暑い夏が終わり、足早に秋が駆け抜け、そして次の春の息吹を待たんと寒い冬を迎えた幻想郷。
寒気に彩られる風景を数少ない窓から眺めながら、私、レミリア・スカーレットは至福の時間を過ごしていた。
…うん、具体的にいうと『ザ・引き籠り生活』なんだけどね。幻想郷に冬が来てからというもの、私は専ら紅魔館というか
自分の部屋に引き籠りまくりなんだけどね。ごはんとかお風呂とかそういうのはちゃんと室外に出るんだけどね。
何というか、あの激動の夏が夢だったかのように最近は平和なのよね。お馬鹿な妹により引き起こされ、私がざっと三回くらいは
死を覚悟した紅霧異変から季節は流れ、最近は本当にびっくりするくらい平穏な毎日。いや、以前はこれが普通だったんだけどね。
勿論、私の『貴女が私のサーヴァントか?ドキドキ霊夢と仲良くなろう計画』は現在進行形。この馬鹿みたいに寒い中、私は
頑張って週二日は必ず霊夢のところに通っているわ。でも、最近はそのことがあまり苦じゃなくなってるのよね。
何故かって?ふふん、それはね、あの大妖怪、八雲紫が冬眠して神社に顔を出さなくなったからよ。
あの何を考えてるか分からない、何の取り柄も無い普通平凡な私を気に入ったなどと抜かす意味不明最強妖怪が来なくなったのよ?
もうそれだけで私の心労は大激減よ。霊夢も正直まだ少し怖いけど、間に魔理沙がいれば頑張れるし。魔理沙って良い奴よね、本当。
この前なんか御裾分けと言って変なキノコくれたし。ただ、咲夜が本気で怒りながら魔理沙に付き返してたけど。斑模様が格好良くて珍味っぽかったのに。
あ、そういえば、この前博麗神社でNABEをしたのよ、NABEを。霊夢と魔理沙と咲夜と私。四人で卓袱台を囲んでNABE。
あれは本当に美味しかったわ。それにパチェに聞いた話なんだけど、NABEをするということは、東洋では友情の契りを交わす意味もあるらしいわ。
つまり、私と霊夢は最早心通じ合った友人ってことよ。未だに目を見て話せないけど。不機嫌そうなとき声かけられないけど。それでも友達なのよ。
とまあ、霊夢と仲良くなる計画は何とか順調に邁進中といったところかしら。次の目標は頑張って霊夢の目を見て話すこと。
本当、他人と仲良くなるって難しいわ。同じ他人でも、魔理沙みたいなフランクなら、三秒で仲良くなれるんだけどね。まだまだ先は長いわ。
…あー、うん、話がずれちゃったけど、話をまとめるわ。
今は冬。八雲紫大魔神冬眠中。私絶賛お部屋に引き籠り中。うん、現状はこんな感じ。私ってば本当に駄目人間。
いえ、私は人間じゃないから駄目吸血鬼かしら。あ、そういえばもともとダメダメ吸血鬼だった。てへり。
でも、私がこんな風になってしまうのは仕方がないといえば仕方がないのよ。私だってこのままじゃいけない!と何度も思ったのよ。
けれど、そんな私の鋼鉄の意思(ゼリーの間違い)を、いつもいつも今現在私の包まっている素敵アイテムが奪っていってしまうのよ。
それはお布団。ふっかふかのお布団。私の代わりにと言わんばかりにお日様の光をこれでもかこれでもかと吸いつくしたマジックアイテムが
私の固い決意をいつも粉々に打ち壊してしまうの。今だってそう。もう起きなきゃと思っていても、身体がお布団から離れない。
私の身体を温かく包み込んでくれるもっふもふのお布団。ああ…何て心地良いのかしら。ぬっくぬくのお布団が私を駄目にしていく。
もっふもふ。ああ、なんて素敵なもっふもふ。いけない、お布団が心地良すぎるあまり、思いっきり包まってしまったわ。
今の私はさしずめ吸血鬼の河童巻き状態。レミリア巻きの一丁上がり。…まあ、いっか。別に誰が見てる訳でもないし。引き籠り万歳。
