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No.13774の一覧
[0] うそっこおぜうさま(東方project ちょこっと勘違いモノ)[にゃお](2011/12/04 20:19)
[1] 嘘つき紅魔郷 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:52)
[2] 嘘つき紅魔郷 その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[3] 嘘つき紅魔郷 その三 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[4] 嘘つき紅魔郷 エピローグ (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[5] 嘘つき紅魔郷 裏その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[6] 嘘つき紅魔郷 裏その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:55)
[7] 幕間 その1 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:11)
[8] 嘘つき妖々夢 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:24)
[9] 嘘つき妖々夢 その二[にゃお](2009/11/14 20:19)
[10] 嘘つき妖々夢 その三[にゃお](2009/11/15 17:35)
[11] 嘘つき妖々夢 その四[にゃお](2010/05/05 20:02)
[12] 嘘つき妖々夢 その五[にゃお](2009/11/21 00:15)
[13] 嘘つき妖々夢 その六[にゃお](2009/11/21 00:58)
[14] 嘘つき妖々夢 その七[にゃお](2009/11/22 15:48)
[15] 嘘つき妖々夢 その八[にゃお](2009/11/23 03:39)
[16] 嘘つき妖々夢 その九[にゃお](2009/11/25 03:12)
[17] 嘘つき妖々夢 エピローグ[にゃお](2009/11/29 08:07)
[18] 追想 ~十六夜咲夜~[にゃお](2009/11/29 08:22)
[19] 幕間 その2[にゃお](2009/12/06 05:32)
[20] 嘘つき萃夢想 その一[にゃお](2009/12/06 05:58)
[21] 嘘つき萃夢想 その二[にゃお](2010/02/14 01:21)
[22] 嘘つき萃夢想 その三[にゃお](2009/12/18 02:51)
[23] 嘘つき萃夢想 その四[にゃお](2009/12/27 02:47)
[24] 嘘つき萃夢想 その五[にゃお](2010/01/24 09:32)
[25] 嘘つき萃夢想 その六[にゃお](2010/01/26 01:05)
[26] 嘘つき萃夢想 その七[にゃお](2010/01/26 01:06)
[27] 嘘つき萃夢想 エピローグ[にゃお](2010/03/01 03:17)
[28] 幕間 その3[にゃお](2010/02/14 01:20)
[29] 幕間 その4[にゃお](2010/02/14 01:36)
[30] 追想 ~紅美鈴~[にゃお](2010/05/05 20:03)
[31] 嘘つき永夜抄 その一[にゃお](2010/04/25 11:49)
[32] 嘘つき永夜抄 その二[にゃお](2010/03/09 05:54)
[33] 嘘つき永夜抄 その三[にゃお](2010/05/04 05:34)
[34] 嘘つき永夜抄 その四[にゃお](2010/05/05 20:01)
[35] 嘘つき永夜抄 その五[にゃお](2010/05/05 20:43)
[36] 嘘つき永夜抄 その六[にゃお](2010/09/05 05:17)
[37] 嘘つき永夜抄 その七[にゃお](2010/09/05 05:31)
[38] 追想 ~パチュリー・ノーレッジ~[にゃお](2010/09/10 06:29)
[39] 嘘つき永夜抄 その八[にゃお](2010/10/11 00:05)
[40] 嘘つき永夜抄 その九[にゃお](2010/10/11 00:18)
[41] 嘘つき永夜抄 その十[にゃお](2010/10/12 02:34)
[42] 嘘つき永夜抄 その十一[にゃお](2010/10/17 02:09)
[43] 嘘つき永夜抄 その十二[にゃお](2010/10/24 02:53)
[44] 嘘つき永夜抄 その十三[にゃお](2010/11/01 05:34)
[45] 嘘つき永夜抄 その十四[にゃお](2010/11/07 09:50)
[46] 嘘つき永夜抄 エピローグ[にゃお](2010/11/14 02:57)
[47] 幕間 その5[にゃお](2010/11/14 02:50)
[48] 幕間 その6(文章追加12/11)[にゃお](2010/12/20 00:38)
[49] 幕間 その7[にゃお](2010/12/13 03:42)
[50] 幕間 その8[にゃお](2010/12/23 09:00)
[51] 嘘つき花映塚 その一[にゃお](2010/12/23 09:00)
[52] 嘘つき花映塚 その二[にゃお](2010/12/23 08:57)
[53] 嘘つき花映塚 その三[にゃお](2010/12/25 14:02)
[54] 嘘つき花映塚 その四[にゃお](2010/12/27 03:22)
[55] 嘘つき花映塚 その五[にゃお](2011/01/04 00:45)
[56] 嘘つき花映塚 その六(文章追加 2/13)[にゃお](2011/02/20 04:44)
[57] 追想 ~フランドール・スカーレット~[にゃお](2011/02/13 22:53)
[58] 嘘つき花映塚 その七[にゃお](2011/02/20 04:47)
[59] 嘘つき花映塚 その八[にゃお](2011/02/20 04:53)
[60] 嘘つき花映塚 その九[にゃお](2011/03/08 19:20)
[61] 嘘つき花映塚 その十[にゃお](2011/03/11 02:48)
[62] 嘘つき花映塚 その十一[にゃお](2011/03/21 00:22)
[63] 嘘つき花映塚 その十二[にゃお](2011/03/25 02:11)
[64] 嘘つき花映塚 その十三[にゃお](2012/01/02 23:11)
[65] エピローグ ~うそっこおぜうさま~[にゃお](2012/01/02 23:11)
[66] あとがき[にゃお](2011/03/25 02:23)
[67] 人物紹介とかそういうのを簡単に[にゃお](2011/03/25 02:26)
[68] 後日談 その1 ~紅魔館の新たな一歩~[にゃお](2011/05/29 22:24)
[69] 後日談 その2 ~博麗神社での取り決めごと~[にゃお](2011/06/09 11:51)
[70] 後日談 その3 ~幻想郷縁起~[にゃお](2011/06/11 02:47)
[71] 嘘つき風神録 その一[にゃお](2012/01/02 23:07)
[72] 嘘つき風神録 その二[にゃお](2011/12/04 20:25)
[73] 嘘つき風神録 その三[にゃお](2011/12/12 19:05)
[74] 嘘つき風神録 その四[にゃお](2012/01/02 23:06)
[75] 嘘つき風神録 その五[にゃお](2012/01/02 23:22)
[76] 嘘つき風神録 その六[にゃお](2012/01/03 16:50)
[77] 嘘つき風神録 その七[にゃお](2012/01/05 16:15)
[78] 嘘つき風神録 その八[にゃお](2012/01/08 17:04)
[79] 嘘つき風神録 その九[にゃお](2012/01/22 11:18)
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[13774] 嘘つき花映塚 その十三
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/01/02 23:11





 世界と世界の境界線。幻想郷と外界との狭間…それは決して常人では触れることすら叶わぬ領域。
 神にも覗くことが出来ない空間、狭間の世界にて女性は境界を操る。
 うねりさざめく歪な世界の中で、女性は意識を集中させて何かを探し続ける。
 それを続けること数時間…やがて女性は目的の人物を探し当て、隙間を使うことにより、その人物を狭間の世界から幻想郷へと引き上げる。
 狭間の世界に囚われていた人物――八雲紫は、自身を救助してくれた相手、八雲藍に笑みを零しながら冗談を告げる。

「見事ね。それだけ境界を操れるのなら、私も安心して引退出来るというものよ。大きくなったわね、藍」
「それだけ冗談が言えるなら、心配は不要とは存じてますが――御身が無事でなによりです、紫様」
「無事なのは貴女達のおかげよ。貴女達が風見幽香を倒してくれたから、私の命はまだ続いている」
「…やはり、その身を犠牲にするおつもりでしたか。口惜しいですが、確かに風見幽香を抑えるには…」
「そう、風見幽香は私達では倒せなかった。だから私が命を捨てて、風見幽香を異空間に閉じ込める…それが本来の運命だった。
それでも風見幽香を封じ込められる可能性は極めて低い。だから最悪の場合、貴女と博麗の巫女を生かして幻想郷ごと
彼女を殺す策まで考えていたのだけれど…本当、無駄になっちゃったわね。感謝しなければいけないわ、私の大切なお友達に」

