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No.13774の一覧
[0] うそっこおぜうさま(東方project ちょこっと勘違いモノ)[にゃお](2011/12/04 20:19)
[1] 嘘つき紅魔郷 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:52)
[2] 嘘つき紅魔郷 その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[3] 嘘つき紅魔郷 その三 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[4] 嘘つき紅魔郷 エピローグ (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[5] 嘘つき紅魔郷 裏その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[6] 嘘つき紅魔郷 裏その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:55)
[7] 幕間 その1 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:11)
[8] 嘘つき妖々夢 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:24)
[9] 嘘つき妖々夢 その二[にゃお](2009/11/14 20:19)
[10] 嘘つき妖々夢 その三[にゃお](2009/11/15 17:35)
[11] 嘘つき妖々夢 その四[にゃお](2010/05/05 20:02)
[12] 嘘つき妖々夢 その五[にゃお](2009/11/21 00:15)
[13] 嘘つき妖々夢 その六[にゃお](2009/11/21 00:58)
[14] 嘘つき妖々夢 その七[にゃお](2009/11/22 15:48)
[15] 嘘つき妖々夢 その八[にゃお](2009/11/23 03:39)
[16] 嘘つき妖々夢 その九[にゃお](2009/11/25 03:12)
[17] 嘘つき妖々夢 エピローグ[にゃお](2009/11/29 08:07)
[18] 追想 ~十六夜咲夜~[にゃお](2009/11/29 08:22)
[19] 幕間 その2[にゃお](2009/12/06 05:32)
[20] 嘘つき萃夢想 その一[にゃお](2009/12/06 05:58)
[21] 嘘つき萃夢想 その二[にゃお](2010/02/14 01:21)
[22] 嘘つき萃夢想 その三[にゃお](2009/12/18 02:51)
[23] 嘘つき萃夢想 その四[にゃお](2009/12/27 02:47)
[24] 嘘つき萃夢想 その五[にゃお](2010/01/24 09:32)
[25] 嘘つき萃夢想 その六[にゃお](2010/01/26 01:05)
[26] 嘘つき萃夢想 その七[にゃお](2010/01/26 01:06)
[27] 嘘つき萃夢想 エピローグ[にゃお](2010/03/01 03:17)
[28] 幕間 その3[にゃお](2010/02/14 01:20)
[29] 幕間 その4[にゃお](2010/02/14 01:36)
[30] 追想 ~紅美鈴~[にゃお](2010/05/05 20:03)
[31] 嘘つき永夜抄 その一[にゃお](2010/04/25 11:49)
[32] 嘘つき永夜抄 その二[にゃお](2010/03/09 05:54)
[33] 嘘つき永夜抄 その三[にゃお](2010/05/04 05:34)
[34] 嘘つき永夜抄 その四[にゃお](2010/05/05 20:01)
[35] 嘘つき永夜抄 その五[にゃお](2010/05/05 20:43)
[36] 嘘つき永夜抄 その六[にゃお](2010/09/05 05:17)
[37] 嘘つき永夜抄 その七[にゃお](2010/09/05 05:31)
[38] 追想 ~パチュリー・ノーレッジ~[にゃお](2010/09/10 06:29)
[39] 嘘つき永夜抄 その八[にゃお](2010/10/11 00:05)
[40] 嘘つき永夜抄 その九[にゃお](2010/10/11 00:18)
[41] 嘘つき永夜抄 その十[にゃお](2010/10/12 02:34)
[42] 嘘つき永夜抄 その十一[にゃお](2010/10/17 02:09)
[43] 嘘つき永夜抄 その十二[にゃお](2010/10/24 02:53)
[44] 嘘つき永夜抄 その十三[にゃお](2010/11/01 05:34)
[45] 嘘つき永夜抄 その十四[にゃお](2010/11/07 09:50)
[46] 嘘つき永夜抄 エピローグ[にゃお](2010/11/14 02:57)
[47] 幕間 その5[にゃお](2010/11/14 02:50)
[48] 幕間 その6(文章追加12/11)[にゃお](2010/12/20 00:38)
[49] 幕間 その7[にゃお](2010/12/13 03:42)
[50] 幕間 その8[にゃお](2010/12/23 09:00)
[51] 嘘つき花映塚 その一[にゃお](2010/12/23 09:00)
[52] 嘘つき花映塚 その二[にゃお](2010/12/23 08:57)
[53] 嘘つき花映塚 その三[にゃお](2010/12/25 14:02)
[54] 嘘つき花映塚 その四[にゃお](2010/12/27 03:22)
[55] 嘘つき花映塚 その五[にゃお](2011/01/04 00:45)
[56] 嘘つき花映塚 その六(文章追加 2/13)[にゃお](2011/02/20 04:44)
[57] 追想 ~フランドール・スカーレット~[にゃお](2011/02/13 22:53)
[58] 嘘つき花映塚 その七[にゃお](2011/02/20 04:47)
[59] 嘘つき花映塚 その八[にゃお](2011/02/20 04:53)
[60] 嘘つき花映塚 その九[にゃお](2011/03/08 19:20)
[61] 嘘つき花映塚 その十[にゃお](2011/03/11 02:48)
[62] 嘘つき花映塚 その十一[にゃお](2011/03/21 00:22)
[63] 嘘つき花映塚 その十二[にゃお](2011/03/25 02:11)
[64] 嘘つき花映塚 その十三[にゃお](2012/01/02 23:11)
[65] エピローグ ~うそっこおぜうさま~[にゃお](2012/01/02 23:11)
[66] あとがき[にゃお](2011/03/25 02:23)
[67] 人物紹介とかそういうのを簡単に[にゃお](2011/03/25 02:26)
[68] 後日談 その1 ~紅魔館の新たな一歩~[にゃお](2011/05/29 22:24)
[69] 後日談 その2 ~博麗神社での取り決めごと~[にゃお](2011/06/09 11:51)
[70] 後日談 その3 ~幻想郷縁起~[にゃお](2011/06/11 02:47)
[71] 嘘つき風神録 その一[にゃお](2012/01/02 23:07)
[72] 嘘つき風神録 その二[にゃお](2011/12/04 20:25)
[73] 嘘つき風神録 その三[にゃお](2011/12/12 19:05)
[74] 嘘つき風神録 その四[にゃお](2012/01/02 23:06)
[75] 嘘つき風神録 その五[にゃお](2012/01/02 23:22)
[76] 嘘つき風神録 その六[にゃお](2012/01/03 16:50)
[77] 嘘つき風神録 その七[にゃお](2012/01/05 16:15)
[78] 嘘つき風神録 その八[にゃお](2012/01/08 17:04)
[79] 嘘つき風神録 その九[にゃお](2012/01/22 11:18)
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[13774] 嘘つき花映塚 その七
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/02/20 04:47





