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No.13774の一覧
[0] うそっこおぜうさま(東方project ちょこっと勘違いモノ)[にゃお](2011/12/04 20:19)
[1] 嘘つき紅魔郷 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:52)
[2] 嘘つき紅魔郷 その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[3] 嘘つき紅魔郷 その三 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[4] 嘘つき紅魔郷 エピローグ (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[5] 嘘つき紅魔郷 裏その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[6] 嘘つき紅魔郷 裏その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:55)
[7] 幕間 その1 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:11)
[8] 嘘つき妖々夢 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:24)
[9] 嘘つき妖々夢 その二[にゃお](2009/11/14 20:19)
[10] 嘘つき妖々夢 その三[にゃお](2009/11/15 17:35)
[11] 嘘つき妖々夢 その四[にゃお](2010/05/05 20:02)
[12] 嘘つき妖々夢 その五[にゃお](2009/11/21 00:15)
[13] 嘘つき妖々夢 その六[にゃお](2009/11/21 00:58)
[14] 嘘つき妖々夢 その七[にゃお](2009/11/22 15:48)
[15] 嘘つき妖々夢 その八[にゃお](2009/11/23 03:39)
[16] 嘘つき妖々夢 その九[にゃお](2009/11/25 03:12)
[17] 嘘つき妖々夢 エピローグ[にゃお](2009/11/29 08:07)
[18] 追想 ~十六夜咲夜~[にゃお](2009/11/29 08:22)
[19] 幕間 その2[にゃお](2009/12/06 05:32)
[20] 嘘つき萃夢想 その一[にゃお](2009/12/06 05:58)
[21] 嘘つき萃夢想 その二[にゃお](2010/02/14 01:21)
[22] 嘘つき萃夢想 その三[にゃお](2009/12/18 02:51)
[23] 嘘つき萃夢想 その四[にゃお](2009/12/27 02:47)
[24] 嘘つき萃夢想 その五[にゃお](2010/01/24 09:32)
[25] 嘘つき萃夢想 その六[にゃお](2010/01/26 01:05)
[26] 嘘つき萃夢想 その七[にゃお](2010/01/26 01:06)
[27] 嘘つき萃夢想 エピローグ[にゃお](2010/03/01 03:17)
[28] 幕間 その3[にゃお](2010/02/14 01:20)
[29] 幕間 その4[にゃお](2010/02/14 01:36)
[30] 追想 ~紅美鈴~[にゃお](2010/05/05 20:03)
[31] 嘘つき永夜抄 その一[にゃお](2010/04/25 11:49)
[32] 嘘つき永夜抄 その二[にゃお](2010/03/09 05:54)
[33] 嘘つき永夜抄 その三[にゃお](2010/05/04 05:34)
[34] 嘘つき永夜抄 その四[にゃお](2010/05/05 20:01)
[35] 嘘つき永夜抄 その五[にゃお](2010/05/05 20:43)
[36] 嘘つき永夜抄 その六[にゃお](2010/09/05 05:17)
[37] 嘘つき永夜抄 その七[にゃお](2010/09/05 05:31)
[38] 追想 ~パチュリー・ノーレッジ~[にゃお](2010/09/10 06:29)
[39] 嘘つき永夜抄 その八[にゃお](2010/10/11 00:05)
[40] 嘘つき永夜抄 その九[にゃお](2010/10/11 00:18)
[41] 嘘つき永夜抄 その十[にゃお](2010/10/12 02:34)
[42] 嘘つき永夜抄 その十一[にゃお](2010/10/17 02:09)
[43] 嘘つき永夜抄 その十二[にゃお](2010/10/24 02:53)
[44] 嘘つき永夜抄 その十三[にゃお](2010/11/01 05:34)
[45] 嘘つき永夜抄 その十四[にゃお](2010/11/07 09:50)
[46] 嘘つき永夜抄 エピローグ[にゃお](2010/11/14 02:57)
[47] 幕間 その5[にゃお](2010/11/14 02:50)
[48] 幕間 その6(文章追加12/11)[にゃお](2010/12/20 00:38)
[49] 幕間 その7[にゃお](2010/12/13 03:42)
[50] 幕間 その8[にゃお](2010/12/23 09:00)
[51] 嘘つき花映塚 その一[にゃお](2010/12/23 09:00)
[52] 嘘つき花映塚 その二[にゃお](2010/12/23 08:57)
[53] 嘘つき花映塚 その三[にゃお](2010/12/25 14:02)
[54] 嘘つき花映塚 その四[にゃお](2010/12/27 03:22)
[55] 嘘つき花映塚 その五[にゃお](2011/01/04 00:45)
[56] 嘘つき花映塚 その六(文章追加 2/13)[にゃお](2011/02/20 04:44)
[57] 追想 ~フランドール・スカーレット~[にゃお](2011/02/13 22:53)
[58] 嘘つき花映塚 その七[にゃお](2011/02/20 04:47)
[59] 嘘つき花映塚 その八[にゃお](2011/02/20 04:53)
[60] 嘘つき花映塚 その九[にゃお](2011/03/08 19:20)
[61] 嘘つき花映塚 その十[にゃお](2011/03/11 02:48)
[62] 嘘つき花映塚 その十一[にゃお](2011/03/21 00:22)
[63] 嘘つき花映塚 その十二[にゃお](2011/03/25 02:11)
[64] 嘘つき花映塚 その十三[にゃお](2012/01/02 23:11)
[65] エピローグ ~うそっこおぜうさま~[にゃお](2012/01/02 23:11)
[66] あとがき[にゃお](2011/03/25 02:23)
[67] 人物紹介とかそういうのを簡単に[にゃお](2011/03/25 02:26)
[68] 後日談 その1 ~紅魔館の新たな一歩~[にゃお](2011/05/29 22:24)
[69] 後日談 その2 ~博麗神社での取り決めごと~[にゃお](2011/06/09 11:51)
[70] 後日談 その3 ~幻想郷縁起~[にゃお](2011/06/11 02:47)
[71] 嘘つき風神録 その一[にゃお](2012/01/02 23:07)
[72] 嘘つき風神録 その二[にゃお](2011/12/04 20:25)
[73] 嘘つき風神録 その三[にゃお](2011/12/12 19:05)
[74] 嘘つき風神録 その四[にゃお](2012/01/02 23:06)
[75] 嘘つき風神録 その五[にゃお](2012/01/02 23:22)
[76] 嘘つき風神録 その六[にゃお](2012/01/03 16:50)
[77] 嘘つき風神録 その七[にゃお](2012/01/05 16:15)
[78] 嘘つき風神録 その八[にゃお](2012/01/08 17:04)
[79] 嘘つき風神録 その九[にゃお](2012/01/22 11:18)
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[13774] 嘘つき花映塚 その八
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/02/20 04:53