 軽く息をつき、紫は空を眺める。
 空は依然暗闇に溶けたまま。しかしそれは幽香の巻き起こした暗雲のせいではなく、ただ単に今が深夜である為。
 レミリア達が幽香を打倒してから、数時間の時が流れている。空を眺めながら、紫は藍に訊ねかける。

「藍、状況報告をお願い」
「はい。風見幽香を打倒した後、フランドール・スカーレットの容体が急変いたしました。
彼女を紅魔館に連れ込み、八意永琳を始めとして数人の手により処置が施されましたが…」
「…無駄でしょうね。フランドールの身体は、狂気は最早『普通の一手』ではどうしようもない状態の筈」
「仰る通りです。尽力を尽くしたものの、八意永琳が言うには…夜明けまで、と。
現在、この戦場に集ってくれた他の者達は紅魔館に滞在しています」

 藍の説明に、紫は空を眺める視線を切り、身体を藍の方へと向ける。
 そして、十分だとばかりに藍の言葉を止め、紫はそっと言葉を紡ぐ。

「藍、境界の力を今一度私に。貴女は他の者を集めておきなさい」
「紫様…」
「――力になってあげないとね。ここまで頑張ってきたあの娘が、最後の最後まで笑っていられるように…ね」

















 紅魔館のテラス。
 その場所に少女――レミリアは誰と共に在るでもなく一人で佇んでいた。
 妹の死を永琳に宣告され、レミリアはそれからの時間を一人この場所で過ごしていた。
 他の者が傍にいようと心遣いを見せたが、レミリアはそれを拒んだ。だが、それは決してレミリアが心弱り拒絶した為ではない。
 少女の瞳には意志の力がまだ灯っている。決して負けない、諦めない少女の炎が宿っていた。だからこそ、他の者はレミリアの言葉を受け入れた。
 テラスで夜の風に当たりながら、レミリアは一人考え続けていた。これから自分のすべきこと、何をすれば正解なのかを。
 そんなレミリアに、背後から声をかける者が一人。

「一人で寒さの残る春風を受けていると、風邪をひいてしまうわよ?」
「…紫」

 姿を現した紫に、レミリアは驚いたような表情を一瞬浮かべる。
 そして、小走り気味に紫の方へ駆け寄り、真っ直ぐに紫の身体に抱きついた。そんなレミリアに、紫は困ったように微笑む。

「よかった…紫が無事で、本当によかった…
萃香から聞いてたわ…紫がとんでもない無茶をしたって…もしかしたら、二度と会えないかもしれないって…」
「…私が無事なのは、貴女のおかげよ、レミリア。
ありがとう、私の小さなお友達。貴女のおかげで、私はまだ愛する幻想郷の未来を見守り続けることが出来るわ」
「礼を言うのは私の方よ…紫が力を貸してくれたから、みんなを、家族を助けることが出来た。本当にありがとう、紫…」

 子供のようにぎゅっと強く抱きしめてくるレミリアに、紫は優しく頭を撫でながら応えるだけ。
 やがて、レミリアが紫からそっと離れたのをきっかけに、紫はレミリアに訊ねかける。

「風見幽香も紅魔館に連れ込んだそうね。藍から話は聞いてるわ。
殺されそうになった相手を自分の城に連れ込むなんて驚きを通り越して呆れすら出てしまいそうよ」
「言わないでよ…みんなから散々お叱りの言葉は受けてるんだから。
幽香は紅魔館のベッドで気を失ったままよ。多分、数日後には意識が戻るだろうって永琳が言ってた」
「幾ら一度倒したとはいえ、風見幽香は未だ世界を滅ぼす力を持っていることは事実よ。異界とのつながりも回復しているでしょう。
もし、風見幽香が復調してしまえば私達は今度こそ為すすべなく滅ぼされるわよ?それならば今…」
「…紫、幽香はそんなことしないわ。それは誇り高き妖怪の代表である貴女の方がよく理解してるでしょう?
幽香は人一倍プライド高くて頑固だから、そういう行動は幽香自身が許さないと思う」
「返す言葉も無いわね。まあ、貴女がそう言うのならきっとそうなんでしょう。風見幽香の件はひとまず置いておきましょうか」

 軽く息をつき、紫は再びレミリアに対して口を開く。

「フランドールのことも、話は聞いているわ。夜明けを待つことすら難しいそうね」

 紫の言葉に、レミリアは小さく頷いて肯定する。
 そのレミリアに、紫は誰もが口に出来なかった言葉を容赦なく並べ立てていく。

「フランドールを救う道、それは最早片手で数えることすら難しいわ。
一番速くて簡単なのは、彼女を解放してあげること」
「それは…」
「あの娘は誰よりも運命に抗い続けた。その命を幾度と削り、大切な者の為に走り続けた。
その姿には敬意を表するし、ある種において美しさすら感じさせる…だけど、最早あの娘の蝋の翼は溶けてしまっている。
翼を失った鳥は大空を羽ばたけない…ならば、あの娘を苦痛から解放してやるのがせめてもの愛情ではなくて?
貴女が出来ないというのなら、代わりに私が実行してあげるわよ。フランドールも私の大切な友、彼女の誇りは私が護ってあげるつもりよ」

 紫の提案はつまるところ、フランドールを殺すことだった。
 フランドールを縛る狂気から解放すること、誇り高き彼女を狂気などに殺させたりしないこと。それが紫の言うもっとも楽な救う道。
 彼女の提案に、レミリアは少しばかり思考した後、そっと言葉を紡ぐ。

「…ありがとう、紫。貴女は優しいわね。
本当なら、誰もが気づいてるその答えを、貴女は私に責められることを承知の上で提言してくれた」

 くすりと微笑んで、レミリアは優しく告げる。
 内心を読まれ、不意を突かれた紫はまいったとばかりに両手を上げて降参の意を示す。そんな紫にレミリアは言葉を続ける。

「でも…やっぱり駄目よ、紫。フランが死ぬ未来なんて、私には絶対に選べない。
子供だと分かってる。諦めが悪いと分かってる。でも…それでも私は絶対に嫌。フランがいない世界なんて、絶対に認められない。
フランは私の為に、沢山のモノを犠牲にしてきたわ…そのフランが、報われない救われない世界なんて…私は嫌なのよ」

 少女知っている。大切な妹が誰の為に己の命を費やしてきたのか、その真実を知っている。
 愛する妹の命の価値、それは最早切って捨てるなどレミリアには出来なかった。諦めたくない、諦められない。
 そんなレミリアに、紫は予想通りだというように微笑み、次案を提示する。

「ならば、貴女の選ぶ道はフランドールを生かすことで救う道。
その選択肢を選ぶなら、何より手堅いのは一度辿った道を引き返すこと。
貴女には、過去にフランドールを狂気から救った過去がある。かつての貴女は幼かった為、半端な結果となってしまった。
だけど、今の貴女ならもしかしたらフランドールを救えるかもしれないわよ?――その命を捨てるなら、もしかしたら…ね」

 紫の告げる選択――それはレミリアがかつてフランドールを救う為に使用した禁術。
 かつてレミリアはフランドールの狂気を封じ込める為に、その身の全てを犠牲にする禁忌の秘術を使用した。
 だが、レミリアの術式が不完全だったことにより、その術式は中途半端な状態で実行されてしまった。フランドールの狂気は
その場凌ぎではあったが抑えられ、代わりにレミリアもまた命こそは助かったものの、心と力を完全に封ぜられて。
 その禁術はレミリアとフランドールのように、血を分けたかつ似通った力を持つ者にしか使えぬ秘術。故にフランドールを
この術式をもって救おうとするのならば、必然的に術者はレミリアとなる。しかし、今のレミリアが使用すれば、確かに
術式は完璧に使用されるだろう。ただし、術者となるレミリアは必ず命を落とす結果になるだろうが。
 その紫の提案にも、レミリアは小さく首を横に振る。

「その方法も考えた…でもね、紫、その方法を使っても誰も幸せになれないことは、過去の私が教えてくれているわ。
私は馬鹿だから、フランが助かれば全てが救われるって…フランが助かれば、みんな幸せになれるって思っていた。
でも、結果を振り返ってみれば、私は全てをフランに押し付けただけ…私のせいで、フランは沢山沢山辛い思いをした。私がフランにそうさせてしまった。
…駄目なのよ、紫。誰かを犠牲にして誰かが幸せになる…そんなもの、本当の幸せなんかじゃない。
誰かを犠牲にして、フランが本当に笑顔で過ごせるような、そんな未来なんて…そんなもの、何処にも存在しないのよ」

