~side 文~
夕食をみんなと済ませた私は、一人先に部屋を後にした。
いつもならレミリア達と共にのんびりと雑談に興じるところなのだけれど…私は部屋を出た足をそのままテラスへと向ける。
残暑の残る季節、パチュリーの魔法によって適温に管理されている館内とは異なる四季の込められた空気を感じながら、私は
視線を真っ直ぐ湖の向こうへと向ける。暗闇が支配し始める世界の中で、私の両眼はある一つの場所だけを捉えていた。
「いやいや、なかなかどうして面白いことになってるみたいじゃないか」
「そうですね…ここ数日、流れ降りてくる風が酷く騒がしいから何事かと思えば」
まるで最初からそこにいたように、私に背後から声をかけてきた方――伊吹萃香様に、私は苦笑交じりで答える。
やっぱり萃香様も気付いていたのね。それも当然か。幾ら長年離れていたとはいえ、萃香様はかつて『あの場所』の最上位に
数えられたお方だ。不穏な風や異変があれば、遠く在れど感じることなど造作も無いことだろう。
私は肩を竦めながら、萃香様の方へと振り返る。そんな私に、萃香様は楽しそうに問いかけてきた。
「文、お前はどうするんだい?この一件について動くつもりか?」
「御冗談を。私は既に追放された身、自由の身なのです。今の私にとって、あの場所は何の関係もありませんよ。
例え私があの場所に足を踏み入れたところで、逆に追い返されるのがオチです。それだけならまだ良い方で、最悪厳罰で処分されますよ。
それに、レミリアの話の内容が真実ならば早々衝突に発展する事は無いでしょう。その理由は萃香様は十分過ぎるほど理解出来るかと」
「成程、違いない。連中は交渉の方針を可能な限り続けるだろうね。賢明だが面白くない判断だ」
「あやや、相変わらず無茶を言います。面白くなくとも最善ですよ。幾ら天狗が優れた妖怪種族だからとはいえ、今回ばかりは相手が悪過ぎます」
「そうだね。レミリアやフランドール達は歳若く、生まれも違い過ぎて名前を聞いてもピンとこないだろう。
レミリアの話していた巫女が仕える『アレ』の名は私達東方の者にとってはあまりに有名な存在だ。何故今頃になってこの地に来たのかは知らないが、
あれだけの存在に己が聖地を荒らされ、居を構えられるとは連中もよくよく運の無い。私達という柵から解放されて好き勝手やっていたというのに」
「全ては萃香様の仰る通りですよ。どれだけ群れを為そうと、我らのような存在では間違いなく勝ちなど拾えません。そもそも対等に立つことすら有り得ない。
きっと山の人達は安全に、何事も無い、賢明な道を選びますよ。だから山の者は誰も傷つかない。何もないまま終わりです」
私の言葉に、『そうかい』と萃香様は笑うだけでそれ以上言葉を返さなかった。
ただ、私の隣まで足を進め、その場にドカッと腰を下ろした。それはもう、鬼という表現が似合いすぎる程豪快に。
そんな萃香様の行動に驚き困惑する私に、萃香様は手に持つ瓢箪を差し出してくる。…成程、そういうこと。レミリアは
問題外だし、咲夜も言う程強くない。パチュリーとフランドールはレミリア無しではあまり楽しそうに飲まない。となると、私か
美鈴かというのがいつものパターンなんだけど、今日は私か。萃香様からの晩酌相手のご指名に、私は笑みを零しながら口を開く。
「私でよければ、喜んで」
「ん、今日はお前が良い。文は天狗なのに気持ち良い奴だから一緒に呑んで楽しいからね」
「鬼と一緒にお酒を呑むなんて精神的に大変なだけで、何も楽しくない…少し前までそんな風に考えていたんですけどね。
変えられたんですよ。この館の住人達に…そして誰より一生懸命なお姫様に、ですね。いや、変えられたというより学んだのかな。
利害関係とか上下関係とか力関係とか…そういうつまらないこと抜きにして、真っ直ぐ貴女と『友』の絆を育んだ背中を見ていると、ね」
「おや、他人事のように言ってくれるね。私はお前も対等、大事な友の一人として見ているつもりだけれどね」
「あやや、光栄過ぎて言葉が何も思い浮かびませんよ。まさか私が伊吹鬼様に友と呼ばれる日が来るなんて、私もそう捨てたものではありませんね」
「ああ、胸を張って誇ると良い。射命丸文、お前は私の大切な友だ」
萃香様の真っ直ぐな言葉と視線に、私は耐えられずに視線を逸らしてしまう。本当、レミリアの言う通り男前過ぎる方よね。
こんな言葉を萃香様から伝えられて嬉しくない訳が無い。きっと、あの狭い世界に棲んでいたらこんな経験をする日は無かったでしょうね。
