~side 輝夜~
はじめはただ、ほんの小さな遊び心からの行動だった。
この永遠亭への闖入者、その報告を永琳から受けたことが全ての始まり。
月の使者から身を隠す為に、永琳が行った月隠しの秘術。何処をどう辿ったのかは分からないけれど、
幻想郷の何者かは私達がその犯人であると突き止め、この永遠が支配する永遠亭の結界を打ち破り、侵入してきた。
その報告を永琳から受けたとき、当初の私は然したる興味も抱いていなかった。
月を奪い隠す、なんて大業なことをやってのけたんだもの。それを良しとしない連中なんて幾らでも存在する。人はまだしも
妖怪達にとって偽月は存在すら脅かしかねないのだから、指を咥えて眺めているだけで終わる筈もない。
永琳の施した結界を破られたこと、その点は少し予想外だったけれど、ただそれだけ。
その相手が月の使者ではないのなら、どんな人間や妖怪だろうと永琳の永遠が阻むだけ。この世に生あるモノ達に私の永遠は壊せない。
永遠亭が生み出されて初めて永遠が途切れる今。だけど、少し傷がついたところで永遠は永遠。終わることなく繰り返されるイマの
流れは終わらない。闖入者の持ち込む風と穢れはほんの一瞬のもの。
私と永琳、そしてイナバ達。私達が生み出した永遠は風化することも朽ち果てることも許されない。
故に、あのときの私は風を感じようとはしなかった。この永遠亭に吹き込もうとする、新たなる世界の風を。
全ての切っ掛けとなった遊び心が生じたのは、永琳のもとに次々と持ち込まれる因幡達からの報告。
曰く、侵入者達は恐ろしい程の実力者であると。曰く、侵入者達は次々と妖精達を打ちのめしていると。
真っ直ぐに私達の本丸に近づいてくる報告を永琳と共に耳にしながら、面倒事を抱えて溜息をつく永琳の横で、私は少しだけ己が心の躍動を感じた。
面白い。因幡達の報告が実に面白い。
相手は無数の弾幕を打ち払い、夜空に輝く真の月を取り戻さんと私達のもとへと近づいてくる。それはまるで幻想の中の英雄譚。
私達は月を奪った悪者。相手は月を取り戻そうとする勇者。月を取り戻す、その為に自ら苦労事を背負い込み、結界を打破し、私達の
首を狙って歩みを刻んでいく。本当、可笑しい。月の姫と謳われていた自分が、そんな立場に在ること、それが本当に面白くて。
最初は微塵も興味を持てなかったこと。けれど、実際に報告を次々と耳に入れることで生まれた私の心の変化。
そんな私の変化に当然気付いている永琳は、笑いを堪える私に『大人しくしてなさい』と釘を刺すことを忘れずに、自身は
侵入者の対応の為の準備に走る。ああ、永琳、その忠告は実に無駄なことよ。だって、そうでしょう?この世に私に命令出来る存在なんていないもの。
久々に心が躍る。久々に興味を惹かれる。まして、相手は月の者でもなんでもない、ただの妖怪達。
どうせこれは束の間の須臾。今が終われば、後はまた私達にとって終わりの無い永遠が続くだけ。だったら、私の取るべき道は唯一つ。
私はやがて訪れるお客様方…いいえ、私の玩具達に心を馳せながら、ただ月を眺め続ける。
永琳には悪いけれど、私は私で遊ばせてもらうわ。だって、他人を振り回し、自分本位に振舞うことこそ私の生き方。
だから永琳、貴女には口を挟ませない。月も、地上も、清廉も、想いも。何もかも捨てた私には、これくらいしか自分の生に快楽を見出せないのだから。
その少女が私の世界に現れたとき、私は己が持つ天運に生涯で初めて感謝したかもしれない。
私がとった玩具を己が世界に連れ込む手段。それは本当に大きく、そして分の悪過ぎる賭けだった。
永琳とてゐが用意していた侵入者を屋敷の外、顕界の何れかへ転移する術式。そこに一つ細工をさせて貰っただけ。
引き込んだてゐの話だと、永琳は必ずこの転移術式を使用する。仲間意識の在る妖怪達が相手なら、一人欠落させることで
相手の頭に無理矢理血を昇らせて冷静さを失わせる、考える力を奪った相手ほど永琳にとって御しやすいものはないのだから。
そんなてゐの話に私は笑みを浮かべ、届かぬ声で永琳に許可を取る。何、どうせ消し飛ばすのなら、その場所が少しくらい固定された
ところで何の問題もないでしょう?この術式の犠牲者が向かう先は顕界ではなく、私の永遠、ただそう変化するだけなのだから。
そうやって術式の転移先をてゐに変化させるように言うけれど、てゐは少しばかり考える仕草をみせる。
てゐ曰く、ランダム転移なら自分の手だけでなんとでもなるけれど、指向性を持たせるには永琳の力が必要不可欠らしい。てゐだけでも
やってやれないことはないけれど、その成功率は一割にも満たない、そんな危うい賭けになるらしい。
では転移に失敗したらどうなるのか、その私の問いにてゐは苦笑して『指向性を維持する力が暴走して、対象の身体が全身バラバラ状態で
