~side 文~
「それじゃ私達は行ってくるから。館のことはよろしくね」
紅魔館の門の前、そこに私達紅魔館の住人は全員集まっていた。
その理由は勿論、館の主であるレミリアとフランドールの見送り。二人はこれから
先日から紅魔館に宿泊していた東風谷早苗の家に挨拶に向かうのだとか。
昨日の一件を美鈴達から聞かされたとき、私は驚きの前に呆れを感じずにはいられなかった。
いつか巻き込まれるんじゃないかとは感じていたのだけれど、まさか自分から飛び込むだなんて。本当にレミリアはもう…
まあ、今回の賭けは私の負けね。流石は萃香様といったところかしら。仰っていた通り、確かにレミリアは『そういう』星の下に生まれてるみたい。
「大丈夫?忘れ物はない?ちゃんとハンカチは持った?」
「大丈夫…って、なんでパチェはお母さん口調!?大丈夫だからね!?必要アイテムは全部私のマイバッグに入ってるからね!」
そう宣言して、レミリアは肩にかけた小さなポシェットを掲げてアピールしてる。パチュリーは疑いの視線を緩めず最後の中身確認。
そんな二人を眺めながら、私は横で笑ってるフランドールに小声で話しかける。少なくとも東風谷早苗には届かない程度の声で。
「昨日説明したけれど、妖怪の山は今ちょっと面倒なことになってるわ」
「分かってる。だから私達は『保険』を二重にかけたんじゃない。
感謝してるわよ、文。貴女の情報のおかげで、私達は更に網を張ることが出来たわ。
…どこぞの馬鹿鬼は一人面白がって最後まで何も教えてくれなかったけどね」
「あやや…それが萃香様だもの、仕方ないわ。でも、萃香様も手は貸してくれるんだから」
「これで貸してくれなかったら、あいつはウチのただ飯食らいも良いところじゃない」
「咲夜の鍛錬に手を貸してくれてると思うけど」
「あれはアイツの単なる趣味。全く…今度一緒に酒を飲むときにはガツンと言ってあげないとね。
お姉様が優し過ぎるから、萃香も紫も際限なく調子に乗るのよ全く…」
そうやって文句を零すフランドールに私は笑みを零す。友人のことを話すときの表情が本当にこの娘の姉にそっくりで。
なんだかんだ言ってやっぱり姉妹よね。ただ、姉と違ってフランドールは感情をストレートに出すことが下手だから
こんな風に天邪鬼な態度を取ってるけれど。この娘の言葉や態度に、どれだけ萃香様や八雲紫を信頼しているのかが手に取るように感じられるわ。
そんな私の考えを読み取ったのか、フランドールは私をじと目で眺めている。勿論私はどこ吹く風で受け流す。
やがてフランドールは小さく息をつき、再度言葉を紡ぎ直す。
「とにかく、今後のことは昨日話した通りよ。『もしも』のときはお願いするわ」
「分かってるって。ま、とにかくあの山の連中には気を付けて。何せ連中は狡賢さに長けてるからね」
「それは身をもって体験済みよ。何せあの山出身の奴には、掃除当番を用事があるからと言い訳されて押し付けられた経験が三度もあるからね」
「あー…それはまあ、その、すみません、はい」
「別にいいけどね。とにかく文、今回の件で事態が急変したときは貴女頼りよ」
「あやや、幻想郷最強の一翼を担う貴女からの信頼を受ける程私も出世しちゃったのね。まあ、期待にはしっかり応えるから安心して」
「信頼なんてとうの昔からしてるわよ。貴女は自分の居場所を捨ててでもお姉様を護ってくれたわ。
お姉様も言っていたと思うけれど、文、貴女はもう大切な私達の家族なのよ。家族を信頼すること、そんなこと当たり前のことじゃない」
…本当、この娘もレミリアに負けず劣らず酷いわ。素でそういうことを言えるのね。
レミリアが『ああ』なのは、禁術による弊害なんだと思っていたけれど、フランドールの天然を見る限りは素でああみたいね。
これは将来、この娘達と生涯を共にするであろう番いは苦労するわね。私は内心で苦笑しながら、視線を東風谷早苗へ向けて尋ねかける。
「ところで早苗、貴女の家は妖怪の山の敷地内にあるのよね?」
「あ、はい、そうです」
「まさかとは思うけれど、真正面から妖怪の山に足を踏み入れてその場所を目指している訳ではないわよね?