「凄い!凄いわ文!人里がとてもとてもとっても小さい!ほら、空がこんなにも近くに感じるの!」
「喜ぶのはまだ早いわよ。私達天狗の棲む世界は他の人妖とは一線を画する世界、
私達は遥か遠く高き天空に恋い焦がれ想い酔いしれ歴史を刻み続けてきた。この程度、私達にとって児戯に等しい高さだもの」
「空ー!そーらー!凄い!高い!でも怖くない!不思議!」
「…ああ、人の全然聞いてないわね、この小娘ちゃんは」

 幻想郷の人間の住まう地、人里を遥か足下に見下ろす高見。
 その大空で文は自身の背中できゃっきゃと騒ぐリアに苦笑交じりに息一つ。少しは天狗らしく無意味に偉ぶってみたものの、
どうやら自分の背中の少女は風が舞い踊る大空の世界に夢中らしい。これはしばらく言葉は返ってきそうにないなと思い、文は
リアの負担にならない程度の速度で空を旋回し、幻想郷の遊覧飛行へと洒落込むことにする。

 美鈴からリア――レミリアの真実を告げられてから一日が過ぎ。
 文がリアに対して取った行動は『現状維持』という実に彼女らしくない中途半端な対応だった。
 少なからず自分が好意を抱いている少女がレミリア・スカーレットであったこと、その事実よりも文の心に重く圧し掛かったのは
無垢なる少女が知らずに背負っている過去の真実。リアが記憶を失ったのは、実の妹により命を奪われかけ、生死の淵を彷徨った果ての奇跡。
 今のリアはレミリア・スカーレットであった自身の過去を何一つ知らない。全てを失い、今という刹那を笑い、喜び精一杯生きているただの一人の女の子。
 そんなリアに対し、最早文はレミリアに関する取材などという気持ちは完全に失われていた。それも当然のことだ。今、この幻想郷にレミリアなどという
最強の吸血鬼は何処にも存在しないのだから、文が取材を行うことなどどう足掻いても不可能だ。
 無論、現在の状況に対し視点を変えてみれば面白おかしいゴシップ記事は出来る。噂を見聞きしたという空言で誤魔化し、
幻想郷のパワーバランスの一角を担う吸血鬼が何の力も持たぬ唯の少女になってしまったと囃し立てて書きたてれば良い。
 それだけで幻想郷に住まう人妖は誰も彼も文の新聞に夢中になるだろう。内容の真偽を確かめる為に、人里に人妖が殺到するかもしれない。
 けれど、そんな下種な記事を書くほど文は落ちぶれてもいなければ、誇りを捨ててもいない。記事を書くのは自分と読者の為、
そこに『自分が楽しめない』という気持ちが邪魔をすれば忽ち文は新聞作成に対する情熱を失ってしまうだろう。
 面白おかしく生きることをモットーにする文だが、彼女は他者を貶めたり好奇の目に晒したりすることに喜びなど感じない。
 噂好きにも噂好きの、ブンヤにもブンヤの誇りがある。故に文はレミリアに対する新聞作成を美鈴に真実を告げられた刹那に投げ捨ててしまったのだ。