強制転移。まあ、身体の一欠けらくらいは姫のところに辿り着くんじゃないですか?』とのこと。つまり、失敗は対象の死が待つだけ。
どうします、というてゐの声に私は迷うことなく実行することを告げる。会ってもいない侵入者の命、それを私が気にかける必要など何処にあるのか。
相手は私達を止める為に動いている。それも妖怪だ、人の命を奪うことなんて微塵も抵抗は無いでしょう。
遅かれ早かれ永琳の手によって失われる命なら、私が貰う。玩具として利用できるかどうかを見定めて使えないと思ったら再度私が殺すだけ。
ならば転移で失われるかどうか、なんてことに心を動かす必要なんてないでしょう?優先すべきは常に自分本位、他人など関係無いわ。
そうてゐに告げると、てゐは心の底から楽しそうに笑って私に告げた。『私の敬愛する姫様なら絶対そう言うと思ってました』と。
その白々しい言葉に呆れつつ、私はてゐに術式への介入を指示する。本当、今更過ぎる。
他人の命になど囚われない。他人の都合など切り捨てる。
その現実に押し潰されるような心なら、私は今ここに存在していない。今も穢れなき月で無垢なる生人形となっている。
私を取り囲む全てを切り捨てる、その覚悟を持ったからこそ、私は自ら罪人となったのだから。
成功率、たった一割の賭け。その結果は、私の勝利に終わる。
私の永遠が支配する閉ざされた一室。何者の干渉も許さないその世界に、一人の少女は舞い降りた。
室内に現れた女の子、その姿に私の心は驚きに捕らわれることになる。背中に羽こそ生やしているものの、外見が実に幼くて。
勿論、てゐのように実年齢と容姿は異なるのでしょうけれど…それでも、私は驚きを隠せなかった。たった一割以下、その運命を
勝ち取った妖怪が、こんな可愛らしい女の子であったことに。正直、もっと妖怪らしい妖怪を想像していたのだけれど…本当に驚いた。
その少女は、室内に現れると同時に、その場に倒れこんだ。どうやら気を失っているらしく、私は意識が無いのを確認して、その娘の
傍へと近づき、そしてその女の子の異変に気付く。妖怪で在る筈の少女から、血の匂いや悪鬼の気配が微塵も感じられないことに。
永遠亭の結界を打ち破り、妖怪達を容易に撃ち落としていったという因幡の話からは想像出来ない少女の気配。そのことに私は少しばかり
頭を悩ませるものの、瑣末なこととして切り捨てる。この少女が力を持とうが持つまいが、そんなことは私には関係ない。
どうせ私に死など存在しないのだから、他者の力の大小など気にする必要はない。私が気にするべきは、目の前のこの少女が私の心を
揺り動かす存在かどうか――なのだけれど、その点に関しては二重丸をやっていい。なんせ、目の前の少女は、妖怪であるにも関わらず
こうして私という他者がここまでの距離に踏み込んできたにも関わらず…身体を丸めて、気持ち良さそうに眠り続けてるんだもの。
そんな稚児のような仕草に、私は身体に通していた警戒、緊張といった全ての感情を放棄する。
だって、そんなことは無意味だと思えたから。こんな無邪気に眠る子供に、一体何の意味が在るのか。私は軽く息をつき、
気持ち良さそうに眠る少女の隣に腰を下ろす。そして、その少女の寝顔をじっと観察し続ける。
なんの夢を見てるのか、少女の寝顔は本当に百面相。笑ったり怒ったり苦しんだり。見てて飽きない寝顔に、私は自然笑みを零してしまう。
そして、気付けば少女の頭を自身の膝の上に載せていて。本当、こんなことを他人にする自分自身に驚きを隠せない。
無邪気に眠り続ける少女の寝顔を眺めながら、私は無理に起こすことも無く少女と言う玩具を楽しみ続ける。
もし、この状態で目覚めたら、一体この娘はどんな反応をしてくれるのだろう――そんなことを一人心に描き続けながら。
目覚めた少女――レミリア・スカーレットは私の想像を遥かに超える女の子だった。
目が覚めるなり、私のことを怪しむ事も訝しむこともなく、ましてや敵と定め襲いかかることもなく。
レミリアが取った行動は、彼女が眠っている間に私が考えていた予想なんて簡単に壊し尽してくれて。
目覚めたレミリアは、本当に寝てる時以上に百面相。笑ったかと思えば泣きだしたり。かと思えば人の服を褒め出したり。
予想も出来ないびっくり箱。私がレミリアに対して最初に感じた感想は、そんな感じだったかもしれない。
ただ、初対面の筈の彼女との会話がとても心弾んだことは強く感じていた。レミリアと最初に交わした短い会話、だけどそんな会話が
私の心から最早この娘を消したり永遠に閉じ込めたりといった考えを除外していた。
そして、理由は分からないけれど悲しみ私に縋り泣きつくレミリアの姿に、私は綺麗だと感じていた。
泣いている理由は分からない。けれど、その誰かの為に泣ける在り方が綺麗だと、羨ましいと感じていた。妖怪の零す涙、その姿を
私は傍で眺め続けて――そして、レミリアにもっと触れてみたいと、強く感じている自身に気付いた。
