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No.13774の一覧
[0] うそっこおぜうさま(東方project ちょこっと勘違いモノ)[にゃお](2011/12/04 20:19)
[1] 嘘つき紅魔郷 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:52)
[2] 嘘つき紅魔郷 その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[3] 嘘つき紅魔郷 その三 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[4] 嘘つき紅魔郷 エピローグ (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[5] 嘘つき紅魔郷 裏その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[6] 嘘つき紅魔郷 裏その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:55)
[7] 幕間 その1 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:11)
[8] 嘘つき妖々夢 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:24)
[9] 嘘つき妖々夢 その二[にゃお](2009/11/14 20:19)
[10] 嘘つき妖々夢 その三[にゃお](2009/11/15 17:35)
[11] 嘘つき妖々夢 その四[にゃお](2010/05/05 20:02)
[12] 嘘つき妖々夢 その五[にゃお](2009/11/21 00:15)
[13] 嘘つき妖々夢 その六[にゃお](2009/11/21 00:58)
[14] 嘘つき妖々夢 その七[にゃお](2009/11/22 15:48)
[15] 嘘つき妖々夢 その八[にゃお](2009/11/23 03:39)
[16] 嘘つき妖々夢 その九[にゃお](2009/11/25 03:12)
[17] 嘘つき妖々夢 エピローグ[にゃお](2009/11/29 08:07)
[18] 追想 ~十六夜咲夜~[にゃお](2009/11/29 08:22)
[19] 幕間 その2[にゃお](2009/12/06 05:32)
[20] 嘘つき萃夢想 その一[にゃお](2009/12/06 05:58)
[21] 嘘つき萃夢想 その二[にゃお](2010/02/14 01:21)
[22] 嘘つき萃夢想 その三[にゃお](2009/12/18 02:51)
[23] 嘘つき萃夢想 その四[にゃお](2009/12/27 02:47)
[24] 嘘つき萃夢想 その五[にゃお](2010/01/24 09:32)
[25] 嘘つき萃夢想 その六[にゃお](2010/01/26 01:05)
[26] 嘘つき萃夢想 その七[にゃお](2010/01/26 01:06)
[27] 嘘つき萃夢想 エピローグ[にゃお](2010/03/01 03:17)
[28] 幕間 その3[にゃお](2010/02/14 01:20)
[29] 幕間 その4[にゃお](2010/02/14 01:36)
[30] 追想 ~紅美鈴~[にゃお](2010/05/05 20:03)
[31] 嘘つき永夜抄 その一[にゃお](2010/04/25 11:49)
[32] 嘘つき永夜抄 その二[にゃお](2010/03/09 05:54)
[33] 嘘つき永夜抄 その三[にゃお](2010/05/04 05:34)
[34] 嘘つき永夜抄 その四[にゃお](2010/05/05 20:01)
[35] 嘘つき永夜抄 その五[にゃお](2010/05/05 20:43)
[36] 嘘つき永夜抄 その六[にゃお](2010/09/05 05:17)
[37] 嘘つき永夜抄 その七[にゃお](2010/09/05 05:31)
[38] 追想 ~パチュリー・ノーレッジ~[にゃお](2010/09/10 06:29)
[39] 嘘つき永夜抄 その八[にゃお](2010/10/11 00:05)
[40] 嘘つき永夜抄 その九[にゃお](2010/10/11 00:18)
[41] 嘘つき永夜抄 その十[にゃお](2010/10/12 02:34)
[42] 嘘つき永夜抄 その十一[にゃお](2010/10/17 02:09)
[43] 嘘つき永夜抄 その十二[にゃお](2010/10/24 02:53)
[44] 嘘つき永夜抄 その十三[にゃお](2010/11/01 05:34)
[45] 嘘つき永夜抄 その十四[にゃお](2010/11/07 09:50)
[46] 嘘つき永夜抄 エピローグ[にゃお](2010/11/14 02:57)
[47] 幕間 その5[にゃお](2010/11/14 02:50)
[48] 幕間 その6(文章追加12/11)[にゃお](2010/12/20 00:38)
[49] 幕間 その7[にゃお](2010/12/13 03:42)
[50] 幕間 その8[にゃお](2010/12/23 09:00)
[51] 嘘つき花映塚 その一[にゃお](2010/12/23 09:00)
[52] 嘘つき花映塚 その二[にゃお](2010/12/23 08:57)
[53] 嘘つき花映塚 その三[にゃお](2010/12/25 14:02)
[54] 嘘つき花映塚 その四[にゃお](2010/12/27 03:22)
[55] 嘘つき花映塚 その五[にゃお](2011/01/04 00:45)
[56] 嘘つき花映塚 その六(文章追加 2/13)[にゃお](2011/02/20 04:44)
[57] 追想 ~フランドール・スカーレット~[にゃお](2011/02/13 22:53)
[58] 嘘つき花映塚 その七[にゃお](2011/02/20 04:47)
[59] 嘘つき花映塚 その八[にゃお](2011/02/20 04:53)
[60] 嘘つき花映塚 その九[にゃお](2011/03/08 19:20)
[61] 嘘つき花映塚 その十[にゃお](2011/03/11 02:48)
[62] 嘘つき花映塚 その十一[にゃお](2011/03/21 00:22)
[63] 嘘つき花映塚 その十二[にゃお](2011/03/25 02:11)
[64] 嘘つき花映塚 その十三[にゃお](2012/01/02 23:11)
[65] エピローグ ~うそっこおぜうさま~[にゃお](2012/01/02 23:11)
[66] あとがき[にゃお](2011/03/25 02:23)
[67] 人物紹介とかそういうのを簡単に[にゃお](2011/03/25 02:26)
[68] 後日談 その1 ~紅魔館の新たな一歩~[にゃお](2011/05/29 22:24)
[69] 後日談 その2 ~博麗神社での取り決めごと~[にゃお](2011/06/09 11:51)
[70] 後日談 その3 ~幻想郷縁起~[にゃお](2011/06/11 02:47)
[71] 嘘つき風神録 その一[にゃお](2012/01/02 23:07)
[72] 嘘つき風神録 その二[にゃお](2011/12/04 20:25)
[73] 嘘つき風神録 その三[にゃお](2011/12/12 19:05)
[74] 嘘つき風神録 その四[にゃお](2012/01/02 23:06)
[75] 嘘つき風神録 その五[にゃお](2012/01/02 23:22)
[76] 嘘つき風神録 その六[にゃお](2012/01/03 16:50)
[77] 嘘つき風神録 その七[にゃお](2012/01/05 16:15)
[78] 嘘つき風神録 その八[にゃお](2012/01/08 17:04)
[79] 嘘つき風神録 その九[にゃお](2012/01/22 11:18)
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[13774] 嘘つき花映塚 その六(文章追加 2/13)
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/02/20 04:44



 季節外れの彼岸花が咲き誇る再思の道。

 役目を終えた彼らが、再び表舞台にて踊り狂う…そんな用意されし劇場の中に、霊夢は容赦なく叩きつけられる。

「――ッ」

 激痛が背中に奔るものの、情けなく声を呻いている暇などない。そんな余裕、今の彼女には何処にもありはしないのだ。
 そのような脆弱な行動に時間を取られれば、あっという間に閻魔の裁きへ直送されてしまう。思考を挟む余地もなく、霊夢は
必死に体を捻ってその場から強制的に移動する。彼女が身体に鞭を入れて必死に移動した刹那、先ほどまで彼女が転がっていた場所を
恐ろしい程の力を込められた魔弾が寸分違わず容赦なく放たれる。その強大な暴力は花々の咲く大地を抉り、爆風を巻き起こし、
すぐ傍で回避行動をとっていた霊夢を吹き飛ばす程の衝撃を引き起こす。その衝撃に霊夢は逆らわず、上手く力を利用して宙空にて
体勢を整え直す。彼女が術符を構えたその先には、先ほどから相対している女性――風見幽香の姿がある。
 砂ぼこりに塗れながらも、視線に強い意志を込め続ける霊夢とは対照的に、幽香は実につまらなさそうに言葉を紡ぐ。