山に一歩踏み入れれば、哨戒天狗が見回りしててすぐに侵入者扱いされるでしょうし」
「ええ、その通りです。ですので、妖怪の山の外に、神様の用意して下さった転移陣を利用しています。
それを使えば、妖怪の山の道中を使用することなく、戻ることが出来ますので」
早苗の言葉に、レミリア以外の全員の表情が少しばかり固くなる。
それも当然のことで、転移陣はかなり高度な秘術。その術式を使用できるということは、必然的に使用している術者が相応の実力者だということになる。
私は勿論、別段驚くことはない。フランドール達は名前を聞いても分からないだろうが、東風谷早苗が仕えている神の名を聞けば、
私や萃香様はそれくらい出来て当たり前という認識になる。言っては悪いけれど、私達にとってその存在は八雲紫や西行寺幽々子以上の大物なのだから。
…ま、その神様のおかげでレミリア達の道中の安全は保障された訳だけれど。これならフランドールの用意した保険の策は必要ないかもしれないわね。
色々私が考えたところで、何が変わるでもないか。だから私は私らしく、油断してるレミリアを背後から抱きしめる。
「わきゅ!?きゅ、急に何よ文!?」
「何もー。レミリア、しっかり頑張ってくるのよ?怖くなったらいつでも私の名前を呼びなさい。幻想郷最速の風が貴女に訪れるでしょうから」
「もう、パチェも文も大袈裟ね。ただ早苗の家族にごめんなさいするだけなのよ?何も起きないってば」
――大切な貴女(レミリア)に、祝福の風があらんことを。
言う必要もないことだけれど、絶対に怪我なく帰ってきなさいよ、レミリア。紅魔館のみんなが貴女の笑顔の帰宅を待っているんだからね。
~side 神奈子~
本殿の中で、私は瞳を閉じ続ける。
昨晩から思考し続けているのは、次なる一手をどう打つか。否、相手にアドバンテージがある以上、向こうがどう打ってくるのか、か。
諏訪子には『親馬鹿。心配し過ぎ』と腹を抱えて笑われたが、そればかりは仕方ない。あの娘は、早苗は私にとって最後の希望なのだから。
その早苗が昨日から未だ帰ってこないのだ。諏訪子は血の繋がりからか、あの娘の無事を確信しているようだけれど…無事の程度も分からないのに、気楽なものね。
早苗が未だ帰ってこない理由は一つ、何者かに帰還を阻害されている以外にない。何らかの理由が、あの娘を足止めしたのだろう。
その理由までは見当がつかないが、その犯人は二つに絞られる。妖怪の山の連中か、あの娘の親交のあるレミリア・スカーレットか。
前者ならば至極分かりやすい。早苗を盾に、私達にこの地から出ていくように要求するだけでいい。後者なら難しい。何せ私には
未だレミリア・スカーレットの像が形作れないのだから。
レミリア・スカーレット。妖怪でありながら、早苗に手を貸した優しき存在。
先日、新たな八雲の管理者にその存在は如何なるものかと訊ねれば、難しい表情で悩み抜いた末に『私程度では判断しかねる存在』と評した。
管理者が言うには、レミリア・スカーレットはその身一つで幻想郷の多くの強者と絆を深めた存在らしい。八雲紫に西行寺の亡霊、そして少し前に
この幻想郷を滅ぼそうとした程の実力者の妖怪をも打倒し、友好を築き上げたのだという。
興味深い。実に興味深い妖怪が、ウチの早苗に接触した理由はなんだ。
早苗の話を聞けば、今の私達にそれほどの価値がないことは理解しているだろう。八雲紫達を擁している今、山の連中を敵に回して
私達と接触することに利益など存在しない。レミリア・スカーレットは早苗の奥に一体何の価値を見出している?
気づけば、私は笑みを零していた。面白い、面白いじゃないか、レミリア・スカーレット。成程、あの八雲紫が気に入る訳だ。会いもしないのに、
こんなにも愉快な気分にさせてくれる存在は実に希少だ。さて、仮に犯人が彼女だとすれば、朽ちる私達に一体どんな要求をする?
そんなことを思考していると、私の領域に来訪者の訪れを感知する。
それと同時に、私以外に存在しない筈の室内に響き渡る彼女の声。
「早苗、帰ってきたみたいね。安心した?」
「ああ、心から安堵しているよ――さて、諏訪子、お前はどう見る?」
「黄色い方は強いね。首飾りに妖力抑制効果があるのか、外面だけは妖気が皆無に見えるけど、あれはとんでもない力を持ってるよ。
下手すれば全盛期の神奈子に並ぶんじゃない?妖怪の身体一つによくもまあ世界一つ分の力なんて蓄えたもんだよ」
「成程ね…今の私じゃ、正面切っても厳しいか。心躍るね、一度やりあってみたいもんだ」
「冗談。神奈子とあの娘じゃただの弱い者いじめになっちゃうじゃない。戦いっていうものは力の大きさだけで決まるものじゃないでしょう?
