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No.13860の一覧
[0] 俺と彼女の天下布武 (真剣で私に恋しなさい!+オリ主)[鴉天狗](2011/04/15 22:35)
[1] オープニング[鴉天狗](2011/04/17 01:05)
[2] 一日目の邂逅[鴉天狗](2012/05/06 02:33)
[3] 二日目の決闘、前編[鴉天狗](2011/02/10 17:41)
[4] 二日目の決闘、後編[鴉天狗](2009/11/19 02:43)
[5] 二日目の決闘、そして[鴉天狗](2011/02/10 15:51)
[6] 三日目のS組[鴉天狗](2011/02/10 15:59)
[7] 四日目の騒乱、前編[鴉天狗](2011/04/17 01:17)
[8] 四日目の騒乱、中編[鴉天狗](2012/08/23 22:51)
[9] 四日目の騒乱、後編[鴉天狗](2010/08/10 10:34)
[10] 四・五日目の死線、前編[鴉天狗](2012/05/06 02:42)
[11] 四・五日目の死線、後編[鴉天狗](2013/02/17 20:24)
[12] 五日目の終宴[鴉天狗](2011/02/06 01:47)
[13] 祭りの後の日曜日[鴉天狗](2011/02/07 03:16)
[14] 折れない心、前編[鴉天狗](2011/02/10 15:15)
[15] 折れない心、後編[鴉天狗](2011/02/13 09:49)
[16] SFシンフォニー、前編[鴉天狗](2011/02/17 22:10)
[17] SFシンフォニー、中編[鴉天狗](2011/02/19 06:30)
[18] SFシンフォニー、後編[鴉天狗](2011/03/03 14:00)
[19] 犬猫ラプソディー、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:50)
[20] 犬猫ラプソディー、中編[鴉天狗](2012/05/06 02:44)
[21] 犬猫ラプソディー、後編[鴉天狗](2012/05/06 02:48)
[22] 嘘真インタールード[鴉天狗](2011/10/10 23:28)
[23] 忠愛セレナーデ、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:48)
[24] 忠愛セレナーデ、中編[鴉天狗](2011/03/30 09:38)
[25] 忠愛セレナーデ、後編[鴉天狗](2011/04/06 15:11)
[26] 殺風コンチェルト、前編[鴉天狗](2011/04/15 17:34)
[27] 殺風コンチェルト、中編[鴉天狗](2011/08/04 10:22)
[28] 殺風コンチェルト、後編[鴉天狗](2012/12/16 13:08)
[29] 覚醒ヒロイズム[鴉天狗](2011/08/13 03:55)
[30] 終戦アルフィーネ[鴉天狗](2011/08/19 08:45)
[31] 夢幻フィナーレ[鴉天狗](2011/08/28 23:23)
[32] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、前編[鴉天狗](2011/08/31 17:39)
[33] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、中編[鴉天狗](2011/09/03 13:40)
[34] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、後編[鴉天狗](2011/09/04 21:22)
[35] 開幕・風雲クリス嬢、前編[鴉天狗](2011/09/18 01:12)
[36] 開幕・風雲クリス嬢、中編[鴉天狗](2011/10/06 19:43)
[37] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Aパート[鴉天狗](2011/10/10 23:17)
[38] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Bパート[鴉天狗](2012/02/09 19:48)
[39] 天使の土曜日、前編[鴉天狗](2011/10/22 23:53)
[40] 天使の土曜日、中編[鴉天狗](2013/11/30 23:55)
[41] 天使の土曜日、後編[鴉天狗](2011/11/26 12:44)
[42] ターニング・ポイント[鴉天狗](2011/12/03 09:56)
[43] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、前編[鴉天狗](2012/01/16 20:45)
[44] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、中編[鴉天狗](2012/02/08 00:53)
[45] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、後編[鴉天狗](2012/02/10 19:28)
[46] 鬼哭の剣、前編[鴉天狗](2012/02/15 01:46)
[47] 鬼哭の剣、後編[鴉天狗](2012/02/26 21:38)
[48] 愚者と魔物と狩人と、前編[鴉天狗](2012/03/04 12:02)
[49] 愚者と魔物と狩人と、中編[鴉天狗](2013/10/20 01:32)
[50] 愚者と魔物と狩人と、後編[鴉天狗](2012/08/19 23:17)
[51] 堀之外合戦、前編[鴉天狗](2012/08/23 23:19)
[52] 堀之外合戦、中編[鴉天狗](2012/08/26 18:10)
[53] 堀之外合戦、後編[鴉天狗](2012/11/13 21:13)
[54] バーニング・ラヴ、前編[鴉天狗](2012/12/16 22:17)
[55] バーニング・ラヴ、後編[鴉天狗](2012/12/16 22:10)
[56] 黒刃のキセキ、前編[鴉天狗](2013/02/17 20:21)
[57] 黒刃のキセキ、中編[鴉天狗](2013/02/22 00:54)
[58] 黒刃のキセキ、後編[鴉天狗](2013/03/04 21:37)
[59] いつか終わる夢、前編[鴉天狗](2013/10/24 00:30)
[60] いつか終わる夢、後編[鴉天狗](2013/10/22 21:13)
[61] 俺と彼女の天下布武、前編[鴉天狗](2013/11/22 13:18)
[62] 俺と彼女の天下布武、中編[鴉天狗](2013/11/02 06:07)
[63] 俺と彼女の天下布武、後編[鴉天狗](2013/11/09 22:51)
[64] アフター・ザ・フェスティバル、前編[鴉天狗](2013/11/23 15:59)
[65] アフター・ザ・フェスティバル、後編[鴉天狗](2013/11/26 00:50)
[66] 川神の空に[鴉天狗](2013/11/30 20:23)
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[13860] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、後編
Name: 鴉天狗◆4cd74e5d ID:d4373f8d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/09/04 21:22
『未知はいつだって最大の恐怖だ。お前もそうは思わないか?ネコ』