気持ちいいお布団に抱かれてごーろごろ。寝ぼけた頭でごーろごろ。ああ、本当にこのまま溶けてしまいたいくらいだわ。それ、ごーろごろ。ごーろごろ。
「ごーろごろ、ごーろご…」
『お嬢様、咲夜です。昼食の準備が済みましたので、お呼びに参りました』
「ひゅいっ!?」
ノックの音とともに扉の向こうから突如聞こえた咲夜の声に、思わずお布団を剥ぎ取ってベッドの上に直立する私。
…良かった。咲夜が部屋に入って来なくて本当に良かった。あやうく一生モノの傷(馬鹿なことしてる格好悪い母)を咲夜の心に残すところだったわ。
昼食を取り終え、自室に戻ってきたはいいのだけれど、今日も今日とて別段これといってやることはない。
いつもはパチェのとこから借りてきていた本を読んだり、自分の手持ちの漫画を読んだりしてインドア派全開で過ごしているのだけれど、
あいにく手持ちの本は漫画も小説も全部読み終えたのよね。となると、新たな本を入手しないといけないのだけれど…今日は小説よりも漫画な気分。
けれど、漫画は残念なことにパチェのところには置いていない。パチェの奴、漫画読まないのよね。その他の本は活字中毒かってくらい読んでるくせに。
だからまあ、私は漫画を入手する場合、外に出ないといけない訳で。ああ、面倒くさい。でもこればっかりは咲夜に買ってこさせる訳にもいかないし…
漫画は自分が気に入ったものを買わないと面白くもなんともないのよ。少し前の話なんだけど、咲夜に漫画を買ってくるように言ったら、
買ってきたのは絵本だったのには本気で泣きそうになった。あの娘、漫画と絵本の区別もついてないのよね…月姫系買ってこいって言ったのに、
なんでかぐや姫買ってくるのよ。確かにルナティックなプリンセスではあるけれど。だから私はこの件に関してはちゃんと横着はしないことにしたの。
とりあえず、新しい漫画本を買いに行くことにしよう。四、五冊程買ってくれば、私は遅読アンド読み終わった後の余韻で妄想とかするから
一つのシリーズで一カ月は過ごせるからね。新しい漫画本でこの冬を楽しくおかしく乗り切ることにしましょうか。主に自分の部屋での引き籠りライフで。
「そういう訳で新しい漫画を買いに行く。三十秒で支度しな。愚図は嫌いだよ」
「あ、はい。分かりました。三十秒で咲夜さんに許可を頂いてきますね」
「ちょ…じょ、冗談よ。十分くらいならここで待ってあげるから、ゆっくり行ってきなさい」
そんな訳で、私は今、紅魔館の門の前で美鈴に買い物に付き合うようにお願いしているわ。
何故美鈴なのか?その質問の答えを単純明快に答えさせて貰うと、『私の他に漫画を読む奴が美鈴しかいなかった』から。
前述した通り、パチェと咲夜は問題外、フランなんか私のこの趣味を鼻で笑って『お姉様、幾つ?』なんて抜かしやがった。
何よ!私が漫画を読むことの何処がおかしいのよ!五百歳が漫画読んじゃダメだって一体誰が決めたのよ!?漫画には夢が詰まってるのよ!
漫画はね、漫画はね…って、いけない。変な方向に熱くなってしまったわね。うん、お馬鹿な妹の嫌味なんてどうでもいいのよ。どうでも。
で、残る一人である美鈴はというと、何とまあ、実に私の趣味を理解してくれる奴で。昔、私が持っていた漫画を一冊貸してあげたら
『凄く面白かったですよ。これ、続きはありませんか?』なんて漫画オタ…ごほんごほん!漫画コレクターである私の心をくすぐるような
感想をくれたのよ。それ以来、美鈴は私の唯一の漫画フレンド。言わばMY同志って奴よ。少し古いかしら?
そんな美鈴には、私が新しい漫画を買いに行く際には人里までついてきて貰ってる。あ~、理由?そんなの分かってるでしょう!?
ええそうよ!私弱いものね!一人で人里なんていけないものね!一人で人里まで飛べるほど飛行能力もないものね!泣いてない!泣いてないわよ!
