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No.13774の一覧
[0] うそっこおぜうさま(東方project ちょこっと勘違いモノ)[にゃお](2011/12/04 20:19)
[1] 嘘つき紅魔郷 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:52)
[2] 嘘つき紅魔郷 その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[3] 嘘つき紅魔郷 その三 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[4] 嘘つき紅魔郷 エピローグ (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[5] 嘘つき紅魔郷 裏その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[6] 嘘つき紅魔郷 裏その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:55)
[7] 幕間 その1 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:11)
[8] 嘘つき妖々夢 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:24)
[9] 嘘つき妖々夢 その二[にゃお](2009/11/14 20:19)
[10] 嘘つき妖々夢 その三[にゃお](2009/11/15 17:35)
[11] 嘘つき妖々夢 その四[にゃお](2010/05/05 20:02)
[12] 嘘つき妖々夢 その五[にゃお](2009/11/21 00:15)
[13] 嘘つき妖々夢 その六[にゃお](2009/11/21 00:58)
[14] 嘘つき妖々夢 その七[にゃお](2009/11/22 15:48)
[15] 嘘つき妖々夢 その八[にゃお](2009/11/23 03:39)
[16] 嘘つき妖々夢 その九[にゃお](2009/11/25 03:12)
[17] 嘘つき妖々夢 エピローグ[にゃお](2009/11/29 08:07)
[18] 追想 ~十六夜咲夜~[にゃお](2009/11/29 08:22)
[19] 幕間 その2[にゃお](2009/12/06 05:32)
[20] 嘘つき萃夢想 その一[にゃお](2009/12/06 05:58)
[21] 嘘つき萃夢想 その二[にゃお](2010/02/14 01:21)
[22] 嘘つき萃夢想 その三[にゃお](2009/12/18 02:51)
[23] 嘘つき萃夢想 その四[にゃお](2009/12/27 02:47)
[24] 嘘つき萃夢想 その五[にゃお](2010/01/24 09:32)
[25] 嘘つき萃夢想 その六[にゃお](2010/01/26 01:05)
[26] 嘘つき萃夢想 その七[にゃお](2010/01/26 01:06)
[27] 嘘つき萃夢想 エピローグ[にゃお](2010/03/01 03:17)
[28] 幕間 その3[にゃお](2010/02/14 01:20)
[29] 幕間 その4[にゃお](2010/02/14 01:36)
[30] 追想 ~紅美鈴~[にゃお](2010/05/05 20:03)
[31] 嘘つき永夜抄 その一[にゃお](2010/04/25 11:49)
[32] 嘘つき永夜抄 その二[にゃお](2010/03/09 05:54)
[33] 嘘つき永夜抄 その三[にゃお](2010/05/04 05:34)
[34] 嘘つき永夜抄 その四[にゃお](2010/05/05 20:01)
[35] 嘘つき永夜抄 その五[にゃお](2010/05/05 20:43)
[36] 嘘つき永夜抄 その六[にゃお](2010/09/05 05:17)
[37] 嘘つき永夜抄 その七[にゃお](2010/09/05 05:31)
[38] 追想 ~パチュリー・ノーレッジ~[にゃお](2010/09/10 06:29)
[39] 嘘つき永夜抄 その八[にゃお](2010/10/11 00:05)
[40] 嘘つき永夜抄 その九[にゃお](2010/10/11 00:18)
[41] 嘘つき永夜抄 その十[にゃお](2010/10/12 02:34)
[42] 嘘つき永夜抄 その十一[にゃお](2010/10/17 02:09)
[43] 嘘つき永夜抄 その十二[にゃお](2010/10/24 02:53)
[44] 嘘つき永夜抄 その十三[にゃお](2010/11/01 05:34)
[45] 嘘つき永夜抄 その十四[にゃお](2010/11/07 09:50)
[46] 嘘つき永夜抄 エピローグ[にゃお](2010/11/14 02:57)
[47] 幕間 その5[にゃお](2010/11/14 02:50)
[48] 幕間 その6(文章追加12/11)[にゃお](2010/12/20 00:38)
[49] 幕間 その7[にゃお](2010/12/13 03:42)
[50] 幕間 その8[にゃお](2010/12/23 09:00)
[51] 嘘つき花映塚 その一[にゃお](2010/12/23 09:00)
[52] 嘘つき花映塚 その二[にゃお](2010/12/23 08:57)
[53] 嘘つき花映塚 その三[にゃお](2010/12/25 14:02)
[54] 嘘つき花映塚 その四[にゃお](2010/12/27 03:22)
[55] 嘘つき花映塚 その五[にゃお](2011/01/04 00:45)
[56] 嘘つき花映塚 その六(文章追加 2/13)[にゃお](2011/02/20 04:44)
[57] 追想 ~フランドール・スカーレット~[にゃお](2011/02/13 22:53)
[58] 嘘つき花映塚 その七[にゃお](2011/02/20 04:47)
[59] 嘘つき花映塚 その八[にゃお](2011/02/20 04:53)
[60] 嘘つき花映塚 その九[にゃお](2011/03/08 19:20)
[61] 嘘つき花映塚 その十[にゃお](2011/03/11 02:48)
[62] 嘘つき花映塚 その十一[にゃお](2011/03/21 00:22)
[63] 嘘つき花映塚 その十二[にゃお](2011/03/25 02:11)
[64] 嘘つき花映塚 その十三[にゃお](2012/01/02 23:11)
[65] エピローグ ~うそっこおぜうさま~[にゃお](2012/01/02 23:11)
[66] あとがき[にゃお](2011/03/25 02:23)
[67] 人物紹介とかそういうのを簡単に[にゃお](2011/03/25 02:26)
[68] 後日談 その1 ~紅魔館の新たな一歩~[にゃお](2011/05/29 22:24)
[69] 後日談 その2 ~博麗神社での取り決めごと~[にゃお](2011/06/09 11:51)
[70] 後日談 その3 ~幻想郷縁起~[にゃお](2011/06/11 02:47)
[71] 嘘つき風神録 その一[にゃお](2012/01/02 23:07)
[72] 嘘つき風神録 その二[にゃお](2011/12/04 20:25)
[73] 嘘つき風神録 その三[にゃお](2011/12/12 19:05)
[74] 嘘つき風神録 その四[にゃお](2012/01/02 23:06)
[75] 嘘つき風神録 その五[にゃお](2012/01/02 23:22)
[76] 嘘つき風神録 その六[にゃお](2012/01/03 16:50)
[77] 嘘つき風神録 その七[にゃお](2012/01/05 16:15)
[78] 嘘つき風神録 その八[にゃお](2012/01/08 17:04)
[79] 嘘つき風神録 その九[にゃお](2012/01/22 11:18)
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[13774] 嘘つき花映塚 その十一
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/03/21 00:22






 一方的に蹂躙を行っていた風見幽香だが、レミリア達の登場によって場の状況は大きく一変する。
 幽香の持つ圧倒的な暴力を、レミリアは仲間の、友の力を借りることで押し返し、圧倒的絶望の状況を少しずつではあるが
優勢の状況化へと塗り替えつつある。数の暴力に対し、レミリア達は一人一人が己の役目に殉じることにより対抗していた。
 無論、レミリアを中心に個の集団が一つにまとまっている点も非常に大きな理由ではあるが、レミリアがどれだけ優秀な指揮官であろうと
決してこの状況は一人では生み出せない。何よりレミリアは自身のことを無能な指揮官だと理解している。だからこそ、彼女は
この場で共に戦ってくれている仲間達に、たった一つの指示しか出していない。それ以外は不要だと、余計な重荷になることを理解しているからだ。

『全てが済んだら、みんなでパーティーしましょう!だからみんな…その前に一暴れして頂戴!
貴女達の格好良い姿を私に見せて!一生脳裏に焼き付いて離れないくらい、うんと素敵な姿を私に!』

