ニャーニャーニャンコロジーで人類ニャートレビアーン。
前回までのあらすじ。何か本屋に侍ガールが居て白い変なの連れてました。スタンド?
そんな訳で、今現在本屋の店内。漫画漁りに興じていた私の前に現れた(ぶつかった)一人の女の子。
人間で言えば、外見からして歳は咲夜より少し幼いくらいかしら。うん、うちの咲夜には負けるけど、普通に可愛い美少女だと思う。
ただ、その、なんていうか…突っ込みどころ満載過ぎるっていうか。何その腰にぶっ差した物騒な刀は。何このふよふよしてるキモイ白い物体は。
観察すれば観察するほどおかし過ぎる。何ていうか、本屋とこの女の子という組み合わせが実にミスマッチというか。
「…あの、私に何か?」
「へ?あ、ああ、悪かったわね。初対面の相手に対して、少しばかり不躾だった」
「いえ、半人半霊は人里では珍しいですからね。そのように奇異の視線で見られるのには慣れてますから、気にしないで下さい」
何この良い娘。ジロジロと眺めまわしていた私に対して、笑顔を浮かべて寛大な態度で許してくれたわ。
う~ん、お姉さん久しぶりに若者に希望を持った気がするわ。こういう礼節を弁えている子が最近は少ないからねえ。巫女とか魔法使いとか云々。
しかし、ハンジンハンレイが何を意味しているかは分からないけれど、どうやらこの娘も人里では物珍しい目で見られているらしい。
その気持ち、痛いほどに良く分かるわ。私もフランのお馬鹿な異変さえなければ、パンピーでいられたのに、今や動物園のパンダ状態じゃない。
だからまあ、共感しちゃった意味も兼ねて私から会話を続けちゃったのよね。本当、止せばいいのに。止せばいいのに。(大事なことだから二回言いました)
「お前も人里の連中にそんな風に見られるのか。私も同じでねえ…人間の視線が鬱陶しいったらありゃしない」
「人里は人間の里ですから、仕方ないと言えば仕方ないですよ。人のテリトリーに入っている私達が異端なのは当り前なのですから」
「確かにそれが正論なんだけどね。というか、別に敬語なんて要らないよ。お前は私の部下でも何でもないだろう?
初見の相手に別に尊大に振舞いたい訳じゃない。もっと楽に会話してくれて構わないよ」
「そうですか?貴女は吸血鬼、それも数百年は生きているのでしょう?年長者を敬うのは当然の事だと私は思うのですが」
「確かにそれはその通りかもしれないけれど…というか私、お前に自己紹介したかしら?」
「いえ、店に入る前に外で人々が噂してましたから。あの『レミリア・スカーレット』が今店に入って行った、と。
店内に居る吸血鬼、それは貴女以外他に居ませんし…」
ちょっと待て。本気で待て。人里の連中は何私の行動を勝手に噂してる訳?というか何故に人里で私はここまで有名になってる訳?
