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No.13860の一覧
[0] 俺と彼女の天下布武 (真剣で私に恋しなさい!+オリ主)[鴉天狗](2011/04/15 22:35)
[1] オープニング[鴉天狗](2011/04/17 01:05)
[2] 一日目の邂逅[鴉天狗](2012/05/06 02:33)
[3] 二日目の決闘、前編[鴉天狗](2011/02/10 17:41)
[4] 二日目の決闘、後編[鴉天狗](2009/11/19 02:43)
[5] 二日目の決闘、そして[鴉天狗](2011/02/10 15:51)
[6] 三日目のS組[鴉天狗](2011/02/10 15:59)
[7] 四日目の騒乱、前編[鴉天狗](2011/04/17 01:17)
[8] 四日目の騒乱、中編[鴉天狗](2012/08/23 22:51)
[9] 四日目の騒乱、後編[鴉天狗](2010/08/10 10:34)
[10] 四・五日目の死線、前編[鴉天狗](2012/05/06 02:42)
[11] 四・五日目の死線、後編[鴉天狗](2013/02/17 20:24)
[12] 五日目の終宴[鴉天狗](2011/02/06 01:47)
[13] 祭りの後の日曜日[鴉天狗](2011/02/07 03:16)
[14] 折れない心、前編[鴉天狗](2011/02/10 15:15)
[15] 折れない心、後編[鴉天狗](2011/02/13 09:49)
[16] SFシンフォニー、前編[鴉天狗](2011/02/17 22:10)
[17] SFシンフォニー、中編[鴉天狗](2011/02/19 06:30)
[18] SFシンフォニー、後編[鴉天狗](2011/03/03 14:00)
[19] 犬猫ラプソディー、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:50)
[20] 犬猫ラプソディー、中編[鴉天狗](2012/05/06 02:44)
[21] 犬猫ラプソディー、後編[鴉天狗](2012/05/06 02:48)
[22] 嘘真インタールード[鴉天狗](2011/10/10 23:28)
[23] 忠愛セレナーデ、前編[鴉天狗](2011/04/06 14:48)
[24] 忠愛セレナーデ、中編[鴉天狗](2011/03/30 09:38)
[25] 忠愛セレナーデ、後編[鴉天狗](2011/04/06 15:11)
[26] 殺風コンチェルト、前編[鴉天狗](2011/04/15 17:34)
[27] 殺風コンチェルト、中編[鴉天狗](2011/08/04 10:22)
[28] 殺風コンチェルト、後編[鴉天狗](2012/12/16 13:08)
[29] 覚醒ヒロイズム[鴉天狗](2011/08/13 03:55)
[30] 終戦アルフィーネ[鴉天狗](2011/08/19 08:45)
[31] 夢幻フィナーレ[鴉天狗](2011/08/28 23:23)
[32] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、前編[鴉天狗](2011/08/31 17:39)
[33] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、中編[鴉天狗](2011/09/03 13:40)
[34] 幕間・私立川神学園第一学年平常運行中、後編[鴉天狗](2011/09/04 21:22)
[35] 開幕・風雲クリス嬢、前編[鴉天狗](2011/09/18 01:12)
[36] 開幕・風雲クリス嬢、中編[鴉天狗](2011/10/06 19:43)
[37] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Aパート[鴉天狗](2011/10/10 23:17)
[38] 開幕・風雲クリス嬢、後編 Bパート[鴉天狗](2012/02/09 19:48)
[39] 天使の土曜日、前編[鴉天狗](2011/10/22 23:53)
[40] 天使の土曜日、中編[鴉天狗](2013/11/30 23:55)
[41] 天使の土曜日、後編[鴉天狗](2011/11/26 12:44)
[42] ターニング・ポイント[鴉天狗](2011/12/03 09:56)
[43] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、前編[鴉天狗](2012/01/16 20:45)
[44] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、中編[鴉天狗](2012/02/08 00:53)
[45] Mr.ブシドー×Ms.キシドー、後編[鴉天狗](2012/02/10 19:28)
[46] 鬼哭の剣、前編[鴉天狗](2012/02/15 01:46)
[47] 鬼哭の剣、後編[鴉天狗](2012/02/26 21:38)
[48] 愚者と魔物と狩人と、前編[鴉天狗](2012/03/04 12:02)
[49] 愚者と魔物と狩人と、中編[鴉天狗](2013/10/20 01:32)
[50] 愚者と魔物と狩人と、後編[鴉天狗](2012/08/19 23:17)
[51] 堀之外合戦、前編[鴉天狗](2012/08/23 23:19)
[52] 堀之外合戦、中編[鴉天狗](2012/08/26 18:10)
[53] 堀之外合戦、後編[鴉天狗](2012/11/13 21:13)
[54] バーニング・ラヴ、前編[鴉天狗](2012/12/16 22:17)
[55] バーニング・ラヴ、後編[鴉天狗](2012/12/16 22:10)
[56] 黒刃のキセキ、前編[鴉天狗](2013/02/17 20:21)
[57] 黒刃のキセキ、中編[鴉天狗](2013/02/22 00:54)
[58] 黒刃のキセキ、後編[鴉天狗](2013/03/04 21:37)
[59] いつか終わる夢、前編[鴉天狗](2013/10/24 00:30)
[60] いつか終わる夢、後編[鴉天狗](2013/10/22 21:13)
[61] 俺と彼女の天下布武、前編[鴉天狗](2013/11/22 13:18)
[62] 俺と彼女の天下布武、中編[鴉天狗](2013/11/02 06:07)
[63] 俺と彼女の天下布武、後編[鴉天狗](2013/11/09 22:51)
[64] アフター・ザ・フェスティバル、前編[鴉天狗](2013/11/23 15:59)
[65] アフター・ザ・フェスティバル、後編[鴉天狗](2013/11/26 00:50)
[66] 川神の空に[鴉天狗](2013/11/30 20:23)
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[13860] 嘘真インタールード
Name: 鴉天狗◆4cd74e5d ID:e6325f67 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/10 23:28
「やりおったか、あの愚か者めがァっ!!」

 バキリ、と手の中で漆塗りの盃が無残に砕け、その中を充たしていた芳醇な日本酒が座敷に飛び散った。

 慌てふためきながら片付けに奔走する使用人の姿には目もくれず、明智家当主・明智光安は忌々しげな表情でギリギリと歯を食い縛る。そして、激怒を無理矢理に押し殺した、唸るような低い声を傍に控える侍女に投げ掛けた。

「話は確かなのだな?あの恩知らずが明智の名を穢す醜態を晒した、というのは」

「は、はい。川神学園に潜らせた“眼”からの報告によりますと、お嬢様は御髪を自ら断たれ、決闘に際して異国の武術を用い、更に、その……庶民の如き言葉遣いをなさるようになられた、と」

「……何と言う事だ。やはりあの異人との関わりを許したのが誤りだったか、下賎な庶民などに惑わされおって……!おのれ忌々しき異人め、様子を見る等と生温い事を言わず、早々に我が領地より叩き出しておくべきであった」

 昔から時に強情で反抗的な面を見せていた故、懸念はしていたが……まさかここまで明確な形で明智の名に泥を塗るような真似を仕出かそうとは。娘の愚かな振舞いのお陰で全ての目論見は脆くも崩れ去った。光安は怒りに目を爛々と光らせて、虚空を睨み据える。

 娘、ねねが“領地”の外に当たる川神の地で学ぶ事を許したのは、当人の懇願も多少は関係しているが、最も大きな理由は――日本三大名家との縁を作る為、である。現在、不死川家の息女が生徒として、綾野小路家の長子が教師として。それぞれ川神学園に籍を置いている。入学の暁には両者との好意的な関係を築く様、ねねには言い含めてあった。特に綾野小路の長子とは前々から婚姻の話も上がっていたのだ。日本三大名家の一つと姻戚関係を築く事に成功すれば、明智家の有する権勢は過去の比ではなくなるだろう。いずれは三大名家の座を譲られるほどの家格を手に入れられるかもしれない。これ以上の好機は滅多に得られるものではなかった。