私くらいじゃないかしら。鬼、それも最強と謳われる一角を担う萃香様とこんな風に会話できる天狗っていうのは。こんな話、きっと
他の天狗は誰も信じてくれないでしょうね。私はクスリと笑みを零しつつ、萃香様から酒枡を受け取り一気に飲み干す。
自慢じゃないけれど、私はお酒にとても強い。勿論、萃香様程ではないけれど(萃香様はヤバ過ぎる。強いとかの次元を通り越している)、
こんな風に一気に呷ったところで私が酔い潰れたりすることはない。だからこそ、萃香様のお酒の相手は私か美鈴なんだけど。
お酒を呑み終えた私は、返杯とばかりに萃香様の枡にお酒を注ぐ。そして、萃香様が酒を呑む姿を眺めながらそっと言葉を紡ぐ。
「さて、どうしましょうか。あの場所で起きている現状、フランドール達に伝えます?」
「要らない要らない。折角レミリアに新たな友が出来たというのに、それを阻害させるような話をするのも無粋だろう?
ま、今のフランドール達が新たな巫女とやらをどうこうするとは思わないが、わざわざ余計な心配をかけさせる必要も無い」
「…読めました。萃香様、期待してますね?レミリアが『今回の騒動』に巻き込まれることを」
「期待してるというか、確信してるよ。我が心友はそういう星の下に生まれているらしいからね。
知らず知らずのうちとはいえ、レミリアは自ら望み、その巫女に近づき接し、そして力になってあげたんだろう?
だったら私達のすべきことはレミリアの望むまま思うままの道を支えるだけさ。少なくとも私はそうするつもりだよ」
「私はあまり危険なことに首を突っ込んで欲しくないんですけどね…ま、いざとなったら」
「「私達『家族』がレミリアを助けるだけ」」
異口同音の言葉を並べ、私達は互いにニッと笑いあう。
そう、レミリアは今まで通りレミリアの信じる望む道を行けば良い。私達はその選択を、想いを必ず守ってみせるから。
そんな自分の選んだ答えに、私は思わず内心苦笑する。本当、完全に私も紅魔館の妖怪になっちゃったな、と。もう美鈴達のことを
過保護だなんて笑えないわね。あの場所のことだとか、幻想を超越する存在だとか、そんなものは何の関係も無い。
私達が望むのは、レミリアの笑顔。あの娘がいつまでも笑って過ごせる世界、そんな優しい世界。ただ、それだけ。
「…そう。今の私にはそれだけで充分ですよ。もう私はあの場所とは何の関係も無くなってしまったのだから」
「お前がそう言うのならそうなんだろうさ。だけど文、一応言っておくよ。
さっきまでお前が並べ立てた今後の未来図、あの言葉は全て『予想』ではなく『願望』だったことに気付いているかい?」
萃香様の問いに私は答えない。答えてしまうと、きっと心に迷いが生じてしまうだろうから。
もう私とあの場所は関係ない。例え何が生じようが、どんな嵐が吹き荒れようが、私は何もしないし出来ない。するつもりもない。
…だけど、あの娘は。
あの場所で、何があろうと私について来てくれたあの娘は、どうなるのだろう。
争いなんて起きない。天狗とは聡く狡賢い生き物。だから打算で動く故に、争いなんて決して起きない。
争いなんて起きなければ、あの娘が剣を取ることもない――山坂と湖の権化を相手に、決して敵わぬ命を落とすだけの戦いになど。
「信仰を集めるというのは、存外難しいものなのね」
私のボヤキに、早苗は同意するように困ったような笑みを零す。
そんな私の呟きに、早苗の隣に座っている魔理沙が楽しそうに口を開く。
「最初の方だけど、話を聞いてくれるまでは聞いてくれるんだよな。ただまあ、そこで終わっちゃう訳なんだけど」
「それはそうよ。早苗の話は凄く有難い神様の話で、『凄い神様だな』とは思うけれど、それで終わりなんだもの」
「あう…ご、ごめんなさい…」
「別に責めてる訳じゃないわよ。早苗の話は分かりやすいし興味も引くよう色々頑張ってるのは分かってるから。
…それと貴女達、終盤に人里の人達が早苗の話を全然聞いてくれなかった一番の理由をちゃんと理解してるんでしょうね」
「「全く」」
「はあ…」
魔理沙の話を引き継いだのは、私の隣に座ってるアリス。うーん、そうなのよね。早苗の話は凄く分かりやすいし
面白いんだけど…でも、話を終えてその神様を信仰してみようかなってなるかというと。
ああでもない、こうでもないと私達四人は人里の茶屋で作戦会議中。議題は勿論『どうすれば早苗は信仰を人里で集められるか』よ。
何故、この場所に私達四人が集まっているかというと…話せば長くもならない話なんだけど。
早苗と知り合ってから三日が過ぎ、私は再び早苗に会いに人里に出向いてみた。魔理沙同伴で。