「…期待外れね。他の誰でもない貴女なら、少しは楽しめると思っていたのに」
「少し自分が優勢だからって…調子に乗らないでよクソ妖怪が」

 完全に己を見下した発言に、霊夢は肩で息をつきながらも言葉で食ってかかる。
 表面上強がって見せる霊夢だが、実情心の中では非常に困惑しきっていた。彼女の驚く理由はただ一つ――『予想外』の風見幽香の強さだ。
 彼岸へと向かう道を遮られ、霊夢と対峙する風見幽香。そんな彼女と霊夢だが、二人が出会うのはこれが初めてのことではなかった。
 今から遡ること幾年、霊夢がまだ博麗の巫女として認められたばかりの頃。紅霧異変という幻想郷に生じた異変解決すらも経験していない
駆け出し巫女だった時代に、霊夢は風見幽香と一度だけ接触していた。当時、修行も兼ねて博麗神社近隣で悪さをする妖怪達を退治していた
霊夢の前に、彼女が現れ突然喧嘩をふっかけてきたのだ。まるで今日がそのときの重ね写しであるかの如く。
 まだ経験未熟な霊夢にとって、当時の風見幽香は実に恐ろしい相手であった。苦戦に苦戦を重ね、一歩間違えれば敗退する危機すらあった。
 しかし、結局それは『もしも』の話で。最終的に、霊夢は風見幽香相手に勝利を勝ち取ることが出来、彼女を懲らしめることに成功した。
 ――そう。博麗霊夢は過去に風見幽香を一度『撃退』しているのだ。それも現在のような経験を持ちえない、駆け出しの霊夢で、だ。

 それから数年、現在の霊夢は当時の霊夢と比較出来ないほどの実力と経験を積んできた。
 研鑽を積み、数多の強者達と対等に渡り合ってきた彼女の力は、それこそ自負出来るほどのモノを身につけてきた筈だ。
 フランドール、西行寺幽々子、八雲紫、伊吹萃香、そして八意永琳。幻想郷に住まう化物の名に相応しき連中と、霊夢は対等に渡り合ってきたのだ。
 自惚れとは言えない、確固たる事実。霊夢が渡り合ってきた彼女達と比肩して、風見幽香は二枚も三枚も落ちる相手である筈だった。
 妖怪は人間のような急激な成長は望めない。だからこそ、数年前に撃退できた相手の風見幽香ならば、決して苦戦することはない。その筈だったのだ。

 だが、今こうして彼女の目前に広がっている現実はどうだ。
 風見幽香の以前とは全く異なる圧倒的な暴力の嵐。他者を捩じ伏せるその破壊の力に、霊夢は手も足も出ずに押し切られてしまった。
 結果、風見幽香は悠然と霊夢を見下す立場に。結果、博麗霊夢は唇を噛み締めて幽香を見上げる立場に。
 修行をサボっていた訳ではない、むしろ研鑽を積み続けていた。そんな霊夢の日々を、まるで無駄だと言わんばかりに風見幽香は打ち砕いてしまった。
 ここまでくると誰だって理解する。否、理解しなくてはならない。相対する妖怪を睨みつけながら、霊夢は思う。――風見幽香、彼女は強い、と。
 睨むことしか出来ない霊夢に、やがて興味を失ったように幽香は言葉を紡いでいく。

「興醒め。貴女がこの調子では、魔理沙なんて更に期待出来ないでしょう。私の知る限り、ここに彼女は存在しないもの」
「…アンタ、魔理沙と知り合いなの?初耳なんだけど」
「知る必要のないことよ。貴女も魔理沙もお役御免…劇に花を添える引き立て役にもなれそうにないみたいだし。
どうやら他の妖怪連中はよっぽど貴女を甘やかして育てたみたいね。弱者は存在する価値すらないのよ、博麗霊夢」
「そういうアンタは随分変わったわね。昔、私にブッ飛ばされたときからは考えられないくらい…何、あれは演技だった訳?」
「真逆。当時の私はあれが全力、精一杯。貴女に敗北したこと、彼女は本当に堪えていたみたいよ?
だからその後幻想郷で何も悪さなんてしなかったでしょう。弱さは罪、あの様で風見幽香を名乗っていたのだから我がことながら笑えてしまうわ」

 霊夢の言葉に嗤って答える幽香。そのあまりに他人ごとな言葉に、霊夢は少しばかり引っ掛かりを覚えるものの、
そのようなことに気を取られている暇などありはしない。考えるべきは今どうやってこの窮状を脱するか。
 認めるのは実に癪だが、今の自分一人では風見幽香に敵わない。霊夢は現状を冷静に捉えることは出来ている。だが、そこからだ。
 その力不足の自分が如何に彼女相手に立ち回るか。先ほどまでのような正面からの撃ち合いなど問題外、距離を出し入れしようにも相手がそれを許さない。
 ならばどうする、背中を向けて逃げるか――否、断じて否。自分が妖怪相手に背を向けるなんて絶対に許せない。誇りが許さない。
 考えろ、どうすれば最善の一手かを。考えろ、どうすればアイツから勝ちを紡げるかを。一か八かで制御できない夢想転生を展開するにはまだ早い。
 思考し続けながら幽香を睨みつける霊夢だが、対峙する幽香が先に行動を起こす。彼女は霊夢に突きつけていた傘を下し、吐き捨てるように言葉を紡いだ。

「もういいわ、博麗霊夢。邪魔しないから、何処とでも消えなさいな」
「…何それ、勝手に人の行く道を邪魔しておきながら、何を勝手な」
「ああ、それに関しては謝るわ。ごめんなさいね、邪魔をして。
でも、安心なさい。私が貴女の邪魔をすることはこれから先二度とないわ。だって私――弱い博麗霊夢に興味ないもの」

 それだけを言い残し、幽香はまるで子供が飽きた玩具を手放すように、その場から去ろうとする。
 そんな彼女の行動に、当然納得出来る霊夢ではない。今の言葉は完全に霊夢の心を、誇りを、在り方を傷つけた。博麗の巫女として
在り続けた彼女の全てを否定する言葉だ。霊夢に背を向け去って行こうとする幽香に、霊夢は激昂して術符をつきつけて展開しようとするが――

「…止めておきなさい。一度は見逃すけれど、二度目はないわ。動けば、確実に殺すわよ?」
「――っ」

 振りかえることもせず、背中を向けたままで紡いだ幽香の一言。
 その言葉に霊夢は霊弾を発することが出来なかった。風見幽香の身体から放たれる圧倒的な禍々しい殺意に、身体を拘束されたのだ。
 それは人間と妖怪との圧倒的な存在の差。全ての抵抗の意志を削ぎ落とす、恐ろしい程の恐怖。風見幽香のプレッシャーに、霊夢は負けたのだ。
 何も出来ない霊夢に、幽香は背を向けたまま今度こそ去っていく。一言『惨めね』とだけ言葉を残して。
 やがて幽香が見えなくなり、拘束から解き放たれた霊夢は俯き、震える掌を強く強く握りしめる。

「…くしょう…畜生…」

 それは完全なまでの敗北。霊夢が経験する、何一つ言葉を残すことすら許さない、戦わせてすら貰えなかった惨敗。
 圧倒的な力の差を持つ相手とは何度も戦ってきた。けれど、その度に霊夢は相手にくらいつき、大きな成長を遂げてきた。
 けれど今回はこれまでとは明らかに大きく異なる。言ってしまえば、霊夢は戦うことすら出来なかった。この場にあったのは、
一方的な弱い者いじめ、ただそれだけだ。相手の存在に恐怖し、霊夢は一矢すら報いることが出来なかった。恐怖で身体が動かなかった。
 それは霊夢の誇りを何より傷つける結果。それは霊夢の心を何より傷つける結果。自身の弱さが、情けなさが、不甲斐なさが彼女を蝕む。
 掌から血が滲みそうになるほどに拳を強く握りしめて。何度も地面に転がされて埃まみれになっても払うことも出来ず。

「畜生…畜生…畜生!」

 やり場のない怒りと悲しみに、心強き少女は幾年振りかの涙を零す。
 とめどなく溢れ出る涙を、少女は未だ拭えない。胸に湧き出る己への罵倒の言葉の全てを吐き捨てるには、まだ時間がかかるだろうから。


