「明智の血を引く娘としての唯一の使い道すらも自ら断ちおって、救い様の無い馬鹿めが」

 そんな光安の夢想は、正しく泡沫の夢と化した訳だ。聞けば娘は大衆の見守る中で恥知らずな姿を晒し、庶民同様に振舞っていると言う。ねねに対する綾野小路家の心象は底辺にまで落ち込んだであろうし、何よりも光安自身が娘の“裏切り”を許容出来なかった。

「そもそも、あやつに仮初めとは言え“自由”などを与えた事が諸悪の根源。やはり目を離さず、手綱を取っておくべきであった。……もはや一刻たりとも野放しには出来ん。即刻退学の手続きを――」

 青筋を立てながら指示を下そうとした時、座敷に慌しく使用人が駆け込んできた。

 息を切らせ、青褪めた顔で泡を食った声を上げる。

「だ、旦那様!お客様がお越しに……!」

「客だと?この時間に然様な約束を取り付けた覚えは無い!何処の馬の骨か知らんが、早々に追い返せ!」

「し、しかし、お越しになられたのは―――」

「ほほほ、随分な言われ様じゃの。高貴なる乃公が自ら出向いたと云うに、その態は些か典雅さに欠けると思わんかの?小僧」

 聞き覚えのある飄々とした声音に光安は思わず言葉を失い、そして視界に映る人物の姿に目を剥いた。

 呆けている光安を気にも留めぬ様子で、小柄な老人がズカズカと無遠慮に座敷に上がり込む。侍女も使用人も、屋敷中の警護係も、誰一人としてその歩みを妨げようとはしない。ただ真っ直ぐに背筋を伸ばし、老人に対して万が一にも失礼に当たらぬよう、直立不動の姿勢で見送るだけだ。

「邪魔しておるぞ。乃公は待たされるのが嫌いなのでな。ほれ、さっさと盃を用意せぬか。気の利かん庶民よの」

「はははははいっ!申し訳ございませんっ!今すぐご用意致します!」

 ジロリと老人に睨まれた使用人は竦み上がり、かつてないほど機敏な動きで座敷から飛び出していった。

 その様子を無関心な調子で見送ってから、老人は光安に向き直る。

「こうして顔を会わせるのは久々かの。あの洟垂れが随分と大きくなったものじゃ、時間の流れとは速いものじゃのう」

「……これは、ご無沙汰しております、浄土翁」

 搾り出すようにして、光安はどうにか言葉を紡いだ。当惑と緊張で、まともな思考が働かない。咄嗟に言葉を返せただけ上出来と言ってもいい有様だ。

 浄土翁――不死川家先代当主、不死川浄土はそんな光安の動揺を見透かしたように意地悪い笑いを浮かべながら、やや甲高い独特の声音を上げる。

「ほほ、そう堅くなる事もあるまいて。何せ乃公は世間話の一つでも、と気紛れに立ち寄っただけなのじゃからのぉ」

「は、はぁ。世間話、でございますか」

 唐突に訪れて何を訳の判らないことを、と普段ならば居丈高に怒鳴り散らす所だが、浄土に対する光安の腰はあくまで低かった。使用人達からプライドの塊とも陰口を叩かれる光安をしてそのような態度を取らざるを得ないだけの理由が、眼前の老人の存在には間違いなく備わっていた。

「ほほ。孫娘の心の事はお主も知っておろう。つい先日、とうとうその心に友人が出来たらしくての、乃公も久方ぶりに浮かれておるのじゃよ。あの娘は昔から、不死川の名を負うが故に孤独に苦しんでおった。人の上に立つ者の高貴なる宿命とは云え、多感な年頃を独りで過ごす孫をただ見守り続けるのはやはり忍びないものだったのじゃ。故に、最近の可愛い孫娘の嬉しそうな顔を見ているだけで、老い先短い老人は幸せでの。今は少しばかりその幸せをお裾分けして回っている最中と云う訳じゃ」

「それは結構な事です。浄土翁ほどのお方を祖父に持った心様は真に恵まれておられます」

「見え透いた世辞は要らぬ、背中が痒くなるわい。……おお。そういえば今しがた偶然、思い出したのじゃがの、お主の所の娘――ねねと云ったかの。その娘の事で、心が何やら云っておったわ。はて、何と云っておったかのぅ……『此方はあやつを気に入っておるのじゃ。学園から居なくなるような事はまさかあるまいが、もし万が一然様な事になろうというならば、不死川の名に掛けて原因を叩き潰してくれる』じゃったか?ほほほ、我が孫ながら逞しく育ってくれて、乃公は嬉しさで一杯じゃよ」

「……」

 孫娘の一言を伝える為だけに、この老人は明智家を訪れたのか。光安は納得すると同時に、その言葉の意味する所に臍を噛む。昔から小賢しさだけは一人前だったあの娘が、何の保証も無く明智家に弓を引くと考えたのが間違いだったか。掌に爪が食い込む程に強く拳を握る光安を楽しげに見遣って、浄土は口を開いた。

「目に入れても痛くない孫娘の望みとあらば、乃公としては何としても叶えてやりたいのじゃよ、明智の。お主には分からぬかもしれんがの。なぁに、所詮は小娘一人。跡を継ぐ男子は居るのじゃ、もはや惜しいものではあるまい。それとも――当主の座を退いた爺の戯言などでは、お主を動かすには足りぬかの?」

 浄土の態度には相手を圧する威光も迫力も無く、あくまで飄々としている。しかし、その言葉に――光安は戦慄した。目の前の小柄な老人の言葉一つ、目配せ一つで、自分は。否、明智家はあっさりと破滅するだろう。

 日本三大名家の有する権勢とは、そういうものだ。“地元の名士”などとは存在からして格が違う。日本全土に深く根を張り巡らせ、その枝葉で覆い尽くす大樹。絶望的なまでに膨れ上がった権力及び財力と、そこから生じる政財界への冗談じみた影響力は、もはや化物と形容する他無い。

 明智家が代々、腐心の下に築き上げてきた高貴なる威信も権勢も、“不死川”を前にしては吹けば飛ぶような頼りないものに過ぎなかった。

「して、返答を聞かせて貰いたいのじゃがな、明智の。隠居の身とは言え暇ではない。高貴なる乃公は明智の若造如きの相手に、貴重な時間を取られたくないのじゃよ」

 それはまさしく、傲慢だった。圧倒的な権勢に裏打ちされた、磐石たる自信と実力の生み出す上位者の倨傲。

 数年前から既に悠々自適の隠居生活に入っているとは言え、不死川家における彼の地位は依然として強大なものだ。ありとあらゆる場所に張り巡らされたコネクションの質と量の双方においては、むしろ現当主をも遥かに凌駕するとまで噂されている。不死川の家柄は怪物的だが、この翁自身がそれにも増して化物じみた能力を有していた。

「わ、私は……」

 結局の所、不死川浄土と云う一個の怪物の問いを前に、明智光安の選ぶべき回答は只の一つしか残されない。

 いついかなる時代であれ、この世の理は弱肉強食。力はより強大な力によって容易く呑み込まれる。

―――即ち。明智ねねを縛り付けていたモノが権力だったとすれば、彼女をその束縛から解放したモノの正体もまた、権力であった。













「くふ、ふふ、ふふふふふ。私が今何を考えてるか分かるかな?ねぇラン」

「い、いえ。残念ながら……」

「それはね、この家の娘になって本気で良かったって事さっ!最高にハイって奴だよ!」

 気持ち悪いくらいにテンションを上げながら、食卓にズラリと並んだ料理皿をギラついた目で眺め回している馬鹿が約一名。

 焼き魚煮魚蒸し魚、刺身にさつま揚げ。蘭が腕を揮った魚料理の数々を前に、織田信長の従者第二号――明智ねねは大層ご満悦の様子であった。しかしまあ改めて思うが、何とも好みの分かり易い奴だ。

