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No.13860の一覧
[0] 俺と彼女の天下布武 (真剣で私に恋しなさい!+オリ主)[鴉天狗](2011/04/15 22:35)
[1] オープニング[鴉天狗](2011/04/17 01:05)
[2] 一日目の邂逅[鴉天狗](2012/05/06 02:33)
[3] 二日目の決闘、前編[鴉天狗](2011/02/10 17:41)
[4] 二日目の決闘、後編[鴉天狗](2009/11/19 02:43)
[5] 二日目の決闘、そして[鴉天狗](2011/02/10 15:51)
[6] 三日目のS組[鴉天狗](2011/02/10 15:59)
[7] 四日目の騒乱、前編[鴉天狗](2011/04/17 01:17)
[8] 四日目の騒乱、中編[鴉天狗](2012/08/23 22:51)
[9] 四日目の騒乱、後編[鴉天狗](2010/08/10 10:34)
[10] 四・五日目の死線、前編[鴉天狗](2012/05/06 02:42)
[11] 四・五日目の死線、後編[鴉天狗](2013/02/17 20:24)
[12] 五日目の終宴[鴉天狗](2011/02/06 01:47)
[13] 祭りの後の日曜日[鴉天狗](2011/02/07 03:16)
[14] 折れない心、前編[鴉天狗](2011/02/10 15:15)
[15] 折れない心、後編[鴉天狗](2011/02/13 09:49)
[16] SFシンフォニー、前編[鴉天狗](2011/02/17 22:10)
[17] SFシンフォニー、中編[鴉天狗](2011/02/19 06:30)
[18] SFシンフォニー、後編[鴉天狗](2011/03/03 14:00)
[19] 犬猫ラプソディー、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:50)
[20] 犬猫ラプソディー、中編[鴉天狗](2012/05/06 02:44)
[21] 犬猫ラプソディー、後編[鴉天狗](2012/05/06 02:48)
[22] 嘘真インタールード[鴉天狗](2011/10/10 23:28)
[23] 忠愛セレナーデ、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:48)
[24] 忠愛セレナーデ、中編[鴉天狗](2011/03/30 09:38)
[25] 忠愛セレナーデ、後編[鴉天狗](2011/04/06 15:11)
[26] 殺風コンチェルト、前編[鴉天狗](2011/04/15 17:34)
[27] 殺風コンチェルト、中編[鴉天狗](2011/08/04 10:22)
[28] 殺風コンチェルト、後編[鴉天狗](2012/12/16 13:08)
[29] 覚醒ヒロイズム[鴉天狗](2011/08/13 03:55)
[30] 終戦アルフィーネ[鴉天狗](2011/08/19 08:45)
[31] 夢幻フィナーレ[鴉天狗](2011/08/28 23:23)
[32] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、前編[鴉天狗](2011/08/31 17:39)
[33] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、中編[鴉天狗](2011/09/03 13:40)
[34] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、後編[鴉天狗](2011/09/04 21:22)
[35] 開幕・風雲クリス嬢、前編[鴉天狗](2011/09/18 01:12)
[36] 開幕・風雲クリス嬢、中編[鴉天狗](2011/10/06 19:43)
[37] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Aパート[鴉天狗](2011/10/10 23:17)
[38] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Bパート[鴉天狗](2012/02/09 19:48)
[39] 天使の土曜日、前編[鴉天狗](2011/10/22 23:53)
[40] 天使の土曜日、中編[鴉天狗](2013/11/30 23:55)
[41] 天使の土曜日、後編[鴉天狗](2011/11/26 12:44)
[42] ターニング・ポイント[鴉天狗](2011/12/03 09:56)
[43] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、前編[鴉天狗](2012/01/16 20:45)
[44] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、中編[鴉天狗](2012/02/08 00:53)
[45] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、後編[鴉天狗](2012/02/10 19:28)
[46] 鬼哭の剣、前編[鴉天狗](2012/02/15 01:46)
[47] 鬼哭の剣、後編[鴉天狗](2012/02/26 21:38)
[48] 愚者と魔物と狩人と、前編[鴉天狗](2012/03/04 12:02)
[49] 愚者と魔物と狩人と、中編[鴉天狗](2013/10/20 01:32)
[50] 愚者と魔物と狩人と、後編[鴉天狗](2012/08/19 23:17)
[51] 堀之外合戦、前編[鴉天狗](2012/08/23 23:19)
[52] 堀之外合戦、中編[鴉天狗](2012/08/26 18:10)
[53] 堀之外合戦、後編[鴉天狗](2012/11/13 21:13)
[54] バーニング・ラヴ、前編[鴉天狗](2012/12/16 22:17)
[55] バーニング・ラヴ、後編[鴉天狗](2012/12/16 22:10)
[56] 黒刃のキセキ、前編[鴉天狗](2013/02/17 20:21)
[57] 黒刃のキセキ、中編[鴉天狗](2013/02/22 00:54)
[58] 黒刃のキセキ、後編[鴉天狗](2013/03/04 21:37)
[59] いつか終わる夢、前編[鴉天狗](2013/10/24 00:30)
[60] いつか終わる夢、後編[鴉天狗](2013/10/22 21:13)
[61] 俺と彼女の天下布武、前編[鴉天狗](2013/11/22 13:18)
[62] 俺と彼女の天下布武、中編[鴉天狗](2013/11/02 06:07)
[63] 俺と彼女の天下布武、後編[鴉天狗](2013/11/09 22:51)
[64] アフター・ザ・フェスティバル、前編[鴉天狗](2013/11/23 15:59)
[65] アフター・ザ・フェスティバル、後編[鴉天狗](2013/11/26 00:50)
[66] 川神の空に[鴉天狗](2013/11/30 20:23)
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[13860] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、中編
Name: 鴉天狗◆4cd74e5d ID:d4373f8d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/09/03 13:40
 黛由紀江には友達が少ない。