 レミリアが皆に頼んだ指示はたったその一言だけ。けれど、その言葉にレミリアは全ての想いを込めている。
 この戦場においてレミリアが何より望む絶対条件――誰一人死ぬことは許さないという点をレミリアは皆へ語った言葉に何より重きを置いている。
 故にレミリアはこの後のお祭り騒ぎという未来を語ったのだ。誰一人欠けることなく、この場を絶対に乗り切るのだという強い意志と共に。
 そして、レミリアが言葉に込めた『格好良い姿』の意味。それはつまり、『己が力を最大限に発揮出来る戦い方をしろ』ということ。
 レミリアのもとに集う者達は人間、月人、妖怪、亡霊と様々な者達が種族の枠を超えて集まっている。その者達は一人一人が得意とする
戦闘も異なれば、力を振える戦況も変わる。そして、それを知るのは己自身だけ。その力は未熟な指揮官の束縛では発揮出来なくなる可能性が高い。
 だが、この戦場――風見幽香という化物を相手にして、そんな生半可な応対は許されない。それぞれが百パーセントの力を発揮して
初めて彼女と対峙する資格を得る、それほどまでの存在と戦わなければならないのだ。
 故に、レミリアは仲間を縛らなかった。指示をせず、百戦錬磨の少女達の戦場における嗅覚を頼った。
 一歩間違えば総崩れする可能性だって孕んでいる無茶過ぎる作戦だが、その無茶を可能にする道をレミリアは歩んできたのだ。
 沢山の危険な目にあい、それでもレミリアは皆との想いを、絆を育んできた。そんなレミリアの想いをこの場の誰もが知っている。少女が
何を護りたいのか、何を幸せとするのか、どんな未来を紡ぎたいのか、この場の誰もが理解しているのだ。
 故に、レミリアの集めた者達は誰一人として一糸乱れることなく戦場を駆けた。力無き少女の夢を、未来を護る為に何が最善か、
自分に一番何が出来るのか――そして、何をすればこの少女の笑顔を紡げるのかを考えて、誰もが戦場で己が力を振うのだ。

 その結果が、今の戦場だった。己の得意分野を見極め、己の役割を全うする為に、少女達は誰に言われることなく己の戦場を決めた。
 風見幽香に相対するとき、大きな障害となる魔植物と異界の霊魂達。これをを排除出来ずに美鈴達は数の暴力の前に敗れ去ってしまった。
 だが、今の戦場において、その最たる邪魔者である二つは完全に抑え込んでいる。
 魔植物はリグルとミスティアがかく乱し、植物達が集まるであろう位置をてゐが割り出し、鈴仙が掃討している。
 これは鈴仙の多対一、そして遥か遠距離から外敵を一掃することに長けた能力を最大限に利用した戦術である。鈴仙にとって
一番のネックである攻撃力の薄さは植物相手にはあまり問題とならず、射撃時に無防備になる点はてゐの防御によってカバーされている。
 そして、鈴仙が仕留め損ねた植物はリグルとミスティアの餌食となるだけ。魔植物達を抑える為に組まれた急造パーティーではあるが、
彼女達はある意味、この場のどのパーティーよりも効率よく戦果を叩きだしているのかもしれない。それほどまでに、彼女達は魔植物を上手く抑えてくれている。

 それに対し、風見幽香が異界から呼び出した霊魂達の対応はというと――言ってしまえば、ほぼ完封である。
 先ほどまで美鈴達に恐ろしいまでに猛威を振っていた霊魂達は、今は最早何一つ外敵に抗うことすら出来ない。それほどまでに
霊魂達にとって対峙する二人――西行寺幽々子と魂魄妖夢との相性が悪過ぎた。魂を操る力を持つ亡霊姫と魂を冥界へ送る剣士という二人には。
 だが、本来ならばこの二人も霊魂達にとっては恐れるべき相手ではなかった筈なのだ。何故なら霊魂は『この世界』の存在ではない。異界の
霊魂とこの世界の霊魂とでは魂の在り方が根本から異なる。構造が違えば、例え霊を操る力を持とうが、成仏させる力を持とうが、意味はない
 触れたことのないモノを己が能力と適応させるには、即座にという訳にはいかず、少なくとも数か月もの訓練が必要になる筈なのだ。
 しかし、西行寺幽々子と魂魄妖夢は魂の適応に微塵も労苦することはない。それは彼女達がこの数カ月の間、異界の魂に対して適応する為の
訓練を積んできた証拠に他ならない。そう、彼女達は数カ月も前の時より、この瞬間を予想して力を重ねてきていたのだ。
 どうして彼女達がこの状況を読み取れたのか、こうなるであろうと未来を読めたのか。その答えを訊ねれば、幽々子は微笑んで
『私の悪友に聞いて下さいな』と答えるであろう。この戦況を予期していたのは、彼女の親友である八雲紫。そして親友の不確定な
未来を、幽々子達は見事形に現してみせた。本来ならば戦場を掻き乱し、ある意味においては幽香よりも厄介な存在である霊魂を二人は仕留めてみせたのだ。

 このように二つのパーティーによって魔植物と魂はほぼ完全に抑えられているが、それでも撃ち漏らしは必ず存在する。
 彼女達の手の届かなかった連中が、幽香と対峙する者達や怪我人達の元へ魔の手を伸ばそうとすることは一度や二度ではない。だが、そんな
闖入者が他の者達の元へ届くことは決してなかった。何故なら、この戦場には非常に優秀な遊撃手が二人も存在する為だ。
 ――八意永琳と十六夜咲夜。彼女達は常に広く戦況を見極めながら、戦場が常に有利な場を形成するように戦場を立ち回っている。
 少しでも油断をすれば一気に押し込まれる、そんな戦況を上手く支え、時に遠距離から、時に近距離から刃を振う、それが彼女達の役割だ。
 派手な活躍など不要、求めるは結果のみ。荒れ狂う戦場が表とするならば、影に溶け込み音も無く獲物を仕留める彼女達は裏の存在。
 だが、その力は奇跡を成立させるためには必要不可欠な力であることに間違いなどあろう筈もない。誰よりも静かに、誰よりも強く、戦場を二人は駆け抜ける。



 植物と魂を抑えたならば、残るは風見幽香だが、残る勢力で一気に…などと楽をさせてくれないのが風見幽香が大妖怪たる証。
 彼女は己が力を分け、自身と何一つ相違のない程の力を持つ分身を二体構築し、戦火を更に広げて嗤う。
 そんな風見幽香に相対するは、蓬莱山輝夜と藤原妹紅の二人。射命丸文とアリス・マーガトロイドの二人。そして、伊吹萃香の一対一だ。
 彼女達の戦況を評するならば、それぞれをこう評するだろう。輝夜と妹紅を『優勢』、萃香を『拮抗』、そして文とアリスを『予想外』と。

