それは、小さな小さなお姫様の英雄譚。
とてもとても臆病なおじょうさまが、勇気を振り絞って手に入れた未来。
とてもとても泣き虫なおじょうさまが、みんなと一緒に掴んだ幸せ。
それは何処までも続く果てなき道。みんなと共に、微笑みあって一緒に歩く永き旅路。
うそっこなおじょうさまの物語は終わりを迎え、そこから先は記憶されない夢物語。
一人の女の子と沢山の家族、友達が手をつなぎ合って笑いあう。そんな何気ない日常の夢物語。
小さな小さなお姫様の英雄譚、その終わりを迎えた先の物語。
それは世界を救うことも、世界を滅ぼすこともない、本当に本当にごく普通の女の子の物語なのかもしれません。
歴史上の書物にはきっと掲載されないけれど、少女が何より望み手にした本当の幸せの物語。
そんな夢の続きを、今は少しだけ紐解くことにいたしましょう。
これは、何処にでもいるような、本当に泣き虫で臆病で弱虫で…
それでも、大切なモノは何一つとして譲らなかった、とある一人の女の子の夢物語(アフターストーリー)。
紅魔館の一室に存在する大広間。
その中央に用意された円卓、最後の椅子に私は腰を下ろす。
そして他の席に座ったみんなを一瞥する。私からフラン、パチェ、咲夜、美鈴、萃香、文と時計回りに
ぐるりと一周する席順。みんなの準備が整ったことを確認して開会の言葉を告げる。
「気をつけ!礼!休むな!これから『第一回紅魔館最高委員会』を開催します!」
私の開式の挨拶と同時に、咲夜がみんなに私が用意したペーパーを配布する。
それを皆が受け取ったのを見届けて、私は再び言葉を紡ぐ。
「えー、それでは今回の会議は第一回ということもあり、みんなも勝手が分からないと思うけれど…」
「勝手どころか、そもそも私達は朝食時に『今日の夕方大広間に集合だから!』としかレミィに言われていない訳で」
「ですねえ。まあ、それはそれでこの時間を楽しみにしながら仕事に励めた訳ですが」
私の台詞に、横からパチェや美鈴が次々に口を挟んでくる。
…あれ?そうだっけ?私、何をするか話してなかったっけ?思いっきり首を傾げながら、私は隣のフランに視線を送る。
私の視線に、フランは少し困ったように微笑みながらフルフルと小さく首を横に振る。…拙、私何も説明してなかったわ。
配布する紙の作成を、咲夜に一緒に作るように頼んでたものだから、てっきりみんなに話したものだと思ってた。駄目じゃん、私。
じと目で見てくるパチェの視線が痛い、痛すぎる。くっ、負けるもんか!私はこほんと咳払いを一つして、自分の失態を無かったことにすることにした。
「そ、それも当然よ!だって私、みんなにワザと秘密にしてたんだもん!
第一回の会議をするに当たり、ほら、やっぱり生の意見が訊きたかった訳で!事前に何を話すか知らせちゃうと、色々考えちゃうでしょ?だから…」
「だから?」
「…伝えるの忘れてました。本当にごめんなさい」
「よろしい」
愛すべき親友の視線のプレッシャーに負け、あっさりとばたんきゅーする私。
しかたないじゃないしかたないじゃない、パチェの視線が本当に冷たいんだもん。畜生、あれ絶対私虐めて楽しんでる顔よ。貴女はいつから幽香になったのよ。
まあ、気を取り直して。私は改めてみんなの顔を見ながら、今回の集会について説明する。
「それでは改めて説明するわね。
みんなに集まって貰ったのは、他でもない紅魔館のこれからのことを一緒に話し合いたいのよ」
「紅魔館のこれから…ですか?」
「そうよ、美鈴。幽香の一件から今までの間、館の修復やら
フランのリハビリやら私の筋肉痛とか筋肉痛とか筋肉痛とか筋肉痛とかで落ち着いてお話出来なかったでしょう?」
「あやや、主にレミリアの筋肉痛の事情が妨げになってるわね」
「まさか他人の力を身体に通すことの弊害がこんな形で返ってくるとは思わなかったわ…むしろフランより私のが重傷ってどういうことよ。
フフッ、これこそ最弱の身体を持つ吸血鬼の宿命ね。とりあえず文、貴女が永遠亭に湿布を幾度と取りに行ってくれた優しさ、私は未来に語り継いでいこうと思う」
「いや、そんなこと語り継がれても…ゴシップ記者ならまだしも、湿布記者なんて嫌過ぎるわよ」
本当に嫌そうに表情を顰める文。いや、でも、本当に文のおかげで大分楽になったのよ。
あの日、フランを助ける為、私の身体を供給管替わりにしてみんなの力を大量に受け入れたんだけど、その反動が何故か筋肉痛。意味不明過ぎる。
もうね、辛かった。本当に辛かった。一人で動けないどころかご飯も食べられないし。同じリハビリ仲間のフランにご飯を食べさせて貰っていた始末。
永琳曰く『本来なら妖力方面の形の無い力に影響が出る筈なのに、どうして貴女は筋肉痛になるのか。本当に不思議な娘ね』なんて
不思議生物扱いされるし、お見舞いに来てくれた連中は一人残らず笑って帰るし。あれ、これ本気で泣いていいんじゃない?