 人里の中に存在する小高い丘。
 ぐるりと一望すれば人里を見渡せる場所に、美鈴は腰を下していた。
 無論、彼女がこうして時間を過ごしているのは無意味に休息を取っている訳などではない。人里の全てを把握出来る
場所ならば、彼女の得意とする能力を行使し易くなる。だからこそ、彼女はこうしてリアの傍を離れるというリスクを負ってまで、行動を起こしている。
 彼女が行うのは人里に出入りする人と妖、その全ての把握。慧音から提供してもらった『人里の歴史』を気配という点だけ特化して抽出し、
その気配の全てを現在の人里に存在する気配の全てと適合させる。そうすることで、人里内における美鈴にとって『見知らぬ存在』を消していく。
 現在の人里と美鈴の知る過去の人里の気配を重ね合わせ、もし『見知らぬ存在』が現れたならば、その者が美鈴の護るべき者にとって
危険か安全かを判定する。もし安全ならそれでいい。仮に危険な存在と認識したならば、守護の役目を担ってくれている者にその存在を
報告し、念入りに注意を払うようにしてもらう。それが美鈴の行動の第一の目的であり、人里に移り住んでからというものの、彼女が
危険だと判断した存在は唯一人だけ。だが、守護者の報告からも護るべき者の報告からも、その人物が害する人物であるとは聞いておらず、
ただの杞憂で終わってしまっていた。結果だけを見れば無用に思える行動かもしれないが、それでも美鈴は手を抜くことはしない。
 迷うことも揺れることもなく、美鈴は護るべき者――リアの為に、全力を尽くす。失いたくない、失ってはならない者の為に、今を全力で。
 美鈴は心の底からリアを失う未来を恐れている。誰より古くからリア…否、レミリアに仕え、彼女の為に生きてきた彼女は、
誰よりリアルにレミリアの存在しない未来を感じ、恐怖に苛まれてしまっている。だからこそ万全を尽くす、今自分が出来ることを。

「…少し気が乱れたわ。もう一度最初から」
「――っ」

 無論、そんな未来を恐れているのは美鈴だけではない。
 レミリアの娘である少女、十六夜咲夜もまた同様だ。だが、今の咲夜は美鈴と比べて少しだけ心の在り方が異なる。
 咲夜は未来を恐れる以上に、前を向くことを決めた。いつの日か訪れる幸せな未来を夢想し、その為に今自分がすべきことを為そうとしている。
 その為に、今の咲夜は必死に己が妖しの力を律そうと研鑽している。人の身でありながら、吸血鬼という妖怪上位種の力を身に付けた
少女。やもすれば振り回されてしまう程の膨大な力を、咲夜は己が力とする為に、必死で制御訓練を己に課し続ける。
 十の力が必要な時に十の力を発揮する為、百の力が必要な時に百二十の力で暴走してしまわない為。信じる未来を紡ぐ為に、いつか
必ずこの力が必要となる時が訪れる。そう確信している故に、咲夜は必死に鍛錬を続けるのだ。美鈴に指導を仰ぎながら。

 そんな咲夜の姿を見て、美鈴は思う。咲夜の中で、何かが変わった、と。
 昨日までも、美鈴は咲夜と同様の訓練を繰り返していた。しかし、咲夜の内面がボロボロ過ぎて、まともな訓練にすらなっていなかった。
 そのことを美鈴は責めなかったし、むしろ仕方のないことだと考えていた。今の咲夜を取り囲む現状は、あまりに酷で自分自身を
律しろという方が残酷だ。けれど、今の咲夜は昨日までとはまるで別人で、少女の瞳には確かな意志の炎が宿っていた。
 それは、決意を下した者の瞳。それは、心強き者の瞳。
 まだ幼き頃、咲夜が愛する母の為に強くなりたいと申し出、研鑽を積み続けたときと全く同じ、未来を目指す者の証。