 現在時刻は午後七時、ボロアパートの一室、俺の部屋にて。今現在、ねねの歓迎会らしきものが無駄な賑やかさを伴って進行中である。他ならぬ彼女の歓迎会なのだから本人の部屋で行うべきだと最初は思ったのだが、残念ながらねねの部屋の記すも憚られる惨状がそれを許してはくれなかった。

 例え空き巣に荒らされたとしてもあんな風にはなるまい、という感想を万人に抱かせるであろう部屋の状況を目撃した我が従者第一号(家事担当)は、全身をわなわなと震わせて使命感に燃えていたが、ベテラン掃除人・蘭の力を以ってしても一朝一夕で片付く問題ではないとの冷静な判断の結果、掃除は先送りとなった。

 そんな余所には聞かせられない事情があって、俺の部屋が会場に選ばれた訳だ。もはや何も言うまい。

「どうぞ存分に召し上がってくださいね。今晩のパーティーはねねさんが主役なんですから」

「いや勿論存分に召し上がっちゃいますともさ。かくも私の食欲中枢を刺激して止まないお魚さんたちを目の前にお預けだなんてそんな殺生な話はないよ。ああもう前口上も時間の無駄だ、私の使命は温度と鮮度を失わない内に一片でも多くの料理を胃袋へと掻き込むコトに他ならないんだから。という訳で失礼して、いっただっきまーす!」

 言うや否や、ねねの箸が目にも留まらぬ超高速で皿と口の間の往復運動を始める。瞬く間に食事に没頭し始めた彼女を眺めながら、蘭が苦笑していた。

 やれやれだ。乾杯の音頭やら改まった挨拶やら、俺の方ではそれなりに進行に関して色々と考えていたのだが、それらの全ては奴の自重しない食欲によって哀れ闇へと葬られてしまった。

 まあ蘭の言う様に、今回の主役はあくまでねねである訳だし、奴の望む通りにさせてやればいいか。

「主。信長さまもどうぞお召し上がりください。今夜はご満足頂ける自信がありますよ!」

「うむ」

 それよりも、だ。久々の豪勢な食事に舌鼓を打つ事こそが今の俺にとっての最重要事項である。スーパーの特売品のみで作られている普段の質素な食事と違い、今晩の料理は歓迎会に相応しく高級食材の数々を用いたものだ。“黒い稲妻”の一件で相当な依頼料を懐に納められたが故の贅沢だった。貧乏生活がデフォの織田一家、このような機会は望んでもそう得られるものではない。今の内に存分に堪能しておくとしよう。俺は食卓に並んだ皿から鰹の角煮を選び、箸を伸ばす。

「いやぁやっぱり労働の後の食事って言うのは格別だね。何せ私の今日の獅子奮迅の活躍っぷりたるや、それはもう長坂坡の戦いにおける張翼徳、趙子龍にも匹敵する位だし。世が世なら五虎大将軍に任ぜられても何ら不思議はないレベルの功績だよ全く。むしゃむしゃ」

「ふん。僅差の勝利で良くもここまで威張れたものだ。面の皮の厚さだけは確かだな」

「まあまあ、信長様。あのように不利な条件を課せられた中で勝利を掴んだ功は、確かに認められて然るべきものかと存じます」

「お、良い事言うじゃないかラン。ご主人は功臣に対して相応の待遇を以って接するべきだと思うんだよね。魏文長みたいに反骨の相があるとか何とか難癖つけて冷遇しちゃうとロクな事にならないんだから。ばくばく」

「ねねさんは三国志が好きなんですか?よく喩えに使っていますけど」
 
「バイブルさ。私はかの荀文若こそが自分の前世だと本気で信じていた時期があったくらいだよ。うん、それにしてもこの鯖の大根おろし煮は素晴らしいね、言葉の壁を超えて表現するならエクセレントボーノハラーショトレヴィアンハオツィーって感じかな。おおバベルバベル」

 箸を動かし口を動かし、何とも忙しない奴だった。蘭の料理が元々高いテンションに拍車を掛けているのだろう。かくいう俺も口の中に広がる美味に先程から感動気味である。

 やはり良い素材を使えばそれだけ良い料理が出来上がるものか。ここまで見事に食材の質を引き出せるのは蘭だからこそ、という事もあるのだろうが、やはり……何が言いたいかというと、まあ、たまには心の弁当を分けて貰うのもアリかもしれない、とか何とか。

「御馳走さま~。ああ、今ここに断言するよ。私はこのまま死んでも悔いはないね」

 至福の時間が流れるのは実に早いもので、気付けば食卓には綺麗に平らげられた皿が積まれている。食事の直後にも関わらずだらしなくベッドに転がり込みながら、ねねは心底から満足そうな声を上げた。

「お粗末様です。ふふ、ダメですよ。ねねさんにはこれからしっかり働いて貰わないと困りますからね。いいですかねねさん、私たちは偉大なる主の従者の名に恥じぬよう、常に研鑽を重ね、精進を続けるという心意気を胸に務めなければならないのですよ!」

「はーいはい分かってる分かってるよー」

「む、まずはその不誠実な返事の仕方から直さないといけませんね。大体、ねねさんはちょっと自堕落過ぎます。従者たるもの――」

 ねねに向けて何やら先輩風を吹かせている蘭の姿がどうにも新鮮だった。同じ屋根の下で暮らす以上、変に距離を置かれるよりは良いのかもしれないが、しかしまた妙な事になりそうだ。

 蘭にとって親しいと呼べる人間は今のところ忠勝だけだったので、ねねという従者仲間といかなる関係を築いていくのか興味深い。

 その関係は、或いは――蘭の抱える歪みを解消する為のキーとなるかもしれない。二人の喧しい遣り取りを眺めながら、俺はそんな思考を巡らせていた。

 所詮は儚い希望なのかもしれない。しかし、期待する事くらいは許されてもいい筈だ。

「あれ?誰か来たみたいです。えっと、この“気”は……」

 完全に聞き流されている事にも気付かず延々と説教を続けていた蘭がふと首を傾げ、そしてパァッと表情を輝かせた。その嬉しそうな顔を見た時点で、俺は来客の正体を悟っていた。何ともまあ分かり易い事だ。俺が目で促すと、蘭はパタパタと玄関に駆け寄って、ノックの音を待たずに勢いよくドアを押し開く。

「うおっと!危ねぇな。ったく、気が早いんだよ、蘭」

「えへへ、ごめんなさい。いらっしゃい、タッちゃん!」

「ああ。ま、今度からは気を付けろよ。二階から叩き落されたら怪我じゃ済まねぇからな」

 相変わらずの仏頂面でドアの前に佇むのは、つい昨日辺りから自分とは敵対関係にあるらしい十年来の親友である。忠勝は玄関から部屋の中を見遣って、ねねと俺を順繰りに見てから口を開いた。

「連絡もなしに急に来ちまって悪いな。立て込んでるようなら今日の所は帰るが」

「ん?んん~?」

 ねねは胡乱げな目でジロジロと忠勝の顔を覗き込んで、何かを思い出そうとするように小首を傾げる。

「キミ、どっかで見た顔だと思ったら、……ま、いっか。ご主人、私のことは気にしなくていいよ。美味しいお魚さんをたらふく食べられて満足したし、歓迎会は十分さ。あとはむしろ自分の部屋でゴロゴロしてたいかなー」

 何だか私がここに居るのは場違いな気がするし、と拗ねたように口を尖らせる。

「と云う訳だ。遠慮は不要、入るがいい」

「そうかよ、それじゃあ邪魔させて貰う」

「その一方、邪魔しちゃ悪いから大人しく引っ込む私は本当に奥ゆかしくて慎ましやかで、まさしく大和撫子の理想型だね。そんな訳でごゆっくり~」

 妄言を吐きながらそそくさと部屋を出て行ったねねと入れ替わるようにして、忠勝は晩餐の名残、空き皿の並ぶ食卓の前に陣取った。

 そして、慌ててそれらを片付けようとする蘭を手で制し、真面目な顔で言う。

「悪いが蘭は席を外してくれ。こいつと二人で話がしたい」

「え~、そ、そんなぁ。私、学校じゃタッちゃんといつも通りにお喋りできなくて寂しかったんですよ!」

 忠勝は2-Fの一員であり、そして織田信長と表立って事を構えている面子の一人である。森谷蘭は織田信長の懐刀。互いの立場を考えればフレンドリーに接する事など出来る訳もなく、学校では他人のフリをして半ば無視しているのが現状だ。無愛想ながらも優しい幼馴染に懐いている蘭にしてみれば不本意な状況だろう。