フランがものの三日で日常生活を送れるようになった中、私は美鈴や咲夜に日替わりで背負われる日々。…いや、もう忘れよう。こんな日々は忘れてしまおう。
私は悲しい未来にグッデイグッバイマイフレンズして、話題を元に戻す。
「幽香の一件…ええい、まだるっこしいから幽香異変と呼ぶわね。
幽香異変の前と後で、私達の在り方は大きく変貌した…いいえ、違うわね。幽香異変だけじゃない。
紅霧異変から幽香異変までの間に、私達は本当に様々なことが変わってる筈よ」
「それは例えば私達かい?」
「そうよ。例えば、私達には大切な新しい家族が増えた。
萃香に文、二人は私の掛け替えのない大切な友にして、紅魔館の一員。二人のことを私達は言うまでも無く家族だと思ってるわ」
「あはは…なんか恥ずかしいわね、ただ居候してる身には勿体ない言葉と言うか」
私の話に、文は少し照れているのか笑って言葉を返す。
いや、萃香は前からだけど、文も紅魔館に住むようになってくれて私的には本当に嬉しい以外の言葉が無いわ。
心の中で萃香と文に一礼して、私は話を続ける。
「変化は勿論、二人のことだけではないわ。以前から紅魔館に住んでいた私達自身にも大きな変化は沢山あった筈よ。
私にも、フランにも、パチェにも、咲夜にも、美鈴にも。みんなみんな以前とは大きく変わったものがある。そうでしょう?」
「そうだね…お姉様の言う通り、私は以前とは大きく変わった。ううん、生まれ変わることが出来たと言ってもいいのかもしれない。
お姉様とみんなのおかげで私は諦めていた生を…お姉様とみんなと歩むことの出来る未来を手に入れた。
お姉様に『大好き』だと伝えられる今を諦めずに済んだ。私にとって、この数年間は本当に…本当に、大きな変化だったよ」
「…そうね、フランドールに同じよ。私達はようやく『戒め』から解放された。
お父様や、お母様が望んだ紅魔館を取り戻すことが出来た。それは大きな変化…いいえ、新たな未来の始まりなのでしょうね」
「私は…私は人間としてではなく、吸血鬼としての生を選びました。これがきっと私にとって一番の大きな変化なのだと思います。
だけど、そのことに後悔はありません。私は人間としてではなく、妖怪として母様やみんなと一緒に生を歩きたい…これは私が望んだ変化なのですから」
「変化ですか…私はこの身体に流れる呪われた血を自身で認められるようになったことが変化なのかもしれませんね。
永きを憎んだこの龍人の在り方、それをレミリアお嬢様は受けいれて下さった。背中を押して下さったおかげで私は今の自分を誇ることが出来る」
次々にみんなが口にする変化に、私はうんうんと頷いて肯定する。
そうよ、たった二年そこらしか経っていない中で、私達はこんなにも変化が起きたのよ。むしろ激変と言ってもいいくらいなのかもしれない。
満足げに喜ぶ私に、みんなの視線がいつの間にか私に集中する。あれ、何で?あ、そっか、私の変化言ってないか。
こほんと小さく咳払いをし、私は胸を張ってみんなに自分の変化を告げる。
「私の変化は沢山沢山沢山あるわよ!まずフランと以前のような関係に戻ることが出来たこと!いいえ、以前以上の大好きな関係になれた!」
「お姉様…」
「言っていけば切りがないくらい変化してる!友達が沢山増えたこと!萃香と文という家族も増えたこと!
美鈴パチェ咲夜ともっともっと仲良くなれたこと!生まれて初めてお店を持つという経験が出来たこと!
この二年間で私の漫画コレクションが結構増えたこと!お菓子作りのレパートリーも少しずつ増えてること!
とにかく本当に多くの変化があるのよ!そう、この二年という歳月はこんなにも私達を変えてくれたのよ!
私はこの変化に感謝してる!みんなのことを心から大好きだって大切だって守りたいって言えるようになった今を私は誇るわ!だから!」
「だから?」
「私はみんなと一緒に手をつないで一歩目を踏み出したいの!