 力強く言い放つレミリアに、紫は予想はされていた…否、予想以上の答えを受け、内心一人微笑みながら思う。
 もしかしたら、一番成長したのは霊夢ではなく、この娘なのかもしれないと。幾度の経験により、ここまで毅然と自分の強さを示せるように
なったこと、それは本当に褒めるべきことで。萃香がレミリアの未来に入れ込んでいる理由、それが実によく分かる程に、今の
レミリアは強き心を持っている。諦めない少女、妹を救う為に誰かを犠牲にすることをよしとしない少女。
 その姿に、紫は心を決めた。この少女ならば、紡げるかもしれない。誰もが不可能と断じる運命をも一蹴し、皆が望む誰もが幸せになれる未来を。
 紫は優しく微笑み、ゆっくりとレミリアに口を開く。それは紫がレミリアに送る、最後の選択肢。

「レミリア…貴女の選ぶ道は、実に困難な道よ。常人なら挑むことすら放棄する程に、それは紙のように薄い可能性」
「…分かってる。それでも、それでも私はその道を選びたい。
馬鹿なんだと思う。頭が悪いと自認してる。でも、私は縋りたい…みんなが幸せになれる未来以外、選ぶことなんて出来ない。
私はフランを愛してる…そして家族を、友達を、この場に集まってくれたみんなを愛してる。こんな人々が共に笑いあえる未来を私は諦めたくない」
「子供ね、まるで駄々っ子のよう…だけど、物分かりが良くお利口を取り繕う者では決して運命は覆せない。
貴女がやろうとしていること、それは薄氷の上を永遠に歩み続けるような難業よ。人々はこのことを何と呼ぶかご存じかしら?」

 紫の問いに、レミリアは応えずそっと瞳を閉じる。
 沈黙が支配する二人の間を、まだ冷たさの残る夜風が通り抜けていく。
 やがて、何処までも強情な少女に根負けしたように紫は息をつき、たおやかな笑みを零す。

「…私はただ待つだけよ。大切なお友達の願いを、望みを、聞き届けるだけ。
こんなにも頑張ったお友達だもの。世界を救ってくれた友の願いに砕身するというのは当然のこと」
「紫…」
「――レミリア・スカーレット。我が親愛なる盟友にして、幻想郷を護り抜いた尊き勇者様。
さあ、貴女の願いを私に聞かせて頂戴。大切な人々と共に築き上げた未来の為に…貴女の望む、貴女の夢を」
「私の…私の願いは――」



















 揺れる感覚に、少女の意識はゆっくりと覚醒されていく。
 瞳を開いた少女の視界に飛び込んできたのは、暗闇に充ちる空の中で輝く無数の星々達。
 ぼんやりとした視界がやがてピントを取り戻していくと同時に、少女は自分が誰かに背負われているのだということに気付いた。
 一体誰に――そんなことを少女は少しも悩んだり考えたりすることはなかった。何故なら、その温もりを少女は知っていたから。
 彼女が小さい頃に、幾度と無く求めた温もり。それは少女の心に安心と安らぎを与えてくれる、とてもとても不思議な魔法が込められている温かさ。
 だから少女は自身を背負っている人物、その相手を決して間違えることなど無かった。

「おねえ…さま…?」
「ん。目覚めたのね、フラン。気分は…良い訳ないか」

 少女――フランドールから無意識に紡がれた言葉に、レミリアは苦笑交じりで優しく応える。
 そんなレミリアの言葉に、フランドールは力無く首を小さく横に振りながら否定する。

「そんなこと、ないよ。お姉様の背中…凄く温かいから…それよりもお姉様…あの妖怪は…」
「幽香?ふふん、幽香なら私がコラって怒ってあげたわよ。
…いや、結果的にみると霊夢と魔理沙が懲らしめたことになるんだけど、私も勝利に少しくらいは貢献…した、わよね?
えっと…そ、そうよ!私は中継ぎ!ホールドポイントをあげるような、いぶし銀な活躍をしたの!だからフランはもう何も心配しなくていいのよ?」
「そっか…良かった…お姉様が無事で、本当に、良かった…」

 フランドールの呟きに、レミリアは己の心が激しく揺れ動くのを感じた。
 こんな状態になってもなお、姉のことを心配している姿に、レミリアは思わず声を大にして叫びたくなるが、必死に自制する。
 レミリアの内心を余所に、フランドールはぽつぽつと言葉を続ける。それはまるで最後の別れを確かめているように。

「お姉様…記憶、取り戻したんだよね…昔のことも、何もかも…知ってるんだよね…」
「…そうね。フラン…本当にごめんなさい。私が馬鹿なせいで…私の勝手な行動が、貴女を沢山沢山苦しめて…」
「ううん…私は大丈夫。お姉様は私を死なせない為に、自分を犠牲にしてまで助けてくれたんだもの…
むしろ謝らないといけないのは私の方だよ…ごめんなさい、お姉様…私、お姉様を沢山沢山傷つけて…最後には、お姉様をこの手で…」

 壊れた堤防は一気に破壊へと導いて。流れるフランドールの涙はやがて嗚咽に変わって。
 謝罪、懺悔、悔恨。フランドールの心の奥底に抑えつけられていた負の想いはレミリアの前に晒されて。
 そこに冷酷を着飾る少女の姿は何処にも無く、在るのは全ての偽りを脱ぎ捨てた心弱き泣き虫な女の子が存在するだけ。
 泣きじゃくるフランドールに、レミリアは優しく彼女を抱え直し、そっとメロディを口ずさむ。
 その優しい旋律に、フランドールは涙を止めて顔を上げる。その歌は懐かしい歌。昔、彼女が眠るとき、よく姉に聴かせて貰っていた歌。
 少女はその旋律が好きだった。大好きな姉から紡がれる歌が本当に大好きだった。ベッドの中で一人、何度も何度も歌の練習をした。
 それは少女と記憶を失ってしまった姉とをつなぐ最後の絆だった。自分を救ってくれた姉を、自分を護ってくれた姉を忘れぬ為に
心に留め続けていた優しい記憶の歌。レミリアの紡ぐメロディに心奪われ、フランドールの目に涙はもう存在しない。
 星空に響く優しい歌。何処までも続けばいいとフランドールは願う。永遠に続けばいいと少女は思う。けれど、それは幻想で。
 どんなに幸せな時間も永遠は許されない。どんな物語もやがて終焉は訪れる。そう…フランドールには、もう僅かな時間も残されていない。。
 そのことを理解しているから、フランドールは今この時間を大切にする。別れのときまで、傍にいてくれることを許してくれた姉に感謝を。
 やがて、レミリアの歌が終わり、少女は笑顔のままに言葉を紡ぐ。少女の力無い笑顔に込められるは、充足に満ちた別れの想い。

「ありがとう、お姉様…もう、大丈夫だから…私はもう、何も怖くないから…」
「フラン…」
「私は本当に幸せだった…美鈴に、パチュリーに、咲夜に出会えて…そして、お姉様とまた以前のようにお話し出来て…幸せだったよ。
本当は、あのときに終わっていた筈の命を、お姉様が救ってくれて…苦しいことも沢山あったけれど、それ以上に私には大切なモノが出来て…
これで幸せじゃないなんて言っちゃうと…神様に怒られちゃうわ…」

 知っている。最早自分に猶予など存在しないことを少女は知っている。
 だからこそ受け入れる。死を、終わりを、別れを。けれど、それは決して悲しみだけではない。
 最後の最後で、少女は自分の望む未来を手に入れたから。姉が幸せになり、沢山の人々に囲まれて過ごす未来を、勝ち取ったのだから。
 悔いはない。姉の為に走り続けた自分の生は決して間違っていなかった。誇れ、それはきっと許される筈だから。
 何度も何度もそう自分に言い聞かせ、フランドールは笑みを零す。それは何という優しい嘘だろうか。
 本当の望みはある。最後の最後まで諦めたくない願いはある。けれど、それは叶わないと知っているから。何より姉を困らせたくないから。
 だから少女は嘘をつく。最後の最後まで、姉に負担をかけないように、酷く残酷で優しい嘘を。
 レミリアは無言のままに、フランドールを背中から下し、横抱きの形で抱え直す。
 そして、レミリアの背中で見えなかった光景が広がり、フランドールは笑みを零したまま、力無き声で言葉を紡ぐ。