 ――そう、咲夜は乗り越えたのね。自分の答えを導いたのね。

 どうしてその答えに辿り着いたのかは分からない。自分で決めたのか、誰かに背中を押してもらったのか。
 だけど、今の咲夜は本当に強い。覚悟を決めたときの意志の強さ、心の強さ。それは血の繋がらない母から受け継いだ咲夜の財産。
 そんな咲夜の姿に、美鈴は己を振り返り自嘲する。咲夜は現状を嘆くだけではなく、己の意志を持って悲しみを乗り越えたというのに、
自分はどうだ。悲しむばかり怖がるばかりで何一つ前に進めやしない、現状を維持すること、最悪を回避する思考しか出来ない。
 無論、美鈴自身それが悪いとは思わない。最良が何なのか答えが導けない今、最悪を回避することは逃げの一手だとは思わない。
 それでも、それでも美鈴は思ってしまう。行動しないこと、希望を待ち続けることが本当に自分達のすべきことなのかと。
 今自分の取るべき行動、それに自信を持っているならば、咲夜のように強く在ることだって出来よう。だけど、今の自分に咲夜のような
意志を心に灯すことなんて到底出来ない。自分が打っている一手は、全てにおいて中途半端な一手でしかないからだ。その最たる理由が、
先日射命丸文との会話だ。真にレミリアの帰還を信じるならば、文にあのような会話を行う必要はなかった。心の底からレミリアが元に戻ることを
信じているならば、『リアを頼む』なんていう言葉は決して発さなかった筈だ。
 どうしてあのような話を文にしたのか、その答えはとうに出ている。それは美鈴が『最良の未来』よりも『最悪を回避する未来』を
目指すことに縛られてしまっているからだ。彼女の心を縛る感情は恐怖、レミリアのいない世界がどうしても美鈴の心を蝕む。
 頭が潰れてしまえば人も妖怪も動けぬように、美鈴もまた頭たるレミリアを失って行動出来ない。レミリアの為に生きる美鈴は誰より強く、
レミリアを失った美鈴は誰より脆い。そんな己の弱さを自覚しているからこそ、美鈴は咲夜を羨む。最良を目指す決意を胸に宿した、恐怖を振り払う咲夜の強さを。

「少し前まであんなに小さかった女の子が、まさかこんなに大きくなるなんてね…本当、人生は分からない」
「…何、その年寄りみたいな台詞は」
「実際に年寄りだもの、これくらいは許してよ。貴女のお母様の見る目は確かだったというお話よ」
「そんなの当然よ、だから母様の周りには美鈴も居るんでしょう。母様の周りに集まる人は誰も彼も超一流ばかりで泣きたくなるわ。
母様の守護者は最強の守護者なのだから、娘もそれに追いつく為に相応の研鑽を重ねないと駄目なのよ」
「…本当に、この娘は。そんなこと言われてしまっては、格好悪いところなんて見せられないじゃない」
「そんなの当たり前でしょう。紅美鈴は十六夜咲夜にとって永遠に目指すべき高みの存在だもの。
他の誰でもない私の前では常に格好良いままでいて頂戴、『お姉様』」
「母親に似るのは構わないけれど、伯母に似るのは止めておきなさい。最愛の人に対して素直に好きも言えなくなっちゃう」
「あら、それは無理な話ね。フラン様もまた私にとって目指すべき憧れなのだから」
「そう。それなら止めはしないけど――はい、気が乱れたわ。もう一度最初から」
「なっ!?今のは美鈴が話しかけたからっ」
「あーあー、聞こえない聞こえない」

 咲夜の声を右から左に、美鈴は笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
 恨めしそうに見つめてくる咲夜を横目に、美鈴は軽く呼吸を一つ、自分の心を少しずつまとめていく。
 レミリアのこと、フランドールのこと、今の現状、未来のこと。これらに対し、美鈴自身がどの一手を打つべきなのかは
分からない。現状を打破するにも、その一手をどう紡ぐべきか見当もつかない。
 けれど、下を向き続けて情けない姿ばかりを晒す訳にはいかない。何故なら自分の背中を咲夜が見てくれているから。
 こんなちっぽけで主人がいないと何も出来ない自分の姿を、咲夜は信じて見つめ続けてくれているから。だったら、無様な醜態ばかりは晒せない。
 解決法は導けない。最善最良の未来を紡ぐ答えなど出せない。だけど、心強く在ることは出来る筈だ。咲夜のように、自分の夢見る
未来を信じ、自分に出来る精一杯を行うこと、これくらい出来ないとは言わせない。
 私は誰だ。私は美鈴、紅美鈴。紅魔館の守護者にして、レミリア様が一の従者。レミリア様の未来を信じること、それだけは誰にも負けてはならないのだから。
 少しだけ軽くなった心に、美鈴は我ながら実に調子が良い奴だと微笑みながら、視線を空へと向ける。
 空は漆黒と表現したくなるほどに暗き雲に覆われ、日光が差し込むことはない。けれど、美鈴は思う。決して晴れない空はないように、
いつまでも永続する不幸など存在しない。かつて、自身の心に救いの雨を降らせてくれた主が存在したように、永き暗闇の世界もいつかは。

「それに、この淀みと停滞を変えてくれるのは最早私達の独力だけでは不可能なのかもしれない」
「…美鈴?」
「逃げるつもりは毛頭ない。諦めたつもりも微塵もない。だけど…それでも都合の良い希望の二文字に縋りたくなるが人の性。
…期待しても良いのかしら、射命丸文。過去のお嬢様ではなく、今の『リア』だけを見つめる貴女に、私達の未来の第一歩を」

 美鈴は目を細め、暗き空を眺め続ける。
 その空には、真っ直ぐに美鈴達の元へと向かい翔け続ける、黒翼の少女の姿が在った。




















「…巨星がとうとう動き始めたか。紫様の推測が揺れ動くこと無く」

 幻想郷上空にて、九尾の女性――八雲藍は一人ぽつりと言葉を紡ぐ。
 彼女が遥か空の上より視界で捉えたのは、紅魔館へ向かう一匹の妖怪…風見幽香の姿。
 恐らく、彼女は全ての終焉を始める為の準備を終えたのだろう。この幻想郷に溢れかえる異界の魂がその証拠。
 彼女の真なる望みは分からない。けれど、もしも彼女の望みが藍の主の推察通りであるとするならば。

