~side 魔理沙~
「2のダブルを出して、これで上がりっと。はい、私の勝ち」
「え、え、嘘!?なんでそんな強いカードまだ持ってるの!?残ってるの私と魔理沙しかいないのに!?」
「そんなの決まってるだろ。私が妖夢を何が何でも最下位に叩き落としたかったからだ!
妖夢が富豪なんてそんなの絶対おかしいよ。妖夢は大貧民だからこそ輝けるんだ。分かるな、この気持ち」
「全然分かんないよ!?ううー…折角富豪まで上がれたのにまた大貧民だよ…」
妖夢は手に持っていたトランプをバラバラと卓袱台の上に落とす。ううん、博麗神社に響き渡る妖夢の悲鳴が心地いい。
持っていたカードはK、J、7と全てシングルか。妖夢、カードの切り方本当に下手だよなあ…今回は富豪だったから、
調子に乗って大富豪のアリスにどんどん強いカードで勝負に行ってたしな。その結果が大貧民なんだけどな。
妖夢の落としたトランプを拾い、鈴仙はカードを切りなおしてみんなに再配分する。鈴仙の奴は逃げるのが上手いんだよな。
確実に勝てるとき以外は引く姿勢が、鈴仙の位置を富豪と貧民で行ったり来たりさせてる。麻雀させたらベタ降りするタイプだな、鈴仙。
そして、アリス。こいつは強い。本当に強い。カードの引きもさるところながら、私達の手札を読み切っているかのように、実に
厭らしいカードの切り方をしてくる。例え手持ちが悪くても、ブラフで押し切ったりもしてくるし。今のところ連続大富豪だ。都落ちしても
すぐに復活してくるし…何度かアリスを止める為に、私も身を切って向かって行ったんだけどなあ。
やっぱりコイツを止めるには、私達じゃ難しいか。そういう意味も込めて、私は何度も霊夢の参戦を呼び掛けてるんだけどなあ。
「なあ、霊夢。お前も早く参加しようぜ。
どこぞの空気読めない魔法使いがマジ過ぎて場が固まってるんだよ。お前の直感が頼りなんだよ」
「私が空気読めない云々よりも、貴女達が下手過ぎるだけじゃない。
鈴仙は安全な勝負以外しないし、妖夢はどの順位でも強いカードからしか切らないし、魔理沙は革命狙いか妖夢いじめだし」
「私いじめ!?何でカードゲームでそんな不公平ルールがあるの!?」
「今頃気付いたの…?いや、今まで気付かない妖夢も大概だけど、それをストレートに言うアリスも結構あれなような気が…」
「ほら、霊夢が早く参加しないと妖夢が泣きだしちゃうぞー?さあさあハリーハリーハリーオード!」
「…私はいいって言ってんでしょ。アンタ達だけでやってなさい」
私の誘いにも、霊夢は微塵も興味無さげに煎餅を齧ってる。
…つーか、本当にコイツは上の空だな。いや、その理由は勿論、この場の全員が理解してるんだが。
しかし、咲夜の奴も微妙過ぎる置き土産を残してくれたもんだ。霊夢の場合、『こっち』の方が嫌だろうな。
そんな霊夢を見かねてか、アリスは息をひとつはいて霊夢へと話しかける。
「『今回の件は私達に任せて欲しい』。他の誰でもない親友のお願いでしょ?
動きたいのは山々でしょうけれど、今回は咲夜の顔を立ててあげてもいいんじゃない」
「誰が親友よ、誰が。別に私はあの馬鹿が何をしようと関係ないわよ」
「先程から幻想郷中に広がってる巨大な妖気。あれが発生して、咲夜は急いで紅魔館に帰ったんだよね。
だったら、あれは紅魔館の中の誰かの力なんじゃないかな」
「問題は、その誰かがそういう力を出す必要がある状況になってしまったということでしょ?
