<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

その他SS投稿掲示板


[広告]


No.13774の一覧
[0] うそっこおぜうさま(東方project ちょこっと勘違いモノ)[にゃお](2011/12/04 20:19)
[1] 嘘つき紅魔郷 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:52)
[2] 嘘つき紅魔郷 その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[3] 嘘つき紅魔郷 その三 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[4] 嘘つき紅魔郷 エピローグ (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[5] 嘘つき紅魔郷 裏その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[6] 嘘つき紅魔郷 裏その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:55)
[7] 幕間 その1 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:11)
[8] 嘘つき妖々夢 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:24)
[9] 嘘つき妖々夢 その二[にゃお](2009/11/14 20:19)
[10] 嘘つき妖々夢 その三[にゃお](2009/11/15 17:35)
[11] 嘘つき妖々夢 その四[にゃお](2010/05/05 20:02)
[12] 嘘つき妖々夢 その五[にゃお](2009/11/21 00:15)
[13] 嘘つき妖々夢 その六[にゃお](2009/11/21 00:58)
[14] 嘘つき妖々夢 その七[にゃお](2009/11/22 15:48)
[15] 嘘つき妖々夢 その八[にゃお](2009/11/23 03:39)
[16] 嘘つき妖々夢 その九[にゃお](2009/11/25 03:12)
[17] 嘘つき妖々夢 エピローグ[にゃお](2009/11/29 08:07)
[18] 追想 ~十六夜咲夜~[にゃお](2009/11/29 08:22)
[19] 幕間 その2[にゃお](2009/12/06 05:32)
[20] 嘘つき萃夢想 その一[にゃお](2009/12/06 05:58)
[21] 嘘つき萃夢想 その二[にゃお](2010/02/14 01:21)
[22] 嘘つき萃夢想 その三[にゃお](2009/12/18 02:51)
[23] 嘘つき萃夢想 その四[にゃお](2009/12/27 02:47)
[24] 嘘つき萃夢想 その五[にゃお](2010/01/24 09:32)
[25] 嘘つき萃夢想 その六[にゃお](2010/01/26 01:05)
[26] 嘘つき萃夢想 その七[にゃお](2010/01/26 01:06)
[27] 嘘つき萃夢想 エピローグ[にゃお](2010/03/01 03:17)
[28] 幕間 その3[にゃお](2010/02/14 01:20)
[29] 幕間 その4[にゃお](2010/02/14 01:36)
[30] 追想 ~紅美鈴~[にゃお](2010/05/05 20:03)
[31] 嘘つき永夜抄 その一[にゃお](2010/04/25 11:49)
[32] 嘘つき永夜抄 その二[にゃお](2010/03/09 05:54)
[33] 嘘つき永夜抄 その三[にゃお](2010/05/04 05:34)
[34] 嘘つき永夜抄 その四[にゃお](2010/05/05 20:01)
[35] 嘘つき永夜抄 その五[にゃお](2010/05/05 20:43)
[36] 嘘つき永夜抄 その六[にゃお](2010/09/05 05:17)
[37] 嘘つき永夜抄 その七[にゃお](2010/09/05 05:31)
[38] 追想 ~パチュリー・ノーレッジ~[にゃお](2010/09/10 06:29)
[39] 嘘つき永夜抄 その八[にゃお](2010/10/11 00:05)
[40] 嘘つき永夜抄 その九[にゃお](2010/10/11 00:18)
[41] 嘘つき永夜抄 その十[にゃお](2010/10/12 02:34)
[42] 嘘つき永夜抄 その十一[にゃお](2010/10/17 02:09)
[43] 嘘つき永夜抄 その十二[にゃお](2010/10/24 02:53)
[44] 嘘つき永夜抄 その十三[にゃお](2010/11/01 05:34)
[45] 嘘つき永夜抄 その十四[にゃお](2010/11/07 09:50)
[46] 嘘つき永夜抄 エピローグ[にゃお](2010/11/14 02:57)
[47] 幕間 その5[にゃお](2010/11/14 02:50)
[48] 幕間 その6(文章追加12/11)[にゃお](2010/12/20 00:38)
[49] 幕間 その7[にゃお](2010/12/13 03:42)
[50] 幕間 その8[にゃお](2010/12/23 09:00)
[51] 嘘つき花映塚 その一[にゃお](2010/12/23 09:00)
[52] 嘘つき花映塚 その二[にゃお](2010/12/23 08:57)
[53] 嘘つき花映塚 その三[にゃお](2010/12/25 14:02)
[54] 嘘つき花映塚 その四[にゃお](2010/12/27 03:22)
[55] 嘘つき花映塚 その五[にゃお](2011/01/04 00:45)
[56] 嘘つき花映塚 その六(文章追加 2/13)[にゃお](2011/02/20 04:44)
[57] 追想 ~フランドール・スカーレット~[にゃお](2011/02/13 22:53)
[58] 嘘つき花映塚 その七[にゃお](2011/02/20 04:47)
[59] 嘘つき花映塚 その八[にゃお](2011/02/20 04:53)
[60] 嘘つき花映塚 その九[にゃお](2011/03/08 19:20)
[61] 嘘つき花映塚 その十[にゃお](2011/03/11 02:48)
[62] 嘘つき花映塚 その十一[にゃお](2011/03/21 00:22)
[63] 嘘つき花映塚 その十二[にゃお](2011/03/25 02:11)
[64] 嘘つき花映塚 その十三[にゃお](2012/01/02 23:11)
[65] エピローグ ~うそっこおぜうさま~[にゃお](2012/01/02 23:11)
[66] あとがき[にゃお](2011/03/25 02:23)
[67] 人物紹介とかそういうのを簡単に[にゃお](2011/03/25 02:26)
[68] 後日談 その1 ~紅魔館の新たな一歩~[にゃお](2011/05/29 22:24)
[69] 後日談 その2 ~博麗神社での取り決めごと~[にゃお](2011/06/09 11:51)
[70] 後日談 その3 ~幻想郷縁起~[にゃお](2011/06/11 02:47)
[71] 嘘つき風神録 その一[にゃお](2012/01/02 23:07)
[72] 嘘つき風神録 その二[にゃお](2011/12/04 20:25)
[73] 嘘つき風神録 その三[にゃお](2011/12/12 19:05)
[74] 嘘つき風神録 その四[にゃお](2012/01/02 23:06)
[75] 嘘つき風神録 その五[にゃお](2012/01/02 23:22)
[76] 嘘つき風神録 その六[にゃお](2012/01/03 16:50)
[77] 嘘つき風神録 その七[にゃお](2012/01/05 16:15)
[78] 嘘つき風神録 その八[にゃお](2012/01/08 17:04)
[79] 嘘つき風神録 その九[にゃお](2012/01/22 11:18)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[13774] 後日談 その3 ~幻想郷縁起~
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/06/11 02:47





 ~side 慧音~






「せんせー、またあしたっ!」
「ああ、また明日。寄り道せずに帰るんだぞ」

 寺小屋から帰宅する子供達を見送り、私はゆっくりと沈み始めた太陽を軽く一瞥する。
 季節は春、以前までの冬時と比べて日が沈む時間が明らかに遅くなっている。日が暮れ難くなることは
夕刻時の子供たちの遊ぶ時間が増えるということであり、子供たちにとっては喜ばしいことなのだろうな。
 どうかはしゃぎ過ぎて転んだりはしてくれるなよと思いながら、私は寺小屋に鍵をかけ、戸締りを確認して出かける準備をする。
 私が外出する理由、それは人に会う約束を取り交わしている為である。その人物は今朝、私の家に訪れて『相談したいことがあるので
夕刻会ってくれないか』と約束を取り付けた。その人物…彼女は私の知人であり、少しばかり困ったような様子であった為、私は二つ返事で了承を出した。

「しかし、彼女が私に相談とは珍しい。私から相談を持ちかけることはよくあるのだが…」

 果たしてどんな相談ごとだろうか、そのようなことを考えながら、私は待ち合わせの場所まで足を運んでゆく。
 そして、待ち合わせの約束をしていた茶屋には、既に彼女は到着していたらしく、既にお茶を頼み、何やら書物を読みながら眉を顰めていた。
 …ふむ、あのように頭を悩ませる彼女の姿を見るのは珍しいな。私は彼女の珍しい様子を観察しながら、こちらに気付かない彼女に声をかける。

「遅れて済まない。少しばかり待たせてしまったか?」
「あ、いえ、そんなことはありませんよ。私も先ほど来たばかりですから」
「そうか、それを聞いて安心した。それでは改めて――こんにちは、阿求」
「ええ、こんにちは、慧音さん」

 私の挨拶に彼女――稗田阿求は笑顔を見せて一礼する。
 簡単な会話を済まして、私は阿求の正面に腰を下ろし、店員に緑茶を注文する。阿求は何やら相談があるという話だ、
ならばお茶の一つくらい注文しなくては店にも迷惑だろう。私の注文に合わせて、阿求も緑茶のお代わりを頼む。
 そして、阿求と向かい合う形になって、彼女は視線を私に向けて口を開く。

「慧音さん、本日はわざわざ私の為に時間を作って下さりありがとうございます」
「いや、構わないよ。むしろ頼ってもらえて光栄だ。
さて、何でも私に相談があるという話だったな。他ならぬ阿求の頼みだ、私で力になれるといいが」
「ええ、他ならぬ慧音さんだからこそ私は貴女を頼ったのです。
慧音さんは私の知人の中で、人妖問わず最も交友の広い人物ですからね」
「立場上の理由だよ。人里の守護者を務めている以上、素性の一切を知らぬ人間妖怪は少ない方がいいだろう?
むしろ逆に疎まれている可能性の方が高いぞ。職務的な質問をして良い顔をしてくれる妖怪なんて、数えるほどしか存在しなかったからな」
「それでも慧音さんは『幻想郷に棲む多くの妖怪と接した』という歴史があります」
「ふむ…他の誰でもない『稗田』の君に歴史を求められるとはな。並の人妖ならば君の方が詳しいだろうに。
つまるところ、阿求が欲しているのは情報か。それも君の知らない、最近に幻想郷で名を上げるような妖怪だな」

 私の問いかけに阿求は『話が早くて助かります』と微笑んで頭を下げる。
 情報、か。私が彼女に言ったように、阿求はこと妖怪や幻想郷の知識に関しては右に出る者は存在しない程の知恵者だ。
 それは彼女の『稗田』の血脈が何より強く物語り、幻想郷縁起を編纂した彼女が私に妖怪の情報を頼るとなると、
過去の情報では導けない最近の妖怪に関することに絞られる。昔から存在が知らされている強者達は、みな過去の彼女が情報を紐解いているだろうから。
 さて、一体誰の情報か。本命どころでいうと、少し前に幻想郷を滅ぼしかねない程の大異変を引き起こした風見幽香か。八雲紫達の話によれば、
彼女は外界とは異なる『別世界』からの来訪者だという。その恐ろしきまでの力と謎に満ち溢れた過去、阿求なら興味惹かれる妖怪だろうな。
 そんなことを考えていた私に、阿求は持っている書物を私に見せる為にそっと差し出した。そこには『幻想郷縁起』と阿求の文字で書かれていた。

「それは幻想郷縁起…妖怪や幻想郷の情報を過去の君が編纂した書物だな」
「ええ、そうです。ですが、これは『今回の私』が現在作成している途中の、言わば九冊目に当たる幻想郷縁起ですが」
「成程。すなわち、阿求が今代の幻想郷縁起を作成する中で、情報がなかなか手に入らない妖怪がいたか。
情報がないから、その妖怪に関しての項目が記述出来ない…だから私にその妖怪の話を聞かせて欲しい、と」

