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No.13774の一覧
[0] うそっこおぜうさま(東方project ちょこっと勘違いモノ)[にゃお](2011/12/04 20:19)
[1] 嘘つき紅魔郷 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:52)
[2] 嘘つき紅魔郷 その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[3] 嘘つき紅魔郷 その三 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[4] 嘘つき紅魔郷 エピローグ (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[5] 嘘つき紅魔郷 裏その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[6] 嘘つき紅魔郷 裏その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:55)
[7] 幕間 その1 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:11)
[8] 嘘つき妖々夢 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:24)
[9] 嘘つき妖々夢 その二[にゃお](2009/11/14 20:19)
[10] 嘘つき妖々夢 その三[にゃお](2009/11/15 17:35)
[11] 嘘つき妖々夢 その四[にゃお](2010/05/05 20:02)
[12] 嘘つき妖々夢 その五[にゃお](2009/11/21 00:15)
[13] 嘘つき妖々夢 その六[にゃお](2009/11/21 00:58)
[14] 嘘つき妖々夢 その七[にゃお](2009/11/22 15:48)
[15] 嘘つき妖々夢 その八[にゃお](2009/11/23 03:39)
[16] 嘘つき妖々夢 その九[にゃお](2009/11/25 03:12)
[17] 嘘つき妖々夢 エピローグ[にゃお](2009/11/29 08:07)
[18] 追想 ~十六夜咲夜~[にゃお](2009/11/29 08:22)
[19] 幕間 その2[にゃお](2009/12/06 05:32)
[20] 嘘つき萃夢想 その一[にゃお](2009/12/06 05:58)
[21] 嘘つき萃夢想 その二[にゃお](2010/02/14 01:21)
[22] 嘘つき萃夢想 その三[にゃお](2009/12/18 02:51)
[23] 嘘つき萃夢想 その四[にゃお](2009/12/27 02:47)
[24] 嘘つき萃夢想 その五[にゃお](2010/01/24 09:32)
[25] 嘘つき萃夢想 その六[にゃお](2010/01/26 01:05)
[26] 嘘つき萃夢想 その七[にゃお](2010/01/26 01:06)
[27] 嘘つき萃夢想 エピローグ[にゃお](2010/03/01 03:17)
[28] 幕間 その3[にゃお](2010/02/14 01:20)
[29] 幕間 その4[にゃお](2010/02/14 01:36)
[30] 追想 ~紅美鈴~[にゃお](2010/05/05 20:03)
[31] 嘘つき永夜抄 その一[にゃお](2010/04/25 11:49)
[32] 嘘つき永夜抄 その二[にゃお](2010/03/09 05:54)
[33] 嘘つき永夜抄 その三[にゃお](2010/05/04 05:34)
[34] 嘘つき永夜抄 その四[にゃお](2010/05/05 20:01)
[35] 嘘つき永夜抄 その五[にゃお](2010/05/05 20:43)
[36] 嘘つき永夜抄 その六[にゃお](2010/09/05 05:17)
[37] 嘘つき永夜抄 その七[にゃお](2010/09/05 05:31)
[38] 追想 ~パチュリー・ノーレッジ~[にゃお](2010/09/10 06:29)
[39] 嘘つき永夜抄 その八[にゃお](2010/10/11 00:05)
[40] 嘘つき永夜抄 その九[にゃお](2010/10/11 00:18)
[41] 嘘つき永夜抄 その十[にゃお](2010/10/12 02:34)
[42] 嘘つき永夜抄 その十一[にゃお](2010/10/17 02:09)
[43] 嘘つき永夜抄 その十二[にゃお](2010/10/24 02:53)
[44] 嘘つき永夜抄 その十三[にゃお](2010/11/01 05:34)
[45] 嘘つき永夜抄 その十四[にゃお](2010/11/07 09:50)
[46] 嘘つき永夜抄 エピローグ[にゃお](2010/11/14 02:57)
[47] 幕間 その5[にゃお](2010/11/14 02:50)
[48] 幕間 その6(文章追加12/11)[にゃお](2010/12/20 00:38)
[49] 幕間 その7[にゃお](2010/12/13 03:42)
[50] 幕間 その8[にゃお](2010/12/23 09:00)
[51] 嘘つき花映塚 その一[にゃお](2010/12/23 09:00)
[52] 嘘つき花映塚 その二[にゃお](2010/12/23 08:57)
[53] 嘘つき花映塚 その三[にゃお](2010/12/25 14:02)
[54] 嘘つき花映塚 その四[にゃお](2010/12/27 03:22)
[55] 嘘つき花映塚 その五[にゃお](2011/01/04 00:45)
[56] 嘘つき花映塚 その六(文章追加 2/13)[にゃお](2011/02/20 04:44)
[57] 追想 ~フランドール・スカーレット~[にゃお](2011/02/13 22:53)
[58] 嘘つき花映塚 その七[にゃお](2011/02/20 04:47)
[59] 嘘つき花映塚 その八[にゃお](2011/02/20 04:53)
[60] 嘘つき花映塚 その九[にゃお](2011/03/08 19:20)
[61] 嘘つき花映塚 その十[にゃお](2011/03/11 02:48)
[62] 嘘つき花映塚 その十一[にゃお](2011/03/21 00:22)
[63] 嘘つき花映塚 その十二[にゃお](2011/03/25 02:11)
[64] 嘘つき花映塚 その十三[にゃお](2012/01/02 23:11)
[65] エピローグ ~うそっこおぜうさま~[にゃお](2012/01/02 23:11)
[66] あとがき[にゃお](2011/03/25 02:23)
[67] 人物紹介とかそういうのを簡単に[にゃお](2011/03/25 02:26)
[68] 後日談 その1 ~紅魔館の新たな一歩~[にゃお](2011/05/29 22:24)
[69] 後日談 その2 ~博麗神社での取り決めごと~[にゃお](2011/06/09 11:51)
[70] 後日談 その3 ~幻想郷縁起~[にゃお](2011/06/11 02:47)
[71] 嘘つき風神録 その一[にゃお](2012/01/02 23:07)
[72] 嘘つき風神録 その二[にゃお](2011/12/04 20:25)
[73] 嘘つき風神録 その三[にゃお](2011/12/12 19:05)
[74] 嘘つき風神録 その四[にゃお](2012/01/02 23:06)
[75] 嘘つき風神録 その五[にゃお](2012/01/02 23:22)
[76] 嘘つき風神録 その六[にゃお](2012/01/03 16:50)
[77] 嘘つき風神録 その七[にゃお](2012/01/05 16:15)
[78] 嘘つき風神録 その八[にゃお](2012/01/08 17:04)
[79] 嘘つき風神録 その九[にゃお](2012/01/22 11:18)
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[13774] 嘘つき花映塚 その十
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/03/11 02:48






 本来ならば指一本すら動かせぬ少女の身体。
 けれど今、少女は大地に自らの足に拠って立っている。今にも倒れそうな身体を必死に支え、激痛と表現することすら
生やさしい程の感覚を堪えながら、少女は右腕を突き出し、自身に残る最後の力を振り絞り魔槍を放った。
 今の少女の心と身体は生きていることすら不思議な程にボロボロで。己が力で立ち上がるだけでなく、力を操り敵へ刃を放つこと、それは
奇跡と呼ぶに値する。少女の状態を知っている者ならば、誰もがそう称賛せずにはいられない程の奇跡なのだ。
 だが、それは所詮奇跡に過ぎない。奇跡とは刹那の出来事、永く世界に在り続けることの出来ない夢物語の幻想。
 奇跡の時間は始まりに難く、終わりに脆い。愛する姪を救うという奇跡を為したその代償は、今の少女には払いきれぬ程に大きな負債で。
 故にここに、奇跡は終わる。幽香から咲夜が解放されたのを見届け、少女――フランドールは糸の切れたマリオネットのように大地に両膝を落とす。

「フラン…ドール…なんて無茶を…」
「フランお嬢様…」

 美鈴とパチュリーの悲痛な叫び。フランドールの必死の一手。どちらが咲夜に伝わったのかは分からない。
 大地に振り落とされた咲夜は意識を取り戻し、ぼやける視界を必死に律しながらフランドールに言葉を紡ごうとする。しかし、
それより先にフランドールから放たれた言葉によって、咲夜は口を開くことを制されてしまう。

「目を覚ましたのね…良かった。咲夜が、無事で…本当に、良かった」
「フラン…様…」

 息を切らしながら紡がれたフランドールの言葉に、咲夜は己が最も愛する人の影を見る。
 自分の事を放り捨て、何より先に咲夜の心配を口にする優しい姿。それは咲夜の敬愛する母――レミリア・スカーレットに酷似していた。
 その優しさはフランドールが決して咲夜に晒そうとしなかった本当の素顔。咲夜の為に、咲夜が強く生きていく為に何処までも
厳しく接し続けたフランドールが初めて見せた本来の心優しき少女の姿。それこそが、彼女がレミリアの妹である何よりの証なのかもしれない。
 言葉を紡げない咲夜だが、それでも悲劇という名の舞台劇は止まらない。膝をつくフランドールに対し、笑みを浮かべて歩み寄る妖怪――風見幽香が
愉しげに言葉を投げかける。

「実に美しき母娘(おやこ)愛ね。例えそれがほんの僅かに命を存えるだけの結果であるとしても」
「…咲夜は、私達の…紅魔館の…大切な、一人娘なのよ…それを簡単に、殺されてしまっては…困るわね…」
「だからこそ殺す価値があるのでしょう?そして十六夜咲夜以上に貴女の命は利用する価値があるのよ、フランドール・スカーレット」
「…それは、光栄なことね…名前も素性も全く知らない妖怪さん…」
「貴女は知らなくても、私は貴女のことをよく知ってるわよ?
『レミリアの記憶』の中では『昔』も『今』も貴女のことで溢れていたわ、フランドール・スカーレット」
「…そう、お姉様の記憶を覗いたのね。それで…その妖怪が何用かしら。
まさか…咲夜達を虐める為に、ここに来た…という訳でもないでしょう…?」
「――この目で見てみたいのよ。理不尽な運命を、終わる世界を変えられる程の力を。
その為には貴女の姉、レミリア・スカーレットの『真の目覚め』がどうしても必要なの。けれど、今のアレは使えぬ唯の塵も同然。
眠り姫を叩き起こす為には、限度を超えた劇薬を投与するのが手っ取り早いのよ。そう…例えば、レミリアがその身その力を犠牲にしても
護り抜こうとしたモノなんて実に効果的だとは思わない?どうかしら」