 ぷくーっと頬を膨らませて拗ねたように文句を言う蘭に、俺は淡々と言葉を投げ掛けた。

「蘭。客の頼みが聞けぬと申すか」

「っ!は、ははーっ!申し訳御座いません信長さまっ!蘭が愚かでありました。私情を差し挟んで主を煩わせた事、どうかお許し下さい!」

 ちらり、と横目で忠勝の表情を窺う。明確な感情を表には見せなかったが、間違いなく僅かに眉根を寄せたのを見逃す事はなかった。

「許す。忠勝の所用が片付くまでの間、ネコの奴に従者の心得でも説いてやると良かろう」

「ははっ、蘭は了解致しました!私の全霊を以ってねねさんを更正させてご覧に入れます!タッちゃん、また後でお話しましょうね、約束ですよ!」

 返事も待たずに部屋の外へと飛び出していく蘭を見送って、忠勝は溜息を一つ零した。憂いを多分に含んだ、重苦しい溜息だった。

「相変わらずだな……あいつは」

「誠に残念ながら、な。俺も色々と対処を考えちゃいるんだがね……。まあいい、この時期にわざわざ足を伸ばしたんだ、何か用件があるんだろう?早く本題に入ろうじゃないか忠勝。あまり待たせると蘭の奴にまた文句を言われるぞ」

 忠勝の向かい側、ベッドの縁に腰掛けながら、俺は殊更に軽い調子で問い掛ける。普段から殺伐とした世界で生きている分、この幼馴染と話す時くらいは重苦しい空気を取っ払いたかった。

 しかし残念ながらそんな俺の思惑は叶わなかったようで、忠勝は依然として気難しい顔のまま口を開く。

「用件か。色々とあるが……取り敢えず一つ聞かせろ。――あの一年生のことだ」








 源忠勝と織田信長の付き合いは長い。

 未熟で無力な子供だった頃に出会い、衝突と和解を経て友となり、やがて唯一無二の親友となった。成長に伴って信長が従者と共に血生臭い闘争に明け暮れ、その結果として堀之外の街で絶対的な権力を握るようになった現在に至るまで、その関係に何ら変化は無い。

 何れかが悩めば黙って耳を傾け、何れかが躓けば無言の内に手を貸す。二人は常に背中を預け合って、腐った街を生き抜いてきた。

 化物じみた実力と悪魔の如き冷徹さを持つ男として人々に恐れられる信長は、しかし紛れもなく血の通った一個の人間であると、忠勝は知っている。常に心を押し殺して仮面を被っている事も、かつて力を得る為に文字通り血反吐を吐いて異常な密度の修行に明け暮れていた事も。馬鹿げた夢を追い求める事に人生の大部分を費やし、人知れず足掻き続けている事を、誰よりも良く知っている。

 その姿は自身が想いを寄せる少女と被って見えて、だからこそ放っておけなかった。もっとも、目を離すと何を仕出かすか分からない、という悪い意味でも放置は出来なかったのだが。

 信長は何かにつけて思考を巡らせている割に、その行動に関しては無茶無謀としか思えないものが多かった。何かしら隠し事をしているのか、行動の意味そのものが理解出来ない場合も多々ある。傍で見ている忠勝はその度に困惑させられてきたものだ。

―――そしてそれは、現在も同じだった。

 この型破りな幼馴染が何を考えているのか、忠勝には分からない。

 いっそ理解を放棄してしまえば楽になるのかもしれない、と思うこともある。長年を共に過ごした忠勝の目から見ても、織田信長という男はその在り方の根底に歪みを抱える異端者だ。裏社会に片足を突っ込んでいるとは言え、所詮は一般的な感性の持ち主でしかない自分とは、真の意味で意識を共有する事など不可能な話なのかもしれない――そんな風に弱気になり掛けている自分を発見する度に、忠勝は自身の不甲斐なさを叱咤して、黙々と彼の拠点であるボロアパートに足を運び、顔を出した。

――あの大馬鹿野郎の相手なんざ、オレ以外の誰に務まるってんだ?

 世界に嘘を吐き散らして生きている幼馴染の内心は、決して理解される事はない。誰も理解しようとはしないし、他ならぬ信長自身も理解を望まないだろう。ならばその周囲に一人くらい、どれだけ突き放されようとも懲りずに理解を試みるお節介焼きが居てもいい筈である。

 “親友”とはきっと、そういうものだ。

「あの一年生のこと?はてさて、いまいち質問の意味が判然としないな。即ちそれでは俺としても答え様もない」

 だから、こんな風に何食わぬ顔で白を切る信長を眼光鋭く問い詰めるのは、忠勝にとって別段珍しいイベントという訳でもないのであった。

「まさかそれで誤魔化せるとは思ってねぇだろ。面倒くせぇ、いいからさっさと話せボケ」

「おお怖い怖い、言葉の暴力は止して欲しいもんだ。やれやれ、それで、何が聞きたい?ちなみに名前は明智音子、年齢は十六歳、身長は百四十八センチ、体重及びスリーサイズは未確認だ。或いは主君権限を用いれば訊き出せるかもしれないが、それが原因で後の裏切りフラグが立つのは御免だから勘弁してくれ」

「……」

 忠勝は無言で目を細めた。この男がこんな風に饒舌になるのは、決まって腹に一物抱えている時だ。相手を煙に巻くための話術なのかもしれないが、忠勝にとってはその態とらしい態度こそが疑惑を決定付ける証拠に他ならなかった。

「アホか。んな事はどうでもいい、オレが聞きてぇのはもっと大事な事だ」

「おやおや。スリーサイズよりも大事な情報ときたか……はてさて、何だろうな。それ以上の個人情報を漏らすのは流石のタツが相手でも気が引けるんだが」

「あの明智とかいう一年生は――てめぇにとって“何”なんだ、信長」

 面倒な前置きと駆け引きを切り捨てるように、鋭く問い掛ける。

 それこそが本題。忠勝がここを訪れた理由だった。

 織田信長の従者を名乗る少女、川神学園1-S所属、明智ねね。彼女の登場は、忠勝にとって少なからず衝撃的な出来事だった。つい先程、このアパートで姿を確認した事で、彼女の名乗りが騙りではなく真実であると忠勝は悟り、そして胸中に渦巻く困惑は更に濃度を増す。

 何故何故何故、と答えの出ない自問自答を繰り返すよりは、その答えを握る男を吐かせる方が話は早い。

「くく、例によって抽象的に過ぎる質問だな。然様に曖昧模糊な質問に対して明確な返答を要求するなんて、タツの無茶振りにも磨きが掛ってきたらしい」

「はっ。だったら分かり易く、一つずつ聞いてやるよ。まず、いつ何処でアレを拾ったのか、だ」

「一つと前置きしておきながら早速二つも聞いてくるとは。相変わらず素敵だ、イイ幼馴染を持ったもんだな全く。あー、情報は川神全体に出回ってるから多分察しは付いてると思うが、ねねは例の“黒い稲妻”のリーダーをやってた奴でね。マロードやら板垣の連中やらとのバカ騒ぎのドサクサに紛れて俺の家に転がり込んできた訳だ」