「全ての命運は一人の少女の双肩に乗る定めにあった…それがこの世界の在り方だと断じるには、あまりに酷過ぎる。
私は紫様達のように、あの少女を等身大以上に見ることは出来ない。妖精一人あしらえない者に一体何が出来る。
ましてや相手は個の妖怪に在らず。例えあの少女が相応の吸血鬼であったとしても勝敗は決して覆らない。
それは少女が悪い訳じゃない。仮に対峙するのが私でも、幽々子様でも、萃香様でも…紫様であっても、それは同じこと」

 軽く息をつき、藍は幻想郷を覆う漆黒の空を眺める。
 恐らく…否、間違いなくこの空も彼女の用意したステージの一環なのだろう。日光の差さぬ舞台ならば、この世界の主役は降り立つことが出来るから。
 妄執とも思えるほどの念の入れ具合に、藍は溜息をつきたくなる気持ちを自制して次なる役目を果たす為に身を翻す。
 例え己の思考がどうであれ、優先すべきは敬愛する主が命令。どんなときでも藍にとって主は絶対だった。だから
今回もきっと全ては彼女の主――八雲紫の掌の上の出来事。そう断じる為に、藍は幾度と自分自身を納得させる。

「…レミリア・スカーレット、もしも運命に対峙する道を選ぶなら、どうか足を踏み外してくれないで。
貴女が相対するのは個ではなく世界。運や偶然に左右されるほど、風見幽香という存在は甘くはないのだから」

 そう言葉を紡ぎ終え、藍は主に命じられた最後の役目を果たす為に移動を開始する。
 風見幽香という名の嵐が紅魔館で吹き荒れるその姿を見届けることなく。






















 しどろもどろながらも、必死に語るリアの言葉。
 少女の言葉を、美鈴と咲夜は言葉を挟むことなく聞き続けていた。その姿を、文は目を逸らすことなく眺め続けている。
 けれど、決して他人事と距離を取るつもりはない。リアの傍で、少女が不安と恐怖に押し潰されないように、文はリアの小さな
掌を包むようにしっかりと握っている。そんな文の優しさがあるからこそ、リアは真っ直ぐに美鈴達に心の想いを綴ることが出来た。

 自分が美鈴達と一緒にいることで覚えた違和感、不安。
 いつも笑ってくれる美鈴達が、心から楽しそうに笑っていないと感じてしまうこと。
 それはもしかしたら、二人に自分が何か悪いことをしてしまったからなのではないか。
 それはもしかしたら、二人が自分のことを嫌いになってしまったのではないか。
 もしそうなら謝るから、どうか笑ってほしい。二人が楽しく過ごせるように何でもするから、どうか嫌いにならないで。

 自分の想いを告げ終えたリアに、美鈴も咲夜も言葉を完全に失っていた。
 それは予想だにしていなかったリアの想いに対する驚き。少なからず二人はリアが幸せだと思っていた。
 美鈴と咲夜がリアのことを想っている気持ちに嘘はない。だからこそ、リアだけは幸せでいてくれると勘違いしていた傲慢、それを突きつけられた。
 結局、美鈴達はリアに対し完全に踏み込めてはいなかったのだ。もし、以前のレミリアに対するように接していたならば、リアは
このような感情、不安を持つことはなかっただろう。けれど、美鈴と咲夜は知らず知らずの内にブレーキを踏んでいたのだ。
 パチュリー達を、霊夢達を差し置いて、自分達だけがレミリアと接し幸せを感じることに罪悪感を覚えること。気づかぬ内にその想いが
真っ直ぐに純粋にリアと接することを妨害していた。今のリアは純粋無垢な一人の女の子、故にリアはそんな違和感を見抜いてしまう。
 自分達だけが幸せになっていい筈がない、この娘は『リア』であり『レミリア』ではない、その想いが二人の瞳を良くも悪くも曇らせてしまった。
 結果、リアは自身の悩みを二人に話せず、ここまで回り道をしてしまった。不安を胸に抱え、けれどそんな気持ちを押し込んで。
 呆然とする美鈴達に、文は想像通りの二人の『優しい反応』に少しばかり安堵を漏らしつつ、リアの言葉に補足を加える。

「言っておくけれど、リアの話を聞いて罪悪感を持ったり、ましてや謝罪なんてしてくれないでよ。
この娘が求めてるのは、貴女達の本当の気持ちだけ。貴女達がリアのことを好きなのか、嫌いなのか、それだけよ」
「っ、そんなの好きに決まってるでしょ!?私が、私達が母様…いいえ、リアを嫌いになることなんて絶対に無い!」
「…咲夜の言う通りよ。私達はリアを誰より愛している。その気持ちは誰にも負けない…そのことは過去も未来も変わることはないわ」
「そう、それを聞いて安心したわ。…ほらね、私の言った通り話してみるものでしょ?
何事もそうだけど、自分の気持ちを押し殺して一人で抱えてしまっても物事は解決しないものよ。自分の気持ちはちゃんと伝える、これは大事なことなのだから」
「うん…うんっ…」

 美鈴達の言葉に、不安で張り詰めていたモノが取れたのか、リアは涙を必死に拭いながら文の言葉に頷き返す。
 そんなリアを見て、文は笑みを一つ零し、彼女の掌からそっと手を離す。そして空いた手で少女の背中を軽く押す。
 文に押されるままに、リアは美鈴達の方へ足を進め、そして美鈴の胸の中へ顔を埋めて泣きじゃくる。そんなリアを優しく撫でながら、
美鈴は文に視線を向けてそっと言葉を紡ぐ。