 愉しげに語る幽香に、フランドールは言葉を返さずそっと瞳を閉じる。
 二人の間を包む静寂、その間は微々たる時間ではあるが、フランドールにとっては何より永い時間。
 思考し、判断し、決断を下す。まともに動かぬ身体、けれども脳だけはまだ動かせる。永きに渡る時を姉の為だけに費やし続けた力で、
フランドールは最後の交渉に身を乗り出す。それはフランドールが全てを賭す、妖怪としての最後の賭け。
 じっとフランドールを見つめ続ける幽香に、少女はゆっくりと言葉を紡いでいく。

「…それで?必要な命(くび)は私だけ?」
「冗談。私は妖怪、何処までも貪欲に強欲に奪い尽くすわよ?貴女の命のついでに、そこの三人の命も貰ってあげる。
レミリアの覚醒の為には、貴女一人の命で十分にお釣りがくると思うけれど」
「それなら…私だけで満足して欲しいものね…土下座でもすれば、他の三人は…見過ごして貰えるのかしら…」
「誇り無い妖怪は容赦なく殺すわよ?そんな屑の願いを聞き届ける義理も無いものね」
「手厳しいわね…だけど、三人の命だけは本当に勘弁して貰えないかしら…
もし…私だけではなく、この三人を殺してしまえば…貴女の目的も達成出来なくなってしまうかも…しれないわよ…?」

 フランドールの言葉に、幽香は言葉を止め、視線に鋭さを増して少女の方を凝視する。
 それは間違いなくフランドールの言葉の意味をどう受け止めるか考えている様子。それを見て、フランドールは風見幽香にとって
『目的達成』がどれだけ重要であるかを理解する。この妖怪は目的を己の快楽などという下等な理由で失ったりしない妖怪だ。
 愉悦よりも計画を、感情よりも理性を優先する『力』と『智慧』を持つ『優秀』な妖怪。メリットデメリットを考慮し行動出来る人物だ。
 だからこそ、フランドールは話を一気に推し進める。元よりこちらは空手のこけおどし、無いモノを武器として活用するしかないのだから。

「簡単な話よ…私達四人が、同時に死ねば…お姉様は目覚める前に…心を壊してしまうかもしれないわ…
失う者が…一人ならば、他の家族が支えればいい…だけど、一気に全てを失ってしまえば…はたしてどうかしらね…」
「…その程度で心壊すような者に用など無いわ。それならそれで、レミリアを使えぬ塵として処分するだけのこと」
「フフッ…フフフフッ…」
「…何が可笑しいのかしら、フランドール・スカーレット?」
「いえ…貴女風に言うならば、こんな何もせずとも死にゆく塵を試しても意味がないのにと考えたら、ついね…
つまらない嘘は不要よ、妖怪…貴女がどれだけお姉様に入れ込んでいるか…それくらい、嫌でも悟れるわよ…
お姉様の目覚め…唯でさえ、可能性は薄いのに、少しでも可能性が薄れる一手なんて…妖怪として極めて優秀そうな貴女が…するわけないじゃない…
貴女の…よくわからない計画に…お姉様の代わりは存在するの…?そんな簡単に代役を…立てられるなら、そもそもこんな…
面倒な手順が必要な…お姉様なんて最初から使わない…違うかしら?
もし私の命だけでお姉様が目的通りにならなかったら…そうすれば、改めてそこの三人を…殺せばいいのよ…私の提案は、後出しでも
十分に…対応出来る内容だわ…それを考えたなら、どちらの手も打てる私の案を採択する方が…貴女にとって都合が良いでしょう…?」

 フランドールの話を幽香は黙したまま思考する。フランドールの提案は、確かに幽香にとって都合のいい提案だ。
 少女の語るレミリアの心の崩壊、その可能性も決してゼロではない。もしそのようなことになってしまえば、これまで行ってきた
お膳立てが全て無駄になってしまう。それならばフランドールの言うとおり、まずはフランドールの命だけにし、そこから数を増やしていけばいい。
 もしフランドールの命だけで足りなければ、もう一人、更にもう一人と殺していく方が一度に殺すよりもその場その場で判断が
行いやすい。家族を殺すことでレミリアの心がどう動くのか、その観察が。そこまで考え、幽香は軽く息を一つ吐いて言葉を返す。

「他人に踊らされるのは嫌いなのよね。だけど…貴女のその命に免じて、今回だけは踊ってあげる。
けれど、見逃すのは所詮レミリアがここに訪れるまでよ?その後は貴女同様、この三人も殺すわよ?」
「十分よ…受け入れてくれたことに、感謝するわ…名も知らぬ妖怪さん」
「死にゆく者に名を語る趣味はないわ。さて、貴女は己が命と引き換えにこの三人の延命を願い出た訳だけれど…それに一体何の意味が在る?
遅かれ早かれ、この三人も貴女の後を追うことになるというのに。それならば一緒に死なせてあげるのが、私のせめてもの情けだと思っていたのだけれど」
「この娘達が…共に死ぬのは、私なんかじゃないわ…この娘達が、命を賭けるのは、ただ一人の為じゃなきゃいけないの…
そうじゃなきゃ…そうじゃなければ、報われないじゃない…私がここまで無駄に生き永らえてきた…意味が無いじゃない…」
「へえ?無駄に生き永らえている自覚はあるのね?」
「そりゃあね…結局、私は…お姉様にとって…単なる害でしかなかったんだから…」

 自嘲気味に微笑むフランドールに、美鈴もパチュリーも咲夜も否定の声を上げたかった。
 それは違うと、声を大にして叫びたかった。だけど、フランドールは彼女達が声を上げる前に首を振って否定する。
 思い返してみれば、自分の行ったことは結局姉に危険と迷惑を呼び寄せてばかりの行為だった。そうフランドールは理解していた。
 不必要に姉を縛り、自身が望み姉が望まぬ道を強制し、『姉の為』という免罪符を手に、どんなこともフランドールは行ってきた。
 散々振り回して、命の危険を誘って、挙句の果てには自らの手で姉を――フランドールは諦めている。生きることに、姉に寄り添って生きることに。
 だからこそ、この場を自身の最後の役目を果たす場所だと考えていた。理由は分からないが、姉が恐ろしく強大な妖怪に目を付けられ、
『昔の姉』を取り戻させる為に自身の命を利用しようとしている。むしろ、フランドールは今、喜びを感じているのかもしれない。
 出来るかどうかは分からない。けれど、目の前の妖怪は自身の命という使い道のない塵を姉の為に使ってくれようとしている。もしそれで
姉が力を、強さを、記憶を取り戻せるのならば…それは実に望ましいことなのではないか。それこそが自分に出来る贖罪なのではないか。
 沢山沢山迷惑をかけ続けた姉に、自分が出来る最後の仕事。もしかしたら、この舞台は神が用意してくれた最後のチャンスなのかもしれない。

 生きたいと願うには、あまりに失い過ぎた。
 共に在りたいと願うには、あまりに愚か過ぎた。
 最早、この世界に自分の居場所など何処にも存在しない。最愛の人を傷つけてしまった自分に、居場所なんて何処にも。

 だからフランドールは微笑む。それは諦め、それは終焉。
 行うことは、ただの時間の先延ばし。でも、少なくとも自分の命を捨てれば、姉が来るまでの三人の時間は稼ぐことが出来る。
 この場に三人が存在するのは、どう考慮しても『フランドール』という楔のせいに在る。自分が居るから、三人はこの場から逃げられなかった。
 だけど、ここで自分が死ねば三人を縛るモノは何も無くなる。そして、疲労した咲夜も、時間を操れるようになる程の休息の時間を
与えてあげられる。ならばこの命はまだ利用価値が在る。例え身体の大半は動かずとも、それでも『姉の為』に使うことが出来る。
 故にフランドールは覚悟を、決意を下した。この世に別れを告げる決意を――ここが、己の死ぬ場所なのだと。
 想いを捨て、希望を捨て、フランドールは最期の最期にリアルに生きる。最期まで迷惑をかけ続けた姉の為に、少女はその身を捧ぐのだ。

「…いいわ。この首にまだ価値があるというのなら、持って行きなさい…こんな屑にも、まだ価値があるというのなら…ね」
「言われずとも持っていくわ。…別れの挨拶くらいなら、済ませるまで待ってあげるわよ?」
「そう…見かけによらず、随分とお優しいのね…それなら、少しだけ時間を戴くわ」

 言葉を返し、フランドールは視線を三人の方へと向ける。
 そして、三人の姿に思わず苦笑してしまう。フランドールを護る為に、必死に立ちあがろうとする三人の様子、そして別れの言葉を告げようとする自分。
 ――ああ、これはあの夜の焼き写しね。お姉様が私を庇ってくれた、あの永き夜と。
 そんな風に思い出を振り返りながら、フランドールは言葉を紡ぐ。姉の為とはいえ、こんな自分の粗末な計画に最後まで力を貸してくれた、愛する家族達に。

「そういう訳よ…悪いけれど、私は一足先に…サヨナラね。
散々、他人を巻き込んで迷惑をかけた元凶が…最後まで自分勝手で申し訳ないんだけど…」
「フランお嬢様、貴女が…貴女が死んでどうなるんですか…そんなことをしても、レミリアお嬢様は…」
「…美鈴、思えば貴女には…お姉様のことで、一番力になって貰ったわね…貴女が、お姉様の味方になってくれて…本当に良かった」
「フランお嬢様…っ、この馬鹿!貴女が…アンタが死んだら、レミリアが泣くでしょ…!?
レミリアだけじゃない!私だって…私だって、アンタがいないと、どうしたらいいのか、分かんないわよ!?
アンタは私のご主人様でしょう!?レミリアだけじゃない、アンタだって私の主人なのよ!?それなのに…主人が先に死ぬなんて、馬鹿じゃないの!?
それに、姉を護るって、誓ったんでしょ…!?あの屑から姉をずっと護り続けたアンタが、こんなことで、諦めてどうするのよ…!?」
「そうね…きっと、お姉様なら、諦めない。お姉様はどんなときでも、諦めないわね…私は、そんなお姉様のようになりたかった…なりたかったんだ」