何で魔理沙が同伴なのかというと、魔理沙がウチに遊びに来た時に早苗の話をすると興味津津で『私もその巫女に会いたい』と言ったから。
で、じゃあ早速会いにいってみようかと人里に向かい、早苗と再会したのよ。早苗は相変わらず人里で信仰を集める為に頑張っていたわ。
ただ、初めて出会った日と比べて、早苗の周囲にちらほらと人が集まって早苗の話に耳を傾けてくれている。後で早苗に聞いた話によると、
寺小屋の子供達が良い意味で早苗の話を親達に流してくれたみたいで、『じゃあ一度くらい話を聞いてみようか』という人が来てくれているらしい。
それで早苗は一生懸命話をするんだけど、まあ、そこまで。まずは早苗の信仰する神様の存在を知らしめるだけでも
それなりに効果はあるらしい(何の効果かは知らないけど意味があるって早苗が力説してた)。でも、信仰を集めるという意味では全然不足みたい。
ローマは一日にして成らず、やっぱりこういうのは沢山の時間を積み重ねて為すものだとは思うんだけど…ほら、早苗凄く一生懸命だし。私も魔理沙も
暇人以外の何ものでもないし。だったら、魔理沙の紹介がてらに早苗のお手伝いでもしてみましょうかって訳。
そんな風に午前中は早苗が話している横で魔理沙と二人で客引きしてた。『幻想郷大ブレーク中の新興宗教が今ここに!』
『全幻想郷が泣いた!人里ベストセラーナンバーワン宗教!』『大人も子供もお姉さんも』『神様と響き合う物語』とか早苗の周辺に看板作ったりしてた。
…気付けば早苗の周囲には人っ子一人存在せず。この惨状に、私達は三人共に溜息をついて信仰を集める難しさを実感したわ。
本当、一体何が悪かったのか。早苗の話も私達の客引きも完ぺきだったと思うんだけど…とりあえず、現状を打破する為にと、魔理沙が
魔法の森までひとっ飛びしてアリスを連れてきたのよね。『私達のブレイン役だから。アリスなら、アリスなら何とかしてくれる』って言ってた。
アリスは私達から事情を聞くや否や、大きな溜息。少しばかり私達の布教光景を眺めた後に『作戦会議をしましょう』と一言。ちなみにアリスさん、茶屋に向かう前に
私と魔理沙が必死で作った看板を全てひっこ抜いちゃった。あんなに頑張ったのに…わざわざ慧音に道具まで借りて作った力作だったのに…
まあ、そういう訳で現在人里の茶屋で作戦タイム中という訳。しかし、私と魔理沙の看板作戦と客引きが通用しないとなるともう…
「とりあえず魔理沙とレミリア、一応言っておくけれど後半に人足が遠のいたのは間違いなく貴女達のせいだから」
「なん…だと…?」
「わ、私達のせいなの!?ええええ!?でも私達、人を呼ぶ為に頑張って看板を…」
「それが悪かったって言ってるの!あんな訳の分からないモノに囲まれた人の話なんて誰も聞きたがる訳ないでしょ!?」
「そうか?心の琴線に触れそうなキャッチコピーを沢山並べてみたんだが…」
「ごめんね早苗…私と魔理沙、貴女の力になるつもりがまさか足を引っ張っていただなんて…」
「ち、違いますお二人とも!全ては私が偏に力不足だったからでお二人は全然…」
「くそう…レミリア、やっぱり私は『幻想郷全土がハルマゲドン』にすべきだったんだと」
「違うわ魔理沙。人里のみんなの心を掴む為に『私より凄い神に会いに行く』を使うべきだったんだと私は」
「…もう貴女達は黙ってて、お願いだから」
二人揃って仲良くアリスから戦力外通告される私と魔理沙。ぐぬぬ…アリスが一体何に呆れているのか難解すぎる…
私達を黙らせた後、アリスは早苗の方へと向き直り口を開く。
「正直なところ、二日三日で貴女の信じる神様を人里で布教するのは不可能だと私は思う。
信神ってものは簡単に人の心に根付くものじゃないからね。勿論、人里でこういう風に語りかけて広めようとする手は悪くないと思う。
だけど、その結果を今すぐに求めようというのは本当に難しいことよ」
「そうですね…確かにアリスさんの仰る通りです。ですので、私としましては、まずは私の信じる神様の存在を知って頂ければ、と」
「いやいや早苗、そんな消極的守りに入った考えでは信仰は得られないな。
目標はでっかく高く、話を聞いて貰った人が即今日からその神様を信じてくれるくらいの勢いでだな…」
「その勢いで大失敗してるアホ魔法使いは黙ってて」
「アホう使いと申したか」
「お前は一体何を言っているんだ」
「(´・ω・`)」
魔理沙の真顔突っ込みに凹む私。くうう!だってしょうがないじゃない!下らないとは分かっていたけど思いついたんだもん!言ってみたかったんだもん!