 私こと明智音子の主君、織田信長がそんな言葉を口にしたのは、彼の部屋にて肩を並べながら一緒に勉強に励んでいる時だった。

 普段、彼が集中すべき勉強時間の最中に、しかも自分から率先して私語をする事は滅多に無かったので、私は驚いたものだ。ルーズリーフにペンを走らせる指先を止めて、すぐ隣に座っている信長の顔に疑問の視線を向ける。彼もまたパタンと音を立てて参考書を閉じ、私に向き直った。

 本日の勉強会はこれにて終了、という事なのだろう。

『俺やお前のように計算を行動の前提に置く人間にとって、不確定要素ほど厄介なモノは無い。相手を知っていれば幾らでも事前に対処策を練る事は可能だが、知らなければどうしようもない――何の予備知識もなくぶっつけ本番、ってのは言うまでもなく俺が一番忌み嫌うパターンだな』

『それはまあ、私も同意するけどさ。どうしたの突然?何か電波でも受信しちゃった?』

『相変わらずナチュラルに失敬な奴だなお前は。俺は常に先の事を考えているだけだ。……俺は2-Sにおいて立場を確立し、2-Fとの勝負を通じて“織田信長”の脅威と威信を広く知らしめ、何より川神百代という凶悪過ぎる爆弾を一時的に除外する事に成功した。俺の目論見は概ねが上手く運んでいるが、そういう時こそ足下を掬われ易いってのが経験則だ』

『油断大敵って奴だね。勝って兜の緒を締めよ、とも言う』

『その通り。故に俺は、何か致命的な見落としがないか、改めて色々な事柄に思考を巡らせていた訳だが……結果として浮上してきたキーワードが、“黛”だ』

『黛、か。わざわざ確認するまでもないだろうけど、一応訊いておこうかな。それって只今絶賛1-C在籍中の、剣聖・黛十一段の娘のコトだよね』

『ああ。ネームバリューの割に一切動きを見せない辺りが気になる。織田一家が広げる戦乱にも無反応で、敵なのか味方なのかはたまた中立なのか、それすらも不明瞭ときたものだ。その沈黙が、どうにも不気味で仕方が無い。何せ黛由紀江のパーソナリティ……人格も実力もほぼ未知数だからな。事前に調査は行っているが、地元での黛家の影響力に妨げられて、どうにも不鮮明で要領を得ない情報しか得られなかった』

『で、だから、未知は最大の恐怖、か。それはまあ“剣聖の娘”だなんて中に何が詰まってるかも分からないビックリ箱、放置しておくのは怖いよね。中身をきっちり確認するまでは枕を高くして眠れない、ってワケか。成程成程』

『くくっ、お前はやはり話が早くて助かる。朝も早ければもっと助かるんだがな』

『それは諦めて貰うしかないね。私はきっと午前七時以前には起床できない星の下に生まれたんだよ。因果律の犠牲者なのさ』

『ま、お前のグータラな生活習慣を矯正するのは蘭の役割だから何も言わないさ。人には皆、各々の役割が在る。俺には俺の、蘭には蘭の。そしてお前はお前の役割を果たしてくれれば、それでいい』

『……役割、ね』

『何と言っても俺が見込み、蘭が認めた直臣だ。全ては、お前に一任する。――織田信長が“手足”として、俺の信頼に見事応えてみせろ、明智音子』


―――そんな遣り取りを交わしたのが、つい昨日の話。


 兵は神速を尊ぶ。時は金なり、である。与えられた仕事をただ漫然と達成するだけならば誰にでも出来るだろう。可能な限り迅速に、そして正確に与えられた仕事を達成する事が出来て初めて、“優秀な従者”の肩書きに値する。主君たる織田信長の頭を悩ませる問題を一刻一秒でも早く解決してこそ、彼の信頼に応えたと胸を張って言えるのだ。

 故に、かねてより計画していた1-C侵攻の切っ掛けが向こうから飛び込んできた時、私はそれに乗じる事を即断した。

 その結果が――現在の、この状況。

 C棟屋上の、青空の下に広々と開放された広場にて。私は屋上の片隅に立ち、転落防止用のフェンスに前傾姿勢で体重を預けながら、眼下に広がるグラウンドを見下ろしている。そろそろ昼休みの時間も終わりを迎える頃で、先程までサッカーや野球など思い思いのスポーツに興じていた生徒達の姿も、大体が消え去っていた。未だにしぶとく残って暑苦しい汗を流している面子は、遅刻による内申点の犠牲を恐れない猛者達なのだろう。要領が悪い人達だな、と呆れはするものの、そういう芯の通った馬鹿は嫌いではない。私の生き様とは見事なまでに正反対だが――だからこそ眩しく輝いて見える事も、ある。

「あ、あの、時計が狂ってなければ、あと二分ほどで授業が始まってしまいそうですよ?」

『屋上で授業ブッチとかちょっと古典的過ぎねー?ヤンキー街道突っ走るまゆっちはオラ見たくねーぞ』

「…………」

 背後から聞こえる声は、二つ。気配を探っても私の後ろにはただの一人しか立っていない筈で、そして私が口を開いていないのに何故か会話が成立している、というホラーじみた現象は、さてどう受け止めたものやら。これはもはや“個性”などという便利な言葉で片付けてしまって良い問題ではないような気もするが、まあそれは一旦置いておこう。下手をすると“彼女”があの先輩従者に負けず劣らずの奇人変人であるという事実は、1-C教室で会話を交わした時点で十二分に思い知っていた。彼女の奇態を前に平静を保ち続けるのに、私がどれほどの努力を払った事か。演技力はやはり大事なパラメータだと痛いほど実感した瞬間であった。

 黛由紀江――剣聖・黛十一段の娘。

 1-Cへの侵攻はあくまで、真意を覆う隠れ蓑。私の本当の目的は、彼女だ。

 全ては彼女の“未知”を解き明かし、恐怖を克服する為のものだった。所詮、1-Cは彼女に付属するオマケに過ぎない。彼らのような脆弱な集団の掌握など、私の能力を以ってすれば容易い事なのだから。