そういう理由で、漫画を買いに行くときは常に美鈴に同行をお願いしているわ。いつも本を吟味しながら美鈴と漫画談議に花を咲かせてるの。
ああ、今日はどういう方向の漫画を買おうかしら。ロボットモノも悪くないけれど、森の中のシルバーニアンが面白過ぎて、
どうしても比較してしまうのよねえ…今回は無難に学園恋愛モノとかかしら。ドロドロしてなければ、私恋愛モノも結構いけるクチだから。
…しかし、やっぱり外は寒いわね。真冬なんだから当り前と言えば当り前なんだけど。今何月だっけ?一月末、寒いに決まってるじゃない。
そんな感じで『うー』と寒さに震えながら美鈴を待っていると、何故か急に身体がほっこり。具体的に言うと、寒さが緩和されちゃった。
その原因は私の身体に羽織らされた厚手の上着。もっふもふ、実に私好みな生地だわ。一体誰が私に上着をかけてくれたのか、そんなことは
考える必要も無くて。
「ありがとう、美鈴。流石にこの寒さには参っていたところよ」
「いえいえ、こちらこそお待たせして申し訳ありませんでした。
それに、これは私からではなく咲夜さんからですよ。『レミリア様がお体を冷やされたりしないようにお持ちしなさい』って」
きゅん。咲夜、本当になんて良い娘なんだろう。お母さん、今本気で胸きゅんしたわ。
もし貴女が女で我が子じゃなかったら迷うことなく告白していたところよ。なんて私キラーなのかしら、末恐ろしい娘。
そんな娘の温もりを確かめながら(温度的な意味でも)、私は美鈴に出発するように言葉を紡ぐ。
「さて、早速人里の本屋へと向かうとしようか。勿論、霧雨道具店に寄った後でだけれど」
「了解しました。最後は茶屋で新作の菓子が出ていないか覗いて行くんですよね?」
「当然だよ。この私が知らない洋菓子なんてこの世に存在させてなるものか。新作が出てたら、買って帰るから」
「出てなくても買って帰るんですよね?パチュリー様、お嬢様のお土産を楽しみにされてましたよ」
「ふふっ、勿論パチェや咲夜、フランの分も買って帰るさ。そしてお前の分もね」
「ありがとうございます。帰ったら美味しい緑茶を淹れさせて頂きますね」
「そうだね。紅魔館では紅茶ばかり飲んでいるけれど、たまには緑茶も良いだろう」
ころころと楽しそうに笑う美鈴に、私もつられるようについつい笑ってしまう。
嗚呼、やっぱりこれくらいの平穏が私にはちょうど良いわ。お昼寝に漫画にお菓子、そんなワルツがいつまでも続けば良いのに。
あ、余談かもしれないけれど、人里に着くまで私は美鈴に御姫様抱っこされてたわ。だって私、人里まで一人で飛べないもの。五分で失速するもの。
思い出すのもかなり前の話。最初の頃、人里に行くまでどうするか迷ってたんだけど、美鈴が当り前のように私を御姫様抱っこしたのよね。
驚く私に美鈴は『日光の中、お嬢様がお一人で日傘をさして空を飛ぶなどとんでもないです。私が運びますので、お嬢様は日光が当たらないように
日傘をしっかりとお持ち下さい』って言ったのよ。何でも、話をきけばフランも同じようにして人里に度々行ってるのだとか。
ナイスよフラン。貴女の人任せな性格のおかげで、私は如何に人里まで運んでもらうかという点で悩む必要は無くなったわ。
…でも、変な話よね。私、フランが屋敷の外に出てるの見たことないんだけれど。まあ、私の知らないときに出てるだけか。風みたいな娘ねえ。
「いらっしゃい…って、レミリアの嬢ちゃんか。こいつは久しぶりだな。何カ月ぶりだっけか?」
「久しぶりね、店主。寒冬で客足が伸びなくて、店が潰れていないかと館で冷や冷やしていたよ」
「馬鹿野郎、この寒冬のおかげで逆に客足は好調だよ。防寒具や暖機の売り上げが伸びる伸びる」
「あら、それは何よりね。その景気がいつまで続くのやら楽しみだわ」
店に入るなり馴れ馴れしく話しかけてくる店主に、私も馴れ馴れしく言葉を返す。まあ、今更の付き合いだし良いのだけれど。
人里の中にある何でも屋こと霧雨道具店。ここは私の最早行きつけの場所と言っても過言ではないくらいのお店だ。
買い物の用件があるときには、いつもまずこの店から寄るようになっている。その理由は実に簡単なモノで…
「それで、今日は何を持ってきたんだい?嬢ちゃんの持ってくるモノは何でも上質のモンだからな」
「今日はこれよ。本を五、六冊と茶屋の菓子を適当に見繕える程度に換金して頂戴」
「織布か。これまた上質だな、それも保存状態が良い。これなら本屋の本なら五十冊は買えるぜ」
「そんなに要らないわよ。余った分のお金は咲夜の買い物のときに割引ってことで差っ引いといて。勿論…」
「お嬢ちゃんの差し金ってことは秘密に、だろ。分かってるよ。咲夜嬢ちゃんの来店時はいつも霧雨道具店は半額セールだからな」
漫画本を買う為のお金を換金しに来てるのよ。紅魔館の宝物庫から物色したもので。
…ちょ、ちょっと待って!違うわよ?泥棒とか盗人とかそんなんじゃないわよ!?これは私のモノなのよ!?そこは断っておくわよ!?