 どうして気づかなかったのか。そう問われるならば、幾らでも反論は存在する。
 けれど、最早そのような問答は無意味に等しい。結果として自身の追い求めていたモノはすぐ目の前に在ったという事実。
 考えるべきは、これから一体どうするべきか。否、最早それも考える時間すら不要。現に彼女は一つの契約のもとに情報提供を
受け、答えに辿り着いてしまったのだから、一つの行動以外取ることなど出来はしないのだ。
 そう、悩むことなど必要ない。彼女が取るべき道は、一歩踏み出して全てを暴いて突きつけるだけ。全てを壊して問い詰めるだけ。
 けれど、その一歩が踏み出せない。彼女はどうしてもその一歩が未だに踏み出せずにいた。
 人里に戻り、笑顔で語る少女――リアとともに時間を過ごして数時間。文は未だ答えの出ない迷宮で彷徨い続けていた。

「でねっ、でねっ、この新聞の中で私が特に気になったのはね…ねえ、文、ちゃんと私の話聞いてる?」
「…ああ、うん、聞いてる聞いてる。ナスを愛する人は心強き人って話よね」
「全然微塵も聞いてないっ!?もー!真剣に聞いてよ!だから、私が言いたいのは」

 ぷんぷんと怒る少女、リアを見つめながら、文はアリス達に語ってもらったレミリア・スカーレットの容貌を振り返る。
 淡く短い蒼紫髪に、紅の両瞳。そして背中に生える小さな蝙蝠の翼。体格は寺小屋の童程度で、容貌は美少女と評して誰もが納得する。
 その情報をもとに、文は再びリアの顔を覗き込む。フードによって見難くはなっているが、そこから覗く髪色と瞳の色は説明通り、
背中に羽があるかどうかは大きめのコートを羽織っている為、判別できないが、外見は確かに寺小屋の童そのもの。容貌は…誰が見ても美少女だ。
 ここまで一致すると、最早逆に違う人物なのではないかという疑念すら湧き出てしまう。それほどまでにアリス達から語られた
レミリア・スカーレットの情報と文の友人である少女…リアの外見は一致してしまっていた。そのことが非常に文の頭を痛めていく。

 まず第一に文は叫びたかった声を大にして叫びたかった。レミリア・スカーレット、貴女一体こんなとこで何してんのよ、と。
 正直なところ、リアがレミリアであるということを未だ文は納得出来ずにいた。否、出来よう筈もなかった。レミリア・スカーレットと
いえば、数多の大妖怪と結びつき、幻想郷のパワーバランスの一角を担う吸血鬼。それは決してこんな場所でパンを売って喜び、
友達と会話しては笑ったりいじけたり、ましてや唯の一介の天狗如きと会う為にパンを焼き直したりするような人物ではない筈だ。
 それを無理矢理…本当に強引にリア=レミリアと結びつけると、文の計画の全ては音を立てて崩れてしまう。まず第一に、レミリアとの
接触は異変捜索という名目を持って行うことが第一条件だった。上の連中がレミリアとの直接接触を試みる者に厳罰を言い渡している為、
文としてはそこを誤魔化す為の策を弄するつもりだったのだが…リアとの接触は、思いっきり文の方から興味本位によるものだった。
 まだそこは『この娘がレミリアだとは知らなかった』と無理に強引に話せば向こうは納得してくれるかもしれない(間違いなく無理だろうが)が、
現在文はリアと友人という関係を持ってしまっている。これははっきり言って致命的だ。どう誤魔化すことも出来ない、山での罰は決定であろう状況だ。
 山の上層部がレミリアとの接触を八雲の妖怪に阻まれていることは裏情報で知っている。だが、そんな上の連中の駆け引きをおいて
文が先んじてレミリアと接触、しかも交友関係を持ってしまったという事実はどうしても誤魔化せない。その点が非常に文にとって頭の痛い事実だ。
 もしリアがレミリアだった場合、どうすれば自分が無傷でいられるかを考え直す必要がある。そう文は一説に対し保身を考えていた。

 けれど、正直なところ、今の文にとって自身の罰など優先順位でいうと下から数えた方が遥かに早い。
 今、彼女が非常に頭を悩ませるのは、リアへの問い詰め。果たして彼女に『貴女はレミリアなの?』と訊ねてよいのかどうか、だ。
 もしリアがレミリアであるならば、彼女は少なからず何か事情があって紅魔館ではなく人里に身を寄せているのだろう。そして身を隠し、
人里内でのレミリア・スカーレットの情報という、自身の築き上げた名声を捻じ曲げてまでここに滞在している。
 彼女をそこまでさせる事情が今のリアにはあるのではないか。…否、それどころか、その事情を『リア自身が』理解しているのかどうかすら怪しい。
 もしリアがレミリアだと仮定しても、この三日間触れ合ってきた文は今のリアがレミリアの演技であるとどうしても思えなかったのだ。
 レミリアが姿を偽り、リアという少女を演じているとするならば、それはそれは心から称賛を贈りたくなるような擬態だ。今のリアは文の目をも
欺くほどに人里の一人の人間の娘でしかなく、妖気も覇気もその一切を彼女から感じられないのだ。
 …だが、それ以上に文は思う。リアという少女と自分が過ごしたこの三日間、それが偽りだったなどと認めたくないと。
 自分が一切を着飾ることなくリアと接したように、リアも一切を着飾ることなく自分と接してくれた…そう文は思っていた。自分の心のままに
笑い、怒り、そして新聞への想いを伝えてくれたリア。そんな少女に文は少なからず惹かれている自分を確かに感じていた。
 だからこそ、この瞬間が偽りの演技ごとだったなどと思いたくはない。それが事実なら、きっとこのリアとの優しい時間が終わってしまうだろうから。
 真偽を確かめること、その一歩が文には踏み出せない。だから、文は少女に縋る。大切な友人を最後まで信じられる、そんな勇気を分けて貰う為に。

「…リア、ちょっとごめんね」
「へ?きゃ、ちょ、ちょっと文!?いきなり何抱きついてるのよ!?ええええええ!?こ、公衆の面前で何しちゃってるの!?」
「はいはい、お願いだから騒がないでね。すぐに済むから。星の数でも数えてれば終わってるから」
「何その嫌過ぎる表現!?というか星なんてまだ出てる訳ないじゃない!?」

 無理矢理抱きしめた腕の中でじたばたと暴れるリア。そんな少女に苦笑を零しながら、文はさっと腕を少女の背中に走らせる。
 文が触れた少女の背中、その感触に文は溜息一つ。コートの上からであるものの、そこには背中と異なる確かな感触が存在した。
 それは文達のように大空を支配する者達だけに許された誇り。彼女にそれが生えているのなら、きっとリアはそうなんだろう。
 リアの温もりを肌で感じながら、文は意を決する。大丈夫、リアの正体がなんであろうと、きっとリアはリアのまま。
 決して偽りなんかじゃない。リアは全てを自分に曝け出して接してくれていた。心から友達だと思ってくれている。大丈夫、信じられる。
 心は決まった。ならば後は真っ直ぐに走るだけ。そう意を決し、文はリアの両肩に手を載せ、しゃがみ込んだままリアと視線を合わせて言葉を紡ぐ。

「…ねえ、リア。貴女に訊きたいことがあるわ」
「訊きたいこと?えっと…別に何でも訊いてくれていいけれど」
「そう、ありがとう。それじゃ単刀直入に訊かせて貰うわ。リア、貴女の本当の名は――」

 文が言葉にするのは、そこまでだった。
 突如として文の背後に現れた妖の気配。それに反応し、文はすぐさま身体を切り替えてリアを護るように立ち塞がる。
 また幽香のような性質の悪い妖怪でも現れたのか…そう考えての行動だったが、彼女の予想は呆気なく裏切られることになる。

「…貴女は確か、美鈴だったかしら」
「ええ、お久しぶりです、射命丸文さん。唐突ですが、少しばかりお時間を頂いても?」
「…あれ、美鈴じゃない。もうお仕事は終わったの?」
「いえいえ、ちょうどお昼休みを頂きまして。それに射命丸さんに少しお話ししたいことがあったので、リアのところに居てくれてよかったです」

 笑顔を浮かべながら淡々と語る美鈴に、文は彼女の狸振りに思わず称賛を送りたくなった。
 リアの手前偶然を装っているが、そんな筈はない。話をさせまいとばかりに突如気配を発揮させたところをみるに、
どうやら以前から自分達の会話に聞き耳を立てていたらしい。そして、リアの前で明かされては困る話をしだしたので、出てきたと。
 美鈴の行動を理解し、文もまた笑みを零して、優しくリアの頭を一撫でして美鈴に言葉を返す。