―――というのは実のところ見得と願望の多大に入り混じった誇張表現で、残念ながら現実はもっと非情である。

 言い直そう。

 川神学園1-C所属、黛由紀江には、今日も今日とて友達が皆無であった。

「うん、このだし巻き卵、味が染みてて美味しい。鰤の照り焼きもほどよい甘辛さです」

『おうおう毎朝毎朝人知れず台所に立った成果バッチリじゃねーかよまゆっち。コレ真剣で世界狙えるんじゃねー?』

 もっとも、机の上に弁当箱と並べて置かれた木彫りの馬のマスコットを“友達”としてカウントしてしまって良いならば、また話は別だが。

 由紀江は常に肌身離さず持ち歩いている一心同体の相棒――松風に、自虐的な表情で言葉を返す。

「まあ入魂の弁当も食べてくれる人は世界どころか私一人だけなんですけどねフフフフフ」

『オラがいるじゃねーかまゆっち。オラ小食だから一緒に食べてはやれねーけどいつでも傍にいるんだぜロンリーベイベー』

「うぅ、ありがとうございます松風……私は挫けません。いつか自分以外の誰かの口から“この手作り弁当チョーまいうー!”と言わせてみせます!」

 古来より、人間という生物は未知なるモノを恐れ、敬遠することを生来の習性としてきた。それ故に、黒い馬型の携帯ストラップと腹話術で一人漫才を繰り広げ、正真正銘の日本刀を常に持ち歩いている、武士の如く精悍な顔付きの女子高生――という何とも奇怪珍妙極まりない存在を、1-Cのクラスメートの誰もが戦々恐々の面持ちで遠巻きに見守っていたとしても、それは至極当然の現象であると云えよう。

 しかしいつでも当事者だけはそんな“当然”に気付けないもので、由紀江は未だに自分が周囲に避けられている理由の大半を正確には把握していない。精々、口下手なのが悪いのかなーだとか笑顔を作るのが苦手だからなのかなーだとか、決定的にズレた方向に反省している程度だ。寮の自室で相棒の松風を相手に挨拶やトークの練習をしてみたり、姿見を前に笑顔の練習をしてみたり、はたまた出来る見込みもない友達に備えて手作り弁当を余分に用意してみたり、目的達成の為の涙ぐましい努力自体は欠かしてはいないのだが、それ以前に直すべき部分が色々とあるという歴然の事実に気付いていなかった。そもそもの友人がゼロと言う事で常識に沿った指摘をしてくれる相手もおらず、そんな訳で由紀江の夢見る壮大な“友達百人計画”は、入学以来、未だに一歩も進展していないのが現状である。嗚呼、輝ける未来は何処。

 こうして一人と一匹(?)で過ごす昼休みの時間も、既に二桁を越えている。よもやこのまま三桁の大台に突入するのではなかろうか、と由紀江が笑えないネガティブ思考に囚われ掛けているのも無理からぬ事である。育ちの良さを窺わせる上品な仕草で箸を置いて、どんよりと重苦しい溜息を吐く。

「はぁ。友達、欲しいなぁ……何がいけないんでしょうかね?」

『やっぱガッツじゃねーかなー。猛吹雪にも屈しない北陸娘の熱いハートってヤツをガンガン前面に押し出すべきじゃねーかとオラ思うんだ』

「熱いハートですか……」

 そう言われて思い出すのは、約一週間前の出来事。明智音子と、武蔵小杉――川神学園第一学年の中で最も生徒達の注目を集めている1-S所属の二人組の姿だった。彼女達が繰り広げた決闘の様子は、今でも由紀江の目に焼き付いている。正確には決闘内容そのものではなく、闘いを終えた後に向かい合った二人が交わした、熱く力強い握手。そして、それ以降に所々で見掛けるようになった二人の仲睦まじい姿は、由紀江の心に鮮烈な印象を残した。

―――闘争によって結ばれる絆。そういうモノは、確かに実在するのだ、と。

 そうだ。拳と拳をぶつけ合い、心と心で語り合った結果として育まれたものが、彼女達の友情なのだとしたら。人間関係においてどうしようもなく不器用で、人付き合いのイロハも知らない自分でも、或いは参考にする事が出来るかもしれない。そんな風に考えると、由紀江は“実力を隠し通す”という、入学前に自分の中で固めた決心が揺らぐのを感じた。静かに目を閉じて、己の魂とも言うべき愛刀を収めた布袋を、両手でぎゅっと握り締める。

 “黛”は、武士の家系だ。先祖代々受け継がれてきた由緒正しい武家で、正しく名家と言って良い。実際、地元の加賀では高貴なる家柄として人々から大いに畏敬の念を向けられている。何より黛家当主である由紀江の父は、僅かでも武に関わる者であれば知らぬ者などいないと断言出来る程の、まさに稀代の剣客と云うべき武人であった。“幻の黛十一段”“剣聖”――日本国内に留まらず、世界規模で其の名声は鳴り響いている。