 それぞれの状況をこと詳細に語るならば、まずは輝夜と妹紅と幽香の戦況だが、彼女達は優勢、それも幽香をやや押しているといっても
決して過言ではない状況だ。美鈴達のときとは違い、彼女達には魔植物や霊魂という障害物が発生しない為、彼女達は戦場をフルに駆け回り
己が力を発揮出来る状況ではあるのだが、それでも相手は風見幽香。幾ら分身体とはいえ、相応の力を持つ相手。決して優位に立ち回るのは
簡単なことではないのだが、それでも彼女達は風見幽香相手に優勢を堅持しているのだ。
 その最たる理由は、二人の絶妙なコンビネーションにある。輝夜と妹紅は互いが互いの意志を疎通し合っているかのように、幽香にとって
非常に嫌らしい攻撃を合わせてくる。妹紅が幽香から離れるかどうかのギリギリの点で、輝夜は弾幕の嵐を降り注いだり、輝夜が幽香との
距離を縮めて搦め手を打てば、輝夜もろとも焼き尽くすかと思うような火の鳥を妹紅が放ってきたりと、対峙する幽香ですら呆れてしまいそうに
なるほどに味方を撃つギリギリのラインを二人は攻めてくるのだ。まるで仲間を巻き込んでもお構いなしなのかと疑いたくなる程に。
 一見無茶苦茶な戦法に見えるが、妹紅や輝夜のような大火力を持つ者達がその戦法を取れば、対峙する相手はたまったものではない。
 一人が足止めをし、もう一人が大火力で攻め、足止め役は攻撃を分かり切っていたようにギリギリで回避し無傷で乗り切る。まるで相方が
死に際した時、どのような行動に移るのかを読み切っているような戦法に、幽香は上手く戦況の手綱を握れずに削られていた。
 お互い手の内はまだ晒していないものの、現状のカードの切り合いにおいては輝夜と妹紅が上回っている。故に『優勢』なのである。

 次に萃香と幽香の立ち合いだが、良くも悪くも大妖怪同士の力の比べ合い、二者の戦闘は完全に膠着状態に陥っていた。
 その結果について萃香を不甲斐ないなどと責める者がいれば、何も知らぬ愚か者と嘲笑されるだろう。それほどまでに萃香は実に見事に
幽香の神域に到る暴力を捌いていた。今の幽香の力――『本体』の幽香の力は、こと接近戦に限定すれば、萃香以外誰一人として凌げなかっただろう。
 彼女達の拳は山をも砕く力を持つ、それが目にも止まらぬ速度で出し入れされ、その中に更にフェイントを含めた駆け引きまで交わってくる。
 更に距離を取れば取っただけ選択肢も増え、相手の行動がどうくる、などと頭で考えていれば即座に仕留められる、そんなレベルで彼女達は
殺し合いを行っているのだ。それなのに、萃香も幽香も恐怖や苦悶の表情一つ見せることはない。
 彼女達は真剣だった。殺し合いに関して、彼女達はこの場の誰よりも経験を重ね、限定的ではあるが『最強』と評される存在となった者達だ。
 互いの力量を互いに把握し合っているからこそ、この殺し合いに格下など存在しない。暴力に呑み込まれた者は無様な屍を晒すだけ、ただそれだけなのだ。
 大地を割る蹴りを繰りだし、月を破砕する拳を突き、死と隣り合わせの舞台の上で戦闘者達は踊り狂う。共演者の命が尽きるまで、何処までも。


















 そんな戦況を、大地から見上げる少女が一人――フランドール・スカーレット。
 最早、己の独力では身体を起こすことすら叶わず、フランドールはパチュリーに身体を起こしてもらい、なんとか空を見上げている有様である。
 それも当然の状態だった。ただでさえ、フランドールの身体は狂気が進行し、何時死んでもおかしくない状況なのだ。
 パチュリーの睡眠魔法により、症状の進行を抑えてはいたが、今日は数々の無茶を行ってしまった。その代償が今の少女の姿である。
 肩で呼吸をし、意識すら朦朧とさせるフランドールに、パチュリーと傍にいる美鈴は心配して声をかける。

「フランドール…やはり、今からでも遅くはないわ。睡眠魔法なら、貴女の身体の症状の進行を…」
「いいよ…必要無い…今更、眠って…どうなるのよ…今、私達がすべきことは…お姉様の、力になること…少しでも、力になることよ…」
「ですが、フランお嬢様…」
「…死に急ぐ、つもりもないわ…だけど、今は…今だけは…」

 パチュリー達の制止の声に首を振り、フランドールは空で踊り狂う幽香を見上げる。
 幽香の引き起こした異変…否、最早異変と表現することすら出来なくなりつつあるのかもしれない。彼女にもしレミリア達が負けたなら、
彼女は己が意志のさじ加減一つで幻想郷を破壊することが出来る力を持っているのだから。彼女の執心対象であるレミリアが期待外れに終わった時、
はたして彼女がこの幻想郷を永らえさせる理由など存在するのだろうか。
 幸か不幸か、ここには幻想郷有数の戦力が恐ろしいほどに揃ってしまっている。この面子で止められぬ相手を、はたして他のバラバラで
まとまりのない妖怪達に止められるのか。それを考えれば、ここが最後の境界線なのかもしれないとフランドールは考える。幻想郷を守る、最後の一線がここなのだと。
 別段、フランドールは幻想郷を守るなどと考えたことは一度もない。しかし、この世界には姉がいる。大切な人達がいる。
 だからこそ、結果として守らなければならない。幻想郷を守る為に、あの妖怪を止めなければならない。あの大妖怪、風見幽香を。
 そしてフランドールはそれがどれほど難しいことかも十分に理解している。今でこそ、レミリア達の登場により優勢を保っているが、
それは所詮風見幽香の『お遊びの範疇』でだ。その証拠に、風見幽香は一度とて『幻想郷を破壊できる程の力』を他者に向けていない。
 恐らくは風見幽香本体と対峙している伊吹萃香は気づいているのだろう。彼女がまだカードを隠していること、そして全力を出していないことに。
 このままでは駄目だ。きっとこのまま時間が流れていけば、間違いなく風見幽香が最後まで立つ結果となってしまう。

 そう考えてしまうフランドールだが、その不安が表に出てしまうことはない。何故なら少女の弱気な心を、一人の少女が幾度と打ち消してくれるから。
 フランドールが空から視線を逸らしたその先に立つ少女――それは、彼女が誰より愛する気高き姉の姿。
 レミリアは戦闘が始まってから、一度もぶれることなく、じっと戦況を観察し続けている。恐怖を押し殺し、身体の震えを抑え込み、勇気だけを
武器に何処までも勝利を信じて己の役割を果たしている。そんな姉の姿が、フランドールの心を何処までも安心に導いてくれる。
 みんなが死んでしまうという不安も、風見幽香に勝てないという不安も、その全てを姉の背中が吸い込んで消してしまう。
 諦めない。レミリアは絶対に諦めない。少女は愚直なまでに必死に前だけを見て走り続けている。
 どれだけ滑稽に思われても、どれだけ無様に思われても、そんなものをモノともせずにレミリアは未来だけを見つめて全力で走ろうとしている。
 その姿に、フランドールは心の中で想うのだ。姉は、レミリア・スカーレットはやはり世界で一番のお姉様なのだと。
 想いだけでは何も変えられない。想いだけでは奇跡なんて起こせない。それでも、想いを持つ者、信じる者だけが世界を変えることが出来る。
 どんなに薄い可能性でも、レミリアは幸せになる為の道を諦めない。その姿勢が、在り方こそが世界に愛される者の資格にして資質。そんな
レミリアだからこそ、風見幽香も彼女に入れ込んだ。運命を、世界を一人の存在で変える可能性を持つ者だと認識した。

 そんな姉の姿に、フランドールは心を決める。今の自分に出来る、今の自分の最後の役割を果たすことに。
 きっと『今の』レミリアには必要な力になる筈だから。必死で在るモノだけで姉は乗り切ろうとしているが、それではきっと勝ちは拾えない。
 勝ちを拾う為に犠牲が必要だとは言わない。それでも、それに近いモノを差し出すことで可能性を高めることは出来る。
 何もしなければ、あと一週間は生きられるかもしれない。それをしてしまえば、もう一日も生きられないかもしれない。
 きっと姉は怒るだろう。姉は本気で怒るだろう。それでも、それでもフランドールは願う。
 最後に姉に会えた。姉に抱きしめて貰えた、それだけで自分は十分幸せだったから、だから今度は――自分が姉に返す番だ。
 フランドールの異変、それにいち早く気づいたのは傍にいたパチュリーだった。目を見開き、声を荒げてフランドールを制止する。