 通常ならそれで終りの筈だった。
 レミリアを記事にするには、文の誇りが許さない。ならばレミリアを諦め、新たな記事作成に意志を注ぐだけ。
 レミリアに関してはお気の毒だとは思うが、所詮他人の不幸。山に属する天狗である自分には何の関係もないことだと切って捨てた筈だった。
 だが、文はそうしなかった。否、出来なかった。
 その行動を取るには、レミリアのことを他人事と忘れ去るには、あまりにリアに近づき過ぎてしまった。あまりにリアに触れ過ぎてしまった。
 数日前に人里で出会い、自分との会話に一喜一憂しては沢山の表情を見せてくれた少女。
 自分の書いた新聞を、そして自分自身のことを大好きだと迷いなく言ってくれた少女。
 文は自分の事を他者に胸を張れるような善人ではないと自負している。むしろ怠惰なところや場を引っ掻き回すところを考えると
やや悪い方の妖怪に入るのではないかとすら考えている。けれど、それでも文はリアのことを切り捨てられない。
 面倒事だと逃避するには、自分はあまりに知り過ぎた。少女の心、優しさ、純粋さ、そして背負っている過去の重さを。
 もし、自分がここで『もう二度と会わないから』と告げ、リアの前から去ってしまえば、きっとこの少女は悲しむだろう。自惚れなどではなく、
心から悲しんでくれることを文は理解している。リアは自分の事を友達だと言った。たった二人だけの友達だと。そんな少女を、文は裏切れない。
 けれど、今の現状が最上だとは微塵も思えなかった。記憶も何もかも失ったリア、その理由は実の妹に殺されかけてしまったという重いもの。
 確かに、今のリアに記憶を取り戻させるのは酷なことだ。美鈴が文に話した通り、記憶の復活がトリガーとなってしまい、リアの心を
再び壊してしまう可能性だって否めない。だけど、それでも文は思ってしまう。今のリアの姿が本当に彼女の幸せなのか、と。
 リアがレミリアだった頃のことを文は知らない。けれど、文は魔理沙やアリスに触れて彼女の周囲を包み込む断片を手にしてしまった。
 魔理沙とアリスが今も必死で『大切な友達』を探し回っていること。毎日毎日奔走して、得体のしれない天狗相手に『お願い』を
してくる程に必死に。それだけで文はレミリアの見ていた世界を少しだけ知ることが出来た。

 リア、貴女は友達が二人だけなんて言ってたけれど、それは違う。
 貴女には友達が沢山存在しているのよ。貴女の事を心の底から心配してくれている、大切な友達が。

 そのことをリアに告げること、その一歩を踏み出すことが文には出来ない。
 何故ならアリス達の想いを知っていると同時に、文は美鈴達の想いにも触れてしまった。
 大切な『主』の命を失わせたくないと、決して儚い灯火を消してはならないと己の心を押し殺してリアを護り続ける美鈴達。彼女達の心も
文には重々理解出来るものだ。確かに周囲にとって今は過酷過ぎる運命に囚われた世界だけれど、何も知らないリアには関係のない世界だ。
 リアの知る世界は、彼女が自我を取り戻した数カ月の世界。そこに他者の想いを背負わせるには、あまりに酷過ぎるではないか。
 何も知らない少女に『思いだせ』『お前は本当は紅魔館の頂点に立つ吸血鬼なのだ』と押し付けて、一体何の意味がある。そんな風に
急くことは、徒にリアの心に危険を生じさせる結果にしかならない。ならば現状維持こそ最善ではないか、もしかしたら時が解決してくれる
可能性だってある。いつの日かリアが心を壊すことなく記憶を取り戻し、館に戻るときが来るかもしれない。そして文はよく知らないけれど、
妹との騒動も解決に導けるかもしれない。そう、そんな美鈴達の考えも理解出来ないでもないのだ。

 アリス達の気持ち。美鈴達の気持ち。その両者の想いに文は気づけば触れてしまっていて。
 彼女達のリアへの、レミリアへの想いを理解しているからこそ、文は動けない。自慢の両羽を想いに絡みとられ、自由な空を満足に飛ぶことすらままならない。
 所詮自分は唯の傍観者、レミリアの過去も事情も何も知らない、ただ今のリアだけと知り合っている半端者。
 だから文は現状維持を決め込み、傍観に徹する。所詮参入の遅い『余所者』の自分には、決定権など存在しないのだから。
自身の背中で歓声をあげている大切な友達の運命を左右する、その決断の権利は。
 納得など出来ない。現状が最良とはどうしても思えない。けれど現状を揺るがす一手を打つ資格など自分にはありもしないし、どの手が
最良なのかも分からない。故に見物、故に傍観。歯がゆく思いながら、悔しく思いながらも、文はただじっと己が心を押し殺して。