 そして、父の偉大なる才能は、血を受け継ぐ由紀江にも如実に顕れた。両親の温かくも厳格な教育指導の下、見事に剣の資質を開花させた由紀江は、類を見ない早熟さで腕を上げていった。同年代の子供達はおろか、大人の剣客ですら太刀打ち出来ない域に到るまで、さほどの時間は要さなかった。

 だが、だからこそ――周囲の子供達は、気付いてしまったのだろう。黛由紀江という少女が“自分達とは違う”という事に。元々、地元の名士の令嬢という事で近寄り難い存在であった上に、他でもない由紀江自身の能力もまた異質となれば、皆が敬遠するのは当然だったのかもしれない。常にVIP扱いだったので迫害を受けるような事こそなかったが、幾ら望んでも欲しても、友達は一人も出来なかった。小学校でも中学校でも、ずっと孤独に耐え忍んできた。

 だから、変えようと思ったのだ。故郷の北陸を遠く離れれば、名士の令嬢として地元の人々に敬われる事はないだろう。剣聖の娘という肩書きだけは何処までも付いて来るだろうが、偉大な父は間違いなく自身の誇りなので気に留める必要はない。あとは剣士としての並外れた実力を隠しさえすれば、ごくごく普通の女子高生の誕生だ。余計な色眼鏡を通さず、由紀江自身を見てくれる友達も現れるに違いない。もしそうなったら、沢山の心許せる友達に囲まれて、今度こそは光輝く花の学生生活を満喫しよう。

――という希望に満ちた妄想は脆くも打ち砕かれて久しいのだが……だからと言って自暴自棄になっていては仕方がない。隠している実力を安易に表に出せば、元の木阿弥だ。まだ残っている希望すらも完全に息の根を止めてしまう結果になるかもしれない。しかし逆に、1-Sの二人の例に見られるように、培ってきた武を通じて心を通わせる友人を得られるかもしれない。

「あああぁ悩ましい……松風、一体私はどうすれば!?」

『まさに人生の分岐路だコレ。ここでうっかり選択肢ミスっとそのままぼっちEND直行の予感~。考えろ考えろマユガイバー!』

「むむむむむっ」

 虚空を睨みつけて苦悩する由紀江は知らず知らずの内に眉間に皺を寄せ、目を刀刃の如き鋭さで光らせていた。全身より溢れ出る猛烈な気迫に周囲のクラスメート達が怯えて避難を開始していたが、やはり当人はまるで気付いていない。

――1-C教室の戸が、外側から無造作に開かれたのは、そんな折であった。

 はっ、と周囲の生徒達が一斉に息を呑む音によって懊悩から現実へと引き戻されて、つられる様に彼らの視線を追った由紀江は、思わず目を見開く。

 教室の戸口に立っているのは、今まさに脳裏に描いていた二人だった。クラスメートを下僕扱いして傍若無人の限りを尽くしていると噂の悪名高き1-S委員長・明智音子と、そんな彼女と対等に口を利ける唯一の友人と噂される生徒・武蔵小杉。その彼女達に加えてもう一人、何故か笹の葉を口に咥えた長身の女子生徒が、やたらと威張るように胸を張って1-Cの生徒達を威嚇している。こちらは由紀江の知らない人物だ。

「うふふふふ、御機嫌よう、1-Cの愚民ども。お邪魔致しますわ、小汚いところだけどお構いなくゆっくりしていくよ」

 1-Sに君臨する暴君の突然の来訪に当惑し、揃って硬直している1-Cの生徒達を見渡しながら、明智音子は鷹揚に言い放った。その口元に浮かぶ嘲るような冷笑と、細められた双眸に宿る怜悧な光が、非友好的な雰囲気をこれでもかと醸し出していた。どのように対応すべきか計りかねて、クラスの誰もが来訪者から目を逸らし、顔を俯けて黙り込む。自然の内に、シーン、と凍り付くような寒々しい静寂が広がった。

「やいやい愚民ども!こうして我らがボスが直々にお出ましになったってのに、シカトぶっこくたぁイイ度胸ッスね。そんな舐めた態度取って、泣いたり笑ったり出来なくされちゃっても知らないッスよ!ボスに!」

「いやそこは自分でやるべき所でしょ普通は。虎の、いや猫の威を借る狐ってトコ?見事なまでに雑魚っぽさ丸出しね……。なんでアンタがそこまで威張れるのか理解に苦しむわ。カニカマのクセに」

「カニカマ言わないで下さいッス!名前は関係ないッス!つーか万が一ヨソのクラスでそのハイパー不名誉な呼び名が広まっちまったらどう責任取ってくれるんスかムサコッスの姐さん!」

「ムサコッスも姐さんもやめろっつってんでしょーが!ははーん、どうやら子分Aの分際でプッレ~ミアムなこの私に喧嘩売ってるようね。上等じゃない、その喧嘩プレミアムに買ったわ!」