「沢山の人に…迷惑をかけて、本当にごめんなさい…
私はもう…一緒にいられないけど、他の人はそうじゃないから…だから、お姉様のこと、お願いします…」

 そう言葉を紡ぎ、フランドールは己が視界の前に集まった人々――風見幽香と共に戦い抜いてくれた人達に言葉を紡ぐ。
 フランドールの言葉に、その場の誰もが言葉を返さない。それも当然だとフランドールは思う。何せ自分は勝手な思惑によって
この人達に多大な迷惑をかけてきたのだ。更に言えば、レミリアに対する加害者の一人でもある。そんな自分に一体何の言葉を返すというのか。
 自分の罪、自分の過去、全てをフランドールは受け入れる。やがて覚悟を終えたのか、フランドールはレミリアにそっと言葉を紡ぐ。

「お姉様…もう、いいから…ありがとう、最期に時間を作ってくれて…」
「…フラン、貴女はもう二度と苦しむ必要はないわ。苦しみの連鎖から今、貴女を解放してあげる」
「…うん、お願い。お姉様の手で、私を…」

 最後に言葉を振り絞り、フランドールはそっと瞳を閉じる。
 愛する姉の腕の中で、愛する姉の手によって苦しみから解放されること。その結末をフランドールは本当に幸福だと感じている。
 姉には嫌な役目を背負わせてしまうが、それでもフランドールは嬉しかった。この世に別れを告げるのが、忌まわしき狂気の鎖ではなく
愛する姉の手によるものならば、胸を張って冥府へと旅立てるから。恐らく自分は地獄へと落ちるだろう。そのときは先に向かっているで
あろう父親に散々罵倒交じりで自慢するのだ。お前が切り捨てた姉は最強だった、私のお姉様は誰よりも格好良い最高のお姉様だったと。
 別れの時を前に、フランドールは力こそ無いが笑っていた。最期の別れは悲しみではなく喜びに。幸福の中で旅立とうと心に決めて。

「さようなら、フラン。私の愛したたった一人の妹。せめて貴女の最期は、この私の手で――」
「さようなら、お姉様――ありがとう、私、お姉様の事が…」

 少女の心に残された最期の心残り、それを告げて向こうに旅立つ。
 そうすれば、きっと何の後悔も無く旅立てるから。だから最後に自分の本当の気持ちを――そう考え、フランドールは言葉を口にする。


















「――なんて言うとでも思ったのかしら?甘いわよ!フラン!なっちゃいない、なっちゃいないわよ、妹がー!!」
「…え」
「今よ、紫!パチェ!やーーーーーっておしまいっ!!」



 レミリアの叫び声に呼応するように、彼女の足下に突如として大きな魔法陣が展開される。
 レミリア達を包み込む程に激しい光の奔流と共に、二人の光景をこれまでずっと沈黙のままに見守り続けていた人々が
『予定通り』の行動へと移る。紫とパチュリー、八意永琳と博麗霊夢、そして八雲藍は魔法陣及び術式の制御に。
 残りの者達は、レミリア達の足下とは異なる場所に展開された魔法陣に向け、己の妖力や魔力をいつでも放てるように集中させて。
 突然の光景、行動に微塵も状況を把握出来ないフランドールは未だ呆然としたままでレミリアへと訊ねかける。

「お、お姉様…これは一体…」
「ふはははははー!!!まだ気付かないのかしら!?フラン、貴女は私に騙されていたのよ!!
私が!この私が!フランを易々と死なせるような選択肢を選ぶと思ったかー!!死なせはせん!死なせはせんぞー!!」
「お、おい、ちょっとレミリアの奴、色んな意味でヤバくないか?」
「大丈夫、元からよ」

 興奮して叫びまわるレミリアに引き気味の魔理沙がパチュリーに訊ねかけるものの、親友は親友で結構酷い扱いである。
 そんなレミリアを余所に、周囲の人物達は着実に準備を進めていく。術式を前に、紫達は最終確認を進めていく。

「術式は安定、魔法陣同士の接続を確認。さて、準備自体は整ったわね。
流石は世界指折りの魔法使いが数ヶ月不休不眠で導いた秘術だけのことはあるわね」
「…それでも、分の悪い賭けになることに間違いはないわ。本当なら、もっと確実な方法を探したかったのだけれど、もう時間がないもの…
それに、この方法ではレミィにかかる負担が大き過ぎる…」
「それを何とか最低限に抑えてやるのが私達の仕事でしょうが。つべこべ言わずに自分の仕事に自信を持ちなさいよ。
レミリアがやるっつってんだから、私はやるわよ。絶対成功させるんだから、アンタ達も死ぬ気でやりなさいよ」
「分かっているわ。藍、だったかしら?レミリアへの力の供給は私が全て担当するから、貴女と八雲紫は
送られてくる力を全て情報として数式に変換して私の頭に直接叩きこんで頂戴。分水嶺は私が判断するわ」
「承知したわ。紫様、魔力妖力の全ての波長パターンの解析は私の方で行いますので、紫様は八意永琳への情報提供と結界維持を」

 自分達を放置して飛び回る連絡事項。その光景に、フランドールはやがて一つの結論を導き出す。
 この場の全ての人々が協力し合って為そうとしていること、それはもしや。問い詰めるように視線をレミリアの方へぶつけるフランドールだが、
レミリアはフランドールの責めるような視線を真っ直ぐに受け止め、胸を張って言葉を紡ぐ。

「だって前もって話したら、フランは反対するでしょ?
自分を助ける為に、そんな馬鹿な真似はするなって。そんなことはいいから、自分を早く殺してくれって」
「当たり前じゃない…!無理よ、無謀よ、出来る訳無いわ!そんなこと…絶対無理だよ」
「無理じゃない!いや、本来は無理なのかもしれないけど、その無理も無謀も全部全部私の知ったことか!」
「私の身体は普通の病気とは違うんだよ!?力の構造と精神構造が駄目な方向にねじ曲がり入り組んでいて、
妖力魔力の発動に心体が連動しちゃってるんだよ!?治せるわけないよ!」
「治せる!というか治す!大丈夫、出来る!理論上は大丈夫だってパチェが言ってた!紅魔館のダイジョーブ博士を私は信じてる!」
「っ、私の身体は普通の人とは違うの!私の妖力を、魔力を抑えつける為には同質の力で蓋をするしかなくて…もう嫌だよ!
お姉様を犠牲にして助かるなんて、私は絶対に嫌だ!お願いだから、お姉様お願いだからもう…」
「うええ!?なんで私が死ぬこと前提な訳!?死なないわよ、私は死なないわ!
私達が今から行うのは、私が行った禁術じゃないわ。フランを助ける為に、みんなの力を少しずつ借りよう他力本願万歳作戦よ!」

 言葉こそ思いっきり酷く曲解しているが、レミリア達が導いたフランドールを救う為の作戦は概ねその通りだった。
 彼女達がフランドールに施すのは、フランドールの狂った力を抑えつける為により強大な力で彼女に蓋をすること。すなわちレミリアが
過去に行った禁術の強化版である。だが、レミリアの行った封印は、彼女の力が未熟であった為に不完全な形となってしまった。
 それを今回は完全な形で封印を行おうというモノであるのだが、ここで大きな問題が生じる。
 レミリアの行った禁術は他者から他者に命を賭す程の莫大な力を送りこむことを必要とし、かつ送り側と受け手側が酷似した力を持つ者
同士にしか許されないという術式だった。故に、単純に他の人々から力を集めてフランドールに送る、という訳にはいかない。
 フランドールに質の異なる力を注ぎこんでしまっては、それこそ死の間際に立っている少女は耐えられる筈もなく、下手をすればその
衝撃でフランドールが死んでしまう。故に、フランドール側が受け取れるような、馴染ませた力に一度変換する必要があった。
 そこで、彼女達の導いた答えは一度レミリアという緩衝材を通してフランドールに力を送るという手である。レミリアという素体を
漏斗代わりに使い、純粋にフランドールの身体に適合した力だけを供給するというのが今回の作戦の概要である。