「それで、新しい従者として迎え入れたのか?今まで蘭と二人でやってきたってのに、どういう風の吹き回しだ」

「俺にも色々と思う所があったんだよ。それに何より、ねねは蘭の奴が納得して受け入れた初めての人間だ。その事実がどれ程の重さを持つか。お前なら分かるだろう、タツ」

 真剣な顔で同意を求める信長に対して、忠勝は重々しい頷きを返さざるを得なかった。

「そうか。……蘭が、な」

 森谷蘭。彼女は織田信長の懐刀であると同時に、忠勝にとって掛け替えのない幼馴染の一人だ。真面目で潔癖で、その割におっちょこちょいで間抜けな少女。

 彼女は常に忠実な従者として信長の傍に付き添っていた。さながら影法師の如く、信長の行く先には必ず蘭の姿があった。忠勝が孤児院を出てからこの川神の地で過ごした十年余りにおいて、二人が距離を置いている所など一度も見た試しがない。幼い頃から起居を共にし、片時も離れず同じ学校に通う二人は、その外面だけを見ればもはや家族と呼んでも何ら差し支えはないだろう。

――だが、実際の彼らの関係はどうしようもなく“主従”だった。信長が主君で、蘭が従者。それは二人を繋ぐ全てにおける大前提で、決して覆らない絶対のルール。

 その歪な関係のルーツを忠勝は詳細に把握している訳ではない。

 ただ、かつて堀之外の一角を血に染めた、あの凄惨極まりない事件が全ての発端であることは間違いなかった。残酷な運命が森谷蘭という少女の心を粉々に砕き、そして織田信長という少年がその破片を拾い集めた結果こそが、現在に至るまで続く奇怪な主従関係の始まり――だがしかし、忠勝が知っているのはそこまでだ。

 今でも鮮明に思い出せる。自身の目の届かない所で理不尽に大事なモノを失う、悔恨と恐怖と絶望を綯交ぜにした感覚。二度と味わいたくない、悪夢の如き体験だった。

 そう、気付けば全ては終わっていた。幼馴染の少女は見る影もなく壊れ、幼馴染の少年は少女を壊した世界への復讐を誓う。

 そして忠勝は、突如として変わってしまった二人を前に、呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。

 惨劇の跡、赤い血の海が広がる中で、呆然と。

「一度壊れちまったものはいつまでも元には戻らねぇ、と半ば諦めてたが……思えばそれも馬鹿な話だ。人間は皆、変わるもんだってのに」

 蘭は礼儀の正しさに加えて愛想も良く、一見して周囲に向けて友好的な雰囲気を醸し出してこそいるが、その内に抱える本質は酷く排他的なものだ。“あの日”に全てを失って以来、彼女の目に映る世界は幼馴染三人の狭い輪――ともすれば主従二人の中だけで完結している。そして、そこに異物が入り込む事を強く毛嫌いしていた。決して口には出さずとも、織田信長の従者は自分一人で十分だと、その態度は雄弁に語っていた。

「あいつが何を考えているのか、正直に言って俺には分からない。何年も一緒に暮らしておいて、情けない話だがな。――ただ一つ言えるのは、蘭の中で確実に何かが変わり始めているという事だ。あいつは最近、長年の停滞から抜け出して、再び新しい時を刻もうとしているように思える。俺とお前が待ち望んだ、変化の可能性を見せているんだ。だったら、俺の成すべきは語るまでもなく、その可能性を後押しする事に他ならない。そういう訳で、ねねをこの家に引き入れるのは俺にとって当然の選択だった」
 
 忠勝に語り掛ける信長の声音は深刻な響きを帯びていた。そこに普段の戯言めいた雰囲気は無い。

 それも当然だ。信長は誰よりも長い時間を蘭という少女の傍で過ごし、その直視に耐えない歪みと正面から向き合い続けてきた。心が壊れてしまった幼馴染の姿を間近で見せつけられるのは、果たして如何ほどの苦痛だったか。彼女の事を最も深く慮り、憂いていたのが信長以外の何者だと言うのだろう。

「成程な。“理由”と“目的”は納得できた。……だがな、俺が本当に訊きたいのはそこじゃねぇ」

 忠勝は視線を険しくして、信長を睨んだ。この男が目的の為ならば時に手段を選ばない事は、良く知っている。

「てめぇ――どうやって、あの一年生を“手懐けた”?」

 その鋭い問い掛けに対する信長の返答は、笑顔だった。ニタリと口元を歪めた、邪悪な表情。

「くく、くくく、手懐けた、とは何とも手酷い表現じゃないかタツ。主従の美しい信頼関係に対してそんな表現は無粋と言わざるを得ないな」

「……オレはな、代行業を通じて色々な連中を見てきた。見たくもねぇもんも含めて色々、な。仕事柄、人間観察がほとんど癖みてぇになってんだよ。だからこそ気付けたが、あの一年がてめぇを見る目は、普通じゃねぇ。間違っても出逢って三日やそこらの人間に向けるようなもんじゃねぇんだよ」

 一子との決闘を終えた後、信長に語り掛ける小柄な少女の満面の笑みを目にした時、忠勝の胸を充たしたのは心温まる感情……などではなく、むしろ悪寒にも似た厭な感覚だった。

 一体、僅か数日の関わり合いの中で何をどうすれば、あれほど深い信頼に満ちた瞳を向けられるようになるのだろうか。まるで家族に向けるような、純粋な好意と、強固な仲間意識。本来ならば数年間の歳月を通じて積み上げるような信頼関係が、信長と少女の間では既に完成しているように映った。

 奇跡と呼ぶにはあまりにも空恐ろしく、薄ら寒い。それはむしろ――“異常”と、そう形容すべきだろう。

「狂信、とまでは言わねぇ。精々が軽い依存って所だろうな。だがてめぇらが関わった期間を考えれば、それですら十分に異常だ。……オレが何を言いてぇのか分かるだろ」

「嫌だなタツ、その言い方じゃまるで俺がねねを洗脳したみたいに聞こえるじゃないか。俺にそんな悪趣味なスキルはないし、そこまで外道じゃないさ」

 疑わしげな眼差しを向けると、信長は不意に笑みを消した。

「タツは真っ直ぐだからいまいち想像し難いかもしれないが、嘘吐きってのは総じて孤独なものなんだよ。まあ俺の場合は望んで“織田信長”を演じている訳だから、そもそもにして自業自得なんだがな。――幸いにして俺にはお前たちがいた。狼少年を信じる奇特な連中のお陰で、有難い事に俺は独りじゃあなかった」

 何かを懐かしむように遠くを見つめながら、信長は言葉を続ける。

「しかし、あいつは、ねねは心を許せる相手が正しく一人もいなかったのさ。明智家のお嬢様として生まれ、何不自由ない暮らしをしておきながら、行き着く先が俺みたいな掃き溜め出身者と大差ないってのは中々笑える話だな。……俺とねねは同類だ。寂しい嘘吐き同士のシンパシーって奴かね、俺はあいつが欲して止まないものを知っていたのさ」

「話が見えてきたな。要するにてめぇは、あの一年の心の隙に付け込んで言葉巧みに誑かしたって訳だ」

「その通り。ああ全く以てその通りだな。で?何か問題でもあるのか?」

 悪びれた様子のまるで無い、無邪気な笑顔で問い掛ける。しかし、忠勝を見返す信長の目は少しも笑っていなかった。

 醒め切った冷たい光を宿した双眸が、逃れられぬ圧力を伴って忠勝を射抜いた。

「俺は“手足”が欲しい。あいつは“家族”が欲しい。この一件で、俺達はお互いに欲するものを過不足なく手に入れた。俺は夢へ向かう為に必要不可欠な従者を得て、そしてあいつはこれ以上嘘を吐かずに生きられる居場所を得た。疲弊し切って今にも折れそうだったあいつの心は、紛れもなく救われたんだ。例え俺が投げ掛けた言葉が何から何まで嘘で塗り固められたものであったとしても、その事実は不動のもの。――いいかタツ、俺は、自分のやり方が間違っているとは思わない」

