題ない」

「はっ、蘭は確かに承りました。最短の時間で最高の昼食を――ここが私の腕の見せ所!願わくは暫しのご猶予を!」

 両手に握っていた赤黒い木刀をぽいっと無造作に放り投げると、蘭は脱兎の如き勢いで階段を駆け上がり、瞬く間に自室へと消えていった。

 どうも期せずして料理人魂に火を点けてしまった模様である。まあ何にせよ、やる気を出してくれて悪い事は無いだろう。これがねね辺りならば見事に空回りして殺人料理を振舞ってくれるという古典的なオチが目に見えているが、熟練料理長たる蘭ならば心配は不要だ。昼食の味が楽しみだな、と期待に胸を膨らませつつ、俺は自室へと引っ込む。

「すぴーくかー。むにゃむにゃ、えへへ~」

「……」

 何故かねねの莫迦が俺のベッドを占拠して図々しく爆睡していた。この時間から二度寝かよ、というか誰かと遊ぶ約束はどうした、それ以前にここは俺の部屋だ――そんな幾多の指摘の代わりに、収束させた殺気を浴びせて無理矢理に叩き起こす。

 そうこうしている内に、蘭が三人分の昼食を載せたトレイを抱えて部屋に足を踏み入れた。実に驚くべき早業である。皿の上にて香ばしい匂いと共にホカホカと湯気を漂わせているのは、パプリカやニンジン、ネギや卵等の具材をふんだんに用いた、見た目にも色彩豊かなヘルシーチャーハンである。未だに寝惚け眼で無防備に擦り寄ってくるねねを洗面所に放り込んで覚醒させてから、俺達は狭い食卓を三人で囲んだ。

「ところで信長さま、午後より予定が在るとの仰せでしたが……」

「然様。例によって天の呼び出しだ」

「え、天ってアレだよね、あのダークエンジェルな娘。あんな野蛮で粗野な暴力娘と遊びに行くの?ハァ、それはまた何て言うか……ご主人って人相も悪ければ女の趣味も悪いんだね」

 何も言うまい。俺はもう大人なのだから。こんな莫迦の戯言にいちいち付き合ってムキになっているようでは、むざむざと精神の未熟を露呈するだけだ。完全に無視を貫いてチャーハンを口へと運んでいると、ねねは勝手にニヤニヤと鬱陶しい笑みを浮かべ始めた。

「あ、でも、もし二人がゴールインしたら究極生物・織田天使の誕生だね。え、エンジェル・織田……!ぷくくくっ――ぎにゃっ!?」

 つい手が出てしまったが、これは怒りに任せた暴力ではなく、鉄拳制裁という手段による教育的指導である。人生の後輩に対する年長者の義務であり、飼い猫に対する飼い主の責務である。そこに俺の私情は一切含まれていないのだ。

「うぅ、こんなにプリチィーでチャーミングな私に手を上げるなんて、ご主人の鬼!悪魔!第六天魔王!織田信長!」

 …………あ?

「ネコ貴様――死ぬか?」

「うわぁぁぁご主人の目が真剣だよっ!ヘルプミー、ヘルプミーラン!」

「ねねさん、先に地獄で待っていて下さいね。時が来たら、共に閻魔相手に地獄の国取りをしましょう」

「薄情者ぉっ!それに私は死んだら天上楽土で好きなだけ食っちゃ寝して過ごすっていう極楽大作戦を構想中なんだ、地獄なんて物騒な場所は死んでもゴメンだよ!生きろ、私は美しいっ!」

 色々と意味の分からない妄言を垂れ流しながら、ねねは無駄に素早いスピードを発揮して部屋から飛び出していった。ちゃっかりチャーハンだけは米粒一つ残さず完食している辺りが何とも小憎らしい。そして食べ終えた後の食器を片付けずに放置していく辺り、後で入念な躾の必要がありそうである。全く、やれやれだ。

「……主。その、主はこれから、天使さんと遊行に赴かれるとの事ですが」

「ん?」

 不意におどおどした様子で声を掛けてきた蘭に、俺はチャーハンを掻き込みながら向き直る。

 ちなみに補足すると、天に対する蘭の呼び方は“エンジェルさん”ではなく“テンシさん”である。最初はそのものズバリ“天さん”と呼んでいたのだが、「それはやめろ真剣でやめろぶっコロスぞ」という天の必死の訴えで却下されることになった。だからと言ってテンシさんもどうなのかと個人的には思ったものの、「エンジェルじゃなけりゃいいんだ。Angelじゃなけりゃ、な……」との切実な呟きを聴いてしまっては、もはや何を言えようか。英語を習ってすらいない天の口から飛び出た流暢な発音に、俺は名付け親の業の深さをまざまざと思い知らされたものだ。

 閑話休題。蘭はレンゲを皿に置いて、眉を八の字に下げて、困ったような表情で俺の顔を見つめている。

「僭越ながら、それはもしや、で、で、でぇと、というものなのではっ」

「……今更、何を言っている?奴とは一年や二年の付き合いではないだろう」

 やけに意気込んだ問い掛けに当然の回答を返すと、蘭は数秒ほど硬直した後、瞬く間に顔を真っ赤に染めた。

「はははいっ然様でございますね!何でもありません!どうかお忘れくださいませ!ら、蘭は引き続き鍛錬に励みますっ」

 あわあわと大慌てで立ち上がり、従者一号は二号に続いて猛ダッシュで室外へと退去する。そこできっちりチャーハンの皿を持っていく辺り、ねねとの忠誠心の差が良く顕れていた。奴が放置していった分まで一緒に片付けているとなれば尚更である。

「……」

 ひとり部屋に残された俺は、チャーハンを黙々と口に運びつつ、先の蘭の奇態について思慮を巡らせる。

 さて、一体全体先程の態度は何を意味しているのか――などと白々しい事を言うつもりはない。俺は少なくとも自分では鈍感からは程遠い感性の持ち主だと自負しているし、人間観察にも結構な自信がある。故に、森谷蘭が織田信長に寄せているであろう感情も、ある程度は推察する事が出来る。とは言っても、あそこまで露骨過ぎる態度を日常的に取られて、それでも気付かない輩はただの愚鈍でしかないだろう。

「変わった、な。あいつ」

 感慨を込めて、呟く。

 蘭が俺に懸想しているのは前々からの事だが、しかし具体的な行動という形でその想いを示す事は珍しかった。だが、ここ最近の蘭はやけに能動的で、積極的だ。その辺りには椎名京の存在が関わっているのだろうが――それ以前の問題として、蘭自身の在り方の変化が、その最大の理由なのだろう。

 変化。停滞からの脱却。新たなるステージへの、飛躍。

 思えば、あの日から十年が経つ。十年経てば、人は変わる。良きにつけ、悪しきにつけ。

 俺も蘭も既に高校二年生……世間的には“大人”として認識され始めるべき年頃だ。少年は男に、少女は女に、様々な葛藤と懊悩を経て脱皮を遂げる。

「モラトリアム、か」

 そう、誰しも変わらずにはいられないのだ。俺も蘭も変わる。ならば、俺達の関係もまた、不変である筈はない。

 皆が各々の問題に何かしらの解答を選択し、その重みを背負って一人前の人間へと成長する。

 
 俺もまた――選ばなければならないのだろう。俺にしか選べない、俺だけの答えを。












 