私は紅魔館の人達について、貴女達ほど詳しくはないから分からないけれど…あれだけの力を持つ人が紅魔館にいるだけで驚きよ」
いや、幾らでもいるだろ…って、ああ、そうか。鈴仙の奴、紅魔館の連中が本気になった場面に出くわしたことないんだ。
月の異変のときは、『弾幕勝負』で美鈴とパチュリーに負けて気絶したって言ってたから、連中の狂気じみた殺気を見てないだろうし
幽香の時にはパチュリーも美鈴もダウンして、フランドールに至っては立つことすらままならない状態だったもんな。
私達は紅魔館がそういう規格外の集まりだって知っているから、微塵も驚かないんだけど。ただ、鈴仙の言った
『誰かが力を発揮しなければいけない程の状況』。それはつまり、連中にとって大切なモノが危機にある訳で。その連中の大切なモノって言ったらなあ…
「…レミリア関係だろうなあ」
「…レミリアでしょうね」
「…レミリアさんだよね」
私とアリスと妖夢は同じ結論に至ったらしい。それしかないよな、普通に考えて。
状況はよく分からんが、間違いなくレミリアがまた何かトラブルに巻き込まれてしまったと考えるのが正しいんだろ。だから
咲夜の奴があの妖気を感じてすぐに帰ったんだ。そして、そこまでのことに霊夢は間違いなくすぐに気付いてる。
だからずっとああやってソワソワしてるんだろうな。レミリアが何かに巻き込まれてるって一点が引っかかってるんだろう。
でも、動けない。咲夜の奴が真剣な顔して、私たち全員にお願いしたから。今回の件は私達に全て任せて欲しいと。
どこまでも真っ直ぐな姿に、霊夢は折れた。折れたんだけど…さてさて、この気難しいお姫様をどうするか。
私が悩んでいると、その横で何やら鈴仙が霊夢に向かって口を開いていた。
「別にそんなに気にする必要ないと思うけど。あの咲夜が私達に動かなくても大丈夫って言ったんだし。
だって、レミリアの安全に関しては人数十倍気を使うじゃない。レミリアに降りかかる危機が少しでも減らせるのなら
有無を言わさず私達に協力しろって言うと思うんだけど」
「それなら良いんだけどね…あいつ、変なところで遠慮するのよ。馬鹿だから」
「いや、貴女達の普段の会話の何処に遠慮が…今日も二人の間で殺すって単語三十回以上飛び交ってたんだけど…」
「でも、確かに咲夜の奴は今日は私達に有無を言わせなかったな。特に霊夢と妖夢だけは絶対に動くなって言ってたし」
「…遠慮したのではなく、せざるを得なかった状況…?
私達の中でも、霊夢と妖夢に念押しした理由…二人と私達との立ち位置との差?」
何やらアリスが考えだした。そこまで気にするなら、咲夜を止めて詳しい理由を追求すれば良かっただろうに。
私は鈴仙から配られたカードから五枚を適当に抜き取り、視線で妖夢に同じ行動を取るように指示する。お互いカードをオープンしないまま
ランダムに五枚取り、せーのでオープン。妖夢は本当にバラバラ、私は同じ数字が三枚揃っていた。スリーカードで私の勝ち。
ポーカーをしたということが分かっていないらしく、妖夢は首を傾げてカードを見比べている。…うん、流石に罪悪感が出てきたし、
今回の勝負は無かったことにしよう。手に持つカードを卓袱台に置きながら、私はアリスに言葉を紡ぐ。
「立ち位置の問題か?私ならむしろ霊夢と妖夢を積極的に引っ張ると思うけどな」
「その理由は?」
「簡単だ。霊夢は博麗の巫女っていう肩書が在るし、管理者として紫っていう最高の後ろ盾がある。
妖夢はこれが幽々子に変わるだけだ。何か問題が起きたり争い事に発展したりしたなら、この二人のバックは武器になる。そうだろ?」
「それって良いの?博麗の巫女って幻想郷の争い事に関しては中立中庸の立場って聞いてるけど。
異変や幻想郷の危機なんて状況ならまだしも、争い事に霊夢を引っ張るのは問題なんじゃない?」
「幽々子様だってそうだよ。幽々子様は冥界管理人という立場があるから、例えレミリアさんが関わっていても
一方的に力を貸すって言うのは難しいよ。そんなことしてしまえば、冥界はレミリアさんと手を組んでいると見做されちゃう」
「それが何か拙いのか?ただ友達のピンチに力を貸すってだけだろ?幽香のときだってみんな力を貸したじゃないか」
「拙いのよ。そんなことを堂々とやってしまえば、一体誰が彼女達に公平中立を求められる管理の仕事を任せられると言うの。
前回の幽香の件は特例よ。あれは幻想郷崩壊の危険を孕んでいた、いわば最大級の異変だもの。
裏で手回しや策を用いることは出来ても、正面から手を貸してしまうのは問題なの」
「どんな風に問題なんだ?」
「はあ…例えば魔理沙、紅魔館が人里と喧嘩したとするでしょ?
最早、レミリア達と人里は争いを避けられない状況になったとして、貴女は霊夢がレミリアに力を貸せると思う?
