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No.13774の一覧
[0] うそっこおぜうさま(東方project ちょこっと勘違いモノ)[にゃお](2011/12/04 20:19)
[1] 嘘つき紅魔郷 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:52)
[2] 嘘つき紅魔郷 その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[3] 嘘つき紅魔郷 その三 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[4] 嘘つき紅魔郷 エピローグ (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[5] 嘘つき紅魔郷 裏その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[6] 嘘つき紅魔郷 裏その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:55)
[7] 幕間 その1 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:11)
[8] 嘘つき妖々夢 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:24)
[9] 嘘つき妖々夢 その二[にゃお](2009/11/14 20:19)
[10] 嘘つき妖々夢 その三[にゃお](2009/11/15 17:35)
[11] 嘘つき妖々夢 その四[にゃお](2010/05/05 20:02)
[12] 嘘つき妖々夢 その五[にゃお](2009/11/21 00:15)
[13] 嘘つき妖々夢 その六[にゃお](2009/11/21 00:58)
[14] 嘘つき妖々夢 その七[にゃお](2009/11/22 15:48)
[15] 嘘つき妖々夢 その八[にゃお](2009/11/23 03:39)
[16] 嘘つき妖々夢 その九[にゃお](2009/11/25 03:12)
[17] 嘘つき妖々夢 エピローグ[にゃお](2009/11/29 08:07)
[18] 追想 ~十六夜咲夜~[にゃお](2009/11/29 08:22)
[19] 幕間 その2[にゃお](2009/12/06 05:32)
[20] 嘘つき萃夢想 その一[にゃお](2009/12/06 05:58)
[21] 嘘つき萃夢想 その二[にゃお](2010/02/14 01:21)
[22] 嘘つき萃夢想 その三[にゃお](2009/12/18 02:51)
[23] 嘘つき萃夢想 その四[にゃお](2009/12/27 02:47)
[24] 嘘つき萃夢想 その五[にゃお](2010/01/24 09:32)
[25] 嘘つき萃夢想 その六[にゃお](2010/01/26 01:05)
[26] 嘘つき萃夢想 その七[にゃお](2010/01/26 01:06)
[27] 嘘つき萃夢想 エピローグ[にゃお](2010/03/01 03:17)
[28] 幕間 その3[にゃお](2010/02/14 01:20)
[29] 幕間 その4[にゃお](2010/02/14 01:36)
[30] 追想 ~紅美鈴~[にゃお](2010/05/05 20:03)
[31] 嘘つき永夜抄 その一[にゃお](2010/04/25 11:49)
[32] 嘘つき永夜抄 その二[にゃお](2010/03/09 05:54)
[33] 嘘つき永夜抄 その三[にゃお](2010/05/04 05:34)
[34] 嘘つき永夜抄 その四[にゃお](2010/05/05 20:01)
[35] 嘘つき永夜抄 その五[にゃお](2010/05/05 20:43)
[36] 嘘つき永夜抄 その六[にゃお](2010/09/05 05:17)
[37] 嘘つき永夜抄 その七[にゃお](2010/09/05 05:31)
[38] 追想 ~パチュリー・ノーレッジ~[にゃお](2010/09/10 06:29)
[39] 嘘つき永夜抄 その八[にゃお](2010/10/11 00:05)
[40] 嘘つき永夜抄 その九[にゃお](2010/10/11 00:18)
[41] 嘘つき永夜抄 その十[にゃお](2010/10/12 02:34)
[42] 嘘つき永夜抄 その十一[にゃお](2010/10/17 02:09)
[43] 嘘つき永夜抄 その十二[にゃお](2010/10/24 02:53)
[44] 嘘つき永夜抄 その十三[にゃお](2010/11/01 05:34)
[45] 嘘つき永夜抄 その十四[にゃお](2010/11/07 09:50)
[46] 嘘つき永夜抄 エピローグ[にゃお](2010/11/14 02:57)
[47] 幕間 その5[にゃお](2010/11/14 02:50)
[48] 幕間 その6(文章追加12/11)[にゃお](2010/12/20 00:38)
[49] 幕間 その7[にゃお](2010/12/13 03:42)
[50] 幕間 その8[にゃお](2010/12/23 09:00)
[51] 嘘つき花映塚 その一[にゃお](2010/12/23 09:00)
[52] 嘘つき花映塚 その二[にゃお](2010/12/23 08:57)
[53] 嘘つき花映塚 その三[にゃお](2010/12/25 14:02)
[54] 嘘つき花映塚 その四[にゃお](2010/12/27 03:22)
[55] 嘘つき花映塚 その五[にゃお](2011/01/04 00:45)
[56] 嘘つき花映塚 その六(文章追加 2/13)[にゃお](2011/02/20 04:44)
[57] 追想 ~フランドール・スカーレット~[にゃお](2011/02/13 22:53)
[58] 嘘つき花映塚 その七[にゃお](2011/02/20 04:47)
[59] 嘘つき花映塚 その八[にゃお](2011/02/20 04:53)
[60] 嘘つき花映塚 その九[にゃお](2011/03/08 19:20)
[61] 嘘つき花映塚 その十[にゃお](2011/03/11 02:48)
[62] 嘘つき花映塚 その十一[にゃお](2011/03/21 00:22)
[63] 嘘つき花映塚 その十二[にゃお](2011/03/25 02:11)
[64] 嘘つき花映塚 その十三[にゃお](2012/01/02 23:11)
[65] エピローグ ~うそっこおぜうさま~[にゃお](2012/01/02 23:11)
[66] あとがき[にゃお](2011/03/25 02:23)
[67] 人物紹介とかそういうのを簡単に[にゃお](2011/03/25 02:26)
[68] 後日談 その1 ~紅魔館の新たな一歩~[にゃお](2011/05/29 22:24)
[69] 後日談 その2 ~博麗神社での取り決めごと~[にゃお](2011/06/09 11:51)
[70] 後日談 その3 ~幻想郷縁起~[にゃお](2011/06/11 02:47)
[71] 嘘つき風神録 その一[にゃお](2012/01/02 23:07)
[72] 嘘つき風神録 その二[にゃお](2011/12/04 20:25)
[73] 嘘つき風神録 その三[にゃお](2011/12/12 19:05)
[74] 嘘つき風神録 その四[にゃお](2012/01/02 23:06)
[75] 嘘つき風神録 その五[にゃお](2012/01/02 23:22)
[76] 嘘つき風神録 その六[にゃお](2012/01/03 16:50)
[77] 嘘つき風神録 その七[にゃお](2012/01/05 16:15)
[78] 嘘つき風神録 その八[にゃお](2012/01/08 17:04)
[79] 嘘つき風神録 その九[にゃお](2012/01/22 11:18)
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[13774] 嘘つき永夜抄 エピローグ
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/11/14 02:57







 ~side アリス~



「痛い痛い痛い痛い痛いっ!ちょっと咲夜、アンタ絶対私を殺す気でしょ!?」
「貴女を殺すつもりなら、最初に出会った頃に迷わずナイフを心臓に突き刺してたわよ。ほら、右手も伸ばす」
「うぎぎ…な、泣かす…体が治ったらアンタ絶対泣かす…ああああああ!!!!」
「あら、ごめんなさい。少し力の匙加減を誤ってしまったみたい。それじゃ、次はどこを痛めつけてあげようかしら」
「痛めつける!?アンタ、マジいい加減に…ひぎぃぃぃ!!!」

 本日、通算二十三度目となる霊夢の無様な悲鳴を耳にしながら、私は妖夢の用意してくれた緑茶を口にする。
 …うん、良い味ね。霊夢が入れるお茶は出涸らしばかりだから、こういう点では霊夢が五体満足に動けない現状に感謝かしら。
 正午を回る博麗神社、その一室。私は生まれたての小鹿のように全身をプルプルと振わせる霊夢、そしてそんな彼女に対して何ら
手加減という表現を感じられないストレッチ補助を行う咲夜の喜劇を眺め続けていた。本当、仲が良いのか悪いのか。
 そんな二人を眺めていると、また別の場所…具体的に言うと、隣の部屋に敷かれた布団の中からもう一人のお馬鹿の声が。

「良いぞ咲夜、もっとやれ。たまには霊夢の奴も痛い目をみるべきだと常々思ってたんだよな、うんうん」
「…魔理沙、そういう貴女は指の一本くらい動かせるようになったの?」
「おおう、馬鹿にするなよアリス。今の私は阿修羅すら凌駕する存在だ。右腕ならこのとーり」
「そう、一晩にしては早い回復ね。つきっきりで看病してくれてる妖夢に感謝しなさいよ」
「別に要らないよ。私が好きでしてることだし」

 私の言葉に妖夢は気にしないでと微笑む。本当、良い娘よね。言いかえるとお人好しなんでしょうけれど。
 でも、妖夢だって忙しい時間の中を霊夢と魔理沙の為にこうやって来てくれてるんだから、妖夢がなんといおうと
この馬鹿二人には感謝の言葉の一つでも送らせないとね。それは妖夢だけじゃなくて、咲夜にも言えることだけど。
 私の言おうとすることが伝わったのか、咲夜は私と一度目を合わせて軽く首を振って『必要無い』と意志を示す。
 …こっちもこっちで。まあ、魔理沙はともかく霊夢は絶対咲夜に礼なんて口にしないでしょうけれど。
 咲夜と妖夢は不要だって言ってるけれど、それはそれ。私は軽く咳払いをして、霊夢と魔理沙に口を開く。

「それでも、よ。霊夢も魔理沙も動けない状態の中、咲夜と妖夢はこうして時間を作って来てくれてるの。
 咲夜は紅魔館の連中のことや館での仕事があるし、妖夢だって幽々子に付いてないといけないのに、それなのに、よ。
そして貴女達のケアから身の回りのことまでやってくれる…普通、こんなお人好しいないわよ?
だから、言うべき言葉はちゃんと言う。感謝の想いは口にする、分かった?」
「…いや、アンタ、私のお母さん?」
「子供が言われるようなことをちゃんど出来ない貴女達が悪いんでしょうが。ほら、ちゃんとお礼を言う」
「私は常に言ってるけどなー。ま、いっか。咲夜も妖夢もありがとな。
まだ呪いが身体から消えなくて一人じゃ何も出来ないから、本当に感謝してるよ」
「…別に構わないわよ。言ってみれば、貴女の『それ』は身内の責任でもあるのだから。対価は異変の時に十分貰ってるわ」
「さっきも言ったけれど、私は好きでやってることだから。それに幽々子様も許して下さってるし」

 感謝を告げ終えた魔理沙から、私はもう一人の問題児の方へと視線を向ける。
 その問題巫女は心底…なんてレベルじゃ表せないくらい本気で嫌そうな顔をしたものの、やっと諦めたのか、そっぽを向いて
ぶつぶつと小さく言葉を紡ぐ。…いや、全然聞こえないわよ、そんな声量じゃ。
 私は再度注意しようとしたけれど、霊夢の背後、彼女の見えない角度で咲夜が柔らかく微笑んでるのを見ると…まあ、及第点かしらね。
 妖夢ももう必要ないからと笑ってるしね…本当、誰も彼もお人好しばかり。呆れるように溜息をつく私に、魔理沙がとんでもない攻撃を放ってくる。

「それにアリスもありがとな。本当、感謝してるから」
「…は?いや、どうしてそこで私が…」
「だってお前、異変解決してからこの三日間、何かと適当な理由をつけて神社に泊っては、私達の面倒見てくれてるじゃないか。
咲夜と妖夢が滞在出来るのは昼だけだから、アリスが居てくれて本当に助かってる。なんせ私達はこの様だから、アリスがいなかったら
どうなっていたことやら」
「あ、いや、それは…」
「…本当、呆れる程にお人好しね、貴女は」
「あはは…まあ、それがアリスだから。でも、確かにこんなお人好しは普通いないかも」

 さっきまでお人好しだと内心呆れていた咲夜と妖夢に笑われ、私は思わず羞恥で顔が熱くなる。
 …だって、しょうがないじゃない。霊夢も魔理沙も一人じゃご飯どころかお風呂にもお手洗いにも行けそうもない惨状なんだから。
 妖夢と咲夜が従者として自由が利かないなら、私が手を貸すしかないじゃない。…藪蛇だったわね、この話題は。さっさと話題を変えてしまおう。
 私は誤魔化すように、なんとか強引に話題を転換することにする。魔理沙の身体の容体…紅魔館の連中から放たれた殺意の余波、その影響は
この調子だと一週間と経たずに抜けるでしょう。あと二日もすれば自由に歩けるか。魔理沙が異変の夜に無茶する為に無茶な魔法行使を
行ってるから、こればかりは薬にも解呪魔法にも頼る訳にはいかない。自然治癒でゆっくり治すことがベスト。
 ただ、問題はもう一人の問題児。私は視線をその人物、霊夢の方に向けて容体を訊ねかける。

「魔理沙は先が見えたとして…霊夢、貴女はどうなの?いつ調子は復帰出来そうなの?」
「さあね…見ての通り、大分マシになってきたとはいえ、身体中がボロボロよ。今、異変を起こすような馬鹿なんていないでしょうね」
「起きたら起きたで私達が対処してあげるわよ。それで、その原因はやっぱり八意永琳との?」
「…しか考えられないわよ。多分、アイツと戦ったときに使った『アレ』が原因っぽい」
「博麗の血脈…博麗の者にだけ許された力、か」