 目的地たるゲームセンターは川神駅に面した表通りに構えており、加えて徒歩五分と、立地に恵まれた店舗だった。俺も天も基本的に堀之外を根城としているので、普段ならば滅多に足を伸ばさない店なのだが……今回ばかりは是が非でも此処でなければならない理由がある。

「お、時間通りに来たな。うけけ、顔は洗ってきたか?さ、行っこーぜ!」

 駅前広場で先に到着していた天と合流し、揚々たる足取りで賑やかな店内に足を踏み入れた。

「うわ、やっぱ混んでんな~。まー今日ばっかは仕方ねーけどさ」

 天がぼやく通り、店内の混雑はなかなかのものである。土曜日の昼過ぎという時間帯である事も大きく影響しているが、それ以上に、本日から新しく設置された筐体に惹かれて来た客が多いのだろう。かくいう俺と天もそのクチだ。その推量こそが正解だと証明するように、結構な数の客達が数台の筐体の周囲に集まっていた。今まさにプレイしている者、ギャラリーとしてそれを後ろから観戦している者、皆の発する空気が興奮と高揚で程よい熱気に包まれている。天は遠目にそんな彼らの様子を眺めて、不機嫌そうに唇をへの字に曲げた。

「あ~あ、予想はしてたけどさぁ、こりゃしばらくは順番来ねーな……。うざってぇ、ウチは我慢がキライなんだっつの。あ、イイこと思いついたぜ!うけけ、さっさと力づくで退かしてやろっと」

「莫迦め。いつぞやの如く入場禁止を食らいたいのか?大人しくしていろ」

 今にもギャラリー達を蹴散らそうと実力行使に出かねない暴力小娘を、有無を言わさぬ口調で押し留める。流石に今は凶器たるゴルフクラブは持ち歩いていないものの、釈迦堂刑部より伝授された殺人拳は武器など必要としない。放っておくとリアル格闘大会の開催では済まないだろう。ここは普段出入りしている堀之外のゲーセンではないのだ、自重せねばなるまい。至極常識的な観点から放たれた俺の制止の言葉に、天は不本意そうに唇を尖らせている。

「えー、んなこと言ってもよ~。この調子じゃ順番待ってる内に日が暮れちまうじゃん」

 駄々っ子の如く頬を膨らませてふて腐れている天に、俺は不敵に口元を吊り上げて見せた。

「くく、安心するがいい。然様な時間の浪費は俺も望まぬ所……黙って見ていろ、事を成すには言葉も暴力も無用よ」

 言い捨てると、俺はおもむろにギャラリーの方へと歩み寄った。ただし、尋常の歩みではない。一歩一歩に強烈な威圧感を付与し、周辺の空間を遍く押し潰すような重圧を撒き散らしながらの、さながら覇王の歩みである。何を言わずとも群集は自ら道を開き、大いに慌てた様子で三々五々に散っていった。そうして残されたのは、筐体にて今まさにプレイに熱中している者達のみ。しかし彼らもまた、背後数歩の距離から無言のプレッシャーを送れば、「と、トイレに行きたくなってきたな」などと呟きながら自発的に席を立った。かくして、何とも摩訶不思議な事に、二人分の空席が勝手に出来上がったのである。

「おお、さっすがシンだな!相変わらず最高にイカシてるぜぇ」

「くく、何の事か判りかねるな。皆、自発的に席を譲ったのみよ」

「うけけ、そーだよなー、別にウチらが脅したワケでもねーもんな。いやー、順番待ちしてたヤツらがたまたま、一斉にトイレに行きたくなるなんてホンット超ラッキーだぜぇ」

「天佑なれば坐して甘受するが道理。無用な遠慮は却って天に叛くものであろう」

 などと白々しい遣り取りを交わしながら、二台並んだ対戦台に一人ずつ腰掛け、いざプレイ開始。

 本日を以って新たに設置された筐体は、とある対戦型2D格闘ゲームの新作だ。ナンバリングタイトルではなく完全新規の作品だが、同社の過去作の流れを汲むシステムを採用している。情報自体は前々から仕入れていたので、天ともども稼働日を楽しみにしており、そして本日を以ってめでたく解禁と言う訳である。

「ふん。以前と同様のコンボルートは使えぬ、か。聊か補正が掛かり過ぎる」

 過去作の操作に慣れていたとは言え、やはり新作は新作。様々な点で勝手の違いに戸惑いながらも、CPU戦を通じて徐々に感覚を掴んでいく。一方、天の方は既に現れた乱入者を楽しそうに叩きのめしていた。純粋な反射神経にモノを言わせたプレイを得意とする天は、稼動初日で互いにシステムに不慣れな今こそ真価を発揮する。最高難易度時のCPUばりの超反応でカウンターを叩き込んでくる天を前に、対戦相手は為す術なく一方的なストレート負けを喫していた。

 これは俺も早く操作に慣れてコンボを覚えなければ満足に太刀打ち出来ないな――と心中で焦りながら、CPUを相手にトレーニングを続ける。それにしてもいつまで経っても俺の方に対戦者が現れないのはどういう事だ、と訝っていると、不意に隣の天が「うがーっ!」と新手の怪獣っぽい唸り声を上げた。

「ちっくしょー、負けたぁ!コイツ強ぇーな~。よっしゃ、再挑戦だ!今度こそボコにしてやるぜぇ!」

 稼動初日で天を倒すとは相当なやり手と見た。俺は適度にCPUの相手をしながら、横目で隣の画面を伺う。縦横無尽に画面を跳ね回るスピードタイプの1Pキャラ(天)に対し、対戦相手の2Pキャラは無駄を排した最低限の動きで対処している。静かなること林の如し――そんな言葉が脳裏を過ぎった瞬間、2Pキャラは一気に動いた。大技を空振りした1Pキャラの隙を的確に突いて空中に打ち上げると、ジャンプ攻撃からの追撃に次ぐ追撃。その様はまさに、侵略すること火の如し。体力ゲージの実に四割を削り取るエリアルコンボが華麗な空中技にて締め括られた時、天の操るキャラは無情なるK.O.の表示と共に地面に倒れ伏していた。その信じ難い光景を前にして、天は怒りさえも忘れて呆然と立ち尽くしている。

「な、なんだコイツ真剣で強ぇぞ……初日でこれとかありえねぇだろ――って、シン!?」

「くくっ。俺に譲れ、天。これは――随分と、愉しめそうだ」

 未だかつてない強敵の予感に胸が高鳴る。堀之外の街において格ゲー界の覇者と呼ばれた織田信長が、全力を以って臨むに相応しい力量の持ち主と見た。

 俺は湧き上がる不敵な笑みをそのままに天と席を交代すると、筐体に新たなコインを放り込む。たちまちゲームオーバーへのカウントダウン画面は掻き消え、キャラクター選択画面が眼前に広がった。さて、どうすべきか……俺が本来得手とするのは多様な戦法を有するトリッキータイプのキャラだが、しかしその手のキャラは総じて癖が強くテクニカルな操作を要求する上級者向けで、性能を巧く引き出すには慣れによる習熟が必須である。今日初めて触ったばかりとなれば恐らく満足な働きは出来ないだろう。ならばここは大抵のゲームにおいてオーソドックスな性能を有する主人公キャラの出番か。