「っ何をしているのフランドール!?止めなさい!!貴女はそんな無理に耐えられる身体じゃ…」
「…止めないで、パチュリー…これは、絶対に…必要な、ことなんだから…
今の…お姉様は…自分で空を飛ぶ翼を持たないから…お姉様だけでは…きっと、この奇跡は起こせない…」
「フランドール…貴女…」
「フフッ…馬鹿だよね…私、こんな状況なのに…嬉しいんだ…
やっと…お姉様の…力になれる…本当の意味で…お姉様の、力になれるんだ…それが本当に嬉しいんだよ…パチュリー…美鈴…」

 フランドールは掌に力を集中させ、激痛を必死に堪えながら深紅の魔槍を形成する。
 それはフランドールの残された力の全てを集約した、神槍の名に相応しき力を秘めた槍。
 最後の力を振り絞り、完成した恐ろしき程の力を秘めた魔槍を美鈴に渡し、フランドールは言葉を紡ぐ。

「美鈴…これを、お姉様に…渡して…
この力は…お姉様の力…私がお姉様にあの日貰った…絆の力…この力は…きっと…お姉様の…役に、立つから…」
「フランお嬢様…分かりました。この槍は私が確かにレミリアお嬢様に」
「お願い…お姉様に…一言…伝えて…『フランも一緒』って…」
「フランドール!?」

 美鈴に魔槍を渡し終え、意識を失ったフランドールにパチュリーと美鈴が即座に彼女の症状を魔法と気によって確認する。
 依然症状は酷くあるものの、気を失っただけということを知り、二人は安堵の息をつく。そして、美鈴はフランドールの
意志を形に為す為に、その場から立ち上がり、少し離れたレミリアの方へと近づいていく。
 そして、以前空を見上げ続けるレミリアの邪魔にならないように、背後から美鈴はレミリアに向けて言葉を紡ぐ。

「レミリアお嬢様…フランお嬢様よりこれをお渡しするように、と」
「…あのお馬鹿、また無茶をして。それで、フランは…?」
「気を失っていますが、即座に死ぬようなことはありません。ですが…この戦況が長引けば」
「そう…」
「それと、フランお嬢様から伝言が…『フランも一緒』、と」
「…負けられないわね。あの娘から貰った勇気、決して無駄には出来ないわ」

 レミリアは振り返らぬまま、空を見上げたまま美鈴から魔槍を受け取る。
 まるでフランドールからの預かり物がなんであったかを知っていたように、あまりに冷静な反応に美鈴は少しばかり目を丸くする。
 それはレミリアが冷酷だとか、冷たいなどと馬鹿な感想を抱いた為ではない。以前のレミリアならばフランの症状に動揺し
集中力を幽香に対しこの場で切らせていた筈だ。それなのに、今のレミリアは少しも動揺せずに、淡々と美鈴から槍を受け取っている。
 レミリアの行動、それはフランの行動の重さを重々理解しているということ。だからこそ、一刹那の隙をも幽香から見落とさぬよう、
意識を幽香から決して切らぬ姿に美鈴は一部下としてではなく、一武人として敬意を表さずにはいられなかった。
 今は感じられないが、幽香に相対したときに放った強大な妖気。そして今の応対、在り方。その姿に、美鈴は内心で思考する。
 この姿を、このレミリアをフランドールは知っていたのか。この誰よりも王者たる、優しさや温かさだけではない、レミリアの姿を。
 答えの出ない思考をしていた美鈴に、空を見上げたままで、レミリアはぽつりと言葉を紡ぐ。

「ねえ美鈴――今の私は、強く見えるかしら」
「…見えます。風見幽香に妖力を解放したレミリアお嬢様の姿、それは八雲紫にも引けを取らぬと贔屓目無しに断言出来ます」
「そう、紫と一緒っていうのは少しだけ嫌だけど…ありがとう、美鈴。
他の誰でもなく誰より永く私に仕えてくれた貴女の目にそう映るならば、私達には十分過ぎる勝機があると私は考える。
だけど美鈴、貴女は貴女のままで私を見つめていて頂戴。今、貴女の目の前に立つ私は、貴女の知るレミリアと何一つ変わらないわ」

 レミリアの言葉から紡がれた言葉に、美鈴は少しだけ言葉を返すのを躊躇う。
 そして、軽く息を吐いて美鈴は少しばかり笑みを浮かべて言葉を返す。それは懐かしい二人の絆。

「――当たり前でしょう。例え何年経とうと、貴女は私の知ってるレミリアなんですから。例え貴女がどう変わろうと私の見る目なんて絶対に変わりませんよ。
私が触れたいと、共に在りたいと願った少女…誰より真っ直ぐで努力家で不可能を可能にしてみせる吸血鬼――それがレミリア・スカーレットなんですから。
それは私だけじゃなく、パチュリーだって咲夜だって同じですよ。どんな風になっても、例え不要と言われても、私達は全力でレミリアを護りますよ」

 驚くのは、今度はレミリアの番だった。
 美鈴のしてやったりという風に笑って告げた言葉に、やがてレミリアもまた微笑み、風に乗せるようにそっと言葉を紡ぐ。

「ありがとう、美鈴…貴女に出会えて、本当に良かった。――貴女達の想い、私は決して無駄にはしないわ。
美鈴が、パチュリーが、咲夜が、そしてみんなが…フランが一緒なら、私はどんな相手にも、絶対に負けてなんてあげないんだから」






















 魔植物への対応、霊魂達への戦略、そして二体の風見幽香との戦況の報告は上記した通りである。
 そこで、先ほどは触れなかった最後の戦場、風見幽香と相対する二人――射命丸文とアリス・マーガトロイド達の戦いについて触れる。
 文とアリスの二人と風見幽香の戦いについて、前述した際は『予想外』と評した。その理由は今、彼女達の舞い踊る戦場に答えがある。

「っ、羽虫がっ!!」

 苛立たしげに力を解放する幽香だが、それは果たして本日何度目の空振りか。
 幽香の放った衝撃波では、彼女の周囲を駆け抜ける旋風を一瞬たりとて足止めするには至らない。
 常人には捉えられぬ速度を以って、空を翔ける黒き翼はその刃を次々と幽香目がけて切り刻む。
 小さな竜巻が放つ真空の刃を幽香は最小限度の回避行動だけで致命傷を避け続ける。やろうと思えば、より大きな力をもって
その風を打ち消し強行突破することも可能なのだが、その『罠』に二度もかかってやるほど幽香は愚かではない。つまらぬトラップの代償は
彼女の左腕で既に支払われている。未だ再生しない左腕に視線を送り、舌打ちを一つついて幽香は次にくるであろう大砲に備える。
 嵐が過ぎ去った後に訪れるは、全てを呑み込む略奪の光。嵐の通過と共に、幽香目がけて放たれる大魔法。防ぐことも返すことも難しいそれを
幽香が出来ることは憎々しげに必死に回避することだけ。大魔法を全力で回避した幽香だが、そこで油断することは決して出来ない。
 何故なら彼女が相対するは、幻想郷一の疾さを持つ風神少女。回避際を狙われ、幽香は背中を風の刃にて切り裂かれる。表情を歪ませる幽香に、
距離置いて舞い降りる空の支配者――射命丸文は顔色一つ変えることなく淡々と言い放つ。