 力なく笑うフランドールに、美鈴は涙を零して大地を拳で叩きつける。
 救えない己の無力さが、どうしようもない現実が彼女の心を責め立てる。その姿に、フランドールは何も出来ない。
 彼女の傷を癒すのは、自分の力じゃ無理だから。彼女に真の力となれるのは、他の誰でもない姉だけなのだから。そう、自分を誤魔化して。

「パチュリー…貴女はまだこっちに来ちゃ駄目だよ。地獄の業火に焼かれるのは、私一人だけで十分間に合ってるから…」
「…酷いわね、フランドール。貴女もお父様と同じで…全てを自分勝手に押し付けて、死ぬのね…」
「そうだね…自覚してる…だけど、貴女はまだお姉様の為に生きられる…だから、お願いだから、最後までお姉様の傍にいて。
私は地獄の底で…貴女の事を、ノーレッジと語り明かすことにするわ…」
「っ、フランドール、私は、レミィだけじゃなくて貴女もっ」
「…ありがとう。その言葉だけで、十分だよ。私はそれだけで…もう、十分だから」

 静かに涙を湛えるパチュリーに、フランドールは小さく微笑んで礼を告げるだけ。
 軽く息をつき、フランドールは最後の別れを告げる為に視線を最後の一人へと向ける。
 その人物――十六夜咲夜に、最早いつもの冷静沈着な少女の姿はない。涙を流し、嗚咽を零す年相応の少女が居るだけ。
 そんな咲夜に、フランドールは瞳を閉じてそっと口を開く。フランドールから溢れだしたものは言葉ではなく、旋律。
 それは何処の国の曲かも忘れられた、古き古き民謡曲。子供をあやすように優しく紡がれる曲に、咲夜は涙を止める。
 フランドールの紡ぐ曲、その歌に何処か聞き覚えがあった。咲夜の記憶に残るにはまだ難しい、それほどまでに昔のこと。
 遠く、遠く昔に耳にした優しいメロディー。泣きやんだ咲夜に、やがてフランドールは歌を終え、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「貴女がまだ…とても、とても小さい頃…お姉様の部屋から連れ出しては、貴女にこうやって聴かせていたわ…」
「あ…」
「貴女は小さい頃から我慢ばかりする娘で…特にお姉様の前では、夜泣きすらしようとしない、不思議な娘だった…
だからかしらね…お姉様が手の離せないとき、その場にいないときばかり、貴女は泣いていたわ…その度に、こうやって歌を歌うの…
知ってた…?私、貴女を小さい頃に何度も抱き抱えてたのよ…?お姉様には内緒で…何度も抱いては、こうやって歌を聴かせてた…
小さい頃…私がそうだったように、貴女にも、聴かせてあげたかった…お姉様が忘れてしまった、お姉様の歌を…こうやって、貴女に…」
「フラン…さ…ま…」
「…咲夜には、強くなる為とはいえ…厳しく接してばかりだったわね…本当に、ごめんね…
本当は私も…お姉様みたいに、貴女を抱きしめてあげたかった…良いことをした咲夜を、頑張った咲夜を…沢山沢山、褒めてあげたかった…
こんなに…大きくなった咲夜を、正面から抱きしめてあげたかった…抱きしめて、あげたかったのにな…」

 フランドールの独白に咲夜は何も答えられない。止まった筈の涙が再びとめどなく押し寄せて、何も言葉に出来ない。
 知らなかった。フランドールがここまで…実の母同様にここまで自分のことを想ってくれていたなんて。愛してくれていたなんて。
 それを知るには、あまりに遅すぎた。結局自分はフランドールに与えられてばかりで、何一つ返していないのに。それなのに、フランドールは
先に逝こうとしている。こんな酷過ぎることがあるのか、許されるのか。こんなものを運命というのなら、世界はあまりにねじ曲がり過ぎている。
 けれど、フランドールは世界を呪うことも糾弾することもない。ただ、今はもう全てをありのままに受け入れるだけ。それだけの覚悟を、済ませてしまった。
 だから、後は最後に別れを告げるだけ。この世界に、辛過ぎた運命に、最後の別れを。
 身体の力を落とし、フランドールは力なく微笑み、幽香に口を開く。

「…待たせたわね。こんな私に時間を与えてくれたことに…感謝してるわ」
「…不要よ。私はこれから貴女を殺すのよ?そんな相手に感謝をするなら、呪いの言葉の一つでも紡ぎなさい」
「吐けないわよ…私が、犯してきた罪過を考えたら…この終わりは、贅沢過ぎる…」
「諦めが早いわね?もう少し足掻いてみても面白くはあるのではなくて?」
「フフッ…それだけの力があれば、幾らでも足掻いたんだけどね…生憎、こっちはもう本当に空っぽなのよ…
それに…さっきから貴女、変よ?まるで私を生かそうとしてる…これじゃ私を殺したくないみたいじゃない…」
「…戯言を。いいわ、貴女が死に急ぐなら今すぐここで殺してあげる、フランドール・スカーレット。
――呪いなさい、己が運命への無力さを。さようなら、最後はせめて苦しまぬよう一瞬で殺してあげるわ」

 幽香の掌がフランドールに翳され、掌に妖力が集中していく。
 それを見届け、フランドールはゆっくりと両瞳を閉じる。最早瞳に移す必要のあるものなどない。三人との別れも済ませた。
 この世に未練など何もない――否、一つだけ在る。フランドールの最後の心残り、それは最愛の姉にひとつの言葉を送れなかったこと。
 幼い頃に、自分の為に力の全てを失い、記憶も封じた姉に、ずっとずっと言えなかった言葉。
 もしも、お姉様が記憶を取り戻せたら…力を取り戻せたら、告げようと夢想していた大切な想い。それが最後まで告げられなかったこと、
それだけがフランドールは心残りだった。言葉にしてこの世界には残せなかったけれど、代わりに心の中で想いは告げられる。
 例え消し炭一つ残らずとも、この心だけは誰にも消させはしない。世界で一番愛する姉に、フランドールは最後の言葉を送る。
 心の中でそっと紡ぐ一言。それが永きに渡り過酷な運命に踊らされた少女、フランドール・スカーレットの最後の言葉――























(――さようなら、お姉様。お姉様のこと、ずっとずっと大s「紫の馬鹿ああああああーーーーーー!!!!!!!!!!」




















 ――には、ならなかった。なることが許されなかった。


 突如空から降ってきた『何か』から発せられた声に、幽香は視線をフランドールから上へと向けた。だが、それが非常に拙かった。
 見上げた幽香の視界に移ったのは、使い古された靴の裏。具体的に言うと右足用の靴の裏。それが非常に速い速度で自身の顔に
目がけて近づい――否、着弾した。それはもう、言葉にすることも躊躇われるほどに美しく。
 そんな幽香の顔面をクッション代わりに、空から現れた何者かは幽香の顔で二段目のジャンプを行い、その勢いのままに
フランドールの方へと軌道を切り替える。そして瞳を閉じたままだったフランドールがその動きに気づける筈もなく、その誰かに
強く抱きしめられて、フランドールは錐揉み状に大地を二転三転と転がって行く。
 突如身体中に強制された回転運動が収まり、何事かとフランドールはゆっくりと瞳を開ける。
 目を開き、そこでフランドールは言葉を失った。何故ならそこには決して在る筈のない人物の姿があったからだ。
 自分の上に馬乗りになっている少女。その髪は何処までも美しく淡い蒼紫で。その瞳は何処までも澄んだ紅で。何処までも見惚れるほどに
美しい容姿に、何物にも折れぬ意志の宿った瞳。その人物をフランドールは知っている。否、見紛う筈もない。何故ならそれは
フランドールが幼い頃より憧れ追いかけ続けた人と同じもの。そうフランドールがその人物を見間違える筈がないのだ。
 フランドールにとって、その人は永遠の英雄。どんなときでも、どんなときでもお姫様の危機を救ってくれる、世界でただ一人の最愛の――お姉様なのだから。

「お…ねえ、さま…?ほんとうに…おねえさま…なの?」
「し、死ぬかと思った…みんなを助ける前に私の吸血鬼人生終わったかと思った…紫の奴、いつか絶対絶対絶対ぎゃふんと言わせてやるんだから…
じゃなくて!ほ、本当にって何!?え、何、もしかして私いつもと違ってる!?それとも私が記憶を失っている間にレミリア(偽)とか現れてるの!?
もしくはフランにいつの間にか十二人の妹ならぬ姉が出来たとか…だ、駄目よ!?フランのお姉様は私だけ!急増姉なんて認めないわよ!?」

 呆然とする妹に、うろたえ過ぎて恐ろしく見当外れな言葉を並べ立てる駄目姉――レミリア・スカーレット。
 だが、フランドールの瞳から涙が流れるのを見て、冷静さを取り戻したのか、レミリアは優しく微笑み…告げた。

「――そうよ、フラン。本当…と表現するのはなんだかおかしいけれど、ね。
今まで貴女一人に辛いことを沢山押し付けて、本当にごめんなさいね。貴女にはお父様のことや紅魔館のこと…沢山の事を背負わせてしまった」
「おねえさま…記憶が…」
「ええ、全て思い出したわ。貴女が私を護る為に、沢山沢山頑張ってくれたことも…ちゃんと理解してる。
辛かったわね…フランは本当は泣き虫なのに、誰にも涙を見せないで本当に頑張って…でも、もう我慢しなくていいからね。
これからはお姉様がずっとずっとフランを支えるから。お姉様が頑張るから――だからフランはもう無理しなくていいのよ」

 レミリアの紡いだ言葉、フランドールにはその優しさが限界だった。
 流れる涙を我慢することも出来ず、嗚咽を堪えることも出来ず、フランドールはレミリアを強く抱きしめ、彼女の胸の中で声にして泣いた。
 これまで強く在り続けた少女、姉を護る為に冷酷冷静で在り続けた少女の本当の姿、それが今のフランドールだった。
 本当は誰よりも泣き虫で、臆病で。そんな少女の仮面が、数百年の時を経て壊れる。最早舞台に虚構の道化を演じる必要などないのだから。
 フランドールを優しく抱きしめながら、レミリアは傷ついた三人に視線を向けて言葉をかける。誰もが待ち望んでいた主の帰還、その主の言葉の一言目は――ごめんなさい。