泣きたい。本気で泣きたい。初対面の相手に名前も歳も種族も何もかもバレバレな自分の境遇に涙したい。
私はいつから人里のスターになってるのよ。むしろお訊ね者の方が近いかもしれない。賞金は600億$$か。人間台風か。
本気で凹みかけてる私を余所に、サムライガールは『あの』と声をかけ直す。
「レミリアさんは数か月程前に紅霧異変で幻想郷中を騒がせたあのレミリアさんですよね?」
「いや、うん、まあ…そうね、私よね。やっぱり私の仕業よね。そうなってるのよね。ああそうよ、全部私が悪いのよ。
空が青いのも太陽が眩しいのも空気が美味しいのもお布団が気持ちいいのも紅霧異変も全部全部全部私が悪いのよね。
それがどうしたの?もしかして紅霧異変に関してお説教でもするつもりかい?」
やるならやってみなさいよ。こちとら三秒で土下座する用意があるわよ。親御さんにだって謝りに行ってあげるわよ。
隠された私の108の必殺技の一つである『華麗なる跳躍土下座(エレガント・ジャンピング・ジャパニーズ土下座)が炸裂する時がとうとう訪れたようね。
さあこいバッチこい反省の弁はいくらでも並べてあげるわ。幻想郷のヘイポーと呼ばれた私の謝罪テクをその目に焼き付けなさい。
「いえ、そんなつもりは全然ありませんよ。
そもそも、冥界にまで紅霧は届いていませんし、私も噂を聞いた程度でしか知りませんから」
「へ?あ、そうなの…それなら別に良いんだけど」
「それよりも私はレミリアさんのその力の凄さに驚いているんです。
幻想郷中を覆い尽くす程の紅霧、そのまやかしの術式を詳しくは知らないのですが、それが余程の力を使用することは理解しているつもりです。
そんな大魔術を、レミリアさんは容易くやってのけたんですよね。凄いです、並大抵の妖怪では出来ないことです」
…やばい。嫌な予感がする。あれかしら。やっぱりあれかしら。この娘あれなのかしら。
出会ったときから何となくは感じていたのよ。無駄に礼儀正しかったり、変に生真面目だったり、しっかりしていたり。この娘そっくりなのよ。
少し前の…まだ私のことを母様と呼んでいた頃の…私をキラキラした眼差しで見つめてくる咲夜にそっくりで。
「あ、あの…ちょっと良いかしら?」
「私が何よりも凄いと感心しているのは、現在のレミリアさんの在り方です。
幻想郷中に紅霧を発することの出来る、それほどの妖力を持ちながら、私の目の前に佇んでいるレミリアさんからは妖力を微塵も感じさせない。
なんという高レベルな気配殺し。まだまだ若輩者の私では到底出来ない、辿り着けない境地です。抜き身の刃ではなく、人里ではしっかりと
刀を鞘に納めている…他者に余計な威圧感を与えようとしない姿勢、尊敬に値します!」
えっと…ちょっと何言ってるのか私にも分からないわね。ていうか、さり気なく傷つくこと言われてる気がするんだけど…
妖力を感じないって…いや、少しくらい感じなさいよ。私のマンパワーをビンビンに感じなさいよ。私はここに居るでしょう。
何これ苛め?本人が目の前に居るのに『あれ?○○は今日は休みか?きゃはは!』っていうアレ?お前空気なんだよコノヤロウってこと?
何か未だに延々と少女は語り続けてるけど、私は今それどころじゃない。あ、やばい、本気で泣きそう。人前で泣かないって死んだお父様と約束したのに。いや、してないけど。
ああ…純粋な言葉の暴力って心がこんなに痛いんだ。しかも相手に悪意がないところがもう。文句も言えないし…私、一体どうすればいいのよ。
目尻に本気で涙が溜まりそうになってきたそんなとき、私の後ろから救いの手が差し伸べられて。
「はい、それ以上はストップです。何方かは分かりませんが、お嬢様が困っていますのでその辺で」
私と少女の間に笑顔を浮かべて割り込んでくれたのは、紅魔館が誇る鉄壁の守護者こと紅美鈴。
もうね、信じてた。美鈴のこと、私凄く信じてた。ああ、ヒーローはいつでもお姫様のピンチにかけつけてくれるのね。