「望むところッス!不肖この可児鎌慧、例え相手が武蔵の姐さんと言えど、ボスの横暴以外の理不尽には断じて屈しない所存ッスよ!」

「――キミ達さぁ、いい加減に黙らないとそろそろ真剣で黙らせるよ?私はわざわざ身内の恥を晒す為に余所のクラスまで出向いたワケじゃないんだからね」

 1-Cの生徒達を置いてけぼりにしてコントじみた騒ぎを始めた二人を殺人的な目付きで睨みつけて一息に黙らせると、ねねは当然の権利を主張するかの如く悠々と教壇に立ち、そこから1-C全体を見下すようにして傲然と睥睨した。

「さて、有象無象と言葉を交わしたところで何も始まらないし、時間の無駄だ。ここはさっさと代表を出して貰おうかな。1-C委員長の、えーっと……名前は何だったかな、子分A?」

「へいへい、ちょいとお待ちを。1-Cの委員長は……っと。あ、そうだそうだ、芹沢進ってヤツッスね。どれどれ、身長172センチ体重60キロ、趣味は読書と音楽鑑賞。好物は豚骨ラーメン。へっへっへ、そんでもって好きな女子は同じ1-Cの―――」

「うわぁあぁっ!やめてくれ、後生だからやめてくれ!てか何で知ってるんだよそんなコト!?」

 ニヤニヤしながらレポート用紙を読み上げる鎌慧を遮るように絶叫しながら、一人の男子生徒が椅子を蹴っ飛ばして立ち上がる。眼鏡以外は取り立てて特徴の無い地味な少年で、由紀江はまだ彼と言葉を交わした事は無かった。もっともそれは大概の生徒が当て嵌まってしまうという悲しい現実はさておき、『真面目そうだから』という適当な理由でクラス委員長に祭り上げられてしまった芹沢少年は、哀れにもその押し付けられた肩書き故に邪悪な悪魔に目を付けられる羽目になったのである。鎌慧は手に携えたレポート用紙を得意げにちらつかせて、にんまりと満面の笑みを浮かべた。

「へっへっへ、自分のプロファイル能力を甘く見て貰っちゃ困るッスよ。この学園に関わる事で、自分に調べられないモノなんてほとんどないッス。“魍魎の宴”なるえっちぃ秘密の会合の存在も、君が毎度毎度ハッスルしてそれに参加しちゃってる煩悩まみれのムッツリ君だって事もバッチリハッキリ知ってるんスよ?」

「わかった!わかったからもうやめてくれ!僕の社会的ライフはもうゼロだから!」

 必死の形相で叫ぶ芹沢少年の姿に、“魍魎の宴”って何だろう、と由紀江は内心首を傾げる。今まさに吊るし上げを食らっているクラス委員長以外にも何人かの男子生徒が顔色を青褪めさせているところを見ると、取り敢えず碌でもない会合の類であることは間違いないのだろうが。

「まあ子分Aはともかく、私はキミなんかの個人情報には欠片も興味無いから安心しなよ、1-C委員長。さて、1-S委員長たるこの私が、わざわざキミ達みたいな低脳連中の巣窟に足を運んだ理由、キミには判るかな?」

 嬉々としてネズミをいたぶる猫を思わせる、嗜虐的な眼差しで芹沢少年を見据えながら、ねねは謳うように問い掛ける。

「そ、そんなコト知らないよ。僕に判る訳ないじゃないか……」

「ふぅぅん?へぇ、そう。まあ、最初から期待はしてなかったけどね。無能に何かを期待するほど理に適わない事は無いんだからさ。――解答が分からないお馬鹿さんなキミの為に、温厚篤実な私が正解を告げてあげるとしようかな。あのね、キミ達のクラスに太田何とかって生徒がいるでしょ?ゴリラみたいな」

「うん、確かに太田さんはウチのクラスだし、言われてみればゴリラにとても似てるけど……それが何か?」

 大人しい顔して結構言いますねこの人、と由紀江は内心で冷や汗を垂らした。クラスメートなので当然だが、太田という女子生徒には覚えがある。鍛えた肉体を周囲に見せびらかし、取り巻きを連れて傍若無人に振舞っていた。なるほど思い返してみれば確かに、記憶に残る姿はゴリラそのものだったかもしれない。

「実はさぁ、さっきそのゴリラ御一行が何の断りも無く1-Sに侵入してきたんだよねぇ。私の神聖な領地に汚い足でズカズカと……それだけでも十二分に許しがたい所業なのにさ、加えてあのゴリラときたら、クラス委員長たるこの私を口汚く侮辱してくれたんだよ。事もあろうに、人様の身体的特徴をあげつらって耳障りな笑い声を上げてくれたんだ。それだけに留まらず、身の程を弁えず私に決闘を申し込んでくる始末さ。やれやれ全く、もはや笑うしかないね。これはもう1-Sへの立派な宣戦布告だと受け取っても仕方ないでしょ?という訳で、私自ら敵地たるこの教室へとこうして足を運んだという事さ。どうだい、私の懇切丁寧な説明で、キミの足りない頭脳でも理解が及んだかな?」