そこから私は、自身の能力によって須臾を永遠に変化させ、レミリアと時間を共にすることにする。
当初、いつレミリアから『早くここから解放しろ』と言われるのかな、と考えていたのだけれど、レミリアは一向にそんなことを
口にすることは無かった。何の文句も言わず、ただ私の傍に居てくれた。ただ、時折転生待ちだの閻魔が遅いだと不思議な言葉を紡いで
いたのは気になったけれど。そんなレミリアと、私は顕界の時間にするならば十数日もの期間を、レミリアと二人きりで過ごした。
その間、レミリアとは沢山の話をした。下らない雑談から、私自身のこと、そしてレミリアのこと。本当に沢山のことを二人で話した。
特に私はレミリアの語る話に夢中になった。レミリアの語る世界、それは私の知る『つまらない世界』とは一線を画していて。
レミリアは自身の取り巻く世界をとても楽しそうに語るのだ。家族のこと、友達のこと、厄介事に巻き込まれた日常から幸せな日常。その
全てに私は聞き入っていた。レミリアの語る世界、それは何処までも優しい世界、それは何処までも色のついた世界。
レミリアの語るお話に一喜一憂し、時にハラハラして時に胸を撫で下ろして。そんな日々が、気付けば私は好ましく思っていた。
永遠に逃げた私が得られなかった変化の物語、その日常を愛する少女。そのレミリアの語る優しいお伽話が、私はとても好きだった。
どうしてレミリアの話にここまで心惹かれるのか、その理由なんて考えるまでもないことで。
私に物語を語ってくれる少女が――レミリアが、どこまでも自分の生きるこの世界を愛しているから。大切だと思っているから、だから強く私の心を揺れ動かすのだ。
全てを諦め、全てを捨て、世界を止めた私には持ち得ない全て…それをレミリアが持っているから、だから酷く私は心惹かれるんだろう。
レミリアの語る家族。レミリアの語る友達。レミリアの語る世界。
その熱の込められた世界が、私には遠過ぎて、眩し過ぎて…だから、恋焦がれてしまう。だから、酷く羨んでしまう。
月の姫である私が得られなかった全てを、この少女は全て持っているから…だから、余計に。
積もり積もった想い、それが完全に抑えられなくなったのは、レミリアの言葉と行動。
いつものように雑談をレミリアと興じていたときに、私の零した何気ない一言に返してくれたレミリアの言葉。それが切っ掛けだった。
もしもの死を仮定したときに、レミリアが望んだのは再会。日常を愛するが故に、レミリアは再び周囲の人々と出会いたいと願った。
その願いに、私は酷く心がざわつくのを感じてしまう。その感情の正体、それは嫉妬。目の前の少女がどれだけ幸福な世界に生きているのか、
温かな世界に包まれているのか、それを知ってしまったから。だから私は心せず言葉を零してしまう。自分はそうは考えないと。こんな日常は早く終わってしまえば
いいと。全てを捨て去った私に残るものなどないから、と。そんな私に、レミリアは告げた。お前は本当に大切なものは失って無い、と。
その言葉に、私は自身を振り返る。そして、掌に残るもの――永琳や因幡達の存在を知る。けれど、それは在って当然のモノ。私が姫で在る限り、
彼女達はそこに在らねばならない。そうレミリアに告げても、一笑に付されてしまう。私を前に、レミリアは『永遠など存在しない』と言う。
…失う。永琳を、因幡を。そこまで考えたとき、私は在りえぬ未来に恐怖を感じた。そんなこと、在りえない。永遠は失われない。永遠は終わらない。
永遠に絶望した私が、永遠に縋りつく。永遠を呪った私が、永遠を必要とする。その真実を突き付けられたことに気付き、私は愕然とする。
変化を望んでいながら、私は変化を怖がっている。永遠に慣れ過ぎたが故に、永遠と変化の狭間を飛び越えられない。
…ああ、そうか。だから私は『コレ』なんだ。ただ、レミリアの話を聞いて、羨んで、その余熱で満足して…肝心の一歩を今まで一度とて踏み出さない。
その気になれば、機会は在った。永琳が拒もうと、私は道を貫けた。月の追手も何もかもを背負い、永遠を捨て世界と共に歩く道が。
けれど、私は永遠に逃げ込んだ。変化を恐れ、変化を拒み、外面だけは変化を望んでおきながら、臆病ゆえに一歩を踏み出さない。
…滑稽、実に惨め。永遠は終わりだとレミリアは言う。ならば終焉を迎えたこの身は一体どこに向かえばいいのか。
そんな在り方を消失した私に、レミリアは言葉を与えてくれた。強制でも命令でもない、それは一人の『友』への言葉。
『――戯け。何を恐れているのよ、蓬莱山輝夜。そんなの、全然貴女らしくもないじゃない』
ええ、そうね。レミリアの言う通りだわ。こんなの、全然私らしくない。
どうして私が恐れる必要が在るのか。恐れる必要なんて、何も無かった筈なのに。
『何かに怯え、永遠(じぶんのへや)に逃げるなど輝夜のすべきことじゃないでしょう?