例え人里側にどれだけ非があろうと、霊夢がレミリアとどれだけ仲が良い友人であろうと、霊夢がレミリアに手を貸して良いと思う?」
「…いや、それは拙いな」
そんなことをしてしまえば、霊夢は中立の立場ではなく、ただの妖怪、レミリアの味方になってしまう。
かといって、人里側につくことも拙い。どんな理由背景をも無視してただ人間だからという理由で
人里側につけば、妖怪達の間に霊夢への不信が生まれ、それこそ取り決めごと全てを反故にされかれない。
結局、その場合に霊夢が取るべき行動は傍観か、両成敗か。片方だけに寄ってしまえば、博麗の巫女として成り立てない。
個人としてレミリアと友好を深めるのは構わない。だけど、それが度を越して『霊夢自身の役割』を阻害してしまうのは拙い。
依頼での妖怪退治とは話のレベルが異なる訳で。その妖怪退治だってちゃんとした事情理由があって初めて成り立つのに、
組織同士の対立に霊夢が肩を持ってしまえば非常に拙いのか。
妖夢だってそうだ。妖夢や幽々子がレミリアと他の争いに力を貸せば、紅魔館と冥界が同盟を組んだ証明以外の何物でもない。
…ああ、成程。咲夜の奴、そこまで霊夢達のことを考えてやってたのか。本当にあいつは素直じゃないな。そのことを口で言ってやればいいだろうに。
「博麗の巫女が表立って力を貸せるのは、異変解決の時だけよ。
現状で分かっていることは、強大な妖気が幻想郷で確認出来たことと、咲夜が動いたことだけ」
「大きな力が感じ取れる時点で異変として動くのもな。これでもし紅魔館と誰かがぶつかっていたら、霊夢は動くに動けない」
「レミリアや咲夜の敵に回らない為には、今の行動が一番ベストなのよ。
そう、それを頭では納得出来てるんでしょうけれど…肝心の身体の方が、ね」
アリスの言うとおり、霊夢の奴は全然落ち着きを繕えていない。
もう何て言うか、身体中から『私レミリアのことが心配です』オーラが出てる。お前はレミリアのおかんか。ったく、ホントに仕方ない奴だな。
私はその場から立ち上がり、うんとひと伸びして、神社の外へ移動しようとする。そんな私に、霊夢はじと目で訊ねかける。
「何処に行く気よ、魔理沙」
「決まってるだろ?今回お姫様はどんなトラブルに巻き込まれたのか見に行くんだよ。
私は霊夢達とは違ってフリーだからな。別段、誰にレミリアとの仲をどう思われようと痛くも痒くも…わぷっ」
「あ、座布団直撃」
「な、なにするんだよ霊夢!折角私が動けないお前の代わりに…」
「必要無いわよ。というか、あの馬鹿の精一杯の強がりを無駄にするような真似をするな。
何が起きてるのかは知らないけど、あいつが大丈夫って言ったんなら、それだけは間違いないんでしょ。
例え、どんなことが起きようとあいつがレミリアを守ると言ったら、それは絶対なのよ。
…何せ、あの馬鹿はレミリアを守りたいというその為だけに生きてたくらいの、途方もない一途なレミリア馬鹿なんだから」
それだけを言って、霊夢は飲みかけだった緑茶を一気に飲み干していく。
そして、ズカズカと私達が囲んでいた卓袱台の方へと足を進め、その場に腰を下ろす。
「ほら、私も混ぜなさい!アリスの奴が独り勝ちとか一体どんな低レベルな勝負してるのよ?