「ちょこまかとよく避ける。一体どっちが羽虫か分からないわね、風見幽香。あれだけの大口を叩いて逃げ回るだけしか能がないのかしら?」
「…面白いわね、本当に面白いわ。一介の鴉天狗だと高を括っていた。所詮は他者に媚びる妖怪と見下していた。
それが今、貴女は私を追い詰めている。これは一体何の冗談かしらね、射命丸文。それだけの実力があれば、山でも相応の立場になれたでしょうに」
「私が欲するのは束縛ではなく自由よ。私が生きるは誰かの上ではなく、空の上。私は別に誰が上で誰が下かなんて興味無いのよ。
そして私が本気の力を振うのは、私が心からその時だと決めたとき――生まれて初めてよ、誰かを殺す為に本気で力を行使するのは」
「フフッ…それほどまでにあの小娘が大切なのかしら?そしてそれを裏切った私が憎いのかしら?」
「ええ、憎いわ。自分でもらしくないとは思うけれど…腸が煮えたぎって仕方ないのよ。
あの娘は、レミリアは貴女のことを好きだと言った。貴女の事を大切な友達だと言った。それなのに、それなのに…」
「…滑稽よね。こんな妖怪を信じるなんて、友達だと思うなんて本当に哀れで涙が出そう。
本当、レミリア・スカーレットには笑わせて貰ってばかり。あの娘は他人に運命を狂わされ、踊らされて死ぬ定めにあるのではなくて?」
「一生懸命だったのよ…レミリアは、どんなに屑なお前も最後まで信じてた。お前に貰った花を大切にしていた。
それをお前は土足で踏み躙るなんて表現すら生温い程の行動を起こした。妹を、家族を傷つけ、レミリアの想いに唾を吐きかけ…」

 そこで言葉を切り、文は己の感情をクールダウンさせるように大きく一度息を吐き、そして続ける。

「…もう問答は不要でしょう?お前に未来など必要ない、語る言葉すら持ち得ない。お前はここで死ぬのよ、風見幽香」

 最後だとばかりに、文は身体の中のギアを一気にトップギアへと切り替える。
 それは神速、それは雷光。恐ろしいほどの速度と熱を蓄え、文は空を縦横無尽に駆け巡る。
 そんな文の動きを幽香は抑えられない。しかし、文ばかりに気を取られる訳にはいかない。そちらに意識を向き過ぎれば、今度は
アリスの砲撃が待っている。あの一撃は食らってはならない。昔は振り回されていた究極の魔導書を今のアリスは完全に使いこなしている。
 あれは略奪の力、あれは吸収の力。その証拠に、アリスの魔術に捕らわれた腕は未だに回復する気配がない。あれは妖怪を滅することに
特化した魔法だ。あれの直撃だけは、絶対に避けなければならない。意識を広く持ち、二人の気配に集中する幽香だが、最早彼女に二人を防ぐ術は無かった。
 幻想郷の誰より早い文と後方から誰より重い砲撃を放つアリス。この二人を崩すには、まずは前線の文をなんとかしなければ
いけないのに、その文が今の幽香では捕まえられない。そこを手間取っているうちに、アリスからの恐ろしい魔法が飛んでくる。
 言ってしまえば、実は文とアリスはオフェンスとサポートが前衛後衛で入れ替わっているのだ。前線で飛び回る文が、大砲撃を行う
アリスのサポートであり、その一撃を持って幽香の命を根こそぎ奪う、それが可能な魔法をアリスは使用しているのだ。
 だからといって、文に決定力が無いのかと問われれば、決してそうではない。文の十分過ぎる程の速度が込められた一撃は
今の幽香では耐えるのがかなり難しい。鬼の拳と比肩しても劣らない程の一撃を文は繰りだせるのだ。攻防一体の一撃を。
 なんとか勝機を探る為に、必死に猛攻を耐える幽香だが、そのときは訪れなかった。訪れるのを許す程、文とアリスは甘くはない。
 やがて、文のラッシュに根を上げ回避に移った幽香に、アリスの狙い澄ました一撃が放たれる。もう一本の腕を犠牲にすることを覚悟し、
必死の防御を試みて足を止めた幽香であったが――それが彼女の致命的な判断ミスとなった。
 風神が世界を支配するこの戦場において、幽香は決して足を止めてはならなかったのだ。足を止めれば最後、風は容赦なく幽香の首を狙うのだから。

「あ――」
「――終わりよ、風見幽香。私の大切な友人を穢したその罪、お前の命で確かに贖ってもらったわ」

 風神三閃。文の繰りだした風の刃により、幽香は人間体を維持するには不可能な状態――その身を四分割に刻まれる。
 そして、回復の時を待つには余りに大きな隙が生じる。如何に大妖怪といえど、身体を復活する為の時間は誰しも平等に必要とする。
 その時間を待つ、そんな優しさを二人は決して見せたりなどしない。バラバラに刻まれた幽香を呑み込むはアリスの放つ大魔法。

「…まず、一体、ね」

 幽香を完全に消滅させたのを確認し、アリスは軽く息をつく。
 あれだけの大魔法を連続で放ち続けたのだ、身体に疲労が無い訳ではない。しかし、それでもアリスは弱音を吐かない。
 幽香を滅ぼしたことに喜びも油断もすることなく、次の標的を見据えて再び精神を集中させて力を高めていく。
 そんなアリスの横で、文は羽を羽ばたかせながらアリスに対して言葉を紡ぐ。

「残る二体…どちらかが本体、ということかしら」
「恐らく、ね。だけど、こんな力を持つ分身なんて、そう何体も作れる訳がない。
自分の分身を作るのは、それだけで恐ろしく力を必要とするわ。ましてや自分と同じ力量を持つ程ならば、天文学的な量となる。
…幽香らしくないわね。あの幽香が、ただの弾幕勝負ならまだしも、殺し合いの場においてそんな魔術を使うなんて…非効率的過ぎる。
そんなことをするくらいなら、人数的な不利を承知で自分一人で戦う方が、遥かに強い筈。それなのに…」
「確かにね…でも、結果が全てよ。アイツはそんな馬鹿な魔術を使い、そして私達の前に敗れ去った。ただそれだけ。
さあ、萃香様やあの二人をサポートしに向かいましょう。残る二体を消して、それで終わりよ」

 首を捻るアリスをおいて、文は次なる標的を消す為に他の幽香の元へ向かおうと翼を広げる。
 少女のそんな行動を油断などと断ずるにはあまりに酷過ぎるだろう――刹那、文の片翼に恐ろしく膨大な力の刃が貫いた。

「――っ!!!!があああ!!!」
「文っ!?」
「――勝利の余韻に浸るには、まだ早過ぎではなくて?射命丸文、そしてアリス・マーガトロイド」

 翼を切り裂かれ、苦悶の声を発する文と驚愕の表情を浮かべるアリス。
 そんな彼女達の背後に存在する一人の女性の姿。微粒子と化した妖気の粒が一つ一つ集まり、人間の身体をゆっくりと形成していく。
 やがて、何とか立ち上がる文とアリスの前に妖艶に微笑む女性――風見幽香が楽しげに二人に言葉を紡ぐ。

「私を倒してみせたのは素直に称賛を送るけれど、そこで満足されては困るわね。
ここで逃げられてしまうと、貴女達の中で『風見幽香は弱い』という誤った認識のままになってしまう。それは決して見過ごせないわ」
「馬鹿な…どうして、お前が…そうか、分身ならば…」
「ご明察通り。例え分身体が敗れても、本体さえ残っていれば修復可能よ?ごめんなさいね、ぬか喜びさせてしまったみたい」
「そんな…嘘。あれだけの力を持つ分身体なのに、再び作れる筈が…」
「そんなの、どうだっていいわ…また対峙するというのなら、何度でも殺すだけよ…沢山殺せば、そのうち本体がガス欠起こすでしょ。
風見幽香、貴女の分身体では決して私達に勝てないわ。何度立ち上がっても無駄よ、私達は幾度でも貴女を殺すわ」
「幾度でも…ね。フフッ、フフフフッ、アハハハハハハハハハハッ!!!!!!」

 文の言葉に、幽香は我慢を抑えられなくなったのか、突如として大声で笑い始める。
 そんな幽香の行動に、文もアリスも困惑し表情を顰める。やがて満足したのか、幽香は楽しげに笑みを浮かべたままに会話を続ける。

