他の人はどうかは知らないけれど、私はそれなりに我慢強い方だと思う。
ストレス耐性っていうか、そういうのが常人の三倍くらいはあるんじゃないかと思う時があるわ。
まあ、そうじゃないと、こんな貧弱ボデー(3サイズ的な意味じゃなくて)で紅魔館の主なんてやってられないけれど。
フランから地味な嫌がらせを受けようが、パチェからからかわれようが、並大抵のことでは私は動じない。
確かに肉体的には最弱だけど。妖精にだって勝てないけれど。子犬なら良い勝負が出来る気がするけれど…って、話が逸れたじゃない。
つまり、何が言いたいのかというと、私は精神的には強い筈なのよ。出来る子の筈なのよ。強い根っこを持ってる筈なのよ。
だけど、だけどね…
「何よ、いきなり溜息なんかついて。本当、気持ち悪いわね」
「まあまあ、霊夢。この娘も色々と大変なのよ。何といっても紅魔館の主なんですもの」
そんな私でも正直耐えられないこの状況って一体何なのよ…
今、私は『護って巫女月天!最強巫女と仲良くなろう計画』の真っ最中で、博麗神社に何度目かとなる訪問をしている最中なんだけど…
何故か私の傍に居る八雲紫大明神。なんで?なんでこの人が居るの?意味分かんないわよ。なんで最強の人間のところに最強の妖怪が居るの?
博麗霊夢でさえ私のトラウマ的存在なのに、八雲紫なんて危険ランク特S級じゃない。なんでそんなヤバい奴がこの場所に…
いや、分かってる。本当は分かってるのよ。私が骨折を治療しているときから、度々コイツは見舞いに来ていたわ。最初は気付かない振りをしていたけど、
最近はもう目を逸らさないことにした。そう、間違いないわ。コイツは間違いなく私のことを気に入っている。
いや、もう本当に勘弁して下さい。何で?何で私?私なんか何の取り柄もないヘッポコ吸血鬼じゃない。なんでそんなのを気に入っちゃってるのよ?
あ、ちなみにどうして八雲紫が私のことを気に入っていると判断出来るのかと言うと…
「アンタも最近よく来るのね、紫。しかもレミリアが来る日に限って」
「あら、それは仕方がないわ。だってこの娘、私のお気に入りなんですもの」
…公言してはるんです、この最強妖怪。私がお気に入りだって、堂々と言っちゃってるんです。
もうね、言っちゃうっていうか頭の何処かがイっちゃってるとしか思えない。身の危険とかそんなレベルじゃない。助けて女神様。
これはあれか。博麗霊夢の高感度を上げようと頑張ってたら、何故か別フラグが立っていたとかそういうあれか。
いや、本当に待って。博麗霊夢だけでも難易度高いのに、何強烈な爆弾抱え込んでるのよ私。こんなキャラ一体どうしろって言うのよ。
八雲紫なんてどの選択肢選んでもBADENDしか見えないじゃない。貴女、同性愛のペドフィリアじゃないって言ってたのは嘘だったの?
ちなみに私の八雲紫エンディングフローチャートは最弱バレ惨殺END、八雲紫の性玩具END、秘密ばらされ紅魔館のみんなから見捨てられるENDなど
よりどりみどりのエンディングが取り揃えているわ。って、本当に悲惨なENDしかないじゃない!むしろDEADEND見えてるじゃない!
シット!大体どうして今日に限って黒白魔法使いはここに来てないのよ!?貴女は私とこの二人の良き緩衝材の筈でしょう!?
いつもは大して用がないにも関わらず神社に入り浸ってるくせに(←人のこと言えません)、あんのお馬鹿、早く来なさいよ!
ていうか来い!いえ、来て下さい!本当にお願いします!土下座でもなんでもするから!
このままじゃ私のストレスがマッハで駆ける白いジェットのように自由で。真剣(マジ)で私を助けて下さい。
本当、この状況どうしよう…こういうとき、咲夜は使い物にならないし…
「何、今度はいきなり震えだして。風邪でも引いてるの?」
「い、いえ…そういう訳じゃないから気にする必要はないわ。ちょっと寒いだけよ」
「寒いって、こんなクソ暑い中?吸血鬼って本当に変わってるわねえ」
私の言動に呆れかえる巫女。いや震えてるのは貴女達のせいだから。めっちゃ怖いから。命の危険本気で感じてるから。
って、咲夜、貴女博麗霊夢の言葉を真に受けて私に上着をかけてるんじゃない!暑いから!本気で暑いから!外まだ三十度超える炎天下だから!