ただ美鈴、その右手に持っている読み掛けの漫画は見なかったことにするわ。漫画読むのに夢中になってて、私を助けるのが少し遅れたくらい水に流してあげる。
「お嬢様は誰かに褒められたくて異変を起こした訳ではありませんので、あまり
持ち上げられ過ぎてもお困りになるだけですよ。そうですよね、お嬢様?」
「そ、そうね。私にしてみれば、ほら、暇潰しみたいなものだったからね。それに異変は解決されたんだ。長々とする話題でもないだろう?」
「そうですか…分かりました、確かに私一人勝手に興奮して舞い上がってしまったみたいです。本当に済みませんでした」
「あ、いや…そんな風に真剣に謝られても困るっていうか…き、気持ちは嬉しかったよ!私はお前みたいな奴は嫌いじゃないからね!」
私の一言に目をぱーっと輝かせるサムライガール。いや、嘘は言ってないよ嘘は。嫌いじゃない、ただ単に苦手なだけだし。
やばい、この流れじゃまたこの娘が何時話題を元に戻すか分かったもんじゃない。何とか話題転換を…話題転換を…
「そういえば、私はまだお前の名前を聞いてなかったね」
「あ…し、失礼しました!私は魂魄妖夢、白玉楼にて庭師を務めさせて頂いている者です」
ペコリと頭を下げるサムライガール。へえ、妖夢って言うんだ。霊夢の進化系みたいなもんかしら。
ハクギョクロウが何かは分からないけれど、庭師ってことは美鈴と一緒か。こんな小さい娘が庭師って、なかなか世の中分からないものね。
そう思わない?めいり…
「…美鈴?」
「はい?どうかされましたか、お嬢様」
私の言葉にいつものように人懐っこい笑顔を浮かべる美鈴。うん、いつもの美鈴よね。
…疲れてるのかしら。今、一瞬美鈴が凄く怖い表情を浮かべていたような…美鈴が?いつもぽわぽわしてる美鈴が?うん、あり得ない。
咲夜とガチバトルで鍛錬してるときだってぽわぽわしっぱなしの美鈴だもの。今のは見間違いね。本当、疲れてるのかなあ。
「それで、妖夢は本屋に用があったのでしょう?何か本を探しているの?」
「ええっと…何かを探しているというのは合っているのですが、それが本なのかどうかも分からなくて。
幽々子様…じゃなくて、お嬢様に買い物を頼まれたのはいいのですが、それらが一体何処に売っているのか分からないという状態なんです」
成程、そういうこと。この娘の主もお馬鹿ねえ、欲しいものは自分で一緒に探さないと期待外れに終わるというのに。主に咲夜のかぐや姫とかかぐや姫とか。
妖夢が実に困った様子で手に持っているメモ用紙とにらめっこしている。何この初めてのお使い。そういえば、咲夜もこんな時期があったなあ…
どれどれ、ここはお姉さんが見てあげるとしましょうか。妖夢の横からメモ用紙を覗きこんでみるとそこに書かれていたのは
『オスマン帝国の盛衰』
『まいちゃんの初めてのずきゅーん』
『ンドゥバの生態観察』
『ジルベルトスタイル~ルーザールースの全て~』
『ゆーとぴあとあるかでぃあ』
『ウルの血争奪戦~ミデ派とジャム派~』
…何だこれ。何か色々とメチャクチャなラインナップっていうか、一つ明らかに少女に買わせちゃ駄目な本があるんだけど。
妖夢のご主人様はちょっとおかしな人なのかしら。少女に春画本を買わせてハァハァするような性癖があるのかしら。
いかん。いかんですよこれは。ちょっと妖夢の未来の為にも、とりあえずまいちゃんだけは購買阻止しないと…
「とりあえず『まいちゃんの初めてのずきゅーん』だけは購入出来たのですが…」
「買ったの!?よりにも寄ってそれ買ったの!?何でそれだけ見つけてくるの!?馬鹿なの!?死ぬの!?」
「へ!?よ、よく分かりませんがごめんなさいっ」
駄目だこの娘、自分が何の本を買ったのか分かってない。
まあ、確かに外装だけなら普通のただの漫画に見えるものね。右下に18禁って書かれてなければ。
しかし、この娘のご主人様はこんな戯けたモノを読むのかしら…ましてやこんな真面目一徹の娘に買わせに?