 数秒の思考を経て決断、選択。対戦デモが流れ、そしていよいよ戦闘開始だ。

「……!流石に、強い……!」

 いざ自身が相手にしてみると、脇で観ているだけでは分からなかった相手の“凄み”を明確に体感する事が出来る。嫌らしい程に隙の無い堅実な立ち回り。そしていざ攻めに転じれば、その攻勢は苛烈の一言だ。しかも恐ろしい事に、相手の動きは時間を経るほどに磨きが掛かっていた。全く同じパーツで作られたコンボは二度と用いられず、一度相手を捉える度に新たなコンボルートを開拓している。明らかに高難易度と一目で分かるシビアなタイミングのコンボを的確に決めてくる手並には、正直に言って舌を巻かざるを得ない。

「おい大丈夫かよシン、メッチャ押されてんじゃねーか」

「くくっ。それでこそ、面白い」

「笑ってる場合かよ。自信満々に代わっといて負けてちゃダセーぞ」

「ふん、案ずるな。俺を誰だと心得ている?」

 相手が強ければ強いほど、勝利への渇望は強く心を焦がす。俺は一層の集中力を以って画面を注視し、レバーを握り締める。織田信長の鍛え上げた観察眼は伊達ではない。徹底的な分析による先読みは、ゲームにも遺憾なく適用されるスキルだ。相手の腕は相当なものだが、その“癖”は徐々に見えてきた。最初こそ一方的に押されていたが、何時までも押されっ放しで終わる道理はない――相手の反撃を先読みし、敢えて隙を晒して誘いを掛け、得た好機は決して逃さずモノにする。1ラウンド、また1ラウンド。手に汗握る一進一退の攻防が続く。そして、熾烈な戦闘の末に互いが2ラウンドを取り、勝負は最終ラウンドへと縺れ込んだ。

「おい観ろって、すっげー勝負してるぜあいつら」

「初日ってレベルじゃねーぞ!あんなコンボあるのか……参考になるぜこりゃ」

「つ、つーか、あの人ってアレじゃね?堀之外の……なんでここに」

 一度は逃げ去ったギャラリーも再び集い始めた様子で、この一戦に幾多の視線が集まっているのを感じる。

 観衆の生み出す熱気に包まれる中、アナウンスと共に最終ラウンドが開始。同時に牽制の一撃を放ってくる相手キャラだが――それは先んじて読めていた。前ジャンプで足払いを飛び越え、空中攻撃で怯ませた隙に着地、未だよろめきモーションが持続している相手キャラに現状知り得る最高火力の地上コンボを叩き込む。きっちりダウン技で締めて、なお気を緩めず起き攻めの為に設置技を繰り出す。しかし、幸先の良いスタートを切れた、と少しばかり油断したのが災いしたのか、起き攻めを見事に抜けた相手に逆襲の四割コンボを決められてしまった。ここまでの勝負は互角、ならば迂闊な動きは厳禁だ。相手も同じ事を考えているのか、慎重に間合いを測りながらじりじりと睨み合う。

「……いざ!」

 そして――激突。互いに決定的な隙は晒さず、掠めた小技によって少しずつ体力ゲージを削り取られていく。数十秒の熾烈な削り合いの末、両者共に大きく体力を減らし、レッドゾーンの危険域に踏み込んでいた。こうなれば次なる一手が全てを決すると云っても過言ではあるまい。どちらが勝利を手にしても不思議は無いクライマックス、ギャラリーは固唾を呑んで激闘の行く末を見守り、俺もまた掌に滲む汗を意識した。

 それにしても、敵ながら見事だ。筐体の向こう側に居る未だ見ぬ敵手に、心からの賞賛の念を送る。実に天晴れな戦い振りだった。ここまで俺を追い詰めたプレイヤーは釈迦堂のオッサン以来だろう。これ程までの強者が相手ならば、俺も“最終奥義”を用いるに惜しくない。

 レバーを固く握り締め、ボタンに添えた指先に精神を行き渡らせ――そして俺は、最強にして最凶の奥義を放つ。

 
 必殺――――リ ア ル 殺 意 の 波 動 !

 
 説明しよう。リアル殺意の波動とは、リアルに殺意の波動を放つ事で筐体越しに対戦相手を威圧し、その指先を数フレームの間だけ凍らせる禁断の必殺技なのだ。ちなみにバレたら待っているのはリアルファイトなので、良い子は真似しちゃ駄目だぞ。


「獲ったァッ!」

 僅か数フレーム(1フレームは60分の1秒)と侮るなかれ、格ゲー熟練者にとって、数フレームの硬直とはすなわち永遠にも等しい。相手キャラに生じた致命的な隙を見逃す事はなく、俺の操るキャラが発生の早い小技を放ち、それを始動とするコンボへの起点と成す。いかに驚異的な腕の持ち主であれ、冷厳なるゲームシステムには逆らえない。元より瀕死状態にあったところにフルコンボを叩き込まれて、耐えられる道理はなかった。次の瞬間――K.O.の表示が画面一杯に広がった。おおおお、とギャラリーの歓声が湧く。

「ふっ」

 液晶に踊るYOU WIN!の文字を傍目に、俺は熱い吐息を吐き出しながら席を立つ。胸中にて踊る昂揚感を鎮め、氷の如き冷静さを取り戻してから、2P側に居るであろう敵手の顔を一目見るべく、対戦台の向こう側へと回り込んだ。

「見事。此処まで俺を愉しませた者は、久々よ」

「……え、あ……」

 2P側の席に腰掛けて呆然とこちらを見ているのは、取り立てて特徴の無い、線の細い貧弱そうな少年だった。驚愕の表情を顔に貼り付けながら、言葉を失って硬直している。俺の心からの賞賛の言葉にも無反応である。殺気や威圧感の類はほとんどを抑え込んでいるというのにこの怯え様は尋常ではない、よほどの臆病者なのだろうか――と考えていると、唐突に少年は大声を上げた。

「えぇぇぇぇっ!何で君がここにいるのさ!っていうかあれ、ひょっとしてさっき僕が対戦したのって……」

「無論、俺だ。言うまでもなかろう」

「えぇー……何その展開。勝てなくて良かった……ゲームで命の危機とかシャレになってないよ」

「ふむ。先程から、何やら俺を知っているような口振りだが。貴様、何者だ」

「しかも忘れられてるし……師岡卓也だよ、2-Fの!風間ファミリーの一人!……やっぱり僕って存在感ないのかな……」

 落ち込んだ様子でぶつぶつ呟いている内気そうな少年を、改めて見遣る。師岡卓也……言われてみれば、そのような名前の男子生徒が居た様な気もするな。色々な意味で濃い風間ファミリーの中でどうにも地味で目立たないので、逆にリーサルウェポン的な存在なのでは、と警戒した時期もあったか。成程、彼の真価は現実世界における武力や智謀に在った訳ではなく――このゲーム界でこそ遺憾なく発揮されるものだったと言う訳だ。流石の俺もそこまでは見抜けなかった。反省の材料とし、まだまだ観察眼を鍛えなければなるまい。その名も確りと記憶しておこう。