 だが、この作戦に難色を示したのは他の誰でもない考案者のパチュリーだった。彼女が問題に上げたのは三点だ。
 一つは、種類の異なる複雑な力を医療の力に変換することの難しさ。魔理沙の砲撃のように、力としてのストック、放出なら
どうにでもなるが、今回の場合のようにレミリアからフランドールへと輸送する力が、魔力妖力巫力と幾多幾重の力となってしまっていると
どんな不都合が起こるか分からないという点だ。だが、その問題は、八雲紫と八雲藍の境界を操る力により解消の目処が立てられる。
 彼女達が超高速に送られてきた力の成分を数式に起こし、どの力がどれほど混在しているのかを制御役の八意永琳に情報を提供し、
彼女が送る力を配分することにより解決へと導くことが出来た。八雲と八意、この二人の力がなければ決して解決し得なかった問題である。
 次なる問題点は、必要な力がどれ程莫大になるのかが全く予測出来ないという点だ。
 フランドールの力を抑えつける為に必要な力、それがどれ程強大かは、かつてレミリアが己の命を賭した点から簡単に予想がつく。ましてや、
当時のフランドールはまだ己の力を微塵も持たない覚醒していない吸血鬼だったにも関わらず、だ。今のフランドールは幻想郷で指折りの
力を持つ妖怪であり、そんな彼女を助ける為に一体どれ程天文学的な力が必要となるのか。更に言えば、フランドールに力を送る為には、
一度レミリアという抵抗を通さなければならない。その時に一体どれ程の損失が生まれるのか、これも試してみないと分からない問題である。
 この問題に対しては、やらずに諦めるよりはやってみるという結論しか導けなかった。少なくとも伊吹萃香、八雲紫と化物揃いの面子が存在している
時点であまり気にかける問題でもないというのが、紫や萃香、永琳達を除いた大勢の考えではあったのだが。
 最後の問題点は、ずばりレミリアへの過大な負担だ。フランドールに力を送る為には、一度レミリアに力を送らなければならない。そして
レミリアは幾多もの種類の力を体内にて己が力として馴染ませた後に、フランドールに送らなければならないのだ。
 異なる力を体内で変換させること、それは言葉にすれば簡単だが、実際に行うと恐ろしい苦痛が身体を駆け巡る。気絶しそうになるような
痛みにレミリアはフランドールの治癒が終わるまで耐え続けなければならないのだ。この点が一番の問題であり、その場の誰もが作戦を実行に
うつすことを躊躇う内容だった。しかし、そんな皆を余所に、レミリアは実行に移すと皆に願い出た。難色を示す面々に、レミリアは
必死に頭を下げて『自分を信じて欲しい』と乞い願った。当人であるレミリアがそう決めては、誰も反対することも出来ず、レミリアの負担は
少しでも和らげる努力を行っていくという決まりの元で、今回の作戦は実行に移されたのだ。

 この作戦の概要を知り、フランドールは顔を真っ青にしてレミリアの腕の中でじたばたと暴れ抵抗する。
 逃れようとするフランドールを離すまいと、レミリアはフランドールを必死に抱きとめる。

「離して!お願いだからもうやめて!これじゃお姉様が、お姉様が死んでしまうっ!!」
「死なないから!ただちょーーーーーっと泣きたいくらい痛みが爆発するだけだから!生爪剥がれるよりはマシだろうから!
…って、うおおおおい!?言ってて自分で怖くなってきたじゃない!もう止めて!お姉様のなけなしの勇気を奪う発言はしないで!
お姉様のチキンハートのライフはもうゼロよ!?お願いだからおとなしく私の腕の中で眠ってて!大丈夫、寝てたらすぐ終わってるから!」
「冗談言ってる場合じゃないんだよ!もしかしたらお姉様が死んじゃうかもしれないんだよ!?
お姉様、お願いだからこんなことはもうやめて!私はいいから、私はもう、死んでしまっても…」
「っ、死んでしまってもいいとか言わないでっ!!フランが死んで良い訳ないでしょ!?」

 レミリアのらしからぬ怒声に、フランドールはびくりと身を竦ませる。
 そんなフランドールに、レミリアは声を荒げたままに言葉をぶつけていく。まるで自分の心を必死に伝えるように。

「私は嫌だ!フランが死んじゃうなんて絶対に嫌!」
「お姉様…」
「私はまだフランと何も手にしていないじゃない!フランと一緒に過ごす日常も!フランと一緒に笑いあえる時間も!何も私は手にしていない!
私はこれから先もずっとずっとフランと一緒にいたい!フランの手をつないで一緒に歩いていきたい!フランがいない世界なんて考えたくない!
だから絶対にフランの言うことなんて聞いてあげないし、諦めてなんてあげない!私はフランが好き!大好き!だからフラン、貴女の本音を聞かせなさい!」
「私の…本音…」
「貴女はこのまま死んでも平気なの!?私と、美鈴と、パチェと、咲夜と…こんなにも素敵な友達がいる世界にお別れを告げて、それで構わないの!?
全てが仕方ないと、全てがこれでいいんだと諦めて達観して、自分一人が犠牲になって、それで貴女は本当に幸せなの!?それが貴女の望んだ未来なの!?
もし本当にそうだと言うのなら、それは仕方ないのかもしれない…だけど、違うでしょう!?貴女が望んだ世界は、決してそんな寂しくて冷たい世界じゃないでしょう!?
望みなさい!声を大にして!子供のように不格好でも構わないから、必死に本音を言いなさい!強さも、器用さも、そんなものは投げ捨てて叫びなさい!
みっともなくても構わない!余裕なんて無くても構わない!泣いて、喚いて、それでも必死に手を伸ばすことを諦めないで!
世界は…世界は、貴女が思うほど辛くも厳しくもない!心から願えば、想いを伝えれば、絶対に世界は応えてくれる――どんな奇跡だって叶えてくれる!!
さあ、フラン!貴女はどうしたいのかを私に教えて!!貴女の望む未来は、決してこのまま死にゆくことなんかじゃないでしょう!!」

 それはレミリアの何一つ偽らざる妹への想い。彼女の声は、真っ直ぐに愛する妹の心へと届いていく。
 諦めていた。それは叶うことのない奇跡だと。捨て去っていた。それを望むのはあまりに夢物語だと。
 だが、そんな自分を姉は叱責した。無様でも、格好悪くても、願いなさいと。ただ真っ直ぐに、我武者羅に、想いなさいと。
 諦める者と挫けぬ者、その両者を比較して、一体どちらが奇跡を起こすに相応しいだろうか。諦め利口を着飾る者に神は微笑んでくれるだろうか。
 何より、少女はレミリアの想いを感じてしまった。生きて欲しいと、共に在りたいという姉の想いを知ってしまった。
 自分の本心なんてとうの昔に気付いている。だけど、見ないふりをして諦めていただけ。本当は、ずっと思っていた。願っていた。
 その願いは姉と同じ。その願いは愛する人と一緒。そんなことを知ってしまえば、もう諦めるなんて出来ない。捨てるなんて出来ない。
 だからフランドールはレミリアの想いに応えるように、本当の心をさらけ出す。
 嘘つきな自分(うそっこおじょうさま)を脱ぎ捨て、真実の想いを伝えられる自分に。声を大にして、涙を零して、フランドールは言葉を紡ぐ。

「――生きたいよ…私も、お姉様と一緒に生きたいよ…諦めたくない、死にたくない…私はお姉様と一緒に未来を歩きたい!!」
「っ!良く言ったわフラン!貴女の願い、絶対に叶えてみせるわ!!――私以外の他の人達が!!!という訳で後は任せたわよみんな!!」

 レミリアのどうしようもないほどの情けない声に、その場の誰もが思わずがくりと崩れ落ちる。
 けれどまあ、それもまたレミリアのご愛敬。魔法陣を前に、その場の誰もが力を収束させ準備を整える。

「まあ、アイツは力無いみたいだからね。やっぱりここは私みたいな強い妖怪が力を貸してあげないとね!」
「リグルの分際で偉っそーに。ま、後は任せてよレミリア。貴女の妹さんもまとめて私が助けてあげるからね」
「さあさあ、ここまで盛り上がったんだから、絶対に成功させないと歴史に残る恥話だよ~」