「…本当、貴女には教えられてばかりね、文。
私達は大切を謳っておきながら、結局自分の事ばかりしか考えていなかった。
この娘が…リアが、私達のことで不安を感じているなんて、微塵も思っていなかった。少し考えれば、分かることだった筈なのに…」
「仕方ないわよ、貴女達にとってその娘は『リア』である前に『あの人』なのだから。逆の立場なら、私だって見抜けなかった。
私はその娘の『以前』を知らない。だけど、今の『リア』のことなら誰にも負けない気持ちがある。ただそれだけのことよ」
「少しだけ、嫉妬しちゃうわ。貴女にもしものときリアのことを託すなんて言ってしまったこと、失敗だったかも」
「嫉妬すること自体無意味よ。私とリアの関係…それはきっと、もうすぐ終わりを迎えるだろうから」
「…どういう意味?」
「…リアは恐らく全てを知ることを望んでいるという意味よ、十六夜咲夜」

 咲夜の言葉に、文は瞳を逸らさず真っ直ぐに言葉を返す。
 意味を上手く掴めない二人に、文は泣いているリアの代わりに説明を始める。きっと今のリアでは上手く言葉に出来ないだろうから。

「先日、貴女に『リアの話』を聞かせて貰ったわね、美鈴」
「…ええ、そうね」
「あの話を聞いて、私はどうしても納得出来なくてね。
勿論、貴女達の気持も現状も理解してるし、それしか手はなかったということも分かってる。
だけど、だけどどうしても私の心から一つの疑念が消えなかったのよ。『本当にそれはリアの幸せなのか』って。
何も知らずに、知らされずに今を過ごしているリア…今その瞬間を、本当に幸せだとリアは胸を張って言えるのかなって。
私は狡賢くはあるけれど、賢くはないからね。考えても答えが出ないから、リアに直接訊いたのよ。今、リアは幸せなのかって」

 答えはご覧の通りだけど、とリアに笑って視線を向けた後、文は言葉を続ける。
 彼女が行いたいのは、リアの気持ちを見抜けなかった二人への断罪や叱責などでは決してないのだから。
 文が知りたいのは、リアの発した言葉の意味。きっとこの二人なら、リアの紡いだ言葉の意味を知っている筈。

「リアが話してくれた不安な気持ち、その大本となっているのは貴女達への不安じゃなかったの。
リアが現状に不安を感じている理由は、私が聞いても全く分からない内容だった。だけど、貴女達なら分かると私は思ってる。
『リア』しか知らない私ではなく、『もう一人のリア』を知っている貴女達なら、リアが私に語ってくれた話の内容を」
「…教えて頂戴。リアが、貴女に何を語ったのかを」
「…夢の中で、もう一人の自分が叫んでくるそうよ。『こんなのは幸せじゃない』って。『こんな日々を求めていたんじゃない』って。
そして、そのもう一人の自分とは他に、自分によく似た女の子が夢の中でいつも泣いているそうよ。
その女の子はいつも寂しそうに一人で泣いていて、その女の子を泣かせたくないのに、どれだけ必死に手を伸ばしても届かない。
リアの見るそんな夢が、今のリアの幸せが『偽りゴト』なんだって語りかけている。だからリアは今に不安を覚えてしまっている。
…ねえ、美鈴、咲夜。貴女達ならリアのこの夢のこと、理解できるんじゃないの?
私でも、リアでも分からないけれど…リアではない貴女達にとっての『本当のリア』を知る者ならば…」

 どうなの、そう視線で問いかける文に、美鈴と咲夜は返答を返さない。
 文の話してくれた言葉の意味、それだけなら二人は当然理解している。リアの話す夢、もう一人の自分、そして自分によく似た女の子のこと。
 けれど、美鈴達は次の言葉を発せない。それは迷い、それは困惑。彼女達が望んでいた希望の光が形となって見えたことに対する疑心。
 リアと文が語る事象、それらが意味することは唯一つ――リアの心の欠片が、少しずつ形を修復しているという証明。過去を取り戻す希望が萌芽した証。
 美鈴も咲夜も今は必死に自身の感情を押し殺すので精一杯だ。気を少しでも緩めてしまえば、きっと泣いてしまうだろうから。困惑から喜びへ、
けれど、その後に訪れる判断。はたして、自分達はこれからどうするべきなのか。
 リアがレミリアとしての記憶を…フランドールへの想いを心に留めていること、これは何より大きな意味を持つ。
 自身が殺されかけたにも関わらず、レミリアは未だフランドールを想い、助けたいと必死に叫び続けている。すなわち、リアが過去を
思い出してもトラウマによって心が再び壊れないことの証明となるのではないか、そう二人は認識する。
 だが、それはあくまで素人判断。勝手な判断で、『最悪の結果』を紡ぐ訳にはいかない。安全に安全を期すならば、時間をかけて
リアの記憶を揺り戻していくのが正解なのかもしれない。けれど、だけど…だ。
 美鈴はそっと視線を文の方へ向ける。射命丸文、彼女は『行動』と『意志』によってリアの心を救っている。それは臆病な自分達には
決して取ることの出来なかったこと。リアだけを想い、リアのことだけを考えた者だけが手にした結果なのだ。
 瞳を閉じ、美鈴は思う。もし、この世界に運命を司る神が存在するというのなら、その神は何を持って救いの手を差し伸べるだろうか。
 自身達は保守と逃げと臆病さによって現状を維持し、文は意志と想いと勇気によってリアの現状を切り開いた。
 そこまで考え、美鈴はふっと笑みを零す。ああ、そうだ。最初から迷う必要など無かった。何が正しくて、何が正解なのかなんて『この方』に
仕えた時から決まっていたんだから。