私を含め、生まれ変わった新しいみんなと一緒に、この幸せな未来への第一歩を!今日はその為の会議なのよ!」
大好きな漫画の話を語るように、私は拳を握りしめて熱弁をふるう。
そんな私に、みんなから送られる拍手達。ありがとうみんな!私の想いがなんとか伝わってくれたようで本当に嬉しいわ。
過去の私達にサヨウナラ、こんにちは、新しい私達。言ってしまえば私達はNEW紅魔館。ブランニューハート、今ここから始まるのよ。
みんなの拍手が鳴りやんだのを確認して、私は咲夜の方に視線を送る。司会進行役を務めてくれてる咲夜は、こくりと頷いてみんなに説明を始める。
「それではこれより『第一回紅魔館最高委員会』を行います。司会進行は私、咲夜・スカーレットが務めさせて頂きますわ」
「へえ、咲夜、アンタはその名を名乗るのかい?それがアンタの選んだ道か」
「はい、萃香様。母様とフラン様にお願いをして、了承を頂きました。
悩み考え…それでもやはり、私はこの道を望みます。私の選ぶ道は、いつまでもスカーレットと共に」
「そっか。うん、良い覚悟だ。レミリア、この娘を大切にしなよ」
「言われなくてもするわよっ!咲夜はいつまでも私の大切な娘なの!」
萃香の茶化しに私はぷんぷんと反論する。それを見て微笑む咲夜。…まあ、咲夜が楽しそうなら萃香を許してあげるわ。
でも、そうよね。咲夜は名実共に私の娘になったのよね。異変が終わって数日後だったかしら。咲夜が私達のところに来て、
スカーレットとなることを願い出た時はびっくりしたなあ。
一応、私も『本当に良いの?本当の両親にいつの日か会ってから決めても遅くはないのよ?』と尋ねたんだけど、咲夜は
首を横に振って『私は何処までも母様の娘です。母様とフラン様の想いには感謝します…けれど、やはり私はこの道を選びたいです。
それに、私の選ぶこの道を…きっともう一人の母様も望んで下さっていると思いますから』と言われたのよね。
はて、もう一人の母様って誰なんだろう。美鈴…は、咲夜にとってお姉さんなのよねえ。
まあ、そんな訳で、咲夜の本気を受け入れた訳。咲夜・スカーレット…うん、咲夜、いつまでも一緒だからね。
お母さん、子離れ出来ない駄目吸血鬼だから覚悟しといてよね。妹離れも出来ない駄目駄目吸血鬼でもあるんだけど。
「それでは本日の会議の流れについて説明します。
まず初めに、母様より『紅魔館の主』についてお話頂きます。次に、『紅魔館の役職、役割』についての話し合いを。
そして『紅魔館住人の要望』として、皆様より意見を頂き、『質疑応答』を持って本日の会議を終了とさせて頂きます」
「咲夜!重要な項目が抜けてるわ!」
「…そうでした、大変失礼いたしました。
『質疑応答』の後、最後に母様より『重大発表』が行われるとのことです。以上ですが、ご質問がなければ早速会議に入りたいと思います」
咲夜の流れるような聞きやすい声に、誰も口を挟むことは無い。
そして、最初の会議項目である『紅魔館の主』について、私からみんなに説明をすることになる。
小さく咳払いを一つして、私はみんなに再び話しかける。
「まず最初に決めておきたいのは『紅魔館の主』について。
これまでは唯のお飾りではあったけれど、私が務めていたわね。…本当にお飾りだけどね!粉飾し過ぎだってレベルだけどね!」
「そんな自虐的にならなくても…というか、紅魔館の主はレミリア以外にないでしょう?
それは新参の私だけの意見じゃなくて、この場のみんなの意見だと私は思ってるけれど」
「ありがとう、文。勿論、この場に来て今更『紅魔館の主なんか嫌じゃー!!全部フランに押し付けて私はケーキ屋さんになる!』なんて
言う訳がないでしょう。ええ、ええ、そんなこと、もう思えるような段階じゃないの」
「何その『以前は常に思ってました』感爆発の台詞は…」
「思ってたのよ!!そのときの私は記憶も無ければ、力が無いこともみんなに必死に隠してたから、
裏でフランやパチェが頑張ってくれてたことすら知らなかったのよ!?そんな私が紅魔館の主に祭り上げられたら、やることなんか一つしかないじゃない!
全てをフランに丸投げして逃亡!本当、一体何度決行を試みては失敗したことか…」
「本当よ。あのときは随分レミィに笑わせ…苦労させられたわ」
「笑わせられたって言った!今パチェ言い直したけど絶対笑わせられたって言ってた!
うぐぐ…ええい!過去のことはもういいってさっき言ったでしょ!大切なのは今!明日って今よ!信じれば夢かnow!
とにかく、紅魔館の主は私なの!私が一番なんだぞー!紅魔館の主だぞー!!さ、賛成の人は挙手!」
ばんばんと机を叩いて議決を取ると、なんとか全員一致で私の再任が決定。
良かったわ、これで不信任なんて出されたら、もう霊夢の家に転がり込んで泣き寝入り決定よ。安堵の息をつきながら、
私は気を取り直して話を続けていく。
「賛成してくれてありがとう。紅魔館の主は私が続けるとして、問題となるのは次の紅魔館の主のことね」
「次の主?」
「そうよ。私はこんなだし、お父様はフランに酷いことを沢山したマダオだけど、それでもスカーレットの血脈は別の意味を持ってる。
正直、私自身は微塵も興味無いけれど、脈々と続くスカーレットを絶やさせるのはよろしくないわ」
「それはつまり、レミリアに『もしも』があったときの為に、フランドールと咲夜のどちらかを次の主にってことかい?」
「そうそう!私だって『もしも』はまだ先のことだと思ってるけれど、それがいつになるのかは分からないでしょ?
だから、そういう意味でも私が主である間に、その辺りのことも決めておこうかと…」
「必要ない」
「へ?」
「そんなの、必要ないよ。お姉様に『もしも』なんて絶対にありえない。認めない」
私の言葉に、変なプレッシャーを発しながら否定するフラン。こ、怖っ!フランが何か久々に怖い!!
え、何、『もしも』があり得ないって何その全否定!?いやいやいやいやいやいや!!それちょっと酷くない!?