 霊夢の身体がここまでの惨状に追いやられている原因、それは異変の夜に行われた八意永琳との戦闘にあるらしい。
 『らしい』という不確かな表現を使うのは、私がその現場にいなかったから。自分の目で見ていないので、なんとも言えないのだけれど、
その八意永琳との戦いで、なんと霊夢と咲夜は彼女から勝利をもぎ取ってみせた。あの紅魔館の三人を退けた八意永琳を、だ。
 どうやって倒したのか、それを聞くと霊夢曰く『気付いたら変な力が使えるようになったので、それを使った』とのこと。本当、呆れるしかない答えだと思う。
 本人も過去に使ったことの無い、戦闘中に使えるようになった力を用いて打倒したというのが本人の談。それで、霊夢にはその力がなんとなく
分かる程度だったらしいのだけれど、昨日紫から直接説明を聞いて大分その力の形が見えてきたらしい。
 私は具体的な説明を聞かされていないけれど、霊夢曰く『博麗の者だけに許された力』で、その力ならば幻想郷の誰が相手でも勝ちを拾えるとか。
 …正直、その話を聞いてもピンとこないし訳が分からないのよね。そう言うと霊夢は『私だってよく分からないんだから訊くな』とのこと。
 とにかく霊夢の話から、霊夢は『とんでもない能力』によって八意永琳を倒したものの、その使いこなせていない『とんでもない能力』の
反動によって今の惨状に至るらしい。紫の診断結果は『修行不足』。命に別条が無いようだから、そこまで重く考えることはないんだけど…ね。
 …あの霊夢をして、ここまで身体を酷使させる程の力、か。本当、私の想像力なんかでは手に余るわね。

「あまり身体がつらいようなら、鈴仙に話をつけて薬を貰ってあげましょうか?
妖怪や吸血鬼の治癒を促進する薬だってあったんだから、身体の痛みを抑制する薬だってあるでしょうし」
「…いい。ちょっと前まで敵だった奴の施しを受けるのは何か嫌だ」
「そんな子供みたいな…大体貴女は鈴仙やてゐと戦ったりしてないじゃない」
「どうせその薬を作ったのは八意永琳なんでしょ。どうせ数日すれば治るんだから、こんなことで借りなんて作るつもりなんてないわ。
…第一、アイツはそんな借りを作っていい相手じゃないって私の勘が言ってるもの」
「ちなみに現在進行形でアリス達への借りが積もり積もっていってる訳だが」
「友情って素敵な言葉よね。友情は見返りを求めない」
「…はぁ。別に求めるつもりはないけれど…霊夢の容体は把握したわ。それと、咲夜と妖夢は大丈夫なの?」

 私の問いかけに、妖夢は『大丈夫です』と小さく拳を握りしめて応える。
 ただ、その後少しばかり落ち込むような仕草をして、自嘲気味に言葉を紡ぐ。

「霊夢と咲夜はともかく、私は最初に墜ちちゃったから…正直、八意永琳とそこまで切り結んだ訳じゃないし。
情けない話だけど、己の未熟さが自分の身体を守る結果につながったというか…最低限の怪我で済んだというか
正直結果だけをみると私は二人の足手まといだったというか…って、あいたっ」
「…妖夢、それ以上馬鹿なこと言うと次は本気で殴るわよ。グーで思いっきり」

 妖夢の独白を遮るように霊夢が言葉を投げつける。ついでに傍にあった陰陽玉も妖夢に投げつけてる。
 …霊夢、身体痛いくせに相当我慢してるわね。その証拠に今、表情がかなり強張ってるし…まあ、確かに今の妖夢の台詞は減点対象ね。
 それ以上言葉を続けようとしない霊夢に、機嫌を損ねることをしてしまったのかと少しばかりうろたえる妖夢。傍観に徹する咲夜。面白がって
笑ってる魔理沙。…本当、こいつらはどいつもこいつも自分勝手で。だから私も妖夢には教えてあげないことにする。だって私も自分勝手な人間だから。

 本当、妖夢は馬鹿よね…あの永き夜、私達五人の中で誰か一人でも欠けたなら、きっと勝利は得られなかった筈なのに。
 霊夢は霊夢の、咲夜は咲夜の、魔理沙は魔理沙の、私は私の仕事をしたからこそ今の結果が在る。それは妖夢、貴女とて例外ではないのよ。
 昨日、貴女が白玉楼に帰った後、霊夢から話は聞いたんだから。貴女が霊夢を身体を張って庇ったこと、最後の最後までみんなの勝利を信じて
行動したこと、その結果があったからこそ、霊夢達は八意永琳に勝てたんだって。
 妖夢、貴女は胸を張って良い。貴女は貴女の為せる最大の仕事をやってのけたんだから。その結果を知っているからこそ、幽々子は貴女を
叱りもしないし、ここに来ることを許可しているのよ。あの亡霊のこと、貴女の成長を誰より喜んで隙間妖怪と楽しく会話してるでしょうね。
 だからそんな風に卑下する必要なんてないわ。貴女はもっと胸を張って堂々とすればいいの。…まあ、教えてはあげないけれど。

「…こういうのは自分で気付かないと、いつまで経っても変わらないでしょうし、ね」
「な、なにがっ!?あ、アリスも魔理沙も助けてよお…霊夢、明らかに不機嫌オーラ出してるし…」
「はいはい、それは自分で何とかして頂戴ね。妖夢の体調はなんの問題も無し、と。
それで咲夜、貴女の方は?パチュリーのチェックも入ってるでしょうけれど、一応教えてもらえるかしら?」
「…何の問題も無いわ。傷も疲れも『再生』するのに一日と掛からなかったから。
ただ、以前と比べて朝起きるのが少し辛くなったわね。それが『吸血鬼』の定めとあれば、受け入れるしかないのだけれど」

 淡々と話す咲夜に、私は成程ね、と相槌を打って情報を整理していく。
 どうやら完全な吸血鬼となって日は浅いけれど、順応力は恐ろしい程に高いみたいね。拒絶反応なく受け入れてるみたい。
 …まあ、パチュリーを始めとした紅魔館の連中が長年かけて適応させた身体だもの。そんなもの起こって貰っても困るでしょうし。
 話を耳に入れていれていく私をじっと見つめる紅の両眼、そして彼女の身体から溢れる人ならざる妖しの気配…それは咲夜が完全な吸血鬼へと為った証。
 咲夜の吸血鬼化――これが八意永琳を打倒するに至った二枚目のカード。八意永琳と戦っている中で、咲夜が覚醒…違うわね、
『不退転の決意』によって、生まれ変わった姿。家族の、友の危機に全ての覚悟を胸に、彼女の意志を力に代えたその代償。

 あの永き夜、その時から咲夜は人間としてではなく、吸血鬼として歩むことを選んだ。
 咲夜の話によると、幼い頃から吸血鬼化の前準備はゆっくりと進められてはいたらしい。レミリアの少量の血液をゆっくりと
体内に流し込み馴染ませ続け、人としての時間をゆっくりとゆっくりと妖しのそれへと変貌させていく。いわゆる眷属ってやつかしら。
 ただ、咲夜は最後の一歩をまだ踏み越えてはいなかった。吸血鬼としての力を覚醒させないまま、人間として今の今まで生きてきた。
 理由を聞くと、どうやらフランドールにその一線を越えることを止められていたそうだ。『準備はしてあげる。けれど、吸血鬼として
本当に生を為すのなら、そのことをお姉様に全て打ち明けなさい。お姉様の許可無しに我らが同属となることは許さない』、と。
 …まあ、そうよね。フランドール、彼女とはあまり接した機会はないけれど、それでも彼女の気持ちは分かる。
 咲夜はレミリアの娘で、その寵愛を一身に受けて育ってきたんだもの。また、咲夜もまたレミリアの為に今を生きている。
 そんなレミリアを無視して、人として生きるか妖しとして生きるかの決断なんて下せないわよね。多分…レミリアは反対するでしょうし。
 レミリアのことだから、咲夜には普通の幸せを望むでしょうから…ああ、だから言いだせなかったのか。咲夜はレミリアに。
 本人の話しぶりからするに、咲夜はずっと以前から吸血鬼として生きることを望んでいたみたいだもの。だけど、それを
レミリアに告げる勇気が無い…か。咲夜、レミリアに嫌われたり拒絶されたりすることを心から怖がってるから。その気持ちも
分からないではないけれど…もう踏み越えちゃったものね。最早その問答に意味など存在しない。今、ここにいる咲夜は他の何でもない吸血鬼なのだから。

「そっかあ…咲夜はもう吸血鬼なんだよな。これで唯の人間は私だけになっちゃったか」
「…待ちなさいコラ。魔理沙、今私を数から除外したわね。どういう意味よ」
「いや、だって霊夢は最早人間を超越して『博麗の巫女』って分類にカテゴライズされてるからなあ…
それで咲夜、吸血鬼になって不便なこととかないか?今はアレだが、身体が治って何か力になれるなら手を貸すぜ」
「ありがとう、でも特に不便はしていないわ。吸血鬼に為ったといっても、特に大きな変化があった訳でもないから」
「いや、あるだろ。ほら、レミリアみたいに日光が駄目とか、流水がアウトとか…」
「いえ、ないわよ。日光も流水も今の私には問題無いわ。だから特に不便は…」
「ちょ、ちょっと待って!今の話待って!」

 咲夜の言葉を遮るように、妖夢が驚きの表情を浮かべて声を発する。
 …まあ、普通驚くわよね。日光も流水も効かない吸血鬼なんて、歴史上で何人いることやら。
 しかし、そこまで咲夜に徹底するとは…本当、レミリアだけじゃなくて紅魔館の連中の咲夜への並々ならぬ愛情を
感じるわね。恐らく、パチュリー辺りの細工でしょうね。『日』も『水』も彼女の得意分野、ましてや咲夜は通常の吸血鬼とは
違って最初から太陽や流水に耐性のある人間からの為り替わり。そして咲夜自身も規格外のスペックを誇ってる。さぞやその
才能に舌を巻いたでしょうね。そういう目で咲夜を見るつもりは微塵も無いけれど…魔法使いとしては、恐ろしい程に魅力的な素体だもの。

「に、日光とか流水とか効かないって本当?」
「え、ええ…詳しくは分からないけれど、フラン様とパチュリー様と美鈴が事前に色々と手を打ってくれていたらしくて。
パチュリー様が言うには『ハイデライトウォーカーの贋作』だとか。あくまで魔術行使を私の身体に恒久的にかけているだけで、
私自身が日光と流水に対応している訳ではないらしいけれど…」
「あの、それって滅茶苦茶凄い技術なんじゃない…?だって、吸血鬼の弱点が無くなるんだよ?」
「凄い技術ではあるわね。けれど、それはあくまで咲夜限定よ。普通の吸血鬼相手じゃ、高過ぎる抗魔力と身体に纏う魔力によって
無効化されるのがオチね。それが分かっているからフランドールも使用してないでしょう」
「いやいや、アリス、ご高説のところ悪いが、お前の結論には矛盾があるぜ?
抗魔力と持ってる魔力によって加護が無効化されるなら、なんでレミリアは使って無いんだ?レミリア、どっちも微塵もないだろ?」
「…え?そ、そういえばそうね…変ね。こういう加護なら、レミリアは適応出来る気がするのだけれど…」

 レミリアは失礼な話だけれど、魔力も抗魔力も殆ど存在しない。正確に言うと限界魔力と限界抗魔力が著しく低い筈。
 こういう加護の場合、その人物の持つ限界の力を起点に発動できるかどうかが左右される。つまり、咲夜が適応出来たのは、十六夜咲夜という
人間の持つ限界の魔力と抗魔力が低かったから。それが吸血鬼になると話は変わる。例え、フランドールが同じ加護を受けようとしても、それは
不可能。例え咲夜と同条件に揃える為に、魔力を山ほど消費し、呪いか何かで抗魔力を下げたとしても、加護が判断するのはあくまで
『限界』の力。だから、その条件で言うならば、力を持たない…具体的には力の限界が低い筈のレミリアに作用しない訳がないのだけれど…
 思考の海に埋没する私を余所に、魔理沙は咲夜と会話を続けて行く。

「なあ咲夜、レミリアにはそれしないのか?アイツ、いつも『日光死ね!日光風邪ひけ!日光犬に噛まれろ!』みたいなこと
外に出る度に言ってるし、そんな便利なモノがあるのなら、かけてやった方がいいんじゃないか?」
「私もそうフラン様に進言したし、パチュリー様も言ったのだけれど…フラン様は『必要無い』って」
「ん~…よく分からんな。つまりレミリアには効果が無いからやっても無駄ってことか?」
「どうかしら…だけど、フラン様は母様のことに関してマイナスになるようなことは
仰らないでしょうから、何か理由があるんでしょう。変に期待させて効果が無かった、なんてなったら母様落ち込まれるかもしれないし…」
「…この超弩級クソマザコンが。母様母様って少しは乳離れしろっつーの」
「何か仰って?は・く・れ・い・れ・い・む」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!ふざけんなクソメイドっ!!人を椅子代わりにしてんじゃない!アンタ何様のつもりよ!?」

 霊夢の陰口を聞き逃すことなく、咲夜は霊夢の背に腰を下ろし、強制開脚前屈を執行させる。
 …はあ、大事な話だというのにこの馬鹿コンビは。咲夜も咲夜よ、自分が人間に別れを告げて吸血鬼になった…なんて大問題なのに、
少しも後悔や迷いも見せないで。今更だけど、本当にこの娘はレミリアの…いいえ、紅魔館の一人娘なのね。
 紅魔館は妖しの館。彼女が家族と共に生を歩み続ける為には、人の身ではそう遠くない未来に寿命と言う名の別れが訪れる。
 咲夜がどんなに頑張って長生きしても、それでも彼女の生はレミリア達にとってみれば刹那の時間で終わってしまう。
 …人として生きることと、妖しとして生きること、か。本当、少しだけ頭にくるかも。
 私も母さんに生んで貰って、この世に生を受けて…そして、沢山悩んで、魔法使いとして永きを生きることを決めた。
 咲夜とは少し形は異なるけれど、私は彼女と同じ経験を知っている。今の自分に別れを告げる苦しさ、その辛さを少しでも咲夜から肩代わりしてあげられるかな…
そんな風に思っていたんだけど、不要な気使いだったみたいね。咲夜は強い。心も、その在り方もどこまでも純粋で真っ直ぐで、その一途な想いは決して折れることは無い。
 本当、ちょっとだけ悔しいな。私が沢山苦しんで得た強さを、咲夜は迷わず掴み取ったんだもの。だから少しだけ意地悪しても悪くないかな。