「いいわ、その僅かな希望を抱いて強がる姿、実に滑稽よ。
その瞳が一体どのような絶望に染まるのか、本当に楽しみよ…フフッ、フフフッ」
「…何をゴチャゴチャと。いくわよ、風見幽香。さっきと同じように貴女を殺してあげる?」
「ええ、いいわよ射命丸文。ただし、先に忠告しておくわ――今回の私の妖力は、先ほどの分身体の三倍程の力を詰めてあるわよ?」
「なっ――」

 それ以上、その場の誰も言葉を続けることが出来なかった。
 力を解放する幽香。その姿に文もアリスも言葉を失う。それは幻想郷を揺るがす程に強大な妖気の放出。
 その力の大きさは大妖怪として他の者達が並ぶことをも不可能にさせる、それほどまでに単純に莫大な妖気の量で。
 呆然とする文とアリスに、幽香は楽しげに説明を続ける。

「さて?今の私の妖力、単純な大きさの比較で言うと伊吹萃香と同等くらいかしら?
八雲紫にはやや届かないくらいだけど…それでも貴女達を相手にするには十分過ぎるかもしれないわね。
さて、貴女達に伊吹萃香が倒せるだけの力があるかしら?もし倒せたなら、私は心から称賛を送り、次の分身体を作ってあげるわ。
次はそうね…最初の分身体の六倍程度の力を詰めてみるのはどうかしら?六倍となると、果たして幻想郷に並ぶ程力を持つ者が存在するかどうか。
もしその私を倒せたならば、貴女達は胸を張って幻想郷最強を名乗りなさいな。その後、十二倍程妖気を高めた私が相手をしてあげるから」

 幽香の説明に、文とアリスは言葉を返せない。最早、幽香の語っていることが現実として理解出来るのかどうか。
 それほどまでに、幽香が語った現実はあまりにフザけた現実過ぎた。どれだけ幽香を倒しても、幽香の妖気が尽きることはない。
 それどころか、何倍も強化した上で生み出すという。そのあまりに笑い話にもならない内容を下らない戯言と一蹴することは二人にはどうしても出来ない。
 何故なら今、幽香は現実に分身体を三倍強化して送りだしてみせたのだ。この現実が文達の心を縛り、絶望という水を浸食させる。

「どうして…どうして、そんなことが可能なの…在り得ない…そんなこと、無限の妖力でもない限り、一人の妖怪に…」
「確かに無理な話よね。でも、もし私がそれを持っているとしたらどうかしら?
無限とは言わない…けれど、無限に近い膨大な妖気を持っていたならば?そうね――例えば世界一つ分の力なんてどうかしら?
もし私が『世界と一体化』していて、己の匙加減一つで幻想郷と異なる世界から力を引き出せるとしたら?私と世界がつながっていたとすれば?」

 幽香は楽しげに笑いながら、そっと指を鳴らす。
 その合図を皮切りに、誰もが力を合わせ合って優勢を保っていた戦況が一変する。
 皆の奮闘により、相当数の数を駆逐した魔植物と魂達――それらが再び戦場に蘇る。幽香の復活を祝うように、以前以上の力をつけて。
 そして輝夜と妹紅の前に対峙していた、もう一つの分身体である幽香の身体から、先程同様恐ろしき妖気の爆発を観測する。こちらも
外界から力を受け取り、強化されたのだろう。あれほどまでに必死に優勢を築き上げていたのに、その状況は呆気なく瓦解してしまう。
 その場の誰もが驚愕に表情を歪め、そして心の中にゆっくりと『絶望』という名の空気が浸食していく。染み出してしまえば最後、その
感情は何処までも止まらない。まるで雪道を雪玉が転がり落ちていくように、絶望の色は深く暗く皆の心を染め上げて。

 風見幽香。人々の心に絶望の色を為す稀代の大妖怪。
 その妖怪は口元を禍々しく歪め、狂気を心に宿し、その場の全ての者達に宣言する。

「フフフッ…さあ、嘆き、悲しみ、己が無力に絶望なさいな。
貴女達が相対するは個ではなく世界――狂気に彩られた世界を消し去らぬ限り、貴女達に未来はないわ。
もしまだ抵抗すると言うのなら、運命を打ち壊す程の意志と決意を持って、この私を殺してみせなさい。
それが出来なければ、私は貴女達を――この世界の全てを壊し尽くして消えるだけよ」

 世界が絶望に染め上げられる。世界が終焉の気配を漂わせる。
 僅かではあるが、この場の誰もが心に絶望の闇を抱いてしまっている。力在る者ならば、風見幽香の出鱈目さを嫌が応にも理解してしまうから。
 もし、この現状で微塵も絶望に感化されていない者が存在するのならば、人々はその者をこう表現するだろう。

 それは恐ろしい程に救いようのない大馬鹿者。
 ――けれど、それでも最後の最後で奇跡を起こすに値する資格を持つ、最強無敵の大馬鹿者、と。





































 追想 ~名も無き妖怪~









 ――世界の崩壊。全ての終焉。それは本当に余りにも唐突だった。


 その理由は、今となっては知る由も無い。
 彼女の住まう世界は顕界が在って成り立つ世界。その世界が崩壊したのならば、顕界もまた終焉を迎えた可能性が高い。
 人間達が愚かにも競い合い、我先にと生み出し合う世界を壊すモノ達が放ちあったのか、外宇宙から石ころでも飛び込んできたのか、
はたまた全ての生物を死滅させる災厄でも広まったのか。全てを失ってしまった後では知る由もないが、その日確かに世界は滅びたのだ。


 今となっては名も無き妖怪。その世界に己の全てを置き忘れてしまった妖怪。
 彼女はその世界――幻想郷で手に入れた全てのモノを一瞬にして失ってしまったのだ。



 幻想郷は滅びた。けれど、彼女は生きている。
 その理由は、彼女が幻想郷とは全く異なる次元世界との境界に居を構える妖怪だった為。
 彼女が幻想郷ではなく、その次元世界…夢幻世界側に咄嗟の判断で館を移転させたことが彼女の命を救った。
 否、彼女だけではなく彼女の部下でもある三人の妖怪達の命もなのだが、結局それは己が死を少しだけ先延ばしにしたに過ぎなかった。
 何故なら妖怪は人間無くして存在できぬ者。世界が消え、人間達が一人残らず失われた世界で、妖怪が生きていける筈がなかった。



 顕界が消え去り、人間から考えれば果てしなく長い年月が流れ、その妖怪は一人になっていた。
 共に在った彼女の部下達は一人、また一人と衰弱していき…そして最後は、主に力を託して死んでいった。
 死に向かう際、彼女の部下達は誰一人として恐怖や悲しみに囚われることなく、笑ってこの世に別れを告げた。
 何故なら、己の死が主の生を先送りにする。己の力を養分に、主はまだ永きを生きることが出来る。そのことが彼女達には誇らしかった。
 そんな部下達を、妖怪は涙一つ流すことなく見送った。ただ、一言。『救えない馬鹿ね』とだけ呟いて。
 死後の部下達の魂は閻魔達の元へ向かうことはなかった。否、向かうことが出来なかったと言っていい。恐らくは顕界が壊れてしまった
ときに冥界なども共に滅びてしまっているのだろう。当然だ、生きるモノが存在しない世界…そもそも世界すら存在しないのに、
裁きを行うモノが存在すること自体が在り得ないのだから。部下達の魂は夢幻世界へと残り、敬愛する主の傍に残ることになる。