「ごめんなさい、美鈴、パチェ、咲夜!言葉にするのもアレ過ぎるんだけど…沢山沢山沢山沢山たくさーーーん迷惑かけた!!
何処から謝っていいものか分かんないんだけど、とにかく本当にごめんなさい!いや、でも努力は認めてほしいとレミリアはレミリアは考えたり!
私も記憶を取り戻す為に精一杯頑張ったんだけど、結果がなかなか伴わないというか…いやでも今はバッチ思い出せてるからね!?だから…」
「…もう良いわよ。色々と言いたいことは沢山あったのに、いつもどおり『過ぎる』レミィの姿を見ると、もう何も言えなくなっちゃったじゃない。
この馬鹿レミィ…フランドールには泣かせてあげてるくせに、私達には涙を流すことすら許さず呆けてろと言うのね」
「あははっ…でも、これでこそ私達のご主人様です。お待ちしていました、レミリア様――本当に、戻って来てくれたんですね」
「母様…良かった、本当に、良かった…」

 しどろもどろなレミリアに、パチュリーが、美鈴が、咲夜が笑顔を零して主の帰還を祝福する。
 そんな三人にレミリアは何度も何度も頭を下げてお礼を繰り返す。だが、勿論そんな空気がいつまでも続く筈もなく。
 レミリアに顔面を踏みつけられ、これまでずっと硬直していた妖怪――風見幽香が恐ろしいほどに冷たい笑顔を浮かべ、レミリアに言葉を紡ぐ。

「…それで話は終わり?私の顔を土足で踏みつけ、私を無視して家族みんなでお喋りとは面白いわね。
本当、面白過ぎて思わず幻想郷をこのまま崩壊させてしまおうかと一瞬考えてしまったわ。ねえ――レミリア・スカーレット?」
「ひゅい!?ごごごごめん幽香、わざとじゃないのよ!?文句なら、貴女の真上に私を転送した紫に…」
「ふん…まあ、いいわ。それよりも…どうやら無事に記憶を取り戻せたようね?
良かったわ。もし貴女が『リア』のままで来られたら、どうしようかと思っていたのよ」

 幽香の台詞に、レミリアは表情を真剣なそれへと変え、フランをその場に優しく寝かせて立ち上がる。
 そして身体を幽香の方へ向け、睨みつけるように幽香へ視線を向けて口を開く。それはレミリアらしからぬ少し荒い感情が込められた言葉。

「力無い少女が御所望なら悪いけど売り切れよ。ここに在るのは、紅魔館の主、レミリア・スカーレットだけ。
…さて、久しぶりね、と言った方が良いのかしら?『あのとき』貴女が望んだ条件を今日は満たしているのかしらね」
「憶えていてくれたとは光栄だわ。ええ、『私達が再会するに相応しい日』、まさしくその日は今日をおいて他に存在しない。
この日この時この場所こそが私達の再び相まみえる舞台だったのよ、レミリア・スカーレット」
「その為に裏で着々と準備を整えていた訳か。記憶を失った私と友人となったのも、全てはこの時の為」
「フフッ、そうだと言ったら貴女は怒るかしら?怒ってくれるのかしら?」
「いいえ、怒ったりしないわ。むしろ感謝してるくらい。
どんな思惑があろうと、当時『リア』だった私を貴女が支えてくれたこと、それだけは変わらない事実だもの。その件に関しては心から
礼を言うわ。ありがとう、幽香――リアと友達になってくれて」

 頭を下げるレミリアに、幽香は眉を寄せて心を苛立ちに充ち溢れさせる。
 こんな礼を貰う為に、自分は過去を積み上げていった訳ではない。感謝して貰う為に行動を起こしてきた訳ではない。
 そんな怒りをレミリアにぶつける為に口を開こうとした幽香だが、それを行動にすることは叶わなかった。
 何故なら目の前のレミリアから発せられる空気――それが先ほどまでとは完全に異質なモノへと変わっていたからだ。
 それは何処までも大きく決して動じない巨岩のように。何処何処までも頑強かつ壮大な重圧に、幽香は驚きを隠せない。

「でもね、幽香…私はそれとは全く関係のない別のことに凄く凄く凄く怒っているの。
貴女がリアを利用したことは構わない。貴女がリアの友達を偽っていたことも構わない。だけど、だけどね――貴女は私の家族に一体何をしているの?」

 レミリアの静かな怒声、それに呼応するように少女の身体から大きな妖力の波動が放出される。
 その妖気の大きさに、幽香は息を呑む。否、幽香だけではない。その場にいた美鈴も、パチュリーも、咲夜も驚きで言葉を失っている。
 唯一動じないのは誰よりレミリアの傍にいたフランドールだけ。フランドールはそれが当然であるかのようにレミリアの今を受け入れている。
 そんな面々を余所に、レミリアの言葉は続く。それは温厚な少女が初めて心に宿した感情、純粋なまでの怒り。
 迸る激情から放たれた妖力のなんと強大なことか。今の彼女は幻想郷に名を響かせるスカーレット・デビルに相応しき力を全身に溢れさせ、
その力強さはその場の誰もが彼女に近づくことさえ出来ぬ程の威圧を持っていて。妖気を爆発させながら、レミリアは淡々と言葉を続けていく。

「私はどう扱われても構わない。私はどう虚仮にされても構わない。私がどう傷つこうと構わない。
けれど、幽香…貴女は決して超えてはならない一線を超えてしまっている。分かる?貴女は私の大切なモノを利用し、傷つけた。
美鈴の傷、パチュリーの傷、咲夜の傷、そしてフランの傷…その全てが赦すことなど出来ぬ大罪、極刑に値する代物なのよ」
「…だったらどうする?私は謝罪するつもりもなければ赦しを乞うつもりもないわよ?」
「謝罪?赦し?――阿呆が、そんなもので罪が赦されると考えている時点で状況を理解出来ていないと申告してるようなもの。
幽香…いえ、風見幽香、私は貴女を許さない。貴女がフラン達を殺そうとしたのならば、私は決して迷わない――風見幽香、お前は私がこの手で殺す」

 レミリアの言葉に、幽香は堪え切れなかったのか、感情を表に出す。
 それは歓喜、それは狂気、それは悦び、それは喜び、それは祝福、それは歓迎。
 腹の底から笑った後に、幽香は嬉しさを抑えきれないといった状態で言葉を並べ立てる。

「素晴らしい!実に素晴らしいわ、レミリア・スカーレット!!
本来の力を取り戻し、妖怪としての誇りを胸に宿し、何より心配だった対峙する相手への甘さすらも消し去っている!!
レミリア、やはり貴女こそ私が追い求め続けた運命へ抗う力を持つ者よ!この世界の中心に存在する者、それが貴女!!」
「興味ないわね。私にとって大切なことは、お前をこの手で葬ることだけよ。お前は必ず私が殺すわ、風見幽香」
「そうよ!私を憎みなさい!殺意を私に向けなさい!貴女の持つ全てを賭して、私に刃を向けなさい!
さあ、貴女の家族は皆私に触れることすら叶わなかった!植物と魂(このこ)達を突破出来なかった!それを貴女はどう乗り越える!?」
「私は既に蹴りを貴女にくれてやってるけどね…でも、確かにこの数を私一人で相手にするのは到底不可能。
そう、私一人じゃこれらを突破出来ない――だけど、幽香。貴女は私の記憶を覗いた割に、肝心なことを見落としているのね」
「肝心なこと?」

 訊ね返す幽香に、レミリアはさぞ愉しげに微笑みを零し、声を大にして胸を張る。
 それは力なき少女が歩いてきた数百年の歴史の歩みのカタチ。全てを失った少女が育み手にした沢山の宝物。

「幽香、私は――レミリア・スカーレットはとんでもないヘタレなのよ!!」
「…は?」
「自分でも泣きたくなるくらいヘタレでビビりで臆病でチキンでヘッポコで臆病で根暗でノロマで泣き虫で弱虫で臆病なの!」
「…臆病がとても重複してるわね。それで?」
「恥ずかしい話、実は吸血鬼のくせに夜の紅魔館を一人で歩くのも嫌よ!だって怖いじゃない!
天気の良い日は外に出たりせずに一日中部屋の中でマンガを読み続けていたいわ!だって外に出るの面倒じゃない!
加えて言うならこの五十年間一ミリ足りとも胸のサイズが成長してないわ!もしこのままペタンコだったらどうしようって不安で不安で仕方ない!
一人じゃ何も出来ない、それが私だった!この数百年、私はフランを初めとしてみんなの力がなければ決してここまで生きることなんて絶対出来なかった!」
「…分からないわね。そんな屑でノロマな貴女が一体どうしたというの」

 下らないと吐き捨てる幽香に、レミリアは会心の笑みを浮かべて右手を高々と空に翳す。
 それが全ての始まりの合図だった。空に無数の亀裂が走り、レミリア達が対峙する場所を覆うようにして、隙間から幾人もの人妖が姿を現した。
 突然現れた人々に、美鈴、パチュリー、咲夜、そしてフランドールはある種レミリアの登場よりも驚き言葉を発することが出来なかった。何故なら
この場に現れた人々は誰も彼もが彼女達の良く知る人物ばかり――その全てが、彼女達が計画し実行に移した、レミリアと結びつかせようとした人々なのだから。
 力なき主が幻想郷で生き抜く為に、フランドール達が計画した、幻想郷の強者達との関係を深めること。それはレミリアにとって危険ばかりを
引き寄せる、いわば彼女達にとっては最早何の意味も無かったと思われ、捨て去っていた計画だった。
 けれど、フランドール達の望んだ光景…それは今、彼女達の目の前で現実のモノとなる。西行寺の姫が、伊吹鬼が、月姫が一堂に駆けつけてくれている。
 空を見上げる幽香に、レミリアは人生で一番胸を張り、声を大にして言葉を紡ぐ。これこそが、少女の誇り。少女の歩んできた道の足跡。

「――そんな屑でノロマな私には何より誇れる大切な『友達』が存在したのよ、幽香。
確かに私は弱い…だけど、その弱さがあったから、私はこんなにも沢山の友達を得ることが出来た。こんなにも信じられる仲間を手にすることが出来た。
それはきっと強く在るだけでは、絶対に得られなかった。絶対に手にすることは出来なかった。
弱い私の歩いてきた道、それは沢山の人に支えられてきた妖怪としては情けない道なのかもしれない…だけど、私は自分の歩んできたこの道を誰よりも誇るわ」
「それはつまり、貴女は結局一人では何も出来ない屑だと言っているのと同じことではなくて?」
「そうよ、私は一人では何も出来ないわ。…でもね、二人なら頑張れる。三人ならもっともっと頑張れる。
そしてどんどん沢山のみんなと手を取り合えば、最後には『風見幽香を倒す』という奇跡だって成し遂げられる。
――待たせたわね、幽香。これが貴女の待ち望んでいた『レミリア・スカーレットの本当の力』よ。みんなの力を借りて、私は貴女を倒してみせる!」