 大凡の予想を阿求に語ると、私の問いかけに彼女は少し困ったような表情を浮かべる。
 む、どうやら私の予想は外れたか。私に妖怪の情報を訊ねる理由はそれしかないと思ったのだが。
 首を傾げる私に、やがて阿求は『実は』と切り出して言葉を続ける。

「慧音さんの予想は半分合ってます。私が今代の幻想郷縁起を作成するに当たり、新規のある妖怪の情報を集めようとしました。
ですが、私が困っているのは情報が少ないからではありません。『情報が有り過ぎて』困っているのです」
「有り過ぎて困るとは面白い悩みだな。情報というものは、多ければ多い程、その項目に対して詳しく書けるものではないのか?」
「ええ、その情報の全てが真実ならば…です。ですが、私には、手にした情報の正誤を判断することが出来ないのです。
その情報全てを鵜呑みにして書くことも出来るのですが、それをやってしまえばきっと私は後悔するでしょう。
恐らくその妖怪は、私が阿求として生を全うするまでの期間の中で、他の誰よりも幻想郷の中心に立つ妖怪です。
言ってしまえば、私の…稗田阿求の役割はその妖怪の行動を記すことにあるのではないかと、最近よく考えているのです」
「…それ程か。他の誰でもない君がそれ程までに語る程の大妖怪が、この幻想郷に存在したか」
「ええ。現にその妖怪は、恐るべき力とカリスマで大異変に干渉しています。恐らく、現在の幻想郷で最強を体現しているのは他ならぬその妖怪でしょう。
ですので、慧音さんには是非とも、その妖怪と私をつないで頂きたいのです。慧音さんならば、人里に度々現れているという
その大妖怪とも恐らく接触したことがあると思います。慧音さんの縁を頼りに、私はその妖怪と直接話をしたいのです」
「直接会うつもりなのか?それが危険につながる行為であるかもしれないぞ?」
「構いません。その妖怪に会うこと…それは危険を背負ってでも価値があることだと私は考えています。
恐らくこれからの幻想郷もその妖怪を中心に揺れ動く筈です。だからこそ私はその妖怪に会い、幻想郷縁起を編纂することで
この時代を生きたカタチを残したいのです」

 どうかお願いします、そう頭を下げる阿求の姿を見て、私は断る術など持っていない。
 軽く息をつき、私も阿求に彼女を…風見幽香を紹介する覚悟を決める。ただ、私が頼んで彼女が会ってくれるかどうか。
 何せ風見幽香は一人の少女以外存在を認めているのかどうかすら怪しい人物だ。他は全て下郎と考え、大妖怪らしく
見下すような空気さえ在る。そんな彼女が阿求に会ってくれるかどうか…私は頭を悩ませながら、阿求に尋ねかける。

「阿求の願いは分かったし、当然私は力を貸すつもりだ。
だが、私の力で果たして阿求と彼女を引き合わせることが出来るかどうか…」
「そうですか…やはり慧音さんでも、レミリア・スカーレットと接触するのは難しいですか」
「そうだな、私では風見幽香と…え?レミリア?」
「へ?レミリア・スカーレットですよ?」
「…風見幽香じゃなくて?」
「いえ、紅魔館の主である吸血鬼、レミリア・スカーレットですが…」

 阿求の言葉に、私は思わず言葉を失ってしまう。
 今までの話とレミリアがどうしてもつながらなかった為か、少し混乱をきたしてしまっていた。
 …いや、恐るべき力とかカリスマだとか阿求は言っていたような。幻想郷最強を体現する存在だとか言っていたような。
だから私はてっきり風見幽香だと思い、危険だと考えていたんだが…レミリア?レミリアとはあのレミリア…だろう。
 混乱がピークに達している私に、阿求はトドメとばかりにトンデモナイものを見せてきた。
 彼女が手にもつ編纂途中の幻想郷縁起を開き、ある項目を差し出しながら、私に言葉を続ける。

「人里で集めた情報を寄せ集めて、一応の形としてレミリア・スカーレットの項目を作成してみたのですが…
これが何処まで真偽であるのか、私には判断がつかないのです。ですから、直接会ってみなければいけないと思いまして」
「え、ああ、うん…」

 混乱のあまり半端な返答をしながら、私は阿求から幻想郷縁起を受け取り、そのレミリアのページに視線を落とす。
 そして、私はそのあまりの記述内容に言葉を失ってしまった。正直、言葉を失うくらいで済ませられた自分自身を褒めてやりたい気分だった。




























 ~side 阿求~



「それじゃ、この娘を紅魔館に連れて行けばいいんだな?」

 後日、慧音さんとの待ち合わせの場所に辿り着くと、そこには黒白で統一された服装を着こなす少女がいた。
 彼女――霧雨魔理沙さんは、私と挨拶を交わした後で、慧音さんに改めて確認を取る。

「ああ、頼んだぞ。本当は阿求の誤解を解く為にも、私が直接送ってやるべきなのだが…」
「慧音は寺小屋の仕事があるんだろ?気にするなって。
私が紅魔館に遊びに行くのは、ほぼ毎日のことなんだからな。遊びに行くついでだよ、気にすることでもないから」
「そうか、そう言ってもらえると助かる。それでは魔理沙、阿求のことを頼んだぞ」

 慧音さんにお礼と別れを告げ、私は魔理沙さんが飛行に使用する箒の後ろに乗せて貰った。
 私が乗ったことを確認し、魔理沙さんは無理のない程度の速度で人里の上空へと飛翔する。
 地上より少しばかり体感温度が低く感じられる高度を固定し、飛行を続けながら魔理沙さんは背後の私に問いかける。

「阿求…で、合ってるよな。阿求は紅魔館に何の用があるんだ?
私は慧音から、お前を紅魔館に連れて行って紅魔館の連中に紹介してやって欲しいとしか言われてなくてなあ」
「ええ、阿求で合ってますよ、魔理沙さん。私の用は紅魔館…正確には、レミリア・スカーレットさんに関することなんです」
「レミリア?あいつに?」
「ええ、紅魔館の主、レミリアさんにです。私はレミリアさんに直接会わなければならない理由があるのです。
ところで、魔理沙さん。貴女の口ぶりからして、もしかして魔理沙さんはレミリアさんとは知人だったりしますか?」
「ん~…知人なんて距離のある関係ではないなあ。友達でも足りないかもしれない、心の友って感じかな?」
「あ、あのレミリアさんとそんな関係なんですか!?」
「んあ?いや、どのレミリアさんとそんな関係がどんな関係でこんな風に驚いているのかさっぱり分からないんだが…」

 首を傾げる魔理沙さんを余所に、私は彼女の発言に驚きを隠せなかった。
 レミリア・スカーレットが数多の強者達と友好的な関係にあることは知っていた。けれど、まさか魔理沙さんのような
普通の人間にまで友人を認めているなどとは少しも想像していなかったからだ。
 強き妖怪とは弱者を見下すもの。魔理沙さんが弱いとは言わない、けれど、魔理沙さんはあくまで人間なのだ。
 普通の妖怪ならば、唯の人間なんて視界にすら入れないというのに、レミリアは自らを彼女と『対等』の関係としている。
 全く思考が読めない吸血鬼の在り方に、私は知らずのうちに手に汗を握る自分を感じていた。
 未知なる妖怪に出会う恐怖か興奮か、私は出会ったことのない幻想郷最強の妖怪に己が感情を高ぶらせずにはいられなかった。
 そんな私に、魔理沙さんは楽しげに笑って言葉を紡ぐ。

「とりあえず阿求はレミリアに会ってみたいって訳だ。
ん、良いんじゃないか?レミリアの奴なら、お前のことも歓迎してくれるだろ」
「…歓迎、してくれるんですか?」
「するな、間違いなく。というか、あいつが誰かを拒否する姿なんて全く想像出来ないな。
誰が相手だろうと、レミリアは全てを受け入れるぞ?ただ、相手によっては歓迎の反応は変わるだろうけどなあ」
「万物を在りのままに受け入れる…まるで幻想郷の在り方のようですね」
「あはは、そんな大層なものじゃないだろうけど。おっと、紅魔館が見え始めたぞ、阿求」

 魔理沙さんの言葉に、私は意識を思考の海から視界に広がる光景へと切り替える。
 そこには大きな湖が広がり、その中央にぽっかりと浮かぶ大きな島が存在していた。
 その島に聳え立つは大きな洋風の館。紅魔館――紅悪魔を初めとした、多くの強き妖怪達が棲まう場所。
 ここに彼女が……ここ数年の間、幻想郷にて己が力を誇示し続けた最強の吸血鬼、レミリア・スカーレットが存在するのか。
 私は息を飲み、魔理沙さんに気付かれないように今一度覚悟を決める。彼女に、スカーレット・デビルに会う為の勇気を心に。

 けれど、そんな私のなけなしの勇気は最初の一歩で挫かれることになる。
 何故なら、この島に降り立ち、館に向かおうとした私達を『とんでもない化物』が道を塞いでくれていたからだ。
 紅魔館へと続く道、館へ入る為の門。その前に君臨するは巨大な紅竜。身の丈にして十メートルは優に超える体躯のドラゴンが
誰一人生かしては門を通さぬとばかりに横になっていたからだ。

「あ、あわ!あわわ!ま、まままま魔理沙さん!竜、竜が!!きょ巨大な竜が!!」
「ああ、竜だな。ったく、美鈴の奴…まーた白昼堂々だらだら居眠りなんかしてるし」
「はやっ、はやっ、早く逃げないと!逃げませんと!!って、何近づいてるんですか!?食べられちゃいますよ!?」
「…だとさ。美鈴、お前いつから人喰い竜にクラスチェンジしたんだ?」
『さあ?それよりも魔法使いちゃん、人をサボり魔か何かのように言うの止めてくれる?』
「サボり魔だろ?門番としてお前、全然機能してないし」
『機能するような相手がいないのよ。館に来るのは皆お嬢様の大切なご友人だしね。日々是平穏良いことじゃない。
むしろ今の紅魔館に挑むような輩がいれば、私は心から敬意を表してあげるわ』
「お前にパチュリーに咲夜に文に萃香にフランドールか、軽く百回は死ねるな。難易度ルナティック過ぎるだろ」
『そういうこと…ふぁぁ』

 巨大な紅竜は大きな欠伸を一つして、身体中に光を収束させる。
 そして、竜を包む光が収まったと思うと、そこには紅髪を持つ美しき大人の女性が佇んでいて。
 ただただ呆然とするしか出来ない私に、その女性は優しくにこりと微笑んで、楽しそうに声をかける。

「初めまして、見知らぬお客人。私は紅魔館の門番を務めている紅美鈴と申します」
「え、あ――は、初めましてっ!わ、私は稗田阿求と申します」
「はい、とても元気の良いご挨拶ありがとうございます。さて、本日はこの紅魔館に如何なるご用件でしょうか?」
「遊びに来た!ついでに言うと何時も通り晩飯もよろしく頼むぜ!」
「魔理沙には訊いてないからね、どうせいつものことだし。ご飯のことなら咲夜に言って頂戴。
それで稗田阿求さん?貴女のご要件は?」
「は、はい!」