貴女は誰に遠慮することなく、月の照らす道を真っ直ぐに歩けばいい。そして只管に胸を張り続けなさいな。
他人など考慮するな。全ては己が心と欲望に沿って、全てに対し傲慢に在り続けて笑っていればいい』
そう、私のすべきことはこんな永遠に逃げることなんかじゃない。私が求めるは、地から空を眺めることではなく、空から地を見下す勇気。
月の世界から、地上の世界から逃げて逃げて逃げ通して、そんな世界に一体何が待つ。その在り方は、本当に私らしいと言えるのか。
私は私が望むままに生きなければいけなかった。それが私の罪を全うする道だった筈だから。私が切望した在り方だった筈だから。
『もし、それでも怖いというのなら、私が輝夜の手を引っ張って共に道を歩いてあげるわ。
一緒に道を歩き、共に笑い、共に騒ぎ、共に眠る――そうすれば、きっと貴女の求める全てが手に入る筈よ』
そう、私は一人じゃ無かった。大切なモノを全て捨てただなんて大嘘だった。
私には永琳がいる。因幡が…鈴仙が、てゐがいる。私の大切な『家族』がいる。
そして――今の私には、たった一人の大切な『友達』がいる。ならば、怖がることも逃げることもないじゃないか。
『さあ、勇気を出して私の手を取りなさいな。何、私に気を使ってるなら遠慮は不要よ。
なんせ貴女は月の姫、そして私は吸血鬼の姫だ――古来より、吸血鬼は美しき満月に寄り添うが運命。
在るべきモノが在るべき場所に戻る、ただそれだけのこと。違うかしら、我が愛すべき友――蓬莱山輝夜』
レミリアが差し出したその手を、私はゆっくりと、そして存在を確かめるように掴む。
…そうね。もう、終わりにしましょう。永遠に逃げることも、不幸なお姫様ぶるのも、全て終わり。
私らしくない永遠を生きることよりも、大切なことを知ったから。例えこれが過ちだとしても、私は決して後悔しない。
だから私は笑う。人生で初めて、心の底から、思いっきり。嬉しくて、嬉しくて仕方が無いから、だから笑う。涙がこぼれても、気にしない。
「ちょ、ちょっと、輝夜?ど、どうしたのよいきなり…」
心配そうに私を覗きこむレミリアに、私は何でも無いと首を振り、目元を拭う。
…逃げるのはもう終わり。綺麗を着飾り、全てに達観して世界を諦める在り方も必要無い。
私はどこまでも私らしく、欲しいモノを手に入れる。羨ましいと思ったら、あらゆる手を使って手に入れれば良い。
難題は解いた。ならばあとは我が道を歩くだけ。もし転びそうになったなら、他の人に支えて貰えばいい。手を引いて貰えばいい。
私は瞳を閉じ、己が世界に終焉を告げる。同期するは同時間に存在するもうひとりの私。この世界とは異なり、あちらでは数十分と経過していない私。
「え、え、え!?な、何!?なななななんで何もない空間に亀裂とか入ってるの!?