「ええ、むしろこちらからお願いしたいところだわ。
どうやらお互いに話したいことが色々とあるみたいだし…ね」
「そうですか。そう仰って頂けるなら幸いです。それではこちらへ」
「え、文も美鈴も行っちゃうの?お話ならここですれば…」
「ごめんねリア。今から彼女とは大人の話をしないといけないから、リアにはちょーっと早過ぎるかな」
「むー!子供扱いするなってば!」

 ぷんすか怒るリアを置いて、文は美鈴に従いリアの店から移動する。
 そして、リアの姿が見えなくなり、文は笑みを零す。それが気になったのか、美鈴は背後の文に疑問を問いかける。

「どうしたんですか?急に笑い出したりして」
「ええ、正直安心したというか、嬉しくってね」
「安心?嬉しい?」
「だってそうじゃない。私がリアに『リアの正体』について話題を提起しようとしたとき、貴女はそれを妨害した。
それはつまり、リアに己の素性を話されては拙いってことでしょう?言い換えれば、リアはそのことを『知らない』。
その理由は分からないけれど、一つ確かなものは、これまで私と接してくれたリアが何一つ偽りなく本物の彼女だったってこと。
今あの小さな店で笑ってるリアは、誰かを演じてる訳でもなんでもない。私、射命丸文の友人であるリアという少女…違って?」

 文の言葉に、美鈴は驚き言葉を失うものの、やがて耐えられなくなったのか声を殺して笑い始める。
 そして笑いを堪えながら、文に一言言葉を送るのだ。『貴女がリアの友人になってくれて、本当に良かった』と。
 そんな美鈴の言葉を受け取りながら、文は美鈴の案内されるままに彼女の後ろを歩いていく。
 やがて、人里を離れ、開けた草原へと足を踏み入れ、そこで美鈴は初めて背後の文へと振り返る。
 互いに笑顔を浮かべているものの、それは狸と狐の浮かべる表情。互いにどう話をすべきかの腹芸を水面下で行いながら二人は対峙している。

「さて、何からお話すべきなんでしょうね。射命丸文さん、貴女がリアと交友を結んだのはつい先日のこと。
つまりこれまでのことを何一つ知らない状態。貴女としては、何処まで踏み込むつもりでいますか?」
「無論、全部よ。それと、今は『リア』なんて呼ばなくてもいいんじゃないかしら?
――紅魔館が誇る守護者にしてレミリア・スカーレットが一の従者、紅美鈴さん」
「…はて、『お嬢様』の情報ならまだしも、私個人の情報はそう漏れる筈はないのですが」
「『レミリアの』友人からの情報よ。彼女達との約束なのよ、レミリア達の情報を貰う代わりに、『私達の大切な友人』を探してくれってね」

 文の言葉に、美鈴は黙したまま瞳を閉じる。
 まだ寒さの残る春風が吹く草原に起こる静寂。その静寂を打ち破ったのは、話し手である美鈴。
 ゆっくりと口を開き、言葉を淡々と述べていく。

「…全て知っての通りよ。リアの正体は我らが主――レミリア・スカーレット様に間違いないわ」
「あやや、以外に呆気なく答えをくれるのね。それと口調、本当に狸もいいところね」
「貴女に言われたくないわよ、天狗。答えを渡すのは、貴女を信頼してる証と受け取って貰って構わないわ」
「信頼の証?」
「そう…貴女が、お嬢様を悲しませる未来を選ぶことはないだろうという、私達の…ね」

 美鈴の語る言葉、その重さを文は受け手として少なからず感じ取っていた。
 恐らく彼女は告げているのだ。覚悟がないならば、そのつもりがないのなら、ここから先の話は耳にする資格はないと。
 だが、ここで引き下がるなら文は最初から足を踏み入れなどしない。ここまで来たのは、全てを知るためだ。
 レミリア・スカーレットのこと、そして大切な友人であるリアのこと。その全ての真実を知る為に、自分は行動しているのだから。
 文の意志を感じ取ったのか、美鈴は小さく頷いて再び言葉を紡いでいく。それは今日に到るまでの話。

「まず初めに、どうしてレミリアお嬢様が紅魔館ではなく人里にいるのか…その辺りから話し始めましょうか」
「そうね…リアが自分の正体を知らない事情も気になるけれど、まずはそこよね」
「ああ、大丈夫よ。その理由も、今から私が語る事情に含まれているからね。
レミリアお嬢様が人里に滞在する理由、それは紅魔館に棲み続けられない事情が出来たから。そしてその事情は…」

 言葉を一度止め、再び淡々と語った美鈴の言葉。その言葉に、文は口を開くことが出来なかった。
 ただ当たり前のように、ただ何気ない言葉のように、美鈴は語ったのだ。
 たった一言――『実の妹に殺されかけたから』と。冷静に語る美鈴と対照的な内容の凄惨さ。
 あのリアが誰かに殺されかけた。あの笑顔が誰かの手によって壊されかけた。そのことを考えると、気づけば文は美鈴の襟元を掴んで己が方に引き寄せていた。
 ただ、そんな彼女の行動にも動じることはない。それが文には癪に障り、さっさと美鈴から手を離す。

「いいの?一発や二発くらい、覚悟していたんだけど」
「…貴女、誰かに殴られたがってるでしょ。何に罪の意識を感じているのか知らないけれど、私を自己満足の為に利用するのはやめてくれる?」
「これは手厳しいわね…そうね、今のは謝罪するわ。ごめんなさい、射命丸文」
「謝罪はいいから続きを話しなさい。…レミリア・スカーレットに実妹がいたことは初耳なんだけど。しかも姉を殺しかけるって…どういう妹よ」
「色々あるのよ、こっちにも。何はともかく、レミリアお嬢様の妹…フランドールお嬢様が
レミリアお嬢様を殺しそうになったこと…全てはそこから始まったわ。無論、レミリアお嬢様が生きているのはご覧の通りなんだけど」
「…何故姉を殺そうとしたの?紅魔館の主の座…権力争いか何か?」
「まあ、第三者が考えるとそうなるわよね…残念だけど、全くの別物よ。その件は今は関係ないから割愛するわ。
魔法と気、時間操作による状態保持、そして専門医による処置…様々な奇跡が重なって、お嬢様は何とか生き延びることが出来た。
だけど、その代償にお嬢様は…記憶を失ったわ」
「…吸血鬼なら自己治癒能力もかなりのものと思っていたんだけど。記憶を失った要因は?」
「医者の見立てでは精神的なものによる心因性と出血過多と強い衝撃を全身に受けた外傷性、その複合型だそうよ。
彼女の予想では、特に前者が強烈に記憶を閉じ込めてしまってるそうで…それだけ、フランお嬢様の行動が、レミリアお嬢様には」

 それ以上言葉を続けることが出来なかった。美鈴は表情を顰め、感情を押し留めるのに精いっぱいで次の話を続けられない。
 だが、それは文とて同じこと。リアがあのような状態になっているのに、何かしら理由があるのだろうとは思っていた。だが、まさか
これほどまでに重いものだとは思わなかった。実の妹に殺されかけたなどと、一体誰が想像するだろうか。
 あのように天真爛漫に笑う少女が、そんな境遇を経て今に至るなど。言葉を発せない文に、美鈴がぽつりと再び言葉を紡ぐ。

「医者からは、レミリアお嬢様の容体が完全に落ち着くまでは記憶を揺り動かすような真似を絶対にするなと強く言われたわ。
もし心因性のトラウマによって、記憶を閉ざしているならば、何かの拍子に妹に殺されかけたことを思い出すかもしれないって。
それが切っ掛けで心が壊れたりしてしまうこと…その可能性も否定出来ないとね」
「…それが理由なのね。リアが紅魔館ではなく、人里で過ごす理由も、アリス達にリアの現状を教えないのも」
「そうよ。正直なところ、私と咲夜が傍に連れ添っている…それすらも非常に危険な綱渡りだった。
けれど、誰かがお嬢様についてないといけないわ。だから私と咲夜は自身の立場も想いも全て捨て…今、『リア』との関係を作ってる」
「…言うのは野暮だけど、流石にキツイわね」
「私なんかどうでもいいのよ。けれど咲夜は…あの娘は、レミリアお嬢様の娘だから」