 そう、唯一の問題は、剣聖の娘。幾ら学生にしては優秀な諜報能力を有する子分Aの仕事と言えど、相手が相手だ。所詮は他人任せの調査報告だけでは足りない――私自ら動き、謎のベールに包まれた人格と実力を、どうしてもこの目で確かめる必要があった。それほどまでに、黛由紀江の重要度は高い。わざわざお上直々に指令を下してくる程なのだから、一年征圧を任じられた私としては真剣で取り組まなければならない案件なのだ。

 故に私は彼女を注意深く観察し、可能な限り情報を集めるべく努めた。弁舌を以って揺さぶりを掛け、彼女が自ら情報を開示する方向へと誘導した。同年代の中ではそれなりに高い武力を有する武蔵小杉をけしかけて実力を推し量り、何気ない対話を通じて人格と思想を分析した。

 そうして得られた情報を基盤に据えて、適切と思われる対処策を瞬時に構築。結果、このまま1-C教室の中で彼女と相対するのは得策ではないと判断した私は、ひとまず彼女を舌先三寸で丸め込んで、現在地――屋上の広場まで連れて来た。物見高くお節介なギャラリーが1-Cから幾人も着いて来ようとしたが、彼らに関しては軽く“説得”したところ快くお帰り頂けた。屋上で優雅な昼休みを過ごしていた先客達についても同様である。私が脳裏に描いた策を成就させる為には、確実に観衆の目が邪魔になるのだ。今後の為にも、“誰にも窺い知れない、二人きりの時間”が必要不可欠だった。そんな経緯があって――明智音子と黛由紀江は、屋上にて一対一で対峙している訳だ。何故か三人目の声が聴こえるのは、まあ気にしたら負けなのだろう。

 …………。

 彼女の人格に関しては、既に大体の所は掴めた。実力に関しても、上限は見えずとも下限は見えた。であるならば、これから私が為すべきは、“見極め”と“決断”。いずれも私の能力がダイレクトに試される、非常に重要なファクターだ。

――良いだろう、やってやる。私は、明智音子だ。魔王・織田信長の優秀な手足だ。他ならぬ私が、ご主人の足を引っ張ってたまるものか。

 頭脳が普段通りに回転している事を確認し、唇の内側を軽く舐めて湿らせる。

 最後に深呼吸を一回行ってから――私は爽やかな笑顔を形作りつつ、振り返った。











「あはは、いや~ゴメンゴメン。どうしてもキミと二人で話がしてみたかったからさ」

 屈託のない口調で言いながらこちらを振り返った明智音子の表情に、由紀江は心底から驚いた。

 先程まで1-C教室で常に湛えていた邪悪な笑みは影も形もなく消え失せ、代わりに明るく快活な笑顔が浮かんでいる。どこか悪戯っぽい印象を受けはするものの、粘り付くような悪意は少しも感じなかった。

 そのあまりの変貌っぷりに、由紀江が困惑と混乱の嵐に見舞われていると、遂に五限目の開始を告げるチャイムがスピーカーから鳴り響く。ねねは小さく苦笑を浮かべながら、口を開いた。

「あららら、始まっちゃったね。ま、年に何十回とある授業の内、一回くらいサボタージュしても許されるだろうさ。キミはいかにも品行方正って感じだし、普段は真面目に出席してるんでしょ?」

「えと、あ、はい……一応まだ遅刻欠席はゼロだと思います」

「だったら問題は無いね。私も日頃から規律をしっかり守ってるから余裕だよ。何よりエリートS組のクラス委員長って肩書きはそれなりに大きいんだよね~、内申的な意味で。ってなワケで問題解決!くふふ、一時間はゆっくりお話が出来るね、黛さん」

 やけに様になったウインクを飛ばしながら、ねねは楽しげに言い放つ。その言葉の意味を理解するのに、由紀江は数秒ほどを要した。

「あ、お、お話、ですか?」

『え、真剣で?オラてっきり“屋上までツラ貸せやコラ”な展開だとばっかり思ってたぜ』

 遡ること数分。不慮の事故でついうっかり武蔵小杉なる女子生徒を投げ飛ばしてしまった後、1-Sの二人が保健室へと向かうのと同じタイミングで、ねねは由紀江を連れて早々に1-C教室を出た。“人目があるとキミも何かと面倒でしょ?”と囁かれては、嫌でも従わない訳にはいかなかった。実際、クラスメート達の向ける好奇の視線から逃れたかったのは確かなのだから。

 そうして二人が向かった先はC棟の屋上で、到着と同時にねねが漏らした“ここなら余計な邪魔も入らないかな”という呟きを耳にした時、由紀江は闘いを申し込まれる覚悟を決めたのだ。しかし――“お話”?

「んん?ああ、確かに誤解を招くような発言をしちゃったかもね。“お相手をしてくれなきゃ困る”とか何とか。あはは、別にムサコッスの敵討ちをしようとかそんなつもりはこれっぽっちもないから安心しなよ。それに……私はちゃんと身の程ってものを弁えてるからさ。勝算が皆無と分かってる相手に喧嘩を売るほど、私は主人公キャラじゃないからね」

 ニヤリ、と悪戯っぽく笑いながら言うねねに、由紀江はあたふたと手を振りながら弁明を試みる。

「いえいえいえいえ、勝算がないだなんてっ!明智さんほどの武人を相手に、未熟な私如きが――」

「あーダメダメ、それ以上言っちゃうとただの嫌味になっちゃうよ?何せ私は、キミが実力を隠してる事も、その実力が私より格上だって事も既に確信済みなんだからさ。そんな風に完璧なレベルで“氣”を隠せる時点で相当な腕であることは判るし、歩き方一つとっても強者ってのは自然とソレと知れちゃうものだからね。足取りに重心の移りに……ここに着くまでずっと観察してきて、改めて確信したよ。小杉のヤツに掛けた見事な投げ技も併せて考えると、たぶん体術のレベルだけでも私と同等かそれ以上。で、かの有名な“剣聖”の娘さんがまさか剣を用いない筈もないから――武器の使用まで含めた総合的な実力で言えば、私じゃ到底及ばないだろう、ってね。ま、私の目じゃ具体的な力の差までは読み取れないし、あくまでその刀が飾りだってキミが言い張るなら話は別かもしれないけどさ」