いや、確かにからかうと面白そうな娘だし、そういう意味では。いや、でも…というか、この娘さっきご主人様のこと『幽々子様』って
言ってたし、女の主人がこんなの買わせるかなあ…そもそも本の種類がぐちゃぐちゃだし、オスマン、まいちゃん、ンドゥバ、ジルベルト…
「…あれ?オスマン、まいちゃん、ンドゥバ、ジルベルト、ゆーとぴあ、ウル」
「?どうかしましたか、お嬢様」
「いや、ちょっと待って美鈴。今何かピーンと…オス、まい、ンド、ジル、ゆー、ウル。
…ああ、そういうこと。そういうことね。何て回りくどい…というか、性格が悪いわね」
「えっと…レミリアさん、一体どういう意味ですか?」
「ストレートな意味よ。妖夢、貴女のご主人様って貴女を冗談でからかったり戯れ事を言ったりするのが趣味みたいなところあるでしょう?」
私の言葉に『どうして知ってるんですか』と言わんばかりに目を丸くして驚く妖夢。やっぱりか。
妖夢の様子に思わず溜息をついてしまう私。本当、妖夢のご主人様は何をやってるのよ。私だってこんな事しないわよ。
不思議そうに首を傾げる妖夢と美鈴に、私は妖夢のご主人様が本当に頼みたかった買い物が何であるのかを説明する。
「簡単な縦読みだよ、妖夢。貴女の頼まれた買い物リストの頭文字を縦読みしてみなさい」
「へ?えっと…オ、マ、ン、ジ、ゆ、ウ。…って、ああああっ!!そ、そういうことですかっ!!」
「そういうことだよ。ちなみに妖夢、買い物を頼まれたときにご主人様は何か言ってなかった?」
「そうですね…確か『私はどっちを買ってきても構わないわよ~。解読されても美味しいし、されなくても面白いし』って…」
「どんぴしゃりだ。お前のご主人様はつくづくお前で遊ぶのが好きらしい。愛されてるねえ、妖夢」
私のからかいに『嬉しくないです』と頭を押さえる妖夢。何だか振り回されて可哀そうねえ…この様子だとこういうのは
今日に始まったことじゃないみたい。まあ、一種の愛情表現なんでしょうね、これ。私は死んでも御免だけど。
まあ、これで妖夢の買うものも分かったみたいだし、めでたしめでたし。思い悩む生真面目っ娘を救う、これで世界も平和になるわ。
「レミリアさん、本当にありがとうございました。私一人だったらまた幽々子様から良いように遊ばれていたと思います」
「いや、今でも十分に遊ばれてるような…ま、まあ解決したのなら何よりだわ。それじゃ私は漫画を…」
「妖夢さん、話を聞く限りでは貴女はこれからお饅頭を買いに行くんですよね?
それならば私達もこれから茶屋に行く予定ですし、ご一緒しませんか?これも何かの縁と申しましょうか」
私が漫画漁りに戻ろうとした刹那、いきなりそんなことを提案し出した美鈴。うぉい!?私のギャグ漫画日和は!?
何を持って美鈴がそんな提案をしたのかは分からないけれど、妖夢は『良いんですか?』という感じで私の承諾を待っている。
いや、そんな目向けられたら断れないじゃない。ここで『いや私漫画探したいから一人で行って頂戴』なんて言ったら、私どんだけクズなのよ。
う~、仕方ないわねえ…ちょ、ちょっと茶屋まで付き合ってあげるだけなんだからね!勘違いしないでよね!
そんな感じで本屋を出ていく刹那、美鈴が購入済みの漫画を数冊袋に入れて持っているのが見えた。何時の間に買ったのよ。
でもそんな瀟洒な仕事ぶりに痺れる憧れる。美鈴といい咲夜といい、どうしてウチには優秀過ぎる人材が集まるのかしら。
主の私はコレなのに。こここ、コレとか言うなっ!
「へえ、そのお歳で剣術をそこまで…さぞや訓練は大変だったでしょう」
「いえ、そんなことはありません。私の剣が幽々子様を護ることにつながるのですから、厳しくも楽しい日々でしたよ」
ハロー、こちらレミリア。何か私の隣で二人が体育会系丸出しのお話を続けていて会話に入れません。
やれ気の練り方だのやれ人より一手先んじる構えだの全然意味が分かりません。何か除けものみたいで寂しいです。くすん。
というか貴女達、仮にも女の子でしょう?そんな倒した倒された、切った切られたの話じゃなくてもっと健全な話をね?