「わ、分かったけど……そんなの、太田さんが勝手にやったことじゃないか!どうしてそれで僕が責められなきゃいけないんだよ!」

 半ば悲鳴の如き1-C委員長の訴えに、ねねは酷薄に目を細めた。心底くだらないモノを見るような、ぞっとするほど醒め切った眼。

「……ハァ。私はキミ達の事を無能だ低脳だとは常々思ってたけど、正直言って想像以上だよ。ねぇ、キミはそれでも1-Cのクラス委員長なの?委員長っていうのはすなわちクラスのリーダー、一群の主なんだよ?クラスメートの行動にある程度の責任を持つのは当然じゃないか。手綱を取れずに放置していたって言うなら尚更ね。ゴリラに関しては私直々に然るべき制裁を与えてやったけどさ、それ以前にこんな事態が起きないよう未然に防ぐのがキミの役割じゃないの?お陰でお宅のゴリラさんは骨折り損のくたびれ儲けだよ――“文字通りに”ね。くふふ、あはははははっ」

 愉快げに哄笑するねねの台詞に、生徒達は不安げな面持ちで教室を見渡した。話題に挙がっている太田の姿が見当たらない事に気付き、1-S教室で彼女の身に降り掛かったであろう災難を想像して、再び顔色を青くする。芹沢少年はますます縮み上がりながら、蚊の鳴く様な弱々しい声で反論を試みていた。

「いや、でも……僕はただ押し付けられただけだし、それにたかがクラス委員長にそんな」

「――まぁ、そもそも私の言ってる事を理解できるような人材の集まったクラスなら、何の覚悟も心構えもない人間をリーダーに据えたりしないか。仕方ないよね、所詮凡俗のキミ達は、選ばれたエリートの私達とは違うんだから。人間誰しも無能である権利を生まれ持ってる訳だし、余計な口出しはやめよう。私がキミ達に言いたいのはね……目的意識のない、掲げるべき志の欠如した無知蒙昧な愚民どもは、黙って私達に従うべきだってコトさッ!」

 教壇の上で大仰に両手を広げて見せながら、明智音子は揚々と嘯いた。胸の前で両腕を組んで、今まで黙したまま話を聴いていた体操服の少女――武蔵小杉が、続けて口を開く。

「私達には野心がある。人の上に立とうって気概がある。そして何より、それを現実に成し得るだけのプッレ~ミアムな“実力”があるワケ。アンタらが何の目的もなく惰性でダラダラ生きてる間に、努力を重ねて身に付けた力が、ね。アンタら如きと同列に見られると、こっちとしてはイイ迷惑なの。わ・か・る?」

 胸中に抱く優越感とプライドを嫌というほど感じさせる語調で、嘲る様に言い放つ。

 そして三人目、可児鎌慧は先程までの小物っぽい雰囲気を欠片も思わせない、凛とした表情で1-Cを見渡した。

「結局、弱肉強食がこの世の理なんスよ。この川神学園に籍を置いてる限り、学生だろうと例外じゃないッス。その考え方に文句を付けるって言うなら、幾らでもある高校の中からわざわざここを選んだのは何故ッスか?“競争”こそがこの学園の基本ルールだってコトくらい、入学前からちゃーんと判ってた筈ッスよ?自分にしてみれば、君達みたいにちっとも自分を磨こうとしない連中の方こそ理解できないッス。ちぃっと気に喰わないんではっきり言わせて貰うッスよ。―――意志が無いなら、逆らうな」

 あたかも白刃で斬り付けるような鋭い言葉が、教室の隅々にまで浸透する。

 それは、紛れもない暴論だった。1-Sの三人が論じた、エリートの傲慢そのものと云える物言いに心底から納得し、同調している者など皆無だろう。大なり小なり、クラスメートの殆どが何かしらの反感を覚えている筈だ。

 しかし――反論の声は、上がらない。委員長を含め、誰もが悄然と顔を俯かせ、押し黙っている。

 理由は、あまりにも単純明快。彼女達が、“強い”からだ。教壇の上に傲然と構えているエリート達が、1-Cクラスの誰よりも優れているから。そこに立っているだけであらゆる反論を封殺出来てしまえるほどの、正真正銘の強者だからだ。下手に逆らえば、クラス委員長の如く、秘匿すべき個人情報を大衆の前で剥き出しにされてしまうかもしれない。或いは帰って来ない太田の如く、圧倒的な暴力の餌食にされてしまうかもしれない――そんな目に見える未来図への恐怖が生徒達の反抗心を抑え付け、各々の身体を椅子に縛り付けているのだ。

 黛由紀江もまた、同じ。膝の上できゅっと両手を握り締めて、ただただ沈黙を守ることしか出来なかった。

 同じく“力”を所有する者として、彼女たちの独善的な思想が正しいとは思わない。しかしだからと言って、ここで立ち上がり、敢然と反論を述べることが何になるのだろう。確かに、由紀江の力――隠し通してきた武力を以ってすれば、彼女達を無理矢理に捻じ伏せて、1-Sへと追い返す事は可能だろう。父より受け継いだ武には確かな自信がある。由紀江の見立てでは、壇上の三人ともが間違いなく平均レベルを越えた武人だ――特に中央に立つ明智音子という少女は、隙の見当たらない立ち振舞いからしても、学生の域に留まらない相当な実力者である事が窺えた。しかし、それすらも凌駕するだけの武を磨き上げてきた自負が、由紀江にはある。或いは彼女たち三人を同時に相手取る事になっても、まず確実に切り抜けられる能力が――ある。