 由紀江の携えている布袋にちらりと視線を遣ってから、ねねは確信の光の宿った目で由紀江を見つめた。その惑いの無い真っ直ぐな眼差しを受けて、ああ、これは誤魔化せないな――と、由紀江は観念する。

 元より、由紀江の擬態はお世辞にも完璧と呼べるような代物だった訳ではない。肉体に内包する“氣”を隠匿する事は比較的容易でも、長年の鍛錬の成果で身に付いた各種の身体捌きを覆い隠すことは至難の業だ。鋭敏な観察力を有する武人の目に掛かれば、ある程度の実力が推察されてしまうのは避けられない。実際、三年生の武神・川神百代などは、たまたま廊下で擦れ違った際、一目で由紀江の力を見抜いていた節がある。ましてや1-C教室にて無意識の内に体術を披露してしまった以上、確かな実力者の一人であるねねに見抜かれたのは当然とすら云えよう。完全な一般人を装うのはそれほどに難しい事なのだ。

「ふふ。反論が無いって事は、認めるんだね?」

「あぅあぅ、騙すような事をして申し訳ありません……」

 事情があったとはいえ、彼女を謀っていた事は紛れもない事実だ。

 謝罪の念を込めて深々と頭を下げると、さも可笑しそうな哄笑が耳朶を打った。

「あははは!いやいや黛女史、そんな事で謝る必要はぜんぜん全くこれっぽっちもないよ。ちょーっと些細な嘘を吐いてたくらいで謝らなきゃいけないなら、私なんて今すぐ四方八方に土下座の嵐だね。おおこわいこわい。……私みたいな“嘘吐き”にはさ、キミを責める資格なんて初めからないんだよ」

 朗らかに言い切ったねねの言葉は、由紀江が先程から感じていた違和感の正体と結び付いた。1-C教室で傍若無人に振舞っていた彼女と、今こうして自分と会話を交わしている明るく陽気な彼女。口調こそは同じだが、雰囲気はほとんど別人だ。その理由は――

「教室でも言ったでしょ?色々なしがらみの所為で自由気侭に動けなくなるのは統率者の辛い所だよ――ってね。さっきまでの私の態度や振舞いは、言わば余所行きの仮面なのさ。クセの強い1-Sの連中を纏め上げ、第一学年全体をスムーズに掌握する為に最適だと考えられる性格を、演じているに過ぎないんだ」

「仮面……性格を演じる、ですか」

「そ、だから“嘘吐き”。いや~、ここだけの話、結構疲れるんだよねアレ。私としてはもっとダラダラと怠惰で気侭な学園生活を謳歌したいんだけど、何せ1-Sのリーダーがそんなのだと周囲に示しが付かないからさ。已む無し泣く泣くってワケだよ。という事で、キミにはさっきまでの私を本当の私だと思って欲しくはないんだよね~」

 それはつまり、にゃはは、と気楽に笑っている今のねねこそが、“本当の彼女”という事なのだろうか。

 そう言われてみれば確かに、現在の彼女は全くの自然態のように思える。作り物めいた部分は、由紀江には一切感じられない。となると――先程までの悪意に満ちた言動と行動の数々は、演技だったのか。今自分の前に晒している陽気で屈託のない素顔を押し殺して、敢えて憎まれ役を買って出ているという事なのか。

 もしそうだとするならば、何故?

「あ、あの、明智さん。一年生を掌握すると仰りましたけど……どうしてそんな事を?こうして話している限り、明智さんが自らそれを望むような方だとは、私には思えません」

 口を衝いて出た疑問の言葉に、ねねはポリポリと頬を掻きながら答えた。

「ま、そこで“自ら”なんて言葉が出てくる辺り、たぶん大体の見当は付いてるんだろうとは思うけど。一応確認しておくけど、キミは織田信長って男を知ってるよね?ちなみに炎に消えた歴史上の偉人じゃなくて、この学園の生徒ね」

「は、はい、それは勿論っ」

『いくらまゆっちが横にも縦にも繋がりのねーロンリーウルフとは言っても、それくらいは知ってるんだぜー』

 由紀江の入学と同時に、2-Sへと転入してきた冷酷非道の暴君――それが織田信長だ。入学以来、幾度も決闘の場にて姿を見掛ける機会があったが、その度に由紀江は、彼が発している凶悪な殺意に抑えられない恐怖を覚えたものだ。武の道に深く踏み込んだ由紀江には、信長という男が身に纏う“氣”の異質さを他者よりも明確に感じ取る事が出来る。思い出すのは、彼と一瞬だけ目が合った瞬間に総身を走った、底知れぬ深淵を覗き込んだような恐ろしい感覚。全力を尽くしても、アレにはきっと勝てない、と言うのが現時点における由紀江の武人としての見解だった。

 そんな彼は今現在、川神学園において最も人々の注目を集めている有名人で、由紀江の耳にも彼に関する様々な噂が否応なく入ってきている。

 だから、目の前に立つ小柄な少女が織田信長の側近の一人だという事も、知識として知っていた。

「これはさ、織田信長っていうご主人が私に与えた任務なんだよ。一年生を可及的速やかに征圧し、支配下に置くっていうね。確かに高慢ちきで嫌味ったらしいエリートを演じなければいけないのは面倒だし、なかなか気の滅入る事も多いけどさ、ご主人の命令なら我慢するしかないでしょ?」

「わわ、えっと、あの、それは……」

『仕方ねーか、確かにあのニィチャン真剣でおっかねーもんなー。オラとか口応えしただけで馬刺しにされそうで内心ガクブルだぜ』

「んん?ああ、言われてみればそう捉えるのが普通だよね。だけど残念ながら違うんだよね~。全然そうじゃない。私は別に脅されて嫌々ながら従ってるワケじゃないよ。そもそもご主人は、ただ恐怖で付き従うだけの人間を“手足”に任じたりはしないタイプだから。そうじゃないそうじゃない、私はね――ご主人の為ならどんな面倒事でも容易く耐えられるって、それだけの話なのさ」