あ、あの世にも終わりとか存在するの!?もしかしてあの世で死んだら無になるとかそういうアレなの!?て、転生駄目なの!?」
永遠の世界を崩壊させる中、慌てふためくレミリアを落着かせるように手をつなぎ、私は笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
答えは得た。道は開けた。だからレミリア、今度は私が見せる番。世界の温もりを、自身の幸せを教えてくれた貴女に、今度は私が――
「…行きましょう、レミリア。貴女達の求める真の月を返還し、深き闇夜を終わらせる。
貴女との明日を――この世界の本当の輝きを、二度と忘れぬよう永遠(わたし)に刻みつける為に」
~side 永琳~
完全に押されている。二人を相手にして、私の心を占める感情は焦燥と納得。
このままでは拙いと警告を鳴らし続ける自分と、今の自分では二人をどうすることも出来ないと冷静に悟る自分。
その二者が心の中に存在し、自身の逆境を何度も何度も想い知らされるものの、私は現状を打破出来ずにいる。
どうしてここまで自身が劣勢だと言えるのか。それは今の私の惨状を見てもらえれば、誰だって分かること。
全身から流れ『続ける』血液に、最早『存在しない』私の右腕。この状態で一体誰が私を優勢だと言うだろう。
襲い来る吸血鬼とそれを援護し続ける巫女。この二人を、私はどうすることも出来ない。私の…輝夜の『永遠』を打ち破られたのは
本当に初めてのこと。こんな場面の対処法など考えたこともなかった。…本当、月の頭脳が聞いて呆れるわね。
襲い来る弾幕の嵐を必死に避け、私は神速の如き速度で襲い来る吸血鬼の刃をなんとか回避する。巫女の弾幕はまだしも、次にアレに
斬られたら、恐らく二度と立てなくなる。その現実が分かっているからこそ、私は自身の瀕死の身体に鞭を打ち、回避行動に移り続ける。
…本当、吸血鬼のお嬢さんも八雲の妖怪も、とんでもない化物を隠し持っていたものね。
私は最早存在しない自身の右腕を見つめながら、彼女達の常識外の力に賞賛と恐怖を送る。私の身体の永遠…蓬莱の薬の力を、あの二人は破って見せた。
気付いたときに遅かった。私があのメイド…紅血の翼を持つ吸血鬼に斬られたとき、その変化は生じた。吸血鬼に斬られた箇所が
何故か再生しない。変化を拒む能力、それが蓬莱の薬の力。傷がつくとは変化の証明、それなのに力が発揮されない。その理由を探すうちに
二度、三度と紅血のナイフとその爪で身体を斬られ、私は右腕を失った。
どうして永遠の力が発動しないのか…その理由は、仮定で良ければ想像出来る。だけど、それはあまりに天蓋の力。
もし、私の想像通りの力だとしたら…あの二人は、この世界の誰をも葬ることが出来る。人も妖怪も、神も。誰一人の例外無く、その力で。
私の立てる仮定。それは吸血鬼と巫女、二人が有する力が『全てのルールを打ち消す力』と『時間を操る力』であるというもの。
まずは前者の力…恐らくは巫女の方。彼女が有する力は、物事のルールや法則の全てを打ち消す、もしくは離れることが出来る能力だと推測する。
その力の証明に、彼女に私の攻撃が『当たらない』。何度矢を放っても、攻撃は彼女の身体をすり抜けてしまう。彼女に攻撃が当たらないから、
彼女の援護を邪魔することが出来ない。これが悪循環となり、私の現状を紡ぎだしている。だけど、これだけなら私の永遠の力を破ることにはならない。
…恐らく、彼女の力は他人にも作用することが出来る。そして、その力を作用させた相手が…あの吸血鬼でしょうね。
巫女が吸血鬼に力を感応させ、吸血鬼の力の限界を解放してる。そして彼女の力は一つの究極の高みへと押し上げられた。
『時間操作』、その能力を恐らく吸血鬼は前より所持していたのだろう。そのことにも驚きだけれど、その力は輝夜の持つ永遠と須臾を操る
力と同じ。奇跡に近い能力だけど、既に永遠と化している私の身体は打ち破れない。だけど、この吸血鬼はその更に一段高みへと昇りつめている。
彼女が行使している力…それは『時間逆行』。私の身体を切りつけるとき、彼女はその力によって、私の身体の時を遡らせ、『永遠』の干渉が
生じない時間へと戻らせている。だからこそ、私の身体は再生しない。だからこそ、私の身体の永遠が失われている。
もし、私の仮定が正しいとすれば…本当、なんてデタラメな力。この蓬莱の薬の唯一の隙、そこを二人は的確についたことになる。
蓬莱の薬によって得られる力は『あらゆる変化を拒絶する体』。だけど、この力は制限がつき、『現象の後の作動』という制約がある。
すなわち、この拒絶変化の力は事象が行った後に発動する。身体が傷つけられれば、痛みと苦痛を感じた後に再生という結果が生じる。
熱で焼かれ燃やされたならば、身体が灰と化した後に再生する。年齢経過とて、身体の成長後の逆行という、正確に停止とはいえない力によって
支配されている。拒絶変化が生じるのは、あくまで現象後の身体。だからこそ、私達は身体が粉々になろうと細切れになろうと、髪一本…いいえ、細胞の
一つからだってこの身体の状態に戻ることが出来る。つまり、蓬莱の薬の呪いがかかった身体という媒体をもとに、事後逆行を行っている、これが私達の力のカラクリ。
…そんな力を、この吸血鬼は蓬莱の薬の力が発動しない『薬使用前の私』まで時を遡らせて能力を打ち破った。
昔の私の身体は、蓬莱の薬の力など存在しない。だから、現象を逆行することが出来ない。変化の拒絶へ移行できない。
もし、蓬莱の薬の効能が『現象時の作動』なら防げた。時間逆行という干渉すら阻害することだって出来たでしょう。
もしくは輝夜なら…同じ時間操作の力を有する輝夜なら、対応出来た。戻された時間を自身の能力によって押し進めれば良いだけなのだから。
だけど、私にはこの能力に対応する力は無い。私が取るべき道は、時間逆行能力という『常識外』の力を有する吸血鬼を止めるか、
その時間逆行能力を使用する条件を生み出している巫女を止めるかなのだけれど…どちらも私には出来そうにない。
巫女は先ほど言ったように、攻撃が当たらない。では吸血鬼はというと、身体能力と思考能力を考えて不可能に近い。
先ほどの人間時とは違い、彼女の能力は吸血鬼の持つそれへと完全に変貌している。そして、厄介なのが思考の冷静さを失っていないこと。
押す時は押し、引くときは引く。加えて巫女の援護もある。連携を組まれ、冷静な戦闘をこなしている彼女に、私は付け入ることが出来ない。
加えて此方は蓬莱の薬の力が無いのだから、前の吸血鬼達のときのように己の死を犠牲にすることもできない。まさに八方ふさがりの状況。
けれど、私はそんな自身の窮地などどうでもよかった。
唯一つ。一つだけ気にかかり続けたこと、それだけが知りたかった。
だから私は問いかける。殺し合っている相手に――吸血鬼に、私は己が心に抱き続けた疑問を。
「――何故、私の身体を時間操作したの?私の再生能力を止める為に、どうしてその結論に至ったの?