 ――リアの望みを受け入れ、リアの決断を信じ、リアの為に行動を起こす。

 天狗の少女がそうしたように、自分達の想いの答えはきっとそこに在る。
 何故ならこの身はこの方の為に在り、この方の望みを叶える為だけに存在する。だから難しく考えるな、迷うな、先送りにするな。
 信じろ。レミリアお嬢様のフランお嬢様への想いを、心を、希望を、願いを。そうすればきっと、道は必ず開ける筈だから。
 美鈴は咲夜に視線を向け、意志の確認を無言で取る。美鈴の視線に咲夜は言葉にすることなく、強い意志を堪えた瞳で頷くだけ。
 泣き終えて、自身の腕の中でただじっと見上げてくる少女に、美鈴は言葉を紡ぐ。それは『リア』と別れを告げる為の言葉。

「…文は謝罪は必要ないと言ったけれど、やはりこれだけは謝らせてもらうわ。
ごめんなさい、リア。私達は結局、貴女のことを本当の意味で一番に考えていなかった。一番大切なことが何なのか、分かっていた筈なのに」
「美鈴は悪くないわっ!勿論咲夜も悪くないっ!悪いのは勝手に不安を覚えていた私…」
「…リア、貴女の見る夢、それはとてもとても大切なこと。
貴女が忘れてしまった、貴女の知らないもう一人の貴女に触れる為の大切な希望の欠片」
「どういう意味…?私が忘れてしまったって…」
「…それを知れば、貴女はもう今の生活には戻れなくなる。もう貴女は『リア』として生きていけなくなるわ。
今の人里の平穏な暮らしも、貴女の手にしたパン屋の夢も、その全てを諦め、貴女は過酷な現実と戦わなくてはいけなくなる。
それはきっとどうしようもなく辛いこと。それはきっとどうしようもなく残酷なこと。全てを知ってしまえば、この甘い幻想の幸せは砂に消える。
貴女が『真実』を知りたいと望むなら、私達は叶える。だけど、貴女が望まなければ、私達は決して行動しないことを誓う。
これは何も知らぬ貴女にとって酷な選択を迫っていると理解してる。だけど、私達では…私達が決めてしまっては、絶対にいけない。
…リア、貴女は自分で選ばなければいけない。あの日、伊吹萃香が『レミリア・スカーレット』に選択させたように、今回も貴女が選ぶのよ。
どちらの選択を選んでも、私達は決して貴女の傍を離れない。私達は貴女がどんな未来を選ぼうと、『リア』のことが大好きなのだから」

 美鈴の言葉に、リアは一切口を挟むことなく耳にし続けた。
 彼女が語り終えたとき、リアは長らく閉ざしていた口をすぐに開く。少女の答えは、最初から決まっていたから。
 だから少女は微笑む。どんなときでも味方でいてくれると言ってくれた美鈴の心に応えるように、少女は胸を張って結論を紡ぐのだ。

「――教えて頂戴。美鈴達の知る私の見る夢、その本当の意味を」
「…良いのね、リア。貴女はその選択で後悔はしないのね」
「しないわ。今の私には、正直未だに美鈴の話す言葉の意味は半分も理解出来ないけど、それでも一つだけ分かることがあるから。
『そんな未来を選んでも、二人が私の傍にいてくれる』、それだけが分かってるなら大丈夫だもの。
美鈴と咲夜が一緒なら、私はどんな未来が待ってても怖くなんかないもの。二人が一緒なら、私は何処までも頑張れる筈だから」

 それ以上、言葉は不要だった。
 リアの言葉に感情を抑えきれず、美鈴はリアを強く抱きしめる。記憶を失ってもなお、一番欲しい言葉をくれる少女の優しさに。
 そんな光景に、文は息を吐きつつ視線を咲夜の方へと向ける。『貴女は良いの?』と。文の視線に、咲夜は微笑んで首を横に振るだけ。
そして声に出さずに文にそっと伝えるのだ。『全てが解決してから、十倍にして頂くつもり』。案外したたかなのね、そう文は笑って応える。
 少しの静寂が空間を包んだ後、美鈴がゆっくりと言葉を紡ぐ。それは決意を込めた言葉。

「…永琳のところへ行きましょう。事情の全てを話して、リアの過去の記憶を紐解く」
「永琳?それって最近竹林か何かで薬師をやってるって噂の?」
「知ってるなら話が早いわね。その八意永琳よ。
あの人はリアがこうなってからお世話になっていてね、リアと咲夜の身体の事を任せているの。
リアの記憶を取り戻す為に、きっと永琳の力は必要になる。何が起こっても対応出来るように」

 美鈴の説明に、文は彼女の本気の想いを感じ取る。美鈴はリアの意志を汲み、本当に記憶を取り戻させるつもりだ。
 それはリアの願い、それはリアの想い。それが叶えられたことに、文は心から安堵する。良かった、本当に良かった、と。
 そんな文に、美鈴は少しだけ意地悪そうに微笑みながら言葉を投げかける。

「勿論、貴女にも来てもらうわよ。ウチのお姫様を誑かした責任は最後まで取って貰わないとね」
「何を言うかと思えば、駄目だと言われてもついていくわよ。ここまで来て仲間外れなんてありえないわ。
それにこの目でしっかりと見届けないとね。この小さな女の子が一体どんな顔して、『再び』私に会いに来てくれるのか」
「ああ、その点は心配しないで。過去を取り戻しても、リアは間違いなくリアのままだから」
「何よそれ。幻想郷最強の一角を担う吸血鬼がこのままだったら、私もしかしたら所属を山から紅魔館に移してしまうかもね。
これほど面白おかしいご主人様なんてそうはいないわよ」
「それが存在するから私達が集っているのよ。ま、期待しないで待ってるわよ、文。貴女も私達と一緒に――」