 胸を張ってそう言い切るねねの目には、欠片の曇りもなかった。忠義と誇りに充ちた、力強い目。

 その双眸に見据えられた時、由紀江は驚きよりもまず、深い納得の念を覚えた。

――やはり、織田信長という人物は、冷酷無比なだけの魔王ではないのだろうな、と。

 かつてグラウンドの中心で行われた、両雄の対談――川神百代と織田信長という最高峰の武人が交わした会話の様子を、ギャラリーの一人として見物していた由紀江は今でも鮮明に記憶している。その内容は、それまで信長に対して抱いていたイメージを払拭するものだった。確かに傲岸不遜で我が道を往く人間である事には違いないが、しかしその内面は無情という表現とは程遠く、燃え滾るような熱い心と不屈の意志、武人としての誇り高さに充ちていた。臣民を率いる王者としてのカリスマを、間違いなく信長という人物は宿していた。

 あの時、由紀江が垣間見た織田信長の素顔をより深く知っているならば――心酔し、臣下として忠誠を誓っても何ら不思議ではないと思う。常に彼の三歩後ろに控えている二年生の先輩や、由紀江の眼前に立っている、明智音子という少女のように。

「ご主人は私に居場所をくれた。ご主人は、私に自由をくれた。だから、私はこれまで誰も与えてくれなかったモノをくれたあの人に、恩返しをしたいんだよ。その為なら悪人の仮面と汚名を被る事くらい何でもない事さ。……あ、分かってるとは思うけど、これオフレコで頼むよ?こんな殊勝なセリフ、私のキャラじゃないからさ」

「は、はいっ、勿論ですっ」

『まゆっちこう見えて超口固ぇから安心しなよ、秘密は墓場まできっちりトライするぜ』

 微かな恥じらいを湛えた綺麗な微笑みを向けられて、由紀江は思わず顔を赤くしながらあたふたと答える。主君に対しての忠義の念は確かに在るのだろうが、慎ましやかに頬を染めた彼女の表情を見る限り、或いはそれだけではないのかもしれない。何にせよ、様々な強い想念を抱えて今を生きている彼女の事を、由紀江は心の底から羨ましく思った。

 考えてみれば同じ高校一年生だと言うのに、自分には彼女のように心身を突き動かす原動力が何もない。友達が欲しい、という願望はあっても、何一つとして成果を上げられずに日々を虚しく費やしている。どうして自分はこうなのだろう、と由紀江の心は沈んだ。

「なーに景気の悪い顔してるのさ。さぁさぁ、私が恥ずかしい乙女の秘密を打ち明けたんだから、今度はキミの番だよ」

「え、ええ!?あのですが私には乙女の秘密なんてワンダフルなモノは持ち合わせが全く以ってゼロで……ううう」

『未だに友達すらいねーまゆっちになんつー残酷な質問を……間違いねーよ、こいつはとんだ鬼畜ドS女だぜっ』

「あのねぇ。キミの交友関係の悲惨さは嫌というほど良く分かったけどさ、私が訊きたいのはそこじゃないって。――剣聖・黛十一段の娘ともあろうキミが、どうして実力を隠そうなんて思ったのか。その理由、差し支えがなければ、私に聞かせてくれないかな?」

「あ……」

 澄んだ目で問い掛けてくるねねに、不意を衝かれたような気分で由紀江は言葉を詰まらせた。

 理由。どうだろう、それを隠す必要があるのだろうか。

 ……考えてみれば、そんな必要性はないのだ。ねねには既に実力を悟られてしまっている以上、力を隠した理由だけを黙して秘したところで何の意味もないだろう。毒を喰らわば皿まで――というのも何か違う気もするが、どうせなら全て吐き出してしまおう。

 そう腹を括って、由紀江はぽつぽつと語り始めた。北陸の名家・黛の家に生まれ、武道と礼儀作法を厳しく仕込まれたこと。その家柄と並外れた能力が原因で友達が出来ず、孤独な幼少時代を過ごしてきたこと。せめて高校では普通の学生生活を送りたいと願い、勧められたS組の席を自ら辞退して、一般クラスへの在籍を望んだこと。そして、常人の域を超えた力を封じようと決めたこと。

 ねねは終始真面目な表情で、ふむふむと興味深げに相槌を打っていた。

――数分後、由紀江が現在に到るまでの事情の全てを語り終える。ねねの反応は、一言。

「ねぇ。キミ、馬鹿でしょ?」

「はぁうっ!?」

 馬鹿みたいだなぁ私、と自分でも時たま己の行動を虚しく思う事があっただけに、ねねの呆れ混じりの率直なコメントは胸に突き刺さった。

 やっぱりそうですよねホントもう滑稽で馬鹿みたいですよね私フフフフ、と自虐的な呻きを漏らす由紀江を、しかし気付けばねねは驚くほど温かい表情で見遣っていた。

「本当に馬鹿だねぇ。だけど、救い様のない馬鹿じゃなくて……心優しい馬鹿だ。私はね、そういう種類の馬鹿は――キライじゃないよ」

「え……」

「成程ね、成程成程。そうかそうか。ふむ、そういう事情なら、ますます放っておけないかな。……ねぇ、黛由紀江さん」

「は、はいっ!?」

 思わず声が裏返ってしまったのは、こちらを見据えるねねの姿が、常ならぬ気迫に満ちていたからだ。

 1-C教室で感じた邪悪な威圧感とも、つい先程までの気怠げな雰囲気とも異なる、真っ直ぐな凛々しさを全身に湛えながら、ねねはゆっくりと口を開いた。

「1-Sクラス委員長として、私はキミを勧誘する。――今からでもいい、1-Sに来る気はないかな?」

「え、ええぇえ!?あ、あの、それは一体どういう」

「キミは断じて1-Cに居るべき人間じゃない。1-Sこそが、キミの居場所に相応しい。キミの身の上話を聞いた結果として、私はそう判断した」

 断固たる口調は反論を赦さない確信に満ちていて、由紀江は返すべき言葉を見失った。

「キミは、優し過ぎるんだよ。どうしてそこまで徹底的に責任を自分に求める?キミは何も悪くなんてないのに、どうして苦しまなくちゃいけないの?私には、見てられないよ」

 ねねの言葉には、心底からの同情と哀れみが込められていた。

「子供の頃から自由を犠牲にして、友達と気侭に遊ぶ時間を犠牲にして、努力に努力を積み重ねて手に入れた力は、武は、キミの誇りであるハズだよ。なのにどうして、それをコソコソと隠す必要があるのか……私には理解できない」