 宣戦布告。レミリアの言い放った言葉に、幽香は軽く息をついてくるりと周囲を見渡した。
 空に舞う少女達、どれもこれもが一級品の力を持つ者。もしくはその可能性を秘めた原石たる者達。その圧巻な光景に、幽香は再び息を吐き――そして嗤った。
 何処までも愉しげに楽しげに喜びを悦びを世界に充ち溢れさせ。そして幽香はレミリアから少し離れるように空に浮かび、言葉を紡ぐ。

「レミリア・スカーレット、貴女は本当に私の予想を超えてくれるわ。
紅魔館の連中までは予期していた。届くなら射命丸文くらいまでも想定していた。だけど、結果はどう?
この連中の誰も彼もが『友人』なんて下らぬモノの為に、私に喧嘩を売ろうとしているわ。恐ろしい、実に恐ろしいわレミリア・スカーレット。
他者をこの殺し合いに容易く引き込める貴女はどんな独裁者よりも有能だわ。他人の命を捨て石にすることすら厭わない、実に妖怪らしくて素敵よ?」
「…捨て石になんてするつもりは毛頭ないわ。私は誰一人として死なせるつもりはない。
みんなが無事で、みんなが幸せで、みんなが笑えるような、そんな結末(ハッピーエンド)を掴む。私の為に、誰一人として死なせたりなんてしない」
「フフッ、ウフフフフ…この風見幽香相手に一人も死者を出さないと、貴女はそう言うのね?この私を相手に、誰一人死なせはしないと言うのね?
アハッ、アハハハハハハハハッ!!!いいわ!貴女のその優しい幻想、その全てをこの私が直々に粉々にしてあげる!この私が貴女の心を
ボロボロになるまで犯し尽くしてあげる!その何処何処までも真っ白な心に、下等な欲望と絶望をぶちまけて嬲ってあげるわ!
全ての覚醒は終え、私が永遠に夢見た舞台は完成した!後は全てを奪い殺し尽くすだけ!私の全てを賭して世界を壊し尽くすだけ!」

 嗤いながら、幽香は新たな術式を展開する。それは彼女が持つ秘術の一つ、この世界には存在しない失われた世界の力。
 幽香の身体から影が二体生まれ、やがてその影は色を持ち、風見幽香その人と同じ姿になる。無論、身体に維持する妖気の強大さは変わらず、
それがただの幻術や紛い物ではないことを証明している。すなわち、この場には強者たる風見幽香が三人存在することになる。
 そして、三人の幽香が口を揃え、レミリアに対し最後の言葉を紡ぐ。それは、この幻想郷における大異変のラストステージの開幕を意味する。

「「「幻想は何処までも幻想のまま。優しい夢を追い続け、現実の過酷さに押し殺されなさいな、レミリア・スカーレット」」」
「馬鹿ね、幽香…世界は貴女が思うほど辛くはないわ。世界にはこんなにも優しさと温かさで
充ち溢れている――私達が生きる世界には、こんなにも沢山の大切な人達が一緒にいるのだから!!」

 レミリアの言葉が終焉の始まりだった。
 幽香の妖気が世界に弾け、それを合図に魔植物と魂達の宴が始まる。そして幽香もまた、力を世界に解き放つ。
 奇跡を信じる者と、運命を否定する者。決して相容れぬ二人の妖怪、幻想郷を舞台にして巻き起こる争いの火蓋は切って落とされたのだ。

























 友の力を借り、みんなを集めた少女は頭を下げて集まった人々に願いを乞う。

 家族を助けたいと、妹を救いたいと、必死に必死に頭を下げた。
 力を借りる為に、少女がずっと秘密にしていた嘘も紐解いた。

 自分には、戦う力が無い。
 自分だけでは、きっと大切な人を救えない。

 だから、力を貸して欲しい。
 後でどんな無理難題を言われても、絶対に借りは返すから、だから家族を――愛する人々を助ける為に力を貸して、と。


 そんな少女に、やがて一人の少女が言葉を発する。

 『絶対嫌だ』

 その言葉に、お願いを申し出た少女は俯きつつも理解を示す。
 仕方ない。一体どこの誰が他人の家族の為に命を捨てるような真似をするのか。
 これから対峙する相手は最早一介の妖怪ではなく、世界。それだけの強大な存在なのだから。

 拒絶の言葉を受け入れ、話を聴いてくれたことに感謝をし、少女は独り家族の元へ駆けつけようとする。
 だが、そんな少女の行動は拒絶した少女によって遮られる。
 去ろうとした少女に、拒絶を示した少女は力の限り拳骨を打ちおろしたからだ。
 あまりの痛みに思わず半べそになってしまう女の子。そんな少女に、拒絶を示した少女は言い放つ。

 『借りなんて思うな。アンタは私の友達、大切な友達なのよ。そんな相手に貸しなんて作りたくない。
 だからアンタはこう言えば良いのよ。『むかつく妖怪を一緒にぶっとばしてスッキリしましょう!』ってね』

 ぶっきらぼうに言い放つ少女の言葉に、願いを申し出た少女は呆然とする。
 だが、その意見はこの場の誰もが同じだった。皆が少女に笑みを零し、喜んでそのお祭りに参加させて貰うと承諾する。
 状況を把握出来ない少女に、また別の少女が笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。それはみんなの想いを伝える為に。

 『みんなお前の力になりたいんだよ。ここにいる連中はみんなお前に助けて貰ったり救われたり心惹かれたり…そんな連中ばかりなのさ。
  お前がこれまで何の見返りもなく私達の力になってくれたように、今度は私達がそれを返す番…ただそれだけのことだろ?
  言ってしまえば、みんなの想いはお前が歩いてきた道の結果なんだ。だから、お願いなんて不要なんだ。頭を下げたりする必要なんてない。
  だって、私達は自分の意志でお前の力になりたいと願っているんだからな。そうだろ、みんな?』

 その言葉に、この場の誰もが微笑んで頷く。みんなの想いに触れ、少女は気づけば涙を零していた。
 沢山、沢山嘘をついたのに。沢山、沢山みんなを騙してきたのに、それでも受け入れてくれた。
 こんな弱い自分を、こんな情けない自分を、みんなが受け入れてくれた。それでも力になりたいと言ってくれた。
 嬉しさが、抑えられなかった。涙が、止まらなかった。
 だけど、泣いて幸せに浸る時間なんて許されないから。自分がすべきはここで泣いて立ち止まることなんかじゃないから。
 だから少女は立ちあがる。涙を拭って、心を燃やし、少女は笑ってみんなに告げた。

 『全てが済んだら、みんなでパーティーしましょう!だからみんな…その前に一暴れして頂戴!
  貴女達の格好良い姿を私に見せて!一生脳裏に焼き付いて離れないくらい、うんと素敵な姿を私に!』

 人も、妖怪も、そんな小さな境界など彼女達には存在しない。
 誰も彼もが手を取り合い、全ては少女の為に。全ては少女の笑顔の為に。全ては少女の幸せな日常の為に。


 多くの人々が一人の少女の為に織り成すつながりの輪――それはもしかしたら、既に『奇跡』と呼ぶに値するのかもしれない。

























 幽香から放たれた魔弾の嵐、その標的は誰にあった訳ではない。
 無差別無方向にばら撒かれた魔力の嵐を、空を翔ける人々は回避し戦闘行動へと移って行く。

 だが、無傷の彼女達とは違い、回避行動に移れない者達が存在する。
 それは先ほどまで幽香と戦いを繰り広げていた紅魔館の面々である。そのなかで、パチュリーと美鈴、そしてフランドールは
比較的位置が近く、また、魔力弾がそちらに飛んでこなかったことが幸いした。よって回避行動に移る必要もなかった。
 しかし、一人離れた位置にいた咲夜、彼女は運が悪かったと言う他ない。幽香の放った魔弾が彼女目がけて真っ直ぐに疾走し、
それに気づいたのは、回避行動に移るには余りに遅過ぎた。時間を止めるほどの余力も跳躍する瞬発力も今の彼女には残されていなかった。
 どうする、そう思考する時間すらも咲夜には与えられなかった。咲夜に出来るのは瞳を閉じ、少しでもダメージが少なく終わることを祈るだけ。
 瞳を閉じ、衝撃に身を備えた咲夜だが、それは無為に終わる。激しい爆音だけが周囲を包み、咲夜の元に訪れたのは僅かばかりの爆風だけ。
 まるで咲夜の前に強固な壁でも現れたかのように錯覚してしまう程、咲夜の身体には傷一つ残さず届かず。何が起こったのか、ゆっくりと
瞳を咲夜が開いたとき――そこには、一人の女性が咲夜に背を向けて立っていた。
 その女性の背中に、咲夜は言葉を発することが出来ない。見惚れてしまっていた。完全に心奪われていた。咲夜の前に立つ背中は
唯の女性の背である筈なのに、咲夜にはまるで別物のように見えてしまう。
 それは理想。それは追い掛け続けている未来。そう咲夜が錯覚してしまう程に――その八意永琳の姿は、咲夜にとって目を惹きつけるものだった。
 言葉を失したままの咲夜に、振り返ることなく永琳はそっと言葉を紡ぐ。

「私達は仕える主に全てを捧げる者…主の為に生き、主の為に死ぬことを厭わず躊躇わず
どんな艱難辛苦をも乗り越えなければならない者…それが私達『従者』の役目であり定め」
「従者の…役目…」
「そう、私達は何処までも主の為に在り続けなければならない…それが私達の自分で決めた誇りであり、生き方でしょう。
私達が膝をつくのは主が諦めたときのみ。それでは咲夜、貴女の仕えるべき主人は…愛する母は今何かを諦めているかしら?」