 自分のことよりも他者を気に掛ける在り方。その姿に、文は彼女は確かにリアの従者なのだろうと考える。
 美鈴を見つめながら、文は自分の開いてしまったパンドラの箱、その中に詰められた情報を整理する。
 まず、リアの正体はやはりレミリア・スカーレットその人であったこと。そして彼女は自分がレミリアであることを知らない。
 リアは自分の記憶を失ってしまっている。その理由は実の妹による凶行。下手をすれば吸血鬼である彼女ですらも死にかけていた。
 そしてリアの記憶障害、それはトラウマを誘発して心を壊す可能性が否定できない。だから彼女は知人の誰かに頼ることも出来ず、人里で過ごしている。
 …だから、か。そこまで考え、文は理解をする。どうしてリアが自分のことを友達と言ってあんなに喜んでいたのか。リアは記憶を失い、
手に残るものが本当に少しだけしか存在していないのだ。記憶を失った後の光景…それがリアの世界の全て。
 アリスのことも魔理沙のことも、リアは覚えていない。だから文と幽香が二人だけの友達。従者と家族だった美鈴と咲夜は、大切な姉。
 あの笑顔から、一体どうしてこんな事態が考えられるだろう。あんな風に幸せそうに笑う少女が、一体どうして。
 表情を曇らせる文に、美鈴もまた悲しみを押し殺して話を進めていく。

「…目覚めて一カ月。その間は、本当に何もなかった。
お嬢様は言葉も返すことも出来ず、私達を認識することさえ難しく…本当に、医者にかかりきりの状態だったわ。
そして更に一カ月。少しずつ言葉もかわせるようになって、現状も認識できるようになり、感情も芽生えだして。
それから住まいを人里に移し、少しずつ少しずつ『生きる』ということに慣れていった。やがて笑顔を見せるようになって、
まるで昔を思い出すように菓子パン作りに興味を持つようになって…今ではああやって店を開くほどに行動を自発的に行動出来るようになったわ」
「…リア、楽しそうだものね。お店を開いているときのリア、お客もろくにこないくせに凄く笑ってるもの」
「夢だったのよ…昔、たった一度だけお嬢様が語ってくれた小さな小さな夢物語。
だけど運命って皮肉だわ。こんな形でお嬢様の夢が叶うなんて…そんなこと、一体誰が望んだというのかしら」
「…『レミリアの』夢って」
「――自分だけのお店を、ケーキ屋さんを開くこと。それがお嬢様の夢。
誇り高き吸血鬼として幻想郷に名を轟かせる、本当は誰よりも心優しい少女が願った小さな、けれど誰より壮大な…夢よ」

 本来ならば笑ってやれる話題だったのかもしれない。そんなバカなと笑い飛ばすような内容だったのかもしれない。
 けれど、今の文にはその話が少しも笑い話に聞こえずに。それは何処までも悲しい話。あまりに残酷で、あまりにふざけていて。
 言葉を失う文に、美鈴は何も言葉をかけず、瞳を閉じて、そのまま足を人里の方へと向けて歩み始める。
 この場から去ろうとする美鈴に、文は『待ちなさい』と声をかけ、最後に一つ疑問を投げかける。

「…どうしてこの話を私にしたの?いいえ、する気になったの?
私がレミリア・スカーレットの情報を追い求めていることくらい、貴女はとうに知っていたでしょう?
その気になれば、私はこの情報をいつでも誰かに話すことが出来る…その危険を理解していない貴女ではないでしょう?」
「…さあ?どうしてかしらね。私も他の第三者にこの話をするつもりなんて以前は毛頭なかったわ。
ましてや貴女は鴉天狗、加えてレミリア・スカーレットに関する新聞を作ろうとしている者。
そんな相手にここまで話をするなんて、絶対にあり得ない話よね」
「ちょっと貴女、ふざけて――」

 文が掴みかからんばかりに声を荒げた刹那、美鈴は身体を文の方に切り返し、そっと言葉を紡いだ。
 彼女の見せる表情、それは美鈴が見せた初めての素顔なのかもしれない。本当に困ったように、だけど、その笑顔は温もりに溢れていて。
 偽りの笑顔ではなく、優しさと温かさの混じる笑顔。それは彼女の主が大好きだった笑顔だ。レミリアが大好きだった、紅魔館の守護者の本当の素顔。

「――でもね、お嬢様が心から笑ってたのよ。
貴女と接して、家に帰ってもずっと貴女の話ばかりで、文のことが大好きだって。
まるで冒険譚の英雄にでもあった女の子みたいに、ずっとずっと貴女の話を家で沢山するのよ」
「なっ…」
「…だからかしらね。貴女なら、許してあげられるかもしれないわ。
諦めるつもりなんて毛頭ないけれど…それでも『もしも』のときは、貴女にならね。
フランお嬢様が、私が、パチュリー様が、そして咲夜が出会ったように貴女もまた出会うべくしてお嬢様と出会い惹かれあった。
もしこれが運命だというのなら…もしお嬢様がレミリアとしてではなく、リアとしての生を歩むことになったなら、そのときは…」

 それだけを告げ、美鈴は今度こそ文の前から去って行った。
 美鈴の言葉を受け、文はしばらく言葉の意味を考えていたものの、微塵も理解に到ることが出来ず、やがて全てを放り出して草原に横になる。
 晴れ渡る空を見上げながら、文は自身が知ってしまった全ての現実を噛み締め、大きく溜息をつく。

「…こんなの、記事になんて出来る訳ないじゃない。
かといってアリス達に話すことも出来ない…本当、一体私はどうすればいいっていうのよ」

 全てを知ることが出来ず八方塞がりになってしまっていた昨日から、全てを知って動くことの出来なくなった今日へ。
 懐にしまった手帳に、文は大きくバツ印を記入して放り投げる。記述した情報ページは勿論、レミリア・スカーレットについてだ。
 流れゆく雲を見つめながら、文は一人誰にでもなくぽつりと呟いた。

「…リア、貴女は今、本当に幸せなの?貴女の感じてるその幸せは――」

 文の言葉は誰の耳にも届かない。
 大きく息をつき、文はゆっくりと瞳を閉じる。少し肌寒くはあるが、眠れないほどじゃない。このまま少しだけ眠ってしまおう。
 そして起きた後で、またリアに会いに行こう。一度寝てしまえば、きっとこの胸のもやもやも晴れてくれる筈だから。





















 三途の河。
 
 それは死した霊魂ならば外界幻想郷の出身問わず必ず流れ着く終端への渡し場。
 三途の河では魂を閻魔の裁判へと送りだす為に、魂の運び手として死神がそこに存在している。
 人であろうと妖怪であろうと、分け隔てなく魂を運ぶ者、それがこの三途の河における彼等の役割であり任務。
 逆に言い換えるならば、それ以外において彼等は自身の仕事の領分の範囲外となる。そう、魂の運び手こそ、この場での彼らの役目。

「…なんだけどねえ。私は与えられた仕事以外は極力やりたくないんだけど…ねっ」

 荒れ狂う弾幕を両手で構えた大鎌にて打ち払い、赤髪の死神――小野塚小町はお返しとばかりに空間を切り裂く斬撃を相対する敵へと放つ。
 彼女の反撃を対峙する女性は微塵も狼狽することなく展開した障壁にて霧散させる。その様子に、小町はただただ肩を落とすばかりだ。

「面倒な奴だね。どうせ遅かれ早かれアンタが閻魔様に会うのは確定された未来なんだ。そう急くことに何の意味が在る?」
「会いに行かされるのは好きじゃないの。私は常に己の望むまま、自分の思うままに、己のみに運命を左右される。
閻魔に会うときは私の意志がそれを望んだときなのよ。だからもう一度言うわ――この場に幻想郷を受け持つ閻魔を呼び出しなさいな」
「あー…出来れば私だってお前さんみたいな面倒事、四季様にさっさと押し付けてサヨナラしたいんだけどね。
さてさて、三途の河にて滞り続ける夥しい霊の惨状。今、こんな状況を見られちゃ、一体どんなお説教がくることか」
「あら、どうせ遅かれ早かれ貴女が閻魔に怒られるのは確定された未来でしょう?だったら先延ばしすることに何の意味が在るの?」
「在るさ。お前をお仕置きして四季様の前にしょっ引けば、少しは怒りが収まるかもしれないだろう?」
「貴女程度では到底無理な話よ、死神」
「やってみなけりゃ分からんよ、妖怪」