 雑談にみなが興じあえたのは、そこまでだった。
 一早く反応したのは、気の扱いに長けた美鈴だった。抱きしめるリアを護るように、身体を『妖気』の発する方向から背けさせる。
 そして遅れて咲夜と文が反応する。彼女達が反応したのは、現在地である人里の丘より遥か離れた空に打ち上げられた発光魔法。その魔法に
文は何事かと視線を其方に移すに留まるが、美鈴と咲夜は文より更に数歩踏み込んだ反応を見せる。
 何故なら魔法の打ち上げられた方角、そして魔法の種類…それらは彼女達がよく知るモノであった為だ。

「パチュリー様の魔法…?」
「それに今のおぞましい妖気は…まさか、紅魔館で何か起きたとでもいうの?」
「ちょ、ちょっと二人ともどういうこと?私には何が何だか…」

 二人だけで内通しあう会話に、文はたまらず口を挟むが、今の二人は文の質問に答える余裕などなかった。
 美鈴が感じた紅魔館に在る筈のない妖気と、先ほど見たパチュリーの魔法。それらが意味することは唯一つ。紅魔館に
招かれざる侵入者が訪れ、その応対にパチュリーが苦心しているということ。それもパチュリーがあのような不確かな信号を送る程に急な状況で。
 事情が差し迫ったモノであることを感じ取り、美鈴と咲夜は互いに頷き合って、行動を即座に決定する。
 困惑する文に、美鈴は腕に抱いていたリアを差し出し、言葉を紡ぐ。

「ごめんなさい、リア、文。永琳のところに向かうのはもう少しだけ待って頂戴。
永琳の元へ向かう前に、少しやらないといけないことが出来たみたいだから」
「え…美鈴、咲夜も何処か行っちゃうの?」
「大丈夫よ、すぐに帰ってくるから。すぐに用を済ませて、みんなで一緒に永琳のところへ向かいましょう。
…文、悪いんだけど、リアのこと頼むわね。リアにはとびっきりの加護を付けてるから、もしもはないと思うけれど」
「美鈴、咲夜、貴女達…」
「それじゃ、リア、また会いましょう。帰ってきたら、貴女に全ての真実を必ず伝えるから」
「リア…また会いましょう。パチュリー様やフラン様、霊夢達も一緒に…みんな一緒に、必ず」

 言葉だけを残し、二人は光魔法と妖気の発生した場所へと飛翔して行った。
 後に残された文はリアを抱きしめながら、二人の様子に密かな確信を抱いていた。
 文とて歴戦の強者、山で侵入者を相手に力を振い続けた強き天狗だからこそ分かること。

 ――美鈴と咲夜の瞳、あれは間違いなく闘う者の瞳だった。

 急過ぎる話に文は全くついていけず、かといって無力なリアを放置して二人を追う訳にもいかず。
 軽く息を吐き、文はらしくもない言葉を紡ぐのだ。それは彼女の心からの本心。

「…お願いだから、この娘を泣かせるような真似だけはしてくれないでよね」






















 一方的な虐殺。

 戦闘のことを何も知らぬ者がこの光景を見るならば、それ以外の何物でもないと判断するだろう。
 それほどまでに風見幽香とパチュリー・ノーレッジの戦闘は一方的過ぎた。
 幽香が放ち続ける魔弾を、パチュリーは只管防御にて磔にされることしか出来ない。しかも、その防御もまた完全ではない。
 その証拠に、パチュリーの肢体のあらゆる箇所から血が流れ、少女の美しい肢体は無事な個所を探すほうが難しいという状態に
陥っている。故に虐殺、死に損ないの魔法使いを、妖怪がただ弄って愉しんでいるようにしか第三者は思わないだろう。
 だが、それはあくまで何も事情を知らぬ素人の手前勝手な判断に過ぎない。現に、パチュリーと対峙する幽香の感想は大きく異なる。
 肩で息をし、相対する幽香に向き合う少女に、幽香は愉悦混じりに称賛の言葉を送る。

「…素晴らしい、実に素晴らしいわ。貴女の持つ魔法の力と瞬時の判断力、戦闘センスは並のモノではない。
瞬時に自身が私に叶わないと悟るや、致命傷のみを避けるために百と二十と八の魔法を使い分け私の攻撃を裁き続けたその集中力。
見事よ、魔法使い。私の知る古き記憶の中でも、貴女程の魔法使いは数えるほどしか存在しなかった」
「そう…それは光栄なことね。満足してくれたなら、そろそろ消えてくれる?何度も言うけれど、私は貴女みたいな狂人に付き合う程暇じゃないの」
「この状況でまだそんなことを言えることには関心するけれど…貴女の願いは残念ながら叶うことはないわね。
貴女が望みを満たす為には、二つに一つ。目の前の妖怪を殺すか、もしくは殺されるか。そのどちらかを選べば、貴女は今すぐ解放されるわよ」
「面倒ね…フランドールが貴女にとって一体何の価値が存在するというの。あの娘は最早自分の力で立ち上がることすら不可能な程に
死に瀕してる。フランドールと戦いたいという望みを持っているならば、諦めて早々に去りなさい」
「繕われた贋作に興味など無いわ。私が求めるのは、世界や運命すらも乗り越える程の抗う力。フランドールの死はその為の確定事項。
それより、貴女こそフランドールに固持する理由が何処にあるの?貴女が傍に在りたいと願うのは、フランドールではなくレミリアでしょう?
遅かれ早かれ死に行く小娘など放って、早々にレミリアの元に逃げれば良いじゃない。今なら見逃してあげても良いわよ?」