あううう…な、何でこんなクソ暑い中で私は一人我慢大会なんかしなきゃなんないのよ…これが接客業の辛さなの?霊夢を接待することは
こんなにも大変なの?ううう…友情って簡単に芽生えないのね…おかしいわね、漫画じゃどんなに最悪な出会いでも、次の週ではお友達に…
「ちょっと咲夜、レミリア真っ赤になってるけど、これって実は暑がってるんじゃない?」
「まあ、この炎天下の中、そんな厚着させちゃあねえ」
霊夢、紫。ごめんなさい、私は貴女達のことを勘違いしていたわ。
貴女達は友達、私のかけがえのない友達よ。ユーアーフレンド…!人類はみな友達なのよ。私と紫は人間じゃないけれど。
さあ、咲夜、早く私をこのクソ暑い上着から解放して頂戴。お母さん、そろそろ軽く天国が見えそうよ。
貴女がぎっちぎちに結んじゃってるから、自分じゃこの服を脱げないのよ。ほら、早くして頂戴。お母さんがこの世に別れを告げる前に。
「かあ…いえ、レミリア様、本当に風邪などではないのですね?本当に上着は必要ないのですね?」
霊夢達には見えないように、心底心配そうな表情を浮かべて訊ね掛けてくる咲夜。あ、駄目だ。この表情はヤバい。
咲夜の時々みせる昔の顔(私をお母さんだと認識してくれる顔)は拙い。こうなると、なんだか駄目だと言えなくなる。
なんていうか、咲夜の前では良い格好したがるというか、だってほら、娘の前じゃ格好良いお母さんでいたいというか…
って、駄目よレミリア!貴女はそんな弱い意志でダメダメな選択肢を続けたからこそ、この悲惨な現状がある訳でしょう!?
ここは鋼の意思で『クソ暑いのよ。お前は主の気持ちも読めないのかい、本当に人間って使えないわね』くらいは言うべきなのよ!
さあ、言え!言うのよレミリア!言ってこの地獄から解放を!この煉獄地獄からの生還を!生きる…っ!生きて誰か素敵な人と添い遂げるっ!
「いや、折角の咲夜の好意だ。このままで構わないよ」
娘の為に死ぬ…面白い人生であったわ。ああ、なんて無様。本当に情けない自分なんて大嫌い。
ほら、霊夢が私を変な眼で見てる。紫に至っては笑ってる。畜生、私のせいじゃないのに。全部全部咲夜の優しさのせいだ。
これで暑さのあまり気絶して二人に私が弱いことがばれたらどうしよう…やっぱり弱い吸血鬼なんて見向きもされないわよね…
もし、このせいで私の『護って巫女月天!最強巫女と仲良くなろう計画』が失敗したら、その責任は咲夜に取ってもらおう。うん、それが良い。
そうよ、私は一生咲夜に護ってもらうんだ。娘に護ってもらうなんて格好悪いことこの上ないけれど、下らない意地張って死ぬよりマシだ。
咲夜に護ってもらいながら、私はケーキ屋さんのニューフェイスとして鮮烈デビューをしちゃおう。そして人里では知らない人間なんて
居ない程に有名なケーキ職人になるの。そしていつか素敵な人と出会い、恋に落ちるの。咲夜もお父さんが出来たら喜ぶかしら?