 互いに口元を歪め合い、対峙する二人の間を無数の弾幕が飛翔し合う。
 嵐のように荒れ狂う撃ち合いの中で、小町はときに距離を詰めて切り結び、ときに離れて守勢に入る。
 距離の出し入れを『能力無しに』行い続けて戦闘を継続しているが、今の彼女の心は相対する妖怪への情報収集のみに集中していた。
 小町は普段はグウタラではあるものの、数ある死神の中でも指折りの戦闘力を有しており、死神の持つ大鎌を人間への
サービス目的ではなく、他者の命を断つ純然たる暗器として使用出来る稀な死神であった。
 そんな彼女にして、対峙する妖怪はただ遊んでいるかのように暴力を振う。まるで底の見えない実力に、ただただ悠然に振る舞う姿。
 彼女に対して攻撃を紡ぐ度に、小町は彼女への評価を修正していく。並の上、上の下、上の上、特上の下、特上の特上…そして
小町が紡いだ妖怪への評価は最高級。幻想郷で例えるなら、天魔や八雲に比肩する実力者。その答えを導いた時、小町は隠すことなく
苦笑を浮かべて内心で悪態をつく。珍しく非番の日に出勤してみればこれだ、今後は二度と気まぐれなんて起こすものか、と。

 妖怪の望むままに彼女の直属の上司である閻魔を呼び出してもよかったのだが、小町はその一手を選ばなかった。
 その主たる理由は妖怪に告げた通りなのだが、何より彼女を確固たる拒否に行動させたのは、上司へ寄せる全幅の信頼。
 小町は普段は怠けてばかりで、いつもいつも上司に小言と説教を戴いているが、その実やるときは死神の誰よりも仕事をする死神だった。
 そんな小町の在り方を説教こそするものの、上司は受け入れている。死神として厄介者の扱いを受けていた小町の才能を見抜き、
直属の部下として引き抜いたのが彼女の上司だった。そんな上司を小町は心から尊敬しているし、その人の為なら全てを捧げる程に心酔だってしている。
 だからこそ、小町はその人物の為だけを考えて行動する。今、きっとあの人が欲するのは時間。この妖怪の全てを知る為に、覗く為に
時間を欲する筈だ。ならば自分が行うべきは時間稼ぎ。相手が遊んでいる時間を、自分を舐めている心を利用し、あの方が望むだけの時間を稼ぐ。
 一度、二度、三度、四度…幾度の刃をぶつけ合い、小町の身体が限界に近付き始めたとき、彼女の望みはここに成る。

「――ご苦労様でした、小町。貴女のおかげで『彼女の望み』を知ることが出来ました」

 その声を聞き、小町はこの賭けに己が勝利したことを悟る。
 小町と妖怪、二人が対峙する三途の河に現れた女性――楽園の最高裁判長、四季映姫・ヤマナザドゥ。
 彼女の登場に、妖怪は力を振うのを止め、さぞ愉しそうに口を歪めて言葉を紡ぐ。それは丁寧さの中に獰猛な獣の気配を入り混じらせた挨拶。

「やっと出てきたわね。待ち侘びたわよ、この楽園の支配者さん」
「異な事を。幻想郷は誰のものでも無いでしょう。管理を司る八雲の妖怪も博麗の人間も、ましてや私のものでも」
「そうかしら?世界を維持する力を持つ者は壊す力を持つに等しいわ。
この幻想郷において、その権利を有する者は支配者と言っても差支えないでしょう?八雲紫と博麗霊夢、そして四季映姫」
「私は幻想郷の死者を裁く者、それ以上でもそれ以下でもありません」
「そう…ならば貴女の席は私がそのまま頂くことにするわ。不干渉の傍観を決め込む臆病者に舞台に上がる資格はないもの」
「貴女の罪を私が裁くのは、貴女が死を迎えた後のこと。今の貴女の望みを叶えるのは幻想郷に生きる生者の役割でしょう。
――風見幽香…貴女は少し、いいえ、不要な程に永きを生き過ぎた。貴女の罪は貴女の心を染色し、自身を律することすら叶わない。
そう、貴女は歪が過ぎる。貴女の望む生と死は並立など出来はしない。全てを受け入れる幻想郷においても、貴女の旅路は終わらない」
「…ならば、全てを壊し尽くし、また旅を続けるだけよ。私の願いが成就するそのときまで、全ての弱者から奪い尽くしてあげるだけ」

 壊れたように微笑み、妖怪――風見幽香は閉じていた日傘を開き、自身を覆い隠すように傘を肩に乗せる。
 そして、用は済んだとばかりに二人に対して背を向け歩き始める。そんな彼女に、小町は呆れるように息をついて言葉を投げかける。

「おいおい、散々好き放題暴れて四季様を呼び出して、二言三言言葉を交わしただけで終わりかい?」
「用なら十分過ぎるほどに済んでいるわ。人の心を覗き見する腰抜け閻魔は幻想郷に何が起ころうと不干渉を貫くそうよ。
…ああ、貴女はとてもお気の毒ね。近い未来、恐ろしいほどの魂がこの地に流れ着くもの。今のうちに有給でも取得することをお勧めするわ」
「ああ、ちょいと待ちなよ。私の悪口は幾らでも受け入れるが、四季様への侮辱は…」
「小町」

 一歩踏み出そうとした小町だが、映姫からの抑止を受ける。
 そして少し遅れて映姫の指摘の意味に気付き、参ったとばかりに小町は肩を竦める。幽香の姿は最早何処にもない。
 彼女が去って、小町は訊ねかけるように映姫に対して言葉を紡ぐ。

「アイツ、とんでもない化物ですね。まさか幻想郷にあんなのが八雲紫達以外に存在したなんて知りませんでしたよ」
「貴女が知らないのも無理はありません。彼女は歴史ある妖怪、けれど幻想郷や外界で歴史を積んだ訳ではないのですから」
「実に厄介なことこの上ないですねえ。…まあ、このどでかい借りは近い未来に十倍にして返すつもりですけど」

 そう告げて、小町は右手に握りしめていた大鎌の柄の後端を地面にトンと押し付ける。その小さな衝撃により、
とうとう限界を迎えてしまったらしく、彼女の大鎌の刃に無数の亀裂が奔っていき、そして崩壊した。
 どうやら彼女の鎌は風見幽香と対峙し続けるには役者不足であったらしい。死神を初めてから長年の付き合いだった相棒との
別れを惜しみつつも、小町は映姫との会話をつづけていく。

「それで四季様、『鏡』でアイツの狙いは覗けたみたいですけれど、本当に傍観に徹するんですか?」
「私達の役割は死者を運び裁くこと。生者を導くことはあれど、運命に介入することは決して触れてはならぬ領域です。
それに私達は幻想郷の者ではない。彼岸の者でもない。幻想郷の未来を決めるのは幻想郷に生きる者達なのですから」
「ですよねえ。さて…そうなると、あの女の言うとおり、私も少し覚悟決めないといけませんね。
下手すれば…いんや、最良の手を打たなければ、いくら八雲達でも幻想郷は支えきれない。あの妖怪一人の為に幻想郷が沈む」
「貴女はそう読みますか、小町」
「こう見えても四季様に散々鍛えられてますからね。私の読みと四季様の考えは強ち異なっていないと思いますよ」

 小町の言葉に、映姫は答えない。
 瞳を閉ざし、少し考える仕草を見せた後、何事もなかったかのように映姫は言葉を紡ぐ。

「…さて、仕事に戻りましょうか。小町、非番の日に仕事に精を出す心掛けは非常に立派ですが、それでサボっていては何の意味もない」
「うえ!?い、いや、四季様、私さっきまであんな化物相手に戦って…」
「そう、貴女は少し休憩が多過ぎる。私達は死者を裁く者であると同時に奉仕する者でもあるのです。
まだ仕事は始まったばかり、運ばなければならない魂は五万と存在するでしょう」
「そ、そんなあ…はぁ、やっぱり非番の日に仕事なんてやるもんじゃないね、全く」
「小町、何か言いましたか?」
「いえいえ、何にも言ってませんよ。小野塚小町、誠心誠意働かせて頂きますっと」