 そして、私は紅竜――もとい、美鈴さんにこれまでの事情を説明する。
 私が過去より幻想郷縁起について纏めていること、その中でレミリア・スカーレットの項目について情報が上手く集められないこと。
 情報の真実を知る為に、直接本人に会いたいということ。可能ならばお話を聞かせて貰いたいということ。
 私が事情を説明すると、美鈴さんはどんどん表情が申し訳なさげな気まずそうな表情へと変わっていく。不思議に思っている私に、
美鈴さんは苦笑しながら私に言葉を紡ぐ。

「えっと、阿求さん…ごめんなさい、それ、間違いなく私達の責任だわ。
人里でお嬢様の情報が訳の分からないことになってるのは、少し前に私達が人里で情報操作を行っちゃったから」
「え、そ、そうなのですか?どうしてまたそのような…」
「あー、レミリアが『リア』だったときの話か。私も苦労したぜ、何せどれだけ探しても情報が集まらないんだもんな。
というかお前達、もしかしなくても人里でのレミリア像は放置しっぱなしなのか?」
「あはは…ま、まあ良いじゃない!お嬢様に興味を持つ人はこうやって阿求さんのように直接訊ねてくれる訳だし、
もう今のお嬢様には以前のような『作られた名声』なんて不要な訳だしね。それより阿求さん、貴女の事情は分かりました。
そのような理由なら、お嬢様は喜んで貴女にお会いになるでしょう。どうぞ紅魔館の門を通り下さいな」
「あ、ありがとうございますっ!」

 門を開いてくれた美鈴さんに、私は慌てて頭を下げて礼を告げる。その間に魔理沙さんは門を潜り抜けていた。
 そんな魔理沙さんを追いかける為に、私も門を通ろうと足を踏み出した刹那、背後の美鈴さんから言葉がかけられる。

「稗田阿求さん、一つだけ忠告しておきます。
絶対に無いとは思いますが、どうか『レミリアお嬢様に害を為す』真似だけはお止め下さいますよう。
それだけがこの紅魔館において絶対遵守すべき法。もしそれが破られてしまえば――私達は貴女を容赦なく殺すわよ?」
「――ッ、わ、わ、分かりました…」
「はい、大変良いお返事です!紅魔館一同、貴女を心より歓迎申し上げますよ、阿求さん」

 それだけを告げて、美鈴さんは慈母のような笑顔で、私に手を振ってくれた。
 その変わりように、私は己の身体の震えを必死に抑えながら、魔理沙さんを追いかけることしか出来なかった。
 彼女から感じられた恐ろしいまでの殺気…主人を害する者には、容赦なく無慈悲な死を与えることも厭わない覚悟。
 竜という妖怪よりも遥かに神性の高い種族でありながら、彼女はレミリア・スカーレットに最上の忠誠を誓っている。
 その種族からも分かる通り、彼女の強さも天蓋のモノなのだろう。そんな紅竜すらもレミリアは使役する。美鈴さんが心から
レミリアのことを崇拝し従っていることは彼女の言動から明らかだ。
 私は心の中で益々高まるレミリアへの敬意と畏怖を感じながら、魔理沙さんの後を必死についていった。









 紅魔館の敷地内に足を踏み入れ、私が次に目にしたのは、紅魔館の庭でじっと空を見上げる少女の姿。
 ただ、その少女が唯の人間でないことは彼女の容貌とここが『紅魔館』であることで明らかだ。
 その少女の頭からは巨大な角が二本生えている。特徴的な容貌から、彼女が最強の鬼、伊吹萃香であることを私は知る。
 …本当に、彼女も紅魔館に滞在しているんだ。あの鬼の中でも最強と謳われる伊吹萃香をも、レミリアは傍に置いているのか。
 何か集中する彼女に、魔理沙さんは遠慮なく近づき声をかける。

「どうしたんだ?何か空に面白いものでもあるのか…って、あー…」
「将来面白くなるかどうかはあいつ次第さ。ま、文に喰い下がってる点では十分頑張ってるよ。
可能性を諦めず、勝つ為の方法を常に模索する姿には、流石はレミリアの娘だと褒めてやりたいところだ。
しかし、文も流石だね。最初は嫌々参加したくせに、鞘から抜き放てばあれだけの動きをする」
「…悪いが私には残像しか見えないぞ。おお、早い早い。文はともかく、咲夜も最早十分人間やめてるな」
「残像を追えるだけでも大したもんさ。どうだい?アンタもここで鍛えていくかい?」
「冗談だろ?悪いが私は普通平穏魔法使いライフを全うしたいんだ。そういう誘いは霊夢や妖夢にでもやってくれ」
「そうかい。アンタも十分『こっちの世界』でやれる力と可能性を持っていると思うがね」

 伊吹萃香の言葉に首を振りながら、魔理沙さんはこちらへと戻ってくる。
 そして、私の肩をぽんと優しく叩き言葉を紡ぐ。

「行こうぜ阿求。レミリアの部屋まで私が案内出来るからな、咲夜の案内は不要だろ」
「え、え?でも魔理沙さん、今、伊吹萃香さんに何かお誘いされて…」
「馬鹿、やめろ、空を見るな。あれは私達普通の人間が足を踏み入れちゃいけない領域なんだ」
「で、でも…」
「き に す る な !」
「は、はいっ!」

 魔理沙さんに強く押し通される形で、私は紅魔館の館へと足を踏み入れる。
 …ただ、背後から爆発音が聞こえたり空が光ったりしてるのは、気にしないことにしよう。
 巨大な館に入り、私は周囲をきょろきょろと眺めながら魔理沙さんの後をついていく。
 階段を上ったり通路を曲がったりと複雑な道を魔理沙さんは迷うことなく足を進めていく。その慣れた様子に、
彼女が幾度とこの館に遊びに来ているというのは、決して冗談などではないことが証明されている。
 紅魔館は閉ざされた館であり、人間など決して立ち入らせないというイメージを抱いていた私には本当に驚き以外にない。
 だからこそ、今の私ではレミリア・スカーレットの人物像が全く想像出来ない。
 妖怪特有の傲慢も驕りも感じさせない、最強の吸血鬼。はたして彼女はどのような妖怪なのだろうか。

「――お。ついたぜ阿求、ここがレミリアの部屋だ」
「は、はいっ。準備も覚悟も既に完了しています」
「覚悟って何の覚悟だよ。まあいいや、それじゃ入るぜ」

 魔理沙さんが扉を開け、部屋に足を踏み入れる後に私も続く。
 室内に足を踏み入れ、そこで私はたった一人の少女に瞳を奪われる。
 部屋の中央の椅子に腰をかけ、テーブルの上におかれた紅茶を嗜む少女――その圧倒的なまでの存在感に私はどうしようもなく魅了された。
 まるで御伽噺からワンシーンを切り抜いたような幻想を感じさせ、それでいて幼い少女の身体から放たれる強大な圧迫感。それは彼女が
強大な妖怪であることの証であり、天蓋の存在である証明。
 何の力もない私がこれほどまで感じることが出来る、その時点で少女の存在は異常なのだ。
 そして、少女は優雅に紅茶をテーブルに置いて、私達に視線を向けて言葉を紡ぐ。

「魔理沙に――見ない顔ね。この紅魔館に新たな客人とは珍しいわ」
「お邪魔してるぜ。というか、庭先で暴れてる戦闘狂をなんとかしてくれ。こっちまで巻き込まれそうになったぞ?」
「あら、それはお気の毒ね。最強と謳われる伊吹鬼、咲夜にも良き師が増えたとは思わない?
最近、八雲紫が博麗の巫女の修行に助力しているでしょう。ならば咲夜も私達以外から、という訳。勿論これは咲夜自身が望んだことよ?」
「知ってるよ。しかし、咲夜の奴は一体何処まで強くなれば気が済むのやら」
「飽くなき向上心こそあの娘の強さよ。それに、萃香は私にとっても大切なリハビリパートナーなのだけれどね。
さて…そこの貴女、いつまでも扉の前に立っていても仕方ないでしょう?」
「は、はいっ!」

 少女の言葉に、ようやく私は金縛りにでもあったような身体をぎこちなく動かすことに成功する。
 そんな私の姿に、少女は全てを理解しているように微笑み、私達にも椅子に座るように呼び掛ける。
 魔理沙さんは少女が誘う前から先に腰を下ろしており、私は緊張に身を包みながら恐る恐る席に腰を下ろした。
 恐らく外から見て私はこれ以上ない程にガチガチの動きをしているんだと思う。そんな私に、少女は重ねた指先を組み替えながら楽しげに言葉を紡ぐ。

「悪いわね。本来なら、紅茶の一つでも振る舞ってあげたいのだけど…私は紅茶の入れ方がまだまだ勉強不足でね。
もう少しだけ時間を頂戴。折角の初めてのお客様だもの、今日という日を忘れられない程に素晴らしい紅茶を楽しんで貰いたいわ」
「紅茶を入れる練習もしてるのか。前は確かお菓子作りも練習始めたとか言ってたな。先生が優秀過ぎて大変だなあ」
「フフッ、本当よ。私があの領域に辿り着くには、まだまだ時間が掛かるみたい」
「そうか?でもあいつ、お前のことこの前博麗神社で滅茶苦茶自慢してたぞ?
『凄く筋が良いの!そして凄く凄く可愛いの!もし妹じゃなくて私が男なら絶対にお嫁さんに貰いたいくらいよ!』って」
「も、もう…お姉様ったら」

 魔理沙さんの言葉に、少女の身体から他者を圧する空気が消え、まるで年相応の少女のような表情が垣間見える。
 その光景が私に今日何度目か分からない衝撃を齎した。最強と謳われる吸血鬼、その少女が持つ二面性。そのアンバランスさ。
 私達のような人間とは絶対的に異なる世界に生き、強者達と殺し合いを経験しながらも、少女はあのような表情を見せることが出来る。
 知らなければいけないと思った。間違いない、きっとこの少女こそが幻想郷中の人妖を惹きつける最強の吸血鬼だ。
 だから私は意を決して踏み込む。その少女のことを書き記すことこそが、『稗田阿求』の役割だと思うから。

「あ、あの!私は稗田阿求と言います!本日は貴女に用があり、お伺いさせて頂きました!」
「私に?それこそ珍しいわね。私個人への客なんて八雲紫くらいかと思っていたわ」
「だって基本お前は姉と一緒にいるからなあ。別に個人で訪ねなくても会えるし。
って、いやいや、そうじゃなくて阿求、お前の要件は妹じゃなくて…」
「稗田阿求、要件を訊きましょう。別に畏まったり遠慮したりすることはないわ。貴女の用を貴女の言葉そのままで説明なさい」
「は、はい!」

 説明を促され、私は目の前の少女に魔理沙さんへ行ったモノと同じ説明をする。
 私の話を興味深そうに聞いていた少女は、やがて少し困惑するような表情へと移っていく。そんな変化に気付けず、私は
最後まで説明を続け、最後に言葉を結んだ。

「以上が私のここにいる理由です。幻想郷最強の吸血鬼…いえ、最早幻想郷最強の存在になりつつある妖怪――レミリア・スカーレット。
私は貴女のことを知りたいと、貴女の在り方を記したいと考えました。そして、その選択は間違いで無かったと貴女に会って確信しました」
「いや、だから阿求、あのな、レミリアはこっちじゃなくて…」
「私はもっと貴女のことが知りたいと思いました!貴女にもっと触れてみたいと感じました!
幻想郷縁起を編纂してる中、ずっと形の見えない貴女を想い続けていました。貴女に会いたいと、何度も何度も思いました。
そして今、こうして貴女に出会い、その存在に瞳を奪われて思ったんです!私の想いは間違いじゃなかったと!ですからどうか、どうかお願いします!」