――少なくとも、アンタが私以外の存在に後れを取るようなことがあったら、私が神奈子を殺すよ?」
「怖いわねえ…冗談よ。それで、もう一人の方は?」
「んー…表現し難いわ。私の言いたいこと、直接見れば分かると思う。あんな存在見たことないよ。面白いねえ…あれ本当に妖怪?あれじゃまるで…」
「諏訪子?」
「…ごめん、なんでもないわ。とにかく早苗は無事、拘束されてることもないわ。
むしろ、早苗はその妖怪達と談笑してるわよ?敵対意思も感じられないし、お客様として招き入れる方向で進めることを進言するわ」
「そう…分かった、その方向でいきましょう」
室内に存在しない彼女――諏訪子との会話を打ち切り、私はその場に座ったまま来訪者達の訪れを待つ。
しかし、諏訪子が評した来訪者達。一人の実力者らしき方の感想は私にも理解できる。だけど、もう一人に対する諏訪子の反応は…
詳しい内容を諏訪子に確認するか?否、諏訪子は直接見ればわかると言ったわね。それはつまり、余計な先入観無しに判断した方が良いということ。
他の誰でもないあの諏訪子があんな反応を示すのは本当に珍しいこと。そのことだけで、私の胸は期待を高まらせずにはいられなかった。
面白いじゃないか。一体どんな奴を早苗は連れてきた。その面白い奴は、あのレミリア・スカーレットなのか。今か今かと子供のように
待ち侘びる私のもとに、とうとう早苗が訪れる。諏訪子の言っていた通り、二人の来訪者を引き連れて。
「ただ今戻りました、神奈子様。それと帰宅が遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした」
「いや、早苗が無事なら構わないよ。それよりも、後ろの二人は誰だい?折角のお客様なんだ、私に紹介してくれるんだろう?」
そう言って、私は早苗の背後の二人を観察するように見つめる。
見た目は十に満ちるかどうかの幼子だが、両者ともに背中の羽がそうであることを否定している。よく似ているね、姉妹だろうか。
金髪の方は…成程、諏訪子の読み通り力のある妖怪ね。私の方を観察しているわ。こちらの力や手札を読もうとしているのは分かるけれど、まだ若いわね。
実力は相応以上にあるようだけど、それだけ分かりやすいとこちらも対応しやすいわ。老獪さを身につければ、実に面白い存在になるでしょうね。
そして、私は視線をもう一人の方へと向ける。それと同時に、早苗が二人を私に紹介してくれた。
「こちらは私が以前神奈子様にお話ししたレミリア・スカーレットさんです。そして、こちらはその妹であるフランドール・スカーレットさん。
先日は、お二人の家に宿泊させて頂きまして、大変お世話になりました」
「へえ…それは礼を言わないとね。どうやらウチの早苗がそちらに世話になったようだ」
私の言葉に、もう一人の方――レミリア・スカーレットはぴくりと肩を震わせる。
…成程、諏訪子の言っていた意味が一目で理解した。これが八雲の管理人が語っていたレミリア・スカーレットだと言うのなら、心から納得出来る。
この妖怪は本当に妖怪なのか、面白い。それが諏訪子の評したこの娘なのだけれど、諏訪子がそう言うのも仕方のないこと。
何故ならこの娘には『穢れ』が殆ど存在していないのだ。妖怪という何百年と生きた存在にも関わらず、私達神からも穢れを全く感知出来ないのだ。
それはまるでこの世に生を受けたばかりの赤子のように、この妖怪は澄み切った存在だと私達は見なしてしまっている。そうとしか読み取れないのだ。
――面白い、否、面白過ぎる。何故だ。何故、この妖怪はこんなにも穢れが存在しない。妖怪ならば数百年を生きた存在だろう。その間に他種族や
人間の殺生も繰り返してきただろう。否、それどころか穢れは生きているだけで積もっていくモノ。それらの穢れをこの妖怪は一体どこに置いてきた?
禊や祓を行っても、ここまで真っ新な状態にはなれない。この妖怪の時間がまるで生まれたその時から止まってしまったかのように、再び
赤子の状態に生まれ変わったかのように真っ白じゃないか。身体が一度死んだのか?否、身体が死しても、心に穢れは溜まる筈。では心が一度死んだのか?