 だが、それを実行に移す事に果たして意味はあるのだろうか。理ではなく武を以って、力尽くで相手の意見を挫き、退けるという行為は、結局のところ彼女達の掲げる思想を肯定しているに等しい。そして何より――ひた隠しに隠してきた“力”を衆目に晒せば、由紀江はまたしても“異物”になってしまうだろう。ただでさえクラス内で孤立してしまっているというのに、この力までも露見してしまったら……きっと、誰も由紀江自身を見てくれる事はなくなる。独りになるのは、もう嫌だ。内より湧き出でる悲痛な心の叫びが、由紀江を強固に引き留めた。

 駄目だ。やはり他のクラスメートに倣って、口を閉ざしてやり過ごそう。

 本当にそれでいいのか、と胸の奥より湧き上がる疑問を押し殺して、そう心を決め掛けた時――視線を感じた。反射的に、顔を上げる。思わず、上げてしまう。

「……あっ」

 その瞬間――明智音子と、目が合った。感じた視線の主は、彼女だった。彼女はニヤニヤと口元に邪悪な笑みを貼り付けて、何かを見透かそうとするかのような鋭い目で、じっと食い入るように由紀江の顔を見つめている。え、あれ、なんで。どうしようもなく想定外の事態に、由紀江の脳内は一瞬にしてパニック状態へと陥った。一度バッチリと合ってしまった視線を逸らす訳にはいかず、真っ直ぐにねねの方へと顔を向けたまま、彫像の如く由紀江は硬直する。結果として生ずるは、一対一の火花を散らす睨み合い。

 奇妙な緊迫感に満ちた時間が数秒ほど続いてから、ねねはようやく視線を逸らした。その事実に安堵の吐息を漏らす間もなく――ねねは1-C生徒達に向けて、新たな爆弾発言を投下したのであった。

「さて、キミ達がこのまま何の反抗もせずに尻尾を伏せて黙っていたなら、1-Cは速やかに私達1-Sの支配下に収まって貰うところだったんだけど……どうやら全員が全員、己の意志を持たない木偶の坊だったって訳でもないみたいだね。やっぱりどれほど枯れ果てた不毛の土地にも人物は居るみたいだ――ねぇ、黛由紀江さん?」

「はぁうっ!?」

 唐突に読み上げられた自分の名前と、一瞬の内に全方位から突き刺さる視線に、思わず突拍子もない奇声が飛び出た。しかし、それも無理からぬ事だろう。何せねねの言葉を受けたクラスメート全員及び1-Sの二人が由紀江の方へと一斉に首を曲げて、多種多様な感情を込めた目を向けているのだ。盛大に混乱した由紀江の表情は、あたかも敵を眼前にした武人の如く精悍に強張り、目付きは抜き身の刃を思わせる様相を帯びてきているのだが、やはり当人は気付かない。

「さすがは剣聖・黛十一段の御息女、そんじょそこらの有象無象とは身に纏う気迫が違うね。そんな風に険しい目で睨んでくるって事は、やっぱりアレかな。座して私達の支配を受け入れる気はないという、無言の意思表示ってヤツ。くふふ、百の弁舌よりも一の眼力を以って雄弁な返答と為す――武士らしくて恰好いいじゃないか。私の領分とは違うけれど、そんな無骨さはキライじゃないよ」

「いえいえいえいえ!?えっとあのこれはそういうのとは違いましてですね」

『エマージェンシーエマージェンシー!超ヤベー予感がプンプンしやがるぜまゆっち!』

 ガタン、と立ち上がって全身のジェスチャーで否定の意を示そうと試みる由紀江であったが、そんな必死の弁明も、ねねは鼻で笑うだけだった。

「あはは、いまさらそんな風に道化を演じてどうしようって言うのかな?もう賽は投げられちゃったんだ。キミが一人の戦士として、不撓不屈の眼差しで私を射抜いたその瞬間に、ね。ここにきてジタバタするのは少しばかり見苦しいよ」

「あぅあぅ、松風、何やら致命的な誤解が発生してしまっています……」

『間違いねーぜ、この娘っ子、百%人の話聞かねータイプだ……ひょっとしてコレ詰んでるんじゃね?』

 由紀江が一心同体の相棒と悲観的な意見を共有している間にも、事態は容赦なく進む。ねねは教壇の上からアクロバティックに跳躍し、軽やかに身を翻して由紀江の目の前へと降り立った。そして、至近距離から顔を覗き込むようにしながら口を開く。

「キミがあくまで屈しないなら、私には1-Sの誇りに賭けてキミを打ち負かす必要性が生じてくる訳だけど――さて、武力に知力、財力に権力、体力に精神力、はたまた統率力なんて分野もあるね。どんな勝負をお望みかな?まあ愚問か、何と言っても世に名高き剣聖の娘なんだから、答えはわざわざ聞くまでもないよね」

「いえあのですから私はそんな」

「それじゃあお相手は1-Sクラス委員長たるこの私が――と言いたい所だけど。あんまりトップばかりが張り切り過ぎて見せ場を独占しちゃうと、組織が上手く回らなくなるんだよね。色々なしがらみの所為で自由気侭に動けなくなるのは統率者の辛い所だよ、全く。ってワケで、出番だよムサコッス~」