 永琳の言葉に、咲夜は強く首を振って否定する。
 少女の母は決してあきらめない。家族のみんなを救うのだと、絶対に幸せになるのだと決めたなら、決して揺れず逃げず振り返らず。
 あの最強最悪の妖怪を前にして、一歩も退くことなく彼女は立ち続けた。自分の大切なモノを護る為、己が意志を貫き通している。
 そう、母は頑張っている。それなのに、今の自分はどうだ。立てないなどと軟弱な理由で一瞬でも諦めかけてしまっていた。
 みんなが来てくれた。奇跡をおこす為に力が集結した。みんなが頑張ってくれている…それなのに自分だけ情けなく休んでいるなんて、絶対に駄目だ。
 心が定まり一線を超えてしまえば少女は誰よりも強く。震える足に活を入れ、少女は紅血の翼を再び展開し、その場に立ちあがる。
 その姿を感じ取り、永琳は最後まで後ろを振り返らぬままに言葉を咲夜に紡ぐ。それは厳しくも優しい、少女を想うもう一人の母の言葉。

「私達が行うのは戦場のサポートよ。幅広い戦場を広大な視点で捉えながら、最良の一手を紡いでいく。
――咲夜、貴女に出来ないとは言わせないわ。レミリアの娘たる貴女なら、必ず出来る筈よ」
「…当たり前でしょう。私は母様の…レミリア・スカーレットの娘、十六夜咲夜なのよ…それくらい、やってみせるわ」
「良い返事ね…行くわよ、咲夜。可能な限り私についてきなさい――私の本当の力、貴女に見せてあげるわ」
「言われなくても――行きましょう、私のもう一人のお母様」

 永琳と咲夜、二人は戦場の風景に溶け込み、誰が為に風となりて戦場を駆け抜ける。
 圧倒的不利な戦況を覆す為に、奇跡を現実のモノとする為に。力を必死に振り絞り、虚空に力を解き放ち、二人は戦場に吹き荒れる嵐と化した。















「ひぇぇ!?ちょ、ちょっと待って!こんなレベルの妖怪だなんて聞いてないわよっ!」
「ええい、今更ウダウダ泣き言言わないでよ!男の子でしょ!?」
「私は女よっ!!って、ふひゃあ!?」

 荒れ狂う魔植物の蔓による波状攻撃を、少女達は必死に逃げまどう。
 初めは一本だった筈の魔植物が二本となり、三本となり…やがては五本もの巨大植物達が少女達を捕えんと暴れまわる。
 必死に回避を試みる少女達だが、その逃避が計算の上での行動であることを智慧の無い植物では当然悟ることは出来ない。
 激しく複雑な動きで回避し続ける二人の少女の努力あって、やがて魔植物達は互いが互いに絡み合い動くことすらままならなく
なってしまう。そこを狙い澄ましたように、少女達は空で反転して植物目がけて攻撃を放つ。

「やっと止まったわね!植物如きが虫に逆らうんじゃないわよ!」
「右に同じ!植物如きが鳥類に刃向かおうなんて三億とんで八百万年早いのよ!」

 二人の少女――リグル・ナイトバグとミスティア・ローレライの同時魔弾により、魔植物達は激しく燃え上がりのた打ち回って灰と化す。
 それを見届けて、リグルとミスティアは喜び笑顔を浮かべてハイタッチを交わし合う。実際、彼女達の働きはかなり大きく、これで
彼女達が仕留めた魔植物は計十二本に及ぶ。唯の一介の妖怪でありながら、彼女達は実にこの場で活躍の動きを見せていた。
 この場に立つ者、それは誰もがレミリアの為と前述したが、少しだけ訂正しておこう。彼女、リグル・ナイトバグは面々の中で
唯一レミリアの為に動いた訳ではない少女だ。それも当然のことで、彼女が永夜の異変で面識があったのはレミリアではなく
フランドールの方であり、しかもフランドールには大変恐ろしい目にこれでもかという程に合わせられているのだ。
 よって彼女は紅魔館の面々を恨む理由こそあれど、現在のように力になる理由など何処にも無かったりする。しかし、彼女は今
レミリア達の為にこうして動いている。その理由は大きく訳で二つ存在する。一つは妖怪らしく、『この大異変を引き起こした妖怪を
退治することに力を貸せば、自身の名が幻想郷で売れるから』というもの。そしてもう一つは、彼女の友人であるミスティアの強引な勧誘である。
 リグルの親友であるミスティア。彼女はリグルと違い、レミリア自身と親交があり、料理趣味の点からも非常に仲の良い友人である。その友人が
力を貸してほしいと言ったのだ。力云々のことはよく分からなかったが、それでも自分の力が大妖怪を倒す為に必要だと言ってくれたのだ。
 それならばと、ミスティアはレミリアに力を貸すことに何の躊躇いも無かった。ときどきお店を手伝ってくれたりする大切な友人を
訳の分からない妖怪に殺され奪われることなど勘弁ならない。その為に、ミスティアはリグルも強引に参加させたのだ。リグルが力のある
妖怪であることをミスティア自身が知っている為だ。
 そんな思惑があったりなかったりする二人だが、戦況は実に上々。機嫌良く喜ぶ二人だが、そんな喜びが長続きする訳もなく。

「いや~、もう植物如き敵じゃないね。十本でも二十本でもかかってこいっていうか」
「よね~!レミリアもこれくらいなら頭下げる必要なんて本当に無かったのに…って、リグルー!!後ろ後ろー!!!」
「へ?…って、にゃああああ!!!?本当に三十本以上きてるうううううう!!!!!」
「い、一時撤退!!」
「あ、ま、待ってよミスティアあああ!!!」

 再び始まる二人と植物達の追いかけっこだが、それは何とか窮地をしのぐ結果となった。
 逃げる二人の前に突如現れた妖怪兎――因幡てゐが二人に対し空に向けて指を指す。それはすなわち上に逃げろという指示。
 追い掛けられていて余裕のない二人は迷わずてゐの指示に従い上空へと飛行する。そんな二人を追って自らも空に昇ろうとした植物達だが
彼らの命運はそこで尽きることになる。伸びてくる彼等に、突如として空から魔弾の嵐が降り注いだのだ。
 恐ろしいほどの速射性をみせる弾幕の嵐に、リグルとミスティアは息を飲む。やがて魔弾が注ぎ終え、大地に残ったのは撃ち貫かれた
植物の肉片達だけ。その恐ろしいほどに精密な掃討作戦をやってのけた少女は、二人を振り返ることなく次の獲物へと弾幕をばら撒く。
 呆然とする二人に、共に残っているてゐはニシシと楽しそうに笑いながら二人に教えてあげる。

「これで私と鈴仙の撃墜数は七十二本っと。もっと頑張らないと鈴仙に全部手柄を奪われちゃうよん、お二人さん。
今日の鈴仙は本気と書いてマジだからね~。おかげで私も楽が出来ていいやね」

 そう告げた後、てゐは笑顔のままに鈴仙の方へと飛んで行った。
 やがて自我を取り戻した負けず嫌いの二人は、より多く魔植物を狩る為に必死に空を翔ける。
 妖怪はとても負けず嫌い。彼女達のゲーム染みた心は、確かにレミリア達の力に変わっていた。因幡てゐという参謀長を指揮官に据えて。
















 地を這う邪魔者が魔植物とするならば、空を舞う邪魔者は異界の霊魂達に他ならない。
 彼等は怨念という自我を持ち、生者を妬み襲いかかる。魔植物と彼等を鎮めずして、風見幽香に拳は決して届かない。
 だが、地上に魔植物を狩る者が現れたように、空にもまた魂を狩る者達が躍動する。
 その者は両手に握る長刀を一閃、二閃と奔らせ、呼び寄せた魂を一時的に冥界へと叩き送って行く。それは彼女――魂魄妖夢にしか出来ぬ芸当だろう。

「…消滅させたりはしない。だけど、今は待っていて欲しい。貴女達にレミリアさんの邪魔をさせる訳にはいかないんだから――せいっ!!」

 次々と引き寄せられる霊魂を妖夢は手際よく一振りで魂を冥界へと送って行く。
 妖夢の猛攻に、魂達は美鈴達にみせたような反撃の素振りをみせることはない。否、みせられないのだ。
 何故なら彼等は縛られているから。彼らが魂であるかぎり、たった一人の束縛から逃れることは決して出来ない。
 この世とあの世で唯一人、魂を操ることの出来る亡霊姫、西行寺幽々子――彼女の力の前に、彼等は無力であるのだから。

「…慣れてしまえば、異界の魂もこちらの魂と感触は変わらないものね。
憎悪の色に染まってしまえど、死者は過去を取り返すことも時計の針を戻すことも出来はしない…おとなしく眠りなさいな」
「幽々子様、次をお願いしますっ!!」
「紫のこと、あまり責められないわね…本当、これらの異変はまさに私達が望みし異変に相違ないわ。
この異変が妖夢をまたひとつ大きく成長させる。この成長も全てはレミリアのおかげ…勝たないとね、全ての者の為にも」

 何処までも華麗に、雅に、幽雅に幽々子は舞い踊る。死霊の全てが他者に向かわぬよう、縛りつける為に。
 既に三百を超える魂を一人で操りきっている西行寺幽々子――やはり彼女もまた別格の存在なのだ。
 死を誘う亡霊の姫は、今宵生者の為に舞を為す。主に負けぬ働きを、その従者もまた尽力して応えてみせていた。
 力を振うは小さな身体に大きな勇気を宿した友人の為に。少女の幸せの為に、冥界の姫とその庭師は自分達の役割を果たす。


















 魔植物と霊魂は少女達によって抑えられているが、それで全てが終わる訳では当然無い。
 この狂劇の元凶である大妖怪、風見幽香。彼女を止めずして、この異変は終わらない。終焉を迎えられない。
 彼女は一人だけでも恐ろしく強大なのに、今や風見幽香は三人もこの世界に存在している。彼女を止めるのは、抑えるのは
並の存在では決して不可能。風見幽香を抑えるには、対峙する者もまた一線を超えた存在でなければならない。
 だからこそ、少女達は風見幽香を止める為に最大の布陣を敷く。強者には強者を、狂える牙には咎める刃を。
 三つに分かれた暴力の一体、一人目の風見幽香の前に立つは死を乗り越えた絶対強者達。自身に対峙する二人を見て、幽香は愉しげに言葉を紡ぐ。