説明すると簡単なもので。お父様が死んで、紅魔館の主の座が転がり込んできたとき、紅魔館は私のモノになってしまったわ。本気で不本意なんだけど。
その時に一緒に転がり込んできたのが、紅魔館の財貨の全て。館の地下にあるお父様が蒐集していた金銀財宝お宝の山、山、山。
後見人を務めていた(何時の間にそんな役職についてたのよ)パチェが私を宝物庫に連れていくなり一言、
『今日からこれはレミィのものだから。好きなように使って頂戴』
…いや、待てと。ちょっと待ちなさいと。ぱっと見でも私の身長の十倍以上は積み上げられた財宝なんかどうしろと。
とりあえず、その日の夜は怖くて眠れなかったわ。自分でも認める小心者の私が、急にこんな財産を押し付けられたのよ?
もうね、眠れなった。この遺産を狙って誰かが私を殺しに来るんじゃないかとか本気で思ってた。いや、誰も来なかったんだけど。
基本ビビりな私は正直こんな財宝なんて扱える訳がなく。悩んで悩んで悩み抜いて、私は答えを出したわ。『少しの間だけ私が借りていることにしよう』と。
この財宝は、将来フランが紅魔館の主になったときに使えば良い。そう、これはフランのモノにしよう。私、ノータッチ。立場的にはお年玉を預かるお母さん。
名目上は私のモノだけど、私的にはこれはフランのモノ。そういうことにしよう。で、必要が生じたら、私は時々このお宝からお金を借りよう。
そして、将来ちゃんとフランに返そう。そういう考えにいきついたのよ。分かって貰えたかしら?
だからこれは盗んだりしたものなんかじゃなくて、名目上は私のモノなのよ。私の中ではフランのモノだけど、そういうことなのよ。
ちゃんと将来フランに返す為に、忘れないように買い物の度に金額をノートにメモしてるんだから。返す宛は…け、ケーキ屋さんが軌道に乗るまで待って欲しいなあ、なんて…
咲夜の買い物に出してる分のお金は…生活補助費だからケーキ屋さんがチェーン店になるまで待ってほしいかなあ、なんて…
「ほらよ、お嬢ちゃん。これで足りなかったらまた店に来てくれな」
「充分足りる金額だわ。邪魔したわね、店主」
「なあに、嬢ちゃん達はウチの上客だからな。暇なときはいつでも来てくれよ。
それと、話は変わるんだが、レミリア嬢ちゃん、今年の夏に幻想郷中に紅い霧を…」
「失礼するわっ!!」
店主が異変の話題を出すや否や、マッハで店を出ていく私と美鈴。
うう、フランの馬鹿のせいで人里の中で私=紅霧事件=凄く強い吸血鬼になっちゃってるじゃない。
今日、私が人里の中を歩いてるだけで、遠目でみんなヒソヒソ話してるし…店主にからかわれる前に脱出成功して良かったわ。
というか、どうでも良いんだけど『霧雨』って最近どこかで聞いた気がするのよねえ。何だったかしら。
霧雨道具店を出て、本屋に辿り着いた私は美鈴と二手に分かれて漫画の物色を始める。
ここに来るまでの美鈴との協議の結果、今回はスポーツギャグ漫画の路線で攻めてみることにしたわ。
スポーツギャグ漫画か…私的にはやっぱりテニキングとかミステルとか好みだわ。ニンニクマンはスポーツじゃなくてバトルだしね。
あの手の漫画を探すとなると、しっかりと吟味しなきゃいけないわね。なんせ、このジャンルは当たり外れがなかなか激しい。
この冬を乗り切る為にも、ここはしっかりと私達の目利きが試されるところね。頑張って探すわよ~。
「まずはこの辺りから…っと?」