「っていうかゲームとかやるんだ、意外だなぁ。しかもやたら上手いし……」

「貴様が俺を如何いう目で見ているかは知らぬが、俺とて人間よ。なれば娯楽に興味を示すは当然――そして遊戯に於いても高みを目指すもまた、当然。その俺の心胆を寒からしめた貴様は、己を誇るに値するであろう」

 実際、これ程の苦戦は久々だった。新システムに不慣れな状態でこの腕ならば、経験を積み研鑽を重ねた末には何処まで到達する事やら。或いは蘭の如く人外の領域に突入するかもしれない。

 基本的に蘭は格ゲーに限らずゲーム全般が笑えるほど不得手だが、“サムライソウルズ”という格ゲーだけは例外で、侍同士の真剣勝負を再現する方面に拘ったこのゲームにおいてのみ、まさしく無双と呼ぶべき脅威の実力を発揮するのだ。忘れもしない、あの忌まわしき戦慄の記憶……どこから攻めても人智を超越した反応速度で一刀の下に斬って捨てられる絶望はそうそう味わえるものではない。気を遣った蘭があからさまに手を抜き始めて以来、あのソフトは棚の奥へと厳重に封印されている。

「え、えっと、あ、……ありがとう」

 照れているのか、卓也は目を逸らして小さく呟いた。いかにも地味で内気な少年、日頃から周囲に褒められた経験が少ないのだろう。そのスキルは十分に自慢できるレベルだと思うのだが――という俺の思考を後押しするかの如く、いつの間にか傍に来ていた天が威勢のいい笑顔で卓也に話し掛けた。

「いやーお前やるなー!シンにゃ勝てなかったけどギリギリだったし、イイ相手みっけたぜぇ」

「え、あ、あぁ、えっと」

 その凶暴無比な内面はともかくして、外面は紛うことなき美少女。そんな天に親しげな調子で声を掛けられてどぎまぎしているらしく、卓也は顔を赤くしてまごついていた。

「さっきは負けちまったけどな、アレがウチの実力と思われても困る。パーチャや獣拳できるかオマエ?」

「うん、まぁ」

「じゃあそっちでウチと戦ってくれ!やっぱ慣れてねーとダメだ、このままじゃ不完全燃焼もいいとこなんだよ。つー訳でほら行こうぜ!」

「え?え、ちょ、ちょっと!」

 気の進まない様子で渋っていた卓也だが、天のマイペースな強引さに負ける形で、3D格ゲー“獣拳”の対戦台へと連行されていった。

 今日は新作の体験を目的に来た筈なのだが……まあ本人が楽しいならばそれでいいのだろう。ゲームセンターという娯楽の場に於いて最も重要な事項は言うまでもなく、如何に楽しむか、なのだから。

「さて」

 という訳で、俺は俺で存分に新作の練習に励むとしよう。キャラクター毎の立ち回りの研究にコンボルートの開拓、コマンド操作の習熟にテクニックの考案、キャラ対策にフレーム検証――やるべき事は目白押しだ。娯楽であっても妥協を許さず手を抜かず、己の為せるベストを尽くす。それが織田信長の掲げる信条の一つである。

 己を磨くと云う意味では、或いはこれも修行の一環と言えなくもないのかもしれないな、などと戯れに思考しながら、俺は筐体に新たなコインを投入した。










「ちっくしょー、結局一回も勝てなかった~!家帰ったら家庭用で特訓だ!今度こそアイツぶっ倒してやる」

「天、お前は直感に頼り過ぎだと何度言えば理解出来る?画面上の闘いの全ては理屈と法則に従っている――即ち戦を制する鍵は情報と分析。猪の如く猛進するのみでは勝利を得られぬは道理だ」

「うっせーな、人をイノシシ扱いしてんじゃねーぞ。シンみてーに小難しいことばっか考えてる奴を力尽くでぶっ倒すのが最っ高にスカッとするんじゃねーか。大体、研究だの対策だの、そこまでして勝って楽しいのかよ?ウチにゃ分かんねー、ゲームなんて気楽に遊ぶモンだろ」

「ふん。俺が望むは戦いに非ず、ただ勝利のみよ。苦闘そのものに価値は無いが、苦闘の末に得た勝利には千金の価値が在る。お前も上を目指したければ気概を持つべきだ」

「……けっ、どうせウチにゃシンと違って“気概”なんてご立派なモンはねーよ。悪うござんしたね」 

 果たして何が琴線に触れたのかは知らないが、どうやら機嫌を損ねてしまった様である。天はふて腐れた顔でスプーンを手に取ると、眼前に鎮座するジャンボサイズのチョコレートパフェに向けて勢い良く突き立てる。生チョコクリームの層の上にふんだんにトッピングされた黄金色のフレークが、数枚纏めてバラバラに砕け散った。

 現在時刻は午後三時をやや回った昼下がり、現在位置はイタリア商店街の一画に店舗を構える、とある喫茶店の二人席。小洒落た雰囲気と可愛らしい室内調度が特徴という、男性一人で踏み込むには多大な勇気と覚悟を要する事は疑いない店の最奥にて、俺と天は丸テーブル越しに向かい合って口汚い罵倒を交わしている。周囲の席でいちゃついていたカップル共は恐れを成したのか、生チョコよりも甘ったるい会話を早々に切り上げて席を立っていた。果たして彼らの目に俺達はどのように映ったのだろうか。まあ少なくとも痴話喧嘩中のカップルには見えなかっただろうな――などと考えながら、良く冷えたアイスカフェオレで喉を潤す。ゲームセンター内に立ち篭める独特の熱気から解放された後の一杯は、何とも言えぬ心地良さを伴って心身に染み渡り、疲労を癒してくれる。

 それこそ、些細な言葉一つですぐに感情的になってしまう、眼前の我が妹分なんぞと比べれば、段違いに。

 膨れっ面でパフェをぱくついている天を見遣って、心中で溜息を一つ落として、そして俺は再び口を開いた。

「如何した。今日は随分と、虫の居所が悪いと見えるが」

「あ?何言ってんだ、ウチは別に」

「ふん、無用な隠し立てはせぬ事だ。天、お前は何時から俺の目を誤魔化せるほど嘘が巧くなった?」

 こちらを見ようとせずに空惚けている天に、鋭く追及の言葉を投げ掛ける。それこそ一年や二年の付き合いではないのだ。板垣天使が自分の感情を偽れるほど器用な性格をしていない事は熟知しているし、胸中に何事か抱えているなら一目で分かるのが当然である。天は元より気紛れで気分屋な側面が多分にあるが、今日は普段にも増して情緒不安定な態度が目立っていた。ゲーセンでストレスを発散した後にも関わらずこの有様、という事は十中八九、何かしら思う所があるのだろう。