「月姫と不死鳥…貴女達が力を合わせて私に向かう未来は流石に想像していなかったわね」

 幽香の言葉に、二人の少女――蓬莱山輝夜と藤原妹紅はそれぞれ異なる反応を示す。
 輝夜は心底面白いとでも言うように笑い、妹紅は心底嫌そうに顔を歪め。そして、二者の内でより気分が良かった
輝夜が幽香に対して返答する。

「面白いでしょう?在り得ない筈の未来、想像すら出来ない筈の未来、そんなものは所詮私達の想像力の欠如に起因するものでしかないの。
どんな夢物語も幻想も、私達が在る限り『決して在り得ない』は存在しない。この世界はどんな可能性をも孕んで受け入れる。
本当、この世はこんなにも実に面白きことに充ちているわ。こんなこと、レミリアに出会うまで私は本当に知らなかった。レミリアに出会えて、私の世界は色を知った」
「そういえば貴女もレミリアに変えられた一人だったわね。月の姫ともあろうものが、実に単純。
力を持たぬ小娘の適当な言葉回しに踊らされただけでしょう?心にもない言葉と想いの詰まっていない空虚な言葉を並べられて、貴女が勝手に勘違いしただけ」
「あら、私とレミリアのことをどうして知っているのかは知らないけれど…貴女、頭は大丈夫?貴女はその程度でしかレミリアを捉えていないのかしら?
レミリアが本当に空っぽなら、私の世界は決して動かなかった。レミリアに熱を求めたりしなかった。私がレミリアに求めたのは表面や上辺だけじゃないもの。
あの娘の言葉は所詮切っ掛けに過ぎない。私が心から追い求めたのは、レミリアの世界での在り方。私はあの娘の生き方を心から羨んだわ」

 輝夜の言葉に続くように、妹紅は視線を逸らしながら口を開く。
 それはもしかしたら、輝夜と妹紅が初めて意を揃えたときなのかもしれない。

「レミリアの奴は何処までも真っ直ぐでしょ。それは私達のように『死から見放された』存在には、どうしようもなく心惹かれるのよ。
今を精一杯生きる姿、人と人とのつながりを愛する生き方、それは私達が忘れてしまった生き方だった。
私は輝夜の馬鹿ほどレミリアに肩入れしちゃいないけどね…それでも、護りたいと思うのよ。あの娘がいつまでも一生懸命生きられる世界を、ね」
「そういう訳で、レミリアと私の面白おかしく過ごす未来を邪魔する不届き者には、早々にご退場願おうかしら。
どうせならレミリアじゃなくて、そこの鶏の魂を持っていきなさいな。やもすれば死神に褒めて貰えるかもしれないわ?」
「…もしレミリアの件がなかったら、早々にそこの妖怪に寝返って貴女を殺してたわよ、このクソ輝夜」
「あら、今からでも遅くはないわよ?その妖怪のついでに、貴女も一緒に殺してあげるわよ?だから早く寝返りなさいな」
「ハッ!貴女こそ早く寝返りなさいよ!一緒に殺してレミリアにはちゃんと『勇敢な最期だった』って伝えてやるから!」

 ぎゃあぎゃあと口論する二人に、幽香は軽く息をつき、容赦なく魔弾を二人に向かって解き放つ。
 だが、幽香の掌から力が解放されることはなかった。『気づけば』幽香の右腕は無く、消し炭と化しており。
 呆然とする幽香だが、背後から紡がれた言葉に身を熱情に滾らせる。そう、殺し合いは既に始まっているのだ。

「――身の程を弁えなさい、妖怪。貴女が対峙するのは二つの永遠。貴女のような欲望に塗れた生物が軽々しく触れていい存在ではないのよ?」
「――永遠を殺すことが出来るのは永遠だけ。私の命と輝夜の命、果たしてお前に幾つこの身を滅ぼすことが出来るかしら?」

 振り向く幽香に、月姫と不死鳥は互いに口元を緩め、高らかに声を揃えて宣言する。
 永遠と永遠が空に交り合う、それは過去よりおいて今宵が初めて。重なりあう永遠が一体どのような奇跡を織り成すのか。















 輝夜と妹紅が幽香を抑えているように、残る幽香も同様に誰かが抑えなければならない。
 それは幽香と対峙しても決して負けぬ者が良い。幽香を倒すことに特化した実力者ならば誰でも良かったのかもしれない。
 だが、ここに幽香に対峙する者達は自ら志願した二人。無論、少女達は相応の実力者ではあるが、実力云々ではなく彼女達は
己が意志で幽香と相対することを望んだのだ。その二人に、幽香は言葉を投げかける。

「さて…どういう理由で私の前に立ちはだかるか、実に興味があるわ。
理由を聴かせて貰えるかしら――射命丸文、そしてアリス・マーガトロイド」

 自身の前に対峙する二人の少女に、幽香は笑みを零して問いかけた。
 彼女の問いかけに先に答えたのは、文だった。黒翼を広げ、文は感情を抑えたままに言葉を紡ぐ。

「私の方は聞くまでもないでしょう?風見幽香…貴女を直接ぶっとばさないと、私の気がどうしても晴れないからよ」
「あら、私は貴女に恨みを買うようなことをした記憶は無いのだけれど?」
「…レミリアは貴女に言ったわね。『リア』を利用していたこと、騙していたことは構わない、気にしないって。
だけど私の意見は違うわ。貴女は何も知らぬリアの…レミリアの想いを土足で踏み躙った。己の欲望の為にレミリアを振り回した。
レミリアは貴女を信じていたのに、大切な友達だって話していたのに――それをお前は最悪の形で裏切った!!!」

 文の怒りが、心の叫びが世界を揺らす。一介の鴉天狗としては身に余る才を有するその力が解放される。
 戦う意志を決めた文の力、それは大天狗に勝るとも劣らない。身体中の妖気を解き放ち、文は扇を手に幽香に言い放つ。

「風見幽香、たとえレミリアが許してもお前は決して私が許さない!
友を裏切ること、仲間を裏切ることは何より万死に値する大罪と知りなさい!あの娘を…レミリアを泣かせた罪は重いわよ、クソ妖怪!!」
「フン…天狗らしく仲間意識の強いことで。でも、貴女は本当に愚かね?
この争いに参加したことで、貴女は帰る場所を失った。紅魔館に手を貸す貴女はもう二度と妖怪の山へは戻れない」
「それがどうしたのよ?これでも相応の覚悟はしてる、山に戻って処罰されることだって理解してる。
だけど、だけど――そんな小さいことよりも、大切なことが在るのよ!レミリアが勇気を振り絞って選んだ未来を、私は絶対誰にも邪魔させない!
それが私がリアに――勇気を振り絞ってくれた大切な友達に、最後に報いる為に出来ることなんだから!」

 文の言葉に、幽香は肯定も否定もしない。ただ黙したまま文の声を受け入れ、視線を文からアリスの方へと移す。
 そんな視線に気づいたのか、アリスもまた幽香と視線を交錯させて、そっと口を開く。

「私が貴女の前に対峙する理由は――何故かしらね。
どうして私は貴女の前に立っているのか…私は貴女を笑うべきなのかしら。それとも呆れるべきなのかしら。らしくないと怒るべきなのかしら。
どうしたいのかは分からないけれど、それでも自分の為すべき役割は理解してる――幽香、貴女を止める為に私はここに存在するのよ」
「その口振り…成程、そういうこと。貴女はあの世界から生き延びたのね、『アリス』」
「…貴女と会うまでは忘れていたわ。いいえ、忘れさせられていた。貴女のことは僅かに憶えていても、全ての終わりは完全に記憶から消失していた。
そう処置を施さなければ、きっと当時の私は耐えられなかった。あの娘達ともう会えない現実を受け入れられなかっただろうから」
「そう…あの女もつくづく娘に甘い」
「そう責めてくれないでよ、私の自慢の母親なんだから」

 言葉を交わし、アリスは軽く呪文を詠唱し一つの本を召喚する。
 それは彼女が長年忘れさせられていた真なる力。幼い頃のアリスでは使いこなせなかった、究極の術式。
 高まるアリスの魔力に、幽香は口元を緩めて愉しげに言葉をかける。

「使いこなせるかしら?昔の貴女はそれに振り回されるだけだったけれど」
「今の私なら出来る筈よ。それに、これを使わないと今の貴女は止められないでしょうし…ね。
――無理矢理でも止めさせてもらうわよ、幽香。貴女の気持ちも想いも十分に理解出来る…だけど、こんなことをしても
私達の愛した世界は何一つ帰ってこない。それに過去に囚われている貴女に――レミリアの幸せを奪う権利なんて何処にも存在しない!」
「知った風な口をきく…かかってきなさい、昔と何一つ変わらぬ形で叩き潰してあげる」
「あの娘達の代わりに、なんて言うつもりはない…それでも、誰かが貴女を引っ叩いてでも止めないといけない。
そうしないと、この結末は誰も救われないじゃない。止めるわよ、魔界神の娘が一人、アリス・マーガトロイドが風見幽香をこの手で!」

 空を翔ける者、魔を極める者。二つの牙を荒れ狂う妖怪に突き立てんと世界を奔る。
 誰にも譲らぬ想いと決意を心に宿す限り、少女達に敗北は存在しない。誰が為に力を振う、誰が為に戦場に立つ。
 戦場を翔ける二人には、誰にも負けられぬ理由が在る。ならば例えどんなに強大な相手であろうと臆することは何もない。
 決意を胸に、少女達は空を翔ける。闇夜を切り裂く流星のように、誰よりも速く疾く。


















 三人のうち、二人の幽香は抑えた。残るは一人のみ。
 他の幽香は二体一という人数の有利を持って戦場を支配する形を取ったが、最後の一人はそんな状況は必要ない。
 何故ならば幽香に相対する者もまた国士無双の戦人。幽香に負けぬ程の強大な力を有する最強の一角を担う大妖怪。
 その存在にかつて人々は恐れを抱き、畏怖と敬意を込めて彼等をこう呼んだ――鬼、と。
 幽香の前に君臨する少女、伊吹萃香。楽しげに笑う少女に、幽香は口を開いて言葉を紡ぐ。