ああ、でも私が本当は弱いことを咲夜が知ったら、私なんか愛想を尽かされちゃうかな…それは嫌だな…咲夜に嫌われちゃうのは嫌だな…
ヤバい、本当に意識が朦朧としてきた。なんか霊夢が怒鳴ってるけど、よく聞き取れないや。ていうか霊夢、何時の間にそんな顔がぐにゃぐにゃに
なっちゃったのよ。数分前まで貴女、どこに出しても恥ずかしくない美少女だったじゃない。何その前衛芸術。そのセンスには
ちょっと時代がまだ追いついていないんじゃないかしら。昔のままの貴女の方がずっと綺麗だったわよ。その何倍も怖いけど。ああ、巫女怖い隙間怖い。
…ちょっと、本当にもう無理。ああ、こんなドジ踏んで私の数百年の苦労が一瞬でパーだなんて…目が覚めたらこれが夢だったなんてオチはないかしら。
~side 霊夢~
レミリアは変な奴だと思う。本当に変な吸血鬼だと思う。
オロオロとする咲夜に膝枕をされながら、何やら魘されている情けない吸血鬼。
そんな誇り高き吸血鬼様の姿を見ながら、私は呆れるように溜息をついた。これが本当にあのレミリアなのかと。
「本当に変な奴。初めて会ったときは人間なんて塵芥くらいにしか見ていない顔を見せていたくせに、
最近のコイツは人っ子一人殺せそうにない間抜けな姿ばかり見せるし…一体どっちが本当のレミリアなんだか」
「そんな瑣末なことは貴女自身が判断すれば良いじゃない。光を当てる角度を変えれば、人も妖もその姿は変わり遷ろうものですわ。
紅魔館の主としてのレミリアも、貴女の事を気に入り友人として訪ねてくるレミリアも、どちらもレミリアには変わりないでしょう?」
私の呟きに言葉を返してくれたのは、最近レミリアと一緒によく神社に遊びに来る大妖怪、八雲紫。
レミリアが暑さでぶっ倒れたとき、介抱を私とメイドに任せて自分はのうのうとお茶を飲み続けてくれた。一発本気でぶん殴りたい。
私は後の介抱を咲夜に任せ、縁側でお茶を飲む紫の隣に腰をおろし、先ほどまで飲んでいた緑茶を再び嗜むことにする。うん、我ながら美味しい。
自分の淹れたお茶の出来に満足しつつ、私は何気なく紫に話しかける。それは雑談のようなノリで。
「紫、アンタは強いわね。本当に強い妖怪だわ」
「あら、いきなり褒め殺し?その言葉は有難く頂戴致しますわ。それは博麗の血脈による直感かしら?」
「そんなもん知らないわよ。私はこれまで巫女見習いとして、何度か妖怪退治をやってきた。
その中で、色んな妖怪にお仕置きをしてきたけど…アンタは正直別格よ。全身から滲み出る妖力が半端じゃないのよ」
「…美辞麗句もそこまで並べられると逆に気持ち悪いと言うものよ。何、私を煽てたところで茶葉のお金は出さないわよ?」
誰もそんなもん求めてないっつーの。まあ、確かに紫を褒めたいが為にこんな話題を私は出した訳じゃない。
頬を小さく掻きながら、私は改めて言葉を続ける。それは、私が直感として感じた違和感。
「今回、そこの我儘お嬢様が引き起こしてくれた異変…そこで私は沢山の奴らに出会った。
紅魔館の門番、あいつは存在を感じた瞬間に強いと感じたわ。地下図書館の魔法使い、あいつも圧倒的な重圧を放っていた。
そして、そこでご主人様の心配をしてるメイドだって、正直人間とは未だに思えない。たったの一夜で、私はあの館で沢山の化物に出会ったわ」
「あら、化物とはおかしな言い草ね。貴女はそんな化物達を打倒してきたのでしょう?ならば貴女は一体何?」
「私は元々強いから良いのよ。私が言ってるのはあくまで私の知る『他の妖怪』と比べて。
私が会ったそいつ等は誰も彼もがランクの高い化物達で。私も『ああ、これが本当の妖怪なんだな』って思ったわ」
だけど。そう前置きをして、私は視線を後ろへと向ける。そこに居るのは熱中症で倒れたおバカな吸血鬼。
あの夜、私と壮絶な弾幕勝負をしていながら、日常生活ではこんなにも見事な駄目っぷりを見せてくれる不思議な生き物。
紅魔館の主にして、現在、幻想郷中でスカーレット・デビルの二つ名として人妖に恐れられている誇り高き吸血鬼。