私が参加する以上、楽に勝てるとは思わないことね!とりあえずこの場の全員、着てるモノ一枚残らず引ん剥いてやるわ」
「い、いつからこの大富豪は脱衣大富豪に!?無理だから!絶対に無理だから!!」
「霊夢が参加するなら、みんな平民からよね…というか、私は師匠のお使いに来たついでに寄っただけなのに」
「はあ…急に元気になったと思ったら。せめて罰ゲームを落として頂戴。一番負けた人はみんなに晩御飯を作るとか」
口々にみんな文句を言うものの、霊夢が元気になったことに安堵してるのはバレバレで。
私はそんな気の良い仲間達に口元を緩めながら、今この場にいないお姫様に心の中で言葉を贈る。
悪いな、レミリア。何が起こってるのかは知らないけれど、今回は私達のヘルプは無しだ。だけど、安心してくれよ。
お前が誰よりも頼りにしてる家族達は既に動いているし、私達だって最後はそうさ。
立場だ、理由があって動けないだ、何だかんだみんな言ってはいるけれど。
「――もし、お前が本当のピンチに陥った時は、何があろうと駆けつけてやるからさ。
例えどんな危険が待ち構えていても、誰を敵に回すとしても…結局みんなお前のことが好きだからさ、助けずにはいられないのさ」
小声でそう呟き、私はみんなの輪の中へと戻っていく。
さて、さっきまでは妖夢弄りに夢中になっていたが、霊夢が参戦するとなれば話は別だ。
今夜の晩飯を無料で済ませる為にも、ここは一丁本気で勝ちに行くとしますかね。
ピンチなんてレベルじゃない。ヤバい。ヤバい。本気でヤバい。
薄暗い山の中を私は誰にも見つからないように慎重に慎重に歩いて行きながら、今にも爆発しそうな心臓音を抑えるのに必死だった。
私のチキンハートがこれ以上ない程にギリギリと締めつけられ、許されるなら今にも『あばばばばばばば』と
叫び回りたいこの状況。こんな私に誰がした…そんなこと、今更考えるまでもない。さっきまでの天狗のお偉いさんとの一件のせいよ。
「やっちゃった…やっちゃっちゃ…そんときゃーっちあんどリリース…って違うわ!そんなアホなこと言ってる場合じゃないのよ!」
あわあわしながら、私は先程の自分の行動を後悔する。もうこれ以上ないくらい後悔する。
ついかっとなってやったなんてレベルじゃないわよ!?ばかばかばかばか私のばか!なんでいつもいつもいつもいつもいつも
こんなに考えなしで行動するのよ!?あの時は頭に血が上り過ぎてマッギョニル投げつけちゃったけど、投げつけた相手って
この山のトップ、いわば紫や幽々子や萃香や幽香と同レベルの実力者じゃない!?それに、幾ら高圧的で酷い話ばかりしてきた
とはいえ、向こうはあくまでも話し合いのスタンスを取ってくれてたのに、私思いっきり肉体言語行使してるじゃない!?
この前、美鈴に習った要領で、出来る限り目眩ましになるように派手な爆発を起こして(ダメージゼロです。レミリア仕様ですので)
その隙に窓から飛び落ちて(文字通り落ちました。飛行より落下の方が早いからです)山の中に逃げたのはいいけど…このまま逃がして
なんて絶対くれないわよね。だって、向こうは私を利用する気満々だったもん。加えて、この山に棲む全妖怪が天狗さんの配下らしいし…
きっと今頃、天狗帝國の幹部定例会とかいって、お偉いさん達が私の処遇を話し合ってるのよ…きっとトップの一声で天狗七人会を
中心とする二十一支部の妖怪達が集まるのよ…きっと牛鬼会とか餓鬼会とか怖いのが沢山存在するのよ…
「こっちから思いっきり攻撃しちゃったから…もう、ごめんなさいじゃ許して貰えないわよね…
…本当に私って馬鹿だよね。結局、私の行動はみんなに迷惑かけることになってる…フランも咲夜も美鈴もパチェも萃香も文も、みんな心配するよね…」
友達の為に怒ったことは間違ったとは思わない。だけど、それでも私の行動は責められてしかるべきもので。
フランや早苗に命を大切にしろとか自分を一番に考えろとか言いながら、私は自分のバカさ加減のせいで命を粗末にしてる。
今、私は敵地の中で独りっきり。守ってくれる人は誰もいない。見つかってしまえば、きっと無事では済まない。
怖い。怖い。怖い。ゆっくりと這い上がってくる恐怖に、気付けば震えていて。
どんなに怖い状況でも、みんなが一緒なら耐えられた。みんなと一緒なら、乗り越えることが出来た。
でも、今の私は何処までも一人で。自業自得だと分かっている。自分のバカな行動のしっぺ返しだということも分かってる。
自分の愚かさと、一人という不安の重圧が、どこまでも私を責め立てて。格好悪いとは分かっていても、それでも私は弱いから――
「少しくらい…いいよね…誰も、見てないもんね…」
流れてくる涙を、抑え切れなくて。
それは間違いなく、私の弱さ。それは間違いなく、私の情けなさ。
弱いくせに、一人じゃ何も出来ないくせに、身分不相応なスーパーマンになろうとしたバカな私。
本当に私って最低だ。こんな結果なんて、誰も望んで無かったのに。自分一人で勝手に突っ走って、この様で。
時間にして三分くらいだろうか。それだけの時間、私は一人で泣いて。そして、泣き終えた後で私は自分自身を叱咤する。
「…よし!もう弱音を吐くのはこれで終わり!後悔ばかりしたって前に進めないもの!