ならば身体の穢れが説明できない。まるで心と身体がそれぞれ一度死を迎えたかのように、この妖怪は酷く純粋な存在じゃないか。
俄然興味が尽きない。そんな私の心を余所に、レミリア・スカーレットは私を一度見つめ、早苗の前に立つ。さあ、一体どんな手を打つ?
お前が早苗の力になった理由はなんだ?何のためにお前は私に接触する?愉悦に笑みを零す私に、レミリアはそっと問いかける。
「貴女が早苗の保護者…で間違いないわね?」
「ああ、違いない。私の名は八坂神奈子、早苗が随分と世話になったわね。レミリア・スカーレット?」
「ええ、そうね。早苗を随分とこちらの都合で振り回させて貰ったわ」
「早苗の顔にもそのことがしっかりと描かれているよ。どうやら良い経験をさせて貰ったようだが?」
私の指摘に、レミリア・スカーレットの目が驚愕に見開かれる。
早苗に大きな変化があったことなど、容易に分かる。以前の早苗に比べ、今の早苗には確かな何かが在る。それを作ってくれたのは
他の誰でもないレミリアなのだろう。この件も感謝しなければならないな、私が再度感謝の言葉を紡ごうとしたときだった。
「八坂神奈子、これ以上無駄な問答は不要だとは思わないか?」
「ほう?それはつまり、こちらの要求を理解していると」
「無論よ。だからこそ、私はここにいる。貴女が求めるモノを差し出すためにね」
…成程、見抜いているか。私がレミリア・スカーレットに興味を抱いていたことを早苗から聞いたか。
そう、私は以前よりこの娘との接触を求めていた。早苗に対する在り方をはじめ、この妖怪は実に一般の妖怪とは違い過ぎる。
もし早苗を利用しているだけならば、そう考えてはいたが、この妖怪はそのような浅い妖怪ではないようだ。
私が求めているのは、表面だけの探り合いなどではなく、互いの手札を全て見せ合うこと。知りたい。レミリア・スカーレットという
妖怪を私は知りたい。このような面白い存在の全てを私は見てみたいと強く求めている。
レミリア・スカーレットが一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。いいだろう、そちらが求めてくれるなら私もやりやすい。
下らぬ腹の探り合いを止め、私はその場に立ち上がる。見下ろす立場から対等へ。これが私の神としての礼儀。
レミリア・スカーレットに呼応するように私も一歩、また一歩と彼女に近づき、私と彼女との距離が残り一メートルを切った刹那――
「――お宅の大切な娘さんを怪我させて本当に本当に本当に申し訳ありませんでしたあああああ!!!!!!!!!」
「――は?」
私の視界の最底辺にレミリア・スカーレットは消え、そして私に対して美しい程に綺麗な土下座を敢行していた。
突然の事態に呆然とするしかない私と早苗。ただ、私の脳裏に何故か聞こえない筈の諏訪子の笑い声が盛大に響いたような気がした。
良かった!早苗のお母さんが滅茶苦茶懐の大きい人で本当に良かった!!
早苗のお母さんである八坂神奈子(本人から神奈子で良いって言われたから神奈子って呼ぶ)から
早苗の一件を許してもらえたとき、本当に心の底から安堵したわよ!