普通、そんな考えには至らない…私のこの力、『蓬莱の薬』の力、その原理を知っていなければ」
私の問いかけに、吸血鬼は応えない。ただ無言のまま私を斬りつけていく。
必死に回避行動に移りながら、私はなおも問いかける。自身の疑問を解消する為に、ただ真っ直ぐに。
「…思えば、最初から違和感があったのよ。その私に近い容貌、そして貴女の有するその特有の気配。
今となれば貴女の持つ時間操作能力だってそう。そんな力、輝夜以外に…ましてや地上人に許されるなんて絶対にあり得ない。
貴女は…十六夜咲夜、貴女は、貴女の正体はまさか――」
「――知らない。私は咲夜、十六夜咲夜。レミリア・スカーレットの娘にして紅魔館の誇り高き従者。
私の正体なんてそれだけよ。私は何も知らない…そう、知らない筈なのに、貴女達のことなんて知らない筈なのに――!」
そこで言葉を切り、吸血鬼は…いいえ、十六夜咲夜は泣き叫ぶように声を荒げながら私に刃を向ける。
その叫びは何処までも悲痛で、とても痛ましくて。まるで子供が癇癪を起すように。
「どうして!どうして私は知ってるのよ!蓬莱の薬のことも、月の技術のことも、姫の…蓬莱山輝夜のことも!
記憶なんて無いのに!思い出なんてないのに、貴女を見てると知識が流れ込んでくるのよ!
分からない…分からない…分からない!分からない!分からない!貴女は、八意永琳は私の一体なんだというのよ!?」
十六夜咲夜の叫び…その言葉に、私は全てを理解した。
そして自身を殺したくなる衝動に駆られる。どうして私は一目あった時に気付かなかったのか。気付けなかったのか。
…この娘の、十六夜咲夜の正体。それは、私と輝夜の力を持つ、もう一人の私達。
私がまだ月にいた頃に、月で行われていた狂った計画、その研究成果の果てに生み出された私達のクローン。それが彼女…十六夜咲夜の正体。
輝夜の力、それが永遠と須臾を操る力だと知った一部の連中が計画した人工生命プロジェクト。すなわち、私の智慧と輝夜の力を持つ
月人を作りだし、その力を月の為に利用しようというもの。その計画を知った私や豊姫や依姫は一人残らず計画に手を貸した連中を消し去った。
…けれど、肝心の生み出された赤子の行方は最後まで掴めなかった。また、計画者の一人の口から発覚を恐れるあまり、時間の歪んだ空間に捨て去ったという話を
知ることが出来たけれど、そこで捜索は打ち切り。それは遥か昔の話…その娘は間違いなく今、私達の目の前にいるこの娘だ。
…私達月人の犯した罪の結晶、それがこの娘。故に、私は月を捨てた。輝夜の言葉に乗り、月人で在り続ける今を諦め、地に足をつけた。
輝夜にも話していない、私達月の上層部だけが知る物語。その終末が今、ここに在る。その娘は今、成長して私の前に立ち塞がってる。
吸血鬼となり、愛する家族を得て、友と共に、彼女は今、私達を倒さんとその力を振っている。何処までも強く、誇り高く、真っ直ぐに。
その娘の姿に、私は思わず苦笑し、全身の身体から力が抜けるのを感じた。
心が折れた…正確には、受け入れてしまっていた。己の終わりを、死を。この娘には、その資格がある。
私を殺す力も、理由も、この娘は持っている。そして私にはその殺意を拒む理由が無い。
彼女の大切な家族を傷つけ過ぎた。全てを捨てられ、過酷な運命を背負わされ、たった一人の赤子として見知らぬ世界に打ち捨てられた
少女が掴んだ全てを、私が穢してしまった。輝夜の為…その理由で立ち塞がるには、あまりに辛過ぎる。
悪くないと、思ってしまった。他の誰でも無い、この娘の手にかかるなら…永遠を終わりにするのも、悪くは無いと思ってしまった。
何より、私には選択肢など存在しない。今の私にはこの二人は止められない。抑えられない。足掻いても決して超えられない。
その現実が、私により一層の覚悟を押し進める。私は彼女の蹴りをその身に受け、抵抗することなくそのまま地面に叩きつけられる。
身体中の血は止まらない。失った右腕も戻らない。前の吸血鬼達の戦いの後遺症で、身体も満足に動かせない。
一歩、また一歩と近づいてくる彼女の姿を眺めながら、私は己の死を受け入れ始めていた。