「それで咲夜、貴女は『吸血鬼化』のこと、レミリアに話したの?」

 私の一言に、霊夢をいじめていた咲夜の手がピタリと止まる。そして現れるはクールな彼女の本当の素顔。
 顔を紅潮させ、まるで年相応の少女のように恥ずかしがり、視線を宙に漂わせて。…本当、レミリアのことになるとポンコツね、この娘。
 その反応に面白さの空気を感じ取ったのか、魔理沙がニヤニヤと笑みを浮かべながら私の言葉を拾って追い打ちをかける。本当、魔法使いって性悪ね。

「何だその反応~。咲夜、昨日まで『まだ伝えてない。どう伝えたら母様に怒られずに済むかしら』なんて散々悩んでたじゃんか。
さては告げたな?告げたんだな?告白したんだな?ウェディングロードを確約したんだな?」
「…いや、魔理沙、意味が分からないからね。咲夜がレミリアさんに吸血鬼のことを話したかどうかの話だよね」
「最近の妖夢は突っ込みが薄くて困る。昔の妖夢はもっと『みょわー!』とか『みょんみょん!』とか言って反応してくれたのに」
「言って無い!私そんなこと言ったこと一度も無いから!!」

 あちらが立てばこちらも立つ、霊夢と咲夜が漫談を始めれば魔理沙と妖夢がコントを始める。…はあ、本当、馬鹿ばかり。
 本当、あと一人で良いからこの空気に突っ込みを入れて打破出来る人材が欲しい。贅沢言うなら都会派、現代に強い娘が良い。そういう娘で
こいつ等の暴走を止めてくれるなら、少しくらい変な娘でも、常識から外れてても構わないから…まあ、無駄かつ無意味な願望だけど。
 妖夢と魔理沙の喜劇の終わりを待つことなく、私は咲夜に『どうなの』と目で問いかける。そして咲夜は少しばかり照れくさそうに、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。

「その…昨日の夜、母様に告げたわ…私が吸血鬼になったこと」
「へえ…それで、レミリアはどうだった?やっぱり怒ってた?」
「…ええ、沢山怒られたわ。『どうして相談してくれなかったのか』、『どうしてそこまで思い詰めるまで話してくれなかったのか』って。
本当、母様にあんなに怒られたのは初めて。沢山、沢山怒られたわ…でも、沢山怒った後に、『ありがとう』って」

 そう言葉を切り返し、咲夜は含羞んで私に話してくれた。
 レミリアが咲夜に伝えた言葉、想い、心…それを私達に、自慢するように。愛する母の姿を、私達に胸を張るように。

『勝手な言い分だけど、沢山叱っておいて情けない話なんだけど…咲夜が吸血鬼になってくれたことには心から感謝してる。そして喜んでる。
だって、咲夜はその力で私の家族と友達を守ってくれたんでしょう?私の大切なモノを守る為に、咲夜はその決断を下してくれた…咲夜が
みんなを守ってくれたこと、私は心から誇りに思ってる。そして、咲夜が吸血鬼になってくれたのなら…それはつまり、私達と同じ寿命を得たということでしょう。
…咲夜が、私より先に死なないこと、子供が安息に長生きすること。それは私にとって…母親にとって、どんなことよりも嬉しいことなんだから。
だから、さっきは紅魔館のご主人様としての説教。そして今は母親として、一人の吸血鬼としての感謝…そして、謝罪。
ありがとう、咲夜…そしてごめんなさい。私の我儘に、私達の為に貴女の人としての日常を、生を奪ってしまったこと…本当に、ごめんなさい…
貴女の決断、貴女の決意、絶対に無駄にしないから…貴女が吸血鬼になって良かったと思える未来を、絶対に私は築き上げてみせるから』

「…母様の言葉を、泣きながら語ってくれた母様の想いを聞いたとき、私は改めて確信したわ。
自分の選んだ未来は…私がみんなと共に吸血鬼として生きていく未来は、決して間違いなんかじゃ無かったって。
だからアリス、気持ちは嬉しいけれど、余計な気遣いは不要よ。私は人を捨て、吸血鬼として歩くことを…母様と共に歩く未来を誇りに思ってるから」
「そっか…まあ、そうよね。そんな風に言われたら、私は何も言わないわ。ようこそ人外の世界へ…なんてね」
「え、えっと…よ、ようこそ人間との混ざり者の世界へ」
「く…な、なんかそんな風に言われると私も人外の世界へ入りたくなってきたじゃないか!卑怯だぞマジョリティめ!魔女は私の特権だ!」

 私と妖夢の歓迎に、一人喰いつく馬鹿魔理沙。貴女もなろうと思えば遠くない未来に辿り着けるでしょうに。
 ま、何にせよ本人である咲夜が『これ』なら、確かに言うことはないわ。咲夜は自分で判断し、選び、その道を掴んだんだもの。
 ならば他人がどうこう言うのも筋違い、あとは咲夜に後悔ないように歩いて貰うだけ。その道を歩ませたのは愛する母が故に…母と娘、か。
 …うん、少し落着いたら一度くらい里帰りしてもいいかも知れないわね。そのときはこいつ等やレミリアなんかを連れて行っても良いかも
しれないわね。母さん、喜びそうだし…あの人、賑やかなの大好きだからね。レミリアを連れてったら、向こうでもとんでも無いトラブルが巻き起こり
そうなのが少しだけ不安なのだけど…そんな日常も、悪くは無いわね。この幻想郷の賑やかさを、少しでもみんなに伝えられたら…なんてね。

「そう言えば、肝心のレミリアはやっぱり他の連中につきっきりなのか?」
「ええ、あと三日は絶対に三人をベッドの上から移動させないって息まいてたわ。
フラン様も美鈴も妖怪だし、パチュリー様も治癒魔法があるから、身体はとうに治っているのだけど…母様が、ね」
「自分の許可なく無理することは許さないってとこか。まあ、そうだよな。三人ともあれだけボロボロだったんだから。
あの夜、レミリアが部屋にすっ飛んできて治癒中の三人の姿を見たとき、本当に死にそうになってたもんなあ…ていうか普通に泣いてたし」
「そういう訳で母様は少なくともあと三日は神社に来られないわよ。その後は絶対顔出すからよろしく伝えておくように言付けは受けてるけれど」
「そっかあ…ま、しょうがないか。あ~あ、紅魔館の連中の件が無ければ、私はあっちで世話になる予定だったんだけどな」
「あ?何?神社に文句があるならさっさと出て行きなさいよ。つーか出てけ。滞在費置いて出てけ」
「は?何言ってるんだ霊夢。お前さっき自分で『友情は見返りを求めない』って言ったばかりじゃないか」
「何寝言言ってるのよ。金は命より友達より重いのよ。そこを誤魔化す奴は生涯地でも這ってなさい」
「うわあ…そりゃないぜ」

 ぎゃあぎゃあと口論を始める霊夢と魔理沙、そしてその二人を見て笑う咲夜と妖夢。
 そんな連中を眺めつつ、私は先ほどまで調べていた四人の体調の状況を紙に記していく。ま、話を聞く限りだと
頼らないといけないのは霊夢くらいか。いつまでもあの調子じゃ、流石に可哀想だしね。

 そうして私は各人の健康状態をまとめた書類――八意永琳に渡す為の健診書類を丁寧にまとめていく。
 …ま、霊夢には悪いけれど、餅は餅屋。怪我をさせた責任を払うと申し出たのはあちらだもの、だったら利用出来るモノはしっかり
利用しておかないとね。私は別段八意永琳に対してそう悪い感情は抱いていないし、向こうもこちらの意向を理解してか霊夢と魔理沙の
リハビリメニューなんてものまで制作してくれてる。…霊夢には絶対口に出来ないわね。
 しかし、よくよく考えれば全ては正当防衛だというのに、命を狙った連中のアフターフォローに奔走するなんて。
 八意永琳も大概お人好しね…まあ、彼女の後ろのお姫様や下に付く鈴仙達の意向もあるでしょうけれど。


 全ては小さな勘違いから始まり、なんてことはない異変を生み出した永遠亭の連中。
 そしてその異変を幻想郷中を揺るがす程の大事にしてしまった私達。
 その異変を利用するつもりが、血生臭い殺し合いに発展させてしまった紅魔館。
 もつれにもつれた糸を強制的にハサミで断った咲夜と霊夢の二人、そして最後に解決の糸を束ねたレミリア・スカーレット。


 永き夜の異変を思い出し、私は心の底から溜息をついた。
 本当、色々なことがあり過ぎたくらいだけど…他人が客観的にみれば、ただそれだけの異変なのよね。
 勿論、一歩間違えれば誰が死んでもおかしくない、そんな物騒なという前書きはつくけれど。けれど、結果だけを見れば最上とは言わないものの、ベターな結果の筈。
 永遠亭の連中は話を聞く限り、博麗結界の存在が全てを解決してくれたらしく、失うどころか求めていた結果を得たらしい。
 対して、一番被害を受けた紅魔館の連中は…結果だけを見れば、レミリアは無事、そして咲夜は一回り大きく成長し、何より咲夜の話だと
永遠亭のトップである蓬莱山輝夜とレミリアとの交友が生まれたとのこと。それはつまり、永遠亭の連中が紅魔館…いいえ、レミリアの為の
カードとして入手できたことになる。まあ…こんなことを言うと霊夢が本気で怒りそうだけど、少なくとも紅魔館の連中はこう考えるでしょう。
 そして第三者の連中は…霊夢の覚醒と妖夢の経験、か。成程、よくもまあ一つの異変にこれだけの思惑と欲望を重ね合わせてくれるものだわ。
 結果だけをみれば数少ないパイを誰も損することなく分けあうことに成功してる…まあ、ローリスクで一攫千金狙いの人間には手痛い結果かもしれないけれど。

 私は軽く息をつき、魔法使い特有の思考回路にストップをかける。考え過ぎるのは悪い癖ね。異変の裏側なんて、正直私が気にすることでもないのに。
 …とりあえず、今回の異変で誰一人欠けることが無かったこと…それだけは喜んでおこう。あと、腕の良い薬師の知り合いが出来たことも、ね。





















 ~side 美鈴~



 室内に小さく響く可愛らしい寝息。その音を確認して、私はベッドにもたれ掛かるようにして眠るお嬢様を抱き抱える。
 そして自分が先ほどまで眠っていたベッドの上にそっと寝かせ、シーツをかける。そして、隣のベットに座っているパチュリー様から
お嬢様の周囲に施される防音の魔法。…これで途中で目覚めても、お嬢様に私達の声が届くことは無い。私は軽く息をつき、後ろを振り返って言葉を紡ぐ。

「レミリアお嬢様は眠りました。もう起きても大丈夫ですよ」

 私の言葉に、更にパチュリー様の隣に在るベッドに横たわる人物…正確には、シーツを被った塊だろうか。
 その塊がごそごそと動き出し、シーツという拘束具を解放して、一人の不機嫌そうな少女…フラン様が顔を見せる。

「今夜は意地でも貴女と会話するんだって、レミィも張り切ってたからね。いつもより随分遅めの起床になっちゃったわね」
「…今、何時?」
「夜の二時を回ったくらいですかね。咲夜さんも先ほど就寝しましたし、まさに妖怪達の時間真っ盛りですよ」

 私の返答に、フラン様は何も言葉を返すことなく、ベットから腰を上げる。
 そして、レミリア様が眠るベッドまで歩み寄り、穏やかに眠る我らが主をじっと眺める。その姿に、私もパチュリー様も思わず苦笑してしまう。

「無理にレミィを避ける必要、まだ存在するの?八雲紫に西行寺幽々子、伊吹萃香に蓬莱山輝夜…求めていた手駒は必要以上に揃ってる。
これで万全…なんて甘い幻想は言わないけれど、少なくとも貴女とレミィが距離を置き続ける理由にはならないんじゃない?」
「フラン様を館の主に祀り上げようとする妖怪連中は一掃し、レミリア様も紅魔館の座を降りることも館から離れることも考えなくなった。
もう良いんじゃないですか?レミリア様が貴女のアキレス腱だとみなし、人質に取ることも利用することも無い。もうフラン様とレミリア様の
不仲を装う必要もないでしょう。…もっとも、レミリア様は全然不仲だなんて思って無いみたいですけど」
「そうねえ…フランドールの態度、レミィにとっては唯の小憎らしい我儘妹くらいにしか移ってないみたいだし」
「…うるさいな、放っておいて」

 私達の進言をあっさり切り捨て、フラン様は己のベッドへと戻り腰を下ろす。
 その気だるげな仕草は、外見以上の妖艶さを醸し出していて、この姿を見ればフラン様の在り方こそ吸血鬼の象徴だとみなすだろう。
 …まあ、私達のご主人様にこんな仕草は全然合わないんでしょうけど。しかし、フラン様はまだ警戒してるのか。私が二人と出会って数百年が
経過しているけれど、フラン様はこれまでずっとレミリア様と距離を置いてきた。触れあったとしても、邪険に扱うだけ。そうする理由は
二人を取り囲んでいた周囲にある。そうしないと、きっとレミリアお嬢様は利用されていたから。フラン様を良いように操る為の駒として、
館中の腐った連中から。だからフラン様は自らレミリア様と距離を置いて生きてきた。その本人が誰よりレミリア様のことを想っているのに、だ。
 それは今になっても変わらない…変えられないのか、変えるつもりがないのか。前当主は死に、最早フラン様を縛る鎖など何処にも存在しない
というのに、それでもフラン様は未だレミリア様と距離を置いている。私達は必要ないのではないかと度々口にするのだけれど、フラン様は
決して頷こうとはしない。その理由は分からないけれど…まあ、時間の問題だと思ってる。もうお二人の間に壁など必要ないのだから。
 ベッドの上に投げ捨てていた帽子をかぶり直しながら、フラン様は大きく息を吐いて、ぽつりと言葉を紡ぐ。それは、私達にとって大き過ぎる罪科の独白。