本棚を見つめながら、身体を横移動させていると、トスンと何かにぶつかる感じがした。
いえ、トスンというかぽよんって感じだった。いえいえ、ぽよんというかぬるんって感じかも。なんというか、
言葉にするのが非常に難しい、私の国語能力が試されるような感覚だったというか。
何にぶつかったのかを確認する為に、私は視線を本棚からつつっとそちらの方向へと向ける。
「…何これ?」
そこにあったのは白。汚れなき純白。っていうか、本当に何よこれ。
皺のない大きなビニール袋を力いっぱい膨らませたような風船ちっくな物体がふよふよと浮遊してる。
…最近の本屋って、変なPOPを立てるようになったのね。その割には広告も何も書いてないし…変なの。
軽く指でツンツンとつつくと、指先が以外にひんやり。どうやら意外と冷たい温度で保たれてるらしい。ちょっとキモイ。
マジマジと凝視し、観察を続けていた私だが、それは白風船の向こうから聞こえた声によってストップすることになる。
「あ、すみません。すぐに半霊をどかしますから」
女の子の声が聞こえたかと思うと、その白POPはふよふとと宙に浮き、数歩分後ろへ下がっていった。
そして、その白風船の後ろから現れたのは、銀髪を肩口くらいに切り揃えた可愛らしい女の子。ただ…
「…サムライソード?」
…その女の子、なんで腰にぶっそうなモノ(どうみても刀です、本当にry)ぶっ差してるんだろう。
その日、私は本屋でサムライと出会った。魔理沙辺りに言ったら信じてもらえるかしら。無理っぽいなあ…
~side フランドール~
咲夜は優秀だ。人間の身でありながら、吸血鬼(お姉様)の娘となった異端の娘。
これまで十数年の付き合いとなるけれど、咲夜が実に秀でた人間であることはこれ以上ない程に理解しているつもり。
だからこそ、私は咲夜を誰よりお姉様の傍に居させているのだし、お姉様の護衛を任せている。
咲夜は優秀。それは絶対不変の事実。事実なのだけれど…
「ですからパチュリー様、敵は何故この主人公が変身しているシーンで攻撃を加えないのですか?
相手は憎き怨敵、己が計画を阻もうとする邪魔者、ならば遠慮することは無く一気に潰してしまえば良いではありませんか」
「いや、だからあのね…咲夜、何度も言うけれど漫画とはそういうモノなのよ。いや、私もレミィ程は分からないんだけど…」
「納得出来ませんわ。理解出来るまで、もう少し勉強することにします。
ほら、このシーンだってそうです。この敵は何故最初は70パーセントの力で戦おうとしているのですか?本気でやれば圧勝ではないですか」
「いや、だから…」
…お姉様の漫画趣味が理解出来なくて、買い物の役目を美鈴に奪われたという理由で、漫画について必死に勉強する咲夜。
そんな咲夜の姿を見ると、正直優秀というよりも『アホの娘』の四文字が浮かんでくる。
いや、いくらお姉様と買い物に行きたいからって、漫画を勉強するって…そもそも漫画って勉強するモノなのかな。
「ん~…よく分かりませんわ。やはり実体験をしてみるのが一番なのかしら。
それではパチュリー様、フランお嬢様、今から私を八割殺し程度に痛めつけて下さい。そうすると、私はきっと超メイド人として…」
「「なれるかっ!!!」」
結論。やっぱり咲夜はお姉様の娘だ。お姉様級のアホの娘だ。
ああもう、お姉様の馬鹿。早く帰って咲夜の相手をしてあげて頂戴。私の大切な姪が色んな意味で駄目になる前に。