「……」

 有無を言わせぬ語調に、忠勝は沈黙を選ばざるを得なかった。

 信長はギラギラと狂気じみた光を目に宿しながら、熱を帯びた言葉を続ける。

「清く正しい綺麗事だけじゃあどうあっても救えない連中ってのは、何処にでもいる。――正義の味方は蘭の奴を救っちゃくれなかった。俺も板垣の奴らもそうだ、結局は自分の力だけを頼りに生き抜いてきた。騙して脅して殴って斬って、そうやって初めて人間らしい居場所を手に入れられたんだ。正しい行為が必ず正しい結果を生むなんてのは幻想に過ぎない。世界ってのは“そういうもの”だと、俺は嫌と言うほど思い知らされてきた。だから俺は、手段が幾ら汚くとも、結果として目的を達成する事が出来るならば、それは尊ぶべき正解だと考えている。今回の件にしても、俺は理想的な形で目的を果たした事に、これ以上なく満足してるよ。――後悔なんて、ある訳ない」

 一切の迷いや躊躇いを見せることなく、信長は断言する。

 それは、どうしようもなく常人から外れた思考の発露だった。親友に対して忠勝が常日頃から感じている価値観の“食い違い”は気の所為などではない。

 やはり、織田信長という男の精神は、異質だ。

 分かってはいた。あの日、あまりにも荒唐無稽な“夢”を語る姿を目にした瞬間、忠勝は悟ったのだ。この幼馴染は自分とは全く違う方向、違う景色を見ているのだと。

(それでも、オレは……)

 咄嗟に言葉が浮かばず、黙り込んだ忠勝を見て、信長は我に返ったように目を見開いた。

「――なーんてな。くく、これじゃただの逆ギレだ。ま、それっぽい言い訳としてはなかなか上出来だっただろう?」

 呼吸同然の容易さで嘘を吐く信長らしくもない、お粗末な誤魔化し方だった。

 部屋に沈滞する重苦しい空気を無理矢理に払おうとするように、信長は殊更に軽薄な調子で言葉を続ける。

「あー、小難しい話を持ち出す必要なんざ無かったな。いちいち大袈裟に喋りたがるのは俺の悪い癖だよ全く。要するに俺はねねという優良物件を何としても逃がしたくなかった訳で、多少の嘘偽りやら思考誘導やらは已む無しって言うか、まあぶっちゃけそんな感じだ。俺も必死だったんだから、些細な悪事には目を瞑ってくれると嬉しかったり?ほら、親友補正とかその辺で」

 無言のまま静かに瞼を閉ざして、忠勝は小さく息を吐き出した。

 年を経るにつれて自身の理解の及ばない領域に踏み込んでいく親友に対し、自分はどうすべきか。どうしたいのか。

 このまま詰問と糾弾を積み重ねて、それで何かが変わるのか?

(……ここで焦っても仕方ねぇ)

 思考の末に忠勝が選んだのは、保留だった。いかなる答えを出すにせよ、結論を急ぐべきではない。

 ただ、信長が本当の意味で道を踏み外し、正真正銘の外道に堕ちるようなら――何としても自らの手で止める。その覚悟だけは決めておこう。

 目を開く。ベッドに腰掛けてこちらを見つめる幼馴染に、いつも通りの悪態を吐いた。

「ちっ、相変わらずの悪党だな。洗脳まがいのやり口が些細とは恐れ入るぜ」

「だからそんな大層なもんじゃないと言っておろうに。統計上、しつこい男は嫌われるらしいぞ」

「はっ。てめぇに嫌われた所で痛くも痒くもねぇな」

「統計上、と言っただろう?くく、愛しの一子ちゃんに嫌われても同じことが言えるかな」

「うぜぇぞボケ!ったく、蘭の奴もやってくれるぜ。余計な奴に余計な事を漏らしやがって」

「いやぁ、俺にしてみればアレは渾身のファインプレーだったな。親愛なるタッちゃんの恋路とあらば全力で応援するのが筋だと言うのに、危うく気付かずに終わる所だった」

「余計なお世話もいい所だ。てめぇの応援なんざ願い下げだっての」

「そうつれない事を言うものじゃないぞ、タツ。ピンチに颯爽と駆け付けるヒーロー――そんな美味し過ぎるシーンを何度も演出してやったのを忘れたのか?アレで川神一子のお前に対する好感度は鰻昇り間違いなしだ。くくく、ラブネゴシエイターと呼んでくれて構わんよ」

「ベッドの上だからって寝言吐いてんじゃねぇぞボケが。彼女の一人もいねぇ分際で何様のつもりだ、そのザマで人の面倒見ようなんざ百年早ぇんだよ」

「ぐ、正論は耳に痛過ぎる……!統計上、正論ばかり吐く男は嫌われるのだよタツ」

「はっ、随分とてめぇに都合の良い統計があったもんだ」

 罵倒混じりの軽口を叩き合いながら、狂い掛けた距離感を測り直す。互いを傷付けない最適の距離を探る。

 それは、自分達が現在に至るまで何度も繰り返してきた儀式。危うい所で保たれている均衡を崩さない為には、絶対的に必要な行為だった。

 そのまま中身のない雑談に興じること数分、二人の間に漂う空気は普段の平穏を取り戻した。

 少なくとも、表向きは。今はまだ、それでいい。

「そういや、てめぇらがウチのクラス……2-Fに喧嘩売ったのはどういう訳だ?太師校時代と同じ事はしねぇと前に言ってた筈だろうが」

「さて、俺の主観によると喧嘩を売ってきたのはそっちの“風間ファミリー”なんだがな。織田信長は売られた喧嘩を買わずにはいられない困った奴だから、まあ現在の状況は所謂避け様の無い事態って奴だ。侵略の為の侵略ではなく、あくまで防衛の為の侵略なのさ。タツもそれが分かってるから、わざわざ自分からこの一件に関わってきたんだろう?」

「ああ。てめぇも2-Fの連中も、放っておくと無駄に面倒事を起こしそうだからな。目付役が必要だろ」

「やれやれ、信用が無いな。言われなくても俺の方から騒ぎを拡大する気はないってのに。学園側に介入されると少しばかり面倒だからな。川神院の怪物共を敵に回す気はないさ。今回、俺自身が動いていないのがその証拠だ」

「……だろうな」
 
 本人の言う通り、信長が本気で2-Fを潰しに掛っている訳ではない事は分かっていた。そのように捉えるには、信長の一連の行動は色々な意味で消極的に過ぎる。

 今回の場合、忠勝が懸念しているのはむしろ、2-F及び、その面々を代表する風間ファミリーの動向の方だった。忠勝とは違って裏社会に直接的な関わりを持たない彼らは、織田信長という男の危険性をいまいち実感出来ていない節がある。彼らの中で相応の危機感を覚えているのは、信長に関する情報収集を担当した直江大和くらいのものだろう。

 故に、彼らが信長に対し“致命的な刺激”を与えかねない行動を取る前に、誰かがそれを抑えなければならない。校内のイベントには基本的に無関心を貫き、孤高の一匹狼として知られる忠勝が今回の騒動に自ら参加した背景には、そういった思惑があった。

「それなりに骨があるとは言え、“裏”の暴力とは無縁だった連中だ。――間違っても妙な真似はするんじゃねぇぞ、信長」

「くく。やはり想い人は心配か?まあ安心するといい、今日のねねとの決闘で彼女が負ったダメージはそれなりに大きい。俺の見立てじゃあ二・三日の間は戦線復帰出来ないだろうな。つまり、俺達と2-Fとの小さな戦争における彼女の出番はこれで終わりって事だ。これから俺が何をしようが、リタイアした相手にまで害が及ぶ事はないさ。どうだタツ、安心したろう、んん?」

 腹立たしいニヤニヤ顔を殴り飛ばしたくなる衝動をどうにか抑える。ある程度は忠勝の本音を突いているだけに、アホかボケ、と一刀両断に切り捨てることも出来ない。結局、忠勝は吐き捨てるように舌打ちした。