アリスの正論にコクコクと頷く早苗…にしても、魔理沙もアリスも早苗とさっき知りあったばかりなのに
滅茶苦茶コミュニケーションスムーズに取れてるわね。いや、私もそうだったんだけど。早苗はあれね、何ていうか初対面でも話しやすい
親しみやすい空気があるからね。物腰も柔らかいし丁寧だし。…まあ、悪い妖怪には厳しいみたいだけど。よかったヘタレ妖怪で。
まあ、確かにアリスの言う通り二日三日で信仰得られるなら苦労はしない訳で。信仰、信仰ねえ…うん、やっぱりこればっかりは難しい。
だって、そうじゃない?目には見えない、存在しない神様を信じるっていうのは簡単なようで難しい。今まで神様の存在を信じていなかった
人に早苗の信じる神様を今日からっていうのは本当になかなか…ううん、何とか力になってあげたかったんだけど、今回ばかりは私は
本当に完全戦力外ね…ごめんね早苗、頼りにならない私を許して頂戴。いや、私が頼りになったことなんて過去の一度もないんだけどね!(胸を張って)
そんなことを考えていると、困ったように微笑みながら肩を落とす早苗の姿が。ああ、うん…なんていうか、凄く申し訳ない感が…
それは魔理沙達も同じだったようで、魔理沙が小声でアリスに『何か方法ないのか』と訊ねてる。アリスもアリスでアイディアを考えだそうとして…いや、
今更だけどアリスって本当に良い人よね…今日急に呼びだされて力を貸せ、なんて言われても、ちゃんと真剣に力になってくれるんだもん。
良い人というか、苦労性というか…早苗の信仰集めはアリスに何の関係もないのに、自分が得する訳でもないのに。
「アリス…貴女、良いお嫁さんになれるわ。そして良いお母さんになれそう」
「は?いや、何をいきなり…」
「吸血鬼って鏡に映らないんだよな。レミリア、ちょっくら私と一緒に水辺にでも行ってみようか?」
「いや、魔理沙も意味が分からないわよ…それより早苗、信仰を集める方法だけど」
「は、はいっ」
おお!アリスから早苗に何か意見が飛び出ようとしてるわ!流石はアリス、何か思いついたのね!
幻想郷一の都会派魔法使いは格が違うわね!アリスッ、貴女の意見を聞きましょうッ!戦力外は黙って耳を傾けるから!