 リグルが、ミスティアが、てゐが次々に力を解放し、魔法陣へと力を送ってゆく。
 第一陣が力の送るのを確認し、次に備えていた第二陣もまた次々と力を解き放っていく。

「永琳ー!妹紅は体力有り余ってるから私達の十倍くらい吸い取って構わないわよー。むしろそのまま干乾びさせても問題ないからねー」
「アンタ、最後の最後まで口の減らない女ね…ま、私は誰かさんと違って強いから?十倍くらい喜んで差し上げるけど」
「あ、そう?それじゃ十倍送りなさいよ迷わず送りなさいよ早く送りなさいよ。私は今のペースで頑張るけど」
「ちょ!?おま、そこは普通『じゃあ私も!』って言うところじゃないの!?」
「お前達、少しは真面目にやれないのかあ!!レミリアの妹が助かるかどうかの場面なんだぞ、もっと真剣にやれ!!」

 輝夜が、妹紅が、慧音が力を送ってゆく。
 魔法陣に収束する光が激しく煌めくが、希望の光はまだ力を失わず、更に輝きを増すことになる。
 第二陣の呼応して第三陣が待ってましたとばかりに力を解放する。

「期待に応えないとね…!レミリアが望んだ未来まであと少しなんだから!リアが、レミリアが諦めなかった故の奇跡はもう目の前にある!」
「勇気、決意、覚悟…レミリア、アンタの雄姿は全て目に焼き付けさせて貰ってるよ。
迷わず駆け抜けなよ、我が盟友!レミリアの道を遮るモノは全部この私が片づけてやるさ!」
「ふふっ、ここで応えてみせなければ友として失格というもの。レミリアへの恩義、今ここに報いさせて頂くわ」

 文が、萃香が、幽々子が魔法陣に更なる力を集めていく。
 集まり続ける力は奇跡への大切な要素。皆が集める未来への力は、何処までも光り輝いて。
 そして次なる第四陣が駄目押しとばかりに力を次々に注ぎ込んでいく。

「レミリアさんの願いの為に!みんなの幸せの為に!ここが最後の踏ん張りどころ、押し通してみせる!!」
「あれだけ頑張ったレミリアが一番護りたかった存在…護ってみせるわ。姉妹が笑いあえる未来の為にも、ここは絶対に譲らない!」
「嫌いじゃない、こういうのは嫌いじゃないぜ。さあ、レミリア、今度はお前の誰より一番格好良い姿を私達に見せてくれよな!」
「さあみんな、もうひと頑張りよ!レミリアの妹、絶対に救ってみせる!そして胸を張って母さん達に事の結末を報告してあげないとね!」

 妖夢が、鈴仙が、魔理沙が、アリスが奇跡を信じて惜しみなく助力を重ねていく。
 魔法陣から溢れ出そうになる程の強大な力が一つになり、巨大な炎のように揺らぎ続ける。
 その炎に、最後となる第五陣が容赦のない全力全開の力を解き放ち、炎を恒星へと変貌させていった。

「フランお嬢様がいないと何も始まらないのよ!フランお嬢様とレミリアお嬢様、二人がいないと紅魔館は成り立てない!護るわよ、全てを!」
「まだ私は教えて貰っていないことが沢山ある…だからフラン様、私は決して貴女を死なせない!」
「熱い連中だね、本当、実に気持ちの良い連中だ。悪いけど四季様、今日一日は有休ってことにしといて下さいよ!
こんなものを見せられたら、力を貸さずにはいられないじゃないか!私の力、容赦なく持って行きなよ、レミリア・スカーレット!」

 美鈴の、咲夜の、小町の力が最後の後押しとなり、集まった力は恐ろしいほどに強大な光へと変容した。
 その力は現在においては純粋な暴力を産む力に過ぎないが、それを上手く制御することにより人を助ける為の大切な武器となる。
 その役割を担うのが、術式制御を担当する者達だ。力が相当量貯蓄されたことを確認し、結界組は指示を飛ばし合って作業に移る。

「!上方の制御が甘いわよ!一流の魔法使いを名乗るならもっと丁寧な仕事しなさいよ!」
「分かっているわよ!術式には一つのミスも許されない…救うわ。レミィもフランドールも何一つ傷つけさせない!」
「そんなの当たり前でしょうが!レミリアもその妹も私が絶対に救ってやる!博麗の巫女を舐めるなっ!!」

 集まり続ける力を、溢れ出ぬように霊夢とパチュリーは術式と魔術によって調整を加えていき、収集した
力を藍と紫が次々と分析、配分し永琳へと届ける。そして永琳はその力をレミリアに最小限の負担になるように供給を始める。

「紫様、妖力の解析に若干の遅れが」
「萃香に少しばかり放出を抑えるように言っておいて。それと幽々子に張り切り過ぎて消滅しないようにも」
「…幽々子様の件は洒落になりませんよ、それ」
「冗談よ。八意永琳、レミリアへの転送は?」
「始めているわ。ただ、やはり苦痛が出るのは完全にはシャット出来ないわね。レミリアに頑張ってもらうしかないのだけれど…」
「頑張るわよ、あの娘は。一度決めたら誰が何と言おうとやりとおす、本当に頑固な娘ですもの」

 確信を持って微笑む紫に、永琳もまた笑みを浮かべて同意する。違いない、と。
 全員が始動し始めたことにより、集められた力は必然的にレミリアの身体を通じてフランドールへと流されていくことになる。
 自身の身体に流れてくる力に、フランドールは驚き目を見開く。先ほどまでは意識を失う程の激痛に苛まれていた身体が嘘のように
軽くなっていき、まるで熱を帯びたように身体中に熱い血液が力強く脈動するのを感じていた。
 その変化に、思わず愛する姉に驚きの声を伝えようとして口を開こうとしたフランドールだが、レミリアの様子を見て言葉を失ってしまう。

「お、お姉様…」
「痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない…」

 そこでフランドールが見たものは、まさしくある意味においてレミリアがフランドールに一番見られたくない姿かもしれない。
 必死にギリギリと奥歯を噛み締め、目にいっぱいの涙を溜めて、身体は諤々と生まれたての小鹿のように震えに震えて。
 最早今のレミリアに他のことに気遣う余裕など微塵もなかった。かつて経験したことのない程の激痛が全身を襲い、気を失わぬ
ように必死に耐えている状態である。無論、フランドールが感じ続けていた激痛よりは幾分かマシなのだが、それでも常人以下のレミリアにとっては
この世の終わりとも感じられるほどの激痛である。あまりの様相に、フランドールは必死に声をかけるが、レミリアは笑って言葉を返すだけ。

「お姉様!や、やっぱりこれ以上は…」
「よ、余裕だし…痛くないわー…全然痛くないわー…私がヤバいってどこ情報よー…」
「じょ、冗談なんて言ってる場合じゃないんだよ!!このままじゃお姉様が本当に…」
「…死なないわよ…お姉様は、絶対に死なないわよ…うぐぐ…死んでなんか、やるもんか…」

 必死に痛みを堪えながら、レミリアはフランドールにバレバレな虚勢を張り続ける。
 戦場に立ち続けた訳でも、生死の境界を潜り抜けてきた訳でもない。そんなレミリアに、これほどの苦痛は想像を絶するほどに苛酷な筈だ。
 だが、それでもレミリアは必死に立ち続け、堪え続ける。そんなレミリアの姿は、最早制止の声すらかけることが躊躇われるほどで。
 一番つらいのは自分である筈なのに、それでもレミリアは苦痛に耐えて、フランドールに言葉を送り続ける。彼女が安心できるように、少しでも気が和らぐように。

「もう少しだからね…フラン、貴女を…ようやく、永い苦しみから…解放して、あげられる…」
「そんな…私は…」
「もう…自分を押し殺す必要も…自分を犠牲にする必要も…何もかも無い…そんな世界が、貴女を待ってるから…うぅ…
だから、フラン…私を、みんなを…信じて…貴女が信じてくれたら、私達に…負けなんて、絶対にあり得ないんだから…
どんな奇跡だって…どんな夢物語だって…絶対に、実現してみせるわ…」