「ちっ、ウゼェ野郎だ。その余裕面がいつまで続くか見物だぜ」

「おや?何やら不穏な台詞だ、聞き捨てならないな」

「予告しといてやる。今日は僅差で負けたが――次は話が違う。明日の次鋒戦、どう足掻いてもてめぇに勝ち目はねぇ」

 水・木・金曜日の三日に渡って行う、一日一本の“三本勝負”。2-F代表チームが織田信長に対して持ちかけた勝負方法だった。

 先鋒たる一子の敗退を受けて開かれた放課後のミーティングの内容と、軍師――直江大和の言葉を思い返しながら、忠勝は揺るがぬ確信を込めた口調で言葉を続ける。

「てめぇがあの一年の他にも“手足”を用意してるってんなら話は別だが……タコじゃねぇんだ、そうポンポンと生えてくるもんでもねぇだろ。今のてめぇの持ち札じゃあ、やり合う前から勝敗は決してる」

「それはまあ何とも、随分な自信だな。しかしタツ、一応の形としては2-F側のお前が、そんな風に情報を漏らして良いのか?俺としてはそれだけの判断材料があれば、そっちが持ちかけるルールやら人選やら、色々と推測を組み立てられるんだが」

「どう足掻いても勝てねぇ、と言っただろ。それはつまり、タネが割れた所で結果は揺るがねぇって事だ。オレがこうして情報を漏らしても、仮に勝負方法をこのまま教えちまったとしても、な。……だから言っておくがな。明日の勝負に次鋒として蘭を出すのはやめとけ」

 忠勝の見立てでは、蘭はほぼ確実に負ける。問題は敗北そのものよりも、その結果として彼女が被るであろうダメージだった。

 フィジカルではなく、メンタル面。彼女の精神は歪故に不安定で、打たれ弱い。かつて一度壊れた心は、常人のそれに較べて遥かに脆い。主の名を背負った勝負での敗北となれば――その精神に少なくない悪影響を与える事は想像に難くなかった。幼馴染として、黙って見過ごせる事態ではない。

「くくく。わざわざのご忠告、痛み入る」

 忠勝の真剣な注進に対し、しかし信長は口元に手を当てて、笑いを堪えるような顔で答えた。

「しかしまあ、言っちゃあ何だが、余計な心配だ。――俺達は負けないさ。そちらさんがどれほど素晴らしい策を用意していようが、織田信長に敗北の二文字は有り得ない」

 それは、心底からの確信に満ちた言葉だった。その声音からは虚勢の色はまるで窺えない。

 いっそ奇異と言う他ないほど自信溢れる宣言に、忠勝は数瞬、返すべき言葉を失った。

「……それは、あいつらを甘く見過ぎだ。てめぇから見れば笑っちまうほど温い奴らかもしれねぇが、ザコとは違うぞ」

「ん?ああ、誤解して貰っちゃ困るが、俺は別に2-Fを、ひいては風間ファミリーの面々を舐めてる訳じゃない。むしろ彼らに関しては、何の背景もない学生グループとは到底思えない能力の持ち主だと感嘆してるくらいだ。単純なポテンシャルで言えばS組のエリート共とも張り合えるかもしれないな。だがしかし、そういう問題じゃないのさ、タツ。そういう問題じゃない。勝者と敗者を隔てるのはそんな下らない事柄じゃあない。そうだな、極端に言えば――織田信長が勝負の申し込みを受諾した段階で、既に大勢は決していた」

「……」

 信長は淡々と言い切ってから、不意にニヤリとからかうような笑みを浮かべた。

「そんな深刻に思い悩みなさんな、タツよ。くく、気にする事は無い。所詮はいつもの大法螺だ、と思ってくれて結構」

 笑顔と言う名のポーカーフェイスに遮られて、その真意は見えない。

 本当に面倒な野郎だ、と毒づく忠勝の内心に気付いているのかいないのか、信長は飄々と話題を切り替えた。

「――ところで話はガラリと変わるが、校内でのねねの評判はどうだ?本人からの報告は受けたんだが、あいつの自己申告は誇張だらけでどうも信用出来ないんでね。第三者の意見を聞いておきたい」

「……評判、か。そう言えば、午後はあの一年の噂で持ち切りだったな」

 校内屈指の実力者として有名な一子を相手に、勝利を収めた無名の一年生。圧倒的に不利なステージで戦いに臨み、一度はボロボロになるまで追い詰められながらも、観客の予想を裏切っての見事な逆転劇――話題性は十分だった。噂になるのも当然の話だ。

 “手足”の一本ですらもこの実力ならば、その上に君臨する織田信長という男はどれ程図抜けた力の持ち主なのか、と生徒達は囁き合う。忠勝が記憶に残る校内の様子を口に出すと、信長は愉快げに口元を吊り上げた。

「くく、ネームバリューってのは偉大だとつくづく思うね。川神一子の実力が確かであればあるほど、校内に遍く知れ渡っていればいるほど、それを打倒してみせた明智ねねの評価は高くなる。そして従者の評価はそのまま、主への評価に転じるものだ。いやぁ、あいつは本当に良い仕事をしてくれたよ。調子に乗りそうだから本人には言わないが」

「随分と敵も作ったようだがな。何をやらかすか分からねぇって意味じゃ、いかにもてめぇの従者らしい一年坊だ」

『川神学園の生徒諸君の挑戦を、心待ちにしているよ!』

 決闘の後に彼女がギャラリーに向けて言い放った、一年生全体に対する不敵な宣戦布告もまた、大きな波紋を呼んでいた。

 上級生の大半は面白半分に見守っているが、真正面から喧嘩を売られた一年生達にとっては笑い事ではない。元より血気盛んな競争好きの多い川神学園、生徒達が黙っている訳もなかった。一子との決闘直後で消耗している今こそ好機、とばかりに勝負を吹っ掛けた輩もいるらしい。もっとも、卑怯者だの恥知らずだのと無駄に豊富な語彙を交えた舌鋒で散々に罵られて周囲の冷たい視線を浴びた挙句、結局は鼻歌交じりに叩きのめされたとの事だが。

 その一件で二の足を踏んだのか、今日のところは次なる挑戦者が現れる事はなかったが、まず間違いなく明日以降もこの騒動は続くだろう。決闘の度に呼び出される羽目になるであろう学長が少し気の毒に思える忠勝だった。

「ったく、学校の中でくらい平和に過ごさせて欲しいもんだ。あの件もどうせてめぇの差し金だろうが」

「心外だな、アレはあいつのアドリブだよ。まあ確かに今後の動きを見越した場合、“この展開”は間違いなく必要だし、俺も同じような事を考えてはいたんだが……どうも我が従者第二号は何事も派手にやるのが好みらしい。退屈は心を腐らせる毒、だったか?くく、何とも扱いに困る従者を持ったもんだ」

 新たな従者について語る信長は、終始どこか楽しそうな調子だった。

 その様子を見る限り、どうやら明智ねねという少女を随分と気に入っているらしい。珍しい事もあるもんだ、と忠勝は意外に思う。

 本人が意識しているのかは判らないが、信長は他者を駒として見る節がある。今回のように“個人”に興味を示す事は稀だった。

 内心の驚きが表情に出ていたのか、信長は頭を掻きながら苦笑する。

「んー、どうもらしくないな。気付けば贔屓目に見てしまう自分が居る。同類相憐れむって奴かね……やけに気に掛かるんだよ。我ながら度し難い感情だな」

「……」

 それはよもや――俗に言う恋という奴では、と喉元まで出掛かった言葉を慌てて飲み下す。

(いやいや、それはねぇだろ)

 基本的に自らの夢に関わる事にしか興味を抱かないこの幼馴染に、色恋事ほど似合わないものはない。

 人の恋愛沙汰には興味津々だが、いざ自分の事となると異常に淡白な男だ。今更になって恋だの愛だの、そんな浮ついた言葉が出てくる訳が……いや、これが初恋だとすれば辻褄が合わない事もない、のだろうか?