「…本当、馬鹿よね。私に振り回されて、命の危険に曝されたのに、死すら覚悟したくせに…私達に一つの罵倒も無い」
「フランドール…それは」
「もう少しで死ぬところだった。調子に乗って、欲を掻き過ぎて、前に出過ぎた愚妹の不始末で命を落としてしまっていた。
それなのに…それなのにお姉様は何も言わない。何も言ってくれない。あるのはただ喜びの言葉だけ。
…何よ、何よ、何よそれ。感謝なんてされたくない。優しい言葉なんて欲しくない。そんな…そんなこと、私は望んでないのに!!」

 フラン様の声が次第に強く、感情と憤怒に満ちたものへと変貌していく。その言葉に、私もパチュリー様も声をかけることが出来ない。
 永遠が支配するあの夜…私達は、絶対にやってはいけないミスをした。油断と慢心、甘い考えが、私達の考え得る最悪の未来を紡ぎかけてしまった。
 私達の犯した大罪…それは、レミリア様を命の危険に曝してしまったこと。その光景を思い出すだけで、未だ私の心臓は凍りつくような錯覚に襲われる。
 レミリア様に出会い、レミリア様に生きる意味を与えられた私達…その私達が、自分達のミスによって、レミリア様を失いかけてしまった。
 守ると誓ったのに。何があってもその身だけは守ると誓った筈なのに…結果をみれば、実に醜悪で実に無様で。気付けば、私達のキングは
奪われてしまっていた。どれだけ盤上に駒が残ろうと、レミリア様を奪われてしまっては何の意味があるだろうか。
 レミリア様を失った心に、生に執着する想いなど存在する筈もなく、私は己が忌み続けてきた獣の身体となり、心に宿る憎悪のままに動き続けた。
 滅んでしまえ。レミリア様のいない世界など、みんな消えてしまえば良い。自分のミスから目を背けようと、何処までも無様な醜態を曝し続け、
そしてレミリア様の仇も討てず八意永琳の前に倒れた。なんと醜悪な存在なのだろう。なんと無様な生物なのだろう。
 主を守れず、責任から目を逸らし、悪意の全てを世界に押し付け、そして外面も無く周囲に当たり散らし、その上の敗北…本当、笑えてしまう。

 戦闘から回復して目を覚ましたとき、私は心から己の死を願った。
 もしレミリア様が生きている未来が存在したとしても、私は最早共に歩けないと考えた。
 主も守れず、レミリア様の従者としての在り方も穢して…今の私がレミリア様の傍になんてどうしていられるだろうか。
 目が覚めて、お嬢様が生きていることを知って、安堵すると共に運命に感謝した。僅かでも良かった。世界から去る前に、
レミリア様に…私が心奪われた、後にも先にもたった一人だけの私のご主人様に、一目だけでも会いたかったから。
 会って、そして謝罪したい。赦されることではないと知りながら、それでも私は願った。縋りたかった。お嬢様の温もりに、もう一度だけ。

 だけど、そんな私の想いは…レミリア様と再会した時の光景によって、全て打ち砕かれることになる。
 ボロボロになっていた私達と対面したとき、お嬢様は泣いていた。まるで子供のように泣きじゃくって、ただただ私達の身を案じて泣いていた。
 いつも取り繕っている『レミリア・スカーレット』も、『強い吸血鬼』も、何もかも投げ捨てて、レミリア様はボロボロの私達の手を握り、
ただただ何度も謝っていた。ごめんなさい、本当にごめんなさいと壊れた玩具のように、何度も何度も謝って。
 その姿に、私も気付けば涙を零してしまっていた。どうしてレミリア様が謝るのですか、謝るのは私達の方なのに。

 決して許されざる罪を犯した私達に、貴女は泣いてくれるのですか。こんな私達の為に、まだ貴女は涙を零して下さるのですか。
 平穏を望む貴女をこのような場所に連れ出し、危険と接させた私達に、それでも貴女は私達の手を強く握り締めて下さるのですか。
 こんな…こんなに醜い私達の為に、貴女は言葉をかけて下さるのですか…他人に弱い貴女を曝しても、それでも…私は、私にその資格はあるのですか。
 私に貴女を…レミリア様を愛し、その手を取る資格が…貴女の歩む道を共に歩く、そんな資格が…

 泣き疲れて眠るレミリア様、意識を失ってもなお私達の手を決して手放そうとはしなかったレミリア様。
 その姿に、私は自分勝手な誓いを立てた。都合の良いことだとは分かってる。決して許されざることだとは分かってる。
 でも、それでも私はレミリア様の傍にいたい。レミリア様と共に歩きたい。私に生きる意味を与えてくれたレミリア様が
もう一度機会を下さるのならば…こんな私の手を掴んで下さるというのなら、私は誰かに後ろ指を指されてもこの道を歩く。
 二度の失態は無い、許されない。レミリア様を失って初めて、本当にレミリア様は私の全てで在ることを認識した。上辺ではなく、心の底から死を感じ取った。
 レミリア様が望む道を、レミリア様が望む未来を私は紡ぐ。そう、私は自分の中で答えを出した。パチュリー様も同じだと思う。

 …だけど、フラン様は違う。あの異変の夜から、フラン様の心が以前のように静けさに包まれるようなことは無い。
 あの日から、フラン様は常に自身を責め続けている。自分の行動が、浅はかな計画が、全てはレミリア様の危険につながったのだと断じ続けている。
 その罪は私達が当然分かち合う罪だと言っても、フラン様は決して認めない。ただ、只管に自責と後悔の念に駆られ続けている。
 レミリア様を守る為の計画が、根本から崩れ落ちた。ひび割れの音は伊吹萃香の事件から生じ始めていた、その亀裂が完全に崩壊へとつながった。
 その結果、もたらしたのはレミリア様の命の危険。それはフラン様にとっても一番起こしてはならない災厄、そうならない為の計画だった筈なのに。

「フラン様…申し上げますが、今回の件はフラン様の責ではありません。
紅魔館からお嬢様を連れ出したのは、他ならぬ私ですから…フラン様は最後までレミリア様を館に残そうとしていたではありませんか。
真に咎められるべきは私です。私がレミリア様の意志に沿いたいと…そう考えたから」
「それも…それも計画の内だった。お前がお姉様を連れ出すことも、その上で伊吹萃香を利用することも、何もかも…
だけど、最終的な判断を誤ったのは私なのよ…思い返せば、私には『選択する』余地が呆れる程あった。
咲夜は何度も今回の異変は参加すべきではないと私に進言してくれた。お姉様と合流したときに素直に道を引き返せばよかった。
八意永琳の提案を受け入れれば、耳を傾けていればあんな事態にはならなかった。お姉様を…お姉様を命の危険に曝すことはなかった!!」
「フランドール、落着いて…」
「いっそ貶してくれればよかった!!『お前のせいで私は死にかけたんだ』って!『お前のせいで私はこんな目にあったんだ』って!
でもお姉様はそんなこと一言も言わないで!傷を負った私の心配ばかりして、何度も何度も優しい言葉をかけてくれて!
私が悪いのに!全部全部全部全部全部私が悪いのに!!こんな未来、私は望んでなかった!お姉様が死にそうになる未来なんて望んでなかったのに!」

 声を荒げて子供のように癇癪をあげるフラン様の様子に、私は驚き声を失う。
 これまで数百年フラン様と付き合ってきたけれど、こんなフラン様を見るのは初めてのことで。いつもの冷静で全てを見下ろす姿は何処にも無く、
そこに在るのは人間の稚児のように泣き声をあげる少女。私は視線をパチュリー様の方へ走らせると、パチュリー様もまた
私同様困惑の表情でフラン様を見つめていた。…パチュリー様も、知らないフラン様の顔、か。
 私達は何とか落着かせる為に声を何度もかけるけれど、フラン様の耳に私達の言葉が届くことは無い。

「違う、違う違う違う違う違う違う違う!私が望んだのはこんな未来じゃない!こんな未来を紡ぐ為に計画を練った訳じゃない!
私のせいでお姉様が死んだ!私なんかを庇ってお姉様が死んでしまった!私みたいな愚図が、私みたいな塵芥がお姉様を殺してしまった!」
「落着いてくださいフラン様!レミリア様は死んでなんていません!レミリア様はそこにいるじゃないですか!」
「認めない!こんな結末は認めない!私はお姉様に笑っていて欲しかっただけなのに!私はお姉様の在るべき未来を築こうとしただけなのに!
こんな…こんな未来しか待っていないのなら、どうして私はお姉様の未来を奪ってしまったの!?こんなの私は全然望んでない、望んでないのに!
嫌!嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌!!!こんなことなら、こんなことならっ、私は、私は――――!!」
「っ――フランドール!!」

 フラン様が言葉を叫ぶと同時に、パチュリー様はそれを塞ぐようにフラン様を強く抱きしめる。
 パチュリー様の抱擁に、肩で息をする程に気を荒げていたフラン様も、次第にゆっくりと落着きを取り戻し始める。
 時間にして数十秒くらいだろうか。フラン様はパチュリー様の腕の中から離れ、ベッドから立ち上がって言葉を紡ぐ。

「…地下に行くわ、少し頭を冷やしたいから。お姉様が目を覚ます頃には…戻ってくる」

 その言葉を残し、フラン様は室内から去って行ってしまった。
 フラン様が部屋から出て行かれ、パチュリー様は大きく溜息をつく。その様子に、私は胸の中の疑問を口に出来ずにいた。
 踏み込みたくも踏み込めない私に、パチュリー様はそんな思考をお構いなしに声を漏らす。

「…仕方ないわ。フランドールの気持ちも分かるもの。レミィが生きていたのは…本当に奇跡の産物」
「そうですね…失態が失態を呼び、慢心と油断がレミリア様の命を奪いかけてしまった。
本来ならレミリア様に己が首を差し出しても足りないくらいです」
「でも、後ろばかり向いていても仕方ないわ。今回は教訓、最後の最後に私達は最高の経験を得た。
レミィの存在が失われることの大きさ、絶望…その全てを知ったから、私達はレミィの為に更に強くなれる」
「…前向きですね。私も前向きではあるつもりですが、そこまで強く断言は出来かねます」
「後ろを向いて何になるの?下を向き続けてレミィに謝り続ければ、レミィの安全や未来が確約されるとでも?
…私は絶対にそんなことは許さない。今回支払った授業料、決して安くは無いわ。レミィの為に、私はその何百倍もリターンを生み出してみせる。
レミィの為に懺悔する暇があるなら、レミィの為に一つでも幸福への欠片を紡いでみせる。後悔と懺悔で私の足は止められないわ。
まあ…もしも過去を謝罪し続けるだけで未来への道が切り開かれるなら、幾らでも喜んで咽び泣いて土下座してあげるけれど…ね」
「強い女性(ひと)ですね…パチュリー様は」
「…そうやって魔法使いとしての自分で誤魔化さないと、耐えられないだけよ。
本当は、私だって泣きたいわよ…泣いてレミィに許しを乞いたいけれど、そんなことレミィは一切望んでないもの。
求められない謝罪はただの自己満足、そして相手に対する侮辱と同じよ…だから貴女も割り切って前を向き続けなさい。レミィの一たる従者ならば、ね」
「そうですね…私達が下を向いて泣き言を漏らすことは、何の益も生み出さないですから」
「…フランドールも良い意味で割り切ってくれるといいのだけど」

 軽く息を吐いて、パチュリー様は一度言葉を切る。恐らく、私と同じく自分ではフラン様の力になれないと悟っているのだろう。
 レミリア様の命にかかわってしまった事件…それを結果論で誤魔化すことを、きっとフラン様は良しとしない。誰よりレミリア様を
愛するが故に、フラン様は自分を責め続けるだろう。私達の声など届かない、フラン様の心に届く言葉を持つのは唯一人だけ。
 …無力ね。私やパチュリー様が何の言葉をかけたところで、結局私達は同じ穴の狢。同罪を犯した者の言葉なんて今のフラン様に
届く筈が無い。フラン様がレミリア様と接するつもりが無い以上、解決するのは時間だけなのかもしれない。

「フラン様のことは、時間が必要なのではないでしょうか…その時間は、未来は許された筈ですから。
幸か不幸か、今回の異変がレミリア様を関与させる最後の異変と決めていた。結果だけを見れば、レミリア様は月の姫という予想外の大物と接点を結ぶことが出来た。
八雲紫、西行寺幽々子、伊吹萃香、八意永琳、そして蓬莱山輝夜…もうこれだけの交友があるレミリア様に、異変参加など最早不要です。
これだけのつながりがあれば、私達に不測の事態が起き、私達が全員欠けたとしても…レミリア様は、他の強者のもとで生き残る。
ならば、後はそんな未来が訪れないことを願い、私達は今をレミリア様の為に生きればいい。レミリア様と共に生きて…その中で、レミリア様の
御心に触れ続ける日常が、温もりがフラン様の心を癒してくれる筈です。フラン様を縛るモノは何も存在しない…フラン様は心のままに永きの
時間を愛する姉と共に過ごすべきです。だって、その生涯を幸福のままに終える未来が確約されているのですから」
「…未来が確約されている、か。それははたしてどうなのかしら、ね」

 刹那、パチュリー様の声の質が変化したことに気付き、私は短く思考する。
 今、私の言葉の中に何かパチュリー様が疑問符を抱く内容があったのか。私が疑問を心に抱いているのを悟ったのか、
パチュリー様は小さく頭を振って言葉を紡ぐ。