「うーん、本当に最高の気分!これでお空が晴れてたら言うこと無しなんだけどなあ」
「いや、晴れてたらリアを空になんて連れて行かないわよ。…でも、確かに見事なまでに曇ってるわね。
昼過ぎだってのに、一筋の太陽光すら差さないほどに空が雲で覆われてる」
「しかも真っ黒な雲だし…雨なんて降ったりしないわよね?こんな高い場所で水に濡れると風邪ひいちゃうかも」
「雨にはならないと思うけど…何にせよ嫌な天気ね」

 大空から望む景色を見つめながら呟かれたリアの一言に、文はつられる様に空を見上げる。
 背中に抱える少女の言う通り、幻想郷に広がる青空は隙間なく敷き詰められた雲の大群によって覆われていた。無論、文は空を飛ぶ前から
承知していたし、むしろしていなければリアを大空に招待など出来る筈もない。リア…レミリアの正体は吸血鬼であり、日光は吸血鬼にとって天敵なのだから。

 天候の様子と風の流れを読み、文は日光が今日一日出ることはないと考え、人里に来るなりリアに大空に行ってみないかと誘ってみた。
 リアの過去、現状という答えの出ない迷路に陥ってしまった自身の思考回路をリフレッシュする意味も込めて、リアにそんな誘いを何気なしにしてみたところ、
想像以上にリアから喜びの反応が返ってきてしまった。早く早くとリアに急かされるままに大空へ、そして現在に到るという訳である。
 空を飛び始めて少しばかり時間が流れた現在だが、空の状況はリアの指摘する通り、深い雲が更に空を埋め尽くし蠢いている。雨が降らないかと
リアの危惧に、文は大丈夫だと答えてはいるが、それも少しばかり怪しく感じてくる程の暗雲が空を支配し始めていた。
 背後のリアを抱え直しながら、文は早めに地上に戻ることも考えなければいけないなと思考する。今はまだいいが、雨が降ったとなれば
吸血鬼である少女にとって一大事になりかねないからだ。吸血鬼は日光と同様に流水にも弱いのだから。
 降りることも考えないと、そうリアに告げようとした文だが、リアの喜びっぷりに水を注すことに少しばかり躊躇いを覚える。
 かといってこのまま人里から離れた場所を飛び続けるのも拙い。雨が降りだせば雨宿りすら難しくなってしまう。少しばかり悩んだ後、
文はリアと会話をしながらゆっくりと人里の方へ自然に戻ることにした。話に夢中になれば、この少女のことだから何も気づかぬまま
人里に戻ることが出来るだろう。そう考え、文は適当に話題を考えてリアに言葉を紡ぎかける。

「それにしても本当に想像以上に喜んでくれるわね。そんなに空の上が楽しい?」
「楽しい!楽し過ぎてヤバいかも!少し寒いけど楽しいわ!かなり寒いけど楽しいわ!めちゃくちゃ寒いけど楽しいわ!」
「…つまり、もんのすごおおおく寒いのね。大空に慣れてないと確かに少し辛かったかもしれないわね」
「でも平気!楽しいから寒くないわ!それに文の背中が温かいし!」
「あやや、天狗の背中で暖を取るなんて聞いたことないわ。これぞまさに背中を取られたってところかしら」
「うー、この景色を美鈴や咲夜にも見せてあげたいわ。二人とも、この素敵な光景を見れば笑ってくれるかもしれないし」
「そうねえ、リアがいてくれれば連中はいつも笑ってくれるだろうけど、この光景を見るともっと笑ってくれるかもしれないわねえ」

 あははと軽く笑う文だが、背中の少女から返答がなかなか戻ってこないことに気づく。
 文の想像では楽しげに笑いながら『そうよね』なんて言葉が元気よく返ってくると思っていただけに、文は少しばかり面食らう。
 そんな文に、リアは少し間を開けてぽつりと言葉を紡ぐ。それは先ほどまでの少女の声色とは大きく異なっていて。

「…いつも、笑ってないわ。美鈴も咲夜も、いつも、笑ってないの」
「…笑ってない?どういうこと?」
「あのね…咲夜も美鈴も、私といるときはニコニコしてくれるけど、本当は全然楽しそうじゃないの」
「笑ってるのに楽しそうじゃないって…リアの勘違いなんじゃない?楽しいときに人も妖怪も笑うものよ」
「そうなのかな…でも、私は二人がときどき凄く泣きそうな顔してるの、何度か見たの。
どうしたのって二人に訊いても、二人は『なんでもない』としか言ってくれなくて…ねえ文、二人は本当に私といて楽しいのかな」