「即日とは言わないけれど、人里で信仰を早く集めたいのなら『結果』を人々に与えることよ」
「結果…ですか?」
「そう。結局のところ、貴女の神様が人里の人々にとって『どんな利益をもたらすのか』を教えることが一番信仰への近道な訳。
人が神を信じることで心の支えとなるのはその後。誰かの心の支えと化する為には、その前のステップを踏まなければいけないわ。
貴女の神様が自分達に何を与えてくれるのか。貴女の神様はどんな凄いことが出来るのか。貴女の神様は何を守ってくれるのか。
それを形にして与えてあげられることほど、分かりやすいことはないわ。人の信心を得たいなら、まずは力を見せてあげないといけない。
そして、その役目こそ貴女の役割なのではないの?神の力、貴女は全く使えない訳でもないのでしょう?」
「ええ…そうですね。無論、比べるのもおこがましい程に未熟なものではありますが」
「未熟でも良いのよ。貴女が神の力を継ぎ、それを形として人々の前に示すことが出来るというのが大事なのだから。
貴女は神に仕える巫女、言わば神の娘。強大過ぎる神の力は直接民には示せない。なら、代わりにその役割を貴女が果たさないとね」
「それはつまり…」
「人里で困ってる人に対し、貴女が受け継いだ『神の力』を持って解決してあげること。それだけで世界は大分変る筈よ。
現金過ぎるように思われるかもしれないけれど、人はいつだって『奇跡』を求めてる。困ったこと、無理なこと、大変なことに助けを求めてる。
勿論、それは自分で解決しなければいけない問題が大半だけど、何事も一人で解決出来るほど誰もが強くはないわ。
そんな人々を救えたなら、人々の心に貴女の神が宿るでしょうね。どんなときでも、貴女の神が自分を守ってくれる、と」
具体的な方法を語るアリスに、私と魔理沙は目を見開き驚愕する。何てこと…私と魔理沙は看板作って人の呼び込みをするくらいしか
思いつかなかったのに、アリスは確かな理屈と理由を並べて早苗に一つの道を提示してあげた。
確かにアリスの言う通り、人の心に神様を宿らせるには、その人に神様を信じさせるだけの理由がいる。神の力を信じさせるだけの理由が。
そして、その理由付けに最も適したものは、自身の救済。神様の力を目の当たりにして、その力を以って助けて貰うこと。これほどまでに
神様を信じられる理由があるだろうか。現に早苗は目から鱗とばかりにコクコクと力強く頷き、その表情に力強い意志の込められた笑顔が戻る。
「そうです…その通りです!私は神様の巫女、言ってしまえば神様の代行者なんです!その私が神様の力によって
人々の力になることこそが私の為すべき役割なんです!例え信仰が得られずとも、神様の力によって誰かが救われた事実は残る!
神様が人助けを行うことに駄目と言う訳がありません!ましてや、これが信仰集めにつながると言うのなら!
ありがとうございます、アリスさん!レミリアさん!魔理沙さん!おかげで私、自分の為すべきことが分かりました!
早速神社に一度戻り、明日からの方針を神様と相談したいと思います!」
「どういたしまして!私は何もしてないけどね!」
「どうしたしまして!私も何もしてないけどな!」
「貴女達、本当に良いコンビね…ま、私もたいしたことはしてないけれど。
それより早苗、私はちょくちょく人里に来てるから、何か困った時は遠慮なく相談して頂戴ね」
「アリスさん…はいっ!よろしくお願いしますっ!」
興奮が絶好調に達しているのか、早苗はアリスの手を両手で握りぶんぶんと力強く振り、私達に別れを告げて茶屋を後にした。
早苗が店から飛び出すのを眺めてから、私と魔理沙は両者ともに尊敬の眼差しをアリスに向ける。そんな私達に若干引き気味のアリス。
「な、何よ二人して…」
「アリス、貴女凄く格好良い…まさかあんなに早苗に的確なアドバイスをしてあげられるなんて」
「同感だ。アリス、お前は本当に出来る女だな。流石はチーム『魔理沙さんと愉快な仲間達』が誇るブレインだ」
「別に褒められるようなことじゃないわ。ただ思いついたことを適当にアドバイスしただけよ」
「適当にしては凄くちゃんとしたアドバイスだったじゃない。ね?」
「だよな。アリスはもしかしてあれか、実は前職が魔法使いじゃなくて神の使いか何かか。
早苗に神様と信仰のこと語ってるとき、滅茶苦茶専門家みたいだったぞ。何でそんなに神様の在り方について詳しいんだ?」
「まあ…色々とあるのよ。それよりも、あの娘。東風谷早苗のことなんだけど――何者なの?」
その瞬間、アリスの瞳に真剣の色が宿る。
アリスの纏う空気の変化に気付かない程、私と魔理沙は付き合いが浅い訳じゃない。
私達も真面目になって、アリスの問いに答えを返す。
「何者、というと?私の知ってる早苗の情報は、アリスの知ってるものと全然変わらないわよ?