「…調査中よ。あやふやな状態で適当なことは言いたくないの、明確な答えが分かったら報告するわ」
「それは私の何の言葉を捉えての調査中なのか、お聞きしても?」
「答えが出たら教えると言ったわ。今の貴女が気にすることではないもの…そうよ、こんなふざけた予感、私の推測違いに決まってる。
それよりも貴女には考えるべきことがあるでしょう。咲夜の戦闘訓練用のメニュー、少しは頭の中でまとめたのでしょうね?」
「へ?あ、ええ、それは勿論。咲夜さんの身体能力変化の大凡は掴みましたからね。
人ではなく妖怪としての戦い方、その力の切り替え法といった基礎をしっかり学んで頂くつもりです」
「そう、それならいいのだけれど。咲夜にとって貴女は最高の見本だからね。人と妖怪の二面性を持つ者の戦い方を教えてあげなさいな」
「あはは、責任重大ですね…本当なら、フラン様にも吸血鬼としての戦い方をご教授頂ければと思ったのですが」
「…今のフランドールには酷な話よ。それは後回し、今は妖怪種として他者とのアドバンテージを生かす戦い方を叩きこみましょう」

 私とパチュリー様は二人して咲夜さんの…吸血鬼と為った咲夜さんの為の育成計画について話し合う。
 …咲夜さんがとうとう此方側の立場になったこと、それ自体を私達は喜ぶべきなのかもしれない。永きときを共に生きられることになったのだから。
 でも、それでも…咲夜さんはもっとゆっくり決断出来る筈だった。その決断を早まらせたのは、他ならぬ私達の責任。
 私達が我を忘れ、自分勝手な暴走を行ってしまったから、咲夜さんは吸血鬼にならざるを得なくなってしまった。私達の責を取る為に、
八意永琳に勝つ為に、最後の一線を越えてしまった。そして咲夜さんは、私達三人に勝った八意永琳を見事に打倒した。
 …あの小さかった咲夜さんが、いつの間にか私達を越えてしまっていた。レミリア様の後ろを子鴨のようについて回っていた咲夜さんが、
今では紅魔館で誰よりもレミリア様の為にその刃を振っている。そのことに姉代わりとしての喜びと、幾許かの寂しさを感じてしまう。
 …後ろを向くのは止めよう。それはきっと、咲夜さんの決意を、誇りを穢すことになるから。だから私は咲夜の想いを受け止める。
 翼を持たない母の代わりに、誰より高き空を望むのならば、私達は咲夜さんの翼を守護する為に奔走しよう。
 いつの間にか実力は追い抜かれてしまったけれど…それでも姉代わりとして、可愛い妹の為に、私の出来る最高の助力を。

「…死ぬにはやはり早過ぎますね。私に出来ること、レミリアお嬢様の為に出来ることはまだ沢山在る」
「当然よ。私も貴女もレミィが幸福の内に生を閉じるその刹那まで、馬車馬のように働く未来が決定されてるわ。せいぜい泥に塗れなさい」
「そうですね…誇りを噛み締めながら、これからはレミリアお嬢様の心のままに生き続けるつもりです。
想いと覚悟、その力の使い方――か。認めたくはないけれど、伊吹萃香の想いを少しだけ理解出来たような気がします」

 私は会話を終え、ベッドの上で眠りにつかれているレミリア様を見つめながら笑みを零す。
 レミリア様の為に生きられる…もう一度、その機会は、運命は与えられた。ならば今度は二度と迷わない。今度は二度と踏み外さない。
 レミリア様がいて、フラン様がいて、パチュリー様がいて、咲夜さんがいて、そして私がいる。そんな優しい未来が私達には待っているから。
 だから、その優しい未来を護る為に、レミリア様を護る為に私は今度こそ楯となる。紅魔館の守護者とレミリア様に任ぜられた者として、
今度は獣としてなどではなく、一人の人として必ずこの場所を護ってみせる。それが私が…紅美鈴がレミリアお嬢様の心に沿う行動だと思うから。






















 開き直りって大切な言葉だと思うの。そうしないと何事も割り切れずに心が押し潰されてしまうだろうから。
 忘却って素敵な言葉だと思うの。人は過去を捨てて前を向いて歩き続けるからこそ強く在り続けることが出来るのだから。
 逃避って無敵な言葉だと思うの。どんなに苦しい壁を目の前にしても逃げ道が在れば心に余裕が生まれるのだから。
 諦念って全てを解決する魔法の言葉だと思うの。リリカルマジック、素敵な魔法。素敵に無敵この魔法。大丈夫、私に任せてね。













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 フラン達の看病を終え、みんなが完治して自分の部屋に戻り、久々の自分のベッドの上で
今回の異変を整理して、そして心に浮かんだ第一声、それが今の言葉。嫌だ。もう何もかも嫌だ。羞恥がマッハで死の回数が十二の試練突破出来る。
 勘違い、勘違い、また勘違い。暴走、暴走、また暴走。結果、一人何度も何度も何度も何度も大号泣。カリスマとか吸血鬼らしさとか
全力で外にぶん投げて全力全壊キャラ崩壊、私の積み重ねてきた孤高で妖艶な吸血鬼イメージ、その幻想をぶっ殺された。そげぶはしないって約束したじゃないですかァー!
 今までみんなの看病とか身の回りの世話とか大切な話のオンパレードとかで全然考える暇無かったけど、思い出してみたら出るわ出るわ私的
死に値する羞恥メモリーの数々。ああもう振り返ってみれば失態失態失態失態失態レミ娘、うー!(いかんでしょ?遺憾でしょ?)
 …本当、なんでこんなことになったんだろう。私は私なりに精いっぱい今を生きてきた筈なのに、こんな一人ピエロ状態になるなんて誰が想像出来るのよ。

 輝夜からあの世の待合室…ええい、今考えるとこの勘違いが忌々しいわ!とにかく、輝夜の支配する永遠の部屋から解放されたときから
事態がもう滅茶苦茶な方向に転がってしまった。まず、私が死んでないこと、その現実を突き付けられたとき一度頭がフリーズしたわ。
 私、めっちゃ死を覚悟したのに。沢山泣いて、輝夜の前で散々喚いて、それでも頑張って立ち直って、それで前を向いて、コレ。
 いや、生きてることは嬉しかった。嬉しかったけれど…私、みんなに既にお別れ言っちゃってたし。悪役の自爆阻止の為に瞬間移動する
間際の野菜人ばりにサヨナラみんなに告げちゃってたし。それを今更どんな顔して会いに行けばいいのよ!『ごめん、死ななかったからあの台詞ノーカンね』
なんて言える訳ないのよ!?レミリア死亡確認したのに…あ、これ復活フラグ立ってたの!?いや、そんなことはどうでも良くて!
 とにかくみんなにどの面下げて会えばいいのかで一点、そして散々偉そうに輝夜に高説垂れてた自分を思い出して頭真っ白化二点目。
 もう死んだとばかり思って、私輝夜にやりたい放題好き放題言っちゃったのよ!?自分の想い出話から友達関係のネタ話まで
暴露暴露の情報流出漏洩しまくりなのよ!?Remilia398特定完了なのよ!?とあるヘタレのプライバシー解禁なのよ!?
 そんな状態でアウアウなってた私だったんだけど、輝夜は何も言わずに私の手をとって歩いてくれて。あまりに恥ずかし過ぎる、恥の塊の
私に敢えて触れない優しさ。そんな輝夜に痺れる憧れる。本当、輝夜の優しさは天井知らずだわ。見ない振り、それが人を救うことだってあるのよ。

 …まあ、そんな私のアホみたいな思考も、元の大部屋に戻ったら完全に消え失せたんだけど。
 だって、そこに咲夜がいて。もう二度と会えないと思ってた愛する娘がいて。そう思ったら、さっきまでのお馬鹿思考なんて何処かに飛んでいっちゃってて。
 気付けば、咲夜に飛びついて泣いてたわ。ええ泣いたわ、泣きまくりだわ。霊夢も、妖夢も、輝夜もいる前でわんさか泣いたわ。
 今思い出せば恥とかそんなんとかで死にたくなるけど、その時の私は本当にどうしようもないほどに嬉しくて。咲夜にまた会えたことが、
本当に嬉しくて。感極まり過ぎて、まあ…そのとき、咲夜の紅色の瞳と、背中にあった紅色の結晶翼に気付かなかったのよね。まあ、それは置いといて。
 で、感情が大分落ち着いてきたところで、自分が今まで輝夜のところにいたことを話して…霊夢に一発頭殴られて。本気で痛かった。全力の拳骨だった。
 それで咲夜達からも事情を聞いたら、何故か輝夜の保護者の人と殺し合いに発展して、それでその人の腕を斬っちゃいましたよ、と。
 もうね、それ聞いた瞬間本気で死にかけた。気が遠くなった。輝夜の保護者…年齢的には母親には見えないけど、とにかくその人の腕を
奪ってしまったこと、一体どう謝ればいいのか…なんて考えてたら、その人の腕がいつの間にか再生してた。いや、何そのマジュニア能力。
 その人が咲夜に『敵対する意志はもうないわ。能力を止めてくれる?』って言っただけで腕が戻ったのよ?ぐにょんって。ぐにょんって。
 あまりの衝撃に意識を失いかけたんだけど、その人が『貴女の家族を治癒しに向かうからついてきなさい』って言って。何のことかさっぱり
分からないので、事情を聞くと、またとんでもない話が出て。なんでも私が輝夜の部屋にご招待されたのを、やっぱりみんなも私が死んだと
勘違いして…それで、その、輝夜の保護者の人とガチ殺し合いバトルになっちゃったらしくて…アリエナイ。ワロエナイ。
 まずそのことを謝罪されたんだけど、私としてはこちらが謝りたいくらいだった。いや、だって…勝手に家に乗り込んでおいて、勝手に
『私は死ぬけどお前ら後は頼んだぜ』演出してみんなを激昂させたのは他ならぬ私で…わ、私のせいで事態がとんでもない酷い方向にいっちゃったじゃない!
 輝夜の話を聞いた感じ、あれは私が勘違いした命を奪うトラップなんかじゃなくて、お客様ご招待ワープゲートだったんだと思う。
 本来ならフランがご招待される筈だったのに、それを私が勇み足で踏み込んで自らの悲劇の死(爆笑)を演出して…あうあうあー!
 とにかく、全部全部私の大暴走だったので謝罪は不要だったんだけど…むしろこっちに謝らせて下さい。ご、ごめんなしあ!

 そして私は屋敷内の一室に連れていかれたんだけど、その室内の光景にまた私大暴走。
 室内には魔理沙とアリス、鈴仙とてゐの姿が。そして彼女達が囲むように横たわっていた…ボロボロのフラン、美鈴、パチェの姿が。
 その、本当にボロボロで。傷の無いところがないってくらいボコボコで…そのとき私、本気で発狂しかけたわ。慌てて駆け出して、
三人に縋りついて、必死に声をかけて…でも三人から声は返ってこなくて。もう叫んだ。必死に叫んだ。誰か助けて、と。三人を助けて、と。
 そんな私に、輝夜の保護者の人は再び訊いてきたのよね。

『もう一度問うわ、レミリア・スカーレット。この三人をこんな風にしたのは他の誰でも無いこの私。
そんな者に、貴女は愛する家族の容体を預けられる?私を怨み殺したい気持ち、それを抑えられる?』

 もうね、そんなアホみたいな質問に頭きてね。私、生まれて初めて全力で人を殴ったかもしれない。
 輝夜の保護者の人のお腹をぽこんって。…ぽこん、なのはあれよ。私の力じゃそれがいっぱいいっぱいだったのよ。
 むしろ拳の骨が折れるかと思ったけど、どれだけ軟弱なのよ私。とにかく、一度思いっきり殴って、私は輝夜の保護者の人に叫んだわ。

『恨みも殺したい気持ちも最初から存在しない!貴女が気を負うのなら、今の拳に家族の借りを全部乗せたから受け取りなさい!
だから…だから、お願いだからみんなを助けて!何でもするから、私なら何でもするから、お願いだからみんなの命を助けて!
この娘達は、私の大切な家族なの…絶対に失えない大切な家族なのよ…だから、お願いします…みんなを、助けて下さい…』

 もうね、本気で土下座した。カリスマもくそもあるか、この緊急時、そんなものはワンワンにイートさせてしまえ。
 必死で頭を地面に擦り付けて咽び泣く私。顔面はぐちゃぐちゃ?そらそうよ、(涙と鼻水で)酷いもんよ。多分、あのときの顔の写真とか
残されてたら私は迷わず首を括る自信があるわ。乙女の泣き顔?ありゃそんなチャチなもんじゃなくってよ!多分全世界が引くレベルよ。
 まあ、そんな風にごつんごつんと頭を地べたに擦りつけてたら、私の新盟友の輝夜が後押ししてくれて。

『永琳、不可能とは言わせないわ。私が貴女に言う言葉は唯一つよ。――貴女の真なる力、私の友に教えてあげなさい』
『…ええ、言われずとも。レミリア・スカーレット、貴女は何も心配しなくて良い。
自分で傷つけた患者相手に言うのもおかしな話だけど――私の億を刻む知識、今この時だけは、全てを貴女の家族の為に』