正直ね、神奈子の姿を見たとき終わったと思った。全身から立ち上る力を見てどう見ても紫や幽々子、萃香クラスだったもん。
この人に『お宅の娘さんフルボッコにしちゃいました。てへり』なんて言うとか無理ゲーにも程がある。もうね、神奈子から
『早苗が世話になった』って言われる度本気で泣きそうになった。それってつまり『ウチの早苗をよくもまあ可愛がってくれたなワレ』ってことな訳で。
もうね、情けないのを覚悟の上でフランに代わってもらいたかった。今日から紅魔館の主交代制にしようって言いたくなった。でも、ここまで
来た手前逃げるわけにもいかず。覚悟を決めて全力土下座を決めたのよ。もうこれ以上ないくらい全力で。
そしたら、神奈子思いっきり困惑して『事情を話してくれ。意味が分からない』なんて言うのよ?で、私がこれまでの経緯と謝罪の理由について
話すと神奈子さん大爆笑。さっきまでの張りつめた空気が嘘のように霧散して、お腹を抱えて笑う笑う。で、ようやく笑い終えたと思ったら
早苗に『早苗!今すぐ酒の用意をしなさい!この二人の可愛らしい来客を丁重にお持て成ししてあげて頂戴』なんて言うのよ。早苗も早苗で
待ってましたとばかりに良い笑顔。で、私とフランは気づけば神奈子と早苗に大歓迎されちゃってるって訳。
いや、もう、本当に助かった。神奈子が本気で怒り狂って私殺されるんじゃないかとか思ってただけに、この喜びを如何せん。
という訳で、私とフランは神奈子と向かい合って酒を飲みかわしてるのよ。あ、ちなみに私はお茶飲んでます。私も酒飲みたかったのに、
フランが絶対にダメって…なんで私だけお茶。私もお酒飲みたいのに…フランはけちんぼだ。
「しかし、様々な一手を想定していたんだが、まさか土下座とはね。こればかりは流石に予想外だったよ」
「何でよ?仮にも私達は早苗に手を出したのよ?それを謝るのは当たり前のことじゃない。改めて、本当にごめんね、早苗」
「いえ、いいんですよ!咲夜さんの言う通り、あれがなければ私はきっとこの先幻想郷で命を落としていたと思います。
それに、咲夜さんや美鈴さんから沢山の大切なことを教えられましたし…私はむしろ感謝していますよ、レミリアさん」
「な、なんていう良い娘なの!神奈子、貴女は良い娘を持ったわね…こんな良い娘さんなんだもの、大切にしないとダメよ?」
「早苗の良さが分かるかい?あっはっは!お前は本当に面白い妖怪だね。
だが、早苗の言う通り、私もお前には感謝しているよ、レミリア。本来なら、早苗の件は私が教えなければいけないことだったんだがね…」
「いや、違うから!教えたのは私じゃなくて咲夜と美鈴だから!私は何もしていないからね!?」
「でも、強い妖怪の恐ろしさを私に語ってくれたのは他の誰でもないレミリアさんですよ」
「ああ…言われてみれば。え、いいの?私がこのありがとうを受け取っても構わないの?どう思うフラン!?」
「いや、そこを私に訊かれても…二人が良いって言ってるんだから受け取って良いんじゃないかな?」
「そう?そ、それなら私がみんなを代表して受け取るわ。ありがとう、二人とも!」
「いや、ありがとうを受け取るのにどうしてお姉様がありがとうって言ってるの…」
私とフランの会話に早苗は微笑み、神奈子は大笑い。というか、神奈子と早苗って親子だけどちょっと似てないわね。
苗字が東風谷と八坂ってところを見るに、多分二人は私と咲夜と同じ関係なんだと思う。これ以上は二人の問題だから私は口にしないけど。
それよりも、神奈子と話してみて感じたのは、神奈子は萃香に近い気質を持ってるってこと。気持ちいいさっぱりした性格で
立ち振る舞いも格好良い。そして何より感じるのは早苗への惜しみない愛情。うん、凄く良い人だと思う。
こういう人に育てられたから、早苗はこんなに良い娘に育ったんでしょうね。まあウチの咲夜には負けるけどね!咲夜が一番だもんね!
とにかく早苗に関する一件も解決したし、本当に一安心。早苗は咲夜の素敵なお友達になれそうだし、今日の神奈子といい、素敵な出会いが満載ね。
「早苗の件も許して貰えたし、神奈子とも知り合えたし、本当に今日は良い日だわ!」
「おや、私との出会いも良い日と評してくれるのね」
「それはそうよ。だって神奈子、話してて凄く良い人ってすぐに分かるもん!
しかも常識人だしね!また、紫とか幽々子とか幽香みたいに変に強烈なファーストコンタクトだったらどうしようかと思ってたわよ」
「ふふっ、レミリアは随分と友人が多いみたいだね」
「そうねえ…みんな出会いは無茶苦茶だったけど、今となっては誰もが私のかけがえのない大切な友達よ。
紫も幽々子も萃香も輝夜も幽香もみんなみんな大切な人。ただ、私を振り回して大変な目に合わせるのは勘弁ね!」
「萃香…もしや、萃香というのは伊吹萃香のことか?」
「?もしやもなにも、その萃香だけど。どうしたの?もしかして萃香と知り合い?」
「いや、伊吹萃香の武勇は私達にも届いているからね。そうか…伊吹萃香は今何処に?この山にはいないようだけど?」
「萃香なら紅魔館に居るわ。下らぬ陰謀と私欲渦巻く妖怪の山よりもお姉様の傍が良いんですって」
「あははっ!成程成程、流石は伊吹鬼だ!良く見抜いているじゃないか。ああ、実にその通りだろうさね」
「あの鬼はお姉様が好き過ぎるのよ。あれは病気よ病気。もしかしたら、今もお姉様の傍にいるかもね?」
「そうかい、そうかい。しかし、それはお前さんも同じじゃないのか?その病気にかかってるように見えるけどね」
「ッ!う、うるさないなあ、放っておいてよ!」
フラン、今萃香がこの場にいないからって好き放題言うなあ。
この場にいたら萃香は何ていうかなあ。…萃香のことだから普通に『ああ、好きだよ』なんて男前に言ってきそう。ダメダメダメダメ!私はノーマル!