 熱を帯びる私の言葉に、少女の困惑は深まるばかり。だが私は止まらない、止められない。
 私は胸に炎を宿し、心の想いを込めて彼女に――レミリア・スカーレットに告げる。
 私が彼女へ募らせ続けた想いを、心を。私のたった一つの願いを。

「私に、私に貴女の「だ、駄目よーーー!!!それだけは駄目えええええええ!!!!」編纂させてください…へ?」

 私の声を遮るように、突如室内に現れたもう一人の少女――まるで目の前の紅魔館の主に瓜二つな…何故かメイド服を着ている少女を見て、
私は思わず言葉を失ってしまった。えっと…こ、これは一体…どうしてレミリアさんにそっくりな少女が給仕をしているのか…


























 それ以上台詞を続けさせてなるものかと、私は扉を力いっぱい(レミリア120パーセント)で開け放ち、思いっきり絶叫した。

 いや、だってそんなの当たり前じゃない!フランやもうすぐ訓練を終える咲夜や、他のみんなの為にクッキーを焼いてて、それを
持って意気揚々と部屋に戻ってきたら、見知らぬ少女がフランへ告白しようとしてるじゃない!
 何を言っているのか分からないと思うけど、私だってこの状況は何がなんだか掴めないわよ。催眠術とか云々頭がどうにかなりそうよ。
 クッキー焼き終えて部屋に戻ったらシャラララエクスタシータイムとか誰が思うのよ!?見知らぬ女の子、メッチャ熱帯びた瞳で
フランのこと見つめてたし…くああああ!だ、断固レミリア!駄目駄目こんなの認めないわ!絶対に認めるもんですかあああ!!

「お、お姉様…?一体どうし――」
「どうしたもこうしたもあるかーー!!駄目よフラン!?同性愛はいけないわ!非生産的な!
いいえ、そもそもフランに恋愛はまだ早すぎるわ!!こんな白昼堂々告白だなんて…わ、私だって告白なんてされたことないのに!!」
「ちょ、ちょっとレミリア、落ち着…」
「生まれてこのかた恋人いない歴五百年を超えた私を差し置いてフランに恋人!?こんなの絶対おかしいよ!?
幾ら相手が女の子とはいえ、そんなの絶対絶対認めないんだから!そ、そこの貴女!!」
「わ、私ですか!?」

 キッと視線を向けた先にいる黒髪の女の子を私は凝視、観察。
 …くうう!普通に可愛い女の子じゃない!確かにフランは同性から見ても魅力的な女の子かもしれないけれど、どうしてこんな美少女が!
 と、とにかくフランに恋人はまだ早過ぎるのよ!これは決して嫉妬とか妹に先を越されそうになって焦ってるとか、全然そんなんじゃないんだから!
 まずは何としても、この娘にフランのことを諦めて貰わないと…例え今は恨まれても、これが二人の為なんだから!

「悪いけれど、ふ、フランのことは諦めてくれるかしら!?
この娘の姉として、貴女との交際は認められないわ!どどど、同性愛なんて駄目よ!フランのことはお願いだから諦めて頂戴!
どうしても女の人が諦めきれないなら、私の友達で『そっち』の理解がありそうな人を何人か紹介してあげるから、フランは駄目!」
「…なあ、ちなみにレミリアの言う理解がありそうな奴って誰だ?」
「紫!」
「即答だな…つーかそれ、紫を生贄にするだけじゃないか」
「紫なら、紫なら何とかしてくれる…ととととにかく!どうかどうかどうかフランのことは後生ですから諦めて下さい!
ど、どうしても諦めきれないなら、わ、私が犠牲になるから…本当は滅茶苦茶泣きたいくらい嫌だけど、頑張ってデートするから、だから…」

 女の子に対してこれ以上ないくらい美しく土下座を決める私。
 みじめ?無様?ふん、フランを守る為なら土下座くらい呼吸をするノリで決めてみせるわ!
 だって、折角フランと『以前』のように仲良くなれたのよ?やっと本当の姉妹に戻れたのよ?その幸せを恋人が奪い去るなんて酷過ぎるわ。
 今、フランに離れられちゃうと私100パーセント泣いて引き籠る自信があるわ。だから誰が相手でもフランは絶対渡さない!
 覚悟を決めて土下座モード継続中の私に、背後からフランが優しく微笑みながらそっと私を抱きしめてくれた。

「もう…馬鹿だよ、お姉様は。私がお姉様以外の誰かのものになったりする筈ないのに」
「フラン…でも、でも」
「約束したよ。いつまでも、一緒だって。だから心配しないで、私はお姉様が許してくれる限り、ずっと傍にいるから」
「うう…ふらあああん!」

 優しい言葉をかけてくれるフランを私は涙目で抱きしめ返す。くうう!なんて可愛い娘なの!
 フランが一緒に居てくれるのなら、私はそれだけで十分…いえ、やっぱり紅魔館の家族みんなが一緒なら…ううん、友達みんなも含めて
幸せなら十分に変えよう。私は我儘で強欲な吸血鬼だから、沢山の幸せを願ってしまうし諦めない。
 とりあえず、今はフランが私を選んでくれたことを感謝しよう。本当にごめんね、黒髪の女の子。貴女には、紫をちゃんと紹介するから。
 ゆっくりとフランから離れ、私はその場に立ち上がり、少女に向けこほんと小さく咳払いをして声をかける。

「そういう訳で…本当に本当にごめんなさい。
貴女の想いは理解してるけれど、どうしてもフランは渡せないの。で、デート一回とかで許してくれるなら、その、私が頑張るから!」
「いえ、あの…えっと、ごめんなさい、私には何がどうなっているのか…とりあえず一つ確認させて下さい」
「いいわよ。それで貴女が諦めてくれるなら」
「あの…そちらの方は、レミリア・スカーレットさんではないのですか?」

 そういって、黒髪の娘はフランの方へ視線を向ける。
 え?何?この娘はもしかしてフランのことを私だと思っていたの?なーんだ、唯の勘違いだったのね。
 この娘の狙いはフランではなく、私だった訳だ。そっかそっか、それならそうと最初から言いなさいよね、もう!
 これでフランがこの黒髪の娘と一緒になってにゃんにゃんなんて未来は消えた訳だ。だってこの娘はフランと私を勘違いしてた訳で。
 ああ、本当に安心した…などと言ってる場合ではない!!!!それってつまり、この娘がにゃんにゃんしたい相手ってつまりわたし――って、うええええええい!?

「わ、私はノーマルだから!!このレミリア・スカーレットには正しいと信じる夢がある!!
それはいつか素敵な旦那様と一緒になり、家族みんなで幸せに過ごしながら、いつか自分だけのケーキ屋さんを持つことよ!!
お、女の子には全然興味が無いから諦めて頂戴!わわわ私の憧れの人はコウ・ウサギ少尉にクロネコ・ハラオウン提督なんだから!」
「いやいやいや、とりあえずレミリア、マジで一度落ちつけって。本当に話が進まないからな?
まずは二人の誤解を解くことから始めるけど、レミリア、阿求は別に同性愛者でも何でもないから」
「そ、そうなの?」
「そうなの。で、阿求、お前も盛大な勘違いしてたけど、こっちで涙目になってるメイド服着てる方がレミリア・スカーレット。
それでさっきまでお前が勘違いしていた相手が、その妹のフランドール・スカーレットだから」

 私達を紹介する魔理沙。その少女は呆然とした後、何度も私とフランの顔に視線を繰り返し移動させる。
 そして、今度は手に持っていた書物を開き、何度も何度も私と本を視線でいったりきたり。……なんぞこれ?
 とりあえず、勝手な誤解と勘違いをしてしまった訳だから謝らないとね。私は改めてその阿求と呼ばれた少女に向き直り、口を開き…

「とりあえず、勝手な勘違いをしていたみたいね。本当にごめんなさい。
魔理沙の紹介にもあった通り、私が紅魔館の主を務めているレミリア・スカーレット…」
「う、嘘ですっ!!全て嘘ですっ!!!」

 思いっきり否定された。あれ?何この新展開。
 今まで幾度も自己紹介してきたけど、スタートダッシュで否定されるって初めてじゃないかしら。
 何が嘘なのかはさっぱり分からないけれど…仕方ないわね。こほんと咳払いをしつつ、私は改めて女の子に自己紹介。

「貴女!!私を一体誰だと思ってやがる!!」
「へ…?」
「幻想郷に悪名轟く紅魔館!ヘタレの魂背中に背負い!
他力本願の現当主!レミリア様とは、私のことよ!!」

 ビシッと決めて言い放つ私に、唖然とする少女。ふふっ、決まったわ。これ以上ないくらいに決まったわ。
 ここ数週間色々と考えつづけた『他人に二度と自分が強いなんて勘違いさせない為の自己紹介法』だけど、これは完璧ね。
 この挨拶だけで、私が如何に取るに足らないヘタレな存在かを存分にアピールすることが出来るわ。美鈴と一緒に漫画を読んで考えた甲斐があったというものよ。
 見なさい、この空気の変わりっぷりを。魔理沙は腹を抱えて爆笑してるし、フランは顔を真っ赤にして視線を逸らしてるし。
 とりあえず私は最高の笑顔をもって、少女にアドバイスを送る。

「貴女が何を偽りだと疑っているのかは知らないけれど、余計なモノに惑わされないで。
自分が選んだ一つのことが、貴女の幻想郷の真実よ。フフッ、そうでしょう、フラン?」
「えっと…そう、なのかなあ?」
「とりあえずお前達、頼むから阿求に回復の時間を与えてやってくれよ。
あまりの衝撃に回復不能な状態まで陥ってるみたいだからさ」

 魔理沙の言う通り、黒髪ちゃんは口から魂がはみ出てると言われてもおかしくないくらい呆然としてて。だ、大丈夫かしら。
 とりあえず、この娘の意識が戻ってくるまで、私はさっき作ったばかりのクッキーをフラン達の前に広げて、みんなの為に
紅茶を淹れる。勿論、何が何だかよく分からないけど、多分お客様であろう女の子の分も忘れない。
 私がみんなの分の紅茶を淹れ終えたくらいで、女の子の意識が戻り、目をぱちくりとさせて私の方をマジマジと見つめている。
 …えっと、こういう場合、私から声をかけた方がいいわよね。とりあえず、話を始める前に…

「貴女が何に驚いていたのかはよく分からないけれど、とりあえず紅茶をどうぞ。クッキーも焼きたてだから遠慮しないでね」
「あ、ありがとうございます…あの、えっと…レミリア、様…」
「レミリア、ね。私はこの館の主を務めているけれど、別に特別偉い訳でもなんでもないから。
とりあえず様付けは止めてね。それ以外だったら好きなように呼んでくれて構わないから」
「そうそう、レミリアに様付けなんてしてるの美鈴か咲夜くらいだし。
そして今、本人から好きなように呼んでくれて構わないと言われたから、私は今日からレミリアのことを『スカーレット・デビル』と呼ぶことにする」
「ぬわーーっっ!!止めて!?お願いだから名前で呼んで!?そんな咲夜の広めた病的ネームで私を呼ぶのは止めて!?」
「…咲夜にシュトルテハイムなんとかとか名前をつけそうになったお姉様もどうかと思うけど…」
「何か言ったフラン!?」
「ううん、何にも。お姉様大好きだよ?」
「…何気に時々黒いよな、フランドール」