最近、幻想郷に越してきたばかりの巫女さんで、神様の信仰を集めようと頑張ってる…」
「そうじゃないわ。私の言っているのは、あの娘から感じられる力の異常さ、よ。
レミリア…はともかく、魔理沙、貴女…も、専門外よね。ああもう、こういうときに限って霊夢も咲夜も妖夢も鈴仙もいない…」
「おい、レミリア、もしかしなくても、私達馬鹿にされてるのか?」
「違うわ魔理沙、アリスは優しいから私達をちゃんと一般人として扱ってくれてるのよ。
逆に霊夢や咲夜達と同格扱いで話を進められたら、私は迷うことなく逃げるわ」
「…レミリア、お前」
「止めて!お願いだから『コイツマジヘタレ』的視線は止めて!
私=ヘッポコの事実が折角広まったのよ!私はもう二度と自分が強いなんて偽りたくないのよ!弱者万歳!私は敗者になりたいのよ!」
「あのね…話、真面目なモノに戻していいかしら。
あの娘、東風谷早苗が神様に仕える巫女だというのは分かった。巫女だから神様の力を借りることも出来るでしょう。
けれど、それでもあの娘は異常なのよ。ただの人間とは思えない程に、あの娘の身体から人とは異なる別の存在、力を感じるのよ」
「それっておかしいの?ただの人間で一線を越えた存在なんて、幻想郷には沢山いるじゃない」
「だよな。霊夢も少し前の咲夜も正直人間なのに人間止めてたし。早苗は巫女だし、そういうこともあるだろ」
「ああもう、私が言いたいのはそうじゃなくて…だから早苗はただ力が強いだけじゃなくて私と同じ…」
「「私と同じ?」」
そこまで告げ、アリスは大きく息を吐き出し、『なんでもない』と言葉を切った。
ちょ、おま、そこまで言って話を終えるなんて鬼畜にも程があるでしょう。クレームをつけようと思った私達だけど、
アリスの明らかな『それ以上追及するなオーラ』に言葉を止める。うう…きょ、今日はこのくらいで勘弁してあげるわ!
でも、早苗か…アリスにそこまで言わせるんだもの。やっぱり強いのねえ。霊夢といい早苗といい、巫女って本当に強いのね。
あれかな、強さの秘密は巫女服なのかな。私も霊夢の服着れば強くなるのかな。霊夢の巫女服を着て華麗に戦う私…か、格好良いかも!
うん、良いじゃない。巫女服良いじゃない。よし、霊夢に巫女服貸して貰えるよう交渉してみよう。そして霊夢の巫女服を見本にして
自分で巫女服を作ってみようじゃない。ふふん、こう見えて裁縫もなかなかいけるからね私!良いお嫁さんになる為のスキルだけはばっちり
きっちり磨いてきたからね!咲夜の子供の頃の服だって私が作ってたからね!よし、そうと決まれば善は急げよね!
「魔理沙、アリス、博麗神社に行きましょう。霊夢に用が出来たわ。遊びに行くついでに用件を済ませるとしましょう」
「そうね…餅は餅屋、それが手っ取り早いか。私も霊夢に用が出来たし、行きましょうか」
「ま、どうせこの後の予定は無しだったんだ。どうせなら他の連中も誘ってみるか。私は咲夜と鈴仙と妖夢に声をかけてくるよ」
「咲夜なら今日は永遠亭に行くって言ってたから、多分そっちに居ると思うわ。お願いね、魔理沙」
「了解~」
話はまとまり、私とアリスは博麗神社に。魔理沙は永遠亭と白玉楼へ向かうことにした。
それにしても、早苗…か。霊夢とはまた異なる巫女さんで、アリスの認める程の実力者。
あんなに丁寧で穏やかな娘も、いざ戦闘となれば霊夢ばりの力を発揮するのね…よかった。二回目だけど、自分、ヘッポコヘタレ妖怪で本当に良かった。
もう紅霧異変のときのように巫女に殺されかける事態はまっぴら御免なのよ。レミリア・スカーレットはヘタレに過ごしたいの。
平和が一番カステラ二番。幽香の一件も終わったし、もう二度と争いなんて勘弁よ。こんな穏やかな日常が永久に永久に永久に続きますように。
「ねえ霊夢!いきなりで悪いんだけどお願いがあるの!
霊夢の服が欲しいのよ!霊夢の服に興味があるの!だから霊夢、今すぐ服を脱いで私に頂だ…おうふ!!!」
「何興奮しながら気持ち悪いこと言ってるのよコイツはあああああ!!!!」
「はあ…一体何やってるのよレミリアは…」
霊夢から貰った久々の全力拳骨は涙が出るくらい痛かったです。