 揺ぎ無い確信を込めて真正面から視線を送ると、天は困惑したように俯き、俺から目を逸らした。その悄然とした態度を見る限り、やはり図星だったらしい。

「……別に、シンにムカついてるとかそーいうんじゃねー。ただ、さ」

 ぽつりぽつりと紡がれる言葉は、野放図で能天気な天にしては珍しく、懊悩の色を色濃く宿していた。

「ウチは――ウチは、……あーくっそーダメだ、なんて言ったらいいのか分かんねー!」

 黙って見ていると、天はテーブルの上で頭を抱えて唸っている。大事なことを伝えたいが、しかし致命的なまでに語彙力が足りない――勉学の道を切り捨てた不良娘の悲哀を感じずにはいられない、何とも切ない光景である。

「もう良い、今は訊かん。取り敢えず黙れ」

 店員のお姉さん方から向けられる、好奇心に満ちた生温い視線があまりにも痛過ぎる。畏怖と恐怖を以って注目を集めるのは大いに歓迎するところだが、あたかも珍妙なイロモノを見るかの如き目で晒し者にされるのは御免である。

 あの単細胞の天が乏しい語彙を振り絞ってまで伝えんとしている言葉だ、俺としても気にならない筈はないが……いずれにせよ、その内容はこのような場所で聞くべきものでは無い気がする。これは俺の勘に過ぎないが。

 かくして不機嫌さの原因を追究する事は一旦置き、気を取り直して雑談に戻る。天は気分を切り替えた様子で、傍目には陽気過ぎるほど陽気な、さながら子供がはしゃぐように無邪気な笑顔を見せるようになっていた。怒涛の如き勢いで喋り続ける天に対し、俺が口数少なく相槌を打ち続ける――そんな普段と同様の調子で下らない会話に興じていると、気付けば三十分近くが経過していた。天は既にジャンボチョコパフェを綺麗に平らげ、俺のカフェオレの方も残すはコップの底に転がる氷のみ。

 見る限り店内はさほど混雑していないが、だからと言ってあまり長時間居座るのもマナーに反するだろう。半ば溶けて小さくなったロックアイスを噛み砕き、会計を済ますべく席を立ち掛けた、その時であった。

「な、てめェらは――何でこんな所にいやがる!?」

 ファンシーな店内の雰囲気をブチ壊す野太い声が自分達のすぐ傍から上がる。店中の視線が一瞬にしてその発生源に集中し、当然ながら俺も天も揃ってそちらを向き直った。

 そこに立っていたのは、ボサボサの金髪を伸ばし、大量のピアスをじゃらつかせた、いかにもな容姿のヤンキーであった。雑踏の中でも頭一つ飛び出るであろう相当な大柄で、鍛え上げられた屈強な体躯が尋常ならざる威圧感を醸し出している。目は獣の如くギラギラと輝いており、顔面に浮かぶ相は獰猛な精気に充ちていた。

 あたかも戦国の荒武者を思わせる男が、驚愕の表情を貼り付けてこちらを凝視している――そんな突然の事態を受けて、俺と天は素早く目配せを交わす。二つの視線が交錯したのは僅か一瞬、しかしそれだけの時間があれば、俺達が思いを同じくしている事は分かった。眼前の男へと視線を戻し、同時に口を開く。

「貴様、何者だ」「誰だ、オマエ」

「あァあァ、どォせそうだろうと思ってたよ!言わなきゃ思い出せねェだろォから名乗ってやるぜ――前田啓次だオラァ!覚えてんだろォ?」

「生憎と記憶に無いな。天、お前の知己であろう」

「いやウチこんなザコっぽいヤツ知らねーし。シンの知り合いだろ?」

「てめェらどっちも会ってるだろうガッ!あー、オレはアレだ、親不孝通りでアンタにケンカ売って、イタガキ一家のリュウとかいう奴とやり合った――」

「ふむ?そう言われれば記憶が在るな。俺に攻撃を掠らせる事すら能わず地に這い蹲っていた、身の程知らずの雑魚か」

「ああ、思い出した!キレたリュウの奴にボッコボコにされて死に掛けてたヤローか」

「ムカつく思い出し方してんじゃねェぞ!クソが、てめェらぜってェいつか並べて土下座させてやる……覚悟しときやがれよ……!」

 正体不明のヤンキー改め前田啓次は、憤懣やるかたない様子でブツブツと呟いている。こうして改めて見れば割と特徴的で印象に残る外見の持ち主なのだが、どうにも記憶に残らないのは何故だろうか。実際、言われるまで本気で存在そのものを忘却していた。キャラクターに意外性が無さ過ぎるのが原因なのかもしれない。これは真剣に検討してみる価値がありそうである。

「うけけ、ウチは親切だから教えといてやるけどさ、お前リュウに狙われてんぜぇ?見つけたらヤってやるって言ってたぞ確か」

「へっ、それこそ望む所って奴だろォがよ。あん時にゃこっちも散々ブン殴られて頭にキてるからなァ――来るなら来やがれ、だ。今度こそ白黒ハッキリさせてやるぜ」

 好戦的な笑みを浮かべながら、啓次はパキポキと指を鳴らしている。勇猛果敢で意気軒昂な事は大いに結構だが、しかし恐らくこの男、大きな勘違いをしている。“狙われている”のが命ではなく尻で、竜兵の言う“ヤる”が“殺る”ではなく“犯る”の意だと正しく理解した時、この男は果たして不敵に笑っていられるのだろうか。実に興味深い。

「つーか……てめェら二人、敵同士じゃなかったのかよ?表の顔と裏の顔が、何で仲良くサテンで駄弁ってんだよ」

 怪訝な顔で発せられた啓次の今更な疑問に対し、返答の声はその背後から上がった。

「――やれやれだ、その程度の推察すら満足に出来ないとは嘆かわしいな、前田少年。君の頭蓋に詰まっているのは、実のところ脳味噌に見せ掛けた筋肉なのではないかね?休日の昼下がり、年頃の男女がペアで小洒落た喫茶店にて向かい合う――その関係性が青春真っ盛りの熱々カップル以外の何者だと言うのかね。常識的に考えれば他の解答など有り得ないだろうに」

「お前の頭蓋に詰まっている脳味噌は腐敗していると見えるな、サギ」

「おやおや、それは些か酷いのではないかね、殿。例え照れ隠しの暴言と分かってはいても、敬愛する殿の口からそのように容赦なく罵られては、私の繊細な心が傷付いてしまうぞ。……しかし、昨日に引き続き今日までも、こうして貴方のご尊顔を拝めるとは驚きだ。運命の悪戯に思いを馳せずにはいられないな。いや全く、驚天動地と云うべき偶然があったものだ」