 そんな会話を行って、輝夜の保護者の人のハイスピード治療が始まったのよね。
 で、私達は部屋の外で待ってたんだけど、ものの三十分くらいで治療完了。輝夜の保護者マジぱねえ。部屋に戻ると、劇的ビフォーアフターに
治療された三人の姿が。でも、輝夜の保護者の人曰く、妖怪でも一週間は無理させないようにとのこと。だから三人は一週間私が紅魔館で
責任持って看病保護することにそのとき決定したわ。私の吸血鬼として無意味過ぎる家事能力が火を吹く時がきてしまったようね!
 そんな訳で治してくれた輝夜の保護者の人に何度も何度もお礼の言葉を告げたら、その人が言うには初期手当てが完璧な対応をしていたから
これだけの短時間で治癒出来た。だから感謝はそこの四人に言って頂戴って、魔理沙達のことを教えてくれた。
 で、次に魔理沙達四人に礼を言ったら、四人とも笑って礼を受け取ってくれたわ。魔理沙、アリスは勿論だけど、鈴仙とてゐまで
手を貸してくれていたなんて…くうう!貴女達本当に良い人過ぎるわ!鈴仙、てゐ、貴女達と友達になれてよかったわ!そんな感じで
感激して手を握ってぶんぶん握手したら、鈴仙が『別に貴女の為じゃないわ、自分の為よ』ってこと言いだして。自分の為でもいい!それでも感謝してるから!
 てゐの方は『どういたしまして。お代は要らないよ、幸運の加護の件も含めて代価は貴女の面白そうな未来で十分過ぎるからね~』なんて
言ってくれたけど、よく意味が分かんないので流して感謝を告げまくってた。そんな私達をみて、何故か輝夜も手をとって握手してきたんだけど…あれかな、
輝夜は箱入り娘さんっぽいから握手が珍しいのかな。とりあえず、そんな感じで輝夜とも握手。本当、本当に良かった。

 まあ、そういう感じでその場は一度そこで終幕。私と咲夜は三人を少しでも早く養生させたいから、帰宅する旨を告げたわ。
 でも、霊夢は異変の処理とかそういうのがあるらしいから、もう少し残ってみんなと話しするって。正直、そのときの私は異変のことなんか
少しも頭に無かった。いや、もう、早く帰って三人をベッドに寝かせることしか頭に無くて。だから、異変の話とか経緯とか色んな話とか
する為に、二週間後に紅魔館に集まろうと私はみんなに呼びかけたのよ。いや、正直異変はもうどうでもいいけど、この夜はみんなに沢山
迷惑とかかけたから、正式な謝罪と感謝の言葉を送らないといけないし。そうして再会の約束を輝夜達と取り付けて、私と咲夜は一足先に
紅魔館に戻ったのよ。正確には、あと妖夢も。いや、だって私と咲夜だけじゃ三人を運べないし…そしたら、妖夢が
『私も幽々子様の言いつけは終わりましたから、そちらをお手伝いします。異変の詳細は後日お訊きさせて頂きます』って。妖夢、良い娘やわ…

 紅魔館に帰って、三人を室内に閉じ込めて(いや、本当に閉じ込めたのよね。絶対に無理させない外に出さない為に私ずっと監視してたし)
私はレッツ看病タイム。三人の為にご飯を作ったり、身の回りの世話をしたり、そのときの私は過去最高に輝いてた。ケーキ作りに次いで自分の
天職を見つけたような気がしたわ。咲夜が手伝いを何度も申し出てきたけれど、全部却下。三人は私を心配させた罰で、絶対私が世話をするって決めてたんだから。
 …それに、みんなが私の為にボロボロになったんだって知ったから、だったら私がお世話したいじゃない。
 私はみんなに心から感謝してる。沢山沢山ありがとうって言いたい程に、感謝してる。だから私はみんなの謝罪を受け取らない。
 だって、ありがとうがみんなに送る私の台詞だもの。ごめんなさいは必要ない、求めてない。みんなが謝ることなんて何もない。
 大好きなみんながここにいる。大好きなみんなの温もりが感じられる…全てを諦めた私には、それが何より嬉しかったから、だから私の心は感謝だけ。
 そんな風にみんなに接したら、美鈴には泣かれるわパチェに抱きしめられるわ…いや、うん、よく分かんないけど良かった!とにかく良かった!
 ただ、フランだけが私と目を合わせようとも会話しようともしてくれなくて…むう、本当に気難しい娘ね。今更だけど、本当に不思議ちゃんだわ。
 でも、気が向いたらで良いから私と会話してほしい。だって、私、フランに伝えたいことがあるから。フランに私の心を知って欲しいから。
 自分が死んでしまうんだと勘違いした刹那、私は少しだけ思い出したことがある。私がどれだけフランのことが好きなのか。私がフランの為に、
フランの笑顔の為ならなんだって出来るってことを…あれ、思い出すって変ね。思っただけなのに、どうして私、思い出すなんて言葉を使ったんだろう…

 そして、まあ、三人を看病してた一週間のうちに次々訪れる愛する家族の衝撃告白タイム。
 一番手は美鈴。美鈴が実はただの妖怪じゃなくて、龍と人間の子供…龍人って言ってたかしら、そういう存在だということを教えてくれた。
 そのことを聞いても、私は正直あまりピンとこなかった。だって慧音が半人半獣だし、別に美鈴がそれでも何もおかしくないし。
 しかも龍ってあの龍でしょ?私としては『めちゃくちゃ格好良い!』としか思わない訳で。そんなことを正直に口にしたら、美鈴が困ったように
微笑みながら事情を話してくれた。なんでも龍とは神聖な生き物で、本来なら世界、事象、万物に存在するモノを守護する役割を果たすらしい。
 でも、美鈴はその龍に人間という穢れが混ざってしまい、神聖を持たない唯の獣として古来より忌み嫌われる存在なのだとか。穢れた龍が守護する
モノは全てを不幸にする、なんて言い伝えがあるくらいらしい。その話を聞いても、私は正直『ふーん』としか思えない訳で…だって私、不幸になってないし。
 むしろ美鈴が一緒にいてくれるようになって、私の心から寂しいとか一人ぼっちとかそういう悲しい気持ちの一切が消えたもの。
 あのときはフランとも全く接することが出来なかったから、美鈴の存在がどれだけ支えになっていたか。美鈴の正体がなんであろうと、貴女は
私の大切な家族。私に出来た初めての従者、私と共に歩んでくれることを約束してくれた大切な人。それだけじゃない、なんて素で返してしまった。
 で、言った後で『やばい!私空気読めない発言したかも!』って思って、慌てて美鈴に言っちゃったのよね。

『美鈴は立派な役割を持ってるじゃない。私の大切な紅魔館(いえ)を護ってくれる、守護してくれるという立派な役割が。
それを考えると、私は他のどんな龍よりも美鈴のことを神聖な龍だと思えるわ。家を護ってくれる、強く優しい龍神様、素敵じゃない。
他の誰がなんと美鈴を揶揄しようと、私は美鈴を絶対に手放さないよ。むしろ見せつけて自慢してあげたいくらいよ。――私の美鈴は、こんなに素敵な人なんだって』

 それが止めになっちゃったみたいで、美鈴何も言わずに嗚咽を漏らし始めて。ごごご、ごめんね!?空気読めない主で本当にごめん!
 もう美鈴が泣きやむまでアレコレ言葉を並べて必死に美鈴をフォローして…くそう、何て言葉を返せばあのときは正解だったのよ。
 だって美鈴が呪龍だとか疎まれる龍だとか、正直そんなの気にしないんだもん。美鈴は美鈴、私と一緒にいてくれればそれでいいんだし。
 私は美鈴が好き。私と一緒に歩き、ともに笑いあってくれる美鈴が大好き。なら、それだけでいいじゃない。私はそれで十分だと思ってる。
 まあ、デリケートな問題に対して機微がきかないだけなんだけど…本当、今度紫と幽々子から上に立つ者の心構えとかそういうの学んでこよう、うん。

 美鈴の話が終わったと思ったら、今度は咲夜の吸血鬼化という衝撃的暴露が行われて。
 …いや、ごめん。それを初めて訊いたとき、本当に申し訳ないんだけど…嬉しかった。だって咲夜が私より先に死なないと約束されたから。
 ただ、それを伝える前に母親としてやるべきことはやらないといけないと思ったから、私は咲夜を叱りつけた。
 だってこの娘、そのことを話すこととかをずっと一人で溜めこんでたみたいだから、だから母親としてお説教。
 相談してほしかった。その悩みを、心の負担を私に分けて欲しかった。娘が苦しんでるのに、それを良しとする母親なんていないもの。
 これまでにないくらい、沢山叱って…そして、その後に私の気持ちを伝えた。咲夜が吸血鬼になって喜んでいる自分がいること、咲夜にそんな
決意をさせたことへの謝罪、それと約束…咲夜が吸血鬼になったことを後悔しない未来を、私が作っていくから。だから一緒に幸せになろうって。
 …あれ、なんか思い出すと告白みたいな台詞ね、これ。まあ、女同士の上に相手は娘だから気にすることもないんだけど…とにかく、私は
割かしすんなり咲夜の吸血鬼化を受け入れてた。ただ、その話を聞いた後でパチェを私専用抱き枕の刑に処した。咲夜の吸血鬼化に絡んでおいて
私に黙っていたこと万死に値する。むきゅむきゅうるさかったけれど、そんなの関係ねえ。フランのお仕置きも今度することにした。
 ただ、心配していた日光も流水もパチェ達のおかげで大丈夫だって話を聞いた時はほっとした。日常生活に不都合が生じると、流石にね…以前と
変わらない生活が送れるみたいで何よりよ。つまり咲夜の吸血鬼化は寿命が延びて、吸血鬼としての種族の力を手に入れて…何このワープ進化。
 母親は未だにコロモンなのに、娘は階段飛ばしでウォーグレイモンまでなっちゃってる。泣いてない、泣いてないわよ畜生。
 咲夜の吸血鬼としての身体の適応も、パチェや美鈴が責任を持って行ってくれるらしい。言いかえると咲夜の修行な日々がまた始まるとか。
 …本当、咲夜、一体どこまで行くのかしら。とりあえず願い事三つ叶えるボールのある星に行っても無事に戻ってきてほしい。瞬間移動とか覚えてきたらどうしよう…

 そんなどたばたした日々も終わり、三人の看病も終えて、私はこうして異変を振り返ったという訳。
 結局私のしたことは『私は死ぬぞー!』→『あれは嘘だ!』→泣き土下座のハイパーコンボくらい。…私、妹を連れ帰ろうとしただけなのに。
 まあでも、終わってみれば全て元通り万事解決…なのかしら。そうでも思わないとやってられないわ本当。
 咲夜が霊夢に聞いた話だと、異変は無事解決で輝夜達とはきっちり話をつけてきたとか。まあ、結局異変は私達の勘違いで
なんか別に輝夜達そんなに悪いことしてなかったみたいで、むしろ私達がそれを悪化させたみたいな話だったけど、なんか
封鎖結界とか永夜返しとかよく分かんない単語連発で解読不能状態なのよね…まあとにかく解決したみたいで何より。
 一週間して、美鈴もパチェもフランも以前と同様に日常を送ってる。
 美鈴はいつものように門の前で眠ったり妖精の娘達と遊んだり咲夜に稽古をつけたり。そういえば昨日窓から門を眺めたら
滅茶苦茶大きな紅竜が門の前で妖精達と戯れてたんだけど…あれ、美鈴龍であることをどうこう言って無かったっけ?てっきり気にしてる
ものだと思ってたんだけど…何かの切っ掛けでふっきれたのかしら?誰がそうさせたのかは知らないけれど、有難いことね。
うん、今度美鈴の背中に乗せて貰おう。竜騎士って格好良い響きよね、美鈴の背中に乗って『サラマンダーよりはやーい』とか言ってみよう、うん。
 パチェもまた日常に戻り図書館生活の日々。ただ、最近は調べ物があるのか、図書館の書物から屋敷内の部屋中の本を全部漁ってるみたい。
 あまりに真剣だったから、手伝おうかって言ったんだけど…まあ、拒否されたけどね。でもそんな必死に何を探しているのかしら。
 フランはフランである意味いつも通り。地下に籠って全然上に上がってこない。むしろ以前より悪化してる気がするわね。
 お姉さんとして、一刻も早くフランの社会復帰を押し進めてあげないと…これは計画を練る必要があるわね。その辺もみんなと相談してみよう。
 咲夜は妖怪としての身体の使い方とかそういうのを美鈴に指導受けてる。なんでも、人間の時の戦い方では力に振り回され過ぎて
そのあたりの制御を上手に出来るようにしないといけないとか。結構大変だけど遣り甲斐があるって咲夜笑ってた。…やっぱり咲夜の前世は野菜人かもしれない。
 ただ、妖怪…というか吸血鬼に為った為、妖力は勿論のこと、魔力も体内に生じているらしくて魔術方面も学び始めたとか。おかしいわね…咲夜が
どんどん遠い存在になっている気がするわ。あれかな、美鈴とパチェは咲夜に魔王でも倒させるつもりなのかな…頑張るのはいいけど、怪我だけには気をつけてほしいわ。
 そして萃香は、私が三人の看病期間を終えて部屋に戻った日に帰ってきてくれたわ。
 萃香にもお礼の言葉を言ったんだけど、なんか萃香の様子が変だったのよね。目を合わせてくれないというか…まあ、次の日には元に戻ったけど。
 それで事情を一度訊いたら、何故か真剣な顔で『紫は一度殺すべきだと思わない?』なんて言われた。いや、一度って…そもそも二人がやりあったら幻想郷終わるから。
 まあ、そんな感じで私達の永い夜は終わりを迎えた。全ては日常、在るべき姿に…本当、永い夜だったわ、全く。
 紅魔館のみんなは、私が泣いて暴走しまくってたのを見なかったことにしてくれてるらしい。まあ…あんな無様なご主人様は
流石に忘れたいわよね。だが私は一向に構わんっ!!全てを忘れて水に流して忘却の彼方に捨て去って下さいホントお願いします…