…っていうか、あれ、なんかフランが珍しい顔してる。顔真っ赤にして神奈子の方睨んで。神奈子は神奈子で
ニヤニヤしながらフランを見てるし。何だろう、この二人ってもしかしなくても相性が良いのかな。
もしそうなら大チャンス!フランはちょっと人見知りの気があるからね。ここで神奈子と仲良くなれるなら越したことはないわ。
だって、フランの仲良い友達って主に紫とか幽々子とか幽香とかだし。そこに神奈子が加われば…それただの幻想郷最強面子大集合じゃない!
あれかしら、強者と強者は惹かれあうっていう奴なのかしら。ダメよフラン、そんな強い人ばかりと交わってしまうと、考えが
偏ってしまってよくないわ。よし、バランスを取る為にも、フランには幻想郷最弱の奴との関係を強めさせないと…幻想郷最弱、最弱…
「フラン、大好きよ。愛してる。もっと深い関係になりましょう」
「ちょ、ちょっとお姉様!?いきなり何を!?」
「あっはっは!姉妹仲が良いのは実に良いことだ。しかし本当に面白いな、お前達姉妹は」
「ちょ、ちょっと貴女も面白がってないで何か言いなさいよ!早苗も!」
「ええと、私は一人っ子だったのでお二人が羨ましいですよ?」
「こ、この咲夜並みの天然娘っ…お姉様、わかったから!お姉様の気持ちは十分に分かったから!」
関係を深めるために全力でフランに抱き着いてみたんだけど、全力拒否されたでござる。
まあ、これくらい関係を深めておけばフランも紫達に染められたりしないでしょう。私の最弱はちっとばっか響くわよ。
フランを抱きしめ終えて満足してる私に、神奈子は少し真剣な表情に戻り、私に対して言葉を紡ぐ。
「さて、レミリアにフランドール。ここからは少しばかり真面目な話をさせて貰いたいんだが、構わないかい?」
「良いけど、あんまり難しい話とかはちょっと…そういうのは、フランの方にお願い出来ると」
「お姉様?」
「が、頑張る!お姉様頑張るから!さあ神奈子、私の準備はOKよ!どんな話でもバッチコイよ!」
「本当に真剣な空気が似合わない娘だね、レミリアは。まあ、私もその方が気軽に話せて良いんだけどね。
話の内容は私達とこの妖怪の山との関係についてだ。私達がこの幻想郷に来た経緯は?」
「早苗から聞いてるわ。確か外の世界で失われた信仰を集める為に、幻想郷に来たのよね?」
「その通り。私達のような存在にとって、信仰が失われるのは死活問題だ。外界では最早信仰は殆ど得られず、私達は
消えゆくのを待つだけの身だった。このまま消えても仕方ない…そう思っていたよ。この娘が生まれるまでは」
そう言って、神奈子は早苗の頭を優しく撫でる。そんな神奈子に早苗は恥ずかしそうにしつつも、為されるがままに受け入れる。
本当に良い関係よね。神奈子と早苗、互いが互いをどれだけ大切にしているか凄く伝わってくるし…本当に二人とも、互いが好きなのね。
「早苗は幾千年の時を超え、久方ぶりに私達を認識出来る程の力と才を秘めた娘だった。
この娘がどれだけの可能性を秘めているのか…フランドール・スカーレット、お前なら分かるんじゃないかい?」
「ええ、無論理解しているわ。ウチの咲夜は後天的なモノだけど、貴女の娘は先天的に人間を超越しているわね。
博麗の巫女のように、その体内に奇跡の血脈を担っているのかしら?」
「…そうだね、その通りだ。この娘には神の血が流れている。
ただ、世代を重ねるごとに薄れていき、本来ならば消え果る筈だった…その血脈が、この娘をヒトではなく神と定めた」
少しばかり困ったように笑う神奈子。というか、私には話がちんぷんかんぷんなんだけど…何、神の血って。
早苗は神奈子と親子で。でも血はつながっていないかもしれないから、そうじゃないかもしれなくて。で、早苗には神の血ってのが流れてて。
…あかん、全然話が分からへんやん。とりあえず、私にはあまり関係のない話なんでしょうね。というかフランは
分かってるみたいだから、あとで噛み砕いて説明してもらおう、うん。私はとにかく神奈子の話に耳を傾け続ける。
「私達だけが滅びるなら良かった。だが、この娘が生まれたことで、私達はその選択を選ぶことは出来なくなった。その理由は言わずとも分かるだろう?」