 それからまた年月が流れ。
 妖怪の元に奇怪なモノが流れ着く。それは顕界に在る筈の夥しい数の魂達。
 何処から流れ着いたのか。全てが夢と幻で成り立つこの世界では、足跡を辿ることは叶わないが、それでも魂達は彼女の知る地、
幻想郷に住まう者達の魂だった。何故それが分かるのか――その理由は簡単で、彼女の知る者の魂をそこで見つけた為だ。
 幻想郷を失い、裁きを受けることも出来ず、何も無い虚空を漂い続けた魂達が辿り着いた先が、同じく先も未来も無い、死を待つだけの
自分の元であると知り、妖怪は思わず苦笑する。だが、同時に思う。それが滅びの定めであったというのなら、それも悪くはないと。



 数えるのも億劫になる程の時間が流れ、とうとう妖怪も避けられない死と対面する時が訪れることになる。
 部下の妖怪達三人分の力で生き延びることが出来ていた妖怪だが、それでも最早限界だった。
 指一本動かせない自身に、妖怪は嗤う。かつて最強と謳われた自身が、最期はこのザマなのかと哂う。
 どんなに強くとも、どんなに力を持とうとも、所詮気まぐれな世界の命運一つで終わってしまう現実。
 どれだけ最強であっても、これが運命なのだと言われればそれで全てが終焉。結局それでは無力と同義だ。

 その現実が妖怪の心を酷く苛立たせる。
 自分は強者。それでも、自分は搾取される側に回ってしまった。
 世界は自分から全てを奪った。遊び相手を、部下を、そして今自分の命をも奪おうとしている。
 
 憎かった。世界が、運命が。
 殺してやりたかった。たかだか世界一つすら跳ね除けられない無力な己自身を。

 終わる。まもなく己が命が尽きようとしている。
 自分が死ねばどうなるのか。この迷える魂達は、自分の部下や友の魂は何の救いも無く、惨めなままに彷徨い続けるのか。
 何一つ満足出来ず、不完全燃焼のままに自分は殺されるのか。
 そんな無様な自分の醜態を世界は指差して笑うだろう。運命すら抗えぬ下らぬ妖怪だと、何も残せずに消されるのだろう。



















 ――ふざけるな。


 ――たかが世界如きに、たかが運命如きにくれてやるほど、この命は安い命ではない。


 ――理不尽な世界など叩き潰す。舐めた運命など砕いてやる。


 ――欲しい。力が欲しい。


 ――どんなふざけた世界にも負けぬ力が、どんな理不尽な運命にも抗える力が。


 ――もし、自分が手に出来ないというのなら、他の者が持っていても構わない。


 ――例え自分が死んだとしても、その者が殺してくれるなら構わない。


 ――殺す。殺す。絶対に殺す。どんなに惨めでも、無様でも構わない。


 ――どんな手を使っても、どんな犠牲を払っても、お前だけは必ず殺す。






















 ――私達を滅ぼした『世界』と『運命』を、私は必ず殺してやる。






















 執念が、妖怪を生かす。

 どす黒い程の殺意が、妖怪を更なる高みへ押し上げる

 夢と幻によって成り立つ空の世界である夢幻世界は、一人の妖怪の果てしなき悪意により世界の在り方を変える。

 どこまでも悪意を飲み込み、何処までも殺意を取りこみ。

 生きる。まだ死ねない。まだ殺していない。まだ自分はやるべきことが残されている。

 ある種において誰よりも純粋な願いを、夢幻世界は呼応するように応えてみせる。

 その妖怪の朽ちた身体はゆっくりと世界と一つになっていく。世界に溶け、夢幻は邪悪な絶望に塗り替えられていく。

 夢幻世界を呑んでいるのか、それとも呑みこまれているのか。最早どちらとも言えぬ、妖怪の在り方の変貌。

 その中で、妖怪は高らかに嗤う。狂ったように…否、最早妖怪は完全に狂っていた。心に宿る復讐心が妖怪をそう変貌させてしまった。









 それから永遠とも思える時間を妖怪は染め上げた世界で過ごした。

 夢幻世界の時間は、妖怪が同期したときより針が壊れてしまっている。最早この世界に時間の流れなど存在しない。

 外界において止まった時間がこの世界では無限となる。狂ってしまった世界、それがこの世界なのだ。

 己の身体を完全に同化した世界とつなげるために、数多の時間を費やした。それは体感時間にして億を遥かに超える年月。

 通常の妖怪の精神なら狂い死んでいただろう。妖怪にとっても、億を数える年月は到底耐えられる時間ではない。

 だが、その時間も壊れた妖怪の心には何の苦痛にも感じなかった。むしろ悦びですらあった。

 壊れた世界とまた一つ混ざり合う度に、運命に勝てると確信していった。己が力で運命を切り開けると自信にした。

















 壊れた世界と完全に一つと化したとき、彼女に一つの転機が訪れることになる。

 力を十分過ぎる程に蓄えた彼女の世界と、他の世界が交錯した。

 それは本当に極めて一瞬。けれど、彼女は迷うことなくその交錯点を強制的につなぎあわせ、その世界にかつての己の身体を送りこんだ。

 世界を壊す為に。その世界の運命を壊す為に、狂気を胸に抱き、妖怪は再び大地に降り立ったのだ。

 それが最早何の意味も持たぬ、唯のやつあたりと同義であることに妖怪は気づかない。気づけない。世界を、運命を憎む気持ちが彼女を狂わせた。

 自分が今から行おうとしている行動、それが憎んでいる世界や運命と同じ行動であることに、妖怪は自分では気づけない。

 全てを狂わせ、誇りをも失った妖怪は歩み出す。全てを憎み、全てを滅ぼす為に。そして妖怪はその世界で一人の妖怪と出会う。













 ――その妖怪の名は風見幽香。

 ――世界に降り立った妖怪が遥か遥か遠い昔に耳にした、それは懐かしい響きの名であった。




















 幻想郷で出会った最初に出会った妖怪、風見幽香はその妖怪から見れば、酷く滑稽な存在だった。

 大した力も無いくせに、自分は強者だと胸を張り、妖怪に対し常に上から目線でモノを語る。
 そんな風見幽香を、心の狂った妖怪は興味深く観察していた。その妖怪が他者と触れるのは億を超える程に久方ぶりのこと。
 故に、妖怪にとって風見幽香の語る話の全てが新鮮だった。彼女に触れる度に、遥か昔に失った何かを取り戻すような感覚に襲われた。

 そんな妖怪に、風見幽香は『愚図』だの『愚鈍』だの散々な言葉を並べながらも、共に在ることが決して満更でもない様子だった。
 何故なら風見幽香という妖怪にとって、他の存在とこうして時間を過ごすのは初めての事で。だからこそ、嬉しかったのだろう。
 初めて自分に部下のような存在が出来たこと、それは自分が強いと他者に認められたような気がして。

 風見幽香に連れられ、妖怪は様々な場所を共にした。
 特に風見幽香は、花咲き乱れる太陽の畑という場所を好んだ。その理由を彼女に訊ねると、自分は花妖怪だからと胸を張った。
 その花妖怪は強い種族なのかと問われると、風見幽香は口を噤み、少し間をおいて妖怪を蹴り飛ばした。『生意気だ』と怒りながら。



 妖怪が初めて世界に降り立ち、風見幽香と触れあった日々。
 彼女と過ごす日々が、妖怪にかけられた呪いを忘れさせていた。
 永き時により失われてしまった全て。その全てを上書きしてしまっていた呪いと殺意。それらが風見幽香と共にあるだけで失われていった。
 理由は分からない。まるで風見幽香が鏡写しの自分自身であるかのように、彼女の心が自分の心へと変貌しているような錯覚。
 気難しく怒りっぽい、そして何処か子供っぽさの残る風見幽香。そんな妖怪に、気づけば心は上書きされていった。
 全てを忘れ、風見幽香に振り回されて生きる生き方、それも幸せだったのかもしれない。それを選べれば、幸福だったのかもしれない。