 刃を失った大鎌を二回転、三回転と軽く回し、小町は溜息交じりで言葉を返すだけだった。
 視界に移る無数の霊魂、そして足元に散らばる壊れた刃片。さて、霊魂を運ぶ仕事と大鎌の後片付け、果たして四季様はどちらを
先にしろとおっしゃるだろうか、などと考えながら。



















 竹林の中に存在する大屋敷、永遠亭。


 その中の一室に、先ほど一人の少女の診察を終えたばかりの女性がデスクに向かい診断結果を記入していく。
 そんな彼女の隣に用意された椅子に座り、作業中の彼女に遠慮することなく、診察された少女と入れ替わりに入室した少女が語りかける。

「咲夜、また少し痩せてたんじゃない?あれ、きっと食事をあまりろくに取ってないわよ絶対」
「…注意は何度も喚起してるんだけどね。馬の耳に念仏とは上手く言ったものね」
「あら、栄養バランスを考えてしっかり摂取させるのが母親の役割でしょう?」
「あの娘の母親は後にも先にも一人だけよ」
「だけど、今はその母親が不在であの様。だったら義母が頑張らないとね」

 隣に座る少女――蓬莱山輝夜の軽口に、女性――八意永琳は何も言い返すこともせず大きく溜息をつくばかりだ。
 先ほどまで診察していた十六夜咲夜、彼女に関するカルテを作成しているが、吸血鬼化に関する症状は特に何の問題もない。むしろ
よく身体に血液を馴染ませ、人間からの変化に対応していると称賛してもいいくらいだ。
 だが、肝心の人間の方が拙い。咲夜は母を失って以来、精神的に不安定な状態が続いてしまっている。だからこそ、美鈴は
吸血鬼化の進行具合の確認という名目のもとで、永琳に健康診断を行ってもらっている。
 しかし、そんな咲夜の変化も仕方ないと言えば仕方ない。愛する母が記憶を失い、自分のことを娘と認識してくれない。ましてや
その前に、母は命を落としかけたのだ。加えて言えば、母をその手にかけたのは敬愛する伯母であり、その伯母もまた命の危機に瀕している。
 そんな過酷な現実に、二十を数えぬ少女がよくぞ耐えていると表現した方が正しいのかもしれない。しかし、咲夜はあくまで
十数年しか生きていない少女なのだ。今彼女の周りを取り巻く現状に、いつ心が潰されてもおかしくない…そういう状況が形成されているのだ。
 そのことに永琳は強く頭を悩ませる。心のケアも医者の役割ではあるが、咲夜は他の患者とは永琳にとって異なる存在だ。
 永琳にとって咲夜はもう一人の自分であり、一人の娘といっても過言ではない。だからこそ、何処まで踏み込むべきか判断しかねるのだ。
 そんな永琳の戸惑う姿に、輝夜は輝夜で楽しんでいたりする。そんな輝夜に、永琳は呆れるように言葉を紡ぐ。

「そんな風に言ってるけれど、貴女も似たようなものじゃない。レミリアと接触出来ずに退屈で仕方ないんじゃない?」
「そうねえ…レミリアと折角知り合えたのに、こういう状況になってしまったのは残念よ。
でも、正直私はそこまで重く考えていないのよね。すぐレミリアとは以前同様に一緒に遊べる、そう考えてるもの」
「それはそれは楽観的な考えね。レミリアの症状が重いことは貴女も知ってるでしょうに」
「知ってるわよ。でも大丈夫」
「あのねえ、輝夜。貴女一体何を根拠に…」

 呆れるように大きく溜息をつく永琳。そんな彼女に更なる溜息をつかせる輝夜の言葉。
 けれど、他者にはどんなに滑稽に感じても、それは蓬莱山輝夜としてのレミリアに対する何処までも真っ直ぐな想い。
 故に永琳は呆れはすれど笑わない。輝夜の言葉こそ心理なのかもしれないと、心のどこかで思っている自分が存在しているから。

「レミリアはどんな状況でも簡単に覆すわよ。それこそ周囲を呆然とさせてしまうくらいにね。
私達を永遠の呪縛から簡単に解き放ったあの娘が、この程度のことに負ける訳ないじゃない。
誰が相手だろうと何が道を塞ごうと、レミリア相手には実に瑣末なことよ。だってそれが私のレミリアなんだもの」

 胸を躍らせて語る輝夜に、永琳は今日何度目ともしれない溜息をつくことしかできなかった。
 ――でも、レミリアならその通りかもね。そんな風に、心の奥底で思いながら。





















「忘れものよ」

 永遠亭から人里への帰途、竹林の道を歩む咲夜は背後から言葉を投げかけられ、ゆっくりと背後を振り返る。
 声をかけた相手を確認するよりも早く、宙を浮遊し自身の方へと近づいてくる何かを受け止める。それは小さな巾着袋で、飛翔体を
確認した後に咲夜は視線を手元から、投擲を行った相手の方へと移す。

「貴女は確か…鈴仙、だったかしら」
「覚えてくれてるとは驚きね。ったく…師匠の診察に来て、肝心の薬を忘れてどうするのよ」
「…わざわざ届けてくれたのね。ありがとう」
「礼なら私じゃなくて師匠に言うことね。貴女の忘れものに気づいて、届けるように私に言ったのは師匠なんだから」

 鈴仙の言葉に、咲夜はその通りねと納得しつつ、袋の中身を確認する。
 そこには永琳が調合した薬が複数存在しており、種類は妖力の安定薬から栄養剤と多岐に渡る。
 数にして片手じゃ数えきれない薬に、軽く息をつく咲夜だが、それが少しばかり気に食わなかったのか、鈴仙はむっとした
表情を浮かべて咲夜に言葉を紡ぐ。

「分かってると思うけれど、毎食後に欠かさず飲みなさいよ。間違っても飲まない、なんて選択はしないでよね」
「…分かっているわよ。あの人が、八意永琳が私の為に作ってくれた薬…その意味くらい重々理解してる」
「その割には嬉しくなさそうね。まるで薬を飲むことに罪過を感じてるみたいに見えるわ」
「頼りたくないのよ…極力あの人には」
「餅は餅屋って言葉を知ってる?貴女は妖怪になってまだ日が浅いんでしょう。
その不安定な身体を調律させるなら、師匠の力を借りることが一番手っ取り早くて適切なのよ」
「分かってる。分かってるけれど…あの人は、優し過ぎる。
八意永琳に全てを投げ出して頼ってしまうと…きっと私は溺れてしまう」
「…ごめん、悪いんだけど言ってる意味が分からないから」

 首を捻る鈴仙を余所に、咲夜は一人薬を巾着袋の中へと戻していく。
 咲夜の不安、咲夜の心。それは鈴仙では決して理解出来ないこと。咲夜の抱く想いは一度二度出会った相手には理解できぬもの。
 レミリアが記憶を失い、咲夜は自身とレミリアの絆である母娘という立場を失った。幼い頃にレミリアに拾われ、彼女の娘として
生を享受してきた咲夜にとって、レミリアの存在がどれほど大きなものであるかなど言葉にする必要すらない。
 愛する母。尊敬する母。どんなときでも自分のことを優しく見守ってくれていた母。そんなレミリアは、今の咲夜の傍には存在しない。
 今、彼女の傍にいるのは、全てを失い、一人の『姉』として自分を慕ってくれる少女、リア。リアはいつも咲夜に対し、大好きという
気持ちを沢山抱えて接してくれる。リアがどれだけ咲夜のことを想ってくれているのか、そのことは重々理解している。