 リアの言葉に文は返答を上手く返せない。得意の舌先で話を繕うには、少女の言葉が重過ぎた。
 少女の語る話に、文は背中に抱える少女を自身がどれだけ甘く見ていたのかを痛感する。何も気づかない、何も気づけない少女だと
勝手に思い込んでいたことに強く心を痛めさせる。これまで自分がどれだけこの少女の存在を『消して』いたのかを強く感じさせられた。
 美鈴達の想い、アリス達の想い。周囲の人々の想いによって文は現状をどうするべきかを一人悩んでいた。だが、結局のところ
彼女達は話の主役などではないのだ。今回、文を含めた人々を動かしている全ての中心はこの少女、リアなのだ。
 全てはリアが記憶を失ったこと、リアが妹に殺されかけたことが起因であるのに、文は気づけばリアを唯の被害者としてしか捉えていなかった。
 自分がどうするべきか。そのことを文は二つの考えにのみ絞っていた。美鈴達の考えを支持するべきかアリス達の願いを叶えるべきか、ただそれだけ。
 自分は傍観者だから、後乗りの第三者で事情を知らないからと結論を他人に預けていたが、それも大きな間違いで。
 決定を下すのは自分でもましてや他人でもない。今回の事象、その全ての決定権は一体誰にあるのか。そんなものは最初から決まっているではないか。

 ――全てを決めるのは、このリアだ。
 ――このまま何も知らずに生きるか、自分の重い過去を受け止めるのか。それらを決定するのは他の誰でもないリアなのだ。

 無論、リアの現状は痛いほどに理解してる。一歩選択を間違えば、致命傷になりかねない、最悪の結末を導く可能性だってある。
 だけど、今のリアはその選択肢すら与えられていない状態だ。時間の経過が全てを解決するというのなら、そのことをリアに伝えてあげればいいのだ。
 リアを護りたい、その想いは強く理解するし共感もする。だけど、その結果リアを悲しませては何もならないではないか。
 美鈴は、咲夜は知っているのか。今、リアがこうして二人に対して抱いている感情を。
 リアが何も出来ない、何も気づけない少女だと決めつけて楔を打ってしまってはいないのか。それとも、それを踏まえて行動を起こしているのか。
 足りない。情報が足りない。けれど、答えは出てる。この『現状』は非常にリアにとって好ましくない。
 この少女の正体がレミリア・スカーレットであること、そのようなことは今は実に瑣末なことで。今こうしてリアは文の背中で泣きそうに
なっているのだ。大切な友人が泣きそうになっている、それを助けるのに何か理由が必要なのか。
 恐らく美鈴も咲夜もリアの身に起きた、命の危険に陥ったという事件の為に、リアに触れることに対して過剰に臆病になっている。
 だから踏み込めない、踏み出せない。だから気づけない、気づかない。自分が大切に想っている少女が、今こうして不安に押し潰されそうに
なっている現状に。文は瞳を軽く閉じ、リアにそっと訊ねかける。それは自分の背中を蹴り出す為の大事な質問。
 リアの…否、レミリア・スカーレットの真実を知ったその日、勇気がなくて本人には訊ねられなかった大切な質問。

「…ねえ、リア。貴女は今、本当に幸せなの?」
「…幸せよ。美鈴も、咲夜も、幽香も、文もいる。こんなに沢山の大好きな人に囲まれて幸せじゃないなんて、言えないわ」

 ――でも。そう言葉を切って、リアはゆっくりと言葉を紡いでいく。

「でも…違う気がするの。幸せなのに、全然幸せじゃない…そんな気がしてならないの」
「幸せなのに、幸せじゃない…」
「美鈴と咲夜達と一緒にいて、大好きなお菓子作りが出来て、文や幽香とお話して…凄く、凄く幸せ。
でも…違うんじゃないかって、いつも『もう一人の私』が夢で叫んでくるの。こんなのは違うんだって、こんなのを求めていたんじゃないって」
「リア、貴女まさか…」
「もう一人の私が必死に叫んで…気づけば、私によく似た女の子が夢の中にいて。
その娘は泣いてるの…いつもいつも一人で寂しそうに泣いてるの。そんなの嫌なのに、その娘は絶対に泣かせたくないって思ってるのに、
どれだけ必死に手を伸ばしても、その娘には私の手は届かなくて…そして気づいたら目が覚めてて。
その娘が泣いているのに、私、全然幸せなんかじゃない…夢の中のお話の筈なのに、私には強くそう思えて仕方ないの…」
「…リア、その話を美鈴達には」

 文の質問に、リアはふるふると首を小さく横に振る。その答えを聞き、文は自分の結論を導き出す。
 リアの語る夢の内容、それは自分には分からない。だけど、あの連中なら…美鈴達なら必ず何か意味を知っている筈。
 …なんて簡単なこと。リアの笑顔を取り戻す為に自分が出来ること、その方法なんてたった一つだ。
 リアが心から笑顔になるためには、リアが胸を張って幸せだって言えるようになること。リアの心の悩みを解き放つ為に、リアが悲しんでいる
本音も含めて、一度美鈴達と話し合うべきだったのだ。リアの心に溜めている想いを、その全てを二人に話すべきなのだ。
 それを受けて美鈴達がリアに『真実』を話すかどうかは二の次で良い、今のリアは美鈴達の想いの空回りが負担になってしまっている。
 自分がリアを救おうなんて思わない。そんなたいそれたことが出来るとも思えないし、自分では役者不足であることくらい重々理解してる。だけど、
そのアシストくらいは出来る筈だ。友達の悩みを解決する一助になるくらいなら、今の自分でも出来る筈。迷いを捨て、文はリアに口を開く。