 私達がぎゃあぎゃあと騒いでいる中、少女は戸惑いつつも紅茶に手を伸ばしてくれた。
 そして紅茶を口に含み、先ほどとはびっくりしたような表情を私に見せてくれる。フッ、手応えあり!その反応が見たかったのよ私は!
 さあ、次はクッキーの番よ。女は度胸、何でもやってみるのよ。クッキーを食べてお腹の中がパンパンだぜって言いなさい!堪能しなさい!
 女の子の反応を今か今かと待つ私。女の子が口にクッキーを含み、そして一言目を――

「いや、マジ美味いよなレミリアの紅茶とクッキー。なあ阿求」
「え、あ、はい」
「うおおおおい!!!魔理沙貴女なんてことしちゃってるのよ!?折角の第一声が!!女の子の感想がなあなあに終わっちゃったじゃない!?
私は自分の作ったものを食べて貰った後の第一声を何よりのご馳走だと信じて生きてきてるのに!!」
「曲がりなりにも吸血鬼なんだから、そこは人間に血を啜ることって言っておこうぜ」
「そういえば私、最近自分が微塵も血を飲んでないことに気付いたの。多分ここ一年くらい飲んでないと思う」
「お前、本当に吸血鬼か?ご飯とお菓子を主食にする吸血鬼なんて聞いたことないんだが」
「以前慧音に子供が夜更かしするなと怒られて涙目になったことがあるんだけど、ギリギリ吸血鬼よね?」
「いやギリギリも何も余裕でアウトだろ。審判にクレーム付けることすらおこがましいレベルで」
「あ、あの…」

 私達の会話に、入り込んでくるは黒髪の女の子…って、私、この娘の名前訊いてないわね。
 何かを話そうとする少女に対し、私は手のひらで少女を制止して、笑顔を浮かべて訊ねかける。

「かなり遅れてしまって申し訳ないんだけど、貴女の名前を訊かせて貰えるかしら?」
「あ…わ、私は稗田阿求と申します」
「阿求…うん、阿求、素敵な名前ね。さっきも言ったけれど、私はレミリアね。
私は貴女のことを阿求って呼ぶから、貴女も私のことを気軽にレミリアって呼んで頂戴」
「好きなように呼んでいいんじゃなかったっけ?」
「魔理沙のせいでしょうがあほんだらーー!!ところで、阿求、さっき何か話そうとしてたけど?」
「えっと…まずは紅茶とクッキー、ありがとうございます。本当に美味しいです。
こんなに美味しいものは、今まで食べたことなかったので…これ、本当にレミリアさんがお作りに?」
「ええ、全て私が作ったものよ。最近は幻想郷一の家庭的吸血鬼の座を咲夜から奪還する為に研鑽を重ねててね。
阿求の口に合ってくれていたなら嬉しいわ。そうね、折角だから阿求の帰宅時にはお土産として私のお菓子を包んであげましょう!」
「あ、ありがとうございます…紅魔館の主がお菓子作り…レミリア・スカーレットがお土産…メイド服着てお菓子自慢…」
「どうしたの?」
「いえ、何でも…えっと、お話の続きで、私が紅魔館に来た理由はその、レミリアさん以外のお二人にはお話したのですが…」

 何やら物凄く言い難そうに口を噤む阿求。そんな阿求に何やら同情的な視線を送るフランと魔理沙。え、何この空気。
 ちょっと、止めなさいよそういう空気…何もしてないのに、何故か湧きあがる罪悪感。私、私が悪いの!?まるで何かの全責任が私にあるような…
 そして、意を決したのか、阿求はぽつりぽつりと紅魔館に訪れた事情を説明してくれた。
 阿求がここに来た理由は、私、レミリア・スカーレットのことを知りたかったから。ここ数年、幻想郷を騒がせている存在、紅魔館に棲む紅悪魔の噂。
それらを耳にする度に、阿求は私に会いたいという想いが募っていったらしい。そして、阿求は何でも妖怪のことを書き記す書物の編纂を
しているらしくて、そこに私の項目を作る為に、本人に会わなければとも思ったらしい。それで今日、阿求は私に会いに来たという理由だとか。

 それを聞いて、私は成程なあと納得する。まあ、確かにここ最近の異変に私絡んでるしね。自分の意思かどうかはともかく、絡んでるしね。
 でも、内容なんて大したものじゃないし。紅霧異変は霊夢に怯え逃げ回っただけだし、春雪異変は変態桜に振り回されて失神してただけだし、
萃香異変は萃香にフルボッコされただけだし、永夜異変は輝夜の部屋で雑談してただけだし、幽香異変はみんなに助け求めただけだし。
 …並べてみると、私って本当に見事なまでにヘッポコね。物語として残すことすら不可能な恥物語よね。私に最強系設定とか絶対無理ねこれ。
 そういう訳で、私は阿求の要件に対して別段深く考えることはなかったり。だって、あれでしょ?幻想郷でレミリアって吸血鬼がいるけど、
どんな妖怪かは分かりません。調べに来たら、ただのヘッポコな妖怪でした、書物にそう書きましょう。おしまい。これで終わりでしょ?
 そんな甘い考えで阿求の話を聞いていたんだけど、阿求が私達に差し出した一冊の書物が私の勝手な幻想を全てぶっ壊してくれました。

「そういう訳で、現在は様々な方々からのお話等を頼りにして、レミリアさんの項目を作成していたのですが…」
「へえ、それは凄く興味あるかも。ちゃんと『人畜無害の女の子』とか『意外と繊細な女の子』とか書いてくれてる?
どうせだったら、少しくらい脚色して『将来ナイスバディの良いお嫁さんになる可能性大』なんて書いてくれてもいいのよ?むしろ書いてくださいお願いします」
「えっと…そ、その、こちらが現在私がまとめたレミリアさんの項目なんですが…」
「へえ、どれどれ…」

 阿求の差し出した書物を私と魔理沙とフランはみんなして覗きこむ。
 えっと、吸血鬼の項目、レミリア・スカーレットね…どれどれ…














 紅い悪魔

 レミリア・スカーレット



 能力:運命を操る程度の能力
 危険度:極高
 人間友好度:不明
 主な活動場所:紅魔館近辺



 九代目である私が生きている現在の幻想郷の中で、最も有名な妖怪と言えば彼女、レミリア・スカーレットだろう。
 実年齢にして五百年以上を生きる吸血鬼であり、恐ろしく強い妖怪達が棲まう地、紅魔館の主である。
 『歴代最強の吸血鬼』『スカーレット・デビル』『幻想郷最強の一角』『夜闇の覇者』等、彼女の強き在り方、その評価を含めた呼び名はあまりに有名であり、
幻想郷に住まう人々にとってレミリア・スカーレットは誰よりもその存在を畏怖されている。

 彼女の容貌に関しては諸説あり、正確な情報の裏付けは取れていないが、
その容貌が十にも満たない幼児のようであるという説から、色香を形に表現したような美貌を備えた大人の女性のようであるという説まで存在する。
 吸血鬼としての驚異的な身体能力に加え、悪魔の名に相応しい知性を兼ね備えた幻想郷最強の一角を担う妖怪である。彼女を強者と謳うその理由は後の逸話部にて記載する。
 他の妖怪達とも親交を持ち、八雲紫、西行寺幽々子、伊吹萃香など幻想郷に名を響かせる者達と交友を持っているらしい。(彼女達と交友が
あるということは、すなわち彼女達に勝るとも劣らない存在であるという証明に他ならないか)
 彼女の『運命を操る程度の能力』とは、文字通り他者の運命を変える力であり、彼女と知人になる者はそれを境に生活が大きく変化する事もあるという。
 この能力を用いて、彼女は幾多もの妖怪を意のままに従え、紅魔館に駐在させているらしい。※1

 ※1 なんでも紅魔館には彼女と異なる吸血鬼やら魔法使いやら天狗やら、挙句の果てには竜や鬼まで棲んでいるとか。滅茶苦茶もいいところだ。



 この妖怪に纏わる逸話

 ・紅霧異変

 紅魔館の存在、ひいてはレミリア・スカーレットの存在が人間の間に大きく知れ渡った異変である。
 幻想郷が紅く深い霧に包まれ、地上は日の光が届かず、夏なのに気温も上がらないという異変があった。
 この霧は実害こそ殆んど生じなかったが、気味の悪さに人々は人里どころか家からもまともに出られなくなったのである。
 異変の首謀者はレミリアであり、その目的は自身の名を幻想郷中に轟かせる為の示威行為であったのではないかと推測される。
 最終的には、博麗の巫女がレミリアを懲らしめて解決したと言われているが、当人の博麗の巫女はそれを強く否定している。※2
 幻想郷中を紅霧で覆うには、相応の力が必要になることを考えれば、ここからレミリア・スカーレットの恐ろしき力が垣間見える。

 ※2 洗脳された?幻想郷において博麗の巫女が妖怪に負けるなど考えられないが。


 ・春雪異変

 春の時期になっても冬が長引き、五月になったにもかかわらず冬のように雪が降り続けた異変である。
 この異変の首謀者は冥界の西行寺幽々子であるが、彼女にレミリア・スカーレットが積極的に協力を行っていたらしい。
 間接的にではあるが、彼女は紅霧異変に続き、幻想郷から春を奪うという異変を実行に移すことに成功している。
 また、西行寺幽々子と肩を並べて異変を引き起こしたことも彼女を語る上で欠かせないエピソードだろう。
 紅霧異変に続き、彼女が幻想郷の世界をただの遊び心にて変貌させることが出来ることを知らしめた事件である。


 ・伊吹萃香の鬼退治

 こちらは異変とは言えないかもしれないが、レミリア・スカーレット自身の強大さを何より物語る内容により記載する。
 この幻想郷に最近現れた鬼である伊吹萃香相手に、レミリアは単身で決闘を行い、伊吹萃香相手に勝利を手にしたらしい。※3
 鬼の中でも最強と謳われる伊吹萃香を下したこと、それはレミリアの強さの何よりの証明だろう。
 万に一つも勝ち目のないと言われる鬼退治を策を弄することなく成功させたのは、過去にも先にも恐らく彼女だけになるのではないか。

 ※3 最強同士がぶつかりあって、よくもまあ幻想郷が壊れなかったものである。


 ・永夜異変

 レミリア・スカーレットが異変を引き起こす側ではなく、解決側で行動を起こした異変。
 幻想郷に現れた偽りの月を打破する為に、彼女が博麗の巫女と力を合わせて異変の元凶を打倒したらしい。
 異変を引き起こしたかと思えば、状況によっては博麗の巫女とも協力し合える柔軟さ冷静さを彼女は兼ね備えているようだ。
 また、この異変を契機に、彼女は永遠亭の蓬莱山輝夜と交友関係を築いている。※4

 ※4 異変に接触しては、その関係者を惹き付けている。他者を魅了する彼女は、やはり唯の傲岸不遜な妖怪とは程遠い存在らしい。


 ・風見幽香の大異変

 風見幽香が幻想郷中を巻き込んで引き起こした大異変である。幻想郷中を暗雲で包み、地を揺らし、歪な妖気で世界を包んだ恐ろしき異変である。※5
 この異変に対し、解決役の中心となったのは博麗の巫女ではなくレミリアだったらしい。彼女は幻想郷中から力を持つ人妖達を集め、
 その力を束ねて風見幽香を撃退した。これがすべて真実ならば、レミリアは幻想郷を救った救世主であるとも言えるかもしれない。※6
 異変の詳細については風見幽香の調査と並行して調べていくことにする。ただ、やはり幻想郷の中心は今、どこまでもレミリアなのである。