失敗したなら取り返す!とにかく何とか無事にフランと合流して、それから今後のことを考えるのよ!」
そう、最低の状況を作り出してしまった私だけど、まだ『取り戻せない』状況じゃない。
何とかこの窮状を乗り切って、フラン達のところへ行けばなんとかなる。今、この状況で最悪に取り戻せないのは、
私が捕まってしまい、一人で行動すら出来ぬような負傷を負って、何も出来ぬ人質としてフラン達との交渉に使われることだ。
そんな状況だったら本当にどうしようもなかったけれど…まだ、私には歩く足と意志がある。決して諦めなければ、どんな状況だって
乗り越えられる。そんな奇跡を私は知っているから。この幻想郷でみんなに教えられたから。だから私は必死に前を向く。
例え虚勢でも、自分の弱虫な心を動かす為なら、どんなことでもやってみせる。だってそうでしょ?諦めたらそこで試合終了なのだから。
「大体、天狗が何よ。天狗天狗って、こっちだって吸血鬼よ?相手がどれだけ凄かろうと、私だって本気を出せば…」
そこまで言って、私は天狗に囲まれる自分を想像する。
私一人に対し、文が五人…文が五人!?咲夜と対等に渡り合い、萃香に『本気を出してくれたなら、私とも面白い試合になると
思うんだけどね』なんてべた褒めされる文が五人!?それに対して、こっちは最近腕立てが十回出来るようになって歓喜してるへっぽこ吸血鬼ですって!?
「もう駄目だあ…おしまいだあ…」
必死に鼓舞した心が根元からベキンと折れる音がした。というか勝てるかそんな無理ゲー!!
そんな鬼畜縛りプレイするくらいならひのきの棒でゾーマと戦うわよ!レベル1のズバットがレベル100のムクホーク五匹にどう戦えと!?
あ、あかんやん…文の強さを知ってるから、余計に天狗の強さが理解出来て駄目駄目過ぎる…
このままじゃいけないわ…なんとかマイナスイメージを拭わないと。気持ちで負けちゃ駄目なのよ!
昔の人が言いました、想像するのは常に最強の自分だと。そう、必死に想像するのよ!強くて格好良い私を!
いいえ、想像する必要なんてない、思い出すだけで良いの!今ではこんなにヘッポコぷーな私だけど、昔の私は確かに輝いていた!
禁呪に手を出す前の私は、お父様の配下の妖怪との模擬戦にだって一度も苦戦しなかったくらい強かった筈!思いだすのよ、私!
昔の私は天狗にだって負けないくらい頑張っていた筈なんだから!私の全盛期はいつよ?幽香戦のとき?私は…私は三百年以上前なのよ!!
思い出せ、思い出すのよ私…私はどんな風に戦って、どんな風に勝利していたか。そう、私はどんな時でも勝利だけを手にして優雅に微笑み…
『貴女も悪くなかったわよ?だけど、私には届かないわ。私には負けられぬ理由があるのだから…』
『これで勘弁して下さい…』
勝利に酔う私、そしてそんな私に土下座して財布を差し出す私…
「…って、うおおおおい!?何で敗者まで私になってんの!?」
折角強い私を想像してるのに、無様に負けてるのが私ならフィフティーフィフティーどころかマイナスじゃない!?