「…リア、人里に戻るわよ。戻って貴女は話をするべきなの」
「話って誰と?何のお話をするの?」
「――貴女の大好きな家族と、貴女の本当の想いを伝える為のお話よ」

 リアの返答を待たず、文は真っ直ぐに人里目指して空を翔けていく。
 少女の負担にならない程度に、それでいて可能な限り迅く、自慢の翼で空を裂いて。









「貴女が戻って来るのを待っていたわよ、リア。そして射命丸文」
「…何?今少し忙しくて貴女の相手をしている暇はないんだけど」
「時間は取らせないわ。それに私の用件の本命は貴女の抱える小さな少女」

 人里に戻り舞い降りた文達の前に佇む女性――風見幽香を前に文は少しばかり眉を顰める。
 別段彼女が悪いという訳ではないが、今の文は一刻一秒と早くリアを美鈴達に会わせてあげたかった。故に意図せずして言葉に
少しばかり棘が入るが、幽香は気にすることはない。二人の元に近づき、愉しげに微笑みながら一本の薔薇を差し出す。
 それは燃えるような紅ではなく、どこまでも漆黒に染まった薔薇の花。首を傾げながらも、差し出された薔薇を受け取るリアに、幽香は
笑顔を絶やすことなく言葉を続ける。

「大事に持っておきなさい。パーティーの開幕は、それを使って教えてあげる」
「…パーティー?何、幽香パーティーを開くの?もしかして私を呼んでくれるの?」
「ええ、貴女を楽しませる為に沢山の趣向を凝らすつもりよ。フフッ、楽しみにしてるわ。
用件はそれだけよ。それではリア、さようなら。次に会うときは『本当の再会』であることを期待するわ」

 そう告げて去ろうとした幽香に、文は彼女の語る言葉に対し強烈な違和感を覚えた。
 幽香はリアに対し、『本当の再会』という言葉を使っていた。それは何を意味するのか。今会ったのは再会とは言えないということか。
そう言えば、以前にも不思議なことを彼女は言っていた。以前、幽香に対しリアが文と仲良くしろと言った際に、彼女は一体何と言った。

『そうね…貴女の友達は、私達だけだものね。
たった二人しか存在しないの…今の貴女には、たった二人しか縋るお友達がいないの。だから、大切にしないといけないわね』

 『今の貴女には』。そして先ほどの『本当の再会』。これまでの何も知らない文には微塵も理解出来なかった言葉、けれど
今の文には彼女の使う言葉の意図するところを察することが出来た。つまり、この風見幽香は――

「…風見幽香、貴女まさかリアの素性を」
「さあて、どうかしらね。一つだけ言えるのは、記憶を覗くのは閻魔とさとり妖怪の特権という訳ではないということ。
相応の力と技術を持つ者ならば、疑似の代用品は幾らでも模倣出来るものよ。フフッ、貴女との再会も期待してるわよ、射命丸文。それでは…ね」

 愉悦だけを残し、幽香は二人の元から去って行った。
 幽香が一体何を知っているのかを問い詰める為に追いかけたい衝動に駆られる文だが、その心を必死に自制する。
 今優先すべきはリアを美鈴達と会わせること。あのような狂言回しを演じる妖怪に付き合っている場合ではないのだから、と。






















 文とリアが幽香と別れた同時刻。
 彼岸へと続く道、その上空を三人の少女が空を切って飛翔する。
 風切り音だけが支配する空間を打ち消すように、少女の中の一人が言葉を紡ぐ。

「なあ霊夢、道は本当にこっちで合ってるのか?というか、この広い彼岸の何処に行けばいいんだ?」
「…知らないわよ。私は幽々子から彼岸に行けって言われただけだもの」
「あの西行寺幽々子が適当なことを言う…ことは充分にありそうな気がするけれど、信じることにして。
とにかく今は道を急ぎましょう。なんだかひと雨きそうな空模様だもの」
「濡れるのはちょっと勘弁だな。まだ寒さは残りに残ってるんだ、風邪でも引いちゃたまんないからな」

 雑談を繰り広げながら、三人の少女――霊夢に魔理沙、アリスは真っ直ぐに彼岸へと翔け続けていた。
 三人がこの場所を訪れている理由、それは幽々子の言葉の真意を確認する為だ。幽々子は昨日、霊夢に対し、異変を解決したいのならば
彼岸へ向かえと告げた。それを実行に移した霊夢だが、昨日は突然のアクシデントに見舞われ、結局行動に移すことは出来なかった。
 否、彼岸の前までは辿り着いたのだが、それを横から突如として妨害されたのだ。妨害した相手は風見幽香。彼女は何の説明もなく
霊夢に対し牙を剥き、霊夢を完膚なき程に叩き潰してみせた。ボロボロにされた霊夢は、そのまま彼岸に向かうことも出来ず、昨日は
神社へと引き返して身体の治癒に専念している。傷だらけの霊夢の帰還に驚き、事情説明を要求したアリスと魔理沙に対し、霊夢は結局
最後まで口を閉ざし続けた。口にするには余りに自身が情けなく、無様過ぎて。そんな霊夢の心を知ってか、魔理沙とアリスは強く追及することはなかった。
 ただし、今日再び彼岸に向かおうとした霊夢に対して同行を申し出た。断ろうとした霊夢だが、こればかりは二人とも決して折れることはなく。
 結局根負けした霊夢が渋々ながら二人を連れて彼岸へと向かっているという状態である。流石の霊夢も、魔理沙とアリスが心配して
同行を申し出ていることを理解してるため、強引に振り切ることは出来なかったようだ。けれど感謝の言葉は発さないのは実に彼女らしくはあるが。