 レミリアの言葉に、フランドールは潤む涙を拭い、こくんと力強く頷いた。
 もう、レミリアが自分の言葉では止まらないと理解したから。きっと姉はどんな制止の言葉も受け入れない。
 全ては自分を救う為に、それを真っ直ぐに信じて走り抜けようとしている。その姿にフランドールは姉の強さを、大きさを感じた。
 ――本当に、敵わない。やっぱりお姉様は私の自慢のお姉様だ。そう心の中で呟き、フランドールは顔を上げる。
 そこにあるのは、先ほどまでのように泣くだけで何も出来なかったフランドールではない。敬愛する姉と同じく、諦めない意志の炎を
ともした誇り高き吸血姫。彼女はレミリアの妹、その真なる強さが覚醒されたとき、彼女の心もまた誰にも負けない強靭な心となる。
 諦めない。姉が諦めないと決めた。他の人々が救うと誓ってくれた。ならば、救われる身である自身がいつまでも泣きじゃくってどうする。
 フランドールの身体に、心に生への想いが溢れてく。生きたいと、未来を歩みたいという強き意志が身体中から溢れていく。
 それは最強の吸血姫の真なる羽ばたき。紐解かれていく、フランドールの覚醒に、結界を制御しながら紫は微笑みながら言葉を紡ぐ。

「紅の二翼、その覚醒の時…か。ふふっ、本当に幻想郷のこれからの未来が愉しみね。若い力が世界を創る…この娘達が運命を刻んでゆく」
「ちょっと紫!一人で笑ってないで、もう少し力を安定させなさいよ!連中が張り切り過ぎて結界が不安定なのよ!」
「はいはい、喜んで仕事させて頂きますわ…と」

 霊夢の荒げた声を適当に流し、紫は己の仕事へと集中する。
 この場に集った人々、その誰もが己の仕事を完全にこなしてゆく。たった一つのミスも許されない中で、少女達は非の打ちどころのない程に
己の役割をこなし、レミリアを通じてフランドールに力を送り続けていく。
 また、送られてくる力の負荷に耐え続けるレミリアもまた見事だ。決して折れず負けず。
 順調にフランドールに送られていく力に、このままいけばフランドールを救うことが出来る。その筈だった。
 だが、この状態を何処何処までも不変のままに続けることなど決して出来る筈もない。それほどまでに、フランドールの治癒の為に
必要な力は大き過ぎた。フランドールの吸収量に対し、魔方陣からの力の供給量が段々と逆転現象を引き起こし始め、やがて一人また一人と
限界が近づいてゆき、情況的にはどんなに楽観的に見ても治癒終了まで皆の力がもつとは考えられない事態に陥ってしまっていた。

「くっ…ちょっと紫!アンタ妖気の量だけなら幻想郷一なんでしょ!?こっちはいいから、アンタも向こうに回ってきなさいよ!」
「以前までの私なら、迷わずそうしたのだけれど…ね。生憎、幻想郷と一体化した際に力の大部分を奪われちゃってるのよ。
だから今の私が向こうに参加したところで、大した力になれるとは思わないわね。それに、不足している力の量は、妖怪の
一匹や二匹で賄える量ではないわ」
「…レミリアの身体を通すことが予想以上に損失を生んでいるわ。あれだけの苦痛を伴っているんだもの、当たり前と言えば当たり前だけど…
拙いわね…このままだと、本当に治癒が終わらないまま、みんなが先にダウンしてしまうわ」
「そしてこの術式は、最後まで終わらせないと何の意味もない…結果、フランドールも救えない…」
「うぎぎ…何か手はないの!?畜生…畜生畜生畜生!このままじゃレミリアの妹を助けられないじゃない!何か、何か手は…!」

 焦りが生まれ始めた人々の中でも、レミリアは焦りを見せることはなかった。
 送られてくる力が少しでも無駄なくフランドールに伝わるように、レミリアは黙々と痛みを堪えて力を送り続ける。
 そんなレミリアに、フランドールは言葉を発さず、ただぎゅっとレミリアを抱きしめ、温もりを手放さぬように務めつづけた。
 諦めないと決めた。揺るがないと決めた。だからレミリアは、フランドールは揺るがない。逃げない、折れない、目を逸らさない。
 そんな二人の姿に、この場の誰もが瞳を奪われ、そして心を切り替える。諦めるにはまだ早いと。ここで諦めては、全てが台無しになってしまうと。
 何か手はないかと誰もが策を考える。だが、彼女達がよりよい策を思いつく前に心だけではどうしようもない限界が少女を蝕んでしまった。

「――あ」
「お姉様っ!?」

 それは意識したものではなかった。文字通り、『気づけば倒れていた』状態だった。
 心は不屈、決して折れない心を持っていても、レミリアの身体は結局のところ力を失っていた吸血鬼に過ぎない。
 むしろ、よくぞここまで持ったものだと賞賛したい。褒められることはあれど、決して責められることはないだろう。それほどまでに
レミリアは尽力したと言っていい。だが、それは所詮結果を無視した話に過ぎず、結果だけを見ればレミリアは事を為す前に倒れてしまった。
 過程はどうあれ、フランドールを救えなければその行動に意味は無く。倒れるレミリアに慌てて支え言葉をかけようとしたフランドールだが、
レミリアの様子に口を噤んでしまった。それほどまでに今のレミリアは自身への不甲斐無さに怒りを灯していて。

「くしょう…畜生…なんでよ、どうしてよ…今頑張らないでどうするのよ!この程度で倒れてどうするのよ!」
「お姉様…」
「救いたいんでしょう!?一緒にいたいんでしょう!?共に未来を歩むと誓ったんでしょう!?
今立たないと、その全てが駄目になってしまうのよ!?動きなさいよ…立ち上がりなさいよ!頑張りなさいよ!!
動けなくなってもいい…これから先二度と動けなくなってもいい!だから今だけは…今だけは立ち上がってよ、私の身体!!」

 悔し涙を零し、何度も何度も大地を叩き、必死にレミリアは立ち上がろうとするが、足が全く動かない。
 その姿にこの場の誰もが声をかけられない。レミリアの身体が限界という壁に阻まれ、それを少女が必死に乗り越えようとしている姿を
この場の誰もが阻むことが出来ない。自分達では、きっとレミリアの力になれない。今のレミリアが求めているのは、決して優しい言葉などではないから。
 それは背中を蹴り飛ばしてくれる力。彼女を今一度奮い立たせてくれる程の力。奇跡を呼び起こす、運命をねじ伏せる程の力。
 立ち上がれない焦りがレミリアを蝕んでいく。このままではフランドールを救えないという不安がレミリアを侵食していく。
 このままでは駄目だ。このままでは全てが終わってしまう。レミリアは誰にでもなく唯真っ直ぐに祈る。
 神でも悪魔でも構わない。フランを助けてなんて贅沢は言わない。ただ今一度、今一度自分を立ち上がらせてくれるだけでいい。
 何があっても折れないと誓ったのに、それを果たせなかった嘘つきな自分…そんな愚かな私に、誰か。悔し涙を流しながら、レミリアは必死に心の中で叫び続ける。

 その叫びは何処までも真っ直ぐで。何者にも負けない程に強き心の叫びで。
 幾度の運命を乗り越えてきた少女が、最後の最後で大切な者を救えない。そのような結末が認められるのか。
 否、断じて否。全ての悲しみを、望まぬ未来を乗り越えるために、少女は誰より尽力してきた。
 友の力を、愛する人々の力を借りて、誰ひとり命を失うことない未来を築きあげてみせた。
 ならばこれは必然。少女が危機に陥るとき、彼女にはその身に体現する資格を持っているのだ。













「――何をしているの、レミリア・スカーレット。私の許可なく敗北して良いと誰が言ったのかしら?」









 ――それは奇跡。彼女が幻想郷で積み上げた想い、絆、その最後の一欠けら。

 突然響き渡る凛とした声に、レミリアを始めとしたその場の誰もが上空に視線を移す。
 そこには、少女達が予想すらしなかった人物が存在していた。

 その者は誇り。
 その者は力。
 誰よりも強く在ることを願い、誰よりも運命を憎み、そしてレミリア達に挑んだ女性。

 空に佇む女性に、レミリアは驚きの表情を浮かべたまま、その人の名を紡ぐ。



「――ゆう、か…貴女、どうして…」



 レミリアの問いかけに、女性――風見幽香は呆れるように肩を竦めて笑うだけ。
 そんな仕草に、真っ先に噛み付いたのはレミリアではなく文だった。幽香に対し、最も怒りを抱いている彼女は、声を荒げる。