しかも何財布まで差し出してるのよ!?あまりに似合いすぎて怖いんですけど!?違う、違う違う違う!私が勝利を収める相手は
凄く強そうな相手ばかりで…そう、私の身の丈の数倍はありそうな魔獣だって…
『フフッ…身体の強さ大きさは認めるけれど、それだけね。それでは私には届かないわよ?』
『うー…』
勝利を宣言する私と、そんな私に乗られている五メートルはあろうかという身長を持ち、
しゃがんで頭を押さえている無様なビッグ私。そう、そうよ。私はこんな風に自分の数倍の身長を持つ大きな私相手でも…
「…って、駄目だあああ!!私が自分以外に勝てる相手なんて全く想像出来ないいいいいい!!!」
もう私の中で『地上最弱の生物イコール私』っていう方程式が完全に完成されちゃってるのよ。
私より弱い奴なんて生まれてこの方見たこと無いからしょうがないじゃない。何てこと…常に最弱の自分を想像することに
関しては、私は誰よりも極めてしまっていたというの…恐ろしい、私の駄目才能っぷりが恐ろしいわ。
…よし、戦って勝つという発想は諦めましょう。所詮私如きが誰かと敵対して勝つなんて発想自体おこがましいと思わんかね。
使用キャラがレミリア・スカーレットという時点で、相手が天狗だろうと人里の子供だろうと餅屋さんが飼ってるコロ(二ヶ月半の豆柴)だろうと
勝利の二文字は存在しないのよ。ならば逆転ホームラン。勝てぬなら、見つからなければいいホトトギス。
幸か不幸か、私の妖気は極めてゼロに近い。これはすなわち、私の妖気を探って追跡なんて真似が出来ないということ。
何があったのかは知らないけれど、天狗達が私をすぐに追ってこなかったのは本当に僥倖。一度連中が私を見失ってしまえば、
私を再度見つける為には直接視界に入れる距離まで近づかないと絶対に不可能よ。相手が美鈴みたいに気配察地に特化でもしていない限りは。
「ふふん…このレミリア、逃げる隠れる土下座するに関してはこの幻想郷の妖怪の誰よりも長があると自負しているわ。
この森の中で私がギリースーツでも着こめば、一生誰にも見つからない自信がある。そのくらい私は空気となれる存在なのよ?」
胸を張り、私は草木の生い茂る山の中を一歩一歩と進んでいく。
どっちの方角に向かえばいいのかさっぱりだけど、とりあえず山を下りれば何とかなる筈。山を降りる為には、
只管一つの方角だけを歩き続ければきっと出られる筈よ。空を飛んで位置を確認できればいいんだけど…妖怪の山の空に
沢山の見回り天狗さん達がいるだろうから迂闊に顔を出せない訳で。ビビりの私は極力見つからないよう地を往くのよ。
ふふ、やばい、何か生ける気がしてきたわ。さっきまで泣いていたくせにと思われるかもしれないけれど、
無意味でも自信を持つことは大事なことよ。よし、そうよ、これでこそ私よ。ヘタレビビリのマイナスポイントも騙し通せるくらいの
ポジティブシンキングさえあれば、私はあと三年は戦えるわ。とにかく誰にも見つからないよう、誰にも見つからないよう…
「――そこの貴女、ちょっと良いかしら?」
「ごめんなさい本当にごめんなさいこれで勘弁して下さい!!!」
背後から突然声をかけられ、私は振り向くと同時に土下座を敢行。無論、ポケットの中のくまさん財布を差し出すことも忘れない。
というか、いきなり見つかってるやん…え、何これ。『私達の戦いはこれからだ!』の次のページで主人公デッドエンド迎えてるやん。
何で私見つかったのとか、どうやって見つけたのとか、そんなことは置いといて…とりあえず、終わったかな。うん。
ポジティブ思考なんて紅魔館の湖か何かに投げ捨てる勢いで絶望する私に、声をかけてきた人は溜息一つついて私に話しかける。
「ほら、早く立って。別に私は貴女を怒ったりしてる訳じゃないから」
「…え、あ、うん」
「全く…急に土下座なんて意味不明だし、何より服が汚れるでしょ。貴女、いつもこんなことしてるの?」
「えーと、その…してる、かなあ」
「頭を下げるときはもう少し状況を考えて下げなさい。
貴女だって嫌でしょ?自分が悪くもないのに、他人に土下座したりするなんて」
私の服の汚れを払いながら、淡々と諭してくれる人…妖怪さん。え、何この展開。私捕まってリンチじゃないの?
しゃがみ込み、私と目線を合わせてくれる妖怪さん。美少女さんで綺麗な白髪を持ち、頭部についた耳はわんこのようなお耳。そしてもふもふ尻尾。
何より特徴的な背中に生えてる純白の翼。え、何この人、本当に格好良い。妖怪…よね?何の妖怪なの?天狗…じゃないわよね。
だって天狗って鴉だし。羽は黒いし、そもそもこの人はワンコ耳と尻尾がついてるし…犬の天使様か何かかな。エンジェルチワワとか。
呆然と私がその人を眺めていると、その人は私の服の汚れを払い終えた後で立ち上がり、私に向かって再び口を開く。
「それで、貴女どうしたの?さっきから独り言ずっとぶつぶつ言って困ってたみたいだけど」
「え?え、あ、えーと…その、ま、迷子…になっちゃった、みたいな?」
「迷子?貴女、この先は天魔様のおられる聖地内よ?駄目でしょう、許可なくこんな場所まで来ては。
妖怪の山の妖怪なら、それくらい知ってて当たり前の常識じゃない」
「さ、最近引っ越してきたばかりだから!ちょっとまだ常識に疎いところがあったりなかったり!」
「引っ越し?貴女、この山に入居したばかりなの?おかしいわね、新しい同胞が増えたときは情報が回ってくる筈だけど」
「そ、そうなの?ま、まだ日が浅いから完全に回って無いのかも?かも?」
ヤバい、天使様の私を見る目がだんだん厳しくなってる。ああああああ、やばいやばいやばいやばい誤魔化しきれてない!!