た、確かに今すぐ『もしも』が出来るとは思わないわよ?で、でもそんなの分からないじゃない!チャンスがあれば私にだって…
そんなことを考えてると、フランと同様に、咲夜も物凄いプレッシャーを発しながら私の言葉を否定する。
「フラン様に同じです。母様に『もしも』の時など絶対に訪れません」
「ぜ、絶対!?え、ちょ、ちょっと待って、幾らなんでも絶対はちょっと酷過ぎ…」
「お姉様?お姉様は私達をおいていかないよね?ずっと一緒だって約束してくれたものね?」
「はうっ!!!た、確かに約束したけど、でもでも、やっぱりそれと並行して女の子としての自分の幸せも、その…」
「安心して下さい。母様のことは私達が守ります。母様の身を脅かす魔の手、その一切を私達が排してみせますから」
私に近づく人の一切を排除!?それは一体どんなレベルの嫌がらせよ!?
酷い、酷過ぎる…私は思わず机の上に頭からがくりと崩れ落ちてしまった。
うう、フランと咲夜がこんなに反対するんじゃ、私絶対無理じゃない。少女漫画みたいな展開なんて夢また夢物語じゃない。
でも、まさかフラン達がこんなに強硬に反対するとは思わなかったわ。そんなにも『もしも』が嫌だったのかな…
私も女の子だし、紅魔館の主を譲る『もしも』=『素敵な旦那様を見つけて入籍したとき』を少しくらい夢見たって…こ、こうなったら
なんとか旦那様に頭を下げて婿養子入りして貰うしか!あ、でも、なんかフラン達は相手を排除するとか…わ、私の恋人居ない歴は一体いつまで続くのよ…
完全に心折れかけてる私に、変な方向に決意を固めてるフランと咲夜。そんな私達に、パチェが呆れるように言葉を紡ぐ。
「はあ…とりあえず、スカーレットの後継に関する点は私が素案をまとめておくわ。
ま、この件に関してはあまり深く考える必要もないと思うけれど」
「お願いパチェ…何とか二人を納得させて、私の女の子としての未来を…」
「はい、それでは次に移りたいと思います。続きまして『紅魔館の役職、役割』について母様の方より発表いたします」
「紅魔館の役職?それは私達にも与えられるの?」
文の質問に、咲夜は軽く頷いて肯定の意を示す。
そして、咲夜に代わり、私が文を始めとしたみんなに言葉の意図するところの説明を行う。
「役職とか役割とか言うと固く感じるけれど、砕いて言うなら紅魔館内でお願いしたいお仕事みたいな感じかしら?
ほら、文は以前言ってたでしょ?『お世話になるのは本当に感謝してるけど、何もしない状態が続くと申し訳ない』って。
私はそれでも全然問題ないと思うんだけど、やっぱり一緒に住むんだもの。折角なら気持よく毎日を過ごして欲しいじゃない。
だから、文の意見を汲んだ上で、みんなの紅魔館の役職というか仕事を一度整理してみようかなって」
「あやや、まさか私のそんな小さな意見まで聞いてくれるなんて。本当、ありがとうね、レミリア」
「いいのいいの、館に住むみんなの想いを大切にして汲みとるのも主の仕事だもん。
というか、それくらいしか私には出来ないけどね!間違っても二度と幽香みたいな天蓋妖怪とバトルしたりするもんか!嫌でござる!絶対に闘いたくないでござる!」
「言われなくとも戦わせないわよ。それじゃレミィ、発表の方をお願い」
「あ、うん。えっと、まあ私、レミリア・スカーレットは『紅魔館の当主兼月・水・金の食事当番』」
「食事当番…いや、レミリアがそれでいいなら、それでいいんだけど…館の主と食事当番を兼任する吸血鬼って、何か凄いわね…」
「いいじゃないか、レミリアの作る飯は美味いんだからさ」
口々に話し合う文や萃香。いや、だって、私の『紅魔館当主』って立場、殆んどニートみたいなものだし…
本当は毎日の食事当番とお掃除係も担当したかったんだけど、咲夜が絶対駄目って譲らなくて。別に私に譲ってくれてもいいのに。
でも、何とか交渉の末に三日分の食事当番の座は手に入れたからね!料理の腕はお菓子作り以外咲夜に抜かれちゃったけど、これからは
逆にごぼう抜きよ!咲夜が吸血鬼になったことで、世界一の家庭的な吸血鬼の座は奪われちゃったからね。何としても奪還するわよ!
迸る情熱を胸に秘めながら、私は次々にみんなのお仕事というか役割をお話ししてく。
「フランは『紅魔館の副当主』。副と言っても、権限や立場は当主のそれと考えてもらって構わないわ。
…というか、私が当主としての仕事何も出来ないからね!むしろ当主としての仕事はこれまでずっとフランがやってた訳で!
そういう訳でフラン、私は貴女が全てなの。頑張ってフラン、貴女がナンバーワンよ。貴女が真・当主、私がネオ・当主な感じで」
「えっと…ナンバーワンかどうかはともかく、うん、お姉様の為にしっかり頑張るわ」
「咲夜は以前の通り、『メイド兼レミリア護衛役』ね。咲夜には私が担当する日以外の料理や家事を行って貰うわ。
…でも、忙しい時は家事とか全部私に任せてくれていいからね?むしろ私に全部役割を遠慮なくくれてもいいのよ?」
「駄目ですよ、お嬢様。咲夜が困ってますから」
「くう…と、とにかく咲夜、今まで同様のお仕事だけど、本当によろしくね。特に私の護衛役をお願いね!私世界で一番弱いからね!?」
「勿論です。母様を守ることこそ私の役目、この役割だけは誰にも絶対に負けません」
無様な私のお願いにも、真っ直ぐに答えてくれる咲夜。か、格好良い!!くそ、これで咲夜が男の子だったら間違いなく惚れてたわよ!