 しかし、ここでも妖怪の幸せを運命は阻害する。
 まるで妖怪の幸せなど認めないとでもいうように、運命は過酷な世界へと妖怪を誘う。








 ある日、風見幽香が息を巻いて楽しげに語ってきた。

『博麗の巫女が代替わりをした。最初にこの巫女を倒せば、誰も自分を馬鹿にしない。
もう二度と自分を弱い妖怪だなんて見下さない。誰よりも強く、誰よりも誇り高い妖怪になれる』と。

 その話を聞いても、妖怪には何のことか分からないが、それが風見幽香の喜ぶことであると理解した。
 故に手を貸そうとしたが、それを風見幽香は固辞した。自分一人で倒さなければ意味がないのだと。
 風見幽香の言葉に頷き、妖怪は彼女の戻りを待った。そしてしばらくの時間が流れ、風見幽香はボロボロになって帰ってきた。
 結果は訊ねるまでも無く敗北。博麗の巫女を相手にするには、風見幽香はあまりに『弱過ぎた』。
 大地に横たわる幽香は、涙を押し殺して言葉を紡ぐ。

『こんなのは私じゃない。こんなのは風見幽香じゃない。
風見幽香は誰より最強なのよ。風見幽香は誰より誇り高く誰よりも格好良いの。そうなるって、私は決めたのに。
どうして強く生まれなかったの。どうして力を私は持たないの。悔しい。悔しい。悔しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。
こんな大嫌いな運命を跳ね除ける力が欲しい。こんな弱い私を作った世界を見返す力が欲しい。その為なら死んでも良い』

 涙を流して呪詛を紡ぐ幽香の姿に、妖怪は何も言えずにその場に佇む。
 その光景が、何かと酷く重なった。運命を呪う姿が、運命を恨む姿が、己の無力を責める姿が、何かにとても酷く似ていた。
 けれど、妖怪は思い出せない。思いだせないが、幽香の悩みを解決する方法を妖怪は知っていた。
 何故なら妖怪は力の在る妖怪。自分に力が在り、幽香には力が無い。そして幽香は力在る妖怪に成りたいという。その為なら死んでも構わないと言う。
 ならば答えは簡単だ。全てを捨て、妖怪の身体と一つになってしまえばいい。幸い自分に名前も決まった形も無い。同期して
風見幽香の姿と名を使えば、この世界において風見幽香は最強となれる。例え本物の風見幽香は死んでしまっても、その力と意志は別の
風見幽香に生きるのだ。その提案をしたとき、幽香は呆然とした後、笑って言った。『それで私が最強になれるなら』、と。

 それは不幸だったのか、それとも幸せだったのか。
 風見幽香を取り込み、彼女の全てを略奪し、人間の形を取り戻した時、その妖怪は全てを思い出した。
 遥か昔の己の記憶、目的、自分がどのような存在で在ったのか。そして触れた。風見幽香の想い、意志、心。
 風見幽香は最期は幸せに包まれてこの世を去った。『弱い自分』という自身から『最強の自分』への変貌。それは形として示した世界と運命への反逆。
 どこまでも純粋で、どこまでも誇り高く在り続けた風見幽香。だからこそ、最期は喜びのままに死んでいった。
 その姿は、妖怪が望んだ姿だった。自身が望んだ姿であった筈だ。世界と運命に抗い、抵抗し、形として逆らった結末。
 なのに、どうして心はこんなにも満たされないのか。どうしてこんなにも心は空虚なのか。
 そして、この溢れ出る涙は一体何なのか。理解できぬまま涙を拭い、この世界に生まれた新たな風見幽香は一人の妖怪に最期の別れを告げた。

『――さようなら。私と同じ名を持つ、誇り高き脆弱な妖怪。この世界の最強で在りたいという貴女の願いは、私が形にしてあげるから』













 この世界を滅ぼすことで、本当に世界に対し復讐となるのか。
 この世界に生きる者を殺し尽くすことが、本当に運命を殺すことになるのか。

 『風見幽香』の死は、確実に妖怪の心に新たな疑問を投げかける結果を生み出していた。
 答えの導けない迷路の中で、妖怪は毎日を思考の海で過ごしていた。
 たった一人の妖怪の死で消えるほど、妖怪の狂気は軽いものではない。だが、それが運命や世界を相手に喜ばせる結果となっては意味がない。
 何を持って、世界と運命に勝つと言えるのか。何が世界で、何が運命なのか。
 見えぬ復讐の相手を妖怪は必死に探していた。無論、答えなど既に出ている。だが、それを認めれば妖怪は過去の全てを否定されてしまう。
 それだけは認められない。故に妖怪は運命を憎み復讐を心に誓い続ける。

 そんな彼女をおいて、この世界は騒がしくも波乱が巻き起こり続ける。
 紅霧異変に春雪異変、伊吹鬼に永夜異変と数多の人妖を巻き込み、世界は騒がしくも廻り続けた。
 その様子を、妖怪はじっと観察していた。決して異変に触れることはない、けれど、誰にも気づかれぬことなく重要な情報だけを抜き取って。
 そして妖怪は全ての異変に一人の少女が中心人物として関わっていることを知る。
 ――レミリア・スカーレット。五百の齢を重ねたばかりの幼い吸血鬼にして、何故かは分からないが何の妖力を持たぬ不思議な存在。
 その存在に妖怪は興味を抱く。それは少女をかつての『風見幽香』と重ね合わせた側面があったことも否定しない。レミリアの情報を集め、
彼女に関わる人物や彼女自身の記憶を覗き、そして妖怪は面白い真実を知る。そのレミリアがかつては力を持つ存在だったこと、そしてその
力を死にゆく妹の運命を変える為に使用したこと。滅びの運命を己が力で変えてしまったこと。

 レミリアの情報が、妖怪の心に狂った炎を宿らせる。レミリアを知れば知るほど、彼女は運命を味方につけ、数多の滅びの定めを
乗り越えてきた。そして多くの仲間を手にし、この世界にて中心人物といえる程の立場に昇り詰めている。
 その姿が妖怪にはたまらなく心奮わせた。――運命に愛されている。この少女は、この世界に愛されている。
 言ってしまえば、レミリアは運命の申し子。その答えに辿り着いた時、妖怪は愚かな結論を導いてしまった。

 ――この者が運命と世界の寵愛を受けているというのなら、この小娘こそ私の追い求めてきた存在だ。
 ――この少女が誰よりも強くなるように導き、自分の前に対峙させる。そうすれば、自分は世界を、運命を殺すことが出来るのではないか。

 遥か遠い昔の彼女なら、そんな思考は微塵も抱かなかった。だが、今の彼女は完全に壊れてしまっていた。
 復讐の為に永きを生き、そしてその果てに彼女は復讐する対象を見失った。けれど、彼女の生は終わらない。終えられない。
 妖怪には、明確な敵が必要だった。復讐する相手が必要だった。そうしなければ、救えない、救われない。散った者たちは、魂はどうやって救済される?
 全てを失った妖怪は、己が考えに大きな矛盾を孕んだままに計画を実行に移す。狂った妖怪は最早、誰かに殺されることでしか止まれない。
 自分が止まる時は、運命を殺すか、運命に殺されるかのどちらかしかない。だからこそ、妖怪は走り続ける。狂気と修羅の道を、狂った道を走り続けるのだ。


 気づいていない。妖怪は、気づいていない。
 運命を殺す為に、己が行っている行動が、他者にかつての自身と同じ苦痛を味あわせる結果を生み出すことに、妖怪は気づけない。

 誰よりも強く、誰よりも哀れな妖怪。
 それが彼女の――今は名も無き妖怪の成れの果てだった。
















 だが、心の奥底では…かつての誇り高き自分自身は、気づいているのかもしれない。


 その妖怪が真に望んでいるのは、誰かの手によって、この永き運命から解放されることだということに――








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