ていうか、何どんどんでまかせ並べ立ててるのよ私!いや、でも、向こうは私をレミリアだと分かってないみたいだし、何とか
妖怪の山の妖怪として勘違いして貰わないと困る。頼みます、頼みますから誤魔化されてください。そして私を解放してあげてください。
じーっと私を見つめる天子様。視線を逸らさないように頑張ってぎこちなく微笑む私。そして、天子様は軽く息をつき、再び私に言葉を紡ぐ。
「まあいいわ。とりあえず、私に同行して頂戴。天魔様の聖地から離れないと、大天狗様に怒られちゃうから」
「え、えっと…ど、何処に連行?まさか、あの、妖怪の山のボスのところとか…」
「聖地から離れないと怒られるって言ってるのに、どうして貴女を天魔様のところに連れていくのよ?大体連行って何。
一緒に行くのは、私達妖怪の居住区よ。貴女もそこに家があるんでしょう?」
「え、な、ないけど…」
「無い?もしかして貴女、棲み処を持たない妖怪なの?」
「う、うん…本当は家が欲しいんだけどね!?ほら、家を持つにもローンとか払えないし新参者は段ボールハウスで十分っていうか!?」
「…とりあえず、いいから来なさい。私の家に案内するから」
「…何で?」
「貴女、自分の今の格好全然見えてないでしょ?服なんてあちこち破れてボロボロじゃない。
そんな格好で歩き回るのは問題でしょ。私のお古の服をあげるから」
…天使がいた。妖怪の山に、恐ろしい程に優しい天使様がいた。
本当、幻想郷もまだまだ捨てたものじゃないわね。こんな優しい人がいるなんて…さて、どうしよう。
このまま妖怪の山の居住区に行くのは、非常にリスキーであると同時にチャンスでもある。木の葉を隠すなら森の中、天使様に
衣服を貰って、この服を捨ててしまえば迷彩度は上がる気がする。そして、『私は妖怪の山の妖怪です!』って言い張ってしまえば、
我が物顔でこの山を歩けるじゃない。うん、このまま拒否して天使様に疑いを持たれるよりはまだ助かる可能性がある。
…何だか、心優しい天使様を利用してるみたいで本当に気苦しいんだけど…それでも、私は助からないといけない。
家族の為にも、神奈子や諏訪子や早苗の為にも、私はここで捕まる訳にはいかないの。だからごめんなさい、天使様。私は卑怯な女です。
貴女の優しさを保身の為に利用します。許してくれとは言いません。だから私に――
「ところで貴女、名前と種族は?」
「――え?れみ…うおおおおおおおい!?」
「な、何!?」
許して下さい(切実)。いや、え、何その唐突な無茶ぶり!?危うく素で本名言いそうになったじゃない!?
名前と種族って…いや、ここでレミリアで吸血鬼ですとか言ったら即バレするでしょ!?偽名、種族、何かないの!?
「だから名前よ、名前。ずっと貴女、とか言うのもあれでしょう?
種族は貴女が見た目だけじゃ分からない種族だからよ。羽はあるけど、天狗ではないでしょう?」
「え、あ、う…名前、名前ね…」
どうしよう!?誰かのを適当にレンタルするとか!?でも、有名過ぎるとばれたりしない!?
そもそも種族って何があるの!?私みたいな弱っちいのにぴったりな納得できる説得力のある種族って何!?
やばいやばいやばいやばいやばい!!考えろ、考えろ私、何か、何か何か何か何か何か――
「あうあう…も…」
「も?
「モス子・ミュール」(キリッ)
「…種族は?」
「蚊の妖怪」(キリリッ)
通らばリーチ!頼むから通して!見逃して!!ていうか私何言ってんの!?モス子て!?蚊の妖怪て!?
天使様の判定は――セーフ!!『ああ、成程』って納得してくれてる…って、うおおおい!?私蚊の妖怪で納得されてるよ!?
いや、確かにこんなにへっぽこだけど、蚊って!自分で言ったんだけど、それでも蚊って!!そこは少しくらい疑問を持ってよ!?