 言葉の内容とは裏腹にその口調は至って平坦なもので、感情の波など窺えない。そんな風に淡々と馬鹿げた妄言を垂れ流しながら隣のテーブルに悠々と陣取ったのは、ダークグレーの長髪と涼やかな切れ長の目が特徴の女――サギ。俺とは以前から色々と因縁のある女なのだが……まさかこのような場所で遭遇するとは、何とも驚きである。

「おいシン、誰だよコイツ。なんでこう、やたら馴れ馴れしい感じなんだ?」

 戸惑いと不満の入り混じった表情で新たな登場人物を見遣りながら、天は声を潜めるでもなく言い放つ。俺が答えるよりも先に、サギが微笑みを湛えながら口を開いた。

「誰だと問われれば答えて差し上げるのが私の流儀。初めまして、私の名は柴田鷺風(ろふう)だ。とは言っても私はこの滑稽なほど仰々しい名が好きになれなくてね――どうかサギと気さくに呼んでくれたまえ。そして私と殿の関係だが、まあ今のところは“切っても切れない関係”、とだけ言っておこうか。一言で説明するには些かばかり難解で、複雑に過ぎるのでね。……おぉっと誤解して貰っては困るな、早合点するものじゃあない。何も君と殿の間に割って入って無粋な邪魔立てを企むような関係でない事は確かだよ。フフフ、邪推は不要だ、ジェラシーに心焦がす必要も無い。安心するといいお嬢さん」

 天に口を挟む隙すら与えず一息に言い放つと、サギは無駄に男前な笑みを浮かべてみせた。

 この女、思い込みの激しさが天然記念物レベルで、しかも基本的に人の話を聞かないという、凄まじいまでの自己完結型人間なのだ。マシンガンの如く機械的に繰り出された言葉の嵐に、さしもの暴れ馬・板垣天使も呆気に取られて怯んでいる。

「あァ?なんだ、殿って……アンタら知り合いなのか?一体どうなってやがんだ……」

 口を挟むタイミングを見失って所在無く立ち尽くしていた啓次が、俺とサギを交互に見比べながら困惑の呟きを漏らした。サギはそんな彼をジロリと一瞥すると、何事か考え込むように眉を顰めて、ひとり首を傾げた。

「むむ?どうにも事態を把握しかねるな。おい前田少年、君は殿と旧知の仲だったのか?」

「旧知っつーか……まァ前にちょっと顔を合わせた事があってよォ。そんだけの縁だ」

「ほぅ、それはそれは。重ね重ね、偶然とは恐ろしいものだ。かくも摩訶不思議な縁が在ろうとはね」

 感嘆しているのか、サギは一人でしきりに頷いている。こうして会話を聞いている限り、サギと啓次は赤の他人と言う訳ではないらしい。考えてみればカップル御用達の喫茶店というロケーションに男一人で入店するなど罰ゲームもいい所な訳で、連れ立って来たと考えるのが自然ではあるが……しかし両者の繋がりが見えない。接点などまるで無さそうな二人が何故――いや待て、記憶が曖昧極まりないが、確か前田啓次という男は。

「成程。お前の後輩に当たる、か」

「ご明察だ、殿。この不良少年は、私の愚鈍なる後輩にして弟子なのだよ」

 サギこと柴田鷺風は、俺の古巣であるところの太師高校に属する三年生である。そして記憶が正しければ、前田啓次は太師高校の一年生。その辺りの繋がりではないかとの推量は正解だった様だ。

 それにしても、弟子、と来たか。こいつとの付き合いも大概長いが、自分の時間を削ってまで後進を導こうとするタイプの性格の持ち主でないのは確かだ。俺の疑問を感じ取ったのか、サギは口元を吊り上げると、飄々と言葉を続けた。

「なに、私とて自分に師匠などというポジションが似合わないのは承知しているがね。可愛い後輩からどうしても弟子にして欲しいと涙ながらに頼み込まれてしまっては、先輩として応えない訳にはいかないだろう?」

「記憶を捏造してんじゃねェよ!屋上で気持ちよく寝てたオレを何の前置きも無くボコった上に、“君が気に入った”とか何とか抜かして無理矢理に弟子入りさせたんだろォが!」

「授業をサボって屋上で寝ているような不良生徒を放置出来ないのは当然だろう?私には全校生徒の模範たる生徒会長として、後輩を指導し、然るべき在り方へと更正させる義務があるのだからね。それに、手加減しているとは云え私の拳に耐えられるほどに丈夫だし、何より何度倒れても立ち上がってくる。その気概と根性は私の、あー、弟子に相応しいと大いに気に入ったのだよ。光栄に思いたまえ。君とて涙を流して喜んでいたではないかね」

「てめェに目ェ付けられた不幸には鬼だって泣きたくなるだろうぜ。つーかそもそも生徒会長様が授業時間中に屋上に来るってのはどういうワケだオイ」

「やれやれ、何を分かり切った事を訊いているのかね?屋上にて温かい陽光を浴び、吹き抜ける春風を受けながら、心地良くシエスタする為に決まっているではないか」

「開き直ってんじゃねェぞ生徒会長!てめェはまず自分を更正させろよ!」

「む、弟子の分際で師匠に口答えとは頂けないな。君はもっと私に対し敬意を払いたまえ。貴重な時間を割いてまで、岩一つ砕けない君の貧弱な武力を鍛えてやっているのだから」

「オレはどうもてめェのストレス解消に利用されてるだけとしか思えねェんがな……まァアレで力が付くってんならオレとしちゃァ歓迎だがよ。オレはもっともっと、強くならねェといけねェからな」

「フフフ……君の餓虎にも似た精神性、私は嫌いではない。力への飽くなき渇望が人を強くする。判っているならば宜しい――私の有難みを確りと理解したなら、形で表して貰わねばな。という訳で、注文だが。日替わりケーキセット、ストロベリーサンデー、アップルパイ、ホットケーキ、エッグトースト、アイスココアを一つずつ頼むよ」

「なァおい、今の時点で嫌な予感しかしねェんだが……会計は当然自腹なんだよな?」

「ハッハッハ、何を馬鹿な。君は自分が何の為にこの場に存在していると心得ているのだ。私の財布としての役割を果たす為、ではなかったのかね?」

「百歩譲って弟子にはなったとしても財布になった覚えはねェよ!つーかアレだよ、そんなバカスカ食ったら太るだろ、やめといた方がいいぜ、な?」

「生憎と私はカロリー計算など煩わしい事はしない主義でね。いちいち下らない計算なんぞしていたら大事は成せないぞ。世の中を動かすものは数字などではないのだ、断じて。要は摂取したカロリーの分まで動けば良いだけの話だろう?幸いにして自立稼動する便利なサンドバッグも手に入れた事だし、後で存分に汗を流すとしよう」

「サンドバッグになった覚えもねェぞ……つーかやっぱそう思ってやがったんじゃねェかてめェ!」

 前田少年の魂の咆哮が店内に響き渡る。普段の苦労が偲ばれる光景だった。

 成程、このマイペースさの権化の如き女が真っ当な師匠を務める訳がないとは思ったが、案の定である。良い様に扱き使われる方もどうかとは思うが、まあ尋常の神経の持ち主ならば、サギの他を顧みない強引さに逆らうのは至難の業か。