 幽香の問いかけに、パチュリーは感情を抑えきれなかった。
 お腹に手を当て、心底苦しそうに、パチュリーは『笑った』。実に彼女らしくなく、大声で、力の限り。
 そんなパチュリーの奇行に眉を寄せる幽香だが、彼女の感情はパチュリーの意志によって百八十度再び変えられることになる。
 口元を歪め、意志を瞳に宿し、パチュリーは幽香に向かって強く言い放つ。

「どうしてレミィやフランドールと私の関係を知っているのかは知らないけれど…貴女の問いにはこう答えてあげるわ。
――『死んでもお断りよ、このクソ妖怪』ってね」
「へえ…貴女はレミリアの親友なんでしょう?いいの、勝手に死にゆくような選択を選んでも。
なんて不憫、レミリアは死にかけの妹の為に親友までも失ってしまうのね。親友に裏切られ、そうしてレミリアは最後には一人になってしまう」
「ええ、そうよ。私はレミィを裏切る。私は親友を裏切って、悪友の味方につくの。
だって、そうしないときっとレミィが悲しむから。フランドールの存在しない未来なんて、絶対にレミィは望まないから、だから私はレミィを裏切るのよ」
「そうして貴女は親友の為にフランドールの唯一の味方になる…と」
「いいえ、違うわ。私はフランドールも裏切るわ。フランドールはきっと私のこんな行動を微塵も望んでいない。
フランドールはきっと自分なんか見捨てて早く姉の傍へ向かえと言うでしょうね…そんな選択、私は死んでも御免だわ」
「それもまたレミリアの為かしら?」
「是であり否である。結果はレミィの為だけど…そう、私の全ては『自分の為』なのよ。
私はレミィもフランドールも欠けた未来なんて絶対に認めてあげない。二人が幸せに笑いあう未来以外、絶対に認めてあげない。
そうでしょう?あの娘達は互いに互いを誰より想いあっていながら、幸せを決して手にすることなく今までを生きてきたの。
そんな二人を幸せにすることこそ、私の役割であり私の仕事。その願いを達成出来ないなんて…私のノーレッジとしての誇りが許さない!」

 かつて、少女には誇り高き父が存在した。彼女の父は友を裏切ることが出来ず、全てを失い死んでいった。
 優し過ぎた少女の父は、全ての罪過を一人背負って死んでいった。けれど、彼は一人娘に大切な言葉を遺すことが出来た。
 彼には紡げなったもう一つの未来を紡ぐ為に、娘に同じ過ちを繰り返させない為に、一人の魔法使いは少女に想いを遺したのだ。
 その意志を受け継いだ少女――パチュリー・ノーレッジは心の声を幽香へとぶつける。それは一人の少女が胸に宿す誰にも穢されない大切な矜持。

「私は裏切りの魔女、パチュリー・ノーレッジ!気高きノーレッジの血を受け継ぎし七曜の魔法使い!
愛する親友を護る為に、愛する悪友を護る為に、私は己の裏切りを誇り胸を張るわ!己が自分勝手の未来の為に、私は全てを裏切ってみせる!」
「その選択が余りに薄い可能性の未来に賭したものであると知っても…」
「生憎と分の悪い賭けには強いのよ…私は自身の何を失っても、必ず二人の未来を紡いでみせる!
この私の意志と誇り、踏み躙れるものならば力づくで踏み躙ってみなさい!父の誇り、母の誇り、そして私の誇りに賭けて、決して私は倒れない!」
「…本当に残念よ、パチュリー・ノーレッジ。願わくば、その強さを護る為ではなく、私を殺す為に向けて欲しかったわ」

 瞳を閉じ、幽香はパチュリーの残りの力では防げない威力の魔弾を形成し、解き放つ。
 満身創痍のパチュリーめがけて解き放たれた力を前に、パチュリーは恐怖することなく口元を歪めて、そっと呟いた。

「…助けに来るのが遅いのよ、戦闘は貴女達の分野でしょうに」

 魔弾がパチュリーの身体を穿つ直前に、魔弾は他者による膨大な力によって防がれることになる。
 パチュリーの前に姿を現し、鉄の拳と紅血のナイフによって魔力を完全に霧散化させた女性達――紅美鈴と十六夜咲夜の姿に、
風見幽香は驚愕よりも喜びの感情を示す。顔を綻ばせ、楽しそうに愉悦を漏らして言葉を紡ぐ。

「フフッ、そう、オードブルの後にはスープが来なくてはいつまで経ってもコース料理が進まないわ。
相手は半端な竜に半端な吸血鬼…悪くないわ。この二人相手なら、少しだけ私の力を解放してあげても良いかしらね」
「どんな状況になっているかと思えば…まさか風見幽香が相手とはね。パチュリー様もつくづく運の無い」
「それでパチュリー様…あの女の狙いは」
「フランドールの首を御所望だそうよ。フランドールは部屋から少しも動かせない、絶対安静だっていうのに…嫌になるわね」
「となると…私達には風見幽香を殺すしか勝利条件はないということですか。分かりやすくて良いじゃないですか」
「そういうこと…悪いわね、妖怪。これからは三対一よ、手段を選ばず勝たせて貰うわ」
「手段なんて選んでる余裕はないでしょう?さあ、幾多の奇術謀術搦め手を用いて万全を期して私を殺しに来なさいな。
貴女達が相手にするのは一つの世界。この幻想郷を消し去るつもりで挑まなければ、私に触れることすら叶わないまま死ぬだけよ」

 楽しそうに嗤いながら、幽香は己が力の封印を一つ解放する。
 彼女の背中から生まれいずるは、深緑と暗紫の二対四枚の両翼。彼女の抑えきれぬ果てなき暴力の一端。
 幻想郷に舞い降りし破壊神は、徐々に徐々に加速をつけて世界に力を行使する。壊れた心に愉悦を溢れさせて。









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