「えっと、あの、ですからそれは、友達を作るために――」

「自分とは違うから、自分よりも優れているから。そんな下らない理由でキミを遠ざける連中なんかと友達になるために、キミは己の誇りを投げ捨てようって言うのかな?本当の自分を偽って、相手のレベルに合わせて卑屈に歩み寄って……その上、いつか露見するかもしれないと怯えながら、もしもバレたら嫌われるかもしれないと悩みながら、秘密を胸に抱え込んだたままで友情を育もうって?――馬鹿馬鹿しい。キミは、そこまで自分が強いと自惚れているのかな?力じゃない。心が、だよ。キミの選ぼうとしている道は、確かに優しいと言えるモノだけれど。同時に、酷く、険しい。それに耐えられるほど、キミは強いの?悪いけど、私にはそうは思えないね」

 非難でも弾劾でもなく、心から由紀江を案じる、思いやりに満ちた調子のねねの諭しは、強烈に胸を打った。

 確かに、その通りかもしれない――彼女の言葉に納得している自分がいるのも、事実なのだ。思い出すのは、孤独の内に過ごした幼少時代の寂しい記憶だった。同い年で一番足の速い男の子を駆けっこで易々と負かした時、球技大会で常人を越えた動きを披露した時。周囲の子供達が自分に向けた、凍えるような目の冷たさが、まざまざと脳裏に蘇った。優れた者への嫉妬心と、未知なるモノへの恐怖心の入り混じった、あの目。誰よりも頑張って、努力しただけなのに――どうしてそんな目で見られないといけないのだろう。皆に受け入れて貰えない悔しさと不安に、独り枕を濡らした日々を、思い出す。

「人間という生き物にとって、未知はいつだって最大の恐怖なのさ。そして、世の中の大多数の人間は、その恐怖を乗り越えられる強さを持っていないんだ。だからこそ集団の中から異物は排斥される――キミがこれまでそうであったように、ね。……でも、それがただ悪いってワケじゃない。社会の秩序を保つためには、棲み分けはどうしても必要だから。各々の能力に応じた居場所が、人間には必要なんだ。この川神学園におけるSクラスって言うのはね、そういう異物たちに用意された居場所なんだよ。他者より優れた能力を有する者達の、受け皿なんだ。分かるでしょ?」

「……」

「確かにS組の面々は確かにプライドが高いし、他のクラスを見下してる奴も多い。傲慢で嫌な連中に見えるかもしれない――だけどそれは、胸を張って誇るに値するだけの努力をしているからだって事を忘れないで欲しい。逆に言えば、キミみたいに人並み以上に頑張って、人並み以上の実力を持った人間は、Sの皆には大いに歓迎される事だろうね。同志として、仲間として、好敵手として、そして何より、“友達”として。間違っても、力を疎んで排斥したりなんてしない。だから――改めて言おう。キミの居場所は、こっち側だ。自分を無理矢理に押し殺してまで、そっちに留まる必要なんてないんだよ」

 ねねは穏やかに微笑みながら、手を差し伸べた。

 由紀江は妙に現実感の欠けた意識の中で、目の前に広げられた掌をぼんやりと見つめる。ねねの口にした“友達”という二文字だけが、頭の中で何度も反響していた。何年も何年も望み続けて、これまで得る事の叶わなかったものを、遂に手に入れられる。それは、喩え様もなく甘美な誘惑だった。ふらふらと、自然の内に手が伸びそうになって――しかし、由紀江は躊躇する。

 先程の1-C教室での出来事が、脳裏に蘇っていた。由紀江は小さく息を吐き、心を落ち着けてから、ねねの目を真っ直ぐに見返した。

「あの、明智さん。一つだけ、お訊きしてもいいですか?」

「どうぞ。一つと言わず、質問疑問は幾らでも受け付けてるよ」

「ありがとうございます。でしたら――聞かせて下さい。先程、1-Cの皆さんに貴女方が仰っていたこと……あれが、1-Sの総意なんですか?」

――意志が無いなら、逆らうな。弱者は強者に従うのが当然だ。

 そのように傲慢な思想は、由紀江とは相容れない。偉大な父から受け継いだ黛の剣は、断じて弱者を虐げる為のものではない。己の意に沿わぬ者を、力を以って屈服させる為のものではない。もしも1-Sの“選ばれた人間”がその独善的な思想を掲げていると言うなら、由紀江がそこに馴染む事は決して出来ないだろう。そうだとするならば――1-Sは、由紀江の居場所では、ない。

 鋭く、鋭く、刃の如く研ぎ澄まされた目を真っ直ぐに向けながら、ねねの返答を待つ。譲れない意志を込めた目を、決して逸らさず前へと向け続ける。そんな由紀江に対して――ねねは、ニヤリと悪戯っぽく笑ってみせた。

 予想外の態度に戸惑う由紀江を笑顔で見遣りながら、ねねは愉快そうに遠慮の無い笑い声を上げ始める。

「くふふふ、あはははははっ!かしこまった顔で何を言い出すかと思えば!全く、そんなワケないじゃないか。あんな頭の悪い極論、建前に決まってるでしょ?あれだけ理不尽な事を好き放題言われたら、骨のある人間なら反抗心を顔に出すからね。そうしたら、私達が戦って降すべき相手が一目で判別できる。要するに“敵”に成り得る人間を見定めるための方便だよ、アレは。ま、今回の場合、それに引っ掛かったのがキミだった訳だけど……他に何か質問はあるかな?」