「…気になってはいたのよね。レミリアの周囲に常時纏わりつくおかしな気配の正体を。
数多の妖怪達を束ねる最強の鬼が子供のお守役とは、随分と落ちたものね」
「つまらん挑発なんて必要ないよ、妖怪。心配せずとも、私は全力でお前と殺し合ってやるさ。
それにレミリアの本当の価値に気づいているからこそ、お前はここまで面倒事をお膳立てしたんだろうに。
お前も私同様、レミリアに魅せられた存在だ。レミリアの眠っていた力を引き出したことには素直に称賛を送ってやるよ。
後はお前をぶっとばしてこの劇は終わりさ。お前という障害を乗り越えることで、また一つレミリアは強くなる。私はそれが嬉しくてたまらないんだ」
「まるで私がただの踏み台かのように言ってくれる。随分私も舐められたものね」
「馬鹿な、どうして私がお前を舐める必要がある?お前が本気で強いと認めてるから、私が『本体』の前にこうして対峙してるんだろう?
今のこの面子のなかで、本当のお前と対峙できる者なんて何人もいるものか。強いて言えば、西行寺幽々子に八意永琳だけど、
連中ではお前と非常に相性が悪過ぎる。お前と打ち合うなら、どんな攻撃にも揺るがない頑丈な奴じゃないと即座に消されてしまうからね」

 萃香の説明に、幽香は正答した子供を褒めるように楽しげに笑う。
 そう、真の実力を持つ複製ではない幽香を相手に出来るのは、この場においては唯一人、伊吹萃香をおいて他に存在しない。
 他の者達では圧倒的な暴力を前に捩じ伏せられてしまう。荒れ狂う暴風を止めることが出来るのは、暴風に対し根幹から揺るがないほどに
丈夫な防壁を持つ者だけ。そしてその資格を有するのは、鬼の中でも最強と謳われた存在――伊吹萃香だけだ。
 準備はオーケーだと言わんばかりに伸びをする萃香に、幽香は嗤いながら口を開く。

「その通りよ。私と対峙するには、有象無象の雛鳥如きでは刹那の時間すら耐えられない。
だから私を相手に出来るのは、伊吹萃香――そして八雲紫、この二人だけでしょうね」
「紫ならやることがあるからアンタの相手は私だけさ。紫は今、アンタを確実に仕留める為に策を弄しているだろうからね」
「あら、いいの?そんな貴重な情報を私に話しても」
「笑わせるな。アンタは相手の策なんか微塵も気にしないタイプだろ?相手がどんな小細工に走ろうと、その全てを
己の絶対的な暴力で捩じ伏せてきた妖怪だろ?お前の身体にこびり付いた血の匂いがその全てを教えてくれるよ」
「流石は伊吹萃香、よく見ているわ。もしかしたら、私達はよく似ているのかもしれないわね」
「ああ、似ているんだろうね。ただ、残念なことにお互いが惹かれているレミリアに関して求めるモノが違い過ぎる。
アンタはレミリアの今に全てを求め過ぎている。私はレミリアの未来に心奪われ過ぎている。どっちもつくづく救えない大馬鹿野郎さね」
「そう、救えない馬鹿の道は二つに一つ。死んで馬鹿をリセットするか――己を貫き通して、馬鹿である我が道を誇るか」
「そして私達は互いに頑固者だ。自分の道を決して誰かに譲るなんてことはあり得ない。だったら、強い者が己を貫き通すだけだ」

 大妖怪としての誇りを抱き、萃香と幽香は互いに妖気を高め合って対峙する。
 その力は果てなき程に強大で、力を解放すれば一山二山を軽く破壊する程の力を秘めているだろう。
 それほどまでに圧倒的な二人の妖怪が、それぞれ己が為に力を振う。
 レミリアの運命を見極めたい者、レミリアの未来を夢見る者。己の為に、友の為に、大妖怪は力を解放する。

「――きな!風見幽香!この私、伊吹萃香を倒し、その禍々しい己が欲望を貫き通してみせな!
今宵の私は最愛の友の為にここに在る!この私に膝をつかせること、それがどれほどの大業かを恐怖と共にその身に刻みつけるが良い!」
「――教えてあげるわ、貴女達力を持つ妖怪が私の前ではどれほど滑稽な存在であるのかを。伊吹萃香、私の欲望の為に死になさい」

 最強と最強のぶつかりあい、それは己が意地と誇りのぶつかりあいでもある。
 誰よりも己の我を貫き通す為、誰にも邪魔されぬ覇道を進む為に、大妖怪達は力を振って道を切り開く。
 彼女達が他者に屈するとき、それは自身の命が燃え尽きたときなのだろうから。
















「そこだっ!!」

 飛び込んでくる流れ弾を、上白沢慧音は慌てることなく撃ち落とし、鉄壁の守りを堅持する。
 彼女がこの戦場で受け持つのはある種において誰よりも重要な役割なのかもしれない。彼女が受け持つのは
動けぬ者達の守り人。負傷している美鈴、パチュリー、そして病に冒されているフランドールを流れ弾から護り抜くこと。
 集まった面々の中でも、慧音はそれほど戦闘に秀でた者ではない。しかし、こと護りの戦闘においてはその力を誰よりも
発揮することに長けている。それが人里の守護者を務める彼女の戦いであり、彼女の在り方。そんな慧音に、ボロボロの美鈴がなんとか
立ち上がり助力を試みようとするが、慧音はそれを制止する。

「まだ無理をするな。お前達が立ち上がって無理をしてどうなる」
「何を言うのよ…他のみんなが、こんなに頑張ってくれているのに…私達だけ、休めないわよ…」
「その気持ちは十二分に理解してるさ。だが、それを承知で言っているんだ。
辛いだろうが、今は休んで少しでも力を取り戻してくれ。お前達の力は、まもなく必ず必要になる。
それが私達をまとめる者――レミリアの意見でもあるんだ。だから美鈴、今は堪えてくれ。お前達の力を、レミリアは後に必要としているんだ」

 慧音の言葉に、美鈴達は視線を慧音からレミリアの方へと移す。
 そのレミリア当人は慧音達から少し離れた場所に立ち、わき目も振らず真っ直ぐに幽香と他の者達の戦闘を凝視し続けている。
 少女の立つ場所、それは慧音の守護する領域から外れた場所。下手をすれば流れ弾が被弾しても、誰からも護って貰えない場所だ。その場所に
レミリアは立ち、何処よりも幽香達の戦闘が見える場所で彼女達を観察していた。
 例え己が数メートル先で魔弾が着弾しようと、レミリアは決して怯えず怯まず目を逸らさない。ただ勝機を見出す為に、風見幽香をその目で
じっと観察し続け、勝ちを紡ぐ為に好機を伺い続けている。そんな少女に、慧音は心から敬意を表していた。
 何故なら慧音には見えているから。戦場に立つレミリアの身体が本当は恐怖に震えていることを、大地に立つレミリアの両膝が笑っていることを、慧音は知っている。
 それでも、レミリアは恐怖を必死に押し殺し、危険を承知の上で戦場に立っている。本当なら、みんなに全てを押し付けて安全な場所に逃げても
構わなかった。それをしても、レミリアが本当は弱いことを知っている者達は誰も咎めたりしないのに、それでもレミリアは戦場に立った。
 恐怖を克服している訳ではない。戦場なんて経験したことある筈がない。他人を殺したことはおろか、傷つけたことすらない少女に
そんな過酷な経験がある筈もない。それでもレミリアは勝利の為に勇気を振り絞っている。みんなで幸せになりたいと、みんなを助けたいと
心に誓い、心だけを武器にこの場に立ちあがっているのだ。そんなレミリアの背中を見つめながら、慧音は言葉を紡ぐ。

「…美鈴、お前達は幸せ者なのかもしれないな。他者の為にあれほどまでに誇り高く在り続ける者を、私は他に知らない」
「そうね…私は、私達は…本当に、果報者だわ…だから、応えないとね…お嬢様の期待を、いつも裏切ってばかりだったけれど…今度こそは、絶対に」
「裏切ってなどいないさ。お前の今の姿を、きっとレミリアは誇るだろう。喜んで私にお前の素晴らしさを語るのだろうな…それがあの娘だから。
…生き延びんとな。こんな下らぬ戦場で、私達は誰一人として死んではならないんだ。あの娘の、レミリアの笑顔を守る為に…な」

 飛び込んでくる流れ弾を再び一閃し、慧音は微笑みながらそう結ぶ。
 そう、この戦場で誰一人として死んではならない。そうでなければ、少女の願いが成就したとは言えないのだから。
 ――みんなで幸せになる。それが少女の、レミリア・スカーレットの皆に託した想いの形なのだと皆が知っている。
















 揺れ動き荒れ狂う戦場より少し離れた空で、その戦況を見つめる女性が一人。
 その女性は楽しそうに微笑みながら、そっと一人言葉を呟く。

「フフッ、風見幽香をその一身に引き付ける為に、あれほどまでに似合わぬ不格好な道化を演じてくれているのだもの。
これに応えなければ、怒られるだけでは済まなくてよ。…藍、八雲紫が命じるわ。二人のサポートに死力を尽くしなさいな」

 その女性――八雲紫の呟きは風に溶け、しかし確実に届けたい者の耳へと届けられる。
 それを確認し、紫はそっと瞳を閉じて、彼女だけに許された禁忌の秘術を解放する。
 紫の身体は淡い光を放ち、それに呼応するように彼女の周囲で風達が暴れ始める。

「…隙間の力の全ては藍に譲渡した。これで何が起ころうと、幻想郷の維持には何一つ問題はない。
例え『八雲紫』が消滅しても、この世界は滅びない。我が意志と力を受け継ぐ者さえ存在する限り、私の夢は終わらない」

 風を身に纏い、紫はゆっくりと瞳を開き、最後の扉を開け放つ。
 刹那、彼女の身体は幻想郷に溶け始め、まるで水が大地に浸透していくように、紫は幻想郷の地へと沈んでいく。

「――さあ、贖罪のときよ、風見幽香。我が愛する友人を、そして幻想郷を穢した罪の代償は極めて重い。
二人の少女が生み出す優しい幻想に囚われた哀れな妖怪の末路など一つだけ――美しく残酷にこの大地から消え去りなさい」

 誰よりも優しく、誰よりも残酷な微笑みを残して、八雲紫は幻想郷の大地に溶け消えた。
 希望の光はまだ幻想郷の空に差し込まない。けれど、その目は完全に発芽している。
 あとは全てを救う為に闇雲を払いのけるだけ。それを払いのける者こそ、その名に相応しいのだろう。――この世界の寵愛を受けし者、運命の申し子の名に。









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