「何しに来たのよ、風見幽香…!貴女、一度ぶっとばされても、まだ懲りてない訳…!?」
「そうだと言ったらどうする?今の状況は、貴女達を仕留めるには最高の好機よね。誰一人動けないこの状況は」
「ぐ…!」

 幽香の指摘に、文は言葉を返せない。確かに今、この状況では誰一人として幽香の強襲には対応出来ないだろう。
 かといって、魔法陣から離れてしまえば、フランドールを救うことが難しくなってしまう。最早打つ手無しの状況だが、幽香を
前にしても、レミリアは決して怖がったり不安を感じたりしていない。ただ真っ直ぐに幽香を見つめ、彼女の真意を、言葉を待っていた。
 そんな少女の姿をじっと観察し、やがて幽香はゆっくりと言葉を紡いでゆく。

「いつまで無様に地を這っているのかしら?さっさと立ち上がりなさい、レミリア。
貴女はこの私相手に勝利を収めたのよ?それをこの程度の『運命』に負けてしまっては、私が困るのよ」
「幽香…」
「私の代わりに運命に勝ってくれるのでしょう?私達の無念を貴女が解放してくれるのでしょう?
もし、あれが口だけだったと言うのなら、今すぐ貴女の傍に行って、そのちんちくりんな身体を全力で踏みつけてあげるわ。
どうなの、レミリア?貴女の貫き通そうとした意地は、覚悟はこの程度の運命にねじ伏せられてしまう程度だったの?」

 幽香の言葉、それは何処までも厳しく…けれど、明らかにレミリアを支える言葉で。
 彼女は信頼している。負ける筈がないと思っている。自分という苛酷な運命を打破してみせたレミリアが、この程度で終わる筈がないと理解している。
 並べたてられる幽香の激に、レミリアは拳を強く握り締める。そうだ、この程度の運命が一体何だと言うんだ。
 自分達は乗り越えた。滅びの運命を、何より厳しい戦いを乗り越えた。幽香という壁ですら乗り越えてみせた。
 それに比べれば、今の状況なんて乗り越えられない訳がない。命は在る、五体は在る、ならば身体が動かない理由など何処にも存在しない。
 立て。今一度奮い立て。小さな身体に宿したちっぽけな意地を貫き通せ。そうすればきっと道はつながる。そうすればきっと――奇跡は起こる!

「…上等よ。それでこそ、私の認めた存在。私が敗北した相手が、この程度に屈する筈がないわ」
「誰が…ちんちくりん…ひんそーボディよ…見返してやる…千年後ぐらいには…ぼんきゅっぼんで…幽香以上のないすぼでーに…なってやるんだから…」

 立ち上がるレミリアに、幽香は満足そうに笑みを浮かべる。その笑顔は以前のような闇に染まった笑顔などではない。
 風見幽香の登場に、何とか場を持ち直したが、それでも状況が好転した訳ではない。以前、必要となる力が不足したままで、
このままでは皆の力が枯渇してしまう状況に変わりはない。力が必要だった。強大な力が、フランドールを救うための力が。
 誰も彼もの心に生まれ始めた絶望。少女が立ち上がることで一度は振り払われた絶望が、再び少女達の心を侵食してしまう
 諦めたくない。絶対に諦めたくない。助けたい。大切な友人の妹を、家族を救いたい。ただ一途に願いを胸に抱き、希望を捨てずに。

「くそっ…何とかならないのかよ!!流石の魔理沙さんも、ちょっとばかりヤバいぜ!」
「諦めない…絶対に、諦めるもんか…レミリアさんが諦めない限り、絶対に諦めるもんかあ!!」

 魔理沙と妖夢の叫びは、この場の誰もが胸に抱く叫びだっただろう。
 限界を迎えてもなお、レミリアの為に立ち続ける少女達。奇跡を願う、奇跡を求める少女達。
 諦めない。未来を、少女達は絶対に諦めない。苛酷な運命を乗り越える資格、それは絶対に諦めない強き心。
 ならば、奇跡は必ず起こる。少女達の願いは、想いは、必ず運命を乗り越える――故にここに、奇跡は完成する。

「――我が夢幻の世界よ…封じた力、その全てを今ここに解放するわ」

 上空にて幽香は術式を詠唱し、異界への空間を抉じ開ける。
 そして、空間の断裂から想像を絶するほどの強大な力を魔方陣に向けて放出する。
 まるで巨大な滝から流れ落ちてくるような力の奔流に、一同誰もが眼を見開き驚きを隠せない。
 それは一世界を形成するための力。それは彼女が幾億という年月を重ね積んだ力。その全てを世界から解き放ち、幽香は魔方陣に注ぎ込んでいく。
 幽香の行動を理解出来ず、文は疑問の言葉を思わず口にしてしまう。

「なんで…どうして…貴女、レミリアを殺そうとしたんでしょう…?それなのに、なんで…」
「勘違いしないで。私はその小娘がどうなろうと知ったことではないし、妹の命なんてモノに興味はないわ。
けれど、ここでレミリアに敗れて貰っては困るのよ。私に勝った者が、運命に屈するなど認めない、許さない。
それに、思い出したのよ――私は誰よりも強く、誰よりも誇り高き妖怪で在り続ける。それがもう一人の私との約束だった。
私が風見幽香で在り続けるために、レミリアに借りを作りっぱなしだなんて認められない――全ては私自身の為に、それ以外の理由などないわ」

 何処までも美しく、何処までも誇り高き在り方。それが彼女の、風見幽香の誰にも譲れぬ誓いだった。
 敗北を恥じることはない。だが、運命に対し後塵を拝することだけを幽香は許さない。
 自分を運命から、呪いから解放してくれた少女が敗北する姿など絶対に認められない。そんなものは許さない。
 少女が敗北を喫するのは、再び自分が少女に相対した時だけ。故に幽香は力を貸すのだ。全ては自分の誇り故に、全ては自分の願い故に。
 そんな幽香に、レミリアは目に涙を貯めたまま、言葉を送る。そんなレミリアに、幽香はそっけなく言葉を返すだけ。

「ありがとう、幽香…忘れないから、この恩は絶対に忘れないから…」
「…下らないわね。全ては自分の為にやったことよ。
礼など言う暇があるなら、さっさとその妹を助けてあげなさい」
「うん…うんっ…!」

 幽香に感謝を繰り返し、レミリアはフランドールを抱きしめる力をぐっと強める。
 もう離さないと、決して諦めないと意志を込めて、レミリアは大地に両足を強く踏みしめる。
 そして、風見幽香の天蓋の妖力量により、状況は完全に一転する。急激に増加した力の量に、制御組の誰もが声色を変える。

「いける…!これなら、これならレミリアの妹を救える筈よ!そうでしょう、紫!」
「ええ――あとはレミリア次第よ。レミリアが最後まで立ち続けられたなら…奇跡は成る」
「立ち続けるわよ。レミィが…私達のレミィは、どんなときでも絶対に諦めない。レミィは絶対に負けたりしない」
「そうね…レミリアが諦めなかった故の結果が今の状況よ。ならば、あとは――」
「――彼女の羽ばたきにかかっている…か」

 制御組も、魔法陣組も、その場の誰もがレミリアを信じて彼女を見守り続ける。
 だが、少女達は知っている。こういう場面で、あの少女が絶対に諦めない頑固者だということを。
 そんな期待に少女も応える。苦痛など、とうの昔に乗り越えた。あとは気合、何処までも折れない強き意志を持って運命を乗り越えるだけ。
 愛する姉の頑張りに、妹は何も疑ったり諦めたりしない。妹もまた、心の壁を乗り越えた。決して折れぬ心を持って、姉を信じると決めた。
 諦めぬ少女達が立ち続ける限り、奇跡は何度でも起こってみせる。奇跡が繰り返されるなら、それは必然と化して。
 幾度もの奇跡が積み重なって築き上げた道、それは後にも先にも人々はこう呼ぶのだ。




「お姉様――いつまでも、一緒だよ」
「ええ、フラン――いつまでも、貴女の傍に」




 ――『未来』。多くの人々の想いと願いによって切り開かれる、そんな新たな世界のことを。











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