「あああの、いえ、ですが――」

『あのムサコッスとかカニカマってヤツら、オラには真剣で言ってるようにしか見えなかったけどなー。アレも演技だったっつーのはさすがに苦しくね?』

「ああ……、まぁあの連中は本心から言ってるだろうね。私が1-Cに連れて行ったの、1-Sの中でも特に攻撃的でプライド高いヤツらだし。適材適所、他クラスに侵攻するには相応しい人選ってものがあるからさ。そりゃまあ、確かにああいう過激な思想の持ち主が何人かウチにいるって事は否定しないよ。だけど、それはあくまで一部であって、間違ってもクラスそのものの総意じゃない。主義主張は人それぞれ、その点じゃ他のクラスと一緒さ。だから当然、1-Sにいるからって、別に第一学年征圧に参加する義務なんてない。実際、今だって直接的に動いてるのは私を含めても数人だけなんだからさ。キミはキミで好きな様に振舞えばいいんだよ。――私達は、力有る者には寛容だ。どんな黛由紀江でも、きっと受け入れるだろう」

 S組委員長としての凛とした態度で、ねねは確信を込めて言い放った。芯の通った力強い言葉に、再び心を揺さぶられる。理に適った説得の内容もそうだが、それ以上に――自身の存在が求められているという事実が、由紀江に大きな衝撃を与えていた。

 友達の一人も満足に作れない不器用な自分に、こんなにも温かい言葉を掛けてくれる人は、肉親を除いて今までいなかった。それなのに、どうして。

「明智さんはどうして、私なんかを誘ってくださるんですか?やっぱり、私が剣聖の娘だからですよね……ってゴメンなさいイジけたこと言って鬱陶しいですよねううぅぅ」

「あはは、落ち着きなよ。私はね、キミの肩書きだとか血筋だとかは別にどうだっていいんだ。家柄の貴賎とか心の底から馬鹿馬鹿しいと思ってるタイプの人間だからね。私はただ、放っておけないと思ってるだけさ。自分を偽って生きる事の辛さは身に染みて知ってるから……どうにも他人事とは思えなかった。キミみたいなバリバリのお人好しが一人ぼっちで過ごすのは見てられないからね、私が居場所を見つけてあげられるならそれに越した事はないと思ったんだ。ご主人が、私にそうしてくれたように」

 それにね、とねねは柔らかく微笑む。

 そして、天使の如く優しい口調で、言った。

「これだけ色々とぶっちゃけたからには当然、私達はもう“友達”なのさ。どうせなら、机を並べて毎日を一緒に過ごしたいって望むのは――そんなにおかしいかな?」












 


 それから――何だかんだと一騒動あった後に、ようやく正常な言語機能及び落ち着きを取り戻した由紀江と、赤外線通信でメールアドレスを交換。互いの呼び名を決めて、九十九神を自称する松風を交えてちょっとした自己紹介をして、週末に一緒に遊ぶ予定を取り付けて。

 弾む内心を隠そうともしないスキップで屋上から去っていく背中を見送って、喜びのあまり注意を怠っているのか、身体から漏れ出している“氣”の位置がどんどん遠ざかっていく事を確認して。

――それから私は、口元に湛えていた温かい微笑を、跡形もなく消し去った。

「……ふぅ」

 醒めた表情で、小さく溜息を吐き出した瞬間、五限目の終了を告げるチャイムが校舎に鳴り響く。きーん、こーん、かーん、こーん。気の抜ける電子音がスピーカーから流れ出る中、私はポケットに手を突っ込んで、再び携帯電話を取り出した。最近電話帳の下僕リストに登録した名前を選び、さっさと通話ボタンを押す。

 特に待つ必要もなく、三コール目で目的の相手に繋がった。

『もっしもーし、ご無事ッスかボス!真剣で心配したッスよ、どっか斬られたりしてないッスか?』

「私を誰だと思っているのかな?機略縦横にして智勇兼備なこの私がそんなヘマをする訳がないじゃないか、子分A」

『いやーさっすがは我らがボス、今日もステキに自信満々ッスねぇ。何にせよ元気な声が聞けて安心したッスよ。それで、御用は何でございやしょう』

「仕事だよ。これ以降はBCDをキミの下に付けるから、今すぐに動いてね。――黛由紀江を孤立させろ。1-Cの中から、完膚なきまでに彼女の居場所を奪え。なに、サルでも出来る簡単なお仕事さ。五限の間に私達が二人きりで話した“秘密の会話”に、1-Cの生徒達は興味津々のハズだからね、美味しい美味しい餌を思う存分、与えてやろうじゃないか。うふふ、諜報活動がキミの十八番なら、流言飛語を飛ばすのも得意分野だろう?」

『……へっへっへ、了解したッスよ。やっぱ怖い人ッスねぇボスは。自分、ボスのパシリで良かったと心から思うッス』

「実行犯は他ならぬキミだって事を忘れないようにね。――具体的な流言の内容は追ってメールで通達するけど、必要があればキミの裁量でアレンジを加えて構わない。BCDをどう使うかもキミに任せよう。うふふ、働き振りに期待してるよ?鎌慧ちゃん」

 言葉を終えると、返事を待たずに通話を切る。フェンスへと身体を預け、空を仰ぐ。

 これでいい。駄目押しとしては、まあこんなものだろう。「少し考えさせて下さい」と申し訳なさそうな調子で返答を保留した由紀江には悪いが、そもそも私は彼女に選択肢なんてものを与える気は初めから無かった。彼女には何としても、私の支配する1-Sへと籍を移して貰わねばならないのだから。