 哀れな不良少年に心中で合掌していると、不意に舌打ちの音がすぐ傍で響いた。見れば、不機嫌顔に逆戻りした天が剣呑な目でサギを睨んでいる。忍耐強さとは縁のない天にしていれば、ほとんど蚊帳の外に置かれている現状は気に入らないのだろう。サギはその苛立ちの込められた視線に対し、涼しげな表情を崩さないまま応えた。

「二人きりのデートを邪魔してしまった事については謝罪の言葉も無いが、だからと言ってそう物騒な目で睨むのは勘弁してくれたまえ。悪名高い板垣一家の末娘にそのような烈しい戦気を向けられては、私もついつい奮い立ってしまいそうになるからね」

「……オマエ、ウチのこと知ってんのか?」

「フフフ。殿から常々話を聞いているのだよ。可愛い可愛い妹分で、それこそ目に入れても痛くない、とね」

「なぁっ!?」

 天は素っ頓狂な声を上げて俺の方を見たかと思うと、慌てて顔を隠すように俯いた。下手人たるサギはと言えば、その様子を保護者の如く微笑ましげな表情で見守っている。

 これでも本人的には特にからかっているつもりはなく、純粋に思い込みから出ている態度な辺り、ある意味では愉快犯のネコよりも性質が悪い。俺の下で動く連中はどいつもこいつも、と心中で溜息を吐きつつ、澄まし顔のサギへと冷たい視線を投げ掛ける。

「お前はそろそろ己の妄想と現実に区切りを付けるがいい。或いは黙して舌を動かすな」

「フフフ、殿は相当な意地っ張りだからね。了解だ、私も以降は余計な口を挟むのは止めよう。古今東西、人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて死んでしまうと相場は決まっているのだから」

「ふん、前言を訂正しよう――お前の頭蓋にはそもそも脳味噌の代わりに餡が詰まっている様だ」

 まさにスイーツ脳である。その割に恋愛という概念を欠片も理解していないので、男女の組み合わせを目にする度にカップル扱いするという面倒な悪癖を持っているのだ。俺と蘭の関係に対しても色々と奇怪千万な勘違いをしているらしく、かつて行動を共にしていた時期、対処には苦慮したものだった。

「まあ殿から話を聞いていた事もあるが、実を言うと、私は以前に君を見掛けた事があってね。今の今まで顔を記憶していたのだよ。それに君とは面識が無いが、君の姉上とは少しばかり“語り合った”仲でね――いや、実に見習うべき点の多い武人だったよ彼女は。自身の未熟を痛感させられてしまったな。驕りは大いなる内患だよ、全く」

 かつての記憶を反芻するかの如く、サギは静かに目を瞑る。

「失礼します。こちら、ご注文の品になります」

 その時、大量の皿を搭載したトレイが到着した。次々とテーブルの上に並べられていくデザート類の数々に、サギは上機嫌に切れ長の目を細め、前田少年は顔色を青くしている。早速とばかりにホットケーキの皿を手元に引き寄せながら、サギはこちらを見遣った。

「さて、私はこれより良く食べ良く殴り良く寝る予定だが――君達には君達のプランがあるだろう?殿、恋人であれ恋人未満であれ、兄妹であれ義兄妹であれ、二人きりで過ごす休日は大事なものに違いあるまい。私なぞに構っている暇があるなら、一秒でも長く互いの絆を深め合うべきだろうと考える次第だ。男は甲斐性だぞ、殿」

 好き放題に言うだけ言うと、眼前のホットケーキから匂い立つ甘い芳香に全ての注意を奪われたかの如く、こちらを一顧だにしない。相変わらず、我が道を行く奴である。俺は数秒程その横顔を眺めてから、伝票を片手に席を立った。

「ふん。どの道、お前のような莫迦に付き合って休日を棒に振る心算は無い。心遣いは無用だ。……往くぞ、天」

「え、あ、ああ――うんっ」

 困惑顔の天を引き連れてレジへと向かおうとした俺を、しかしサギは背後から呼び止めた。

「――ああ、殿。これは昨日も言ったが、身辺には注意した方がいい。私はね、どうにもこの川神の地に、不穏な戦気を感じるのだよ」

「……」

「フフフ、まあ私の気の所為という可能性も否定は出来ないがね。何せ、殿も知っての通り――私の計算は、よく外れる」

 その声音に含まれた“翳り”に、思わず振り返る。

 既にサギはデザートの甘味を噛み締める事に夢中になっている様子で、こちらを見てはいなかった。

――今の所は、それが“答え”と、そういう事か。

 まあ、致し方あるまい。何かを選ばずしては生きられないのは、誰もが同じだ。

 人には、各々の選ぶべき道がある。それらが途上にて交錯するか否かは、俺の意志の及ぶ所ではない。

 侭ならないものだ、と人の縁の難しさを想いつつ、俺は喫茶店を後にした。













「よーっし、こっからが本番だぜぇ!」

 サギが唐突な出現を果たしてからこちら、噛み付くような不機嫌っぷりが続いていた天だったが、複合施設たるイタリア商店街の一角に位置するセレクトショップに到着した途端、元のテンションを取り戻して浮かれている。何ともまあ現金な奴だった。早速、店内に陳列された衣服類の数々をチェックする事に余念がない。

「お、これイイ感じじゃね?なぁなぁ、シンはこれ似合うと思うか!?」

「落ち着け莫迦め。評価が欲しければ、試着して来い」

「ああ、そういやそうだ。んじゃ早速行ってくるぜ!覗くなよ!」

 けたけたと陽気に笑いながら、天は目を付けた洋服を片手に引っ掴むと、嵐のように更衣室へと駆け込んでいった。

 さて、こうなると先は長い。持久戦の覚悟を決めなければ。ありがたくも店内に設置されていた休憩用の椅子に腰掛けながら、このままでは無意味に費やされるであろう待機時間を有効活用すべく、先んじて用意していた文庫本を取り出す。北方氏の歴史物で、蘭に勧められて借りてきたものだ。最初の数ページほどを読み進めた所で、弾んだ足音が近付いてきた。

「どうだよシン、ウチなかなかイケてんじゃ……っておい何読んでんだ、そんなモンよりこっち見た方が一千億万倍くらい、目の保養だぜぇ?」

 文字列から目を離し、正面に視線を向けると、着替えを終えた天がポーズを取ってモデルの真似事をしている。素材が良いだけにそれなり以上に様になっている辺りが癪だった。男性買い物客たちの視線が吸い寄せられるのも無理はない話だが、しかし妹分に色目を使われるのはあまり気分の良いものではない。ちょっとした殺意を込めた目で睨み据えて早々に追い払ってから、俺は改めて天の立ち姿を眺める。

 普段のパンクな服装とは趣を異にする、全体的に飾りの少ないシンプルに纏ったファッション。これはこれで新鮮さがあって悪くないが、微妙に物足りないものを感じるのも確かだ。故に――