己が血液を妖力によって生成した深紅のナイフを握る少女。その姿を眺めながら、私は言葉を紡ぐ。
「――私の負けよ。御覧の通り、私はもう抵抗することは出来ないわ」
「…この場に及んで、まさか命乞いなんてするつもり?」
「真逆。生き汚い生涯だと自負しているけれど、そこまで自身の誇りを投げ捨てるつもりはないもの。
…逆に、感謝してるくらい。私の終わりが…永遠の終わりが、十六夜咲夜、貴女で良かった。
貴女の手にかかるなら、私は迷わず逝ける。この死ならきっと、輝夜にも申し訳が立つでしょうから」
「っ…!また、そんな勝手に知った風な口を」
「気に障ったなら謝るわ。さあ、勝者の権利よ、その刃で私を貫きなさいな。
…それと最後に謝罪する。貴女の大切な家族を傷つけたこと、心から謝らせてもらう。本当にごめんなさい。
私の弟子に鈴仙という玉兎がいるから、その娘に薬を受け取って頂戴。妖怪だろうと一晩で治癒出来るでしょうから」
全てを伝えおえ、私はゆっくりと両の瞳を閉じる。
…本当、人生とは分からないものね。こうして私の世界が終ることなんて、考えたこともなかった。
死なんて私や輝夜とは無縁の存在で、生涯永遠と付き合っていくんだなと思っていたのに…その永遠を、この娘は打ち破ってくれた。
成長している姿を見るに、この娘は永遠に染まってはいないみたい。ならば、心配はない。後は愛する人々と共に生き、共に死ぬ幸せが待っている。
少女の歩みが止まる音を聞き、私は自身の終焉を受け入れる。そして、ナイフが風を切る音を耳にしながら、私は最後に謝罪した。
「――ごめんなさい、最後まで共にいられなくて。輝夜。先に行っているわ…」
振り下ろされた紅血の短刃。そのナイフが貫いたのは、私の頭上の床だった。
訪れることの無い己の死に、私はゆっくりと瞳を開ける。
そこにあったのは、私の上に馬乗りになり、ナイフを振り下ろした十六夜咲夜の姿。
私を見下ろす真っ直ぐな瞳。その姿に心奪われながら、私は疑問の言葉を口にする…否、しようとしたけれど、その前の彼女の言葉に打ち消される。
「…これでチェックメイトよ。貴女の言う通り、勝敗は決した。
ここで貴女を殺したところで、私に得られるものなんて何もないもの。それに…」
「…それに?」
「――貴女を殺したら、母様が悲しむ。何故か、そんな気がしたのよ…母様のことが頭を過って、気付いたら、ナイフを外してたわ。
そして貴女は私の家族を誰一人殺していない…私の家族を傷つけた代償はしっかり払ってもらったつもり」
床に突きたてたナイフを霧散させ、十六夜咲夜はこれで話は終わりと私の上から退く。
私はゆっくりと上半身を起こし、軽く息をついて言葉を紡ぐ。
「甘いわね…本当、優し過ぎる。でも…それが貴女が家族から与えて貰ったものなのね」
「甘いとは思わないわ。私はあくまで等価で代価を支払って貰っただけ。それに、これはあくまで私の分。まだ…」
「…まだ、私や妖夢の分が支払い終わってないのよね。このおとしまえ、どうつけてくれようかしら」
十六夜咲夜の隣に現れた巫女の姿に、私は苦笑を浮かべるしかない。
…そうね、咲夜にばかり意識がいってしまっていたけれど、この娘も本当に天蓋の存在だったわ。
これなら八雲が巫女に据えるのも理解出来る。本当にデタラメね…そしてそれ以上に、この娘が十六夜咲夜の友人なら、本当に心強い。
この二人なら、この先どんな相手だろうと乗り越えるでしょう。
「何笑ってるのよ!?大体、アンタには言いたいことが山ほどあるのよ!月返せとかボロボロになった服代払えとか何より…」
「…レミリア・スカーレットの居場所、でしょう?」
「そ、そうよ!アイツの居場所をさっさと教えなさいよ!さっさと迎えにいかないと、アイツ泣き虫だから絶対泣いてるだろうし…」
「…八意永琳、さっさと居場所を吐きなさい。吐かないと、やはりこの刃を貴女に突き立てさせてもらう」
追及する二人に、私は首を軽く振って笑みを零す。
レミリア・スカーレットの居場所、今になってみればそれは一つしかない。私が行ったランダム転移、それに介入した誰か。
…そんなもの一人しかいない。そして私と十六夜咲夜の数奇の出会いを考えたなら、彼女の辿り着く場所はたった一つしかないのよね。