「だけど、私はレミリアから、そういうのが全く感じられないのよ。化物の空気っていうか、プレッシャーっていうか、そういうのがさ」
「これはこれは不思議なことを言うのね。貴女は異変解決の夜、あの娘と弾幕を交えたのでしょう?」
「まあ、そうなんだけど…確かにあのときは、『本気でコイツはヤバい』って全身で粟立つ位の何かを感じ取ることが出来たわ。
だけど…最近、よくウチに遊びに来てるコイツからはそういう妖怪の匂いが一切感じられないのよ。同じように傍に居るアンタからは
これ以上ないくらい身体が反応してるっていうのにね」
「へえ…博麗の血を持ってしても、レミリアを掴みきれないと。これは本当にひょっとすると…」
人の話を聞くなりぶつぶつと何か一人言に走る紫。何こいつ、キモ。休日は壁に話しかけたりしてないでしょうね。
会話相手を失い、私は溜息をつきながら、レミリアの方に再度視線を向ける。相変わらずメイドの膝枕の上で目を回してる。
その姿のなんとお間抜けなことか。思い返せば、二度目の邂逅から今に至るまでも、コイツは本当に不思議というか、変な奴だった。
メイドを従えて神社に来るなり、私に向って『お前のことが気に入った』とかなんとか言いだしたのよね。一緒に居た魔理沙なんか腹を抱えて
大笑いしてたし。私?私は呆れて口に咥えてた煎餅を零しちゃったわよ。勿体ないわね。
それで、何でも異変の際に私と弾幕勝負して、自分に勝っちゃった私に興味が湧いたらしく、仲良くなりたいとか。
正直、私はあんまりコイツに興味が無かったから『帰れ』って一蹴しちゃったのよね。そしたら、この吸血鬼、思いっきり涙目になっちゃって。
本人は隠す気満々みたいだったけれど、我慢してるのバレバレで。その顔を一緒に見てた魔理沙が慌てて私の傍に来て、『おい、霊夢。小さな子供相手に大人気ないぜ』
なんて言ってきた。いや、こいつ化物だから。吸血鬼で紅魔館の親玉だからって私が魔理沙に言ったら、魔理沙の奴、本気で目が点になってたわね。
まあ、それでも食い下がってくるもんだから、私の方が折れちゃって。だって、いい加減に面倒だったし、何よりレミリアの後ろでメイドがヤバいくらい
怖い顔で私を睨んでたし。多分あのままレミリア苛めてたら、私のこと殺す気だったわね。あいつ、本当に人間なのかしら。
本当、変な奴だと思う。妖怪のくせに、私なんかに興味を持って、友達になりたいなんて馬鹿かと思う。
おまけに異変以来、私が見続けているレミリアは実にあの夜のレミリアとはまるで別人な姿ばかりで。あの夜のレミリアが
冷酷無比な夜の覇者だとしたら、今私の知るレミリアは手のかかる我儘娘ってところかしら。あの日のレミリアは本当に別人だったんじゃないだろうかと今でも錯覚してしまいそう。
知れば知るほど、レミリアは私の知る妖怪像とはかけ離れていて。本人は頑張って偉そうぶってるけど、肝心のところで押しが弱いからそれが傲慢にも感じなくて。
そんなところが、魔理沙は気に入っているらしい。魔理沙の奴はあれで面倒見がいいから、私のところに遊びに来てはレミリアのことを猫可愛がりしている。
…人間相手に涙目になって、ただの魔法使い相手に猫可愛がりされる吸血鬼。本当、なんなのかしら、コイツ。
けれどまあ…コイツと友達になってからの騒がしい毎日は、そんなに悪くはないと思う。
「暑い暑いっと。よっ、お邪魔するぜ…って、何だ。レミリアにメイドも来てるじゃないか。それに紫も。
…ところで霊夢、なんでレミリアの奴、咲夜の膝の上で魘されてるんだ?」
「熱中症よ。暑いならあれと一緒に水風呂にでも浸かってくれば?」
「ああ、それも悪くないな。あの冷血メイドが許してくれるなら、という条件付きだけどな」
私なんかと友達となりたいなんていう、奇特な奴。魔理沙以外に出来た、私の二人目の友達。
本気で面倒だし鬱陶しいし何だか訳の分からないヘンテコな吸血鬼だけど…こういう日常も悪くないと思う。