本当にこんなに立派に成長して…お母さん、本当に感激。言うなれば貴女は私の騎士、守ってナイト、みつめてナイト。
フランといい、咲夜といい、本当にこの娘達はどうしてここまで…そんな優しくしないでどんな顔すればいいの。
このまま喜びに浸り続けたいんだけど、あんまりずっとそうしてるとパチェからまた冷たい視線が飛んできそうだから、この辺で切り上げておこう、うん。
「美鈴も今まで通り、『門番兼庭師』ね。門番と言うか、最近は本当に来客応対が主な仕事なんだけど、お願いね美鈴。
勿論、四六時中門前にいなくても大丈夫だからね?小まめな休憩と水分補給は大切だし、あまり無理だけは…」
「あはは、ありがとうございます。勿論、分かっていますよ。この館の門は私にお任せ下さいな。
紅魔館の門は私とレミリアお嬢様の大切な場所ですからね、駄目だと言われてもこの場所だけは譲れません」
「そう言って貰えると嬉しいわ。そして次にパチェなんだけど…あ、あのね、パチェ、少しだけ言いにくいんだけど、その…」
「…どうせ頭を使う系の仕事を全て私に回しているんでしょう?別に気にしないから、私の仕事を教えて頂戴」
「うう、ごめんねパチェ…パチェには『紅魔館の資産運営』とか管理とか諸々の頭脳仕事を全部お願いしたいの。
本当は私達も均等に割り振らなきゃって思ったんだけど…」
「いいわよ、以前から私が担当しているし、そんなに大変なことでもないから。
でも、そうね。折角レミィが自分の意思で紅魔館の主になったんだもの、その辺もゆっくり学んで貰おうかしらね」
「あ、あんまり厳しくしないでね?私本当にアホだから難しいことはあんまり頭に入らなくて…」
「大丈夫よ、厳しくなんてしないから。ゆっくり、一歩ずつ学んでいきましょう。そう、少しずつ…ね」
パチェに将来の勉強の約束を取り交わしながら、私は次に萃香と文の方へと視線を向ける。
そうすると、二人から返ってくるのは期待の視線。う…何でこんなに期待されてるのよ。
これじゃまるで『レミリア・スカーレットはこの私をどんな風に使ってくれるのか』と期待してるみたいじゃない。いやいやいやいや!
私にそんな現場経営力なんて微塵もないから!私はそんな勝つ為の経営戦略なんて知らないから!
二人の期待に思いっきり心の中で土下座をしながら、私は二人にお願いしたい仕事の話を続ける。
「まず萃香なんだけど、萃香には咲夜の鍛錬とフランのリハビリの手伝いをお願いしたいの」
「鍛錬とリハビリかい?」
「ええ、そうよ。これは咲夜とフラン、それぞれから希望があったから意見を取り入れてみたんだけどね。
まず咲夜の方は、幽香レベルの妖怪と戦う機会が欲しいらしくて。私にしてみれば考えるだけで土下座して逃げ出したいレベルの要求だけど。
次にフランの方は、病み上がりということで、ちょっと無理をしても自分の力を受け止められるくらいの相手と模擬戦をして
自分の力加減を調整したいんですって。えっと、これまた私からしてみれば全然理解出来そうにない戦闘民族な台詞にしか聞こえないんだけど」
「レミィ、貴女自分が弱いことを隠す必要がなくなってから、本当に素敵なまでにヘタレ台詞のオンパレードね」
「当たり前でしょう!もう『うそっこ』な私はあの日でお別れなの!今の私は自分の弱さを前面に押し出して生きていくことを決めてるのよ!
もし、また『自分は強いです』なんてうそっこしてトラブルに巻き込まれたらどうするの!?
どんなにヘタレと呼ばれようと、どんなに無様だと笑われようと、それでも…それでも守りたい世界があるんだ!!」
「か、格好良いのか悪いのか判断に困る台詞ね…レミリアってホントに『リア』と全然変わらないのね」
「にゃはは、まあ構わないだろ。レミリアがいざって時に誰より勇ある者ってのは分かってるんだから。
それより、咲夜とフランドールの手合わせだったね。良いよ、引き受けてやるよ」
「本当!?ありがとう、萃香!」
「いいっていいって。昔のこいつ等ならともかく、今のフランドールも咲夜も実に将来が楽しみな存在だからね。
それに、いつか来る日に備えて『同じ吸血鬼』相手に手合わせするのも悪くは無い。ま、私が二人をしっかり受け止めてやるさ」
「ありがとうございます、萃香様」
「ありがとう、萃香」
「ふふん、けれど覚悟しときなよ?鬼の扱きは厳しいよ。星熊の奴じゃないが、駄目になるまでついてきてもらおうか。
ところで、レミリアに文も一緒に鍛錬してみてはどうだい?アンタ達も私が容赦なく鍛えて…」
「「お断りします( ゚ω゚ )」」
断 固 拒 否。萃香の言葉に、私と文は全身全霊を持ってお断りをする。
このおバカ萃香!私はさっきトラブルに巻き込まれたくないって言ったばかりじゃない!私は安全に安全に毎日を過ごしたいのよ!
それを毎日毎日萃香と鍛錬だなんて…もうあんな目になんて二度とあってたまるか!(※萃香の鬼退治参照)また骨折とかマジ勘弁!