 ※5 流石の私も幻想郷の終焉かと思った。それくらい過去にないほどに大きな幻想郷の異変だった。
 ※6 いえ、信じてない訳ではないですよ八雲紫さん。レミリアに関する数々の異変の情報提供本当に感謝していますから。



 目撃報告例

 彼女の目撃証言は風貌が定かでないことから何が真実であるかを証明することは難しい。
 人里の外で彼女の気分を害した妖怪の肢体を引き裂いていたという話から、人里の茶屋で和菓子を嗜んでいたという話まで存在する。
 これも後ほど何とかして纏めなければいけない項目だろう。



 対策

 もし彼女に敵だと認識されてしまえば、その時点で終わりだと考えた方が良い。
 彼女自身が幻想郷最強クラスの力を持ち、かつ配下にも恐ろしき強さの妖怪を数多に揃えているのである。
 一番の対処法はレミリア・スカーレットと敵対するような馬鹿な真似は決してしないことだ。
 もしあなたが、伊吹萃香や風見幽香を打倒する自信があるのなら、その上をゆく彼女相手に戦ってみることを止めはしないのだが。
 本気でレミリアを倒したいのなら、幻想郷中の戦力という戦力を集めて総出で紅魔館を攻めるくらいしかないのではないだろうか。
 レミリア・スカーレットを打ち倒すということは、ある種において運命を殺す意味に他ならないのかもしれない。※7

 ※7 最早彼女に吸血鬼としての弱点すら本当に存在しているのかどうかも怪しい。極論だが出会わないことが最上の勝利である。















「ほっちゃーん!!ほ、ほーっ、ホアアーッ!!ホアーッ!!」
「あははははははははははは!!!!!!!無理!!!絶対耐えられないってこれ!!!!あはははははははははは!!!」

 阿求の記述した項目を読み終えた私達の反応は三者三様。
 私はあまりの衝撃に耐えられず奇声を上げて床を全力で転がりまわってる。
 魔理沙は目尻に涙を溜めて全力で笑ってる。これでもかってくらい全力全開で。
 フランは何故か凄く満足そうに阿求の書物を読み直してる。時々頷いたりしては何度も何度もページに目を運んでいる。
 もうね、何処から突っ込んだらいいのか何を声にすればいいのか分からない。訳が分からないよとかそんなレベルじゃない。書面に書かれた
私が私じゃない。これは一体何処の世界のスカーレット・デビルに関する記述なのよ。極めて近く限りなく遠い世界か何かかと。
 中二病とかそんな次元を超越した最強存在化してるじゃない。何よ歴代最強の吸血鬼て。何よ幻想郷最強の一角て。本当に誰よお前。
 部屋中を転がりまわった私は、ふらふらと必死に足に力を入れて立ち上がり、阿求に対して涙目で問い詰める。

「何処をどうすれば!私が!こんな『ボクの考えたオリジナル幻想郷最強妖怪』になるのよ!?一体誰からこんな嘘っぱち情報を聞いたの!?」
「え、えっと…人里の人々や、偶然お会いすることが出来た八雲紫さんとか…や、やっぱり真実とは違いますか?」
「違うも何も全部大嘘よ!!そこで笑い転げてる魔理沙の反応を見れば否が応でも分かるでしょ!?
そもそも紫は私の何を語ってるのよ!?嫌がらせ!?これやっぱり嫌がらせ!?私が紫に一体何をしたというのよ!?」
「いや、さっき思いっきり紫を同性愛者扱いしてたと思うけど。まあ、それはともかく、レミリアに関する情報がこうなるのは仕方ないんじゃないか?
だって、幽香異変が終わるまでの間、お前を守る為にフランドール達がレミリア=強いって情報を流しに流したんだろ?むしろ当然の帰結だろうな」
「そうだね…ごめんね、お姉様。まさかこんなことになるなんて思わなくて」
「ふ、フランは悪くないのよ?かといってパチェや咲夜や美鈴が悪い訳でもないし…うう、私は一体誰を責めればいいのよ…」
「あの、何か本当にすみません…」
「勿論阿求も悪くないのよ…貴女はただ、自分の手に入れた情報をまとめただけなんだから…
でも流石にこれを後世に残すのだけは勘弁して頂戴!これが残ってしまうと、私は紫も幽香も萃香をも超越したトンデモ吸血鬼になっちゃうわ…」
「いいんじゃないか?人里でのみんなの反応が面白そうだし」
「よくないっ!これが真実だと思われると、私は茶屋巡りも漫画買い漁りもオチオチ出来なくなっちゃうじゃないの!?」

 一人で幻想郷を滅ぼせそうなレミリア(笑)が本屋で漫画を漁るって何の冗談よ…そんな未来絶対にNOよ。断固拒否なのよ。
 こんなものが歴史書物として後に流れてしまっては、最近ようやく収まってきてる『レミリア強者幻想』が現実のものとなってしまうじゃないの。
 私の必死なお願いに、阿求はこくりと小さく頷いてくれた。良かった…お願いだから、私の項目は除外して頂戴。吸血鬼の欄にも載せなくていいからね。
 安堵する私に、阿求は少し迷うような素振りを見せた後、再度私に言葉を紡ぐ。

「あの…その、こういうことをお訊ねするのは、本当に失礼に当たると思いますし…
でも、確認しておかないといけないと思いますし…本当に、本当にすみません…失礼を承知の上で、一つお訊ねさせてもらえないでしょうか」
「そ、そこまで失礼な質問なの?一応女の子だから、あまり心を抉る質問はちょっと…
すー…よし、深呼吸OKよ。どんな質問でも受け入れるわ、かかってらっしゃいな」
「それでは…あの、先ほどの反応やレミリアさんのこれまでの言動を見てて感じたのですが…
もしかして、レミリアさん…御噂程の強さを持っていなかったり…とか」
「その噂の強さが貴女の書いた書物通りだと言うのなら、土下座をしてでも涙を流してでも全身全霊私の全てを賭して否定させて貰うわ。
…というか、阿求。貴女の中で私の強さって正直なところどのくらいなの?例えば、このクッキーがそれぞれ紫、幽々子、萃香、私だとするじゃない?
ちょっとこれを力関係順に並べてみてくれる?クッキー間の距離は力の関係に比例するとして」

 私のお願いに、阿求は少し考える仕草を見せた後、クッキーを順番に並び変える。
 その結果は私>紫=幽々子=萃香…っておおおおおい!!!!なんで私だけ一段とびぬけたのよ!?しかも私と紫達意外と距離空いてるんだけど!?
 私は絶叫したい気持ちを抑えながら、冷静さを必死に保ちつつ阿求に説明を始める。魔理沙!肩震わせて笑ってるんじゃないわよ畜生!

「あのね、阿求。今から本っっっ当の正解を教えるから。
まずこの問題において、私以外の三人の強さ比較なんてどうでもいいのよ。ぶっちゃけあの三人は存在が限界突破してるんだから」

 そう言って、私は三人を意味するクッキーを縦に三つ綺麗に並べる。
 そして、残る私を意味するクッキーをピックアップし、無言のまま席から立ち上がり、部屋の窓を開く。
 私の部屋の窓(勿論普段はカーテン閉めて日光入らないようにしてるわよ?死んじゃうし)は美鈴の護る門から見守れる場所に位置してるので、
自然と私が窓から顔を出すと美鈴を見ることが出来る。加えて、美鈴もいつも私の部屋に気を配ってくれてるから、窓が開けば美鈴は私の方を
振り向いてくれる。私に気付き、窓の下まで来てくれた美鈴に、私は美鈴に向かってクッキーをそっと落とした。突然の行動にも、
美鈴は微塵も慌てることなく口でクッキーをナイスキャッチ。それを見届けた後、私は美鈴に少し大きめの声で声をかける。

「もうすぐ鍛錬の時間だけど先に地下に行ってて頂戴ー!私も貴女の分のクッキー持ってすぐに向うからー!」
「分かりましたー!先に準備をしてお待ちしていますねー!」

 用件を告げ終え、私は窓を閉めて、阿求の方を振り返り告げる。
 それはもう、過去最高級な程に胸を張って、これ以上なくキッパリと。

「これが私と紫達の差よ、阿求」
「…え」
「私と紫達の実力は紅魔館四階の高さを越えて美鈴の胃袋に収まって門まで向かってもなお足りない程の差が存在するのよ」
「そ、それはつまり…」
「クククッ、今頃気づいても遅いわよ、阿求?あまりの恐怖に平伏すがいいわ!馬鹿げてる夢の在り処なんて知らないわ!
そうよ阿求、幻想郷一の絶対弱者――それが私、レミリア・スカーレットの正体なのよ!
東に博麗の巫女があれば土下座して紅霧異変の謝罪土下座を敢行し、西に春を奪う西行の亡霊があれば気絶してる間に異変が解決し、
南に死にそうにない月姫あれば共に部屋に引き籠って漫画について熱く語り、北に私に興味を持つ最強の鬼があれば私の存在なんてつまらないからやめろといい!
そういうものに私はなりたいと微塵も痺れられないし憧れられもしない存在、それが本当の私なのよ!」
「で、でも、レミリアさんは門番の方を始めとして多くの強き妖怪達を従えて…それに紫さんを始めとした強者の妖怪との親交も…」
「従えてるんじゃないわ、家族だから一緒にいるのよ。フランも美鈴もパチェも咲夜も萃香も文も私の大切な大切な家族だから一緒にいるの!
そして紫達だってそう。私は自分の強さや在り方を誇示したくて紫達と友達やってる訳じゃないわよ?みんなが好きだから、友達やってるの。
…まあ、最初の頃紫達が死ぬほど怖かったことは否定しないわ。本当にもう、何度ノイローゼになりかけたことか…」
「あの頃のお前、いつも霊夢と会う時涙目で私の後ろに隠れたりしてたもんなあ」
「全くよ。あのときはもう、いつも魔理沙早く来い早く来いって思ってた。
霊夢は切れ切れモードだし、咲夜は警戒モードバリバリだったし…まあ、そういう訳で私は最弱吸血鬼なのよ、オーケー?」
「…すみません、やっぱりどうしても信じられません。
こんなにも幻想郷を騒がせてるレミリアさんが、これだけの人妖を惹きつけるレミリアさんが、弱いだなんて…
まだ、実はフランドールさんがレミリアさんだと言われた方が信じられるかもしれません…」
「まあ、普通はそうだよね。今や幻想郷にとってお姉様はそういう存在なんだもの。
お姉様、多分これ以上の問答は無意味だよ。私がこの娘の立場だったなら、お姉様がワザと道化を演じてはぐらかしてるようにしか見えないだろうし」