 おもむろに振り返りながら声を掛けると、武蔵小杉はムスっと不機嫌そうな顔で腕を組んだ。

「ムサコッスゆーなっての。う~ん、剣聖・黛十一段の娘……ネームバリューはプレミアムに十分。そういう意味では確かに私の相手を務めるに相応しいケドさ」

 小杉はねねに続いて由紀江の傍まで歩み寄ると、ジロジロと無遠慮な視線を寄越した。

「ふむふむふむ。んー、やっぱり何ていうか……いまいち覇気を感じないわねー。プレミアムな私の目から見て、あんまり強そうに見えないわ。“氣”もさっぱりだし。倒しても私の名前に箔が付くって程の大物じゃないみたいだけど」

「ええ、ええその通りです!私なんてまだまだ未熟でッ!貴女方の相手なんてとてもとても」

「うんうん、そうよねー。プレミアムに残念だわ」

 眼前の少女の如く武の嗜みがある者に実力を見抜かれない為に、意図的に“氣”を消すように常日頃から心掛けておいて本当に良かった、と心から安堵する由紀江であったが、ようやく見えた一筋の光明は、しかし続くねねの無慈悲な言葉によって儚く消え去る事になった。

「やれやれだねぇムサコッス、そんなだからキミはムサコッスなんだよ。“氣”の総量なんて、実力の指標の中では一番容易に誤魔化せるモノの一つじゃないか。実際、私だってやろうと思えばほぼ完全に消せるよ。異常に多いって言うならともかく、異常に少ないってのは何の参考にもならないさ。あはは、そんな曖昧なものを当てにしてる時点で武道家としての器が知れちゃうね。迷惑だから私の好敵手を名乗るのやめてくれないかな?」

「む、相変わらず好き放題言ってくれるわね……!いいわ、そこまで言うならやってやろうじゃない。例えアンタがその良く回る口で何を言おうが、私がプレミアムに勝利する結果は揺るがないって事を証明してやるわ!」

 拝啓、父上様。由紀江の友達百人計画はどうやら、入学一ヶ月目にして早くも泡沫の夢と消えそうです。

 るるる、と心中で滂沱の涙を流す由紀江であったが、諦念に支配されかけたその時、ふと新たな考えが首をもたげた。

 何もそこまで悲観的に考える必要はないのではないだろうか。勝負が避けられないとは言っても、それは別に実力を隠し通せなくなる事とイコールではない。戦うだけ戦って無様に敗北してしまえば、己の武力を衆目に晒す必要はないだろう。

 そうだ――戦いの際に自分が全力で手を抜きさえすれば、全ては解決するのでは?

「それです、それですよ松風!快心の一手ここにありです!」

『さっすがまゆっち冴えてんな~。死ぬっくらい手加減するだけでいいとかヤベー、これぞサルでも出来るカンタンなお仕事ってヤツ?』

 まさに天啓の閃きと言うべき発想に、由紀江は相棒と喜びを分かち合う。――目の前に第三者が立っていることを、見事に失念して。

「――ふ、ふふふ、随分と……言ってくれるじゃないの」

「え?」

『あ』

「死ぬくらい手加減?サルでもできる?――プレミアムにトサカに来たわ……。剣聖の娘だか何だか知らないケドさぁ」

 ブツブツと口から漏れ出るは、不気味に平坦な呟き。恐る恐る様子を窺えば、小杉は怒りのあまりかプルプルと小刻みに痙攣していた。これは間違いなく、誰がどう見ても完全に、キレている。

 これまで直接的な接触の無かった由紀江には知る由もない事であったが、武蔵小杉という少女は1-Sの誰よりもエリートとしてのプライドが高く、そして何より……短気だった。故に、公衆の面前で最大級の侮辱を受けたと認識中の現在、彼女の理性が吹き飛んだのは当然の帰結と言えよう。

「――この私をッ!ナめてんじゃないわよッ!!」

 その結果、決闘の申し込みやルール確認といった、段階を踏んだ手続きの一切を無視して――ただ溢れ出る激情に身を委ねて、小杉の体は動いた。一切の躊躇いを排除した武道家の動作は極めて迅速で、もはや誰かが止めに入る余地は無い。

 固めた拳は眼前の目標へ向けて真っ直ぐに突き出され、


「えっ――?」


 武蔵小杉は、宙を舞った。

 ぐるん、と空中で綺麗に一回転して、猛烈な勢いで床に叩き付けられる。

 人体と床のタイルの織り成す衝突音が高らかに響き渡り、そして……静寂。

 痛いほどの沈黙が、教室を支配した。誰もが、言葉を失っていた。

 今しがたダイナミックな空中演舞を披露した小杉は完全に伸びている様子で、床に倒れ伏したままピクリとも動かない。生徒達の視線はそんな彼女を捉えた後、恐る恐るといった調子で徐々に高度を上げて、“投げ”を終えた体勢のままで硬直している少女――由紀江へと向かった。

「………………あ゛」

 そこに到ってようやく、由紀江は自分が何をやらかしたのか、認識が追い付いた。面白い程の勢いで、さぁぁっ、と顔面が青一色に染まってゆく。

 話は単純明快だ。殴り掛かってきた相手の拳を避け、伸び切った腕を掴み、勢いをそのまま利用して投げを決めた。理屈で言えば何も難しい事は無い――問題は、その一連の動作に、由紀江の意思が介在していないという点に尽きる。