 そして、永き夜から二週間。

 輝夜達に言っていたように、今日はあの夜に関わったみんなを紅魔館に招待してお話をする日。
 お話というか、謝罪アンド感謝を正式に私が告げまくりたいだけなんだけど…でもでも、こういうのって大事だと思うのよ。
 こういうイベンドというか招待という催しで、あの夜にあったことをみんなで共有し、そして笑い話にするの。
 あの夜は色んな事が在り過ぎたから、みんなの心の時間の針もまだ止まったままだと思うし…それをこういう場を開くことでみんな
コミュニケーション、そして新たな第一歩!そういう計画なのよ。折角知り合ったんだから、みんなで仲良くしていきましょうと。
 この場を開くにあたり、一応私(咲夜も手伝ってくれた)お手製の料理とか用意して、立食パーティーみたいな会場を設営したわ。
 お酒も沢山用意してるから、異変が終わった後はみんなで仲良く楽しく!…というのは建前で、酒の力によってみんなの記憶から
私の醜態NGシーン集を消してしまいたいとか思ってないからね!ほほほ、本当なんです!お願いだからみんな覚えててくれないで頂戴…マジで。
 招待した人達はさっきも言ったけど、あの夜に私達が迷惑かけたりお世話になった人達。
 輝夜に永琳(咲夜に名前教えてもらった)、鈴仙にてゐ、慧音に妹紅にミスティア、あと…リグル、だったかしら?この人は私は
知らないんだけど、なんでもフランが迷惑かけたみたいで。咲夜に頼んで探して貰って招待しておいたわ。
 あとはいつものメンツね。霊夢に魔理沙にアリスに妖夢、そして霊夢と妖夢を送り出してくれた紫と幽々子。
 これだけの人数を呼ぶんだから、きっとみんなイザコザを忘れて盛り上がれるに違いないわ!その隙を縫ってみんなに謝罪と感謝を告げていく、と。
 そんな計画を一人頭に練りながら、当日。私は片手にメモ用紙、反対の手に鉛筆を持って会場内をうろうろうろうろ。

「これで魔理沙とアリスにはお礼を言って…次はリグル?って娘ね。
私は顔知らないんだけど、咲夜に訊けば分かるかしら?…って、ああ、この中で知らない娘が自然とリグルになるか」

 私はメモ用紙の中の魔理沙とアリスの名前を消して、次なるターゲットのもとへ足を進める。
 私が手に持っているのは勿論、私の作った『あの夜はごめんなさい&ありがとうシート』よ。別名、異変参加者名簿とも言うわね。
 そんなものを手に持って何をしているのかというと、まあ計画通りありがとうとごめんなさいをみんなに告げて回ってる訳よ。
 営業回りスタイルの私に、さっき魔理沙は大爆笑だし、アリスはアリスで不要な苦労を背負いこむのねなんて言われるし。不要じゃないわよ!
これは私達の円滑円満な明日を支える為の大事な行動なのよ!人付き合いがどれだけ大切なのか、とことん語ってあげたいわ。主に命の危険的な意味で。
 そんな感じでフラフラと回ってたら、私に用があるのか、一人の女性が近付いてきて。…確か八意永琳、だっけ?輝夜の保護者の人。

「こんにちは。少しお話を…と思っていたのだけれど、忙しいかしら?」
「ん、別に構わないわよ。私も貴女に用があったし、順番が変わるだけだから」
「順番?一体何の?」
「これ。あの永い夜に私達が世話になった人や迷惑をかけた人に声をかけていってるのよ」
「…貴女、吸血鬼なのよね?本当、変わってるって言われない?」
「失礼なヤツね…人にお礼や謝罪を言うのに『吸血鬼』なんてモノは関係あるの?
お世話になったら感謝を告げるし、迷惑をかけたらごめんなさいを言う、それは至極当たり前のことでしょう?
私は私の思うまま、私の望むままに行動するの。だから八意永琳、あの夜は本当にありがとう。貴女のおかげでみんな元気になれたもの」

 頭を下げて感謝を告げる私に、永琳はぽかんとした表情を浮かべ、そして笑みを零す。
 …本当、最近よく人に笑われるわね。別に嘲笑的な意味じゃないからいいけど…でもやっぱり納得がいかないわ。
 ぷんぷんと頬を膨らませる私に、永琳は『ごめんなさいね』と小さく謝罪をして言葉を続ける。

「輝夜が貴女に惹き込まれた理由、なんだか分かるような気がするわ。
レミリア・スカーレット、貴女は本当に魅力的ね。貴女の言葉は全て正しい、実に正しいわ。
感謝と謝罪は本当に大切なこと。たったその二つが告げられない故に人間は愚かしくも争いに至る」
「むう…馬鹿にしたり褒めたり忙しいわね。別に良いわよ、私だって笑われるのには慣れてるもの」
「あら、馬鹿になんてしていないわ。私は本当に貴女を尊敬するし、大切なことを学ばせて貰ってる。
貴女がそうしたのなら、私も礼を返さないとね。…あの夜、貴女の家族を傷つけたこと、心からお詫びするわ。本当にごめんなさい」

 突如頭を下げる永琳に、私はカウンターを喰らったように呆然としてしまう。
 そして慌ててそんなの必要無いという言葉を紡ごうとすると、永琳が悪戯が成功したように微笑んで告げる。

「ありがとうとごめんなさい、感謝と謝罪が正面から交わった。
だからプラスマイナスゼロで私達のもうその言葉は必要ない、それが貴女の想いで間違いないかしら?」
「…やられたわ。貴女、輝夜と永い間一緒にいるのよね。それくらい返して当たり前か。良い性格してるわよ本当」
「ふふっ、お褒めにお預かり光栄よ。でも、私が貴女の家族を傷つけて治したという言わばマッチポンプだから心苦しくはあるけれど」
「いいっこなしよ。あのとき、最初に貴女の話を聞こうともせずに刃を向けたのはこちらだもの。これで帳消しにしてくれると嬉しいわ」
「そう…貴女がそれで構わないなら」

 そう言って静かに微笑む永琳。その穏やかな表情に、私は愛する自分の娘の笑顔を重ねてしまう。
 …うん、やっぱり似てる。この人、絶対咲夜に似てる。あの夜に一目見て思っただけだから、よくあるちょっと似てるなってレベルかと
思いこんでたけれど、よくよくこうして見ると本当に似てるわ。もし咲夜が人間のまま、もう少しだけ齢を重ねたら、こんな風に
綺麗で清楚なお姉さんという感じになったのかもしれない。そんな風にじーっと顔を見て観察してると、当然あちらも気付く訳で。

「そんなにマジマジと顔を観察して、どうかしたかしら?」
「ふぇ?あ、ご、ごめんなさい。あの夜も言ったと思うけれど…やっぱり貴女、私の娘に似てるわ」
「…十六夜咲夜、のことね」
「ええ、そう。私の大切な一人娘。あの、まさかとは思うけれど…咲夜の、その、お姉さん…とかだったり」

 私の言葉に、永琳は言葉を返さず沈黙を保つ。…え、嘘、どんぴしゃ?まさかの咲夜の本当の家族?
 冗談交じりで言ったつもりが、まさかそんな…えええ!?どどど、どうしよう!?私どうすればいいの!?
 もし『咲夜は私達の家族です。返して下さい』なんて言われたらどうしよう!?だだだ駄目よ!咲夜は私の咲夜よ!今更そんなこと認めないわ!
 でも咲夜が本当の家族に会いたいって言ったら、それはそれで仕方が無いことで…し、親権問題はこの場合私が有利になるの!?裁判になったら負けるの!?
 いや落ち着け落ち着きなさいレミリア。そもそも私には咲夜を育て愛したというこの十数年の時間が…っていうか、咲夜思いっきり吸血鬼化させちゃった…
 あああああ!?きききき傷物にしちゃってる!?咲夜を思いっきり私色に染め上げちゃってる!?この場合どうなの!?罪に問われるの!?保護者監督不行き届き!?
 ああでもないこうでもないと思考がぐるぐる回る私に、永琳は大きく息をついて苦笑し、言葉を紡ぐ。

「安心なさい、レミリア。私と十六夜咲夜には何の関係もないわ。
…それにもし関係があったとしても、貴女から奪うつもりは毛頭ない」
「え、あ、そ、そうよね!関係無いわよね!いや、勿論最初から分かってたし私は動揺してないけどね!?でも一応ほら、訊いておこうかなってね!?」
「でも…少し興味があるわ。私に似ている…まるでもう一人の私のような、十六夜咲夜の物語に。
ねえ、レミリア。もしよければ、貴女と十六夜咲夜のお話を聞かせて貰ってもいいかしら。貴女と彼女の出会いを」
「あ、まあ…別に隠すようなことでもないし、構わないわよ」

 一度言葉を切って、私は咲夜との出会いからこれまでに至るまでの経緯を話し始める。
 その咲夜と私の話を、永琳は一字一句を聞き洩らさないように耳を傾けている。そして時折質問したり。
 …うー?そんなに興味沸くような内容かしら。確かに吸血鬼が人間を育てたっていうのは珍しい話なのかもしれないけど…まあいっか。
 大まかに大凡のことを話し終えると、永琳は満足したように笑みを零す。え、いや、そんな喜ばれても…私何も喜ばれるような話してないし。
 困惑しっぱなしの私に、永琳はとある疑問を口にした。

「そういえば貴女はレミリア・スカーレット。そして娘は十六夜咲夜。…ファミリーネームが異なるわね」
「ん、そうね。名前もだけど、十六夜のファミリーネームも私が与えたわ」

 本当はシュトルテハイムラインバッハ三世になる予定だったけれど、それは口に出さない。
 次にこれを口に出したら本気で怒るってフランに怒鳴られてるし。良い名前だと思ったんだけど…駄目ですかそうですか。
 成程、永琳の質問も尤もね。確かに咲夜を娘とするなら、普通はサクヤ・スカーレットよね。恐らくはその理由を訊いてるんでしょうけれど…

「…別に大した理由じゃないわよ。一つは咲夜の意志無くして、スカーレットに所属させたくなかったから。
まだ右も左も分からぬ赤子が、気付けば吸血鬼の家名を与えられていた…なんていうのは、正直嫌だったからね。
スカーレットの名を冠するかどうかは咲夜が大きくなって決めれば良い。自分でちゃんと判断出来るようになってから、ね」
「成程、確かに尤もな理由ね。だけど私はそれだけではないと思っているけれど」

 …鋭いわね。本当、流石は輝夜が自慢していただけのことはある。この人も実は紫クラスのアレな人なのかもしれないわ。
 少し考えたものの、まあ、隠すことでもないかという結論に至り、私は質問に対する答えを紡ぐ。
 私が咲夜に自身の名字を与えなかった、その最たる理由を。

「当たり前の話だけど、咲夜は元は人間だった。人間だった咲夜が、紅魔館の外に捨てられていたのを私が発見したの」
「ええ、それは先ほど教えてもらったわね」
「いい?咲夜は捨てられていたの。こんな赤子が、外で泣いて温もりを求めていた。当たり前の話だけど、咲夜はそのとき生きていたのよ。
赤子は一人では生きられない、長い時間を生きられる訳が無い。…それはつまり、先ほどまで『母親の温もり』が傍にあったということでしょう?」
「…そう、ね。普通は、そうでしょうね」
「咲夜がその場に捨てられてそう時間が経っていないということは、母親がつい最近まで近くにいたということ。
…すなわち、幻想郷に、咲夜の捨てられていた場所に母親は存在していたのよ。ああ、勿論、母親は既に亡く他の人の手によって…とも考えられるけれど、
少なくとも咲夜を保護する立場にある人間、家族はそこにいた筈なのよ」

 どうして咲夜を捨てたのか、その理由は今でも私には分からない。どうして捨てられていたのかなんて分かる筈が無い。
 でも、私にはどうしても何の理由も無しに捨てられたなんて思えなかった。きっと何か理由がある筈だと、きっとどうしようもない
理由があってこの場に咲夜を置いたんだと。我ながらなんという手前勝手なお人好し思考だとは思うけれど、けれど私の中で誰かが絶対にそうだと告げていた。
 だから、昔の私は考えに考え、一つの結論を導いた。この娘は私の娘として育てる。だけど、この娘から本当の肉親を奪うことを良しとしない。
 だって、どんな事情があるにせよ、きっとこの娘は望むだろうから。実の両親に会いたいと、一度会ってみたいと望むだろうから。
 そして実の家族も同じく、この娘との再会を願うだろう。だから私は自分達の場所をこの娘の負担にしたくない。いつの日か、もしかしたら
この娘が館を出て行くときが来るのかもしれない。そんな日が訪れても、この娘の心の重荷になどなってはならない。
 この娘は、咲夜は私が育てる。そして、必ずや幸せにしてみせる。そう願ったから、だから私は決断をした。

「将来、本当の家族に出会っても、咲夜にとって私達が重荷にならないように。咲夜が自分の意志で幸せを選び取れるように。
だから私は咲夜のファミリーネームを強制しないのよ。いつか来る、本当の家族との出会いを忌避しない為に、ちゃんと向きあえるように。
…だって、私達の望みは咲夜を縛ることなんかじゃない。咲夜は大切な一人娘、だからこそ自分の手で幸せを選んでもらいたいのよ。
あの娘は私の夢、あの娘は私の未来。目に入れても痛くないくらい可愛い娘だから…だから私は咲夜に決めて貰いたいのよ。咲夜自身の幸せを、ね」

 …本当、らしくもない話をしてしまったかもしれないわ。これ、第三者が聞いたら完璧に親馬鹿過ぎる発言だしねえ。
 でもでも、私は自分の決断を間違ったなんて思っていない。私達に強制されることなく、縛られることなく咲夜には幸せになってほしいから。
 そんな私の話に、永琳は一度瞳を閉じ、少し考えるような仕草を見せる。…やばい、呆れられたかしら。いやでも、娘を持つと親馬鹿になっちゃうのは
仕方のないことで…そうよ、永琳だって咲夜の小さい頃から見ていれば分かるわよ!咲夜、反則的に可愛いんだから!だから私は悪くない、無罪よ。
 やがて、永琳はゆっくりと瞳をあけて言葉を紡ぐ。それは本当に穏やかな声で。