心の底から残念そうにしている萃香を見なかったことにして、最後の一人となった文にお仕事の内容を伝える。
「最後に文なんだけど、文にはお買いもの係をお願いしたいのよ。
以前までは咲夜のお仕事だったんだけど、咲夜の仕事が沢山増えてしまって、ちょっと一人では大変かなって」
「それに、今の紅魔館は私や萃香様と人数も大所帯になってきてるし、買い物の量も自然に増えそうね。
ええ、問題ないわ。なんだったら、買い物だけじゃなくて、手紙の郵送やちょっとした連絡係も引き受けるわよ?」
「いいの?でも、それだと今度は文が大変になっちゃいそうで」
「いいわよ、それくらい。館に住ませて貰ってるわ、凄く大きな一室与えて貰ってるわ、新聞づくりが好きに出来るわ、
おまけに給金まで出してくれるわ…これだけの待遇だもの、何もしない方が返って気にするのよ。
それに他ならぬレミリアの為なら、それくらいはね」
「ありがとう、文!それじゃ、文のお仕事にさっきの内容も加えさせて貰うわね」
私の言葉に対応して、咲夜は手元の資料に文の仕事内容を書き足していく。
本当、みんな申し訳なくなるくらい働き者ね。私は家事とかそういうのは大好きなんだけど、それ以外だと漫画読んだりして
ゴロゴロしてるだけだからなあ…だ、大丈夫。こんな私でもきっと貰ってくれる男の人は存在する筈だもん。
でも、文への話が終わったので、これにてみんなの仕事の説明は終了。不満とか絶対あるだろうから、いつでも対応する気持ちで
臨んだんだけど、まさかの不満ゼロ。みんな本当に凄いわね…私は咲夜やフランと手合わせとか言われたら遺書書くわ絶対。
役割や仕事の話が終わったことを確認し、咲夜は次の内容へと話を進める。次は確か、みんなの要望だっけ。
「続きまして、『紅魔館住人の要望』に移りたいと思います。
ここでは、紅魔館当主である母様がよりよき紅魔館生活を皆様に提供する為にも、皆様の要望をお聞きしたいとのことです」
「…という訳。やっぱり何事も日々改善が大事だからね、みんなの紅魔館生活での希望とか要望をどんどん取り入れていきたいと思うのよ。
家族として一緒に住むんだもの、やっぱりみんなが楽しく笑いあえる素敵なお家にしたいというのが私の気持ち」
「紅魔館って私の知る限りじゃ悪魔の棲む恐怖の館って呼ばれてたと思うんだけどね…」
「そんな館に誰がするかー!いい、文!これからの紅魔館は誰もがスマイルスマイル楽しいことならいっぱい夢見ることならめいっぱいの
幻想郷一の幸せハウスにすることが私の目標なのよ!間違っても血塗られてるとか悪魔が棲むとかそういうのとは無縁なの!」
「いや、確かに悪魔は住んでないけれど吸血鬼はしっかり住んでる訳で…」
「みんなで協力、みんなで幸せ!さあ、みんな!そんな私達の輝かしい未来の為に何か要望はないかしら!?
何でも良いのよ!?どんな希望提案千客万来ばっちこいよ!ただし萃香、貴女の『レミリアと戦いたい』は駄目!」
「にゃはは、今は我慢しておくよ。今は、ね」
「今はとか言うなああああ!!!お願いだからフランとの全開バトルぶつけあって燃え尽きて最高になって頂戴!」
ぎゃあぎゃあと悲鳴をあげる私と笑う萃香。ううう、この娘絶対私との再戦を諦めてないじゃない!
だ、大丈夫。萃香とのバトルは遠い遠い先の未来のことの筈だから。というか今の私が戦ったところで一体誰に勝てると言うのよ!
今の私がどれだけスカーレットデビル(笑)なのかは萃香も知ってるでしょうに…そんな風に萃香と意見を交わし合っていると、
今まで沈黙を保っていたパチェの手がすっと上がる。おお、良いわよパチェ、何でも言って頂戴!
「私の個人的な要望…というか、報告なのだけれど。もう少ししたら、悪魔召喚および契約を取り交わそうと思ってるわ」
「悪魔召喚?え、何、どういう理由でまた悪魔召喚?」
「図書館の司書が欲しいのよ。これまでは図書館はレミィを、ひいては紅魔館を守る為の知識の貯蔵庫として活用していたけれど、
今のレミィや紅魔館にそれらはもう必要ないでしょう?フランドールと二人で暗躍をしたり計画を練ることもないわ。
だから、これからは本当の意味で自分の趣味の為に使っていこうと思ってる。その為にも、広大な図書館を管理する司書が欲しいのよ」
「司書ねえ…うん、パチェが良いなら良いと思うけれど、悪魔召喚でしょ?やっぱり悪魔って、その、悪魔なんでしょ?
大丈夫?いきなり私に襲いかかってきたりしない?喧嘩腰だったりしない?土下座すれば許してくれる許容力を持ってる?」
「大丈夫よ、お姉様。そんな悪魔はお姉様に触れる前にこの私が殺すから。肢体を引き裂いてゆっくり殺しつくしてあげるから」
「ふ、フラン…貴女そんな可愛い笑顔でそんな残酷な台詞を…と、とにかくパチェ、悪魔ってその、どんなのが来るの?