「……」

「ん?どうしたタツ、この涼しいのに汗なんざ垂らして。気分でも悪いのか?」

「……いや、何でもねぇ。気にすんな」

 激しい葛藤の末に、忠勝はこの件についての一切合財を頭から追い払う事に決めた。

 君子危うきに近寄らず。藪を突いて蛇を出すのは、御免だった。






 


「今日の今日まで耐えてきましたが、もう我慢の限界です!さぁさぁねねさん、いざ出陣ですよ!敵は多勢ですが、死力を尽くせば必ず駆逐できる筈。今こそ、今こそ部屋の片付けを始めますよ~!」

「ああもう煩いなぁ、人の部屋で騒がないでよね。私は御馳走をたっぷり食べた後で猛烈に動きたくないの。大体さー、食後の有酸素運動は消化不良を誘発するからダメだって教わらなかったのかな?常識だよ常識。英語で言うとコモンセンス」

「う、うぅ、だからって、食べた後にそんな風に寝転がってると牛さんになっちゃうんですよ!」

「あはは、キミは実に馬鹿だな。躾の為の方便をその年で真に受けてるなんて笑っちゃうね。食後に身体を休めるのは消化の手助けになるんだよ。親が死んでも食休み、って言うじゃないか。証明終了、完全論破!だから私はここから動かないし掃除もしないよ~ん」

「うぅ、うううう!うー!」

「何かな?生憎と私は日独英以外の言語は専門外なんだ、その謎言語で意思疎通がしたいならせめてバウリンガルとかを用意してから喋ってよね」
 
「う、うぅ、うぅ。信長さま、蘭は駄目な従者です……ねねさんを更正させるという大命、蘭にはとても果たせそうもありません……うぅぅ」

「ちょ、泣く事はないでしょ!ああもう仕方ないなぁ、掃除すればいいんだね?全く、竹林七賢を名乗っても文句言われないレベルで頭脳明晰な私にこんな肉体労働を課すなんて、ご主人ってばホント鬼畜だよ」

 ぶつくさと文句を垂れながら格闘すること三十分。

 足の踏み場もなかった部屋に、足の踏み場が蘇った。それはまさしく、不毛の大地に緑が芽吹くが如き奇跡。

 普通の人間には小さな一歩だが、ねねにとっては大いなる一歩だった。

 人類初の月面着陸を成し遂げた達成感を胸に、ねねは再び柔らかいベッドに身体を投げ出していた。その横で蘭は苦笑を浮かべながら作業を続けている。

「いやぁやっぱり労働の後の休息って言うのは格別だね。何せ私の掃除中の八面六臂の活躍っぷりたるや、それはもう合肥の戦いにおける張文遠にも匹敵する位だし。世が世なら魏の五将軍に任ぜられても何ら不思議はないレベルの功績だよ全く」

「えっと、まだまだ片付いてませんけど……ひとまずお疲れ様です。それにしてもねねさん、本当に三国志が好きなんですね」

「そりゃあもう。何せ私はかつて、かの賈文和が自分の前世だと信じていたくらいだからね」

「あれ?何だか前と変わってるような」

 不思議そうに首を捻る蘭は無視して、ねねはさっさと言葉を続けた。

「それにしても。それにしても、さ。ランは何も言わないよね」

「何も、って……?」

 片付けの手を止めて当惑したような表情を作る蘭を見遣りながら、ねねは間延びした声を投げ掛ける。

「分かりやすい所で言うならー、私の一人称が変わってる事とかー。それ以外にも、まぁ色々とね。私としてはいつ訊かれるかいつ訊かれるかと構えてたんだけど、なかなかキミが言い出してくれないからさー。こうして自分から切り出してるワケだよ」

「……そうですか」

 静かな言葉を切っ掛けに、すっ、と空気が入れ替わった。

 変貌。

 二度目だ、驚きはない。蘭の穏やかな目が冷たく研ぎ澄まされていく様子を冷静に観察しながら、ねねは勢い良く身体を起こした。ベッドの上に正座して、正面から目線を合わせる。

 一連の動作を見届けてから、蘭は感情を窺わせない淡々とした調子で口を開いた。

「恐らくは貴女が思っている程、私の語るべき事は多くはありません。“私”の役目は、以前の問答で殆ど終わっているようなものですから」

「成程。やっぱりアレが二次試験で、キミが試験官だったんだね。で、役目が終わってるって言うのは?」

「言葉通りの意味ですよ。貴女に関して、“私”の出る幕は最早無いでしょう――ただ、最後に。一つだけ、最終問題を出させて貰います。宜しいですか?」

「宜しくない、と凄く言いたい所だけど、話の流れからして私に拒否権は無さそうだね。なんて言うかさ、ご主人もキミもそういうパターンが好きだよねー。……ああゴメン、どうぞどうぞ。心置きなく訊いちゃってよ。質問の内容は、何となく想像ついてるし」

「――そうですか。それでは、遠慮なく」

 蘭は姿勢を正して真っ直ぐにねねの目を見つめ、僅かに微笑んだ。

 そして、問い掛ける。

「ねねさん。貴女には、大切なものがありますか?」

 自らの身を投げ打ってでも守りたいものが。或いはそれ以外の全てを失ってでも捨てたくないものが、何か一つでもありますか?

 
 明智ねねは不敵にニヤリと笑って、答えを口にした。


「私の一番大切なものは―――」











~おまけのまじこい風キャラ紹介~



「嘘吐きは泥棒の始まりだよ、ご主人」
明智 音子(あけち ねね)

身長      148センチ
3サイズ    77 52 77
血液型     B型
誕生日     2月22日 うお座
一人称     私/わたくし/ボク
あだ名     ネコ ネコ娘
武器      脚(師匠直伝の足技)
職業      織田家家臣 川神学園1-S在籍
家庭      不和 名門・明智家(織田家在住)
好きな食べ物  お魚さん
好きな飲み物  ホットミルク
趣味      食う寝る遊ぶ
特技      猫被り(演技全般)、抜き足差し足忍び足(気配遮断)
大切なもの   自分、ついでにご主人
苦手なもの   アルコール
尊敬する人   師匠

エリートクラス、1-Sに所属する謎多き小娘。
名門・明智家の出身で、性格の方も清楚かつ上品な、まさしく絵に描いたようなお嬢様……
と思いきや、入学二週間目にしてただの猫被りである事が判明した。

本性は気紛れな怠け者。いかにして楽をするか、常にそればかり考えている。
基本的に自分本位な考えの持ち主で、他人の迷惑を考慮に入れずに行動する事が多く、好き勝手な振舞いが目立つ。
自由奔放と言えば聞こえは良いが、周囲にとってはかなりの厄介者。

S組らしく文武両道を地で行く優秀さだが、その能力を正しい方向に使う事は少ない。
実力がある為にプライドも高いが、同時に狡賢く、弱い相手だけを選んで強気に出る。
「立場によって人を見下すタイプ」

謎の転入生・織田信長の従者で、使い勝手のいい手足として割と扱き使われている模様。
信長には“ネコ”とあだ名で呼ばれているが、他の人間にそう呼ばれると怒る。
主人に対して不真面目に接しては睨まれており、従者と言っても忠誠心はやや怪しい。
実家の明智家とは折り合いが悪く、その関係で織田家に居座っているようだ。

どこで覚えたのか、戦闘の際にはカポエィラの華麗な足技の数々を用いて敵を蹴り砕く。
名家の子女の心得として護身術を習得しているが、本人曰くそちらはオマケらしい。
一年生全員に向かって宣戦布告し、大量の敵を作ったが、「全員で来ても勝てる」と自信満々。

猫っぽい、と会う人会う人に言われるのを最近になって気にし始めたらしい。













 と言う訳で、今回は幕間的な話でした。後始末と説明と繋ぎと伏線と。何と言うか色々と情報が錯綜している感のある話ですが、さて何が本当なのか。まあそんな事より二万字も使って肝心の本筋がほとんど進んでいないのはどうなんだって感じですが……これも今後の為に必要な話だと思って頂ければ。

 そして今回最大の問題点、キャラ紹介。公式サイトを参照しながら悪戦苦闘して書き上げましたが、上手くそれっぽい雰囲気が出せたか非常に不安な今日この頃です。ただまあ一度はやってみたかった試みなので、書いてる時は楽しかったですね。だからと言って乱発するのはアレなので、他キャラでもやるかどうかは今のところ未定です。それでは次回の更新で。



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