「――生きながらにして神になった身、その信仰が失われてしまえば、それは死を意味するも同じ…か」
「そういうことさ。私達が滅びるのは運命なのかもしれない。だが、この娘は何も知らず持たずしてこの世に生を受けた。
私達のような古き血に縛られ、振り回されて命を落とす――そんな下らぬ運命を受け入れる程、私達は従順ではないのよ」
「だからこそ、信仰を得る為に賭けに出た…か」
「ええ。八雲紫…前八雲の管理人であるアイツの申し出は私達にとって実に渡りに船だったわ。
科学という名の奇跡が支配する外界で私達が信仰を再び集めることは、非常に難しい。けれど、新天地なら私達はやり直すことが出来る。
そして私達は決断を下した。残る力を掻き集め、湖ごとこの幻想郷へ転移することをね」
「そして、転移先が不幸にも幻想郷一縄張り意識の強い連中の領域だった…と。本当についてないわね」
「言葉もないね。そういう訳で、後のことは説明するまでもないことかね。
私達は再び転移を行うだけの力がない。だからこそ、妖怪の山の連中に土地を貸してくれと頼んでいる。
妖怪の山の連中は、突然現れた新参者が自分達の領地を占領し面白い筈がない。さっさと出て行けと私達に要求する」
「本来なら、向こうは実力行使に出る。だけど、そう打って出ないのは」
「私が『八坂神奈子』だからさ。この妖怪の山に住む連中は殆どが東方の島国の妖怪達だ。ならば私を恐れるのもまた当然のこと」
「ふぅん…どうやら昔は随分と力の有る存在だったみたいね。文があんなにも私に忠告するわけだ」
「昔の話さ。今となってはただの消えゆく未来に怯える一人の儚い存在さ」
「それで?私達への要求は?」
「要求か…本来ならば、レミリアとの協力関係を結び、その後ろ盾を持って連中との交渉を有利に…なんて考えていたんだけどね」
そう言って、神奈子は私を見て優しく笑う。え、何、話題変わったの?
あまりに難しい話が続いてたので、私は自分の右手と左手でじゃんけんしてたんだけど…ちなみに右手が三勝で左手が五勝。左の方が強いのね、私の手。
神奈子の言葉を待っていると、神奈子は再び楽しげに笑いながら、私の頭をぽんぽんと優しく叩く。え、何事?
「こんなに純粋無垢な姿を見せられると、そんな気は更々失せてしまったわ。
この娘は、私達の下らぬ争いに巻き込んでいい娘じゃないさ。私は純粋にこの娘と交友を結びたいと思っているよ」
「え?いや、交友を結ぶも何も、神奈子はもう友人だと思ってたんだけど…え、ダメ?」
「あははっ!駄目なものかい。下らぬ些事は関係なしに、私はお前を好ましく思っているよ、レミリア・スカーレット。
早苗の件も世話になったし、この娘もお前達に懐いている。どうだい?ここで改めて私達と友人になってくれるかい?」
「え、いや、全然OKだけど。えっと、あらためてよろしくね、神奈子、そして早苗」
そう言って、私は神奈子の手を握りぶんぶんと小さく握手する。
そんな姿を眺めながら、フランは楽しげに笑ってる。あら、フランがこんな風に穏やかに笑うのは珍しいかも。
フランの横顔を眺めていると、フランは優しげな表情のままに、神奈子に向かって口を開く。
「成程ね…確かに文の言う通り、大きな存在だわ。
八坂神奈子は確かに私達の下らぬ謀では差し測れない器量の持ち主のようね。
本当に良いの?お姉様の力があれば、きっと妖怪の山との交渉は上手くいくわよ?お姉様の後ろには八雲も西行寺も伊吹鬼もついてるのに」
「構わないさ。元よりこの問題は私達の身内ごとだ。先ほども言ったが、この件にレミリアを巻き込んでどうする。
この娘にそんな下らぬ穢れを付きまとわせる真似はしたくない。言ってしまえば、気に入ったのさ」
「そう…本当にお姉様は誰も彼も惹きつけるわね」
「何を言ってるんだ。私が気に入ったのはレミリアだけじゃない。お前もだよ、フランドール・スカーレット」
「…わ、私!?私は別に何も…」
「何を言う。お前はこの地に足を踏み入れてからずっと姉を護る為に気を張っているだろう?