パチェのすることに反対なんてするつもりはないけれど、超残酷悪魔超人とか来られたら、本当に困るんだけど…」
「さあ、どんなのが来るかまでは分からないわね。媒体無しの私の魔力だけに依った悪魔召喚だから、術者の力量に依存した存在が来ると思うけれど」
「そ、そんなの絶対最強無敵悪魔たんが来るじゃない!?パチェって魔法使いでも世界で五指に入る実力者なんでしょ!?それを貴女…」
そこまで考え、私は悪魔が来たときの妄想を高速演算でシミュレートする。
きっとパチェの性別が女だから、女がくるでしょうね。そして性格は悪魔だから残忍狡猾、きっと他者を見下すような悪魔よ。
どんな風に私に接してくるのかちょっと想像してみると…
(ええ?貴女が紅魔館の主なんですかあ?ぷぷっ、こんなちんちくりんなのが当主様(爆笑)とか死んで生まれ変わった方がいいですよお?)
(レミリア様ー、ちょっと喉が渇いたんで紅茶淹れて下さいよお。あ?何反論してんの?さっさと淹れろっつってんだよチビスケが)
(レミリア様って何かそこら辺の連中とは匂い違いますよねー。雑魚っていうかクズっていうかー、もっとはっきり言うと死んだ方がいいっていうかー)
(えーマジ恋人いない歴五百年オーバー!?きもーい!!彼氏無しが許されるのは百歳までだよねー!!キャハハハハハ!!)
「も、もう駄目だ…おしまいだあ…伝説の悪魔に勝てる訳がない…」
「どんな変な妄想をして凹んでるのかは知らないけれど、少なくともレミィに害を為すような奴を呼ぶつもりはないから安心なさい」
「というか、凄い凹みっぷりね…一体レミリアはどんな想像をしたのよ…」
パチェの言葉を信じることにして、悪魔召喚の要望の件は咲夜の書類に書き加えられる。
お願いだから私を虐めるような悪魔召喚は止めて本当に止めて。私心が滅茶苦茶脆いから虐められると絶対にすぐ泣いちゃうからイヤマジで。
他の人にも要望とかないか聞いてみたんだけど、とりあえず今は無くて出てきたら追々伝えていくとのこと。みんな本当に欲が無いのね…
あ、ちなみに私はパチェの図書館に漫画を入荷して欲しいって美鈴共々直訴したんだけど却下されたわ。くききー!パチェのあほ!漫画の何がいけないのよ!
そして、最後に質疑応答に移ったんだけど、これまた質問無し。まあ、質問必要な議題でも無かったからね、今日のは。
「それでは『質疑応答』の時間を終了します。最後に、母様より『重大発表』を持って会議を終えたいと思います。母様、お願いします」
咲夜に促され、私は待ってましたとばかりに胸を張ってその場に立ち上がる。
そして集まるみんなの視線。う…な、なんかこんな風に見つめられると、ちょこっと言うの恥ずかしくなってきた。
「え、えと…その、えっとね。今日はみんなにその…私から、重大発表があって…」
「そうね、その件が冒頭からずっと気になっていたのよね。それでレミィ、貴女は一体何を発表してくれるの?」
「う、うん…あの、みんな驚かないで欲しいんだけど…その、えっと…」
いざ言おうとなると、恥ずかしくてついモジモジして言い淀んでしまう私。
ううー…べ、別に恥ずかしいことでもなんでもない普通のことなんだけど、なんかやっぱり改めて言うとなると凄く恥ずかしい!
頑張れ私!勇気を出してみんなに伝えるのよ!さあ飛べ!勇気を出して空を飛ぶのよ私!みんなに向かってフライハイ!
意を決し、私はみんなに向かって大切な発表を行う。
「その…も、戻ってるの…」
「戻ってる?一体何がですか?」
「私の…その…よ、妖気が…ほ、本当にちょこっと何だけど…戻ってきてるの…」
「「「「「――え」」」」」」
私の言葉に、驚愕とか呆然とかそんなものを通り越した表情を浮かべるフラン、パチェ、美鈴、咲夜、文。
唯一人驚きを見せない萃香は楽しそうに笑うだけ。あれ、もしかして萃香、このこと知ってたの…?
やがて間をおいて、みんなが意識を取り戻したかと思ったら、次に取った行動は私への強襲。え、嘘、ちょ、おま…
「パチュリー!!」
「…本当に増えてる。僅かに、本当に僅かになのだけれど、レミィの妖気の量が増加してる。
確かにフランドールへ力を供給する理由は無くなったけれど、一体どうして…」
「そんなことはどうでもいいよ!戻るんだね!?お姉様は昔のように自分の力を取り戻せるんだね!?」
「ええ…時間はかかるでしょうけれど、それだけは間違いないわ。レミィは必ず、吸血鬼としての力を取り戻す」
「――お姉様っ!!!」
「ふぎゃっ!!」
感極まったらしく、フランは目尻に涙を貯めて私に飛びついてきた。
フランを支えきれるほどの力なんて私に在る筈もなく、無様に押しつぶされる私。そんな私の胸の中で泣くフラン。
…そうよね、フランは私の力が自分のせいで失われたって気にしてたもんね。そんな負い目が失われたことに安堵して、
私はフランの頭を優しく撫でつづけてあげる。やがてみんなが落ち着きを取り戻した後に、萃香が事情を説明する。
「紫のおかげだよ。フランドールを救う術式の中で、紫の奴がレミリアからフランドールへの供給通路を断ち切ったんだとさ。
だから感謝なら紫の奴にしなよ。少なくとも私は人生で一番紫の奴に感謝したね」
「紫が…もう、本当に紫ったらいつでも格好良過ぎるのよ。今度会ったら、お礼にお礼を重ねたフルコースを堪能して貰うんだから」
「でも、おめでとうございますレミリアお嬢様。これで時間が経てば、レミリアお嬢様は私達の知らない昔のお嬢様の力を取り戻せるのですね」
「うん、ありがとう美鈴。ただ、その…ね?私、力をちょこっとずつ取り戻してはいるものの、力の使い方を忘れちゃって…」
私の言葉に、誰も彼もが『何言ってんだコイツ』的な視線になる。
だ、だって仕方ないじゃない!こちとら四百年くらい力使ってなかったのよ!?人間でいえば二十歳の人が四歳の頃に学んだ
教科書の内容を覚えているかどうかってレベルなのよ!?自転車の乗り方を体で覚えるとかそういうのじゃないのよ!!