そう、例えばお菓子作りなんかどうかしら。この前の休日、私が一人で作ったアップルパイの話なんて良いんじゃないかしら。
あれは実に上手く出来たと自負しているわ。パチェや咲夜には凄く好評だったし、あれの改良を更に考えても良いかもしれないわねえ。
「それで、対人戦における場合、あまり空を飛ぶことは――」
「――ですねえ。確かに近接戦闘よりも少し間合いを置いて距離を測りながら――」
…くききー!何よ!そんな物騒な話の何が面白いのよ!そんなことよりサメの話しましょうよ!うがー!
大体女三人集まれば姦しいという文字になるのに、今は女が二人と一人に別れちゃってるじゃない。どういう状況よこれ。
かといって、話が弾んでる二人の邪魔はしたくないし、そんな空気の読めない奴にはなりたくない。茶屋に新作のお菓子は
置いていないし、話には入れないし本当にダメダメ過ぎる。はあ…早く注文したお菓子こないかなあ。こういう日はさっさと帰って
お部屋でゴロゴロするに限るわ。あ、その前にお菓子食べないと。咲夜に温かい紅茶を淹れてもらって、スイーツタイムに身を委ねて…
「お待たせしました。こちらが注文頂いた商品になります」
…っと、やっときたわね。本当、こんなにお客を待たせちゃ駄目じゃない。将来ケーキ屋を開くときは、その辺りも心がけよう、うん。
妖夢と美鈴がお菓子を受け取っている姿を眺めながら、私はようやく帰宅できる事にほっと一息。ああ、息が白い。
さあ、帰るわよ美鈴…って、あれ、まだ妖夢と話してる。随分長く談笑してるのね…商品を貰うや、戦闘話に花を咲かせる乙女談議。
ご主人様を無視してこれだけの放置プレイは並みじゃ出来ないわよ。誰もそんなところ見てないでしょうけど…って、いつまで私を無視するかー!
「それじゃ美鈴、そろそろ帰るよ」
「あ、それなんですけどお嬢様、少しばかり寄り道しても構いませんか?」
「へ?ま、まあ…寄りたいところがあるのなら、別に私は構わないけれど、何処に行くつもり?」
「ええ、妖夢のところに。何でも妖夢がレミリアお嬢様に今日のことのお礼もかねて、彼女のご主人様にお嬢様を紹介したいらしいです」
…は?え、何で?私何も関係ないっていうか、何もしてないっていうか…何これ、どういうこと?どういう展開な訳?
ニコニコと話す美鈴の横で、妖夢がぺこりと小さく頭を下げている。いや、私早く帰って漫画を…
「駄目…でしょうか?」
「だ、駄目な訳ないだろう?私を持て成そうというその気概が気に入ったよ。
さあ、お前の主人の屋敷に案内なさいな。この私が遊びに行くんだ。それ相応の歓迎を期待してもいいのでしょう?」
「は、はいっ!」
うぼぁー。違う、違うのよ。今のは不可抗力なのよ。良い格好しいの悪い癖っていうか…くそう、それもこれも幼咲夜みたいな空気纏ってる妖夢が悪いのよ。
ま、まあ…ただ友人の家に遊びに行くだけだし。お持て成しして貰って、向こうのご主人様とちょちょっとお話して解散すればいいだけだし。
ああ、妖夢ったらあんなに嬉しそうにキラキラして…ま、まあ良いか。純真な女の子の笑顔を奪うのは大人のすることじゃないものね。ちょこっとお茶に付き合って
その笑顔を守れるのなら安いものだわ。私、レミリア・スカーレットは弱い者の味方だもの。まあ、私より弱い者っていったらアリとかそんなレベルになるんだけど。
それにしても妖夢のご主人様かあ…さっきの買い物を見る限り、ちょっと不安だわ。何か変わり者っぽい空気あるし。
でも、私はこう見えて霊夢や紫と友達だからね。よっぽどのことが無い限り、大丈夫でしょ。美鈴も居るし。しかしまあ、やっぱり不安だわ…色々と。
~side 妖夢~
その出会いには偶然という言葉はあまり用いたくは無い。
私に表現を許させて貰えるならば、この出会いは必然だったと力説したい。私とレミリアさんの出会いは必然だったのだ、と。