「しかし幽々子も恐ろしいことを言うもんだ。紫や幽々子よりも上の存在ってどんな化物だよ。
そいつに話を聞きに行っていきなり戦闘、だなんてのは御免被りたいところなんだが…どう思う、霊夢」
「…アイツじゃないわ。アイツは彼岸にいつもいる訳じゃない。同じ化物でも幽々子が言ってる奴は、恐らく別の奴。
くそっ…アイツ、いつか絶対ぶっ潰す。この借りは百万倍にして返してやる。異変解決してレミリア見つけた後に絶対に八割殺しくらいにしてやる」
「…あ~、アリス、なんか霊夢がえらく物騒な言葉を並び立ててるんだが…」
「聞き流しなさい、とばっちりがきても知らないわよ」
「だよなあ」

 ぶつぶつと言葉を紡ぐ霊夢に、冷や汗を流す魔理沙。そして呆れるように息をつくアリス。
 そんな三者三様の三人旅だが、そう時間をかけ続けることもなく終点を迎えることになる。彼岸に面する三途の河、その地にて
彼女達を待っているように佇む二人の人物の姿を視界に捉えた為だ。目の前に現れた人物達に警戒を見せる三人だが、相手に戦う意思が
ないことを悟り、ゆっくりと彼岸に立つ人物の方へと近づいていき、着地する。
 地に足をつけた三人に対し、並び立つ人物のうち、緑髪の女性がゆっくりと言葉を紡ぐ。

「――貴女がここに訪れるのを待っていましたよ、博麗の巫女」
「…アンタが幽々子の言う『遥か格上の存在』って奴?」
「私と西行寺幽々子に格の差など存在しません。あるのはその身に委ねられた役職の差異のみ。
礼儀としてまずは名を名乗りましょう…私は幻想郷の裁判官を担当している四季映姫」
「そして私は四季様直属の死神、小野塚小町。まあ、よろしく頼むよ」
「閻魔と死神…成程、幽々子の言うことは強ち間違ってはいないみたいね。アンタ達なら沢山事情を話して貰えそうだわ。
今回の異変の真犯人に関して、知っていることを全部教えて貰いましょうか」

 映姫と小町に、霊夢達は早速とばかりに問い詰める。
 突然の問いかけにも、映姫達は予期していたのか、何ら動揺することなくすぐに言葉を返す。

「今回の異変は二種類の魂に起因する異変…ですが、貴方達にとって回帰の時に関する話は不要でしょう。
貴方達が求めているのは、『人為的に』異変を推し進めている人物を探ること、違いありませんね?」
「そうよ。誰かが幻想郷に魂を溢れさせ、それが花を咲き乱れさせて幻想郷を騒がせている、ここまではあたりがついてるのよ。
その犯人が誰なのか教えなさい。貴方達、知っているんでしょう?」
「貴方達がその行動を起こした者が犯人だと認識しているのなら、該当する人物は把握しています。
――風見幽香。その妖怪がこの幻想郷に異界の魂を送りこんでいる者の正体です」
「…なんですって?」

 映姫の言葉に、霊夢は驚き目を丸くする。それとは対照的に魔理沙は『誰だそりゃ』と首を傾げるばかりだ。
 霊夢達とは異なり、残るアリスは少し思考する様子を見せている。しかし映姫達の会話に口は挟まない。
 三者三様の反応を見せる霊夢達に、映姫は淡々と説明を続けていく。

「本来なら、今回の異変は予め予期されていた異変でした。風見幽香の存在の有無に関わらず、
幻想郷中に現在と同じような状況は成り立っていたでしょう」
「…はあ?いや、言ってる意味が分からないから。だったらなんで幽香の奴が犯人だって言い方するのよ」
「先ほど言った通りです。彼女もまた異界から魂を送りこんできているからです。彼女の行動により、幻想郷に溢れる魂は
最早許容量を遥かに超えてしまって、こちらでも対処が困難な状況に陥っている程です。加えて、異界の魂は私達十王の担当外の存在。
現在、上層部が魂の割り当てを行っていますが…それまでの間、風見幽香の持ち込んだ魂は我々の裁判を通過するどころか受けることすらままならない」
「異界の魂って…アイツ、幻想郷の妖怪でしょう。もともとは外界にいたかもしれないけれど、どっちにせよ裁判出来る魂なんじゃないの?」