 既に色々と一杯一杯でパニック状態にあった由紀江は、思いがけずキレた小杉が繰り出した攻撃に思考が追いつかずに、頭脳がパーフェクトにフリーズしていたのだ。その結果――思考が働かずとも、幼少の頃から鍛え上げ、身体に染み付いた武は反射的に働きを見せ、襲い掛かる暴力に対して見事に自衛の任を果たしたのであった。ただし、武力の隠匿、という由紀江の意思をこれ以上なく無視する形で。

 目を閉ざし耳を塞ぎたいような心地で恐る恐る教室を見渡せば、やはりと言うべきか、ヒソヒソと生徒達が囁きを交し合っている。「オイ見たかよ今の」「やっぱり……」「素人の動きじゃないって」「まーね、剣聖の娘だし」「只者じゃあないとは前から……」周囲から次々と飛び込んでくる声の内容に、由紀江は今すぐ身を翻して教室から逃げ出したい衝動に駆られた。そんな事をしても既に取り返しはつかないという残酷な現実を知りつつも、これ以上この場に存在すること自体が耐え難かった。

「あっちゃあ、これはダメッスねぇ。武蔵の姐さん、見た感じ完全に気絶しちまってるみたいッスよ、ボス」

「んん、どれどれ?」

 絶望に打ち拉がれる由紀江を余所に、ねねは小杉の傍までズカズカと歩み寄ると、力なく横たわる身体をゲシゲシと容赦なく蹴り付けた。

「うん、無駄にプライドの高いコイツが足蹴にされて黙ってるワケないし、どうやら狸寝入りじゃないみたいだね。頭に血が昇り過ぎで受身も取れてなかったみたいだし、まあ無理もないかな。あーあ、やれやれだよ。ヨソのクラスにこのまま放置しておくのもアレだし、保健室にでも放り込んでおくとしようか。という訳で子分A、行ってらっしゃ~い」

「でも、ボスを敵地に一人残していくのは気が引けるッス……相手が相手だけに」

 チラリと由紀江の方に視線を寄越しながら、鎌慧は八の字に眉を下げて言い募る。

「あはは、英明闊達にして才気煥発なこの私に余計な心配は必要ないよ。それでもキミが心優しいリーダーの事がどうしても心配で心配で仕方ないって言うなら、三分で戻ってくれば良いだけの話さ。いつもみたいにね」

「……了解ッス!日々のパシリで鍛え上げた駿足を今こそ発揮する時ッスね!自分はやりますぜ、ボス!」

「あ、ちょ、ちょっと待って下さい!武蔵さんが気を失ってしまった責任は私にある訳ですし、頭を打ったならお身体も心配ですし、あの、その、わ、私も付き添いをッ!」

『オラに任せとけばまさに百人力だぜー。オラの馬力マジパネェからよ。北陸の黒いユニコーンつったらオラの事だし?』

 決死の覚悟で舌を動かしながら、ねねと鎌慧の間に割って入る。言葉通りに責任を感じているのは事実だが、それ以上に由紀江は、この何とも居た堪れない空気から一刻一秒でも早く抜け出す口実が欲しかった。今は間違いなく、その絶好の機会だ。しかしそんな由紀江の目論見は、例によって1-Sの小柄な悪魔によって打ち砕かれる事になる。

「ああ、大丈夫大丈夫、心配は要らないよ。小杉のヤツは例え殺したって死なないくらいに頑丈だし、保健室まで運ぶのも子分A一人で事足りてるからさ。腕力も耐久力も一級であってこそエリートを名乗る資格がある訳で、凡人の尺度で考えてくれなくても問題はないよ」

「いえですが、これは私の気持ちの問題と言うかですね――」

「それにさぁ。私ってば今まさに、キミという存在に興味津々なんだよね。ふふ、くふふ」

 ねねは食い入るような目で由紀江を覗き込みながら、不自然に弾んだ声を上げた。今しがたクラスメートの友人が倒されたばかりだと言うのに、そんな事はどうでもいいと言わんばかりの愉しげな態度で、三日月の如く口元を吊り上げている。

 玩具を拾った子供を思わせる1-S委員長の様子を目の前にして、由紀江は所構わず泣き出したくなるような気分で天井を仰いだ。

 
 拝啓、父上様。由紀江はどうやら、とんでもなく厄介な人に目を付けられてしまったようです。


「うふふ――次は私のお相手をしてくれなきゃ困るじゃないか、まゆっちぃ」











 




 まゆっちには勘違い系王道主人公の素質があると前々から思っていました。
 という訳で、またしても続きます。計画段階では前後編でさくっと終わらせるつもりだったのにどうしてこうなった。計画性ェ……。
 ムサコッスは噛ませ犬という生来の役割を果たした時点で立派な活躍を果たしたと言えるのだ、と主張しながら、それでは次回の更新で。


>瓶さん
 ご指摘ありがとうございます。
 ムサコッスの名前の由来に関しては完全に見落としていました……なるほど、そういう理由だったのか。
 しかしここまで散々DQNネームネタで使ってきてしまったので、今作中では開き直って独自設定でその路線を貫き通したいと思います。仰る通り、統一性も出ますしね。
 それとムサコッスの人を見る目ですが、主に同学年のねねに負けた事で自信を失い、少しだけ謙虚になった結果、僅かながら改善したと捉えて頂けると幸いです。とは言っても所詮は“僅か”なのでまゆっちの実力は見抜けず、ご覧の有様ですが。


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