「…………。七十点」

「ん~、またビミョーな点数だな。ウチ的には割と自信あったんだけどなぁ。よっしゃ、次こそ百点満点出させてやるぜ!」

「くくっ。精々、足掻いてみせろ」

 気合を入れて新たなファッションを模索している天を尻目に、再び読書に没頭する。

 この“採点式システム”の起源がいつだったかはもはや記憶していないが、とにかく天が新たな服を選ぶ際は、決まってこの制度が採用されている。ルールは至ってシンプルで、天のファッションに俺が百点満点にて点数を付け、見事に最高得点を叩き出した栄誉ある服のみを戦利品として持ち帰るというものだ。さほどファッションに精通している訳でもない俺の審美眼がアテになるとは思えないが、当人が納得しているならば何も言うまい。

 ちなみに過去に一度だけ、このルールは反故にされた事がある。天が冗談のつもりで選んだらしい純白のワンピースに俺が百点満点の評価を付けた時で、最初は天も素直に喜んでいたのだが、俺が不用意に口にした「くく。まるで天使の様だな」という心無いコメントが全てを台無しにした。そこから先は互いの名前を貶し合うだけの不毛な争いが勃発するのみ。DQNネーム被害者の会が結成される前の、ほろ苦い青春の一ページである。照れ隠しの意味もあったとはいえ、特大の地雷を見事なまでに的確に踏み抜いてしまうとは、俺も青かったものだ。

「じゃじゃーん!知ってんぜぇ、これとかシンの好みバッチリだろ!」

「八十五点」

「えー、真剣かよ……まさか意地悪で言ってんじゃねーだろーな?ちくしょー、次だ次!」

 あの忌むべき日より今日に至るまで、百点満点が出た事は一度も無い。今日もまた、天は次々と趣向を変えて多種多様なファッションを披露して見せているが、残念ながら最高でも九十点止まりである。俺の好みが変わらない限り、そして天が清純な白の衣装を選ばない限り、このまま満点は永遠の幻と化すのだろう。

 黙々と読書を続け、時折顔を上げて、ポーズを取っている天に点数を述べるだけの簡易極まる批評を告げる。そんな奇妙な買い物風景が始まってから、かれこれ二時間ほどが経った頃である。

「あ~、今回もダメだったかぁー。ウチのファッションセンスもかなり磨き掛かってると思うんだけどなー」

 西空に浮かぶ夕日が、イタリア商店街の石畳の街路を紅色に染め上げる。鮮やかな夕焼け空の下、商店街の中心に位置する広場にて、天は戦利品を収めた紙袋を片手にぼやいていた。

 袋の中身は本日の最高点、九十五点を獲得した衣装だ。カジュアルな雰囲気が天のエネルギー漲る活発さとマッチしていた点が高評価の理由である。ちなみに当然ながらセレクトショップでの買い物が安く済む訳もなく、俺の個人財産には結構なダメージを与えてくれた。諸事情あって最近は景気が良いとは云え、散財は厳禁。しばらくは衝動に任せた和菓子の買い食いを控えねばなるまい。

「百点――か。くく、無用な意地を張らねばすぐにでも呉れてやるが、な」

「うっせーぞ、余計なコト思い出させてんじゃねー!大体、あんなもんウチには似合わねーんだよ!」

 以前の不毛な諍いを思い出したのか、拗ねたようにそっぽを向いてしまった。天の意見は聞いての通りだが、俺個人としては同意しかねる。何も皮肉や嫌味で百点を付けた訳ではないのだ――と幾ら口を酸くして説いてみたところで信じては貰えないだろう。俺だって「カッコイイ!まるで第六天魔王みたーい!」などと褒められたなら、例え天地が逆転しようともその服を着ようとは思うまい。それ以前に相手を生かしてはおかない。思えばかつての俺は本当に馬鹿な事を仕出かしたものだ、と今更ながらに反省しきりである。

「んー、なぁシン、晩メシどーするよ?何ならウチん家で――あ」

 言い掛けた所で、現在の板垣一家と織田信長の敵対関係を思い出したのか、天は不自然に言葉を切った。あまり触れたくなかった部分だったのだろう、決まり悪げに俺から目を逸らして黙り込んでいる。

 普段はあれほど傍若無人な癖に、妙な所で気が弱いのは相変わらず、か。

 全く。幾つになっても、世話が焼ける。

「……言葉は、見つかったか?」

「えっ?」

「先刻。茶店でお前が言わんとしていた案件、だ。お前の頭の出来が如何に哀れむべきものであれ、数時間の時を経れば、言葉の一つも頭に浮かんだだろう。夕餉の添え物として聴いてやる故、会計はお前が持て」

「……はっ。ケチくせーなぁ、“妹分”に晩メシたかるとか、ひでー兄貴だと思わねー?」

「くくっ、子供扱いは望まぬ所、とお前は常々言っていた筈だがな。俺と対等に話をしたければ、力を身に付ける事よ。“財力”もまた、力の形が一つだ」

「けっ、自分だって言うほど金持ってねークセに、なにエラソーに説教してんだよ。ったく、ホント上から目線が大好きだよなぁシンは」

「ふん。この身がお前達の遥か高みに在ればこそ、自然と万人が眼下に見えるだけの事。好悪など無関係だ」

「へーへー、勝手に言ってやがれっての」

 傲岸不遜に言い放つ俺を呆れたような目で見て、天はおかしそうに笑った。

 月並みも月並みな感想ではあるが、やはりこいつには笑顔が似合う、と改めて思う。十年近い昔、堀之外の街で初めて出逢ったあの時も、俺は確か同じ事を考えた筈だ。

 自分と違って裏表のない、感情を隠そうともしない無邪気な笑顔は、喩え様もなく眩しい。

 だからこそ、俺は―――


「……っ!?」


 その瞬間――空気が、変質した。

 
 全身の皮膚を突き刺す感覚は、凶悪な程に高まり昂ぶった闘気と、殺気。

 
 包み込むように街を照らす、穏やかで優しい夕日が、俄かに鮮血を思わせる毒々しい色合いへと変じたかのような錯覚。

 
 自然の内に身体が震え出しそうになる。逃げろ逃げろと、煩い程に警鐘を鳴らす。

 
 これは――“やばい”。

 
 俺と天は瞬時に全身の筋肉を強張らせ、その慄然たる気配の発生源へと同時に向き直った。



「よォ――楽しそうじゃねぇか。俺も混ぜてくれよ、弟子ども」


 
 それはさながら、野に放たれた黒色の凶獣。

 
 血色の黄昏を背に受け。酷薄に歪んだ笑みを貼り付けて――釈迦堂刑部が、其処に立っていた。
















 
 

 という訳で、次回に続きます。
 書きたい事を詰め込んだら文量が(ry この悪癖はいい加減に改善しないと……
 ちなみに信長の格ゲー好きは、「ゲーム内なら才能が無くても人外連中とも張り合える」という何ともアレな理由から来ていたりします。色々と必死過ぎるのはその所為。
 感想での言及率が高かったマルさんですが、本編内での登場はもう少しだけ先になります。それでは、次回の更新で。



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