 フランの指摘に、私は口元をニヤリと緩める。ふふふ、そんなの承知の上よ。
 これほどまでにガッチガチに固められた固定観念を解くことがどれだけ大変なのか、私は知っている。そう、こんな経験は初めてではないのよ?
 私は以前、阿求以上の強敵と対峙しているのよ。その相手とは慧音。私と美鈴が人里を初めて訪れた時、慧音は私がスカーレットの後継者であるという点で
それはもう見事に危険視警戒してくれたわ。だけど、そんな慧音への誤解すらも私は解いた経験を持っているの。そして、誤解を解く為には一体何が
効果的なのかを学んだわ。さあ、心配することはないわ阿求。私が貴女のその幻想、容赦なくぶっ壊してあげるから。
 笑みを浮かべたまま立ち上がり、私は阿求に向かって口を開く。

「阿求、今から一緒に地下へ来て頂戴。教えてあげるわ――私が幻想郷最弱を名乗るに相応しい、その力をね」





















 ~side 魔理沙~



 いや、本当に慧音には心から感謝したいくらいだ。
 まさかレミリア宅への道案内からここまで面白い事態になるとは思わなかった。
 阿求の勘違いはある意味仕方ないと言えば仕方ないんだけど、それを全否定する為に全力で向き合うレミリアの面白いこと面白いこと。
 本当、レミリアと一緒に居ると飽きなくていいな。私は内心で大笑いしながら、レミリア達と共に紅魔館の地下へと足を進めていく。
 そして、結構な数の階段を下り終え、レミリアの開いた扉の先にはかなりの広さがある部屋が広がっていた。へえ、図書館以外にも
こんなに広い部屋があったのか。そんなことを考えていると、中には既に先客…客と表現するのも変な話か。美鈴がレミリアを出迎えていた。

「お待ちしていました、レミリアお嬢様にフランお嬢様に魔理沙…と、そちらの方は確か」
「見学よ。ちょっと阿求は慧音程ではないけど、私について勘違いをしているみたいだから、誤解を解いておこうと思ってね」
「あはは…私達の流した噂のせいでご面倒をおかけします、はい」
「いいわよ、全部私を守る為の行動だったんでしょう?美鈴達には感謝こそしてるけど、責めるつもりなんて微塵もないわよ。
それと、これは美鈴の分のクッキーだから、鍛錬の前に一口どうぞ。先にクッキー食べ終えてから鍛錬でも私は良いわよ?」
「あはは、ありがとうございます。そうですね、クッキーはお嬢様の鍛錬に付き合った後で頂くことにしましょう」

 …本当、良い主だよな。部分部分だけを切り取ると、本当に良い主なんだよな。ただ、そこに威厳とかカリスマとかそういう
いろんな意味で吸血鬼として大切なモノが欠落しちゃってるだけで。まあ、私は友人としてレミリアが好きだからそんなことはどうでもいいんだが。
 さて、ここまで連れてこられて美鈴まで呼びだして、一体何を見せてくれるのやら。そう考えていると、レミリアは私達の方に向きあい、説明を始める。

「阿求、貴女にわざわざここまでご足労願ったのは他でもない私の妖怪としての実力を見せつける為よ。
今からここで私が美鈴相手に普段行ってる鍛錬の様子を何一つ包み隠さず披露するわ。それを見て、私の実力を直接肌で感じ取りなさいな。
本当は咲夜達みたいに外でやる方がいいんだけど、私は吸血鬼だから日光下には出られないからね。少し暗いのは許して頂戴」
「は、はい…レミリアさんの、幻想郷最強の妖怪の鍛錬…あの、私、巻き込まれたりしませんか…?」
「大丈夫よ。もし不安だったら私の後ろに隠れてなさい、何があっても守ってあげるから」
「あ、ありがとうございます…フランドールさん」

 感謝の言葉を告げてフランドールの背後に隠れる阿求。…いや、なんか今、フランドールがレミリアの妹であることを強く感じられた気がした。
 多分、本人は微塵も気付いていないだろうけれど、フランドールの奴もかなり天然でサラリと凄い台詞を言うんだな。それだけの言葉を言えるだけの
力をフランドールの場合は持ってるんだが…いやいや、本当にこの姉妹の未来が心配だ。言い寄る男は星の数なんじゃないのかね…男に度胸があればの話だけど。
 まあ、姉妹の恋愛話はともかくとして、私としてはレミリアの鍛錬してるって話に興味があるな。私の記憶が確かなら、レミリアは以前までは
そんなことやってなかったと思うんだが。確かこの前、妖気が紫のおかげで少しずつ戻り始めてるとは言ってたけれど、まさかあのレミリアまで鍛錬とは。
 一度湧いた好奇心は止まらず、私はレミリアに率直な疑問を投げかける。

「なあレミリア、お前いつからトレーニングなんて始めたんだ?私は初耳だぞ?」
「そうだっけ?始めたのは妖気が戻り出したことを知って、紅魔館のみんなに報告してからかな。
その日以来、身体の方は美鈴に、妖力魔力の方はパチェに少しずつ鍛錬に付き合って貰ってるのよ」
「なんでその二人?お前は吸血鬼なんだから、フランドールの方が教師役としては適役なんじゃないのか?」
「…私だってそうしたかったわよ。お姉様には私が教えたかったけど…美鈴とパチュリーの話の方が筋が通ってるから仕方ないじゃない」

 不機嫌そうにフランドールは理由を教えてくれた。
 なんでも、現在力が殆んど存在しないレミリアにとって、吸血鬼としての力による戦闘を行うフランドールはあまり参考にならないらしい。
 言ってしまえば、レミリアは今ようやくハイハイの練習をしようとしてるのに、フランドールは徒競走の正しいフォームやコツを教えることに等しいらしい。
 遅かれ早かれレミリアが力を完全に取り戻すには数百という年月を費やす必要があるのだから、ならば今のうちは基礎中の基礎を叩きこんだ方が
適切だと言うのが結論だった。そして、美鈴はその基礎をレミリアに教える役目としては最高の教師役らしい。何故なら美鈴は『人間としての戦闘技術を極めた珍しい妖怪』だからだとか。
 理由はよく分からんが、こいつはレミリアに出会う以前は竜としての自分ではなく人間としての自分で多くの妖怪をぶっ飛ばしてきたそうだ。
 その磨き上げた『竜』ではなく『人間』としての技術が今のレミリアにはフィットする筈だという…そういうもんかね?私にゃ肉体言語的な会話はよく分からんが。
 まあ、でも確かに今のレミリアに人外の動きは無理だろうな。それなら努力すれば到達出来る人間の技術を…ってことなのかな。勝手な結論を
導きながら、私は再度レミリアに訊ねかける。

「まあ、レミリアがトレーニングをしてるし、優秀な教師がついたのはよく分かったが、肝心のその理由がよく分からない。
レミリアは以前まで『私は戦いなんてしない!バトルジャンキーみんな風邪ひけ!』って言ってただろ?」
「それは今も変わってないわよ。でも、妖気を取り戻し始めてるんだから、少しずつ力を取り戻す為の努力をしないと駄目でしょう?
いい魔理沙?今の私は分かりやすく例えるなら紅魔館でこんなポジションなのよ?」

 そんなことを言いながら、レミリアは部屋に用意されている紙にペンを走らせる。

 咲夜     L50 氷・鋼
 パチュリー  L50 エスパー
 美鈴     L50 ドラゴン・格闘
 フランドール L50 炎・飛行
 文      L50 飛行
 萃香     L50 格闘・地面
 レミリア   L1  ノーマル

「成程、全く分からん」
「つまり!私が言いたいのは泣きたいくらい私が役立たずってことよ!このままじゃみんなの負担になり過ぎてるってことよ!
別に強者とは言わないわ!だけど、せめて自分の身を守れるくらい…とも言わないわ!なんとか逃げ延びて…とも言わない!
せめて、せめて危険な目にあったときにみんなが助けに来てくれるまで時間を少しでも稼げるようになりたいのよ!
例えスペルカードルールが存在しようと、守らない奴はやっぱり守らないのよ!そのときに嘆いても遅すぎるのよ!?」
「なんて吸血鬼だ…鍛錬の理由に何一つ『強くなりたい』の言葉が無く何処までも逃げ腰で後ろ向きな理由。流石はレミリアだ」
「…いいのよ。無理に強さを追い求めるよりも、身分相応を守ることだって大切なんだもん」
「そか。まあ、怪我しない程度に頑張れよ。阿求にお前の強さを…じゃなくて弱さを見せつけてやれ」
「フッ…見せてあげるわ。世界一格好悪い吸血鬼の雄姿をね」

 格好良いのか悪いのか、判断に困り過ぎる台詞を残してレミリアは美鈴の元へと歩いていく。
 レミリアが離れると同時くらいに、私の隣にいたフランドールがぼそりとレミリアの言葉に対する意見を述べる。

「お姉様はああ言っているけれど、美鈴やパチュリーの行う鍛錬のゴールはそんなレベルじゃないわ」
「そうなのか?」
「ええ。お姉様は吸血鬼にも関わらず、『弱者が強者に勝つための戦闘技術』を身につける教育を受けている。
それは私達にとって不要の技術だわ。私達妖怪は種族としての力を軸にして、本能に根付いた他者を蹂躙する能力を技術と呼んでいる。
人間の戦闘技術と私達の戦闘技術は明確な線引きがされているのよ。少なくとも私達のような力強い妖怪は特にね」
「うーん、まあ言いたいことは何となく分かるよ。あれだろ?例えば敵が鋭い爪で攻撃してきたとして。
弱い人間は剣や盾を使い防ぐ、これは一つの技術だ。だけど、お前達はその必要が無い。何故なら爪の攻撃なんて片手で跳ね除けられるからだ。
そしてその行動も一つの技術に当たる。更に言えば、萃香なんて防御手段に出る必要すらない。何故ならあいつの身体は敵の爪なんて通さないから。だがこれも一種の技術だ。
みんな『攻撃を防ぐ』という一つの行動に対し、人間は磨いたスキルに比重を置いて、妖怪は種族の力に比重を置いて行動を取る。それがフランドールの言う技術の線引きなんだろ?」
「…成程ね。美鈴が貴女のことを褒める理由もよく分かる気がするわ。頭が良い娘は嫌いじゃないわよ、魔理沙」
「もっと褒めてくれてもいいんだぜ。それはさておき、今のレミリアは後者をする為の力が無い。よってレミリアが
圧倒的な敵との力の差を埋めるためには、人間達の持つ弱者の技術を手にしなければならない訳だ」
「そう。そしてお姉様はその『強者との差を己が種族の力ではなく技術の差で埋める術』を吸血鬼の身でありながら修めようとしているの。
パチュリーの魔術講座だってそう。お姉様は今、私達が不要だと切って捨てたような瑣末な力ですら必死で学んでいるわ。
さて、ここで魔理沙に考えてほしい。もし、お姉様が弱者としての技術を習得したまま私や紫と同等の力を取り戻せたなら?
私が力任せ本能任せに振るう紅槍も、お姉様は遠い未来にて達人の如き槍術にて捌くでしょう。
私が不要だと基礎すら学ばなかった初歩の発火魔術も、お姉様は遠い未来にて大地を焼き尽くす程の業火へと変貌させるでしょう。
…それはどれほどの未来になるのかは分からないわ。けれど、私達が目指してるお姉様の領域はそういう領域なのよ。
私も美鈴もパチュリーも咲夜も辿り着けないもう一段高みの世界…お姉様にはその力と素質が在る」