 黛由紀江――彼女は、危険だ。私の観察力を以ってしても実力の底がまるで見通せない上に、厄介な事に人並み以上の正義感も持ち合わせている。精神の高潔さと未知数の武力を併せ持つ彼女を下手に放置すれば、私の一年征服はおろか、ご主人の歩みをも妨げる可能性を秘めていた。それは、それだけは、絶対に許容出来る事ではない。

 故に、力を尽くして彼女を“こちら側”へと引き摺り込む必要があった。正面からまともに闘いを挑んでも勝ち目が無いなら、もっと広い視野での勝利を掴めばいい。無益な戦いでリスクを犯す必要など無い――全ての問題を暴力で解決しようというのは、愚か者の考えだ。1-Sへと引き込み、絶えず私の管理下に置いておけば――彼女が私達に仇為す可能性は未然に防ぐ事が出来る。明智音子という人生初の“友達”に依存させ、その思考を私の望む方向へと上手く誘導する事が出来れば、いずれ味方に付ける事も可能になるだろう。

 …………。

 何にせよ――爆弾処理は、ひとまず第一段階は完了だ。何から何まで、ほとんどがアドリブだった事を思えば、十分に上等な結果と言っていいだろう。全てはこれからとは言え、最初の一歩を順調に踏み出せた成果は大きい。

「……“友達”、か。何ともまあ、チョロいものだよ」

 友達。それが、黛由紀江の手綱を握るためのキーワードだった。ずっと孤独で、心許せる友人を欲していたという彼女。その姿は、心で繋がれる真の家族を欲していたかつての私と重なって――だからこそ、説き伏せるのは容易だった。孤独の辛さも痛みも、私は嫌というほど知っている。由紀江のような種類の人間が求めるものを、私は誰よりも知っているから。

「あはは、ご主人が私を口説き落とした時も、こんな気分だったのかな」

 自虐的に、哂う。

 所詮は、仮面だ。1-Sの悪辣な暴君として振舞っている私も、孤独な少女を慈愛の眼差しで思い遣る私も、等しく猫被りの賜物に過ぎない。“本当の私”などと、嘘八百もいいところだ――私が本当の私でいられる居場所は、何時でもたったの一つなのだから。

 “友達”などという甘美な虚像に騙されているとは夢にも思わず、滂沱の涙まで流して喜んでいる由紀江の姿に、欠片も罪悪感を覚えていないと言うと嘘になる。彼女の純粋さと自身の醜悪さを見比べて、拭えぬ劣等感を覚えていないと言うと嘘になる。

 しかし――そんな事は所詮、些細な感傷に過ぎなかった。私の胸を充たしている、この得も言わぬ達成感と満足感に比べれば、塵芥の価値も無い。

 そうだ。私はきっと、役に立てた。織田信長の手足として、彼の信頼に応える事が出来た。

 だったら――私は汚くてもいい。泥に塗れていても嘘に塗れていても血に塗れていてもいい。醜悪でも劣悪でも極悪でも罪悪でも最悪でも、どんな不名誉な汚名でも一身に引き受けてやる。

 やっと見つけた、大事な大事な家族を護る為なら、私はあらゆるものを切り捨てられる。

 それが私の、たった一つの想い。私を突き動かす、掛け替えのない“意志”。


「……ご主人」
 

 ふと手を伸ばして、自分の髪に触れる。クセのあるネコっ毛が、指に絡みつく。


 力強くも優しい指先の、温かい感覚が、鮮明に蘇った。


「―――また、撫でてくれるかな?」


















~おまけの???~


「いよいよ明日から侍の国の寺小屋に通うのか……。ふふふ、楽しみだな~楽しみだな~」

「クリス、今晩もライン川のように美しい。だが、そろそろ眠っておきなさい。ふふ、転校初日から朝寝坊などしては、精勤な日本人に笑われてしまうぞ?」

「はい父様、分かっています。……父様、これから自分の通う日本の寺小屋には、武士の子息が通うと聞きました。かの名高い謙信公や信長公のようなサムライと、学び舎を共に出来ると」

「うむ、その通りだクリス。川神学園の学長は、私の知る限り最も偉大なサムライの一人。彼の教え子ならば、戦国の英雄にも劣らない者達に違いあるまいよ」

「ふふふ、今から楽しみで仕方ありません、父様。真のサムライ達と肩を並べて勉学に励めるとは、自分は幸せ者です!」

「ああ、サムライの高潔な精神を学ぶ事はクリスにとっても貴重な経験になるだろう。存分に楽しみなさい。ふふ、だが今日はもう眠った方が良いな。ベッドに入ってもすぐには寝付けないかもしれないが、それもまた醍醐味というものだ」

「はい!お休みなさい、父様!――ふふ、ふふふ、楽しみだな~」






 



 という訳で幕間はこれにて完結。正直、ここまで長引くとは想定外でした。
 今回の話は視点が頻繁に切り替わる上に、ネコがナチュラルに嘘吐きなので色々とややこしい事になっていますが、最後のネタ晴らしが真相でした。悪女は褒め言葉です。
 また、感想言及率がかつての前田君並に高かったオリキャラ・カニカマについて紹介しておきます。
 
 可児鎌慧(かに かまえ)。1-S所属、出席番号10番。名前の元ネタは、言わずと知れた戦国の猛将“笹の才蔵”から。愛称子分A。180センチの長身と驚くべき虚乳の持ち主で、ねねと並ぶと対比で互いに悲惨だとか。ねねにカマ呼ばわりされたのは高身長への僻み説が有力。本編では特に触れていないが太眉。特技はパシリ、ついでに諜報。基本的にボスと慕うねねに対しては卑屈な程に従順だが、それは“弱肉強食”を信条としているからであって、自分よりも弱いと判断した者には割と高圧的。要するに小物である。ムサコッスの事は敬っているように見えて実はそうでもない。実力は謎に包まれているが、果たして?

 さて、次からは新章開始という事で、ようやく原作時期突入になります。これから少し家を空けなければならないので、更新は遅れるかもしれませんが、どうか気長にお待ち頂けると幸いです。それでは、次回の更新で。
 


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