「…貴女に、レミリア・スカーレットに十六夜咲夜が出会えたこと…その運命に感謝するわ。
貴女のような人に愛を与えられた十六夜咲夜は本当に幸せ者よ。本当…出会えたのが貴女で、良かった」
「えっと…ああ、うん、ありがとう…でいいのかしら」
「ただ…一言だけ言わせて頂けるなら、ファミリーネームの件、もう一度十六夜咲夜と話すことをお勧めするわ。
きっと今なら彼女も結論を下せる筈。あの娘が寄り添うのは月ではなく吸血姫。最早生みの親になんてこだわる必要はないわ。
…それに、貴女の娘の生みの親は最低な女だと私は予想するわ。自分の欲望のままに動き、その代価を娘に支払わせるような、そんな…ね」

 …むっかちーん。今の永琳の言葉、ちょっと頂けない。ていうか少し頭にきた。
 声を荒げるのも大人げないかなと思いつつも、やっぱり咲夜に関することだから口にせずにはいられない。
 私は声を大にして永琳に感情をぶつける。だって、ちょっと許せなかったし。

「取り消しなさい。今の発言を取り消しなさい」
「…発言、というと」
「咲夜の生みの親が最低の女だって言ったことよ!咲夜を生んだ人が、最低な女な訳あるもんか!
あんなに良い娘を生んでくれた人が、最低だなんて二度と言わないで!咲夜の母親は絶対に良い人に決まってるわ!!」
「レミリア…でも、現に咲夜は捨てられたのよ。どんな事情が在るにせよ、どんな過程で生まれても…その罪は母親に在るでしょう。
それはどんな綺麗な言葉で繕っても取り消せないし書き換えられない。咲夜が捨てられていた…それだけで母親は許されるべきではないのよ」
「そんなこと知るもんかっ!!許すとか許されないとか、そんなことを決めるのは母親でも貴女でもない!決めるのは咲夜よ!
咲夜の気持ちも知らないのに、勝手に許されないとか最低だとか思いこむのは絶対に許さない!私が許してなんかあげない!
少なくとも私は母親に感謝してる!咲夜という女の子と私はその人のおかげで出会えた!その人がいたから私は咲夜の温もりを知った!
もし咲夜の母親が下を向いていたら、私が思いっきり横っ面を引っ叩いてやる!そして言ってあげるわ!『胸を張れ』って!
貴女の娘はこんなにも立派な娘なんだって!『許されないなんて思うなら、今からでも愛情を注げ』って!自分勝手な言葉と行動で、咲夜を侮辱するなって!
どんな事情があるにせよ、咲夜を捨てた過去は確かに消えない!でも、失った時間を取り戻すことは今からだって出来るんだから、勝手な思い込みで私の娘を馬鹿にするな!!」

 そこまで叫び、私は会場のみんなの視線が私と永琳の二人に集まっていることに気付く…って、ぬああああああああ!?や、やっちまったべさ!!
 やばい!ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!!何やってるの!?私何やっちゃってるの!?
 そもそも私、なんで永琳にあんなこと叫んでるの!?永琳はただ疑問を口にしただけなのに、今の私めっちゃ恥ずかしい人じゃない!
 永琳が咲夜の母親ならまだしも、何にも関係無い永琳に今の言葉ぶつけても仕方ないじゃない!唯の八つ当たりじゃないこれ!!あばばばばば!!
 どうしよう…どうしようどうしようどうしよう!!思考がパニックに陥っていたとき、会場から魔理沙の大きな声が響き渡る。

「以上!パーティー開催者レミリアの娘への愛情トークでした!それじゃ次はその娘の母親に対する話を聞かせてもらおうか!!」

 魔理沙の言葉に、会場の連中の視線が私から咲夜の方へと移る。な、ナイスよ魔理沙!愛してる!今の貴女になら抱かれても良い!
 と、咲夜の方は顔を真っ赤にして困惑顔。…ごめんなさい咲夜ェ…咲夜は犠牲になったのだ…失態続きのお母様を許して。
 魔理沙の与えてくれたチャンス、無駄にはしないわ!私は永琳へと向き直り、こほんと咳払いをして引き攣った笑みを作って言葉を紡ぐ。

「と、まあ、もし貴女が咲夜の本当の母親だったなら私は言っていたでしょうね!
けど、ほら、あくまで貴女がそうだったらの話であって、別に貴女に言葉をぶつけた訳ではないのよ!?気にしないで頂戴!」
「…ふふっ、ええ、そういうことにしておくわ。…でも、ありがとう。本当、参考になったわ」
「な、何の参考かは分からないけれど力になれたなら何よりよ!うん!」
「それでは、私は失礼させて頂くわ。話に付き合ってくれて本当にありがとう。
そう、確かに逃げてるだけね…今からでも失われた時間を取り返せるのかどうか、それは自分次第だものね」

 そう告げて永琳は私に背を向けて去って行った。よ、良かった…のかしら。と、とりあえず異変のときのお礼は言ったしいいわよね。
 そうして私は手に持つチェックシートの永琳の名前に横線を引く。これで永琳はOK、と。
 次の謝罪アンド感謝のターゲットを求めて周囲を見回そうとすると、永琳とすれ違うようにこちらに来る輝夜の姿が。
 永琳と少し会話をし、ぽんぽんと永琳の肩を優しく叩いてそのまま私の元へと足を進めてくる。あれ、輝夜も何か用事かしら。
 まあ、輝夜にもお礼言わないといけないから丁度良かったんだけど。そして輝夜は私の前に…あれ、なんか機嫌が良さげ。

「どうしたのよ、そんなに楽しそうにして。何か良いことでもあったのかしら?」
「ふふっ、そうねえ…あったというか知ったというか。この場合、私もお母さんになるのかしら?それともお父さん?
まさか未婚のままに親になるなんて思わなかったけれど、まあそれも人生よね」
「…いや、いきなり訳の分からない発言はいいから。大体輝夜が結婚する相手なんて、一体どんな空前絶後の美男子なのよ」
「あら、ありがとう。現在のところ空席だけど、立候補してみる?難題は易しくしてあげるわよ?」
「ノーサンキュー。大体易しい難題って何よ、揚げアイス並に納得いかない」
「揚げアイスかあ…そういえばレミリア、ケーキ作りとか好きだったわよね。今度お手前の程を見せて頂いても?」
「フッ…輝夜、貴女に生きながら天国の階段を経験させてあげるわ」
「あら残念、私、不死だから天国とは無縁なのよ。残念無念また来週、ってね」

 こやつめハハハと二人して馬鹿話に笑いあう。本当、輝夜って会話の波長が合うなあ。話してて楽なことこの上ないわ。
 少しの間、この二週間分たまった話題を二人で交換しあう。やれ永琳達がどうの、やれ咲夜達がどうの。
 そんな会話の中、ふと輝夜がニコニコと笑顔を浮かべながら、手を差し出してきた。何事かと首をかしげる私に、輝夜は楽しそうに言葉を紡ぐ。

「今日は全てをリセットしてみんなで楽しくやることがコンセプトなんでしょう?
だったら、私達もここからスタート。蓬莱山輝夜が、レミリア・スカーレットの友として歩みゆくこれからの、ね」
「…フフッ、格好良いこと言ってくれるじゃない。そうね、今日が私達の新しい始まりの日よ。
貴女が望む限り、私は貴女の友として共に笑いあっていくつもりよ。私と貴女に用意された未来だもの、楽しくない訳が無いわ」
「ええ――よろしくね、レミリア」
「勿論――よろしくね、輝夜」

 互いの手と手を握り合い、固く握りあう私達。本当、私は良い友達を得ることが出来たわ。
 輝夜はとてもお姫様なところがあるけれど、そんなところも気に入ってる。彼女となら、きっと楽しく歩んでいける。
 仲の良いお友達として、末永く笑い合っていたい。そんな未来は、きっと楽し過ぎて飽きる暇がないだろうから。
 そして微笑みあう私達。束の間の優しい時間…そう、それは本当に束の間に過ぎず。

「ああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

 突如、室内に誰かの絶叫が響き渡り、私は驚き慌ててそちらの方に顔を向ける。
 そこにいたのは妹紅と慧音。そっか、遅れてくるって話だったけど、ようやく到着したのね。これで二人にもお礼とごめんなさいが出来るわ。
 そうして二人の傍に近づこうとしたものの、なんか妹紅の様子がおかしいことに気付く。
 …あれ、どうしたのかしら。なんか私達の方を見て驚いてる…っていうか、正確には輝夜?輝夜の方を見て吃驚してる。
 何、何事?もしかして知り合いだったの?そんな疑問を込めた視線を輝夜に送ると、輝夜は優しく微笑んだ後に、妹紅に言葉を紡ぐ。

「久しぶりね、藤原妹紅。貴女がこの場所に来るなんて本当に驚いているわ。貴女、レミリアの知り合いだったのね」
「そ、それはこっちの台詞だ!なんでアンタがここに居るのよ!?永遠の屋敷に閉じこもってるんじゃなかったの!?」
「ああ、それもう止めたわ。そんなことよりも楽しいこと、見つけちゃったから。
だから妹紅、貴女とのつまらない殺し合いも少し御休み。小鳥虐め遊びなんかやってる場合じゃなくなったのよ」
「ん…だと、このクソ女!!!私だって好きでアンタと遊んでんじゃないのよ!!」
「じゃあいい加減諦めたら?振られた父親の逆恨みなんて、つまらない理由で私を追いかけまわすのは」
「うっさい!!私には私の理由があるんだよ!!父様の件もあるけど、何より輝夜、私がアンタを気に入らない!!」

 …え、あれ、何この険悪ムード。今にも殺し合いを始めそうな…あ、妹紅のフェニックスたんインしたお。
 ごめん、本当、何これ。ちょっと状況が分からないっていうか、どうして妹紅さんはそんなに強そうなオーラを身に纏ってるのか。
 いや、これって穏やかなパーティーなのよ?そんな物騒な真似はご遠慮いただきたく…あれ、なんか他の連中みんな囃し立ててるし。
 ちょっと、魔理沙?貴女何トトカルチョなんて始めてるの?何その輝夜と妹紅と私のオッズ。私明らかに浮いてるわよね?なんでそこで
私の名前入れてるの?ちょっと意味が分からないですねー…いや、輝夜もどうして私を抱き寄せてるの?いや、間近で見ると本当に美人さん…じゃなくてね?
 いやいやいやいやいや、輝夜、ちょっと何で私を連れて空飛んでるの?おかしい、おかしいおかしいおかしいて。

「仕方ないわねえ…妹紅、かかってきなさいな。貴女と私の絶望的なまでの実力差、再び教えてあげるから」
「上等よ!アンタこそ負けてベソかかないでよね!骨すら残さず消しカスにしてやるよ!!」

 いやいやいやいやいやいやいやいや、なんで挑発し合ってるの?輝夜私をお姫様だっこしてなんで妹紅に喧嘩売ってるの?
 もしかして今から弾幕ごっこ?ゲームスタート?今から皆さんに殺し合いを初めてもらいます?
 へー、あー、そー、ふーん。始めちゃうんだ。あは、あはは…あははは……冗談ではない!!!!!!!!!

「離して!!弾幕勝負をしてもいいから私を離して!!リリースプリーズ!!私をお空へ解放してあげて!!」
「あら、駄目よレミリア。貴女には特等席で私の勇姿を見て貰わないと。そして妹紅の無様な敗北姿もね」
「はあ!?レミリアに見せるのは私の勝利姿に決まってるでしょ!?まずはアンタの頭撃ち抜いてレミリアを返して貰うわ!」
「何でレミリア争奪戦IN紅魔館が始まってるの!?賞品私なのになんでそんな熱くなってんの!?馬鹿なの!?死ぬの!?私が死ぬわ!!
大体賞品なら賞品として貴重に扱うべきだとレミリアはレミリアは思ったり!そう言う訳で一度私を地上に下ろすべきだとレミリアはレミリアは提案してみる!」
「フフッ…さあ、きなさい鶏。叩き潰してあげるから」
「いくわよ性悪!!余すことなく焦がし尽してやる!!」
「お願いだから問答してええええ!!!私の話を聞いてええええ!!!」

 私の言葉なんてこれっぽっちも耳に入ることなく、二人は互いに弾幕を展開しあう。
 館内が壊れないように、いつの間にか結界も見事に展開されてて…ああそう、誰も助けてくれないんですかそうですか。
ですよねー、スカーレットデビルが助けを求める訳ないですよねー。全てを諦め、私は輝夜に身体を委ねる。もういいや。輝夜なら、輝夜ならなんとかしてくれる。
 恨み節も少々込めつつ、私は輝夜に頑張るように言葉を紡ぐ。

「…一発でも私に当たったら、本気で怒るからね。泣いて怒るんだから」
「あら、それはそれで興味はあるけれど。せいぜい貴女の機嫌を損ねないよう、舞う姿を見て貰うとしましょうか」
「舞う姿よりも平穏が欲しいよ…穏やかな優しい日々が恋しい…」
「あら、そんなつまらない日常は駄目よ。レミリアにはこれから沢山沢山私に付き合って貰うんだから。そうでしょう――」

 そこで一度言葉を切り、輝夜は私に笑みを零す。
 それは本当にどこまでも美しく、そして輝いた笑顔で。だけど、初めてあったときのような儚さはどこにもなく、
そこにあるのは美しき少女を彩る生の輝き。輝夜が今を心から楽しんで生きている証。そんな笑顔を見ると、ちょっとだけ思ってしまう。
 本当に、本当にちょっとだけなんだけど…


「――永遠(わたし)を殺した責任、とってもらうんだから」


 この屈託なく笑う輝夜の笑顔に、この破天荒な友達の無茶苦茶に付き合うのも、そんなに悪くはないのかなって――











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