 霊夢の問いに、映姫は静かに首を振って否定する。
 映姫の返答に眉を顰める霊夢だが、そんな霊夢に映姫は再び言葉を紡ぐ。

「風見幽香は我々すら把握していなかった世界から訪れた来訪者。彼女の持ち運んだ多量の魂も同様です。
彼女は未知の世界から二年ほど前に幻想郷に突然現れた妖怪なのです。幻想郷とも外界とも異なる異界にて歴史を刻み続けた大妖怪、それが彼女です」
「…在り得ない。だって風見幽香は私がまだ博麗の巫女見習いのときには幻想郷にいた筈よ。それが二年前に現れたなんて矛盾もいいところじゃない」
「いえ、どちらも真実です。何故ならこの幻想郷には一時的に風見幽香が二人存在したのですから。
うち貴女が昔出会った風見幽香は二年前に私が直々に裁判を行っていることが証明になります。貴女の知る風見幽香は既に死んでいるのです」
「そんな…それじゃ、あの昨日私が出会った風見幽香は」

 そっと瞳を閉じ、映姫はゆっくりと口を開く。
 彼女の口から齎された真実、その意味は余りに重く深く。

「――極めて近く、限りなく遠い世界からの来訪者。
この世界に舞い降り、もう一人の自分をその手にかけた狂気の妖怪。それが今、幻想郷に存在する大妖怪…風見幽香の正体です」


























 妖怪の山、その麓に広がる大きな湖。その中央に浮かぶ孤島に降り立つ女性が一人。
 地に足を付け、一歩、また一歩と歩みを刻み続け、女性は孤島に唯一建造されている建物へと近づいていく。
 その建造物――紅魔館の門前まで足を進め、女性は館を軽く一望する。手入れが届いていない庭は荒れ果て、館には
人の気配が微塵もなく。そんな荒れ果てた館に笑みを零し、女性はそっと門へと手を近づける。
 女性の差し出した手が門に触れるかどうかの刹那、その手を遮るように空間に魔力が奔り、巨大なドーム状の障壁を館内外の狭間に
形成されていく。女性の手は結界障壁に弾かれ、門に触れることすらままならない。
 だが、そんな障壁による妨害に女性は何ら動揺することはない。笑みを浮かべたまま、再び手を結界へと差し出して結界に触れる。
 そして、堅牢な結界に対し、『必要分だけ』の己が力を発動させる。結界に触れること十数秒、やがて結界はまるで初めから存在していなかったかの
如く風に溶けて消失した。行く手を阻むモノは消え去り、女性は再び一歩また一歩と足を敷地内へと進めていく。

 荒れた花壇を抜け、広がる中庭に足を踏み入れ、そこで再び女性の足は止まる。
 ただ、先ほどまでのように無言のままという訳にはいかない。何故なら女性の視線の先には、彼女以外の存在が確認された為だ。
 彼女の視線の先、紅魔館の館内へと続く扉の前に現れた紫髪の少女は気怠そうな気配を隠そうともせず言葉を紡ぐ。

「館を包む障壁は見えなかったの?現在この館は来客お断りよ、出直しておいで、妖怪」
「あら、あの程度で障壁のつもりだったの?私はてっきり呼び鈴かと思っていたわ」
「呼び鈴だと認識したのに壊したのね、知性の足りない妖怪ね。
…それで、何の用?こっちは今凄く忙しいの。少なくとも見知らぬ闖入者に時間を割く余裕なんてないわ」

 少女の問いかけに、女性は笑みを絶やすことなく言葉を返す。
 ゆっくりと身体に妖気を浸透させ、周囲の空気を少しずつ獣のそれへと馴染ませる作業を並行させながら。

「全ての準備が終えたから、そろそろ盛大にパーティーの幕開けに移ろうと思ってね」
「パーティーだか祭りだか知らないけれど、そういうのは余所でやって。この暇人」
「あら、そういう訳にはいかないわ。幻想郷中を巻き込む最高のショーにするには、どうしてもここに在るモノが必要なのよ」
「…何が欲しいの。場合によっては都合してあげるから、さっさと帰って」

 その言葉に、女性は抑えていた身体の妖気を解放する。
 永い間抑え続けていた身体中の血の匂いを振り撒き、歪んだ笑みを顔に張り付けたままで少女に応える。

「欲しいのは、この世界における運命に対する着火剤。運命に抗う最高の素材を完成させること。
――フランドール・スカーレット。真なる運命に弄ばれし姫君、その小娘の首を貰い受けに来たわ」

 女性――風見幽香の言葉に、少女――パチュリー・ノーレッジは少しばかり眉を顰めた後、幽香に向けて迷わず戦闘用の術式を展開する。
 開始の合図も無く始められた殺戮劇に、幽香は口元を歪めながら己が力を解放していく。
 この日、風見幽香が待ち望んだ喜劇の幕が開く。永い間、永い間、気の狂う程の永い時間を恋い焦がれ続けた最高の時が。








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