今とて姉に何かあれば、すぐに妖気を開放できるように戦闘態勢を整えている。例え同胞といえど、そこまで他者を想う妖怪など私は見たことがない。
私はお前達二人を気に入ったのさ。姉の純粋な想い、妹の一途な想い、それを知ることが出来たのが今日は一番の収穫かもしれないね」
神奈子の言葉に、フランは恥ずかしそうに下を向いて押し黙る。フラン、人に面と向かって好きって言われるのに弱いのかな。
…大丈夫かな。将来フランはちょろいさんとか言われたりしないかな。いや、フランに限って大丈夫だとは思うんだけど
凄く素敵な男の人が目の前に現れたりしたら…うん、私なら一瞬で落ちる。ちょろりあ・スカーレットとか言われてもそんなの関係ねえって叫んで落ちる。
でも、神奈子がフランのことを気に入ってくれたようで何より。こうやってフランも友達の輪をどんどん広げてくれれば。
そんなことを考えていた刹那だった。突如として、私の脳裏に伝わってきた何か。それは少し遅れてメッセージへと書き換えられて。
『ねえ、おかしなおかしな妖怪さん。もしよければ、神奈子だけじゃなくて私ともお話ししない?』
「は?」
「どうしました、レミリアさん?」
「いや、今誰かが何か話しかけてきたような…」
脳裏に響いた声の主を探そうと、私は周囲をキョロキョロと見渡す。
早苗に、フランに、神奈子。他に誰もいないわよね…って、あれ、何か神奈子が凄く頭押さえてる。どうしたんだろう。
フランに何か声が聞こえなかったかと問いかけるもNO。早苗に訊ねてもNO。えっと、聴こえてるの私だけ?幻聴?え、嘘、この歳で?まだ五百歳なのに?
心に浮かんだ不安を必死に振り払いつつ、私は神奈子に訊ねかける。
「ね、ねえ神奈子…今、なんか不思議な声が…」
「…はあ。レミリア、この部屋を出て廊下の突き当たりを右だ。悪いけど、そこに向かってくれない?」
「え?えっと…何で?」
「…それは本人から直接訊いてくれ。覗き見だけじゃ我慢できなくなったらしくてな。
はっきり言って、私以上にお前に興味を抱いている奴がそこにいるから。適当に相手してあげてくれると有り難い」
物凄く疲れたように言う神奈子に、私は思いっきり頭にクエスチョンマーク。いや、意味が分からないんだけど…誰がいるのよそこに。
どうやら早苗も同じようで、『私と神奈子様以外にこの家には誰もいないんですが…』とか言ってるし。え、嘘、じゃあそこに誰がいるの?
早苗も知らない人って…も、もしかして幽霊!?ちょ、おま、もう幽霊はいいから!春雪異変で幽霊はお腹いっぱいだから!
いきたくないなあ…行きたくないけど、行かないと神奈子が困るだろうし…よし、パッと行ってパッと帰ってこよう。
私は覚悟を決めて、部屋を泣く泣く後にする。えっと、廊下の突き当たりを右…何、普通に廊下の続きがあるだけで誰もいないじゃない。
誰もいないのを確認して、私は安堵の息をつく。何よ、神奈子ったら意地悪ね。私を怖がらせて面白がるつもりでしょ。ふふん、こういうのは
紫とか紫とか紫とか紫とかで慣れてるのよ?鍛えに鍛えられたんだもの、私を驚かすならこの程度じゃ全然足りないわよ?
変に胸を張って、私は部屋に戻ろうと後ろを振り返って――そこに、待ち人はいた。
「ばあっ」
「ふぎゃあああああああああああ!!!!!!!」
背後から唐突にかけられた声に、私は驚きのあまり全力絶叫で廊下を転がり回る。な、南無阿弥陀仏!!助けてゴーストスイーパー妖夢!
頭を抱えて怯える私の上から降り注がれる可愛らしい笑い声。その声に、私は恐る恐るゆっくりと顔を上げる。
「あ、貴女は…」
「――こんにちは。そしてはじめまして、不思議な不思議な可愛い妖怪さん」
私の目前に立っている一人の少女に、私は目を奪われる。
そこには外見こそ私と近しく見えるものの、その身体に神奈子に負けない程の力を感じる笑顔の素敵な女の子が立っていた。
その娘はただ楽しげににっこりと微笑みながら、私が立ち上がるのを今か今かと待っているように思えた。