 フランドールが力強く語りきる様に、私は思わず息を呑む。
 まさかフランドール達がこんな考え方をしているとは思わなかったからだ。正直なところ、『お姉様は私達が護るから危険な鍛錬なんて不要』くらいの
考えなのかと思っていただけに、本当に意外だった。そして、こいつらが見据えているレミリアの未来の強さ、それは私達には決して見えない姿だ。
 …信じてる、とは違うな。確信しているんだ。フランドールを始め、紅魔館の連中はレミリアが強くなることに微塵も疑いを抱いていないんだ。
 そりゃ、私だってそこそこ強くはなるかもしれないとは思ってる。妖力が戻り始めてるって話だし、何よりどんな形であれレミリアは
萃香や幽香に勝ったんだ。いざという時に発揮する勇気に、レミリアが本来持つ力を取り戻せたなら、強い吸血鬼になれるだろうなとは思ってる。
 だけど、フランドール達は更に先を見据えているのか…こいつらを変えたのは、やっぱり他の誰でもないレミリアなんだろうな。
 護られるだけじゃなく、みんなを護れるようになりたい想いを知っているから。レミリアのどこまでも真っ直ぐな本当の想いに触れたから。
 私は軽く息をつき、視線をレミリアの方へと向ける。レミリアは今、美鈴の槍術の見よう見まねで紅槍を振り回しては転んでいた。その姿を眺めながら、私はそっと口を開く。

「レミリアがそう望んでいるなら、いいんじゃないか?
折角戦闘の為の鍛錬なんて似合わなさ過ぎる努力をしてるんだ。どうせなら幻想郷一を目指しても悪くないだろ」
「お姉様にも勿論話してるわよ。お姉様は半信半疑というか、ただの与太話だとしか思っていないみたいだけどね」
「しかし、レミリアが最強になる幻想郷か…ああ、ちょっと見てみたいな。他人に暴力を振るえない最強なんて聞いたことがない。
ま、私は残念ながら見れそうにないが、見届け人は他の誰かがやってくれるか。
きっと遠い未来でも、阿求みたいに妖怪のことを歴史に残してくれる奴がいるだろうしな」
「あ…」
「フフッ、そうね。その時はお姉様のことをお願いするわね、『稗田阿求』?」
「何を言ってるんだお前は…その頃には私と一緒に阿求もお陀仏してるっつーのに」

 阿求に微笑みかけるフランドールに、何も言葉を返せない阿求。
 分かるぜその気持ち、分かりにくい冗談ほど返答に困るときはないもんな。
 …しかし、レミリアが滅茶苦茶強くなって最強になる未来か。それは現時点では途方もない御伽噺で夢物語だ。
 でも、そんなもしもを考えると笑わずにはいられない。それはなんて面白おかしくて楽しい未来だろう。いつも霊夢相手に涙目になって
私の後ろに隠れていた吸血鬼が、幻想郷の…いいや、世界の誰よりも強い未来だなんて面白過ぎるじゃないか。
 そんな幻想を脳裏に描きながら、私はこちらに歓声を上げながら向かってくるレミリアに言葉を返す。

「魔理沙!魔理沙!見て見て見て!私のグングニルが!私のグングニルが!」
「ちゃんと見てるって。グングニルがどうしたんだ?」
「グングニルが!ほら、何か鍛錬してる間にいつの間にか進化したの!
具体的に言うとゴムみたいに曲がったり伸びるようになっちゃった!ここ曲がるー!こんな槍を持ってる私はきっと特別な存在なのだと感じました!(キリッ)」
「…っ、本当にお前って奴はもう!あっははははは!!それじゃ唯の子供用玩具じゃないか!!あははははは!!!」

 少なくとも今の私にとって、レミリアは紛れもなく最強だ。これ以上ないくらい、私の腹筋を容赦なく責め立ててくれる。
 だからこそ、私は愛すべき友人の為に尽力する家族達を応援することにする。私にとっては既に幻想郷最強のレミリアなんだ。
 どうせならスケールは大きく世界一…いいや、宇宙のどの星々よりも一等輝く一番星にしてやってくれってな。
 
























 夜の帳が下りて幾分時間が経つ頃。


 阿求は魔理沙に運んで貰い、数刻ぶりに人里の大地へ足をつける。
 今日のことを感謝する阿求に、魔理沙は笑って気にするなと首を振る。どうやら彼女は今日は紅魔館にお泊りらしく、
このままUターンで紅魔館に戻るらしい。何でも帰ってからレミリアの部屋で主と一緒に漫画を読み耽るのだとか。
 そんな魔理沙を笑って見送り、阿求は家路へつこうと足を運ぼうとするが、少し歩いた先に見知った女性が立っていることに気づく。
 どうやら彼女は自分の帰りを待ってくれていたらしい。少し足早に彼女に近寄り、阿求は声をかける。

「待っていてくれたんですか、慧音さん」
「先ほど寺小屋での仕事が終わってな。言うほど待っていないから、気にしなくても良いぞ」
「そうですか。でも、ありがとうございます」

 頭をぺこりと下げる阿求に、彼女――上白沢慧音は少し困ったように笑みを零す。
 そして、どちらというでもなく横に並んで人里の道を歩き始める。夜とはいえ、人々の住まう地はそこかしこに明りが灯されて
薄らではあるが、互いの表情を認識する程度の光度は保たれている。幾許の静寂が二人を包むが、やがて阿求がそっと慧音に話しかける。

「レミリアさん…レミリアさんに、お会いできました」
「そうか。どうだった、幻想郷最強の妖怪は」
「慧音さん、人が悪いです…私の記述部を読んでも、何も教えてくれなかったじゃないですか」
「ああ、うん…流石にあそこまで書かれると、直接本人に会った方が早いと思ってな。
言ってしまえば、私はレミリアに対する勘違いの先人だからな。レミリアを知るには他人から語って貰っても意味が無いだろう」
「そうですね…本当に、不思議な吸血鬼でした。私の想像とは遥かに違う方でしたし、それ以上に沢山の衝撃があって…」
「失望したか?」

 慧音の言葉に、阿求は少し考える素振りを見せる。そして、肯定も否定もせず、
慧音に対して、手に持っていた少し大きめの包みを見せる。

「これ、レミリアさんから頂いたんです。中はアップルパイだそうで、今日のお土産にって」
「そうか。レミリアの作るモノは本当に何でも美味しいからな」
「ええ、何でも幻想郷一家庭的な吸血鬼になるのが当面の目標みたいですよ」
「それは大変だな…ライバルは娘の咲夜だろう?お菓子作りはレミリアに部があるだろうが、咲夜はオールマイティだからな」
「それと、世界一幸せなお嫁さんにもなりたいと」
「それは壮大かつ難易度の高い夢だな…一体どこの誰があの連中全員に結婚を認めて貰えるのか」

 レミリアに対する雑談に興じあい、二人は互いに笑みを零し合う。
 そして、一度二人の話が途切れた時、阿求は一度大きく息をついて、慧音にぽつりと言葉を零す。

「…今代の幻想郷縁起の編纂、先送りにしようと思います」
「それはまた唐突だな。それはやはりレミリアのせいか?」
「そうですね…私、本当に何も知りませんでした。
この幻想郷にあんな人が、いいえ、あんな人達が笑いあって過ごしてるなんて全然知りませんでした。
幻想郷縁起…その目的は人々の生活を脅かす妖怪についての対処法を記すことにあります。
だけど、今日レミリアさんや彼女の周囲に集まる方々に触れて、それだけで本当に良いのかと感じました」
「というと?」
「危ない妖怪、厄介な妖怪、害の無い妖怪…それだけを記すなんて、少し勿体ないじゃないですか。
今日というたった一日だけで、私は『過去』に知ろうともしなかった、沢山の素敵な妖怪達に出会えました。妖怪の本当の素顔に触れられました。
過去の私の誰が妖怪に弱さ自慢なんてされましたか?過去の私の誰がお土産にアップルパイなんて貰えましたか?
きっと、レミリアさんに直接会おうとしなければ、こんな経験は絶対に出来ませんでした…人の噂や情報、憶測や逸話だけでその妖怪を判断し歴史に残して
いては、絶対に皆さんの素顔を垣間見ることなんて出来ませんでした。一度知ってしまったら…もっと知りたいと思うじゃないですか」
「そうか…まあ、阿求がそう決めたのなら私は何も言わないさ」
「はい。幸運にも、私にはまだ時間が残されています。
この時間を最後の最後まで無駄に使うことなく、私は書き記したいのです。過去の私が為し得なかった、『真実の幻想郷縁起』を」
「…変えていくんだな。レミリアは出会った者の心や想いを変えていく。
いや、こういう言い方はレミリアが怒るだろうな。『変えたのは私ではなくその人自身の意志で、私は何もしない出来ない』と」
「ふふっ、レミリアさんならそう言いそうです」

 この場に居ない泣き虫な紅魔館の主に、二人は笑いあう。
 一度阿求はうんと小さく背伸びをして、慧音に提案を持ちかける。それは少女の持つアップルパイに関する提案。

「慧音さん、これから一緒に食後のデザートなんてどうですか?
『幻想郷最強』ではありませんでしたが、『幻想郷最高』の妖怪の作った作品です。美味しくない筈がありませんよ?」
「ふむ、それはとても魅力的な提案だな。阿求さえよければ是非お願いしたい」
「ええ、それでは私の屋敷に行きましょう。今日は慧音さんに沢山沢山お話したい気分です」

 微笑みながら、少女はくるりと身体を一回転させて視線を空へと向ける。
 彼女の見上げた空には無数の星々が輝いていて。それらを眺めながら、少女は一人想うのだ。
 今の自分はきっとこの立場だと。幻想郷という世界には沢山の妖怪達がこんな風に沢山沢山存在していて。
 だけど、自分は星の上っ面の輝きだけを眺め、その星が煌めく本当の理由なんて知ろうともしなかった。
 勇気を出してもう一歩踏み出せば、きっと星々の輝きの意味を知ることが出来る。そのときに初めて、輝きの美しさを理解することが出来るのだろう。
 危険な存在。害ある存在。妖怪達が人間にとってそんな存在であることに否定はしない。だけど、それは一面のみを取り上げた
場合であり、別の面から覗いてみれば、妖怪達は宝石にだって負けないくらいの輝きを持っていることを知ったから。

「慧音さん、幻想郷は本当に不思議な場所ですね」
「ああ、そうだな。幻想郷にはこんなにも――」
「――こんなにも、温かくて素敵な幻想で満ち溢れているのだから」

 幻想郷縁起は一時筆を置き、少女はこれからのことを想う。
 これから先、残された時間の中で自分は一体どんな妖怪のどんな素顔を見ることが出来るだろう。どんな輝きを知ることが出来るだろう。
 未来のことを楽しみにしつつ、阿求はちょっとだけ先の予定を考える。次は慧音さんと一緒にもう一度あの場所へ遊びに行こう。
 今度は一人の友達として、こんなちっぽけな人間である自分をも友達だと認めてくれた不思議な不思議な妖怪達が住まう、あの騒がしくも優しく温かい世界にもう一度。






















 これは今よりもう少しだけ先の未来のお話。


 九代目阿礼乙女、稗田家当主が死の間際に書き残した書物『幻想郷縁起』。
 そこには過去の幻想郷縁起のような幻想郷のただの妖怪の情報ではなく、
彼女が短い生涯の中で出会い絆を深めあった『友人』達のことが記述されていたという。
 そして、幻想郷縁起の序文の結びには、こう一文が書かれていたという。















 ――それでは、幻想郷縁起をよく読んで、素敵な貴方に安全かつ『私のように幸せだったと胸を張れる』幻想郷ライフを。









前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.065823078155518