私は小さな不満を必死に胸の中に収めつつ、天使様の次なる言葉に耳を傾ける。
「モス子、ね。それではよろしく、モス子。
それと、私の名前なんだけれど――私の名前は犬走椛。種族は分かると思うけれど、白狼天狗よ。よろしくね」
「よろしく…て、天狗!?天使じゃなくて!?」
「…いや、何処から天使なんて出てきたのよ。何処からどう見ても天狗でしょう。
それじゃ行くわよ、モス子。居住区まではそんなに遠くないから」
そう言って、天使様――じゃなくて椛は私の手を引いて空を飛行する。
天狗、へえ、天狗なんだ。つまり私はプレイボールしてすぐに天狗様に見つかっちゃってると。
…ごめん、フラン。やっぱり私、駄目かもしんない。このどうしようもなく不運なモス子・スカーレット姉様を許して頂戴。
~side 紫~
「紫様あ…これ、難しいです」
「フフッ、大丈夫よ橙。初めてにしては上手に制御出来ているわ」
「本当ですかっ」
喜ぶ橙の頭を撫でながら、私は視線を橙の手元へと向ける。
現在、橙はお手玉を四つほど宙に浮かせて、それぞれ異なる軌道で動かし続けている。
これは私が橙に課した空間制御の練習の一環。管理人の座を藍に代替わりした今、少しでも早く
この娘を立派な『八雲』に成長させる必要がある。それ故に、私が橙の指導をこうやって行っている。
…まあ、藍は橙の成長よりも先に私の復帰を望んでいるみたいだけど。笑みを零しながら指導する私に、呆れるように言葉を紡ぐ女性が一人。
「八雲紫も随分と子煩悩ね。指導にしては随分と温いことで」
「あら?私は藍には厳しかったわよ?
娘には厳しく、孫には甘くが私の基本方針なのよ。それと、『も』ということは貴女は子煩悩ということかしら、風見幽香?」
「馬鹿らしい。私に甘さと優しさなんてモノは存在しないのよ。
あの娘なら、今頃花畑で目を回してる頃じゃないかしらね。調子に乗っていたから、肉弾戦で現実を教えてあげたところだもの」
「あらあら、子供の教育に随分と熱心なことで」
「当然でしょう?アレでも『風見幽香』の名を冠する者ならば、強く在って当然よ。
弱者の風見幽香など、この世に存在することすら許さない。許されないわ」
そう言って彼女――風見幽香は愉しげに微笑む。
物騒なことを告げる客人に、私もまた笑みを零して、橙に言葉を贈る。
「橙、あと二十分程制御を繰り返したら休憩にしましょう」
「はいっ、紫様!」
そう橙に指示を送り、私は幽香の方へと足を進める。
彼女とは、異変の時よりの付き合いだけれど、なかなかどうして悪くない。
向こうもそう思っているからこそ、こうやって遊びに来てくれるのでしょうけれど。本当、レミリアの人を見抜く目は大したものね。
そんなことを考えている私に、幽香が愉悦混じりで私に話しかける。
「妖怪の山が騒がしいけれど。アレに手だしはしていいのかしら?
あれだけ楽しそうな空気を振りまいているのだもの。誘いに乗っても仕方ないでしょう?」
「あら、駄目よ幽香。あれは藍の管轄だもの。傍観するか、乗り出すか。それを決めるのはあの娘の役割よ。
組織同士のぶつかり合いに霊夢が動くことは出来ない。間に入ることは、霊夢ではなく藍のお仕事」
「全てを娘に押し付けた張本人がよく言う。成程、お前の娘は優秀よ。だけど、お前のように柔らかさが足りないわ。
こんな騒動からも自身の利益をしっかり得る為に策を弄するお前のような、ね」
「柔軟さはこれから身につけるものよ。さて、お茶にしましょうか。最近、幽々子から良い茶葉を譲って貰ったのよ」
「頂いておくわ。しかし、残念ね。この機会に味わってみたかったのだけれど…ね」
「あら、お茶なら幾らでも味あわせてあげるけれど?」
「ふん、今回は傍観に徹してあげる。少しばかり興味もあるしね」
そう告げて幽香は口元を歪める。――成程、全て読んでいる、か。本当に幽香も食えない妖怪ね。
私は微笑みながら、お茶の用意を進めるだけ。愛娘の更なる成長の為に、現状と友人を利用する今を笑いながら。
「――フランドール・スカーレットと八雲藍。
この世界の英雄の妹と、最強の妖怪の娘。現時点でどちらが優れているのか、実に興味深いわ」