私が幽々子様にお使いを頼まれ、人里に下りてきたときに度々よく耳にしていた一つの噂があった。
それは今夏、幻想郷中に大騒動をもたらした一人の吸血鬼のお話。紅魔館の主にして最強と謳われる吸血鬼、レミリア・スカーレット。
幻想郷中を紅霧で覆うなどというとんでもない事をしでかした吸血鬼の話題で、今夏の人里は話が持ちきりだったのだ。
私も最初にその噂を耳にしたときは『迷惑な奴もいたものだ』と思った程度だった。しかし、そのことを幽々子様にお話しすると、
幽々子様は少しばかり楽しそうに微笑みながら、私の意見に言葉を向けた。
『確かに迷惑以外の何ものでもない妖怪の短絡的な行動だわ。自己顕示欲に塗れた実に妖怪らしい、ね。
けれど、それは物事の表面だけを見つめ続けた場合の解答だわ。私は妖夢にはそこで終わるような人間になって欲しくない、そう願っているわ』
最初は幽々子様の仰る言葉の意味が理解出来なかったが、何度も人里とを往復することで、段々と見えてきた答えがあった。
紅霧異変において、少なくとも人里で被害を被った人間はほとんどいないということ。居たとしても、少し気分を害した程度で命に関わるような
ものではない。あれだけ大掛かりな紅霧を発生させながら、かの吸血鬼は他者に害を与えないように異変を生じさせたのだ。
あれだけの大魔術、それも妖怪の術式を人間に害を与えないように組み合わせて精密に散布する。それは一体いか程の技量と力を
求められるのか。そして何よりも驚いたのは、この異変によって吸血鬼は人一人妖一匹屠ることなく、幻想郷中に自身の名を広めてみせたのだ。
無駄な殺生をすることなく、どこまでも高潔にこの世界に挑む姿、その何と強き在り方か。回り道をしてようやく気付くことが出来た
事実を私は年甲斐もなく幽々子様に、英雄伝を語る子供のように熱論してしまった。そのときのことは何度思い出しても恥ずかしくなる。
私の敬意に満ち溢れた吸血鬼話に、幽々子様は『成程ね。話半分に聞いていたけれど…紫には悪いことをしたわねえ』などと仰られていた。
何故ここで紫様の話題をしていたのかは未だによく分からないけれど。
それから月日は少し流れ、いつものように幽々子様に買い物を頼まれ、人里で頭を悩ませていたある日のこと。
いつもとは違う、少しざわついた人里の空気に何事かと耳を傾けていると、どうやらこの人里に例の吸血鬼が訪れているらしい。
その噂を聞いて、私は少しばかり自分の胸が高鳴るのを感じていた。いつも噂だけは耳にしていた噂の吸血鬼。彼女がここに居るというのだ。
そのとき、私の心は己が欲望に少しばかり駆り立てられた。――会ってみたい。実際に会って、お話してみたい。
今思えば、その時の私はある意味暴走状態だったように思う。噂話によって作られた偶像をレミリアさんだと信じて疑わず、
紅魔館の吸血鬼は強大な強さを持ちながら、誰よりも高潔な存在だと断定しきっていた。いわば自分の中のレミリア像を勝手に押し付けていたのだ。
けれど、実際に会ってみて、私は自分の考えが間違いではなかったことを確信した。
私が出会った吸血鬼――レミリア・スカーレットは普通の妖怪とは一線を画する存在だったのだ。
あれだけの異変を起こしたにも関わらず、自身の力を威張りひけらかそうとはせず、むしろ慎み深くさえその姿はあった。
私が熱を込めて異変のことを語っても、当のレミリアさんはどこ吹く風。まるで他人事のように興味なさ気に聞き流すばかり。
己が妖力すらも殺し抑え、必要なとき以外は静かに佇んでいるその姿に、私は自分の目指す姿を垣間見た気がした。あれが私の目指す高みなのだと。
凄いのは何もレミリアさんだけではない。彼女の従者である紅美鈴さんもまた規格外に位置する妖怪だ。
レミリアさんの前に立ち、彼女の身体を護ろうとする彼女の姿はまさに付き人の鏡そのもの。その達振る舞いには一切の隙もない。