 けれど、それは決して『母』が『娘』に向ける瞳ではない。
 けれど、それは決して『母』が『娘』に寄せる想いではない。

 リアが咲夜に語りかけてくれる度に、咲夜は自分の中から母の存在が消えていく感覚に襲われた。
 まるでこの少女が最初から自分の仕える人物であったかのように。まるで自分がこの少女の娘であった過去が嘘であったかのように。
 悲しかった。自分のことを娘として見てくれない現実が。
 悲しかった。自分のことを娘として接してくれない世界が。
 だけど、そんな咲夜の気持ちは宙に浮かせたままに、時間は流れていった。
 仕方がないのだと。きっといつか元通りになるのだと。何度も何度も必死に自分自身に言い聞かせ、己の心を騙し続け、咲夜は今を耐え続けた。
 一番つらいのは他ならぬ母様なのだ。一番悲しいのは他ならぬ母様なのだ。
 甘えを吐くことなんて許されない。泣き言をいうことなんて認められない。今の状況は、そんな情けなさを寛容してはくれたりしない。
 フラン様は時を閉ざし死と直面しかけている。パチュリー様は全てを救おうと奔走している。
 美鈴は母様と自分を護る苦しさをおくびにも出さない。ならば自分が弱音を吐いていい理由などない。そう咲夜は何度も何度も自分を戒め続けた。

 二十歳にも満たぬ少女が、心を押し殺し続けたが故の綻び、それが今の咲夜だった。
 必死に取り繕ってはいるが、身体も心も中身はボロボロだった。吸血鬼という種族に変わった故に倒れることなく在り続けているものの、
もし以前までの人間体であったなら、満足に身体を動かすことすら困難だっただろう。食事も睡眠もまともに取っていないのだから、それも当然のこと。
 心が弱いと責めるには酷過ぎる。だからこそ、他の誰も彼女を責めない。倒れそうになる彼女を蔭から支えることに徹する。
 そんな優しさを、咲夜は周囲の人々から感じ取っていた。美鈴は勿論のこと、慧音からの心遣いも彼女には感謝している。
 だが、誰より咲夜の事を心配してくれているのは八意永琳だろうと咲夜は断言出来る。
 診察を行う中で、永琳は咲夜に気遣い多くの言葉を投げかけてくれた。レミリアのこと、自身のこと、未来のこと。
 永琳の与えてくれる言葉、その一つ一つが咲夜の心を癒してくれた。彼女は咲夜が欲している言葉をおしみなく与えてくれた。
 けれど、肝心の一線だけは決して越えない。触れてほしくないことや、求めていないものには近づかない。そんな
永琳の心遣いが、今の咲夜にはどうしようもなく心を揺り動かしてしまう。
 永琳の言葉、態度、優しさ――その全てに、咲夜は欲しているモノを否応なしに重ねてしまった。
 咲夜が手にしたもの。咲夜が失ったもの。八意永琳…ああ、この人はまるで『母様』のように私に接してくれているんだ、と。

 八意永琳と自身の関係、そのことを咲夜は薄々ではあるが感じ取っていた。
 自身の記憶の中にある見たことも聞いたこともない、けれど見知ったように感じられる知識の欠片。自身と永琳の
容姿の酷似、加えて唯一無二とされた『永遠の姫』の持つ能力に近しいものを自身が有していること。
 永琳が自分に接してくれていることは、罪悪感による感情なのかもしれない。後ろめたさによる行動なのかもしれない。
 けれど、それを知ってなお、咲夜は甘えてしまいたくなってしまう。どうしようもなく欲してしまう。
 そんな自分の感情を知る度に、咲夜は酷い嫌悪感を自身に抱いてしまうのだ。ああ、結局お前はそうなのか、と。
 母を失い、自分にとって都合の良い拠り所を失くしてしまった。そんな最中に現れた胸の空白を埋めてくれる『母親(ひと)』。
 愛するだのなんだの言っておきながら、自分を娘として見てくれない母より他の女性に自分は縋ろうとしている。なんて醜い、浅ましい。
 己への侮蔑の感情を並べ立て、咲夜は耳を必死に抑え目を閉ざし、甘い誘惑を幾度と断ってきた。
 違う。八意永琳は違う。自分にとっての母親は唯一人。自分が縋る人は唯一人。あの人だけなのに。
 けれど、夕食時に嬉しそうに天狗の少女の事を語る母は、何処までも楽しそうで、どこまでもその少女に想いを募らせていて。
 違う。母様は全てを失い、友も家族も何もかも失ったから、だから天狗の少女に寄り添っているだけ。
 少女の心の中で繰り返される負の連鎖。それがどうしようもなく咲夜の心と身体を蝕んでいく。けれど、それは他の人には
触れさせてはならぬ領域、だからこそ咲夜は今も一人心を押し殺し続ける。
 故に鈴仙には理解出来ない。心が摩耗しきった少女が、愛する母を失った娘が自身を責め続けている世界など。

 何も言葉を紡ぐことなく、下を向き続ける咲夜に辟易したのか、鈴仙はわざとらしく溜息をついて言葉を発する。
 それはまるで、少女達の周囲にまとわりつく鬱葱とした空気を追い払うかのように。

「暗いわね、貴女。まるでレミリアとは正反対」
「暗いかしら。他人にそう悟られるなら余程重症なのね、私。
メイドとしての教育を受け直さないといけないかもねしれないわ」
「軽口を言う余裕はあるんだ。まあ、それならいいんだけど…お願いだからあまり暗い空気出さないでよ。
貴女が暗いとレミリアが心配するじゃない」
「…してくれるかしら、今のお嬢様が」
「しない人に見えてるのなら、悪いことは言わないから今すぐレミリアの傍から消えた方がいいわね。
記憶の有無に関わらず、レミリアは常に貴女のことを第一に考えてくれてるでしょ。
少なくとも姫様と一緒に遊んでるときのレミリアはそうだった。口を開けば貴女の自慢ばかり、少し嫉妬しちゃうくらい。
その対象である貴女がそんなバカな発言をするのなら…レミリアにはお気の毒さまと言う他無いわね。
だから少しは自信を持ちなさいよ。何を悩んでるのか知らないけれど、貴女にはどんな姿であれ、あのレミリアがいるんだから」
「…貴女、少しだけ私の友達に似ているわね」
「私が?」
「ええ。厳しくて不躾で乱暴な言葉の中に、何より大切な言葉を捻じ込んでくる私のふざけたお友達。
…ありがとう、鈴仙。私を元気づけようとしてくれたのよね、感謝してる」
「…別に。私は貴女がそんなんじゃ、レミリアが可哀想だなって思っただけだから」

 顔を背けて言葉を切る鈴仙に苦笑しながら、咲夜は手に持つ薬を少し強めに握りしめる。
 頼ることも縋ることもしない、けれど、愛する母親が元に戻ったときに元気な笑顔を見せる為に。その為に、力を借りよう。
 心がぶれていることは否定しない。心が揺らいでいることから目を逸らさない。だけど、自分の一は絶対に動かさない。
 どんな状況でも、どんなときでも、自分の全ては母様の為にあるのだから。それこそが、十六夜咲夜の生き方なのだから。
 それに、余りに情けない姿ばかり見せてはいられない。そんな醜態を晒し続ければ、きっとあの乱暴な友人が自分を半殺しに来るだろうから。
 咲夜は心を切り替え、真っ直ぐな瞳で空を見上げる。夜空には欠けて弧を描く月が在り、幻想郷の夜を照らしていた。
 そんな夜空の月に少女は想う。今は欠けた月も時満ちればいつかは真円を描く。この悲しき時間も、永遠に続きはしない。
 母様は戻ってくる。母様と、フラン様と、パチュリー様と、美鈴と、そして私。みんなで笑いあえる、館での優しい日常は必ず戻ってくる。
 日常が戻ってきて、家族みんなが揃う中で。きっと音信不通続きで散々ご立腹だろう友人達に沢山沢山謝罪をするのだ。特にあの巫女は気が短いから
謝罪だけでは済まないかもしれない。そんな未来を空想し、咲夜は一人自然と笑みを零す。

「どうしたのよ急に笑ったりなんかして」
「いいえ。ただ…一発二発くらいなら殴られてあげようかしら、なんて笑えた考えをしてる自分に呆れただけよ」
「はあ…咲夜、貴女って変な奴ね」
「それは仕方ないわ。だって私は家族も友人も知人も触れ合うみんなが『愛すべき変人』なんですもの」
「…いや、それだと私まで変人になるじゃない!?私は普通よ!」

 必死に声をあげて反論する鈴仙に、咲夜は堪え切れずに声を発して笑ってしまう。
 今は笑いを押し殺すことに必死で気づいていないが、少女がこうして誰かの前で笑うこと…それは彼女の母親が記憶を失ってから
初めてのことだった。笑顔を失った少女、そんな少女が久方ぶりに世界に光を取り戻した瞬間だった。





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