本当、こんな不思議な夜は運命の一つでも信じてみたくなる。この夜が、私達の全てを変える新たなスタートになるのではないかと。
「さ゛く゛や゛あ゛ぁ゛ぁ゛~~~!!!」
この部屋の結界が解放され、奥の部屋から現れた泣き顔の吸血鬼の少女、レミリア・スカーレット――そして、そんな彼女の手を握る私の主、蓬莱山輝夜。
輝夜の表情に、私は悟る。…そう、輝夜。貴女もまた、何かを得たのね。そんな風に生きた表情をする貴女を見るのは、はたして何年ぶりかしら。
嗚咽を零しながらレミリアは十六夜咲夜に抱きつき、十六夜咲夜もまたレミリアを強く抱きしめ返している。
その姿を眺め続けたいと思っていた私だけれど、問題を起こしてやまない主人に文句の一つでも言おうと言葉を投げつける。
「…人が死にかけているときに逢引きとは良い御身分ね、輝夜」
「ええ、だって私、お姫様だし。それにしても派手にやられちゃったわね。貴女がこんな風になるなんて想像すらしてなかったわ」
「私だって想像しなかったわよ…死を受け入れても良いと、思ったわ。
だから輝夜、ごめんなさい…貴女を置いて、私は死のうとしたわ。従者としてはあるまじき失態ね」
「本当よ、心から謝罪してほしいわ。大切な『家族』に先立たれちゃ、折角の楽しいスタートも台無しじゃない」
「…輝夜、貴女、今私のことを…」
私の言葉を遮るように輝夜は人差指を私の唇につけ、それ以上言葉は言わせないとばかりに笑う。
そして、大号泣しながら『もう会えないと思ってた』などと絶叫する吸血鬼の少女を眺めながら輝夜は楽しそうに言葉を紡ぐ。
「死を受け入れるにはまだ早過ぎるわよ、永琳。
だって世界には――私達の永遠の外には、こんなにも楽しそうな世界が広がっているんですもの。
私達が持つ永遠の時間だって、貴女の手を引いて一緒にこの世界を楽しみ続けるには、全然足りないくらいなんだから」
そんな輝夜の言葉が、どうしようもなく嬉しくて。気付けば私は涙を零してしまっていて。
だけど、輝夜の言葉には力強く頷いて同意する。輝夜がレミリア・スカーレットと接して何を得たのかは分からない。
けれど、今私達の胸に宿る新たな希望への想い…それだけは、きっと嘘じゃないと言えるから。
~side 紫~
「これにて全ては閉幕、めでたしめでたし…といったところかしら?」
「ほう…それだけかい?アンタが良い残す遺言はそれだけでいいのかい?」
背後で怒気を高め続ける親友の声に聞こえない振りをして、私は幽々子に後始末をお願いすることにする。
だってこのままこの場所に居続けると、本当に洒落にならないことになりそうだし…それにしても萃香、本当に
レミリアが死んだと思ってたのね。馬鹿ねえ…あの娘が死ぬ訳ないじゃない。運命に愛されたあの娘が、この程度のことで。
「それじゃ幽々子、後はよろしくね~。私は妖怪の山の連中や賢者達に事情説明をしてくるから」
「それは構わないのだけれど…萃香の殺気が、先ほどのフランドール達と同レベルの濃度になりそうよ?いいの?」
「いいのいいの。それ、唯の照れ隠しだから。レミリアが死んだと思いこんで泣いちゃうなんて、萃香も可愛いところあるわよねえ…うふふ」
「うがああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「うあああ!?ちょ、ちょっと萃香、私は無関係でしょ!?ええい、不死『火の鳥 -鳳翼天翔-』!!」
荒れ狂う鬼をからかうだけからかって、私は隙間に逃げ込んでこの場を後にする。
さて、こっちの鬼はともかく、もう一人の鬼の方が私としては心配ね。
計画は狂い、大切なお姉様は命の危険にあい、そして己は八意永琳の前に敗北して。幼いあの娘に耐えられるかしら。
…まあ、耐えて貰わないと困るのだけれど。フランドール・スカーレット、貴女も必死にあがきなさいな。姉のみせた強さは
貴女もまた内包してるものなのよ。姉だけが強く、貴女だけが弱い筈が無い。だから立ちあがり、歯を食いしばって運命に立ち向かいなさい。
少なくとも私は貴女に期待してるのよ。だって私は貴女の描く計画――それは何処までも歪で、何よりも美しいモノだと思っているのだから。