きっとあのとき右手に持っていた書物は武器にもなるのだろう。美鈴さんと向かい合ったとき、私の全身に流れる武人の血が熱くなるのを感じた。
あれだけの実力者をレミリアさんは付き従わせているのだ。その本人の力は語るべくもないだろう。
幽々子様から頼まれた買い物を終え、帰宅しようとしていたレミリアさんを美鈴さんを通して引き止める。
自分でも、どうしてこのような行動に出たのか不思議に思う。だけど、このままレミリアさんと別れるのは、絶対に駄目だと私の中の何かが告げていた。
協力してくれた美鈴さんには本当に感謝してもしきれない。美鈴さんが背を押してくれたからこそ、こんな行動に移れたんだと思う。
現在、顕界と冥界の結界に穴が空き、行き来が容易となっていることも幸いした。幽々子様もレミリアさんに関して非常に興味を持たれていたし、実際に
会ってみたいと何度か呟いていたこともある。ならば、幽々子様もレミリアさんをお連れすれば喜ぶに違いない。
自分の欲望と主の望みが一つにつながったことを理解し、少しばかり胸の内が軽くなるのを感じている私は、本当にズルイ人間だと思う。
ただ、それでもレミリアさんや美鈴さんともう少しお話がしたかったというのが自分の偽らざる本心だ。
今の私はきっと、理想の英雄に出会うことの出来たただの子供。傍から見れば、間違いなくそのように浮かれているのだろう。
~side 美鈴~
白玉楼。その言葉を耳にした瞬間、お嬢様と会話していた少女の素性が理解出来た。
冥界にて幽霊管理を司る亡霊――西行寺幽々子。間違いなく彼女はその関係者。
使えると思った。利用出来ると思った。彼女を上手く引き込めば、お嬢様は西行寺幽々子と出会いを果たすことが出来る、と。
この幻想郷中の実力者達と縁を結ぶという点において、西行寺幽々子はフランお嬢様やパチュリー様が話題に上げていた人妖の中でも
かなりの重要人物だ。元人間の身でありながら、他者を容易に死へと誘う禁忌の能力。敵であれば恐ろしいが、味方にすればこれ以上の人物はない。
ただ、彼女もまた冥界を管理する程の実力者。こちらの薄っぺらい取引や話し合いに乗るとはとても思えない。
なればこそ、やはり八雲紫同様にお嬢様を見てもらうしかない。お嬢様を見てもらい、『気に入って』貰えればこちらの勝ちだ。
ただ、それ相応のリスクがあるのは確か。お嬢様の未来の為とはいえ、お嬢様を冥界までお連れしなければならないのだ。
そういう意味では、八雲紫や博麗霊夢とは危険度がかなり違ってくる。なんせお嬢様を護る駒が私だけなのだ。咲夜さんやパチュリー様、フランお嬢様の助力は期待出来ない。
…思わず笑いそうになる。だから、何だ。私は一体誰だ。私は美鈴、紅美鈴。紅魔館の盾にして、お嬢様を護る守護者なり。
もしものときは私がお嬢様を護ればいいだけのこと。お嬢様を逃がせばいいだけのこと。何なら人間の姿を捨ててしまっても構わない。
それだけのリスクを背負うだけの価値が西行寺幽々子にはある。だからこそ、この好機は逃さない。私一人の命でお嬢様の未来が買えるなら安い物だ。
幸い、妖夢はお嬢様を曇り一点もない瞳で見つめている。そこに付け込む隙はあり、私はお嬢様が白玉楼へと行く道を築いた。
西行寺幽々子に気に入られるかどうか、それはお嬢様次第。ただ、そのような結果になっても、お嬢様は私が護る。ただ、それだけだ。
…あと、余談なんですけど、妖夢は少し人を疑うというか、そういうのを身に付けた方が良い気がします。
今回の件が終わったら、色々と指導してあげようと思います。なんていうか、昔の咲夜さん見てるみたいで本当に心配。
少し雑談しただけなんだけど、この娘、本当に良い娘だってのは痛いほど分かっちゃったし。うーん、将来変なことで騙されたりしないと良いけど。