そもそも、昔の私のままだったら、性格がこんな風な訳がないし。昔の私より、今の私の方がやっぱりレミリアの基礎基盤になっちゃってるのよ。
何とか必死に必死に思いだしてグングニルの出し方だけは思い出せたんだけど、そのグングニルも『ぐにょんぐにる』状態だし…
つまり今の私は水に浸かることは出来るものの、泳ぐことも何も出来ないスタートスイマー。そういう訳で、誰か私に力の使い方を
教えて欲しいなー…なんて言おうとしたんだけど、そのとき何故かみんなが互いに互いを睨み合ってて。え、嘘、何事?
「…お姉様には私が直接指導をするわ。同じ吸血鬼、同じ力を持つ者、当たり前のことでしょう?」
「馬鹿ね、貴女は実践的過ぎてレミィがついていけないわ。まずレミィには私が基礎的な知識関係から授業を始めるわ」
「いえいえ、必要なのは基礎的な身体の使い方からです。知識や妖力はその後でも何も問題はありません」
「え?え?え?あ、いや、別に私は強くなりたい訳でもなんでもなくて…ただその、折角力を取り戻すなら、少しくらい力を使えるように
なってみたいかなあ、てへり…なーんて感じを味わってみたいだけだったり…」
「パチュリーも美鈴も仕事が忙しいでしょう?余計な負担を背負う暇があるなら、お姉様に命じられた仕事をしなさいよ」
「それは貴女とて同じでしょう?レミィの為に時間なら作ってあげられるから、余計な気遣いは不要よ」
「右に同じです。レミリアお嬢様は力に触れたばかり、言わば黒にも白にも染まる本当に大切な時期なんです。
その時間の中で基本に触れないでどうするんですか。何と言われようと、お嬢様には私が直接指導します」
「あ、あのね、お願いだから私の話にも耳をちょーっとだけ、ね?」
「――へえ?逆らうんだ、私に」
「逆らうわよ。私と貴女の関係は以前とは違うでしょう?」
「いいですね、力を示して誰がお嬢様の指導役に相応しいか決めるのも悪くはありません…本気で行くわよ?フランドール、パチュリー」
あ、あかん…もう何やねん幻想郷…なんで誰も彼もバトルジャンキーやねん…
ちょこっと力の使い方が知りたかっただけで、何で『レミリア争奪戦INニュー紅魔館』が勃発してるのよ。しかも商品が
へっぽこぷーな私なのよ?一体どこの酔狂がこんなバトルに参戦するのよ…あ、ここに三人ほどアホの娘がいた。
口論を始めた三人を余所に、机に力なくへたり込む私。もういいわよ、好きにすればいいじゃない!勝者が私を好きなようにすればいいじゃない!
そんな風にいじけてる私に、苦笑交じりで文が私に言葉を紡ぐ。
「愛され過ぎるってのも大変ね、レミリア。貴女の能力、今日から『みんなに愛される程度の能力』にでもしたら?」
「お断りよ…そんなハプニングばかりに巻き込まれそうな能力なんて絶対お断りよ…ああ、不幸だわ…今なら私の右手で誰でもOSEKKYOUできそう…」
「いやいや、面白い連中じゃないか。どいつもこいつもレミリアが好きで真剣に考えてくれてるから、ああやって熱を帯びてるのさ。
何、なんだったら私が直接レミリアを鍛えてあげても…」
「勘弁して頂戴!!!うえええええーーーん!!さくやーーー!!!さくやーーーー!!!」
私にとって絶対味方である咲夜に私は泣きつく。母親の立場台無し?格好悪い?そんなの知るかー!!もう知らない!!全部知らないわよ畜生!!
結局、三人の口論は泣きついた私を見て怒りゲージマックスになった咲夜の仲裁が入るまで続くことになる。咲夜、怒らせたら本当に怖いのね…気をつけよう、うん。
騒がしさ、賑やかさが更に勢いを増して加速し続ける紅魔館。それが私達のお家。
こんな家を、家族を、そして幻想郷を私は心から愛してる。こんな日常がいつまでも本当に続けばいいと心から思う。
やっと手に入れた幸せ。フランと、みんなと何処までも一緒に歩いてゆけるこんな毎日が、私は大好きなんだから。